〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第12回】 「成年後見制度と相続税対策」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧問先の家族の成年後見人に就任していますが、成年被後見人の子にあたる方から、相続税対策のために生前贈与を行いたいとの申し出がありました。成年後見人として応じることはできるのでしょうか。 【A】 相続税対策のために成年被後見人から子や孫に生前贈与をする、借入をしてアパート建築を行うなどの行為は原則としてできません。相続税対策を行っても、成年被後見人である本人にメリットがあるわけではないためです。資産家の方が顧客に多い税理士が成年後見人に就任したり、成年後見制度の利用を顧客に提案したりする場合に、注意しなければならない点の1つといえます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 成年後見人の職務 成年後見人は、成年被後見人の財産を適正に管理し、成年被後見人の生活に支障が生じないようにしなければなりません。あくまで成年被後見人である本人のために活動するのが成年後見人であり、成年被後見人の家族のために活動するのではないということを認識する必要があります。時として、成年被後見人を守るためにその家族と対峙することもあります。 2 贈与の実施 成年後見人は、成年被後見人の財産をその家族を含む第三者に贈与する権限を持っていますが、単に成年被後見人の財産が減少する行為である贈与を行うことは、原則として避けるべきであるとされています。すべての贈与が認められないわけではなく、冠婚葬祭における祝儀などは、家庭裁判所に相談の上行われている例もあるようです。 相続税対策のための生前贈与については、成年被後見人である本人にメリットがあるわけではなく、また多額になることから、基本的に認められないと考えられます。 3 アパート建築 相続税対策のために、親が借入をしてアパートを建築するということがよく行われていますが、成年被後見人が相続税対策のために借入をしてアパートを建築することはできないと考えられます。これも贈与と同じく、相続税対策は成年被後見人にメリットがあるわけではないためです。 借入をする行為自体がまったく認められないというわけではなく、自宅をバリアフリーにするためのリフォーム工事費用など、成年被後見人のために必要な範囲の借入であれば、家庭裁判所に相談し許可を得た上で行われることもあるとされています。 なお、少し論点が異なりますが、アパート建築を行っている途中で、施主である親の認知症が進行し、成年後見制度の利用が必要になったという事例もあるようです。多くの場合、親が高齢になってから相続税対策を検討することになるため、こうした事態も起こり得ます。このようなケースの対応策として、まず親と子で信託契約を締結しておき、そのうえでアパートを建築するということも行われています。実施にあたっては税務的な観点からのチェックが必要になるため、税理士の力が求められることになります。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第32回】 「紅麹関連製品による健康被害と問題公表の遅延(下)」 弁護士 原 正雄 前回は、K製薬が2024年1月15日から2月1日までのわずか半月で6件もの腎障害の報告を受けたにもかかわらず、2月21日までの間、原因や因果関係の究明ばかりを優先し、消費者への注意喚起や行政報告の要否についてはほとんど議論されなかったことを述べた。 今回も、引き続き紅麹関連製品による健康被害と、2月22日以降のK製薬の対応について分析する。 1 「混入(コンタミネーション)」が原因の可能性 (1) B医師との面談 2024年2月22日、安全管理部長らは、症例③④⑤を担当したB医師と面談した。最初の連絡から既に3週間が経過していた。B医師は、以下のとおり指摘した。 (2) 2月26日付GOM-行政報告はしないとの判断 2月26日、定例のGOMでB医師との面談結果として「本件製品によって症状が発現した可能性を強く疑う」との指摘があった旨が報告された。 これに対して、信頼性保証本部長は「行政報告は、因果関係が明確な場合に限る」との解釈を説明した。当時、安全管理部は「機能性表示食品の届出等に関するガイドライン」における「健康被害の発生及び拡大のおそれがある場合は、消費者庁食品表示企画課へ速やかに報告する」との定めをそのように解釈していた。そのため、信頼性保証本部も、安全管理部のそうした解釈に従ったものであった。 その結果、当時は「因果関係が明確な場合」ではなかったため、行政報告が必要との判断に至らなかった。その後もK製薬では原因や因果関係の究明のみを継続し、行政報告が遅れることになった。 当時、安全管理部による上記解釈に対して疑義を唱えた者はいなかった。しかし、こうした重要な解釈は、安全管理部のみに委ねるべきではなかった。経営陣や幹部は行政報告をしないことに合理的な疑問を持ち、法務部等に関与させ、必要に応じて外部専門家に相談させるべきであった。さらに消費者庁に問い合わせるよう指示すべきであった。 (3) A医師との面談 2月29日、安全管理グループ長らは、症例①を担当したA医師と面談した。A医師による最初の連絡から既に約1ヶ月半が経過していた。A医師は、以下の見解を示した。 (4) 社外取締役への情報共有の不存在 3月4日、常勤監査役は、経営陣との定例の意見交換会議で「GOMでの議題のうち重大リスクにつながり得る情報、例えば紅麹問題等は社外取締役にも共有すべき」と問題提起した。 K製薬には社外取締役が4名いた。この時点で社外取締役に情報を共有していれば、危機管理として何らかの有益な意見が得られた可能性があった。しかし、その後も3月中旬に「ピークX」が発見されるまで、本件が社外取締役に共有されることはなかった。 (5) 3月5日付GOM 3月5日、定例GOMで「B医師に続きA医師も、B)モナコリンKが要因の可能性を否定した」との面談結果が報告された。そのため、「原因を網羅的に検証すべき」と議論されたが、中央研究所長は「検証に8月末までかかる」と説明した。 (6) P医師兼弁護士への相談 3月6日、本件製品との関連性が疑われる症例は合計13件(医師の報告5件、消費者の報告8件)となっていた。 同日、信頼性保証本部長らはP医師兼弁護士と面談し、以下の指摘を受けた。 上記助言を受け、各患者が摂取した製品ロットの特定を試みたところ、翌7日、複数の患者が発症直前に「製品ロットH306」または「H306と同じ原料ロットを用いていたH3017」を摂取した可能性が判明した。品質保証監査部は、C)何らかの成分が混入(コンタミネーション)した可能性を検証する方針を決定した。 (7) 3月12日付GOM 3月12日、定例のGOMで「原因としてC)特定の製品ロットへの有害成分の混入(コンタミネーション)が考えられる」と報告された。しかし、この時点でも、社長が回収や消費者への注意喚起を指示することはなかった。 3月14日、会長は、社長に「広告を自粛すべきでは」と再度提案のメールをした。社長は海外出張中で同メールに返信しなかったが、同メールをCCで受信した信頼性保証本部長と食品カテゴリー長は「広告については現状を維持する」と説明した。会長が上記以上に回収や消費者への注意喚起を指示することはなかった。 2 「ピークX」の判明とその後の経緯 (1) 「ピークX」の検出 ロット調査の結果を踏まえ、中央研究所は、製品ロットH306とH3017等についてHPLC(高速液体クロマトグラフ)分析を実施した。その結果、2024年3月15日、未知の「ピークX」が検出された。 「ピーク」とは、HPLC 分析の結果データを出力した分析チャート上の波形が高い部分を指し、成分の検出を示す。「ピークX」は、後に腎毒性のある天然化合物「プベルル酸」の検出を示すものであったことが確認されている。 本件は、C)意図しない成分が混入(コンタミネーション)したことが原因であったことが判明した。 (2) 3月19日付GOM 3月17日夜、信頼性保証本部長は、会長とGOMメンバーに「ピークX」が検出されて意図しない成分の混入(コンタミネーション)が判明したことを伝えた。 その結果、会長、社長、専務は、本件について重大な危機感を持つに至り、翌18日、早急に出荷停止・回収・リリース・注意喚起することや、原因物質の解明に要する日数も考慮して4日後の22日を目安に回収のリリースを実施する方針を決定した。 翌19日、定例のGOMで「ピークX」が検出されたことが報告され、出荷停止・回収・リリースを行う方針が確認された。ただ、「混乱を防ぐため、消費者向けコールセンター設置や取引先への連絡等に一定の時間が必要」と意見があり、出荷停止・回収・リリースはさらに4日後の26日15時へと延期された。 (3) 社外役員への報告 3月20日夜、専務の指示に基づき、総務部長が社外取締役と社外監査役に、紅麹原料への意図しない成分の混入が判明したこと、腎障害が複数発生したこと、回収とリリースを行うことなどを報告した。社外取締役は、ここで初めて正式に情報共有を受けた。また、社外監査役は、2月21日付監査役会で一応の報告を受けていたが、ここで初めて情報のアップデートを受けた。 (4) 行政報告とリリース・記者会見 3月21日夕方、国内品質保証監査グループ担当者は、消費者庁へ電話をして「健康被害報告を行いたい」旨申し入れた。消費者庁は、大阪市保健所へ連絡するよう指示した。 翌22日午前、安全管理グループ長らは、大阪市保健所に「機能性表示食品である本件製品で腎疾患に関する申し出が複数発生した」と報告した。 上述のとおり、3月19日付GOMでは「出荷停止・回収・リリースは26日15時に行う」とされていた。しかし、会長や専務は「早期にリリースすべき」と強く求め、3月22日10時からのミーティングで、両名を含む参加者の総意で「本日中にリリースと記者会見を行う」ことを決定した。 その後、同日中の15時15分、安全管理グループ長らは消費者庁とWeb面談を行い、本件製品で腎疾患の症例連絡が複数あったこと、本日中に回収リリースを行うことを報告した。同Web面談には厚生労働省も同席した。 さらに16時、臨時取締役会を開催し、回収とリリースを実施することを決議したうえ、17時、「紅麹関連製品の使用中止のお願いと自主回収のお知らせ」と題するリリースをホームページに掲載した。 同日18時、社長、信頼性保証本部長、製造本部長、食品カテゴリー長が出席し、記者会見を実施した。記者会見でK製薬は、公表が遅れたことについて責任を厳しく問われ、大変な非難を浴びることになった。 3 結語 (1) ロット調査の必要性 本件のように、これまで問題なく販売していた商品について、ある日突然に事故報告が連続した場合、特定のロットを疑うのが基本である。しかし、本件ではK製薬はそうしたことに気付かなかった。そうした中で、P医師兼弁護士が「症状発現直前に摂取していた製品ロットを調査すべき」と助言し、本件の原因の把握につながった。非常に適切な助言であったと考える。 (2) 100万パッケージ当たりの報告件数 K製薬は、2月1日までに6件もの腎障害の報告を受けていた。 本件製品の販売数は定かではないが、紅麹関連事業の売上は6億3,594万円とある。1パッケージ(60粒入20日分)の希望小売価格が2,000円であったことから、卸値につき1パッケージ1,000円とすれば、年間64万パッケージ売れたことになる。腎障害6件は、100万パッケージ当たりに換算すると10件になる。 また、腎障害6件の報告は、わずか半月でなされた。その間の販売数は、約2万7,000パッケージと推測される(年64万パッケージ÷12ヶ月÷2)。6件の報告を100万パッケージ当たりに換算すると約222件にもなる。 例えば、2013年に発生した「美白化粧品」の白斑症案件では、100万個当たり9件の発症を把握した時点で化粧品会社が回収を公表した。その後、公表から2ヶ月で被害者数は1万人に達している。本件での上記100万パッケージ当たり10件ないし222件との数値は、極めて重いものであったことが分かる。 (3) 危機感を持つことができなかった K製薬は、腎障害6件の報告を受けた時点で、重大な危機感を持って行政報告と回収を検討すべきであった。しかし、そうした危機感を持てず、危機管理本部を設置することもせず、原因や因果関係の究明のみに焦点を当ててしまった。さらに、「ピークX」の存在が判明した後でさえ、「混乱を防ぐため、消費者向けコールセンター設置や取引先への連絡等に一定の時間が必要」との意見によって公表を遅らせようとした。本件への危機感が不足していたことが分かる。 とはいえ、危機の最中であっても、会社の中にいる者が危機感を持つことは、実は難しい。「まずは原因を究明したい」「混乱を防ぐため、公表前に十分な準備をしたい」という気持ちは、心情としてはよく分かる。K製薬の役員や担当者を単純に責めることはできない。 ここで活躍が期待されるのが、社外役員である。社外役員は一歩引いた立場から会社の問題を冷静に見ることができる。一般に不祥事が起きた場合、社外役員への報告を躊躇することが多いと考えるが、社外役員は「会社の味方」である。社内担当者は、ぜひ社外役員を頼ってほしい。それがコンプライアンスの充実、ひいては会社を守ることにもつながる。 (4) 小括 本件では、K製薬が隠蔽等を行おうとした様子は窺えない。症例の報告に対して、極めて真面目に取り組もうとしていたことがよく分かる。しかし、結果としては、公表が遅れたことで本件製品の被害が拡大してしまった。 非常事態において適切に対応することは、簡単なことではない。企業関係者は本件を他山の石とし、「いざ」というときに適切に対応できるよう準備をしておかなければならない。 (了)
《速報解説》 「『監査役会等の実効性評価』の実施と開示の状況」を監査役協会が公表 ~全体で19.7%の会社が実施、今後の取組みに関する提言示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年11月12日、日本監査役協会 ケース・スタディ委員会は、「『監査役会等の実効性評価』の実施と開示の状況」を公表した。 これは、会員上場会社を対象に行った「監査役会等の実効性評価と監査活動の振り返りについてのアンケート調査」をもとに取りまとめたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 コーポレートガバナンス・コードでは、取締役会全体の実効性について分析・評価を行うことなどが規定されているが、監査役会等の実効性評価については規定されていない。 監査役会等の実効性評価を実施している企業は一定数存在することから、その実態を把握し、今後の監査役会等の実効性評価の取組みに関する提言を行っている。 「監査役会等の実効性評価」を実施している会社は全体で19.7%であり、プライム市場上場会社では26.2%であるなどの分析結果が記載されている。 実効性評価は、全メンバーが等しく十分な情報量をもって議論し、課題を共有して改善するための有用かつ効率的なツールであるなどの効果に関する回答がある一方、自己採点(評価)のみのため他社との比較ができない、自己満足に終わっている危険性はないかなどの課題に関する回答も見られる。 次の提言が記載されている。 (了)
