国際課税レポート 【第19回】 「第2次トランプ税制改革の新展開:関税・環境税・国際課税」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー 2017年トランプ減税の「宿題」 トランプ第2次政権の経済優先課題を盛り込んだOne Big Beautiful Bill Act (以下「OBBBA」)は、10年間で税収減▲4.5兆ドルを歳出減▲1.1兆ドルで埋める結果、財政赤字を3.4兆ドル(503兆円(※))拡大する。 (※) 1USD=148円で換算。以下同じ。 規模感を比較してみると、金額ベースで近年の大型税制改革を大きく上回っている。 第1次トランプ政権が実施した抜本的税制改革、Tax Cuts and Jobs Act(2017 )(以下「TCJA」)は税収減▲1.6兆ドル、歳出減▲0.2兆ドル、財政赤字を1.4兆ドル拡大。 バイデン政権のインフレ抑制法(2022)(以下「IRA」)は税収増0.4兆ドル、歳出減0.2兆ドル、財政赤字を▲0.2兆ドル圧縮している。 しかし、減収面で大きな部分を占めているのは、現在適用され2025年末に失効する第1次トランプ政権のTCJA(2017)の規定の恒久化・延長(個人税率・標準控除・子ども税額控除など)である(総額8.5兆ドル)。増収面においても、TCJAが児童手当等を増額したことに合わせ、暫定的に停止した人的控除(扶養控除)の恒久化など(総額4兆ドル)であり、減収面においても、増収面においても、金額ベースで8割以上の措置は現行制度の延長のためのものである。 TCJA(2017)において、法人税減税は恒久措置としたのに、所得税減税を2025年までの時限措置としたのは、通常上院承認に必要な60票(全部で100票)に代え、51票で承認とするためには、10年を超えて赤字を増やす条項を盛り込むことができないという議会手続き上のルールがあったためであり、政策上の理由があったわけではない。したがって、今回所得税減税を恒久化したのは、トランプ政権としてはTCJA(2017)の税制改正の「宿題」を処理したということになる。 2025年トランプ税制の「新展開」 それでは、2025年トランプ税制(OBBBA)における“新展開”は何か。TCJAの恒久化・延長以外の措置としては、①クリーン税額控除の大幅縮小、②いわゆる報復条項(IRC899条)立法の動きと、それをてこにしたOECDピラー2のミニマム課税の米国多国籍企業への適用除外がある。そしてOBBBAの枠外であるが、③トランプ関税を挙げることができる。 ①、②は、バイデン政権が看板政策として推進した政策のロールバック(巻き戻し)であり、③は「タリフマン」を自認するトランプ氏による関税の在り方の新機軸ともいえる。以下、それぞれの措置をみていこう。 クリーンエネルギー税額控除の大幅縮小 環境対策を看板政策の1つとして力を入れたバイデン政権は、IRA(2022年)において省エネ住宅や電気・水素自動車といった需要側と再生可能エネルギーによる発電・投資・製造といった供給側に幅広くまたがる「クリーン税額控除」を導入し、さらには税額控除権を譲渡可能にするという新機軸により環境対策のための資金調達の裾野を一気に広げた。 一方、OBBBAは、クリーン関連優遇の適用範囲を大きく絞り込むことで5,000億ドルの増収を確保した。具体的な措置としては、例えば次のようなものがある。 実務においては、「いつ終了するか」(前倒しになったか)が意味を持つ。クリーンビークル(EVや水素電池車)購入の際の税額控除は、すでにこの9月で失効している。ロイター通信(2025年10月2日)は、これを受け、米国のEV市場は崩壊のおそれがある、と伝えている。この後も、省エネ住宅関係の税額控除も年末で打ち切られる。 【表1】に、OBBBAによるクリーンエネルギー税額控除関係の改正(主なもの)をまとめる。 【表1】クリーンエネルギー税額控除 (※) 経過措置やセーフハーバー、その他細目については省略している。 (出所) JCX35-25より筆者作成。 外国の不公正な税制への対抗規定(最終的には削除) バイデン政権(民主党)はOECDにおける2つの柱による国際課税制度の改革に積極的だった。15%のグローバルミニマム課税に関する2021年10月の合意に参加したが、その眼目は、法人税率の引下げ競争に歯止めをかけ、多国籍企業の租税回避に対抗しようというものであった。その背景には、2017年のトランプ税制改革21%に引き下げられた法人税率の引上げを狙ったバイデン政権の政策的思惑もあったと推測される。 しかし、実際にこの制度の税負担増は米国多国籍企業にのしかかる可能性がある。議会・租税合同委員会のレポート(2023)によると米国は10年間で歳入を1,220億ドル失うと見積もられていることや、米国議会が米国の多国籍企業に税優遇を供与した場合にもグローバルミニマム税が適用、税軽減効果が減殺されることなどに共和党は強く反発していた。 こうしたことを背景に、トランプ大統領は就任初日の大統領令で(1月20日)、OECDの国際課税の議論への米国の関与を縮小する方向性を宣言していた。 下院で承認されたOBBBAには、他国による「不公正な」課税措置に対抗する規定が盛り込まれていた。この規定は、最終的に成立した法律からは削除されている。米国からみれば、結果として、対抗規定の立法をてこに、G7各国の間で、OECDのグローバルミニマム課税の規定(IIRとUTPR)は米国の多国籍企業には適用しないとする共通理解を勝ち取ったとの評価も可能だろう。 (※) 内容については、本連載【第18回】「G7共存システムの具体化とピラー2」参照。 関税 近代的な関税は、自国産業保護や交渉カードとして利用されている。トランプ氏は、関税の財源調達機能を真正面から訴えた政治的指導者であることに大きな特徴がある。 トランプ第2次政権になってから米国が導入した関税の枠組みを【表2】に示す。 【表2】トランプ政権の関税 (※) 日本に適用される税率は、一般関税(IEEPA)は15%、日本原産の自動車・自動車部品は15%(25%からの特則)(2025年9月4日大統領令) (出所) 筆者作成(2025年9月現在)。 議会予算局(CBO)によると、2025年~2034年の10年間において、OBBBAは歳出を1.1兆ドル削減するが、歳入減4.5兆ドルをもたらすので、差し引き財政赤字は3.4兆ドル増加するとしている。 ただし、トランプ関税の税収について視野を広げると、財政赤字の規模は違って見えてくる。CBOは、現在の制度が維持された場合、財政赤字は2.5兆ドル~3.3兆ドル改善すると見積もっている。これを加味すると10年後の財政赤字の増加は0.9兆ドル~0.1兆ドルの幅で収まる可能性がある。 米国の関税税収は、2024財政年度では月60~70億ドル程度で推移していたが、2025年8月には月300億ドル余りになっている。実効関税率も、2024年の2.3%から足下では17%になっているとの推計もある(【第17回】参照)。このように関税は財源として現在のトランプ経済政策において重要になっている。 【図】 トランプ関税のBefore(2024) After(2025) (出所) 米財務省データより筆者作成。 しかし、法的な不安定さも露呈している。トランプ政権がいわゆる一般関税の根拠とした国家緊急経済措置法(IEEPA・1977年)を巡る訴訟で、政権側が敗訴している。連邦巡回控訴裁判所は、8月29日に政権が「相互関税」の根拠としている「国家緊急経済措置法」は、大統領には関税を課す権限を与えていない。税を課すには議会による立法が必要、と判示し、政権側は最高裁判所に上訴している(本稿執筆時点において結論は出ていない)。 