〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第15話】 「債務免除と租税回避」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「それは・・・仕方がないだろう・・・」 田中統括官は、机の前に立っている谷垣調査官に言う。 「ダメ、ですか・・・」 谷垣調査官は悔しそうな表情になる。 「亡くなった社長が、生前に会社に貸し付けていたお金を免除したのだろう?」 田中統括官がもう一度、谷垣調査官に確認する。 「ええ・・・そうなんですけど・・・」 谷垣調査官は、相続税の税務調査で、被相続人が亡くなる直前に会社に対する1億円の貸付金を免除していることを発見した。もちろん、申告された相続財産の中には、1億円の貸付金は計上されていない。 「しかし、亡くなる直前に1億円の貸付金をチャラにするなんて、不自然だと思いませんか?」 谷垣調査官は、納得できない素振りをする。 「確かに君の言うとおり、不自然で・・・おそらく、被相続人の相続財産を減らすために貸付金を免除したのだろう・・・」 田中統括官は苦笑いをしながら、言葉を続ける。 「・・・しかし、被相続人である本人が貸付金を免除すると言って、その債権を放棄するのだから、被相続人の財産ではなくなる。そしてこれを否認するためには、結局、相続税法64条しかない・・・」 そう言うと、田中統括官は谷垣調査官の顔を見た。 「同族会社の行為又は計算の規定ですか・・・」 谷垣調査官がつぶやく。 「ところで、この免除については、民法519条に規定されている。」 田中統括官は、傍らにある小六法を開いて読み上げた。 「このように、免除というのは、債権者の債務者に対する一方的な意思表示のみで行えるもので、民法上の免除は、単独行為とされている・・・もっとも、債務者の利益といえども強制すべきではなく、債務者の意思を考慮すべきであるという学説上の批判があるし、諸外国では、免除を債権者と債務者との契約として定める法制が多いとも言われているのだけれど・・・」 田中統括官は、条文を見ながら、免除について説明を加える。 「それで、免除が単独行為であれば、結論から言えば、債務免除に対して、相続税法64条を適用することはできないということになる。」 田中統括官は言葉を続ける。 「日本では、債務者である会社の意思に関係なく免除が成立するのであるから、会社は何ら行為を行っていないことになり、同族会社の行為又は計算を定めている相続税法64条の適用はできない・・・」 そこまで説明したあと、田中統括官は引出しから判例集を取り出してページをめくり「ここに浦和地裁昭和56.2.25判決がある」と言って、読み上げた。 「・・・したがって、この判決では、相続税法64条を適用して債務免除を否認し、その債務免除額を課税価格の計算に算入したことは、同条1項にいう『同族会社の行為』の文理上も、また、同条の立法の沿革等に照らしても同条の解釈を誤ったものというべきであり、違法である・・・と述べている。」 田中統括官は谷垣調査官に判決文の要旨を見せた。 「・・・ということは、債務の免除がなされれば、税務署としては、どうしようもないということですね。」 谷垣調査官は諦めた様子だ。 「ところで、会社に対して債務を免除したのだから、逆に、会社の方で債務免除益が計上されることになるだろう。もっとも、会社に欠損金があれば、免除益に対する法人税は発生しないが・・・君の調査をしているケースは、会社に欠損金があったのかい?」 田中統括官が尋ねる。 「ええ。会社には大きな欠損金額があったので、債務免除益を計上しても、法人税は発生しませんでした・・・」 谷垣調査官が答える。 「ただ・・・」 田中統括官は思案顔になる。 「ただ・・・」 谷垣調査官は、田中統括官と同じ言葉をつぶやき、怪訝そうな顔をする。 「・・・いや、よくある話だが、その免除について、死んだ後に周囲の者が勝手に被相続人が免除したことにすることがよくある。これはもちろん被相続人の免除ではない・・・」 田中統括官は、笑いながら言う。 「例えば、酸素マスクなどをして、意識もはっきりしていない状態で、被相続人が亡くなった場合など、本人が免除の意思表示をすることができないことが明らかな状態であれば、当然、否認することはできる・・・君の場合はどういう状態だったの?」 田中統括官が尋ねる。 「ええ、本人は入院していたのですが、亡くなる直前まで元気で、意識もはっきりしていたと・・・病院の看護師は言っていました。」 「そうか・・・そうすると、今回の債務免除益は、認めざるを得ないな。」 田中統括官は語気を強めて、谷垣調査官に告げた。 (つづく)
