〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領 《賞与引当金》編 【第2回】 「支給対象期間基準」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 前回ご紹介した支給見込額基準が賞与引当金の原則的な計上方法ですが、支給対象期間基準(平成10年度税制改正前の法人税に規定していた賞与引当金の計上方法の1つ)もこの方法による計上額が合理的である限り選択できます。 今回は、賞与引当金の『支給対象期間基準』についてご紹介します。 1 当期末の仕訳 中小企業会計指針においては、賞与について支給対象期間の定めのある場合、又は支給対象期間の定めのない場合であっても慣行として賞与の支給月が決まっているときは、平成10年度税制改正前の法人税に規定していた支給対象期間基準の算式により算定した金額が合理的である限り、この金額を引当金の額とすることができます(中小企業会計指針51)。 支給対象期間基準の賞与引当金繰入額の算式は、次のとおりです。 この設例では、支給対象期間基準の賞与引当金繰入額は、次のように算定されます。 A:前1年間の1人当たりの使用人等に対する賞与支給額 B:当期において期末在職使用人等に支給した賞与の額で当期に対応するものの1人当たりの賞与支給額 2 決算書の金額 〈当期損益計算書〉 〈当期末貸借対照表〉 3 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 〈当期法人税申告書別表四〉 〈当期法人税申告書別表五(一)〉 税務上、賞与引当金は、平成10年度税制改正前には損金算入が認められていましたが、平成10年度税制改正においてこの取扱いは廃止されました。したがって、当期末において計上された賞与引当金9,600,000円は損金算入されず、原則として賞与が実際に支払われた日(翌期、X2年7月10日)の属する事業年度において損金算入できることになります。 (了)
過労死等防止対策推進法と企業への影響 【第2回】 「過労死等防止対策推進法とは」 特定社会保険労務士 池上 裕美 前回は、法律制定の背景をお伝えした。今回は、過労死等防止対策推進法の概要をお伝えする。 《目的》 この法律は、過労死等(※)の防止に向けて対策を推進し、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に導くことを目的とする。 《基本理念と国の責務等》 この法律の基本理念は次のように定められている。 これら基本理念に基づき、次の責務が定められた。 《国のとるべき対策》 《過労死等防止対策推進協議会とは》 厚生労働大臣が大綱を定めるに際して、意見を聴く機関である。この協議会は次の20人以内の委員で組織する。 《調査研究等を踏まえた法制上の措置等》 過労死等に関する調査研究等の結果を踏まえ、必要があるときには、過労死等の防止のために必要な法制上または財政上の措置等を講じる。 《見直し》 この法律の規定は、施行後3年を目途として、施行状況等によっては検討が加えられ、必要があるときは見直しを講ずると、附則の2において明記している。 * * * 最終回である次回は、過労死等防止対策推進法が企業に与える影響についてご案内する。 (了)
介護事業所の労務問題 【第2回】 「募集・採用の難しさと人員基準」 クロスフィールズ人財研究所 代表 社会保険労務士 三浦 修 1 通所介護の採用の難しさ 通所介護(以下、デイサービス)は平成25年12月時点で38,366事業所(うち1日利用者定員10人以下の小規模デイサービス(以下、小規模デイサービス)は20,000事業所)となっており、同年同月のコンビニ店舗数(セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートの合計で37,849件)とほぼ同数の事業所が存在していることになる。 また、コンビニの商品や接客サービスは北海道から沖縄まで全国ほぼ同様であるが、デイサービスにおいても「全国どこでデイサービスを受けても同じ」であると例えられることも多い。 例えば、小規模デイサービスは、レスパイト(預かり)というイメージが強く、事業所毎の特徴をあまり出せていないことが多い。もちろん、中にはお泊りサービスのように夜間のお預かりをサービスとして行い、他と差別化している事業所もあるが、それでも大部分の事業所にとっては差別化が図りにくい業態であることには変わりない。 つまりサービスや事業所の特長を上手く表現できておらず、「どこのデイサービスでも同じ」と捉えられてしまっているのが、多くの事業所の実情である。 今後は、このような小規模のデイサービスも、介護保険法、介護報酬の改正に備え、他の事業所との差別化とブランディングに取り組んでいくことが今まで以上に必要になってくる。 ブランディングが必要な理由として、以下のようなものが挙げられる。 デイサービスにおいては業務・業界に対するイメージや、また採用市場が強い売り手市場であることから職員を募集しても応募者が集まりづらいことが多い。 一般的な小規模企業の事業所で起こりうるような問題、例えば人間関係の問題や能力不足の問題による職員の離職はデイサービスにおいても当然発生するが、それに対して補充のために新規で職員採用を行おうとしても、上記の通り他の事業所との差別化・自社のブランディングができていないと応募者が集まらず採用ができない。 そして職員不足が原因で事務所の運営そのものに大きな支障をきたす、という事態に陥るのである(詳しくは第4回参照)。 