〔失敗事例から考える〕
この相続対策の問題はドコ!?
【第1回】
「コロナショックの影響により株式等の損切りをしたことによる失敗事例」
公認会計士・税理士
木下 勇人
◇連載開始にあたって◇
「相続対策」と聞くと、多くの税理士は「相続税をどう節税するか」ということにとらわれがちで、相続対策全体を見た適切な対応ができていないケースがあるように思えます。そこで本連載では、実際に想定される相続対策の事例を取り上げ、その対策のどこに問題があるのか、税務的視点はもとより、必要とされるそれ以外の視点(経営的視点、法務的視点など)をもって解説することで、より適切な相続対策をできるようになることを目的としています。
本連載が相続実務に携わる方のお役に少しでも立てば幸いです。
* * *
- 事 例 -
私(80歳男性:推定相続人は長男1人)はある程度の相続税対策を実施済みであり、老後の楽しみとして2月上旬に上場株式を5,000万円購入していました。
しかし、コロナショックに端を発した株式市場の低迷により、保有銘柄もかなり多額の含み損(3,000万円)を抱えてしまいました。現在の状況だと含み損はさらに膨らみそうで、含み損を抱えるプレッシャーに耐えられそうにありません。証券会社のススメもあり株式売却を考えています。
■ ■ ■ 回 答 ■ ■ ■
この事例における失敗は、株式をすぐに売却してしまうことです。
すぐに株式を売却して含み損を実現させるのではなく、相続時精算課税制度を用いた次世代への贈与を検討することで、資産運用と相続税対策のどちらも達成できるようにしましょう。
-解 説-
1 コロナショックが相続財産に与える影響
いわゆる「コロナショック」は、リーマンショックや東日本大震災の際と同様かそれ以上のインパクトをもって、株式市場のみならず日本経済全体への影響が考えられる。しかしながら、今後、日本経済が立ち直れば含み損が顕在化することなく、その資産価値が復活する可能性も秘めている。
2 含み損を実現させることが最善策か?
本事例にあるように、上場株式は真っ先に影響が反映される資産といえ、売却して含み損を実現させた場合、3,000万円分の相続財産が評価減され、結果として相続税が節税できたことになるが、実損を負ったことになるため、それでは本末転倒と言わざるを得ない。
3 資産運用と相続税対策の複眼的視点
資産運用と相続税対策を同時に達成するという視点から考えれば、大幅に評価減された上場株式が現状のままであれば、資産運用としては失敗となる。しかし、逆にその状態だからこそ、相続税対策として検討する余地があると言える。
まず、相続税対策の王道として、相続財産として評価減された状態で株式を次世代に贈与することが挙げられる。贈与後、何年で上場株式の評価が上昇してくるかは日本経済の復活と比例する可能性が高くなるが、贈与後に評価額が上昇しても、相続財産が膨らむことはない。
そうすることで、次世代に株式を移転した後に含み損が解消し、その後売却することにより次世代が納税資金を確保することが可能となる。相続対策の全体の流れとしては、このような考え方を採用すべきと考える。
4 相続対策実施に関する具体的検証
それでは、実行段階に向けた検証を以下で行う。
本事例における上場株式の相続税評価額は2,000万円(株価が下降曲線を描いている最中であるため、採用する最安値は贈与時点)であり、贈与時点での株価が最安値と仮定すれば、この段階で一度に贈与を実行することを検討すべきである。その際、贈与税は585.5万円(特例税率)となるが、次世代に手元資金がなければ納税ができない。
そこで、最安値の価格固定効果を得るために、相続時精算課税制度の採用を検討する。そうすることにより、相続税評価額である2,000万円は相続税の計算時に取り込まれることになるが、贈与時点での次世代の納税負担はなくなるため、受贈しやすくなる。
なお今後、暦年贈与には戻れなくなるが、本事例では相続税対策はある程度実施済みであったため、次世代への贈与実行の可能性が低ければ、相続時精算課税制度の採用を検討すべきである。
5 贈与後、次世代が勝手に売却して費消してしまう心配への対処
親世代としては、贈与実行する際に心配するのが、贈与した財産を費消してしまうことである。贈与後は財産を取得した次世代が自ら管理処分できることになるが、それを懸念して名義預金の形成がされるのが実情である。
そこで、これを懸念するのであれば、贈与後に民事信託の組成を検討することも一考の余地がある。最近では大手証券会社においても、有価証券口座に関する信託口口座の開設の動きが活発になっている。現状では、自益信託が前提となるため、贈与後の信託組成として、委託者(=受益者)を次世代、受託者を親世代とすることで、財産管理を親世代が行うことが事実上可能となる。また、受託者の認知症発症を信託終了事由として設定しておくことも検討すべきである。
6 最後に
税理士としては、相続税対策のみならず、その他の視点(例えば、資産運用、資産管理など)を同時に満たせる提案が求められる。本事例においては、子が1人であったため、相続税対策が主眼となったが、子が複数の場合には贈与実行した場合における民法上の持戻し概念も重要となるのは言うまでもない。
(了)
「〔失敗事例から考える〕この相続対策の問題はドコ!?」は、毎月第1週に掲載されます。