おわりに TCJAで恒久税制とできなかった条項を今回恒久化等したものを除くと、OBBBAによる新しい措置は、クリーン税額控除の巻き戻し、そして、外国の差別的な課税に対する報復的な条項を立法する動きをてこにG7と共通理解に達した、OECDのグローバルミニマム課税からの米国多国籍企業の適用除外(詳細は協議継続中)の2つになる。 これら2つは、前政権の看板政策でもあり、トランプ政権がそれを巻き返した構図になる。そのことは米国の内政問題であり、民主党・共和党の政策の衝突ともいえる。 しかし、問題は米国内にとどまらない。米国のクリーン税制縮小は国内の脱炭素ペースを弱め、国際協調の牽引力を落とすことで各国の行動に「消極的外部効果(他者の努力を萎えさせる負の波及)」を及ぼし得る。ピラー2も現時点での導入国は欧州と一部アジアが中心である。米国多国籍企業にグローバルミニマム税を適用しない方向というG7方針は、各国が制度化するにあたり同様の消極的外部効果を生み得る。 外交に深い見識を有する米国の専門家は、「関税による経済的威嚇など、力こそ正義のアプローチの正当性が立証されたとみなすトランプ氏がグローバルリーダーシップを発揮することは期待できない」と指摘している(Daalder/Lindsay 参照)(※)。 (※) アイボ・ダールダー、ジェームズ・リンゼー「ドナルド・トランプと権力政治の時代」(フォーリン・アフェアズ誌2025年3月号)参照 資源と市場が限られており、米国(1,800社)に次ぐ世界第二の多国籍企業大国(900社)でもある日本にとって、グローバル・ルールの安定が非常に重要である。米国の後退が脱炭素や多国籍企業課税の不安定化に波及しないよう、対立を避けつつ補完的な役割を果たす必要がある。企業・納税者としても粘り強く支持していくべきだろう。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第6回】 「連結の範囲に関する重要性の原則」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 連結財務諸表の作成において、親会社は、すべての子会社を連結の範囲に含めることが原則である(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)13項)。 ただし、連結会計基準は、重要性の原則を規定しており、子会社であって、その資産、売上高等を考慮して、連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性の乏しいものは、連結の範囲に含めないことができるとしている(連結会計基準注1、注3)。 今回は、連結の範囲に関する重要性の原則について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱い 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱いについては、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用等に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第52号。以下「実務指針52号」という)が公表されている。 1 基本的な考え方 連結の範囲に係る重要性の判断としては、通常、該当要件の影響割合が所定の基準値より低くなれば、それで重要性は乏しいと判断されるものである(実務指針52号3項)。 しかしながら、「企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度」に係る重要性は、必ずしも量的要件だけで判断できるわけではない。 このため、重要性の判断を行う際には、次の事項に注意し、企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を適正に表示する観点から量的側面と質的側面の両面で並行的に判断する(実務指針52号3項)。 また、「「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」の取扱いに関する留意事項について」(連結財務諸表規則ガイドライン)では次のように規定しているので、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、注意が必要である。 2 連結の範囲から除外できる重要性の乏しい子会社 連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性が乏しい子会社かどうかは、企業集団における個々の子会社の特性とともに、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断する(実務指針52号4項)。 また、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」では次のように規定している。 上記4項目に与える具体的な影響度合いは、次の算式で計算された割合をもって基本的に判断する(実務指針52号4項)。 算式を適用する場合には実務指針52号4-2項を十分に勘案する必要がある。 前述のように、実務指針52号では、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断することが述べられており、それぞれに関する具体的な影響度合いについての算式を示しているが、キャッシュ・フローに関する算式については設けていない(実務指針52号4項)。 キャッシュ・フローに関する具体的な影響度合いに関する算式を考えると、例えば、キャッシュ・フロー計算書を利用するとしても、営業活動によるキャッシュ・フロー、投資活動によるキャッシュ・フロー、財務活動によるキャッシュ・フローがあり、どの数値を用いて算式を設定すればよいかについて一律に決定することが難しいのではないかと思われる。また、キャッシュ・フローについては貸借対照表や損益計算書と密接に関連することから、上記の4項目により連結の範囲に関する重要性の判断をすることにより、キャッシュ・フローに関する重要性についても判断できるものと考えられる。このようなことなどから、実務指針52号ではキャッシュ・フローに関する算式を示していないものと解される。 3 重要性の判断に関する数値基準 現行の実務指針52号では、連結の範囲に係る重要性の判断に関する数値基準は設けられていない。 しかしながら、かつて、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用に係る監査上の取扱い」(監査委員会報告第52号(当時))の注書きにおいて、次の記載があった。 平成14年7月3日の改正において、当該注書きは削除されたが、当時の常務理事前文において、「委員会報告第52号が公表されてから既に10年近く経っており、連結の範囲が同報告の趣旨に沿って広く実務に定着したと判断されるため、同報告の(注)として記載されていた具体的参考数値を削除することといたしましたが、その趣旨は従来と変わらないことを申し添えます。」と記載されているので、実務上、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、上記の数値基準は参考になるものと解される。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年9月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年9月1日から9月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 なお、四半期ごとの速報解説のポイントについては、下記の連載を参照されたい。 Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 〇 修正「中小企業の会計に関する指針」 (内容:項番号の修正や関係法令の更新等に伴う所要の変更を行うもの。「会計参与の行動指針」も改正されている) (了)
