《速報解説》 中小企業向けの各租税特別措置、 平均所得金額年15億円超の事業年度は適用停止に ~平成29年度税制改正大綱~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 12月8日に公表された「平成29年度与党税制改正大綱」(与党大綱)には、資本金1億円以下の中小企業に対する課税強化策が明示された。「8 その他の租税特別措置等」の縮減とされる項目の(14)として、以下の記述がある(大綱90ページ)。 この次ページにも、地方税の縮減項目として同様の文章が記述されている。 この改正の影響を最初に受ける(適用廃止の対象となる)法人は、資本金が1億円以下である等の一定の要件を満たす中小企業のうち、平成31年3月31日までに終了した3年分の事業年度(3月期決算法人であれば、平成29年3月期、平成30年3月期及び平成31年3月期)における所得金額(大綱に特段の記述がないため、法人税確定申告書別表四における所得金額を示しているものと考えられる)の平均額が15億円を超える法人である。 税制改正大綱には縮減項目についての個別的な記載はないため、本稿では、現在の法人税制において、中小企業に認められている租税特別措置法上の優遇措置を概説することにより、税制改正の影響度を検討したい。 なお、法人税制において、中小企業とは、「中小法人等(法人税法57条)」と「中小企業者(租税特別措置法42条の4、租税特別措置法施行令27条の4)」とに分類されているが、措置法の定めである中小企業者を念頭に検討する。 1 欠損金の繰戻し還付制度(法人税法80条、措置法66条の13) 欠損金の繰戻し還付については、措置法66条の13において、平成30年3月31日までの間に終了する各事業年度において生じた欠損金額については、中小法人等以外の法人について適用しない旨の定めがある。 2 交際費等の損金不算入制度の特例(措置法61条の4) 交際費等は基本的に損金不算入であるが、中小法人等以外は平成26年度税制改正において、接待飲食費の50%については損金算入が認められているところ、中小法人等については年間800万円までの交際費等は損金算入できる規定もあり(定額控除限度額)、いずれか有利な方を選択することが可能である(平成30年3月31日まで)。 3 少額減価償却資産の取得価額の損金算入(措置法67条の5) 中小企業者等が取得した30万円未満(年300万円限度)の減価償却資産(少額減価償却資産)については、取得した事業年度における損金算入が認められている(平成30年3月31日まで)。 4 試験研究費の税額控除の特例(措置法42条の4) 試験研究費の税額控除については、中小企業者等については試験研究費の額の12%を税額控除限度額とする優遇措置が設けられている。中小企業者等以外の法人は試験研究費の額の10%が税額控除限度額となっている。 5 中小企業投資促進税制(措置法42条の6) 中小企業者等が、平成29年3月31日まで(※)に終了する期間において、一定の機械設備等を取得して一定の事業の用に供した場合には、30%の特別償却または7%の税額控除が選択できる優遇措置が設けられており、さらに、生産性の向上に資する一定の設備については、即時償却又は10%の税額控除を選択適用できる。 (※) 大綱に2年延長の記述あり。 6 雇用促進税制の特例(措置法42条の12) 青色申告法人が雇用者数を増加させるなど一定の要件を満たした場合における税額控除限度額について、中小企業者等は調整前法人税額の20%を限度とする優遇措置が設けられている。中小企業者等以外の法人については、調整前法人税額の10%が限度とされている。 7 特定中小企業者等が経営改善設備を取得した場合の特例(措置法42条の12の3) 認定経営革新等支援機関等の指導及び助言を受けた一定の中小企業者等が、平成29年3月31日まで(※)の期間において、経営改善設備を取得して事業の用に供した場合には、特別償却又は税額控除が選択適用できる。 (※) 大綱に2年延長の記述あり。 8 所得拡大促進税制の特例(措置法42条の12の4) 青色申告法人が従業員への給与支給を増加させた場合において、一定の要件を満たせば、増加額の10%の税額控除(税額控除限度額)を認める制度である。中小企業者等については、増加割合の要件が3%と緩和されており(中小企業者等以外の法人は4%又は5%)、加えて、税額控除限度額は控除前法人税額の20%となっている。 9 生産性向上設備投資促進税制の特例(措置法42条の12の5) 青色申告法人が生産性向上設備等を取得して事業の用に供した場合の特別償却又は税額控除について、中小企業者等については、その適用要件である対象設備の範囲が広くなるなどの緩和措置が設けられている。 (※) 平成29年3月31日をもって廃止が決定。 以上の特例措置については、すでに長年の適用により企業実務にも浸透しているものも少なくない。これらの措置が、該当する事業年度から一度に適用停止となるとしたら、増税分の企業経営への負担については相当なものになると思料する。 すでに廃止が決定している「9 生産性向上設備投資促進税制の特例」以外のどの特例が縮減の対象になるかは、大綱発表時点では不明である。