《速報解説》 令和3年度税制改正に係る 「所得税法等の一部を改正する法律」が 3月31日付官報:特別号外第30号にて公布 ~施行日は原則4月1日~ Profession Journal編集部 令和3年度税制改正関連法が3月26日(金)の参議院本会議で可決・成立し、3月31日(水)の官報特別号外第30号にて「所得税法等の一部を改正する法律」が公布された(法律第11号)。施行日は原則令和3年4月1日(法附則第1条)。地方税関係の改正法である「地方税法等の一部を改正する法律」も官報同号にて公布されている(法律第7号)。なお特別号外第30号は、同日付けの他の官報から遅れ夜の公表となった。 今年度改正では、デジタルトランスフォーメーション(DX)やカーボンニュートラルの取組みを行う企業に対する税制措置や中小企業のM&Aを促進する各施策が創設された他、令和4年からの電子帳簿等保存制度の大幅緩和が実現する。なお、電子帳簿保存法の一部改正は上記所得税法等の一部を改正する法律に織り込まれているが(第12条関係)、DX投資促進税制等に係る「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律案」については、法案ミスの問題もあり、本稿公開時点では衆議院での審議中となっている。 * * * 以下では主な法律、政令、省令等の官報該当ページへのリンクを紹介する。 なお本誌では例年同様、主要な改正事項については毎週木曜日公開号において、専門家による解説記事を順次掲載するとともに、各府省庁・主な団体等より公表された令和3年度税制改正関連の情報については「令和3年度税制改正に関する《資料リンク集》」及び「新着情報」を随時更新していくので、そちらを併せて参照いただきたい。 また、税制改正大綱を受けた主な改正情報については、すでに本誌掲載済みの「令和3年度税制改正大綱」に関する《速報解説》 をご覧いただきたい。 官報:令和3年3月31日付(特別号外第30号)で公布された主な税制改正関連法令 法令のあらまし ◆所得税法等の一部を改正する法律 附則:施行期日・経過措置など 所得税法の一部改正(第1条関係) 所得税法施行令の一部を改正する政令 所得税法施行規則の一部を改正する省令 法人税法の一部改正(第2条関係) 法人税法施行令の一部を改正する政令 法人税法施行令等の一部を改正する政令の一部を改正する政令 法人税法施行規則の一部を改正する省令 法人税法施行規則等の一部を改正する省令の一部を改正する省令 相続税法の一部改正(第3条関係) 相続税法施行令の一部を改正する政令 相続税法施行規則の一部を改正する省令 消費税法の一部改正(第4条関係) 消費税法施行令等の一部を改正する政令 消費税法施行規則等の一部を改正する省令 国税通則法の一部改正(第5条関係) 国税通則法施行令の一部を改正する政令 国税通則法施行規則の一部を改正する省令 国税徴収法の一部改正(第6条関係) 国税徴収法施行令の一部を改正する政令 国税徴収法施行規則の一部を改正する省令 租税特別措置法の一部改正(第7条関係) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・登録免許税関係 ・消費税関係 ・酒税関係 ・たばこ税関係 ・揮発油税・地方揮発油税関係 ・石油石炭税関係 ・航空燃料税関係 ・自動車重量税関係 ・国際観光旅客税関係 ・印紙税関係 ・利子税等関係 租税特別措置法施行令等の一部を改正する政令(附則) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・地価税関係 ・登録免許税関係 ・消費税等関係 租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令(附則) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・地価税関係 ・登録免許税関係 ・消費税等関係 ・延滞税関係 災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律の一部改正(第8条関係) 災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律の施行に関する政令の一部を改正する政令 税理士法の一部改正(第9条関係) 税理士法施行規則の一部を改正する省令 沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部改正(第10条関係) 沖縄の復帰に伴う国税関係法令の適用の特別措置等に関する政令の一部を改正する政令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律の一部改正(第11条関係) 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令の一部を改正する政令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律の一部改正(第12条関係) 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行令 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部改正(第13条関係) 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令の一部を改正する政令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令 東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法の一部改正(第14条関係) 新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部改正(第15条関係) 新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令の一部を改正する政令 新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令 平成27年所得税法等の一部を改正する法律の一部改正(第16条関係) 平成28年所得税法等の一部を改正する法律の一部改正(第17条関係) 平成30年所得税法等の一部を改正する法律の一部改正(第18条関係) 令和2年所得税法等の一部を改正する法律の一部改正(第19条関係) 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う所得税法等の臨時特例に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 復興特別所得税に関する政令の一部を改正する政令 復興特別所得税に関する省令の一部を改正する省令 外国居住者等の所得に対する相互主義による所得税等の非課税等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令の一部を改正する省令 相続税の物納財産収納後の手続等に関する省令の一部を改正する省令 国税質問検査章規則の一部を改正する省令 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令の一部を改正する省令 地方税法等の一部を改正する法律 ( 附 則 ) ・1条関係 ・2条関係 地方税法施行令等の一部を改正する政令(一〇七) 地方税法施行令の一部を改正する政令(一〇八) 地方税法施行規則等の一部を改正する省令(総務三四) 地方税法施行規則の一部を改正する省令(総務三五) ▷その他の主な関係法令・告示 ※告示については国税庁ホームページ等をご覧ください。 