monthly TAX views -No.137- 「コワイのは選挙の後の「市場」の評価」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 低迷する内閣支持率のもとで、秋の自民党総裁選挙まで解散はなくなったというのが大方の見方だ。 この間野党は、政権交代を目指して選挙公約を練ることになる。筆者のところにも相談があるので、次のように答えている。 上記に係る具体例を挙げてみよう。 * * * メキシコでは6月、左派政策を継承する女性大統領が誕生したが、年金改革や国有企業優遇というポピュリズム政策が、市場から財政悪化の懸念を引き起こすと評価され、為替・株・債券のトリプル安を生じさせ、経済を混乱させている。 フランスでは、6月30日の下院選挙(1回目)で躍進した極右政党(国民連合)が電気、ガス、燃料料金の付加価値税引下げ(20%から5.5%へ)などのバラマキ政策を公約に掲げており、市場が反応して株価が下がり金利が急上昇している。 英国では、2022年の秋に首相に就任したトラス氏が打ち出した財源の裏付けがない大型減税がインフレ懸念を生じさせ、市場の厳しい洗礼を浴び、在任49日で退陣に追い込まれた。この教訓もあり、7月の総選挙を前に政権交代の期待が高まる野党労働党は、公約に掲げていた年280億ポンド(約5兆3,000億円)の環境予算を、財源不足を理由に撤回した。また、英国に住む富裕非居住者や免税となっている私立学校への課税強化などを打ち出し、市場の信頼を得ている(※)。 (※) The Labour Party「Labour Party tax policy:How we will make the tax system fairer」 わが国で大規模な財源が必要な政策(公約)の例を挙げるなら「大学教育無償化」だ。全国の大学・短大の授業料は総額で3兆円を上回る。この財源として「教育国債」を主張する政党がある(自民党の一部も)。 教育は将来にわたり利益をもたらす投資なので、後世に負担を求める国債を財源にしても問題はない、という主張が根拠になっているが、それを言えば半導体への補助金なども国債を財源にすべきということになりかねず、“言葉遊び”である。いずれにしても、きちんと財源を明示しなければ、国民からも「市場」からも見透かされる。 民主党政権が短命に終わった最大の要因は、2009年の政権交代選挙で国民に示したマニフェスト(選挙公約)が財源問題に突き当たり、政策が行き詰まったことだ。 マニフェストでは、1人当たり月額2万6,000円の子ども手当の支給や高速道路無料化、ガソリン暫定税率廃止などが掲げられていた。財源としては、無駄削減(歳出改革)で9.1兆円、「埋蔵金」で4.3兆円、政府資産の売却などで計16.8兆円の財源を捻出することになっていたが、頓挫した。 「埋蔵金」というのは、テレビ番組で人気を博した「徳川埋蔵金」をシャレて、「あるといわれてきたがいくら掘っても出てこないフェイク」という意味で使われてきたのだが、民主党は継続的に財源となる「埋蔵金」が本当にあると信じてしまった。 逆に、消費税減税のような公約も、メキシコや英国トラス政権のように、「市場」からは非現実的な政策としてマイナスの評価を受けるだろう。 * * * 財源抜きにした「フリーランチ」の政策はありえない。財源をあいまいにしたままでの政策は、短期的に国民は騙せても、「市場」から厳しくその実現可能性が判断されることになる。 (了)
令和6年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第1回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 令和6年度税制改正では、グループ通算制度独自の税制(※1)についての改正は行われていないが、単体制度(※2)及び通算制度に共通の税制(※3)について、グループ通算制度特有の取扱いの改正が行われている。 (※1) グループ通算制度独自の税制とは、損益通算、欠損金の通算、通算承認に係る時価評価、通算承認に係る繰越欠損金の切捨て、通算承認に係る特定資産譲渡等損失額の損金算入制限、投資簿価修正など単体制度に存在しない税制を意味している。 (※2) 単体制度とは、グループ通算制度を適用しない法人(以下、「単体法人」という)の課税制度をいう。 (※3) 単体制度及び通算制度に共通の税制とは、研究開発税制、外国税額控除、特定税額控除規定の不適用措置、通算特定税額控除規定の不適用措置等を意味している。 具体的には、令和6年度のグループ通算制度に係る改正事項は次のとおりとなる。 そこで本稿では、令和6年度税制改正における『グループ通算制度』に係る改正事項について解説することとする。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 Ⅰ 研究開発税制の見直し 1 改正の概要 試験研究費の税額控除制度(研究開発税制)について、次の見直しを行う。 上記①の改正は、令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令6改所法等附39③)。 上記②の改正は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令6改所法等附39①②)。 (※) 経済産業省「令和6年度(2024年度)経済産業関係 税制改正について(令和5年12月)」7頁より抜粋 (続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例64】 「販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方に本拠を置き、大阪、京都、神戸を中心とした都市部のフランチャイズ店(販売代理店)に家庭用品を卸している株式会社X(資本金1億5,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。わが社のビジネスモデルは、巷ではマルチ商法とかネットワークビジネスとか、古くはねずみ講などとレッテルが貼られて胡散臭いものと誤解されがちなのですが、極めてまっとうなもので、扱っている商品は環境にも優しく高品質であることから幅広い消費者層から支持があり、その結果、フランチャイズ店を経営する個人事業主の皆様とウィンウィンの関係を構築していることから、法令違反などとは無縁です。 