公開日: 2014/08/07 (掲載号:No.81)
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国際出向社員の人事労務上の留意点(海外から日本編) 【第1回】「エクスパットの給与処理」

筆者: 平澤 貞三

国際出向社員の人事労務上の留意点
(海外から日本編)

【第1回】

「エクスパットの給与処理」

 

社会保険労務士 平澤 貞三

 

 

(1) 来日しているエクスパットの給与・税務処理

エクスパットとは、出向や転勤により雇用元の国を離れ、国外に一時的に赴任する社員をいう。

その給与の支払方法は様々であるが、一般的には基本給の一部を派遣元国の会社から、残り部分を日本の受入会社から支払うケースが多い。また、社宅や子女教育費などの経済的利益(現物給与)については、日本の受入会社が負担するのが一般的である。

【エクスパットの給与・税務処理(日本払い50%、海外払い50%のときの全体イメージ)】
 

 

(2) 経済的利益に対する課税処理

エクスパットの給与事務においては、金銭以外の経済的利益(現物給与)に関する課税処理が非常に肝要である。

【エクスパットにみられる経済的利益の例と課税上の留意点】

《社宅》

所得税基本通達では、社宅の給与課税上の評価額を、その社宅の固定資産税課税標準額をもとに計算するよう定義しているが、賃貸物件の場合、その貸主から固定資産税の課税評価証明書を入手することは困難な場合が多く、実務上では次のような処理をすることが多い。

a)  役員社宅の給与課税上の評価額=実際家賃の50%相当額(注1)

b)  使用人社宅の給与課税上の評価額=実際家賃の10%程度の額(注2)

(注1) 役員社宅が小規模住宅(木造:132㎡/木造以外:99㎡)の場合は、使用人と同じ評価額となる。

(注2) 使用人の場合は、課税評価額の50%以上を本人から徴収していれば課税しなくても差し支えない。

《家具リース》

全額課税

《車両リース》

全額課税(ただし、合理的な基準によりビジネス使用とプライベート使用に分けられる場合は、プライベート使用部分のみ課税とする場合もある)

《駐車場》

全額課税(ただし、社宅の一部として駐車場が付随しており、駐車場代金の算定が困難な場合を除く)

《水道光熱費》

全額課税

《子女教育費》

全額課税(ただし、アメリカンスクール等における寄付金プランによって、授業料等が免除される場合のその社員が受ける経済的利益については非課税となる場合あり)

《ホームリーブ費用》

就業規則等により概ね1年以上の期間ごとに休暇のための帰国を認め、その帰国旅行に必要な支出(その者と同一生計の家族を含む)負担については非課税。

  • エクスパットのみ適用対象のため、日本採用の外国人のホームリーブ費用は課税
  • 運賃・時間・距離等に照らして最も経済的かつ合理的と認められる旅費を逸脱する部分は課税(バカンスで立ち寄る旅費、ファーストクラスなどの特別シート代など)
  • 自らが帰国することに代えて家族を呼び寄せる費用(観光目的を除く)も非課税

《社会保険料・税金の補填》

全額課税(毎月の所得税や住民税、社会保険料個人負担分などを会社が補填する場合はグロスアップ給与課税、所得税の確定納付や予定納税など臨時的な補填の場合はグロスアップ賞与課税)

 

(3) グロスアップ計算とは

エクスパットは海外から赴任する時点で、本給部分からみなし税(ハイポタックス)を控除されているケースが多く、日本で受け取る金銭給与、現物給与ともに手取保証が一般的である。

つまり、日本で源泉徴収の対象となる所得税が発生した場合、その控除されるべき税金と同額を手当として支給しなければならず、支給すべき税金手当と控除されるべき税額を同時に反復計算しなければならない。当初の課税所得金額に税金手当が積み増しされるわけであるから、当然にそのグロス給与は増えていくことになる。

これにちなんで、手取保証のための給与計算は、一般的に「グロスアップ計算」と呼ばれている。

日本において給与の金銭支給がなく、社宅や家具リースなどの現物給与のみを課税する場合で、その所得税を会社側が負うことになっている場合もグロスアップ計算が必要である。

【現物給与のみのグロスアップ計算の給与明細イメージ】
 

 

