カウンターで2人連れの若い女客が傍若無人に喋り続けている。この店で若い女は珍らしい。2席空けて上森くんがバーボンを飲んでいるが迷惑そうな顔ではない。上森くんもジャズが好きなわけではない。 時計を見れば10時半、たぶん今夜の客はこの3人だけだろう。 「マスター、この店はいつからやってるんですか」と女客のひとりから定番の質問をされた。だれも音楽など聴いていない。この場は会話に切り替えて滞留時間を延ばした方がよさそうだ。 バーでは話し方にもマナーがある。私はゆったりとしたスピードと静かな声量で、彼女たちに身を持って示さなければならない。 会話に男は結果を求め、女は会話を楽しむことが目的らしい。深い話は避けて、たのしげな浅い話題を選ばねばならない。いつものように店に関することを自虐的に話せばいいだろう。あとは無難な質問でいい。 相手の質問に応え、「会社が近いんですか」「入るのに勇気が必要だったでしょ」などと定番の質問をこちらからもして、女客とはだいぶ打ち解けた。 グラスを見ればふたりとも空いている。でもおかわりはしない。 「休日はなにをしてるんですか」 今までと同じような毒のない質問をもうひとつ並べた。 「ほとんど家のことで潰れちゃいますけど、たまにテニスかな」「わたしもたまに」 よし、と思い上森くんを見ると彼もこちらを見ている。 「上森くん、テニスやってたよね」 「ええ、軟式ですけどインハイにも出ました」 「えー、すごいですね」「すごーい」 3人はテニスの話で盛り上がっている。これでもっと飲んでくれれば文句はない。 しばらく放っておいたがどうもつまらない。話し声も大きくなってきてうるさい。それでも女客のおかわりはない。そうだ、あの話をしてもらおう。 「上森くん、上森くんの『あの話』してよ」 「あ、はい」と今までの勢いで上森くんはとてもドラマチッックに語った。 上森くんが話し終えると、途中で小さな悲鳴をあげていた女性たちは、ほっとしたような、おあいそのような表情で笑った。 「じゃあ、そろそろ」「そうね、失礼しましょうか」と一杯ずつふたり別々に勘定をして帰った。 上森くんの『あの話』とはこんな話だ。 上森くんの出身地、奈良の山奥の村は今でも土葬だ。日本では3ヶ所だけだそうだ。 死ぬと棺は本人の孫たちが「お山」まで担いでいたが今は専用の軽トラが村にある。 「お山」は山全体が墓地で墓石はない。墓穴は深さ約2メートルで縁者が掘る。 上森くんも掘ったことがある。 ふたりで交代で掘るのだが、相棒である年長者はすぐに疲れたと言って、ほとんど上森くんが掘っていた。途中でなんだか土が柔らかくて掘り易いと思っていたら、白っぽい木の破片が出てきた。先住者がいたのだ。 亡くなった年齢によって高年齢になるほど頂上に近い場所に埋葬される。最近は医療のおかげでだいたい同じぐらいの年齢で亡くなるので、困ったことに一部の埋葬地ばかりに集中してしまうのだ。 私は上森くんが女性にこの話をして退かれた経験が何度もあるのを知っていた。 気がつけば上森くんは高いバーボンを4杯も飲んでいた。 「どうしたら女にモテるんでしょうね」、「いつも『いい人だけど』で終わっちゃうんです」などとこぼしながら、このあともう2杯飲んで終電を心配しながら出ていった。 上森くんは人がいい。 (了)
《速報解説》 連結財務諸表規則等の改正(IFRS任意適用要件の緩和)の解説 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成25年10月28日、金融庁は、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」等を公表した。 これにより、平成25年8月26日に公開していた「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等が確定することになる。 内閣府令等の公表に際して、「『連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)』等に対するパブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方」(以下「金融庁の考え方」という)が公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 連結財務諸表規則等関係 IFRSの任意適用要件が緩和され、IFRSの任意適用が可能な会社(特定会社)の要件についてIFRSに基づいて作成する連結財務諸表の適正性を確保する取組・体制整備とされている。現行の上場企業及び国際的な財務活動・事業活動の要件については撤廃された。 2 新たに上場する会社が有価証券届出書等に組み込む連結財務諸表の開示(比較情報の取扱い) 今回の改正により、新たに上場する会社が有価証券届出書等に組み込む連結財務諸表の開示(比較情報の取扱い)についてコメントが寄せられている。 