〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第40回】 「外国税額控除が適用される時期」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 法人税法69条1項にいう、外国法人税を「納付することとなる」場合というのは、どのタイミングをいうのでしょうか。 〔A〕 平成27年の東京地裁判決において、控除の対象となる外国法人税に係る租税債務の確定の時点を基準として、我が国の外国税額控除制度の適用の可否を判断するということが改めて確認されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国税額控除制度について (1) 外国税額控除制度の趣旨 法人税法69条1項は、内国法人が各事業年度において外国法人税を納付することとなる場合には、一定の方法により計算した金額を限度として、その外国法人税の額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する旨を定めており、同外国税額控除の制度は、我が国の企業の海外における経済活動の振興を図るという政策的要請の下に、国際的二重課税を防止し、海外取引に対する課税の公平と税制の中立性を維持することを目的として設けられた制度である(下線筆者)。 (2) 控除限度超過額及び控除余裕額の繰越し 内国法人が納付することとなる控除対象外国法人税の額が当該事業年度の控除限度額と地方税控除限度額の合計額を超える場合、前3年内事業年度の控除限度額のうち当該事業年度に繰り越される部分(国税又は地方税の控除余裕額)があるときは、その繰越額を限度として、その超える部分の金額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する(法法69②)。 また、控除対象外国法人税の額が当該事業年度の控除限度額に満たない(控除余裕額が生じた)場合、その前3年内事業年度において納付することとなった控除対象外国法人税の額のうち当該事業年度に繰り越されている部分(繰越控除対象外国法人税額)があるときは、控除余裕額を限度として、その繰越控除対象外国法人税額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する(法法69③)。 以下では、法人税法69条1項にいう、外国法人税を「納付することとなる」の意義について争われた事例を取り上げる。 2 過去の裁判例 ➤《東京地裁平成27年10月8日(平成25年(行ウ)第685号)》(TAINSコード:Z265-12732) ➤《東京高裁平成28年7月14日(平成27年(行コ)第381号)》(TAINSコード:Z266-12881)(棄却・確定) (1) 事案の概要 本件は、内国法人X(原告・控訴人)が、保有する中国企業A社の出資持分を台湾に所在するB社に売却し、これによって得た譲渡益に対して中国において課されることとなる中国企業所得税額を当時の法人税法69条1項に定める外国税額の控除の規定により平成23年2月期(本件事業年度)の法人税の額から控除して確定申告したところ、所轄税務署長Yが、本件中国企業所得税額については、本件事業年度において外国税額控除の規定を適用できないとして、更正処分等をしたことから、Xが各処分の取消しを求めた事案である。 Xは当初A社の70%の出資持分を有していたところ、平成22年7月5日付で、その50%を1,190万米ドルでB社又はその子会社に売却する契約を締結し、平成22年12月2日、B社が間接に支配するC社(香港に所在)から同額の支払を受けた。 次に、Xは、平成22年12月9日付で、A社から中国企業所得税相当額として89万米ドル(※1)の請求を受けたため、同月15日に上記金額を送金した。その後、A社は、平成24年1月13日、Xの譲渡所得について、上海の税務機関に対し、我が国の納税申告書に相当する中国企業所得税源泉徴収報告表を提出し、同月18日、同税額を納付した(※2)。 (※1) 同額は、譲渡対価である1,190万米ドルから譲渡原価の300万米ドルを控除した残額に、軽減された中国企業所得税率10%を乗じて求められたものである。 (※2) A社による申告納付が遅れた理由について、Xは、「A社の督促にもかかわらず、上海の税務機関が本年度は予算を十分達成したから申告納付しなくてもよいと言ってきたからであり、その時点で税務機関は課税権やその額を掌握し、A社は逃れようがなかった」と主張している。 (2) 中国税法による課税関係 出資持分譲渡によりXに生じた所得は、企業所得税の対象とされ(企業所得税法(以下「中国企業法」という)3条及び企業所得税法実施条例(以下「中国条例」という)6条)、A社の所在地が中国国内であることから、中国国内源泉所得に該当する(中国条例7条3号)。 中国の非居住者企業であるXが取得する中国国内源泉所得に係る企業所得税の課税方法については、原則として、源泉徴収の方法によるが(中国企業法37条)、源泉徴収義務者が法に基づき源泉徴収を行っていない場合又は源泉徴収義務を履行できない場合、非居住者企業は源泉徴収義務者の支払日又は支払うべき支払期限から7日以内に、所得の発生地の管轄税務機関に企業所得税を申告納付しなければならず(非居住者企業所得税源泉徴収管理暫定弁法(以下「中国源泉法」という)15条1項)、持分譲渡取引の双方がともに非居住者企業で、中国国外で取引する場合、所得を取得する非居住者企業が自ら又は代理人に委託して、持分が譲渡された国内企業の所在地の管轄税務機関に申告納付しなければならないとされている。 本件出資持分譲渡は非居住者企業間の取引に当たり、また、その対価の支払が、いずれも中国の非居住者企業であるC社とXとの間で行われていることからすれば、中国国外で行われたものといえ、Xの譲渡所得に係る企業所得税については、申告納税の方法による課税がされることになる(中国源泉法15条2項)。 (3) 争点及びXの主張 本件の争点は、本件更正処分の適否であり、具体的には①外国法人税を「納付することとなる」の意義、及び②本件事業年度において本件中国企業所得税に係る租税債務が確定したか否かである(他の争点は省略)。 Xは、「納税義務の確定を要する場合は納税義務の確定という用語を使うはずである。しかるに、法人税法69条1項は『納付することとなる場合』という表現をしているから、文理解釈上、納税義務の確定とは違う意味に解釈するべきである。」、あるいは「確定という手続の目的は、税額を確定させることによって税額の納付・徴収の段階に進むことを可能にすることにあるから、課税要件である事実が明白で税額の計算が容易であるとき、すなわち、①租税債務が成立して、②課税要件である事実が明白で、③税額の計算が容易であるときは、納付すべき税額の確定の手続を要しないところ、本件では、租税債務が成立していて、株式譲渡の内容が、法規の定めに基づいて出資持分譲渡対象会社であるA社によって中国税務機関に届けられているから、中国税務機関にとって課税要件事実は明白であり、また、所得及び税額の計算方式が法規で定められていて税額の計算が容易であった。したがって、この時点で『納付することとなった』と解して差し支えない。」などと主張した。 (4) 裁判所の判断 本件第一審である東京地裁は、本件各処分はいずれも適法であるとし、Xの請求を棄却した。Xはこれを不服として控訴したが、控訴審である東京高裁も原判決を一部補正した上で、その判断を支持した、以下判決文を引用する。 ① 外国法人税を「納付することとなる」の意義について ② 中国企業所得税に係る租税債務の確定時期について ③ 控訴審におけるXの主張の排斥 3 検討 所得の発生時期と納税債務の確定のタイミングは通常一致しないが、上記2(4)①のとおり、我が国外国税額控除制度では、外国法人税の対象となる所得の発生年度に遡って(国内外における所得の発生とタイミングを一致させて)税額控除するのではなく、タイミングが不一致であることを前提として、あくまで「納付」の時点で、我が国における二重課税の調整を認める仕組みが採用されている(※3)。 (※3) 青山慶二「最近の判例から見る国際課税に関する課税のリスク 第10回:外国税額控除が可能とされる時期」(TKC税情2018年4月)52頁参照。 そのため、かかる不一致を解消する手段として、控除限度額及び控除余裕額の3年間の繰越しの規定が設けられているのである(上記1(2)参照)。なお、我が国では、所得課税については確定申告等により税額が確定するとされている(通則法17条)が、外国法人税の税額確定時期を規定する国内法は存在しない。 Xは平成22年12月15日付で、A社に89万米ドルを送金したことをもって、法人税法69条1項にいう「納付することとなる」と解したものと考えられるが、上記(※2)の事情があり、実際に中国当局へ申告したのは送金から13ヶ月後となった。 したがって、結論的にいえば、Xは本件事業年度の確定申告では、外国税額控除の控除余裕額を計算し、翌事業年度に繰り越した上で、翌事業年度において、当該繰越控除余裕額を、確定した控除対象外国法人税額に充当すればよかったものと思われる。しかしながら、中国における上記の事情を逐一我が国で把握するのは容易ではなく、その意味で、納税者に酷な事例であったといえる。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第17回】 「財産評価基本通達205項柱書の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成28年7月25日裁決(TAINSコード:F0-3-499) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人らの主張の概要 (3) 「見込まれるとき」の法令解釈 評価通達第205項の(1)から(3)が、貸付金債権等の回収の見込みがない場合として、債務者の経済状態等が破綻していることが客観的に明白である事由を掲げていることに鑑みれば、これと並列的に定められている「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、上記事由と同視できる程度に債務者の経済状態等の悪化が著しく、その貸付金債権等の回収の見込みがないことが客観的に明白であることをいうものと解するのが相当である。 (4) 審判所の判断の概要・請求人らの主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈、とりわけ「客観的に明白」という表現は、大阪高裁平成15年7月1日判決(TAINSコード:Z253-9386)に見ることができるが、当該判決は、債権には市場性がなく時価を容易に算定できず、算定しようとしても納税者の恣意を許し課税庁に過大の負担を強いることになることを理由として、客観的に明白な事由が存在しない限り評価通達第204項に定める額面評価に拠るべきとしている。 また、これより比較的最近の裁判例である福岡高裁平成28年7月14日判決(TAINSコード:Z266-12880)においても、列挙された評価通達第205項の(1)から(3)の各事由を特に緩和する趣旨で規定されたと考える合理的理由は見当たらないと判示している。 3 債務者を取り巻く事情が影響するか否か (1) 同族会社としての特性 同族会社は所有と経営が一致しており、オーナーの同族会社に対する債権は「ある時払いの催促なし」であることが多い。 しかし、上記の大阪高裁判決は、その債務者の規模や閉鎖性に限らず同様に解されるべきと判示しており、これが「見込まれるとき」の判断に影響を与える可能性は薄いと考えられる。 (2) 一括弁済する資力がない 債務金額が営業キャッシュ・フローの創出能力をはるかに超える場合、返済は細々としており延滞状態にもないが、全額の弁済には程遠いという事例がある。 しかし、東京地裁平成30年8月27日判決は、たとえ一括弁済する資力がないとしても「見込まれるとき」には当たらないと判断しており、営業キャッシュ・フローの数年分のみを元本に算入するといった取扱いが認容される可能性は薄いと考えられる。 (3) 法人税法における貸倒引当金との互換性 「弁済期が5年超のものについては全額」「担保保全額を超える債権額の50%」といった法人税基本通達の個別貸倒引当金の取扱いが「見込まれるとき」の判断に直接影響を与える可能性は薄いと考えられる。 (4) その他 評価通達第205項が論点となる債権の債務者は、継続した「延滞状態」「債務超過」「赤字決算」に陥っていることが多いが、これは「見込まれるとき」の直接の事由というよりも、むしろその事由に至る背景事情であって、それら事情の帰結として顕現化した法的破綻の状態に至ってはじめて「見込まれるとき」に当たると考えられる。 一方、債務者の営業に不可欠な資産に抵当権が実行されたといった、法的破綻の軌道に乗ったといわざるを得ないような客観的な事象が生じた場合には、「見込まれるとき」の該当性につき現実味が増すことになるであろう。 (了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第2回】 「土地再評価差額金の取崩しと包括利益の関係」 公認会計士 石王丸 周夫 「包括利益」という名称を聞いたことはあるけれど、イメージがわかないという人が結構います。イメージがわかなければ、完成した決算短信に間違いがあっても気がつきません。 そこで訂正事例の登場です。他社で間違いが起きた箇所は、自社でも同じように間違う可能性があります。まずは、間違いやすい箇所がどこなのかを学んでみましょう。 訂正事例の概要 連結包括利益計算書において、「土地再評価差額金」を計上したものの不要だったことに気づき、これを削除したという決算短信の訂正事例があります。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示) その結果、土地再評価差額金のほかに、その他の包括利益合計と包括利益の金額も訂正となり、さらに、上記には表示していませんが、内訳として開示する「親会社株主に係る包括利益」と決算短信の「サマリー情報」で引用した包括利益の数値についても連動して訂正を行っています。 包括利益とは 包括利益は、現状、連結財務諸表のみで登場する概念です。個別財務諸表では、当面の間、この概念は適用されないことになっています。 その名称からも想像がつくとおり、利益より広範囲に及ぶ利益概念で、広義の利益といってもよいです。連結損益計算書で計算された当期純損益にその他の包括利益を加えたものが包括利益です。また、その他の包括利益とは、一言で言い表すなら含み損益です。 以上を踏まえて、正確な定義を確認します。 包括利益というのは、「ある企業の特定期間の財務諸表において認識された純資産の変動額のうち、当該企業の純資産に対する持分所有者との直接的な取引によらない部分」(企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」第4項)のことです。