ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第18回】 「改正公益通報者保護法とハラスメント」 弁護士 柳田 忍 【Question】 2022年6月までに施行される予定の改正公益通報者保護法においては、一定の事業主に対して、いわゆる内部通報に対応するための体制を整備する義務が課されたと聞きました。当社にはハラスメント事案に関する相談窓口がありますが、当該相談窓口に寄せられた相談についても改正公益通報者保護法の対象になるのでしょうか。 また、ハラスメント事案の取扱いについて、改正公益通報者保護法上、注意すべき点があれば教えてください。 【Answer】 暴行や脅迫、被害者の自殺などを伴うハラスメントについては改正公益通報者保護法の対象事実の通報となり得ます。よって、企業は、通報を受けたハラスメント事案が改正公益通報者保護法の対象事実に該当する可能性があることを前提に、ハラスメント防止体制の見直しなどを行う必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 改正公益通報者保護法の概要 公益通報者保護法は、事業者内部の者からの公益通報(以下「内部公益通報」という)を通じた法令違反行為の発生の防止等を目的に2004年に制定されたが、同法施行後も重大な企業不祥事が相次いで発生したことから、2020年6月8日、改正公益通報者保護法(以下「改正法」という)が制定され、事業者に対して、内部公益通報に適切に対応するために必要な措置等をとることが義務づけられることになった(※1)。同法は2022年6月までに施行される予定であるが、これに先立ち、2021年8月20日に事業者がとるべき措置の具体的な内容を示した指針(改正法11条4項)(以下「指針」という)(※2)が公表された。 (※1) 常時使用する労働者300人以下の企業は努力義務。 (※2) 消費者庁「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号)」。 公益通報者保護法は、一定の対象事実(以下「通報対象事実」という)に関する内部公益通報を対象とするものであるが、一部のハラスメントは通報対象事実に該当する。 そこで、以下において、どのようなハラスメントが公益通報者保護法の対象となるかを説明し、指針において示された措置に関して、ハラスメントとの関係で特に注意すべき点について、消費者庁の「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書」(※3)(以下「報告書」という)等をもとに論ずるものとする。 (※3) 消費者庁が開催する「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会」が2021年4月に公表した報告書。指針は同検討会における審議結果を踏まえて策定された。 2 「通報対象事実」とハラスメント 改正法は、公益通報者保護法の別表に定める法律(刑法等)において、罰則(刑事罰、過料)(※4)の対象となり得る行為のみを通報対象事実としている(改正法2条3項1号)。 (※4) 現行法においては、通報対象事実は刑事罰の対象となる行為に限定されている。 ハラスメント行為は、原則として人格的利益の侵害として民事上違法となるにとどまるが、パワーハラスメントが暴行や脅迫を伴うものである場合には、刑法の暴行罪(刑法208条)や脅迫罪(刑法222条)の通報として、また、セクシャルハラスメントが暴行や脅迫を伴うものであれば、強制わいせつ罪(刑法176条)等の通報として、通報対象事実の通報となる。また、自殺の結果を伴う重大なハラスメントについては、暴行・脅迫等に該当しないとしても、業務上過失致死傷罪(刑法211条)の構成要件に該当する場合はあり、同罪の通報対象事実の通報となり得る(※5)。 (※5) 山本隆司他「解説 改正公益通報者保護法」130頁脚注86及び131頁脚注87(弘文堂、2021年) 3 指針の概要とハラスメント事案における主なポイント (1) 「公益通報対応業務従事者」の定め(指針第3) 企業は、「公益通報対応業務従事者」を定める義務を負う(改正法11条1項)。 「公益通報対応業務従事者」(以下「従事者」という)とは、内部公益通報を部門横断的に受け付ける窓口(以下「内部公益通報受付窓口」という)において受け付ける内部公益通報に関して、内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置をとる業務(以下「公益通報対応業務」という)を行う者を指す(改正法11条1項)。もっとも、内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置の全て又はいずれかを主体的に行う業務及び当該業務の重要部分について関与する業務を行う者でなければ「従事者」には該当しない(例えば、社内調査等におけるヒアリングの対象者などは「従事者」に該当しない)(報告書第1の1(1)・6頁、第2の1・20頁)。 改正法は、従事者又は従事者であった者に対し、公益通報対応業務に関して知り得た公益通報者を特定させる事項(公益通報者を排他的に認識できる事項)を、正当な理由なく漏らしてはならないとの守秘義務を課したうえで、これに違反した従事者への刑事罰を定めている(改正法12条、21条)。ここでいう「正当な理由」とは、通報者から同意を得られている場合や、法令に基づく場合、調査等に必要である範囲の従事者間で情報共有する場合等が想定されている(報告書第2の1・19頁)。 このように、「従事者」は罰則適用のリスクに晒されることになるが、従業員をかかるリスクから守るために、事業者外部(外部委託先等)の者を従事者として指定することが考えられる。弁護士を従事者として指定することも考えられるが、顧問弁護士を内部公益通報受付窓口とする場合は、以下の点に留意する必要がある(報告書第1の1(2)イ・11頁)。 ハラスメント行為にかかる内部公益通報については、従事者が調査や是正措置等を実施する過程において、被害者が誰であるかを関係者に開示せざるを得ない。この点、ハラスメント事案においては、一般に、被害者と公益通報者とが同一人物であることが多いことから、被害者が誰かを開示するということは、すなわち、公益通報者が誰であるかを推認させることを意味する。このような場合にも、従事者が公益通報対応業務に関して知り得た公益通報者を特定させる情報を漏らしたと評価され、刑事罰の対象とされるのであれば、従事者による適正な調査や是正措置等の実施の妨げになるおそれがある。 