事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第30回】 「電話会社グループからの顧客情報の流出」 弁護士 原 正雄 2023年7月13日、電気通信事業者NN社の子会社であるBS社は、警察による捜索差押えを受けた。同じくNN社の子会社であるPR社が委託元から預かり保管中の顧客情報が外部流出しており、BS社がその流出元であるとの疑いに基づく捜査であった。 上記を契機として、BS社の派遣社員Xが顧客情報を持ち出していたことが判明した。NN社は、2023年11月16日、社内調査委員会を立ち上げ、2024年2月19日、調査報告書を受け取り、同月29日、それを公表した。 本件は、システムの保守運用上の不備が原因で発生した事案である。企業経営者の多くはシステムについて専門的な知識を有していない。そのため、運用等を現場に任せてしまっていることが多い。しかし、それは極めて危険な経営判断である。経営陣が責任を負うべき管理体制の観点から、システムの運用保守を考える必要がある。そうした観点から本件を分析する。 1 概要 (1) 本件顧客情報 PR社は、企業や自治体などの委託元から顧客リストを受領し、当該リストに記載されている個人又は法人に電話をかけて宣伝、営業、検診や納税の呼び掛けなどを行うという、アウトバウンドテレマーケティング業務を行っていた。 本件で流出した顧客情報はPR社がそうした業務のために委託元から預かっていたものであった。そこには、電話番号の他、氏名、住所、性別、生年月日、年齢、顧客番号、配送方法、受注日時等が含まれていた。委託業務によっては、クレジットカード情報も含まれていた(以下「本件顧客情報」という)。 BS社は、ビジネスユーザーに対して情報通信システムの提案、開発、提供、保守運用などを行う会社であった。PR社は、上記業務のために、BS社が有するコールセンター業務用システム(以下「本件システム」という)を使用しており、同システムのサーバ上に本件顧客情報を保管していた。 (2) 本件情報流出 本件顧客情報を流出させたのは、BS社の派遣社員Xであった。 Xは、本件システムの運用保守を担当しており、PR社用サーバの運用保守やサポートに携わっていた。Xはシステム管理者アカウントを用いることが許されており、本件システムのサーバに保管されている全ての顧客データを閲覧し、ダウンロードすることも可能とされていた。 本件発覚後、ログや保守端末を解析した結果、Xが同アカウントを用いてサーバから顧客データをダウンロードし、保守端末に接続したUSBメモリに書き出して持ち出していたことが判明した。 Xは、少なくとも2013年7月から2023年2月まで約10年間で、委託元69団体の顧客情報928万件分を外部に持ち出していた。報道によれば、持ち出した顧客情報は、名簿業者に1,000万円を超える金額で売却されていたとのことである(2023年11月8日付日本経済新聞)。 2 BS社における原因 (1) 情報セキュリティの不備 ① 事前防止ができていなかった BS社では、不正が起きないよう事前防止するための情報セキュリティ措置が不十分であった。Xにとっては、不正の機会を付与されている状況であった。以下のとおりである。 (ア) システム管理者アカウントを共用していた システムにログインできるアカウントは、担当者ごとに付与する必要がある。そうしないと、事後にログをチェックしても、当該アカウントの使用履歴は分かっても、それが誰の作業か分からないからである。 ところが、BS社は、システム管理者アカウントについて、Xを含む複数の者が共用することを許容していた。ログを調べても、誰の作業かはすぐには特定できなかった。 (イ) ダウンロード制限の不存在 本件システムを保守運用するに当たって、担当者が顧客情報を閲覧する必要はなかった。ましてや、顧客情報をダウンロードする必要もなかった。 しかし、Xが用いていたシステム管理者アカウントは、制限なく全ての顧客情報を閲覧してダウンロードできる権限が設定されていた。過剰な権限であった。 (ウ) ダウンロード検知機能の不存在 多数の顧客情報を管理している場合、異常なダウンロードがあれば検知する機能が不可欠である。また、ダウンロードを実行しただけで監督者に通知する機能なども備えておくべきである。 しかし、BS社は、本件システムにおいて、異常なダウンロードを検知する機能や、ダウンロードが実行されたときに監督者に通知する機能を組み込んでいなかった。 (エ) 外部記録媒体への書き出しを不可能とする技術的措置の不存在 情報管理の観点からは、サーバに保管されている情報が保守端末を通じて外部記録媒体に書き出されることがないよう、物理的ないし技術的な措置を講じるべきである。 しかし、BS社では、保守端末からUSBメモリなどの外部記録媒体への書き出しを不可能とする、物理的ないし技術的な措置は講じられていなかった。 ② 異常を事後に発見できずにいた BS社は、不正が行われた場合に事後に発見するための情報セキュリティ措置も不十分であった。 一般に、システムではサーバへのログインやデータのダウンロードが行われるとログが記録される。そうしたログを定期的にチェックすることで異常の有無を確認し、不正を発見できる。 ところが、BS社では、本件システムのサーバへのログインや顧客データのダウンロードについてログを記録していたものの、そうしたログを定期的にチェックして異常の有無を確認するという運用は行われていなかった。