《速報解説》 金融庁が「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表 ~個別テーマの開示例として知的財産に係る好事例を記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年11月8日、金融庁は、「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表した。 これは、サステナビリティに関する考え方及び取組の開示①(全般的要求事項、個別テーマ)について議論したものであり、参考として、「定量分析」も記載している。 今後、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の気候変動等や人的資本、「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目の追加を行う予定とのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 投資家・アナリスト・有識者が期待する開示を充実化させるための取組み 次のことが記載されている。 Ⅲ 有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組の全般的な開示のポイント 経営陣やガバナンスによるリーダーシップの発揮や、サステナビリティに関する活動によって何に貢献しようとしているのかについて開示すること、第三者保証の有無、使用している用語の明確化などについて記載している。 Ⅳ 全般的要求事項の開示例 主な開示のポイントとして、取締役会が経営陣をどのように監督しているか、リスク管理ではサステナビリティ関連のリスクだけではなく、機会についても記載することが必要なことなどが記載されている。 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(開示プラットフォームシステムの活用により、作成・レビュープロセスを効率化したことなど)。 好事例のポイントとして次のことが記載されている。 Ⅴ 個別テーマの開示例 主な開示のポイントとして、知的財産について具体的に記載することなどが記載されている。 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(投資家やアナリストの理解に資するよう、図表等の挿入と端的な表現に努めたことなど)。 好事例のポイントとして次のことが記載されている。 (了)
2024年11月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.593を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.141- 「「103万円年収の壁」の議論を所得税改革につなげよう」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 総選挙の結果、財源を語らない大規模減税を公約とした財政ポピュリズム政党が大きく躍進した。れいわ新選組は消費税廃止を、国民民主党は消費税率5%への引下げや所得税基礎控除の103万円から178万円への引上げなどで「手取りを増やす」ことを訴え、若者を中心とした支持を広げた。 いよいよわが国にもポピュリズムが到来したかと思うと暗い気持ちになるが、背景には、アベノミクスによるわが国中間層の二極化や、医療、年金など高齢者重視のシルバー民主主義への批判があり、その点は今後のわが国税制や社会保障制度を見直す転換点になるかもしれない。 さて、国民民主党が主張する「103万円の壁」が大きな議論となっている。本連載の読者にとってこれから述べることは常識かもしれないが、マスコミの議論が混乱しているので、あえて議論を整理してみたい。 * * * 103万円というのは、パートなども含む給与所得者の経費である給与所得控除の最低保証額である55万円と、最低生活費を保障する基礎控除の48万円を加えた給与所得者の課税最低限である。これを超えると、所得税の最低税率である5%がかかる。103万円を超えて10万円追加で働けば税負担が5,000円かかるが、手取りは95,000円増える。住民税の10%(1万円)を加味しても手取りは85,000円増え、いわゆる逆転現象は生じない。 給与所得控除と基礎控除の合計である103万円を越えた日は、晴れて納税者(タックスペーヤー)として一人前になった日である。 英国の作家兼詩人のアーサー・ウィリスの墓碑には「彼は妻を愛し、税金を払った」と刻まれており、納税し社会に貢献したことを誇らしく書いている。 もう1つ、親の扶養に入っている学生アルバイトの場合には、本人の収入が103万円を超えると親の扶養控除がなくなり、その限りで世帯の手取りは減少する。玉木代表はこれも問題にしているが、これは扶養控除(扶養親族の定義)の話で、パートの話とは区別する必要がある。 就業調整に関するアンケート調査では、常に上位に103万円が理由に挙げられる。これは、民間企業において、配偶者がいる従業員に対して支給される配偶者手当などが103万円にリンクしているから生じる誤解だともいわれている。最近では民間企業も、手当ての支給基準を「配偶者の所得」から「子どもの数」に替える対応を進めているようだが、一度思い込んだ通念はなかなか解消しない。 これに対しリアルなのは、パートの「106万円の壁」と「130万円の壁」だ。これを超えると夫の扶養から外れ、厚生年金・健康保険料負担が新たに発生し手取りが減る逆転現象が生じる。再び同じ額を確保するには追加的に30万円弱の収入を得るべく働く必要が生じる。これは第3号被保険者の問題であるが、中長期的に考えると厚生年金への加入は決して損ではない。本人が平均余命を超える場合などメリットがあり、一方的に「壁」といって非難することはミスリーディングではないか。第3号被保険者の問題は見直す必要があるが、それは抜本的な改革につながり、さまざまな事情で本格的に働けない人へのセーフティーネットを考えるなど時間がかかる。まずは政府は、正確な理解を促す広報を行う必要がある。 ここからが話の本番である。国民民主党の問題意識を筆者なりに捉えると、問題は、働き始めると税・社会保険料負担が生じ手取りが減るポバティ―トラップ(貧困の罠)ということではないか。 失業手当が高水準である欧州諸国では、せっかく勤労して所得を得ても税や社会保険料が高く、税・社会保険料後の手取りが失業手当より少ないというポバティートラップが生じるので、失業者の数は恒常的に減らなかった。 このモラルハザードをなくす政策として導入されたのが、税と社会保障を一体化して減税・給付をする給付付き税額控除である。英国のユニバーサルクレジットでは、給付一本に統一されている。給付付き税額控除については、今回の選挙で立憲民主党が、消費税逆進性対策として主張したが、本来は「貧困の罠」対策の政策である。今回の国民民主党の問題提起を受けて、7~8兆円の減収が生じ高所得者ほど恩恵の多い所得控除の引上げではなく、「貧困の罠」を生じさせている中低所得者に対象を限定した給付付き税額控除の検討を進める必要がある。 この制度は数千億円程度の財源があれば構築可能で、富裕層への課税強化など所得税の見直しの中で対応できる。制度の詳細については、財務省財務総合政策研究所のフィナンシャルレビュー157号の拙稿を参照していただきたい。 * * * 税制は、人々の負担の構造を変える、究極の構造改革である。わが国の所得税制には、時代遅れとなっている退職金税制の見直し、さらには「1億円の壁」への対応などの課題がある。このチャンスに、それらを併せて議論し、所得税制の近代化や適正化を図ることが重要だ。 軽々に、目先の政権運営に囚われて小手先の対応をすることは厳に慎むべきだ。 (了)