中小企業等経営強化法施行規則の一部を改正する省令 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則の一部を改正する省令 租税特別措置法施行規則第二十三条の三第二項に規定する設立団体等の証明に関する手続を定める件及び租税特別措置法施行令第四十条の四第二項及び第三項に規定する主務大臣の証明及び認定に関する手続を定める件の一部を改正する件 租税特別措置法施行規則第二十条第二十六項第一号又は第二十二条の二十三第二十六項第一号に規定する試験研究機関等の長又は当該試験研究機関等の属する国家行政組織法第三条の行政機関に置かれる地方支分部局の長の行う認定に関する手続に関する告示等の一部を改正する件 平成八年自治省告示第八十三号(地方税法施行令第五十二条の十の四に規定する研究開発を定める件)の一部を改正する件 地域経済牽引事業の促進による地域の成長発展の基盤強化に関する法律第二十五条の規定に基づく地域の成長発展の基盤強化に特に資するものとして主務大臣が定める基準等に関する告示の一部を改正する件 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての新たな特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定を改正する議定書の効力発生に関する件 所得税法施行規則第百二条第一項に規定する総収入金額及び必要経費に関する事項の簡易な記録の方法を定める件の一部を改正する件 所得税法第百八十九条第一項の規定に基づき、同項に規定する所得税法別表第二の甲欄に掲げる税額が算定された方法に準ずるものとして財務大臣が定める方法を定める件の一部を改正する件 所得税法施行規則第六十三条第五項に規定する保存の方法を定める件の一部を改正する件 法人税法施行規則第八条の三の十第三項(同令第二十六条の三第四項及び第三十七条の三の二第三項において準用する場合を含む。)及び第五十九条第三項(同令第二十六条の三第三項、第二十六条の五第二項、第三十七条の三の二第四項、第六十二条及び第六十七条第三項において準用する場合を含む。)の規定に基づき、これらの規定に規定する保存の方法を定める件の一部を改正する件 地価税法施行規則第十条第三項に規定する保存の方法を定める件の一部を改正する件 登録免許税法別表第三の十九の二の項の規定に基づき、自己のために受ける登記等につき登録免許税を課さない独立行政法人等を指定する件の一部を改正する件 消費税法施行令第五十条第三項、第五十四条第五項、第五十八条第三項、第五十八条の二第三項及び第七十一条第五項並びに消費税法施行令等の一部を改正する政令附則第六条第二項並びに消費税法施行規則第五条第三項及び第十六条第三項の規定に基づき、これらの規定に規定する保存の方法を定める件の一部を改正する件 租税特別措置法第十一条第一項及び第四十三条第一項の規定の適用を受ける期間を指定する件を廃止する件 東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第二十九条第一項第二号の規定に基づき、同号に規定する所得税法第百八十九条第一項に規定する財務大臣が定める方法及び復興特別所得税の額の計算を勘案して財務大臣が定める方法を定める件の一部を改正する件 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則第三条第五項第六号ニに規定する国税庁長官が定めるところを定める件の一部を改正する件 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則第三条第六項に規定する国税庁長官が定める書類を定める件の一部を改正する件 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律施行規則に基づく国税関係手続に係る個人番号利用事務実施者が適当と認める書類等を定める件の一部を改正する件 国税通則法施行規則第十五条第一項に規定する国税庁長官が定める書類を定める件の一部を改正する件(同八)659 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第一項第二号に規定する国税庁長官が定める者を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第二項第三号に規定する国税庁長官が定める添付書面等及び国税庁長官が定めるものを定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第二項第四号に規定する国税庁長官が定める添付書面等を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第三項、法人税法施行規則第三十六条の三の二第六項及び第三十七条の十五の二第六項、地方法人税法施行規則第八条第六項並びに消費税法施行規則第二十三条の四第五項の規定に基づき国税庁長官が定めるファイル形式を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第四項に規定する国税庁長官が定める添付書面等を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第四項に規定する国税庁長官が定める期間を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第九条第二項に規定する国税庁長官が定める処分通知等を定める件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第七項に規定する国税庁長官が定める者を定める件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第七項に規定する国税庁長官が定める場合を定める件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条の二第一項に規定する国税庁長官が定める申請等を定める件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条の二第二項に規定する国税庁長官が定めるファイル形式を定める件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条の二第三項に規定する国税庁長官が定める期間を定める件 租税特別措置法施行令第六条の四第二項第一号及び第二十八条の十第二項第一号に規定する厚生労働大臣が定める要件等の一部を改正する件 租税特別措置法第十二条の二第一項及び第四十五条の二第一項の規定の適用を受ける機械及び装置並びに器具及び備品を指定する件の一部を改正する件 消費税法施行令第十四条の三第七号の規定に基づき厚生労働大臣が指定する資産の譲渡等の一部を改正する件 租税特別措置法施行令第二十二条の八第十八項第一号イ⑷及びロ⑷並びに第三十九条の五第十九項第一号イ⑷及びロ⑷の規定に基づく経済産業大臣が財務大臣と協議して定める基準の一部を改正する件 租税特別措置法第十一条第一項の表の第四号及び第四十三条第一項の表の第四号の規定の適用を受ける機械その他の減価償却資産を指定する件を廃止する告示 租税特別措置法第十条の二第一項各号及び第四十二条の五第一項各号の規定の適用を受ける機械その他の減価償却資産を指定する件を廃止する告示 租税特別措置法施行令第二十条の二第九項等の規定に基づく国土交通大臣が財務大臣と協議して定める基準の一部を改正する件 租税特別措置法第十一条第一項の表第二号及び第四十三条第一項の表第二号の規定の適用を受ける船舶を指定する告示の一部を改正する告示 租税特別措置法第三十七条第一項の表第八号及び第六十五条の七第一項の表第八号の規定の適用を受ける船舶を指定する告示の一部を改正する告示 地方税法施行規則の規定に基づき、国土交通大臣が総務大臣と協議して定める書類を定める件 地方税法施行規則の規定に基づき、国土交通大臣が総務大臣と協議して定める書類を定める件 地方税法施行規則の規定に基づき、国土交通大臣が総務大臣と協議して定める書類を定める件 地方税法施行規則附則第三条の二の二十第一項の規定に基づき、平成三十年国土交通省告示第九百十三号の一部を改正する告示を定める件 租税特別措置法施行令に規定する国土交通大臣の証明に関する手続を定める告示の一部を改正する件 地方税法施行規則の一部を改正する省令の施行に伴い、令和二年国土交通省告示第八百五十号の一部を改正する告示を定める件 (了)