とはいえ、適用廃止の対象となる法人に該当することが予想される中小企業にあっては、平成31年3月期までの事業年度において、新規設備の導入や既存設備の更新などを前倒しで行うといった対抗策を検討する必要が生じることが予想される。 なお、以下に掲げる規定については、租税特別措置法上の優遇規定ではなく、法人税法上の規定であるため、税制改正大綱の建付け(租税特別措置の縮減)からすると対象となる規定ではないと思料するが、「欠損金の繰戻し還付制度」と同様、措置法上に新たな規定を設けて、法人税法上の適用要件から除外することも考えられるところである。 特に法人税収の落ち込みが報じられるなか、中小法人等に対する法人税率の軽減は、税収増加に与える影響が大きいだけに、今後の具体的な法案策定推移を注視する必要があろう。 ① 法人税率の軽減(法人税法66条)(※)下記追記参照 ② 欠損金の繰越控除制度の特例(法人税法57条) ③ 特定同族会社の留保金課税の適用除外(法人税法67条) ④ 貸倒引当金の損金算入(法人税法52条) (了) 【参考図】 (2016/12/19追記) (※) 中小企業庁ホームページより
《速報解説》 相続税・贈与税の納税義務者の見直しについて (② 相続人等が外国籍の場合) ~平成29年度税制改正大綱~ 税理士 菅野 真美 1 現行税制はどういうものか 現行の相続税や贈与税の納税義務者は、相続・贈与時に国内に住所を有していたか、財産を取得した人の国籍が日本か否かによって無制限納税義務者(国内財産・国外財産について課税)か、制限納税義務者(国内財産について課税)に区分される。 外国籍の相続人等や受贈者が相続・贈与時に日本に住所を有していた場合は、被相続人や贈与者がどの国に住所を有していたか否かを問わず、無制限納税義務者となる。 また、平成25年度の税制改正で、被相続人や贈与者が相続や贈与時点に日本に住所を有していた場合は、たとえ、外国籍の相続人等や受贈者が日本に住所を有していなかったとしても無制限納税義務者となった。 これは、贈与時に外国に住所を有する外国籍の孫(生まれたばかりの子供)に国外財産を贈与することにより贈与税課税を回避する事案が生じたことが問題となって改正に至ったものと考えられる。 〈現行:相続時の基本的な外国籍の納税義務者〉 (※) なお、改正については、相続を前提として説明する。 2 改正案はどういうものか 現行税制は、上記のように 相続時に被相続人又は相続人のいずれかが国内に住所を有する場合は、無制限納税義務者として国内財産・国外財産課税となるが、この部分を[Aゾーン]とし、被相続人も相続人も相続時に国内に住所を有していない場合は制限納税義務者として国内財産課税となるが、この部分を[Bゾーン]とし、それぞれのゾーンについて改正を説明する。 なお、納税義務者が日本国籍の場合の改正事項については、「《速報解説》①相続人等が日本国籍の場合」を参照されたい。 [Aゾーン]については、改正により、被相続人及び相続人等が一時的滞在に該当する場合は、国内財産課税となる。 「一時的滞在」とは、次の要件を満たしている人のことをいう。 [Aゾーン] 被相続人、相続人のいずれかが相続時国内住所あり [Bゾーン]については、現行では、国内財産課税に限定されているが、改正により相続開始から10年以内に国内に住所を有していた被相続人等からの相続又は遺贈に財産を取得した場合は、原則としては、国内財産だけでなく国外財産についても課税される。 例外として、その被相続人が日本国籍を有しないもので、かつ、上記一時的滞在をしていた人である場合は、国内財産に限定されることになる。 [Bゾーン] 被相続人、相続人のいずれも相続時国内住所なし これらの改正は、平成29年4月1日以後に相続若しくは遺贈又は贈与により取得する財産に係る相続税又は贈与税について適用される。 3 なぜこのような改正となったのか [Aゾーン]の改正については、現行制度では被相続人が一時的に日本に住んでいる間に相続が発生し、相続人が全員外国籍で外国に居住している場合についても国内財産・国外財産について課税されるということになるが、この制度は、外国人の理解を得られることが難しいことと、現実問題として外国に居住している相続人から相続税等を徴収することが難しいことによると考えられる。 [Bゾーン]の改正については、外国籍の人に相続や贈与により財産を移転することによる相続税や贈与税の節税スキームを回避するためと考える。 (了)
《速報解説》 相続税・贈与税の納税義務者の見直しについて (① 相続人等が日本国籍の場合) ~平成29年度税制改正大綱~ 税理士 菅野 真美 1 現行税制はどういうものか 税制度を事象や取引にあてはめるとき、「誰の」「何に対して」税金を課するかということが基本となる。相続税や贈与税は、相続や贈与というイベントによる財産の移転により経済的利益を取得した人(納税義務者)に対して、その経済的利益である財産に基づいて税金が課せられる制度である。 相続税も贈与税も制度の作り方は同じような形をしており、納税義務者は2つのタイプ分かれる。すなわち、相続や贈与により取得した財産を「国内財産」と「国外財産」に分類し、国内財産、国外財産について納税義務のある「無制限納税義務者」と国内財産について納税義務のある「制限納税義務者」に分かれる。 10年超前においては、相続や贈与時に日本に住所を有するか否かで納税義務者が区分されていたが、大きな租税回避のたびに改正が行われ、現行税制では、納税義務者の基本的な範囲は次のようなものとなる。 