給与計算の質問箱 【第18回】 「退職又は中途入社の従業員に係る個人住民税の手続き」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社の給与計算の締め日は末日、支給日は翌月25日のため、5月末締めの給料を6月25日に支給します。6月25日支給の給料から天引きする住民税から新年度の住民税になるため、5月に各市区町村から届いた住民税の特別徴収税額決定通知書を確認したところ、2021年5月31日に退職した従業員であるAとBの住民税の特別徴収の納付書がありました。Aは6月1日から別の会社で働いており、Bは失業中です。また、2021年5月1日に中途入社したCの住民税の特別徴収の納付書が無いことに気づきました。 A、B、Cの6月25日支給の給料における住民税の扱いと住民税の手続きについて教えてください。 A 6月25日支給の給料における住民税の扱いと住民税の手続きは、以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 Aの場合 6月25日支給の給料から新年度の6月分の住民税を天引きし、7月分以降の住民税を転職先で特別徴収とする。又は、6月25日支給の給料から新年度の6月分の住民税を天引きせず、新年度の住民税すべてを転職先で特別徴収とすることもできる。 会社は転職先で特別徴収を継続する旨を給与所得者異動届出書に記入し、次の勤務先、又は、A経由で次の勤務先に渡す。次の勤務先は、給与所得者異動届出書をAが2021年1月1日時点で居住していた市区町村に提出する。 2 Bの場合 6月25日支給の給料から新年度の6月分の住民税を天引きし、7月分以降の住民税を普通徴収とする。又は、6月25日支給の給料から新年度の6月分の住民税を天引きせず、新年度の住民税すべてを普通徴収とすることもできる。 会社は普通徴収(Bが自ら納付)する旨を給与所得者異動届出書に記入し、Bが2021年1月1日時点で居住していた市区町村に提出する。 3 Cの場合 6月25日支給の給料からは住民税を天引きできない。会社は普通徴収から特別徴収へ切り替えるため特別徴収切替届出書及びCの自宅へ届いた普通徴収の納付書をCが2021年1月1日時点で居住していた市区町村に提出する。後日、特別徴収の納付書が会社へ届くので、7月25日支給(又は8月25日支給)の給料から住民税を天引きする。 (了)
新収益認識基準適用にあたっての総復習ポイント 【後編】 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 新収益認識基準は、3月決算の会社においては、進行期の期首(2021年4月1日)から適用されるため、第1四半期より適用する必要がある。そこで、今回は、新収益認識基準適用にあたっての総復習として、【前編】に引き続き、【後編】として「開示」について解説する。 4 四半期決算におけるポイント (1) 表示の総復習ポイント (2) 注記の総復習ポイント 以下では参考となる注記事例を掲げる。なお、注記における下線は筆者が追記したものである。 《会計方針の変更注記の事例》 ◎会計方針の変更〔事例①〕 ◎会計方針の変更〔事例②〕 ◎会計方針の変更〔事例③〕 ◎会計方針の変更〔事例④〕 ◎会計方針の変更〔事例⑤〕 ◎会計方針の変更〔事例⑥〕 ◎会計方針の変更〔事例⑦〕 ◎会計方針の変更〔事例⑧〕 《収益認識に関する注記の事例》 ◎収益認識に関する注記〔事例①〕 ◎収益認識に関する注記〔事例②〕 ◎収益認識に関する注記〔事例③〕 ◎収益認識に関する注記〔事例④〕 ◎収益認識に関する注記〔事例⑤〕 5 年度決算におけるポイント (1) 表示の総復習ポイント ① 計算書類 ② 有価証券報告書 (2) 注記の総復習ポイント ① 計算書類 ② 有価証券報告書 ※画像をクリックすると別ページでPDFが表示されます。 以下では参考となる注記事例を掲げる。なお、注記における下線は筆者が追記したものである。 ◎重要な会計方針注記〔事例①〕 ◎重要な会計方針及び収益認識に関する注記のうち「収益を理解するための基礎となる情報」〔事例①〕 ◎重要な会計方針及び収益認識に関する注記のうち「収益を理解するための基礎となる情報」〔事例②〕 《注記事項のまとめ》 (連載了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 【第15回】 (最終回) 「値上げを戦略的に利用する」 ~私たちは何に対して支払うのか~ 公認会計士 石王丸 香菜子 登場人物 * * * 当然のことですが、利益は「売上-コスト」です。売上は「価格 × 数量」、コストは「変動費 × 数量 + 固定費」ですから、利益を変動させる要因は、①価格・②数量・③変動費と固定費の3つです。 利益を増やすために、販売部門は「販売数量を増やす」ことに注力します。調達部門や製造部門は「変動費や固定費を減らす」ことに取り組みます。 これに対し、価格という要因については、企業が取るべきアクションが明確ではありません。【第2回】などで「需要の価格弾力性」という概念を取り上げましたが、価格を上げるとたいていは販売数量が減少します。また、【第10回】で見たように、価格を変動させて販売数量が増減した結果として、変動費という要因まで変動することもあります。 つまり、価格という要因を変動させると、他の要因も変動し、複数の経路で直接的・間接的に利益に影響することが、価格設定や値上げ・値下げを難問にしています。そのため、価格という要因は、企業の戦略において半ば空白地帯化していることもありそうです。 しかし、これまでの連載でたびたび取り上げてきましたが、価格という要因は利益に大きな影響を与えます。各要因が5%変動した場合の、利益に対する単純な影響を試算してみましょう。(現実的ではありませんが)価格の変動が他の要因には影響を及ぼさないと仮定します。 現実には価格を変動させると他の要因も変動してしまうので、試算通りにはいきませんが、価格という要因が、利益を増やす強力なドライバーになる可能性を秘めているのは確かです。価格という要因を空白地帯とするのはもったいないと言えそうですね。価格変動による影響の全てを把握することは困難ですが、価格設定や値上げを戦略的に利用することで、企業の利益を増やすことが可能です。 * * * * * * 一方、顧客の立場からすると、価格は、モノやサービスの対価としてその金額を支払うという意味のほかにもいろいろな意味を持っています。価格はモノの品質を示す指標として機能する一面があるほか(【第2回】参照)、ポルシェのような高級車などの場合には、高価なモノを購入することによって誇らしさを得られたり自分のステータスを示したりすることができるという一面もあるようです(こうした一面は、「ヴェブレン効果」として知られています。経済学者ヴェブレンが著書『有閑階級の理論』の中で、有閑階級が見せびらかすために高価なモノを購入する現象に着目したことが由来です)。 こうした価格の様々な性質を考えると、価格は、顧客にとっての「価値」を意味していると言えるでしょう。顧客は、モノやサービスそのものに支払うというよりも、モノやサービスを通した「価値」に対して支払うのです(ちなみに、「価格」という言葉はラテン語では「Pretium」ですが、「Pretium」は「価値」という意味も持つそうです)。そして、価格が持つこうした不思議な性質が、企業側の価格戦略を一層難しいものにしているのですね。 * * * * * * モノやサービスの価格を、需要と供給の状況に合わせて随時変動させる仕組みを「ダイナミック・プライシング」と言います。ホテルの宿泊料金や航空機のチケットなどでは以前から行われていた方法ですが、近年ではビッグデータやAIの活用によりリアルタイムで価格を上げたり下げたりすることが可能となり、様々な分野で急速な広がりを見せています。国土交通省は、2021年3月の第2次交通政策基本計画の素案において、都市鉄道等における混雑緩和を促進するため、ダイナミック・プライシング等の効果や課題について検討することを盛り込みました。 ダイナミック・プライシングは、【第7回】や【第12回】で取り上げた「価格差別」の究極形態で、企業の利益拡大につながります。ただし、ダイナミック・プライシングの場合、価格がモノやサービスの品質を示す側面は薄れるので、顧客の納得感を得られるような工夫が必要な場合もありそうです。 * * * * * * 価格設定や値上げの在り方に唯一の最適解はありませんが、顧客にとっての価値は何かを真摯に考え、戦略的に価格設定や値上げを行うことは、企業が利益を確保するための強力なドライバーになります。その際に、管理会計の考え方は役立つツールの1つとなるはずです。 * * * (連載了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第114回】 大豊建設株式会社 「外部調査委員会調査報告書(開示版)(2021年3月1日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【大豊建設株式会社外部調査委員会の概要】 【大豊建設株式会社の概要】 大豊建設株式会社(以下「大豊建設」又は「大豊」と略称する)は、1949(昭和24)年3月31日設立。土木建築工事業を主たる事業とする。連結売上高162,811百万円、連結経常利益8,578百万円、従業員数1,646人(いずれも修正前の2020年3月期実績)。会計監査人は有限責任あずさ監査法人。東京証券取引所1部上場。本店所在地は東京都中央区。 【調査報告書の概要】 外部調査委員会による調査の結果、水増し・架空発注によって工事原価が過大に計上されていたため、修正によって、工事進行基準における工事進捗度が影響を受け、「工事売上高」が各期において増加又は減少する。全体としては、協力業者にプールしていた金額の残高が「工事原価」の過大計上となるため、大豊建設の過年度決算は上方修正されることになった。 1 外部調査委員会設置の経緯 調査報告書によれば、大豊建設は、2020年9月24日、外部の公的機関(以下「当局」という)から調査を行う旨の通知を受け、同年10月1日に開始された調査の過程において、東北支店建築部及び大阪支店建築部が、工事下請業者に対して契約金額を水増しした発注を行い、その水増し分を同業者にプールさせた上で、別工事の工事代金に充てさせる方法で工事原価の付替えを行った疑いがある等の指摘を受けた。 大豊建設は、当局からの指摘事項について事実調査を行うことが必要であると判断し、2021年1月19日に外部調査委員会を設置し、事実解明のための調査に着手した。 なお、「外部の公的機関」が何を意味するのか、調査報告書に記載はない。 2 不正の手口 調査委員会によれば、「工事原価の付替え行為」とは、「工事下請業者に対し契約金額を水増しした発注を行ってその水増し分を同業者にプールさせた上で、大豊建設が発注する別工事の工事代金に充てさせる方法により、ある工事に計上すべき原価又は費用を他の工事の原価として計上する行為」ということである。 さらに、調査委員会は、原価付替え不正の類型を、次の5つに分類している。 調査の結果、大豊建設に10ある国内支店のうち5つの支店でいずれかの類型に該当する原価付替えが行われていたことが判明しており、不正開始時期は、東北支店による㋐の類型に係る原価付替えが2016年2月頃から行われていたということである。 3 大阪支店における私的流用 外部調査委員会による調査の結果、架空又は水増し発注で作ったプール金の一部について、大阪支店において私的流用が発覚している。 調査報告書によれば、大阪支店の作業所長及びその指示を受けた係長によって、上記類型㋒の方法により、材料納入業者に対するプールが行われ、別の工事現場における材料発注の代金に補填された一方、作業所長及び係長は、補填に使用されなかったプール金を原資として、材料納入業者に対して私物(家電製品)の購入を指示し、自宅に配送させていた。私的流用した金額は662千円であった。私的流用は、2020年12月頃に材料納入業者に指示することで行われており、作業所長自身が考え自ら実行したものであった。 私的流用を指示された材料納入業者は1社であり、その担当者の認識では、これ以前には不正行為は行われておらず、2020年12月以前から行われていたことを示す徴表は確認されなかったということである。 4 外部調査委員会による原因分析(調査報告書28ページ以下) 外部調査委員会は、不正行為の発生原因を次のとおりまとめている。 