介護保険法から考えられる問題点 前述のとおり、小規模のデイサービスにおいて人員不足に対する採用の問題は必須課題とも言えるが、そこで重要となるのが介護保険法における人員基準である。 [例]通所介護(デイサービス)における人員基準(10名以下の場合) デイサービスにおいては、上記の人員基準をまず理解した上で、計画的に募集採用を考える必要がある。 2 募集・採用管理の重要性 1でも触れたように、小規模デイサービスをはじめとする介護事業所では、職員を募集してもなかなか応募が集まらないことが多い。最近は他の業種でも募集・採用が難しくなっていると聞くが、介護事業所の場合は、より一層採用が難しい業界と言っても過言ではない。 よって、募集・採用管理については、これまで以上に戦略的な検討を行う必要がある。これからの介護事業所の労務管理を行う上では、いかに良い人材を確保し、その人材を「人財」に育てることができるかが鍵になる。 今回は、参考までに、弊所で案内している取組みの1つを紹介しておこう。 ① 募集内容の整理 最近では募集・採用についても“マーケティング3.0”の考え方を導入する中小企業も増えている。 まず、応募者の感性に訴えるため、企業理念や事業所の方向性や教育指導への考え方、さらに介護事業所においては利用者やご家族に対する代表者の想いを丁寧に説明することは、最も重要である。 次に、募集方法だが、ハローワークの求人や、各種求人案内を中心に、例えば事業所が建築中であれば、看板に職員募集の掲示を行う、また自社の採用専用ホームページを利用して広報を行う、といった方法を積極的に行っていく必要がある。 その他に、募集の際には以下のような項目を事前に検討しておくことをおすすめする。 ② 書類審査と面接 書類審査においては、職務経歴書からの情報取得はもちろん重要であるが、特に中途採用であれば、前職での業務内容や勤務期間について確認しておく必要がある。もちろん、直接会って応募者を確認できる面接は、さらに重要な情報取得の機会となる。 また近年、介護事業所では適性検査を積極活用しているところも増えている。実際、書類や面接からは分からないことも多いので、ぜひ活用した方がよいであろう。 ③ 試用期間 筆者は、試用期間についても、非常に重要であると考えている。試用期間中だからと簡単に解雇できるわけではないが、試用期間中に能力の過不足、勤務態度等をしっかりと見極めた上で本採用を行うことは、極めて重要である。特に能力と適性については、細かな基準を定め、試用期間中に詳細なチェック等を行っていくべきだろう。 * * * 次回は、介護事業所における休暇・休職の問題と、夜勤体制の問題を解説する。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第18回】 「独占禁止法《平成25年改正対応》(その3)」 弁護士 矢野 千秋 3 不当対価 (1) 総説 独禁法2条9項6号ロは「不当な対価をもって取引すること」と規定し、これに基づいて一般指定6項および7項が定められている。 平成21年改正により、6項「不当廉売」中のコスト割れ型が法2条9項3号に規定された。そして法定された行為に対しては課徴金が課されることになった(独20条の4)。 これら不当対価の公正競争阻害性は、独禁研報告(※)の①「競争の減殺」、場合によっては②「競争手段の不公正さ」に当たる。 (2) 不当廉売(一般指定6項) 不当廉売とは「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業活動を困難にさせるおそれがあること」である。 「供給に要する費用」とは、総販売原価をいい、「低い価格」とは、一般に総販売原価を下回る(コスト割れ)対価を指す。このコスト割れ型が法2条9項3号に規定されたことにより「その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業活動を困難にさせるおそれがある」場合が本指定に残された。 コスト割れ以外でも不当廉売として違法とすべき場合もあるので「不当に」という要件を付加し、特に公正競争阻害性が認められる場合を規制しているわけである。 となるが、共通費用の配布が困難なことから、実務上は仕入価格を1つの基準としている。 マルエツ事件(勧告審決昭和57・5・28審決集29・13)およびハローマート事件(勧告審決昭和57・5・28審決集29・18)は、松戸市内の2軒のスーパーマーケットが販売利益を度外視して牛乳の安売り合戦を行った事案に対し、仕入価格を基準として一般指定6項違反としている(当時。現在なら独2条9項3号)。 と判断した。 生鮮食料品や季節商品などを品質悪化のためにあるいは在庫処分のために廉売することは不当に当たらない(正当な理由)。 この不当廉売の公正競争阻害性は、独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。 この不当廉売のうち「商品または役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給」するコスト割れ型の不当廉売が、平成21年改正により、下記のように法2条9項3号に規定され課徴金の対象とされた(独20条の4)。 (3) 不当高価購入(一般指定7項) 不当高価購入とは「不当に商品又は役務を高い対価で購入し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」である。不当廉売が売り手による不公正な取引方法であるのに対し、不当高価購入は買い手による不公正な取引方法である。 