monthly TAX views -No.98- 「東日本大震災から学ぶコロナ後の財政運営」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 東北を震源地とした大震災から、節目となる10年を迎える。「震災からの復興なくして日本の再生なし」という基本方針の下で、30兆円を超える事業が行われた結果、未だ県外での避難生活が続いている福島などの原子力災害被災地域を除き、地震・津波被災地域では「復興は総仕上げの段階に入った」といわれている。この間の関係者の努力を多としたい。 * * * さて、2月25日放送のNHK「クローズアップ現代+」では、復興予算がどう使われたか、特集を組んでいた。 筆者が大変興味を持ったのは、元復興構想会議議長(現兵庫県立大学理事長)の五百旗頭真さんへのインタビューだった。 復興財源は、25年間にわたる2.1%の所得税付加税(復興特別所得税)と10年間にわたる年1,000円の個人住民税の上乗せなどでまかなわれたのだが、これについて同氏は、「増税が決まるときに、私は、反乱は起こらないだろうけど非難ごうごう起こるのではと一生懸命注意していたが、全く批判はなかった。国民の温かい、この災害列島で、次々あちこちで災害は起こる。それを見放すんじゃなくて、順繰りにみんなで被災地を支えていくという。そのおかげで財源も得て『創造的復興』・・という形ができたと思う。」と述べていた。 復興に必要な「歳出」と「歳入」を「東日本大震災復興特別会計」として別管理し、「歳出」に見合う「復興債(国債)」を発行し、その償還財源を所得税・住民税・法人税の付加税として確保した。こうすることで、その負担を後世世代に持ち越さなかったのである。 * * * このような「歳出」と「歳入」の別管理スキームは、現在、多額の出費が続いている新型コロナウイルス対策に伴うわが国財政の今後のあり方に、大いに参考になる。すなわち、「コロナ対策特別会計」を作り、コロナ対策に必要な費用を特掲し、その財源を「コロナ対策債」で賄うとともに、その償還については中長期の付加税などの追加課税で賄うというスキームを作り、財政規律を示すことである。 米国長期金利の上昇が、先進国最悪の財政事情のわが国に波及しつつある。日銀の超金融緩和政策によってある程度は食い止めることが可能だろうが、このままの財政運営を続けていけば、金利急騰(国債価格急落)という、いつ破裂するかもしれない爆弾(リスク)を抱えることになる。 下の図表は、一般会計の歳出と歳入の推移であるが、ざっと見ただけでも、コロナ対策関連経費の異常性と別管理の必要性を物語っているといえよう。 そのためには、付加税をどうするのかという「増税」議論が必要となる。政治的には避けたいところだろうが、先進国最悪の財政支出を抱えるわが国としては、最低限の財政規律を守っていくことによって、米国金利上昇の影響を最小限にとどめていく必要がある。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例27】 「支払利息の損金性と同族会社の行為計算否認」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内の外資系製薬メーカーである合同会社Aで財務及び経理を担当するマネージャーです。日本の医薬品市場は、今後予想される人口減少により先行きは不透明なところがありますが、幸いなことにA社は治療効果が良好な新薬をいくつか抱えているため、業績は好調であるといえます。 ところでA社は、30年ほど前から日本に拠点を置いて事業展開を行っており、その間にいくつかの子会社を設立して企業グループを形成しております。A社の親会社B社はフランス法人ですが、全世界的なグループ事業最適化の一環で、数年前にA社が中心となって日本事業の再構築を行っております。当該事業再構築の主眼は、日本国内に研究開発の拠点を新設することで、その資金を賄うため、A社は親会社B社から借入れを行っております。これは親会社の高い信用力に基づきB社が欧州において低利で資金調達し、その資金をA社に付け替えるというもので、財務上の合理性は十分あると自負しております。 ところがA社が今般受けた税務調査で調査官が、日本国内事業の再編に伴う親会社B社からの借入れは、その支払利息の損金算入によりA社の法人税の負担を不当に減少させるものであることから、同族会社等の行為又は計算の否認規定(法法132)により損金算入は認められない旨指摘してきました。 私は当該税務調査の担当者として、調査官からの指摘に対し、A社が親会社B社から行った借入れは、いわゆる「デット・プッシュ・ダウン」という財務上の手法であり、グループ企業における組織再編成・事業再構築の一環として行われた、正当な事業目的を有する経済合理性がある取引であることから、同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用要件を満たさないはずであると反論しております。親会社であるB社も、国税側が不当な課税処分を行う場合には、訴訟で決着をつけるべきとしておりますが、このような対処方針で進めてしまって大丈夫でしょうか、アドバイスをお願いします。 なお、今回の税務調査で問題となった事業年度は平成20年12月期から平成24年12月期の5事業年度で、個別的租税回避否認規定である過大支払利子税制(措法66の5の2)の導入前です。 〇 「デット・プッシュ・ダウン」の手法 【A】 本件の場合、海外の親会社からの借入れを伴う事業再編・組織再編成を行う場合、その借入れに対する支払利息によりわが国の課税ベースが浸食されるとして、課税庁が包括的な租税回避否認規定の一種である同族会社等の行為又は計算の否認規定(法法132)により損金算入は認められないと指摘したわけですが、個別的租税回避否認規定があるのであればともかくとして、当該事業再編に伴う借入れに税務上のみではなく財務上の経済合理性があるのであれば、同族会社等の行為又は計算の否認規定により否認することは困難であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 支払利子の損金性と課税ベースの浸食 法人間において金銭の貸借(金銭消費貸借契約)がある場合、その契約においては、貸手は借手から一定の利率の利子を徴収することとなるが、当該利子(支払利子)は借手における法人税の課税所得の計算上、損金算入されることとなる。しかし、当該金銭のやり取りが国内であればともかくとして、貸手が海外の居住者である場合、支払利子は国内で損金算入され借手の課税所得を減らす一方で、貸手の受取利息はわが国では課税されないこととなる。特に借手が高課税国(多額の利益・所得を計上)、貸手が低課税国に存するときには、その借手・貸手を含む企業グループ全体で課税所得が圧縮されるため、非常に有効なタックスプランニングとなるが、各国の課税庁サイドからみれば、そのような手法を無条件で許容すると、課税ベースが浸食され深刻な歳入欠陥となりかねないところである。 そのため、わが国においては、個別的租税回避の否認規定として、移転価格税制(措法66の4)や過少資本税制(措法66の5)、タックスヘイブン対策税制(措法66の6)が整備され、このような租税回避行為を規制・課税しようとしていた。しかし、本件のようないわゆる「デット・プッシュ・ダウン」という財務上の手法に対して、これらの規定が有効な手段となり得たのか疑問があった。そこで、平成24年度の税制改正で以下の図で示されるような過大支払利子税制(措法66の5の2)が導入されたところである。 〇 過大支払利子税制の概要(令和元年度税制改正前) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 財務省編『平成24年度 税制改正の解説』559頁。 なお、OECDの「BEPSプロジェクト」行動計画4:利子控除制限ルール(国税庁「BEPSプロジェクト」参考)の勧告を受けて、令和元年度税制改正で過大支払利子税制も以下の通り強化されている。 〇 令和元年度改正の概要(過大支払利子税制) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 財務省編『令和元年度 税制改正の解説』566頁。 (2) 同族会社等の行為又は計算の否認規定 今回の税務調査で問題となった事業年度は、平成20年12月期から平成24年12月期の5事業年度で、個別的租税回避否認規定である過大支払利子税制(措法66の5の2)の導入前ということもあり、わが国の法人税法上、A社とその親会社との間で行われた「デット・プッシュ・ダウン」という財務上の手法を税務上規制する個別の規定は存在しなかったということになる。そのため、課税庁・調査官は苦肉の策として、包括的な租税回避否認規定の一種である同族会社等の行為又は計算の否認規定(法法132)により損金算入は認められないと指摘したわけであるが、このような課税手法に違法性はないのであろうか。 よく知られるように、わが国においては、租税回避行為に対処するための一般的否認規定(GAAR)は存在しない。かつては、わが国においても国税通則法制定時に、当時のドイツの租税調査法に倣って一般的租税回避否認規定の採用が検討されたが、課税権力の濫用の危険を理由とした反対論が強かったため、見送られたとされる(※)。そのため、租税回避行為に対しては、基本的に個別の租税回避行為否認規定により対処することとなるが、少数の株主や社員によって支配されていることから、作為的な租税回避行為を行うことが比較的容易な同族会社が関与するスキームに対しては、これまでも同族会社等の行為又は計算の否認規定により課税するケースが見られたところである。 (※) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)137頁参照。 同族会社等の行為又は計算の否認規定にいう、「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」同族会社の行為・計算とは何を指すのかについては、判例上、「専ら経済的、実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定」するものと解する傾向にある(経済的合理性基準、最高裁昭和53年11月30日判決・訟月25巻4号1145号、東京地裁平成26年5月9日判決・判タ1415号186頁・TAINSコード:Z264-12469(日本IBM事件))。 (3) 個別的租税回避行為の否認規定がない場合の同族会社等の行為又は計算の否認規定が問題となった事案 それでは本件のように、個別的租税回避行為の否認規定がない場合(又は導入前)において、同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用の可否が問題となった事案(東京地裁令和元年6月27日判決・TAINSコード:Z888-2250(ユニバーサルミュージック事件)、納税者勝訴)を以下で確認しておきたい。 ① 事案の概要 音楽事業を目的とする日本法人である原告は、本件各事業年度(平成20年12月期から平成24年12月期まで)に係る法人税の確定申告において、同族会社である外国法人からの借入れに係る支払利息の額を損金の額に算入して申告したところ、麻布税務署長(処分行政庁)は、同支払利息の損金算入は原告の法人税の負担を不当に減少させるものであるとして、法人税法第132条第1項に基づき、その原因となる行為を否認して原告の所得金額を加算し、本件各事業年度に係る法人税の各更正処分等を行った。 本件は、原告が、上記借入れは原告を含むグループ法人の組織再編の一環として行われた正当な事業目的を有する経済的合理性がある取引であり、本件各更正処分等は法人税法第132条第1項の要件を欠く違法な処分であると主張して、被告を相手に、本件各更正処分等の取消しを求める事案である。 ② 本件の争点 法人税法第132条第1項にいう「その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の該当性。 ③ 裁判所の判断 なお、本件控訴審(東京高裁令和2年6月24日判決・TAINSコード:Z888-2315、控訴棄却・控訴人上告受理申立て)も納税者が勝訴している。ただし、控訴審で裁判所は、経済的合理性基準につき、納税者側の「法人税法132条1項の不当性要件につき、経済合理性基準を踏まえて、法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかという観点から判断すべき旨」の主張に対し、「当該行為又は計算を行う必要性のほとんどが租税回避目的であって、税負担の減少以外の経済的利益がごく僅かである場合でも、経済的合理性があるとされかねない。このようなことは、不当性要件の的確な判別を困難にするものとして、法人税法132条の趣旨及び目的に反し、相当でもない。(下線部筆者)」としている点は注目に値する。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本件で問題となったデット・プッシュ・ダウンという手法は、裁判所も指摘する通り、「財務上の観点からは、規模が大きく多額の利益を計上している事業会社に対してより多くの負債を負担させることが合理的であり、税務上の観点からは、税率の高い国で多額の利益を計上し多額の税金を負担している会社に対してより多くの負債を負担させることが合理的である」といえ、中でも税務上のメリットは、それを規制する規定がない限り、特に大きいといえる。 このような税務上のメリットを享受するためのタックスプランニングは、近年わが国においても租税訴訟事件で存在感が増している多国籍企業(本件のユニバーサルミュージックや日本IBMなどが想起される)にとっては広く知られたもので、OECDのBEPSプロジェクトでもその規制が議論されており(前述の行動計画4:利子控除制限ルール(国税庁「BEPSプロジェクト」参考))、わが国でも個別的租税回避の否認規定として過大支払利子税制が導入されている。しかし、本件の対象となる事業年度は過大支払利子税制が導入される前の事業年度であり、そのような場合において、課税庁側としては苦肉の策として、いわば伝家の宝刀としての包括的租税回避否認規定である同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用に踏み切ったというわけである。 本件においては、納税者側が示した、組織再編を伴う一連の行為に関する8つの事業目的(本件取引の目的)が裁判所によって丁寧に検討され、「本件8つの目的を本件組織再編取引等により達成したことは、ヴィヴェンディ・グループ全体にとってだけでなく原告にとっても経済的利益をもたらすものであったといえる一方、本件借入れは原告に不当な不利益をもたらすものとはいえないから、これらが原告にとって経済的合理性を欠くものであったと認めることはできない」と結論付けられ、同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用が経済合理性基準に照らして斥けられている。タックスプランニングの結果、税務上の利益が大きいとしても、それ以外に十分な事業上の目的があれば、同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用は認められないとしたものであり、今後の実務の参考となるであろう。 (4) 本件への当てはめ 本件の場合、海外の親会社からの借入れを伴う事業再編・組織再編成を行う場合、その借入れに対する支払利息によりわが国の課税ベースが浸食されるとして、課税庁が包括的な租税回避否認規定の一種である同族会社等の行為又は計算の否認規定(法法132)により損金算入は認められないと指摘したところであるが、個別的租税回避否認規定があるのであればともかくとして、当該事業再編に伴う借入れに税務上のみではなく財務上の経済合理性があるのであれば、同族会社等の行為又は計算の否認規定により否認することは困難であると考えられる。本件のような事案は、基本的に個別的租税回避否認規定により課税の可否を判断すべきといえよう。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第19回】 「家屋の所有者に譲渡損失がなく、土地の所有者に譲渡損失がある場合」 -居住用家屋の所有者とその敷地の所有者が異なる場合- 税理士 大久保 昭佳 Q X(夫)は、Y(妻)と共に9年程前から住んでいたY所有の家屋とX所有の土地を売却しました。 Y所有の家屋には譲渡損失は発生しませんでしたが、X所有の土地には譲渡損失が発生しました。 