そこで、ハラスメントが公益通報に該当する場合等において、公益通報者が通報対象事実に関する被害者と同一人物である等のために、調査等を進めるうえで、公益通報者の排他的な特定を避けることが著しく困難であり、当該調査等が法令違反の是正等に当たってやむを得ないものである場合には、「正当な理由」が認められると解されている(報告書第2の1・19頁)。 ハラスメント事案については、被害者からの通報内容等を関係者や加害者に共有することについて被害者の同意が得られないことを理由に調査等が行われないケースがしばしば見られるが、上記は、被害者(通報者)の同意が得られないままに関係者に通報内容等を共有することを正当化するものである。すなわち、上記のような場合には、被害者(通報者)の同意を得られなかったという事情は調査等を実施しないことの正当化事由にはならない可能性がある点に留意する必要がある。 (2) 内部公益通報受付窓口の設置等(指針第4の1(1)) 企業は、内部公益通報受付窓口を設置し、当該窓口に寄せられる内部公益通報を受け、調査をし、是正に必要な措置をとる部署及び責任者を明確に定めなければならない。 内部公益通報受付窓口が他の通報窓口(ハラスメント通報・相談窓口等)を兼ねることは可能であるため(報告書第1の1(1)ア・7頁)、ハラスメント防止措置として既に設置済みの相談窓口において内部公益通報を受け付けることも可能である。実際、通報者が通報の段階で、通報しようとするハラスメント行為が通報対象事実に該当するのか否かを判断することは困難であることから、通報対象事実たるハラスメント行為の通報とそれ以外のハラスメント行為の通報を同じ窓口で受け付けざるを得ないことになろう。 もっとも、上記のとおり、窓口担当者や調査担当者等は、「従事者」として通報対象事実の取扱いについて罰則適用のリスクを負担しながら業務を遂行することになるため、通報を受け付けたハラスメント事案が通報対象事実に該当するか否かを極力早い段階で判断するといった窓口運営等を行うことにより、窓口担当者や調査担当者等の負担を軽減することが望ましい。 また、社内の従業員のみならず、退職者や役員も利用できるものでなければ「内部公益通報受付窓口」には該当しない点について、注意が必要である。 (3) 範囲外共有等の防止に関する措置(指針第4の2(2)) 企業は、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有すること(範囲外共有)等の防止に関する措置を実施する義務を負う。公益通報者が、自らが公益通報したことを他者に知られることをおそれて公的通報を躊躇する事態を防ぐためである(報告書第1の2(2)・12頁)。 特に、ハラスメント事案等で被害者と公益通報者が同一の事案においては、公益通報者を特定させる事項を共有する際に、被害者の心情にも配慮しつつ、書面によるなど同意の有無について誤解のないよう、当該公益通報者から同意を得ることが望ましいとされている(報告書第1の2(2)・13頁)。 すなわち、上記のとおり、ハラスメント事案においては被害者が誰であるかが多くの関係者に知れ渡ることになり、また、一般に、被害者=通報者であることが多いと認識されていることから、調査等の過程において公益通報者が特定される可能性があることなどを被害者(通報者)に説明したうえで、被害者(通報者)の同意を取得するべきであるということになろう(被害者の同意を得る際に説明すべきその他の事項としては、拙稿第5回参照)。 4 結語 以上の点に注意しつつ、企業においては、ハラスメント防止体制等について、再度確認を行うなどすべきである。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第21回】 「令和3年民法改正(不動産登記法)の影響」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 川上 邦久 〔質 問〕 ①令和3年民法改正(不動産登記法)(以下「令和3年改正」といいます)の概要を教えてください。 ②令和3年改正による改正事項で、契約実務に影響するものはありますか。 ③令和3年改正による改正事項で、他に税理士業務に影響するものはありますか。 〔回 答〕 ①基本的には、いわゆる「所有者不明土地問題」に対処するための改正ですが、実際の改正の内容は、それだけに留まらず、共有制度や相続制度に大きな影響のある改正となっています。 ②共有制度が見直され、「共有者全員の同意」を得ることなく、「持分価格の過半数の同意」でできることが具体化されました。 ③相続制度が見直され、相続開始から10年が経過した後は、遺産分割にあたって、寄与分や特別受益の主張ができないものとされました。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 令和3年民法改正(不動産登記法)の概要 近年、相続登記・住所変更登記がなされないことなどが原因で、不動産登記を見ても所有者が判明しない、あるいは所有者に連絡することができない不動産が増加している(平成29年度に国土交通省が実施した調査結果によれば、筆数を基準として約22.2%の土地がこのような状態にあったということである)。 このような不動産については、そもそも取引価値の乏しい不動産であることが多く、所有者による管理がなされないことで、不動産そのものの荒廃(災害時の被害拡大、環境・治安悪化)を生じさせていることや、用地買収や民間取引の際の障害となっていることが、社会問題として指摘されてきた。 令和3年改正は、基本的には、上述したいわゆる「所有者不明土地問題」に対処するために行われた改正である。 その主な中身は、①遺産分割における具体的相続分の期間制限、②相続登記の義務化、③住所等の変更登記の義務化であり、これらはいずれも、相続登記・住所変更登記がなされないことによる「所有者不明土地問題」に直接的に対処するものになっている。 ところが、改正の中身全体を見ると、単に「所有者不明土地問題」という事態に限定することなく、一般的な形で、基本法である民法を改正するものになっており、共有制度や相続制度への影響が大きいものと考えられている。 令和3年改正については、最短のもので、公布の日(令和3年4月28日)から2年以内に施行されるとされており、実際の施行はまだ先(未定)となっているが、契約実務、税理士業務への影響を押さえておいていただくことが有益である。 2 契約実務に影響する改正事項 令和3年改正による改正事項は多岐にわたるが、中でも契約実務への影響が特に大きい制度変更として、共有制度の見直しが挙げられる。 令和3年改正では、「共有関係の解消」に関する規定の見直しもなされているが、本稿では、税理士業務の中でも頻繁に登場するものと思われ、特に契約実務への影響が大きいと思われる「共有物の変更・管理」に関する規定の見直しについて取り上げる。 現行法では、共有物については、民法249条から264条までの規定があり、共有物の変更・管理については、以下の規定が置かれている。 