〔令和6年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第3回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 ←(前回) | (次回)→ 5 大企業向けの賃上げ促進税制 (1) 制度の概要 青色申告書を提出する法人が、適用年度(令和4年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度)中に国内雇用者に対して給与等を支給する場合において一定の適用要件を満たすときは、その給与等支給増加額の10%相当額(税額控除限度額)を法人税額(当該法人の当該事業年度の所得に対する調整前法人税額)から控除する(措法42の12の5①)。 さらに「上乗せ控除のための要件」が定められており、それらの要件の充足度合いに応じて控除率は5%~25%上乗せされる(税額控除限度額は最大35%相当額まで拡大する)。 ただし控除上限は調整前法人税額の20%相当額である。 (2) 適用要件 大企業向けの制度における適用要件は下表のとおりである(措法42の12の5①)。 (3) 上乗せ控除のための要件 上乗せ控除(税額控除率の上乗せ)措置としては、「継続雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置」、「教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置」及び「厚生労働省の認定制度の適用による上乗せ措置」の3つがあり、それぞれに応じて下表のとおり上乗せ控除率が定められている(措法42の12の5①一~三)。 すべての上乗せ控除の適用を受けることができる場合、最大の税額控除率は調整前法人税額の35%(=本則10%+上乗せ①15%+上乗せ②5%+上乗せ③5%)相当額となる。 【上乗せ①:継続雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置】 【上乗せ②:教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置】 (※10) 令和6年度の税制改正前は、この要件は「増加割合」のみで判定され、「増加額」は考慮外とされていたことから、わずかな教育訓練費の増加でも上乗せ措置の適用を受けることができる状況が許容されていた。 今般の改正により、一定以上の教育訓練費の水準を確保するための措置として、教育訓練費の額が雇用者給与等支給額に占める割合についても上乗せ控除の要件として考慮されることとなった。その代わり、増加割合要件が緩和されている(改正前:20%以上 ⇒ 改正後:10%以上)。 【上乗せ③:厚生労働省の認定制度の適用に伴う上乗せ措置】 (4) マルチステークホルダー方針公表・届出要件 「新しい資本主義」の実現に向けた取組みの一環として、一定規模以上の法人については、多様なステークホルダー(利害関係者)に配慮した経営への取組みを行うことが社会的責任として求められるとの認識のもと、そうした取組みを行っている法人に限り賃上げ促進税制の適用を行うこととされている。 具体的には、一定の「マルチステークホルダー方針」を自社のホームページに公表するとともに、公表した旨を経済産業大臣に届け出ることが必要である。さらに、公表届出後に経済産業大臣から発行される「受理通知書」の写しを確定申告書に添付することが必要である(措法42の12の5①、措令27の12の5①②)。 このための具体的な手続については、「事業上の関係者との関係の構築の方針の公表及び届出に係る手続を定める告示」(令和4年3月31日 経済産業省告示第88号)が公表されていることから、以下その内容について紹介する。 ① 対象法人 以下のいずれかに該当する法人が対象となる(措法42の12の5①)。 ② マルチステークホルダー方針の内容 マルチステークホルダー方針に含まれる内容としては、給与等の支給額の引上げの方針、下請事業者(下請中小企業振興法2④)その他の取引先との適切な関係の構築の方針その他の事業上の関係者との関係の構築の方針に関する事項として厚生労働大臣、経済産業大臣及び国土交通大臣が定める事項とされ(措法42の12の5①、措令27の12の5①)、厚生労働大臣、経済産業大臣及び国土交通大臣は、これに係る事項を定めたときは、これを告示することとされている(措令27の12の5㉗)。 具体的には、「事業上の関係者との関係の構築の方針に記載する事項を定める告示」(厚生労働省・経済産業省・国土交通省告示第1号 令和4年3月31日)において、以下のように定められている。 このうち「下請事業者その他の取引先との適切な関係の構築の方針」については、別途、「パートナーシップ構築宣言」(※15)の作成と公表も求められている点に留意が必要である。 (※15) 経団連会長、日商会頭、連合会長及び関係大臣(内閣府、経済産業省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省)をメンバーとする「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」において「パートナーシップ構築宣言」の仕組みを創設することとされ、サプライチェーンの取引先や価値創造を図る事業者との連携・共存共栄を進めることで、新たなパートナーシップを構築することを、「発注者」の立場から企業の代表者の名前で宣言するものである。 具体的には、「パートナーシップ構築宣言」ポータルサイトからひな形をダウンロードし、「パートナーシップ構築宣言」を作成したうえで、これを登録することによって「登録企業リスト」に追加される(同サイト「パートナーシップ構築宣言とは」参照)。 具体的には、以下の「様式第一」(最終改正:令和6年3月28日)の内容及び記載要領に従い作成することとなる。様式が変更されているため、令和6年3月31日以前に開始する適用年度に係るマルチステークホルダー方針を既に公表している場合であっても、令和6年4月1日以降に開始する事業年度について本税制の適用を受ける場合には、あらためて新様式を用いてマルチステークホルダー方針を公表し直す必要があるため留意が必要である。ただし、令和6年4月1日以降に開始する適用年度について、既に新様式によるマルチステークホルダー方針を公表している場合には、2回目以降の税制の適用に当たりマルチステークホルダー方針の公表をし直す必要はない。 また、経済産業省が公表する『「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック』(令和6年8月5日公表版)にも、各様式の記載要領が追加的に示されている。以下では「様式第一」のひな形について、両者の記載要領と合わせて示す(※16)。 (※16) 経済産業省公表の「ガイドブック」の記載要領は「ですます調」で記載されているところ、本稿では「である調」に表現を修正している。 【様式第一】 【記載要領】(強調:筆者) (【第4回】に続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例68】 「法人の支出する飲食費等のうち交際費等に該当するものの判断基準」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方のある県庁所在地で広告業を営む株式会社Z(資本金5,000万円で3月決算法人)において、総務部長を務めております。わが社は大手広告代理店に勤務していた現社長が20年前に起業した会社であり、創業当時はTVCM制作の下請け業務が主でしたが、現在は企業や大学、医療機関のブランディングの企画立案が主たる業務となっております。 企業や大学のブランディングとは、一言でいえば顧客となる企業や大学の知名度やイメージを引き上げることであり、それを通じて企業の製品の売上増や大学の学生獲得増に貢献する活動であるといえます。近年はマスメディアやTVCMを通じた企業・製品の広告宣伝活動よりも、webやSNSによるマーケティング活動のほうがより効果的というのが、わが業界の常識となりつつあります。ご承知の通り、大学は少子化の波をもろに受け、中堅以下の私立大学はその存続が危ぶまれるほど学生募集に苦慮しており、その生き残り戦略としてブランディングの確立が急務となっております。そのため、企業や大学からのSNSによる効果的なブランディングを行ってほしいという依頼が急増しており、それが現在のわが社の稼ぎ頭となっております。 そのような中、最近税務署の税務調査を受け、交際費に関する指摘を執拗に受けております。すなわち、わが社は中小法人に該当し、当初申告では法人税の取扱い上損金算入が認められる上限に達しない金額の交際費のみ計上していたのですが、申告を見直したところその金額が増加したため、更正の請求を行いました。ところが税務署は、追加計上した部分の金額につき、「特定の取引先の社長や大学の理事との飲食費が突出して多いが、これはプライベートな飲食であり個人で負担すべき支出ではないか」と難癖をつけてくるのです。