《速報解説》 日本監査役協会 監査等委員会実務研究会、 「選任等・報酬等に対する監査等委員会の意見陳述権行使の実務と論点」を公表 ~海外実態及び設置会社へのアンケートをもとに論点を整理~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年11月24日、公益社団法人日本監査役協会 監査等委員会実務研究会は「選任等・報酬等に対する監査等委員会の意見陳述権行使の実務と論点―中間報告としての実態整理―」(以下「本報告」という)を公表した。 本報告は、監査等委員会設置会社における監査等委員の方々の実務の参考に資するために、取締役の選任、解任及び辞任(以下「選任等」という)並びに報酬等に関する意見陳述権の行使のあり方を検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査等委員会における意見陳述権 1 意見陳述権 平成27年5月1日施行の平成26年会社法改正において、株式会社における新たな機関設計として監査等委員会設置会社が導入されている。 監査等委員会には、監査等委員以外の取締役の選任等及び報酬等について株主総会における意見陳述権が付与されている(会社法342条の2第4項、361条6項)。 2 意見形成のプロセス 監査等委員会に対して付与された意見陳述権は、監査とは異なり、選任等及び報酬等といった監督機能の主要部分に関するものであり、実務における関心が高いものと考えられている。 本報告では、アンケート結果をもとに、大半の会社が株主総会参考書類への記載や株主総会当日の口頭陳述による対外的な意見の開示の有無にかかわらず、監査等委員会として意見形成のための検討を実際に行っていると述べている(7ページ)。 実務上検討された事項として次のものがあり、アンケート結果による実務の状況に対して、今後の議論の必要性に触れている箇所もある(7~12ページ)。 選任等又は報酬等に関する株主総会提出議案に対して監査等委員会が総会表明意見を陳述するときは、その意見の内容の概要が株主総会参考書類の記載事項となる(選任等について会社法施行規則74条1項3号、報酬等について82条1項5号)。 本報告では、選任等に関する株主総会での表明意見などについても述べられており、実務の参考になるものと考えられる。 なお、資料として、次のものが添付されている。 (了)
《速報解説》 消費税率引上げ延期に係る税制関連法が 11月28日付け官報号外第261号にて公布、同日施行 ~10%引上げ及び軽減税率導入は平成31年10月1日へ Profession Journal編集部 消費税率10%引上げの2年半延期を定めた税制関連法案が11月18日の参議院本会議での可決、今国会での成立を受け、11月28日付け官報号外第261号にて公布、同日施行された。 これにより、消費税率の10%引上げ及び軽減税率は平成31年(2019年)10月1日からスタートすることが法律上も確定し、税率引上げを前提として講じられていた各特例措置等についても、後述する大規模事業者向けの計算特例措置以外は、すべて2年半の延期(又は延長)となる。 今回施行されたのは、国税に関する「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律等の一部を改正する法律」(以下、国税関係改正法)と、地方税に関する「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び地方交付税法の一部を改正する法律等の一部を改正する法律」(以下、地方税関係改正法)の2法及び関連する政省令であり、改正内容については8月に与党が公表し同月閣議決定された「消費税率引上げ時期の変更に伴う税制上の措置」(以下「税制上の措置」)に準じたものとなっている。 「消費税率引上げ時期の変更に伴う税制上の措置」については下記を参照されたい。 〇10%引上げからインボイス導入までの期間は当初どおり4年 上述のように消費税率10%(国税7.8%・地方税2.2%)の引上げは平成31年(2019年)10月1日から。外食を除く一部の飲食料品・新聞に対する8%(国税6.24%・地方税1.76%)(※)の軽減税率も同時に導入される。