外部調査委員会は、上記「ア.コンプライアンス意識の不足・欠如」の中で、原価付替えに関して、大豊建設の内部通報制度が機能していなかった理由について、次のように分析している。 また、内部監査の問題点について、外部調査委員会は次のように指摘している。 5 前回不正事案に係る再発防止策が機能しなかった理由(調査報告書31ページ以下) 大豊建設では、2014年から2016年頃にかけて、東京支店及び大阪支店の土木工事について架空発注や水増し発注等の不正行為が行われていたことが発覚し(以下「前回不正事案」という)、2017年12月から2018年2月にかけて第三者調査委員会による調査とともに、不正行為の原因分析及び再発防止策の構築が行われた。 大豊建設は、再発防止策として、(1)コンプライアンス教育の充実、(2)取引の透明性の確保、(3)内部監査部門の強化及び(4)透明性のある人事制度の策定、を4つの大きな柱として、再発防止に取り組んだとされていたが、今般の外部調査委員会による調査の結果、これらの再発防止策は機能せず、前回不正事案と同様の会計不正が再び行われていたことが判明している。 再発防止策が機能しなかった理由について、外部調査委員会は次のように分析している。 6 再発防止のための提言(調査報告書33ページ以下) こうした原因分析を踏まえて、外部調査委員会は、詳細な再発防止策のための提言を行っている。まず、その項目を見ておきたい。 まず、調査委員会が強調しているのが、「人事ローテーション」である。まずは、人事ローテーションが行われないことのリスクについて、 として、癒着のリスクを回避して不正行為の発生を防止するために、建築部長等の支店レベルのみならず、現場レベルにおいても、地域間での定期的な異動を行うなど、適時・適切な人事ローテーションを実施すべきであるとした。さらに、前回不正事案の再発防止策が機能しなかったことについて、ここでも言及している。 次いで、「管理部門の牽制機能の強化」を見ておきたい。外部調査委員会の提言は、次のとおりである。 最後に、前回不正事案から課題となっている「内部監査機能の強化」についての提言は次のとおりである。 【調査報告書の特徴】 大豊建設が外部の調査委員会を設置するのは、2017(平成29)年12月に続いて2回目となる。前回調査は、元会長・元副社長の意向のもと、元副社長の親族が経営する協力業者に対して、裏金作りのための架空・水増し発注があったという疑念を表明した社内調査の結果を、当時の第三者委員会が打ち消し、元会長らに裏金となった資金が還流した事実は認められないとして、調査を終えていた。 今回の調査結果でも、「工事原価」の過大計上が2016年3月期第1四半期から連続していたものの、金額的影響は大きなものではなく、過年度決算の修正は行われていない。 外部調査委員会は、協力業者の関係者を含む78名に対してインタビューを行い、協力業者341社に照会書を送付して全件回答を得るなど、広範な調査を行っていることが見て取れるが、2017年12月に設置された第三者委員会の調査従事者から情報を得ているのかどうかは、調査報告書には記述がない。外部調査委員会は、前回不正事案に係る再発防止策が機能しなかった理由について分析を行っているが、第三者委員会の提言した再発防止策の趣旨が会社側にきちんと伝わらなかったのか、会社側の取り組み姿勢に問題があったのかといった観点からの分析のためには、前回不正事案の調査従事者へのインタビューも必要ではないかと考える。 1 前回の第三者委員会に対する委嘱事項に関する疑問 本連載【第70回】で指摘したとおり、前回不正事案の調査を委嘱された第三者委員会の調査目的は、次のように変化していた(連載【第70回】より再掲)。「目的」から、「再発防止策の検討・提言」という文言が削除されたことが、第三者委員会調査報告書の中で、「提言の範囲を超える」「職責を超えるおそれ」といった表現が用いられていることにつながり、詳細な「再発防止策の提言」が見送られた結果、外部調査委員会が指摘したように、前回不正事案に係る再発防止策が十分に機能しなかったという帰結を招いた面もあるかもしれない。 なお、前回不正事案に係る第三者委員会は、「社内処分」という項を設けて、 を求めていたのだが、大豊建設のリリース(「不正支出問題に関する再発防止策等のお知らせ」(平成30年3月16日付))を読む限り、どのような社内処分が行われたのかは判然としない。 2 大豊建設による再発防止策 大豊建設は、3月12日付の「外部調査委員会の調査報告書受領に伴う再発防止策等および2021年3月期第3四半期報告書の提出に関するお知らせ」の中で、外部調査委員会の提言どおりの再発防止策を公表した。(1)人事ローテーション、(2)管理部門の牽制機能強化、(3)内部監査の強化について、大豊建設が示した具体策を見ておきたい。 具体策の肝となるのは、社長直轄のコンプライアンス推進委員会を設置することであろうが、委員会を構成する推進委員の人数や職責、社内に適切な人材がいるのかどうか、外部からの人材を受け入れるのかどうかなど、設置したコンプライアンス推進委員会をどのように機能させるかについては、具体的な説明はない。 再発防止策については、以下のようにまとめられている。 大豊建設の「2020年3月期有価証券報告書」によれば、内部監査担当は3名であり、監査室は代表取締役直轄であるとのことである。 3 社内処分と代表取締役の辞任 大豊建設は、3月12日付の上記リリースの中で、社内処分について、「関与者を社内規定に基づき厳正に処分」したこととともに、以下のとおり、取締役の報酬返上を公表した。 このうち、代表取締役の3氏は、前回不正事案においても、「経営責任を明確にするため」に取締役報酬を返上している。 また、同日付の「代表取締役および役員等の異動に関するお知らせ」で、代表取締役執行役員副社長の多田氏及び中杉氏は、3月12日の取締役会において辞任し、森下氏が代表取締役に就任することが発表されている。 なお、6月29日開催予定の大豊建設「第72回定時株主総会招集通知」によれば、8名の取締役のうち、大隅氏と森下氏を除く6名と3名の監査役全員が任期満了に伴い退任して、経営陣は大幅に入れ替わることになる。 (了)
