11 本人か代理人か
(1) 本人か代理人か
ここでの論点は、収益(売上)を「総額」で認識するか、「純額」で認識するかである。
顧客への財又はサービスの提供に他の当事者が関与している場合、顧客との約束の性質が、企業が自ら提供する履行義務であるのか、あるいは財又はサービスが他の当事者によって提供されるように手配する履行義務であるのかを検討し、「本人」に該当するか、「代理人」に該当するか判定する(適用指針39)。自ら提供する履行義務である場合、「本人」に該当する。一方、手配する履行義務である場合、「代理人」に該当する。
具体的な判定は、以下の①から③のとおりである。
① 本人か代理人かの判定
顧客への財又はサービスの提供に他の当事者が関与している場合、以下の(ⅰ)から(ⅲ)のいずれかを顧客に提供される「前」に企業が支配している場合、企業は「本人」に該当する(適用指針44)。企業が支配していない場合、企業は「代理人」に該当する。
(ⅰ) 企業が、他の当事者から受領した財又は他の資産(例えば、商品在庫)であり、企業がその後に顧客に移転するもの
(ⅱ) 他の当事者が履行するサービスに対する権利
(他の当事者が履行するサービスに対する権利を企業が獲得することにより、企業が当該他の当事者に顧客にサービスを提供するよう指図する能力を有する場合、企業は当該権利を支配している。)
(ⅲ) 他の当事者から受領した財又はサービスで、企業が顧客に財又はサービスを提供する際に、他の財又はサービスと統合させるもの
(例えば、他の当事者から受領した財又はサービスを、顧客に提供する財又はサービスに統合する重要なサービスを企業が提供する場合、企業は他の当事者から受領した財又はサービスを顧客に提供する前に支配している。)
【留意点】
本人か代理人かの判定は、契約ごとに行うのではなく、履行義務ごとに行う。例えば、1つの契約の中に2つの履行義務がある場合、1つの履行義務は本人で、もう1つの履行義務は代理人となる可能性もある。
② 本人か代理人かの判定に当たっての具体的な指標
上記①だけでは、本人か代理人かの判定を行うことは難しいため、企業が財又はサービスを顧客に提供する前に支配しているかどうかを判定するにあたって、例示ではあるが具体的な指標(以下の(ⅰ)から(ⅲ))が、設けられている(適用指針47)。
(ⅰ) 『企業が財又はサービスを提供するという約束の履行に対して主たる責任を有していること』
この指標には、通常、財又はサービスの受入可能性に対する責任(例えば、財又はサービスが顧客の仕様を満たしていることについての主たる責任)が含まれる。
企業が財又はサービスを提供するという約束の履行に対して主たる責任を有している場合、当該財又はサービスの提供に関与する他の当事者が代理人として行動していることを示す可能性がある。
(ⅱ) 『財又はサービスが顧客に提供される前、あるいは財又はサービスに対する支配が顧客に移転した後(例えば、顧客が返品権を有している場合)において、企業が在庫リスクを有していること』
顧客との契約を獲得する前に、企業が財又はサービスを獲得する場合又は獲得することを約束する場合、財又はサービスが顧客に提供される前に、企業が財又はサービスの使用を指図し、財又はサービスからの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有していることを示す可能性がある。
(ⅲ) 『財又はサービスの価格の設定において企業が裁量権を有していること』
財又はサービスに対して顧客が支払う価格を企業が設定している場合、企業が財又はサービスの使用を指図し、当該財又はサービスからの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有していることを示す可能性がある。
ただし、代理人が価格の設定における裁量権を有している場合もある。例えば、代理人は、財又はサービスが他の当事者によって提供されるように手配するサービスから追加的な収益を生み出すために、価格の設定について一定の裁量権を有している場合がある。
なお、上記の指標は例示にすぎないため、特定の財又はサービスの性質及び契約条件により、財又はサービスに対する支配への関連度合いが異なり、契約によっては、説得力のある根拠を提供する指標が異なる可能性があるので注意が必要である(適用指針136)。
【参考】
履行義務の充足時点に関する指標(【STEP5】(3)参照、基準40)と上記の指標(適用指針47)は、両方とも財又はサービスに対する支配に関するものであるが、以下の点で異なる。
履行義務の充足時点に関する指標は、「顧客」が財又はサービスに対する支配を「いつ」獲得したのかを判断するための指標である。一方、上記の指標は、「企業」が財又はサービスを顧客に移転する「前」に支配しているかどうかを判断するための指標である。
③ 本人か代理人かの判定のその他の留意点
