〈業種別〉 会計不正の傾向と防止策 【第6回】 「学校法人」 公認会計士・税理士 中谷 敏久 どのような業種業態か? 学校法人は、文部科学大臣あるいは都道府県知事の認可を受けて、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学等を運営している法人である。組織としては学校法人本部と各学校からなっており、理事長以下複数名の理事が理事会を構成して学校法人全体の経営を担う一方で、各学校は校長が運営を委任されている。 株式会社のように「持分」という概念がなく、理事一人一人がそれぞれ一票を持つため、たとえ理事長といえども、他の理事の賛成なしには自らが目指す法人経営を実現することはできない。逆に、教育現場である各学校を長年預かってきた校長を兼ねる理事には、権力が集中する場合もある。 少子高齢化の中で、学校法人の経営基盤は、いかに多くの優秀な生徒を集められるかにかかっている。したがってそれを実現し、生徒保護者の信頼を得ている校長の発言力は、必然的に大きくなるのである。 どのような不正が起こりやすいか? 一般的に学校法人においては、予算責任者は校長であり、予算事務責任者は事務長である。まず、予算責任者である校長は、理事会が決定した予算編成方針に基づいて事業計画書を作成し、予算事務責任者とともに予算原案を編成する。各校長が編成した予算原案は法人本部に提出され、理事長がそれらを統合して学校法人全体の予算案を作成する。そしてその予算案は、理事会の審議を経て決定される。 学校法人の経営はこの予算書に基づいてなされるのであり、学校法人のすべての取引は、予算書に反映されなければならない。この予算書が正しく作成される限り、会計不正の発生は防止される。いわゆる予算統制である。 したがって、事業計画書で想定される取引が予算書に反映されていない場合、それは会計不正となる。意図的に予算書に反映されていない取引は、当然、決算書にも計上されることはなく、簿外取引となるからである。 また、学校法人には生徒保護者から授業料等の様々な入金がある。大半は銀行口座への振り込みで行われるが、その口座の開設は校長の権限である。様々な教育サービスが提供される中で、学校法人本部が把握していない口座が不正に開設されるケースがある。 当然、口座名は学校名であり、銀行や生徒保護者等の外部の目からは何ら問題ないが、学校法人本部に口座開設を報告せず、一部の学校関係者のみ認識している場合、会計不正の要因となる。 事例検証 平成27年3月17日に公表された学校法人大阪産業大学の事例を紹介する。 第三者委員会の調査報告書によると、学校法人が設置する大阪桐蔭中学校高等学校において、模擬試験の受験料に関する簿外取引(152百万円)、副教材費及び実習費に関する簿外取引(332百万円)、検定試験の受験料に関する簿外取引(16百万円)が存在することが発覚した。 1 模擬試験の受験料に関する簿外取引 外部の予備校や教育事業会社が主催する模擬試験において、学校側が受験生の募集、会場提供及び試験監督などの事務処理を行う場合、学校側が生徒から正規の受験料を徴収するとともに、負担した事務処理費用を控除した残額を予備校等へ支払うこととされており、この取引から発生する入金及び出金を簿外のゆうちょ銀行口座を通して行っていたというものである。 桐蔭中学校名義のゆうちょ銀行口座は平成9年に開設され、桐蔭高等学校名義のそれは平成4年に開設されているが、入出金額が明確になっているのは平成16年11月以降の分にとどまり、それ以前の分は不明となっている。また、教師が生徒から直接現金で徴収した受験料の一部が銀行口座に入金されず、その使途が不明になっているケースもあった。 さらには、ゆうちょ口座からりそな銀行に開設した保護者親睦会名義の口座へ資金移動がなされ、その口座から元校長の個人口座に毎月一定額が振り込まれていた事実も発覚している。 2 副教材費及び実習費に関する簿外取引 授業で使用する参考書などの副教材費や実習費については、学校側が生徒から徴収し教材販売会社に支払うが、模擬試験の受験料と同様、この取引から発生する入金及び出金を簿外のゆうちょ銀行口座を通して行っていたというものである。 桐蔭中学校名義のゆうちょ銀行口座は平成7年に開設され、桐蔭高等学校名義のそれは平成3年に開設されている。副教材費や実習費については一括購入による割引等があり、毎年かなりの余剰が発生していた。これらの余剰金は事務長が出金し渉外活動費用に充当されていたとのことであるが、学校法人の予算とは別の資金が準備使用されていたことは否めない。 さらに、平成23年度以降は外部の文具業者が取引事務を取り扱うように変更され、文具業者名義の銀行口座を通して入出金が行われていた。ただ、口座残高の管理に対しては、事務長が実質的な影響力を及ぼしており、余剰資金捻出の手段として利用しようとしていたことが疑われている。 3 検定試験の受験料に関する簿外取引 外部の業者が主催する検定試験(漢字検定、英語検定、数学検定、日本語検定)において、学校側が受験生の募集、会場提供及び試験監督などの事務処理を行う場合、学校側が生徒から正規の受験料を徴収するとともに、負担した事務処理費用を控除した残額を業者へ支払うこととされており、この取引から発生する入金及び出金を、漢字検定の場合は簿外の国語科教員名義のゆうちょ銀行口座を通して行っていたというものである。 なお、平成21年ごろからは文具業者が検定料等の収受を含む事務処理を行うようになり、事務処理費用は事務長の指示で文具業者が受領していたとのことである。 不正の防止策 学校法人は認可事業であることから、経理規程が整備されていないことは考えにくく、運用方法に問題があるケースが多い。銀行口座開設手続、特に銀行届出印の取扱いについては、学校法人本部の監視が必要である。 また、すべての取引につき予算書に反映するよう教職員全員に周知徹底するともに、コンプライアンス教育を日常的に実施すべきである。 同様の不正が起こりうる業種業態は? 社会福祉法人、医療法人などは学校法人と同様に現場サービスの提供が最優先されるため、事務処理手続がなおざりになりやすい。 現場に任せっきりで法人本部の強力な監視がない場合、同様の不正が起こりうるリスクがある。 (了)