〈現行:相続時の基本的な納税義務者〉 2 改正案はどういうものか 「平成29年度税制改正大綱」(与党大綱)によると、納税義務者についての改正が行われ、納税義務者が日本国籍かそれ以外かによってより大きく異なることとなる。 納税義務者が日本国籍である場合は、現行では相続人等・受贈者と被相続人・贈与者が相続や贈与開始前5年超日本に住所を有していない場合に限り、制限納税義務者とされていたが、これが10年超日本に住所を有していない場合に限られる。 この改正は、平成29年4月1日以後に相続若しくは遺贈又は贈与により取得する財産に係る相続税又は贈与税について適用される。 〈改正案:相続人等が日本国籍の場合の納税義務者〉 なお、納税義務者が外国籍の場合の改正事項については、「《速報解説》②相続人等が外国籍の場合」を参照されたい。 3 なぜこのような改正となったのか このような改正が行われた背景には、富裕層が財産を国外移転して、所得税、相続税、贈与税等の租税回避を行うことが大きな問題となっていたからと考える。この問題の解決のために平成27年度の税制改正で国外転出時課税が設けられ、有価証券のキャピタルゲイン課税を確実に日本で行えるようになったが、これだけでは、相続税や贈与税の租税回避の解決にはならないと考えられていた。 10年に延長することにより、贈与者と受贈者がともに海外に移住して、期間要件を満たした時点で国外財産を贈与するという節税策の歯止めを行いたいからと考える。 (了)
《速報解説》 中小企業庁、「事業承継ガイドライン」を策定 ~5つのステップで取組を紹介~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年12月5日、中小企業庁は「事業承継ガイドライン」を公表した。 これは、中小企業経営者の高齢化の進展等を踏まえ、円滑な事業承継の促進を通じた中小企業の事業活性化を図るため、事業承継に向けた早期・計画的な準備の重要性や課題への対応策、事業承継支援体制の強化の方向性等について取りまとめたものであり、中小企業・小規模事業者の経営者の方に事業承継の課題を知っていただくことを目的としている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 ガイドラインは、表紙を含めて98ページにわたっており、次の事項を中心にして、円滑な事業承継のために必要な取組、活用すべきツール、注意すべきポイントなどを述べている(廃業を検討する場合も述べている)。 次の診断票なども掲載されており、実際の活用が期待される。 1 事業承継に向けた5ステップ ガイドラインの20ページでは、次の「事業承継に向けた5ステップ」が記載されている。 各ステップの主な内容は次のとおりである。 [ステップ1] 事業承継に向けた準備の必要性の認識 後継者教育等の準備に要する期間を考慮し、経営者が概ね60歳に達した頃には事業承継の準備に取りかかることが望ましい。 60歳を超えてなお経営に携わっている経営者も多数存在するが、そのような場合は、すぐにでも身近な専門家や金融機関等の支援機関に相談し、事業承継に向けた準備に着手すべき。 国や自治体、支援機関が概ね60歳を迎えた経営者に対して承継準備に取り組むきっかけを提供していくことが重要である。 「事業承継診断」の実施が有益である。 [ステップ2] 経営状況・経営課題等の把握(見える化) 事業を後継者に円滑に承継するためのプロセスは、経営状況や経営課題、経営資源等を見える化し、現状を正確に把握することから始まる。 現状把握は、身近な専門家や金融機関等に協力を求めた方がより効率的である。 正確で適正な決算書の作成や業界内における地位の確認、知的資産等の適切な評価なども必要。 [ステップ3] 事業承継に向けた経営改善(磨き上げ) 現経営者は経営改善に努め、より良い状態で後継者に事業を引き継ぐ姿勢を持つことが望ましい。 事業承継の前に経営改善を行い、後継者候補となる者が後を継ぎたくなるような経営状態まで引き上げておくことや、魅力作りが大切。 「磨き上げ」の対象は、業績改善や経費削減にとどまらず、商品やブランドイメージ、優良な顧客、金融機関や株主との良好な関係、優秀な人材、知的財産権や営業上のノウハウ、法令遵守体制などを含む。 効率的に進めるために士業等の専門家や金融機関等の助言を得ることも有益。 [ステップ4-1] 事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合) 会社の10年後を見据え、いつ、どのように、何を、誰に承継するのかについて、具体的な計画を立案する。 [ステップ4-2] M&A等のマッチング実施(社外への引継ぎの場合) 後継者不在等のため、親族や従業員以外の第三者に事業引継ぎを行う場合、売り手はステップ1~3の行程を経た後、買い手とのマッチングに移行する。 M&A 仲介機関の選定など [ステップ5] 事業承継の実行 ステップ1~4を踏まえ、把握された課題を解消しつつ、事業承継計画やM&A手続き等に沿って資産の移転や経営権の移譲を実行する。 弁護士、税理士、公認会計士等の専門家の協力を仰ぎながら実行することが望ましい。 [ポスト事業承継] 事業承継実行後(経営交代実行後)には、後継者が新たな視点をもって従来の事業の見直しを行い、中小企業が新たな成長ステージに入ることが期待される。 2 事業承継の円滑化に資する手法 事業承継の円滑化に資する手法として、①種類株式の活用、②信託の活用、③生命保険の活用、④持株会社の設立が述べられている。 3 中小企業の事業承継をサポートする仕組み 現状における事業承継支援は、商工会議所・商工会の経営指導員、金融機関等の身近な支援機関をはじめ、税理士・弁護士・公認会計士等の専門家や、事業引継ぎ支援センター等の公的・専門的な支援機関が、それぞれの立場から支援業務に関与し、その役割を担っている。 地域の将来に責任を有する都道府県のリーダーシップのもと、地域に密着した支援機関をネットワーク化し、よろず支援拠点や事業引継ぎ支援センター等とも連携する体制を国のバックアップの下で早急に整備することが強く期待されると述べ、各機関の連絡先が紹介されている。 (了)
《速報解説》 平成29年度税制改正大綱(与党大綱)が公表 ~居住用超高層建築物に係る固定資産税等の算定方法・広大地の評価方法見直し、 中小企業向け賃上げ・設備投資減税の拡充等を措置 Profession Journal編集部 (※) 追記のお知らせ(2016/12/10) 自由民主党・公明党は昨日(平成28年12月8日)、「平成29年度税制改正大綱」(与党大綱)を公表した。 今回の大綱の取りまとめにあたっては、政府が「働き方改革」を推進する中、就業調整により女性の社会進出を妨げていると批判の多い配偶者控除制度がどのように見直されるかが大きな焦点となっていた。 また、タワーマンションの高層階を利用した節税策や海外居住による国外財産の相続税等課税逃れについて、一定の対策が採られる形となった。さらに広大地の評価見直しも行われるなど、従前より指摘されていた資産課税における節税策に歯止めがかけられる。 企業活動を後押しする税制上の措置としては、中小企業に向けた賃上げや設備投資に係る減税措置が拡充される一方、一定の平均所得のある事業年度は中小企業向けの各租税特別措置の適用が停止されるなど、企業活動への影響の大きい改正も織り込まれている。 以下、実務への影響の大きい改正内容を概観する。なお、重要な改正事項については、個別に速報解説を公開していくので、そちらも合わせて参照されたい。 また、こちらの資料リンク集ページも今後更新を重ねていくので、ログインの上、ブックマークボタンを押すなどして確認できるようにしていただきたい。 〇高層階マンションの固定資産税額は階層の差異により補正、広大地は形状・面積に基づく評価方法へ見直し 眺望等の理由で市場価格の高い、タワーマンションの高層階を使った節税策への対応として、高さが60mを超える居住用超高層建築物について、一棟の固定資産税額を各区分所有者で按分する際に用いる専有部分の床面積について、階層の差異を反映した補正率による補正が行われることとなった(平成30年度から新たに課税されるものから適用(H29.4.1前の売買契約が締結された住戸を含むものを除く))(大綱p42)。 広大地について、現行の面積に比例的に減額する評価方法を「各土地の個性に応じて形状・面積に基づき評価する方法に見直すとともに、適用要件を明確化する」との記載がなされた(大綱p61)(H30.1.1以後の相続等により取得した財産の評価から適用)。今後の通達改正の動向に注視が必要だ。 また、取引相場のない株式の評価方法のうち類似業種比準方式について、配当金額、利益金額及び簿価純資産価額の比重を現行の1:3:1から1:1:1とし、類似業種の上場会社の株価の急激な変化への影響を緩和する等の見直しが行われている(H29.1.1以後の相続等により取得した財産の評価から適用)(大綱p61)。 さらに国外財産への課税強化として、日本国籍を有する5年超の非居住者(相続人等及び被相続人等)に係る国外財産の相続税・贈与税を課税対象外とする規定については非居住期間を10年に見直すこととされた(H29.4.1以後に相続等により取得する財産に係る相続税・贈与税から適用)(大綱p42)。 また、事業承継税制(非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予制度)については、災害等の被災者が適用を受ける場合の雇用確保要件・事前役員就任要件の緩和、相続時精算課税制度に係る贈与を贈与税の納税猶予制度の対象に加える(併用を認める)などの措置がとられる(大綱p41)。 その他、持分なし医療法人への移行計画の認定を受けた医療法人が出資持分の放棄により受けた経済的利益について贈与税を課さないとする措置が盛り込まれている(大綱p48)。 〇配偶者特別控除の控除対象配偶者の合計所得金額上限を拡充、世帯主の合計所得金額1,000万円超は適用外 配偶者控除については当初、政府税調による答申を踏まえ制度廃止を含む抜本的改革が行われる予定であったが、今回の大綱では現行制度の見直しにとどめ、基礎控除をはじめとする人的控除等の見直しを今後数年かけて取り組むとした。 具体的には、配偶者特別控除について所得控除額38万円の対象となる配偶者の合計所得金額の上限を85万円に引き上げ(※)、配偶者特別控除の控除対象となる配偶者の合計所得金額を38万円超123万円以下(現行:38万円超76万円未満)とした。