業務を発注し合う間柄の取引先との飲食費が交際費にならないというのは、社会通念に反するトンデモ理論だと思うのですが、税法の解釈はどうなるのでしょうか、教えてください。 【A】 資本金が1億円以下の法人については、交際費等の額のうち、年額800万円の定額限度額については損金算入が認められていますが(中小法人損金算入特例)、当該特例の対象となる交際費等に該当するか否かについての判断基準は、その支出の目的が一般的・抽象的なものでは足りず、具体的に当該法人の業務と関連性があることを要するというべきです。 この事例において、支出先がZ社と継続的な取引関係にあり、互いに業務を発注するなどの実績がある場合には、当該飲食に係る支出はその親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なものであるということができることから、Z社の業務と具体的に関連性があると認められます。したがって、当該支出は法人税法上、交際費等に該当するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 中小法人に対する交際費の損金算入規定 本連載では、これまで何度か法人税(租税特別措置法)における交際費等の損金不算入規定について触れてきたが、今回問題となっているのは、その中でも特に中小法人に対する交際費の損金算入の規定についてである。すなわち、租税特別措置法の規定では、交際費等の額は原則として損金の額に算入しないとされており(措法61の4①)、例外的に接待飲食費の50%相当額や資本金1億円以下の法人(中小法人)に係る800万円までの定額控除などについて損金算入が認められているにすぎない(措法61の4①②)。中小法人に対する当該定額控除限度額の引上げは平成25年度の税制改正により行われたもので、それまでは定額控除限度額が600万円、それに達するまでの金額の10%相当額が損金不算入であったため、大幅な緩和措置であったといえよう。 当該緩和措置導入の背景としては、「日本経済再生に向けた緊急経済対策(平成25年1月11日閣議決定)」があり、その中で、中小企業・小規模事業者の活力を引き出すため、新たなビジネスへのチャレンジの支援、経営改善・事業再生支援等を行うことが掲げられており、新たなビジネスへのチャレンジの支援、ものづくり支援、商店街の活性化等に向け、中小企業の交際費課税の特例の拡充を行うこととされた、ということである(※1)。 (※1) 財務省編「平成25年度 税制改正の解説」516頁参照。 (2) 更正の請求と挙証責任 納税者が申告等によっていったん確定した課税標準等又は税額等を、例えば納付税額が過大であったため減少させるというように、自己に有利に変更すべきことを税務署長に求める手続きを「更正の請求」という(通法23)。更正の請求には、①納税申告書に記載した課税標準等又は税額等に誤りがあるために行うもの(通常の更正の請求)と、②後発的理由によって課税標準等又は税額等の計算の基礎に変動が生じたため行うもの(後発的理由による更正の請求)とがある(※2)。 (※2) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)967頁。 更正の請求に係る挙証(立証)責任であるが、(3)で取り上げる裁判例で裁判所が指摘するように、申告納税方式による国税に係る税額は、その後に更正がされない限り、納税者の納税申告の通り確定するものであること、納税申告の前提となった事実関係及びそれを誤りであるとする事実関係は更正の請求を行う納税者が熟知していることが一般的であることなどの事情に照らせば、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、更正の請求に係る事実関係は納税者たる原告において主張、立証すべきものと解するのが相当であるといえよう。これは民事訴訟法における法律要件(分類)説(※3)に依拠するもので、権利障害要件たる事実については租税債務者たる納税者が立証責任を負うということになる(※4)。 (※3) 中野貞一郎他編『新民事訴訟法講義(第3版)』(有斐閣・2018年)400-401頁参照。 (※4) 金子前掲(※2)書1136-1137頁。 (3) 中小企業が飲食費等の名目で行った支出のうち交際費等に該当するものの判断基準が争われた事例 それでは本件と同様に、中小企業が飲食費等の名目で行った支出のうち交際費等に該当するものの判断基準について争われた事例(東京地裁令和5年5月12日判決・TAINSコード:Z888-2553)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 広告の企画・制作等を行う原告らは、京橋税務署の職員らによる実地調査(平成29年1月16日に原告らに対し開始された各調査をいう)を受けたところ、原告らが法人税の確定申告において交際費及びその他の費用として計上した飲食等の代金(代表者個人名義のクレジットカードにより支出)の一部は、租税特別措置法第61条の4第4項に定める交際費等に当たらず損金の額に算入することができないなどと指摘された。 原告らは、京橋税務署長に対し、平成29年5月15日、上記指摘を踏まえて、法人税、地方法人税及び消費税等の各修正申告書を提出した後に、当該損金の額に算入することができないと指摘された飲食等の代金が、いずれも原告らの業務に必要な交際費等に該当するなどと主張して、同年6月26日に更正の請求をしたところ、京橋税務署長は、国税通則法第23条第4項の規定に基づき、平成30年6月19日付け及び同年9月13日付けで、更正をすべき理由がない旨の各通知処分を行った。 本件は、原告らが、被告に対し、本件各通知処分の取消しを求める事案である。 なお、被告は、原告らの接待交際費(飲食費等)の支出につき、以下の通りA~Dに分類している。 〈飲食費等の支出類型〉 ② 事案の争点 原告らの行った飲食費等に関する支出の交際費該当性。 ③ 裁判所の判断 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例では、法人の支出した飲食代金の交際費該当性が問われたが、そこでポイントとなるのが、中小法人損金算入特例の下での、その支出の「目的」と法人の「業務」との「関連性」である。 被告・課税庁側は、裁判所が交際費等に該当すると認めた支出DのうちX及びYを相手方に含む飲食等の代金の中に、「プライベートで会ったものも含まれており、業務との関連性が立証されていない」と主張している。これに対し、裁判所は、「X及びYと原告らは、継続的に取引関係にあるものであり、互いに業務を発注するなどの実績があることに照らせば、X及びYを相手方に含む支出Dについては、明確に業務と関連性のないプライベートとして行ったものでない限りは、これにより親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なものであったということができる。そして、支出DのうちX及びYを相手方に含む飲食等の代金について、これらが明確にプライベートなものとして行ったものであることをうかがわせる証拠はない」として、課税庁の主張を斥けている。 取引先との飲食を伴う交際費の支出の中には、当該取引先の特定の担当者と支出する法人の代表者が個人的に仲良くなって、専らその親交を深める目的でなされるものもないとはいえないであろう。そのような支出は、本来であれば二者間のプライベートな飲み代であり、厳密に言えば法人が負担すべき交際費とは言い難いといえるかもしれない。しかし、「親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なもの」というべき交際費という支出の性質上、「継続的に取引関係にあるものであり、互いに業務を発注するなどの実績がある」というような関係性のある二者間における飲食費の支出を、外形的に「純粋にプライベートな支出」か否かを峻別することは、実務上、思いのほか困難であると言わざるを得ない。そうなると、裁判所が言うように、「明確に業務と関連性のないプライベートとして行ったものでない限り」交際費に該当すると判断するのが妥当といえよう。中小法人損金算入特例に係る飲食を伴う交際費の判断基準として、本裁判例の判断は実務の参考になるものと考えられる。 (4) 本件へのあてはめ 資本金が1億円以下の法人については、交際費等の額のうち、年額800万円の定額限度額については損金算入が認められているが(中小法人損金算入特例)、当該特例の対象となる交際費等に該当するか否かについての判断基準は、その支出の目的が一般的・抽象的なものでは足りず、具体的に当該法人の業務と関連性があるものであることを要するというべきである。 この場合、支出先がZ社と継続的な取引関係にあり、互いに業務を発注するなどの実績がある場合には、当該飲食に係る支出はその親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なものであるということができることから、Z社の業務と具体的に関連性があると認められる。したがって、当該支出は交際費等に該当するものと考えられる。 (了)