理論的には買い手間競争を減殺させるので、不当高価買入の公正競争阻害性は、独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。具体的な事例はない。 4 不当な顧客誘引・取引の強制 (1) 総説 独禁法2条9項6号ハは「不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること」と規定し、これに基づいて一般指定8項ないし10項が定められている。 これら不当な顧客誘引は競争の前提である顧客の合理的な商品選択を不可能にするから、その公正競争阻害性は、独禁研報告の②「競争手段の不公正さ」に当たる。取引の強制は①「競争の減殺」と②「競争手段の不公正さ」に当たるとするのが通説である。 (2) ぎまん的顧客誘引(一般指定8項) ぎまん的顧客誘引とは「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客(景表法は一般消費者)に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するよう不当に誘引すること」である。 「著しく」とは、程度を指しているのではなく、当該誘引行為が社会的に見て許容される誇張の限度を超えるか否かで判断される。 取引相手を誤認させる手段・方法は問わないから、商品それ自体の容器や包装などをはじめ、広告媒体における新聞・雑誌・放送やポスター・看板、さらには実演販売等も含めてほとんど一切の手段が該当する。 景表法の「表示」も商品の内容等を表すほとんど一切の手段を指す。そして景表法は、独占禁止法の特別法であるから優先的に適用され、景表法が適用されない行為についてのみ、本指定8項が適用される。景表法は一般消費者のみに適用される。 (3) 不当な利益による顧客誘引(一般指定9項) 不当な利益による顧客誘引とは「正常な商慣習に照らして不当な利益をもって、競争者の顧客を自己と取引するように誘引する」ことである。 「不当な利益」に該当する実際の事例は、景品と懸賞である。 「景品類」とは、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であって、公正取引委員会が指定するものである。 懸賞販売は景品類の受取人などが、抽選、行為の優劣、正誤によって決まるものである。 一般懸賞の上限は価格5,000円未満なら価格の20倍、それ以上のものは上限10万円である。 総付景品は全取引者などに提供される景品であり、その上限は価格1,000円未満なら200円、1,000円以上なら価格の10分の2である。 商品のアフターサービス、2つの商品が一体として取引されている場合、2つの商品を組み合わせて販売するのが商慣習である場合などは景品に当たらない。 「オープン懸賞」とは、広告媒体により一般消費者に対して、簡単な方法で当選者を選び出し、経済上の利益を提供する行為である。景品のように「取引に付随して提供される」ものではないので景表法の適用はなく、特殊指定で規制されていたが廃止された。 (4) 抱き合わせ販売等(一般指定10項) 抱き合わせ販売等とは「相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制する」ことである。 前段が抱き合わせ販売であり、後段はそれ以外の取引強制である。 買い主が主たる商品を買うのに、従たる商品と一緒でなければ売ってもらえないように仕向ける取引方法のことである。 ① 第一の「別個の商品」という要件 組み合わせることにより、2つの商品を別々に販売したのとは異なる特徴を持つ単一の商品として販売する場合は、抱き合わせ販売とはならない(相乗効果。旅行用の歯ブラシとペーストなど)。主たる商品と従たる商品との間に機能上密接な補完関係がある場合には、抱き合わせ販売に違法性はない(自動車とスペアタイアなど)。 ② 第二の「購入させる」という「強制」要件 実際上は、買い手の主たる商品への必要度・欲求度が高くなければならない。売り手が商品市場で市場支配的地位にあるとか、主たる商品がいわゆる「ヒット商品」である場合など(要は従たる商品の選択の自由を奪うか否か)。 松葉屋事件等では、「ドラゴンクエストⅣ」の第二次卸売業者が、小売業者に対してそれを販売する際に、同社に在庫となっている別の人気のないゲームソフトを購入するよう条件づけたことが、違法とされた(勧告審決平成2・11・30審決集37・32)。 日本マイクロソフト事件では、日本マイクロソフト社がパソコンメーカーに対し、その製品にソフトウェアを搭載等することを許諾する際に、ワードの供給に併せてエクセルを、さらにワード・エクセルの供給に併せてアウトルックを自己から購入させていることが本10項違反とされた(勧告審決平成10・12・14審決集45・153)。 5 事業活動の不当拘束 (1) 総説 独禁法2条9項6号ニは「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引すること」と規定し、これに基づいて一般指定11項および12項(旧13項)が定められている。 平成21年改正により、旧12項「再販売価格の拘束」が法2条9項4号に規定された。そして法定された行為に対しては課徴金が課されることになった(独20条の5)。 これら不当拘束の公正競争阻害性は、独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。 (2) 排他条件付取引(一般指定11項) 排他条件付取引とは「不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること」である。 