さて、わが社の業績はフランチャイズ店の頑張り次第で大部分が決まってくることから、わが社はフランチャイズ店の士気を高める様々な工夫を凝らしております。その工夫の主たる方法として、インセンティブプランがあります。その内容は、売上金額に応じたキャッシュバック(ロイヤルティー)が中心ですが、その上乗せとして、売上金額上位5位以内のフランチャイズ店と、売上金額の伸び率上位5位以内のフランチャイズ店を対象とした海外旅行プラン(シンガポール3泊5日)があります。しかしながら、当該インセンティブプランにつき、先日来受けている税務調査で問題視されています。すなわち、国税局の調査官によれば、キャッシュバックプランはともかくとして、フランチャイズ店を対象とした海外旅行は純粋に個人事業主に対する慰安や接待というべき性質のものであり、法人税法上は交際費等に該当することから、中小法人に該当しないわが社の場合、全額が損金不算入になるというのです。 キャッシュバックプランと同じ意図を持ったインセンティブプランであるにもかかわらず、一方は損金算入、もう一方は損金不算入というのでは、ご都合主義としか言いようがないように思えますが、国税局の解釈は正当といえるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいいますが、現在の判例上の判断基準として、いわゆる「三要件説」が標準的な考え方となっています。 本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となりそうですが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと考えられることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、損金不算入の交際費等に該当するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 交際費等の意義 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう(措法61の4⑥)。そもそも交際費は、法人税法第22条第3項第2号の規定により損金算入が認められるべき支出であるが、冗費・濫費の節減(※1)、企業所得の内部留保により資本蓄積の促進を図るといった政策的意図から、昭和29年度の税制改正で損金算入に制限が加えられたものである。 (※1) ただし、後掲の裁判例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901))でも指摘されている通り、近年の裁判例では「具体的な支出について、それが冗費、濫費に該当するか否かを検討する必要性はない」と判示するものが多い。 交際費等の意義と範囲をめぐっては、これまで多くの裁判例でその要件が何であるかにつき争われてきており、学説でもいくつかの説が提示されてきている。その中で、現在最も標準的な考え方とされるのが、以下の「三要件説」である。 三要件説とは、裁判例(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁、「萬有製薬事件」)では、製薬会社がその医薬品を納入する医療機関に所属する若手医師に対し、当該医師が海外の学術雑誌に論文を投稿する際にその英語の添削に係る費用を負担した場合において、当該費用が交際費に該当するのかどうかの判断基準として、以下の3つの要件を提示し、そのすべてに該当するものが交際費であるとする考え方をいうものとされる。 (※2) なお、当該裁判例の一審(東京地裁平成14年9月13日判決・税資252号順号9189)では、二審で示された当該要件のうち、①及び②を満たせば交際費であるとされた(二要件説)。 (2) 令和6年度の税制改正 令和6年度税制改正で、令和6年4月1日以後に支出する飲食費(いわゆる少額飲食費)について、損金不算入となる交際費等の範囲から除外される金額基準が、従前の1人当たり5,000円以下から1万円以下に引き上げられることになった(措法61の4⑥二、措令37の5①)。 当該改正に伴う現在の交際費等の区分と損金性を表にまとめると以下の通りとなる。 〇 交際費等の区分と損金性 (※3) 通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうち一定の法人等は除く(措法61の4②)。 (3) 販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性が争われた事例 ここでは、本件と同様に、販売代理店を海外旅行へ招待する費用の交際費該当性と損金性が争われた事例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901)、TAINSコード:Z255-09901)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、平成4年11月25日に設立された栄養補助食品等の輸入販売業を営む株式会社である原告が、平成9年度及び10年度の法人税の申告(青色申告)にあたり、自己の商品について優秀な販売実績を達成した個人事業主(ディストリビューター)に対し、原告の米国親会社であるBが設定した報酬基準に従ってCという名称の海外旅行に招待し、これに要した費用を損金として計上したところ、被告が、本件旅行費用は、租税特別措置法第61条の4第3項の交際費等に該当するとして、各年度について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、これらの取消しを求めた事案である。 原告は、その製品(栄養補助食品)を登録済みのDS(ディストリビューター)にのみ販売し、DSは、これを他に再販売する。DSが本製品を取扱うことによって得る利益は、再販売による利潤もあるが、原告が予め定めたボリューム・ポイントを蓄積することによって、原告から、売上割戻しに相当するCを含むボーナス・ロイヤルティー等を取得することにより受ける利益もある。これは通常多段階販売方式と呼ばれ、特定商取引に関する法律において連鎖販売取引と呼ばれる。 ② 事案の争点 原告が支出した販売代理店を海外旅行へ招待する費用は交際費等に該当し損金不算入となるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成17年8月31判決・税資255号-230(順号10111)、TAINSコード:Z255-10111)、さらに最高裁に上告されたが不受理となり確定している(最高裁平成19年3月30日判決・税資257号-72(順号10681)、TAINSコード:Z257-10681)。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例においては、海外旅行に係る支出が交際費等に該当するかどうかの判断基準として、「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」と解し、そのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められることとなるというべき」として、措置法61条の4第3項(現第6項)の規定する「接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為」であり交際費等に該当するとしている。すなわち、当該海外旅行に関する支出が、ロイヤルティー(royalty)の支払い(売上割戻し)と軌を一にする販売促進策としての報酬プログラムの一環として義務的に支出されたものであったとしても、その経済的利益の性質が、支出先に対する接待ないし慰安等を目的とするものであることから、ロイヤルティーの支払いとは異なるとして、交際費等に該当するとしたものである。 本裁判例が萬有製薬事件(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁)のいわゆる「三要件説」を意識したものかどうかは必ずしも判然とはしないが、本裁判例が時系列的に萬有製薬事件以後に判決が出されたものであること、また、萬有製薬事件の「三要件説」の第三の基準である「支出による行為の形態が接待・供応・慰安・贈答その他これらに類する行為であること」と、本裁判例の「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」としてそのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められる」ため交際費等に該当するという判示とが整合的であること、さらにその他の二要件も満たしていると考えられることから、本裁判例の交際費等に関する判断も「三要件説」に沿ったものであると解される。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいうが、当該交際費(等)に係る現在の判例上の判断基準としては、三要件説が標準的な考え方となっている。本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となると考えられるが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと判断されることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、交際費等に該当するもの(しかも株式会社Xは資本金1億5,000万円で中小法人に該当しないため全額損金不算入)と考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第42回】 「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国子会社合算税制において、居住者ないし内国法人と区別せず、特殊関係非居住者の有する株式等も外国関係会社の判定上考慮される趣旨はどのようなものですか。 〔A〕 制度創設時の解説によれば、単に居住者が保有する株式等により判定するとしたならば、国外の居住する親族等にその株式等を分散保有することが懸念されたためであると説明されています。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国関係会社の範囲と特殊関係非居住者 現行制度上、外国子会社合算税制の適用対象となる「外国関係会社」とは、次の①から③までに掲げる外国法人をいう(措法66の6②一)。 上記①にいう「居住者等株主等」とは、居住者及び内国法人並びに特殊関係非居住者及び上記②に掲げる外国法人をいうとされている(措法66の6②一イ)が、ここでいう、「特殊関係非居住者」には、次に掲げる者が該当することとされている(措令39の14の2①、措令39の14⑥一)。 (※1) 当該役員に係る法人税法施行令72条《特殊関係使用人の範囲》各号に掲げる者とは、次の者をいう。 このように、外国子会社合算税制において、居住者と区別せずにこれらの非居住者の有する直接又は間接の株式等も外国関係会社の判定上考慮される趣旨については、本税制の創設時の大蔵省主税局の職員の解説では、「単に居住者が保有する株式等により判定するとしたならば、国外の居住する親族等にその株式等を分散保有することが懸念されたためである。」(※2)と説明されている(※3)。 (※2) 高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』(清文社・1979年)116頁 (※3) 朝長英樹編著『【第二版】外国子会社合算税制-タックス・ヘイブン対策税制-』(法令出版・2024年)51~52頁 そこで問題となるのが、居住者と交流のない非居住者でも親族なら「特殊関係非居住者」に該当するかという問題で、この点につき争われた最近の事例を以下で検討する。 2 過去の裁決例 《東京地裁令和5年3月16日判決》(※4) (※4) TAINSコード:Z888-2501 (1) 事案の概要 本件は、内国法人であるX(原告)が、法人税等の確定申告をしたところ、所轄税務署長から、Xと英国領バージン諸島法人A社(日本国籍を有し非居住者の乙が全ての株式を保有)が発行済株式総数のうち50%ずつを保有していたシンガポール共和国の外国法人B社が平成29年改正前の租税特別措置法66条の6第1項(以下、条文等は当時のもの)の特定外国子会社等に該当するとして、法人税等に係る各更正処分等を受けたことから、同処分等の各取消しを求める事案である。 Xは、法人税等の確定申告に際し、A社には措置法66条の6に定める外国子会社合算税制の適用はないものとして、A社の課税対象金額に相当する金額を益金の額に算入しておらず、また、同確定申告において、同条7項に定める適用除外記載書面を添付していなかった。 