BS社は、約10年もの間、Xの不正を見逃し続けた。 ③ 情報セキュリティが徹底されなかった理由 上記のとおり、BS社では情報セキュリティは徹底されていなかった。この点について現場の担当者たちは「とにかくシステムを動かすことが最優先」「現状のミッションは事業計画で利益を上げること、そして業務を滞りなく進めることであるから、情報セキュリティは意識されないし、やっても評価されない」と述べている。BS社では、情報セキュリティに取り組んでも人事評価にはつながらないと認識されていた。 (2) 点検の不備 BS社では、情報セキュリティに関して複数の方法で点検を行っていた。ところが、そうした点検にもかかわらず、上記不備は確認されなかった。BS社においては点検体制が全く機能していなかった。以下のとおりである。 ① 情報セキュリティ自主点検 BS社は、現場に「情報セキュリティ自主点検」を実施させていた。 しかし、多くの不備があったにもかかわらず、現場は、同点検の結果を○としていた。これは、×と回答すればその理由を問われるが、○と回答すれば問合せを受けないという運用がされていたことが理由であった。 その結果、現場は、負担を回避するため、多少問題があろうとも○と回答してしまっていた。本来は○との回答こそ、本当にそれでよいのか根拠を含めて確認すべきであったが、そうした作業は行われていなかった。 ② 四半期点検 BS社では、担当部長や担当課長を「お客様情報適正利用推進者」に任命して「四半期点検」を実施させていた。 同点検では点検シートが用いられていた。その点検シートは、例えばアカウント管理についてのチェック項目欄も用意されていた。そのため、上述したシステム管理者アカウントの共用という問題も、ここで発見されるべきであった。 しかし、実際は、四半期点検ではシステム管理者アカウントの共用という問題を発見できなかった。点検シートのアカウント管理についてのチェック項目欄に斜線が引かれており、アカウント管理の状況はチェック対象外とされていたことが理由であった。 その他の問題事項も、点検シート上、○が付されているか、斜線が引かれてチェック対象外とされていた。四半期点検は全く機能していなかった。 ③ 管理部門による牽制の機能不全 BS社では、マーケティング戦略部事業推進部門のうち「事業推進担当・情報システムグループ」と「財務法務担当・業務品質グループ」が、全社的な情報セキュリティを所管していた。 しかし、両グループとも人員はそれぞれ6名程度しかいなかった。現場の実態をモニタリングする手段を持っておらず、業務の具体化もされていなかった。 その結果、点検体制の機能不全という問題を把握できずにおり、両グループによる牽制機能は機能不全に陥っていた。 (3) 現場における組織上の不備 本件情報流出の原因として、BS社の組織としての問題点も指摘できる。 BS社では、本件システムに係る業務はバリューデザイン部が担っており、本社オフィスにあるフロントSEチームが提案、仕様検討、構築支援を、保守拠点にあるバックSEチームが保守運用を、それぞれ担当していた。 Xは、本件システムの保守運用を担当し、保守拠点で働いていたため、バックSEチームに所属するのが適切であった。ところが、なぜかXはフロントSEチームに所属していた。 保守運用を担当するバックSEチームのF担当課長から見れば、Xは部下ではない。F担当課長は「Xの監督は自分の任務ではない」と考えていた。 他方、フロントSEチームのE担当課長から見れば、Xは部下ではあるが、Xが行っている保守運用は自分の担当業務ではない。そのため、E担当課長も、Xを監督する必要性を感じていなかった。Xの勤務地は保守拠点であって、フロントSEチームがいる本社オフィスから離れていたため、Xの勤務状況を把握することも困難であった。 以上の結果、Xは、上長の管理を受けず、PR社から直接に依頼を受けて動いていた。F担当課長はもとよりE担当課長への事後報告もしていなかった。 こうした状況に対してE担当課長は指導を試みたこともあるようだが改善が見られず、黙認するしかなかったとのことである。BS社では上長による監督が機能しておらず、本件システムの保守運用に関する責任の所在が曖昧だった。 (4) 人事処遇の不備 BS社では正社員は定期的に異動するが、派遣社員は業務が固定されていた。その結果、正社員が現場を分からない中で、派遣社員だけが現場に詳しくなり、外すこともできなくなっていった。 Xも、2008年から2023年まで15年間にわたり派遣社員として働き、本件システムに係る業務を担当し続けてきた。その結果、本件システムについて最も詳しいのはXということになり、本件システムに関する業務は何年間もXが単独で行っていた。 (5) 経営上の不備 BS社の経営陣は、本件システムで大量の個人情報を取り扱っていることを自覚し、情報漏洩リスクがあると認識して、それに見合った情報セキュリティ体制を構築すべきであった。しかも、BS社の管理体制は、上記のとおり極めて脆弱であったため、そのことを把握し、是正措置をとることが不可欠であった。 しかし、実際は、BS社の経営陣はそうしたことを自覚できておらず、情報漏洩リスクを軽視し、適切な情報セキュリティ体制を構築することを怠った。また、管理体制が脆弱なことを把握できておらず、何らの是正措置もとらなかった。