つまり、前期末と当期末の純資産額を比べて、その変動額のうち、たとえば増資による資本金の増加といった企業と株主等の直接取引を除いた部分ということです。 その他の包括利益は、この「包括利益のうち当期純利益に含まれない部分」(企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」第5項)をいいます。 土地再評価差額金とは 次に、土地再評価差額金とは何かを確認します。これは連結貸借対照表及び個別貸借対照表の純資産の部に計上される科目です。 土地再評価差額金というのは、今から25年ほど前の1998年から2002年にかけて、時限立法により計上が認められた項目です。その期間内の一決算期に限り、事業用土地を時価評価して簿価を改定することが認められました。この時価評価により発生した旧簿価との差額のうち税効果相当額を控除した額を、土地再評価差額金として純資産に計上しています。 上記訂正事例では、この土地再評価差額金の取崩額をその他の包括利益に計上していました。土地再評価差額金という純資産項目が変動しているので、包括利益の定義に照らして問題ないようにも見えますが、何が間違っていたのでしょうか。 土地再評価差額金の取崩しの意味 土地再評価差額金は、再評価を行った事業用土地の売却や減損の際に取り崩されます。その際に留意しなければならないのは、再評価後の価額が会計上の簿価であるという点です。 たとえば、旧簿価が400で再評価後に500となった事業用土地を考えてみます。実効税率を40%とすると、再評価による差額100のうち税効果相当額の40を再評価に係る繰延税金負債に計上し、60を土地再評価差額金に計上します。 その後、この土地を500で売却したとすると、売却益はいくらになるでしょうか。 旧簿価が400だったので、再評価による差額100が実現したかのように捉えたくなりますが、そのようには考えません。再評価後の簿価は500なので、簿価500の土地を500で売却したと考えます。すなわち、売却益は0です。 では、売却時に取り崩す土地再評価差額金60はどうするかというと、売却益0なので、これは利益に計上するわけにはいかないため、損益計算書を経由せずにその他利益剰余金に計上します。 なお、その際、再評価に係る繰延税金負債については、「法人税等調整額を相手勘定として取り崩す」(企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」第14項)ことになります。 以上を踏まえて、包括利益との関係を会計基準で確認してみます。次のとおりです。 (企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」第31項) つまり、純資産の中で、土地再評価差額金が減少すると同時に利益剰余金が増加するため、純資産全体では増減はなく、包括利益には該当しないということです。 おそらく、訂正事例は再評価された土地を売却した事例とみられ、それに伴う土地再評価差額金の取崩しをその他包括利益に含めてしまったことによる訂正と考えられます。 なお、他社では、土地を減損したケースで同様の訂正事例が出ています。減損損失を計上した土地に係る土地再評価差額金を取り崩す際に、当該取崩額をその他包括利益に含めてしまったというミスだとみられます。 開示前のチェックポイント 以上の知識を前提に連結包括利益計算書を作成することになりますが、正しく作成できたことを開示前にチェックすることも必要です。 その他の包括利益の内訳項目に土地再評価差額金が表示されている場合は、その妥当性を確認します。その他の包括利益として計上されることが妥当と考えられるケースとしては、次のようなものがあります。 第一は、実効税率の変更です。再評価に係る繰延税金を計算し直すため、それに伴い土地再評価差額金が増減します。これはその他の包括利益に含まれます。 第二は、再評価に係る繰延税金資産について、その回収可能性に変化が生じた場合です。その変動差額も土地再評価差額金を増減させ、その他の包括利益に含まれます。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第48回】 「士業別のM&A対応、企業の見方に関する留意点とポイント」 ~公認会計士編~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、検討と相談の際に活かす。 売り手企業 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、検討と相談の際に活かす。 支援機関(第三者) ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、支援や提案に活かす。 その他の対象者 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知る。 前回と同様に、士業の種類によって微妙に異なるM&Aに対する視点を取り上げます。この視点の違いを知ることで、M&Aの買い手、売り手、支援機関などの第三者は、ご自身のおかれた環境に応じて士業を使い分けられると思います。 1 公認会計士の特性 公認会計士という職業は1つしか存在しないわけですが、どのような環境で業務を行っているか、行ってきたかによって、かなり個人の特性が異なります。 前回、税理士を取り上げましたが、ある意味で、税理士の特性の違いに近いかもしれません。例えば、所得税に強い税理士、法人税に強い税理士、資産税に強い税理士、国際税務に強い税理士などがいるように、「○○に強い公認会計士」というカテゴリーが公認会計士にもあります。 私個人の経験に基づく私見になりますが、公認会計士の特性は大まかに、「オーディター(Auditor)」、「アカウンタント(Accountant)」、「税理士転向者」、「アドバイザー」の4つに区分されると考えられます。 (1) オーディター(Auditor) まず、「オーディター」は監査人の意ですので、主に監査法人勤務者、会計監査人や、監査法人にバックグラウンドのある方の多くが該当します。 属人的な特徴の違いはありますが、会計監査の業務の特性上、どうしても内向きになりやすく、会計や監査のルールも厳格ですので、ルールブックとしての機能は発揮するものの、専門性が高すぎるせいで、視点が細かくなりがちな面があります。この点で、中小企業で必要となる視点と異なることも多く、「大企業でもないのに、ここを突いてどうするつもりだろうか」と思った経験が私にも過去何度かあります。 一般的に経験年数と専門性の高さは比例すると考えられ、オーディターとして長い経験を積むほど、専門性の高さが際立ち素晴らしい反面、中小企業の求める実務と乖離する可能性が高いため、基本的に熟練のオーディターは、中小企業M&Aには不向きなのではないかと私は思います。 (2) アカウンタント(Accountant) 公認会計士のキャリアは多くが監査法人からスタートしますが、途中から転向する方も多く、「アカウンタント」として、経理を中心に、財務、経営企画などの業務に携わる事業会社勤務を選択する場合も少なくありません。本稿ではいわゆる「企業内会計士」と呼ばれる層をアカウンタントと考えることにします。 公認会計士がアカウンタントとして勤務する職場は、上場企業や、非上場企業であってもそれなりの売上高や従業員規模の企業に限られますので、基本的に、大企業実務経験者だと思った方がよいです。