件すべての結果を表示
相続税・贈与税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第43回】「同族会社の薬局建物の敷地部分につき「土地の無償返還に関する届出書」の対応範囲ではないことから、相続税評価額は自用地評価の80%ではなく、借地権相当額を控除した価額が認められた事例」
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第43回】 「同族会社の薬局建物の敷地部分につき「土地の無償返還に関する届出書」の対応範囲ではないことから、相続税評価額は自用地評価の80%ではなく、借地権相当額を控除した価額が認められた事例」 税理士 菅野 真美 ▷借地権の評価 同族会社のオーナーが土地を有し、その上の建物を同族会社が所有し利用している場合のオーナーの土地の相続税評価額の算定方法は、実務上悩ましい問題である。このような場合、同族会社が当初、権利金を支払ったり、相当の地代を支払っているケースは少なく、通常の地代程度を支払っているケースが多いのではないだろうか。しかし、通常の地代を支払ったとしても、本来支払うべき権利金を支払わなかった場合は権利金の認定課税が潜在的に存在する(法基通13-1-3)。 このような場合の解決策の1つとして「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出するという方法がある。この届出書を提出した場合は、権利金の認定課税は行われないものの(法基通13-1-7)、相続発生時の底地の評価額は自用地の80%評価額となる(「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(昭和60年6月5日付直資2-58ほか1課共同、以下「相当地代通達」という)8)。 しかし、多様な事例の中には、土地の無償返還に関する届出の有無等で簡単に処理できないものもある。今回は、土地の無償返還に関する届出書の対象とされていた土地について、無償返還の届出の対応範囲ではなく、借地権相当額を控除した価額で評価すべきかどうかについて争われた事例を検討する。 ▷どのような事例か 医療法人の理事長の相続が平成26年4月に生じた。相続人は配偶者と子らである。 理事長が有する土地の上に、配偶者等が100%株式を有する法人(以下「同族会社」という)が昭和55年8月に木造の建物を建築し、調剤薬局の店舗として利用していた。 当初、同族会社は理事長に地代を支払わず、権利金の授受も行われていなかったが、平成21年9月以降地代を支払うようになった。 平成6年4月に医療法人が設立され、平成6年1月15日付で理事長らと医療法人との間で病院建物の敷地等について不動産の賃貸借契約が締結(医療法人設立認可日に発効)された。この契約の範囲内に薬局の敷地も含まれていた。 平成11年8月9日、理事長らと医療法人は、医療法人は将来各土地を無償返還するという合意書を取り交わし、平成12年11月21日に「土地の無償返還に関する届出書」を所轄税務署に届け出た。この無償返還となる土地の対象に上記薬局建物の敷地が含まれていた。しかし、図面には薬局敷地及び薬局建物は表示されていなかった。 平成26年4月に医療法人の理事長の相続が発生し、相続人である配偶者らは相続税の申告をしたが、医療法人に貸している土地について借地権割合50%を控除して評価していた。 そこで、処分庁はこれらの土地について自用地の100分の80に相当する金額で評価することになるとして、平成30年2月1日に更正処分を行った。配偶者らはこの処分を不服として、再調査の請求をしたところ棄却されたため審査請求したのが本事例である。 ▷争点は 本事例における争点は、病院建物の敷地部分と薬局建物の敷地部分について、相当地代通達8(「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている場合の貸宅地の評価)の適用があるかどうかであるが、本稿においては薬局敷地に絞って検討する。 ▷配偶者らの主張は ▷処分庁の主張は ▷審判所の判断は 国税不服審判所は次のように述べて、薬局敷地については貸宅地評価を認めた。 * * * このように薬局敷地については貸宅地評価が認められた。ちなみに、病院敷地は貸宅地評価が認められず、自用地の評価額の80%相当額と判示された。 この裁決においては、当初賃料を支払わなかった期間も含めて長期間にわたって同族会社所有の建物を利用していたことから、借地権の控除額を評価している。 しかし、もし、昭和55年から相続の開始のあった平成26年4月までの全期間にわたって賃料を支払わず(使用貸借として)敷地を利用し、土地の無償返還に関する届出書を提出しなかったならばどのように評価しただろうか。使用貸借だから利用者の権利の価額がないと考えて自用地評価となるのだろうか。それとも本裁決と同様に貸宅地評価を認めるのだろうか。 この裁決の論理から考えると貸宅地評価とも読み取れる。しかし、使用貸借でも土地の無償返還に関する届出書を提出した場合は自用地評価(法基通13-1-7)とされるが、提出しない場合は借地権があるものとして貸宅地評価が認められるということは、使用貸借や賃貸借の取引の本質を考えると疑問がある。 (了)
税務
税務・会計
解説
解説一覧
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第56回】