[平成29年1月1日施行] 改正育児介護休業法のポイントと実務対応 【第3回】 「育児関係の改正ポイント」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 今回は、育児関係の以下の3つの項目についてみていく。 子の看護休暇の半日単位取得 対象となる子の範囲拡大 有期契約労働者の取得要件緩和 1 子の看護休暇の半日単位取得 子の看護休暇は、負傷し又は疾病にかかった小学校就学の始期に達するまでの子の世話を行うため、又は当該子に予防接種や健康診断を受けさせるため、1年に5日(子が2人以上いる場合は年に10日)まで取得が可能な休暇をいうが、改正前は介護休暇と同様に、1日単位で取得する制度となっていた。しかし、子の世話を行うために丸一日休暇を取得する必要がない場面も想定されることから、改正後は、柔軟性を高めて半日単位でも取得が可能となっている。 なお、ここでいう半日とは、1日の所定労働時間の2分の1をいうが、労使協定で定めることにより、1日の所定労働時間の2分の1以外の時間数を半日とすることも可能となっている。 この他、半日単位での取得にあたってのポイントは介護休暇と同様となるため、前回の内容を参照いただきたい。 2 対象となる子の範囲拡大 育児休業の対象となる子の範囲が拡大され、改正後は、実子及び養子に加えて、次の関係にある子も含まれるようになっている。 なお、育児に関わる子の看護休暇、所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、短時間勤務についても同様に対象となる子の範囲が拡大されているが、介護休業等の介護に関わる対象家族となる子の範囲については、改正前から変更はなく、実子及び養子となっている。 3 有期契約労働者の取得要件緩和 育児休業の取得が可能な有期契約労働者について、以下の通り、要件が緩和され、取得可能な対象者が拡大されている。 改正前の②の要件については、労働契約期間が短いほど、申出時点で雇用継続の見込みがあるか否かを有期契約労働者が判断することは難しく、事業主との見解の相違も生じやすいところであったが、改正後は②の要件がなくなり、入社1年以上の者については対象となる可能性が高く、判断がしやすくなっている。 ◆改正前の有期契約労働者の要件(以下のすべてを満たす者) ① 入社1年以上であること ② 子が1歳に達する日を超えて雇用関係が継続することが見込まれること ③ 子が2歳に達する日までに労働契約期間が満了し、更新されないことが明らかでないこと ◆改正後の有期契約労働者の要件(以下のすべてを満たす者) 入社1年以上であること 子が1歳6ヶ月に達する日までに、労働契約期間が満了し、更新されないことが明らかでないこと 改正により、これまでは取得要件を満たさなかった次のようなケースに該当する有期契約労働者も育児休業を取得することができるようになっている。 《例》 6ヶ月契約(最大3年まで更新可能性有)の者が勤続1年超の段階で育児休業の申出をした場合 ⇒ 改正前は、子が2歳に達する日までに契約終了することとなっていたため育児休業を取得することはできなかったが、改正後は、子が1歳6ヶ月に達する日まで契約継続の可能性があるため、育児休業を取得することが可能となる。 なお、有期契約労働者が育児休業の取得要件を満たすか否かは、育児休業の申出時点で判断することとなるため、平成28年12月31日以前に申出があった育児休業については、改正前の要件に照らして判断することとなる。 * * * 以上、育児関係については介護関係に比べると改正点は少ないが、改正前は育児休業等の対象とならなくても改正後は対象となることがあるため、しっかり変更内容を確認しておきたい。 (了)
預貯金債権の遺産分割をめぐる 最高裁平成28年12月19日決定についての考察 【第1回】 「本件決定の概要」 弁護士 阪本 敬幸 1 はじめに 最高裁平成28年12月19日決定(以下、「本件決定」という)において、預貯金債権が遺産分割の対象となる旨判示された。 従来、預貯金債権は可分債権であり、原則として、相続開始と同時に、当然に相続分に応じて分割されると考えられてきた。このため、裁判実務上は、原則として預貯金債権は遺産分割の審判対象とはせず、相続人間で遺産分割の対象とする旨の同意がある場合に限り、審判対象とするという取り扱いがなされてきた。 金融実務上も、相当数の銀行が、相続人全員の同意がなくても、個別の預貯金の払い戻しに応じるという取り扱いをしてきた(個別の相続人全員の同意がない限り個別の預貯金の払い戻しには応じないという対応をしていた銀行も多数存在したが、そうした銀行においても、相続人から預貯金の払戻請求訴訟を提起され、判決で支払を命じられた場合には、払い戻しに応じていた)。 本件決定を受けて、今後、上記実務上の取り扱いは変更されることになるであろう。 本稿においては、本件決定の内容、今後の実務上の対応等について論じることとし、連載第1回目は、本件決定概要について述べる。 2 本件決定の概要 (1) 事案概要 一審(大阪家裁審判)及び原審(大阪高裁決定)が認定した事実は、概ね以下の通りである。 (2) 本件決定の内容 なお、補足意見4つ、意見1つがある。 * * * 次回は、過去の判例・実務上の取り扱い等について述べる。 (了)