【改正前民法】 令和3年改正においても、①変更行為(共有者全員の同意が必要)、②管理行為(持分価格の過半数の同意が必要)、③保存行為(他の共有者の同意を得ることなく各共有者で可能)という、現行法の基本的な枠組みは維持されている。 令和3年改正のポイントは、「共有者全員の同意」を得ることなく、「持分価格の過半数の同意」でできることを具体化したところにある。 第一に、現行法の下では、変更行為の意義及び範囲について明文化されておらず、変更行為にあたるかどうかが明らかでないので、争いがある場合には、共有者全員の同意を得るために本来必要とは思われない譲歩を強いられる、あるいは変更行為自体を断念せざるを得ない、という問題があった。 そこで、令和3年改正では、共有物の変更行為のうち、共有物の形状又は効用の著しい変更を伴わないもの(いわゆる軽微変更)については、持分価格の過半数で行うことができるとされた(令和3年改正による改正後の民法(以下「改正後民法」という)251条1項括弧書き及び同法252条1項)。 これでも不明確な部分は残るものの、変更行為を実施しようとする共有者としては、より理論武装をしやすくなったものと考えられる(なお、所在不明の共有者がいる場合は、裁判所の許可を得て、その共有者を除いた共有者全員の同意により変更行為を実施できるようにするという制度も導入された)。 【改正後民法】 第二に、現行法では、①共有物を事実上使用する共有者がいる場合に、他の共有者に共有物を使用させようとするとき、②既に決定された利用方法を変更しようとするときには、共有者全員の同意が必要という見解が有力であり、このような場合に、共有者全員の同意(特に現に共有物を使用している共有者の同意)が得られずに断念せざるを得ない、という問題があった(この問題についてのリーディングケースである昭和41年5月19日最高裁判例でも、現に共有物を使用している共有者に共有物の明渡しを求めるために、何を主張立証すればよいのかが不明確であった)。 そこで、令和3年改正では、共有物を現に使用している共有者がいる場合でも、「共有物の管理に関する事項」として、共有物の利用方法を、原則として持分価格の過半数で決められることが明確にされた(改正後民法252条1項後段)。 そのうえで、既に共有者間で決定された利用方法に基づいて利用している共有者の保護としては、例外的に「特別の影響を及ぼすべきとき」に限り、その共有者の承諾を得る必要があるものとされた(改正後民法252条3項)。 現行法の下では、共有持分を有していれば、共有物の明渡しを求められることは基本的にないと考えることができたが、令和3年改正の施行後は、持分価格の過半数を有する共有者から明渡しを求められる可能性が高まることに、留意する必要がある。 【改正後民法】 第三に、現行法でも、共有物への使用権の設定は、基本的に持分価格の過半数で決められると考えられていたが(昭和39年1月23日最高裁判例)、設定できる使用権の内容については、借地借家法の適用のある借地権や普通借家権を設定することはできない等、ある程度の共通認識はあったものの、必ずしも明確ではなかった。 そこで、令和3年改正では、民法602条の短期賃貸借の上限期間を超えない使用権であれば、原則として持分価格の過半数で設定することができることが明確にされた(改正後民法252条4項)。 【改正後民法】 3 その他税理士業務に影響する改正事項 令和3年改正による改正事項で、その他に税理士業務への影響の大きいものとしては、相続手続に関する改正が挙げられる。 すなわち、相続開始から10年が経過した後(ただし、改正民法施行時に相続開始から10年経過しているものは施行日から5年が経過した後)は、遺産分割にあたって、寄与分や特別受益の主張ができないものとされた(改正後民法904条の3)。 これは、特に相続開始から長期間が経過している相続について、寄与分や特別受益に関するやり取りが遺産分割を困難にしているという認識のもと、遺産分割が成立せずに相続登記がなされないという事態を解消するために導入された規定である。 令和3年改正の施行後は、この規定も念頭に置いたうえで、長期間遺産分割が未了の相続について、いつまでに法的手続に移行する必要があるかを判断する必要がある。 (了)
《速報解説》 各府省庁からの令和4年度税制改正要望が取りまとめられる ~各特例措置の延長の他、コロナ禍受け「地方拠点強化税制」は要件緩和の要望も~ Profession Journal編集部 昨年はコロナ禍の影響で1ヶ月遅れたが、今年は例年通りの日程で来年度(令和4年度)に向けた各府省庁からの税制改正要望が取りまとめられた。 ここ数年は経済活性化を目的に新たな税制措置を要望している経済産業省だが、今回の要望では、制度スタートと同時期にコロナ禍となった「オープンイノベーション促進税制(措法66の13)」や「5G投資促進税制(措法42の12の6)」が来年3月で適用期限を迎えるため一部要件の見直しと2年延長を要望しているほか、交際費課税の特例措置(措法61の4)、中小企業者等の少額減価償却資産(30万円未満)の取得価額の損金算入の特例(措法67の5)について2年延長等を要望している。また、具体的な要望は見られないが、事業承継税制(法人版・個人版)については、「コロナ禍の影響も含め、事業承継の実施状況や本税制の活用状況等を踏まえ、法人版・個人版事業承継税制における円滑な事業承継の実施のための措置について」の検討を要望している。さらにG20/OECDにおけるデジタル課税の国際的な合意に向けた対応として下記の要望が示されており、令和5年度以降の改正を含めた動向について注視が必要と言える。 経産省からは他に、印紙税のあり方の検討(近年の電子取引の増大等を踏まえ、制度の根幹からあり方を検討)や、子会社からの配当及び子会社株式の譲渡を組み合わせた国際的な租税回避への対応の見直し(日本企業の海外での健全な事業活動に過度な負担が及ぶことがないよう本税制の趣旨やビジネス実態を踏まえた所要の見直し)、企業の生産性を向上させる事業再編を円滑化するための所要の措置として「グループ通算制度における、グループ通算子法人のグループ離脱時の取り扱い等について、制度の施行状況や組織再編税制との整合性等を踏まえ、中期的に必要な検討」を行うことが要望されている。 次に国土交通省からは、年末に適用期限を迎える住宅ローン控除(措法41)、住宅取得等資金に係る贈与税非課税措置(措法70の2)等について「住宅投資の波及効果に鑑み、(中略)新型コロナウイルス感染症拡大及びまん延防止のための措置等による影響を含めた今後の経済情勢等を踏まえ、2050年カーボンニュートラルの実現等を図る観点も含め、必要な検討を行い、所要の措置を講じる」よう要望されており、具体的な改正の中身については年末にかけての議論で明らかになる模様。