収益認識会計基準を学ぶ 【第6回】 「履行義務の識別①」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 収益認識会計基準の5つのステップの2番目は、契約における履行義務を識別することである(収益認識会計基準17項(2))。 履行義務の識別は、要件が詳細に規定されており、また、実務上、判断に迷うことが多いので、慎重に対応する必要があると考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 履行義務の定義 契約において顧客への移転を約束した財又はサービスが、所定の要件を満たす場合には別個のものであるとして、当該約束を履行義務として区分して識別することになる(収益認識会計基準17項(2))。 1 定義 「履行義務」とは、顧客との契約において、次の①又は②のいずれかを顧客に移転する約束をいう(収益認識会計基準7項)。 顧客との契約は、通常、企業が顧客に移転することを約束した財又はサービスを明示している(収益認識会計基準127項)。 しかしながら、顧客との契約には、契約締結時に、企業が財又はサービスを移転するという顧客の合理的な期待が生じる場合において、取引慣行、公表した方針等により含意されている約束が含まれる可能性があり、顧客との契約において識別される履行義務は、当該契約において明示される財又はサービスに限らない可能性がある。このため、履行義務の識別の判断は、慎重に行う必要があると考えられる(収益認識会計基準127項)。 約束した財又はサービスが別個のものではない場合には、別個の財又はサービスの束を識別するまで、当該財又はサービスを他の約束した財又はサービスと結合することになる(収益認識適用指針7項)。 2 約束した財又はサービスの例示 収益認識会計基準は、約束した財又はサービスとして、次のものを例示している(収益認識会計基準129項)。 3 一連の別個の財又はサービスの例示 一連の別個の財又はサービスの例として、「清掃サービス契約」のように、同質のサービスが反復的に提供される契約等に適用できる場合があるとされている(収益認識会計基準128項)。 「一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり、顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)」(収益認識会計基準7項(2)、32項(2))の定めは、特性が実質的に同じ複数の別個の財又はサービスを提供する場合に、当該複数の別個の財又はサービスを「単一の履行義務として識別する」ものである(収益認識会計基準128項)。 当該規定は、当該別個の財又はサービスを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別することは、コストと比較して便益が小さいことから、設けられたものである(収益認識会計基準128項)。 例えば、1年間にわたって、あるビルの清掃サービスを行う契約をし、日々、同一の清掃作業(サービス)を提供する場合、日々の清掃作業(サービス)のそれぞれを履行義務として識別するのではなく、当該複数の別個の財又はサービス(同一の清掃作業(サービス))を「単一の履行義務として識別する」ということである。 4 契約管理活動 契約を履行するための活動は、当該活動により財又はサービスが顧客に移転する場合を除いて、履行義務ではない(収益認識適用指針4項)。 例えば、サービスを提供する企業が契約管理活動を行う場合には、当該活動によりサービスが顧客に移転しないため、当該活動は履行義務ではない(収益認識適用指針4項)。 Ⅲ 履行義務の識別の要件 契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、次の①又は②のいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別する(収益認識会計基準7項、32項)。 収益認識会計基準32項から34項までをまとめると次のようになる。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第15回】 「ハラスメントの目撃者等の協力が得られないまま加害者の処分を行う場合のリスク」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の営業部の社員Aから「営業部の部長Bにパワハラされた」との申告を受けて、社員Aや部長B以外の営業部の部員に事情聴取を行った結果、営業部の社員C及びDから、社員A及び社員Cが上司である部長Bからパワハラを受けていた旨聴取することができました。 そこで、部長Bの事情聴取を行い、社員A、C及びDからの聴取結果について、部長Bの言い分を聴取しようと考えていますが、部長Bへの事情聴取においては、社員Aらが主張する部長Bのパワハラの言動等について具体的に明示したうえで部長Bの言い分を聴取することになるので、会社が誰からそれらの話を聞いたかが部長Bに知れてしまう可能性があります(例えば、「●月●日●時頃、営業部のデスクで残業中のAさんに対して灰皿を投げつけましたか」などと聞くと、社員Aか同日残業していた社員が会社に申告ないし供述したことが部長Bに知れてしまいます)。 そのため、社員A、C及びDからの聴取結果を部長Bの事情聴取において開示することについて、社員A、C及びDの同意を得ようとしましたが、社員A、C、Dはいずれも部長Bからの報復をおそれて開示を承諾してくれません。