なお、本件において、乙が「非居住者」に該当すること及び乙と民法725条の親族の関係にある「居住者」が存在することについては、当事者間に争いはない。 (2) 争点及びXの主張の要旨 本件の主な争点は、乙が措置法施行令39条の14第3項1号の「居住者の親族」に該当し、措置法66条の6第2項1号の「特殊関係非居住者」に当たるか否か(他の争点は省略)である。 Xは、法が特殊関係非居住者の株式等の保有割合を考慮することとした趣旨について、非居住者を経由した外国法人に対する支配を捕捉することにあるとし、「『居住者の親族』の意義については、我が国の法人又は居住者が株式の保有を通じて支配している者を利用して租税回避をする可能性のある場合、すなわち、『居住者の民法上の親族のうち、居住者から受ける金銭その他の資産によって生計を維持しているもの』と限定して解釈すべきである。」とし、乙には、居住者である親族が複数存在するが、これらの者との人間関係は希薄であり、金銭その他の資産によって生計を維持される関係にないから、特殊関係非居住者に当たらないと主張した。 さらに、内国法人が50対50の割合で外国でジョイントベンチャーを組成する場合、相手方に日本国籍の非居住者を選定すると当該非居住者には通常親族関係のある居住者がいるから特殊関係非居住者に該当することになり、そうすると、日本国籍の非居住者は内国法人からジョイントベンチャーの相手方として選定されず、その正常な経済活動が阻害されることになると主張した。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示して、乙は特殊関係非居住者に該当すると結論付けた。 東京地裁は、上記(2)のXの主張に対し、措置法施行令39条の14第3項1号の文理から、Xが主張するような限定を付す趣旨を読み取ることはできないとし、加えて、「居住者の親族」にXの主張するような限定を付すと、居住者が、生計を維持する関係にない親族である非居住者を利用して当該外国法人の株式等を分散保有する場合、当該株式等を特定外国子会社等の該当性に係る判断に当たって考慮することができなくなり、このような結果は、特殊関係非居住者が定められた立法趣旨に反するとしてその主張を排斥した。 Xは上記判決を受け、控訴を断念し、本判決は確定した。 3 検討 東京地裁は、措置法施行令39条の14第3項1号につき、文理に忠実に解釈したものと解されるが、その背景としては、仮に乙が「特殊関係非居住者」に該当し、その結果、B社が特定外国子会社に該当することとなったとしても、当時の適用除外要件を満たすことによって、外国子会社合算課税を免れることができるということがあったと思われる(※5)。 (※5) 堀内健司「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者の意義と限定解釈の可否-東京地判令和5・3・16」ジュリスト1598号(2024年)11頁は、「その本店又は主たる事務所の所在する国において実体のある経済活動を行っている場合には適用除外要件を満たすことで外国子会社合算税制の適用を免れることができる以上、『居住者の親族』の限定解釈が要請されるほどの不合理さは認められないという判断があったものと思われる。」と述べている。 一方で、本税制の創設時の立法担当者が、(国外に居住する親族が)「非居住者がそのような株式等を保有する事例は余りないといえよう」(※6)と述べていた時代から45年以上が経過し、Xが「令和2年6月末現在で外国籍の居住者(日本在住の外国人)の数は288万人であり、これらの者との関係での特殊関係非居住者は1,000万人超に上るところ、これらの特殊関係非居住者は外国法人の株式をいくらか保有していると推測される。」と主張するように、社会・経済情勢は相当変化している点を考慮すると、本税制の規定を形式的に適用することに対する懸念も指摘されている(※7)。 (※6) 前掲(※2) (※7) T&Amaster No.986(2023.7.10)8頁は、「現在の社会・経済情勢を踏まえてもなお、同規定の制定当初の理解が妥当するのかという点は検証されるべきだろう(中略)。元々、特殊非居住者関係者の範囲は、法人税法の同族関係者の範囲(法人税法施行令4条1項各号)を基本的にそのまま借用した上で、内国法人の役員等を含める規定を追加しただけのものに過ぎない。一部の専門家が指摘するように、見直し等の要否を含め、本規定の在り方を検討すべき時期に来ているとも言えそうだ。」と述べている。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第46回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (5) 審判所の判断 ア 法令解釈 審判所は、次のとおり、課税処分においては、原則として、原処分庁がその課税要件事実についての主張立証責任を負い、雑所得の金額の計算上控除する暗号資産の取引に係る損失の金額についても、原処分庁がその主張立証責任を負うとした上で、請求人が積極的に暗号資産の取引に係る損失の金額を主張立証しない場合には、当該損失の金額が存在しないことが事実上推認されるとしている。 イ 認定事実 審判所の認定事実は次のとおり整理できる。 (ア) 国内取引所取引について (イ) 個人間取引について (ウ) 海外取引について (エ) 請求人が原処分庁に郵送したと主張する本件6月2日提出メモ以外の個人間取引を記したメモについて ウ 当てはめ及び請求人の主張に対する判断 審判所は、要旨次のとおり述べて、原処分庁が算定した本件各年分の国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはなく、個人間取引及び海外取引により損失が発生したという事実はないとした点にも誤りはなく、結論として、本件各更正処分はいずれも適法であると判断した。 (ア) 国内取引所取引について (イ) 個人間取引について (ウ) 海外取引について (エ) 立証責任について (6) コメント 審判所は、請求人の主張する個人間取引及び海外取引については、その主張を裏付ける客観的な証拠はなく、立証責任が原処分庁にあることを前提にしてもなお、個人間取引及び海外取引はなかったと推認されるとした上で、原処分庁が算定した国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはないとして、納税者の上記主張を認めていない。 