この取引それ自体は違法なものではないが、「有力な事業者」によって行われる場合には、競争者が市場から排除され、競争者の新規参入が阻害されるなどの反競争効果が生じることもある。 排他条件付取引は、行為それ自体が直ちに独占禁止法違反となるものではない。「競争者の取引の機会を減少させるおそれ」「競争者に対する取引機会の阻害効果・市場の部分的閉鎖効果」が主として問題となり、競争者の取引の機会を減少させ、市場における自由な競争を減殺させるような場合に、公正競争阻害性があり不当として違法となるわけである。 流通取引慣行ガイドラインによれば、競争減殺のおそれが生ずるのは、行為者が有力な事業者で、取引の相手方が当該行為者の商品のみを扱うと競争事業者が他に代わりの取引先を容易に確保できなくなるおそれがある場合で、その有力な事業者とは当該市場シェアが10%以上またはその順位が上位3位以内であることが一応の目安となるとする。 コンビニエンスストアなどのフランチャイズ契約では、一般にフランチャイジーに競業避止義務を課しているが、ニコマート事件判決(東京高裁平成8・3・28判時1573号29頁)では、競業避止義務は営業の秘密のためであり、制限の程度も合理的な範囲であるから不当な排他条件付取引には当たらないとした。ただし、違約金(立証困難からよく入れられる)がロイヤルティー120ヶ月分は高額に過ぎるとして30ヶ月分に減額した。 (3) 再販売価格維持行為(法2条9項4号) (ⅰ) 意義 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。 と法定され(独2条9項4号)、再販売価格維持行為には課徴金が課されることになった(独20条の5)。 事業者が、(イ)取引の相手方の事業者に対し、その事業者の転売価格(再販売価格)を拘束する行為、または(ロ)取引先事業者をして転売先事業者の販売価格を拘束させる行為をいう。さらなる下流のものへの拘束も含まれる(「相手方」、「購入」には間接的な場合も含むから)。価格という競争のもっとも基本的な手段を拘束し、制限するものであることから、不公正な取引方法として原則独占禁止法に違反する。 メーカーが卸売業者に対して、再販売価格を守らない小売業者への出荷を停止させるなどして指示小売価格を維持する行為であり、具体的な確定価格だけでなく値引きの限度額を定めることも含む。 本4号は「当該商品の販売価格」を拘束することを指している。当該商品の販売価格以外の商品の価格の拘束は、拘束条件付取引(一般指定12項)に該当する。 小林コーセー事件では、美容室で使うパーマネント液のメーカーが、美容室に対してその液を用いて行うパーマネントの最低料金を維持させた(勧告審決昭和58・7・6審決集30・47)。 「拘束」がある場合としては、(1)メーカーと流通業者の合意によって、メーカーが指示した価格を流通業者に守らせている場合、(2)メーカーが指示した価格を流通業者が守らないときに経済上の不利益を課す場合、(3)守っている者に経済上の利益を提供する場合、等々である。 「合意」による拘束について、「流通・取引慣行ガイドライン」によれば、 等がある。 「不利益」には、出荷停止、出荷量の削減、出荷価格の引上げ、リベートの削減、売れ筋商品の供給停止等がある。 「利益」としては、リベートの提供、出荷価格の引下げ等がある。 さらに「拘束」が認められる場合として、同ガイドラインは、 などを挙げている。 (ⅱ) 公正競争阻害性 再販売価格維持行為は、原則として公正競争阻害性を有する。競争の減殺である。独禁法2条9項4号は「正当な理由がないのに」という文言をこの行為類型に冠している。 では、再販売価格維持行為に「正当な理由」が認められる場合とは、どのような場合であるか。 おとり廉売防止のための再販売維持は「正当な理由」があるかについて、最高裁は第1次育児用粉ミルク事件において、「『正当な理由』とは、専ら公正な競争秩序維持の見地からみた観念であって、当該拘束条件が相手方の事業活動における自由な競争を阻害するおそれがないことをいうものであり、単に事業者において右拘束条件をつけることが事業経営上必要あるいは合理的であるというだけでは右の『正当な理由』があるとすることはできない」と判示した(最判昭和50・7・11民集29・6・951)。 (4) 拘束条件付取引(一般指定12項) 製造業者が、卸売業者や小売業者の取引先、販売地域、販売方法などについて拘束を加えるものであリ、その公正競争阻害性は独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。 ① 価格拘束 もっぱら法第2条9項4号(再販売価格維持行為)によって規制される。小林コーセー事件(先述)はこちらに該当する。 ② 取引先の拘束 (a) 帳合(ちょうあい)取引の義務付け 製造業者が卸売業者に対して、その販売先である小売業者を特定させ、小売業者が特定の卸売業者としか取引できないようにすることである。帳合取引の義務付けが行われると、卸売業者間の小売業者の獲得をめぐる競争が制限される。 第二次育児用粉ミルク事件(明治乳業)では、帳合取引の義務付けにつき、本来卸売業者において自由に決定されるべき販売先の選択を制限している点に公正競争阻害性があるとした(審判審決昭和52・11・28審決集24・86)。 (b) 仲間(なかま)取引(横流し)の禁止・安売り業者への販売の禁止 製造業者が流通業者に対して、商品の横流しまたは転売をしないよう指示する場合(仲間取引の禁止)や、製造業者が卸売業者に対して、安売りを行う小売業者への販売を禁止する場合である。横流し禁止行為は、販売業者の取引先の選択を制限し、販売段階での競争制限に結びつきやすい。 