このような状況において、当社が部長Bの懲戒処分を行っても問題ないでしょうか。 【Answer】 社員A、C、Dの供述等により、部長Bのパワハラの事実を認定できるのであれば、部長Bに対して懲戒処分を行うことは可能です。もっとも、社員A、C、Dが聴取結果の開示に同意しない場合、部長Bに十分な弁明の機会が与えられなかったと評価されたり、訴訟で社員A、C、Dの供述の証明力が認められないなどにより、部長Bの懲戒処分が無効と判断されるおそれがあります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 問題の所在 事情聴取における被害者や目撃者の発言について加害者や他の目撃者に事実確認等を行う場合には、当該供述者(被害者や目撃者)の氏名を伏せたとしても、開示された聴取結果の内容等によっては自ずと供述者が誰であるかが加害者や他の目撃者に知れる可能性がある。 したがって、当該供述者から聴取結果を開示することについて事前に同意を得るべきであり、同意を得ないで聴取結果を開示する場合、プライバシーの問題や供述者に対する二次被害や加害者による報復のおそれなどもあり、会社の責任にもなりうる(※1)ことは、拙稿第4回及び第5回で述べたとおりである(また、申告対象となるハラスメントが公益通報者保護法の対象となる場合は、同法や関連のガイドラインの違反にもなりうる)。 (※1) オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁)においては、コンプライアンス室長が通報者の氏名等の特定情報及び通報内容を通報者の同意なく通報者の上司に開示したところ、当該上司が通報者による当該通報の事実を問題視して、通報者に対して、業務上の必要性とは無関係に、いわば制裁的に配転命令をした。裁判所は、当該配転命令は不法行為であるとして、当該上司と会社の責任を認めた。 しかし、加害者からの報復(人事評価等における不利益な取扱いや嫌がらせ)のおそれ等を理由として、被害者や目撃者が、氏名や聴取結果の開示を拒絶するケースは少なくない。被害者や目撃者の供述によりハラスメントの事実を確認できる場合には、会社はそれに基づいて加害者の懲戒処分等を行うことは可能ではあるが、聴取結果の開示について供述者の同意を得られないままに処分等を行う場合においては以下のリスクがある。 2 第1のリスク~弁明の機会の付与がなされていないと評価されるリスク まず、第1のリスクは、懲戒処分の実施に際して加害者に対して十分な弁明の機会を与えていないとして、懲戒処分が無効となるリスクである。 就業規則等に懲戒処分に際して非違行為者に弁明の機会を与える旨の定めがある場合には、弁明の機会を与えずになされた懲戒処分は無効となる可能性が高い。一方、そのような定めがない場合には、弁明の機会を与えずに行った懲戒処分が必ずしも無効となるわけではないが、弁明の機会を与えた方が、懲戒処分が有効となる可能性が高まるものと思われる(拙稿第6回参照)。 そこで、懲戒処分該当事由をどの程度具体的に説明すれば弁明の機会を与えたことになるのかについて、被害者や目撃者が聴取結果の開示について同意していないこととの関係で問題となる。 この点、以下の裁判例が参考になる。 (※2) 具体的には、「あなたは女性数人から『やらせろ』と言ったり、深夜自宅に押し掛けたり、胸の話をしたとして人事に訴えが起こされている」と告げたとのことである。 (※3) 具体的には、「2012年10月、本社において、●に対し、『独立する気ないの?この状態だったら考えたほうがいんじゃないの?』と聞いた」等と告げたとのことである(「●」は黒塗り)。 上記の裁判例に照らすと、懲戒処分該当行為の大体の時期、場面及び概略を加害者に告知することにより、弁明の機会を与えたと認められる可能性が高い。したがって、ハラスメント行為の大体の時期、場面及び概略を開示することについて、被害者や目撃者の同意を得られれば、第一のリスクを減少させることができる。 3 第2のリスク~証拠が不十分であると評価されるリスク 次に、第2のリスクは、匿名の被害者や目撃者の供述は懲戒処分の有効性を裏付けるに足りる証拠とは言えないとして、加害者に対する懲戒処分が無効とされるリスクである。 訴訟において、反対尋問を経ない供述証拠については、証拠能力(証拠となりうる資格)は否定されないものの、証明力(証明すべき事実の認定に役立つ程度)は低く評価されるのが一般である。供述者を明らかにできないということは、反対尋問を経ることができないということであるから、当該供述証拠は懲戒処分の有効性を裏付けるに足りる証拠とは言えないと評価されて、加害者に対する懲戒処分が無効であると判断される可能性がある。 例えば、セクハラ等を根拠になされたXの普通解雇の有効性が争われた事案において、会社がXのセクハラの証拠として提出した報告書(会社においてX及び複数の女性社員からXの言動について聞き取った結果を併せて作成したもの)の信用性が認められなかったものがある(みずほビジネスパートナー事件(東京地判令和2年9月16日労判1238号56頁))。 ➤この事案において、裁判所は同書面について、Xの非違行為の事実に関する伝聞証拠であり、反対尋問による信用性の精査ができないものであるから、その信用性については慎重に判断する必要があるところ、被害者とされる女性社員以外の発言者もマスキングによって特定されておらず、また、当時の客観的状況が明らかでないことからすれば、発言内容について客観的状況に照らして検証することもできず、直ちに採用することはできないとして、Xの主張及び供述に沿う限度で同書面の信用性を認めた。 