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第14回】 「私傷病休職と解雇・退職の有効性」 弁護士 柳田 忍 【Question】 メンタル不全により私傷病休職中で近々休職期間が満了となる当社のフルタイム従業員Xから、「総合職として復職可能」とする診断書の提出と復職の申出を受けました。当社はXを技術職としての経歴を重視して中途採用したものですし、昨今の業務のAI化に伴い総合職のニーズが減少していることなどから、総合職の人員はここ数年補充していません。 Xを総合職として復職させなければならないでしょうか。それとも、休職期間満了時に復職可能とならなかったものとして解雇ないし退職扱いとしてよいでしょうか。 【Answer】 Xについて、総合職の業務は「その従業員が配置される現実的な可能性のある他の業務」には該当しない可能性が高いため、Xを復職させる必要はないと思われます。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 私傷病休職制度を採用する多くの企業において、休職期間満了時において復職可能な健康状態に回復していないことを解雇事由ないし退職事由とすることが一般的である。復職可能な健康状態に回復していることについては従業員が立証責任を負うが、その立証手段として、私傷病休職中の従業員から、「週〇日勤務であれば復職可能」、「〇〇業務であれば復職可能」といった、条件付きで復職を可能とする医師の診断書が提出されることがある。このような診断書を受けて、私傷病休職者が提示する条件をどこまで受け入れなければならないのかと頭を悩ませた会社等は少なくないであろう。 そこで、本稿においては、私傷病休職者の解雇・退職のポイントについて説明する。 (※) なお、以下においては触れていないが、産業医の意見などを得て、上記のような主治医の診断書の内容について争うことも考えられる。 2 復職可否の判断基準 会社等は、私傷病休職者が以下①ないし③のいずれかに該当する場合は、復職可能な健康状態に回復したものとして、復職を認めなければならない(片山組事件・最1小判平成10年4月9日)。すなわち、このような場合に、復職可能な健康状態に回復していないとして私傷病休職者を解雇や退職扱いとすると、それらの措置が無効となる。 実務上しばしば問題になるのが、どのような作業が②の「軽微作業」に該当し、どのくらいの期間が「ほどなく」に当たるのか、また、どのような業務が③の「現実的な可能性のある他の業務」に当たるのか、といった点である。以下、それぞれについて説明する。 3 上記判断基準②について 私傷病休職中の従業員から「週〇日勤務であれば復職可能」などと、業務量の軽減等を条件として復職可能である旨の診断書が提出される場合がある。このような診断書を受け取った会社等においては、どこまで業務量を軽減しなければならないのか。また、どのくらいの期間業務量を軽減しなければならないのか。 この点、あくまで目安ではあるが、以下のように考えられるのではないかと思われる。 以下、独立行政法人N事件によると、従前の半分程度の業務量では実質的には休職しているようなものであるということなので、従前の半分以下の業務量の場合は「軽微業務」には当たらないと解釈することができると思われる。 また、以下独立行政法人N事件および北産機工事件によると、職務に従事しながら2~3か月程度の期間をみることによって完全に復帰できるような場合には「ほどなく」に当たるものの、半年も待つ必要はない、ということになるのではないかと思われる。 4 上記判断基準③について 私傷病休職者から「〇〇業務であれば復職可能」などと、従前の業務と異なる業務での復職の申出がなされることがあるが、会社等においては当該休職者に就かせることを想定していなかった業務への申出であったりして、困惑することも少なくない。このような場合、どのような業務が「現実的に可能性のある他の業務」に当たるのかが問題となる。 (1) 「現実的な可能性のある他の業務」の判断要素 「現実的な可能性のある他の業務」か否かの判断にあたっては、以下の点が考慮される(前掲片山組事件)。 以上の判断要素を踏まえたうえで、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例は以下のとおりである。 (2) 「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例 ① 採用時に想定されていない業務 以下の裁判例に照らすと、専門職として採用された従業員等について、採用時に従事させることが想定されていなかった非専門職は「現実的な可能性のある他の業務」には当たらないと判断される可能性が高い。 もっとも、採用時に想定されていない業務であっても、採用後に従事させたことがある業務については「現実的な可能性のある他の業務」に該当すると判断される可能性があることに注意が必要である。 ② 前例のない配転先の業務 以下の裁判例に照らすと、申出がなされた業務への配転が前例のないものである場合も、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高いと思われる。 ③ その時点で会社等に存在しない業務 以下の裁判例に照らすと、外注に出している業務について外注先との契約を解消して私傷病休職者に提示するとか、空きがなく、空きが生じる見込みもない業務につき私傷病休職者のために空きを作り出して提示するといったことまでは求められない可能性が高いと思われる。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第23回】 「成年後見制度の改正」 ~任意後見制度の見直し~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 成年後見制度の改正議論では、任意後見制度について見直しがされると聞きました。どのような改正になるのでしょうか。 【A】 任意後見制度については、任意後見監督人の選任を必須としない案や、任意後見制度の開始の申立権者を広げる案、一定の申立権者にその申立てを義務付ける案など、任意後見制度の利用をしやすくし、より実効性を持たせる方向で改正議論が行われています。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 任意後見制度とは 任意後見制度とは、本人が元気なうちに任意後見人となって欲しい人(任意後見受任者)と任意後見契約を締結しておき、実際に本人の判断能力が衰えた場合には家庭裁判所に申立てを行って任意後見契約を発効させて、任意後見人が本人のために活動を行う制度です。法定後見制度では、本人が希望した候補者が成年後見人に選任されるとは限りませんが、任意後見制度の場合はほとんどの場合、任意後見受任者が任意後見人として活動することができます。いわば「後見人の予約」のような制度です。 