BS社の経営陣は、企業の適正確保体制を構築できていなかった。 3 PR社及びNN社の責任 本件顧客情報は、PR社がBS社に保管させていたものである。PR社は、個人情報を外部委託する場合の管理規程を定めており、委託元としてBS社の情報管理状況を監視すべきであった。 しかし、実際は、PR社は、同管理規程に基づく対応をしておらず、BS社における情報管理状況を何ら確認していなかった。 また、NN社は、BS社とPR社の親会社であり、企業集団の適正を確保する体制を構築する義務を負っていた。その一環として、各子会社において顧客情報等を適正に保管する体制が構築できているかも確認すべき立場にあった。 この点、NN社は、同社の情報セキュリティ推進部が各子会社に対して情報セキュリティ自主点検を実施するよう指示をしていた。しかし、上述したとおり、情報セキュリティ自主点検は機能していなかった。NN社の情報セキュリティ推進部は、同点検が機能していないという事実を把握できていなかった。 4 その後の状況 2024年1月24日、個人情報保護委員会は、BS社とPR社に対して是正勧告を出した。同月31日には、Xが不正競争防止法違反の容疑で逮捕された。 そうした中で、NN社は、同年2月19日に社内調査委員会が調査報告書を完成させた後、同月29日に同調査報告書を公表したうえで社長の記者会見を実施した。同記者会見で辞任の意向を表明したNN社の社長は、同年3月末をもって辞任するに至った。 5 結語 情報通信システムを取り扱うBS社や、電気通信事業を営むNN社グループの情報管理体制がこれほど脆弱であったことには、驚きを禁じ得ない。 もっとも、一般の事業会社の情報管理体制がBS社やNN社グループより優れている保証はない。各企業は、自社の情報管理体制はさらに脆弱な可能性があるとの危機感を持ち、自社の情報管理体制をチェックすべきである。また、情報管理を外部委託している場合、委託先の管理体制をチェックすることを怠ってはならない。グループ親会社の立場からも、子会社の情報管理体制は重大な経営課題であると認識し、厳正な監査を行う必要がある。 本件は一部の会社にしか起こらない特殊事例ではない。どの会社にも起こり得る一般的な事例である。本事例から学べることは多い。 (了)
《速報解説》 国税庁から「土壌汚染地等の評価の考え方について(情報)」が公表される ~平成16年情報を更新、埋蔵文化財包蔵地の評価も~ Profession Journal編集部 国税庁は6月21日付(ホームページ公表は7月5日)で「土壌汚染地等の評価の考え方について(情報)(資産評価企画官情報第3号、資産課税課情報第11号)」を公表、土壌汚染地等の評価に関する見解を示した。 国税庁は平成16年7月にも「土壌汚染地の評価等の考え方について(情報)(資産評価企画官情報第3号、資産課税課情報第13号)」を公表しており(前年2月には土壌汚染対策法が施行。以下「平成16年情報」)、財産評価基本通達には定められていない土壌汚染地の評価の基準とされている。今回公表された情報はその内容が更新され「現行における課税実務上の取り扱いを踏まえ、改めてその考え方を整理・明確化」したもの。 今回公表された情報では、土壌汚染地の評価方法として考えられる①原価方式、②比較方式、③収益還元方式のうち、①原価方式を「不動産鑑定評価において実務上認められている評価方法と同様の考え方に立脚するものであり、国税不服審判所の裁決事例においてもその合理性が認められているなど、課税実務上の取扱いとして定着している合理的な評価方法」とする見解は平成16年情報を維持している(計算式は下記の通り)。 〔原価方式〕 一方で、「心理的要因による減価(スティグマ)に相当する金額」について「個別に検討せざるを得ないものと考えられるが、基本的には考慮しない」とされ(下線部:編集部)、また「浄化・改善費用に相当する金額」について「浄化・改善費用が生ずる蓋然性が低いと認められる土地(編集部注:現状の利用が評価対象地が存する地域における標準的な土地の利用と合致している土地など)については、浄化・改善費用に相当する金額はないものとして取り扱う」、「使用収益制限による減価に相当する金額」について「封じ込め等の措置により評価対象地が存する地域における標準的な土地の利用が実現するような場合には、原則として、使用収益制限による減価は生じない」とする見解が示されている。 なお、平成16年情報では「1 土壌汚染地の評価」に続いて「2 森林法等により伐採制限等を受けている山林の評価」及び「3 市街化調整区域内の雑種地の評価」について記載されていたが、今回の情報では後者2つに代わり「2 埋蔵文化財包蔵地の評価」として、土壌汚染地の評価に準ずる取扱い(原価方式を合理的な評価方法とする)について見解が示された上、下図の通り「埋蔵文化財包蔵地の減価要否(イメージ図)」が登載されている。 (注) 「平成16年情報」は本稿公開時点、国税庁のホームページでは確認できないものの、タインズでは閲覧可能(資産評価企画官情報H160705‐003)。 〔原価方式〕 (※) 「使用収益制限による減価」及び「心理的要因による減価」は控除しない。 〈埋蔵文化財包蔵地の減価要否(イメージ図)〉 (※) 国税庁ホームページより (了)