現在、新たに上場する会社が有価証券届出書等に組み込む連結財務諸表を作成する場合、当該連結財務諸表には比較情報(連結財務諸表規則第8条の3)を含めず、前連結会計年度に係る連結財務諸表と当連結会計年度に係る連結財務諸表をそれぞれ単年度の連結財務諸表のみを作成することとされている(連結財務諸表規則附則第2項及び第3項)。 一方、国際財務報告基準においては、連結財務諸表の作成に当たり比較情報の作成は必須とされており(国際財務報告基準第1号「国際財務報告基準の初度適用」第21項又は国際会計基準第1号「財務諸表の表示」第38A項)、単年度ベースの連結財務諸表の作成は基準上、認められていない。 このため、新たに上場する会社が有価証券届出書に記載する連結財務諸表を国際財務報告基準で作成する場合、比較情報の取扱いはどのようになるのかという疑問がある。 これについて、「金融庁の考え方」は次のように述べているので注意が必要である。 このほか、「金融庁の考え方」では、有価証券届出書等における「主要な経営指標等の推移」について、IFRSプロフォーマ数値での記載ができるかどうかについても述べている。 3 適用時期等 公布の日(平成25年10月28日)から施行する。 (了)
〈平成25年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第1回】 「給与所得控除の上限設定」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 はじめに 今年も年末調整の準備を行う時期となった。 本連載では、平成25年分の年末調整事務に関係する税制改正の内容及び年末調整に関して質問を受けることが多い事項等について解説することとする。 税制改正事項のうち、平成25年分の年末調整事務に関係するものは、下記の2つである。 第1回目は、上記の税制改正事項のうち、今年から適用される「給与所得控除の上限設定」について取り上げる。 〈平成25年分給与所得・退職所得に対する源泉徴収簿(一部抜粋)〉 (国税庁ホームページより) 1 給与所得控除とは 給与所得の金額は、給与等の収入金額から給与所得控除額を差し引いて求められる(所法28②)。 給与所得控除の制度趣旨は、「勤務費用の概算控除」と「他の所得との負担調整のための特別控除」にあるとされており、給与所得控除額は、給与等の収入金額に応じて一定の計算式により算出する。 2 改正の内容 改正前の給与所得控除は、給与等の収入金額に応じて控除額が増える仕組みとなっており、その金額に上限はなかった。 給与所得者全体を平均すると、適用されている給与所得控除額は給与等の収入金額の30%程度となっている。このことについて、従来から実際の勤務費用に比べて高い水準にあるのではないか、また主要各国との比較においても高い水準になっているとの指摘があった。また、給与所得者が大半を占めるわが国の現状においては、「他の所得との負担調整」を行う必要性が薄らいでいるとの指摘もある。 そこで、平成24年度の税制改正により、給与等の収入金額が1,500万円を超える場合には、給与所得控除額を一律245万円とすることになった(所法28③六)。 この改正は、平成25年分以後の所得税について適用される。 年末調整の対象者は、特別な場合を除き、年末まで在籍している甲欄適用者のうち給与等の収入金額が2,000万円以下の者である。 したがって、「給与所得控除の上限設定」は、今年の年末調整事務に影響を及ぼす。 〈給与所得控除額の計算式〉 *赤字が今回の改正部分である。 当該改正に伴い、平成25年分の「給与所得の源泉徴収税額表(月額表、日額表)」及び「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」も変更されており、すでに月次の給与や賞与については、新たな表を適用した上で所得税及び復興特別所得税の源泉徴収が行われている。 年末調整の手続においては、上記〈給与所得控除額の計算式〉に基づいて給与所得控除額を計算するのではなく、給与等の収入金額を、別表第5「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表(第28条、第190条関係)」に当てはめ、給与所得控除後の給与等の金額を直接求める方法が用いられている。 この別表第5も、源泉徴収時に使用する表と同じ趣旨で改正されているので、平成25年分の年末調整については、改正後の表を適用するよう確認されたい。 〈別表5「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表(第28条、第190条関係)」(九)(改正部分のみ抜粋)〉 *赤字が今回の改正部分である。 【平成24年度分以前】 【平成25年度分以後】 3 計算例と改正の影響 今回の改正は、給与等の収入金額が1,500万円超の者に対してのみ影響があり、給与等の収入金額が1,500万円以下の者については昨年までの取扱いと変わりはない。 改正前と改正後を比較すると、給与所得控除額が260万円から245万円へ15万円(=(1,800-1,500)×5%)減少し、税額計算の基礎となる給与所得控除後の給与等の金額が同額(15万円)増加している。 参考までに、算出所得税額(源泉徴収簿「年末調整」⑲欄)に対する改正の影響額を示すと、次のとおりとなる。 〈算出所得税額に対する改正の影響〉 *所得控除額を330万円と仮定、算出所得税額には復興特別所得税は含まれていない。 (了)