社長のためのメンタルヘルス 【第2回】 「社長ならではのメンタルヘルスの重要性と難しさ」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨・前回との関連 先月の連載第1回は、社長も従業員と同じく、生理学的・医学的には「生身の身体」であり、過重労働などのストレスにより、同じように不調を招きかねないという観点から、メンタルケアの大切さを説いた。 今回は、「従業員との違いについて」をテーマとする。社長には従業員にないストレスや、ずっと重い負担を日常的に抱えている。また、ストレス発散という観点からしても、経営者となれば、「体調不良を周囲に知られたくない」、「弱音は吐きづらい」等々、立場上の辛さがある。これらの要素を念頭に、ケアの難しさと対策案を考える。 2 ストレスモデル 本連載における「ストレス」とは、人間関係からくる精神的な悩みというような典型例のみならず、例えば「梅雨時は蒸し暑い」といったような、たいていの人が不快感、圧迫感を持つような物事を広く含めて考える。今回はまず、ストレスと不調の関係について整理するところから始める。 ストレスが我々の心身の負担となり、ときには不調を招く仕組みを図式化したものを「ストレスモデル」と呼ぶ。例えば「努力-報酬不均衡モデル」、「ストレス脆弱性モデル」などがあるが、本連載では、「NIOSHの職業性ストレスモデル」を用いる。連載の後半で取り上げる予定の「ストレスチェック制度」もこのモデルに拠っており、また、我が国での活用度、知名度が高い。 NIOSH(ナイオッシュ)とは、アメリカ合衆国の公的機関(「国立労働安全衛生研究所」、正式名は“National Institute of Occupational Safety and Health”)で、労災防止目的のシンク・タンクであり、保健行政官庁の管轄下にあるCDC(「疾病対策予防センター」、正式名は“Centers for Disease Control and Prevention”)の1組織である。 CDCは最近、我が国のニュースでも報じられた。先月(2021年5月24日)、アメリカ国務省が、日本への渡航制限を一段階厳しくし、「渡航中止勧告」としたが、この判断根拠になったのが、CDCの医学的な判断である。独立性と専門性が高い機関であるとされている。 このNIOSHが公表しているストレスモデル(下図参照)が、同機関のホームページに掲載されている。「労働災害のストレスモデル」と題されているが、解説にあるとおり、職場だけではなく個人的な要因も無視することはできない。 (※) NIOSHホームページより抜粋。 このモデルの利点は、因果関係が分かりやすいという構造にある。左側の「ストレスフルな勤務条件」が原因、右側の「ケガ又は病気のリスク」が結果である。一般に前者の原因は「ストレス要因」と訳され、後者の結果は「ストレス反応」と呼ばれる。我々は両者いずれもストレスと呼んでおり、「ストレスが多い職場」といえば前者、「ストレスが溜まっている」といえば後者であり、文脈で判断する。 このモデルの特徴は、因果関係の間に立ちはだかる壁、「個人的あるいは状況的な要素」である。この「壁」は、個人的要因(性別、年齢、既往症など)、仕事以外の要因(家庭環境、借金など)、緩衝要因(職場内外の人間関係など社会的な環境)に分けて説明されることがある。詳細はストレスチェックの回で言及するが、ここでは「ストレス要因」から出ている3本の矢印に着眼する。 3本の矢印のうち、1番上は「壁」がストレス要因の悪影響を跳ね返す場合、2番目は素通りする場合、3番目はかえって悪化する(矢印の色が濃くなる)場合のそれぞれがあることを示す。自動車の部品でいえばエアバッグやシートベルトのように、安全装置であるが時には作動せず、稀に事故を起こすことさえあるが、このような例が2番目に該当する。職場の例では、ハラスメントを訴えたところ、更に人間関係が悪化したというような例が3番目に該当する。 3 社長ならではのストレス要因 「ストレス要因」は、従業員と共通のものもあれば、社長ならではのものもある。後者は現役の社長職のほうがお詳しいのだが、あえて一般的な例を羅列すれば、事業計画の最終決定、財務や人事などの経営課題への対応、重要顧客・親会社・株主総会・監督官庁などとの折衝、コンプライアンス等々の重圧を一身に背負うのが社長である。 また、今日的な事柄としては、少子高齢化を背景とする事業継承や外国人雇用などの課題、社会経済の急速な変化に対応するための経営方針転換やIT・AI化、そして、現在進行中の新型コロナウイルス感染症対策(テレワーク、衛生措置、資金繰りなど)といった、過去にない(=好事例の積み重ねがない)諸問題にも対応しなくてはならない。 そして日常的に、相手や場面によって、元気でもあり、厳しくもあり、丁寧でもありと、体調・心境にかかわらず、経営者らしくあらねばならない。 上記のような「ストレス要因」は部分的に、部下に権限移譲し負担を分散することも可能ではあるが、最後の最後に責任を負うのは社長である。これらは一般の従業員とは比較にならないほど強いストレス要因となる。これも、「社長ならタフだから大丈夫」では必ずしもすまない注意点である。 下図は警察庁・厚生労働省の資料でタイトルが物々しいが、最悪の事態だけに限った関係図ではなく、メンタルヘルスを考える上で参考となる。メンタル不調は、中心部に明記されているように、「様々な要素が連鎖」するものであり、中でも特に統計上、「経済問題」と「健康問題」は、体調悪化に進みやすいのでご留意願いたい。 (※) 警察庁「令和2年中における自殺の状況」8頁より抜粋。 4 社長ならではの「壁」 繰り返しになるが、NIOSHモデルの「壁」は、個人的要因(性別、年齢、既往症など)、仕事以外の要因(家庭環境、借金など)、緩衝要因(職場内外の人間関係などの社会的な環境)からなる。これら各要因の多くが、労使を問わないことは言うまでもない。 労使の違いが出ることが多いと想像し得るのは、「緩衝要因」のうち、職場内外の人間関係だろう。これも個人差があるとは思うが、一般に社長は事業の指導者・責任者として、心身ともに健康で、活力にあふれていることを心掛け、また周囲から求められる。一方で立場上、「不調のとき気軽に相談できる相手がいない」というのが懸念材料である。 