社長からの無理難題の
断り方・かわし方

海外赴任と納税管理人
Question
【遭遇率 ★★☆☆☆】
息子が海外赴任することになったんだけどさ、向こうに住むんだから日本の税金なんてもう関係ないよね?
手続きとか面倒だし、何もしなくていいでしょ?
Answer
ちょっと待ってください、放置すると重加算税のリスクもありますよ!
息子さんが日本国内に不動産を持っていたり、賃貸収入があったりする場合、非居住者になっても確定申告は必要なんです。無申告で放置すると、本税に加えて無申告加算税、さらに悪質と判断されれば重加算税が課される可能性もありますよ!
それに、納税管理人を選任しないと税務署からの通知も受け取れませんから、知らないうちに大変なことになりかねません。出国前にきちんと手続きしておかないと、後で息子さんが困ることになりますよ!
《確認すべき事項》
・非居住者の該当性
⇨ 海外への赴任期間は1年以上の予定であるか。
・国内源泉所得の有無
⇨ 非居住者は、国内源泉所得のみ課税。
居住者は、全ての所得(国内源泉所得+国外源泉所得)に課税。
⇨ 国内源泉所得のうち、総合課税に係る所得があるか(不動産所得、譲渡所得等)。
・国外転出時課税制度の適用
⇨ 国外転出時に1億円以上の有価証券等を有しているか。
* * 解 説 * *
1 事実関係の把握
社長へのヒアリングと現状確認により、以下の事実が確認されました。
【息子さんの状況】
- 日本国内に住所を有している。
- 赴任先はシンガポールで、現地法人での勤務となる。
- 海外赴任の期間は3年間の予定である。
- 日本では従業員として勤務している。
- 家族もシンガポールへ帯同する。
- 日本の出国日は9月10日を予定している。
【息子さんの資産状況】
- 日本国内に自宅マンション ⇒ 海外赴任後は、会社へ社宅として賃借する予定である。
- 海外赴任後の給与は、現地法人から支給される給与と日本で支給される給与(留守宅手当)がある。
- 証券会社でNISA口座、iDeCo口座を所有している。
- 国内の銀行口座は引き続き保有する予定である。
【手続きの状況】
- 納税管理人の選任は特に検討していない。
2 法的論点の整理
(1) 居住者と非居住者の定義と課税範囲(所法2、5、7)
所得税法において、納税義務者は「居住者」と「非居住者」に区分され、それぞれ課税範囲が異なります。
| 区分 | 定義 | 課税範囲 | |
|---|---|---|---|
| 居住者 | 永住者 | 国内に「住所」を有し、又は現在まで引き続いて1年以上「居所」を有する個人 | 全ての所得 (国内源泉所得 + 国外源泉所得) |
| 非永住者 | 日本の国籍を有さず、かつ過去10年以内に日本国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年以下の個人 | 国外源泉所得以外の所得及び国外源泉所得で国内において支払われたもの又は国外から送金されたもの | |
| 非居住者 | 居住者以外の個人 | 国内源泉所得 | |
【海外勤務者の区分】
① 海外での勤務期間が契約等であらかじめ1年未満と定められている場合を除き、海外で継続して1年以上居住するものと判断されます。(非居住者に区分されます。)
② 非居住者は国内源泉所得について所得税を納める義務があります。
(2) 非居住者の国内源泉所得に係る課税(所法161、164)
非居住者は、国内源泉所得についてのみ日本で課税されます。国内源泉所得には、総合課税に係るものと源泉分離課税に係るものがあります。
非居住者は、日本国内で発生した所得(国内源泉所得)のうち、総合課税に係る所得を有する場合に確定申告が必要になります。
① 総合課税に係る所得
総合課税とは、確定申告により、他の所得と合算して税金を計算する制度です。
【具体例】
イ 海外在住で、日本に不動産を所有しており、その不動産から家賃収入を得ていたり、不動産を売却したりして所得が発生した場合
ロ 海外在住で、日本国内にて特定の株式を売却した場合
② 源泉分離課税に係る所得
源泉分離課税とは、他の所得とは関係なく、所得を受け取るときに一定の税額が源泉徴収され、それで全ての納税が完結する制度です(確定申告することはできません)。
【具体例】
イ 給与、賞与、人的役務提供の報酬
国内において行う勤務、人的役務の提供に基因するもの
(※1) 役員報酬