「法定相続情報証明制度」(仮称)の概要と 相続実務への影響 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 はじめに 平成28年12月22日、法務省より「不動産登記規則の一部を改正する省令案」がパブリックコメントに付された。同省令はいわゆる「法定相続情報証明制度」(仮称)(以下、「本制度」という)を創設することを意図している。 本制度は、不動産登記実務のみならず、金融機関における預金の名義変更手続や保険会社における保険金の支払手続実務等、広く影響を与えることが予想される。本稿では、本制度の概要、制度創設後の各種実務のあり方について解説する。 なお、本稿執筆時においては、本制度は未施行であり、掲載する内容については変更や実際の実務とは異なる可能性があること、また本稿の内容については筆者個人の見解であり、所属する団体等の見解を代表するものではないことを申し添える。 2 制度の概要 本制度は、相続人等から提出された「法定相続情報一覧図」のつづり込み帳を法務局(登記所)に備え、内容を確認のうえその保管及び認証文を付記した法定相続情報一覧図の写しを交付し、法定相続情報一覧図の写しを各種相続手続に利用するものである。 【記載例:法定相続情報一覧図の写し】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (※) 改正省令案のパブコメページにおける「省令案の概要」別紙2より 3 制度創設の背景 本制度の創設の背景には、超高齢社会のなかで相続登記が未了のまま放置され、これがいわゆる所有者不明土地問題や空き家問題の一因になっているところ、本制度の創設により手続を簡略化し、促進につなげること等がある。 4 現在の実務 現在の各種相続手続実務においては、少なくない戸籍・住民票等の公的証明書の入手及び提出が必要である。 例えば、被相続人の相続財産に不動産と預貯金がある場合には、不動産については被相続人の出生から死亡までの戸籍等を添付して、管轄法務局で相続登記手続を行い、同様の書類を使用して預貯金の名義変更を各金融機関で行うこととなる。 このため、先に不動産登記を申請していた場合には、登記完了までは戸籍等が相続人の手元にないために他の手続等を行うことができない。 仮に同時に複数の手続を進めたい場合には、同じ内容の戸籍等を取得する必要があるが、費用の負担が相続人に発生することになる。 5 本制度施行後の相続手続実務 本制度施行後は、相続人等は戸籍謄本等を取得し、法定相続情報一覧図を作成のうえ、法務局に保管及び写しの交付の申出を行い、交付された法定相続情報一覧図を戸籍謄本等の代わりとして使用して各種相続手続を行うこととなる。実務的には司法書士や弁護士等の専門家が関与して、法定相続情報一覧図の作成を行うことになろう。 交付にあたり手数料は徴収しないこととされており、複数交付を受ければ異なる相続手続を同時に進行することができる。なお、法定相続情報一覧図は、あくまで被相続人の法定相続関係を明らかにする書面であり、遺産分割協議や相続放棄があった場合には別途それを証する書面を添付することが必要となる。 法定相続情報一覧図を戸籍謄本等の代わりとして使用できる手続には、相続登記手続、銀行預貯金の名義変更手続、保険会社での手続等が想定されている。相続税申告手続等の税務手続についても活用の幅が広がることも考えられ、実務に携わる税理士、公認会計士としても注視していく必要がある。 【法定相続情報証明制度の手続の流れ(イメージ)】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (※) 改正省令案のパブコメページにおける「省令案の概要」別添より (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔法務面のアドバイス〕 【第2回】 「被災による財産関係の法律問題」 弁護士 岨中 良太 1 預貯金 災害発生時は避難が最優先されるため、通帳、キャッシュカード、銀行印等を携帯して避難することができないことが多く、災害発生後に保管場所に戻っても紛失していることが多い。 金融機関が通帳等の紛失した預金者からの預金払戻請求に応じることは、「便宜払い」などと呼ばれており、大規模災害が発生した場合には、災害の規模や範囲等によって異なる部分もあるが、多くの金融機関がこの「便宜払い」に応じることがある。 この場合、本人確認の方法は、災害発生からの経過時間や、各金融機関の被災状況等によって異なるが、不正な払戻しを防止しつつ被災者の資金需要の緊急性に配慮するため、具体的な状況に応じて、可能な範囲での本人確認手続が行われることになる。 2 手形・小切手 (1) 支払呈示期間経過後の支払呈示 手形はその満期日またはこれに次ぐ2取引日以内、小切手は振出日の翌日から起算して10日以内に、それぞれ支払呈示をしなければならず、支払呈示期間経過後に支払呈示を行っても不渡りとなり返還されることになる。この場合、振出人に対しては消滅時効が完成するまで請求することができるが、裏書人に対して請求することができなくなる。 しかし、災害によって避難等を余儀なくされ、手形・小切手の支払呈示をすることができないまま支払呈示期間を経過することとなった場合には、特別の措置が講じられることがある。東日本大震災については、全国銀行協会が、災害のため呈示期間が経過した手形でも交換・決済を可能とする措置を実施した。 (2) 手形・小切手の紛失 災害によって手形・小切手を紛失した場合には、当該手形等に係る請求をすることができず、手形等の支払地を管轄する簡易裁判所に公示催告の申立てを行い、公示催告期間経過後に除権決定を受ける必要がある。 3 所有不動産 (1) 権利証の紛失 権利証は法律上「登記済証」と呼ばれる。現在は、平成17年の不動産登記法の改正により、登記済証に代わって「登記識別情報通知書」が用いられている。 この点、登記済証や登記識別情報通知書を災害によって紛失しても、所有権が失われるということはない。 もっとも、不動産を売却する等の場合には、登記済証や登記識別情報通知書の提出に代えて、 のいずれかの手続が必要となる。 (2) 災害による境界の不明確化 災害によって塀が倒壊したり、境界標が流失したりするなどして、所有地と隣地との境界が不明確となる場合がある。 この点、境界には、 がある。 ① 公法上の境界 公法上の境界は、国のみが定めることができ、当事者である私人の合意で動かすことはできず、災害が発生しても、本来の位置から動くことはない。 公法上の境界を明確にする手続としては、地方裁判所に境界確定訴訟を提起する方法と、法務局又は筆界特定登記官に筆界特定の申請を行う方法があり、これら手続においては、法務局に備え付けられた図面や既存の測量図面等を基に境界が明らかにされることになる。 この点、地震による地表面の移動については、「兵庫県南部地震による水平地殻変動と登記の取扱い(平成7年3月29日付法務省民三第2589号民事局長回答)」により、 とされている。 ② 私法上の境界 私法上の境界は、関係当事者の合意により、双方の所有権の範囲を決定することができる。 当事者間の協議で合意に至らない場合には、簡易裁判所に所有権確認の調停を申し立てるか、地方裁判所に所有権確認訴訟を提起することになる。 この点、前回紹介した特定非常災害特別措置法に基づく特定非常災害に指定され、かつ、政令によって指定された場合には、上記調停の申立ての手数料が免除される場合がある。 (3) 賃貸している建物 ① 「滅失」の判断 賃貸していた所有建物が災害によって被害を受けた場合、賃借人との賃貸借契約が終了するか否かは、当該建物が「滅失」したか否かによって決まる。すなわち、建物が滅失した場合には賃貸借契約は終了するのに対し、滅失に至らない損壊の場合には、賃貸借契約は当然には終了しない。 建物が「滅失」したか否かは、当該建物の損壊の程度と、修繕費用、耐用年数、老朽度、賃料の額等の経済的観点から総合的に判断することになる。罹災証明書(前回参照)において「全壊」と認定された場合には「滅失」に該当するといえるであろうが、「半壊」の場合には個別の事案によらざるを得ないと考えられる。 ② 建物が滅失し賃貸借契約が終了する場合 滅失した建物については取壊しを行うことになるが、賃貸借契約の終了に伴い、建物の中に残された賃借人の家財道具等については、無断で処分すると、後に賃借人から損害賠償請求を受ける可能性があるため、原則として、賃借人に撤去を求めるか、賃借人から家財道具の所有権放棄を受けて処分することになる。 賃借人と連絡が取れない場合には、法律的には建物明渡請求訴訟を提起して確定判決を得た上で、強制執行を行う必要がある。しかし、災害時においては建物を直ちに取り壊さなければ倒壊の危険性があり、倒壊により家財道具自体も破壊されてしまうような切迫した状況もあり得る。 この場合、様々な法的構成が考えられるが、家財道具のうち使用価値のないがれき等については撤去及び廃棄を行い、まだ財産的価値の残っていることが明らかなものについては可能な限り保管するという措置も、やむを得ない措置として認められる可能性がある。 ただし、後日の紛争を避けるため、建物の状況や撤去及び廃棄の経過を写真撮影するなどの配慮は必要である。 ③ 建物が滅失せず賃貸借契約が終了しない場合 賃貸人は、賃貸目的物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う(民法606条1項)。この修繕義務はあらゆるものについて発生するものではなく、修繕が必要(修繕しなければ賃借人が目的物を契約の目的に従って使用収益することができない場合)であり、かつ修繕が物理的・経済的に可能である場合に発生すると考えられている。 実際には、賃貸借契約において、修繕を賃貸人と賃借人のいずれが行うべきかについて、特約を設けて分担している事例が多いと考えられる。 4 自動車 所有自動車(軽自動車)が災害によって所在不明又は使用不能となった場合には廃車手続を行うことが必要であるが、通常は廃車手続を行うには、自動車検査証、ナンバープレート、実印、印鑑登録証明書等の書類が必要となる。 もっとも、東日本大震災の際には、自動車が津波で流失し発見できない事例が多発したため、特例として、各書類がなくても別途の本人確認手続を行った上で廃車手続を受け付けた事例もあった。 他方、自動車についてローンを組んでおり、所有権が信販会社等に留保されている場合には、使用者単独で廃車手続を行うことはできないため、信販会社等に連絡して承諾を得ることが必要となる。 なお、災害によって自動車が所在不明又は使用不能となった場合には、自治体から課税停止措置を受けることができる場合があるため、申請のための手続について問い合わせを行うとよい。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例11】 株式会社東芝 「CB&Iの米国子会社買収に伴うのれん及び損失計上の可能性について」 (2016.12.27) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社東芝(以下「東芝」という)が平成28年12月27日に開示した「CB&Iの米国子会社買収に伴うのれん及び損失計上の可能性について」である。