〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第6回】 「金銭又は有価証券の受取書②(営業に該当するか)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 個人で賃貸用に使用していた土地建物を売却しました。 その際に作成する売却代金の受取書には、印紙を貼付しなければいけませんか。 個人が賃貸用に使用していた土地建物の売却に際して、売主が作成する領収書は自宅の家事用資産を譲渡した場合とは異なり、賃貸業を行う者(商人)として作成するものであり、営業に関しない受取書には該当せず、課税の対象となる。 したがって、第17号の1文書(売上代金に係る金銭の受取書)、記載金額1億5,000万円、印紙税額は40,000円となる。 [検討1] 営業に関するかどうか 営業に関しない受取書は非課税とされているが、個人の場合、具体的にどのような行為が営業に関するものかというと、商法の規定による商人と商行為による。したがって商人(商法上の商行為を行う者)である個人の行為は営業に該当する。 一方、商行為に該当しない医師、弁護士、税理士等の行為は営業には当たらず、店舗を持たない農業従事者等が作成する受取書も営業には当たらない。 事例の場合においては、自宅の家事用資産を譲渡した場合と異なり、商行為である賃貸業を行う者(商行為)として作成される文書のため、営業に関しない受取書には該当せず、課税文書に該当することとなる。 [検討2] 売上代金に該当するかどうか 印紙税法上の売上代金とは原則として「資産を譲渡し若しくは使用させること又は役務を提供することによる対価」をいう。 したがって、売上のみならず事業用資産や賃貸用資産を売却した際の対価も第17号の1文書の売上代金となる。 このことからも事例の場合においては、印紙税法上の営業に関する売上代金の受取書を発行したといえる。 ▷ まとめ 第17号文書の非課税規定における、営業に関しないものとは、商法上の商人に当たらない者が作成する受取書をいうものとされている。 個人の場合は前述の[検討1]において解説したが、法人の場合はどうかというと、①営利法人の行為はすべて営業となる。②公益法人は営利を目的としていないため営業には該当しない。③営利法人及び公益法人以外の法人については、剰余金又は剰余金の配当又は分配をすることができる法人か否かによって違ってくる。 (了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第14回】 「企業活動への影響」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 4 企業活動への影響 4-1 外国法人・内国法人に共通の影響 4-1-1 AOA導入国がまだ少ないことによる影響 わが国の非居住者課税原則が総合主義から帰属主義に変更されたことで、国内法が国際ルールと整合的になったことから、従来よりも二重課税の発生する可能性が減ったということは言えるだろう。しかし、AOAは単なる帰属主義ではなく、内部取引を認識しKERT機能への配分を行うなど、新たに配慮すべき面も多く含まれる点に注意する必要がある。 AOA導入後において二重課税を完全に排除するためには、相手国もAOAを導入していることが必要になる。しかし、既にAOAを導入している国は極めて少ない。今後増加していくだろうが、多くの国が導入するまでには何年もかかる。それまでの間は、相手国がAOAを導入しているか否かで課税所得の計算を変えなければならないという面倒な処理をしなければならない。 また、途上国がAOA導入に消極的であることは懸念材料である。相手国ごとに対応を異にしなければならない状況が恒常化する可能性がある。 4-1-2 移転価格並みの独立企業間価格の計算と文書化が必要に AOAの導入によって本支店間取引も移転価格税制と同様に取り扱われることになり、また、文書化義務が導入された。これによって、今後は本支店間取引について、関連取引と同様にCUP、RP、CP、TNMM、PS法といった算定方法が適用されることになる。 支店についてベストメソッドとしてTNMMが適用できる場合を考えてみると、仮に、A支店と比較可能な独立の企業のコストプラスマークアップ率が8%から10%のレンジであるとして、実際には15%のマークアップ率を得ていたとすると、10%を超過する部分は否認されることになる。外国法人の日本支店であれば当期の所得に加算され、内国法人の外国支店であれば外国税額控除の控除限度額計算上の国外所得が減額される形で税額計算に影響がある。 文書化についても、関連取引と同様の文書化が必要になるが、関連者間取引の文書化に比べて本支店間取引の文書化は内部取引を認識するという追加的な作業が必要になる点で事務負担が大きい。 内部取引を認識するための作業は、まず、本支店間で実際に行われている取引を、認識しているものも認識していないものも含めて洗い出し、その中で個別の取引として認識すべき取引とそれ以外とに区分する。その後、個別の取引として認識したものについて、価格設定の妥当性の検証を行う。その後、価格設定の妥当性を検証した結果を文書化する。その際、本支店があたかも親会社と子会社の関係であったなら対価を支払うかどうかという観点からの検討が必要になる。 また、文書化する際は、内部取引に関する書類の保存が必要になるので、モノを動かした証拠としての送り状や、金銭を動かした証拠としての領収書などの証憑類を保存しておくほか、外部取引に関する書類ももちろん保存しておく必要がある。 とはいえ、最も重要な要素は「無形資産」の取引に関する記録と証拠書類である。支店が独自に無形資産を開発した場合、実際に支店が開発したことを証明するためには、相応の書類を保存しておく必要がある。 4-1-3 重要な人的機能の認識により所得配分のあり方が変わる 本支店間の利益配分は、本支店が分離した独立の経済主体であったと想定して機能分析により行うのであるが、1つの法人のどの部分が機能を果たしているかを判定するうえで、重要な人的機能を果たしている本支店に所得を配分することになる点、通常の移転価格分析とは若干異なる点に注意する必要がある。 例えば、日本法人のA国支店の活動による収益100がB国支店の帳簿に計上されている場合、外国税額控除の計算上の国外所得の計算の上では、100の所得はB国の国外所得からA国の国外所得に変更になる。今のところわが国の外国税額控除の限度計算は国別控除方式ではなく、国外所得の合計額が変わらない限り控除額に変わりはないが、将来、仮に国別控除方式を採用する場合には、影響することになる。 4-1-4 資本配賦計算が必要になる 資本配賦法によるか同業者比準法によるかは選択できるので有利な方を選択できるが、特別の事情がない限り変更できないので、最初に選択する際によく検討して、将来を見越して選択する必要がある。 4-2 日本に支店をもつ外国法人への影響 メリットとしては、国内法の課税原則が国際的な課税原則と一致すること、及び外国法人にも外国税額控除を認めることとしたため、従来よりも二重課税が発生する可能性は低くなるとみられるという点がある。 一方、支店の課税所得の算定方法について膨大な量の改正が行われたことから、法改正に対応するための時間とコストを要することになる。 4-3 外国支店を有する内国法人への影響 子会社形態でのみ海外進出している日本企業には今回の改正はほとんど影響がないが、支店形態で進出している場合には外国税額控除に関して影響がある。 (1) 事務負担の増加 従来考慮する必要のなかった本支店間取引の価格について改正後には独立企業原則が適用されることになり、さらに内部取引を認識し、文書化をしなければならないことは大きな負担になることが予想される。 