これらの人材は、勤務先企業でM&A経験を積む機会が少なくありません。経営戦略、戦略的投資の観点からM&Aはスタンダードになりつつありますので、相当の確率でM&Aの実務経験があります。 ただし、経験しているのは“大”企業のM&Aであることが多く、大企業が中小企業を買収するケースはあっても、中小企業が中小企業を取得するパターンの経験はないと思われます。 この場合、大企業側で行う組織再編の会計・税務・法務(手続)、バリュエーション(いわゆる株価算定など)を得意としており、中小企業側で求めるレベルとしては不要な知見が多いです。 ですから、もし、中小企業M&Aにアカウンタントの公認会計士が携わる場合は、手法、手続、進めるスピード感などが、中小企業の求めるレベル感に合わない(オーバースペックである)ことがありますので、多少気を付けた方がよいかもしれません。 ただ、上記(1)のオーディターと比べると、事業会社勤務経験者だけあって、企業視点の発言や考え方が身についている点では、買い手にとっても売り手にとっても味方になりやすい存在といえます。 (3) 税理士転向者 公認会計士が税理士登録をして税理士としても業務を行うケースは多く、名刺に書く際も「公認会計士・税理士」ではなく、「税理士・公認会計士」とする方を見かけることがあります。 公認会計士と税理士のどちらが本業になるかによって、特性や企業に対する視点が異なりますが、税理士転向者の場合は、税務の視点を持ちながら公認会計士としてのバックボーンが活かされているケースが多いように感じます。 現在も人気があるゲームのジャンルにRPG(ロールプレイングゲーム)があります。そのジャンルの人気ゲームの1つ「ドラゴンクエスト」シリーズの中には、「転職」というイベントが用意されている作品があります。税理士転向者は、このゲームにおける転職によく似ていて、元々のキャリアのすべてが失われることなく、転向後の新たなキャリアを足していくとお考えになるとイメージがしやすいと思います。 原則として、すべての公認会計士は会計と監査の実務を通して、会計的視点と監査的視点が備わっているのが特徴で、試験と実務経験の2段階で本人の実力として定着しています。この経験の部分に関しては、税理士のみの方にはどうしても身に付けようがなく、公認会計士と税理士では、まるで物事の見方が異なると思った方が私はよいと思います。なお、どちらが好みかは中小企業によると思いますので、良否はありません。 その前提での税理士転向者は会計・監査的視点を持ちながら、税の知見も上乗せされる点で中小企業M&Aにとってメリットは大きいですが、一方で、初めから税の知見一本で経験値を積んできた税理士の方々に比べると、条文、通達などの法令や判例などに関するインプットとアウトプット力は相対的に見劣りすると実感しています。 これらの長短を踏まえた上で付き合えば、他の特性を持つ公認会計士と比べて中小企業との親和性は高いのではないでしょうか。 (4) アドバイザー 公認会計士の4つ目の区分を「コンサルタント」ではなく「アドバイザー」としたのは、公認会計士ではコンサルタントと名乗るほどには、経営そのものに深く入り込んで実務を回していく力はないだろうとの見解からです。 もちろん、例外的に経営全般に対応できる方がいるのも事実ですが、基本的には、過去に経験を積まれた専門分野の知見を活かして、助言を行う、実行支援を行う方がほとんどですので、経営全般にまで範囲を広げて業務を行える方はさほど多くはありません。アドバイザーの対応分野は数えきれないほどありますので一概にはいえませんが、決算・開示、内部統制、仕組みの導入、管理部門業務など公認会計士として関わりそうな業務領域で、手を動かす必要もある特定業務での腕のある方が心強いアドバイザーとなりえます。 この特性の1つに「M&Aアドバイザー」があり、公認会計士としてその分野のバックボーンがある方、金融機関やM&A仲介会社経験者などであれば、公認会計士としての専門性にプラスアルファが加わりますので心強い場合があります。なかでも、中小企業実務経験のある方ならば、中小企業M&Aにもマッチしますので、先に挙げた(1)~(3)の特性と比較すると、最も中小企業M&Aに合う方が見つかりやすいと思います。 2 公認会計士を選ぶ際の留意点 公認会計士は会計と監査のバックボーンがある経験値が幸いして、M&Aの現場でよく耳にするデューデリジェンス、なかでも財務デューデリジェンスという財務面を中心とした調査業務に従事する割合が高いことから、中小企業M&Aには向いている職業の1つだと思います。 しかしながら、どうしても過去の経験や職業特性上、中小企業M&Aで公認会計士を選ぶ際に留意した方がよいと考える点がいくつかあります。 (1) 横文字文化 本稿を執筆する私自身がこれまでの解説の中で横文字を多用しており恥ずかしい限りですが、公認会計士、特に大規模な監査法人系の事務所出身者は、中小企業実務には不要な横文字を多用するケースがあります。自然に使っているというよりは、見栄で使っている場合もあるように私は感じますので、あまりに多用される方とはお付き合いしないのも手です。 「アジェンダ」、「スキーム」、「エビデンス」など、他の言葉で言い換えられる内容は多いため、話していて違和感があれば、どうしてその言葉を使用しているのか確認してみてもよいのではないでしょうか。 なぜ、わざわざこの項目を設けたかといいますと、わかりやすい言葉や表現、内容をあえてわかりにくくするのが習慣になっている方は、大事な局面で最も伝えなければならないことを避けたり、知らないのに知ったかぶりをしたりと、中小企業に寄り添った実務ができない恐れがあるからです。 細かい点ほど重要なことが多いのは、何においても同じです。横文字を使うのが問題なのではなく、横文字に逃げることが問題なので、その見極めの1つの判断基準として、目の前の公認会計士のタイプを診断される際に使われるとよい視点かもしれません。 (2) 視野が広すぎてオーバースペックになりやすい 公認会計士の圧倒的な強みは、大企業の複数の管理実務の知見が、企業外部の視点から会計と会計監査の実務経験を通して身についている点です。弁護士、税理士、中小企業診断士には決してない視点ですので、強みと捉えられる一方で、その視点は、相当規模の企業の実例に偏るという弱点があります。大企業に通用するお手本はよく知っていても、従業員数名の企業に当てはまる一般論ではない点に気を付けなければならないのが、公認会計士の特性です。 ですから、会計、内部統制といった公認会計士ならではの業務の水準が、中小企業が求めるレベル感を遥かに超えている場合があります。どの職業にもいえることかもしれませんが、自分に目線を合わせて対応してくれる方かどうかが大事だということです。 (3) オーナー視点になりづらい 弁護士や税理士と決定的に違うのが、代理人たる地位で業務を行う経験値が少ないという点です。公認会計士は中立な第三者の立場を求められる職業特性ですので、企業から少し距離を置いて意見する、業務する環境に慣れています。このため、人によりますが、顔の見える中小企業、経営者と距離の近い中小企業からすれば、公認会計士の距離感に物足りなさを感じるかもしれません。 (4) 報酬感 (2)の経験値によって業務のレベル感に価値を感じていただける方や、弁護士や公認会計士に有資格者としての価値を感じられる方のおかげもあり、公認会計士の報酬感は他の士業と比べて高い印象を受けます。