エーザイ事件では、エーザイが小売業者に対し、エーザイの製品を他の流通業者に転売しないように要請し、ロット番号などで監視していたことが本12項に当たるとされた(勧告審決平成3・8・5審決集38・75)。 (c) 輸入総代理店契約 外国事業者とわが国の輸入業者との間で、わが国の輸入業者に、当該外国事業者の製品をわが国において一手に販売する権利を付与する契約である。 流通・取引慣行ガイドラインは、これらの取引先の制限によって当該商品の価格が維持されるおそれがある場合には違法となるとする。 ③ 販売地域の制限 メーカーが、流通業者と取引する際に、取引先卸売業者等の販売地域を制限すること(テリトリー制)である。 流通・取引慣行ガイドラインは、有力なメーカーが、販売地域の制限によって当該商品の価格が維持されるおそれがある場合には違法であるとする。 ④ 販売方法の制限 メーカーが、小売業者に対して、自己の商品の販売方法について制限を加える場合がある。 流通・取引慣行ガイドラインは、メーカーが、小売業者の販売方法に関する制限を手段として、小売業者の販売価格、競争品の取扱い、販売地域、取引先等について制限を加える場合、それによって上記②③のように価格が維持されるおそれがある場合などには違法であるとする。 資生堂東京販売事件・花王化粧品販売事件では、小売業者に対して、化粧品の対面販売またはカウンセリング販売を義務付け、これらに反する小売業者に対して出荷停止をしたことが問題となり、最高裁は、対面販売等の義務付けはそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ他の取引先にも同等の制限が課せられている限り、本項の不当な拘束には当たらないとした(最判平成10・12・18民集52・9・1866。最判平成10・12・18判時1664・14)。 (了)
《速報解説》 国税庁、マイナンバー取得時の本人確認手続に係る告示案を公表 ~税務手続に必要な確認書類が明らかに~ 仰星監査法人 公認会計士 岡田 健司 はじめに 国税庁は、平成26年12月3日付で、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律施行規則に基づく国税関係手続に係る個人番号利用事務実施者が適当と認める書類等を定める件(案)」(以下、「告示案」という)を公表し、現在意見募集を募っている(意見受付期限:平成26年12月16日)。 以下では、この告示案の概要について解説する。 1 本告示案の位置づけ 本告示案は、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(平成25年5月24日成立、平成25年5月31日公布、以下「法」という)の施行規則(平成26年内閣府・総務省令第3号、以下「規則」という)の規定による委任を受け、国税関係手続に係る個人番号利用事務実施者が適当と認める書類等を定めようとするものである。 国税庁が定め、国税手続を定めるものであることが、本告示案の位置づけを理解するうえでのポイントの1つである。 2 本告示案の概要 法第16条では本人確認の措置として、本人等から個人番号の提供を受ける都度本人確認を行うべきことを義務付け、その確認方法を規定している。 具体的には、個人番号及びその者が個人番号で識別される本人であることを確認する手段として、個人番号カードの提示を受けることを定めているが、その他の方法は省令によって定めることとされている。 本告示案は省令の規定を補完するものであり、国税手続における番号確認や本人確認の手続において、個人番号利用事務実施者である地方公共団体等が適当と認める書類等を定めようとするものである。 例えば、本人から直接個人番号の提供を受ける場合、原則的には個人番号カードの提示を受ける必要があり(法16)、その他の方法として運転免許証などにより本人確認を行う方法のほか、個人番号利用事務実施者である地方公共団体等が適当と認める書類によって本人確認を行うことも認めている(規則1、2)。 本告示案は、国税手続において個人番号利用事務実施者が適当と認める書類を定めるものであり、規則第1条についていえば、例えば、本人の写真のある身分証明書等として、学生証又は法人もしくは官公署が発行した身分証明書もしくは資格証明書がその書類の1つであることが規定されている。 なお、適用は法附則第1条第4号に掲げる施行の日から適用するとされていることから、平成28年1月となる予定である。 3 本告示案の読み方 別表の形式で、個人番号利用事務実施者が適当と認める書類が定められており、具体的には、 という構成となっている。 したがって、規則と対応させながら本告示案を確認する必要がある。 なお、上記のほか別表に従っていくつか例を挙げると、電話による本人確認手続には本人しか知り得ない事項を申告することとされているが(規則3④)、この「本人しか知り得ない事項」として、本人との取引や給付等を行う場合において使用している金融機関の口座番号(本人名義に限る)、証券番号、直近の取引年月日等の取引固有の情報等のうちの複数の事項の申告が必要とされている。 また、法定代理人以外の代理人から本人に代わって個人番号の提供を受けるときには、本人からの委任状(規則6①二)のほか、本人の署名及び押印並びに代理人の個人識別事項の記載及び押印があるものを用いてその代理権を確認することができるとしている(規則6①三)。なお、「個人識別事項」とは、通知カードに記載された氏名及び出生の年月日又は住所をいう(規則1①二)。 4 まとめ 本告示案による規則の補完により、国税手続における番号確認及び本人確認手続の方法が体系化されることになる。この方法には本人から番号提供を受け、直接本人の本人確認を行う場合だけでなく、本人の代理人から番号提供を受ける場合に、その代理権の確認並びに本人及びその代理人の本人確認を行う場合の方法を含んでいる。 そこで、例えば、弁護士や税理士が外部から委託を受けて本人確認の業務を行う場合には、規則及び本告示案によって規定される方法に則って行う必要がある点に留意が必要である。 (了)