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第56回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 エ 外国信託が投信法上の投資信託に類するものといえるかどうかは種々の事情を総合勘案すべきという見解 逐一の引用は省略するが、外国において外国の法令に基づいて設定された信託が投信法上の投資信託に類するものといえるかどうかの判断基準については、種々の事情を総合勘案すべきであるという見解も珍しくない。 本信託は主として特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託ではない点を除けば、委託者指図型投資信託に類似するとし、金融庁が、前述のような総合勘案を経て本信託を投信法上の外国投資信託に該当すると判断する可能性もあるのであろうか。 他方、委託者指図型投資信託契約は、一の金融商品取引業者を委託者とし、一の信託会社等(信託会社又は信託業務を営む金融機関)を受託者とするのでなければ、これを締結してはならないとしていることから、本信託における委託者や信託会社等の捉え方次第では、同契約に類似していないという評価がありうるかもしれない。 委託者非指図型投資信託契約についても、一の信託会社等(信託会社又は信託業務を営む金融機関)を受託者とするのでなければこれを締結してはならないため、信託会社等について同様であるし、同契約については各投資家が委託者兼受益者となることが想定されている(森・濱田松本法律事務所編『投資信託・投資法人の法務』24頁(商事法務、2016)参照)。 そうであれば、本信託は委託者非指図型投資信託に類するものではないという評価もありうる。 いずれにしても、この辺りの議論を観察してみると、投信法における外国投資信託に係る解釈や判断が、租税法上の外国投資信託に関する解釈や判断に大きな影響を与えていることがわかる。 これは、租税法上の外国投資信託の定義規定は、外国投資信託の定義を定めた投信法の条文をそのまま引用しているため、その意味内容について租税法固有の解釈論を展開する余地がないことに起因する。結局、投信法の解釈に依存せざるをえない状況になっているのである。 上記のように、「投資信託に類するもの」であるかを判断する際の決定的な判断要素は何であるかという点について投信法領域で議論が固まっていないという不安定な状態が、租税法領域において(ともすれば無限定に)引き継がれるという構図になっている。 このような不安定さが、外国投資信託の概念を取り込んでいる信託区分である集団投資信託と、この集団投資信託を除いている信託区分である法人課税信託(いずれも後述)の線引きに不明確さを残すものとなっている。 いずれにせよ、これまで検討してきたところによれば、本信託は投信法上の投資信託に該当せず、投資信託に類するものとしての外国投資信託にも該当しないことから、本件持分は投資信託の受益権(措法37の10②四)に該当しない。 もっとも、投信法領域における解釈論ないしその不安定さの影響を受けて、外国投資信託該当性について異なる結論がありうることへの懸念は完全には払拭できない。 (3) 「特定受益証券発行信託の受益権」該当性 以下のとおり、本件持分は特定受益証券発行信託の受益権に該当しない。 所得税法及び本件分離課税特例における特定受益証券発行信託とは、法人税法2条29号ハに規定する特定受益証券発行信託をいい、具体的には次のものをいう(所法2①十五の五、法法2二十九ハ、措法2①五)。 特定受益証券発行信託(法法2二十九ハ、法令14の4、法規8の3) = ①信託法185条3項に規定する受益証券発行信託のうち、次の➊~➎の要件のすべてに該当するもの(※)をいう (※) 合同運用信託及び一定の法人課税信託を除く 下線①について、特定受益証券発行信託の対象となるのは信託法185条3項に規定する受益証券発行信託に限られるため、外国法を準拠法として設定される信託は特定受益証券発行信託に該当しない(財務省「平成19年度 税制改正の解説」298頁参照。ただし、租税特別措置法8条の3は、特定受益証券発行信託が国外で発行されうることは認めているようである)。 本信託は、デラウェア州法定信託法に基づいて設定されたものであるため、受益権を表示する証券を発行する旨の定めのあるものであっても特定受益証券発行信託には該当しない。 また、下線②のとおり、特定受益証券発行信託に該当するためには、少なくとも信託事務の実施につき法人税法施行令14条の4で定める要件に該当するものであることについて、税務署長の承認を受けた法人である必要があるが、少なくとも現時点においては、本信託の受託者は当該承認を受けていないことを前提として考察を進めることに問題はないであろう。 以上から、他の要件を検討するまでもなく、本信託は、特定受益証券発行信託には該当せず、よって本件持分は特定受益証券発行信託の受益権(措法37の10②五)に該当しない。 (了)
法人税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
学会(学術団体)の税務Q&A 【第11回】「学術集会の懇親会(法人税)」
学会(学術団体)の税務Q&A 【第11回】 「学術集会の懇親会(法人税)」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 情報交換会(懇親会)と法人税法上の収益事業 学術集会は、参加者同士の交流を図ることも開催する目的の1つであるため、会期中に、情報交換会(懇親会)が開催されるケースがよくある。情報交換会(懇親会)の開催実態は、学会によって様々であるが一般的には飲食が提供され、場合によっては生演奏等の催しものが行われるケースもある。そして、参加料としては、2,000円~5,000円程度のケースが多いが、場合によっては無料のケースもある。 法人税法上の収益事業の中には、料理店業その他の飲食店業(法令5①十六)や興行業(法令5①二十六)があるため、情報交換会(懇親会)が、それらの収益事業に該当するか否かという点が論点となる。 2 料理店業その他の飲食店業に該当するか否か 料理店業その他の飲食店業(法令5①十六)とは、不特定・多数の者を対象として、飲食の提供に適する場所において、飲食の提供をする事業である。そして、飲食の提供にあたっては、自ら調理する場合に限らず、他の調理業者からの仕出しを受けて飲食の提供をするものも含まれている(法基通15-1-43)。 ◆法人税基本通達15-1-43(飲食店業の範囲)〈一部抜粋〉 情報交換会(懇親会)は、学術集会の会場や近隣のホテル等において飲食を伴う形で開催されるケースが多い。そのため、情報交換会(懇親会)が料理店業その他の飲食店業に該当するか否かという点について疑問が生じるが、料理店業その他の飲食店業には該当しないと考える。 なぜなら、情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることを目的として開催するものであって、飲食を提供することを目的として開催するものではないからである。情報交換会(懇親会)の場において、飲食が提供されていたとしても、学会として料理店業や飲食店業を行っているのではなく、情報交換会(懇親会)の場所として、飲食を伴う場所を利用しているに過ぎないといえる。 