M&Aの何の業務を行うかにもよりますが、安くはない報酬である点も加味しつつ、公認会計士を選ぶかどうかをご判断いただくとよいと思います。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第15回】 (最終回) 「リース取引の法律知識」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 本連載では、これまで日本におけるリース取引の会計や税務上の取扱いを中心に解説し、前回、リースに係る国際的な動向を確認しました。最終回となる本稿では最後に、リース取引に係る法律知識について簡単に整理します。 1 リース契約に関する法律知識 【第3回】で整理したとおり、リース取引の登場人物は、①ユーザー、②リース会社、③サプライヤーの3者でした。また、リース契約は、①ユーザーと②リース会社の間で締結されます。 (1) リースの実態 はじめに、リースの実態は何かを確認していきましょう。もしリース契約書がない場合、法的には、(a)売買契約、(b)賃貸借契約、(c)消費貸借契約の3つの契約を組み合わせることになります。 まず、②リース会社と③サプライヤーの間で、①ユーザーが選定したリース物件の(a)売買契約を行います。これにより、③サプライヤーは②リース会社に対してリース物件を引き渡す義務を負い、②リース会社は③サプライヤーへリース物件に対して売買代金を支払う義務を負います(民法555条)。売買契約の締結により、リース物件の所有権は②リース会社へ移転することになります。 次に、①ユーザーと②リース会社との間で、リース物件の(b)賃貸借契約を締結します。これにより、②リース会社はリース物件の使用及び収益を①ユーザーにさせる義務を負い、①ユーザーは②リース会社に対して賃料を支払う義務を負います(民法601条)。 リース契約を締結せず、(a)売買契約と(b)賃貸借契約が全く別々の契約だったとすると、契約上、①ユーザーと③サプライヤーは全く結びつかず、①ユーザーと③サプライヤーの間で行われる、リース物件を①ユーザーが選定したことも結びつかないため、リース物件のメンテンナンスや契約不適合があった場合に誰が解決するのか、民法では解決できない問題が生じてしまいます。 つまり、リースの実態を考えると、②リース会社と③サプライヤー間の(a)売買契約、①ユーザーと②リース会社間の(b)賃貸借契約を別々にすることはできず、③サプライヤーから①ユーザーへリース物件が売買され、②リース会社と①ユーザーの間で(c)消費貸借契約が締結されている(民法587条)ということになります。 (2) リース契約 リース契約に関しては、民法や商法のような一般的な法律に規定がなく、特別の法律もありません。そのため、リース契約の内容は、①ユーザーと②リース会社の合意によって定められることになります。もし、リース取引について法的な問題が生じた場合は、①ユーザーと②リース会社が合意したリース契約書の内容によって解決することになります。 2 リース契約書 では、リース契約書はどのようなものなのでしょうか。今回は、公益社団法人リース事業協会(以下「リース事業協会」という)が参考として掲載している「リース契約書の主な条項」の概要と、リース契約書の作成にあたり、①ユーザーが気をつけることを整理します。 (1) リース契約書の主な条項 リース事業協会のホームページに掲載されている「リース契約書の主な条項」は、以下のとおりとなります。以下の条項では主に、誰が責任(義務)を負うかが記載されています。 (2) ユーザーが気をつけること リース事業協会に加盟しているのはリース会社がほとんどです。そのため、リース会社がリース契約書を作成する際には、リース事業協会の「リース契約書」を基に作成することが考えられます。しかし、リース事業協会の「リース契約書」はリース会社の立場で作成されているため、以下ではリース契約書作成の際に、①ユーザーが気をつける点についていくつか記載します。 前述したように、リース契約の内容は、①ユーザーと②リース会社の合意によって定められます。つまり、必ずリース事業協会の「リース契約書」通りに契約締結しなければならないものではないので、①ユーザー、②リース会社、③サプライヤーの3者が対等な立場で契約締結に当たる必要があります。 (連載了)
電子書類の法律実務Q&A 【第18回】 「誤操作により電子契約がされた場合、取消しは認められるのか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 消費者からインターネット上で契約の申込みがされ、当社も申込みを承諾し、契約手続を進めていました。ところが、消費者から「マウスの操作ミスで申込ボタンを間違って押したので、契約を取り消す」と主張されました。 コンピュータの操作ミスで電子契約の申込みがされた場合の効力について教えてください。 〔A〕 事業者間の契約の場合、原則として取消しは認められませんが、消費者を相手方とする契約の場合、電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律(以下「電子契約法」といいます)が適用されるので、取消しが認められる場合があります。 質問のケース(消費者を相手方とする契約)については、インターネット上の申込画面の設定内容により結論が異なります。 申込画面で申込意思と申込内容が確認可能で、申込内容を訂正する機会を与えている場合には、取消しは認められません(電子契約法3条1項ただし書)。 他方、申込内容が表示されておらず、申込みをするか否かだけを判断するような申込画面の場合や、誤入力した内容について訂正する機会を与えていないような申込画面の場合には、取消しが認められる可能性があります(電子契約法3条1項本文)。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 民法上の原則 コンピュータの操作ミスで、契約をするつもりがないのに、インターネット上で契約の申込みをして、電子契約をしてしまったとする。 勘違い・誤りにより契約をした場合、取消しをすることができるのが原則だ。勘違い・誤りによる契約取消しのことを、「錯誤取消し」という(民法95条1項)。 では、マウスやキーボードなど、コンピュータの操作ミスで契約の申込みをした場合、錯誤取消しにより、契約を取り消せるのだろうか。 錯誤取消しは、勘違い・誤りにより契約した場合に無条件で認められるわけではない。錯誤取消しについては、表意者の「重大な過失」が原因の場合、認められないというルールになっている(民法95条3項)。 コンピュータの操作ミスについては、「重大な過失」と判断される可能性が高い。つまり、質問のケースでは、民法をそのまま適用すると、錯誤取消しが認められない可能性がある。 ここまでが、民法上の原則だ。 事業者間の取引については、民法上の原則がそのまま適用される。事業者間の電子契約については、コンピュータの操作ミスを理由に、取消しをすることは難しいと考えてよい。 2 消費者を相手方とする電子消費者契約について では、質問のように、消費者を相手方とする電子契約については、どうだろうか。 結論から言えば、事業者側が「確認を求める措置」をとっているかどうかがポイントになる。順番に解説していこう。 消費者を相手方とする「電子消費者契約」(電子契約法2条1項)については、電子契約法が適用され、消費者保護の観点から上記1の民法上のルールが修正される。 