この連載で同社の開示を取り上げるのは2回目であり、【事例1】で同社が平成27年11月17日に開示した「当社子会社であるウェスチングハウス社に係るのれんの減損について」を取り上げた。 今回の開示も、【事例1】の開示と同様、ウェスチングハウス社に関連する内容であり、また、のれんの減損に関するものである。この開示の最初に次のように記載されているのだが、要するに、ウェスチングハウス社を通じて行った企業買収に伴い計上した数千億円ののれんの一部または全部を減損しなければならないというのである。 2 前月の上方修正 東芝は、この開示の1月半ほど前、平成28年11月8日に「業績予想の修正に関するお知らせ」を開示し、売上高と利益を上方修正している。しかし、今回ののれんの減損により、上方修正後の当期純利益は吹き飛ぶことになる。額はわからないまでも、のれんの減損の可能性を少しでも認識していたならば、上方修正には慎重になるはずである。このとき、同社はのれんの減損の可能性をまったく認識できていなかったのだろうか。 【事例1】で、筆者は、「お粗末?悪質?」として、次のように述べたのだが、今回の開示に対して受ける印象も同様である。平成28年11月8日の時点でのれんの減損の可能性をまったく認識できていなかったのであれば、極めてお粗末と言わざるを得ないであろうし、もしも今回ののれんの減損を何とか隠蔽しようといったことを考えていたのだとしたら、極めて悪質である。なお、東芝は、マスコミの報道を受けて、今回の開示を行っている(同じ平成28年12月27日に「CB&Iの米国子会社買収に伴う業績影響に関する一部報道について」を開示)。 この開示漏れが意図的なものであったのか否かはわからない。もちろん東芝は意図的なものではないと主張し、東京証券取引所もそのように判断している。それが本当であれば、適時開示についての知識が欠落していたか、適時開示の対象となる情報を収集する体制が整っていなかったわけで、極めてお粗末な開示義務違反である。しかし、もしも意図的なものであったのならば(連結財務諸表に計上されないことをいいことに、適時開示を行わないことにしようと判断したのならば)、極めて悪質な開示義務違反といえるだろう。 3 特設注意市場銘柄の指定継続 東芝は、今回の開示の直前、平成28年12月19日に「当社株式の特設注意市場銘柄の指定継続に関するお知らせ」を開示していた。次のような理由により特設注意市場銘柄の指定が継続されることとなったため、 今後は次のように取り組んでいくとしている。 しかし、今回の開示を見ると、お粗末であったとしても、悪質であったとしても、いずれであっても、「内部管理体制等の確立」への道は極めて険しいように思われる。同社は、平成29年3月15日以後に証券取引所に対して内部管理体制確認書を再提出するのだが、それによっても内部管理体制等の改善が認められない場合、同社株式は上場廃止となる。 (了)
顧客との面談が“ちょっと”苦手な 税理士のための面談術 【第2回】 「面談が苦手だからこそ、ここはサービス業と割り切って!」 有限会社コーディアル 代表取締役 坪田 まり子 皆さん、こんにちは。坪田まり子です。初回のお話はいかがでしたか? 今回からは各論として、面談の苦手意識を克服していただくためのあれこれをお話していきます。 この連載をはじめるにあたり、私なりに、皆さんのおかれているお立場を少し勉強させていただきました。そんな私の目がまず留まったのは、皆さんがよくご存じの税理士法第1条でした。 私のような素人がこの条項を見ても、税理士の皆さんには高い使命感と職業倫理が求められていることが分かります。特に、下線部分が大変だろうと想像しました。なぜならば、納税義務者によっては、税務当局が絶対に認めないであろう様々な要望も出してくるだろうからです。さらに税理士である皆さんは、そのどちらにも偏しない独立した公正な立場で行動し、判断を下さなければならないだろうからです。 きっと新米税理士の皆さんにとって、そんなお客様と面談するときなど、難しい場面がたくさんあるのではないかと想像しました。 「接客」という観点で考えてみましょう。 例えば、市役所や区役所などの窓口。突然大きな声で怒鳴り散らしている人を見かけたことはありませんか? 大声で怒鳴り散らしているのは、公務員ではなく市民や区民です。もしかしたら、市民や区民としての義務を果たさないまま、文句だけを公務員につけているクレーマーかもしれません。 公務員の難しさは、そんなクレーマーを目の前にしても、皆さんと同じで、決して市民・区民側の要望に偏ることはできない、という点にあります。クレームをなだめるだけではダメで、義務をきちんと遂行してもらえるように説得をしなければならないからです。 市役所や区役所などでも少なからず研修をさせていただいている私は、研修の中で、よく申し上げる言葉があります。「公務員の皆さんこそ、“究極のサービス業”かもしれません」と。 今や時代は大きく様変わりし、昔はお上(おかみ)とまで言われることのあった公務員も、もはや“サービス業”という視点を外すことはできません。例えば、ある店で不愉快な思いをした客は、二度とその店には行かないはずです。しかし区役所や市役所で、職員の言動に対し不愉快な思いをしたとしても、その地域に住んでいる限り、市民や区民はその役所でしか用を足すことができないからです。 