税率ごとの消費税額や登録者番号の記載を要するインボイス(適格請求書等保存方式)は「区分記載請求書等保存方式」による4年間の経過期間を経て、平成35年10月1日からのスタートとなる。 (※) 現在の消費税率8%は国税部分が6.3%、地方税部分が1.7%。 なお、消費税転嫁対策法の適用期限も国税関係改正法の附則第3条において平成33年3月31日までの延長が規定された(総額表示義務の特例も2年半延長)。 その他、今後の消費税率引上げに関するスケジュールをまとめると次のとおり。 〇大規模事業者への税額計算特例は措置せず該当条項を削除 当初、平成28年度税制改正では、大規模事業者(基準期間(法人:前々事業年度、個人:前々年)における課税売上高5,000万円超)については、複数税率に対応した売上税額・仕入税額の計算において中小事業者向けに講じられた計算特例(※)を時限的に適用できるとされていたが、上記「税制上の措置」においてこの経過措置を「措置しない」こととされたため、該当する条項(平成28年度税制改正法附則第41条~43条)が削除されている。これにより大規模事業者は10%引上げ時より、売上げ又は仕入れを税率ごとに区分して行う税額計算の原則法が適用される。 (※) 計算特例の内容については[こちら]を参照。 〇直系尊属からの住宅取得等資金の贈与税非課税特例、大幅拡充は平成31年4月1日以降の契約締結から 本年10月より大幅な拡充が予定されていた直系尊属からの住宅取得等資金贈与に係る贈与税非課税特例(措法70の2)については、その拡充のタイミングとなる契約時期が下表(1)の通り「平成31年4月~」と2年半延期され、その間は下表(2)の現行制度が継続される(東日本大震災の被災者に向けた特例措置の拡充時期も同様に延期)。 (1) 特別住宅資金非課税限度額 ※消費税率10%を前提 (2) 住宅資金非課税限度額 さらに、相続時精算課税制度における住宅取得等資金の贈与の特例(措法70の3)の適用期限も平成33年12月31日へ2年半延長された。 〇住宅ローン控除等の各特例は現行制度を平成33年12月31日まで延長 平成31年6月30日までの適用期限とされていた住宅取得に係る下記の各特例措置については、すべて平成33年12月31日まで延長された(個人住民税における住宅借入金等特別税額控除についても適用期限を平成33年12月31日まで延長)。 (※) 各制度の控除限度額等については情報ツール[こちら]を参照。 〇地方法人課税の税率等見直しもそれぞれ2年半延期 消費税率10%引上げを前提として本年度改正で規定されていた地方法人課税の偏在是正を目的とした下記の税率等改正についても、それぞれ適用期限が延期となった。 〇自動車取得税の廃止も平成31年10月1日へ こちらも消費税率引上げを前提としていた自動車取得税の廃止も平成31年10月1日へ延期、さらに本年度改正で創設された自動車税及び軽自動車税における環境性能割については、導入時期を平成31年10月1日としたうえで、非課税及び税率に関する規定の適用を受ける自動車及び軽自動車の範囲については、「平成30年度中に、自動車及び三輪以上の軽自動車に係る環境への負荷の低減に関する技術開発の動向、地方財政への影響等を勘案して見直しを行い、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」(地方税関係改正法附則第2項)とされた(※)。 (※) 「税制上の措置」では「平成31年度税制改正において、(中略)必要な法制上の措置を講ずる」とされている。 (了)
《速報解説》 政府税調、「国税犯則調査手続の見直しについて」を公表 ~近時の刑事訴訟法改正を参考に電磁的記録に係る証拠収集手続規定を整備、 29年度大綱への盛り込み目指す~ 弁護士 坂田 真吾 1 はじめに 本年11月14日、政府税制調査会は、「国税犯則調査手続の見直しについて」と題する報告を公表した。 当該報告は、脱税事件の調査等の根拠法である国税犯則取締法に係る規定の整備を目的とするものである。報道によれば、来月にも公表される平成29年度税制改正大綱に盛り込むことが予定されている。 国税犯則取締法は、明治時代に制定された法律であり、現在でも片仮名、文語体で表記されているが、今回の改正で現代語化がはかられる。 脱税事件の処罰は他の犯罪と同じように刑事訴訟法の規定する手続に従って行われるが、国税犯則取締法は、主に事件の調査等について特別の規定(調査を収税官吏(実務上は国税局調査査察部所属の査察官)が行う等)を設けている。