「電子消費者契約」とは、「消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うもの」(電子契約法2条1項)と定義されている。 分かりやすく言えば、消費者と事業者の契約で、消費者がスマートフォンやコンピュータに表示される画面をクリックするなどして、インターネット上で申込みをする契約のことである。インターネット通販については、基本的には「電子消費者契約」に当たると考えてよい。 「電子消費者契約」に当たる場合、「重大な過失」による場合でも、取消しが認められる(電子契約法3条1項本文)。つまり、「電子消費者契約」の場合、消費者側は、コンピュータ操作のミスで契約の申込みをしたことを理由に契約の取消しの主張をすることが可能となる。 しかし、この電子消費者契約の原則には、例外がある。電子契約法により、事業者が「消費者の申込み(中略)の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置」をとっているときは、「重大な過失」による場合でも、錯誤取消しができないことになっている(電子契約法3条1項ただし書)。 つまり、事業者側が「確認を求める措置」をとっていなければ取消しが認められる可能性があるが、事業者側が「確認を求める措置」をとっていれば取消しが認められないということになる。 (※) 購入完了前の確認画面には、別途、特定商取引法上の規制もある(特定商取引に関する法律12条の6第1項)。 3 事業者側の「確認を求める措置」とは では、どのような場合、「確認を求める措置」をとったことになるのか。 経済産業省によれば、①あるボタンをクリックすることで申込みの意思表示となることを消費者が明らかに確認することができる画面を設定すること、②最終的な意思表示となる送信ボタンを押す前に、申込みの内容を表示し、そこで訂正できる機会を与える画面を設定すること、が例として示されている。 ◆確認を求める措置がとられている例 (出典) 経済産業省「電子契約法について」 契約内容を申込画面に表示し、「取消」ボタンや「戻る」ボタンにより、訂正の機会を与えていることが必要ということになる。 申込画面にそのような設定がされている場合、誤操作による取消しは原則認められない。 他方、①申込内容を入力せずに、申込みをするか否かだけを判断するような申込画面の場合(注文フォームと申込画面が同一の場合)や、②誤入力した内容について訂正する機会を与えていないような申込画面の場合、確認を求める措置がとられていないとされている。 下記例①の場合、操作ミスによって誤って申込ボタンをクリックしたケース、下記例②の場合、1個と入力しようとして、操作ミスによって11個と入力してしまい、そのまま申込みを行ってしまうケースで錯誤取消しが認められる可能性がある。 ◆確認を求める措置がとられていない例 (出典) 経済産業省「電子契約法について」 4 「確認を求める措置」をとっていても取消しされる可能性 質問のケースからは少し離れるが、事業者として、「確認を求める措置」さえとっていれば、それで十分なのだろうか。この点については、最近興味深い判断がされた。 「フリートライアルはこちら」とのボタンをクリックすると、有料サービスの申込みに必要な事項を入力するための画面が掲載されているケースで、裁判所は、「本件ウェブサイトを見てフリートライアルを申し込もうと考えた一般消費者において本件講座の申込みに必要な事項の入力をフリートライアルの申込みに必要な事項の入力だと誤信しやすい体裁になっているものと認められ」ることを理由に、錯誤取消を認めた(東京地判令和4年6月7日)。 つまり、最終申込画面で正しい契約内容を表示していても、それ以前の画面で消費者に契約内容を誤解(例えば、無料サービスと誤解)させるような表示をしている場合には、錯誤を理由に契約が取り消される可能性があるのだ。 申込画面のみリーガルチェックの対象とするだけでは不十分な場合もあるということも理解しておきたい。 (了)
わたしは税金 「ツヨシくん誕生」 -医療費控除- 公認会計士・税理士 鈴木 基史 人のライフサイクルの中で、税金がどのように関わるのか。 これからミスター税金が、やさしくお話しします。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ツヨシくん誕生 「おめでとうございます。3,200グラムの元気な男の子ですよ」 産後、ベッドに横たわり、わが子をながめるお母さん方はみんな、満ち足りた穏やかないい表情をなさっています。新型コロナウイルス禍も平常に戻りつつあり、お見舞い客にも笑顔が絶えません。どこかの国の紛争やテロ事件などから完全に隔離され、病室は平和と希望に包まれています。 「なあ、子どもの名前、ツヨシにしようか」 「田中ツヨシ・・・元気そうな名前で、悪くないわね。いいんじゃない」 ――などと、パパとママがやっています。 いつも明るい雰囲気に包まれている産婦人科の入院病棟は、見るものの目を和ませてくれますね。ミスター“税金”も人の子・・・じゃないけれど、それなりに温かい感情は持ちあわせています。 パパとママの会話が続きます。 「ねえ、入院費用が60万円ぐらいかかるらしいわ」 「ふーん、そうか。入ったところの冬のボーナスが吹っ飛ぶけど・・・ま、仕方ないか」 「でも、お隣の奥さんに聞いたんだけど、医療費控除というのがあって、税金でいくらか戻ってくるんですって」 「あ、それ、オレも聞いたことあるなあ。病院とかの領収書が10万円以上あれば、その分、税金が戻るらしいな。でも、どうすりゃいいんだろう・・・」 結婚3年目にして授かったジュニア。ベビー誕生に祝意をあらわし、ミスター税金からもささやかながら、お祝い金をプレゼントいたしましょう。 ◆医療費を所得からマイナス 2人の会話に出てきた「医療費控除」のことを、わたしから少し詳しく説明します。 稼ぎ(所得)に対して税金がかかる――このことはみなさん、ご存知ですね。田中さんがもらう会社からのお給料も、税金が天引きしてあります。さて、その税金(所得税)を計算する際、いろいろ差し引くものがあって、これを「所得控除」といいます。 15種類ある所得控除の1つが医療費控除です。本人を含め家族の中で医者にかかった人がいれば、その支払いを所得からマイナスできるというもので、わたしども“税金”も福祉には関心を持っているあかし、とご理解いただけばいいでしょう。 ◆医療費控除には10万円の足切り 惜しむらくは、『10万円』の足切りを設けているため、風邪や腹痛ぐらいでは、少々がんばって通院してみたところでその金額には遠くおよばず、結局はぬか喜びに終わってしまう点です。 たいへん心苦しいのですが、この制約をはずすと、還付申告する人が殺到して税務署がパンクしてしまうので、どうかご容赦を。 でも、風邪や腹痛とくらべて、お産の費用はかさみます。10万円の足切りなんて、軽く突破することでしょう。田中さんも、60万円支払うということなら、そこから10万円を差し引いた残り50万円につき、ぜひとも還付申告をお考えください。 ◆還付金額は税率次第 いかほど税金が戻るかは、その人に適用される税率いかんです。所得税の税率は累進性――最低5%から最高45%まで用意されています。なお所得税がかかれば、それに連動して住民税がかかり、その税率は一律10%です。 田中さんの年収は約600万円なので、適用税率は所得税10%と住民税10%の合わせて20%です。ということは、医療費控除50万円の申告で「50万円×20%=10万円」が戻るという寸法です。 