(4) 給与・賞与の区分上の留意点

所得税法上、賞与とは、定期の給与とは別に支払われる給与等で、賞与、ボーナス、夏期手当、年末手当、期末手当等の名目で支払われるものその他これらに類するものと定義されている。

一方、健康保険法においては、「3月を超える期間ごとに払われるもの」と定義されており、所得税法とは扱いが異なる。

エクスパットには、子女教育費や年1回を超えるホームリーブ費用など多種多様な臨時的な支払いが多く、それらを給与として処理すべきか賞与として処理すべきか、実務上悩むところである。

エクスパットが年末調整対象者(=扶養控除等申告書の提出があり、かつ、年収2,000万円以下)であれば、年末調整において給与・賞与が合算されたところで年税額が計算されるため、給与・賞与の判断においてさほどシビアに捉える必要はないといえる。

しかし、そのエクスパットが社会保険加入者であれば、賞与にかかる保険料を月の保険料とは別に支払う必要があるため、給与、賞与の判断には慎重さを要する。

社会保険上の賞与に該当するか否かについては、保険者(日本年金機構または各健康保険組合)によって判断もまちまちであるため、判断がつかない場合は直接保険者に確認することをお奨めする。

(参考文献)
給与計算実践ガイドブック」(KPMG BRM 株式会社/KPMG 社会保険労務士法人 編著 清文社)
海外勤務者の税務と社会保険・給与」(藤井 恵 著 清文社)

(了)

次回は8/21(木)に掲載されます。

国際出向社員の人事労務上の留意点
(海外から日本編)

【第1回】

「エクスパットの給与処理」

 

社会保険労務士 平澤 貞三

 

 

(1) 来日しているエクスパットの給与・税務処理

エクスパットとは、出向や転勤により雇用元の国を離れ、国外に一時的に赴任する社員をいう。

その給与の支払方法は様々であるが、一般的には基本給の一部を派遣元国の会社から、残り部分を日本の受入会社から支払うケースが多い。また、社宅や子女教育費などの経済的利益(現物給与)については、日本の受入会社が負担するのが一般的である。

【エクスパットの給与・税務処理(日本払い50%、海外払い50%のときの全体イメージ)】
 

 

(2) 経済的利益に対する課税処理

エクスパットの給与事務においては、金銭以外の経済的利益(現物給与)に関する課税処理が非常に肝要である。

【エクスパットにみられる経済的利益の例と課税上の留意点】

《社宅》

所得税基本通達では、社宅の給与課税上の評価額を、その社宅の固定資産税課税標準額をもとに計算するよう定義しているが、賃貸物件の場合、その貸主から固定資産税の課税評価証明書を入手することは困難な場合が多く、実務上では次のような処理をすることが多い。

a)  役員社宅の給与課税上の評価額=実際家賃の50%相当額(注1)

b)  使用人社宅の給与課税上の評価額=実際家賃の10%程度の額(注2)

(注1) 役員社宅が小規模住宅(木造:132㎡/木造以外:99㎡)の場合は、使用人と同じ評価額となる。

(注2) 使用人の場合は、課税評価額の50%以上を本人から徴収していれば課税しなくても差し支えない。

《家具リース》

全額課税

《車両リース》

全額課税(ただし、合理的な基準によりビジネス使用とプライベート使用に分けられる場合は、プライベート使用部分のみ課税とする場合もある)

《駐車場》

全額課税(ただし、社宅の一部として駐車場が付随しており、駐車場代金の算定が困難な場合を除く)

《水道光熱費》

全額課税

《子女教育費》

全額課税(ただし、アメリカンスクール等における寄付金プランによって、授業料等が免除される場合のその社員が受ける経済的利益については非課税となる場合あり)

《ホームリーブ費用》

就業規則等により概ね1年以上の期間ごとに休暇のための帰国を認め、その帰国旅行に必要な支出(その者と同一生計の家族を含む)負担については非課税。

  • エクスパットのみ適用対象のため、日本採用の外国人のホームリーブ費用は課税
  • 運賃・時間・距離等に照らして最も経済的かつ合理的と認められる旅費を逸脱する部分は課税(バカンスで立ち寄る旅費、ファーストクラスなどの特別シート代など)
  • 自らが帰国することに代えて家族を呼び寄せる費用(観光目的を除く)も非課税