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第8回】 「武富士事件(その2)」 ~東京高裁判決と最高裁判決~ 国士舘大学法学部教授・法学博士 酒井 克彦 1 判決の要旨 (1) 〔第一審〕東京地裁平成19年5月23日判決・・・X勝訴 東京地裁は、Xは3年半ほどの本件滞在期間中、香港に住居を設け、同期間中の約65%に相当する日数、香港に滞在して起臥寝食する一方、国内には約26%に相当する日数しか滞在していなかったのであるから、本件贈与日において、Xが日本国内に住所すなわち生活の本拠を有していたと認定することは困難であるとして、Xの請求を認容した。 (2) 〔控訴審〕東京高裁平成20年1月23日判決・・・X敗訴 東京高裁は、「Xは、本件滞在期間以前は、本件杉並居宅に亡B、Cらとともに居住し、本件杉並居宅を生活の本拠としていたものである。」とし、次のように認定した上で、Xの請求を棄却した。 そして、これらを考え合わせた上で、次のように国内に住所があったと判示した。 (3) 〔上告審〕最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決・・・X勝訴 最高裁は、次のように国内に住所はなかったと判示し、Xの請求を認容した。 2 検討 このように、武富士事件は、第一審、控訴審、上告審と、判断が二転三転した事例である。 同じ事実認定の下でもこれだけ判断が揺れ動くところに、住所の認定の難しさが垣間見えるといえよう。 注目したいのは、東京高裁が、 としており、最高裁が、 としているところである。 一見すると住所概念の理解については、ほぼ一致した見解のようにみえる。なぜなら、両裁判所ともに、相続税法上の「住所」は「生活の本拠」を指すものとするのが相当であるとしているからである。 しかしながら、前述のとおり、両裁判所の判断は分かれたのである。そこで、東京高裁と最高裁における判断の相違点を理解するために、各裁判所の認定事実と判断を整理すると、次表のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 このようにみると、東京高裁と最高裁の判断の最も重要な相違点は、①Xの「居住意思」を重視すべきか否か(東京高裁:重視すべき、最高裁:重視すべきでない)、②客観的判断基準の要素として滞在日数の多寡を考慮すべきか否か、すなわち、滞在日数は「租税回避の意図」によって操作し得るため、これを否定すべきか否か(東京高裁:滞在日数の多寡は考慮すべきでない、最高裁:これを考慮すべきである)、の2点にあるといえよう。 (続く)
民法900条4号前段但書に係る最高裁決定を受けた 国税庁情報の確認と実務上の留意点 税理士 齋藤 和助 1 はじめに 国税庁情報「相続税法における民法第900条第4号ただし書前段の取扱いについて(平成25年9月4日付最高裁判所の決定を受けた対応)」について、本誌9月30日公開の《速報解説》で取り上げ、その概要を解説した。 その内容は、違憲判断のあった平成25年9月5日以後に相続税額が確定する場合は、「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1」とする民法第900条第4号但書前段(以下「嫡出に関する規定」という)がないものとして民法第900条第4号の規定を適用した相続分に基づいて相続税額を計算し、平成25年9月4日以前に相続税額が確定している場合は、従前通り嫡出に関する規定を適用した相続分に基づいて相続税額を計算するというものであった。 【嫡出子と非嫡出子の法定相続分】 (注1) 平成13年7月以後に開始された相続に限る。 (注2) 財産の申告漏れ、評価誤りなどに係る部分は「嫡出子1:非嫡出子1」。 本稿では、これを以下の3つに区分し、その内容の詳解と実務における留意点について検証した。 2 平成25年9月4日以前に相続税額が確定している場合 (1) 取扱いの確認 「相続税額が確定した日」とは、通常、相続税申告の日又は更正・決定等の処分があった日である。 違憲決定では、嫡出に関する規定について 旨の判示がなされている。 この「確定的なものとなった法律関係」とは、相続税額の確定を意味する。 