例えば、海外の支店に対する役務提供の対価を請求していなかった場合、今後は重要な内部取引については取引と認識したうえで、独立企業間並みの役務提供対価を請求しなくてはならない。また、内部取引を明示的に認識できない役務提供で支店に便益を与えているものについては、従来どおり、本店経費配賦で支店に配賦しなければならない。 そうした請求・配賦計算を行った結果として算定される国外所得額が外国税額控除の控除限度額計算に用いられる。 また、本支店取引が独立企業原則に則っていることを説明する文書を作成・保存する義務が課されており、文書化していない場合、外国税額控除が否認されるリスクを負うことになる。 また、内部取引に関する文書の作成及び当該文書の提示又は提出がない場合には、移転価格税制と同様に推定課税のリスクを負うことになる。 (2) 二重課税リスクの増加 従来国外事業所得であった所得で改正後は国外PEに帰属しない所得は外国税額控除の対象にならないため、二重課税リスクが生じる。例えば、日本の本社から海外の顧客に直接販売する取引について、従来は国外源泉所得であった所得が改正後は国外PE帰属所得とならない場合には、二重課税リスクが生じる。 (3) 国外PEの範囲 PEの定義は租税条約がある場合には租税条約によることになるが、条約の規定は様々であり、PE該当性が現地当局と争いになっているケースもあることから、個々に対応する必要がある。 (4) 国外PEの帰属所得の計算 また、租税条約相手国でない場合の国外PEの帰属所得の計算はAOAを適用することになるが、現地国内法のPE帰属所得の計算は、収入に対して一定の割合を乗じて課税所得を計算するようなみなし課税方式をとっている国も多くあり、こうした課税方式をとっている国のPEについては二重課税リスクの発生は不可避であるため、必要に応じて子会社形態に移行するなどの対策を講じる必要がある。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第43回】 「法人税基本通達改正の歴史⑫」 公認会計士 佐藤 信祐 13 デット・エクイティ・スワップ(DES) 平成15年度に「法人税基本通達等の一部改正について(平成15年2月28日課法2-7)」が公表され、合理的な再建計画等の定めるところにより、現物出資型のデット・エクイティ・スワップ(適格現物出資に該当するものを除く)を行うことにより株式を取得した場合には、その取得した株式の取得価額は、当該取得の時における価額となることが明らかにされた(法基通2-3-14)。 当時は、組織再編税制が導入された後であったことから、現物出資型のデット・エクイティ・スワップについては、現物出資として整理され、適格現物出資に該当するのであれば簿価で移転され、非適格現物出資に該当するのであれば時価で移転されることになる。デット・エクイティ・スワップについては、そもそも事業の移転や従業者の移転を伴うものではないことから事業継続要件、従業者引継要件を満たすことができず、100%グループ内の現物出資に該当しない限り、非適格現物出資として処理されることになる。 債務者側においては、平成18年度税制改正前は評価額説と券面額説がそれぞれ対立していたが、債権者側においては、会計上も法人税法上も「新たな資産」の取得であるとして、時価で認識すべきであるというのが一般的な見解であったように思われる。なお、会計上は、平成14年10月9日に、「デット・エクイティ・スワップの実行時における債権者側の会計処理に関する実務上の取扱い(企業会計基準委員会実務対応報告第6号)」が公表されており、時価で認識することが明らかにされている。 法人税法上は、同通達が公表されたことによりその取扱いが明らかになったが、ここで留意すべきは、「合理的な再建計画等の定めるところにより」と規定されていることから、法人税基本通達9-4-2を意識していると思われるが、合理的な再建計画等がなかった場合にどのようにすべきであるかという点が問題になってくるという点である。 この点については、寄附金として処理されるというのが自然な解釈であり、 と説明されている。 しかし、法人税法上の体系上、たしかに、債権放棄と実質的に変わらないとしても、債権を時価で譲渡したという事実は変わらず、第三者に譲渡した場合には、時価が妥当であれば譲渡損を認識することができるのに対し、債務者に対して現物出資をした場合には、時価を券面額であると仮定したうえで寄附金の額を計算することになるのかがよく分からない(そもそも券面額が時価であるというならば、株式の取得価額が券面額となるはずなので、譲渡損は発生せず、また、寄附金も発生しないはずである)。 現物出資が非適格現物出資に該当したとしても、債権の時価に相当する株式を取得したのであるから、そこに寄附性は存在しないというのが本来であれば自然な解釈であるように思われる。 しかしながら、課税当局としてはそのように解釈を行わず、債権放棄と同様に、法人税基本通達9-4-2を満たさない限り、寄附金として処理するという整理を行ったのであるから、実務上は、デット・エクイティ・スワップにより生じた損失については、寄附金として処理される可能性があるという点に留意が必要である。 14 まとめ 第32回から第43回(今回)まで、シャウプ勧告から現在までの法人税基本通達の改正の歴史を辿っていった。現在の貸倒損失に関する法令通達がどのように変遷して行ったのかを見るということは、現在の貸倒損失の制度趣旨を知る上で重要なことであると考えられる。 貸倒損失についての法人税基本通達の体系としては、法的に滅失した場合における法人税基本通達9-6-1と、経済的に回収が不能である場合における法人税基本通達9-6-2、9-6-3とに分けられる。 昭和29年度に「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140)」と題する通達が公表される前であっても、法人税基本通達116において、「債務超過の状態が相当期間継続し事業再起の見透しなきため回収の見込のない場合」が規定されていたことから、現在との多少の誤差はあるにせよ、当時の法人税基本通達において現在の貸倒損失における取扱いとほぼ同じ取扱いがなされていたことが分かる。 唯一異なる点があるとすれば、平成10年度税制改正前までは、債権償却引当金勘定、債権償却特別勘定を通達で容認することにより、厳格な貸倒損失の取扱いを緩和していたという点であり、戦前から一貫して、貸倒損失についてはその全額が回収不能である場合に限り、損金の額に算入することができるという建前を貫いてきたという点は変わらない。 法人税基本通達9-4-1、9-4-2については、清水惣事件を受けて導入された通達であると言われているが、その後の実務に対応するために、平成10年度に法人税基本通達が改正され、私的整理ガイドラインを始めとする数々の事前照会文書が公表されるに至っている。 また、法人税基本通達9-6-1、9-4-1、9-4-2については、債権の消滅についての法的効力が生じた時点において適用されるものであり、そもそも債権の消滅についての法的効力が生じていないのであれば、法人税基本通達9-6-1、9-4-1、9-4-2は適用されず、法人税基本通達9-6-2に基づく債権の全額が回収不能である場合における貸倒損失の計上を検討することができるのか、個別評価金銭債権に対する貸倒引当金を設定することができるか否かという点が問題になってくる。 法人税基本通達の歴史を辿っていくと、法人税基本通達9-6-1を適用することができるか否かという点における「債権の消滅についての法的効力が生じた場合」という点の判断についてはそれほど変わっていないが、法人税基本通達9-6-2を適用することができるか否かという点における「債権の全額が回収不能である場合」というのは、法人税基本通達の整備や実務の事例が積み重なっていく中で、より厳格になっていったように思われる。