2021年4月1日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.413を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.99- 「デリバティブ取引と租税回避」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 本連載のNo.96で「2021年度税制改正、キャリードインタレストの取扱いに注目」と題し、国際金融都市に向けたわが国金融所得税制の整備について取り上げたところだが、今回も長年議論が続いている金融所得税制の課題について触れたい。 2021年度与党税制改正大綱の「検討事項」には、以下のような記述がある。 与党大綱の「検討事項」に「早期に検討する」と記されるのは異例ともいえ、本件の重要性や緊急性を物語っている。 * * * 金融所得一体課税は、上場株式の譲渡損と配当の損益通算から始まったが、2016年には、特定公社債の利子も損益通算ができるように拡充された。これにより、株式譲渡益、配当、利子所得の一体課税が、まがりなりにも完成した。 一方、デリバティブ取引については、雑所得として申告分離課税が認められたものの、上場株式など他の金融所得との損益通算・一体課税は認められていない。 その理由として、これまでの税制改正大綱は、「多様なスキームによる意図的な租税回避行為を防止するための実効性ある方式の必要性」を挙げてきた。 デリバティブ取引は、売りと買いを両建てにして期末に損失の出ている方を実現させ他の譲渡益と相殺するストラドル取引を行うことによって、容易に租税回避が行われるということへの懸念である。 * * * このような租税回避に対して米国は、「ポジションを時価評価する」という制度を導入している。具体的には、期末の時点で決済されたものとして含み損益を認識させる制度で、これによりストラドル取引による租税回避を防止することが可能となる。 つまり、「時価評価課税」が、租税回避防止の実効性ある具体的方策に当たるのではないか、というのが上記与党大綱の意味するところである。 金融所得を幅広く損益通算して金融所得一体課税を進めていくことは、個人投資家のリスクテイクを促進する効果があり、広く国民の資産形成を支援していくことにもつながる。 ぜひ年末の税制改正で実現してほしい項目である。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例28】 「従業員が窃取した棚卸資産の販売に関する損害賠償請求権と貸倒損失」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、首都圏近郊のある市に本社を置く事務機器販売会社A株式会社で総務部長をしております。わが社は企業向け事務機器を扱っているため、取引先は企業のみですが、扱う品目数は膨大であるため、在庫管理はすべてコンピュータで行っています。 現在の在庫管理システムが導入されたのはちょうど1年ほど前で、これは数年前に起こった従業員による在庫の横流し事件を契機に、旧システムの更新という形で行われたものでした。旧システムの下では、チェック体制の不備により、在庫管理を担当している者(法人経理には一切関与していない)が虚偽の入力をして商品を簿外とすることが可能であったため、その商品を個人的にインターネットオークションサイトに出品して販売することにより、懐を肥やすようなケースがあったのです。 その際、A社としては、従業員B(事件発覚後懲戒解雇)が行った、A社の有する棚卸資産を窃取し個人的にインターネットオークションサイトに出品して販売益を得る行為からは損害が生じており、当該損害につきA社はBに対し損害賠償請求権を有しているものと解しております。実際、A社はBに対し、先日、損害賠償請求訴訟を提起しており、現在も当該訴訟が継続中です。 ただし、Bはギャンブルで多額の借金を抱えており、その返済に困って当該窃取を行ったことから、仮にBに対する損害賠償請求権が認められたとしても、その回収は困難であると想定されます。 そのためA社は当該事件につき、Bに対する損害賠償請求権の全額が回収不能と判断して、その金額を全額損金算入しております。 ところが先日の税務調査で調査官は、Bがインターネットオークションサイトで得た収益をA社の法人税の申告上益金に算入していないのは、仮装隠蔽行為にあたるとして、重加算税を賦課すべき事案であると主張しました。Bは犯行が発覚することを隠すため、システム上は商品が廃棄等されたように工作しており、少なくともA社の法人税の申告時にはBの行為はA社の誰も把握しておりませんでした。そのため、A社はBの行為を隠蔽しようもないといえますので、重加算税の賦課は到底容認できるものではないと考えますが、いかがでしょうか。 【A】 A社に知られないようにBがA社の商品を窃取し、それをインターネットオークションサイトで販売した場合には、Bの当該不正行為がA社のBに対する損害賠償請求権の発生原因事実そのものといえますが、法人経理には一切関与していないBの行為をもって、A社が当該損害賠償請求権の発生原因事実を隠蔽したと評価することは困難であり、重加算税の賦課は違法になるものと考えられます。 一方、Bに対する損害賠償請求権の全額が回収不能と判断して、その金額を全額損金算入したA社の経理処理については、Bの支払能力についてさらに精査したうえで判断することとなるでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 従業員による法人の棚卸資産の窃取と損害賠償請求権 法人においてその従業員による横領等の行為、例えば本件のように、在庫管理を担当している従業員が法人の在庫管理システムに虚偽の入力をして商品を簿外とすることにより、その商品を個人的にインターネットオークションサイトに出品して販売するようなことがあった場合には、法人の当該従業員に対する損害賠償請求権が問題となる。 損害賠償請求権については、まずその年度帰属について権利確定主義の観点からの検討が必要となる。これについては、従業員の詐欺事件(架空外注費)に関する裁判例では、損害賠償請求権に係る益金の計上時期は、当該請求権が発生した事業年度や法人がそれを知った事業年度(※1)ではなく、その法人の会計担当役員が通常人の注意義務をもってすれば従業員の詐欺の存在と内容を認識し得た事業年度に算入すべきとされている(東京高裁平成21年2月18日判決・訟月56巻5号1644頁・TAINSコード:Z259-11144)。この場合、架空外注費を損金から控除するとともに詐取行為による損害額を損金算入することが必要となり、原則としてその損害が生じたときにその金額を損金に計上し、同時に損害賠償請求権に係る益金を計上することとなる(同時両建説)。 (※1) 東京高裁平成21年2月18日判決の原審の東京地裁平成20年2月15日判決・判時2005号10頁はこの立場を採る。 また、損害賠償請求権に関し、その事業年度末において当該請求権の全部又は一部が確実に・・・回収不能であると認められる場合には、回収不能の金額を損金に算入することが認められるものと解されている(※2)。 (※2) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)359頁参照。 上記を図示すると以下のようになるものと考えられる。 〇 従業員による横領等の行為があった場合の法人の損害賠償請求権とその計上時期 (2) 従業員による法人の棚卸資産の窃取と仮装・隠蔽の有無 次に、本件のように、法人においてその従業員による横領等の行為があった場合で、それから得られた収益が法人の帳簿書類に記載されていないときには、課税庁は法人がその事実を隠蔽又は仮装していたと認定し、重加算税を賦課するケースが見られるので、その適否を以下で検討する。 従業員の横領等の行為は個人の行為であり、法人自身の行為ではないため、そのような個人の行為に起因する仮装・隠蔽行為を法人の行為と同視し重加算税を賦課することは許されないという考え方も成り立つだろう。これについて裁判所は、広島高裁平成26年1月29日判決・訟月61巻4号811頁(TAINSコード:Z264-12401)において、元常務は、法人の代表権は有していなかったものの、社長、専務に次ぐ有力役員として、また、同族企業の創業者一族の一員として、法人の経営に大きな影響力を有していたものと認められ、特に法人の有力事業部門の一角であるC支店の業務については、社長から包括的に一任されていたものであるから、元常務がC支店の業務として行った本件架空取引(事実の仮装)については、重加算税の課税要件に関して、「納税者である法人自身の行為と同視し得るものというべき」である、と判示している。 