したがって、平成25年9月4日以前に相続税額が確定している場合には、従前通り嫡出に関する規定を適用した相続分に基づいて相続税額を計算するため、嫡出に関する規定がないものとした相続分に基づいて相続税額を計算することによって、相続税額が減額する場合でも、そのことのみでは、更正の請求の事由には該当しない。 ただし、9月4日以前に申告をしていても、これから法定申告期限が到来する申告については、期限内に申告書を出し直すことによって、嫡出に関する規定がないものとして相続税の総額を計算することができる。 (2) 実務上の留意点 この区分における実務上の留意点は、相続税額が減額する場合でも、そのことのみでは、更正の請求の事由には該当しない。つまり確定分に関しては更正の請求はできないという点につきる。 3 平成25年9月4日以前に申告をし、9月5日以後に相続税額が異動する場合 (1) 取扱いの確認 9月4日以前に相続税法第55条(未分割遺産に対する課税)の規定に基づき相続税額を計算し、相続税の申告をした場合で、遺産分割協議の確定により、9月5日以後に相続税法第32条第1項に基づく更正の請求や、相続税法第31条に基づく修正申告をした場合には、更正の請求や修正申告は、新たな相続税額の確定に該当するため、嫡出に関する規定がないものとして相続税額を計算する。 また、9月4日以前に相続税の申告や処分で相続税額が確定していても、財産の申告漏れや評価誤りなどの理由により、9月5日以後に、国税通則法第23条に基づく更正の請求や国税通則法第19条に基づく修正申告をした場合も、9月5日以後に改めて相続税額を確定させることになるため、嫡出に関する規定がないものとして相続税額を計算する。 すなわち、9月4日以前に分割確定、更正の請求、税務調査等があっても、相続税額の確定行為である申告、更正、決定等が9月5日以後に行われた場合には、嫡出に関する規定がないものとして相続税額を計算する。 (2) 実務上の留意点 この区分における実務上の留意点は、遺産分割をめぐって係争中の案件がある場合には、非嫡出子の相続分が従前の2倍になること、したがって、遺留分も従前の2倍になること、非嫡出子の相続税の負担額が増加することをあらかじめ伝えておくことである。 これにより、まとまりかけていた分割協議もふりだしに戻るかもしれない。しかし、これは相続税の申告業務を受任した税理士の責務である。 4 平成25年9月5日以後に相続税額が確定する場合 (1) 取扱いの確認 9月5日以後に相続税の申告をする場合は、嫡出に関する規定がないものとした相続分に基づいて相続税額を計算する。 極端な例を挙げれば、法定申告期限が9月4日以前であっても、9月5日以後に期限後申告をした場合も上記と同様である。 なお、9月5日以後に、現行民法に基づき、嫡出に関する規定を適用して申告をしている場合には、9月5日以後に相続税額が確定しているため、最高裁の違憲決定の影響を受ける。 したがって、嫡出に関する規定を適用しないで相続税額が減額する場合には、そのことのみで、更正の請求をすることができる。 (2) 実務上の留意点 この区分における実務上の留意点は、遺言や相続税対策の見直しである。上記3に記載したように、非嫡出子の相続分が従前の2倍になり、遺留分も従前の2倍になる。 従前の相続分を念頭に生前贈与を実行している場合や、遺言を準備している場合には、非嫡出子の相続分の増加により、遺留分の侵害がないかどうかを改めて確認しておく必要がある。 また、いわゆる事業承継税制において、遺留分に関する民法の特例の適用を受けている場合には、非嫡出子の遺留分増加による影響を検証しておくことも必要である。 5 おわりに 相続税の計算において、基礎控除の算定に係る相続人の人数の考え方に嫡出子、非嫡出子の区別はない。したがって、今回の違憲決定により嫡出子と非嫡出子の相続分が同等になっても、非嫡出子の相続税の負担が増加するだけで、相続税の総額に対する影響は少ない。 このことを念頭に置けば、今回の違憲決定のポイントは推定相続人間の財産分割の見直しにつきることになる。 すなわち、非嫡出子の相続分を嫡出子と同等に考え、今まで行ってきた贈与、遺言、事業承継等の生前対策を見直すことである。 しかし、我々税理士が助言できるのは、あくまでも非嫡出子の存在が明らかな場合である。非嫡出子の存在が明らかでない(非嫡出子の認知は遺言で行うことが可能である)場合には、今回の違憲決定により、今まで以上に遺産分割が困難になることが想定される。 したがって、心当たりのある父親はこれを機に、必要に応じた争族対策を講じておくべきである。 (了)