上記の裁判例に照らすと、客観的な証拠がない場合、少なくとも重要な事実を裏付ける供述の供述者には証人として証言してもらわなければ、訴訟において懲戒処分の有効性を裏付けることができない可能性がある。よって、氏名や聴取結果の開示について被害者や重要な目撃者の同意を得られていない場合には、裁判を見据えて懲戒処分を行わないという選択肢もありうる(もっとも、筆者の経験上、懲戒処分時点では開示に同意しなかった者も、訴訟になったら腹をくくって協力してくれることが多いという印象がある)。 4 まとめ 聴取結果の開示について供述者の同意を得られないままに懲戒処分を行う場合においては、上記のとおりリスクがある。リスクを踏まえたうえで懲戒処分を行うという選択肢もあるが、無理せず、指導や配転等で対応するという選択肢も検討すべきである。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第18回】 「顧客との顧問契約」 -顧問料の回収と民法(債権法)改正に関連して- 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 長年の顧問先との間で、これまで顧問契約書を結ばずに業務を行ってきました。しかし、最近、顧問料の支払いが遅れることが何度か続いています。今のところ督促すると支払ってくれるのですが、万が一、支払われないままになった場合、契約書がないと請求できないのでしょうか。 また、顧問契約書を締結している先との間でも、民法の改正に合わせて契約書の改訂をする必要はありますか。 〔回 答〕 ➤ 税理士と顧問先との間の契約は委任契約(準委任契約)ですから、口頭でも成立します。契約書を交わしていなくても報酬は発生し、請求できます。 ➤ 民法(債権法)の改正(令和2年4月1日施行)により、委任に関連する事項も一部改正されましたので、これまで使用している顧問契約書の内容を確認し、場合によっては改訂を検討することも考えられます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 顧問契約に基づく顧問料の回収 (1) 顧問契約の法的性質 税理士(又は税理士法人)と顧客との間の契約は、税務代理といった法律行為を税理士に委託する内容である場合は委任契約、法律行為以外の業務を内容とする場合は準委任契約に該当する(民法643条、656条)。準委任契約に関する事項は、委任契約の条項を準用しているので、以下、委任契約であることを前提として説明する。 (2) 顧問契約に基づく顧問料の発生について 委任契約は、法律業務を委託し、これを受諾することによって成立する。口頭であっても契約は成立し、契約書が存在することは契約の成立要件ではない。契約書は、契約が成立したことを証明する役割を果たすものである。したがって、契約書以外の方法で、顧問契約が成立していることを証明できれば、契約書がなくても顧問料を請求することができる。 例えば、一般的には、請求書を発行して、その請求書に対して支払いがなされてきたとの事実があると思われるので、請求書と顧問料が振り込まれた銀行口座の履歴により、顧問契約が成立していること、及びそれに基づく報酬が発生することを証明することが考えられる。また、実際に業務を委託されて、業務を実施していることも、委任契約が存在することの証拠となる。さらに、確定申告等をして成果物を納付していれば、それ自体も証拠となる。 (3) 未払いの顧問料に対する対応 上記のように、顧問契約書がなくても、顧問料は発生し、請求することができる。ただし、契約書がない場合、想定している期日までに支払いがなかった場合は、早期に督促をすることが重要である。期限等を明確に記載したものがないため、支払いがないのに請求せずに放置していると、支払いを猶予してもらっていたとか、免除してもらっていた等の反論をされることも考えられるからである。 督促の方法として、顧問先に対していきなり内容証明郵便を送るようなことは難しいだろうが、顧問料が発生していてそれが未払いである事実を証拠として残せばいいので、メールで督促することでも足りる。 なお、改正前の民法では、職業別に短期消滅時効が規定されていたが、税理士の報酬はその規定外であったため、一般規定が適用され、時効は10年とされていた。 しかし、民法(債権法)の改正(令和2年4月1日施行)により、職業別短期消滅時効が廃止されて一般規定に一本化されるとともに、その一般規定も見直され、①債権者が権利を行使することができると知った時から5年間行使しないとき、②権利を行使することができる時から10年間行使しないときのいずれかに該当するとき、債権は時効により消滅すると定められた。 そして、税理士の顧問契約に基づく顧問料は、通常、債務の履行期、すなわち、支払期限が「権利を行使することができる時」に該当するので、支払期限から5年で消滅することになるため、これまでより時効期間が短くなることに注意が必要である。 なお、契約書がなく、明確に期限が定められていないときでも、過去の請求書等で月末を支払期限としていれば、同日が支払期限として時効の起算点と判断されると考えられる。 2 民法の改正による顧問契約書の改訂の必要性 (1) 委任契約に関する改正事項 委任契約(準委任契約)に関しては、以下の3点の改正がなされた。 ① 復受任者の選任等 復代理人を選任できるのは、「委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるとき」に限られる旨の条項が制定された(民法644条の2第1項)。