《速報解説》 平成27年度税制改正大綱、12月30日に決定の模様 ~自民党圧勝で税調インナーメンバーに変更なければ年内に改正大綱を公表へ Profession Journal編集部 衆院選も終盤を迎えているが、政権の維持が見込まれる自民党の税制調査会による27年度税制改正大綱の決定は、予算編成を見据えた年明けの1月9日(金)が有力視されているが、年内の決定もあり得るとの見方が強まってきた。 弊誌の取材によると、選挙結果が出ていないながらも、自民党が引き続き政権を維持する可能性が大きく、また安定した政権運営が可能となるとの予測が出されており、選挙後の組閣及び党3役の選出もスムーズに行われると想定されることから、「いわゆるインナーのメンバーに変更がなければ」との条件付きで、年内の大綱公表への対応が可能としている。 具体的なスケジュールだが、選挙後の特別国会召集の前後に、4回程度の自民党税制調査会による審議を経て12月30日に平成27年度税制改正大綱を決定する方向で検討されている。 このように、改正大綱の取り纏めが短期間で可能となるのも、懸念材料であった消費税の複数税率の検討が先延ばしになったことが要因である。 上述のとおり、年内の大綱決定を可能とする前提は、総選挙の結果いかんによるわけだが、“想定外の結果”となった場合には、当初の予定どおり年明け1月9日の決定が見込まれる。 (了)
2014年12月4日(木)AM10:30、Profession Journal(プロフェッションジャーナル) No.97 が公開されました。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
monthly TAX views -No.23- 「消費再増税の延期は正しいのか」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 安倍総理は、7-9月のGDP速報値がマイナス1.6%(年率)になったことを受け、消費再増税を2017年4月に先送りし、衆議院を解散し総選挙に突入した。 解散の理由は、今解散することが党勢を保つぎりぎりのタイミングという政治論からであり、消費再増税延期とは必ずしも結び付かない。 筆者も、この「マイナス1.6%」という結果を見て、わが国経済が順調に回復していないことを改めて実感したが、18日(火)の記者会見を聞いていて、今回の再増税延期の判断をめぐる次の4つの問題点が頭に浮かんだ。 * * * 第1は、実質個人消費は伸びている(+0.4%)こと、在庫調整が進んでいることが成長率にとっては裏目になっている(-0.8%)ことなどから判断すると、経済が腰折れしているところまでは行っていないと言える。 そうである以上、社会保障・税一体改革として決まった消費再増税は延期すべきではないということである。 わが国の社会保障の半分は将来世代への借金で賄われている。加えて、年金などの社会保障は、勤労世代から負担を求めて高齢世代に給付するという構造になっている。これを、高齢者も含めた現役世代が負担するように改め、子育てなど勤労世代への支援にシフトさせていくことが社会保障・税一体改革の趣旨であり、これは継続して行う必要があるという理由からである。 * * * 第2は、経済が停滞した原因は、消費税率8%への引上げが最も大きいとしても、それ以外にも、アベノミクス「第1の矢(大胆な金融政策)」や「第2の矢(機動的な財政政策)」が、想定していたように飛んでいないという問題が生じている。加えて、アベノミクス第3の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」は、全くと言っていいほど実行されていない。 まずはこれらの問題解決に向けた努力をすべきである。 110円近くの円安になっても輸出の伸びはスローである。逆に輸入価格が上昇し、実質所得が減少し消費にマイナス効果が生じている。消費増税の影響を緩和するために公共事業を追加して需要面から支えようとしたが、資材や労働者不足で公共事業は思うように進んでいない。無理やり進めれば民間の建設事業に悪影響を及ぼすことになる。 このように当初の想定通り進まない原因は、「長年のデフレ」と「少子高齢化の進行」により、わが国の経済構造が大きく変化したことが挙げられる。 今必要なのは、それを是正する経済構造改革を成長戦略として行うことである。 税制の世界でいえば、女性労働力の活用と言いながら、女性就労をめぐる103万円や130万円の壁を形成している配偶者控除や年金制度改革には、全く手がつけられていないのが現状である。 * * * 第3に、われわれが考えておかなければならないのは、第1の矢の『出口』(異次元金融緩和を正常化する場面)である。 今回の消費再増税の先送りは、海外から見れば「財政再建を先送りした」と映る。経常収支の赤字が定着し、高齢化により国内貯蓄の取崩しが始まっている状況下での財政再建の先送りは、日銀がほぼ無制限に国債を買い上げている間は何とかなるが、必ずやってくる「出口」では、「日本売り」につながる大きなリスクが生じる。 消費再増税先送りは、短期的な景気には効果はあるが、そのリスク、負の面が今後じわりじわりと出てくると思われる。