公務員こそ、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の世界ではありませんが、市民や区民に対する“サービス業”という気持ちを忘れてしまっては、“全体の奉仕者”としての使命を果たすことができないということ。そしてもう一つ大切な“満足感”を市民や区民に与えることができないということです。 そういう意味では、お客様のご要望を何とか受け入れたくても、申告納税制度と法に基づき公正な援助をしなければならない皆さんにも共通点があることがお分かりいただけるはずです。公務員に対してはもとより、今や総理大臣や大統領に対しても国民の目は厳しいものです。ましてや決して安くない報酬を支払う側の顧客にとって、税理士の皆さんに万が一、落ち度があれば、寛大であろうはずがありません。 ただし、顧客からのクレームはよほどのことがない限り、直接的には税理士の皆さんへは向かわないものです。 クレームを受けるのは、まず皆さんの周りにいる職員さんたち。 職員さんたちは、皆さんの常識のない態度や振る舞い、言動に対してクレームをいう顧客に対し、ただひたすら「申し訳ありません」と謝らなければならないときがあります。 職員さんたちのミスではないにも関わらずです! ですから新米税理士の皆さん。実務がパーフェクトにできることは当たり前、その上で、接客・接遇を含む面談という対人関係能力を決して疎かにできないということを、税理士になりたての今だからこそ、しっかりと理解して、常に意識していただきたいのです。 もしかして、皆さんの中には、 といったお考えで、この道を選んだ方はいらっしゃらないでしょうか(はなはだ失礼な推測だとお叱りを受けそうで恐縮です)。 確かに「士業」という専門家として社会貢献を目指す道を選ばない大多数の若者の中にも、「自分が苦手なこと、嫌なことを仕事にしたくない」という気持ちがあるのは自然なことだと思います。 しかし、もし皆さんがそんなふうに自分の未来の職業を消去法で考え「税理士という道」を選んだとしても、実は税理士業も“サービス業”であったのだということを、この場でしっかりと認識してくださいませ! ◆ ◆ ◆ 最後に、顧客心理についてお話します。 いつでも、どこでも、気持ちの良い“もてなし”を受けたい。 これがどんな業種にも当てはまる顧客心理です。 “もてなし”という言葉からは、お客様に対し、お茶だけでなく、例えば名のある高級なお菓子を添えて出すとか、高級なフランス料理を一流レストランで振る舞うなどがイメージできると思います。 しかし、この“もてなし”は、皆さんの日々の業務でもできることなのです。 この“もてなし”こそ、皆さんのような士業者にとって、面談の場で相手に表現することができるはずです。 お茶と名のある和菓子を出すということではなく、「なんて感じのよい先生だろうか」「なんて分かりやすい説明だろうか」とお客様に感じてもらうことができれば、それこそが皆さんのお客様に対する“もてなし”。 そしてそのもてなしが、顧客満足につながるのです。 これこそが、ライバルの同業者と差をつけるために、非常に大切な観点だと言っても過言ではありません。 * * * いかがでしたか。今回は皆さんのお仕事にも“サービス業”という意識が必要不可欠である、というお話をさせていただきました。 次回は、対人関係能力の中で一番大切な、「第一印象」についてお話します。どうぞお楽しみに。 (続く)
《速報解説》 日本監査役協会、「監査役等と内部監査部門との連携について」を公表 ~各社の連携の実態を踏まえた具体的な提言を示す~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 公益財団法人日本監査役協会(以下「監査役協会」と略称する)監査法規委員会は、1月13日、「監査役等と内部監査部門との連携について」を、監査役協会会員会社に対するアンケート結果とともに公表した(以下、公表された文章を「本レポート」、添附されたアンケート集計結果を「本アンケート」と略称する)。 昨年11月24日に監査役協会会計委員会が公表した「会計不正防止における監査役等監査の提言-三様監査における連携の在り方を中心に-」と題された提言集に続くもので、「監査役制度への抜きがたい不信感が国内外で高くなっていたというのが、ここ数年の実情です」(※)と評されることもある監査役等の機能を、いかに高めていくかについて、監査役協会が危機感を持って取り組んでいる様子がうかがえる。 (※) 高桑幸一・加藤裕則編著『監査役の覚悟』(同文館出版、平成28年6月) 第2部「『監査役の覚悟』を考える」第4章「監査役は機能しているか-東芝事件・CGコードが投げ掛けるもの」(板垣隆夫、144頁) 監査役等(引用者注:監査役、監査委員及び監査等委員の総称。以下同じ)と内部監査部門の連携ついては、「法的に担保されたものではなく」、「監査制度のビルトインされたものではない」ことから、監査役等と会計監査人との連携に比較して「相対的な弱さは否めない」としつつ、その重要性について、次のようにまとめている(2ページ)。 1 本レポートの概要 本レポートに附された目次の大項目は、以下のとおりである。 2 日本企業における内部監査部門の実態 アンケート結果によると、内部監査を担当する専任部署を設置している企業は82.9%であり、内部監査を兼務している部署を設置している企業12.6%を合わせると、95.5%の企業が内部監査機能を有していると言える。専任職員数の平均は4.01人、兼任職員数の平均は0.77人であるが、「企業規模が小さくなるにつれて専任職員の数が少なくなる」ことが指摘されている。 内部監査部門の組織上の位置づけについては、全体の80.5%は社長に直属しており、監査役等・監査役会等に直属している企業は0.8%、数にして5社と、大多数の企業で、社長をはじめとする業務執行部門に直属していることが判明している。 