任意後見制度は本人の希望する人に財産の管理等を任せることができるため、本人の意思を尊重するという観点からは好ましいといえます。 今回の改正では、任意後見制度の課題とされてきた点の見直しを行い、より利用しやすい制度への改正が議論されています。税理士は顧問先等の特定の顧客との信頼関係が構築されているため、顧客から「任意後見人になって欲しい」と依頼を受けることも多いと思われます。特に注目すべき改正点といえるでしょう。 2 任意後見監督人についての見直し 任意後見契約を発効させるためには、任意後見人の事務を監督する「任意後見監督人」の選任申立てを家庭裁判所に行う必要があります。よって、任意後見制度を利用するためには、任意後見監督人が必須です。これは家庭裁判所が直接監督を行うよりも、家庭裁判所の事務負担を軽減しつつ、実効性のある監督を実現することが可能となることなどが理由とされています。 しかし、任意後見監督人に支払う報酬が負担となることなどが任意後見制度の普及が進まない一因ともいわれていることから、家庭裁判所の判断により任意後見監督人を必須としないこともできるようにする改正が検討されています。 (※) 令和6年12月末時点の任意後見制度の利用者は、成年後見制度の全体の利用者が253,941人であるのに対して、2,795人に留まります。 3 申立権者の拡大と義務付け 任意後見制度の課題として任意後見契約を締結しているにも関わらず、本人の判断能力が衰えてからも申立権者が任意後見監督人の選任の申立てがなされず効力が生じないままになっている事例が少なくないといわれています。 これは、任意後見受任者の制度理解が不十分であることや、任意後見監督人に支払う報酬を考えて躊躇しているなど様々な理由が考えられますが、適切なタイミングで任意後見制度の利用が開始されなければ本人の意向に反することにもなりますし、十分に保護ができなくなる可能性もあります。 そこで改正議論では、申立権者を現行法の定める「本人」、「配偶者」、「四親等内の親族」、「任意後見受任者」から拡大し、任意後見契約書において指定した者を申立権者に加える案や、市町村長等の公的機関に申立権を認める案などが議論されています。また、任意後見受任者等の一部の申立権者に申立てを義務付けることなども検討されています。 4 任意後見制度と法定後見制度の併存 現行法では任意後見制度を利用している者が、法定後見制度を同時に利用することはできません。現行法では任意後見制度を利用している場合において、任意後見契約で設定した任意後見人の権限が不足しているときは、任意後見制度を終了させて法定後見制度の利用に切り替えを行うケースがあります。 今回の改正では法定後見制度を特定の法律行為について保護者に権限を付与する仕組みとする案も検討されていますが(本連載【第21回】参照)、この案が採用された場合には任意後見人の不足する権限について、法定後見制度において保護者に付与することも可能となるため、任意後見制度と法定後見制度の併存を可能とすることも議論されています。 【現行法】 【改正議論】 (了)
2025年10月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.638を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.152- 「自民党再生の道」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 自民党の総裁選挙が終盤を迎えているが、候補者の話にそれほど新味はない。筆者は、参議院選挙に自民党がなぜ大敗したのかということへのきちんとした反省がなければ、誰が新総裁に選ばれてもこれまでと変わらないと考える。 * * * 自民党が大敗した原因は何か。 9月2日に公表した自民党の総括報告書「国民政党としての再生に向けて」をもとに考えてみたい。 報告書は概要以下のような敗因についての記述をしている。 その理由として、「自民党は共働き世代に何もしてくれていない」、「自民党は高齢者優先で若年層を置き去りにしている」といったシルバーデモクラシーへの批判を挙げている。 * * * 次は選挙公約の経済政策についての記述である。 野党の掲げる財政ポピュリズムに乗る形で、つまり「野党の土俵」で勝負しようと国民全員へのバラマキ給付案を打ち出したことが敗因であった。 責任与党として、なぜ消費税減税ができないか、財政への影響をわかりやすく説明し、消費税減税は物価高対策として逆効果になることをSNSで分かりやすく説明すべきではなかったか。 * * * ガソリン暫定税率の協議では、各党ともそれなりの代替財源を提示して議論し始めている。このことは、野党にも財源問題にきちんと向き合わなければ政策の実現が難しいという責任感が出てきたことを示しているといえよう。 今後野党との政策協議や連携の議論が行われるが、責任ある立場として、ポピュリズムに乗っかるのではなく、各党の主張する財源の中身の吟味をしっかりすることだ。 先ほどの報告書は、次のことも記述している。 その通りである。筆者には、安倍総理が官邸主導の経済政策をとり始めて以来、自民党の政策立案能力が大いに低下したという実感がある。 * * * 今になって高市候補や林候補が給付付き税額控除やユニバーサルクレジットを主張し始めたが、このような骨太の提言をなぜ選挙公約としなかったのだろうか。 ユニバーサルクレジット(給付付き税額控除)は、単に減税と給付を結び付けるだけの政策ではない。次回改めて解説するが、勤労インセンティブを高め人的資本の向上を図るトランポリン型の積極的労働政策と組み合わされ、労働移動の円滑化を支える成長戦略である(財務省財務総合政策研究所 フィナンシャル・レビュー「ベーシックインカムと給付付き税額控除」参照)。 デジタルを活用し、バラマキ的な給付をやめ、細かいセーフティネットを構築することなど、政策立案能力を磨き上げ具体案を提言することこそが支持回復の近道だ。 (了)
《税務必敗法》 【第5回】 「提出すべき別表等を誤った」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 X会計事務所の甲は、前任の乙が×7年5月末で退職したことに伴い、3月決算であるA社を新たに担当することになった。甲が同年6月に入り、A社の確定申告書を閲覧すると、×6年度の確定申告において「中小企業者等が機械等を取得した場合の法人税額の特別控除」を受けるために別表6(15)を添付すべきところ、誤って別表6(23)が添付されていたことに気づいた。 驚いた甲が所轄税務署に電話をかけ「期限後だが、別表の差替えはできるか?」と問い合わせたところ、「確認はしてみるが、確定申告でこの特別控除の適用を受けていない場合は、更正の請求によって特別控除の適用は受けることはできないこととされているので、その点はご理解いただきたい。」と回答された。 1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「提出すべき別表等を誤った」である。 一部の法人税等の特別控除は別表や付表の提出が適用要件となっている。また、消費税等においても届出書等の提出が要件となっているものがある。 書類の提出を失念したことによる事故事例はよくあるが、今回は提出したものの、誤って別の書類を提出してしまったケースについて紹介する。 2 提出すべき別表等の誤り事例 (1) 中小企業投資促進税制と中小企業経営強化税制 冒頭の事例は、株式会社日税連保険サービスの『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月~2023年6月30日版)』の事例13を参考にしたものである。