家屋と土地の所有が異なる場合でも、その他の適用要件が具備されている場合は、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 譲渡物件に係る家屋の所有者Yに譲渡損失がないことから、Yが「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用がなくとも、譲渡物件に係る土地の所有者のXは、同特例の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」に係る譲渡家屋の所有者以外の者が、その譲渡家屋の敷地の用に供されている土地等で、その譲渡の年の1月1日における所有期間が5年を超えているものの全部又は一部を所有している場合において、租税特別措置法通達41の5-11(居住用家屋の所有者とその敷地の所有者が異なる場合の取扱い)に掲げる要件の全てを満たすときは、これらの者がともに同特例を受ける旨の申告をしたときに限り、その申告を認めるとされています。 そして、上記通達に係る次の注書1により、その家屋の譲渡損失がない場合は、その家屋の所有者が同特例を適用しないときでも、その土地所有者には適用があるとされています。 ※下線については筆者加筆。 したがって、本事例の場合、Y所有の家屋には譲渡損失の金額がないことから、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることができます。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第4回】 「残余利益分割法による基本利益及び分割利益の算定方法」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 残余利益分割法では、基本利益及び分割利益をどのように算定するのか。 〔A〕 具体的な算定方法については解説を参照していただきたい。 ●●●〔解説〕●●● 1 残余利益分割法による利益分割のイメージ 残余利益分割法の計算過程を図示すると以下のとおりとなる。 2 裁判例での検証 前回に引き続き、上村工業事件東京地裁判決(TAINSコード:Z267-13090)を用いて、残余利益分割法を適用した場合の独立企業間価格と国外移転所得額の算定過程を検証する。事件の概要は前回記事を参照されたい。なお、筆者が入手できたデータの制約から、以下では本件B取引に係る独立企業間価格と国外移転所得の算定過程に限定して解説することとする。 (1) 基本的利益及び残余利益の算定 (ア) Xの事業活動のほとんどがXの重要な無形資産を使用して行われていることから、Xの基本的利益はないものと仮定する。 (イ) B社については、台湾の企業から比較対象企業を選定した上、比較対象企業の総費用に対する営業利益の割合の中位値を利益指標((3)の表の⑦)とし、本件B取引に係る総費用(ただし、重要な無形資産の影響を除くため、両取引の支払ロイヤルティの額及び本件B取引に係る研究開発費の額((3)の表の⑤)を控除した金額)に上記利益指標を乗じて基本的利益を算出する((3)の表の⑧)。 (ウ) D社については、ASEAN諸国の企業から比較対象企業を選定した上、比較対象企業の売上高に対する営業利益の割合の中位値を利益指標((3)の表の⑩)とし、これをD社の売上高に乗じて基本的利益を算出する((3)の表の⑪)。 (エ) これらの基本的利益の額を分割対象利益の額から控除することにより、残余利益を算出する((3)の表の⑫)。 (2) 残余利益の配分及び国外移転所得額の算定 (ア) (上記(1)で求めた)残余利益をX及び国外関連者それぞれが有する重要な無形資産の価値に応じて配分するという観点から、残余利益の配分の比率を、Xについては、研究開発費のうち本件B取引に関連して支出したと認められる部分((3)の表の⑬、B社については、研究開発費のうち本件B取引に関連して支出したと認められる部分((3)の表の⑭)、D社については、営業技術関連費用のうち本件B取引に関連して支出したと認められる部分((3)の表の⑱)をそれぞれ基礎として(※1)算出する(なお、D社では、営業技術関連費について、全社の人員数に対する技術部の人員の比を利用して簡便的に算出している)。 (イ) Xへの配分の比率を本件B取引に係る残余利益の額に乗じることにより、各取引について原告に帰属する残余利益の額を算定する((3)の表の⑳)。 (ウ) 上記(イ)と原告の営業利益との差額をもって、本件B取引に係る国外移転所得額を算出する((3)の表の㉒)。 (※1) 措置法通達66の4(5)-4《残余利益分割法》後段は、「残余利益等を法人及び国外関連者で配分するに当たっては、その配分に用いる要因として、例えば、法人及び国外関連者が無形資産(重要な価値のあるものに限る。以下66の4(5)-4において同じ)を用いることにより独自の機能を果たしている場合には、当該無形資産による寄与の程度を推測するに足りるものとして、これらの者が有する無形資産の価額、当該無形資産の開発のために支出した費用の額等を用いることができることに留意する」と規定し、無形資産の価額ないしその開発費用を残余利益の分割要因とする旨定めている。実際問題として、重要な無形資産の価額を適正に評価するのは困難なところから、実務上、残余利益の分割に当たり、無形資産の開発費用をその分割要因とすることが多いと考えられ、本件においてもそのように算定されている。 (3) 本件B取引についての具体例 判決に添付された別表等によれば、本件B取引に係る分割対象利益は、全体で857,079千円 (※2)と計算されている。その上で、国外移転所得は以下のように算定されている。なお、以下で用いる金額の対象年度は平成13年(2000年)3月期とし、金額は全て千円単位とする。 (※2) 内訳は、Xの分割対象利益が15,834千円、B社が811,826千円、D社が29,419千円であった。 (※) B取引に係る分割対象利益にはXがB社から収受した受取ロイヤリティ15,834千円が含まれる。 (了)
〔Q&Aで解消〕 診療所における税務の疑問 【第5回】 「認定医療法人制度を活用した相続税・贈与税の納税猶予の留意点」 税理士法人赤津総合会計 税理士・医業経営コンサルタント 赤津 剛史 【Q】 医療法人の出資持分に対する相続税についても納税猶予が適用できると聞きましたが、どのような制度なのでしょうか。 【A】 認定医療法人制度があります。認定医療法人とは持分の定めのある・・医療法人から持分の定めのない・・医療法人に一定の要件のもと非課税で移行できる制度です。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 平成19年3月31日以前に設立された医療法人(=持分の定めのある医療法人)の出資持分は、贈与又は相続時に、財産評価基本通達に従い時価によって評価されます。 持分の定めのある医療法人が持分の定めのない医療法人に移行することで、出資持分に対する贈与税及び相続税の課税リスクから解放されます。しかし、この移行時には医療法人に対して贈与税が課税されることが課題となっていました。これを解決するべく整備されたのが認定医療法人制度です。 認定医療法人制度には、以下のような特徴があります。 (了)