居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第3問】 「土地家屋の共有者と異なる「居住用財産の特例」の適用」 税理士 大久保 昭佳 Q X及びYは、居住用の家屋とその土地を共有しています。 このほど、同物件の全部を譲渡しました。 この場合、Xについて「3,000万円特別控除(措法35)」の適用を受け、Yについて「買換えの特例(措法36の2)」の適用を受けることができるでしょうか? A 適用を受けることができる。 〈解説〉 それぞれの譲渡者について、それぞれ独立して適用要件を満たすかどうかの判定をすればよいこととされている。 したがって、本事例のようにX、Yの各共有者が異なる「特例」を選択しても、その適用関係には全く問題がない。 (了)
経理担当者のための ベーシック税務Q&A 【第7回】 「企業の海外活動と税金(その1)」 ―海外進出する際に検討しておきたいこと― 仰星税理士法人 公認会計士・税理士 村松 昌信 1 現地事業体のタイプの選定 現地事業体をどのようなタイプの事業体とするかによって、その事業体に直接投資するグループ会社は、その所在国での課税関係だけではなく、現地での課税関係も生じます。 【支店又はパススルー事業体の場合】 現地事業体が支店又はパススルー事業体の場合には、現地事業体が稼得した事業所得に対して所在国と現地国との両国で課税されるという「二重課税」の問題が生じます。 通常、法人税のある国であれば、国外源泉所得免税方式又は外国税額控除方式によって二重課税が排除されるようになっています。ちなみに、日本の法人税法では、海外支店の事業所得に対する二重課税は外国税額控除方式で排除されるようになっています。 また、現地事業体で損失が生じた場合には、グループ会社の所在国が国外所得免税方式を採用していなければ、その損失を所在国の他の所得から控除することができます。 なお、複数のグループ会社による共同投資とするため、又は、グループ会社と現地の第三者の事業パートナーとの共同投資のために現地事業体としてパススルー事業体を選定する際には、当該グループ会社の所在国の税法上、そのパススルー事業体を法人とみなす場合がありますので注意する必要があります。 【現地法人の場合】 現地事業体として現地法人を選択した場合には、株主であるグループ会社が現地法人から配当金を受け取らないかぎり、二重課税(配当金に対する現地国での源泉税課税と所在国での法人税課税)の問題は生じませんが、現地法人で生じた損失は株主であるグループ会社の所得と相殺することはできません。 ちなみに、日本の法人税法では、25%以上を所有する外国子会社からの配当金の95%が非課税となります。 これは「外国子会社受取配当金益金不算入制度」と呼ばれる制度で、二重課税の排除方式としては国外源泉所得免税方式によるものです。 2 現地事業体に直接投資するグループ会社の選定 日本と現地国との間に租税条約がない場合、又は、租税条約がある場合でも他のグループ会社の所在国と現地国との間の租税条約の方が有利な規定を置いている場合には、現地での事業活動の効率性に支障をきたさない範囲で、他のグループ会社から投資することも検討する価値があると思います。 ちなみに、2013年9月末現在で、日本は70ヶ国・地域との間で包括的な租税条約を締結しています。 一般的に、租税条約の規定は、一方の締約国の居住者(法人又は個人)が稼得する他方の締約国を源泉とする所得の所得源泉地国での課税について国内法よりも有利な取扱いとなっています。ただし、最近、新たに締結している租税条約や改定を行っている租税条約には、その恩典を締約国の適格居住者のみに限定するという、LOB(Limitation of Benefit)条項を置くことが多いため、外国に所在する他のグループ会社から投資する場合には、当該他のグループ会社が現地国との租税条約において適格居住者として取り扱われるか否かを事前に確認しておく必要があります。 また、租税条約には、通常、二重課税を排除するための相互協議規定があるので、一方の締約国で移転価格課税を受けた時でも、異議申立て、審査請求、行政訴訟等の国内法に基づく救済手段の他に、租税条約による救済手段も申立てることができます。 ◆ ◆ ◆ 次回(10/31公開)は、上記Answerのうち3から5について説明したいと思います。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第4回】 「グループ法人税制と 子会社支援税制との関連」 公認会計士 佐藤 信祐 平成22年度税制改正によりグループ法人税制が導入され、完全支配関係のある法人間における寄附金については、寄附を行った法人においては損金の額に算入されず、寄附を受けた法人については益金の額に算入されないことになった。 これに対し、子会社支援税制については、法人税基本通達9-4-1、9-4-2に該当したものについては、寄附金に該当しないものとして、損金の額に算入することができることから、グループ法人税制と子会社支援税制についてはそれぞれ関連性の強いものである。 