また、「復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う」という規定も加えられた(同条2項)。 ② 受任者の報酬 委任契約(準委任契約)が中途で終了した場合に、受任者に帰責事由がある場合であっても、履行の割合に応じて報酬を請求できることが明文化された(民法648条3項)。 なお、成果に対して報酬を支払う成果型報酬の方式で契約を締結した場合で、業務が中途で終了して成果が一部分であったとしても、割合的な報酬の支払いを請求できる旨も規定された(民法648条の2第2項)。 ③ 委任の解除 委任者が、受任者の利益をも目的とする委任契約を解除した場合に、受任者に生じた損害を賠償することが定められた(民法651条2項2号)。 (2) 顧問契約書の改訂の必要性 ① 復受任者の選任等に関する条項 復受任者の選任等に関する規定は、改正前の民法の解釈を明文化したものである。したがって、現在の契約書に復委任に関する規定があれば、その規定がそのまま適用されるし、仮に復委任に関する規定がない場合も、これまでと同様の運用をすれば足りるので、特に契約書の改訂は必要ないと考えられる。 ② 受任者の報酬に関する条項 民法648条3項は、委任契約(準委任契約)が受任者(税理士)の責めに帰すべき事由によって終了した場合であっても、割合的報酬を請求できることを新たに認めたものである。そこで、現在使用している顧問契約書に、履行不能又は契約終了時の報酬請求に関する規定があるか、ある場合はその内容を確認し、新法の規定内容と異なるようであれば、新法に合わせて契約書を改訂するか検討することとなる。 なお、何も規定がなかった場合は、改正後の条項に基づいて割合的に報酬を請求できるが、「割合に応じて」ということの解釈が問題になり得るので、報酬の定め方について可能な範囲で基準を定めて明確にしておくとよいと思われる。 また、中途で終了した契約についての割合的報酬が認められるとしても、受任者(税理士)に帰責事由がある以上は、別途、委任者に対して債務不履行に基づく損害賠償責任は負うことになる。 ③ 委任の解除に関する条項 委任契約に基づき受任者に対して支払われる報酬は、委任の事務処理に対する対価であるため、民法651条2項2号にいう「受任者の利益」にはあたらないと解され、専ら報酬を得ることによる委任契約は明文上除外されている。 したがって、特別な事情がない限り、改正によって加えられた本条項が税理士の顧問契約において適用されることは想定されず、同条項に関連して顧問契約書を改訂することは必要ないと思われる。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「企業情報開示に関する有用性と 信頼性の向上に向けた論点の検討」を最終報告 ~近年の非財務情報開示の重要性の高まりを受け、会計士が果たすべき役割についても示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年5月14日付けで(ホームページ掲載日は2021年6月4日)、日本公認会計士協会は、企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会「企業情報開示に関する有用性と信頼性の向上に向けた論点の検討-開示とガバナンスの連動による持続的価値創造サイクルの実現に向けて-」を公表した。 近年、企業における非財務情報の開示の重要性が急速に高まっている。 本報告は、企業情報開示の有用性と信頼性の向上に向けた課題の抽出と対応の方向性、それらに対して公認会計士が果たすべき役割について検討を行ったものである。なお、2020年8月21日付けで、中間報告が公表されており、本報告は最終報告となる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次の論点を取り上げている。 以下では主な内容について解説する。 1 開示書類の体系と情報構成 有価証券報告書について、企業の中長期的な方向性を表す年次報告書としての位置付けを確立することや、経営的視点に立って価値創造ストーリーを表す開示を促進する観点からより自由度の高い情報構成とすることなどの方向性が記載されている。 戦略等の将来志向情報に関する開示の充実が進む一方、戦略の進捗度や業績を表すKPI、ガバナンスの運用状況等の開示状況についてバラつきが大きいとの指摘もある。 投資家(利用者)のニーズを考えれば、業績及び経営計画等の進捗情報は、企業評価に当たって欠かせないものと考えられ、年次報告書において、KPI一覧を含む過去実績情報の充実を図る必要性が高まっているとしている。 2 報告フレームワーク・基準 グローバルにおいて非財務情報に関する統一基準開発に向けた議論が加速しており、我が国においても非財務情報開示に関するフレームワーク・基準等の構築に向けた検討を進めていくことが望まれるとしている。 3 企業情報開示とコーポレートガバナンスの連動 取締役会において年次報告における重要事項が議論され、その内容が年次報告書に反映されることが期待されるとしている。 また、取締役会による監督をコーポレートガバナンス・コード等において要請しつつ、企業情報開示の体制及びプロセスについての情報開示を推進することが考えられるとしている。 4 信頼性を高める監査・保証 監査人が、企業の持続的な価値創造についての理解を深め、開示が全体として企業価値を表すものとなっているかという視点を強化することが重要であるとしている。 