〔令和6年度税制改正における〕 外形標準課税制度の見直し 【後編】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 2 改正内容(承前) 《100%子法人等への対応》 (1) 内容 次に掲げる要件を全て満たす法人については、外形標準課税の対象とされることになった(地法72の2①一ロ、地令10の2~10の5、地規3の13の4)。 (※1) 特定法人とは、払込資本の額が50億円を超える法人(外形標準課税対象外法人を除く)及び相互会社(外国相互会社を含む)をいう。 (※2) 当該事業年度終了の日に法人との間に完全支配関係がある他の法人が当該事業年度において特定法人に該当するものであるかどうかの判定は、同日以前に最後に終了した当該他の法人の事業年度終了の日(当該日がない場合には、当該他の法人の設立の日)の現況により判定する。 (※3) 公布日以後に当該法人と当該特定法人との間に完全支配関係(当該法人以外の特定法人による完全支配関係に限る)がある場合その他一定の場合において、当該法人が剰余金の配当(払込資本の額のうち資本剰余金の額の減少に伴うものに限る、(※4)において同じ)又は出資の払戻しをしたときは、当該剰余金の配当又は出資の払戻しにより減少した払込資本の額を加算した額(㋐(a)の場合)。 (※4) 公布日以後に特定親法人(当該事業年度において当該法人と他の法人との間に当該他の法人による完全支配関係がある場合における当該他の法人)と当該法人との間に当該特定親法人による完全支配関係があり、かつ、当該法人との間に完全支配関係がある全ての特定法人が有する株式(出資)の全部を当該全ての特定法人のうちいずれか一のものが有するものとみなした場合において当該いずれか一のものと当該法人との間に当該いずれか一のものによる完全支配関係があることとなるときその他一定の場合に、当該法人が剰余金の配当又は出資の払戻しをしたときは、当該剰余金の配当又は出資の払戻しにより減少した払込資本の額を加算した額(㋐(b)の場合) 特定法人は、払込資本の額が50億円を超える法人であり、かつ、外形標準課税対象外法人以外の法人である。特定法人からは外国法人は除外されていないため、外国法人が特定法人となる場合も考えられる。 上記㋐の(a)と(b)の典型的な場合を示すと下記の通りになる。 払込資本の額とは、前回の《減資への対応》と同様、資本金及び資本剰余金の合計であるため、株式会社の場合は、資本金、資本準備金及びその他資本剰余金の合計となる。 払込資本の額を減少させて本改正の適用を免れようとする場合も想定されるため、一定の剰余金の配当や出資の払戻しを行った場合の調整措置が設けられている。すなわち、公布日以後に資本剰余金の減少に伴う剰余金の配当や出資の払戻しを行った場合、減少した払込資本の額を加算することとなっている((※3)及び(※4))。公布日前に行ったものについての調整が不要とされる点は、《減資への対応》と同様である。 なお、配当等を行った事業年度だけでなく、以後の各事業年度においても払込資本の額に加算される点に留意が必要である。 配当が加算対象となる場合を例示すると下記の通りである。 ㋐(a)の場合 ㋐(b)の場合 財務省から公表された「令和6年度 税制改正の解説」(880頁)によると「当該年度の100%親法人と異なるグループに所属していた(当該100%親法人との間に完全支配関係がない)ときに行われた配当については、現グループ下での『100%子法人等に対する措置の適用を回避』とはいえないため、加算の対象外とされてい」るとのことから、上記㋐(a)の場合は、配当時と当該事業年度の特定法人は同じであること、㋐(b)の場合は、配当時と当該事業年度の特定親法人は同じであることが前提と思われる。M&Aなどにより、配当時の特定法人又は特定親法人と当該事業年度の特定法人又は特定親法人とが異なる場合の配当は、加算対象にはならない点に留意が必要である。 なお、判定対象となる法人の当該事業年度終了の日に当該法人との間に完全支配関係がある他の法人が、当該事業年度において特定法人に該当するかどうかの判定(具体的には、当該他の法人の払込資本の額が50億円を超えるか否かの判定)は、上記の(※2)にある通り、同日以前に最後に終了した当該他の法人の事業年度終了の日において行う。判定対象法人と他の法人が同一の決算期であれば、結果として、判定対象法人の当該事業年度終了の日に判定することになるが、決算期が異なる場合には、他の法人が特定法人となるかどうかの判定は、判定対象法人ではなく、他の法人の事業年度終了の日(判定対象法人の当該事業年度終了の日以前に最後に終了した事業年度終了の日)において判定することになるので留意が必要である。 設例1:判定対象法人と他の法人が同一の決算期である場合 判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)に完全支配関係のある他の法人が特定法人に該当するかどうかの判定は、当該他の法人の事業年度終了の日(令和9年3月31日)において行う。 設例2:判定対象法人と他の法人が異なる決算期である場合 判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)に完全支配関係のある他の法人が特定法人に該当するかどうかの判定は、当該他の法人の事業年度終了の日(令和8年12月31日)において行う。 したがって、令和8年12月31日時点で他の法人が特定法人に該当する場合、その後、資本の払戻し等により、判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)時点では、特定法人の要件を満たさなくなったとしても、特定法人に該当するものとして判定を行うものと思われる。 逆に、令和8年12月31日時点で他の法人が特定法人に該当しない場合、その後、増資等により、判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)時点では、特定法人の要件を満たしたとしても、特定法人には該当しないものとして判定を行うものと思われる。 なお、電気供給業のうち、小売電気事業等、発電事業等及び特定卸供給事業を行う法人についても本改正の対象となる点に留意が必要である。 (2) 適用時期 令和8年4月1日以後に開始する事業年度について適用される。《減資への対応》と適用時期が異なるので注意が必要である。 (3) 負担変動軽減措置(改正地法附則8②③) 本改正により外形標準課税の対象となった法人については、負担変動軽減措置が講じられている。すなわち、令和8年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度分の事業税(令和8年度分基準法人事業税額)が、当該法人を外形標準課税対象外法人とみなした場合の事業税額(令和8年新法を適用した税額、比較法人事業税額)を超える場合には、当該超える金額の3分の2に相当する金額が法人事業税額から控除される。 