2021年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅰ 税制改正等 令和元年度及び令和2年度税制改正並びに令和3年度税制改正大綱(以下、「税制改正大綱」という)のうち、主要な改正点等としては、以下が挙げられる。 (注) なお、本解説では、令和元年度及び令和2年度税制改正並びに税制改正大綱のうち、会計処理等において特に留意すべき改正点のみを解説しているため、全てを解説しているわけではない。 1 税率 以下の令和元年度における税制改正が2019年10月1日以後に開始する事業年度から適用されている。 なお、税制改正大綱において税率の改正は予定されていない。 (1) 地方法人特別税の廃止 ① 資本金の額1億円超で、年800万円超の所得の場合 また、資本金1億円超の普通法人の所得割の制限税率は、標準税率の1.2倍から1.7倍に引き上げられる。 ② 資本金の額1億円以下で、年800万円超の所得の場合 (2) 特別法人事業税の創設 法人事業税の一部を分離して、「特別法人事業税」が創設される。その分、法人事業税の税率が引き下げられる。結果として、「改正前の法人事業税の税率」と「改正後の法人事業税と特別法人事業税の税率の合計」は同じである。 また、特別法人事業税は国税であるが、申告納付は法人事業税と併せて行う。そして、特別法人事業税の課税標準は法人事業税額(標準税率により計算された所得割額)である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 法定実効税率について、前期に使用した法定実効税率から変更はない(※)。 具体的な税率は、下記の設例①②を参照されたい。 (※) なお、今後、各地方公共団体で超過税率が改正された場合、法定実効税率が変わる可能性がある。 設例① 当社は東京都に本社があり、外形標準課税適用法人である。 また、税率は以下のとおりである。 設例② 当社は東京都に本社があり、外形標準課税適用外法人である。 また、税率は以下のとおりである。 2 特定税額控除規定の適用要件の見直し【令和2年度税制改正】 大法人における特定税額控除規定の適用要件の見直しが行われている。 (1) 改正内容 大法人(※)において、特定税額控除規定の適用要件の見直しが行われている。 (※) 大法人とは、中小企業者(適用除外事業者を除く)等以外の法人をいう。例えば、以下の法人が該当する。 ➤ 資本金1億円超の法人 ➤ 資本金1億円以下の法人で、発行済株式等の50%以上を同一の大規模法人に所有されている法人又は発行済株式等の3分の2以上が複数の大規模法人に所有されている法人 上記の改正の結果、特定税額控除規定の適用要件の判断は、以下のように行われる。 【大法人の特定税額控除規定の適用要件の判断フロー】 (2) 適用時期 2020年4月1日以後に開始する事業年度から適用する。 3 賃上げ及び投資促進税制の適用要件の見直し【令和2年度税制改正】 賃上げ及び投資促進税制における設備投資要件の見直しが行われている。 (1) 改正内容 (2) 適用時期 2020年4月1日以後に開始する事業年度から適用する。 4 交際費等の損金不算入制度の見直し【令和2年度税制改正】 交際費等の損金不算入制度について見直しが行われている。 (1) 改正内容 交際費等の損金不算入制度について、適用期限が2年間延長され、2022年3月31日までとなった。また、接待飲食費に係る損金算入の特例(※)の対象法人から、事業年度終了の日における資本金の額が100憶円を超える法人が除外された。 (※) 接待飲食費に係る損金算入の特例とは、交際費等のうち飲食のための支出(1人当たり5,000円超の分)の50%を損金算入可能とする特例をいう。 (2) 適用時期 2020年4月1日以後に開始する事業年度から適用する。 5 過大支払利子税制の見直し【令和元年度税制改正】 過大支払利子税について見直しが行われている。 (1) 改正内容 【過大支払利子税制の概要】 (出所:財務省「過大支払利子税制の概要」) (2) 適用時期 2020年4月1日以後に開始する事業年度から適用する。 6 国際的なM&Aを利用した租税回避防止【令和2年度税制改正】 子会社が配当を行うとその分、純資産が減少し、子会社株式の時価は下落するが、簿価は変動しないため、配当後に第三者に譲渡すると、売却損を損金算入できる場合がある。一方、受領した配当は親会社で益金不算入となり課税されない。 そのため、改正前は、子会社の配当後に子会社株式を第三者に譲渡することによる過度な節税対策が行われていた。そこで、子会社からの配当と子会社株式の譲渡を組み合わせた租税回避への対応のための見直しが行われた。 (出所:経済産業省「令和2年度(2020年度)経済産業関係 税制改正について」P.25) (1) 改正内容 ① 株式等の帳簿価額の引下げ 内国法人が、他の法人(当該内国法人との間に連結完全支配関係がある連結子法人を除く)から対象配当等の額(※1)を受ける場合(当該配当等の額に係る決議日等において、内国法人と他の法人との間に特定支配関係(※2)がある場合に限る)、当該配当等の額が内国法人が保有する株式等の帳簿価額の10%超の場合、その配当等の額のうち益金不算入相当額を、その株式等の帳簿価額から減額する。 (※1) 対象配当等の額とは、受け取る配当等の額から法人税法61条の2第17項の適用がある完全支配関係内のみなし配当等の額を除いた額をいう。 (※2) 「特定支配関係」とは、以下の関係をいう。 ✓ 当事者間の支配関係(一の者が法人の発行済株式の総数又は総額の50%を超える数又は金額の株式若しくは配当等議決権又は出資を保有する場合における当該一の者と法人との間の関係等) ✓ 一の者との間に当事者間の支配関係がある法人相互の関係 ② 適用免除 以下のいずれかに該当する場合は、適用免除(本制度の適用対象外)となる。 (2) 適用時期 2020年4月1日以後に開始する事業年度から適用する。 7 連結納税制度からグループ通算制度への移行【令和2年度税制改正】 グループ通算制度が導入された。 (1) 改正内容 連結納税制度は、企業グループの各法人を納税主体とするのではなく、グループ全体で1つの納税主体とするものである。しかし、連結納税制度は、企業グループ内の損益を通算できるメリットがある一方で、税額計算が煩雑であったり、どこか1つの法人で誤りがあった場合、グループ全体で税金の再計算をしないといけないなどのデメリットもある。そのため、より使いやすくするために、企業グループ内の損益通算は残しつつ、各社ごとに申告及び納税する「グループ通算制度」へ移行する改正が行われている。 (出所:経済産業省「令和2年度(2020年度)経済産業関係 税制改正について」P.16) (2) 適用時期 2022年4月1日以後の開始事業年度から、原則として自動的に移行される。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ グループ通算制度は各法人を納税主体とする個別申告方式であるため、連結納税における繰延税金資産の計上額と異なる可能性がある。詳しくは、下記「Ⅱ 連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い」を参照されたい。 8 DX投資促進税制の創設【令和3年度税制改正大綱】 ウィズコロナ・ポストコロナを見据え、デジタルトランスフォーメーション(DX)投資を行った場合の優遇制度が創設される。 ◎ 改正内容 (※1) 「事業適応設備」とは、事業適応計画に従って実施される事業適応(生産性の向上又は需要の開拓に特に資するものとして主務大臣の確認を受けたものに限る)の用に供するために新設又は増設をするソフトウェア、ソフトウェアとともに事業適応の用に供する機械装置及び器具備品をいい、開発研究用資産を除く。 (※2) 会社法上の親子会社関係にある会社によって構成されるグループをいう。 9 研究開発税制の見直し【令和3年度税制改正大綱】 研究開発税制について見直しが行われている。 ◎ 改正内容 ① 税額控除率の見直し 試験研究費の総額に係る税額控除制度(総額型・一般型)及び中小企業技術基盤強化税制の税額控除率の見直しが行われ、また、適用期限も2年延長(2023年3月31日まで)されている。また、控除税額の上限の見直しも行われ、2021年4月1日から2023年3月31日までの間に開始する事業年度において適用される。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) ここでは、「増減試験研究費割合」を「割合」としている。 (注) OI型とは、オープンイノベーション型のことをいう。改正は予定されていない。 (出所:経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係税制改正について」P.13) ② 試験研究費の範囲の拡大 試験研究費のうち、研究開発費として損金経理をした金額で非試験研究用資産(※)の取得価額に含まれるものも試験研究費の範囲に加える。これにより、クラウド環境で提供されるソフトウェアなどの試験研究費が研究開発税制の対象になる。 (※) 「非試験研究用資産」とは、棚卸資産、固定資産及び繰延資産で、事業供用の時に試験研究の用に供さないものをいう。 なお、適用時期は、税制改正大綱では明記されていない。 (出所:経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係税制改正について」P.14) 10 賃上げ及び投資促進税制の見直し【令和3年度税制改正大綱】 新規雇用者の給与及び教育訓練の増加に対する税制の見直しが行われている。 (1) 改正内容 (※1) 「新規雇用者給与等支給額」とは、国内の事業所において新たに雇用した雇用保険法の一般被保険者(支配関係がある法人から異動した者及び海外から異動した者を除く)に対してその雇用した日から1年以内に支給する給与等の支給額をいう。なお、「新規雇用者給与等支給額」からは雇用調整助成金等の額は控除しない。 (※2) 「控除対象新規雇用者給与等支給額」とは、国内の事業所において新たに雇用した者(支配関係がある法人から異動した者及び海外から異動した者を除く)に対してその雇用した日から1年以内に支給する給与等の支給額をいう。また、雇用者給与等支給額から前期の雇用者給与等支給額を控除した金額を上限とする。「新規雇用者給与等支給額」と「控除対象新規雇用者給与等支給額」は、対象範囲が異なるため、留意が必要である。 なお、外形標準課税適用法人が上記の適用要件を満たす場合には、控除対象新規雇用者給与等支給額を付加価値割の課税標準から控除することになる。 (2) 適用時期 2021年4月1日から2023年3月31日までの間に開始する事業年度について適用される。 11 繰越欠損金の控除上限の特例の創設【令和3年度税制改正大綱】 コロナ禍で経営状況が厳しい企業のため、繰越欠損金の控除上限の特例が創設されている。 (1) 改正内容 青色申告書を提出する法人で産業競争力強化法の改正法の施行の日から同日以後1年を経過する日までの間に産業競争力強化法の事業適応計画(仮称)の認定を受けていて、事業適応計画に従って事業適応(仮称)(※)を実施するものの、適用事業年度(下記(2)参照)において特例対象欠損金額(原則、2020年4月1日から2021年4月1日までの期間内の日を含む事業年度(最長2年間)に生じた青色欠損金額)がある場合には、最大で5年間、欠損金の繰越控除前の所得の金額(所得の金額の50%を超える部分については、累積投資残額(下記(3)参照)に達するまでの金額に限る)の範囲内で損金算入できる。累積投資残額の範囲内であれば、大法人であっても100%控除できる。 (※) 事業適応とは、投資のことをいう。 (出所:経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係税制改正について」P.10) (2) 適用事業年度 以下のすべてを満たす事業年度において、本制度が適用される。 (3) 累積投資残額 「累積投資残額」とは、事業適応計画に従って行った投資額(DXやカーボンニュートラル等の事業再構築・再編に係る投資額)から既に本特例により欠損金の繰越控除前の所得の金額の50%を超えて損金算入した欠損金額に相当する金額を控除した金額をいう。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 繰越欠損金の解消時期に影響するため、繰延税金資産の回収可能性(計上額)に影響する。 12 株式交付制度促進のための措置【令和3年度税制改正大綱】 会社法改正により、株式交付制度が創設されたため、この制度の利用を促進するために、新たな措置が設けられている。 (1) 改正内容 会社法の改正により、新たに株式交付制度(※)が創設された。この株式交付により、買収対象会社の株主が保有する株式を譲渡し、株式交付親会社(買収会社)の株式等の交付を受けた場合には、譲渡した株式の譲渡損益は、繰り延べる。 (※) 株式交付とは、株式会社が他の株式会社をその子会社とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して当該株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいう(会社法2三十二の二)。 なお、対価として交付を受けた資産の価額のうち株式交付親会社の株式の価額が80%以上である場合に限られ、株式交付親会社の株式「以外」の資産の交付を受けた場合には株式交付親会社の株式に「対応する部分」の譲渡損益の計上を繰り延べる。 (出所:経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係税制改正について」P.17) (2) 適用時期 適用時期は、税制改正大綱では明記されていない。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 譲渡損益の繰り延べが一時差異に該当する場合、税効果会計に影響する。 13 軽減税率の延長【令和3年度税制改正大綱】 中小企業者等に適用されている800万円以下の所得金額に係る法人税の軽減税率(19%⇒15%)の適用期限を2年間延長し、2023年3月31日までに開始する事業年度とする。 14 所得拡大促進税制の見直し【令和3年度税制改正大綱】 中小企業者等における所得拡大促進税制について、見直しが行われている。 (1) 改正内容 (2) 適用時期 適用期限を2年間延長し、2021年4月1日から2023年3月31日までの間に開始する事業年度に適用される。 15 中小企業の経営資源の集約化に資する税制の創設【令和3年度税制改正大綱】 中小企業者の経営資源の集約化に資する税制が創設された。 (1) 改正内容 ① 適用対象 青色申告書を提出する中小企業者(中小企業等経営強化法の中小企業者等であって租税特別措置法の中小企業者に該当するもの)が、同法の改正法の施行日から2024年3月31 日までの間に経営力向上計画(経営資源集約化措置(仮称)が記載されたものに限る)の認定を受け、その認定に係る経営力向上計画に従って他の法人の株式等を取得(購入による取得に限る)し、かつ、これをその取得の日を含む事業年度終了の日まで引き続き有している場合(その株式等の取得価額が10 億円を超える場合を除く)が対象となる。 ② 準備金の積み立て 上記①で取得した株式等の価格下落による損失に備えるため、その株式等の取得価額の70%以下の金額を中小企業事業再編投資損失準備金として積み立てた場合、その積立て金額を、その事業年度において損金算入できる。 ③ 準備金の取り崩し 上記②で積み立てた準備金は、その株式等の全部又は一部を有しなくなった場合や、その株式等の帳簿価額を減額した場合等において取り崩すほか、その積み立てた事業年度終了の日の翌日から5年を経過した日を含む事業年度(5年間据え置き)から5年間でその経過した準備金残高の均等額を取り崩した場合に、益金算入する。 (出所:経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係税制改正について」P.27) (2) 適用時期 改正中小企業等経営強化法の施行日(未定)から2024年3月31日までに経営力向上計画の認定を受けた株式等の取得に対して適用する。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 中小企業事業再編投資損失準備金は、一時差異に該当するため、税効果会計に影響する。 16 国税関係帳簿書類の電磁的記録等による保存制度の見直し【令和3年度税制改正大綱】 国税関係帳簿書類の電磁的記録等による保存制度について見直しが行われている。 (1) 改正内容 税務署による事前承認が廃止され、また、高度なシステムでない電子帳簿であっても、一定の要件を満たす場合には、電子データのまま保存することが可能となった。そのため、電子帳簿等保存制度は、「高度な保存(改正前と同様)」と「簡便的な保存」に分類されることになる。 (2) 適用時期 2022年1月1日以後から適用される。 17 スキャナ保存制度の見直し【令和3年度税制改正大綱】 国税関係書類に係るスキャナ保存制度について見直しが行われている。 (1) 改正内容 税務署の承認制度が廃止され、要件も緩和されている。 (2) 適用時期 2022年1月1日以後に保存を開始する国税関係書類から適用される。 18 電子取引のデータ保存制度の見直し【令和3年度税制改正大綱】 電子取引のデータ保存制度について見直しが行われている。 (1) 改正内容 要件が緩和されている。 (※) 国税庁等の職員の質問検査件に基づく電磁的記録のダウンロードの求めに応じない場合には、範囲指定及び項目を組み合わせて設定できる機能を確保する必要がある。 (2) 適用時期 2022年1月1日以後に行う電子取引のデータについて適用する。 Ⅱ 連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い 2020年3月31日にASBJより実務対応報告第39号「連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い(以下、「グループ税効果」という)」が公表された。 当該グループ税効果は、令和2年度税制改正において従来の連結納税制度が見直され、グループ通算制度に移行する税制改正法(「所得税法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第8号))(以下「改正法人税法」という)が2020年3月27日に成立していることから、改正法人税法の成立日以後に終了する事業年度の決算(四半期決算を含む)における、グループ通算制度の適用を前提とした繰延税金資産の回収可能性の会計処理についてまとめたものである。 (1) 会計処理 改正法人税等の成立日以後に終了する事業年度の決算(四半期含む)についてグループ通算制度の適用を前提とした税効果会計における繰延税金資産及び繰延税金負債の額については、実務対応報告第5号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その1)」及び実務対応報告第7号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その2)」に関する必要な改廃が行われるまでの間は、グループ通算制度への移行及びグループ通算制度への移行にあわせて単体納税制度の見直しが行われた項目について、企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」第44項の定めを適用せず、改正前の税法の規定に基づいて会計処理することができる(グループ税効果3)。 (2) 注記 繰延税金資産及び繰延税金負債の額について、追加情報として、改正前の税法の規定に基づいている旨を注記する(グループ税効果4)。なお、計算書類においても重要性に応じて注記するかどうかを検討する必要がある。 【事例】(株)りそなホールディングス 2020年3月期 有価証券報告書 (3) 適用時期 公表日以後適用する。 (4) 今後 本解説時点では、グループ税効果に代わる基準は公表されていない。しかし、ASBJから公表されている「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」によると、2021年3月に公開草案を公表することを目標としている。そのため、今後の動向も注視する必要がある。 Ⅲ 監査上の主要な検討事項(KAM) 2018年7月5日に、金融庁・企業会計審議会から「監査基準の改訂に関する意見書」が公表された。この公表により、「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)」が導入された。 KAMとは、「監査の過程で監査役等と協議した事項の中から、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項」をいう(日本公認会計士協会 監査基準委員会報告書701.7)。 今まで、監査報告書はどの会社も同じ文面であった。しかし、KAM導入後は、企業によって、KAMが異なるため(KAMは会社固有の事項について記載するため)、金融商品取引法の監査報告書は、企業によって異なることになる。 そして、2021年3月31日以後に終了する連結会計年度及び事業年度から強制適用される。 詳細は、下記拙稿を参照されたい。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第12回】 「他人事ではいけない調査の心得」 ~資料準備編~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの調査をするために必要な買い手の心得を知る。 売り手企業 ⇒M&Aの調査ではどこを見られているのかポイントを知る。 支援機関(第三者) ⇒支援機関が調査で果たす役割とポイントを知り、M&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒M&A調査の視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 1 調査は売り手の実態を知る大事なステップ 中小企業のM&Aの過程で売り手に対して行われる調査は、M&A当事者にとって大事なステップであり、売り手の実態を知る上で欠かせません。 M&Aの多くのケースで、この調査はデューデリジェンス(デュー・ディリジェンス)という手法が取られます。デューデリや、デューデリジェンスのアルファベットの頭文字を取って「DD」と呼ばれる場合もあります。 M&Aの買い手候補者が売り手企業の株式や事業取得の是非を判断できる材料、M&A後に想定される売り手に特有のリスク要因、取得価額を算定するための前提などを明らかにするのがデューデリジェンスの主な目的で、売り手の状況や実態把握を通じて買い手の判断に役立つ情報提供がなされます。 どの視点で売り手を見るかによって、たとえば、経営(ビジネス)、財務、法務、税務、環境、IT(システム)といった括りをした上で、売り手の規模や業種特性に応じてすべての調査がされる場合がある一方で、いずれか単独又は複数での実施となる場合もあります。 中小企業のM&Aでは、なかでも財務の視点が重視される場合が多く、財務デューデリジェンスを行うなかで、買い手の判断に必要と予想される範囲や予算(報酬)の範囲で、経営(ビジネス)をはじめ各視点について多少の検討を加えるのが一般的です。そのため、本稿でも財務デューデリジェンスを前提に話を進めます。 本稿では詳しい説明は省きますが、デューデリジェンスを実施するのは、通常、買い手側についている支援機関です。財務デューデリジェンスですと、多くの場合、公認会計士のいる事務所(個人の公認会計士、監査法人、コンサルティング会社など)が担当します。 それならば安心だ、買い手からすれば売り手の調査は専門家に任せているから、買い手は調査結果をただ待てばよい、と考える買い手企業の経営者は実務上案外多いですが、これは危険です。M&Aは買い手のためにあり、デューデリジェンスは買い手の判断のためにあります。ですから、準備段階から買い手として、調査を通じて何の情報を得たいのか、得られる情報をどのように活用するかなど、主体的にデューデリジェンスの実施機関とコンタクトを取って、デューデリジェンスに対する理解を深める必要があります。 今回は、売り手の調査段階におけるデューデリジェンスのための心得、このうち売り手の資料準備段階におけるポイントを中心に説明します。 2 依頼資料の準備に見える売り手の状況 デューデリジェンスの実施にあたっては、事前に売り手に対して調査や状況の聞き取りに必要な資料を依頼するのが常です。資料依頼するのは調査を実施する機関ですが、買い手としてこの機会に依頼資料から売り手の何を読み取るのかを知っておくとよいでしょう。 《事前依頼資料の例示と資料から読み取れる売り手情報の例》 ◆定款 ● 事業目的 ⇒許認可有無の判断にもつながります。 ● 機関設計 ⇒監査役、監査役会、取締役会など設置必要機関を探ります。役員数、任期も把握します。 ● 株式の譲渡制限の有無 ⇒会社法上のいわゆる公開会社か否かを確認します。 ● 株券発行会社かどうか ⇒株券発行会社の場合、株券紛失事例がよくみられます。 ● 決算期(事業年度) ⇒なぜその決算期になったかを調査時に確認します。 (※) ちなみに、中小企業の決算期の決定で意外に多いのが、顧問の要請(3月や12月決算期の顧問先が集中すると顧問側の業務が一時期に集中するため回避したい)によるもので、売り手が特に意識せずに従ったケースです。決算期は企業にとって大事なもので、企業の置かれている経営環境に応じて定めるものですから、このような決め方や企業重視ではない顧問の姿勢はあまりおすすめできるものではありません。 ◆履歴事項全部証明書 ● 資本金、発行済株式総数の異動状況 ● 役員の異動状況 ● 異動の背景 ◆会社案内 ● 理念 ● 事業の特色 ● 経営者の経営に対する考え方 ● 主要拠点 ◆規程一覧 ● 社内規程を一覧化できているか ● 更新状況と頻度 ◆各種規程 ● 規程の数 ● 規程の充実度(質)・充足度 ● 制度の把握 ⇒退職金制度など売り手の制度の有無や適用状況を把握します。 ◆組織図 ● 主な事業と各事業部門の概要 ● 組織方針 ● 各部門の人数バランス(人数や所属者が組織図に掲載される場合) ◆株主名簿、親族関係図 ● 株主構成と持株割合 ● 親族株主 ● 不明株主の有無 ● 交渉時の留意点の事前把握 ● 取得価額の算定材料 ● (可能ならば)異動時期や経緯 ◆従業員名簿、給与台帳 ● 世代バランス ● 従業員の定着度 ● 給与・賞与・法定福利の負担程度 ● キーパーソンの存在 ● 属人的か否かの判断 ◆株主総会議事録 ● 議事録の保管状況 ● 適法・適切に開催され記録が残っているか ● 決議事項 ● 準備金(積立金)や配当政策・方針 ◆取締役会議事録 ● 議事録の保管状況 ● 適時、適切に開催され記録があるか ● 毎回の議題と議事内容 ⇒きちんと議論されているか、形骸化していないか。 ◆稟議書 ● 稟議制度の有無 ● 決裁が組織的に行われているか、社長や特定権限者により属人的に行われているか ● 例外や逸脱が多くないか ◆注文書・契約書・請求書・領収書などの書類の束 ● 作成・入手状況(抜けがないか)と保管状態 ● 帳簿書類や各書類との整合性 ● 更新が必要な契約を失念していないか ◆決算書類 ● 過去からの推移と経営状況の把握 ● 不明事項の事前洗い出し ● 役員や株主などの特定の利害関係者との取引の有無 ● 取引依存先や主要取引先の把握 ● 長期滞留の疑いの事前理解 ● 時価評価が必要な項目の特定 ● 会計方針の把握 ● メインバンクや主な取引銀行の理解 ◆試算表、総勘定元帳、仕訳日記帳 ● 月次決算に要する日数 ⇒直前の月次決算書が何ヶ月遅れで入手可能かで決算レベルや精度を推しはかります。 ● 自社内で完結しているか、顧問への依頼や丸投げ体制になっているか ⇒データ出力の仕方が分からないという場合は、決算内容を把握できていない可能性があり、決算内容に関する説明や資料入手を顧問経由で行わないといけないかもしれません。 ◆決算書の勘定科目ごとの依頼資料 ● 決算ファイルの有無と資料の整備状況 ● 決算処理の精度 ● 社内管理体制のレベル感 3 依頼資料の準備状況に見える売り手企業の特性 依頼資料の準備状況や対応状況から、たとえば次のような売り手企業の特性をつかむことができます。 こうしてみると、調査に入る前の段階からすでに、ある程度の売り手企業の状況や事務処理などのレベルが分かります。資料準備では、企業の素の部分や、企業の姿勢が出やすい面があり、いかに普段から社内体制を整備しておくのが大事かを思い知ることになるのです。その意味で、中小企業のM&Aではこうした過程も軽視してはなりません。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第34回】 「決算書の勘定科目を素読せよ」 公認会計士 石王丸 周夫 1 同じ科目を2つ載せてしまったミス 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 【事例34-1】 連結損益計算書で同じ科目が2つ記載されている。 (出所) 株式会社フェイス「第28期 定時株主総会招集ご通知(訂正前のもの)」 特別損失の内訳に「投資有価証券評価損」が2つ記載されています。この連結損益計算書を見た人は、なぜ2つあるのか不思議に思うはずです。2つに分ける以上は、その違いを明示しなければなりませんが、そうなっていません。注記にでも書いてあるかと探してみても、そうした記載はやはりどこにもありません。したがって、「これは間違いではないか」と思うわけです。 実際、これは間違いでした。 この会社は、【事例34-1】を含む定時株主総会招集通知を2020年6月2日に公表していますが、訂正版を2020年6月9日に公表しています。訂正版によると、【事例34-1】で「投資有価証券損 7,088」となっていたのは、正しくは「投資有価証券損 7,088」でした。「投資有価証券損」と「投資有価証券損」の書き間違いだったのです。 2 ミスは起こらないに越したことはない 人間は誰しもこうしたミスを犯してしまうものです。限られた時間内で膨大な量の開示資料を完成させるのは、並大抵なことではありません。「この程度のミスであれば、訂正をすればそれでよい」そういう考え方も確かにあります。 しかし、訂正には手間もかかります。決算情報の修正というのは、1ヶ所修正すると、それに連動して複数箇所を修正しなければならないことがよくあります。【事例34-1】の場合は、他の箇所への波及はなかったようですが、連結計算書類の間違いが発覚すると、それに連動して事業報告の記載も修正になることがあります。上場会社であれば決算短信や有価証券報告書で同様のミスが起きることもあります。同様のミスをもれなく直すことに多大な労力を費やしているのです。 修正作業が終われば、今度はその報告も行わなければなりません。すでに間違った版を渡してしまった関係者に訂正報告するとともに、訂正版を届けるのです。訂正の内容によっては、修正作業に入る前に、間違いがあった旨だけを先に伝えなければいけないこともあるでしょう。そうした関係各方面との調整も、これまた大変です。 トラブル対応の担当者には、その後のスケジュールにも影響が及びます。本来その時期に予定していた別の業務を後回しにすることになり、仕事がどんどん遅れていくからです。 要するに、“この程度のミス”であっても、起こらないに越したことはないのです。 3 素読のススメ では、【事例34-1】のミスの防止・発見法を考えていきましょう。 決算開示資料の作成作業には、人間の手作業による部分がどうしても多いため、ミスを防止することは困難です。したがって、起きてしまったミスを公表前に発見して修正することが適切な対処法になります。 【事例34-1】のミスは、勘定科目名の記載ミスでした。同じ科目が2つ記載されるというミスです。これは極めて容易に発見できるミスです。できあがった連結損益計算書を手に取り、科目名を上から順に読み上げていくだけで気がつきます。この会社の決算内容に詳しくない人であっても、すぐに気がつくミスです。 公認会計士の会計監査では、誰もが例外なくそうしているかどうかは知りませんが、筆者個人の考えとしては、勘定科目名の素読は大事な監査手続だと思っています。同様に、決算書の作成者が自己点検するに際しても、周囲の人に迷惑にならない程度に、小声で上から順に読んでいくということを実践すべきです。その際、科目の意味や内容は二の次で構いません。「常識的に考えて異常がないかどうか」という1点だけに注意して素読するのです。 経理の専門家が、決算書を作成するときに最も注意を向けるのは「数字」ではないでしょうか。その場合、人間の注意力には限界があるので、数字に多くの注意を向けた結果、それ以外のところに向ける注意力が不足してしまう可能性があります。勘定科目に注意を向ける機会をしっかり確保するためにも、素読が効果的だと考えます。 〈今回のまとめ〉 できあがった決算書の自己点検として、勘定科目を上から順に素読するとよいでしょう。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例32】 「空き家をDIY型賃貸借契約に利用する場合の留意点」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、相続をした空き家を所有していますが、住環境や都市圏へのアクセスが比較的良いことから、自己負担で改修するので、安く賃借させてもらえないかとの問合せを受けました。当分、空き家を利用・処分をする予定もなかったので、前向きに検討しています。 賃借人に改修工事をさせて賃貸借契約を締結する上で、どのようなことに留意するべきでしょうか。 1 はじめに 全国的に空き家が増加している状況を受け、国土交通省を中心に、個人の所有する空き家を賃貸住宅として流通させる取組みが行われている。その取組みの中心になっているのが、DIY型賃貸借契約の利用である。 これまでもDIY型賃貸借契約は利用されてきたところであるが、近時は、リモートワークの普及に伴って地方都市への移住の機運も高まっており、その利用が注目されるところである。 