情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることであり、参加料は、そのような交流の場に参加するための対価である。仮に情報交換会(懇親会)において、飲食が提供されたとしても、参加料は、飲食代として受領しているわけではない。そのため、情報交換会(懇親会)の参加料は、料理店業その他の飲食店業に該当しないと考える。 3 興行業に該当するか否か 興行業(法令5①二十六)とは、映画、演劇、演芸、舞踊、舞踏、音楽、スポーツ、見せ物等の興行を行う事業である(法基通15-1-52)。 情報交換会(懇親会)においては、生演奏等の催し物が行われるケースがある。そのため、情報交換会(懇親会)が興行業に該当するか否かという点について疑問が生じるが、興行業には該当しないと考える。 なぜなら、情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることを目的として開催するものであって、興行を行うことを目的として開催するものではないからである。情報交換会(懇親会)の場において、生演奏等の催し物が行われていたとしても、学会として興行業を行っているのではなく、情報交換会(懇親会)の場所として、生演奏等の催し物が行われている場所を利用しているに過ぎないといえる。 情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることであり、参加料は、そのような交流の場に参加するための対価である。仮に、情報交換会(懇親会)の場において、生演奏等の催し物が行われていたとしても、参加料は、催し物を観賞・観覧するための対価として受領しているわけではない。そのため、情報交換会(懇親会)の参加料は、興行業に該当しないと考える。 4 他の収益事業の付随行為に含まれるか否か 法人税法上の収益事業に該当するか否かを判断するにあたっては、法人税法施行令に掲げる34の特掲事業(法令5①)に該当するか否かだけでなく、他の収益事業に付随して行われる行為に該当するか否かを判断する必要がある(法令5①かっこ書き)。 学術集会の情報交換会(懇親会)は、学術集会の開催に合わせて開催されるものであるため、学術集会の参加に伴う付随行為と考えられる。学術集会の参加料は、原則として法人税法上の収益事業に該当しないと考えられるため(【第9回】「学術集会の参加料(法人税)」参照)、学術集会の参加料が法人税法上の収益事業に該当しない以上、その付随行為となる情報交換会(懇親会)の参加料も法人税法上の収益事業に該当しないと考える。 5 まとめ 情報交換会(懇親会)の開催実態としては、様々なケースが考えられるが、あくまで参加者同士の交流の場を提供するための対価であり、学術集会の参加に伴う付随行為として説明可能な内容であれば、法人税法上の収益事業に該当しないと考える。 (了)
国際課税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第60回】「ファイナイト再保険事件(地判平20.11.27、高判平22.5.27)(その2)」~法人税法22条3項、法の適用に関する通則法7条・42条~
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第60回】 「ファイナイト再保険事件 (地判平20.11.27、高判平22.5.27)(その2)」 ~法人税法22条3項、法の適用に関する通則法7条・42条~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 5 事案の検討 本事案は保険領域における租税回避事例として有名であるが、本稿ではファイナイト再保険の本質や準拠法の取扱いについても検討する。 (1) 全体スキームの理解 弘中聡浩弁護士は、下記図のような例示をされた上で、「このように非常に壮大かつ複雑な地震リスク移転のための仕組みの中のごく一部でしかない本件スキームだけが租税回避の目的で構築されたという国の主張には疑問があります。」と主張をされている(※8)。この内容は、判決文には記載されていないが、地震リスクに対応する保険の実態を知る上で重要と考える。 (※8) 弘中前掲(※1)書261頁 (注) この図は弘中氏の文章を基に筆者が作成 (2) 租税回避と経済合理性 地裁及び高裁は、本スキームが専ら租税回避の目的によるものであることを事実認定の問題として否定した上で、そのような場合には、当事者が選択した私法上の法律形式通りの法律効果に基づいて租税関係を認定すべきであるから、本件ELC再保険契約の支払再保険料の損金算入を否認すべき理由がないと判示した。 ただし、地裁判決では節税目的以外の観点から「経済的な合理性」を問題にしたのに対し、高裁判決では、税負担を経済活動におけるコストの1つとして認め、これを考慮することがただちに否認の理由とはされないとし、①当事者の選択した契約の不存在、②当事者の真の効果意思が欠缺による契約無効、③虚偽表示による契約無効を問題とした。 最初にスキームにおける節税以外の経済的取引としての合理性を確認する地裁のアプローチは、明確でありわかりやすい。しかし、企業は連結ベースでの税引き後当期純利益の最大化を図って経済活動を行っており、その意味で法人税等の税金は企業にとっては明らかにコストであり、当該税金コストの削減努力をすることは、企業にとっての義務でもある。そう考えるなら、高裁のようなアプローチの方が適切であると理解する。 (3) ファイナイト再保険の本質 保険のリスクにはタイミング・リスク(時期がはっきりしない保険事故により、一時に巨額の保険金支払が生じて、資金がショートするリスク)とアンダーライティング・リスク(保険を引き受けることに伴う本来的なリスクのことで、保険事故が発生した時に保険会社が被る保険金支払リスク)がある(※9)。ファイナイト再保険では、タイミング・リスクは移転するものの、アンダーライティング・リスクの移転は限定的(ファイナイト)になっている。 (※9) 渡辺前掲(※3)書204頁。なお、判決文では、タイミング・リスクは「時間リスク」、アンダーライティング・リスクは、「引受けリスク」と表現されている。 これについて、知見邦彦氏は、「ファイナイト・リスク(再)保険は、保険と貸付機能が統合され、全体の形式としてみれば再保険の外観をもつものである。