気分転換やストレス発散の手段と相手は多いほどよい。そして、良好な人間関係や趣味娯楽の機会は、元気なときに創ることができるもので、不調になってから焦っても上手く探せそうにない。仕事熱心で真面目一筋の人がうつになりやすいと言われるのは、元気であればあるほど働いてしまい、気が付いたらエネルギーが切れており、悩みを打ち明ける人も見当たらないのかもしれない。 産業医がいる職場や、医療職がいる健康管理部門を持つ企業におかれては、彼ら医療のプロに相談することをお勧めする。労働法的には、産業医は労働者保護のための安全管理体制の一環であるが、社長の健康保健がその趣旨に反することはない。また、メンタル不調に限らず、かかり付け医はぜひ確保願いたい。特にメンタル不調の場合、通院も必要となることを考慮すれば、職場か自宅の近所が望ましい。 最後に、士業各位におかれては、本テーマは、士業の専門領域以外のところでも、経営の顧問として社長、企業を支援する機会になり得る。そのためには、本連載をきっかけにしていただくなどして、メンタルヘルスの基礎を身に付けていただくとともに、自らの手に余る場合に備えて、次の段階の方策(医師の紹介など)の準備も、予め整えておくと有用である。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第18回】 「規模の大きな土地ほど単価はなぜ低いのか」 ~土地の規模が単価に及ぼす影響~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 規模格差が生ずる一般的な理由 不動産は一般の商品や製品と異なり、単価と総額との関連が価格に反映される点に大きな特徴があります。すなわち、一般の「もの」であれば、単価に個数を乗じたものがそのまま総額となり、「もの」の価値はこのような計算によって自動的に算定されます。なかには、取引数量が多額となることにより値引きが行われることもありますが、それは「もの」の価値が減少したからではなく、あくまでも商取引の結果としてそのような現象が生じたからに他なりません。 これに対して、不動産(特に土地)の場合は、規模が大きくなればなるほど、近隣における標準的規模の画地の取引価格(単価)をそのまま適用したのでは総額が嵩み、その分だけ購入者が限定されるという現象が生じます。これが市場性の減退であり、不動産の価値を減少させる要因として作用する結果となります。このことは、不動産の価格が他の一般商品と比べて高価なものとなっていることを思い浮かべれば、おのずと納得がいくことでしょう。 また、規模格差(市場性の減退)の程度は、経済状況のいかんによっても異なるといえます。すなわち、景気低迷時には全体的に購買力が低下することから規模格差(減価)の程度は相対的に大きくなり、景気上昇時にはこれとは反対の傾向が見受けられます。 規模格差が生ずる一般的な理由は以上のとおりですが、土地を用途別(住宅地、商業地、工業地別)にみた場合にも、規模格差の生ずる要因には特徴的なものが見受けられます。そのため、以下、用途別に規模格差の要因を捉えてみます。 2 住宅地の場合 住宅地の場合、上記1で述べた一般的な理由(規模が大きくなることによる市場性の減退)に加え、開発行為に該当した場合には宅地の有効面積が減少することがあげられます。 すなわち、大規模な土地でマンションや戸建住宅の建設を行う際、都市計画法上の開発行為(※1)に該当すれば、自治体から公園等の無償提供を求められたり、(戸建開発の場合は)開発対象地内に新しく道路を敷設するなど潰つぶれ地が発生して有効宅地面積が減少するからです。 (※1) 開発行為とは、主として建築物の建築、又は、特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいいます(都市計画法第4条第12項)。そして、土地の区画形質の変更とは、敷地を分割したり、盛土や切土等を伴った造成工事を行うことなどを指しています。 したがって、このようなケースでは近隣の標準的な画地(例えば、戸建住宅の多い地域ではその敷地)の価格(単価)を対象地の面積にそのまま乗じたのでは、宅地として利用できない土地まで宅地の価格で計算してしまうことになり、不合理な結果となります。その意味で、規模が大きいことによる価値の減少を織り込んだ単価を対象地の面積に乗じて総額を計算すべきだといえます(ここにいう価値の減少の度合いが規模格差率に該当します)。 規模格差率については当該土地の属する地域の価格事情、用途(住宅系か商業系か工業系か)、基準となる画地と比較する画地の規模の相違等が反映されますので、一律に査定することはできませんが、マンション用地では△10%~△20%、戸建住宅用地では△30%前後という例もよく見受けられます。 3 商業地の場合 商業地の場合、近隣における標準的規模の画地に比べて規模の大きな画地は、そこに立地する業種が制約され、需要者の範囲はきわめて限定される可能性があります。 例えば、小規模店舗が建ち並んでいる地域で大規模な画地が売り出されても、その面積を最大限に活用して収益を上げることのできる業種は限定される傾向にあります(=標準的規模の画地の単価をそのまま適用したのでは総額が嵩み、土地購入の負担に耐えられない現象が生じます)。ここにも規模格差の生ずる合理的な根拠を見い出すことができます。 ただし、商業地の場合、住宅地と比較して特徴的な点は、開発行為に伴う道路の敷設をはじめとする潰地は通常発生しないことです。また、特に都心部の高度商業地域で標準的規模の比較的大きな場所では、それ以上の面積を有する土地であっても、このことが品等の高い大型ビルを保有し高額の賃料を徴収するための条件であると考えられている場合もあるため留意が必要です(規模格差の生じない例外的なケースです)。 4 工業地の場合 工業地の場合、規模格差の要因は住宅地や商業地とは異なる視点から検討する必要があります。もちろん、工業地においても、規模が大きくなれば総額が多額となり市場性が減退するという経験則が当てはまりますが、それ以外に規模格差を生ずる工業地特有の要因が認められます。それは、大規模な工場になればなるほど、原材料や製品輸送のための構内通路を多く確保しなければならないことや、工場立地法の規制により一定割合の緑地の確保が義務付けられるからです。