すなわち、貸倒引当金として部分貸倒れの問題を整理していったことから、法人税基本通達9-6-2の判断はかなり厳格に捉えられており、その立証というのは納税者にとってかなり酷なものになっているというのが実態である。 これに対し、歴史的に、債権償却引当金、債権償却特別勘定、個別評価金銭債権に対する貸倒引当金が果たしていた役割については、貸倒損失の認識がかなり酷であったことからそれを緩和するというものがあった。しかしながら、平成23年度税制改正により、金融機関、中小企業等を除き、貸倒引当金の設定が認められなくなってしまい、僅かながらでも債権の回収可能性がある場合には、損金の額に算入されないことになってしまったため、今後は、その損失を確定させるという作業が必要になってくるが、法人税基本通達9-6-2の適用はかなり厳格であることから、債務者と合意の下で、債権処理をしていかなければならないという場面も多いと思われ、納税者にとっては酷な場面も少なくないと思われる。 第5回から第14回までは子会社支援のための無償取引、第15回から第31回までは貸倒損失に関する判例分析、第32回から第43回(今回)までは法人税基本通達改正の歴史について解説を行った。かなり、前置きが長くなってしまったが、貸倒損失についての理論的な分析、実務的な解説を深く行うために必要なものであったということでご容赦願いたい。 次回以降は、今までの解説から、貸倒損失の法律論をまとめたうえで、具体的な法人税基本通達の事例について解説を行っていく予定である。 (了)
〈検証〉IFRS適用レポート ~IFRS導入企業65社の回答から何が読み解けるか?~ 【第2回】 「原則主義への対応」 ―IFRS会計方針書の作成方法― デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 CFOサービスユニット シニアマネージャー 公認会計士 窪田 俊夫 海外子会社の増加、事業の多角化、ビジネスのグローバル展開等に起因して、親会社によるグループコントロールが効きにくくなってきており、グループを統一的に管理可能な「言語」としてのツール整備の課題感が高まっている。この課題を克服するための一契機として、IFRS任意適用を選択する企業が増えている。 金融庁より2015年4月15日に公表されたIFRS適用レポート(以下、適用レポート)によると、IFRS移行時の課題として最も多くの企業が挙げたのが「特定の会計基準への対応」であった。これは主に、IFRS導入を目指すうえで必要不可欠となるIFRS会計方針書を作成する際の課題である。このIFRS会計方針書が、IFRS適用後においてグループ共通言語の役割を果たすことになる。 本稿において、IFRS会計方針書について以下6点を解説する。 なお、当該記事は執筆者の私見であり、執筆者が所属する組織の公式見解ではない旨、ご了承いただきたい。 1 IFRS会計方針書の全体像 IFRS会計方針書をグループ各社に正しく理解し運用してもらうためには、単に会計方針を記載した会計方針書を作成するだけでは不十分である。 一般的に、図表1に示すように会計方針書のほかに、実際のビジネスケースに即した適用の判断基準、具体的な会計処理方法や仕訳例を記載した「グループ会計方針適用ガイド」、グループ各社が連結パッケージにどのように自社の財務情報を入力すべきかを解説した「連結パッケージ入力マニュアル」、グループ各社がグループ会計方針に即した処理を行ったか確認するための「IFRS会計方針適用チェックリスト」等を作成する。 【図表1 IFRS会計方針書の全体像】 (※) 筆者作成 2 会計基準の差異分析 IFRS会計方針書を作成する前作業が「会計基準の差異分析」である。この会計基準の差異分析では、従来適用している会計方針とIFRSとの差異を識別し、識別された差異項目について具体的にどのように会計方針を変更するかを検討することになる。 適用レポートが述べているように、差異項目の多さは事業規模や展開している事業の多様さに比例する。また、同じく移行時に最も負荷のかかった課題として、図表2に示すように6つの特定の会計基準への対応が挙げられている。 従来、IFRSは原則主義に基づいており、基本的な原則が規定され詳細な規則は定められていないことが対応課題として挙げられることが多かった。しかし、適用レポートで挙げられた6つの特定の会計基準を概観すると、数値基準の有無というよりは、以下の2点がIFRS対応上の課題となっていることが推察される。 ある程度、日本においてもIFRS任意適用事例の実績が積み上がってきていることから、適用レポートが述べているように先行事例を参照しつつ、自社グループに適合する対応方法を検討する方法が推奨される。 【図表2 特定の会計基準への対応】 (※) 筆者作成 また、適用レポートでも述べているが、IFRSへの移行前にIFRSで求められる会計処理で日本基準でも認められるものについては、日本基準において対応することと、重要性を十分に勘案し会計基準間の差異を最小限に抑えることが推奨される。 3 目的の明確化 適用レポートによるとIFRSを任意適用した目的に、「経営管理への寄与」をあげる回答が最も多い。この「経営管理の寄与」とは、会計基準をそろえるという財務会計上の対応のみならず、グループ経営管理の高度化を図るためのツールとしてIFRSを捉えていることを意味する。 IFRS適用の目的を財務会計上の対応のみに置く場合には、IFRS会計方針書は会計基準の統一の役割のみを担うことになる。しかし、さらに経営管理の高度化をも目的に置く場合には、経営管理に必要な情報の整備や業務プロセス・管理帳票の標準化を図ることがIFRS会計方針書の役割として期待される。このため、IFRS任意適用の目的をどこに置くかによって準備すべき規程の範囲、記載内容が異なってくる。したがって、まずはIFRS会計方針書を作成する目的を明確にすることが重要である。 【図表3 IFRS会計方針書の目的】 (※) 筆者作成 4 整備内容 4.1 規程の体系 先に述べたとおり、IFRS会計方針書をグループ各社に正しく理解させ遵守してもらうためには、単に会計方針を記載した会計方針書を作成するだけでは不十分である。一般的なIFRS会計方針書の体系は図表4に示すとおりである。また、IFRS基準書の抜書きではなく、自社のビジネスに即した、理解しやすい言葉で、かつ、十分な詳細度で記載する必要がある。 【図表4 一般的なIFRS会計方針書の体系】 (※) 筆者作成 4.2 勘定科目や取引の特性の考慮 すべての勘定科目や取引を同等レベルでマニュアル化することは非効率と考えられる。IFRSに準拠した会計処理を決定するための判断基準の必要性や、各社の取引特性による影響度合いによって、各々マニュアル化する内容を定義することがポイントとなる。 【図表5 勘定科目や取引の特性の考慮】 〇:作成が望ましい △:作成が望ましいが負荷が高い 【出所】 『新版 成功する!IFRS導入プロジェクト』66ページ(清文社 著者:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社) 5 作成プロセス・整備部署 本社のガバナンスが強い企業または会計基準差異の少ない企業においては、本社主導でIFRS会計方針書を作成し、子会社に展開というプロセスを踏む企業が多い。 一方、子会社の自主性を重視している企業においては、図表6に示すように、IFRS会計方針書作成当初より子会社を巻き込む、本社が作成したポリシーに子会社の意見を逐次反映させる等、子会社との関係に配慮しながら整備を進める企業が多いといえる。