そこで、今回は賃貸人がDIY型賃貸借契約を締結する際の留意点を検討することとしたい。 2 DIY型賃貸借契約の特徴 DIY(Do It Yourself)型賃貸借契約とは、法律上の定義はないが、一般的には、費用負担者の主体にかかわらず、借主の意向を反映して住宅の改修(設備や造作の取替え又は取付けを含む)を行うことができる賃貸借契約をいうものとされている。たとえば、賃借人が自らの費用負担で、外壁や壁紙等を変更し、その代わりに賃料を相場よりも低廉なものに設定するものから、サブリース事業者のような転貸人が介在して行われる比較的複雑なものまである。 一般的な賃貸借契約においては、賃借人が賃借物に附属させた物は、当該附属物が賃借人の所有に属する場合だけでなく、付合によって賃貸人の所有に属することになった場合であっても、賃借人は収去義務を負うことが前提となっている(民法第622条、同第599条第1項本文)。また、契約終了時点において、附属させた物に係る費用償還請求権や造作買取請求権が問題になることもある。 このことを踏まえ、DIY型賃貸借契約は、契約締結時点において、①契約期間中及び明渡時の附属物に関する所有権の帰属、②契約終了時の収去義務や原状回復義務の有無、③費用償還請求権や造作買取請求権の有無を詳細に合意しておくところに特徴がある。 3 定期賃貸借契約の利用の可否について 賃貸人は、DIY型賃貸借契約を締結するにあたって、定期建物賃貸借契約を利用するかを検討することもあるように思われる。空き家の所有者である賃貸人は、当該空き家を当分の間利用する必要性が低いことが想定されるが、将来の利用の可能性が見込まれるのであれば、定期建物賃貸借契約を選択し、必要に応じて期間終了前に再契約の合意を締結するべきである。 この時、賃貸人は、定期建物賃貸借契約に係る契約書とは別に、賃借人に対し、契約の更新がなく、期間満了によって賃貸借が終了する旨記載した書面を交付して説明しなければ、賃借人の認識にかかわらず、定期建物賃貸借契約としての効力を有さず、普通建物賃貸借契約となるため留意が必要である(最判平成24年9月13日民集66-9-3263)。 また、DIY型賃貸借契約を定期建物賃貸借にする場合、相当の資本を投下して居住等のために改修を行っていることから、賃貸期間は1年以上になることが多いと考えられる。この場合、賃貸人は、再契約の合意をせず契約を終了させるためには、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に、賃借人に対して期間満了によって賃貸借が終了する旨の通知をする必要がある(借地借家法第38条第4項)。 このように、個人の賃貸人が定期建物賃貸借契約を利用する場合、契約期間の管理を適切に行う必要がある。賃貸人がこれを怠り、上記の通知期間経過後も賃借人に利用を継続させた場合、契約終了通知を送達することによって6ヶ月経過後に契約を終了させることはできるものの(同項)、期間満了時点からの経過時間や賃貸人の言動(賃料を継続して受領し続けていた等)等の事情によっては、再契約の合意が認められるおそれもある。 4 改修工事を念頭に置いた留意点 賃借人は、賃貸人の所有物である空き家に関して、賃貸人の承諾がなければ、改修工事を行うことはできないのが原則である。特に、建物の外観や躯体部分に影響のある改修工事については、慎重な考慮が必要である。賃貸人としては、賃借人から改修工事の内容について書面で提出させ、工事内容の是非を判断し、実際の工事に当たっては、必要に応じて立会いをし、是正を求めること等を合意しておくべきである。 また、賃貸人は、空き家が老朽化したものである場合、賃借人による改修工事に際して第三者に損害が生じた場合の対応も検討しておく必要もある。この点に関して、民法第717条に基づく工作物責任は、占有者が一次的に損害賠償責任を負わせているところ、ここでいう「占有者」は、当該被害者に対する関係で工作物から生ずる危険を管理、支配し、損害の発生を防止し得る地位にある者とされている。 賃貸人は、間接占有者であるため、そのことのみをもって同条の占有者には該当するとは考えにくいが、賃貸人が当該空き家から生じる危険を管理・支配し、損害の発生を防止する地位にある場合には、同条の占有者に該当する可能性があることになる。 賃貸人が民法第717条の占有者に該当するかの問題は、賃借人に十分な賠償能力がない場合に顕在化する。なぜなら、民法第717条は所有者が二次的に損害賠償責任を負う場合を、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときと規定しているにとどまり、賃借人が賠償能力のない場合を、所有者が損害賠償責任を負う場合に含めていないからである。このような場合に、第三者が、賃貸人に対して、改修工事の是正権や立会権を有していることを理由に、占有者として損害賠償請求を行う可能性がある。 もっとも、賃貸人は賃借人が行う改修工事を承諾したに留まることから、一般的には賃貸人が空き家から生ずる危険を管理支配していると認められる事案は限られるように思われる。賃貸人としては、賃借人との間で、①改修工事に際して第三者に損害が生じた場合に、賃借人の負担と責任で被害者に対応することや、②改修工事に関する付保書類を提出すること等を合意しておくべきである。 (了)
〈知識ゼロからでもわかる〉 ブロックチェーン技術とその活用事例 【第5回】 「公共サービス×ブロックチェーン(後編)」 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 今回は前回に引き続き、行政機関におけるブロックチェーンの活用事例を紹介しながら、概説を行うこととする。 1 身分証明・本人確認 世界には公式な法的身分証を持たない人が11億人以上もいると言われており、日本のように本人確認書類の取得がしやすい国・地域ばかりではない。紛争が続いている、政治不安がある国・地域では、住民に対して本人を確認する手段を提供できていない国・地域があり、本人確認書類がない場合には、医療や教育、金融サービスが容易には受けられない。 このような人々に法的身分証を提供する国連支援プロジェクト「ID2020」の一環として、ブロックチェーンを使用したデジタルIDネットワークを構築しようという動きがある。これを使えば、難民などの個人が、自分が誰であるかを証明することが可能になり、医療や教育、金融サービスなどの個人サービスを受けることが可能となる。当該ネットワークでは、ブロックチェーンを使い様々な組織にある既存の記録保管システムと接続し、利用者はこれらのシステムを通じて資格証明を取得できるようにするというものである。個人の機密情報の保存、転送、そして認証は、より安全な方法が必要であり、ブロックチェーンの活用が重要となる。 一方、日本においては、多くの国民が当たり前のように運転免許証や健康保険証、マイナンバーカードなど本人を確認するものを保有している。ブロックチェーンの活用により、本人証明取得のための印鑑文化や、各種契約時(携帯電話、銀行口座開設等)の際の本人確認のための書類提出等のプロセスを変更できる可能性がある。 2 医療データ・電子カルテ管理 医療業界では、データ管理が紙のカルテから電子カルテに発展するなどし、他の業界に比べてIT化が進んでいる。しかし、当該データは依然として病院、施設ごとに独自の管理システムで管理がされているため、患者の過去の情報がわからないまま診断が行われている。 今後、患者の医療情報を管理・共有することで、過去の病歴を把握した上で診断が実施でき、医療用画像や診断データの改ざんを防止し、予約や支払いも一元管理できるといったことがブロックチェーンで可能となる。 3 法的証拠・裁判記録 現代の裁判において、法廷に提出される物的証拠はWi-Fiのアクセスデータやプロバイダーのログ、また電子メールやコンピュータのハードドライブに保存されているデータ、スキャンした文書など、電子的な形態のものが圧倒的に多い。 主張を証明する証拠の提示は非常に重要であり、裁判でこれを適切に行うためには、全ての証拠がきちんと管理されていなければならない。主張の立証に必要となるあらゆる電子データをブロックチェーンに書き込むと、コピーや改ざんは実質的に困難になるので、証拠隠滅や紛失の恐れはなくなる。そのため、ブロックチェーン上の記録は証拠となり得るであろう。 (了)