本人か代理人かの判定に当たっては、以下の点についても留意する必要がある。
(ⅰ) 企業が財に対する法的所有権を顧客に移転する前に獲得しても、当該法的所有権が「瞬時に」顧客に移転される場合には、企業は必ずしも当該財を支配していることにはならない(適用指針45)。
例えば、百貨店などの小売業における消化仕入が該当する。消化仕入の場合、商品の法的所有権は、仕入先から店舗に納品された時に自社に移転するのではなく、顧客へ販売した時に仕入先から自社に移転し、同時に自社から顧客に移転する。そのため、顧客へ販売する直前に一時的に自社は法的所有権を獲得するが、それは一時的であり、また、在庫リスクも負っていないことから、その商品を顧客に提供する前に自社は支配していないということになる(設例28)。
(ⅱ) 財又はサービスを提供する履行義務を企業が自ら充足する場合のみならず、企業に代わり外注先等の他の当事者に履行義務の一部又は全部を充足させる場合も、企業が「本人」に該当する可能性がある(適用指針46)。
(ⅲ) 信用リスクについては、代理人であるという判定を覆すために利用される可能性があるため、上記②の指標に含められていない(適用指針136)。
④ 会計処理
上記までの判定の結果、企業が「本人」に該当する場合、財又はサービスの提供と交換に企業が権利を得ると見込む対価の総額を収益として認識する(適用指針39)。
一方、企業が「代理人」に該当する場合、他の当事者により提供されるように手配することと交換に企業が権利を得ると見込む報酬又は手数料の金額(あるいは他の当事者が提供する財又はサービスと交換に受け取る額から当該他の当事者に支払う額を控除した純額)を収益として認識する(適用指針40)。つまり、売上と売上原価を相殺(NET)した金額を売上として計上するということである。
(2) 本人か代理人かの判定(従来との相違点等)
① 従来との相違点
[収益認識基準等]
➤企業が本人と判定されれば、収益を総額で認識し、代理人と判定されれば、収益を純額で認識する。
[従来]
➤ソフトウェア取引を除き、収益に関して売上と売上原価を総額で表示するか純額で表示するかに関する一般的な定めはない。
➤ソフトウェア取引において、一連の営業過程における仕入及び販売に関して通常負担すべき様々なリスク(瑕疵担保、在庫リスクや信用リスク)を負っていない場合、総額表示は適切ではない(ソフトウェア実務報告4)。
② 影響がある取引(例示)
- 企業間の取引を仲介するケース等について、影響が生じる可能性がある(意見募集146)。
- 例えば、卸売業における直送取引、小売業における消化仕入や返品条件付買取仕入、メーカーの製造受託取引や有償支給取引、電子商取引サイト運営に係る取引等の会計処理が影響を受ける可能性がある(意見募集146)。
③ 適用上の課題
- 収益認識基準等では、本人か代理人かを判断するが、財又はサービスが顧客に移転される前に企業が当該財又はサービスを支配しているかどうかについて判定が困難となる可能性がある(意見募集145)。また、判定のための業務プロセスの新規追加が必要となる可能性がある。
- 従来では総額で収益を認識している取引について、収益認識基準等において純額で認識することになった場合、収益(売上)の金額が大きく減少する。
- このため、収益(売上)や売上高利益率の業績指標としての位置付けに影響を与える可能性があり(意見募集144)、業績管理及び予算管理に影響が生じる可能性がある。この結果、人事評価にも影響する可能性がある。
- また、代理人における収益の金額(純額)と入金金額が異なる場合、収益の金額と入金金額の両方ともシステム上で管理できるようにシステムの変更が必要となる可能性がある。
- 代理人と判定した場合、収益(売上)の金額が減少することにより、公共工事の入札審査、銀行借り入れにおける財務制限条項等、取引にあたって売上金額や売上高利益率等の条件が課せられているものについて影響が生じる可能性がある。また、売上高や売上利益率が一定金額・率を超えた時や一定金額・率増加した時に役員や従業員にストック・オプションや株式を付与する制度が自社にある場合、収益(売上)の金額が総額から純額に変わることで、当該制度における条件を見直す必要がないか検討する必要がある。さらに、賞与について収益(売上)に連動して支払う場合も賞与の金額の算定方法を見直す必要がないか検討する必要がある。
- 1つの契約の中に複数の履行義務がある場合、その履行義務ごとに本人か代理人かを判定する必要があるため、判定が煩雑となる可能性がある。また、1つの契約の中に本人と代理人の履行義務が混在する場合、会計処理が煩雑となる可能性がある。
④ 財務諸表への影響
- 代理人と判定した場合、収益を純額で認識するため、従来において収益を総額で認識している場合と比べて、収益(売上)の金額が減少する(意見募集143)。
- 売上総利益以下の各段階損益には影響はない。