一方、経理担当者が法人の金銭につき横領等をし、それを隠蔽するため売上除外・架空経費の計上等を行った場合には、その金銭は法人から流出して当該経理担当者の管理支配下にあり所得となっているのであるから、法人の売上除外等に基づく申告は、納税義務者である法人自身による課税要件事実の隠蔽・仮装によるものとはいえず、重加算税の賦課は違法であるとする学説がある(※3)。 (※3) 金子前掲(※2)891頁参照。 これについて裁判例では、前述の東京高裁平成21年2月18日判決・訟月56巻5号1644頁(TAINSコード:Z259-11144)において、法人の経理責任者Dが隠蔽・仮装行為をし、法人は、それに基づき架空外注費を計上して確定申告を行った場合に関し、法人の経理担当役員が外注先への振込依頼等の決裁時にその内容を確認すれば容易にDの隠蔽・仮装行為を認識することができ、また、認識すればこれを防止や是正するか、又は過少申告しないように措置することが十分可能であったのであるから、Dの隠蔽・仮装行為をもって、法人の行為と同視するのが相当である。したがって、本件に重加算税を課したことに違法はない、と反対の立場を示している。 同様に、大阪高裁平成13年7月26日判決・訟月48巻10号2567頁(TAINSコード:Z251-8954)で裁判所は、法人が一従業員に重要な経理帳簿の作成等を全面的に任せ、納税の際にも当該従業員が作成した経理帳簿等に基づき作成された総勘定元帳や決算書類等で申告を行ったところ、これらの経理帳簿等に虚偽の記載が存在した結果、過少申告となった場合には、客観的にみて、法人自身が仮装・隠蔽の事実に基づく申告をなしたことになったのであるから、重加算税賦課の要件を満たしていると判示している。 学説と裁判例との違いは、不正行為の実行者が経理の責任者であるか否かの違いではないかと考えられ、経理の責任者が行った行為は、それが個人的な不正行為であっても、それを隠蔽した場合には、法人が隠蔽したものと同視して重加算税の賦課が容認されるということであろう。 (3) 従業員による法人の棚卸資産の窃取に係る損害賠償請求権が問題とされた事例 それでは、本件のように、従業員による法人の棚卸資産の窃取に係る損害賠償請求権及びその事実の隠蔽について問題となった事例では、上記(1)及び(2)がどのように判断されたのであろうか。裁決事例(国税不服審判所令和元年5月16日裁決・TAINSコード:J115-3-10)があるので以下でみていくこととする。 ① 事案の概要 本件は、農業機械機具の販売等を行うE社の従業員であった者(元従業員F)が、E社の仕入れた商品を窃取してインターネットオークションで販売した取引による収益について、原処分庁が、当該収益はE社に帰属するものであり、E社は当該収益を帳簿書類に記載せず隠蔽していたなどとして、法人税の青色申告の承認の取消処分、法人税等及び消費税等の更正処分並びに重加算税等の賦課決定処分をしたのに対し、E社が、当該収益はE社には帰属するものではないなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 ② 本件の主要な争点 ③ 審判所の判断 争点1 争点2 争点3 ④ 本裁決事例から学ぶこと 法人は自然人から独立した別人格であり、法人と法人の従業員(自然人)も別人格であるため、法人の従業員の行為は、本来、法人の行為とは独立しているはずである。したがって、従業員が行った不正行為につき自らが隠蔽を行ったため、法人の申告上、そこから得られるべき収益の計上が漏れていたときであっても、法人が自ら隠蔽していたと解することはできず、重加算税の賦課は認められないこととなる。この見解は、前述(2)の学説(金子説)と符合する。 一方、そのような場合であっても、仮に、法人の経理部長のような経理責任者の地位にある者が、法人から商品を窃取し、それをインターネットのオークション等で売りさばく行為を行って、その収益を法人の帳簿から除外したときには、当該従業員の隠蔽行為は法人の行為と同視され得るといえる。要するに、従業員の個人的な不正行為を隠蔽する行為が法人の行為と評価されるためには、その従業員が法人の経理責任者としての地位を有することが必要といえる。これは、前述の大阪高裁平成13年7月26日判決・訟月48巻10号2567頁(TAINSコード:Z251-8954)の判示内容と符合する。 なお、E社の元従業員Fに対する損害賠償請求権の金額につき、各事業年度の損金の額に算入すべき貸倒損失があるかについては、基本的に元従業員の支払能力の有無により判断することとなる。 (4) 本件への当てはめ A社に知られないようにBがA社の商品を窃取しそれをインターネットオークションサイトで販売した場合には、Bの当該不正行為がA社のBに対する損害賠償請求権の発生原因事実そのものといえるが、法人経理には一切関与していないBの行為をもって、A社が当該損害賠償請求権の発生原因事実を隠蔽したと評価することは困難であり、重加算税の賦課は違法になるものと考えられる。 一方、Bに対する損害賠償請求権の全額が回収不能と判断して、その金額を全額損金算入したA社の経理処理については、Bの支払能力についてさらに精査したうえで判断することとなる。 (了)
租税争訟レポート 【第54回】 「税理士に対する損害賠償請求事件 (東京地方裁判所令和2年7月30日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 被告Y1は、原告会社の顧問税理士として税務申告業務等を行うとともに、コンサルティング業者である被告会社の代表取締役として、原告会社の事業承継等についてのコンサルティング業務等に携わっていた。 本件は、原告会社及び同原告の代表取締役であった亡A(以下「A」という)を相続した承継人(以下、原告会社と承継人をあわせて「原告ら」という)が、上記業務等に関し、被告Y1の詐欺による報酬の不正請求があったなどと主張して、被告らに対し、不法行為等に基づく損害金の支払を求める事案である。 【判決の概要】 本件判決では、下記のとおり争点が多岐にわたるため、裁判所の判断を中心に判決の概要をまとめ、原告及び被告の主張については、その中で適宜補っていくこととしたい。 1 争点 本事案における争点は以下のとおりである。 2 被告Y1及び被告会社が受領した報酬の一覧 上記1の各争点と被告が受け取った報酬額、裁判所の判断を一覧表にしたものは、次のとおりである。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 裁判所が主張を認めた項目について、原告・被告それぞれに「〇」を付している。 3 東京地方裁判所の判断 前掲表のとおり、原告と被告との間の月額顧問契約は、いわゆる税理士報酬である記帳代行などの顧問契約と資産税のコンサルティング契約が同額で並立していたが、原告からの支払は月額52万5,000円のみであり、この支払額を巡って、原告と被告の間には対立があった。 原告らは、「被告Y1が税理士としての毎月の記帳代行業務を怠っていたことをもって、この顧問報酬は、資産税コンサルティング報酬であった」として、〔争点1-1〕から〔争点1-5〕に係る資産税コンサルティング報酬との重複を主張していたが、裁判所は、被告Y1が、原告会社から、顧問契約に基づく税理士報酬として月次報酬を受領していたことがうかがわれると認定して、毎月の顧問報酬の支払は、資産税のコンサルティング契約に係るものではないという判断を下した。この判断を前提に、裁判所が、各争点についてどのような判断を下したのかを見ていきたい。 (1) 争点1-1(株価引き下げ業務に関する争点)について 裁判所は、前提条件のとおり、「原告会社の株価引き下げ業務及び生前贈与業務」の報酬は、「資産税コンサルティング顧問契約」に係る報酬と重複するものではないことを明らかにしたうえで、株価引き下げ業務の目的や経緯は合理的なものであり、実際に、原告会社では、役員退職慰労金規定の制定、Aの取締役辞任と退職慰労金等の受領、Cに対する本件株式の贈与が実現し、同株式の価額は前決算期から7分の1以下に下落して相当の贈与税軽減効果が発生したことを認めた。 さらに、報酬は高額であるが(合計1,816万5,000円)、税効果の4%相当という算定根拠は、社会的相当性を逸脱するほどではない。