《社会保険料・税金の補填》

全額課税(毎月の所得税や住民税、社会保険料個人負担分などを会社が補填する場合はグロスアップ給与課税、所得税の確定納付や予定納税など臨時的な補填の場合はグロスアップ賞与課税)

 

(3) グロスアップ計算とは

エクスパットは海外から赴任する時点で、本給部分からみなし税(ハイポタックス)を控除されているケースが多く、日本で受け取る金銭給与、現物給与ともに手取保証が一般的である。

つまり、日本で源泉徴収の対象となる所得税が発生した場合、その控除されるべき税金と同額を手当として支給しなければならず、支給すべき税金手当と控除されるべき税額を同時に反復計算しなければならない。当初の課税所得金額に税金手当が積み増しされるわけであるから、当然にそのグロス給与は増えていくことになる。

これにちなんで、手取保証のための給与計算は、一般的に「グロスアップ計算」と呼ばれている。

日本において給与の金銭支給がなく、社宅や家具リースなどの現物給与のみを課税する場合で、その所得税を会社側が負うことになっている場合もグロスアップ計算が必要である。

【現物給与のみのグロスアップ計算の給与明細イメージ】
 

 

(4) 給与・賞与の区分上の留意点

所得税法上、賞与とは、定期の給与とは別に支払われる給与等で、賞与、ボーナス、夏期手当、年末手当、期末手当等の名目で支払われるものその他これらに類するものと定義されている。

一方、健康保険法においては、「3月を超える期間ごとに払われるもの」と定義されており、所得税法とは扱いが異なる。

エクスパットには、子女教育費や年1回を超えるホームリーブ費用など多種多様な臨時的な支払いが多く、それらを給与として処理すべきか賞与として処理すべきか、実務上悩むところである。

エクスパットが年末調整対象者(=扶養控除等申告書の提出があり、かつ、年収2,000万円以下)であれば、年末調整において給与・賞与が合算されたところで年税額が計算されるため、給与・賞与の判断においてさほどシビアに捉える必要はないといえる。

しかし、そのエクスパットが社会保険加入者であれば、賞与にかかる保険料を月の保険料とは別に支払う必要があるため、給与、賞与の判断には慎重さを要する。

社会保険上の賞与に該当するか否かについては、保険者(日本年金機構または各健康保険組合)によって判断もまちまちであるため、判断がつかない場合は直接保険者に確認することをお奨めする。

(参考文献)
給与計算実践ガイドブック」(KPMG BRM 株式会社/KPMG 社会保険労務士法人 編著 清文社)
海外勤務者の税務と社会保険・給与」(藤井 恵 著 清文社)

(了)

次回は8/21(木)に掲載されます。

連載目次

筆者紹介

平澤 貞三

(ひらさわ・ていぞう)

社会保険労務士
平澤国際社労士事務所

1968年生まれ 福島県相馬市出身
横浜市立大学商学部卒業後、1992年、世界4大会計事務所の1つであるKPMG Peat Marwick(現KPMG税理士法人)へ入社。
法人税、消費税、個人所得税などの各種税務申告の他に会計、給与計算業務などに従事。
1998年、KPMG Business Resource Management(現KPMG BRM)へ移籍し、以降、約10年にわたり給与計算に特化したアウトソーシング事業に従事。主に外資系企業に対するテーラーメイドサービスを開発し、1人の会社から1,000人規模までその実績は延べ数百社に及ぶ。
2008年、16年間におよぶKPMGでの経験を経て、平澤国際社労士事務所を開業、現在に至る。

【著書】
・『給与計算実践ガイドブック』清文社(2004年版~2008年版)
【セミナー】
・産業経理協会 「給与計算基礎講座」
・その他、企業の人事労務担当者向けセミナーなど

関連書籍

就業規則変更の実務

弁護士 岩出 誠 編著

税務・労務ハンドブック

公認会計士・税理士 井村 奨 著 税理士 山口光晴 著 税理士 濱 林太朗 著 特定社会保険労務士 佐竹康男 著 特定社会保険労務士 井村佐都美 著

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