したがって、規模の大きな工場用地はそれだけ有効宅地の割合が少なくなる点に規模格差の要因が存在します。 なお、ここにいう構内通路とは、一団の住宅分譲の際に新設される道路(開発行為によるものや位置指定道路等の公道並みのものを指します)とは異なり、あくまでも工場の敷地内にあるものをいいます。その意味で建築基準法上の道路には該当せず、道路以外の用途に使用できないという制約はありませんが、現実にこのような通路を確保しなければ工場の稼働に支障をきたすことから必要不可欠のものといえます。 そして、工業地の規模格差の発生要因が住宅地と異なる点は、住宅地の場合は、近隣における最有効使用が戸建住宅の敷地であれば、一団の土地を多数の区画に分割して分譲することを想定した評価手法(すなわち開発法)(※2)を適用するのに対し、工業地の場合には、あくまでも一体利用を前提としていることです。 (※2) この手法を適用する場合には、全分譲区画の販売収入の現在価値から支出額(造成工事費、販売費及び一般管理費)の現在価値を控除した結果が土地価格となります。 そのため、工業地の場合、有効宅地割合を減少させる要因は、区画割りに伴う道路の設置というよりは、一体利用を前提としながらも生産施設面積が一定割合以下に制限されたり、緑地面積を一定割合以上確保しなければならないところに潜んでいます。 5 まとめ 不動産鑑定評価基準(総論第8章第8節Ⅰ.6)では、鑑定評価の各手法を用いて試算した価格間に開差が生じた場合、これを調整するに当たっては、「単価と総額との関連の適否」を検討すべき旨規定しています。 そのポイントはまさに、不動産の価格を規模という側面から検討した場合、単価としては均衡を得ていても、総額が嵩む状況下では購買力に裏付けられた需要(有効需要)の存在そのものが問われるため、この点につき鑑定評価額の決定に当たっては十分に留意すべきだとしているところにあります。 (了)
《速報解説》 東証から改訂コーポレートガバナンス・コードが公表される ~あわせて金融庁は「投資家と企業の対話ガイドライン」(改訂版)を確定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 東京証券取引所は、コーポレートガバナンス・コードの改訂に係る有価証券上場規程の一部改正を行い、2021年6月11日から施行すると公表した。同日、金融庁は、「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂を公表している。 2021年4月7日に、金融庁から「投資家と企業の対話ガイドライン改訂案の公表について」と、東京証券取引所から「フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の見直しについて(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)」が公表され、意見募集されていた。 これらは、2021年4月6日に公表された「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」(スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議)という提言を受けたものである。 なお、「「フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の整備について(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)」に寄せられたパブリック・コメントの結果」と「パブリックコメントの結果の概要」及び「投資家と企業の対話ガイドライン改訂案に対するご意見の概要及びそれに対する回答」も公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ コーポレートガバナンス・コードの改訂 主に次の改訂が行われている。 1 取締役会の機能発揮 2 企業の中核人材における多様性の確保 3 サステナビリティを巡る課題への取組み 4 その他 Ⅲ 投資家と企業の対話ガイドラインの改訂 主に次の改訂が行われている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、監基報315「企業及び企業環境の理解を通じた 重要な虚偽表示リスクの識別と評価」等の改正と適合修正を公表 ~リスク対応手続の立案と実施に関する基礎を提供~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年6月8日付けで(ホームページ掲載日は2021年6月9日)、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び関連する監査基準委員会報告書の改正を公表した。当該改正に伴う監査基準委員会報告書の適合修正も行われている。 これにより、2021年2月26日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 これは、2019年12月に国際監査・保証基準審議会(IAASB)から公表されたISA 315(Revised 2019)及び監査基準の改訂(2020年11月6日、企業会計審議会)に対応するものである。 改正前の監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」は、監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」に改正されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 改正後の監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」は、改正前の監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」から大幅な項目の追加・削除等が行われており、表紙を含めて101ページに及ぶものである。 