本稿においては、グループ法人税制と子会社支援税制がどのように関連しているのかについて解説を行う。 1 グループ法人税制の概要 平成22年度税制改正により、グループ法人税制が導入され、そのひとつとして、受贈益の益金不算入が定められた。 具体的には、法人による完全支配関係がある場合には、贈与を受けた法人において発生した受贈益についてはその全額について益金の額に算入されず(法法25の2①)、贈与を行った法人において発生した寄附金についてはその全額について損金の額に算入されないこととなった(法法37②)。 なお、「法人による完全支配関係に限る。」としていることから、「個人による完全支配関係」のみがある場合には、受贈益の益金不算入の規定を適用することはできないという点に留意が必要である。 また、この制度が設けられた理由としては、『平成22年度版改正税法のすべて』(財団法人大蔵財務協会)206頁において、 と解説されている。 2 子会社支援税制との関連 子会社支援税制については、法人税基本通達9-4-1、9-4-2に該当した場合には、寄附金に該当させず、損金の額に算入することを認めている税制である。 すなわち、グループ法人税制との関連についても、法人税基本通達9-4-1、9-4-2に該当した場合には、贈与を行った法人において寄附金が発生しないことから、贈与を受けた法人において発生した受贈益については、受贈益の益金不算入を適用させる必要がなく、益金の額に算入すべきであると整理することができ、法人税法25条の2第1項においても、法人税法37条の規定により、寄附金の損金不算入の適用を受けた金額に対応するものに限ることが明らかにされている。 この点につき、『平成22年度版改正税法のすべて』(財団法人大蔵財務協会)209頁において、 と解説されている。 すなわち、法人税基本通達9-4-1、9-4-2の要件を満たす場合には、贈与を受けた法人において発生した受贈益について益金の額に算入する必要があるという結論になり、法人税基本通達4-2-5においては、そのことが明らかにされている。 3 寄附修正事由と住民税均等割、事業税資本割に与える影響 グループ法人税制においては寄附修正事由が定められており、具体的には、完全支配関係のある子会社において、受贈益の益金不算入、寄附金の損金不算入の適用を受けた場合には、当該子会社の株式を保有している内国法人における帳簿価額を加算又は減算させるという制度である(法令119の3⑥、119の4①、9①七)。 すなわち、P社がA社及びB社の発行済株式のすべてを保有している場合において、A社からB社に対して、100百万円の贈与を行った場合には、A社において100百万円の寄附金が発生し、B社において100百万円の受贈益が発生することから、P社が有するA社株式の帳簿価額を100百万円減算させ、B社株式の帳簿価額を100百万円加算させることになる。 具体的な仕訳は以下の通りである。 【A社株式に係る仕訳】 【B社株式に係る仕訳】 このような制度が設けられた趣旨としては、『平成22年度版改正税法のすべて』(財団法人大蔵財務協会)208頁において、 と解説されている。 なお、このような制度が設けられたことと、完全支配関係のある内国法人の残余財産が確定した場合には、株式譲渡損益に相当する金額について、資本金等の額として処理されてしまうことになったため(法法61の2⑯、法令8①十九)、以下のように、資本金等の額の変動による住民税均等割、事業税資本割への影響が生じることがある。なお、以下においては、子会社に対する債権放棄額が900百万円であり、もともとの子会社株式の帳簿価額が100百万円であると仮定している。 【寄附金についての仕訳】 【子会社整理についての仕訳】 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【21】 〔第5章〕法令用語 (その7) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 6 「係る」「関する」「関係する」 (① 係る) ※前回参照 ② 関する 次に、「関する」であるが、これは、この法令用語の前後で結び付けられる2つの事柄の密接度が「係る」よりも緩く、ある事柄を中心にそれと密接な関係を有する周辺のものも包含する表現である。 その意味は、大体「ついての」とほぼ同じで、ある事柄そのものを中心とし、その関係が直接的でない事柄や、漠然とした関係である事柄を含んでいる。 したがって「関する」は、「係る」のように関係代名詞的に用いられることはない。 例えば、国税通則法第4条には とある。 この「国税に関する法律」には、所得税法、法人税法等の税法のみならず、国税犯則取締法や「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律」などの税法の周辺の法律をも含まれる。 