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月1日~2023年6月30日版)』の事例13より) この事例は、「中小企業投資促進税制(中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は税額控除)」における税額控除を受けるために別表6(15)を添付すべきところ、誤って「中小企業経営強化税制(中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除)」における税額控除にかかる別表6(23)を添付してしまったというものである。 この特別控除は、いわゆる当初申告要件に該当するものであり、国税庁の「申告書作成上の留意点」(令和6年版)においても、別表6(15)について「確定申告でこの特別控除の適用を受けていない場合、修正申告・更正の請求によりこの特別控除の適用を受けることはできませんのでご注意ください」と明記されている。 (2) 消費税課税事業者選択届出書と消費税課税事業者届出書 免税事業者が消費税等の還付を受けるために「消費税課税事業者選択届出書」を提出すべきところ、誤って「消費税課税事業者届出書(基準期間用)」を提出してしまった事例もある。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2019年7月1日~2020年6月30日版)』事例5より) 3 別表等の提出を誤った場合の影響 (1) 過大納付・還付不能による損害賠償 提出する別表等を誤ると、法人税等や消費税等の過大納付となる可能性がある。また、消費税の還付不能の可能性もある。過大納付や還付不能になれば、損害賠償責任を負う可能性が生じる。 (2) 契約解除 提出すべき別表等を誤るという単純なミスをすれば、顧問先の信頼を大きく失い、契約解除となる可能性もある。 4 取り違える原因 (1) 名称が似ていることによる勘違い 提出すべき別表等を誤る原因は、書面の名称が似ているためである。法人税等の場合、例えば別表6は種類が多く、しかも名称が似ているものも多い。また、税制改正により似た名称の別表が追加されるときもある。消費税の届出書や申請書も種類が非常に多く、名称が似ているものが多い。 (2) 会計事務所内のチェック体制の不備 会計事務所において、税務関係書類の作成を担当者任せにし、上長がチェックしていないことも原因として挙げられる。 (3) 税務申告ソフトの操作ミス 税務申告ソフトには、別表や届出書等の名称がずらりと並んでいる。特に別表については、税制改正により並び替えや新しい様式が追加されることもある。そのため、税務申告ソフトの操作ミスによって選択を誤る可能性もある。 (4) 旧年度の税務申告ソフトを使用 旧年度の税務申告ソフトを使用し、旧様式で提出する誤りも想定される。例えば「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」は別表6(24)だが、以前は別表6(26)であった。 5 取り違えを防止するための対策 (1) 似た名称の別表等は注意する 似た名称の別表等はあらかじめ注意しておくことが基本となる。 例えば、別表については、国税庁の「法人税及び地方法人税の申告(法人税申告書別表等)」で、別表の一覧を確認するとよい。 (2) 経験の浅い職員に丸投げしない 会計事務所では、経験の浅い職員に税務関係書類の作成を丸投げしないようにすべきである。 前述の「消費税課税事業者選択届出書」と「消費税課税事業者届出書(基準期間用)」の提出誤りは、一定の税務経験を積んだ会計事務所職員であれば、誤ることはまず考えられないミスである。推測だが、税務経験の浅い職員に担当させ、しかも誰もチェックしなかったのではないだろうか。 (3) 税理士会の研修を受講する 税理士会では、新しい制度に関する研修が必ず行われる。別表の書き方や注意点の説明もあるので、新制度に関する研修は受講すべきである。 (4) 実際の様式を確認する 税務申告ソフトによっては、別表等の画面が実際の様式とは一致していないものもあり、誤って選択していても気づきにくい可能性がある。 この対策としては、国税庁のサイトで実際の様式を確認するとよいであろう。また記載要領や留意事項も目を通しておくべきである。 (5) 条文に目を通す 適用しようとする制度に関する条文にも目を通しておくことが望まれる。条文番号と概要をつかむことで、前述の記載要領とあわせて確認することも可能となる。 (6) 税務申告ソフトは最新版を使用する 税務申告ソフトは最新版を使うことである。別表の様式は制度改正によって変わることがあり、番号も変わることがある。 6 おわりに 今回は、提出すべき別表等の誤りについて解説した。特別控除に関しては、制度改正により新しい別表が設けられることが多いので、最新の知識を身につけておく必要がある。また、複数人でチェックし、勘違いを防止することも必要である。 本稿が実務の参考になれば幸いである。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例79】 「土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東地方のとある県における中堅都市に本社を置き、中華料理を提供する店舗を県内及び近隣県に十数軒展開する飲食業を営むX株式会社(資本金3,000万円の3月決算法人)において経理部長を務めております。 飲食業界はご承知の通り2020年から数年にわたって人類を苦しめたコロナ禍で大変な苦境に陥り、同業他社の多くが廃業や倒産の憂き目に遭ったところでしたが、わが社は政府や自治体からの補助金等の効果もあってか、お陰様でなんとか生き延びることができました。とはいえ、コロナ禍の時期は不採算店をいくつも閉店するなど後ろ向きのリストラを実施しておりましたが、コロナ禍が開けた後は再び攻めに転じて、同業他社が手放した店舗を中心に買収し、業務拡大に努めております。 そんな中、先日来、所轄税務署の税務調査を受けていますが、その中で買収した店舗の経理処理について、調査官と見解の相違が生じています。わが社は、店舗に係る土地建物の取得の際、当該建物の上層階に引き続き残ることとなる賃借人がいるため、当該賃借人から預かった敷金の返還債務を差し引いて建物の取得価額とし、それをもとに毎期の減価償却費を算定して損金計上していました。 ところが、税務調査の席で調査官いわく、当該敷金の返還債務は未だ確定していないため、建物の取得価額に算入できない、したがって減価償却費として損金算入できる金額に誤りがある、とのことでした。この場合、敷金の返還債務は確定していないと断ずることはできるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人の有する減価償却資産は、当該減価償却資産の取得価額を一定の償却方法により計算した金額に基づき、耐用年数にわたり徐々に費用化していくのですが、その場合重要となるのが、取得価額をどのように算定するのかという点です。 当該取得価額は、原則として取得時に係る事業年度の終了の日までに確定していなければなりませんが、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、賃借人が当該物件の明渡時までに賃借人の置かれている様々な状況により変動し得るものであるため、賃貸人が建物の所有権を取得した時(及び取得に係る事業年度の終了の日)には、当該賃貸人が将来支払うべき敷金の額は確定していなかったといえます。 