内国法人の役員が非居住者の場合、内国法人から支払われる役員報酬はすべて国内源泉所得に該当します。ただし、内国法人の役員であっても、国外で内国法人の使用人等として常時勤務している場合(取締役X国支店長、取締役Y国工場長など使用人兼務役員)は、内国法人から支払われる役員報酬は、一般の使用人が勤務した場合と同様に国外源泉所得となります。
(※2) 留守宅手当
海外勤務が国外源泉所得に該当する場合、留守宅手当も国外源泉所得とみなされ、源泉徴収の対象外となります。
ロ 公的年金等、退職手当等
(3) 納税管理人の選任
① 納税管理人とは(通法117)
納税管理人とは、納税者に代わって国税や地方税に関する申告・納付・書類受領などを行う人をいいます。特に、日本国内に住所や事業所を持たない個人や法人が、課税関係を円滑に行うために設置される制度です。
【主な役割】
イ 税務署等からの通知の受領
納税者に代わって、税務署・自治体からの書類を受け取ります。
ロ 申告・届出・申請の提出
所得税、法人税、消費税などの申告書や各種届出を代理提出できます。
ハ 納付・還付の受領
税金の納付や還付金の受領を行います。
② 納税管理人の選任方法
イ 納税者が自ら選定します(親族・友人・税理士など)。
ロ 所轄税務署長や市区町村長に「納税管理人の届出書」を提出して承認を得ます。
ハ 特に資格制限はなく、日本に住所を有していれば誰でもなれますが、実務上は税理士や信頼できる親族に依頼するケースが多くみられます。
【留意点】
- 申告書を作成できるのは、納税者本人もしくは税理士のみです。
- 納税管理人は、原則、税務署へ申告書等を直接持参もしくは郵送で提出します(納税管理人が税理士の場合、e-Taxを利用し代理送信ができます)。
- 納税管理人は、納税義務者の代理人であり、納税義務を負うものではなく、滞納処分等は納税者本人に対して行われます。
③ 納税管理人の届出書
【提出手続き】
国税:「納税管理人の選任届出書」 ⇒ 所轄税務署に提出
提出方法: 持参・郵送・e-Tax(電子申請可)
地方税:市区町村や都道府県ごとに様式あり(「納税管理人申告書」等の名称)
住民税・固定資産税:市区町村役場へ提出
(※) 1月1日時点で日本国内に居住していた場合は、住民税の納税義務が発生します。固定資産税も居住者、非居住者問わず、1月1日時点での不動産所有者に課税されます。
④ 納税管理人による確定申告
イ 納付の場合
⇒ 届出をした振替口座(納税者本人の国内口座)から指定日に引落し
ロ 還付の場合
⇒ 受取口座(納税者本人の国内口座)に還付金が振り込まれる
★ 国外転出時までに「納税管理人の届出書」を提出した場合は、確定申告期限内に申告を行うことで、振替納税を継続して利用することができます。
★ 還付金はあくまで本人に帰属するものであり、納税管理人は、還付申告書の提出や手続きを代行できますが、還付金そのものは「納税者本人の口座」か「納税管理人の口座」に振り込むかを選べます。
ただし、納税者本人の口座は、日本国内の金融機関口座であることが必要です。
納税者本人の国内口座がない場合には、納付の場合、納税管理人が納付書で納付します。また、還付の場合、納税管理人の口座へ還付金が還付されます。
後日、納税者本人と納税管理人間で精算します。
(4) 国外転出時課税制度(所法60の2)
保有する株式等の時価や未決済デリバティブ取引等の含み損益の合計額が1億円以上の居住者が、日本国内に5年を超えて住所または居所を有していた場合に国外転出する際、保有する有価証券等を譲渡したものとみなして含み益に課税される制度です。
① 納税管理人の届出による違い
イ 納税管理人の届出を行った場合
国外転出時点の有価証券等の価額を基に譲渡収益を計算し、国外転出した年の翌年3月15日までに確定申告と納税を行います。
ロ 納税管理人の届出を行わなかった場合
国外転出予定日の3か月前時点の有価証券等の価額を基に譲渡収益を計算し、国外転出の時点までに確定申告と納税を行う必要があります。
② 納税猶予制度
国外転出時までに納税管理人の届出を行い、確定申告書に納税猶予を受ける旨を記載し、明細書等を添付して一定の担保を提供することで、国外転出の日から5年4か月間(申請により10年4か月間)納税が猶予されます。
納税猶予期間中の手続き:
毎年3月15日までに、前年度末時点の有価証券等に関する「継続適用届出書」の提出が義務付けられています。期限内に提出しないと、納税猶予期間が終了し、納税が必要となるため注意が必要です。
納税猶予期間満了後の手続き:
納税猶予期間が満了すると、納付すべき譲渡所得税に加えて利子税を納付する必要があります。猶予期間中に有価証券等を譲渡した場合は、その譲渡部分に対応する税額を譲渡等を行った日から4か月以内に納付しなければなりません。
3 本件事例への当てはめ
(1) 非居住者の該当性
海外への赴任期間が3年間を予定しており、出国日の翌日(9月11日)から非居住者となります。
(2) 国内源泉所得の有無
海外へ赴任後に国外での勤務に対して支払われる給与は、国外源泉所得に該当します。
日本で支払われる留守宅手当も従業員の勤務が現地国で行われているため、国外源泉所得とみなされます。
一方で、自宅マンションを賃借することは、不動産所得となり、国内源泉所得のうち、総合課税に係る所得となります。
したがって、日本国内で発生した所得(国内源泉所得)のうち、総合課税に係る所得を有するため、確定申告が必要になります。
(3) 納税管理人の選任
非居住者が確定申告を行う場合、自分で現地からe-Taxによる電子申告ができないため、日本で納税管理人を選任して確定申告をする必要があります。
家族も海外赴任に帯同するため、出国日までに親や兄弟、税理士等に納税管理人の依頼をして「納税管理人の選任届出書」を提出しなければなりません。
(4) 国外転出時課税制度の適用
1億円以上の有価証券等を保有していないため、国外転出時課税制度の適用はありません。
NISA口座は、出国前日までに証券会社へ「継続適用届出書」を提出すれば、NISA口座の資産を最長5年間、非課税のまま保有(売却は可能)できます。ただし、海外在住中は新規の購入(積立)はできません。
iDeCo(イデコ)は海外赴任中も、日本の厚生年金に加入し続ける(国内企業からの転勤)場合、掛金の拠出と運用をそのまま継続可能です。ただし、海外在住中は掛金の所得控除は適用できません。
(※) 金融機関により対応は異なるため、各金融機関への事前の問合せが必要です。
4 実務上の留意点
(1) 納税管理人の選任
出国日までに「納税管理人の選任届出書」を提出しなかった場合、出国日までに、出国日までの準確定申告や国外転出時課税に係る申告、納付を行わなければなりません。
出国日までに「納税管理人の選任届出書」を提出した場合は、翌年3月15日までに申告、納付を行います。
(2) 非居住者となった後の確定申告
① 出国年の確定申告
年の中途で海外赴任のため非居住者となった年は、その年1月1日から出国する日までの間に生じた全ての所得(居住者としての所得)と、出国した日の翌日からその年12月31日までの間に生じた国内源泉所得(非居住者としての所得)を合計して確定申告します。
② 海外在住時の確定申告
国内源泉所得のうち、総合課税に係る所得について、確定申告します。(源泉分離課税となるものは除きます)
(3) 源泉徴収の注意点
不動産の貸主が非居住者である場合には、原則として借主は賃借料の支払の都度、支払金額の20.42%を源泉徴収し、翌月10日までに税務署に納付をしなければなりません。ただし、賃借人が個人であり、その個人またはその親族が居住の用に供する目的で借りている場合には、賃借料の支払い時に源泉徴収を行わなくてもよいこととされています。
(4) 振替納税、国内口座振替の利用
国内に銀行等の口座を残す場合、所得税や住民税、固定資産税などの振替納税制度を継続して利用できるため、納税管理人制度とあわせて活用することで、納税漏れのリスクを軽減することができます。
税理士からのコメント
会社勤めの方は確定申告が不慣れな場合も多く、ただでさえ海外赴任時は煩雑な作業が多くなることから、税務手続きは、専門家である税理士に依頼するのがよいと思います。
納税管理人が税理士の場合、確定申告書の作成から提出、納付もしくは還付金の収受まですべて任すことができます。
【参考(関連条文等)】
- 所得税法2条(定義)
- 所得税法5条(納税義務者)
- 所得税法7条(課税所得の範囲)
- 所得税法60条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例)
- 所得税法161条(国内源泉所得)
- 所得税法164条(非居住者に対する課税の方法)
- 所得税法212条(非居住者に対する源泉徴収)
- 所得税法213条(源泉徴収義務)
- 国税通則法117条(納税管理人)
この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。




