その意味で、目先の利益にとらわれ、計り知れないリスクを抱え込んだといえよう。 * * * 最後に、今回自・公で、2017年4月の消費税率10%引上げ時の軽減税率の導入を目指すことを公約にしたが、これは天下の愚策である。 改めてこの連載で論じたいが、これほど欧州諸国で問題となっている制度を導入することに、いったいどのような意味があるのか。 軽減税率が事業者や消費者に多大のコストをもたらすだけでなく、低所得者対策にはならないことは自明である。食料品を軽減税率にした場合、高所得者ほど多額の食料費支出となるため、その恩恵を受けるのは高所得者なのである。 16年のマイナンバー導入後は、世帯所得を把握することが可能になるのであるから、低所得者に基礎的な食料支出にかかる消費税額を還付する制度で対応すべきだ。 政治で税制が歪むのは、何としても避けたいものだ。 (了)
【施行前に再チェック】 相続財産に係る譲渡所得の課税の特例の見直し 【第1回】 「平成27年1月1日から適用される改正事項の確認」 税理士 齋藤 和助 1 はじめに 平成26年度税制改正により、相続財産に係る譲渡所得の課税特例(措法39)(以下「相続税の取得費加算の特例」という)について、現行では相続したすべての土地等に対応する相続税相当額が取得費に加算できるのに対し、改正後は譲渡した土地等に対応する相続税相当額だけが取得費に加算できることになる。 本稿は、本改正の施行が平成27年1月1日と目前に迫ってきたことから、【施行前に再チェック】として2回にわたり、改めて改正内容を確認し、施行前の注意点や対応方法をまとめてみた。 2 相続税の取得費加算の特例の計算方法の改正 (1) 改正前 相続又は遺贈により財産を取得した個人が、その相続の開始のあった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以降3年を経過する日までに、相続財産を譲渡した場合には、その納付すべき相続税額のうち、一定の金額を、その譲渡した資産の取得費に加算して、その譲渡所得の計算上、控除することができる(措法39①、措令25の16①)。 譲渡所得金額=譲渡収入金額-((取得費+取得費加算額)+譲渡費用等) この取得費に加算される相続税額は、「土地等の場合」と「土地等以外の場合」に区分され、それぞれ以下のようになる(措令25の16②)。 ① 譲渡資産が土地等の場合 ② 譲渡資産が土地等以外の場合 (2) 改正後 相続財産である土地等を譲渡した場合の特例について、当該土地等を譲渡した場合に譲渡所得の金額の計算上、取得費に加算する金額は、その者が相続したすべての土地等に対応する相続税相当額から、その譲渡した土地等に対応する相続税相当額とされる。 そのため基本的には、改正前の「土地等以外の場合」の計算式と同様になる(措法39①)。 (3) 適用時期 平成27年1月1日以後の相続等により取得した土地等を譲渡した場合に適用となる。 そのため、平成26年12月31日以前の相続等により取得した土地等を、平成27年1月1日以後に譲渡しても、改正前の適用が受けられる。 3 所得税の確定申告書の提出期限後に相続税額が確定した場合 (1) 改正前 措置法第39条第1項に規定する資産を譲渡した場合において、当該譲渡の日の属する年分の所得税の確定申告書を提出した後に相続税の申告書の提出期限が到来し、当該提出期限内に当該相続税の申告書の提出により相続税額が確定したため、納税者から同項の規定の適用方について申出があり、かつ、確定申告書に適用を受ける旨の記載や明細書の添付があった場合には、所轄税務署長の職権等により特例の規定を適用することができる(措通39-15)。 (2) 改正後 相続財産の譲渡に係る確定申告書の提出期限後に、当該相続財産の取得の基因となった相続に係る相続税額が確定した場合(相続税の期限内申告に限る)には、当該相続税の期限内申告書を提出した日の翌日から2月以内に限り、更正の請求により本特例の適用を受けることができる(措法39④)。 (3) 適用時期 平成27年1月1日以後に開始する相続又は遺贈により取得した資産を譲渡する場合について適用となる。 4 改正法令の明確化 本特例の改正により、以下の租税特別措置法関係通達での取扱いが法令に規定された。これらは取扱いの明確化なので、基本的に現行と同じ取扱いであり、実務上影響はない。 (1) 適用対象者 非上場株式等についての贈与税の納税猶予の適用を受けていた個人で、当該非上場株式等の贈与者の死亡によって当該非上場株式等を相続により取得した者とみなされるものが加えられた(措法70の7、70の7の3、措法39①)。 (2) 相続税額 ① 農地等について相続税の納税猶予を受ける場合の相続税額 農地等についての相続税の納税猶予等の規定の適用があった場合には、相続税の納税猶予適用後の相続税額(納税猶予額を含めた相続税額)とする(措法70の6、措法39⑥)。 ② 相続税の修正申告等により相続税額が異動した場合 修正申告等により相続税額が異動した場合は、修正申告後の相続税額とする(措令25の16①②)。 (3) 相続財産 ① 換地処分等により取得した資産を譲渡した場合 換地処分等により取得した資産を譲渡した場合においても、当該譲渡資産を適用対象となる相続財産に含める(措法39⑦)。 ② 資産の譲渡に含まれる不動産等の貸付け 対象となる相続財産の譲渡には、譲渡所得の基因となる不動産等の貸付けを含める(措法39①)。 ③ 同一年中に複数の相続財産の譲渡をした場合 譲渡所得の金額の計算上、取得費に加算する金額は、その譲渡をした資産ごとに計算する(措法39⑧)。 (4) 適用時期 平成27年1月1日以後に開始する相続又は遺贈により取得した資産を譲渡する場合について適用となる。 * * * 次回(12/11公開)は、施行前の注意点や対応方法を確認してみたい。 (了)