そのような推認が合理的なものであることを前提とすると、立証責任の問題として原処分庁に不利益な判断がなされなかったとしてもやむを得ない。 審判所は、請求人の主張する本件6月2日提出メモによれば、「600万円弱から1,000万円強の取引を計7回行っているところ、このような高額な取引を複数回行っているにもかかわらず、これらを客観的に確認できる資料を一切残していないというのは、通常考えにくい」と述べている。 この点については、暗号資産取引では、(白色申告かつ雑所得であり、帳簿書類の備付け等義務が十分に整備されていないことに加えて)ブロックチェーンや取引所のデータなど自らが直接的には管理していないデータが残ることなどから、これ以外の客観的に確認できる資料を一切残していないこともそれほど珍しくないという指摘をすることもできよう。 このような暗号資産取引について、従来の又は他の一般的な資産の取引と同様の経験則で捉えてよいかは議論の余地がある。 申告納税制度、立証責任及び事実上の推認の説明を省略するとしても、請求人は、「国内取引所取引において、損益はおおむね原処分庁の調査内容のとおりだと思う」、「海外取引の損失は微少であったことから、あまり主張する気もない」、「取引に使用していたアカウントID及びパスワードも失念しており、取引履歴の確認ができない」と主張していること、かつ、客観的な証拠を提出できなかったことを考慮すれば、納税者の上記主張を認めなかった審判所の判断は妥当であろう。 納税者としては、立証責任の所在や帳簿書類の備付け等の義務のいかんにかかわらず、基本的には、自らが行った取引等に関する客観的な証拠資料を収集・保全しておくべきである。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第19回】 「税務上「錯誤無効」が許容される余地はあるか」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成29年2月21日裁決(TAINSコード:F0-2-712) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「錯誤」に係る法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 錯誤の同時存在の原則 上記1(3)①の法令解釈は、最高裁第三小法廷平成28年1月12日判決を基礎としていると考えられる。 また、②は、許認可に関する錯誤を錯誤といってよいかについての判断基準を示しており、東京地裁平成22年1月29日判決(TAINSコード:Z260-11372)を基礎としていると考えられる。 これについては、判例タイムズNo.1247(2007/10/15)に「裁判実務における錯誤論」という論稿があるところ、誤認を犯した時点において、誤認と客観的事実の確定が同時に存在していることが必要であって、将来の予想(本件では来るべき立入検査でBの存在が業法の認定に影響を与えるとの予想)が外れたことをもって錯誤とはいわないということが詳述されている。 3 課税負担の錯誤 大阪高裁平成17年5月31日判決(TAINSコード:Z255-10042)などは、申告納税制度との兼ね合いを根拠に、「安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害するとともに、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながるものといえる。(中略)法定申告期間を経過した後に、かかる課税負担の錯誤が上記法律行為の動機の錯誤であるとして、同法律行為が無効であることを主張することは許されないものと解するのが相当である」旨判示している。 請求人が上記1(2)④において「法定申告期限後は錯誤無効を主張できないとする法的根拠はない」旨主張しているとおり、条文上の根拠が不明であることや所得税法施行令第274条など無効を原因とした更正の請求が認容されていることなどの理由から、法定申告期限後の錯誤無効を認めないとする判断については批判もあり得るところ、上記判示内容に依拠することによって、錯誤に係る詳細な事実認定に踏み込まずに判断できることもあり、上記が判断理由として採用されるケースが多いのではないかと考えられる。 (了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第4回】 「自己株式処分の会計処理」 公認会計士 石王丸 周夫 個別財務諸表での誤処理は、それがそのまま連結財務諸表に取り込まれれば、結果的に連結財務諸表の誤処理となります。上場企業の決算は連結財務諸表がメインですが、連結会社の個別財務諸表を前提に作成されるものである以上、個別財務諸表を軽視することはできません。 今回は、そのことが実感できる一例として、自己株式処分の会計処理の誤りを取り上げます。 訂正事例の概要 以下の事例は、連結貸借対照表の純資産の部において、資本剰余金と利益剰余金の残高を訂正したというものです。資本剰余金の残高が過小表示であったと同時に利益剰余金の残高が過大表示であり、かつ過小額と過大額が同額でした。実務用語で言うならば、資本剰余金と利益剰余金の「入り繰り」です。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示) 入り繰りなので、株主資本や純資産の部の合計には影響がなく、連結貸借対照表の訂正は上記のみでしたが、連結株主資本等変動計算書でそれに関連した訂正がなされています。 連結株主資本等変動計算書の当期変動額の中に、新たに「自己株式処分差損の振替」という項目が追加され、当該項目にて、資本剰余金については上記過小額だけ加算され、利益剰余金については同額減算されています。 〈連結株主資本等変動計算書の訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示) 自己株式処分の会計処理 上記の訂正内容を理解するためには、自己株式処分の会計処理の知識が必要です。 自己株式の処分とは、会社が保有している自社株を、売却等により手放すことをいいます。その際の会計処理を仕訳で示すと次のようになります。 【簿価100円の自己株式を120円で処分の場合】 【簿価100円の自己株式を80円で処分の場合】 上記いずれの場合も、自己株式処分差額(差益、差損)はその他資本剰余金に含めます(企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第9項及び第10項)。