また、この報酬は、Cと被告Y1との間の交渉を経て分割払いされており、Bがだまされて支出したものでもないことから、被告会社による一連の報酬の請求、受領に不当性、不合理性は認められないという事実認定を行った結果、株価引き下げ業務につき、被告Y1が重複請求を企て、その報酬を詐取したと認めることはできないと結論づけた。 (2) 争点1-2(欠損金の繰戻還付支援に関する争点)について 裁判所は、被告Y1が、還付請求書の作成業務として、報酬の支払を請求し、これを受領した点については、欠損金の繰戻還付による法人税の還付請求に当たり、書面添付制度を利用して、還付請求書の作成に付随する業務を行ったこと、報酬のうち157万5,000円は税理士としての顧問契約に基づく決算報酬年額であり、それ以外の107万5,660円が不相応に高額ではないことなどを考慮すると、被告Y1がこの報酬部分を詐取したと認めることはできないという判断を示した。 一方、欠損金の繰戻還付支援業務の成功報酬(還付金の10%相当)に係る報酬については、独自の業務実態が認められず、還付請求書の作成業務に係る報酬との重複請求であり、その額は約1,200万円と不相応に高額であり、還付金額は税理士の能力等に左右されないのに、被告会社がその10%もの報酬を受領する合理的根拠を見出し難いという判断を示した。さらに、平成25年当時、原告会社は順調に利益を上げており、資金繰りに不安はなかったから、会計上、欠損金の繰越控除を選択することも可能であったにもかかわらず、被告Y1は、あえて繰戻還付を選択し、しかも業務実態のない高額報酬を請求したのであり、この点に報酬目当てという不正な動機もうかがわれると見解を述べたうえで、欠損金の繰戻還付支援業務の成功報酬の請求は不当性、不合理性が著しいというべきであり、被告Y1が同報酬を詐取したと認められるという判断を示した。 こうした判断の結果、裁判所は、欠損金の繰戻還付支援業務の成功報酬相当額1,200万1,433円について、被告Y1は不法行為責任に基づき、被告会社は、役員等の第三者に対する責任及び代表者の行為についての責任に基づき、原告会社に対し、損害賠償義務を負うと結論づけた。 (3) 争点1-3(納税猶予支援業務に関する争点)について 裁判所は、事実認定として、平成25年4月期末において、原告会社の総資産に対し現預金が占める割合は約61%であったが、平成25年8月に約1億1,429万円の法人税の繰戻還付を受けて現預金が増加したため、その頃以降、同割合が約76%に達し、原告会社は資産保有型会社に該当し、納税猶予の取消事由が発生していた点をまず挙げた。そのうえで、被告Y1は、その後に行った納税猶予の申告において、原告会社を資産保有型会社に該当するものと扱わず、上記割合を約61%のままにしていたのであり、納税猶予の取消事由が発生していたことを見落としていたと認めることができるとともに、原告会社に対し欠損金の繰戻しによる法人税の還付を受けることを提案して実行したのは被告Y1自身であったことを考慮すると、この見落としに同被告の重大な過失があったというべきであるという判断を示した。 さらに、裁判所は、そもそも、被告Y1において、当初から原告会社が資産保有型会社に該当することを認識していたのであれば、納税猶予の申告はおよそ無駄なことであり、継続要件の有無等を検討するまでもなかった。それにもかかわらずあえてこれを申告したうえで、業務報酬を取得しつつ、継続要件を検討していたことを再確認する旨の同意書を取り付けるというのは、極めて不自然な経緯といわざるを得ないと判断を示した。 その結果、裁判所は、贈与税の納税猶予の実行支援業務に係る報酬相当額合計845万9,220円につき、被告Y1は不法行為責任に基づき、被告会社は、役員等の第三者に対する責任及び代表者の行為についての責任に基づき、原告会社に対し、損害賠償義務を負うとし、さらに、被告会社の善管注意義務違反の有無については判断を要しないと結論づけた。 (4) 争点1-4(株式交換による組織再編業務に関する争点)について 裁判所は、被告会社と原告会社間の株式交換による組織再編業務にかかる委嘱契約について、株式交換は実行されており、同交換による組織再編業務は、業務実態のないものではなかったし、被告Y1は、当初の計画に沿って、新会社(株式会社G)の設立、株式交換等を実行し、株価再上昇の影響をCの相続税に及ばないようにしたことから、株式交換による組織再編業務につき、被告Y1が株式交換による組織再編業務にかかる委嘱契約に係る報酬を詐取したと認めることはできないとした。 一方、裁判所は、株式交換による組織再編業務の主要な目的は、Cの死亡後の相続税の軽減を図ることであったが、 などの事情を考慮すれば、株式交換による組織再編業務は、平成25年ないし翌26年頃に提案して実行する必要性がなく、税効果も不確かで、意味合いの乏しいものであったというほかないという判断を示した。 そして、裁判所は、被告会社は、無意味な業務をあえて実行したことにより不相応に高額の報酬を取得したのであり、暴利行為があったと認めることができるとして、株式交換による組織再編業務にかかる委嘱契約は、暴利行為により無効であり、当該委嘱契約に係る報酬相当額1,374万6,600円の損失につき、被告会社は、原告会社に対し、不当利得返還義務を負うと結論づけた。 (5) 争点1-5(一般社団法人活用支援業務に関する争点)について 裁判所は、本争点である一般社団法人活用支援業務については、提案にかかる税効果が発生したか否かを論ずる以前に、被告会社は、予定していたフェーズ1から同8までの8段階のうち同1(受け皿会社である新法人の設立)のみを実行したにとどまるから、報酬の大部分を取得する根拠を欠くといわざるを得ないという見解を示した。そのうえで、一般社団法人活用支援業務が未履行に終わったことから、被告会社が原告会社の信頼を失ったことは明らかであり、委嘱契約の債務の未履行分は、被告会社の責に帰すべき事由により履行不能になったといえ、被告会社は、委嘱契約の債務の未履行分に相当する報酬相当額合計1,984万6,000円につき、原告会社に対し、委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償義務を負うと結論づけた。 また、裁判所は、一般社団法人活用支援業務は、A所有の事業用不動産を新法人に移転するとの内容を含むものであり、不動産移転業務等の成功報酬はこれと重複するものであるうえ、被告Y1は、不動産仲介業者ではないのに、原告会社から、約650万円の仲介報酬を受領しており、これは極めて不当というべきであると事実認定を行ったうえで、被告Y1は、同じ内容の業務を重ねて提案し、被告会社において報酬を請求して受領したのであり、不当性、不合理性は著しく、不動産移転業務等の成功報酬を詐取したと認めることができるから、この報酬相当額473万7,000円については、被告Y1は不法行為責任に基づき、被告会社は、役員等の第三者に対する責任及び代表者の行為についての責任に基づき、原告会社に対し、損害賠償義務を負うと結論づけた。 (6) 争点1-6(地方税の繰戻還付請求に関する争点)について 裁判所はまず、被告Y1は、平成26年4月期及び翌27年4月期の2期連続で、Bに対し、地方税である法人都民税等については欠損金の繰戻還付制度が存在しないにもかかわらず、その還付を受けると説明したうえ、被告会社において「欠損金の繰戻還付支援の法人税還付支援コンサルティング」につき還付額の10%相当の報酬を請求して受領したが、その際、確定申告では、2期ともに、納付の必要のない法人地方税をいったん納付し、その還付を受けることを繰り返したという事実認定を行った。 そのうえで、原告ら訴訟代理人の主張どおり、法人地方税の誤納付と還付を、コンサルティング業務としての法人地方税の繰戻還付を請求したものと装ってBをだまし、原告会社から地方税の繰戻還付請求に係る報酬を詐取したと認めることができることから、地方税の繰戻還付請求に係る報酬相当額合計504万8,540円(被告会社から原告会社に返還した7,560円を控除した後の金額)について、被告Y1は不法行為責任に基づき、被告会社は、役員等の第三者に対する責任及び代表者の行為についての責任に基づき、原告会社に対し、損害賠償義務を負うと結論づけた。 (7) 争点1-7(ふるさと納税に関する争点)について 裁判所は、ふるさと納税制度について、納付税額が下がっても、その分の寄付金が支払われており、返礼品の受領を除けば利益は存在しないのであるが、それにもかかわらず、被告会社が地方税寄付金(ふるさと納税)の還付支援、地方税寄付金支援コンサルティングとして、302万9,400円もの報酬を受領したことは、合理性を欠くものであるとの見解を示した。 しかし、ふるさと納税事務代行の経緯は、被告Y1が、A及びBのクレジットカード番号を聴き取ってメモしたこと、Bの了解を得て返礼品を同被告の事務所で預かったこと、C及びDほか1名がふるさと納税を行わないことになったため、受領済みの報酬から93万3,000円を返還することとし、一般社団法人活用支援業務にかかる報酬を受領するに当たり、同額を減額して報酬の調整を図ったことは、被告らの主張に合致することから、被告Y1に原告らの主張のような詐欺が成立すると認めることはできないというべきであると結論づけた。 (8) 争点2(顧問契約解除後の自動引落しに関する争点)について 裁判所の認定した事実によれば、被告Y1は、契約解除後に委託を受けたのは平成28年4月期の決算業務のみであり、本件顧問契約のうち記帳代行業務等の部分は同解除により終了していたから、同契約上の月次報酬相当の合計108万円の返還を拒む正当な理由がなく、不法行為が成立することは明らかであることから、裁判所は、被告Y1は、原告会社に対し、契約解除後の月額報酬のうち108万円につき、不法行為に基づき、損害賠償義務を負うと結論づけた。 (9) 争点3(遺言書作成支援業務に関する争点)について 裁判所は、その認定した事実の経緯から、遺言書が作成されなかった点について、被告Y1の不当性、不合理性はうかがわれないと判断し、Aの遺言作成支援業務については、被告Y1による報酬の詐取があったとは認められないと結論づけた。 (10) 争点4(被告Y3及び被告Y2に関する争点)について 裁判所は、被告会社が税理士兼公認会計士である被告Y1の個人会社であり、その意思決定等はすべて被告Y1が行っていたことなどにかんがみ、被告Y3及び被告Y2は、被告会社の取締役に就任後、代表取締役である被告Y1の故意による詐欺(地方税の還付支援業務及び一般社団法人活用支援業務における詐欺)が認められる範囲の報酬相当ないし重大な過失による任務懈怠(納税猶予支援業務における重過失)が認められる範囲の損害につき、任務懈怠ないし被告Y1の業務執行に対する監視義務違反の責任を負うと認めるのが相当であると結論づけた。 【解説】 判決文の中に、原告会社は、「痛くない注射針」の加工メーカーとして世界的に著名であるという記述があることから、また、同じく、判決文の中にある、「原告会社は、平成28年頃以降、注射針の加工業をFに対し徐々に移管し、その後、Aは原告会社の事業承継を行わず、廃業した」という記述も、2018年3月13日、日本経済新聞電子版で公開された記事(※)とも合致するため、原告は、岡野工業株式会社と、その創業者で代表社員の岡野雅行氏であったことが推察できる。 (※) 2018年3月13日付日本経済新聞電子版「「痛くない注射針」の岡野工業、家族に引き継がない理由」参照。 1 被告税理士による資産税コンサルティング 被告税理士は、被告会社の事業承継を円滑にし、かつ、贈与税負担を抑えるために矢継ぎ早な施策を提案し、原告らと契約を締結、報酬を受領してきた。 原告会社代表取締役に多額の退職慰労金を支給して、株価を引き下げ、後継者である長女に株式を生前贈与するという〔争点1-1〕に違法性がないことは裁判所も認めるとおりであり、同時に、贈与税の納税猶予を支援する、〔争点1-3〕に係るコンサルティン業務についても、提案時には妥当なものであった。 ところが、被告税理士は、退職慰労金の支給によって多額の損失が発生した原告会社に、法人税の繰戻還付を提案し、その成功報酬までを重複請求する。当時、原告会社は順調に利益を上げており、資金繰りに不安はなかったから、欠損金の繰越控除を選択することが可能で、繰越控除を選択していれば、贈与税の納税猶予の取消し事由が発生することもなかったと思料する。にもかかわらず、繰戻還付を提案したのは、報酬に目がくらんだとしか考えられず、裁判所も、この成功報酬請求については、「不当性、不合理性が著しいというべきであり、被告Y1が同報酬を詐取したと認められる」と断じている。 そして、繰戻還付の結果、原告会社が資産保有型会社に該当することとなったため、贈与税の納税猶予の取消事由が発生し、これを見落としたことに、被告税理士は重大な過失があると、裁判所は判断したものである。 2 地方税の繰戻還付請求 本事案の中で、最も悪質であろうと考えるのが、「法人地方税の繰戻還付」を偽装した成功報酬の請求である〔争点1-6〕。裁判所は、被告税理士が、「確定申告では、2期ともに、納付の必要のない法人地方税をいったん納付し、その還付を受けることを繰り返した」と認定し、被告税理士の「単純な誤記であり、意図的なものではなかった」という主張を一蹴したうえで、被告税理士は、法人地方税の誤納付と還付を、コンサルティング業務としての法人地方税の繰戻還付を請求したものと装ってB(当時の原告会社の代表取締役)をだまし、原告会社から報酬を詐取したと認めることができるという判断を示したものである。 3 被告会社の取締役の責任 判決は、被告会社の取締役であったY2及びY3に対しても、厳しいものとなった。 裁判所は、被告会社が税理士兼公認会計士である被告Y1の個人会社であり、その意思決定等はすべて被告Y1が行っていたことを認めながら、代表取締役である被告Y1の故意による詐欺及び重大な過失による任務懈怠から生じた原告会社の損害につき、被告Y2と被告Y3に連帯して、5,014万2,720円及びこれに対する利息の支払を命じた。その理由は、「取締役としての任務懈怠ないし被告Y1の業務執行に対する監視義務違反」である。おそらく被告税理士の業務についてほとんど理解していなかったであろう、被告税理士の父親と妻にとって、「取締役の名義を貸した」代償は大きかった。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第86回】 「業務委託に関する契約書①(臨床試験業務委託契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は食品会社です。ある食品の臨床試験を委託するにあたり、下記の「臨床試験業務委託契約書」を作成しようと思いますが、印紙税法上の課税文書に該当しますか。 委任に関する契約書に該当し、課税文書には該当しない。 [検討] 請負契約と委任契約の違い (1) 請負契約とは 請負契約とは、当事者の一方が仕事の完成を約し、相手方が仕事の完成に対して報酬を支払うことを約する契約である。ここでいう仕事とは、有形的な結果に限られることなく無形的な結果を目的とするものも含むとされている。 仕事の完成と報酬の支払いが対価関係に基づくものであることから、労務の供給に対してまったく報酬が支払われないものは請負には該当せず、おおむね委任に該当する。 (2) 委任契約とは 委任は雇用、請負とともに、労務供給契約の一種であるとされている。そのなかで、雇用は労務の供給自体が契約の目的であるのに対して、委任における労務の供給は、事務処理の手段である。 したがって、請負は仕事の完成が目的であるのに対して、委任は一定の目的に従って事務を処理すること自体が目的であって、必ずしも仕事の完成を求めてはいない。 このことから事例の場合、請負ではなく委任に該当する。 ▷まとめ 臨床試験の委託は、受託者の知識経験に基づく検査内容を期待するものであり、仕事の完成を目的とするものではないため請負契約に該当せず、委任契約であることから、課税文書には該当しない。 委任契約においても、受任者には委任者の請求がある場合又は委任終了後にもその報告をすることを要することとされている(民法645条)。単に結果の報告があるからといって、すべて請負契約に該当するとは限らない。 ただし、試験結果報告書の作成、提出という仕事の完成に重きを置き、これに対して、報酬を支払うこととされている契約書は、請負契約書(第2号文書)に該当するものと思われる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第5回】 「複数の取引を一の取引として独立企業間価格を算定できる場合」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 複数の取引を一の取引として独立企業間価格を算定できるのはどのような場合か。 