このことから、近時の刑事訴訟法の捜査手続に関する改正規定が脱税事件の調査に適用されない状態となっていた。 そこで、今回、国税犯則取締法に、①近時の刑事訴訟法改正を参考に、情報処理の高度化に対応した証拠収集手続に関する規定を設けることとされた。また、②関税法の規定する関税の犯則手続と整合性を図る観点からも見直しがされることになる。 2 情報処理の高度化に対応した証拠収集手続に関する規定 3 関税法とバランスをとるという観点からの見直し 関税法の規定する関税の犯則調査と国税の犯則調査手続の整合性を図る観点から、次の見直しを行う。 4 終わりに 以上のように、今回の報告では、電磁的記録に対する差押え方法が柔軟化するなど、国税局にとって犯則調査が便宜となる事項が盛り込まれている。 なお言うまでもないが、これらはあくまでも犯則調査(脱税調査)についての改正であり、通常の課税に係る税務調査についての改正ではない。 (了)
2016年11月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.195を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第29回】 「取引別にみた収益の認識基準①」 税理士 山本 守之 1 棚卸資産の販売 (1) 原則基準 企業活動の中心となる商品又は製品等の棚卸資産の販売収益の額は、その引渡しのあった日の属する事業年度の益金の額に算入されます(法基通2-2-1)。 このような取扱いを置いたのは、昭和38年12月の「整備答甲」で、収益の認識基準について「法的基準」としては「所有権の移転又は役務提供があったとき」としながら、「具体的運用」は「引渡し又は同時履行の抗弁権を失ったとき」としているからです。 税法の法的基準としては、収益の認識基準を「所有権が移転した時」という基準は譲れないが、所得権の移転を「売りましょう」「買いましょう」という意思主義により民法の考え方とするときは、このような法的基準にならざるを得ないでしょう。しかし、品物を引き渡さない段階で代金を請求すると、買い手は「品物を引き渡さない限り代金は払わない」と同時履行の抗弁権を使うでしょう。 このため、通達では収益計上の原則を「引渡基準」としたのです。 ところで、この場合の「引渡し」をどのように認識するかが問題です。 法律上の引渡しには、現実の引渡し(民法182①)、簡易の引渡し(民法182②)。占有改定(民法183)、指図による占有移転(民法184)等があります。法人税法における引渡しの考え方は、必ずしも法的な基準を予定しているわけではなく、経済的実態に適合する限りは、企業会計の記帳慣行を尊重すべきであるとするものもあります。 次のような基準を継続適用し、この基準がその棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じてその引渡しの日として合理的であれば、これが税務上も認められます(法基通2-1-2)。 なお、棚卸資産の種類、性質、販売契約の内容に応じて2以上の異なる引渡基準を適用することも可能です。 (注) 上記の基準は限定的なものでなく、例示です。 また、棚卸資産の販売代金が引渡事業年度末までに確定していないときは、適正に見積り、その後確定額との差額は、確定事業年度の益金の額又は損金の額に算入します(法基通2-1-4)。 (2) 基準適用の注意点 注意したいのは、引渡しを認識すべき前記の基準は、法人が自由自在に選択できるというのではなく、あくまで採用しようとする基準がその棚卸資産の種類や性質、販売契約の内容等に照らして合理的なものでなければならないということです。 例えば、FOBベースによる輸出の場合には、附帯経費の発生時期、輸出代金の構成要素、担保責任の所在等からみて、一般的には船積基準によるべきでしょう。 検収基準については、相手方がタイムリーに検収通知をしてくれることが前提となり、返品がなければ自動的に引取りが確定するとか、相手方が検収通知を出す前に転売しているような場合には適用できないという捉え方になります。 これは、検収基準をとっていながら、検収通知を出す前に相手方が転売することを許すと、次のような問題が生じるためです。 