具体的には、営業部や事業部経理などの意向や、現地における重要論点を確認するためにワークショップを定期的に開催し全社レベルでの納得感を確保する手続を踏む。そして、逐次親会社の会計監査人と協議を実施し、重要ポイントは手戻りの無いように会計監査人とも合意してから作成(あるいは作成したものをベースに適宜に合意を取る)する方法が推奨される。 【図表6 IFRS会計方針書作成プロセス・整備部署】 (※) 筆者作成 6 展開・メンテナンス 6.1 浸透方法 適用レポートでも述べているように、単に整備したIFRS会計方針書を展開するだけではなく、説明会や勉強会を通じて浸透を図ることが重要である。中には、実際にユーザーが理解できているか、IFRS会計方針書内容に関するテストを実施して確認する等の工夫をこらした企業も存在する。 また、展開後においても、IFRS会計方針書の定着を図り、継続してIFRS会計方針書を用いて会計処理を実施することを促進するため、ヘルプデスクを設置しユーザーをサポートする体制を整備している企業もある。 【図表7 IFRS会計方針を浸透させる工夫】 (※) 筆者作成 6.2 メンテナンス 適用レポートでは明示的に触れていないが、IFRS会計方針書作成と合わせ、そのメンテナンスプロセスを設計しておくことで、IFRS会計方針改定時における対応の網羅性を確保することも重要となる。 IFRS会計方針書の改訂は、IFRS基準の改定や自社グループのビジネスモデルの変革に起因して行われる。 一般的に、効果的かつ効率的な運用を可能とするメンテナンス組織体制として、親会社経理グループを中心としたメンテナンス体制を整備する場合や、経理グループだけでなく、他部署メンバーも含めたマトリックス組織を整備する企業もある。 いずれにせよ、情報を分散させず集中的に対処可能とする機動的な体制を実現するため、IFRS会計方針の整備時に比べ、メンテナンス時の体制をより小規模で組成する傾向があると推察される。 【図表8 IFRS会計方針書のメンテナンス体制】 (※) 筆者作成 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第3回】 「経理処理のミスは直さなかったらアウトか?」 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、会計処理の間違いと重要性の関係について考えてみます。 まず手始めに、以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか? 正解できたでしょうか。 上の3つの文章は、会計処理の誤りをどう扱うかについて述べたものです。どこの会社でも大なり小なり起こりうることですので、以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《おつりが10円足りなかったら》 本連載の第1回では、重要性判断が必要になる場面は2つあると述べました。第2回ではそのうちの【場面①】にスポットをあてましたが、今回は【場面②】を取り上げます。 【場面②】というのは、「会計処理の誤りに重要性がない場合に、修正せずに済ませる」という場面でした。重要性判断は、そういう場面でも必要とされます。 さて、経理に限らず、間違いを犯した場合は直すのが当然です。重要性がないからといって、間違いを正当化できるものではありません。 たとえば、買い物をしたときにおつりが10円少ないことに気づいたとします。おそらくその場合、客は例外なく文句を言うでしょう。たった10円ですが、おつりが足りないことに気づきながら何も言わない人はいません。 そしてお店の人は平謝りで、10円を渡してくれるはずです。口が裂けても「重要性はないでしょ」などとは言いません。 この考え方は経理業務でも同じです。 たとえば、100,200円の請求書が届いたのに、100,000円しか相手に振り込まなかったら問題になります。200円については、振込手数料を何百円か払ってでも追加で振り込みます。 そこには重要性という概念はないのです。 会計は基本的にはそういう立場をとっています(⇒したがって、問題3のアの記述は誤りです)。 《間違いを修正しなくてもよいケース》 では、「会計処理の誤りに重要性がない場合に、修正せずに済ませる」とは、どういうケースなのでしょうか。 それは対外的なやりとりを伴わない要素に関する処理誤りです。 仕訳入力の際に最低限入力しなければいけない要素というのは、「計上日」、「計上科目」そして「計上金額」の3つです。このうち計上日と計上科目のミスは、取引の相手方との関係上という意味では必ずしも問題になりませんので、重要性がなければ修正せずに済ませる余地があります。 また、計上金額のミスでも、たとえば引当金の計上のように見積りで計上するようなものは、外部との直接的なやりとりを伴わない取引です。こうした取引の計上金額に誤りがあっても、重要性がなければ問題にはなりません。 対外的なやりとりを伴う取引に関する会計処理誤りでも、すぐに修正せずに修正を翌年度に先送りする場合は、当年度においては修正しないことと同じです。 これは間違いをいつ直すのかという時期の話です。当年度決算に関する間違いが見つかった場合に、当年度の帳簿を直すのではなく、それが見つかった時点ですでに翌年度が始まっているということで、翌年度の帳簿を直すわけです。 いったん締まった決算を修正することは面倒なので、こういう対応がとられることはよくあります。重要性がなければこれが容認されます。 《連結ではこんな取扱いがある》 対外的なやりとりを伴わない取引というのは、引当金以外にも結構あります。たとえば資産の評価損、減価償却費、資産除去債務、税効果等です。ただし、いずれの場合でも、「間違っていても重要性がなければ直さなくてよい」とまでは会計基準に書いてありません。実務上の取扱いということなのです。 ところが例外があります。それは連結手続においてです。 連結財務諸表に関する会計基準(企業会計基準第22号)には以下の記述があります。 連結財務諸表作成の基礎になる親会社と連結子会社の個別財務諸表について、会計処理上の誤りがある場合、それらを修正した上で連結決算を行うことを原則としながらも、重要性がなければ修正しないという選択肢も認めているのです(⇒したがって、問題3のイの記述は誤り、ウの記述は正しいです)。 実務担当者にとって、こうした取扱いが会計基準に記述されていることはありがたいことなのですが、一方で、「重要な影響を与えないと認められる場合」とはどんな場合なのだろうかという別の悩みも生まれます。 それについては次回以降に解説していきます。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第82回】 減損会計⑥ 「共用資産の取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 〈事例による解説〉 【仕訳】(単位:百万円) ① B店舗の減損 (※1) 固定資産簿価500百万円>割引前将来キャッシュ・フロー250百万円 ∴減損必要 減損損失300百万円=固定資産簿価500百万円-回収可能価額200百万円 ② 共用資産の減損 (※2) 固定資産簿価合計1,000百万円(A店舗300百万円+B店舗500百万円+本社建物200百万円)>割引前将来キャッシュ・フロー680百万円 ∴減損必要 減損損失370百万円=固定資産残高1,000百万円-回収可能価額630百万円 本社建物の減損損失70百万円=減損損失合計370百万円-店舗Bの減損損失額300百万円 〈会計処理の解説〉 1 共用資産の意義と減損処理の方法 共用資産は、それ自体が独立した将来キャッシュ・フローを生み出す資産ではなく、複数の資産グループの将来キャッシュ・フローを生み出すために寄与する資産であり、具体的には以下のようなものをいいます(注解1)。 