《速報解説》 グローバル・ミニマム課税に関する様式として、 国税庁が「特定多国籍企業グループ等報告事項等の記載要領」を公表 ~GIRにおける報告様式は主に3つのセクションから構成~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 国税庁は6月28日、「特定多国籍企業グループ等報告事項等の記載要領」を公表した。 これは、OECDが2023(令和5)年7月17日に公表(※1)した情報申告書(GloBE(※2)Information Return。GIRと略される)の報告様式と記載要領(※3)の翻訳版(※4)である。 (※1) GIR公表のOECDプレスリリースは、「OECD reports strong progress to G20 on international tax reforms」 (※2) Global anti-Base Erosionの略 (※3) 正式名称は、OECD/G20 Base Erosion and Profit Shifting Project Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy - GloBE Information Return (Pillar Two)。原文はOECDホームページ参照 (※4) 国税庁ホームページ「特定多国籍企業グループ等報告事項等の記載要領」参照 1 OECDによるGIR公表の経緯 OECD/G20による「BEPS包摂的枠組み」(2021年10月)により、第1の柱(市場国への新たな課税権の配分)及び第2の柱(国際最低課税額)が合意され、後者については、同年12月にモデルルール、2022(令和4)年3月には、同ルールのコメンタリーが公表され、各国の取組みと国内法の改正が予定されていたところ、我が国では、令和5年3月の所得税法等の一部を改正する法律及び同年6月の関係政省令の公布により、対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税(※5)が創設され、令和4年4月1日に開始する対象会計年度から適用することとされた。 (※5) 対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税は、当該対象会計年度の直前の4対象会計年度のうち2以上の対象会計年度において、全世界での年間総収入金額が7億5,000万ユーロ以上の多国籍企業グループを対象にしており、実質ベースの所得除外額を除く所得について国ごとに基準税率15%以上の課税を確保する目的で、子会社等の所在する軽課税国での税負担(実効税率)が基準税率15%に至るまで、日本に所在する親会社等に対して上乗せ(トップアップ)課税を行う制度である。 その後、OECDは、上記のとおり、各国税務当局がリスク評価を行い、モデルルールに基づく構成会社等(※6)のトップアップ税額の正確性を評価するために必要とされる情報の報告様式及びその記載要領から成る文書を公表したため、その翻訳版の公表が待たれていた。 (※6) 多国籍企業のグループ会社(Constituency Entity:CE)は「構成会社等」(法法82十三)と定義される。 2 タイムスケジュール 国際最低課税額に対する法人税等の申告・納付期限は対象会計期間終了後の日の翌日から15ヶ月以内であるが、適用初年度については18ヶ月以内とされている。3月決算法人を例にとると、令和6年4月1日に制度適用開始となり、通常の法人税等の申告・納付期限が(1ヶ月延長を前提として)令和7年6月30日、国際最低課税額に対する法人税等の申告・納付期限は令和8年9月30日となる。GIRの提出期限も同日となる(法法150の3④⑥)。 3 GIRの構成 GIRにおける報告様式は大きく3つのセクションから成る(括弧内は該当頁)。 (※7) 本セクションは国ごとに作成されるので構成会社等の所在地国が10ヶ国あれば、全部で10セットの作成が必要である。なお、移転価格税制上求められる国別報告事項(Country-by-Country Report)を利用することでセクション2の所在地国別のセーフ・ハーバーの適用を受ける場合には、当該セーフ・ハーバーの適用国についてセクション3の記載を省略することができる。 報告様式に続き、記載要領の「第1 定義関係」(P.33~34)及び「第2 各欄の記載方法」(P.35~81)が詳細に説明されている(後者は上記セクションごと)。 4 GIRの主な留意点 (1) GIRの提出義務者 多国籍企業グループの最終親会社(※8)がGIRを自国の税務当局に提出するが、内国法人が複数ある場合には、これらの内国法人を代表する1社がGIRを提出すれば足りる。また、最終親会社がその構成会社の中から指定提供会社(※9)を指定した場合は、当該指定提供会社がその所在地国の税務当局にGIRを提出する。最終親会社又は指定提供会社の居住地国と構成会社等の居住地国との間に適格当局間合意(※10)がある場合、最終親会社又は指定提供会社がそれぞれの自国の税務当局にGIRを提出した場合に限り、各構成会社はGIRの提出義務は免除される(法法150の3③)。 (※8) 英:Ultimate Parent Entity:UPE (※9) 英:Designated Filing Entity (※10) 適格当局間合意(Qualifying Competent Authority Agreement)とは、権限ある当局間の合意で、年次のGIRについての自動的情報交換協定を含むものをいう。 (2) GIRの作成義務 GIRの国内法上の呼称は「特定多国籍企業グループ等報告事項等」(法法150の3①)であるが、各国税務当局への情報提供が目的であるため英語で作成され、トップアップ課税の有無にかかわらず提出が必要である。これに対し、「国際最低課税額確定申告書」(法法2三十一の二、81の6①)は我が国の税務当局向けに日本語で作成され、トップアップ課税がない場合は作成を要しない(法法82の6①但書)。 また、2028(令和10)年12月31日以前に開始する対象会計年度については、次の経過措置が設けられている。 ただし、経過期間中においても、トップアップ課税が生じ、軽課税国に2以上の構成会社等が存在するため配分が必要な場合には、構成会社ごとに関連項目の記載が必要である。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 金融庁が「企業内容等開示ガイドライン」の改正案を公表 ~有価証券報告書等の再度の延長承認申請など一部取扱いを明確化~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年7月3日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」について改正するものである。 意見募集期間は2024年8月2日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」(企業内容等開示ガイドライン24-13)において、次のことを明確化する。 やむを得ない理由に、サイバー攻撃等により財務諸表もしくは連結財務諸表を作成するために必要なデータを取得できないことや、延長承認を必要とする理由を証する書面等において、発行者が申請する新たな提出期限の妥当性に係る監査法人等の見解を記載した書面について規定している。 Ⅲ 適用時期等 パブリックコメント終了後、速やかに適用する予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、インボイスに関して 「多く寄せられる質問(令和6年4月以降版)」を更新 ~フリマアプリ等で商品を仕入れた場合の仕入税額控除に関する設問を追加~ 税理士 石川 幸恵 令和6年6月26日、国税庁はホームページにおいて、適格請求書等保存方式(以下「インボイス制度」という)に関して「多く寄せられる質問(令和6年4月以降版)」を更新し、問ⓓを新設した。 新たに追加された設問は次のとおり。 この問いの重要なポイントは、フリマアプリ等で匿名の出品者から棚卸資産として古物を買い受けた場合について、古物商等特例、80%・50%経過措置の適用関係と帳簿の記載事項が整理されたことである。 (1) 古物商等特例、80%・50%経過措置の適用関係 古物商等特例、80%・50%経過措置の適用関係を整理したのが次の表である。 ※問ⓓ【古物商特例及び80%・50%経過措置の適用関係】から一部抜粋のうえ筆者追記 (※1) 古物営業法上、対価の総額が1万円以上であったり、1万円未満でも一定の場合、古物台帳に住所、氏名、職業及び年齢を記載する義務が生じることから、それらの情報が把握できない場合は生じ得ないので、80%・50%経過措置の適用は想定していない。 表には示していないが、準古物は古物営業法の対象外であることから対価の額が1万円以上である場合も古物台帳への記帳は求められておらず、住所、氏名、職業及び年齢を把握していないケースも想定し得る。このケースには80%・50%経過措置の適用がある。 (※2) 古物商等特例は原則として帳簿に仕入れの相手方の住所又は所在地の記載が必要である(インボイスQ&A問110)が、対価の総額が1万円未満の場合(自動二輪車等一定の物を除く)については記載不要である。したがって、フリマアプリ等において取引相手が匿名であっても古物商等特例の適用を受けられるとされている。 ただし、匿名の取引で氏名を把握していない場合に、帳簿の「課税仕入れの相手方の氏名又は名称」をどう書くかについて、問ⓓでは触れられていない(80%・50%経過措置の適用を受ける場合については下記(2)のとおり)。 (※3) 古物商以外の事業者による仕入れは古物商等特例の適用がないので、80%・50%経過措置が適用される。 (2) 80%・50%経過措置の適用を受ける場合の区分記載請求書等及び帳簿の記載 80%・50%経過措置の適用を受けるにあたり、区分記載請求書等及び帳簿に相手方の氏名又は名称の記載が必要であるが、「フリマアプリ等の名称及び当該フリマアプリ等におけるアカウント名」として差し支えない。 (了) ↓お勧め連載記事↓
令和5年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和5年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