また、世帯主の合計所得金額により控除額が3段階で縮小する形とし、1,000万円を超える場合は配偶者控除・配偶者特別控除が適用できないこととなる。平成30年分以後の所得税(及び平成31年度分以後の個人住民税)から適用(大綱p17)。 (※) 現行では、配偶者特別控除のうち所得控除額38万円の対象となる配偶者の合計所得金額は「38万円超40万円未満」だが、改正案では「38万円超85万円以下」となる(ただし改正案では世帯主所得により控除額が異なる)。 なお、大綱の冒頭では、いわゆる「103万円の壁」は配偶者特別控除により「解消されている」としながらも未だ心理的な壁として作用しており、103万円が企業による配偶者手当制度等の支給基準に援用されていること等から見直しが必要とした上で、企業に対しては「就業調整問題を解消する観点からの見直しを行うことを強く要請する」としている(大綱p3)。 〇所得拡大促進税制は前年度からの増加分を控除税額に反映、設備投資減税は適用対象を拡充 賃上げの実効性をより高めるため、所得拡大促進税制について、中小企業者等以外の法人に対しては賃上げの増加割合の基準を明確化、控除税額について現行の控除額に前事業年度からの増加分の一定割合(中小12%、中小以外2%)を加える形とする(大綱p65)。本制度については創設当初より適用に当たって判断に迷う事項が多く適用失念のケース等混乱が見られたが、今回の改正に当たってもより慎重な対応が必要となろう。 また、一定の経営力向上設備等の取得による固定資産税の半減特例は残余2年間に限り地域・業種を限定した上で、対象に一定の工具、器具備品並びに建物附属設備を追加(大綱p53)。H29.3.31で適用期限を迎える中小企業投資促進税制については、対象資産を見直したうえで2年延長し、上乗せ措置(生産性向上設備等に係る即時償却等)は中小企業経営強化税制として改組、すべての器具備品及び建物附属設備を対象とする(H29.4.1~H31.3.31)(大綱p73)。商業・サービス業・農林水産業活性化税制も2年延長(大綱p75)。なお、生産性向上設備投資促進税制は昨年度改正で平成29年3月31日の廃止が決定されているが、中小企業向けの上乗せ措置は上記の通り改組となっているため留意したい。 なお、注目すべき改正として、平成31年4月1日以後開始事業年度から、平均所得金額(前3事業年度の所得金額の平均)が年15億円を超える事業年度について、法人税(及び法人住民税)関係の中小企業向け各特例措置の適用が停止されることが明記された(大綱p90、91)。具体的な特例措置は記載されていないが、該当する場合の経営へ与える影響は大きい。 研究開発税制については来年3月31日で期限切れの増加型を廃止(高水準型は2年延長)、総額型の控除率を試験研究費の増減割合に応じたものとする仕組み等を導入し、「試験研究」の範囲に「サービス開発」が追加される(大綱p62)。 その他、地域経済に波及効果のある新たな事業に挑戦するために設備投資を行った場合の特例措置(特別償却・税額控除)として「地域中核企業向け投資促進税制」が創設される(大綱p73)。 また、「コーポーレートガバナンス改革・事業再編の環境整備」を目的として、役員給与税制について利益連動給与の算定指標の追加や事前確定届出給与の対象に所定の時期に確定した数の株式を交付する給与を追加する等の見直しが行われたほか(大綱p67)、既報の通り問題のあった上場企業の株主総会の開催時期柔軟化を図るための法人税の申告期限の延長可能月数拡大(大綱p66)、組織再編税制においてはスピンオフの円滑化への対応や、昨今の租税訴訟を受けてか適格要件の見直し等が盛り込まれた(大綱p68)。外国子会社合算税制(CFC税制)は租税負担割合基準(トリガー税率)を廃止し、企業のビジネス実態を十分に踏まえ合算対象の基準を総合的に見直す措置が講じられた(大綱p111)。 〇リフォーム減税の対象に「耐久性向上改修工事」を追加、積立NISAは2018年から 住宅の増改築や省エネ改修工事等に係る税額控除制度の適用対象となる工事に、新たに一定の耐久性向上改修工事が加えられる(大綱p22)。耐久性向上改修工事の詳細は大綱p23を参照されたい。 少額の長期投資に適合した積立NISA(非課税累積投資契約に係る非課税措置)は、非課税限度枠が年間40万円、非課税期間は20年で決着、2018年の創設となった(大綱p20)。なお、大綱では「複数の制度が並立するNISAの仕組みについて、少額からの積立・分散投資に適した制度への一本化を検討する」としている(大綱p8)。 〇期限切れとなる特例措置は? 適用期限が終了する特例措置のうち、主要なものの結果は次の通り。 中小法人の年800万円以下の所得金額に対する15%の法人税軽減税率は2年延長(大綱p76)、サービス付き高齢者向け賃貸住宅の割増償却制度は、適用期限の到来をもって廃止(大綱p88)(所得税も同様。固定資産税・不動産取得税の特例措置は要件見直しの上2年延長(大綱p59))、特定の資産の買換えの場合等の課税の特例は、一部適用対象を除外した上で3年の延長が決まった(大綱p89)。 また土地の売買による所有権移転登記等に対する登録免許税の税率軽減は2年延長、住宅用家屋の所有権の保存登記若しくは移転登記又は住宅取得資金の貸付け等に係る抵当権の設定登記に対する登録免許税の税率軽減は3年延長(大綱p50)。 