したがって、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、当該減価償却資産の取得価額に算入することはできないと言えます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却の意義 減価償却資産は企業利益の主要な源泉となる資産であるが、同時に、企業において長期間にわたって収益を生み出す源泉となるという性質を有する。そのような資産は、企業会計における費用収益対応の原則にのっとり、その取得費は、取得の年度に一括して費用に計上するのではなく、使用又は時間の経過によってそれが減価するのに応じて徐々に費用化するのが理論的と言える。そのため、租税法においても、企業会計の考え方に依拠しつつ、法律関係の画一的な処理を図るため、所得税法及び法人税法に必要な定めを置いている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)390頁参照。 減価償却に関する定めの中で、減価償却費の計算に関し重要な要素は、取得価額、耐用年数、残存価額及び償却方法である。 (2) 減価償却資産の取得価額 減価償却資産は、減価償却資産の取得価額を一定の償却方法により計算した金額に基づき徐々に費用化していくのであるが、法人税法上、減価償却資産の取得価額は、以下の通り算定することとなっている(法令54)。 ① 購入した資産(法令54①一) 当該資産の購入の代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産の購入のために要した費用を加算する)に、当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ② 自己の建設、製作又は製造に係る資産(法令54①二) 当該資産の建設等のために要した原材料費、労務費及び経費の額に、当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ③ 自己が成育させた牛馬等(法令54①三) 成育させるために取得をした牛馬等に係る種付費及び出産費等の額、取得をした牛馬等の成育のために要した飼料費、労務費及び経費の額に、成育させた牛馬等を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ④ 自己が成熟させた果樹等(法令54①四) 成熟させるために取得をした果樹等に係る種苗費等の額、取得をした果樹等の成熟のために要した肥料費、労務費及び経費の額に、成熟させた果樹等を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ⑤ その他の資産(※2)(法令54①六) その取得の時における当該資産の取得のために通常要する価額に、当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 (※2) ほかに、適格合併等により移転を受けた減価償却資産についての規定がある(法令54①五)。 (3) 土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額が争われた事例 それでは本件と同様に、土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額が争われた事例(東京地裁令和2年9月1日判決・税資270号-84(順号13444)、TAINSコード:Z270-13444)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、飲食店の経営等を目的とする会社である原告が、競売により一括取得した東京都港区六本木所在の土地、建物及び附属設備について、その落札金額を按分してそれぞれの取得価額を算出し、これを基に、法人税に係る減価償却費の額及び消費税の課税仕入れに係る支払対価の額を計算して、原告の平成22年12月1日から平成23年11月30日までの事業年度に係る法人税の申告並びに平成22年12月1日から平成23年11月30日までの課税期間に係る消費税及び地方消費税の確定申告をしたところ、船橋税務署長(処分行政庁)から、上記建物及び附属設備の取得価額の計算が誤っているとして、法人税及び消費税等の各更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、被告を相手に、これらの処分の取消しを求める事案である。 原告は、担保不動産競売の対象とされた土地及び建物につき、25億8,975万5,895円で買受けの申出をし、平成23年5月20日付けで売却許可決定を受け、同年6月1日、本件不動産の所有権を取得し、同月2日、その所有権移転登記をした。 本件競売においては、裁判所に選任された評価人が作成した評価書における本件不動産の評価額(合計17億2,193万円。評価日は平成22年12月29日)を踏まえ、売却基準価額が定められた。本件競売評価書においては、本件不動産の積算価格を24億2,476万円(うち本件土地が19億7,174万円、本件建物等が4億5,302万円)、収益価格を29億5,091万円とした上、これらの価格を同等に評価して調整した後の合計価格を26億8,784万円とし、マイナス30%の競売市場修正等を行って、本件不動産の評価額を17億2,193万円と評価した。なお、本件競売評価書においては、上記26億8,784万円から評価額を導くに当たり、「引受債務相当額」(本件不動産の競落人が賃貸人の地位を承継することにより引き受ける敷金返還債務の額)として、本件建物等の価格から1億5,957万円を控除している。 原告は、平成24年1月31日、本件事業年度の法人税及び本件課税期間の消費税等についてそれぞれ確定申告をしたが、その中で本件土地及び本件建物等の価額を、本件土地については路線価に基づき、本件建物等については類似物件を参考とした再調達価格に基づき算出して、これらの価格比により本件落札金額を按分し、本件土地を13億1,925万5,895円、本件建物等を12億7,050万円(そのうち本件建物は6億8,010万円)と算出した上で、本件建物等に係る減価償却費を合計1億6,588万2,000円と計上し、これを損金に算入して法人税の確定申告を行うとともに、本件建物等の取得価格12億7,050万円を本件課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に含めて控除対象仕入税額を計算し、消費税等の確定申告をした。 ② 事案の争点 本件不動産の取得価額として本件落札金額(25億8,975万5,895円)のほかに本件敷金債務相当額(1億5,957万円)を加算すべきか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁令和4年12月22日判決・税資272号(順号13794)、TAINSコード:Z272-13794)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 上記③の裁判例の控訴審(東京高裁令和4年12月22日判決・税資272号(順号13794))において、裁判所は、本件敷金債務相当額につき、「この「購入のために要した費用」に該当するか否かについては、「購入の代価」としての性質を有するものである必要があるほか、当該資産の耐用年数にわたって徐々に費用として計上するという減価償却費の性質上、その費用化の前提となる当該資産の取得価額が、取得時に係る事業年度の終了の日までに確定的に算定されている必要がある。