ファイナンシャル(再)保険が原型であるが、これは保険とは名ばかりで、保険料の支払、投資収益、保険会社の経費を勘案し保険者と保険加入者の収支を均衡させる金銭貸借に近いものである。たとえば、保険期間を数年間として契約者が保険料を支払うが、事故が少なく保険料より保険金が下回れば、期末に返戻され、事故が多ければ保険料を追徴されるというシステムである。アンダーライティング・リスク(予想損害額と実際損害額との差)が発生しないことから税務当局から保険と見なされなくなった。そこで限定的(ファイナイト)にアンダーライティング・リスクを負担する仕組みとしたのが、ファイナイト(再)保険である。」と述べている(※10)。この説明は、ファイナイト再保険の本質を理解する上でとても分かりやすい。 (※10) 知見邦彦「米国における保険の金融化」経済理論49巻2号(2012)66頁。知見氏は大手保険会社勤務経験者である。 (4) 当時の各国での会計上及び税務上の取扱い 会計上、英国ではタイミング・リスクのみの移転でも保険としているのに比べ、米国ではアンダーライティング・リスクを伴わないタイミング・リスクのみの移転では保険としないとされていた。ただし、両国のルールとも保険リスクの移転は「significant」でなければならないと規定している。実務上は、「10-10ルール」(10%以上の確率で保険者(再保険者)が10%以上の損失を蒙ること)があり、「significant transfer of insurance risk」の要件を充足することにより、保険取引として認められる(※11)。 (※11) 渡辺前掲(※3)書206頁 一方、税務上は、地震保険のような不確定要素のある保険料の損金算入はアイルランドをはじめヨーロッパではほとんど認められていた。米国では、一括で支払った時の損金算入については問題があるのではないかと議論されていたが、その後、一時の損金算入は認められている。日本ではそうした議論があまりなされていなかった(※12)。 (※12) 大淵博義・酒井克彦「シンポジウム 記念対談 仮装行為・実質課税・租税回避─ファイナイト事件等を素材として」Accord Tax Review第9=10合併号(2018)37頁 渡辺裕泰教授は、課税庁の処理を妥当とした国税不服審判所の裁決(平成17年7月20日)を受けて、「税務上損金算入を認めるか否かについては、移転されるリスクの性質と移転されるリスクの程度を、重要なポイントとして、判断されて行くものと考えられる。」と述べられている(※13)。この見解にある「移転されるリスクの性質と移転されるリスクの程度」こそが、十分に検討されるべき重要なポイントであったと考える。 (※13) 渡辺前掲(※3)書207-208頁 (5) ファイナイト再保険に関する税務検討 高裁は、本件ファイナイト再保険料のうちEAB繰入額相当部分(事後調整部分)が税務上、預け金(資産)か保険料(費用)かの検討において、法人税基本通達9-3-9(長期の損害保険契約に係る支払保険料)を法規の性質をもつものではないが、解釈基準として重要な意義を有するものとして検討をしている。そして、本件ファイナイト再保険契約において、契約の終了の効力が発生した時にEABの値が負(マイナス)の場合に、出再者が満期返戻金と異なり金員を受け取ることはできないことを理由に、事後調整部分は積立保険料とは異なると結論付けている(※14)。 (※14) 水野忠恒教授は、事後調整対象金額に相当する部分もリスクを負っており積立金とは異なるものであるため、法人税基本通達9-3-9の適用はないと結論付けている(水野忠恒「ファイナイト保険課税事件に関する判決の検討[東京地裁平成20.11.27]」国際税務30巻11号(2010)51頁)。 竹濱修教授は、「およそ起こりえない稀なリスクを保険者が一応引受けているが、実質は、保険料として収受した金額の運用を委託されているに過ぎず、保険事故が起こらなければ、保険料として預託された金額に運用成果を加えて解約時に払戻する形のファイナイト保険契約は、そのリスク引受に対応する保険料部分を除いては、実質的には預金や貸付、信託財産に類する関係が認められることになろう。この部分については、その実質に応じた規律を適用することが考えられよう。」と述べられている(※15)。 (※15) 竹濱修「ファイナイト保険の法的性質」立命館法学第310号(2006)1991頁 ファイナイト再保険契約のEAB繰入額相当部分は、法人税基本通達9-3-9の積立金とは違うことは明らかであるが、そこまでの検討で終わっていいのであろうか。渡辺教授の言われている「移転されるリスクの性質と移転されるリスクの程度」に関しては、もっと踏み込んだ検討が必要であったのではないかと考える。ファイナイト再保険契約は、保険機能と貸付機能を持っているのは事実である。もし、保険事故が発生した時に保険会社が被る保険金支払リスク(アンダーライティング・リスク)が限りなく小さい場合まで、すべての再保険料について損金処理を認めることには疑問が残る。そのため、先に述べた「10-10ルール」のような基準を明確にした上で、竹濱教授の言われるように、貸付機能部分については一定の規律を設けることが理論的であると考える。 (6) 外国法を準拠法とする契約に係る税務上の取扱い 本件では、X社とS社のELC再保険契約の準拠法が日本法、S社とA社・E社のファイナイト再保険契約の準拠法が英国法となっている。そのため、ファイナイト再保険契約の法律関係は本来であれば指定された英国法によって検討すべきである。弘中氏は外国法を準拠法とする契約に係る税務上の取扱いについては、下記表のような考え方があるとしている。そして、高裁は、X社は専ら租税回避を目的として本件スキームを実施したわけでないと認定しているのに、なぜ日本法を前提に当事者間の私法上の関係を考えなければならないとしたのか不明であるとして疑問を述べている(※16)。 (※16) 弘中前掲(※1)書270頁、272頁 (注) この表は弘中氏の文章を基に筆者が作成 横溝大教授は、事実認定・私法上の法律構成による「否認」が問題になった本件において、課税の公平の原則を根拠に法の適用に関する通則法7条を問題とし公序の逸脱的な解釈により日本の私法を適用した本判決には疑問があるとして、本判決は、本件ファイナイト再保険契約の法的性質を準拠法である英国法に基づいて決定した上で、課税物件の有無を判断すべき旨を述べられている(※17)。 (※17) 横溝大「明文規定がない場合の租税回避行為の「否認」と契約準拠法」ジュリスト1449号(2013)135頁 もし、本件ファイナイト再保険契約をまず準拠法である英国法によって検討すべきとした場合には、どういう結果になるのであろうか。先に記載した通り、アイルランドではファイナイト再保険料は一般的に会計上及び税務上も保険として認められており、英国法(英国の税法)においても同様であったと考えられる(※18)。そのため、個別事案としての確認は必要であるものの、本件ファイナイト再保険料は英国法でも損金が認められていたと考える。 (※18) アイルランドは、英国の植民地であった期間が長く、アイルランドの法体系は英国の法体系の影響を強く受けている(遠藤誠 (BIJ法律事務所)「アイルランドの法制度の概要」5-6頁)。 そうすれば、本件ELC再保険契約に基づく再保険料が実質的にはファイナイト再保険料であるとみなされた場合、英国法に従って、わが国での損金処理も認められるのであろうか。わが国での課税問題である以上、その場合でもわが国の税法からの再検討の余地があるべきと考える。特に、個別事案として確認した結果、英国(又はアイルランド)でファイナイト再保険料の損金について何らかの問題があるような場合には、わが国の税法からの再検討がより重要になってくると理解する。 また、仮に、わが国ではファイナイト再保険料の損金処理が認められていなかった場合に、本件スキームを活用した場合には、租税回避の判断がより難しいものになったのではないかと推測する。本件では、わが国の会計上及び税務上の取扱いが明確ではなかったことがアイルランド子会社の活用の背景にあったことは、今後の対応において重要な意味があるように思われる。 6 おわりに ファイナイト再保険が伝統的な保険と異なり、保険機能と貸付機能が統合されたものである以上、すべてを保険として扱うのではなく、貸付機能部分については税法で一定の算出方法を規定し、原則として損金処理を認めないようにすることが適正ではないかと考える。ただ、一方で、地震の多いわが国でファイナイト再保険に関する税務処理を厳しくすることはいかがであろうか。後藤元教授は、「地震等の大規模・算定困難なリスクについても保険が提供されることが望ましいとすると、政策的な見地から、その再保険がファイナイト保険として行われた場合の再保険料について損金算入を認めることも考えられよう。」としている(※19)。今後、このような論点も含めた検討が必要ではないかと考える(※20)。 (※19) 後藤元「ファイナイト再保険の課税上の取扱い」別冊ジュリスト202号(保険法判例百選)(2010)5頁 (※20) 渕圭吾教授は、企業向け地震保険について、措置法を活用し一定の積立金の損金算入を認める方法を提案されている(渕圭吾「租税判例研究 第450回 損害保険会社が海外子会社に支払った「再保険料」の損金該当性」ジュリスト1400号(2010)175頁)。 本件ファイナイト再保険の準拠法は英国法であるため、まずは英国法によってファイナイト再保険の法的性質を明確にすることが必要と考えた。今回のような海外も含めたスキームの場合、英国だけでなく諸外国での会計及び税務処理も考慮に入れた検討も重要と思われる。また、今後も新しい保険商品が開発され、保険か否かの議論が行われる可能性が考えられる。その意味でも、新しい保険商品にも対応できるような会計及び税務の研究が必要と理解する(※21)。 (※21) 一角塾の研修においては、村井正教授より保険法からの検討や海外を含めたスキームの場合においては国際私法からの研究も必要とのアドバイスをいただいた。 (了)
会計
税務・会計
解説
解説一覧
財務会計
開示関係
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第8回】
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第8回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、第一部【企業情報】第5【経理の状況】の冒頭から【注記事項】(重要な会計上の見積り)までの作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2024年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 【経理の状況】の冒頭の作成実務ポイント 第5【経理の状況】の冒頭では、連結財務諸表等の作成方法や監査証明等について記載する。 【事例:(株)アイモバイル 2024年7月期の有価証券報告書】 2 連結財務諸表の作成実務ポイント 連結財務諸表として、連結貸借対照表、連結損益計算書及び連結包括利益計算書、連結株主資本等変動計算書並びに連結キャッシュ・フロー計算書を記載する。 (1) 連結貸借対照表 (2) 連結損益計算書 (3) 連結株主資本等変動計算書 (4) 連結キャッシュ・フロー計算書 3 「継続企業の前提に関する事項」注記の作成実務ポイント 継続企業の前提に関する注記として記載する事項がある場合、連結キャッシュ・フロー計算書の次に記載する。 4 「連結財務諸表作成のための基本となる重要な事項」注記の作成実務ポイント 連結財務諸表作成のための基本となる重要な事項として、連結の範囲等及び会計方針を注記する。 (1) 連結の範囲等 (2) 会計方針 会計方針の例示として、以下が挙げられる。 5 「重要な会計上の見積り」注記の作成実務ポイント 重要な会計上の見積りを注記する。 【事例:ビジョナル(株) 2024年7月期の有価証券報告書】 (了)
会計
税務・会計
解説
解説一覧
財務会計
開示関係
開示担当者のためのベーシック注記事項Q&A 【第29回】「継続企業の前提に関する注記」