また、住宅リフォーム(耐震・バリアフリー・省エネ・多世帯同居・長期優良住宅)をした場合の特例措置(ローン型・投資型)についてもそれぞれ年末で適用期限が到来することから、2年延長と一部要件の見直しが要望されている(固定資産税の特例も同様)。その他、居住用財産の買換え特例(譲渡益の課税繰延べ、譲渡損の繰越控除等)の2年延長や、所有者不明土地対策として「ランドバンクが取得する土地等に係る特例措置の創設(登録免許税・不動産取得税)」が要望事項として示されている。 内閣府からは、国家戦略特区、国際戦略総合特区に係る各特例措置や沖縄振興に関する各施策の延長等の他、コロナ禍を受け本社機能の地方移転を行う企業を後押しするため「地方拠点強化税制(オフィス減税(税額控除又は特別償却)・雇用促進税制の特例(税額控除))」の2年延長及び、「感染症の影響によるビジネス環境や企業動向の変化等を踏まえた適用要件の緩和等の拡充」が要望されている。地方移転の検討を進めている企業にとって注目の改正と言えよう。コロナへの対応としては他に、令和3年度改正で延長された「特別貸付けに係る消費貸借契約書の印紙税の非課税(新型コロナ税特法11)」について、特別貸付けが延長された場合は当該期限まで延長することが要望事項として掲げられている。 既報のとおり「金融所得課税の一体化に関する研究会」より7月に公表された「論点整理」では、デリバティブ取引への損益通算の範囲拡大に向け、まずは有価証券市場デリバティブ取引について損益通算の対象としていくことが適切とされ、また租税回避のための施策案が提示されているが、今回の金融庁からの要望事項では、この論点整理に準じた要望がなされている(他には「上場株式等の相続税に係る見直し」や「生命保険料控除の拡充」等)。 全体として適用期限をむかえる各特例措置の延長要望が多く、新制度創設や抜本的な見直しは少ないと言えるが、ここ数年の与党大綱では、「相続税と贈与税の一体化(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築)」や「小規模宅地等の特例措置(節税を目的とした駆け込み的な適用等の防止)」、「教育資金、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置(次の適用期限の到来時に制度の廃止も含め改めて検討)」など今後の検討事項とされているものが特に資産税関係に多く、与党税制調査会での年末に向けた議論の動向には注視が必要と言えよう。 (了)
2021年9月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.434を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.104- 「デジタル課税、G20/OECD合意の賞味期限」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 8月12日付の日経新聞に、「パナソニック、家電で機能詰め込み脱却」と題した要旨以下のような記事が掲載されていた。 筆者がこの記事から連想したのは、モノと機能が分離され、機能は後からダウンロードサービスという形で購入(提供)するという、IoTの発達したモノづくりの姿である。 そして、なぜこの内容に注目したかというと、この取組みが、現在G20で議論されているデジタル法人課税の議論と深く関連するからである。 * * * G20/OECDで行われているデジタル課税の議論をわかりやすく言えば、デジタル経済の発達によってPE(恒久的施設)を置くことなく国境を越えるビジネスの展開が可能になったことから、ユーザー(消費者)のいる市場国の税収が落ち込み、それをいかに取り返すかということである。 様々な議論の末、7月には、多国籍巨大企業を対象として、その超過利益の一部を市場国に配分することの大筋合意ができた。 当初の議論では、GAFA等の巨大デジタル企業を対象としていたのだが、「デジタル企業の定義がはっきりしない。GAFAの狙い撃ちはけしからん」という米国の声を受け、全事業(資源・金融などを除く)を対象にすることとなった。 すなわち、この問題はGAFAに限定されたものではなく、冒頭のパナソニックの例のように、IoTを得意とするわが国の大規模多国籍企業にも今後関連してくる話ということになる。 * * * 自動車産業の近未来像も、市場国では付加価値の低い自動車のボディー部分だけを製造し、自動運転に必要なデータや運転のシステムは、わが国からデジタルサービスとして供給(通信)するというビジネスモデルに変わる可能性がある。「第4次産業革命」で唱えられてきた製造業のaaS(アズ・ア・サービス)化ということでもある。 問題は、このようなビジネスモデルが進んでいくと、「市場国」に落ちる法人税収はますます減少するので、彼らとしてはさらなるルール変更に向けた議論が必要だということになる。 究極的なルールとして考えられるのは、現在本店所在地で課税している法人税を、消費税(VAT)のように仕向地(消費者の居住する国、市場国)で課税する方法(仕向地法人税)に変更することである。これは、“法人税の消費税化”とも言えよう。欧州各国で導入され、アジア諸国にも広がりつつあるデジタルサービス税(DST、売上税)は、その変形とも言える。 その意味で、今回のG20/OECDのデジタル課税に関する基本合意、秋に予定されている最終合意は、「最終的なもの」ではない、ということになるのではないか。 (了)
[令和3年度税制改正における] 教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置 税理士 徳田 敏彦 教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置は、父母、祖父母等の直系尊属が30歳未満の子、孫等へ教育資金を信託等により一括して拠出した場合に、受贈者ごと1,500万円(うち、学校等以外に支払う金銭は500万円)まで贈与税が非課税となる制度である。 平成31年に1度目の改正があり、令和3年が2度目の改正となる。令和3年度税制改正における主な改正点は2点である。 1点目が適用期限の延長、そして2点目が管理残額の相続財産への加算及び2割加算の適用についてである。 本稿では改正点に重きをおくため、制度の基本的な内容について触れないことに留意する。 1 適用期限 平成25年4月1日から令和3年3月31日までの適用期限が2年延長され、令和5年3月31日までとなる。 2 管理残額の相続財産への加算及び相続税額の2割加算(相続税法18条)の適用 平成25年4月1日に本制度がスタートした段階では、拠出した金額は、贈与者が死亡した場合に管理残額があっても贈与者の相続財産への加算は行われず、相続税額の2割加算の対象からも外れていた(管理残額とは死亡日における非課税拠出額から教育資金支出額を控除した残高のことをいう)。 