例えば、当該事業年度に他に転売(3月25日)していながら、検収通知を受け取ったのが4月10日ですので売上を翌期に計上していた場合は、このような処理をした検収基準が否認され、つまり、検収通知をする前に他に転売することが許されている場合は、検収基準を適用する資格がないのだから、出荷基準で更正されるのです。 ただ、転売の相手先は当方が検収基準を採っている事実を承知していないという問題は生じます。 2 請負収益 (1) 原則基準 請負契約とは、当事者の一方が仕事の完成を約し、相手方がその約した仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約です。 請負に関する報酬の請求権は、仕事を完成してその目的物を相手方に引き渡した時(物の引渡しを要しない場合は約した仕事を完了した時)に発生することとされています(民法632、633)。 法律的には諾成契約であり、建設請負、運送等が典型的なものですが、他人の委託を受けて行う測量、設計、企画、試験研究等が含まれ、有形であると無形であるとを問いませんが、完成された仕事の結果を目的とする点で雇用・委任の各契約とは異なります。 (注) 旅客や品物の運送に関しては、商法(559~592)に規定されています。 法人税法では、民法における報酬の請求権という法的基準の影響が強く、収益の計上は次のように取り扱われています(法基通2-1-5)。 ここでも、完成して引渡しを了した建設請負工事の代金が期末までに確定していないときは、合理的に見積った金額を益金の額に算入し、その後の確定工事代金との差額は、その差額が確定した事業年度の損益として処理されます(法基通2-1-7)。 このほか法人税基本通達では、値増金の処理、機械設備等の販売に伴う据付工事、不動産の仲介あっせん報酬、技術役務の提供による収益、運送収益などについての収益計上基準が細かく定められています。 (2) 部分完成基準 建設請負については、次のように完成し引き渡した量又は割合に応じて工事代金等を収受する旨の特約又は習慣がある場合は、その請負の請求権は、これらの引渡しの段階で発生しますから、税務では部分完成基準と称して、引き渡した量又は完成した部分に対応する工事収入をその事業年度の益金の額に算入しなければならないこととしています(法基通2-1-9)。 もともと請負における完成基準は、個々の工事についての収益計上をいっているのであって、必ずしも契約単位での完成基準ということをいっているわけではありません。 しかし、契約が1つになっている以上、その全体が完成しなければ完成基準の適用がない、ということを主張する向きもあるので、念のためこの取扱いを置いたもので、部分完成基準は企業として当然適用すべき基準であるといえます。 例えば、法人が次のように会計処理したとしましょう。 税務としては、次のような処理がされます。 3 固定資産の譲渡による収益 固定資産の譲渡による収益は、別に定めるものを除いて、原則としてその引き渡した日の属する事業年度の益金の額に算入します(法基通2-1-14本文)。 しかし、固定資産については、その性質上偶然性が強く、その引渡しの判定となる具体的な事実が、棚卸資産ほど一般化、確定化していないので、その収益計上時期について、企業会計の慣行は必ずしも一様とはいえません。 特に、土地、建物その他これらに類する資産の売買がなされた場合に、どのような外形的事実をもって引渡しと考えるかは、極めて難しい問題です。 このため税務では、引渡しの時期を原則としながら、土地、建物その他これらに類する資産(不動産、構築物等)については、法人が売買契約効力発生の日の属する事業年度で収益として計上したときは、これを認める(法基通2-1-14ただし書)という行政上の配慮をしています。 なお、法人税基本通達2-1-14のただし書きについて、課税庁では「固定資産のうち、土地、建物、構築物等については、一般的にその引渡しの事実関係が外形上明らかでないことが多いので、法人がその譲渡契約の効力の発生の日(一般には、特約のない限り、契約締結の日)の属する事業年度で収益計上することとしている場合にはこれを認めることとされ、いわゆる「契約基準」が導入されているのである。」としています(『法人税基本通達逐条解説』)。 なお、本則どおり引渡基準を適用する場合に、その引渡しの日がいつか明らかでないときは、法人税基本通達2-1-2の後段の取扱いを援用して、例えば、譲渡代金の相当部分(おおむね50%以上)の支払を受けるに至った日に収益計上するというような処理が行われています。 この取扱いの解説は次のようになっています。 このほか法人税基本通達では、農地の譲渡等、工業所有権の譲渡等、ノーハウの頭金等、共有地の分割、交換分合、道路の付替え、譲渡担保等について細かく規定されています。 (了)