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第29回】 「継続企業の前提に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における継続企業の前提に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表においては、連結会計年度の末日において、当該株式会社が将来にわたって事業を継続するとの前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合であって、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合、次の事項の記載が必要となります。 当該事象又は状況が存在する旨及びその内容 当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応策 当該重要な不確実性が認められる旨及びその理由 当該重要な不確実性の影響を連結計算書類に反映しているか否かの別 なお、個別注記表の場合は、上記「連結会計年度」を「事業年度」、「連結計算書類」を「計算書類」と読み替えて注記することが求められます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)では、連結注記表、個別注記表それぞれ継続企業の前提に関する注記の記載例は掲載されておらず、記載上の注意のみ掲載されています。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 継続企業の前提に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき継続企業の前提に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第100条)。 継続企業の前提に関する注記は、他の注記のように、連結注記表で記載がある場合に個別注記表での記載を省略できるといった定めはないため、該当する場合は、連結注記表に記載がある場合であっても個別注記表でも記載が必要となることに留意が必要です。 (2) 注記事項の解説 財務諸表は、通常、継続企業を前提として作成・公表されているため、財務諸表に計上されている資産及び負債は、将来の継続的な事業活動において回収又は返済されることが予定されています。 しかし、企業は様々なリスクにさらされながら事業活動を営んでいるため、継続企業を前提とすることが適切でない場合があり、経営者が継続企業の前提に関して評価した結果、期末において、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合であって、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるときは、継続企業の前提に関する事項を注記することが必要となります。 なお、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況は、監査・保証実務委員会報告第74号「継続企業の前提に関する開示について」によると、例えば、以下のような項目が考えられます。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [津田駒工業株式会社 2023年11月期] ① 連結注記表 ※津田駒工業株式会社「第113回定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」3頁より抜粋。 ② 個別注記表 ※津田駒工業株式会社「第113回定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」18頁より抜粋。 * * * 次回の第30回(最終回)は、「連結配当規制適用会社」をテーマに解説します。 (了)
労務・法務・経営
経営
〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例99】オリンパス株式会社「代表執行役の異動について」(2024.10.28)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例99】 オリンパス株式会社 「代表執行役の異動について」 (2024.10.28) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、オリンパス株式会社(以下「オリンパス」という)が2024年10月28日に開示した「代表執行役の異動について」である。同社の代表執行役(同社は指名委員会等設置会社)であるシュテファン・カウフマン氏(以下「カウフマン氏」という)が辞任するという内容だが、同氏は、代表執行役だけでなく執行役と取締役も辞任している。 「異動の理由」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 カウフマン氏が「違法薬物を購入」していたらしいことは週刊誌等で報じられているので、そちらを参照していただきたいが、オリンパスの取締役会が「同氏に辞任するよう求めたところ、同氏がこれに応じ」ているため、おそらく事実なのだろう。 2 真のグローバル企業になるために オリンパスは2019年1月11日に「真のグローバル・メドテックカンパニーへの飛躍を目指した企業変革プラン『Transform Olympus』の策定及び代表取締役の異動に関するお知らせ」を開示し、「当社グループが真のグローバルなメディカル・テクノロジー(以下「メドテック」といいます。)カンパニーへと飛躍することを目的とした抜本的な企業変革プラン『Transform Olympus』」 を策定したとしている。 そのプランの中には「取締役会のダイバーシティ化」が含まれており、次のように記載されている。 カウフマン氏はこれに伴い取締役に就任し(2019年2月8日開示「取締役候補者に関するお知らせ」)、指名委員会等設置会社移行に伴い執行役にも就任している(2019年3月29日開示「指名委員会等設置会社への移行および役員異動に関するお知らせ」)。そして、2023年4月1日には代表執行役に就任している(2022年10月21日開示「代表執行役及び執行体制の変更に関するお知らせ」)。 「取締役候補者に関するお知らせ」に記載されたカウフマン氏を取締役の「候補とした理由」は次のとおりである。「グローバル」という言葉が3回も使用されている。 「グローバルかつ多角的な経験及び専門知識を備えた」日本人もいるかと思うが、これを機にオリンパスは外国人の役員を増やしていく。2018年3月期は外国人の取締役がいなかったが(第150期有価証券報告書)、2024年3月期には取締役13名中5名が、また、執行役も10名中5名が外国人になっている(第156期有価証券報告書)。 