さらに現在適用が停止されている、短期所有土地の譲渡等をした場合の土地の譲渡等に係る事業所得等の課税の特例は停止措置の期限を3年延長、優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例は適用期限を3年延長となった(大綱p25)。 〇災害に関する税制特例を常設化 災害が発生した際の税制上の特例措置については、これまで災害ごとに税制上の対応が行われてきたが、近年災害が頻発していることを踏まえ、災害への税制上の措置(住宅ローン控除や住宅取得資金等贈与特例、災害損失の繰戻し還付等)を常設化することとした(大綱p28、44、80、104)。 〇次年度以降の改正動向にも注視 今後の動向として注意したいのが、早ければ来年の通常国会にも法案が提出される見込みの成年年齢引下げを目的とした民法改正に対し、「税制上の年齢要件については、対象者の行為能力や管理能力に着目して設けられているものであることから、民法に合わせて要件を18歳に引き下げることを基本として、法律案の内容を踏まえ実務的な観点等から検討を行い、結論を得る」としている(大綱p133)。平成30年度税制改正に向けた動向に注目したい。 さらにBEPSを踏まえタックスプランニングなどの施策を国へ報告する「義務的開示制度」については、大綱最終ページ(p139)において「諸外国の制度や運用実態及び租税法律主義に基づくわが国の税法体系との関係等も踏まえ、わが国での制度導入の可否を検討する」とした。 (了)
《速報解説》 広大地、形状・面積に基づいた評価方法へ見直し、適用要件の明確化も ~平成29年度税制改正大綱~ 税理士 風岡 範哉 1 広大地補正見直しへ 平成28年12月8日に公表された「平成29年度税制改正大綱」(与党大綱)において、「相続税等の財産評価の適正化」として広大地補正の見直し案が盛り込まれた(大綱P61)。 広大地とは、①その地域において標準的な宅地の地積と比べて著しく地積が広大な宅地で、②都市計画法に定める開発行為を行うとした場合に道路や公園等の公共公益的施設用地(潰れ地)の負担が必要となる宅地をいう(財産評価基本通達24-4)。 つまりは、面積が1,000㎡以上(三大都市圏では500㎡)の宅地で、戸建分譲を行う場合に道路等の負担が必要となる宅地である。 2 現行制度 現行制度においては、広大地に該当すると、土地の間口や奥行、不整形といった土地の形状を加味せず、以下の算式のとおり、面積だけで評価額を算出するというものである。 3 現行制度の問題点 今回の税制改正の理由としては考えられるのは、以下の4点である。 第一に、広大地補正は面積に応じて比例的に減額する評価方法であり、土地の形状が加味されていないことから、整形な広大地であっても不整形や無道路の広大地であっても評価額は同額となってしまうことである。 第二に、広大地補正は評価が40%以上最大65%(※)下がることから減額割合が大きく、取引価格と大きく乖離している事例が多数発生していることである。 第三に、富裕層の節税策に利用されているということである。 筆者の知る限り広大地が節税策に濫用されている印象はないが、広大地を複数所有するような階層は富裕層であり、その評価を低くするということは富裕層優遇であるということが背景にあるとも考えられる。 節税策として強いていうのであれば、地積が1,000㎡以上であれば広大地に該当するのに対し、所有地が950㎡である場合に広大地に該当するように隣地を50㎡買い増すといった節税策や、道路付けが良いことで広大地に該当しないと判断される場合に一部を駐車場にするなどして道路付けを悪くし広大地の適用が受けられるようにするといった節税策が考えられる。 第四に、適用要件が不明確ということである。 広大地は、(イ)著しく地積が広大といえるか否か、(ロ)公共公益的施設用地(潰れ地)の負担が必要となるのか否か、(ハ)マンション適地であるか否か、(ニ)現に宅地として有効活用されているか否か、(ホ)その地域とは何をさすのかなどといった点で適用できるか否かの判断が困難となっている。 4 改正案 この問題に対応するため、税制改正大綱においては、「現行の面積に比例的に減額する評価方法から、各土地の個性に応じて形状・面積に基づき評価する方法に見直すとともに、適用要件を明確化する」とされた(大綱P61)。 具体的な評価方法について大綱には記載されていないが、一案としては、以下の算式のとおり、各土地の位置、形状に応じた画地補正と広大地補正(改正後は規模格差補正)を併用した方法が検討されているとのこと。 (※) 自由民主党税制調査会資料を参考に筆者作成。 5 改正の影響 今回の改正は増税の方向にあると考えられる。土地の形状が評価に反映されていないというのであれば、現行の広大地補正率に加えて画地補正率を設ければよいからである。 実際の改正理由は、取引価格と相続税価格が乖離する、それにより富裕層の節税策に利用されているというところであるから、改正後の評価額は増額することが考えられる。 なお、実務の上では、広大地補正の適用ができるのか否かの適用要件が不明確であることが最も重要な問題であることから、今回の税制改正により適用要件が明確化されることに注目される。 (了)