組織再編におけるスピンオフについて ~平成29年度税制改正へ向けた現状の課題~ 西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 柴田 寛子 「スピンオフ(spin-off)」とは、現物配当その他の比例的分配により、株主に対して、既存子会社又は事業を切り出して設立した新設子会社の株式を交付することによって、当該子会社又は事業を切り離す組織再編をいう。米国では、例えば、2015年にeBayがPayPalを分離独立する際の手法として用いられる等、事業の切り離しの手段として広く普及している。 一方、日本においては、現在の組織再編税制の下では、スピンオフは、原則として、課税繰延べが認められる適格組織再編に含まれないことから、ほとんど実例がない。もっとも、平成29年度税制改正に関する経済産業省要望においては、この「スピンオフ」についても適格組織再編に含むべきとの要望がなされており、これが実現する場合には、下記に記載するとおり、組織再編税制について横断的な見直しがなされると考えられる。 まず、現在の会社法下では、子会社のスピンオフは、①(対象となる子会社株式の)現物配当により実行可能である。また、事業のスピンオフは、②「新設分割+当該新会社株式の現物配当」、又は③「現物出資による新会社設立+当該新会社株式の現物配当」により実現可能である。 なお、子会社のスピンオフにおいては、子会社株式の全部を分配する場合もあるが、子会社株式の一部だけを分配する場合もあり、後者の場合には、親会社は引き続き子会社の親会社又は株主であり続けることになる。 子会社のスピンオフ 事業のスピンオフ 次に、現在の組織再編税制の下でのスピンオフの帰結について検討すると、子会社のスピンオフである上記①(対象となる子会社株式の)現物配当については、原則として、法人レベルでは分配対象となる子会社株式に関する譲渡損益課税がなされ、株主レベルでは配当課税(ただし、資本剰余金を原資とする配当の額が存する場合には、その部分は「みなし」配当課税となる)及び場合により株式譲渡損益課税がなされることとなる。 また、事業のスピンオフである上記②「新設分割+当該新会社株式の現物配当」については、新設分割の手法として、分社型(単独)新設分割を用いた場合、第一段階の新設分割は、スピンオフ後に親会社(分割法人・図でのA社)が新会社の発行済株式総数の50%超を継続保有する部分的なスピンオフの場合を除くと、当該分割後に分割法人と分割承継法人との間に支配関係が継続することが見込まれているとの要件(法人税法2条12号の11ロ・同法施令4条の3第7項)を充足しないため、グループ内組織再編に該当しない。 また、単独新設分割においては、事業関連性の要件が欠けるため、共同事業要件も充足されず、結局、非適格組織再編成となり、分割法人である親会社の法人レベルでその保有資産等についての譲渡損益課税がなされる。また、第二段階の現物配当については、上記①と同じとなる。 加えて、事業のスピンオフである上記②「新設分割+当該新会社株式の現物配当」において、分割型単独新設分割を用いる場合でも、仮に、親会社にその発行済株式総数の50%超を保有する株主が存在すれば、グループ内組織再編として適格組織再編成に該当し得る余地があるが、そのような例外的な場合でなければ、単独新設分割においては事業関連性の要件が欠けるため共同事業要件を充たさず、非適格組織再編成となり、その結果、分割会社の法人レベルではその保有資産等についての譲渡損益課税がなされ、その株主レベルではみなし配当課税がなされる。 さらに、事業のスピンオフである上記③「現物出資による新会社設立+当該新会社株式の現物配当」については、法人税法上は「単独新設現物出資+現物分配」と整理されるため、上記②と同様に、第一段階の現物出資は、スピンオフ後に親会社が新会社の発行済株式総数の50%超を継続保有する部分的なスピンオフの場合を除くと、当該現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に支配関係が継続することが見込まれているとの要件(法人税法2条12号の14ロ、同法施令4条の3第13項)を充足しないため、グループ内組織再編に該当しない。 