3 真にグローバルな企業とは? 役員の構成が「グローバル」になったようだが、役員報酬の額も「グローバル」になったようである。日本企業は欧米企業ほど従業員給与と役員報酬の差が大きくないが、オリンパスは大きくなっている。2024年10月25日付日本経済新聞の記事「出世で『一獲千金』の夢-役員・従業員の報酬差ランキング」によると、同社は従業員給与と役員報酬の差が大きい企業ランキングの上位にあり、役員報酬は従業員給与の30から40倍とのことである。「Transform Olympus」が実施される前の2019年3月期には1億円以上の役員報酬を得ている者は1名だったのに(第151期有価証券報告書)、2024年3月期には9名になっている(第156期有価証券報告書)。 同社は少なくとも表面的には「グローバル」な企業になったようにみえるが、果たして真に「グローバル」な企業になったと言えるのだろうか。「真のグローバル・メドテックカンパニーへの飛躍を目指した企業変革プラン『Transform Olympus』の策定及び代表取締役の異動に関するお知らせ」では、あえて「真の」とされていたが、そもそも真にグローバルな企業とは、どのような企業なのだろうか。 なお、役員報酬の額はカウフマン氏が突出しており、2024年3月期は1,138百万円である。しかし、その約半分(業績連動金銭報酬と非金銭報酬)はクローバック条項(役員報酬を会社に返還させる仕組み)の対象となっている(第156期有価証券報告書)。執行役在任中に得た役員報酬がその対象になるので、かなりの額を返還しなければならなくなるだろう。 (了)
読み物
連載
プラス思考の経済効果 【第30回】「2023年度ふるさと納税の経済効果」
プラス思考の経済効果 【第30回】 「2023年度ふるさと納税の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに ふるさと納税制度は、都市に人口が集中してきている社会における地方と大都市の税収の格差、人口格差、経済力格差などを是正し、地方創生を目的として2008年から導入された寄附金税制の1つです。 【図表1】には、制度が導入された2008年度から2023年度までのふるさとの納税の受入額の推移が示されています。 【図表1】 ふるさと納税の受入額の推移(単位:億円) 2008年度の受入額は約81億4,000万円でしたが、2023年度には約1兆1,175億円にまで増加しました。15年間でなんと約137倍になっています。 本稿では、2023年度のふるさと納税の経済効果を推計します。 なお、本稿で解説する経済効果は、株式会社ふるさと納税総合研究所代表取締役西田匡志氏、桃山学院大学兼任講師王秀芳氏と協力して分析を行いました。 2 ふるさと納税の経済効果とは (1) ふるさと納税における地方税の動き ふるさと納税の経済効果は、以下の図のとおりです。 【図表2】 ふるさと納税制度導入前の地方税の動き 国としては全地方自治体の(C1)の合計が税収となります。 【図表3】 ふるさと納税制度導入後の地方税の動き 国としては全地方自治体の(C2)の合計が税収となります。D2はB2の5割以下の金額です。 (2) ふるさと納税のお金の動き ふるさと納税のお金の動きは、個別の地方自治体(都道府県、市、町、村など)と国全体とを分けて考えるべきです。 ふるさと納税制度導入前のC1と比べた制度導入後のC2の状況は、それぞれの地方自治体によって異なります。税収が増える地方自治体はふるさと納税のおかげで行政費が増加し、逆に減少する地方自治体は制度導入によって行政費が減少することになります。 ふるさと納税制度導入後のC2はふるさと納税制度が導入される以前からあった地方自治体の税収であって、地方自治体の行政費に使われていたため、国全体としてはC2の税収は以前より増加することはないので、新たな経済効果は発生しません。したがって、ふるさと納税制度導入以後はD2のみが新たな消費と投資に使われることになり、それがふるさと納税制度の経済効果の計算の基になるお金になるのです。 3 2023年度のふるさと納税における直接効果の項目 2023年度のふるさと納税の経済効果は返礼品に係る支出(消費と投資)の金額から推計します。返礼品に係る支出は、調達に係る費用、送付に係る費用、広報に係る費用、決済等に係る費用、事務に係る費用等の5項目で、詳細な金額は以下に示されています。 【図表4】 直接効果の項目(単位:百万円) (※) 上記のデータは寄附金額(1兆1,175億円)のうち、返礼品にかかる支出です。この支出金額を用いて経済効果を推計します。分析にあたっては、総務省の「ふるさと納税に関する現況調査結果」令和5年度版(2023年8月1日)、令和6年度版(2024年8月2日)などを参照しました。 この金額は、【図表3】で述べられた返礼品関係の経費(D2)であり、経済効果の計算の基となる直接効果の項目になります。 4 返礼品のシェアと金額 次に、返礼品について分析を行います。返礼品には非常に多くの種類があります。例えば、肉、魚貝類、果物類、米、エビ・カニ、お菓子、雑貨・日用品、お酒、イベントのチケット、家具・工芸品、旅行券、ファッション、スポーツ・アウトドアなど多種多様です。 そして、返礼品の調達に係る費用3,028億6,900万円における各カテゴリーの比率は、「ふるさとチョイス」の「お礼の品カテゴリー(大):令和4年度」のデータを用いると【図表5】のようになります。この表より、肉、魚貝類、果物類、米・パン、エビ・カニ等の農林水産物の返礼品は人気があることがわかります。 【図表5】 返礼品の調達に係る費用における各カテゴリーのシェアと金額 (※) 【図表4】の返礼品の調達に係る総費用3,028億6,900万円と【図表5】の合計金額3,029億3,000万円の差は、四捨五入の関係でシェアの合計は100%ではなく、100.01%となっていることによるものです。 5 経済効果 【図表4】と【図表5】のデータに基づいて、5,429億1,300万円の直接効果(この中には返礼品の調達に係る費用3,028億6,900万円が含まれています)と、総務省作成の「令和2年全国産業連関表」を用いた経済効果を求めると、以下のようになります。 【図表6】 ふるさと納税の経済効果 (※) 計測にあたっては、総務省の「令和2年全国産業連関表」を使用しました。