2024年7月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.576を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.137- 「コワイのは選挙の後の「市場」の評価」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 低迷する内閣支持率のもとで、秋の自民党総裁選挙まで解散はなくなったというのが大方の見方だ。 この間野党は、政権交代を目指して選挙公約を練ることになる。筆者のところにも相談があるので、次のように答えている。 上記に係る具体例を挙げてみよう。 * * * メキシコでは6月、左派政策を継承する女性大統領が誕生したが、年金改革や国有企業優遇というポピュリズム政策が、市場から財政悪化の懸念を引き起こすと評価され、為替・株・債券のトリプル安を生じさせ、経済を混乱させている。 フランスでは、6月30日の下院選挙(1回目)で躍進した極右政党(国民連合)が電気、ガス、燃料料金の付加価値税引下げ(20%から5.5%へ)などのバラマキ政策を公約に掲げており、市場が反応して株価が下がり金利が急上昇している。 英国では、2022年の秋に首相に就任したトラス氏が打ち出した財源の裏付けがない大型減税がインフレ懸念を生じさせ、市場の厳しい洗礼を浴び、在任49日で退陣に追い込まれた。この教訓もあり、7月の総選挙を前に政権交代の期待が高まる野党労働党は、公約に掲げていた年280億ポンド(約5兆3,000億円)の環境予算を、財源不足を理由に撤回した。また、英国に住む富裕非居住者や免税となっている私立学校への課税強化などを打ち出し、市場の信頼を得ている(※)。 (※) The Labour Party「Labour Party tax policy:How we will make the tax system fairer」 わが国で大規模な財源が必要な政策(公約)の例を挙げるなら「大学教育無償化」だ。全国の大学・短大の授業料は総額で3兆円を上回る。この財源として「教育国債」を主張する政党がある(自民党の一部も)。 教育は将来にわたり利益をもたらす投資なので、後世に負担を求める国債を財源にしても問題はない、という主張が根拠になっているが、それを言えば半導体への補助金なども国債を財源にすべきということになりかねず、“言葉遊び”である。いずれにしても、きちんと財源を明示しなければ、国民からも「市場」からも見透かされる。 民主党政権が短命に終わった最大の要因は、2009年の政権交代選挙で国民に示したマニフェスト(選挙公約)が財源問題に突き当たり、政策が行き詰まったことだ。 マニフェストでは、1人当たり月額2万6,000円の子ども手当の支給や高速道路無料化、ガソリン暫定税率廃止などが掲げられていた。財源としては、無駄削減(歳出改革)で9.1兆円、「埋蔵金」で4.3兆円、政府資産の売却などで計16.8兆円の財源を捻出することになっていたが、頓挫した。 「埋蔵金」というのは、テレビ番組で人気を博した「徳川埋蔵金」をシャレて、「あるといわれてきたがいくら掘っても出てこないフェイク」という意味で使われてきたのだが、民主党は継続的に財源となる「埋蔵金」が本当にあると信じてしまった。 逆に、消費税減税のような公約も、メキシコや英国トラス政権のように、「市場」からは非現実的な政策としてマイナスの評価を受けるだろう。 * * * 財源抜きにした「フリーランチ」の政策はありえない。財源をあいまいにしたままでの政策は、短期的に国民は騙せても、「市場」から厳しくその実現可能性が判断されることになる。 (了)
令和6年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第1回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 令和6年度税制改正では、グループ通算制度独自の税制(※1)についての改正は行われていないが、単体制度(※2)及び通算制度に共通の税制(※3)について、グループ通算制度特有の取扱いの改正が行われている。 (※1) グループ通算制度独自の税制とは、損益通算、欠損金の通算、通算承認に係る時価評価、通算承認に係る繰越欠損金の切捨て、通算承認に係る特定資産譲渡等損失額の損金算入制限、投資簿価修正など単体制度に存在しない税制を意味している。 (※2) 単体制度とは、グループ通算制度を適用しない法人(以下、「単体法人」という)の課税制度をいう。 (※3) 単体制度及び通算制度に共通の税制とは、研究開発税制、外国税額控除、特定税額控除規定の不適用措置、通算特定税額控除規定の不適用措置等を意味している。 具体的には、令和6年度のグループ通算制度に係る改正事項は次のとおりとなる。 そこで本稿では、令和6年度税制改正における『グループ通算制度』に係る改正事項について解説することとする。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 Ⅰ 研究開発税制の見直し 1 改正の概要 試験研究費の税額控除制度(研究開発税制)について、次の見直しを行う。 上記①の改正は、令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令6改所法等附39③)。 上記②の改正は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令6改所法等附39①②)。 (※) 経済産業省「令和6年度(2024年度)経済産業関係 税制改正について(令和5年12月)」7頁より抜粋 (続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例64】 「販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方に本拠を置き、大阪、京都、神戸を中心とした都市部のフランチャイズ店(販売代理店)に家庭用品を卸している株式会社X(資本金1億5,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。わが社のビジネスモデルは、巷ではマルチ商法とかネットワークビジネスとか、古くはねずみ講などとレッテルが貼られて胡散臭いものと誤解されがちなのですが、極めてまっとうなもので、扱っている商品は環境にも優しく高品質であることから幅広い消費者層から支持があり、その結果、フランチャイズ店を経営する個人事業主の皆様とウィンウィンの関係を構築していることから、法令違反などとは無縁です。 さて、わが社の業績はフランチャイズ店の頑張り次第で大部分が決まってくることから、わが社はフランチャイズ店の士気を高める様々な工夫を凝らしております。その工夫の主たる方法として、インセンティブプランがあります。その内容は、売上金額に応じたキャッシュバック(ロイヤルティー)が中心ですが、その上乗せとして、売上金額上位5位以内のフランチャイズ店と、売上金額の伸び率上位5位以内のフランチャイズ店を対象とした海外旅行プラン(シンガポール3泊5日)があります。しかしながら、当該インセンティブプランにつき、先日来受けている税務調査で問題視されています。すなわち、国税局の調査官によれば、キャッシュバックプランはともかくとして、フランチャイズ店を対象とした海外旅行は純粋に個人事業主に対する慰安や接待というべき性質のものであり、法人税法上は交際費等に該当することから、中小法人に該当しないわが社の場合、全額が損金不算入になるというのです。 キャッシュバックプランと同じ意図を持ったインセンティブプランであるにもかかわらず、一方は損金算入、もう一方は損金不算入というのでは、ご都合主義としか言いようがないように思えますが、国税局の解釈は正当といえるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいいますが、現在の判例上の判断基準として、いわゆる「三要件説」が標準的な考え方となっています。 本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となりそうですが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと考えられることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、損金不算入の交際費等に該当するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 交際費等の意義 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう(措法61の4⑥)。そもそも交際費は、法人税法第22条第3項第2号の規定により損金算入が認められるべき支出であるが、冗費・濫費の節減(※1)、企業所得の内部留保により資本蓄積の促進を図るといった政策的意図から、昭和29年度の税制改正で損金算入に制限が加えられたものである。 (※1) ただし、後掲の裁判例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901))でも指摘されている通り、近年の裁判例では「具体的な支出について、それが冗費、濫費に該当するか否かを検討する必要性はない」と判示するものが多い。 交際費等の意義と範囲をめぐっては、これまで多くの裁判例でその要件が何であるかにつき争われてきており、学説でもいくつかの説が提示されてきている。その中で、現在最も標準的な考え方とされるのが、以下の「三要件説」である。 三要件説とは、裁判例(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁、「萬有製薬事件」)では、製薬会社がその医薬品を納入する医療機関に所属する若手医師に対し、当該医師が海外の学術雑誌に論文を投稿する際にその英語の添削に係る費用を負担した場合において、当該費用が交際費に該当するのかどうかの判断基準として、以下の3つの要件を提示し、そのすべてに該当するものが交際費であるとする考え方をいうものとされる。 (※2) なお、当該裁判例の一審(東京地裁平成14年9月13日判決・税資252号順号9189)では、二審で示された当該要件のうち、①及び②を満たせば交際費であるとされた(二要件説)。 (2) 令和6年度の税制改正 令和6年度税制改正で、令和6年4月1日以後に支出する飲食費(いわゆる少額飲食費)について、損金不算入となる交際費等の範囲から除外される金額基準が、従前の1人当たり5,000円以下から1万円以下に引き上げられることになった(措法61の4⑥二、措令37の5①)。 当該改正に伴う現在の交際費等の区分と損金性を表にまとめると以下の通りとなる。 〇 交際費等の区分と損金性 (※3) 通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうち一定の法人等は除く(措法61の4②)。 (3) 販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性が争われた事例 ここでは、本件と同様に、販売代理店を海外旅行へ招待する費用の交際費該当性と損金性が争われた事例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901)、TAINSコード:Z255-09901)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、平成4年11月25日に設立された栄養補助食品等の輸入販売業を営む株式会社である原告が、平成9年度及び10年度の法人税の申告(青色申告)にあたり、自己の商品について優秀な販売実績を達成した個人事業主(ディストリビューター)に対し、原告の米国親会社であるBが設定した報酬基準に従ってCという名称の海外旅行に招待し、これに要した費用を損金として計上したところ、被告が、本件旅行費用は、租税特別措置法第61条の4第3項の交際費等に該当するとして、各年度について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、これらの取消しを求めた事案である。 原告は、その製品(栄養補助食品)を登録済みのDS(ディストリビューター)にのみ販売し、DSは、これを他に再販売する。DSが本製品を取扱うことによって得る利益は、再販売による利潤もあるが、原告が予め定めたボリューム・ポイントを蓄積することによって、原告から、売上割戻しに相当するCを含むボーナス・ロイヤルティー等を取得することにより受ける利益もある。これは通常多段階販売方式と呼ばれ、特定商取引に関する法律において連鎖販売取引と呼ばれる。 ② 事案の争点 原告が支出した販売代理店を海外旅行へ招待する費用は交際費等に該当し損金不算入となるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成17年8月31判決・税資255号-230(順号10111)、TAINSコード:Z255-10111)、さらに最高裁に上告されたが不受理となり確定している(最高裁平成19年3月30日判決・税資257号-72(順号10681)、TAINSコード:Z257-10681)。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例においては、海外旅行に係る支出が交際費等に該当するかどうかの判断基準として、「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」と解し、そのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められることとなるというべき」として、措置法61条の4第3項(現第6項)の規定する「接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為」であり交際費等に該当するとしている。すなわち、当該海外旅行に関する支出が、ロイヤルティー(royalty)の支払い(売上割戻し)と軌を一にする販売促進策としての報酬プログラムの一環として義務的に支出されたものであったとしても、その経済的利益の性質が、支出先に対する接待ないし慰安等を目的とするものであることから、ロイヤルティーの支払いとは異なるとして、交際費等に該当するとしたものである。 本裁判例が萬有製薬事件(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁)のいわゆる「三要件説」を意識したものかどうかは必ずしも判然とはしないが、本裁判例が時系列的に萬有製薬事件以後に判決が出されたものであること、また、萬有製薬事件の「三要件説」の第三の基準である「支出による行為の形態が接待・供応・慰安・贈答その他これらに類する行為であること」と、本裁判例の「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」としてそのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められる」ため交際費等に該当するという判示とが整合的であること、さらにその他の二要件も満たしていると考えられることから、本裁判例の交際費等に関する判断も「三要件説」に沿ったものであると解される。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいうが、当該交際費(等)に係る現在の判例上の判断基準としては、三要件説が標準的な考え方となっている。本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となると考えられるが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと判断されることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、交際費等に該当するもの(しかも株式会社Xは資本金1億5,000万円で中小法人に該当しないため全額損金不算入)と考えられる。 (了)