また、令和9年4月1日から令和10年3月31日までの間に開始する各事業年度分の事業税(令和9年度分基準法人事業税額)が、比較法人事業税額を超える場合には、当該超える金額の3分の1に相当する金額が法人事業税額から控除される。 (4) 特例措置(地法附則8の3の4、地令附則6) 改正産業競争力強化法の施行日(令和6年9月2日)から令和9年3月31日までの間に特別事業再編計画について認定を受けた認定特別事業再編事業者が、特別事業再編計画に従って行うM&Aにより100%子法人となった法人(当該計画の認定を受けた者が当該計画の認定を受ける前5年以内に買収した法人(5年以内株式等取得等法人)を含む)については、5年間、外形標準課税の対象外とされる。 なお、本特例措置の適用を受ける場合、申告書に本特例措置の対象法人又は5年以内株式等取得等法人に該当するものであることを証する書類として一定の書類を添付する必要がある点に留意が必要である(宥恕規定あり)。 《申告書への添付書類》 外形標準課税対象法人は、申告の際、貸借対照表及び損益計算書の添付義務がある(地規4の5一)。改正により、株主資本等変動計算書及び法人の事業等の概況に関する書類が追加された(同三四)。なお、法人の事業等の概況に関する書類には、当該法人との間に完全支配関係がある他の法人との関係を系統的に示した図が含まれる。 対象法人の払込資本の額については貸借対照表、親法人との間に完全支配関係があるかどうかは出資関係図、資本剰余金を原資とする配当の額については株主資本等変動計算書により確認が行われる。親法人が特定法人に該当するかどうかについては、新たに用意される別表(第六号様式別表四の四)を用いる(週刊税務通信「外形標準課税の見直しの概要と実務上の留意点」税務研究会No.3811、令和6年7月22日官報号外173号)。 3 中間申告義務の判定に関する改正(地法附則8の3の3②、令和8年4月1日以後開始事業年度は地法72の26①⑧⑨) 法人税において中間申告の必要がない法人については、事業年度の期間が6ヶ月を超える場合であっても、原則として、法人事業税についての中間申告を要しないとされるが、外形標準課税の対象法人については、例外的に、中間申告の義務が生ずる。 改正前は、当該事業年度開始の日以後6ヶ月を経過した日の前日において外形標準課税の対象とされる法人である場合に中間申告の義務が生ずるとされていた。 改正により、令和7年4月1日以後開始事業年度から、当該事業年度の前事業年度において外形標準課税の対象とされる法人である場合に中間申告の義務が生ずることになる。 したがって、当該事業年度開始の日以後6ヶ月を経過した日の前日において外形標準課税の対象とされない法人であっても、前事業年度において外形標準課税の対象とされる法人については、中間申告の義務が生ずる点に留意が必要である。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第46回】 「取引単位営業利益法の適用」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 独立企業間価格の算定方法の1つである取引単位営業利益法の適用に当たり、比較対象取引に該当するか否かにつき国外関連取引と非関連者取引との類似性の程度を判断する場合にはどのような要素を勘案すべきでしょうか。 〔A〕 取引単位営業利益法の適用に係る最近の裁判例において、租税特別措置法施行令39条の12第8項2号、「OECD移転価格ガイドライン 2010年版」(以下「OECDガイドライン(10年版)」という)パラ1.36 、租税特別措置法関係通達66の4(3)-3を踏まえ、比較対象取引について(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の各要素から検討するという判断枠組みが示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 取引単位営業利益法とは (1) 制度の概要 取引単位営業利益法とは、再販売価格基準法及び原価基準法が比較対象取引に係る売上総利益を基に国外関連取引に係る対価の額を算出する方法であるのに対して、比較対象取引に係る営業利益を基にして国外関連取引に係る対価の額を算出する方法をいう。 これは、国外関連取引に係る内国法人又は国外関連者のうち、機能が単純な一方を検証対象とし、当該検討対象法人に係る比較対象取引を選定して独立企業間価格を算定する方法であり、具体的には、次表の(1)~(4)の方法が規定されている。 なお、表中の「ベリー比」とは、取引単位営業利益法を用いて独立企業間価格を算定する際に使用する利益水準指標として、平成25年度税制改正において導入されたもので、営業費用に対する売上総利益の比率をいい、販売仲介業者の行う販売サービスのように、機能・リスクが限定的で、その利益が営業費用に比例する活動に係る利益率を検証する場合に有用な利益水準指標と考えられている(※1)。 (※1) 財務省「平成25年度 税制改正の解説」732頁 上記いずれの方法を採用するにせよ、比較対象取引と国外関連取引とが、棚卸資産の買手又は売手の果たす機能その他において差異がある場合には、その差異により生ずる割合の差につき必要な調整を加えた後の割合を用いることとされている。 (2) 比較対象取引の選定(基本三法との比較) 国外関連取引と非関連者間取引との差異が独立価格比準法(措法66の4②一イ)に規定する対価の額又は再販売価格基準法(同ロ)及び原価基準法(同ハ)に規定する通常の利益率の算定に影響を及ぼす場合であっても、取引単位営業利益法に規定する割合の算定においては、当該差異が影響を及ぼすことが客観的に明らかでない場合があるため、取引単位営業利益法の適用においては、基本三法の適用に係る差異の調整ができない非関連者間取引であっても、比較対象取引として選定して差し支えない場合があるとされている(移転価格事務運営指針4-11)。 なお、国外関連取引の当事者が果たす主たる機能と非関連者間取引の当事者が果たす主たる機能が異なる場合には、通常その差異は上記(1)の割合の算定に影響を及ぼすことになる。 (3) 販売のために要した販売費及び一般管理費の取扱い 取引単位営業利益法により独立企業間価格を算定する場合の「国外関連取引に係る棚卸資産の販売のために要した販売費及び一般管理費」には、その販売に直接に要した費用のほか、間接に要した費用が含まれる。この場合において、国外関連取引及びそれ以外の取引の双方に関連して生じたものがあるときは、これらの費用の額を、個々の取引形態に応じて、例えば、当該双方の取引に係る売上金額、売上原価、使用した資産の価額、従事した使用人の数等、当該双方の取引の内容及び費用の性質に照らして合理的と認められる要素の比に応じてあん分することとなる(移転価格事務運営指針4-12)。 以下では、取引単位営業利益法の適用が争われたIHI事件について検討する。 2 過去の裁判例 《東京地裁令和5年12月7日判決》(※2) (※2) TAINSコード:Z888-2653 (1) 事案の概要 本件は、原告Xの所轄税務署長であるYが、Xとその国外関連者であるA社(タイ法人)との間の車両過給機(ターボチャージャ)に係る部品輸出取引、無形資産取引及び役務提供取引(これらを併せて本件国外関連取引)について、これらによりXが支払を受けた対価の額が、独立企業間価格に満たないとして法人税等の各更正処分等をしたことに対し、Xが、Yが独立企業間価格を算定するに当たって採用した方法(本件算定方法)は、取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法ではなく、Yが算定した金額をもって独立企業間価格ということはできないなどとして、上記各更正処分等の取消しを求める事案である。 Xは資源・エネルギー、社会インフラ、産業機械、航空・宇宙の4つの事業分野を中心に事業活動を行っている内国法人である。