社長直属としていることについては、「平時における内部監査部門の独立性・中立性担保の方策として認識されている」とまとめている。 3 日本企業における内部監査部門と監査役等の連携の実態 本アンケート結果によれば、監査役等と内部監査部門の間における情報交換は約8割の企業で行われている。 興味深いのは本アンケート「問24」(66ページ)で、監査役等又は監査役会等が、内部監査部門に対して、調査等を指示する権限が社内規則で付与されているかどうかを聞いたところ、規定されている企業が32.6%、規定されてはいないが、権限に基づかない依頼をしたことがある企業が34.8%となっており、規則の外側で(必要に迫られて)、連携自体が進んでいることがうかがえる。 4 英米における内部監査部門の位置づけ 本レポートでは、アメリカとイギリスについて、内部監査部門の位置づけを調査し、報告している。まず、日本における監査役会設置会社と英米の上場会社の機関設計を図示したうえで、日本では業務執行機能の中で内部監査が行われている一方、英米では、内部監査部門はAudit Committeeの監督のもと、Managementを監査するという違いがあることを説明している。 法的に内部監査部門の設置が必須とされるのはNew York Stock Exchange上場規則のみであり、英国のDisclosure Rulesには、内部監査機能に関する規定は存するが、内部監査機能を必置としていない。なお、ご承知のとおり、日本においては、内部監査部門は、法令に基づく設置義務はない。 5 あるべき連携を目指してー監査法規委員会からの提言 本レポートの眼目である「提言」は、大きく次の4点に集約されている。 説明のための機関設計の図(10ページ)では、業務執行機能の枠内に置かれた内部監査部門と監査役会等の間の矢印が、これまでの「連携」に加えて、内部監査部門から監査役会等へ上記(1)の報告のラインが加わり、監査役会等から内部監査部門に向かっては上記(2)(3)の指示・承認、関与のラインが附されるとともに、従来の「連携」のラインに上記(4)協議・協働の機能が追記されている。 以下、具体的な提言内容を見ておきたい。 (1) 内部監査部門から監査役等への報告 具体的な提言として、監査役等の情報収集体制の強化のため、会社法第381条第2項及び第3項に規定する監査役の報告徴求権を、社内ルールにより具体化・明文化するとともに、内部監査部門による報告を監査役等に対して並行して行うこともルール化すべきである、としている。 (2) 内部監査部門への監査役等の指示・承認 上述のとおり、本アンケートに答えた企業のうち約3分の1においては、社内規則により、監査役等が内部監査部門に指示する権限が付与されているが、本提言では、 ① 内部監査部門職員を監査役等の補助使用人とすることを定める ② 監査役等が内部監査部門職員に一定の指示・承認を行う権限を規定する という、具体的な提言を行っている。 (3) 内部監査部門長の人事への監査役等の関与 本アンケート結果によれば、回答企業の22.7%では、内部監査部門長の人事について、監査役等は事前の協議・相談を受けていることがわかった。 本提言では、監査役等が事前報告を求めることは会社法第382条第2項の規定に即して可能であるとしながらも、事前報告を超えた協議・承認については、内部統制基本方針等により、制度的に担保する必要がある、としている。 (4) 内部監査部門と監査役等の協力・協働 本提言では、「内部監査と監査役往査は、その内容が必ずしも同一ではない」としつつも、「相互の連携を図ることにより」、「各々の実効性を高める」ことが可能である、としている。 また、特に中堅・中小企業について、内部監査部門、監査役等の体制が不十分でない場合には、「合同監査や合同往査などの手法が検討されてもよい」としている。 6 解説-内部監査部門の位置づけはどうあるべきか- 回答企業のうち80.5%が「内部監査部門は社長直属の組織としている」というアンケート結果以上に興味深いのが、「内部監査部門を、社長等執行のトップではなく、取締役会、監査役等、監査役会等の直轄とすることについて」の意見を聞いた「問33」であった(59ページ)。 その結果は、「賛成17.6%」、「反対18.7%」、「どちらともいえない60.5%」であり、現状のままがいい(反対)という答えは2割に満たなかった。 アンケートに寄せられた意見の一部を引用してみたい。 監査役協会会計委員会が公表した「会計不正防止における監査役等監査の提言-三様監査における連携の在り方を中心に-」の速報解説でも触れたとおり、内部監査部門を監査役会等の直轄とする動きが出てきているのは事実であり、今後も内部監査部門の位置づけに関する議論が継続されるものと思料するところであるが、社長直属の組織であることの是非に関して、「どちらともいえない」という回答が60%を超えているところに、この問題の難しさがあるといえよう。 つまり、法律により設置が義務づけられた機関ではない内部監査部門であるから、その直属を社長にするのか、取締役会又は監査役会にするのかは、企業が判断すべきものであると考えられるが、それゆえに、正解は1つではないことが、このアンケートからもうかがえる。 最後に、いささか余談ではあるが、アンケートの中に、「内部監査部門職員が有する資格」について問うもの(問10)があり、あまり公表されないデータであると思料するので、引用しておきたい(41ページ)。 公認不正検査士(CFE)の資格保有者である筆者は、かねてから、CFEの認知度が低いと感じていたところであるが、こうしたアンケートの回答項目に「公認不正検査士(CFE)」が挙げられるようになったことは一歩前進である感じつつも、その保有者が回答企業621社のうち19社、数にして23人に止まっていることには複雑なものを感じた次第である。 (了)
