〔しっかり身に付けたい!〕 はじめての相続税申告業務 【第15回】 「死亡保険金・死亡退職金」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 今回は、死亡保険金及び死亡退職金について考えることとする。 被相続人が受取人になっている死亡保険金及び死亡退職金は、基本的には、法律上相続財産には該当しない。したがって、法律上の相続財産には該当しないが、相続税の計算上は、みなし相続財産として、相続税の対象に含まれることとされている(相続税法3)。 このように、死亡保険金及び死亡退職金はともに相続税の対象となるのであるが、一定の金額までは相続税が非課税となることとされている(相続税法12)。 具体的には、以下の金額までは、相続税がかからないとされている(*1)。 〔死亡退職金〕 被相続人が企業オーナーでない場合には、基本的には死亡退職金を受領することはほとんどないと考えられる(企業オーナーでなく、会社員で死亡保険金を受領するケースの例としては、不慮の事故・病気などで若い年齢で他界した場合に、死亡保険金を受領するケースがある)(*3)。 ただし、個人事業主(一定規模以上の不動産賃貸事業者も含む)の場合に、小規模企業共済に加入しているケースがあり、共済契約者が他界した場合に支払われる共済金は、死亡退職金として、相続税の対象になるので留意が必要である。 小規模企業共済に加入しているか否かは、被相続人の過去の所得税確定申告書を確認し、小規模企業共済等掛金控除があるか否かをチェックすれば、基本的にはわかる(所得控除を失念している可能性もゼロではないので、預金通帳のチェックを行う際に、小規模企業共済への掛金支払がないか、同時にチェックを行う必要がある)。 〔死亡保険金〕 生命保険会社から支給されるものでも、死亡保険金に含まれるものと含まれないものがある。他界前の、入院日数に応じて支給される金額、手術に対して支給される金額などは、死亡によって支払われるものではないので、(他界時に未払いとなっていても)死亡退職金には含まれない(相続税基本通達3-7、これらのうち他界時に未払いのものは未収金として相続財産に含まれることになる)。死亡保険金は、あくまで死亡したことによって支払われるものに限定される。 ただし、保険契約に基づき分配を受ける剰余金、割戻しを受ける割戻金及び払戻しを受ける前納保険料の額で、保険契約に基づき保険金とともに保険契約に係る保険金受取人が取得するものは、死亡保険金に含むこととされている。 死亡保険金については、基本的には、相続後、相続人が受け取っていることが多いため、相続人に確認すれば、把握できると考えられる。ただし、何らかの事情で把握漏れとなる可能性もあり得るので、被相続人の所得税確定申告書(給与所得の源泉徴収票)の生命保険料控除の有無、預金通帳のチェックを行う際に、生命保険料の支払いの有無、支払先の生命保険会社名を、確認する必要がある。 (了)
居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第18問】 「転勤により空家とした後も継続して管理している場合」 -居住用財産の範囲- 税理士 大久保 昭佳 Q 会社員Xは、東京都杉並区にある家屋に居住し、新宿区の本社に通勤していましたが、5年前に神奈川県小田原市の営業所へ転勤となったことから、同市の社宅に家族と共に転居し、そこから営業所に通勤していました。 営業所勤務は2年間ほどで終わり本社へ戻るものと考えていたため、家財道具類も最少限度の移転にとどめ、戸締りはしたものの、月に一度はその杉並区の家屋に帰り、清掃等を行うほか寝泊りをすることもあり、他人に貸すということはしませんでした。 結局のところ営業所勤務が長くなったことなどから、小田原に新居を構えることとし、杉並区の家屋は売却しました。 この場合、「3,000万円特別控除(措法35)」の特例を受けることができるでしょうか? A 「3,000万円特別控除」の特例の適用を受けることはできない。 〈解説〉 居住の用に供さなくなった後も将来一定の時期に使用することを予定して、それ相応の事実支配、管理を行ったとしても、居住の用に供している家屋には該当しない。 したがって、居住の用に供さなくなった家屋を法定期限内(その居住の用に供されなくなった日以後3年を経過する日の属する年の12月31日まで)に譲渡していないことから、「特例」の適用を受けることはできないこととなる(措法35①)。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第11回】 「子会社支援のための無償取引⑦」 公認会計士 佐藤 信祐 第6回目から第10回目までは、無利息貸付け、低利貸付けに係る法人税法上の取扱いについて解説を行った。 