一般的に、共用資産の帳簿価額を合理的な基準で各資産又は資産グループに配分することは困難です。そのため、共用資産に減損の兆候がある場合に減損損失を認識するかどうかの判定及び減損損失の測定は、原則として、共用資産が関連する複数の資産又は資産グループに共用資産を加えた、より大きな単位で行います(基準7)。 2 店舗Bの減損処理 店舗Bの割引前将来キャッシュ・フローは固定資産簿価を下回っているため、減損損失を認識すべきと判定されます。このため、店舗Bの固定資産簿価500百万円を回収可能価額200まで減額し、減損損失300百万円を当期の損失とします。 3 本社建物を含む、より大きな単位での減損処理 本社建物は、共用資産に該当します。事例では、本社建物の時価に著しい下落があり、減損の兆候があります(指針16)。 そこで本社建物を含むより大きな単位で減損損失を認識するかどうかを判定するため、より大きな単位の割引前将来キャッシュ・フロー680百万円とA店舗、B店舗及び本社建物の固定資産簿価の合計額1,000百万円を比較します。この結果、割引前将来キャッシュ・フローは固定資産簿価を下回っており、減損損失を認識すべきであると判定されます。 このため、固定資産簿価の合計額1,000百万円を回収可能価額630百万円まで減額し、より大きな単位で減損損失370百万円を計上することが必要です。このうち、店舗Bにかかる減損損失300百万円を既に認識していますので、増加額70百万円を本社建物の減損損失として処理されます。 ※6月は繰延資産を取り上げます。 (了)
非正規雇用の正社員化における留意点と労務手続 【第4回】 「正社員登用手続と関連書式・登用規定の確認」 特定社会保険労務士 池上 裕美 非正規社員をめぐる法改正が進む中、多くの企業が非正規社員の正社員化に踏み切っている。前回は正社員登用の転換を行っている企業の事例をもとに、その特徴と、実際に正社員登用するにあたっての留意事項をお伝えしたが、今回はさらに具体的な手続や関連書式、正社員登用規程のひな形を紹介する。 1 正社員登用の基準 非正規社員を正社員登用制度によって正社員化する際には、「一定の基準」を設けることになる。基準を設けるにあたり、どのような目的で正社員登用するのか、どのような人材が必要なのかを明らかにする。 その上で、正社員登用の基準項目を決定していくことになる。 一般的な基準項目には次のものがあげられる。 2 正社員登用試験 正社員登用試験は、1で述べた正社員登用の基準をクリアした非正規社員が、試験の申込を行うこととなる。 正社員登用試験としては、面接や筆記試験を行う。職務に必要な最低限の知識を持っているかを考査し、正社員を希望した動機、仕事への取り組み課題や目標を述べてもらう。 3 採否通知書 採用、不採用は書面(下記ひな形参照)を用意する。 採用が決定した者には、書面に、入社するにあたって提出が必要な書類を明示する。不採用者には、書面のみの通知とせず、再チャレンジの可能性や今の役割に期待していることを伝える。 【採用通知のひな形】 【不採用通知のひな形】 4 労働条件通知書(雇用契約書) 非正規社員が正社員登用制度によって正社員となった時、労働条件の変更点を口頭説明し、就業規則を交付するのみとして、労働条件を書面で通知していない企業も見受けられる。しかし、労働条件通知書は正社員登用時も必要である。 なお、既存の正社員と同様の労働条件にする場合を除いて、正社員登用された従業員に対しては、労働条件通知書のみとせず、当該社員用の就業規則の整備をすることが望ましいと考える。 正社員登用された従業員向けの就業規則については、次回、説明を加える予定である。よって労働条件通知書の記載内容については割愛する。 5 正社員登用制度規程 正社員登用制度の概要は、透明性、公平性、納得性を保つためにも、あらかじめ規程を作成しておくことが望ましい。正社員登用後に正社員同様の労働条件とする場合は、次のような規程となる。 【正社員登用規程ひな形】 以上、正社員登用の具体的な手続と主な関連書式を紹介した。このような制度や書式の整備は必要であるが、最も重要なのは、正社員登用の目的であると考える。非正規社員を正社員登用し、どのように当該人材を活用していくのかを十分に検討していただきたい。 * * * 本連載の最終回となる次回は、非正規社員が正社員登用された後に適用される就業規則整備の必要性と正社員化の助成金を紹介する。 (了)
〈まずはこれだけおさえよう〉 民法(債権法)改正と 企業実務への影響 【第5回】 (最終回) 「保証」 堂島法律事務所 弁護士 奥津 周 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 本改正においては、保証に関する規律の見直しも行われ、目玉のひとつとなっている。そのなかで特に着目すべきは、保証人の保護の拡充についてである。本連載最終回となる今回は、その論点を中心に解説を行う。 1 根保証の制限 (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」26・27頁より抜粋。なお、同内容の改正法案が現在国会に提出されている。 (1) 現行法における規律 「根保証」とは、債権者に対して債務者が負担する現在及び将来において発生する一切の債務を保証することをいう。 根保証は極度額を定めなければ保証人が過大な責任を負う可能性があるため、保証人が個人の場合で、銀行借入などの貸金や手形の割引を受けることによって負担する債務(貸金等債務)が保証の対象に含まれている場合には、極度額を定めない根保証(包括根保証)は現行民法465条の2において禁止されている(極度額を定めずに貸金等を主債務に含む保証契約をした場合には無効となる)。 (2) 改正法案における規律 現行民法465条の2においては、継続的に行われている売買取引から発生した債務をすべて保証する場合のように、貸金等債務を含まない包括根保証については規制されていない。もっとも、保証人の責任を予め限定しておき、保証人にとって責任の範囲を予測可能なものにするという要請は、貸金等債務とその他の取引から発生した債務とで異なることはない。 そのため本改正では、法人が保証人である場合を除き、包括根保証契約においては、貸金等債務を含まないものについても、極度額の定めをおかなければならないものとされた。 継続的な売買取引においては、現在及び将来において発生する売買代金支払債務を主債務として、取引相手の代表者個人の包括根保証を取得することも多いが、このような場合にも極度額を定めなければ、契約は無効になる。 企業担当者にとって、今後、商取引債権について個人保証を取る場合には、留意が必要である。 2 個人保証の制限 (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」28~30頁より抜粋。なお、同内容の改正法案が現在国会に提出されている。 (1) 個人保証制限の対象 これまで、中小企業や個人事業者が事業資金を借り入れるときなど、代表者等の経営者が連帯保証することに加えて、債権者の求めにより、代表者の親族や知人等の経営には直接関与していない者が保証人となることがあった。そして、その中小企業や個人事業者が破綻したときには、その経営に関与していない保証人の保証債務が現実化することにより、保証人が経済的に破綻し破産を余儀なくされたり、場合によっては自殺をするといったこともあり、社会的に問題となっていた。 そこで、改正案では、経営者以外の個人保証をとる場合の手続を厳格にし、安易な保証がなされないようにしている。 