このように「関する」は、周辺事項を含む表現であるため、その周辺事項としてどこまでが含まれるのかという点が問題となる。 この範囲は、その条文の趣旨・目的から解釈する必要があり、例えば、「国税に関する法律」には、国税通則法の目的(同法1条)から、「税理士法」や「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」などは含まれないと解されている。 また同じく国税通則法の第74条の12第1項には とある。 このなかの「所得税に関する調査」には、所得税そのものの調査だけでなく、所得税について税務官庁が一定の処分をする権限が与えられているものについての調査も含まれている。 したがって、納税地の指定、予定納税額の減額承認申請、青色申告書の提出の承認などの調査をする場合にも、この規定を適用して帳簿書類などの調査をすることができる。 ③ 関係する 原則として、「関係する」は、当該の事項そのものは含まないが、当該事項との関わりが相当程度あるものを指す場合に用いられる。 例えば国税通則法第34条6第3項には とある。 同じく国税通則法第97条第1項には とある。 この「関係者」及び「関係人」には「本人」は含まないが、ある特定事項に関係するその周辺の人々を意味する。 また「関係先」といった場合は、「当事者」は含まないで、ある特定事項に関係する相手方を意味することになる。 ただし、例外もある。 先ほどの国税通則法第74条の12の第6項及び第7項には とある。 この「政府関係機関」には、政府そのものすなわち内閣とその下にある国家機関と、その各省庁の監督を受けて国家政策を国と一体となって遂行している法人とを含むと解されている。したがってこの場合には、「本人」を含んだ使い方となっている。 また国税通則法第74条の13には とある。 これは質問検査権の行使にあたり、この身分証明書の携帯を義務付け、請求があればこの提示を義務付けたものであるが、この身分証明書の提示を請求できる者に「本人」が含まれるのは当然であるから、この場合は、「本人」を含んだ使い方となっている。 また、先ほどの国税通則法第34条の6第3項に続く第4項には とある。 この国税通則法第34条の6は、納付受託者の帳簿保存等の義務を定めたものであり、第3項は納付受託者の事務所への立入調査等について定めたものである。そして第4項はその調査に際して、身分証明書の携帯を義務付け、請求があればこの提示を義務付けたものであるが、上記同様、身分証明書の提示を請求できる者に「本人」が含まれるのは当然であるから、この場合も「本人」を含んだ使い方となっている。 なおこのように「関係人」と「関係者」が出ているが、この「人」と「者」は、原則、異なる意味をもって使われている。 「者」は、権利の主体である自然人、法人その他の団体で法律上の人格を有する者を表す場合に用いられる。もっとも人格を有する者とみなされたもの(例えば「人格なき社団」)もこの「者」に含まれる。 これに対して「人」は、自然人を示す場合に用いられている。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載41〕 雇用者給与等支給額が増加した場合の 法人税額の特別控除制度(所得拡大促進税制)の疑問点 (前編) 税理士 長谷川 敏也 Q 給与等支給額を増加させた場合におけるその増加額の一定割合の税額控除を可能とする制度(所得拡大促進税制)が創設されましたが、以下の2点はどのようになりますか。 また、申告書別表の記入はどのようになるのでしょうか。事例を示してください。 (1) 給与等支給額に出向者受入れに伴う分担金や、海外赴任者のいわゆる留守宅手当が含まれますか。 (2) 当期に新設した法人ですが、全額が増加額としてカウントできるのでしょうか。 A (1) 出向先法人が出向元法人へ出向者に係る給与負担金の額を支出する場合において、当該出向先法人の国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に当該出向者を記載しているときには、当該給与負担金の額は、「国内雇用者に対する給与等の支給額」に含まれる。また留守宅手当は国内雇用者ではないので除かれる。 (2) 新設法人の場合には、基準事業年度等がないので、最も古い事業年度等である設立の日を含む事業年度を基準となる事業年度とした上で、その設立の日を含む事業年度の給与等支給額の70%相当額を基準雇用者給与等支給額とすることとされている。これにより、新設法人が国内雇用者に給与等を支給する場合には、必ず、この制度の適用ができるということになる。 解 説 (1) 制度の概要 この制度は、法人の平成25年4月1日から平成28年3月31日までの間に開始する各事業年度において次の3要件を満たすときは、その雇用者給与等支給増加額の10%相当額の税額控除ができるというものである(措法42の12の4)。 