第11回目以降においては、所得税法の判例である「平和事件」について分析し、法人税法と所得税法における無利息貸付けの考え方の違いを明らかにすることにより、法人税法第22条の収益認識、同法37条の寄附金についての考え方について考察する予定である。 6 平和事件 (1) 第1審・東京地裁平成9年4月25日判決(訟月44巻11号1952頁、判時1625号23頁、税資223号500頁) ① 判決の概要 第1審においては、所得税法第157条に規定する同族会社等の行為計算の否認を適用し、無利息貸付けによる利息相当分の雑所得を認定することについて、違法性がないものとして原告の請求を棄却した。 本判決は、法人税法第22条に相当する条文がないことや、所得税法第36条に規定する「収入」の意義が法人税法に規定する「収益」の意義と異なることから、同族会社等の行為計算の否認を適用せざるを得なかったという意味で、法人税法と所得税法の違いを感じる事件である。 なお、本事件においては、原告に訴えの利益があるか否か、国税不服審判所の手続きの瑕疵、所得税法第64条を適用又は類推適用する余地があるか否かなども争点となっているが、本稿においては、無利息貸付けに伴って認定利息を計上すべきか否かという点に限って解説を行うこととする。 ② 被告側(桐生税務署長)の主張 ③ 原告側(納税者)の主張 ④ 裁判所の判断 ⑤ 総括 このように、第1審判決では、被告の主張を全面的に認め、原告の主張は棄却された。 現在の実務においては、オーナーから同族会社に対して、無利息貸付けを行うということは頻繁に行われており、それほど大きな問題になることが少ないことを考えると、本事件は、かなり特殊な事案であると考えられる。 また、法人と異なり、経済合理性のみで行動するわけではない自然人において、このように厳しい対応がなされたという点は違和感が残るところである。それでもなお、法人税法における無利息貸付けとは異なる理屈で判決が行われているという点は注目に値する判決である。 次回以降では、控訴審判決、最高裁判決について触れたうえで、さらなる詳細な分析を行い、法人税法との違いについて明らかにする予定である。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載52〕 外国子会社合算税制に係る外国税額控除制度における 無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額の取扱い 税理士 郭 曙光 特定外国子会社等がその所得に対して外国法人税を課さない国又は地域(以下、「無税国」という)に所在する場合には、外国子会社合算税制に係る外国税額控除限度額の計算における特定外国子会社等に係る益金算入額の取扱いは、その特定外国子会社の本店所在地国以外の国で課税されるか否かによって異なる。 1 無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額の取扱い 内国法人が外国子会社合算税制の適用を受ける場合には、その内国法人に係る特定外国子会社等の所得に対して我が国で課税が行われるとともに、その特定外国子会社等の所在地国においても課税が行われ、同一の所得に対して二重に課税が行われることとなる。 このような二重課税を排除するために、外国子会社合算税制の適用を受けた場合にも、外国税額控除を受けることができるように措置されている(図表1参照)。 この外国子会社合算税制に係る外国税額控除制度においては、特定外国子会社等の所得に対して課される外国法人税の額のうち、内国法人の収益の額とみなして日本で合算課税される所得に対応する部分の金額をその内国法人が納付する「控除対象外国法人税の額」とみなして、外国税額控除制度(法法69)の規定を適用することとされている(措法66の7①)。 【図表1】 特定外国子会社等に係る二重課税及び排除 平成25年度税制改正前は、内国法人の所得の金額の計算上益金の額に算入された金額(益金算入額)は、外国税額控除制度における控除限度額の計算基礎である「国外所得」に含まれるが、無税国に本店等を有する特定外国子会社等に係る益金算入額は、「国外所得」に含まれないこととされていた(旧措令39の18⑨)。 しかし、特定外国子会社等の所得に対してその本店所在地国以外の国で課税されるものがある場合においても、その無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額を国外所得から除外するということになると、外国税額控除限度額が算出されず、二重課税が生ずることとなる。 