【重要】 プロフェッションジャーナル《速報解説》の 無料会員様への公開開始について 平素より株式会社プロフェッションネットワークのサービスをご愛用いただき、厚くお礼申し上げます。 先週ご案内させていただきましたとおり、このたび、本誌の『試し読み』という位置づけで、本日午前10時より、本誌掲載の《速報解説》を、無料でご登録可能な一般会員様へ公開させていただきました(非会員の方はご覧いただけません)。 本誌の《速報解説》は、日々公表される税務・会計情報から重要性の高いものをピックアップし、コンパクトにそのポイントを解説する「随時更新コンテンツ」です。 この機会に一般会員へのご登録をいただき、情報のブラッシュアップにお役立て下さい。 なお、本誌掲載記事の大半を占める解説記事(毎週木曜日公開)につきましては、今後もプレミアム会員の方々のみご覧いただけます(※)ので、過去掲載分も含め、プロフェッションジャーナルのすべての記事が閲覧可能なプレミアム会員へのご登録を、ぜひご検討下さい。 (※) こちらのページで無料公開しているもの等一部を除きます。 今後ともプロフェッションジャーナルをご愛読賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
《速報解説》 所得拡大促進税制の適用要件の見直しと 中小企業者等向け控除税額の拡充について ~平成29年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成28年12月8日、与党(自由民主党及び公明党)より「平成29年度税制改正大綱」が公表された。 平成29年度の税制改正においても、企業収益の拡大が雇用の増加や賃金上昇につながり、それが消費や投資のさらなる増加に結びつくという経済の好循環を強化するために、賃上げの引上げを促すための取り組みを進めるとの考え方が示されている。 賃上げの促進に関しては、かねてより、所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)が整備され、政策目標を着実に達成させるべく、過去数回の改正が行われてきたところである。平成29年度の税制改正大綱においても、上述の考え方を踏まえ、企業にさらなる賃上げインセンティブを与える機能を強化する観点から、直近において高い賃上げを行う企業への支援を強化するための改正が盛り込まれた。 本稿では、平成29年度税制改正大綱において示された、所得拡大促進税制の見直しの内容について述べる。なお文中意見にわたる部分は筆者の私見である。 2 所得拡大促進税制の適用要件(現行制度) 本税制の適用を受けるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要がある(措法42の12の4①)。 (※) 増加促進割合 3 改正点① 適用要件の見直し(中小企業者等以外の法人) 中小企業者等以外の法人について、本税制の適用要件のうち、平均給与等支給額に係る要件が見直されることとなった。 現行制度では、平均給与等支給額が比較平均給与等支給額を「超える」ことが要件とされているが、平成29年度の税制改正により、以下のように変更される。 平均給与等支給額は、2事業年度にわたり在籍する従業者(継続雇用者)の1人当たり・1月当たりの給与支給額を示す指標であるが、より一層の賃上げを促進する観点から、平均給与等支給額の増加幅について具体的な指標を用いて明確化するための改正であると考えられる。 なお、本改正は中小企業者等には適用されない。 4 改正点② 控除税額の上積み(中小企業者等) 中小企業者等の所得拡大促進税制による控除税額については、以下の2つの合計額とされる。 (2)の要件は、特に、前事業年度からの賃上げに対して追加的インセンティブを付与するものであり、中小企業者のさらなる賃上げを後押しするための改正であると考えられる。 なお、本改正は中小企業者等以外の法人には適用されない。 (注) 中小企業者等以外の法人の場合、上記(2)の12%が2%となる。 5 地方税への影響 事業税(外形標準課税)の所得拡大促進税制の取扱いについても、上記2点と同様に改正される予定である。 また中小企業者等については、所得拡大促進税制による税額控除は住民税(法人税割)の計算にも及ぶ点は従来と変わらない。 (了)
2016年12月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.197を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第48回】 「宝くじに係る課税と所得の実現(その3)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅰ 課税の時期の原則(承前) 2 実現概念(承前) (3) 収穫基準と所得税法 上記のとおり、Eisner v. Macomber事件において、所得の実現を決定付けたメルクマールは、“Derived-from-capital”-“the gain-derived-from-capital”である。すなわち、分離(separate)させて利用したり、利益を享受したりすることのできる利得こそが所得であるとしているのであるが、これは我が国所得税法においても採用されている考え方であると思われる。 