また、投資家による情報の一体的利用を想定し、同一の年次報告書の中で財務諸表監査と非財務情報の保証が提供されることが望ましいとしている。 非財務情報の保証業務が広がりつつある状況にあるが、非財務情報に含まれる情報の中には、気候変動等の環境情報や人的資本に関する情報等、その作成や評価に当たって自然科学や人権等に関する高度に専門的な知見を求められるものもあるとのことである。 公認会計士は、従来、財務会計及び監査の専門家として位置付けられてきたが、企業財務全般についての専門性をこれまで以上に高めることは言うまでもなく、さらに、経営戦略、リスク管理、業績評価、コーポレートガバナンス及びサステナビリティといったテーマについての専門性を持つことで、企業経営に関連するテーマ全般についての総合力を高めていく必要があるとのことである。 (了)
2021年6月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.422を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.101- 「なぜ米国のコロナ給付は迅速なのか?」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 米国バイデン大統領は、「米国雇用計画(American Jobs Plan)」及び「米国家族計画(American Families Plan)」という2つの施策を立て続けに発表した。 前者は8年間で総額2兆3,000億ドル(約250兆円)の歳出プランで、財源は15年間で約2.5兆ドル(約280兆円)の法人税増税だ。 今回取り上げるのは後者(米国家族計画)で、中間層への子育て世帯への支援(児童税額控除の拡充)や低所得の単身・子供なし世帯への支援(勤労税額控除の拡充)など10年間で1.8兆ドル(約200兆円)規模で、実質はコロナ禍の支援給付である。 財源は富裕層増税で、個人所得税の最高税率の引上げ(37%から39.6%へ)、世帯所得100万ドル(約1億1,000万円)超に対するキャピタルゲイン増税(20%から39.6%へ)、相続時の簿価引上げの廃止(キャピタルゲイン増税)など、10年間で1.5兆ドル(約170兆円)の増収を見込む。あわせて格差是正を目指す。 * * * 予算や法案の権限を持つ議会との調整はこれからなので、プラン通りにはいかない点も多く出てくると思われるが、注目すべきは対策の実施されるスピードの速さと、申請なしの給付(いわゆるプッシュ型給付)という点である。 児童税額控除と勤労税額控除はいわゆる「給付付き税額控除」で、勤労インセンティブの拡大や子育て支援のため税と社会保障を一体的に運営し、税務当局が所得に応じて給付する制度だ。給付が所得に連動して行われるので、公平感がある。本来は税を還付し、還付しきれない場合には給付を行う制度だが、コロナ対策ではこれをすべて給付(還付)とした。 この制度の実施のためには、国(税務当局)が税務申告を通じてすべての納税者の所得や銀行口座・住所(小切手送付)を番号で把握しているというインフラが整っていることが条件となる。 バイデン計画では、これから税務申告が行われる2021年分の所得の還付の前倒しとして、つまり2020年分の申告所得を前提として7月から12月にかけて納税者の口座に毎月300ドルが概算的に振り込まれる。しかも、本人の申告を待たず、いわゆるプッシュ型の給付だ。間違いも多少あるようだが、ともかくスピードを重視している。 詳細については、東京財団政策研究所HPに掲載の拙稿「税の交差点―米国バイデン大統領提案から考えるわが国税制の課題」を参照されたい。 * * * わが国でも本年5月12日にデジタル改革関連法案が国会で可決・成立し、番号(マイナンバー)がコロナ関連給付の支給事務にも活用できるようになった。また、給付金の受取りにあたって、本人が希望すれば預貯金口座を登録する制度が始まる。 さっそく住民税非課税の子育て世帯に、子ども1人につき5万円の給付金を新たに支給することが決定され、本人の申請を待たずに給付されるようだ。 「プッシュ型」の給付が、番号制度に基づいてようやく始まることは大きな第一歩だが、米国の制度と比べると、番号で把握した所得が社会保障に連動していない、預貯金口座への付番が進んでいないなど課題は山積している。ようやく登山口にたどり着いたという感じではないか。 (了)
令和3年度税制改正における 住宅借入金等特別控除の見直し 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和3年度税制改正では、住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除(以下、「住宅借入金等特別控除」という)について2つの追加的措置が講じられた。 2つの措置は、いずれも控除期間を3年延長する特例(以下、「控除期間13年間の特例」という)に関するものである。以下、解説を行う。 【1】 控除期間13年間の特例:令和3年度税制改正前の制度の概要① 消費税率10%への引上げに伴う住宅投資反動減対策として、平成31年度税制改正において通常の控除期間10年間を3年間延長し13年間とする特例が設けられた(措法41⑬)。 この特例は、個人が、住宅の取得等(※1)で特別特定取得 (※2)に該当するものをし、取得等をした家屋を令和元年10月1日から令和2年12月31日までの間にその者の居住の用に供した場合に適用される。 (※1) 取得等:新築、建売・中古家屋の取得、増改築等。 (※2) 特別特定取得:対価の額又は費用の額に含まれる消費税等の税率が10%である場合の住宅の取得等。 本制度の詳細については、拙稿「《速報解説》 住宅借入金等特別控除の特例創設により控除期間を3年延長~平成31年度税制改正大綱~」をご確認いただきたい。 【2】 コロナ税特法による措置:令和3年度税制改正前の制度の概要② 【1】の特例の居住開始期限(令和2年12月31日)はすでに過ぎているが、令和2年4月に制定された「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律」(以下、「コロナ税特法」という)の規定により、新型コロナウイルス感染症の影響を受けている場合には、取得等にかかる契約が一定の期日(※3)までに締結されており、かつ家屋を令和3年12月31日までに居住の用に供したときは特例の適用を受けることができる(コロナ税特法6)。 (※3) 一定の期日:新築は令和2年9月30日、建売・中古家屋の取得、増改築等は令和2年11月30日。 【3】 令和3年度税制改正による追加措置 (1) 契約期限と居住開始期限の延長 令和3年度税制改正では、【2】の契約期限と居住開始期限がさらに1年延長された。 具体的には、住宅の取得等で特別特例取得に該当するものをした個人が、その特別特例取得をした家屋を令和4年12月31日までに居住の用に供した場合には、控除期間13年間の特例を適用することができる(コロナ税特法6の2①②)。 なお、今回の追加措置においては、新型コロナウイルス感染症の影響を受けていることは要件とされていない。 〈特別特例取得〉 特別特例取得とは、次の2つの要件を満たす住宅の取得等をいう。 (2) 面積要件の緩和 住宅借入金等特別控除は、家屋の床面積が50㎡以上であることが適用の要件とされている(措法41①、措令26①)。 令和3年度税制改正では、この面積要件が緩和され、 (1)の措置の適用対象分に限り床面積40㎡以上50㎡未満の住宅も対象とされた(「特例特別特例取得」、コロナ税特法6の2④、コロナ税特令4の2②)。ただし、その年の合計所得金額が1,000万円(※4)を超える年については控除の適用を受けることができない(コロナ税特法6の2④)。 (※4) 床面積50㎡以上の住宅の場合は3,000万円。 なお、(1)及び(2)は、認定住宅の新築等に係る住宅借入金等特別控除の特例及び東日本大震災の被災者等に係る住宅借入金等特別控除の控除額に係る特例についても同様の措置が講じられている。 〈参考〉 国土交通省HP「長寿命住宅(200年住宅)税制の創設(登録免許税・不動産取得税・固定資産税)」(一部抜粋) (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第32回】 「特殊関係のない同族会社に対する譲渡」 -特殊関係者に対する譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、17年間居住していた家屋とその土地を、A社に売却しました。 A社の株主は、次の表のとおりであり、A社は法人税法第2条(定義)第10号に規定する同族会社に該当します。 なお、XとY、Z及びその他の株主の間には、法人税法施行令第4条(同族会社の範囲)各項に規定する特殊の関係にはありません。 他の適用要件が具備されている場合、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」には、譲渡した資産の譲受者が、特殊関係にある法人などに該当する場合の適用除外規定(【Q29】の解説を参照)が定められています(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 本事例の場合、A社は同族会社には該当しますが、XとA社との間には法人税法施行令第4条(同族関係者の範囲)第2項に規定する特殊の関係にある法人には該当しないことから、つまり、特殊関係者への譲渡に該当しないため、特例の適用を受けることができます(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 〔参考〕法人税法施行令 第4条 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡した資産の譲受者に係る同様の除外規定が定められています(措法41の5の2⑦一、措令26の7の2③、法令4②・③)。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例30】 「出向元法人が負担する出向者給与負担差額の損金性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内において電気工事業を営む株式会社Aで総務部長を務めております。わが社は設立以来50年、地道に業務を拡大してきており、現在では業務エリアは関東一円をカバーし、関連する子会社も10社以上となっております。 ところが、平成から令和の時代を迎え、取引先のいくつかが倒産や廃業したり、ベテランの従業員が何人も離職するといった事情があったばかりでなく、昨年来のコロナ禍の影響も少なからずあって、当社の業績が急速に悪化しております。そのため、経営コンサルティング会社に依頼し全社的な業務改善策を練ってもらったところ、抜本的なリストラが不可欠との提案を受けました。そこで、苦渋の決断ではありますが、子会社を数社清算することとしました。