また、単独新設現物出資においては事業関連性の要件が欠ける結果、共同事業要件も充足されないことから、結局、非適格組織再編成となり、現物出資法人である親会社の法人レベルでその保有資産等についての譲渡損益課税がなされることとなる。また、第二段階の現物分配は上記①と同様となる。 これらの現行組織再編税制下での帰結は、現在の組織再編税制においては、法人レベルにおける移転資産に対する支配の継続が認められる組織再編のみについて課税繰延べを認め、(法人レベルでの支配の継続性は失われるが)株主レベルでの投資の継続性が認められる組織再編については課税繰延べを認めていないことによる。しかし、このような帰結は、組織再編全体を横断的に見た場合、必ずしも課税の中立性が保たれているとはいえない。 平成29年度税制改正において、スピンオフを適格組織再編の一類型と認める税制改正がなされる場合には、単にスピンオフに限った技術的な改正がなされるのではなく、このように、株主レベルでの投資の継続性との観点から、組織再編税制が横断的に見直されることとなると考えられる。 (了)
〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第10回】 「別表6(16) 雇用者の数が増加した場合又は特定の地域において雇用者の数が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(16)付表 基準雇用者数等、給与等支給額及び比較給与等支給額の計算に関する明細書」 〈その1〉 公認会計士・税理士 菊地 康夫 Ⅰ はじめに 本連載では、法人税申告書のうち、税制改正により変更もしくは新たに追加となった様式、実務書籍への掲載頻度が低い様式等を中心に、簡素な事例をもとに記載例と書き方のポイントを解説していく。 第10回目は、最近改正された制度の中で比較的書籍等での掲載頻度が少ない「別表6(16) 雇用者の数が増加した場合又は特定の地域において雇用者の数が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(16)付表 基準雇用者数等、給与等支給額及び比較給与等支給額の計算に関する明細書」を採り上げる。 Ⅱ 概要 この別表は、青色申告書を提出する法人が租税特別措置法第42条の12第1項から第3項まで(特定の地域において雇用者の数が増加した場合の法人税額の特別控除)又は平成28年改正前の措置法第42条の12の2第1項から第3項まで(雇用者の数が増加した場合の法人税額の特別控除)の規定(いわゆる「雇用促進税制」)の適用を受ける場合に作成する。 これは、平成23年4月1日から平成30年3月31日までの間に開始する各事業年度において、雇用者数を5人以上(中小企業等は2人以上)かつ10%以上増加させるなど一定の要件を満たした場合に税額控除の適用が受けられる制度である。なお、平成28年度の税制改正により、要件等の見直しが以下のようになされている。 [適用要件] この制度の適用を受けるためには、次の①から⑤までの要件を全て満たしている必要がある。なお、適用年度開始の日の前日における雇用者数が零である場合には、②の要件は不要となる。 ① 当期末の雇用者の数から適用年度開始の日の前日の雇用者(当期末において高年齢雇用者に該当する者を除く)の数を引いた数(以下「基準雇用者数」という)が5人以上(中小企業者等については2人以上)であること。 ② 基準雇用者数を適用年度開始の日の前日における雇用者(当期末において高年齢雇用者に該当する者を除く)の数で除した数(以下「基準雇用者割合」という)が10%以上であること。 ③ 給与等支給額(当期の所得の金額の計算上損金の額に算入される雇用者に対して支給する給与等で、当期末に高年齢雇用者に該当する者に対して支給するものを除く)が「比較給与等支給額」以上であること。 比較給与等支給額=前期の給与等の支給額+(前期の給与等の支給額×基準雇用者割合×30%) → 適用年度開始の日の前日における雇用者数が零である場合には、次の算式となる。 比較給与等支給額=前期の給与等の支給額+(前期の給与等の支給額×30%) ④ 雇用保険法第5条第1項に規定する適用事業(一定の事業を除く)を行っていること。 ⑤ 前期及び当期に事業主都合による離職をした雇用者及び高年齢雇用者がいないこと。 