また、按分する産業の自給率は、100%と仮定しています。 6 まとめ 本稿では、2023年度のふるさと納税のうち返礼品にかかる消費支出が日本全体にもたらす効果を分析しました。経済効果は約1兆2,221億500万円、さらに雇用創出効果は11万2,936人、粗付加価値創出効果は約6,417億7,800万円となりました。 日本全体としては、2023年度のふるさと納税の返礼品に係る支出(消費と投資)の金額は5,429億1,300万円でしたが、その経済効果は約1兆2,221億500万円となりました。経済効果は直接効果の約2.25倍という非常に大きな値になりました。 ふるさと納税制度は、財源不足に悩む自治体からは救世主のように考えられており、地方自治体の財源の1つとなってきています。また、寄附者からは、わずかな自己負担で自分の好む返礼品を入手できるお得な制度として歓迎されています。さらに、ふるさと納税制度による返礼品の調達は、その地域の活性化・産業育成にも繋がっています。 つまりふるさと納税制度は、納税者にもメリットをもたらし、地方自治体の財源の1つになるだけではなく、その地域の産業の育成、雇用の増加、さらに地域の活性化・創生にも繋がっていることが立証されました。 (了)
お知らせ
会計
会計情報の速報解説
税務・会計
財務会計
速報解説一覧
開示関係
《速報解説》 金融庁、政策保有株式の開示に係る「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表~開示ガイドラインでは「純投資目的」の考え方を明示~
《速報解説》 金融庁、政策保有株式の開示に係る「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表 ~開示ガイドラインでは「純投資目的」の考え方を明示~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年11月26日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、政策保有株式の開示について改正するものである。 意見募集期間は2024年12月26日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 有価証券報告書及び有価証券届出書における「株式の保有状況」の開示に関して、当期を含む最近5事業年度以内に政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式(当事業年度末において保有しているものに限る)について、次の開示を求める。 また、企業内容等開示ガイドラインにおいて、次の規定を設け、「純投資目的」の考え方を明示する。 Ⅲ 施行時期等 公布の日から施行する予定である。 改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の規定は、2025(令和7)年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書及び有価証券届出書から適用する予定である。 (了)
お知らせ
会計
会計情報の速報解説
税務・会計
財務会計
速報解説一覧
《速報解説》 ASBJが2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の改正案を公表~包括利益の表示や特別法人事業税及び種類株式の取扱いに関して提案~
《速報解説》 ASBJが2024年年次改善プロジェクトによる 企業会計基準等の改正案を公表 ~包括利益の表示や特別法人事業税及び種類株式の取扱いに関して提案~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年11月21日、企業会計基準委員会は、「2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の改正(案)」を公表し、意見募集を行っている。 これは、2024年年次改善プロジェクトにおいて検出された事項について、改正するものである。 意見募集期間は2025年1月20日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 包括利益の表示関係 1 改正の対象となる会計基準等 2 改正の内容 包括利益の表示について、これまでに公表されている会計基準等で使用されている「純資産の部に直接計上」などの用語について、連結財務諸表上においては「その他の包括利益で認識した上で純資産の部のその他の包括利益累計額に計上」と読み替えるための変更を行う。 株主資本等変動計算書について、個別株主資本等変動計算書に関する定めと連結株主資本等変動計算書に関する定めを分けたうえで、連結株主資本等変動計算書の用語についての見直しなどを行う。 3 適用時期等 公表日以後最初に開始する連結会計年度の期首から適用する。 ただし、公表日以後最初に終了する連結会計年度の年度末に係る連結財務諸表から適用することができる。この場合、公表日以後最初に終了する連結会計年度に係る中間連結財務諸表及び四半期連結財務諸表については適用しない。 Ⅲ 特別法人事業税関係 1 改正の対象となる会計基準等 2 改正の内容 3 適用時期等 公表日以後最初に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。 ただし、公表日以後最初に終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することができる。 経過措置などに注意する。 Ⅳ 種類株式関係 1 改正の対象となる会計基準等 2 改正の内容 実務対応報告第10号の適用対象となる種類株式について、会社法108条1項に従い内容の異なる2以上の種類の株式を発行する場合の標準となる株式以外の株式として定義する。 会社法108条1項を参照する定義とすることにより、実務対応報告第10号の適用対象が開発時において想定されていなかった種類株式に拡大することとなる。 3 適用時期等 適用日以後取得する種類株式について次のように行う。 適用日より前に取得した種類株式について次のように行い、いずれの方法を選択した場合も、適用日における会計処理の見直し及び遡及的な処理は行わない。 (了)