そのため、取得時に係る事業年度の終了の日までに支出されない将来の費用について「購入のために要した費用」に該当するといえるためには、その額が同日までに確定的に算定可能でなければならない。(下線部筆者)」と判断し、取得価額に算入することはできないとして、一審同様に納税者の主張を斥けている。一審では取得価額に算入するためには、「確定していること」を求めているが、控訴審ではその金額が具体的に「算定可能」であることを求めている。控訴審の判断は、一審でいう「確定していること」の内容をより具体的に示しているものと解することができるだろう。 一方で、競売により一括して所有権を取得した本件不動産は、非減価償却資産である本件土地と、減価償却資産である本件建物等に区分する必要があるが、その按分方法につき、課税庁は固定資産税評価額の価額比を用いていたが、裁判所は、「本件落札金額の按分の基礎となる本件不動産に係る各資産(本件ディスプレイ設備及び本件内部造作を除く。)の価額については、本件鑑定(筆者注:本件訴訟手続において、原告の鑑定の申出により裁判所が採用したもの)による各資産の評価額によることが相当である。」として、その鑑定評価額による価額比を用いて按分するのが合理的であると判断した。この点も実務の参考となるであろう。 (4) 本件へのあてはめ 法人の有する減価償却資産は、当該減価償却資産の取得価額を一定の償却方法により計算した金額に基づき耐用年数にわたり徐々に費用化し損金に算入されるものであるが、その場合重要となるのが、取得価額をどのように算定するのかという点である。 当該取得価額は、原則として取得時に係る事業年度の終了の日までに確定していなければならないが、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、賃借人が当該物件の明渡時までに賃借人の置かれている状況により変動し得るものであるため、賃貸人が建物の所有権を取得した時(及び取得に係る事業年度の終了の日)には、当該賃貸人が将来支払うべき敷金の額は確定していなかったといえる。 したがって、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、当該減価償却資産の取得価額に算入することはできないと言える。 (了)
租税争訟レポート 【第81回】 「役員給与「勤務実態のない者に給与として支払った金員に対する課税関係」 (札幌地方裁判所令和6年1月29日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、原告が、その従業員であると主張する乙に対する給与の額及び当該給与に係る法定福利費の額(本件各支給金員)を損金の額に算入して法人税等の確定申告をしたところ、札幌中税務署長(処分行政庁)が、乙には原告における勤務実態がなく、同人を原告の従業員であるかのように見せかけて損金の額に算入した給与の額等は、原告の前代表取締役であった亡甲が個人的に負担すべき乙ヘの生活費の援助であり、亡甲に対する役員給与に該当するなどとして、以下の各処分を行ったところ、原告が、被告に対して、請求の趣旨の限度で、これらの処分を不服としてその取消しを求める事案である。 〈札幌中税務署長による処分〉 【争点】 【〔争点1〕に対する主張】 1 被告の主張 被告は、〔争点1〕について、次のように主張した。 (1) 乙の雇用契約書は、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲から指示を受けたものと考え、乙に確認することなく、作成したものであり、雇用契約締結には、使用者・労働者双方の合意が必要であるにもかかわらず、乙は、札幌中税務署職員に対し、「実際に働く意思を伝えたこともありませんし、働くよう言われたこともなかったですし、働いたことがないのも事実です」と供述して、原告との雇用契約の合意を直接的に否定しているのであるから、乙には原告との間で雇用契約を締結する意思があったとは認められない。 (2) 原告の代表取締役及び監査役が、平成29年7月又は8月頃まで、乙に対して給与及び賞与が支払われていることを知らなかった旨供述していること、雇用契約書のみならず、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳、更には退職届に至るまで、乙の関知しないところで、同人の意思や実際の行動とは別に作成されていたことからすれば、原告と乙との間に雇用契約が締結された事実がなかったことは明らかである。 (3) 原告が乙との間に雇用契約が締結された事実がないにもかかわらず、乙に対し給与及び賞与を支給していたのは、平成6年以降、乙が原告の代表取締役であった亡甲と交際関係にあり、平成7年3月に無職となったことを契機として、亡甲から継続的に生活費の援助を受けていたという経緯に照らせば、亡甲による乙に対する生活費の援助の趣旨であると考えざるを得ないこととなり、これは、亡甲が個人として負担すべき費用を原告が負担することによって乙に経済的利益が付与されたとみるべきであり、本件各支給金員のうち亡甲の死亡前に係る金額は、法人税法34条4項の「その他の経済的な利益」に該当し、亡甲に対する役員給与であると認められる。 2 原告の主張 原告は、〔争点1〕について、次のように主張した。 (1) 乙は、平成11年6月頃に締結された原告との間の雇用契約に基づき、原告又は原告からの出向により原告グループの業務に従事していたものであり、乙に支給された給与及び賞与は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものである。 (2) 乙が原告の代表取締役であった亡甲の指揮命令に従って提供した労務は、具体的には、次のとおりである。 (3) 乙に対して支給した給与及び賞与は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものであるから、これが亡甲に対する役員給与であることを前提とした本件各更正処分等には、誤った法解釈に基づく違法性が存在する。 【〔争点2〕に対する主張】 1 被告の主張 被告は〔争点2〕について、原告と乙との間には雇用契約が認められず、乙が原告に対して労務を提供した事実も認められないにもかかわらず、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲の指示に基づき、原告から乙に対する給与を支給しているものとして処理するため、雇用契約書、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳及び退職届を、乙に無断で作成した上、支給した給与及び賞与について、総勘定元帳の給料手当勘定又は賞与勘定に計上したものであり、原告のこれらの行為は、存在しない課税要件事実(乙が原告の従業員として給与を支給される事実)が存在するかのように見せかけたことに他ならないことから、通則法68条1項の「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を仮装し」たものであり、また、原告は、これに基づき法人税及び復興特別法人税の各確定申告書を提出しているのであるから、仮装行為と過少申告行為との間に因果関係があることは明らかであるとして、重加算税が課されると主張した。 