1 本報告書の目的と定義 監査人の目的は、不正か誤謬かを問わず、財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクと、アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを識別し評価することである(10項)。 アサーションとは、経営者が財務諸表において明示的か否かにかかわらず提示するものであり、財務諸表が、情報の認識、測定、表示及び注記に関して適用される財務報告の枠組みに準拠して作成されていることを表すものである(11項(4))。 関連するアサーションとは、取引種類、勘定残高又は注記事項に係るアサーションのうち、重要な虚偽表示リスクが識別されたアサーションをいう(11項(5))。 報告書では、識別したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクについては、固有リスクと統制リスクとに分けて評価することが要求されている(5項)。 また、特別な検討を必要とするリスクとは、識別された次のような重要な虚偽表示リスクをいう(11項(10))。 固有リスク要因とは、関連する内部統制が存在しないとの仮定の上で、不正か誤謬かを問わず、取引種類、勘定残高又は注記事項に係るアサーションにおける虚偽表示の生じやすさに影響を及ぼす事象又は状況の特徴をいう(11項(6))。 内部統制とは、企業が、経営者又は取締役会、監査役もしくは監査役会、監査等委員会もしくは監査委員会の統制目的を達成するために策定する方針又は手続をいう(11項(11))。 内部統制システムとは、企業の財務報告の信頼性を確保し、事業経営の有効性と効率性を高め、事業経営に係る法令の遵守を促すという企業目的を達成するために、経営者、取締役会、監査役等及びその他の企業構成員により、整備(デザインと業務への適用を含む)及び運用されている仕組みをいう(11項(12))。 2 リスク評価手続とこれに関連する活動 リスク評価手続には以下を含めなければならない(13項)。 3 企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組みの理解 監査人は、以下の事項を理解できるように、リスク評価手続を実施しなければならない(18項)。 4 企業のリスク評価プロセス 監査人は、リスク評価手続を通じて得た以下の理解や評価により、財務諸表の作成に影響を及ぼす企業のリスク評価プロセスを理解しなければならない(21項)。 5 重要な虚偽表示リスクの識別 監査人は、以下の2つのレベルで重要な虚偽表示リスクを識別しなければならない(27項)。 Ⅲ 適用時期等 (了)
《速報解説》 東証の有価証券上場規程に定めるレビュー業務に係る2つの実務指針が確定 ~原則6/11以後発行の報告書に適用も東証が認めたものについては従前の取扱い~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年6月9日、日本公認会計士協会は、次のものを公表した。 これにより、2021年1月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。なお、公開草案に対して意見は寄せらなかったとのことである。 これは、保証業務実務指針2400「財務諸表のレビュー業務」(2016年1月26日)等の公表を受けたものである。 東証意見表明業務に関する従来の監査・保証実務委員会研究報告第12号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める被合併会社等の財務諸表等に対する意見表明業務(中間報告)」及び同第14号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対する意見表明業務(中間報告)」は、廃止される。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 東京証券取引所の有価証券上場規程に定める被合併会社等の財務諸表等に対するレビュー業務 1 適用範囲 株式会社東京証券取引所の有価証券上場規程及び有価証券上場規程施行規則に基づいて、新規上場申請会社が、上場前の一定期間に重要な合併、子会社化・非子会社化等を行った場合における当該被合併会社、子会社化・非子会社化された会社等(以下「被合併会社等」という)の財務諸表及び連結財務諸表に対して、公認会計士又は監査法人が業務実施者として実施するレビュー業務に係る実務上の指針である。 2 レビュー業務を実施する上での留意事項 次の事項に関する留意点が記載されている。 3 適用時期等 実務指針は、2021年6月11日以後に発行するレビュー報告書に適用する。 ただし、2021年6月11日以後に発行するレビュー報告書のうち、東京証券取引所が適当と認めるものについては、監査・保証実務委員会研究報告第12号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める被合併会社等の財務諸表等に対する意見表明業務について(中間報告)」(2006年11月2日公表)に基づく従前の取扱いによることができる。 Ⅲ 東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対するレビュー業務 1 適用範囲 株式会社東京証券取引所の有価証券上場規程及び有価証券上場規程施行規則に基づいて、新規上場申請会社が作成する部門財務情報に対して、公認会計士又は監査法人が業務実施者として実施するレビュー業務に係る実務上の指針である。 「部門財務情報の作成基準」は、東京証券取引所における確立された透明性のあるプロセスに従って作成され、東京証券取引所の規則として定められているものである。また、承継する事業又は事業の譲受けもしくは譲渡の対象となる部門の財政状態及び経営成績を表示するために我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準を基礎として必要な修正を加えたものとなっている(21項)。 このため、「部門財務情報の作成基準」は、特別目的の財務報告の枠組み及び準拠性の枠組みとして受入可能なものとして推定される(21項)。 2 レビュー業務を実施する上での留意事項 次の事項に関する留意点が記載されている。 3 適用時期等 実務指針は、2021年6月11日以後に発行するレビュー報告書に適用する。 ただし、2021年6月11日以後に発行するレビュー報告書のうち、東京証券取引所が適当と認めるものについては、監査・保証実務委員会研究報告第14号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対する証明業務について(中間報告)」(2006年11月2日公表)に基づく従前の取扱いによることができる。 (了)