ちなみに、奥さんと子ども2人の家庭なら、年収1,000万円の人で30%か33%、1,500万円で43%と稼ぎの多い人ほど高い税率が適用され、その分、戻る税金も大きくなります。 ◆年明け後なるべく早く還付申告 実際にお金が戻るのは、翌年になってからです。会社からもらう源泉徴収票と病院の領収書に基づき、還付申告の手続きをしてください。振込みで税金が戻ってきます。 申告手続きは、今や電子申告(e‐Tax)が主流です。国税庁のホームページにアクセスすれば、申告書の記入や申告手順について詳しく説明されています。機械音痴の方は、税務署が開設する相談コーナーに出向かれることです。 なお、期日に関しては若干の誤解があるようですね。所得税の申告期間が「2月16日~3月15日」と定められているのは、税金を納めるときの話です。還付申告は年が明ければいつでもできます。 2月16日まで待つなどといわず、もっと早めに手続きしてください。そうすればお金が戻るのも早くなりますよ。 ◆薬局などの小さなレシートも使える 「そうかあ。10万円も戻ってくるのか。こりゃあ、助かるぞ」 「本当ね。あとで健康保険からも、いくらか戻ってくるってことだし・・・」 「今年は医療費控除のチャンスじゃないか。ほかに医療費はないの?」 「そうねえ。薬局の領収書とかあるけど、そういう小さい金額はダメなんでしょ」 「いや、今年は既に10万円の足切りを超えてるんだから、あとは領収書を集めれば集めるだけ、効果があるんじゃないか」 ◆お産の年は医療費の領収書をかき集める 田中さん、よくぞ気がつきました。そうです、どうせ控除を受けるのなら、できるだけたくさん受けていただきたい・・・普段はあまり気にかけない風邪のときの領収書なども、今年はくずかごへポイしないで、ガッチリかき集めることです。 お産の関係でも、入院の時の支払いだけでなく毎月の健診代もありますよね。入院や通院の際の交通費なんかもあるでしょう。突然の陣痛で利用したタクシー代もOKです。領収書がないからとあきらめない。そういうのはメモ用紙に日付けや金額を書き出したもので、十分に領収書代わりになりますよ。 ◆その年の支払い分だけが対象 医療費控除の申告で使う領収書は、日付けにご注意ください。たとえば令和5年分の申告なら、領収書も令和5年中の日付けのものでないとダメ。税務署はそこをしっかりとチェックします。 年内に治療が終わっても支払いが年明けなら、残念ながら令和5年分の申告でその領収書は使えません。領収書をかき集めている年なら支払いを年内にすませ、その年の日付けで領収書をもらうことです。それから、翌年に出産があるとわかっていたら、払いを渋って(?)年明けに支払うことですね・・・ささやかな悪知恵です。 ◆出産一時金は医療費から控除 さて最後に、田中さんには少々耳の痛いことを、お話ししなければなりません。さっき奥さんが、「あとで健康保険からも、いくらか戻ってくるってことだし・・・」とおっしゃっていました。 「出産一時金」のことでしょうけど、これはお産の費用から引いてください。お産にかぎらず、高額医療費の負担金のように健康保険などから戻るお金は、その分ふところが痛んでないんだから、医療費の金額からマイナスすることになっています。 民間の保険会社で医療保険に入っている人も要注意です。そこでおりる入院給付金とか、傷害費用保険金なんていうのも同じ扱いです。 現在、出産費用は全国平均で約50万円、東京都内の病院だと55万円を超えるようです。しかし少子化対策で、いまや国から出産一時金が50万円支給されます。ですから歯医者での通常の自費診療など、ほかに大きな医療費がなければ、現実には「50万円×20%=10万円」の還付は無理でしょうね(ゴメンなさい)。 ◆家族分の医療費は1人にまとめる ついでの話ですが、夫婦共稼ぎの方の場合、節税策の裏技があります。たとえばお二人それぞれに8万円ずつ医療費の領収書があるとしましょうか。正攻法ならそれぞれが医療費控除の申告を行い、いずれも10万円以下だから還付はなし。しかし、別々でなく領収書を一人に集めたら、合計16万円から10万円の控除・・・ということは、6万円の控除が受けられます。 え、そんなことしていいの、と思われるかも知れませんが、いいのです。生計を一にする親族分はまとめて申告していい、ということになっています。では、どちらにまとめるか――もうお分りですよね。適用税率の高い方にまとめることです。還付額が大きくなります。 以上、お詫びの印にささやかな節税策をご披露しました。 ◆出産手当金は控除しない 田中さんには、ぬか喜びでガッカリさせてしまい、本当にゴメンなさいね。とにかく入院費用だけでなく、今年お二人にかかる医療費の領収書をかき集めて、少しでも多くの医療費控除が受けられるよう、チャレンジしてみてください。 あ、それからついでの話ですが、奥さん自身が健康保険に入ってたら、出産一時金と一緒に「出産手当金」をもらうことがありますが、これは医療費からマイナスしません。出産費用の補助ではなく、休業中の給与の補てん金ですから、これはもらいっ放しでいいですよ。 じゃあ田中さん、ツヨシくんの健やかな成長をお祈りします。 (了) 人生にまつわる税金ものがたり、 もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第80話】 「概算取得費控除の特例と更正の請求」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、所得税の令和5年度の確定申告書を見ながら、呟く。 「・・・この納税者は、取得費に、措置法31条の4を使っているのか・・・」 国税庁のホームページで示されている「令和5年分 譲渡所得の申告のしかた」では、「概算取得費控除の特例」について、次のように記述されている。 「・・・先祖伝来の土地を、相続などで代々引き継いでいる場合などは、概算取得費控除の特例を使うのは分かるけれど・・・」 浅田調査官は、傍らにある税務六法を広げて、措置法31条の4を探す。 そして、措置法関係通達31の4-1で、「昭和28年以後に取得した資産についての適用」として、措置法31条の4に定める条件(昭和27年12月31日以前から引き続き所有)を広げている。 「・・・しかし、この措置法関係通達は、一般的に・・・納税者にとって・・・計算は簡単だけれど、不利な通達なんだ・・・」 浅田調査官は、突然、椅子から立ち上がり、熱心に書類を読んでいる中尾統括官の方に向かって、歩いていく。 「・・・中尾統括官・・・」 浅田調査官の声に、中尾統括官は驚いたように顔を上げる。 「なんだい」 中尾統括官は、書類から目を離す。 「・・・措置法31条の4のことですけど・・・」 浅田調査官は、先ほどから見ていた令和5年度の確定申告書を手渡す。 中尾統括官は、受け取った確定申告書をメガネを外して見る。 しばらくして、「別に・・・問題はないだろう・・・この確定申告書・・・」と言いながら、中尾統括官は、確定申告書を返す。 「・・・この申告書自体は・・・問題がないのですが・・・このケースで措置法31条の4を使うことはないのでは・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・この土地は・・・昭和59年に取得しているのですから・・・もし、契約書などを紛失して、どうしても取得費が分からなければ・・・別の方法で、合理的に取得費を計算することも可能なのでは・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 中尾統括官は、頷きながら、パソコンを開き、国税不服審判所のホームページから、裁決を探す。 