しかし、平成31年度改正で、平成31年4月1日から令和3年3月31日までに拠出した金額について、管理残額がある場合には、贈与者の死亡前3年以内の拠出分は受贈者が23歳未満又は学校在籍中等の一定条件に該当する場合を除き、相続又は遺贈により取得したものとみなされ、贈与者の死亡に係る相続税の課税対象となり、相続財産への加算対象とされた。ただし、その場合でも相続税額の2割加算の適用はなかった。 そして、令和3年度改正で、贈与者死亡時における管理残額を、拠出時期と死亡日までの年数にかかわらず、受贈者が23歳未満又は学校在籍中等の一定条件に該当する場合を除き、相続財産に加算するよう改正された。あわせて贈与者の子以外の直系卑属(孫、ひ孫等)への贈与に係る管理残額の一定金額については、相続税額の2割加算の対象となるよう改正された。いずれも令和3年4月1日以後に信託等により拠出された教育資金から対象となる。 改正の推移を一覧表にすると以下となる。 (出典) 国税庁発表資料を一部加工 3 改正点における留意事項 (1) 平成31年4月1日から令和3年3月31日までの拠出分の管理残額のうち相続財産の加算対象外のもの 贈与者の死亡前3年以内の拠出分が相続財産への加算対象となるが、受贈者が贈与者の死亡日において、以下のいずれかに該当する場合には、相続財産には加算しないものとする。 (2) 令和3年4月1日以後拠出分の管理残額のうち相続財産の加算対象外のもの 贈与者の拠出日と死亡日までの年数にかかわらず、管理残額が相続財産への加算対象となるが、受贈者が贈与者の死亡日において、以下のいずれかに該当する場合には、相続財産には加算しないものとする。 (3) 管理残額の相続税額の2割加算について 相続や遺贈、相続時精算課税制度で財産を取得した者が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫(直系卑属)を含む)及び配偶者以外の者である場合には、その者の相続税額にその相続税額の2割に相当する金額を加算する。 教育資金一括贈与制度を利用する場合に、受贈者として孫、ひ孫への贈与が多いと思われるが、代襲相続人でない孫、ひ孫への管理残額は相続税額の2割加算の対象となる。 2割加算については、令和3年4月1日以後拠出分から適用される。 (4) 受贈者の所得制限 平成31年4月1日以後の拠出については、受贈者の前年分の合計所得金額が1,000万円以上の場合には本制度の適用はできない。これは令和3年4月1日以後も同様である。 (5) 管理残額以外の財産を取得しなかった者の相続開始前3年以内贈与加算 管理残額以外に被相続人から相続開始前3年以内に暦年贈与を受けていた場合でも、相続又は遺贈で管理残額以外の財産を取得しなかった場合には、相続財産の加算の適用はない。 ただし、死亡保険金や死亡退職金等のように、相続又は遺贈により取得としたものとみなされる財産を取得した場合には、3年以内贈与加算の適用があることに留意する。 (6) 管理残額の計算及び2割加算の計算について ① 管理残額の算出 この場合の相続財産に加算する管理残額の計算は以下となる。 (※1) 平成31年3月31日以前に取得したものは含まない。 (※2) 平成31年4月1日から令和3年3月31日までの間に取得したもののうち、贈与者の死亡前3年以内に取得したものでないものは含まない。 ② 2割加算の算出 2割加算の対象とならない金額は以下となる。 上記①の事例に当てはめると、2割加算の対象とならない金額は以下となる。 つまり、本事例では令和3年4月1日以後拠出した金額がないため、管理残額はあっても相続税額の2割加算の対象になるものはない。 (7) 管理残額に対する贈与税課税の発生事由 次のいずれか早い日に教育資金口座の契約は終了となり、管理残額が贈与税の課税価格に算入される。 (※) ただし、上記(4)の場合には贈与税の課税価格に算入されるものはない。 (出典) 国税庁パンフレット「祖父母などから教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度のあらまし」 4 今後の動向 本制度創設時点では、管理残額があっても相続税の対象とはならず、受贈者が30歳になった時点で管理残額がある場合に贈与税だけが課税される仕組みであったため、父母、祖父母等の高齢者で金融資産を所有する者の相続税対策として利用されていた。 それから2度の改正を経て、受贈者が23歳未満あるいは学校在籍中等の一定条件に該当する場合を除き、管理残額が相続税課税の対象となり、さらに2割加算の対象となったため、今後の相続税対策として、以前のような利用は減ることが予想される。 しかし、本制度の趣旨である高齢者世代の保有する資産の若い世代への移転、教育資金の早期確保による多様な人材育成、子育て世代を支援し、経済活性化に寄与することという目的での利用は続くであろう。 また、税理士業務として相続税申告を受託した場合には、過去の本制度の利用を必ず確認する必要があることに留意したい。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第1回】 「小規模宅地等の特例の適用となる取得原因と取得者」 税理士 柴田 健次 [Q] 次に掲げる事由で次に掲げる者が被相続人の居住の用又は事業の用に供していた宅地を取得した場合に、小規模宅地等の特例の対象にならないものはありますか。 [A] ②④⑤については、小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用を受けることはできません。 ①③は他の要件を満たせば、特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特例の対象となる取得原因 個人が相続又は遺贈により取得した財産が特例の対象とされています(措法69の4①)。この場合における遺贈には、死因贈与が含まれます(措法69の2①)。 被相続人からの死因贈与以外の贈与は、特例の対象に含まれていませんので、暦年贈与又は相続時精算課税贈与により取得した財産については、特例の適用を受けることはできません(措通69の4-1)。 したがって、④⑤については、特例の適用を受けることができません。 2 特例の対象者 特例の対象者は、被相続人の親族に限られます(措法69の4③)。したがって、相続税の納税義務者であったとしても法人には適用がありません。 親族とは、次に掲げる者とされています(民法725)。 血族とは、血縁関係にある者をいいますが、養子縁組後の親族関係は、養子と養親の間に法定血族関係が生じることになるため、養子は血族として取り扱われます。 