また、残りの子会社についても、従業員を相当数解雇するとともに、経営改善のためにA社から出向している社員の大半をA社に戻す人事を行いました。これらの施策が功を奏して、ようやく業績が回復基調になってきました。 しかし困ったことに、先日来受けている税務調査で調査官から、A社から出向者Bを受け入れているC社(A社の100%子会社)に対して支払っている給与負担金(Bに対する給与総額の50%相当額)は、本来C社が負担すべき出向者の給与をA社が一部肩代わりしているものであり、通常の経済取引として是認できるものではないため、A社のC社に対する寄附金に該当する旨言い渡されました。 A社は、創業後間もないC社の立ち上げのためには業界事情に精通したベテラン社員が必要との判断から、A社で課長クラスのBを営業部長として出向させたのであり、また、出向後も出向元法人であるA社とBとは雇用関係が維持されているため、Bとしては、出向後においても従来通りの労働条件を保証するよう要求する権利があると考えるべきであり、C社の規定による給与水準ではそれが保証されていないのであれば、A社はその差額を補填すべきということになると考えられます。 したがって、A社がC社に対してBの給与に関して較差補填金として支払った金額は、当然のごとくA社において損金算入されるべきと考えますが、このように税務調査で主張しても問題ないでしょうか、教えてください。 なお、C社には創業以来プロパーの正規社員はおらず、A社からの出向者数名のほかは、すべて非正規社員のみで構成されています。 【A】 出向元法人であるA社が出向先法人C社との給与条件の較差を補填するため出向者Bに対して支給した給与の額(いわゆる較差補填金)は、原則として出向元法人A社の損金の額に算入されますが、仮にC社にプロパーの社員が存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていない場合には、A社とC社との間に具体的な給与較差というべきものが存在しないこととなるため、A社からC社に対して支払っている出向者Bに関する給与負担金は、本来C社が負担すべき出向者の給与をA社が一部肩代わりしているものであり、通常の経済取引として是認できるものではないため、A社のC社に対する寄附金に該当する可能性があります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 出向者に対する給与の較差補填金 本件取引を図示すると以下の通りとなる。 〇 A社から出向者Bに対して支払われる給与の較差補填金 出向とは、一般に、親会社子会社間や関連会社間で、自社の労働者をその雇用関係(基本的労働関係)は維持しつつ他社との雇用関係に入らせる「人事異動」の形態(他企業労働者の労働力利用の一類型)であると解されている(在籍出向)(※1)。 (※1) 菅野和夫『労働法(第十一版)』(弘文堂・2016年)366頁、690頁参照。 出向者に対する給与の較差補填金、すなわち出向元法人が出向者について計算される出向先法人との給与の較差を事実上補填する場合のその金額に係る法人税の取扱いについては、通達の規定が実務において重要な指針となっている。すなわち、法人税基本通達9-2-47によれば、出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填するため(※2)、出向者に対して支給した給与の額は、原則として出向元法人の損金の額に算入されることとなっている。 (※2) 出向者は出向先法人に対しその指揮命令の下で労務提供を行うため、出向先法人の勤務管理や服務規律に服し、給与等の支払いについては、出向先法人が行うが、出向元法人における勤務との場合の差額を、①出向元法人が補償するという方法と、②出向元法人が依然として払い続け、出向先法人がそのうちの自己分担額を出向元法人に支払うという方法のいずれかを採るのが通常である。菅野前掲(※1)694頁参照。 本来であれば、出向者の労務は出向先に提供されているのであるから、出向者の給与は全額出向先法人が負担すべきとなる。しかし、上記の通り、出向者は出向後においても出向元法人との間の雇用契約は維持されているのであるから、出向後も従来の労働条件(給与を含む)の維持を出向元法人に主張できると考えられる(※3)。 (※3) 例えば出向元法人が親会社、出向先法人が子会社の場合、親会社の方が子会社よりも規模が大きく、財務内容も良好であるケースが通常であるため、出向により出向者に賃金・労働条件、キャリア、雇用などの面で不利益が生じうるので、出向元法人による配慮が必要と解されている。菅野前掲(※1)691頁参照。 そうなると、出向元法人と出向先法人との間に給与水準の較差(出向元法人の給与>出向先法人の給与)がある場合には、出向者と出向元法人との間の本来の雇用契約に基づき、出向元法人において当該較差部分を負担すべきということになるが、当該負担は出向元法人から出向先法人に対する贈与的な性格はないものと考えられる。 したがって、出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填するため、出向者に対して支給した給与の額は、原則として出向元法人の損金の額に算入されることとなるのである。 (2) 出向元法人が支出する出向者給与負担差額の損金性が争われた事例 それでは、出向者に対する給与の較差補填金を出向元法人が負担する場合、当該金額が出向元法人において寄附金とされる余地はないのであろうか。 