2017年1月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.202を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第39回】 「外国子会社合算税制の抜本的見直し」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 平成29年度税制改正大綱では、外国子会社合算税制(いわゆるタックスヘイブン税制)の抜本的な見直しが行われることとされた。 もっとも注目されるのが、いわゆるトリガー税率の廃止である。そして、トリガー税率の廃止に伴い、合算のルートが3つ用意されることとなる。 ▷トリガー税率の廃止 現行制度では、外国関係会社のうちその所得に対して課される税負担がわが国において課される税負担に比して著しく低いものが、「特定外国子会社等」として合算対象となる。この判定基準となる租税負担割合のことをトリガー税率と一般に呼んでおり、現行制度では20%未満とされている。したがって、税負担水準が20%以上でさえあれば、たとえ経済実体を伴わない所得であったとしても合算対象とならず、申告の必要もない。 今回の改正では、このトリガー税率を廃止することとされており、これに伴い「特定外国子会社等」の概念もなくなり、外国関係会社はすべて合算対象となる可能性があることになる。 与党税制改正大綱の「補論」において、「日本からの直接投資残高の伸びが最も大きな国は、過去20年のGDP成長が顕著な中国及び様々な税制上の優遇措置を持つことで知られるオランダとなっている」と指摘されているとおり、日本からの対外直接投資残高は過去20年で約5倍に増加する中(1996年30兆円→2014年143兆円)、中国及びオランダ向け投資が10倍以上に拡大しているという現状がある。 トリガー税率の廃止により、中国やオランダの外国関係会社も合算対象となる可能性が出てくることになる。 ▷合算のルート 現行制度では、まずトリガーを税率により、合算対象となりうる特定外国子会社等とそれ以外にふるい分けられ、適用除外基準のいずれかを満たさない場合には特定外国子会社等の所得の全部の合算、適用除外基準の全てを満たした場合でも資産性所得がある場合は資産性所得のみの合算という2つのルートが用意されている。 改正後は、トリガー税率が廃止され、最初のスクリーニングなしに、外国関係会社すべてについて(後述のように、実務負担を考慮した制度適用免除基準が存在することに注意)、3つの合算のルートを吟味することとなる。 (1) 特定の外国関係会社の会社単位の合算 第一は、「特定の外国関係会社の会社単位の合算」である。一定の要件に該当するペーパーカンパニー等は、それだけをもって、全ての所得が合算されることとなる。これは現行制度にはないルートである。租税負担率にかかわらず(日本の法人実効税率を上回る(具体的には30%以上)場合は適用免除)、租税回避リスクの高いものを一網打尽にするルートである。 具体的には、事業所等の固定施設を有していること、及び、その本店所在地国において事業の管理、支配、運営を自ら行っていることの両方の要件を満たさない外国関係会社(ペーパーカンパニー)や、総資産の額に対する受動的所得の合計額の割合が30%を超える企業で、総資産の額に対する金融資産等の割合が50%を超える外国関係会社(事実上のキャッシュボックス)、租税に関する情報の交換に非協力的な国または地域として財務大臣が指定する国または地域(ブラックリスト国)に本店等を有する外国関係会社が対象となる。 なお、ペーパーカンパニーの判定については、外国関係会社がその要件のいずれも満たすことを明らかにする書類等の提出等を内国法人に対して国税当局の職員が求めた場合に、期限までに提出等がないときは、ペーパーカンパニーであると推定することとされている。 (2) 会社単位の合算、一定所得の部分合算 第二、第三のルートは、現行制度と類似しており、経済活動基準(現行の適用除外基準を課税要件に衣替えしたもの)のいずれかを満たさない場合には、「会社単位の合算」、全部満たす場合には「一定所得の部分合算」となる。 経済活動基準(事業基準、実体基準及び管理支配基準、所在地国基準、非関連者基準)においては、事業基準を見直し、従来はそれのみで適用除外基準を満たせなかった航空機リースについて、一定の要件を満たすものは事業基準をクリアできることとし、また、所在地国基準においては、従来争いのあった、いわゆる来料加工の取扱いが明確化されることとなっている。 一方、非関連者基準については第三者介在取引による合算の潜脱を防止するために、非関連者との間で行う取引の対象となる資産、役務その他のものが、関連者に移転又は提供されることがあらかじめ定まっている場合には、その非関連者との間の取引は、関連者との間で行われたものとみなして非関連者基準の判定を行う等の見直しを行うこととされている。 なお、経済活動基準の全てを満たしても満たさなくても、会社単位か一定所得かの違いはあれ、合算となるわけであるが、制度適用免除基準が最後に用意されており、会社単位の租税負担率が20%以上であれば、合算は行われない。 したがって、実務的には、上記のペーパーカンパニー等に該当しない限り、これまでどおり、租税負担率20%をふるい分けの基準として実質的には使えるということになる。 (了)