「・・・この平成12年11月16日の裁決は、課税実務では有名で、納税者がこの方法を利用する契機となっている・・・」 中尾統括官は、要旨の一部を読み上げる。 「この裁決では、取得価額を直接証する契約書等の資料の提出がなく、その額が不明なものについては、実額で判定できないので、一定の推計の方法で算定すべきだと審判所は述べている・・・」 中尾統括官は、パソコンの画面を見ながら、説明する。 「・・・そして、建物は、着工建築物構造別単価から算定し、土地については、市街地価格指数(住宅地)の割合を乗じて算定する推計を合理的な計算方法として認容している・・・だから、取得費が分からないからといって、直ちに、措置法関係通達31の4-1を使うことはない」 中尾統括官は、キッパリと言う。 「・・・ということは、この確定申告書も、措置法関係通達31の4-1により収入金額の5%を取得費とすることはなかったのですね」 浅田調査官が、中尾統括官を見る。 「・・・そうだなあ・・・昭和59年に土地を取得していることが間違いなければ、裁決で計算している取得費の方が収入金額の5%のそれよりも大きくなるだろう・・・」 中尾統括官が答える。 「ということは、もし、納税者があとで、国税通則法23条による更正の請求をしてきたら、市街地価格指数による評価額を認めることになるのですか?」 「納税者は、確定申告書の提出について、概算取得費控除の特例を選択していることから、法律の規定に従っていなかった場合や、計算に誤りがあった場合に該当せず、更正の請求はできないのでは・・・」 浅田調査官は、自信なさそうに言う。 「・・・ところが、措置法31条の4には、但書きがある」 中尾統括官は、そう言うと、但書きを読み上げる。 「・・・この但書きの規定によって、概算取得費が1号、2号に掲げる金額に満たないことが証明された場合には、更正の請求ができるということになっている・・・」 中尾統括官の説明に、浅田調査官は首を傾げる。 「・・・しかし、概算取得費控除は、もともと、納税者が選択したのでしょう・・・その選択が間違っていて、所得金額が多くなったからといって、あとで、この但書きを根拠に、更正の請求が認められるのですか?」 浅田調査官は、首を傾げながら、不満そうに言う。 (注) 東京国税局令和3年8月「資産税審理研修資料」によれば、一旦、概算取得費により申告した後に、土地購入の資料が見つかり、その金額が概算取得費より大きかったために「更正の請求」をした場合、それを認めると回答している。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、障害者相談支援事業等に係る消費税の取扱いについて情報まとめた特設ページを公開 ~非課税となる社会福祉事業には該当しない旨を周知~ Profession Journal編集部 国税庁は4月26日に下記ページを公開し、障害者相談支援事業等に係る消費税の取扱いについて、厚生労働省とともに周知を図っている。 「障害者相談支援事業」とは、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)第77条第1項第3号の規定に基づき市町村が行うものとされている事業で、障害のある方やその家族から様々な相談に応じることとされているが、市町村から社会福祉法人等への委託により行われているケースもある。 消費税法上、社会福祉法に規定する社会福祉事業として行われる資産の譲渡等について消費税は非課税とされ、同法では障害者総合支援法に規定される「一般相談支援事業(入所施設や病院からの地域移行等の相談を行う)」及び「特定相談支援事業(障害福祉サービスの利用に係る計画作成等の支援を行う)」が、この社会福祉事業のうち第二種社会福祉事業に該当し、非課税の範囲とされている(消法別表第二第7号ロ、消基通6-7-5(2)チ、6-7-9)。 一方で、今回取り上げられた障害者相談支援事業は、障害者に対する日常生活上の相談支援を行うものであり、上記の一般相談支援事業や特定相談支援事業には該当せず、また、社会福祉法に規定する他の社会福祉事業のいずれにも該当しないことから、当該事業の委託は非課税となる資産の譲渡等には該当せず、受託者が受け取る委託料は消費税の課税対象となる。 しかし一部の市町村において、障害者相談支援事業が社会福祉事業に該当するものと誤認し、非課税として取り扱っていた(受託者へ支払う委託料に消費税を含めていない)ケースがあるとして、厚生労働省は昨年10月に「障害者相談支援事業等に係る社会福祉法上の取扱いについて」(令和5年10月4日付事務連絡)を各自治体へ発出し、周知を図っていた。 今回新設されたページでは、本件に関する質疑応答事例やQ&A(全5問)、国税庁と厚生労働省が共催で自治体向けに行った説明会(令和6年4月26日)の資料等が公表されている。 このうちQ&Aでは、障害者相談支援事業に係る委託料について、消費税を非課税と誤認して申告に含めていなかった場合には修正申告が必要として、修正申告に当たって不明な点は所轄の税務署(法人課税(第1)部門)まで相談するよう回答している(問2)。 また、上記の誤認による修正申告等で発生した加算税や延滞税については、「納税者の方から十分な資料の提出があったにもかかわらず、税務職員が税法の取扱いについて誤った指導を行い、納税者の方がその誤った指導を信頼したことにつき責めに帰すべき事由がないなど、正当な理由があると認められる事実がある場合には、加算税や延滞税は課さない」としており、その判断にあたっては事実関係を確認する必要があるとして、問2と同様に、所轄の税務署(法人課税(第1)部門)への相談を呼びかけている(問3)。 ただし、社会福祉法人等の受託者が委託者(市町村)から、障害者相談支援事業について消費税が非課税となると聞いたことで誤認した場合は、「消費税法を解釈適用する行政機関ではない市町村が、自らの判断により、消費税法の取扱いについて納税者に対し誤った指導を行い、納税者の方がその誤った指導を信頼したとしても、「納税者の責めに帰すべき事由」が無いとまでは言えないことから、免除することは困難」と回答されている(問4)。 (了)
《速報解説》 JICPA、四半期開示見直しに伴う監査人レビューに係る意見書を受け 「財務諸表のレビュー業務」及びそのQ&Aを改正 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年4月18日付で(ホームページ掲載日は2024年4月24日)、日本公認会計士協会は、「保証業務実務指針2400「財務諸表のレビュー業務」及び保証業務実務指針2400実務ガイダンス第1号「財務諸表のレビュー業務に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正」を公表した。 これにより、2024年2月21日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されている。 これは、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」(2024年3月12日、企業会計審議会)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する期中財務諸表に係る会計期間の期中財務諸表に対するレビュー及び2024年4月1日以後開始する事業年度に係るレビューから適用する。 (了)