具体的な規制の対象は以下のとおりである。 この2つのいずれかの類型に該当すれば、保証契約締結の日前の1ヶ月以内に、厳格な要件のもとに作成された公正証書によって、保証意思を確認した場合でなければ、保証契約は無効となるとしている。 ①②いずれについても「事業のために負担した(する)貸金等債務」と定めているが、これは事業において生じた銀行借入などの貸金等債務が、特に高額になりがちであり、保証人に過大な負担を強いているためである。 ②については、金銭消費貸借契約書を作成して貸付を行った場合の貸金等債務のほかにも、カードキャッシングにより発生した貸金等債務を保証する場合にも適用があるとされているなど、その範囲は広いことに注意する必要がある。 (2) 経営者保証の例外 個人保証の制限については、これまでの取引実務に配慮して、一定の例外が設けられている。具体的には次のとおりである。 (3) 保証人に対する情報提供義務 改正法案では、(1)事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約や、(2)主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約においては、主債務者の委託によって保証をする場合、主債務者は、保証人に対して、主債務者の①財産及び収支状況、②主債務以外の負債の額や履行状況、③主債務の担保として提供し、または提供しようとするものがあるときはその内容、について情報を提供する義務を課している。 ただ、これだけでは、保証を受けようとする主債務者がこの情報提供義務を履行しないとか、または本当の情報を提供しないとも考えられ、主債務者に義務を課すだけでは保証人保護が図れないとも思われる。 そこで、改正法案は、主債務者が情報提供をせず、または誤った情報を提供し、またその誤った情報を誤認し、それによって保証契約をした場合で、債権者が、主債務者が情報提供をしていなかったり、誤った情報提供をしていることを知り、または知り得た場合には、保証人は、保証契約を取り消せるという規定を設けた。 このように、情報提供義務が適切に履行されなかったときに、保証契約の取り消しの余地を認めることで、債権者は主債務者が適切に情報提供をしているかを確認する必要が生じ、結果として、保証人保護が図れることになるといえる。 (連載了)
コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第6回】 「取締役会等の責務③」 ~取締役会の多様性確保について(4-11)~ あらた監査法人 マネージャー 米国公認会計士 阿部 環 〔取締役会等の責務〕 東京証券取引所(東証)は、2015年5月13日、「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」が取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード(原案)」(以下「CGコード」)を東証の有価証券上場規程の別添として定めるとともに、関連する上場制度の整備を行った。 前回、前々回に引き続き、本稿では、CGコード第4章「取締役会等の責務」から、「原則4-11. 取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件」について、フランスでの実務を紹介しつつ解説する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 〔取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件〕(原則4-11) 本稿では、この原則の前半部分である「バランス・多様性・適正規模」について解説することとする。 では「バランス・多様性・適正規模等」とは何か。この点、我が国より15年近く先駆けて、1999年にコーポレートガバナンス・コード(※1)を導入したフランスで、これらの開示がどういった項目として取り扱われ、どの程度浸透しているのかを見てみたい。 (※1) フランス私企業協会(AFEP)およびフランス企業連盟(MEDEF)の作業部会が策定したAFEP/MEDEFコードは1999年に初めて制定され、その後、数回の改訂を経て、現在参照されているものは2013年6月版である。 フランス金融庁(AMF)とは別に、2013年に設置されたコーポレートガバナンス高等委員会(以下、「CG高等委員会」)は、2014年10月21日付で初めて出した実施状況に関する報告書(※2)のなかで、コーポレートガバナンスに関連する開示について、勧告や項目別の統計を発表した。 (※2) Haut Comité de Gouvernement D’Entreprise – Rapport d’activité (Octobre 2014) 下の表はフランスの上場会社の「取締役に関する情報開示」についての統計である。 〈取締役に関する情報開示〉 (フランスCG高等委員会 2014活動報告書 50ページより) (※3) 英語名称をアニュアル・レポートとする会社もあるが、フランス語では「Document de référence」。AMFが推奨する様式の年次報告書一式。本稿では「年次報告書」とする。 (※4) フランス SBF120は、CAC40とユーロネクスト・パリ(旧パリ証券取引所)に上場されているフランス企業株で時価総額、流動性が最も高い80 銘柄から構成されている。 (※5) CAC 40(Cotation Assistée en Continu)は、株価指数の一種。ユーロネクスト・パリに上場されている株式銘柄のうち、時価総額上位40銘柄を選出して構成されている。 上記の結果は、我が国のCGコードが提唱している「知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模」についてすべてを網羅しているとはいえないが(例えば性別に関してなど)、すでに大多数の割合の会社が取締役についての情報を8つの項目について積極的に開示していることは特筆すべきであろう。 例えば2013年にはSBF120社のうちすべての会社が、任期の開始時期および終了時期、年齢、主な役割、他社との兼任の状況の5項目について開示しているのである。 ただし日本のCGコードは大きな方向性を示すプリンシプル・ベースであるのに対し、フランスのCGコード(先に挙げたAFEP/MEDEFコード)は同じプリンシプル・ベースでも具体的に開示すべき項目が提示され、数値目標が設定されている場合もあるので、このような統計をとる際に足並みがそろう結果となったということも言える。 また開示の一定水準を確保するために、CG高等委員会が「CGコード適用ためのガイド」(※6)なるものを出していることも、情報開示を充実させる後押しとなっているように思われる。CG高等委員会による性別に関する調査結果については独立して示されているため、後に説明する。 (※6) GUIDE D’APPLICATION DU CODE AFEP-MEDEF DE GOUVERNEMENT D’ENTREPRISE DES SOCIETES COTEES DE JUIN 2013 ところで日本の有価証券報告書でも、国籍以外の上記項目については開示されているが、フランスの企業における開示は情報も厚く、有価証券報告書上の開示とは趣旨が異なっている。1社1社をみていくと、各社ユニークな形式で情報を提供している。 有価証券報告書の開示については、いかに他社に倣うか、他社例を見つけるか、というのが作成のポイントになっている向きもあると思われるが、フランスではどれだけ独自性をもった開示ができるか、財務諸表の利用者にいかに有益な情報が提供できるか、というところがポイントになっている。