このため、二重課税の排除を適切に行い、「非課税国外所得」の取扱いとの差異(注)を解消するという観点から、平成25年度税制改正において、この無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額の取扱いについて見直しが行われた。 すなわち、特定外国子会社等の所得に対して、その特定外国子会社の所在地国以外の国で課税される外国法人税の額がある場合は、無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額であっても、その全額を国外所得金額に含めることとされた(措令39の18⑨括弧書き(図表2参照))。 【図表2】 無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額の取扱い これにより、特定外国子会社等が無税国に所在していても、その所得のうちその本店所在地国以外の国で課税されるものがある場合には、その無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額の全額を国外所得金額として外国税額控除限度額を計算することになり、二重課税の排除が可能となった。 2 処理例 外国子会社合算税制に係る外国税額控除制度における「控除できる外国税額」及び「国外所得金額」の計算は、次の図表3のとおりである。 平成25年度税制改正により、本店所在地国以外の国で課税される外国法人税の額がある場合の無税国に所在する特定外国子会社等に係る益金算入額の全額が国外所得金額とされたわけだが、この改正は、国外所得金額と外国税額控除限度額の計算にどのような影響を与えたかについて、改めて計算例で比較してみよう。 図表4で分かるように、平成25年度税制改正前においては、特定外国子会社等の所得のうちに第三国で課税されたもの(50)があるにもかかわらず、無税国に所在する特定国子会社等に係る益金算入額の全額(150)が国外所得金額に含まれず、外国税額控除限度額が零となって二重課税(15)が生ずることとなっていた。 平成25年度税制改正後は、無税国に所在する特定外国子会社に係る益金算入額の全額(150)が国外所得金額とされるため、外国税額控除限度額が算出されて二重課税が排除できることとなる。 【図表4】 比較計算例 (注) 財務省の平成25年度改正関係参考資料(国際課税関係)の図を参考にして作成。 ところで、この改正は、第三国で課税された所得(50)のみならず、二重課税が生じていない無税国である本店所在地国で得た所得(100)までを国外所得金額に含めることとなる。 外国税額控除限度額については、我が国は一括限度方式を採用しているため、この非課税とされる国外所得(100)によって作られる控除枠が高率の外国法人税額の控除枠として流用されるという彼此流用の問題が生ずることとなる。 平成25年度税制改正の解説においては、この控除枠の彼此流用問題に関して何も触れていないが、二重課税の排除を優先した結果ではないかと推測される。 (了)
日本の会計について思う 【第2回】 「日本にも国家会計戦略を」 関西学院大学教授 平松 一夫 シンガポールの会計戦略 私は2010年11月、シンガポールが戦略的に開催した一連の会計関連の国際会議に出席する機会を得た。そのうちの一つとして開催されたシンガポール公認会計士協会の大会は、いま評判の巨大複合コンプレックス、マリナ・ベイ・サンズでの開催であった。 この会議にはシンガポールの会計士だけでなく外国からの招待客も多く参加していた。また、シンガポール国内からは政界、経済界、学界を含む各界から多くの参加者があった。 ここで驚いたのは、2020年までにシンガポールをアジア太平洋における会計ハブにすることが高らかに宣言されたことである。 シンガポールでは会計に関する検討結果を82ページからなる報告書として取りまとめ、2010年4月に公表している。この報告書の戦略的勧告に基づき、2010年8月に、会計士、職業会計士団体、学界からなるシンガポール会計評議会が設置された。 この評議会は、シンガポール公認会計士のブランド強化のために大学卒業後の資格プログラムを開発すること、企業評価・内部監査・リスク管理と税・CFO協会といった領域でセンター・オブ・エクセレンスを開発すること、会計サービス研究センターを開設すること、会計部門開発基金を設けること、専門的会計サービスに対する指導的中心地としての地位を高めること、シンガポール公認会計士協会を国際的な会員や地位をもつ組織に転換すること、などを目指している。 このように、シンガポールでは会計について極めて意欲的な戦略的取組みがなされている。しかもそれは机上の空論とは思えない。国際社会でシンガポールがこれまでに築いてきた地位に加えて、シンガポールの多くの人々は英語と中国語を自由に話すことができる。