A社は、車両過給機の部品又はその部材をXないし現地サプライヤーから購入して、車両過給機を製造し、主として日系自動車メーカーに販売するほか、その一部完成品や部品をXの関係会社に販売している。Yが比較対象法人として選定したC社及びD社(本件比較対象法人)の概要は次のとおりである。 (2) 争点 本件算定方法は取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法か否か(争点1)。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、争点1につき、①取引単位、②損益単位、③比較可能性の3つの観点から検討している。さらに③について、国外関連者と比較対象法人の差異が、売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えないか、又は当該差異が与える影響を取り除くために相当程度正確な調整が可能であれば、比較対象法人の売上高営業利益率を基に、国外関連取引の独立企業間価格を算定することができるとした上で、租税特別措置法施行令39条の12第8項2号、OECDガイドライン(10年版)のパラ1.36、租税特別措置法関係通達66の4(3)-3(※3)を踏まえ、(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の各要素から検討し、その結果、A社と比較対象法人の(4)に係る差異については調整不能であり、A社と本件比較対象法人との間には比較可能性がないと判示し、その余の争点について判断するまでもなく、Xの主張はいずれも理由があるとして、国側の処分を取り消した。以下では、上記のうち①及び結論の根拠となった③(4)について要約する。 (※3) 同通達は、独立企業間価格算定(取引単位営業利益法に限らない)に当たり、比較対象取引該当性につき、国外関連取引と非関連者間取引との類似性の程度を判断する場合に勘案する諸要素として、(1)棚卸資産の種類、役務の内容等、(2)売手又は買手の果たす機能、(3)契約条件、(4)市場の状況、及び(5)売手又は買手の事業戦略を挙げている。 ① 国外関連取引に対応する取引の範囲について 東京地裁は、取引単位営業利益法の考え方について、「棚卸資産の国外関連取引の独立企業間価格を、国外関連者から非関連者に対する『当該棚卸資産』の再販売価格から、それに適正な売上高営業利益率を乗じた額及び国外関連者の販管費を控除することによって求めようとするもの」とした上で、「内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結びついているような場合には、これら複数の取引に対応する取引の対象は、結果として、これらの複数の取引によって国外関連者が得た資産及び同資産に国外関連者が付加した価値をすべて包含するものになる。そうすると、国外関連者が相互に密接に結びついている取引(国外関連取引)によって得た資産に価値を付けたものを非関連者に譲渡した取引(国外関連取引に対応する取引)の価格に基づき当該国外関連取引の独立企業間価格を算定しても、取引単位営業利益法(2号)の考え方に反することはないというべきである。」と結論付けている。 その根拠としてOECDガイドライン(10年版)が、個々の取引が密接に結びついている場合には、個々の取引の独立企業間価格を適正に評価することができない場合がしばしばあるとした上で、「関連製造業者に対する、製造ノウハウの使用許諾と不可欠な部品の供給があり、このような場合には、個々に独立企業の条件を評価するよりも、2つをまとめて評価する方がより合理的かもしれない」と指摘している部分(同ガイドラインのパラ3.9)を引用している。 以上により、東京地裁は、「内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結び付いており、個別の取引ごとに評価するのでは適正に独立企業間価格を算定することができないような場合において、複数の取引を一体の国外関連取引として取り扱って、これに対応する取引価格をもって独立企業間価格を算定する方法は、取引内容に適合し、取引単位営業利益法(2号)の考え方から乖離しない合理的な方法であるということができる。」と判示し、Xによる本件国外関連取引を一体の取引として取り扱うことはできないという主張を排斥した。 ② 比較可能性における市場の状況について 東京地裁は、市場占有率の比較及び需要の比較の2つから市場の状況の同種性・類似性を検討した結果、A社と本件比較対象法人の間に認められる差異は、両社の売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えており、この市場の状況の差異が与える影響を取り除くための適当な指標は見当たらず、相当程度正確な調整は可能ではないと結論付けた。 ◎市場占有率について ◎需要について 3 検討 本件は、移転価格算定方法のうち、取引単位営業利益法の適用の是非が争われた初めての裁判例である。取引単位営業利益法は、営業利益率を比較する方法であり、事業の遂行上の機能の差異は、一般的に、販売費及び一般管理費の水準として反映されるため、売上総利益に大きな差があっても営業利益水準では一定程度均衡することから、取引当事者が果たす機能に差異があっても調整不要となる場合があり、基本三法よりも差異の影響を受けにくく、かつ公開情報から比較対象取引を抽出しやすいといわれており(※4)、現在では実務的に多く利用されている方法である。 (※4) 井藤正俊『移転価格の実務Q&A』(清文社・2020年)212頁 東京地裁は、上記のとおり、比較可能性について、(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の5つの要素に分けて検証する判断枠組みを示した。そのうち(4)を除く要素については、A社と本件比較対象法人の類似性を肯定するか、差異があっても売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えないと判断している。 一方、(4)市場の状況については、A社も本件比較対象法人もともに日系自動車メーカーを主たる顧客としているので、一見共通の市場において事業活動しているように思えるが、東京地裁は、市場の状況について、一歩踏み込んで市場占有率の比較と需要の比較に分けて検討し、その結果、本件各事業年度における市場占有率や環境規制による需要の増大という市場の状況の差異は、A社と本件比較対象法人の売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えており、その差異の相当程度正確な調整は可能ではないとし、A社と本件比較対象法人との間に比較可能性があるということはできないと判示している。 OECDガイドライン(10年版)は「営業利益指標は、競争上の地位のように粗利益及び価格にも影響を及ぼす要因によって影響を受けることがあるが、これらの要因の影響を容易には取り除くことができない」(パラ2.70)と述べており、これが東京地裁の判断を後押ししたものと思われる。このように、市場の状況を市場占有率の比較と需要の比較の2つに分けて検討したところに本判決の特徴がある。 もっとも、この結論に至る判断の過程において、東京地裁は、市場占有率について「本件比較対象法人が当該自動車部品市場において高い市場占有率を有していたとは考えにくい」と述べるが、これは具体的な根拠に基づかない推定であるし、また、需要についても「A社の車両過給機の販売台数は、(中略)本件各事業年度中も概ね微減するにとどまっている」と述べているので、本件各事業年度以前に既に需要の増大があり、営業利益率の上昇に影響したといっても、本件各事業年度において、本件比較対象法人との間の需要の差となって実際に表れたかどうか不明である。よって、地裁判決には、一部、やや強引とも思われる論旨展開が見られる点を指摘しておきたい。 なお、本件は現在、敗訴した国側が東京高裁に控訴(※5)しており、判決の行方が注目される。 (※5) 税務通信No.3811(令和6年7月22日)6頁 (了)