《速報解説》 会計士協会、プロフォーマ及び結合財務情報の作成に係る 保証業務に関する実務指針の改正を公表 ~改正に伴い従来の監査・保証実務委員会研究報告第17号は廃止~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年6月9日、日本公認会計士協会は、次のものを公表した。 これにより、2021年1月29日から意見募集されていた保証業務実務指針3420に関する公開草案と、2021年3月2日から意見募集されていた保証業務実務指針3700に関する公開草案が確定することになる。なお、「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されている。 これは、保証業務実務指針3000「監査及びレビュー業務以外の保証業務に関する実務指針」(2017年12月19日)等の公表を受けたものである。 東京証券取引所意見表明業務に関する従来の監査・保証実務委員会研究報告第17号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める結合財務情報に関する書類に対する公認会計士又は監査法人の報告業務について(中間報告)」は廃止される。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ プロフォーマ財務情報の作成に係る保証業務に関する実務指針 1 プロフォーマ財務情報 プロフォーマ財務情報とは、重要な事象又は取引が未調整財務情報に及ぼす影響を示すために、それらが実際よりも早い日付で発生又は行われたという仮定に基づく調整とともに示される財務情報をいう(11項(3))。 実務指針は、プロフォーマ財務情報は、①未調整財務情報、②プロフォーマ調整及び③調整後のプロフォーマ財務情報欄から成る表形式で表示されると仮定している。 目論見書に記載又は添付されるプロフォーマ財務情報は、事業体の未調整財務情報に重要な影響を及ぼす事象又は取引について説明することを目的として、選択された基準日以前に当該事象又は取引が発生したという仮定に基づき作成されるものである(4項)。 次のことに注意する(4項、5項)。 2 適用範囲 実務指針は、主題に責任を負う者によって目論見書に記載又は添付されるプロフォーマ財務情報の作成に関して、監査事務所が、合理的な保証を提供する保証業務に関する実務上の指針である(1項)。 また、実務指針は、プロフォーマ財務情報の作成に関して、監査事務所が限定的な保証を提供する保証業務に関する実務上の指針も提供する(1項)。 実務指針は、以下の場合に適用される。 3 業務実施者の責任 実務指針に準拠して実施される保証業務において、業務実施者は、主題に責任を負う者のためにプロフォーマ財務情報を作成する責任を負わない。当該責任は、主題に責任を負う者が負うものである(2項)。 業務実施者の責任は、プロフォーマ財務情報が、すべての重要な点において適用される規準に準拠して作成されているかどうかについて報告することにある(2項)。 実務指針は、業務実施者が、主題に責任を負う者のために過去財務情報を調整する非保証業務については取り扱わない(3項)。 4 保証業務を実施する上での留意事項 次の事項に関する留意点が記載されている。 5 適用時期等 2021年6月11日以後に発行する保証報告書に適用する。 Ⅲ 結合財務情報の作成に係る保証業務に関する実務指針 1 結合財務情報 東京証券取引所では、新規上場申請者が持株会社であって、持株会社になった後、上場申請日の直前事業年度末日までに2年以上を経過していない場合(他の会社に事業を承継させる又は譲渡することに伴い持株会社になった場合を除く)で、かつ、持株会社になった日の子会社が複数あるときに、結合財務情報の提出を求めている(4項)。 結合財務情報とは、新規上場申請者が結合対象会社の損益計算書等を結合して作成した損益計算書をいい、新規上場申請者が上場申請日の属する事業年度の初日以後持株会社になった場合には、結合対象会社の貸借対照表等を結合した貸借対照表を含む(17項(1))。 東京証券取引所が定める「結合財務情報の作成基準」により作成される結合財務情報は、持株会社になる前の企業集団における財務及び業績の概況について把握するために、結合財務情報の作成対象期間における結合対象会社の損益計算書等又は貸借対照表等を合算した上で、作成基準に示した事項を調整して作成されるものである(4項)。 結合財務情報は、連結財務諸表又は四半期連結財務諸表とは異なる目的及び手続により作成される財務情報であり、新規上場申請者である持株会社が提出する連結財務諸表又は四半期連結財務諸表とは異なるものである(4項)。 2 業務を実施する上での留意事項 実務指針は、保証業務実務指針3420「プロフォーマ財務情報の作成に係る保証業務に関する実務指針」が公表されたことを受け、当該保証業務実務指針3420を前提として、公認会計士等が結合財務情報に対して、業務実施者として実施する保証業務に係る実務上の指針を提供するものである(6項)。 次の事項に関する留意点が記載されている。 3 適用時期等 実務指針は、2021年6月11日以後に発行する保証報告書に適用する。 ただし、2021年6月11日以後に発行する保証報告書のうち、東京証券取引所が適当と認めるものについては、監査・保証実務委員会研究報告第17号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対する証明業務について(中間報告)」(2006年11月2日公表)に基づく従前の取扱いによることができる。 (了)