その他資本剰余金は資本剰余金の内訳科目の1つなのですが、連結貸借対照表及び連結株主資本等変動計算書ではこの内訳が表示されないため、資本剰余金として表示されます。 上記の訂正事例は差損が発生したケースでしたので、資本剰余金(その他資本剰余金)から減額する処理となります。訂正前の連結株主資本等変動計算書でも、「自己株式の処分」という項目で資本剰余金から減額する処理がなされており、この点は問題ありませんでした。問題はその先の処理です。 その他資本剰余金がマイナス残の場合の処理方法 自己株式処分時の会計処理については、別途留意点があります。それは、自己株式処分差損が発生したことにより、期末においてその他資本剰余金残高がマイナスになってしまった場合の扱いです。会計基準では次のとおり定められています。 (企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第12項) 上記訂正事例の会社について、決算短信訂正後に公表された有価証券報告書により個別貸借対照表を確認してみると、その他資本剰余金の期末残高が「-」(残高なしの意)となっていました。つまり、期中に自己株式処分差損が発生し、期末直前におけるマイナス額をその他利益剰余金に振り替えた結果、期末残高が「-」になったというわけです。前掲の連結株主資本等変動計算書の訂正箇所のイメージで示した「自己株式処分差損の振替」が、そのマイナス額の振替です。 仕訳で示せば、以下のとおりです。 以上から、上記訂正事例について次のように推定できます。 有価証券報告書の開示は、決算短信での誤処理判明後だったため、上記仕訳が入った正しい結果にて作成・開示されましたが、決算短信の作成・開示段階ではこの仕訳を失念していたというものです。 連結財務諸表上は、その他資本剰余金は資本準備金と合算されて資本剰余金と表示されるので、その他資本剰余金がマイナス残であっても、資本剰余金全体ではプラスというケースもあります。そのような場合は、連結財務諸表だけを見ても違和感がありませんので、それが盲点になり、ミスに気がつくことができなかったのかもしれません。 開示前のチェックポイント 期中に自己株式の処分がなされている場合は、個別決算上のその他資本剰余金残高がマイナスになっていないか、念のため確認しましょう。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第50回】 「地域を俯瞰的に見る支援機関の果たす役割」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒地域の支援機関の果たす役割を知り、支援機関への相談のヒントにする。 売り手企業 ⇒地域の支援機関の果たす役割を知り、支援機関への相談のヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒支援機関が果たすべき役割を認識し、買い手・売り手への助言に関する視野を広げる。 その他の対象者 ⇒地域の支援機関の果たす役割への理解を深める。 1 支援機関の視点の強みを活かす M&Aに関わる第三者である支援機関は、日頃から中小企業と接する士業などの専門家、金融機関、公的機関から、M&Aに際してはじめて登場するプレイヤーまで多数に上ります。 支援機関の視点は、多くの場合、個々の企業に向いていると思いますし、担当者であればなおさら目の前の業務が第一です。 ですが、中小企業M&Aの当事者である買い手と売り手にはなく、支援機関にはある第三者ならではの強みがあります。それは何でしょうか。 それは、第一に、企業を第三者の視点で俯瞰的に捉えられる強みであり、多数の地域顧客を抱える支援機関は、データベースや豊富な情報網を通じて、企業間、地域内の情報を繋げることが物理的に可能です。 第二に、営業展開する地域の特性を時代の移り変わりの中で色々な角度から捉えている強みであり、地域特性と時代の状況を踏まえた産業構造のあり方を考え、産業創造の重要な担い手、旗振り役になれる素質があります。 いわば、遠くからライトで複数の地域企業を照らして、その企業群を大きな視点で先導することもできる立場にあると思われます。 買い手、売り手の各当事者は自社の存続、成長、発展に力を注ぐでしょうが、支援機関はそれよりも大きな視点で物事を捉え、持続可能な地域づくり、持続可能な地域経済、持続可能な産業発展に貢献する役割が期待されます。 すると、単にA社とB社のM&Aを支援し、数億円の譲渡価額の一定の割合の手数料を得て、当社の収益に繋げるという成果主義的、利己主義的な発想では、支援機関として失格とは言われないまでも、地域課題のトレンドに乗っかって商売しているだけのプレイヤーとみなされる可能性があります。 そのような営業姿勢では、一時はよくても、結局のところ、地域の衰退を止められなくなってしまい、その支援機関の将来の業績の低下、ひいては、支援機関の存続も、M&Aというサービスの存続すらも危うくします。 そうではなくて、地域の維持、発展、あるいは、地域の衰退の阻止に向けて、この産業、この企業群がこの地域には必要であり、そのための1つの手段としてM&Aという方法を活用するのが最善だと判断できてはじめて、M&Aを選ぶ正当性と理由が備わるのではないでしょうか。支援機関にはそれくらい大きな視点でマーケットを捉える役割を発揮することを期待します。 2 地域を俯瞰的に見る支援機関でいるための視点 では、支援機関としてどのような姿勢でM&Aに臨めばよいのでしょうか。 結論からお伝えすると、このM&Aが当事企業同士のシナジーになるだけでなく、地域経済、地域産業を今後支えるために欠かせない取引になるかどうかの視点も持って個々のM&Aに取り組むのがよいということになると思います。 多くの支援機関の業務の様子を眺める限り、案件ありきのM&Aになっている感が否めません。買いたい、売りたいといった具体的な相談からM&Aに入るケース、後継者不足、経営者の高年齢化、事業の行き詰まりといった事業課題からM&Aに繋がるケースのいずれにおいても、大体のパターンは、「それならば、こんな候補がありますよ」という仲介の助言につなげる場合が多いです。あるいは、「こんな手続きが必要で・・・、これくらいの期間で・・・」といった感じで、今後のコンサルティングに入るための前捌きと助言を行い、M&Aに取り込もうとする作戦的なアプローチをとることもあります。 