本件と同様に、出向元法人が支出する出向者給与負担差額の損金性ないし寄附金該当性が争われた事例として、東京地裁平成23年1月28日判決・税資261号-13(順号11603)(TAINSコード:Z261-11603)があるので、以下で確認しておきたい。 ① 事例の概要 本件は、電気工事、電気通信工事、管工事、土木工事、消防施設工事、鋼構造物工事、塗装工事及び機械器具設備工事の請負、企画、設計及び監理といった事業を営む株式会社である原告が、その子会社(電気工事、電気通信工事、消防施設工事及び管工事の設計、積算及び施工といった事業を営む株式会社)であるB社に出向させた原告の従業員に対して支払った給与の支給額の合計額から出向負担金名目でB社から支払いを受けた上記給与の支給額の合計額の約50%に相当する金額を差し引いた額(給与負担差額)を、損金の額に算入して確定申告を行った。 原告とB社は、平成11年4月1日、原告からB社に出向させる原告の従業員の取扱いに関する協定書を作成した。本件協定書第3条によれば、原告からB社に出向する原告の従業員に対する給与は、原告が原告の規程により支給し、B社は、当該給与に係る負担金を原告に支払うものとされている。 これを図示すると以下の通りとなる。 〇 原告が出向者に対して支払われる給与に関し負担する給与負担差額 それに対し、東京上野税務署長が、当該給与負担差額は法人税法第37条に規定される寄附金に該当し、損金の額に算入することはできないとして、本件各事業年度につきそれぞれ更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたことから、原告が上記各処分の取消しを求めた事案である。 ② 事例の争点 本件給与負担差額は、法人税法第37条に規定される「寄附金」に該当するか。 ③ 裁判所の判断 なお、控訴審(東京高裁平成23年10月27日判決・TAINSコード:Z261-11802)は棄却され、上告審(最高裁平成24年6月24日決定・TAINSコードZ262-11976)は不受理で確定している。 ④ 本事例からいえること 本件は、原告からその子会社であるB社への出向者に係る給与の一部を原告が負担し、その負担額を給与の50%相当額とすることが決定された時点において、B社にプロパー従業員は存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていなかったケースにおいて、原告が負担した「出向負担金」が原告において損金算入される「較差補填金(法基通9-2-47)」に該当するかどうかが争われた事案である。 裁判所は、B社にプロパー従業員は存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていなかった事実に基づき、原告とBとの間に具体的な給与較差が存在したものと認めることはできないとした上で、「給与較差を補填するために出向者に係る給与の一部を負担するのであれば、各出向者の個別の給与較差を具体的に算出した上でその負担額を決定すべきものと解される」のであるが、本件は「出向者につき一律に、原告が主張する上記の給与較差をも上回る50%の割合でその給与の一部を原告が負担していたものであり、その具体的な根拠は明らかでない」ことから、「原告が本件各事業年度における本件出向者に対する給与の一部(給与負担差額)を負担したことについて、通常の経済取引として是認できる合理的な理由はないものといわざるを得ないから、給与負担差額は、法人税法37条の寄附金に当たるというべきである」と判示している。 当然のことながら、親会社と子会社とでは、通常、その資本力や財務内容、創業以来培った取引先との信頼関係やネットワーク、ブランド力、人材の厚みといった事項につき相当な較差があるため、両社間に給与水準の較差(親会社>子会社)があるのは、ある意味当然である。本件において裁判所も、「Bが原告の子会社であり、原告の他の子会社の給与ベースが原告よりも低いこと(中略)からすれば、Bの給与ベースも同様に原告より低いものとされることが自然であるということができ、このことをもって、原告とBとの間に給与較差が存在したと見る余地がある」と判断している。 しかし、較差があるから親会社は子会社への出向者の給与を負担しても問題ないと単純に判断するのではなく、その較差分を親会社が負担する場合には、「事前に」具体的な金額算定の方法を示すといった「基準」を定めておくことにより、その寄附金非該当性を導き出す合理性、すなわち「通常の経済取引として是認できる合理的な理由」が担保されるという旨が裁判所から判示されている。実務の参考になるものと考えられる。 (3) 本件へのあてはめ 出向元法人であるA社が出向先法人C社との給与条件の較差を補填するため出向者Bに対して支給した給与の額(いわゆる較差補填金)は、原則として出向元法人A社の損金の額に算入される。 しかし、仮にC社にプロパーの社員が存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていない場合には、C社のプロパー社員とA社からの(同等レベルの)出向社員との給与水準を比較することはできず、A社とC社との間に具体的な給与較差というべきものが存在しないこととなる。 そのため、A社からC社に対して支払っている出向者Bに関する給与負担金は、本来C社が負担すべき出向者の給与をA社が一部(50%相当額)を肩代わりしているものとせざるを得ず、通常の経済取引として是認できるものではないことから、A社のC社に対する寄附金に該当するものと考えられる。 (了)