〔A〕 複数の取引が、その目的、取引内容、取引数量等からみて、一体として行われている場合には、複数の取引を一の取引として独立企業間価格の算定を行うことが合理的である。 ●●●〔解説〕●●● 1 取引単位の考え方 措置法通達66の4(4)-1《取引単位》は、独立企業間価格の算定は、原則として、個別の取引ごとに行うのであるが、複数の取引を一の取引として独立企業間価格を算定することができる場合として、次の2つを挙げている。 また、「OECD 多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン(2017年版)」は、移転価格の検証対象となる取引単位について以下のように述べており、その趣旨は措置法通達66の4(4)-1と同様と解される。 2 裁判例 本稿では、複数ある取引について、一の取引として独立企業間価格を算定することが合理的であると判示された2つの裁判例を取り上げる。 《本田技研工業事件》(※1) (※1) 第一審は、東京地裁平成26年8月28日判決(平成23年(行ウ)第164号、TAINSコード:Z264-12520)。その控訴審は東京高裁平成27年5月13日判決(平成26年(行コ)第347号、TAINSコード:Z265-12659)。いずれも判例集未登載。 (1) 事件の概要 自動二輪車等の製造及び販売を主たる事業とする内国法人X(原告・被控訴人)は、ブラジルのアマゾナス州に設置されたマナウスフリーゾーンで自動二輪車等の製造及び販売事業を行うP1社及びその子会社(P5社及びP6社)との間で、自動二輪車の部品等の販売及び技術支援の役務提供取引(本件国外関連取引)を行い、それによって支払いを受けた対価の額を収益の額に算入して法人税の確定申告を行ったところ、処分行政庁は、かかる対価の額が、措置法66条の4第2項及び同法施行令39条の12第8項(いずれも当時)に定める「残余利益分割法」により算定した独立企業間価格に満たないとして更正処分を行ったところ、Xがその一部又は全部の取り消しを求めた事案(※2)である。 (※2) 本事件における主要な争点は、Xの間接子会社であるP1社等がマナウスフリーゾーンで事業活動を行うことにより、税制上の恩典を享受して多額の利益を得ていたことについて、独立企業間価格の算定上その影響をどのように反映させるかにあった。この争点は重要であり別稿で取り上げることとする。 (2) 判決の要旨(取引単位について) 本件の第一審である東京地裁は、「本件国外関連取引は、原告XとP1社との間の自動二輪車の組み立て部品の販売取引を主要部分として、付随的に、XとP1社等との間の完成自動二輪車の販売取引、自動二輪車の補修部品の販売取引、自動二輪車の製造設備等の販売取引、技術支援の役務提供取引及び無形資産の使用に係る取引を組み合わせて構成され、P5社及びP6社との取引を含めて一体として行われたものであるものであるということができる」と判示し、複数の取引を一の取引として独立企業間価格の算定を行うことが合理的であるとするとともに、「OECD 多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン(2017年版)」でも示された、別の関連者を経由する取引についても、全体の一部として検討する方がより適切であるとした。 《上村工業事件》 (1) 事件の概要 本連載【第3回】を参照されたい。 (2) 判決の要旨(取引単位について) 本件の第一審である東京地裁は、「めっき薬品の特徴や原告グループの事業内容等を前提とすれば、原告とその国外関連者との間の取引においては、原告から個別のめっき薬品についての製造ノウハウ等が示されるだけでは不十分であり、一定の品揃えを伴った複数のめっき薬品に関する製法、使用、管理等のノウハウが包括的に開示されるとともに、顧客先への対応に必要となる技術訓練や技術者の派遣等の役務提供が不可分一体のものとして行われる必要があるものと解される。本件国外関連取引についても、このようなパッケージとしての取引と見て初めて、その価値を適切に把握できるものというべきであり、これを許諾製品(めっき薬品)ごとに個別に分解して検討するのでは、その取引の価値を十分に把握することができないというべきである」と判示して、原告の主張を排斥し、本件国外関連取引を一体の取引として選定すべきであるとした。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第23回】 「「生計を一にしているもの」の意義」 -生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q 譲渡した居住用資産の譲受者が、特殊関係者であるかどうかを判定する場合の「生計を一にしているもの」という意味はどのようなものでしょうか。 A 「生計を一にしているもの」の意味は、所得税基本通達に定めるところによります。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」の第7項に規定する譲渡者個人と特殊関係がある譲受者の範囲については、租税特別措置法施行令第26条の7第3項各号に掲げる者と規定されており、その2号から5号に係る「生計を一にしているもの」の意味は、所得税基本通達2-47(生計を一にするの意義)に定めるところによります。 当該通達2-47(生計を一にするの意義)における「生計を一にする」とは、必ずしも一方が他方を扶養する関係にあることをいうものではなく、また、必ずしも同居していることを要するものでもありません。 〔参考〕 所得税基本通達 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第1回】 「収益認識会計基準の概要と適用範囲」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号、以下「収益認識会計基準」という)及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第30号、以下「収益認識適用指針」という)は、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用される。 収益認識会計基準は、収益認識に関する詳細な規定が設けられており、また、抽象的な表現も見られることから、実務への適用に際しては、十分な理解が必要となる。 本シリ-ズは、収益認識会計基準に関して、実務への適用を踏まえつつ、その理解に資するように解説を行うものである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 概要 収益認識会計基準の主な構成は次のようになっており、収益認識適用指針には設例が付されている。 通常、会計基準を読むときは、目次の順番にしたがって、各規定を読みつつ、その根拠となった「結論の背景」を読みながら理解を深めることが多いと思われる。 しかしながら、収益認識会計基準の規定には、抽象的な表現も見られ、実務に適用しようとする際に、理解しづらい部分があると思われる。 そこで、ただちに収益認識会計基準の本文を最初から読むのではなく、まず、収益認識適用指針の設例を読み、ある程度のイメージをもってから、次に、収益認識会計基準及び収益認識適用指針の本文を読むという方法が考えられる。 また、収益認識会計基準の「開発にあたっての基本的な方針」として、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の定めを基本的にすべて取り入れていることから(収益認識会計基準97項、98項)、収益認識会計基準を理解し実務に適用する際に、IFRS第15号の規定を参考にすることが考えられる。 Ⅲ 適用範囲 1 顧客との契約から生じる収益 収益認識会計基準は、次の①から⑦を除いて、顧客との契約から生じる収益に関する会計処理及び開示に適用される(収益認識会計基準3項)。 このため、顧客との契約の一部が上記の①から⑦に該当する場合には、①から⑦に適用される方法で処理する額を除いた取引価格について、収益認識会計基準を適用するので、顧客との取引を検討する際に注意が必要である。 