例えば、所得税法41条《農産物の収穫の場合の総収入金額》は次のように規定している。 このように、その者が農産物を収穫した時に収穫した時の価額により収入があったものとみなされ、その収穫物を他に売却した時の所得計算に当たっては、その収穫価額を取得価額として計算することとされている(武田昌輔『コンメンタール所得税法〔3〕』3451頁(第一法規加除式))。 所得税法は権利確定主義を採用しており、そこでは、収入実現の蓋然性が高いといえるときに所得を認識するという考え方が採られている。そうであるとすれば、本来的には、単に収穫をしたのみで所得を認識するのではなく、これを他に売却し、経済的価値の流入がある場合、若しくは経済的価値の流入の蓋然性が高い場合になって初めて所得が認識されるのであるから、収穫の段階は原則的な所得認識の例外であるといえよう。つまり、例外的に所得認識の時期を早めているのが、所得税法41条であるといわれている。 所得税法41条は、「農業を営む者の農業所得の計算に当っては、農業以外の事業所得者のようにたな卸資産の自家消費があった場合のように所得計算をすることがむずかしいこと」に趣旨があるとも説明されており(武田・前掲書3451頁)、権利確定主義の例外的取扱いとして理解されているところである。つまり、同条は、一般的な所得の認識(実現)の時期よりも早期に所得の実現を捉えているのであるが、例外規定であっても、本体からの分離(separate)は担保されていなければならないという考えが底流にあると解されるのである。 このように、我が国所得税法においても、分離(separate)されていなければ、そもそも所得は実現していないものと解されていると思われる。 (4) 実現概念と換価可能性 「所得」とは担税力の指標であって、担税力が何らかの経済力を指標として把握すべきであるとする立場は、担税力を現金換価価値的なものとして捉える考え方と親和性を有すると考えられるところ、現金換価価値的なもので担税力を評価するという立場に立つと、現金換価価値として捉え得るか否かを、いわば市場の存在がその基礎にあるか否かで捉えることも可能ではないかと考える。 この点、米国では、ストック・オプションについて次のように規定している。 もっとも、我が国では、ここにいう「公正な市場価値」とは「客観的な交換価値」を指すものと理解されており、担税力を客観的な交換価値で評価するという考え方に支配されている。 Ⅱ 期待権と換価価値 1 期待権の意義 期待権とは、将来一定の事実が発生すれば一定の法律上の利益を受けることができるであろうという期待をもつことができる地位であると説明されている。例えば、相続人は、被相続人の死亡という事実が発生すれば遺産の一部又は全部を承継できるであろうという期待を法律上もつことができるから、その地位(相続権)は期待権である。また、入学すれば時計をもらうという契約をした者は、入学すれば時計を取得できるのであるから、条件付き権利という期待権をもつわけである。期待権の法律上の保護は期待権の種類によって異なるが、条件付き権利という期待権の保護は比較的大きいとされている(民128、129)。 さて、このような期待権については、どのように評価した上で、課税がなされるのであろうか。そこでは、すでに述べてきたとおり、期待権の有する現金換価可能性との兼ね合いが問題となる。 このような期待権を取引する市場があるとか、実際の譲渡を行い得るのであれば、客観的な交換価値が明確であるが、そうでない場合には、これを評価することは難しいといわざるを得ない。 2 宝くじの客観的な交換価値 さて、ここで、改めて設問を思い出そう。 これまで述べたとおり、客観的な交換価値を念頭におけば、問題としては、まず、課税のタイミングを考えるべきことになる。すなわち、付与時課税なのか、あるいは、当選時課税なのかという点が問題となる。 譲渡制限が付されているとか、又は、それを売買する市場の存在がないなどといった条件がある場合には、付与時に1枚300円で譲渡することも不可能であるし、ましてや宝くじである以上、1,003万円の権利が実現する蓋然性が高かったとは到底言えないのであるから、付与時課税はないことになろう。すると、その条件の下では、当選時課税によって、1,003万円で売買されることになると思われる。 他方、譲渡制限が付されていないのであれば、付与された後に宝くじを譲渡することが可能となる。そうであるとすれば、付与された資産は現金換価価値を有するものであるから、市場における客観的な交換価値を有しているものといえよう。すなわち、権利確定主義の下においても、収入実現の蓋然性は高いことから付与時課税が可能となる。 では、いくらで付与時課税がなされるのかという問題が待っているが、これは市場の評価に委ねるほかはあるまい。一般的には、1枚300円前後の価値ということになろう。 なお、上記の設問は、これまで述べてきた問題とは性質を異にしているということを付言しておきたい。すなわち、給与所得として付与時に1枚300円前後で課税がなされていることから、当選した際に改めて給与所得とされることはなく、この1,003万円は非課税所得ではあるが、一時所得に該当すると解されることになる(非課税所得もあくまで「所得」であることには変わりはないということに留意しなければならない。)。 (了)