この制度を適用できる法人は、青色申告書を提出する法人とされ、適用に当たり資本金の額の多寡等の要件はない(措法42の12の4①)。 なお、平成25年10月1日に取りまとめられた与党税制改正大綱では、個人の所得水準の改善を通じた消費喚起をさらに推進するため、この所得拡大促進税制の拡充が提案されている。具体的には次の見直しを行った上、適用期限を2年間延長することとされている。 (2) 国内雇用者に対する給与等支給額 ① 国内雇用者 法人の使用人のうち、その法人の国内の事業所に勤務する雇用者をいい、具体的には、国内に所在する事業所について作成された労働基準法に規定する賃金台帳に記載された者とされている(措法42の12の4②一、措令27の12の4②)。 労働基準法上、賃金台帳には、日々雇い入れられる者も記載することとされているので、日々雇い入れられる者も国内雇用者に該当することとなる。 また、出向先が海外にあるため出向元法人が支給するいわゆる留守宅手当の額は、当該出向者が「その法人の国内の事業所に勤務する雇用者」ではないので除かれる。 なお、法人の使用人に限られているので、当然に役員は対象外であり、実質的に役員と同一の者と考えるべき者として、役員と特殊の関係のある次の者は除かれている(措法42の12の4②一、措令27の12の4①)。 また、使用人兼務役員は、使用人としての職務を有する役員であるが、その使用人としての部分を含め、対象から除かれているので留意が必要である。 ② 給与等 所得税法第28条第1項に規定する給与等をいうこととされている(措法42の12の4②二)ので、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与をいうこととなる。 ③ 出向者の取扱い 「平成25年度税制改正の解説」(財務省,435頁)によれば、次の通り記載されている。 また、租税特別措置法関係通達においては次の通り規定されている。 この租税特別措置法関係通達42の12の4-3(出向先法人が支出する給与負担金)では、「当該出向先法人の国内に所在する事業所につき作成された労働基準法第108条に規定する賃金台帳に当該出向者を記載しているとき」とあり、労働基準法及び同施行規則では次の通り規定されている。 上記のように賃金台帳に関する定めにおいて、出向者を除外する旨の定めは設けられていない。 出向とは、「出向元事業主との間に雇用契約関係があるだけではなく、出向元事業主と出向先事業主との間の出向契約により、出向労働者を出向先事業主に雇用させることを約して行われている出向元事業主及び出向先事業主双方との間に雇用契約関係がある、すなわち、出向先事業主と労働者との間の雇用契約関係は通常の雇用契約関係とは異なる独特のもの」(「労働者派遣事業関係業務取扱要領(平成23年4月)」(厚生労働省職業安定局))である。 すなわち、出向については出向元、出向先の両法人で賃金台帳を作成することになると考えられる。賃金負担割合は関係ないため、出向者の給与の負担割合が出向元2割出向先8割などといった双方が負担しているという状況だけではなく、出向先が全額負担している(出向元負担なし)という状況であったとしても出向元、出向先ともに賃金台帳を作成しなければならず、賃金台帳に当該出向者を記載しているときには、当該給与負担金の額は、措置法第42条の12の4第2項第3号から第5号までの「国内雇用者に対する給与等の支給額」に含まれることとなる。 また、上記通達42の12の4-3では、「出向先法人が出向元法人へ出向者に係る給与負担金の額を支出する場合において、・・・当該給与負担金の額は、措置法第42条の12の4第2項第3号から第5号までの「国内雇用者に対する給与等の支給額」に含まれる。」としている。 この「給与負担金の額」に関しては、特に通達の本文上は定義等が設けられていないが、法人税基本通達9-2-45(出向先法人が支出する給与負担金)の解説(逐条解説)の最後の文章に「その経営指導料等の内容を給与相当部分、福利厚生部分等に区分したうえで本通達の取扱いが適用されることになる」とあることから、実質的に給与相当部分が対象となる、と解される。実費精算という形で行われている場合には給与等の部分が対象となる。なお、「福利厚生部分等」は「給与負担金の額」には該当しないが、損金にならないということではない。 「出向者給与負担金」が、実費精算という形で行われている場合には給与等の部分を把握することは可能であるが、所得税法上の給与等以外の法定福利費の事業主負担分や退職給付費用等が加算されている場合に、その給与等金額を抜き出すことが、出向元法人から開示されない等の理由から合理的にできない場合がある。 その場合には「出向者給与負担金」の総額を賃金台帳に記載して、当該金額を給与等支給額とせざるを得ないと考えられる。 (次号(後編)へ続く)