現在においてこれはかなりの強みである。 韓国・中国の会計戦略 韓国は「2020年韓国の会計先進化のビジョンと戦略」を公表し、国レベルで教育を含む会計改革に取り組んでいる。 すなわち、韓国では学会、会計士業界、規制当局が会計発展フォーラムを設け、IFRS教育プログラムを開発し、世界で十位以内の会計透明性を達成し、会計教育の新しいパラダイムを構築しようとしている。そこではコミュニケーションスキルと経営についての理解力を強調し、IFRS環境下で会計専門家を教育することを目指している。 注目されるのは、会計に関わるすべての機関が力を合わせて戦略を策定していることである。 中国の会計戦略も注目に値する。中国では2010年3月、財政部が会計業界における中長期人材養成計画を樹立した。その中で2020年までに下記を達成するという極めて意欲的な数値目標を示している。 (なお、中国の会計戦略についてのここでの記述は、2011年9月に熊本学園大学で開催された日本会計教育学会第3回全国大会林慶雲氏の報告「中国における会計教育の現状について」に基づいている) 求められるわが国の国家会計戦略 ひるがえってわが国はどうか。わが国では会計基準をめぐる方針でさえ、最近では2年に1度、目まぐるしく変わっており、国家会計戦略といえるものは存在しない。 私としては、グローバルに活躍でき人材を育成するには、会計に限ってもその制度を国際的に競争力のあるものにするような抜本的な改革が必要であると考える。 この際、省庁の垣根を越える組織(国家会計戦略本部)を総理大臣直轄の戦略部門として設置し、官庁だけでなく、産業界、会計士界・税理士界、学界その他の関係者が参画して長期的視点から国家会計戦略を樹立することを提案したい。 そして、そこで打ち出された大方針に基づき、金融庁、法務省、経済産業省、国税庁など関係省庁が齟齬をきたさない制度設計を図るのである。もちろん、会計基準の設定は企業会計基準委員会が一括してこれにあたるのがよい。産業界、会計士業界、大学等は、国家会計戦略本部の推奨に基づいて目標の明確な会計人材の育成に取り組むことになる。 日本が会計において諸外国からも尊敬される国になるには、こうした取組みが欠かせないと考えるのである。 (了)
過年度遡及会計基準の気になる実務Q&A 【第2回】 「決算期の変更」 公認会計士 阿部 光成 《解 説》 「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(以下「研究報告14号」という)に基づいて解説を行う。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 決算期の変更は会計方針の変更か 「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)が公表され、会計方針の変更に関する取扱いが規定されている。 過年度遡及会計基準では、会計方針の変更を行う場合、原則として、新たな会計方針を過去の期間のすべてに遡及適用することを規定している(過年度遡及会計基準6項)。 このため、決算期の変更が会計方針の変更として取り扱われるとした場合、過去の期間のすべてに遡及適用することになってしまう。 研究報告14号の「5.連結子会社の事業年度等の変更」では次のように述べており、決算期の変更は会計方針の変更に該当しないことから、決算期の変更が行われた場合でも、過去の期間に遡及適用する必要はない(Q5、Q6A(2))。 Ⅱ 決算日の変更に伴う会計処理 1 決算日の統一のタイミング 決算日の変更については、親会社の決算日変更と子会社の決算日変更がある。 前述のように、決算日の変更は会計方針の変更に該当しないが、四半期報告制度や次年度以降の比較情報の有用性等を考慮すると、会計方針の変更の取扱いに準じて、親会社の第1四半期決算から四半期連結決算日の統一を行うことが適当と考えられる(Q6A(1))。 Q6のA(1)なお書きでは「なお、いわゆる第4四半期において決算日の統一を行うやむを得ない場合もあると考えられる。」と述べられている。 どのような場合が「やむを得ない場合」に該当するかはケースバイケースと考えられるが、研究報告では「実施した会計処理の概要のほか、その理由も記載することが適当と考えられる。」と述べられているので、第1四半期から決算日を統一できず、いわゆる第4四半期から統一せざるを得ない理由について、財務諸表の利用者に対して合理的な説明ができるものである必要があると考えられる。 2 子会社の決算日の変更 子会社の決算日を変更し、15ヶ月の事業年度(X1年1月からX2年3月まで)として決算を行う場合、親会社の事業年度に係る期間(月数)は12ヶ月となり、決算日変更後の子会社の事業年度に係る期間(月数)は15ヶ月となる。 