したがって、①の従弟、③の養子、④⑤の長男は親族に含まれますが、②の内縁の妻は、親族には含まれませんので、特例の適用を受けることはできません。 《親族の範囲》 ★実務上のポイント★ 実務上は、遺言書の増加により相続人以外の親族が宅地を取得することも増えていますので、親族の範囲をしっかりと確認することが重要となります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第2回】 「遺贈寄付の課税の全体像」 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 遺贈寄付の税務を理解するために、まず、どのようなことが税務上問題になるのか、今回はその全体像を見ていきたい。 1 遺贈寄付が関係する税金 遺贈寄付に関係する税金というと、誰でも相続税のことを考える。しかし、遺贈寄付に関係する税金は、相続税だけではなく、所得税も関係してくる。なぜなら、遺贈寄付をした場合にも、通常の寄付と同様に、寄付金控除が受けられる可能性があるからだ。また、株式や不動産などの現物資産を遺贈寄付した場合には、みなし譲渡課税が課される可能性がある。遺贈寄付に関係する税金としては相続税と所得税がある(場合によっては住民税なども関係する)ということを押さえたい。 2 「遺言による寄付」と「相続財産の寄付」の違い 次に、遺贈寄付に関係するポイントとして、遺贈寄付には、大きく、「遺言による寄付」と相続人による「相続財産の寄付」があるが、このどちらに該当するかによって課税関係は大きく異なってくる、ということを理解する必要がある。 (1) 遺言による寄付 遺言による寄付とは、被相続人の方が、公正証書遺言や自筆証書遺言を遺され、その遺言の中で、非営利団体への寄付などが明記されており、その遺言通りに実行された場合である。遺言による寄付の場合には、寄付者は被相続人である。 遺言に基づく財産の提供の場合には、その財産は遺言の効力が生じたときから法人に帰属したものとみなす。そして、法人は、相続税の納税義務者にならない。したがって、遺言による寄付の場合には、原則として、その財産について相続人の相続税の課税問題が発生することはない。 また、寄付先が国や地方公共団体、特定の公益法人等である場合には、被相続人の準確定申告で寄付金控除を受けることができる。 (2) 相続財産の寄付 それに対して、相続財産の寄付とは、遺言はなく、相続人が非営利団体に寄付をする場合である。相続財産の寄付の中には、被相続人の方の遺志を汲んで行われることもあるし、あるいは、相続人が、相続をした財産から、日頃から支援している団体に寄付をするようなケースもある。いずれにしても、寄付をすることは、最終的には相続人の意思であり、この場合には、寄付者は相続人である。 相続財産の寄付は、その提供財産は、いったん被相続人から相続人に相続され、その後に相続人から法人に寄付されると考える。したがって、原則として相続人に相続税が発生する。しかし、相続又は遺贈により取得した財産を、国や地方公共団体、あるいは特定の公益法人等に相続税の申告期限までに寄付をした場合には、相続税が非課税になる。これが租税特別措置法70条の規定である。 また、寄付先が国や地方公共団体、特定の公益法人等である場合には、相続人の確定申告で寄付金控除を受けることができる。 3 現物寄付によるみなし譲渡課税 不動産や株式などの資産を遺贈寄付した場合で、これらの資産に含み益がある場合には、みなし譲渡課税の対象になることがある。みなし譲渡課税とは、無償又は著しく低い価額で資産を譲渡した場合に、時価で譲渡したとみなして課税するものであり、個人から法人への資産の譲渡は、みなし譲渡課税の対象になる。普段の実務ではなかなか出てこないが、遺贈寄付の場合においては、不動産や株式を遺贈寄付するケースもしばしばあり、その場合、みなし譲渡課税の対象になることがある。 ただし、これらの財産を公益法人等に寄付をした場合に、その寄付が一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたときは、所得税を非課税とする特例がある(租税特別措置法40条)。 また、寄付先が国や地方公共団体、特定の公益法人等である場合には、現物寄付であっても、寄付金控除の対象になる。したがって、このみなし譲渡所得分に寄付金控除が適用される場合もある。ただし、寄付金控除は、総所得金額等の40%が限度とされており、必ずしも寄付をした資産の全額が寄付金控除の対象になるわけではない。 含み益のある現物資産を遺贈寄付しようとする場合には、みなし譲渡課税にどのような対策を取っておくのか、ということが、税理士に求められるケースになることがある。 以上をまとめると、以下の通りである。 《遺贈寄付の課税の全体像》 (※1) 租税特別措置法70条の非課税規定あり。 (※2) 租税特別措置法40条の非課税規定あり。 * * * 次回から、「遺言により現預金の寄付をした場合」、「相続人が現預金の寄付をした場合」、「遺言により現物の寄付をした場合」、「相続人が現物の寄付をした場合」の順序で、詳しい内容を解説していきたい。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例33】 「業績悪化事由による賞与の減額と事前確定届出給与」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内の下町において作業工具の製造及び販売を行う株式会社A(3月決算法人)において経理担当の課長を務めております。当社は創業以来50年以上、下町の町工場として地道に事業を継続してきましたが、その技術力はNASAや航空機メーカーから直接注文が来るくらい一流であると自負しております。そのためなのか、当社の業績にはかなりムラがあり、高度な工具の受注が多数入り売上が大幅に伸びる期もあれば、その反動で売上が落ち込み損失を計上する期もあります。 わが社においては、業績を左右するような大口の商談は、担当の役員が競って受注する状況であるため、業績に貢献した役員に対しては賞与で報いるという方針を採っております。その場合の賞与の支給形態ですが、ここ数年は前年実績に応じた事前確定届出給与によっております。 ところが、先日受けた税務調査で当該事前確定届出給与の損金性が問題となりました。A社の取締役のうちBとCに対して、前事業年度について事前確定届出給与としてそれぞれ夏季に300万円、冬季に500万円支払うものとして届け出ていましたが、夏季賞与については届出通り支払ったものの、冬季賞与については100万円に減額して支給していました。 冬季賞与について届出額から減額支給した理由は、コロナ禍の影響でA社の資金繰りが急速に悪化し、満額支払うことは極めて困難ということで、支給日直前の臨時株主総会及び取締役会で減額決議がなされたというものです。