欠損金の繰越控除制度の見直しは何を意味するのか? 【第1回】 「事業年度単位課税の弊害と本制度の設立趣旨」 税理士 小谷 羊太 ▷はじめに 本稿では、平成27年度税制改正において「欠損金の繰越控除制度」に係る見直しが予定されていることから、あらためて本制度の意義と今後の改正の影響について、2回にわたり私見を交えつつ考えてみたい。今回は本制度の根本的な考え方について解説する。 まず、政府税制調査会が平成26年6月に公表した「法人税の改革について」によると、次のようなことが書かれている。 ▷事業年度単位課税の考え方 我が国の法人税の課税体系は、各事業年度の所得に対して法人税が課せられる。 「各事業年度の所得」とは、事業年度単位課税を原則としていることを意味する。 事業年度単位課税とは、事業年度を単位として課税する仕組みのことをいう。 つまり、1事業年度を1単位として、獲得した利益を期間で区切り、その区切り毎に税金を課する課税方式である。 本来、獲得した利益に対して課税する法人税は、その事業活動の結果によって獲得した利益に課税するべきであるが、課税期間を区切ることによって、次のような弊害が生じる。 例えば、1事業年度目の所得が100円あったとして、それに30%の税金が課せられた場合、30円の税金を支払うことになる。 そして、次の事業年度において200円の赤字となった場合には、利益はなかったのであるから当然に税金はかからないことになる。 さらにその翌事業年度、つまり3事業年度目の所得が100円あった場合には、事業年度を単位として課税されるのであるから、30円の税金を支払うことになる。 ここで3事業年度の獲得所得と法人税の関係を再考してみると、3回の各事業年度によって獲得した所得は100-200+100=0であるのに対し、支払った法人税は30+30=60となる。つまり、所得が通算して「0」であるにもかかわらず、「60」の納税をすることになるのである。 ▷担税力からみた問題 上記の例の場合、会社にあるお金の流れについて考察してみれば、1期目については100円の儲けがあったのであるから、その儲けのうち30円について、税金が徴収されることは理にかなっている。しかし、2期目に至っては、100円の儲けに対して30円の税金がすでに徴収されたのであるから、会社に残されているお金は70円(=100円-30円)となっている。そして200円の赤字となったため、70円-200円=△130円となり、債務超過の状態となっている。 次に、3期目は100円の所得が出たのであるから、△130円+100円=△30円となるため、この状態においても債務超過の現状を脱却したわけではないにもかかわらず、3期目は30円の税金の負担を強いられることになる。 事業年度単位課税の弊害がここにある。 「1事業年度を1単位として課税されている」ことを常識として捉えてはいけない。そして、「その1単位は1年である」という常識も当たり前であると考えてはいけない。つまり、こういった事業年度の1単位は、長ければ長いほど、納税時期を遅らせることができ、さらにはリスクを回避することができるのである。 しかし、法人税法の規定によれば、事業年度は1年以下の単位で決めなければならないことになっている。そのためほとんどの会社が1事業年度を1年の期間で定めている。 また、永続事業を前提としている企業の途中段階において、担税力がない状態であり、かつ、利益がない状態の会社から税金を徴収することは、租税上のモラルとして、国の不当利得ではないかという疑問も生じる。 調子の良い一時期にのみ焦点が当てられ税金を徴収するような、都合の良い仕組みのみなのであれば、一時的に儲かったからといって、うかうかと利益を計上し「社会に還元する」という税金の基本体系にも賛同する気になれないのが人の情というものである。 また、通常、会社を設立して1年で結果が出せる企業は珍しいのではないだろうか。ほとんどの小規模の会社のケースでは、1年目は大赤字であり、その後3年から5年の期間を経て、ようやく結果が出せるのではなかろうかと考える。 ▷欠損金の繰越控除制度の意義 事業年度を単位として課税をする仕組みは、それが常識と思われるものであっても、このように完全なものではない。 そこで、欠損金の繰越控除の制度が用意されている。 この制度は というものである。 つまり上記の例でいえば、2期目に生じた赤字の欠損金である△200円を翌期以降の所得金額の計算上、損金として認める制度である。 この制度が「青色申告の特典」として用意されていることにはいささかの疑問が生じるであろうが、優良な申告制度実現のために与えられる恩恵であるのと、実際に青色申告の要件である複式簿記による帳簿書類の作成をしているような会社でなければ適正な計算は難しいという実務上の姿を考慮すれば、『特典』という位置づけの制度としても納得のいく制度であると考える。 会社の担税力を考慮した場合には、税負担により債務超過となっている状態の会社から、事業年度単位課税がルールであるという理由で税金を徴収するのであれば、個人的には人としての薄情さを感じるが、この欠損金の繰越控除の制度が利用できるのであれば、過去の失敗をカバーしながら経常的に利益を獲得することができるまで国が一緒になって応援してくれているという、社会が一体となって助け合うという税金の徴収制度の根本的な心を垣間見ることのできる特典であるともいえる。 次回は現行制度における欠損金の繰越控除の要件やグローバル化を目指す税制改正の意味と懸念について考えてみたい。 (了)