まるで開示とはどうあるべきか、ということを語りかけているようである。 日本のCGコードが、ルール・ベースではなく、プリンシプル・ベースを採用したということは、今後日本の企業は開示を通じてどうステークホルダーにアピールしていくかが問われるであろう。日本の企業にとって、「多様性」「バランス」といった際に、ステークホルダーが何を重視するか、今回のCGコードの適用を機に各社は大いに考える必要がある。 〔多様性~女性の活躍促進〕 次に、避けては通れない話題であろう「女性の活躍促進」についても触れたい。日本のCGコードでは、原則2-4にて「女性の活躍促進を含む社内の多様性確保」を提唱している。 一方、フランスのCGコードでは、さらに踏み込んで、この「女性の活躍促進」という理念が、取締役会の構成比率にまで波及している。背景には非財務情報開示を義務付けるEU指令(※7)があるといえるであろう。具体的には、取締役会の女性比率を2013年(に開かれる株主総会)までに20%、2016年(に開かれる株主総会)までに40%にする、という目標をCGコードが課しているのである(フランスCGコード6.4)。 (※7) 欧州議会は、2014年2月26日、欧州委員会が2013年4月に提示していた企業の非財務情報開示の義務化に関する会計指令の改正案に合意した。これにより、従業員数500名以上の公益性の高いEU企業に対して、取締役会の多様性に関する企業の方針等についての情報開示が義務付けられることになる。 その結果、前述のCG高等委員会は2014年活動報告書にて、上場会社がどう対応したかについて公表している。この目標を達成した企業がどの程度あるのか、下図を見ていただきたい。 〈取締役会において、20%の女性比率を達成した割合〉 (表中の年は株主総会の開催年を示す。) この報告書によると2014年の株主総会開催時点における「女性比率20%」の達成率は、SBF120企業で95.3%、CAC40で97.2%である。 CG高等委員会では というコメントを発している(フランスCG高等委員会 2014活動報告書 23ページより)。 残念ながら、業種別による女性比率については、言及されていない。また2014年の株主総会時における女性取締役の平均比率は、SBF120企業で29.7%、CAC40で31.5%と、平均して取締役の3割を女性が占める結果となっている。 〈取締役会における女性比率〉 (表中の年は株主総会の開催年を示す。) 上述のような海外事例を参考にし、改めて我が国のCGコードが提唱している「取締役会における知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模」とは具体的に何かということを考える際、「女性」という切り口は基本的項目として出てくるのではなかろうか。 女性比率を高めることが、なぜフランスで提唱されているかということについては、歴史的な背景によるところと、国民の声を大きく反映していることもあり一口には語れないが、取締役の比率に限らず、女性の就業率や管理職比率を向上させるための活躍支援に関する施策または税制を政府がとっている。 単なる「女性の参画」という形だけの対応ではなく、異なる経験を持つ人の知恵を動員する、という本質的な意味を持たなければならないのは言うまでもない。 〔実効性~取締役・監査役の兼任〕 「多様性」の話の次に、取締役・監査役が本来期待されている役割を時間の制約なく十分に果たすことで、「実効性」の確保が図られるという趣旨をもつ補充原則4-11②に話を進めよう。 兼任の数については、「合理的な範囲にとどめる」として、具体的な数値設定がなされていない。よって、どう解釈するかは、各社に判断を委ねられる形となっている。各社が自主的に判断する、というのは我が国の国民にとっては難しい課題のようにも思えるが、CGコードが適用され各社の開示が始まれば、「合理的な範囲」の傾向は見えてくるものと思われる。 しかしながら、各社の足並みをそろえることは本コードの目的ではないため、会社ごとに個別の判断をし、「合理的な範囲」について話し合いを持ち方針を決めていくというプロセスが、多くの会社にとって有意義になることであろう。 ここで問われているのは、兼任している状況のなかで、取締役が適宜に十分な情報共有が可能であり、有事の際には即座に会社のために決断・行動ができるのか、ということでもある。 今回参考にしたフランスの場合、CGコード 19章で としている。その結果、SFB120のうち120社全社が兼任の状況について兼任数を開示しており、2013会計年度ではSFB120社のうち、94.4%の会社がこれを遵守している(CG高等委員会 2014活動報告書 76ページ)。 日本とフランスでは、CGコードの歴史も在り方も違うが、今後長期的な視点で取締役会のあり方を検討していく上で日本企業の参考となるかもしれない。 〔フランスの取締役会の構成と特徴〕 最後に、フランスの取締役会の構成と特徴に関する開示例を挙げることとする。 〈取締役会の構成と特徴〉 (フランス DANONE 2014年次報告書より) (※8) これは、2015年4月29日開催の定時株主総会にて、選任議案通りに取締役が選任されることを前提とした数値である。 上記の表をみていただくと、まず「多様性」を意識した開示をしているということがわかっていただけるであろう。 年々、独立取締役の比率が高まり、平均の任期は短くなっていることがわかる。また、女性の比率は年々高まり、平均年齢は若くなっている。「平均年齢が高い」ということは「経験豊富なベテランがそろっている」ともいえるので、必ずしも平均年齢が低ければよいということはないが、「多様性」という観点から、様々な年代の取締役がいれば、自ずと平均年齢は低くなる傾向にあるだろう。 DANONEの場合、総合食品メーカーとして子供から老人までを対象とした事業形態から、取締役に対し年齢や性別の「多様性」を求められるというのはある。「多様性」とは一概にこうだとは言えず、取締役の年齢に関しても、ビジネスモデルによって理想の形は違う。 では、パブリックセクターのEDF(フランス電力)やGDF Suez(フランス・ガス)ではどうなっているかというと、取締役の女性比率に関してはEDFで25%、GDF Suezで42.86%と意外にも高い比率を示している。国籍に関しては、EDFではフランス人が100%であり外国人取締役はいない。GDF Suezでは17人中3人(17.65%)の取締役が外国人であると公表している(出所:EDF 2014年次報告書 、GDF Suez 2014年次報告書)。 〔おわりに〕 本稿でお伝えたしたいことは、日本のCGコードも、フランスや英国のコーポレートガバナンス・コード同様、コンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用しており、今後企業が形式的ではない開示を充実させていく上で海外の事例は参考になるであろうということ。もう1つは、ヨーロッパの中でフランスだけが特に細かく開示の規則があるということはなく、欧州の企業に投資するステークホルダーはこの程度の情報を受け取ることについて当然の権利ととる向きもあるであろう。 よって、外国人投資家をもつ、または今後外国人投資家を増やそうという日本の企業にとって、他国の開示情報は参考になるのではないか、ということである。 * * * 今回は取締役会等の責務について解説した3回目であるが、次回も取締役会等の責務について、「取締役会の有効性評価(4-11③)」に続く。この連載を通じて、コーポレートガバナンス・コードの企業実務における対応のヒントとなれば幸いである。 なお、資料として用いたフランス語の文献の日本語訳は、著者が本稿のために訳したものであり、正式に公表されている日本語訳ではないことをお断りする。 (了)