この場合、子会社のX1年1月からX1年3月までの損益については、利益剰余金で調整する方法と損益計算書を通して調整する方法の2つがある。なお、研究報告では親会社の決算日の変更についても取り扱っている。 研究報告は、利益剰余金で調整する方法と損益計算書を通して調整する方法を並列して記載している。 しかしながら、上記の例を前提にすると、X1年4月1日からX1年6月30日までの3ヶ月に係る親会社の業績と、同期間に係る子会社の業績を基礎にして四半期連結財務諸表を作成するほうが、親会社と子会社のいずれも3ヶ月間の業績が基礎になることから、第1四半期に関する業績を開示するという趣旨に照らして、利益剰余金で調整する方法がより適切と考えられる。 損益計算書を通して調整する方法では、X1年4月1日からX1年6月30日までの3ヶ月に係る親会社の業績と、X1年1月1日からX1年6月30日までの6ヶ月の子会社の業績を基礎にして四半期連結財務諸表を作成することになり、一時的に、第1四半期に関する業績のなかに、子会社の6ヶ月間の業績を含めて開示することになってしまう。 前述のように、研究報告は2つの方法を並列して取り扱っているが、所要の注記により、それぞれについて会計処理などの内容を説明することに注意が必要である。 (了)
林總の 管理会計[超]入門講座 【第20回】 「原価計算の具体例(その1)」 公認会計士 林 總 ケーキ屋の原価計算 活動別に時間を集計するABC (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第33回】 税効果会計② 「税効果会計の方法」 ─資産負債法と繰延法について 仰星監査法人 公認会計士 菅野 進 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 X1年3月31日(決算日) (*1) 棚卸資産評価損30×40%=12 (*2) (投資有価証券の時価150-簿価100)×40%=20 〈会計処理の解説〉 前回の解説では、企業会計と税務の相違は会計上の収益又は費用と税務上の益金又は損金の期間帰属の相違に着目して解説しましたが、厳密にいうと税効果会計は、企業会計上の資産又は負債と税務上の資産又は負債の相違に対して適用します。 税効果会計の方法には「繰延法」と「資産負債法」とがあります。 上記の会計処理は「資産負債法」を採用していることによります。 「繰延法」とは、企業会計上の収益又は費用の金額と税務上の益金又は損金の額に相違がある場合、その相違項目のうち、損益の期間帰属に基づく差異(期間差異)について税効果会計を適用する方法です。 一方、「資産負債法」とは、企業会計上の資産又は負債の金額と税務上の資産又は負債の金額との間に差異があり、会計上の資産又は負債が将来回収又は決済されるなどによりこの差異が解消される時に、税金を減額又は増額させる効果がある場合に税効果会計を適用する方法です。 棚卸資産評価損30について繰延法と資産負債法で比較すると、企業会計と税務の差異の捉え方は異なりますが、差異の金額は同じです(図1)。 〈図1〉 しかし、ご質問のその他有価証券評価差額金50について繰延法と資産負債法で比較すると、資産負債法の場合には差異50が生じますが、繰延法の場合には生じません(図2)。 〈図2〉 このように繰延法と資産負債法では、企業会計と税務の差異の捉え方が異なっています。税効果会計は「資産負債法」により、企業会計と税務との差異を捉えることとなります。 なお、繰延法で捉える差異を「期間差異」といい、資産負債法で捉える差異を「一時差異」といいます。 それでは、税効果会計における一時差異にはどのようなものがあるのでしょうか。 次回は「税効果会計における一時差異 ~一時差異の類型」について解説します。 (了)
人的側面から見た「事業承継」のポイント 【第2回】 「事業承継対策に立ちはだかる問題」 社会保険労務士法人スマイング 代表社員 特定社会保険労務士 成澤 紀美 1 はじめに 日本の中小企業にとって、今や大きな問題となっているのが、事業承継問題である。 例えば、中小企業庁が実施したアンケート結果によると、事業を後継者に承継させるに当たって、何らかの障害があると認識している経営者は、全体で4割強に上っている。 後継者の確保をはじめとする事業承継の問題が、多くの中小企業経営者にとっての悩みの種となっていることがお分かりいただけるだろう。 その背景には、中小企業経営者の平均年齢の上昇がある。 我が国全体の平均年齢が高齢化している中、経営者の平均年齢も60歳に手が届きつつあるにもかかわらず、多くの企業経営者が、後継者を見つけ、又は育てるのに苦労しているというのが現状であろう。 