今回の減額支給は、会社法に定められた正当な手続きを経て行ったものであり、役員給与の支給で問題となりがちな「恣意的な」利益調整の側面は全くないものと考えられるため、夏季・冬季とも全額損金算入されるべきものと認識しております。 それに対し調査官は、届出通り支払っていない場合には、すべて事前確定届出給与に該当せず、減額した冬季のみならず、届出通り支払った夏季も全額損金不算入であると主張しております。調査官のこのような主張は、極めて理不尽ではないかと感じているのですが、果たして法人税法の解釈として正当といえるのでしょうか、教えてください。 〇 事前確定届出給与の届出内容(変更前)とその変更後の内容 【A】 本件のように、事前確定届出給与につき、取締役に対して届出通り賞与を支給していない場合であっても、業績悪化改定事由に該当するときには、変更の届出期限(改定事由が生じた日から1ヶ月以内)までに減額した金額を届け出ていれば、損金算入が認められます。 しかし、この業績悪化改定事由による減額に係る変更の届出を提出しておらず、また、その提出がなかったことについてやむを得ない事情がない場合には、届出の対象となったすべての賞与(夏季・冬季いずれも)につき損金不算入となるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員給与の損金不算入 よく知られるように、平成18年度において抜本的な改正がなされた後の役員給与に関する法人税の取扱いの特徴は、役員給与は原則「損金不算入」となったということである。これは法人税法第34条第1項(役員給与の損金不算入(※1))の規定ぶりが、内国法人がその役員に対して支給する給与のうち次の3類型に該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない、となっていることがその根拠である(※2)。 (※1) 例えば、新日本法規編『実務税法六法(令和3年版)』の法人税法第34条のタイトルはこうなっている。 (※2) ちなみに、改正前の旧法人税法第34条第1項では、役員報酬のうち不相当に高額な部分の金額については損金の額に算入しないとなっており、原則は損金算入であるが、一定の報酬については例外的に損金不算入であるという規定ぶりであった。この規定ぶりは、別段の定めとして損金不算入を規定している他の規定(資産の評価損の損金不算入等(法法33)、寄附金の損金不算入(法法37)など)と平仄が合っており、改正後の役員給与の規定ぶりの特異性が際立っているといえる。 (2) 事前確定届出給与の損金算入 上記(1)①~③のうち、事前確定届出給与とは、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の「定め」に基づいて支給する給与(定期同額給与及び利益連動給与を除く)で、一定の届出期限までに所定の事項を記載した書類を納税地の所轄税務署長に届け出ることにより損金算入が認められる役員給与である(法法34①二)。 事前確定届出給与の届出期限であるが、以下のア~ウによりそれぞれ異なってくる。 ア 定時株主総会等の決議による場合 定時株主総会等の決議による場合、以下の①又は②のいずれか早い日となる(法令69④一)。 (※3) 法人の財産及び損益の計算の単位となる期間をいう(法法13①)。 イ 新設法人の場合 また、新設法人の場合は、その役員の設立の時に開始する職務につき、所定の時期に確定額を支給する旨の定めをしたときには、その設立の日以後2ヶ月を経過する日までとなる(法令69④一カッコ書)。 ウ 臨時改定事由の場合 さらに、臨時改定事由が生じた場合、次の①と②のいずれか遅い日までに、当該臨時改定事由に係る役員の職務について新たに「所定の時期に確定額を支給する旨の定め」に関する届出を行うことにより、事前確定届出給与として損金算入が認められる(法令69④二)。 ここでいう「臨時改定事由」とは、その役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情により改定されたもの(法令69①一イにいう「通常の改定」に該当するものを除く)をいう(法令69①一ロ)。 (3) 事前確定届出給与の届出内容の変更 事前確定届出給与に関し既に届出を行っている法人が、当該届出(直前届出)の内容を変更する場合で、それが以下の2つの事由によるときには、それぞれに掲げる日が届出の提出期限となり、その提出により損金算入が可能となる(法令69⑤)。 (※4) 業績悪化改定事由により変更の届出を提出するケースにおいては、通常減額改定を行うものと考えられるが、施行令でわざわざこのような条件を付す理由は、例えば、業績悪化により単に支給のタイミングを後ろにずらすというのは適用対象外であるということを意図してのものであろう。 (4) 事前確定届出給与の損金性について争われた事例 本件のように、事前確定届出給与の支給額につき、届出額と異なる金額を支給した場合の損金性について争われた事案(東京地裁平成24年10月9日判決・訟月59巻12号3182頁、TAINSコード:Z262-12060)があるので、以下で確認しておきたい。 ① 事案の概要 本件は、超硬工具の製造及び販売等を業とする内国法人である原告が、本件事業年度中にその代表取締役甲及び取締役乙に対して支給した役員給与のうち、冬季賞与は法人税法第34条第1項第2号の事前確定届出給与に該当し、その額は原告の本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されるとして、本件事業年度の法人税の確定申告をしたところ、川崎北税務署長(処分行政庁)から、平成22年6月29日付けで、上記冬季賞与は事前確定届出給与に該当せず、その額は原告の本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されないという理由により、法人税の更正及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けた。そこで原告は、本件更正等は法人税法第34条第1項第2号の事前確定届出給与に係る該当性の判断を誤った違法な処分であると主張し、処分行政庁(国)を被告として、本件更正のうち上記申告に係る欠損金額等を下回る部分及び本件賦課決定の各取消しを求めた事案である。 原告は、平成20年11月26日に開催された本件事業年度の直前の事業年度(平成19年10月1日から平成20年9月30日までの事業年度)の定時株主総会において、甲及び乙に対して支給する役員給与を年間合計8,000万円の範囲内と定め、それぞれに対する支給額は取締役会に一任することを決議し、同年11月26日に開催された取締役会において、甲及び乙に対して支給する月額報酬を甲につき各月180万円、乙につき各月140万円と定めるとともに、甲及び乙に対して支給する冬季及び夏季の賞与を甲につき各季500万円、乙につき各季200万円(支給時期は冬季につき同年12月11日、夏季につき平成21年7月10日)と定めた。 