〈IT会計士が教える〉 『情報システム』導入のヒント (!) 【第8回】 「基幹システム導入は『経営のトップ』を巻き込め」 公認会計士 五島 伸二 はじめに 基幹システム導入に関わるベンダー選定の最終プレゼンの場。 出席した社長、役員、選定プロジェクトのメンバーに対し、パワーポイントを使って懸命に自社の優位性を訴えるベンダーの担当者。 プロジェクトメンバーは熱心に説明を聞いているが、社長や役員は退屈そうに配付された資料をパラパラめくっている。 ベンダーのプレゼンが終わり質疑応答の時間となっても、質問するのはプロジェクトメンバーばかりで、社長、役員からは特に質問は出ない・・・ ベンダー選定のプレゼンの場において、よく目にする光景である。 ではなぜ、社長、役員といったトップは、経営に大きな影響を及ぼす自社の基幹システム導入に関わるプレゼンに、関心を示さないのであろうか。 ▼なぜ経営トップはシステム導入に関心がないのか?▼ その理由は、簡単である。 ベンダー選定のプレゼンの場で論じられていることが、経営トップの“関心を引く内容”ではないからである。 そもそも「基幹システム」とは、販売業務、購買業務、在庫管理業務、経理業務など、企業の基幹業務を支える業務システムの集合である。 したがって、基幹システムの新規導入や更新ということになると、基幹業務で抱えている課題をなんとか新システムで解決しようと、業務上の要件を中心に検討する傾向がある。 例えば、経費集計を楽にしたいとか、在庫移動を自動処理したいとか・・・ そして、そういう議論の結果を反映したRFP(Request For Proposal:提案依頼書)が作成され、そのRFPに基づいてベンダーは提案書を作成し、最終選考まで残ったベンダーは提案書に沿って業務上の課題を中心にプレゼンを行う。 これでは、いくらベンダーが一生懸命プレゼンをしても、経営トップにとってはピンと来ないということになる。 基幹システムの導入は、多くの企業において、金額基準からも質的基準からも、取締役会決裁あるいは社長・役員決裁となることが多い。このためプレゼンの場にトップがいることは、形式的には当然である。 しかし、せっかくそのような重要な場が設けられているのに、経営トップに関心のある実質的な議論がされないというのはおかしな話である。 ▼本来は「経営レベルの議論」が必要▼ 基幹システムはあくまで業務システムであり、基幹システムの導入によって業務上の課題解決を検討することは、重要ではある。ただし、基幹システムは経営判断に必要な多くの情報(データ)を抽出する元になるシステムであり、また、基幹システムに自社の独自のビジネスプロセスを組み込むことにより、競争優位を保つ企業は実際に多い。 すなわち、基幹システムの導入は、「単なる業務システム」の導入ではなく、経営レベルの論点をしっかり議論して導入すべき「経営情報システム」の導入なのである。 そういう意味で、基幹システム導入に際し議論されるべき事項は、本来は経営トップの関心事であるはずにもかかわらず、選定のプロセスにおいて、上記のように業務上の要件を中心とした検討に偏向することにより、脇に追いやられてしまうのである。 このような状況は、基幹システムの正しい選定を誤らせるという非常に大きなリスクへつながるといえよう。 実際に筆者は、経営トップから、システム稼働後になって 「うちのシステムからは経営に必要な情報がちっとも出てこない!」 とか 「他社ではできていることがなぜうちではできないのか!」 といった話をよくお聞きする。ベンダー選定の段階でトップが深く関与しないことで、このような事態になることは避けたい。 ▼現場主義もほどほどに▼ 以上は、ベンダーの「選定場面」で経営トップの関与がないことによるリスクであるが、同様にその「導入過程」においても、トップの関与がないことが、大きなリスクへつながる。 すなわち、経営トップが十分に関与しないことにより、現場レベルの判断で業務上の要件を過度に盛り込み、スムーズに稼働開始までたどり着けない、あるいは予算をオーバーするといった問題が発生しやすくなるのである。 例えば、受注業務の事務担当者が長年の作業の中で培った細かな業務手順をシステム化しようとしたり、月に数回しか発生しない例外的事項をシステム化しようとしたり、現行の手作業ベースの生産管理手法をそのままシステムにのせようとしたり・・・ もちろん現場の声に耳を傾けるのは良いことであるが、本連載でも繰り返し述べてきたように、システム導入時には、どの要件を採用し、どの要件を切り捨てるかを「冷静に」判断しなければならない。現場だけにその判断を任せると、部門間の利害衝突という側面により、結論が出ないことがよくある。 さらには、各部署がほどほどに満足するように要件を決められて要件が膨れ上がったり、本当に経営に役立つ要件が後回しになったりという事例も散見される。 結果として、各部署からの要求の多くを盛り込んだ「要件定義書」が出来上がり、それをシステムで実装しようとして、上記のようにスケジュールやコストの面で問題が生じることになる。 このような事態は、経営トップが当初からこの場に参与し、経営レベルの判断で不要な要件をスパッと切り捨ててもらうことで、防ぐことができるのだ。 ▼では、いかにして経営トップを巻き込むか?▼ 基幹システムのベンダー選定や導入の場面において、経営トップの関与が重要なことはお分かりいただけたと思う。 では、実際にどうやって社長や役員を基幹システム導入の場に巻き込んでいけばよいのであろうか? 筆者は、基幹システム導入に彼らを巻き込むために、まずは以下の4点が重要と考えている。 上記の①~④を実践し、基幹システム導入に経営トップを巻き込むことで、現場主義偏重ではなく、本当の意味でその会社の経営に役立つシステムを導入することができる。 導入プロジェクトのメンバーは、絶えずトップが何に関心があるのか、何を困っているのかを把握し、トップの関心のある課題を報告したり、判断を仰ぐことで、積極的に巻き込んでいくよう意識して取り組むことが重要である。 ▼課題は経営トップのITリテラシー▼ もっとも、こう言っては身もふたもないのだが、トップが基幹システム導入に関連し種々の判断を的確にするには、トップ自身にある程度のITリテラシー、つまりITを活用する能力が求められる。 ただ実際は、それなりの規模の会社の社長が「私はITは素人なので・・」といった発言をされることがある。 正直なところなのだろうが、あまり望ましい発言ではない。 これからは、会計数字が読めないトップが経営の舵取りができないように、ITの素養がないトップに経営を任せるのが難しい時代になりつつあると言えよう。 ▼基幹システム導入はトップダウンで▼ 最後に、筆者が経験した経営トップダウンによるシステム導入の話をしたい。 ある外資系企業にERPを導入したときの話であるが、「商社の先にいる最終ユーザー向けの単価をどのように把握し管理するか?」というテーマの会議に、その企業の社長が毎回出席されていた。 なぜならその企業にとって、上記のテーマがERPを導入する主要な目的の1つであり、最終ユーザー向け単価情報が競争優位を確保するためのキーになるからである。 会議の場で社長は、自身の価格政策に関する考えを明確に示し、最終ユーザー向けの単価の効果的な管理を実現するよう部下に厳命し、我々コンサルタントにも何度も念押しをした。 そして、その論点が片付いたら、それ以外の業務上の細かな要件については優秀なマネージャーに任せ、社長が現場レベルの会議に出席されることはなかった。 そう、まさにトップダウンである。 基幹システムの導入とは、そういうことなのである。 (了)