2 中小企業の多くは「同族会社」であるという実態 日本では、中小企業のほとんどが同族会社であるとされている。 多数の中小企業における「所有と経営の一致」は、事業承継問題の結論を決める根本的なポイントであり、現実にも、同族会社の後継者が、創業者一族と無関係に決まるケースは多くはない。 その理由として、 こと等が挙げられる。 このような企業と家業が密接にリンクしている企業体では、株式が同族の中で保持されており、所有と経営が一致しているのが通常である。 したがって、経営者の存命中は、資本政策上の問題はほとんどないが、経営者が死去し、相続が発生する際に問題が顕在化するケースがある。 というのも、後継者としての地位は親族のうちの一人の者に専属させることができたとしても、後継者に相続・移転させる株式については、均分相続や遺留分などの他の相続人が有する民法上の権利により、相当程度の制約を受け、分散させざるを得ない場合が出てくるからである。 会社の資本政策としては、後継者の目から見て、誰に株式をどのくらい持たせるのか、最大の株主が死去した後の方策を検討すべきところ、多くの場合にはこの親族内の相続によって大きな制約を受けざるを得ない。 決定権者であり、仲裁者でもある先代経営者の死と、親族内での株式分散という事態が加わり、経営方針等に端を発した親族内での争いが激化するというようなケースは、珍しいことではないのである。 3 積極的に取り組む「きっかけ」や「動機」が欠けている 事業承継問題がこれだけ大きな問題であるにもかかわらず、多くの中小企業では、事業承継に向けた計画的準備がなされていないというのもまた事実である。 例えば、東京商工リサーチの事業承継に係る事前の取組みに関する調査結果において、「特別なことはしなかった」とする回答の割合が全体の3割強を占めており、中には、事業承継に関する特段の問題が存在しなかったために対策をとらなかったという恵まれたケースもある。 これらの背景には、少なくとも自分(現経営者)が元気なうちには発生しないという事業承継問題の特殊性があると考えられる。 目の前に発生している問題であればともかく、将来に発生する「可能性のある」問題に対して、対策を講ずることというのは、如何なる組織、如何なる個人であろうとも、前向きになりにくいものである。 自分が困る問題ではなく、残された家族・会社が困る問題だから、対策をとらないなどと考える人は少ないだろうが、やはり目の前にある今日の問題をこなしていくことに精一杯となれば、遠い将来の話と思われがちで、かつ、目に見えた利益を即座に生むわけでもないこの問題については、対処が後回しになってしまうのも、当然かもしれない。 中には、会社内及び家庭内での影響力の低下を嫌って、事業承継の方針及びこれに伴う家庭内の財産分配の方針の策定を、できるだけ先延ばしにしようとするケースもあるようで、どの側面から見ても、現経営者が事業承継問題に積極的に取り組むだけのきっかけや動機が欠如していると考えるしかないようである。 4 周りから言い出しにくい 現経営者が自発的に取り組むということが難しい以上に、周囲からその取組みを促すことを期待しにくいことが、より問題を難しくしている。 前述のような同族会社であれば、事業承継という場合によっては「社長の死」を想起させるような話題を家族内で正面から取り上げて議論するということは憚られるであるし、議論することによって新たなトラブルが生じる場合すらあり得る。 これが血のつながらない他人であれば尚更であり、一般的には従業員から切り出せるような類の話ではない。 また、会社の外部にいる金融機関などの債権者も、積極的に事業承継計画の策定を求めるといったことはあまりなく、企業経営者等からの相談があればそれに応ずるといった受身的対応にとどまっている例が多いと考えられる。 このように、周囲から経営者に対して、この問題に本格的に取り組むべしという要請がかかるということは少ないというのが現状なのである。 ◆ ◆ ◆ 次回は、事業承継計画と後継者教育についてお伝えしたい。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第8回】 「契約に関する法律知識(その4)」 弁護士 矢野 千秋 1 約定解除 「約定解除」とは、契約当事者があらかじめ解除権留保の合意をし、この特約によって解除の効力が生ずる場合をいう。 ① 当事者の明示的合意によるもの 継続的契約中などに定める即時解除条項などが具体例であり、これは相手方の資力信用に問題が発生した場合に備えて契約の解除権を留保する条項である。 ② 法律によって解除権が留保されたもの 手付の授受(民法557条)、不動産の買戻し特約(民法579条)などがある。 2 法定解除の作用 債務不履行に対する債権者の救済手段として がある。 ①現実的履行の強制とは、例えば売買契約の目的物たる土地などを裁判に掛けてでも引き渡させるような場合を指す。また、②のように単に債務不履行を理由として、つまり契約を解除せずに損害賠償請求をすることができる。さらに③のように契約を解除して、損害があれば損害賠償請求をすることも可能である。 解除をしてもしなくても損害賠償請求ができるのであれば、あえて解除までして損害賠償請求を認める実益は、例えば買主が代金を支払わず、売買目的物を引き取ろうともしない場合、売主は契約を解除し、目的物引渡し義務を免れた上で、他に売却し、それでも償われない損害を買主に請求するような場合にある。 3 約定解除の作用 ① 当事者の明示的合意による場合 法定解除権の発生要件を軽減したり(履行遅滞があれば催告不要との特約など)、その効果を明らかにするもの(損害賠償額の明記)などがある。 ② 法律上解除権留保とされる場合 解約手付がある。契約が履行される前に再考の機会を与えるもので、相手方が履行に着手する前であれば解除が可能である。ただし、手付流し、手付倍返し(前回の1(3)参照)。 不動産の買戻し特約は、契約履行後に契約以前の状態に復帰する可能性を残すもので、後日、同一目的物を買い戻せるよう、解除権留保の形式をとる。 4 合意解除(解除契約) 契約の効力発生後に、契約当事者が、解除権の有無を問わず、契約を解消して契約がなかったのと同一の状態を作出することを内容としてなす新たな契約(合意)をいう。契約当事者の紛争や膠着状態を解決するためになされる場合が多く、この場合は示談的要素をもつ。 契約を将来に向かって解消する合意をすることも可能である(合意解約)。 5 告知(解約) 「解除」が契約当事者の一方的意思表示により、契約が初めから存在しなかったものとすることをいうのに対し、継続的債権関係(賃貸借、雇用、委託など)において、契約当事者の一方的意思表示によって、契約の効力を将来に向かって消滅させることをいう。「解約告知」ともいわれ、遡及効をもつ解除と区別される。 6 消費者との契約における説明のポイント 消費者契約法は事業者と消費者間の契約(消費者契約という)に適用される。すなわち、事業者と消費者の情報、交渉力などには大きな差があり、機械的に平等に扱ったのでは、かえって不公平になる。 そこで消費者は、以下の場合に申込又は承諾の意思表示を取り消せるものとした(結局は契約が取り消されたことになる)。消費者保護の一般法である。 ① 誤認類型 消費者契約の締結の勧誘に際し、 事業者が、契約上の重要事項について不実告知(事業者が真実でないことを知っている必要はない)をし、消費者が当該告げられた内容が事実であると誤認し、または 事業者が、契約の目的となるものに関する将来の見込みについて断定的判断(将来不確実なものを確実であると誤解させるような判断の提供)を提供し、消費者が当該断定的判断の内容が確実であると誤認し、または 事業者が、ある重要事項又は関連する事項について消費者の利益となる旨を告げ、かつ当該重要事項につき消費者の不利益となる事実(利益告知により不利益事実は存在しないと通常消費者が考えるもの)を故意に告げなかったことにより、消費者が当該事実は存在しないと誤認して 契約を締結した場合である。 ② 困惑類型 消費者契約の締結の勧誘に際し、消費者がその住居または就業場所から事業者に退去するよう求めたにもかかわらず、これらの場所から退去しないこと、または 事業者が勧誘している場所から消費者が退去したいと求めたにもかかわらず、消費者を退去させないこと、 により消費者が困惑したことによって消費者契約を締結した場合である。 ③ 重要事項 「重要事項」とは、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容、対価、その他の取引条件をいう。 7 その他の形式 (1) 別紙 別紙は、本文に書くと本文が長くなって分かりにくくなるとか、目録形式の方が使いやすいような場合に使われるが、契約書と一体をなすものであり、当然契約内容の一部になるものである。「物件目録」「作業目録」「作業工程」「価格表」等がある。 (2) 表紙と裏表紙 表紙をどうするかであるが、付けても付けなくても構わない。ただし付けるのであれば表紙に契約のタイトル、日付、当事者名(押印はしない。法人なら法人名のみ)は書いておくべきである。表紙をめくらなくても4Wが分かり、契約書をピックアップできる場合が多いからである。 裏表紙も付けても付けなくても構わない。付ける場合は白紙のもので、何も記載しないのが普通である。 特に裏表紙も付けたとき、ステイプラーでの綴目の部分を袋状に糊付けし(袋綴じという)、袋と裏表紙に掛けて1ヶ所押印すれば後述の契印を各ページにしたことになる。