2 原告の主張 原告は、〔争点2〕について、仮に原告と乙との間に雇用契約がないと判断されたとしても、それは、原告の法的見解に誤りがあったにすぎず、架空名義の利用又は証拠資料の廃棄・隠匿等の行為そのものが明らかに「隠蔽」又は「仮装」と評価できるような積極的行為は行っていないし、雇用契約書、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳及び退職届は、雇用保険・社会保険の手続のために作成されたものであり、過少申告行為のために作成されたものではないから、これらの作成が「隠蔽」又は「仮装」と評価されるとしても、過少申告行為との間に因果関係が認められないとして、重加算税は課されるべきではないと主張した。 【札幌地方裁判所の判断】 札幌地方裁判所は、結論として、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却するという判決を言い渡している。争点ごとの裁判所の判断を見ておきたい。 1 本件各支給金員は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものではなく、亡甲に対する役員給与に該当するかに関する裁判所の判断〔争点1〕 札幌地方裁判所は、事実認定に基づき、〔争点1〕について、乙に対する給与及び賞与の支給の趣旨は、亡甲による乙に対する生活費の援助であると認められることからすれば、給与及び賞与のうち亡甲の死亡前に係る金額の支給により、亡甲が個人として負担すべき費用を原告が負担し、乙に経済的利益が付与されたとみることができるとして、こうした経済的利益は、法人税法34条4項の「その他の経済的な利益」に当たり、同条1項ないし同条3項までの適用上、原告がその役員である亡甲に対して支給する給与に含まれると解するのが相当であるとの判断を示した。 原告による、乙による会合への同行等は、原告の代表取締役である亡甲の指揮命令に従った労務の提供であったという主張に対して、札幌地方裁判所は、乙に支給された金員の趣旨が給与ではなく、生活費の援助であったとしても、乙が亡甲の求めを断りにくい立場にあることに変わりはなく、乙の札幌中税務署職員に対する回答は、認定事実と整合するものであることに照らすと、その信用性を肯定することができるというべきであるとして、その主張を斥けた。 2 本件各支給金員は、事実を仮装して経理をすることにより支給されたものであるかに関する裁判所の判断〔争点2〕 札幌地方裁判所は、事実認定に基づき、〔争点2〕について、原告と乙との間に雇用契約は存在せず、乙に支給した金員は、乙の原告における労務の対価には当たらないところ、原告は、これを乙に対する給料手当又は賞与として経理処理し、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲の指示を受けて、乙に無断で、雇用契約書を作成するなどして、乙が原告の従業員であるかのように装って給与及び賞与として支給し、支給した金員及び法定福利費を、各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入したものであることから、乙に支給した金員は、乙が原告の従業員であるとの事実を仮装して経理をすることにより支給されたものと認められるから、通則法68条1項の重加算税の賦課要件に欠けるところはなく、重加算税各賦課決定処分が違法であるとは認められないという判断を示した。 原告による、雇用契約書等は、雇用保険・社会保険の手続のために作成されたものであり、過少申告行為のために作成されたものではないから、これらの作成が「隠蔽」又は「仮装」と評価されるとしても、過少申告行為との間に因果関係が認められないという主張に対して、札幌地方裁判所は、雇用契約書等の作成の直接の目的が雇用保険・社会保険の手続のためであったとしても、原告は、乙が原告の従業員であるとの仮装された事実に基づき、乙に支給した金員及び法定福利費を、各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入しているのであるから、仮装行為と過少申告行為との間の因果関係はあるというべきであり、原告の上記主張を採用することはできないとして、その主張を斥けた。 【判決の特徴】 手広く会社経営をしていた甲は、スナックの経営者乙と知り合い交際を開始、乙がスナックを閉店したのを機に、生活費を援助するとともに、乙の自宅としてマンションを購入している。その後、乙の銀行預金口座には、原告から毎月一定の金員が振り込まれるようになる。原告の経理事務を担当している社(原告グループの別会社であろう)の担当者は、甲の指示を受け、乙の健康保険等の手続きを行い、出勤簿を整理して、外見上は、乙が原告で勤務しているよう体裁を整えていたところ、甲が死亡する。 甲の死亡後、これ以上、原告から金員を受け取ることはできないと考えた乙は、甲の娘である原告の監査役に対して、甲が死亡した以上、原告から金員を受け取ることはできない旨を申し入れ、監査役から、甲の息子である原告の代表取締役にも、乙の意向が伝えられる。甲の息子も娘も、原告から乙に対して給与が支給されていたことを知らなかったが、乙が亡甲の送迎等をしてくれたことに対する感謝の気持ちがあったことなどから、決算期である平成29年9月までは乙に対する給与名目の金員の支給を継続することとした。 このような事実関係だけを見れば、甲、乙、甲の子供たち、甲の指示を受けた担当者のいずれにも、法人税を免れようとか、書類を偽造しようとかいった意図はどこにもうかがわれない。しかし、裁判所は、重加算税の賦課決定処分を適法とする判決を言い渡した。原告に顧問税理士がいたのかどうかは、判決文からは読み取れないが、仮に顧問税理士がいたとしても、甲と乙が交際しており、甲が乙の生活費の援助をしていたという事実を知らされていなければ、甲に対して、役員給与と認定されるリスクがあり、重加算税を課されるかもしれないという助言をすることは困難であったかもしれない。 1 国税不服審判所の裁決 原告は、本件訴訟を提起する前に、国税不服審判所に対して不服申立てを行っている。国税不服審判所の裁決要旨検索システムから、その裁決の要旨を引用しておきたい。裁決要旨検索システムによれば、裁決の争点は6項目である。 本判決における〔争点1〕と〔争点2〕について、国税不服審判所は、以下の裁決(1)及び(2)に係る判断で、札幌地方裁判所と同様の判断を示して、請求人の審査請求を棄却している。 2 給与の支給に付随して発生する法定福利費の取扱い 上記の国税不服審判所の裁決で注目したいのは、本件訴訟では争点にならなかった、役員給与と認定された乙に対する給与支給に係る法定福利費の取扱いである。原処分庁は、審査請求人(原告)が負担した法定福利費に相当する額の経済的利益は、乙に対する寄附金の額に該当し、法人税基本通達9-4-2の2《個人の負担すべき寄附金》の定めにより、亡甲が個人的に負担すべきものとして、亡甲に対する役員給与に該当するとして納税告知処分を行ったが、国税不服審判所は、法定福利費は代表者が個人的に負担すべきものではなく、また、法定福利費の支出により代表者が享受した経済的な利益があったとも認められないから、代表者に対する役員給与とは認められないとして、原処分庁の主張を斥け、納税告知処分の一部を取り消す裁決をしている。 もっとも、国税不服審判所は、請求人による、法定福利費は、健康保険法等の規定により請求人に負担義務のある支出であるから、請求人の損金の額に算入されるという主張に対しては、法人の所得の金額の計算上損金の額に算入すべき販売費、一般管理費その他の費用の額とは、当該法人の業務との関連性を有し、業務の遂行上必要と認められるものでなければならないから、本件支出に伴い計上された法定福利費を損金の額に算入することはできないという裁決を行っている。 (了)