なお、平成27年度の税制改正においては地方拠点強化税制が創設されたことに伴い雇用促進税制が拡充されているが、当該特例措置についての内容と書き方については、次回の〈その2〉で解説することにする。 Ⅲ 「別表6(16)」及び「別表6(16)付表」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 平成28年4月1日以後終了する事業年度。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 別表の各記載欄の説明 別表6(16) 雇用者の数が増加した場合又は特定の地域において雇用者の数が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書 別表6(16)付表 基準雇用者数等、給与等支給額及び比較給与等支給額の計算に関する明細書 〔基準雇用者数等の計算に関する明細〕 〔1欄〕から〔4欄〕まで、「① 法人全体」「② 同意雇用開発促進地域内に所在する事業所」「③ ②のうち特定業務施設に該当する事業所」「④ 特定業務施設」の各欄の該当する人数を記載。 なお、②及び③の各欄は、平成28年4月1日以前に開始した事業年度にあっては記載を要しない。また、④欄の内書には、特定業務施設のうち措置法42条の12第1項の規定の適用に係る特定地域事業所に該当するものに係る数を記載する。 〔給与等支給額の計算に関する明細〕 〔比較給与等支給額の計算に関する明細〕 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例44(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆交換により取得した資産の圧縮額の損金算入(法法50) 「固定資産の交換の特例」とは、固定資産を交換した場合には、原則として交換取得資産の時価と交換譲渡資産の帳簿価額との差額を譲渡益として課税することになるが、同じ種類の固定資産を交換し、かつ、同一用途に供している場合には、従来の資産をそのまま引き続き使用しているのと変わりがないことから、一定要件に該当する交換については圧縮記帳を認めるものである。ただし、交換差金の額が交換取得資産と交換譲渡資産とのいずれか高い方の価額の20%を超えているときは、この特例は適用できない。 ◆資産の一部を交換とし他の部分を譲渡とした場合の交換の特例の適用(法基通10-6-5) 法人がその有する固定資産を交換する場合において、一体となって同じ効用を有する同種の資産のうち、その一部は交換とし、他の部分については譲渡としているときは、法第50条(交換により取得した資産の圧縮額の損金算入)の規定の適用については、当該部分を含めて交換があったものとし、その譲渡代金は交換差金等とする。 (了)
マイナンバーの会社実務 Q&A 【第23回】 「源泉徴収税額表の乙欄適用の従業員のマイナンバーの取得」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 〈Q〉 年末調整の際、源泉徴収税額表の甲欄適用の従業員は給与所得者の扶養控除等申告書へマイナンバーを記載して会社へ提出しますが、乙欄適用の従業員は給与所得者の扶養控除等申告書を会社へ提出しません。 乙欄適用の従業員からもマイナンバーを取得する必要があるか教えてください。 〈A〉 平成28年中に退職した乙欄適用の従業員のうち給与支給額が30万円以下の従業員を除き、マイナンバーを取得する必要がある。その根拠は、以下の通りである。 〈根拠1〉 乙欄適用の従業員の平成28年中の給与支給額が50万円を超える場合、マイナンバーを記載した源泉徴収票を平成29年1月31日までに税務署に提出しなければならない。 〈根拠2〉 平成29年1月1日現在会社に在職する全従業員及び平成28年中に退職した従業員のマイナンバーを記載した給与支払報告書を平成29年1月31日までに従業員が平成29年1月1日(退職者は退職日)現在居住する市区町村に提出しなければならない。ただし、平成28年中に退職した従業員のうち給与支給額が30万円以下の場合は提出しなくてもかまわない。 なお、乙欄適用の従業員は、メインの勤務先に他社で働いていることがバレると思い込みマイナンバーの提供を拒否することがある。従業員がマイナンバーの提供を拒否した場合、会社はマイナンバーの提供を求めた経過を書面で記録、保存しておくようにする(国税庁 源泉所得税に関するFAQ Q1-13)。 (了)