原告は、平成20年12月1日及び同月9日、冬季賞与として、甲に対し500万円、乙に対し200万円をそれぞれ支給した。また原告は、平成21年7月6日に開催された臨時株主総会において、本件事業年度の厳しい経済状況による業績の悪化を理由に、前年11月の取締役会決議により定めた役員給与のうち夏季賞与の額を甲につき250万円、乙につき100万円にそれぞれ減額することを決議し、同月15日、夏季賞与として、甲に対し250万円、乙に対し100万円をそれぞれ支給した。 なお、原告は、川崎北税務署長に対し、本件夏季賞与の上記減額について、法人税法施行令第69条第3項の変更届出期限までに事前確定届出給与に関する変更届出をしていなかった。 ② 事案の争点 本件冬季賞与は、法人税法第34条第1項第2号の事前確定届出給与に該当せず、その額は原告の本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されないのか否か。 ③ 裁判所の判断 なお、本裁判例の控訴審(東京高裁平成25年3月14日判決・訟月59巻12号3217頁、TAINSコード:Z263-12165)で、裁判所は、「変更届出期限を遵守できなかった場合の例外措置に関する「やむを得ない事情」とは、控訴人側の個別的なあらゆる事情がこれに含まれるものではなく、納税者の何びとにおいても期限内に変更届出をすることができない場合、すなわち天変地異その他客観的にみて期限を遵守し得なかったことをその責に帰すことができない事情をいうことは明らかであるから」とし、納税者側の届出書を提出できなかったことにつき「やむを得ない事情」があったとの主張を斥けて、納税者敗訴で確定している。 ④ 本裁判例からいえること 本裁判例は、本件と同様に、取締役に対して事前確定届出給与の支給を行う予定であったが、企業業績の悪化のためそのうち1回につき届出金額よりも少ない金額しか支給しなかった場合において、届出通り支給しなかった賞与のみならず、届出通り支給した賞与についても損金不算入となるのかどうかが争われた事案である。これが「臨時改定事由」又は「業績悪化改定事由」に該当する場合において、最も確実な方法は、前述(3)で触れたとおり、法人税法施行令第69条第5項の「事前確定届出給与に関する変更届出書」を提出するというものであり、そうすれば当初の届出(直前届出)通り支給した賞与はもちろんのこと、減額変更した賞与についても全額損金算入が可能となる。しかし、本裁判例も本件のいずれも、当該「事前確定届出給与に関する変更届出書」の提出を失念しており、その意味で納税者側の落ち度は大きいと言わざるを得ないであろう。 しかし一方で、法令解釈上、減額改定につき、「事前の定めに係る確定額を高額に定めていわば枠取りを」するといった手法を採っているわけではなく、「租税回避の意図がない場合」には、仮に当該「事前確定届出給与に関する変更届出書」の提出を失念している場合であっても、損金算入を認める余地はあるものとも考えられる(※5)。 (※5) 渡辺充「事前確定届出給与」、中里他編『租税判例百選(第7版)』(有斐閣・2021年)119頁参照。 ところで、当該変更届出書の提出がない場合、「一の職務執行期間中に複数回にわたる支給がされた場合に、当該役員給与の支給が所轄税務署長に届出がされた事前の定めのとおりにされたか否かは、特別の事情がない限り、個々の支給ごとに判定すべきものではなく、当該職務執行期間の全期間を一個の単位として判定すべきもの」であるから、一回でも届出通り支給されていない場合には、増額はもちろんのこと、減額の場合も、届出対象の全賞与の支給につき損金不算入となる。 この点については、国税庁は法人税基本通達9-2-14の解説(質疑応答事例「定めどおりに支給されたかどうかの判定(事前確定届出給与)」)で、「3月決算法人がX年6月26日からX+1年6月25日までを職務執行期間とする役員に対し、X年12月及びX+1年6月にそれぞれ200万円の給与を支給することを定め、所轄税務署長に届け出た場合において、当該事業年度中の支給であるX年12月支給分は定めどおりに支給したものの、翌事業年度となるX+1年6月支給分のみ定めどおりに支給しなかった場合は、その支給しなかったことにより直前の事業年度の課税所得に影響を与えるものではないことから、翌事業年度に支給した給与の額のみについて損金不算入と取り扱っても差し支えない(※6)」とし、届出通り支給しなかった場合であっても個別の支給額に損金算入を検討する余地があるとする解釈を示している。しかし、そもそも法令に明確な定めがなく理論的ともいえないこのような取扱いを通達の「解説書(※7)」で示すことについては、租税法律主義の建前から言っても問題があるといえないであろうか(※8)。 (※6) 髙橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説(十訂版)』(税務研究会出版局・令和3年)890頁参照。 (※7) 国税庁「役員給与に関する質疑応答事例(平成18年12月)」(問7)にも同様の記述がある。 (※8) 渡辺徹也「法人税法34条1項2号にいう事前確定届出給与該当性の可否」『ジュリスト』2015年5月号130頁もその旨厳しく指摘している。 なお、仮に「事前確定届出給与に関する変更届出書」の提出がない場合であっても、その提出がないこと(もしくは提出期限後に提出したこと)にやむを得ない事情がある場合には、本来の変更届出書の提出期限までに提出があったものとして扱うことができることとされている(法令69⑦)。この場合の「やむを得ない事情」とは、控訴審で裁判所が判示するように、「納税者の何びとにおいても期限内に変更届出をすることができない場合、すなわち天変地異その他客観的にみて期限を遵守し得なかったことをその責に帰すことができない事情をいう」のであるから、その適用は極めて限定的といえよう。 (5) 本件へのあてはめ 本件のように、事前確定届出給与につき、取締役に対して届出通り賞与を支給していない場合であっても、業績悪化改定事由に該当するときには、変更の届出期限(改定事由が生じた日から1ヶ月以内)までに減額した金額を届け出ていれば、損金算入が認められる。 しかし、納税者がこの業績悪化改定事由による減額に係る変更の届出を提出しておらず、また、その提出がなかったことについて災害等のやむを得ない事情がない場合には、届出の対象となったすべての賞与(夏季・冬季いずれも)につき損金不算入となるものと考えられる。 (了)