たしかに、困っている当事者を繋げてM&Aに進むのは意義があり、各当事企業の今後のために有用なことも多いとは思います。 しかし、そこには支援機関の目先の利益が前提にあることが少なくありません。本来、M&Aとは最初から望むものではなく、企業の存続や成長を図る手段を当事者である企業と支援機関が一緒になって考えて、その結果としてM&Aという手段が望ましいなら選ぶという残った手段、導かれた手段にしかすぎません。 なので、支援機関としてすべき例を挙げるとすれば、①M&Aが企業の戦略の中に位置づけられているかを確認する、②このM&Aが成立することが将来のその企業や地域にとっての最善と考えられるかを現時点の情報に基づき慎重に検討する、③M&Aの手段によらなくてもよい方法がないかを検討するといった、想像力の発揮による一歩先を行く提案です。 それは、企業自身の思考から抜け落ちているだろう視点をもって、その企業、その産業、その地域だけでなく、未来の地域、人、産業、経済圏を見据えた提案力によって、相談する側の企業の想像の範囲を超えるような、コンサルティング力を超えてプロデュース力が備わった状態なのだと思います。 そう考えると、すでにそのような意思をもって活動されている支援機関もありますが、掲げている理想はよくても中身が伴っていない支援機関や、トレンドにのって商売を上手にする支援機関もまだまだ多いと感じます。 上昇の機運があるといってもまだまだ低金利下で、コモディティー化が進む商品やサービス価格の低下に比べ、手数料による収入金額の大きいM&Aは支援機関にとって魅力的ですが、支援機関の存在意義を考えて節度あるM&Aの実施を支援する先にこそ、健全な経済発展を期待でき、支援機関の大義が存在するのではないかと思います。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例60】 「空き家管理ガイドラインを踏まえた管理委託契約締結時の留意点」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、不動産業者に依頼して空き家を売却することを想定していますが、空き家が遠方にあるため、売却できるまでの日常的な管理も任せたいと考えております。不動産業者に空き家の管理を委託する場合に、どのようなことに留意をすればよいですか。 1 空き家管理の必要性の高まり 令和5年住宅・土地統計調査によれば、空き家の戸数は900万戸とされており、平成30年の849万戸よりも増加している。また、令和5年12月に、空家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空家等特措法」という)の改正法が施行され、空き家の所有者等は、周囲に悪影響を及ぼす前の段階から適切に空き家を管理することが求められるようになった。空き家の管理の必要性がより高まる中、国土交通省は、令和6年6月21日に、「不動産業による空き家対策推進プログラム」を策定した。 このプログラムは、物件調査や価格査定、売買・賃貸の仲介など、空き家の発生から流通・利活用まで一括してサポートできるノウハウを不動産業者が有しているため、これらのノウハウを活用して、所有者の抱える課題等を解決することを期待して定められたものである。その一環として、「不動産業者による空き家管理受託のガイドライン」(以下「空き家管理ガイドライン」という)が公表されている。空き家管理ガイドラインは、不動産業者の指針となるものであるため、空き家の所有者にとっても参考となるものである。そこで空き家の所有者が管理委託契約を締結する際の留意点を検討したい。 2 管理委託契約を締結する場合の留意点 (1) 空き家管理ガイドラインの対象とする空き家 空き家管理ガイドラインは、対象となる空き家として、①居住等の目的に使用されていない建築物又はこれに付属する工作物、②居住等の目的に使用されていない区分所有建物の専有部分であり、空家等特措法に規定する特定空家等や管理不全空家等に至らない状態のものを想定している。空き家の所有者としては、管理委託契約の締結前に、不動産業者とともに、空き家の現況を確認し、記録化しておくことが有益である。また、これによって、どのような管理(管理対象、方法、頻度等)を委託するかを判断することも可能となる。 (2) 管理委託契約を締結する者について 空き家が共有関係にある場合、管理委託契約を締結する権限の有無は、想定される管理内容によって異なる。管理内容が保存行為に該当する場合には、共有者が単独で管理委託契約を締結する権限を有する。これに対して、管理内容が管理行為まで含む場合には、共有者の持分価格の過半数で決定して管理委託契約を締結する必要がある。空き家管理ガイドラインでは、不動産業者の受託業務として、定期的な巡回による建物や敷地内の状況確認や通風・換気等を行う程度のものが想定されており、これらの業務は、財産の現状を維持するためのものであるから、保存行為に該当するものと考えられる。 もっとも、不動産業者の受託業務が保存行為と管理行為のいずれに当たるかにかかわらず、委託料を共有者全員で負担することを事前に明確にしておくため、共有者全員で管理委託契約を締結した方が好ましいように思われる。 (3) 管理委託契約の委託料と報酬制限の関係 上記(1)のとおり、空き家管理ガイドラインでは、市場に流通させることが可能な程度の空き家が想定されている。そのため、不動産業者が、空き家の売買の媒介以外の関連業務として、空き家の管理を含む売買に向けたコンサルティングを行うことも期待されるところである。この点に関して、媒介契約に関する報酬は国土交通大臣告示による制限があるため、媒介以外の関連業務として、媒介にかかる報酬とは別に、管理委託料を定めることが当該報酬制限に違反しないかが問題となる。 この問題に関して、令和6年7月1日から「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」の改正通達が運用されることになった。改正通達によれば、コンサルティングを含む媒介以外の関連業務について、書面等により締結した契約に基づいて報酬を定めたとしても、媒介契約との区分が明確にされているのであれば、報酬制限に違反しないものとされている。空き家の所有者が不動産業者の行うコンサルティングを利用して空き家を売却することを想定している場合には、何を委託し、どのような費用が発生するのかを正確に理解しておく必要がある。 (4) 空き家内への立入りを想定した管理業務の留意点 不動産業者の受託業務の履行に関して、少なくとも不動産業者が故意又は過失がある場合に債務不履行責任を負うことを明記しておく必要がある(なお、不動産業者を全面的に免責するような条項等については、消費者契約法によって無効になりうる)。この点に関して、管理業務として空き家内への立入りが想定されているケースでは、空き家そのものが損傷した場合に、それが不動産業者の責によるものなのか、老朽化によるものなのか問題になる可能性がある。 また、空き家内に財産的価値のある家財等が残っている場合には、これらの盗難、紛失、損傷等の責任の所在が問題になる可能性もある。そこで、空き家の所有者としては、不動産業者の責に帰すことができない事由に起因する劣化・朽廃・汚損・破損等については、不動産業者の責任の範囲から除外する条項や、管理対象となる家財道具の範囲を明確化する条項を管理委託契約書に定めるなどして、不動産業者の責任の範囲を明確化しておくことが好ましい。 空き家の所有者は、不動産業者に鍵を預けることになるが、原則として複製を禁止しておくべきである。また、不動産業者が関連業者に管理業務を再委託することも想定されるため、事前の書面による同意を再委託の条件とし、再委託先に不動産業者と同様の義務を負わせ、あわせて再委託先の鍵の管理責任を不動産業者にも負わせる条項を管理委託契約書に定めておくべきである。 空き家のライフラインの使用継続や使用中止は個々の判断になるが、ライフライン設備の老朽化等に起因する事故発生や無駄な支出を避けるため、代替手段で対応できる場合には使用を中止した方が無難である。例えば、排水トラップに封水する程度の管理であれば、不動産業者に水を持参させることで対応できるため、あえて通水を継続する必要はないと考えられる。 (5) その他の留意点 不動産業者は、個人情報保護法上の個人情報取扱事業者に該当することが想定されることから、不動産業者の個人情報保護法の遵守義務を確認する条項を管理委託契約書に定めておくべきである。 また、空き家から遠方で生活をしている所有者の中には、空き家の周辺住民に個人情報を知られたくない者もいると思われる。そこで、不動産業者が第三者から空き家の所有者の氏名や連絡先等の質問を受けた場合に、回答の可否について所有者に確認する義務を管理委託契約書に定めておくことも考えられる。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第20回】 「「eシール」とは何か」 ~2024年4月に総務省が指針改定~ 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 電子請求書、電子見積書などの発行元の証明に「eシール」という技術を使うことができると聞いたことがあります。eシールとは、どういうものなのでしょうか。 電子署名との違いや活用方法について教えてください。 〔A〕 eシールとは、電子文書の発行元の確認と電子文書が変更されていないことの確認ができる電子データのことです。 電子署名を行うことができるのは自然人だけで、法人自体は電子署名することができません。 法人名のみ記載されている請求書や領収書の発行元を証明するのが「eシール」です。請求書、領収書だけでなく、在学証明書、卒業証明書など組織として事実関係を証明する電子文書でも使用されています。 大量の電子文書等に機械的・自動的にeシールを付与することもできるので、人件費や印刷・郵送コスト等の削減も期待できます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 eシールとは何か 電子契約の普及により、印鑑に代わり、電子署名が使われるケースが多くなっている。 実は、電子署名を行うことができるのは、自然人だけだ。法人自体は、電子署名をすることはできない。会社が当事者になる電子契約に電子署名するのは、会社ではなく、自然人である会社代表者(又は契約締結権限を有する自然人)なのである。 法人自体は電子署名できないので、法人名のみ記載されている請求書や領収書については、電子署名を利用できない。法人名義で発行される電子文書の発行元の確認をするツールとして、最近注目されている技術がeシールである。 eシールは、会社の角印の電子版に相当するものである。eシールについては、2024年4月に総務省より「eシールに係る指針(第2版)」が公表されている。この指針によれば、eシールの定義は、以下のとおりである。 一言で言えば、eシールとは、電子文書の発行元の確認と電子文書が変更されていないことの確認ができる電子データのことである。 2 電子署名との違い 電子署名とeシールの最大の違いは、電子契約締結に使えるかどうかである。 契約とは、法律上、2個以上の「意思表示の合致」であり、意思表示は、自然人のみが行うとされている。そのため、法人名義のeシールは、電子契約締結に使うことはできない。 また、eシールには電子署名のように法律上の定義規定はなく、法的な効力もない。さらに筆者の知る限り、eシールの効力について争点になった裁判例も存在しない。eシールの法的な位置づけは、現時点では必ずしも明確ではない。 3 活用方法・メリット eシールの活用法は、以下のとおりだ。会社が発行する請求書、領収書、見積書の発行元の証明に使用することが想定されている。それ以外にも、在学証明書、卒業証明書など組織として事実関係を証明する電子文書で使用される例もある。 eシール活用の最大の利点は、生産性向上である。大量の電子文書等に機械的・自動的にeシールを付与することもできる。印鑑を押す必要がないので、ペーパーレス化による印刷・郵送コストの削減が可能になる。テレワークとの関係で、会社に行かなければ印鑑を押せないという問題があった。しかし、eシールを活用することで、在宅勤務時に、請求書、領収書、見積書の発行をすることも可能となる。 個人ではなく、会社に紐づいているので、担当者が変更されても、eシールを再発行することはなく、そのまま使うことができる。「eシールに係る検討会最終取りまとめ」によれば、文書の発行元確認に係る人件費や印刷・郵送等の削減、複写紙のコスト等の削減によって、従来のプロセスで発生していたトータルコストの約4割が削減できた例などが紹介されている。 電子契約書を導入した後、更なるペーパーレス化を進めるため、eシール活用をお勧めしたい。 (了)