大きめの文房具屋であれば、この袋綴じ用の袋に当たる「製本テープ」という商品を販売している。 (3) 契印 契約書が2枚以上になったとき、ステイプラーで左側2ヶ所を綴じる。そして契約書を本を開いたような状態にして、左ページと右ページをまたいで綴目に契印をすることが多い。これは必須というわけではないが、重要な契約の場合、各ページが一連のものとしてその順番に綴られていることを示すために押されることが多い。したがって全ページに押さねばならない(なお、前記袋綴じ参照)。これによりページの抜取り、差替えが防止できる。 契印は全当事者が押す必要はなく、一方の当事者だけの契印でも構わないのであるが、綴目に沿って縦に並んで全当事者が押すのが通常である。押す位置は綴目の上部でも中央部でも下部でも構わない。押す順番は契約書の調印欄に押した順番で契印も上から下へと並べるのが通常である。 (4) 収入印紙 その契約書が印紙税法上の課税文書に当たるときは、契約書1ページ目の表題の左横に収入印紙を貼らねばならない。印紙税額は契約金額に応じて累進課税になっていることが多いので、「印紙税額一覧表」などを参考にして該当税額の印紙を貼る。印紙は、契約書原本を2通以上作成した場合は作成した全契約書に貼らねばならない。なお、契約書のコピーに印紙は不要であるが、コピーに署名や押印したりすると原本扱いとなり課税されることになる。印紙を貼らなくても契約の効力には無関係であるが、税務署の調査が入って貼っていないのが発見されると、故意過失を問わず不足額の3倍の懈怠税が課されることになる。 次に、貼付した印紙には消印を押さねばならない。通常、契約書作成に用いた印鑑で、印紙と契約書にまたがって消印を押す。これも全当事者が押すのが実務では一般的である。消印を忘れると、貼ってある印紙税額分の懈怠税が課されることになる。 (5) 作成通数 契約書は、当事者数分の通数を作成するのが通常である。記名押印等された、つまり朱肉が付いているものを「原本」、それをコピーしたものを「写し」という。原本に比べると写しは若干証明力が落ちるので、当事者数分原本を作成することが多い。しかし前述したように印紙税が課されるような場合には節税の意味で、原本は1通、写しを1通などにする場合もある。 また、契約当事者以外に立会人などが記名押印したような場合は、立会人分は写しで済ませるのが通常である。 (6) 文章の訂正 契約書の文章中に誤りがあれば作成しなおすのがベストであるが、調印してから誤りが発見された場合など、後日の訂正が必要になることがある。この場合には訂正する箇所を二重線で消し、正しい文章を消した箇所の上部に書き込み、契約書の左の余白に当事者全員が押印して、「何字削除」、「何字加入」と書き込む。これに備えて、全当事者が前もって捨印を押しておくことも多い。 また、二重線で消して正しい文章を書き込んだ訂正箇所に上から全員が押印しても構わない。 (7) 原本、謄本、抄本、正本、副本 ① 原本とは 「原本」とは、最初に確定的に思想を表現するものとして作成された文書をいう。捺印した文書であれば、朱肉の付いているもののことである。 文書の持つ証明力は、最も強い。 ② 謄本とは 「謄本」とは、原本の内容を完全に写したものをいう。そのうち、公証権限を有する者(公証人、登記官等)が原本と同一である旨を記載した認証謄本が重要である。登記簿謄本や戸籍謄本がこれに当たる。 したがって登記簿謄本は、登記部分は謄本であり、認証部分は原本に当たる複合文書である。このように認証部分である原本を複合させることにより変造を防いでいる。原本のコピーを繰り返すことにより、内容を痕跡が残らぬように改ざんするなどの変造を企てれば、認証部分の原本の印影部分が黒色に変わってしまうからである。 ちなみに認証謄本は、私人がなす場合もある。例えば、株主総会議事録は本店に原本を備え置き、支店に代表取締役が認証した謄本を備え置くなどである。 ③ 抄本とは 「抄本」とは、原本の一部を、当該部分と原本全体との関係を明らかにして抜粋した謄本をいう。要は証明に必要な部分のみを抜粋した一部謄本のことである。戸籍抄本などがこれに当たる。 ④ 正本・副本とは 「正本(副本)」とは、原本に代えて原本と同じ効力を持たせるために、公証権限を有する者が法定の場合に作成する謄本の一種をいう。 原本が1通しかないと、例えば証拠として裁判所に提出する際などに困ることになる。そこで謄本を2通作成し、それを原本と照合した上で、その後は謄本をもって原本と同様の効果(同一の証明力)を認める工夫である。 ちなみに、単なる謄本では、原本より証明力が落ちる。先述のように原本のコピーを繰り返すことにより、内容を痕跡が残らぬように改ざんすることも謄本の場合には可能だからである。 (了)