また、関連する取引が「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」(実務対応報告第38号)の範囲に含まれる場合には、これに従って会計処理することになり、そうでない場合には、関連する会計基準等の定めが明らかではない場合として、企業が会計方針を定めることになる(収益認識会計基準108項-2)。 「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)は、関連する会計基準等の定めが明らかでない場合とは、特定の会計事象等に対して適用し得る具体的な会計基準等の定めが存在しない場合をいうと定義している(4-3項)。 2 「顧客」と「契約」 収益認識会計基準で取り扱う範囲は、IFRS 第15号と同様に、顧客との契約から生じる収益である(収益認識会計基準102項)。 このため、顧客との契約から生じるものではない取引又は事象から生じる収益は、収益認識会計基準の対象とならない(収益認識会計基準102項)。 収益認識会計基準は、「顧客」と「契約」を次のように定義しており、当該定義を満たすかどうかの判断が重要になると考えられる(収益認識会計基準5項、6項)。 3 同業他社との商品又は製品の交換取引 顧客又は潜在的な顧客への販売を容易にするために、同業他社との商品又は製品の交換取引が行われることがある。 当該取引において、商品又は製品を交換する同業他社は、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットを獲得するために企業と契約しているため、顧客の定義に該当するが、IFRS 第15号と同様に、収益認識会計基準の適用範囲に含めないこととされた(収益認識会計基準3項(4)、106項)。 IFRS 第15号では、同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識し、その後で再び最終顧客に対する棚卸資産の販売について収益を認識すると、収益及び費用を二重に計上することになり、財務諸表利用者が企業による履行及び粗利益を評価することが困難となるため適切ではないとされている(収益認識会計基準106項)。 わが国においては、棚卸資産の交換取引に関する会計処理の定めが明示されていないが、IFRS 第15号と同様に、同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識することは適切ではないと考えられる(収益認識会計基準106項)。 4 固定資産の売却 IFRSでは、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットではない固定資産の売却について、IFRS 第15号と同様の収益の認識を行うようIAS 第16号「有形固定資産」が改正されている。 一方、収益認識会計基準では、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットではない固定資産の売却については、論点が異なり得るため改正の範囲に含めておらず、収益認識会計基準の適用範囲に含まれないとされた(収益認識会計基準108項)。 また、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットとなる不動産の売却は、収益認識会計基準の適用範囲に含まれるが、当該不動産の売却のうち、不動産流動化実務指針の対象となる不動産(不動産信託受益権を含む)の譲渡に係る会計処理は、連結の範囲等の検討と関連するため、収益認識会計基準の適用範囲から除外している(収益認識会計基準3項(6))。 5 契約コスト 収益認識会計基準では、棚卸資産や固定資産等、コストの資産化等の定めがIFRSの体系とは異なるため、IFRS 第15号における契約コスト(契約獲得の増分コスト及び契約を履行するためのコスト)の定めを範囲に含めていない(収益認識会計基準109項)。 なお、IFRS又は米国会計基準を連結財務諸表に適用している企業の取扱いに注意する(収益認識会計基準109項)。 6 提携契約に基づく共同研究開発等 前述のとおり、収益認識会計基準は、顧客との契約から生じる収益に関する会計処理及び開示に適用される(収益認識会計基準3項)。 このため、例えば、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットである財又はサービスを獲得するためではなく、リスクと便益を契約当事者で共有する活動又はプロセス(提携契約に基づく共同研究開発等)に参加するために企業と契約を締結する当該契約の相手方は、顧客ではなく、当該契約に収益認識会計基準は適用されないことになる(収益認識会計基準111項)。 なお、顧客の定義は前述のとおりである(収益認識会計基準6項)。 7 工事契約 収益認識会計基準は、工事契約について、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)における定義を踏襲している(収益認識会計基準13項、112項)。 なお、請負契約ではあってももっぱらサービスの提供を目的とする契約や、外形上は工事契約に類似する契約であっても、工事に係る労働サービスの提供そのものを目的とするような契約は、「工事契約に関する会計基準」と同様に、工事契約に含まれない(収益認識会計基準112項)。 8 受注制作のソフトウェア 収益認識会計基準は、受注制作のソフトウェアの範囲について、「工事契約に関する会計基準」と同様に、「研究開発費等に係る会計基準」(企業会計審議会)及び「ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第17号)を踏襲している(収益認識会計基準14項、113項)。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第13回】 「他人事ではいけない調査の心得」 ~調査機関の思考編~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの調査を効果的に活かすための買い手にとっての心得を知る。 売り手企業 ⇒M&Aの調査ではどこを見られているのかポイントを知る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの調査機関の思考を知ってM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒M&A調査の視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 1 調査は売り手の状況を教えてくれる 【第12回】の手順を踏んだ事前準備段階を終えると、通常、中小企業M&Aでは財務デューデリジェンス(【第12回】「他人事ではいけない調査の心得」~資料準備編~参照)を中心とする売り手企業での現地調査の段階に進みます。最近では調査に必要な資料のデータ管理を前提にリモート環境での調査が進んでいますが、中小企業の特性を考慮すると、過去の資料の管理は依然としてペーパーを頼りにしている場合が多いため、本稿では売り手企業に直接行って調査を行う想定で説明します。 調査では、事前に依頼した資料の閲覧や売り手企業へのインタビュー・質問を通じて、売り手の調査時点での実態を把握しますが、調査の過程で売り手の状況に気づかされることは多いものです。 そこで、今回は、調査実施段階における売り手企業から得られる情報源に着目して、主に調査機関の考え方を通じて売り手企業の見方・見られ方を解説します。 2 調査機関は売り手をどう見ているか 中小企業M&Aの多くの機会で実施される財務デューデリジェンスでは、数日間にわたって調査を実施する機関が、売り手に関する資料を読み、売り手に対して質問を行い、PCなどを使って作業結果らしき内容を入力する様子が確認できます。 ところが、その様子からは調査の詳細まで把握できるわけではありませんので、調査機関はいったい何をしていて、売り手のどこを見ているかなど、買い手も売り手も共に気になるはずです。調査機関がどのような考え方で調査を行っているかを知るのは、買い手・売り手双方にとって、また、調査機関以外の支援機関にとっても有益ですから、現場で何が行われようとしているか想像しながら、今後の参考にしてください。 (1) 主要部署とキーパーソン 調査機関は、調査をスムーズに行うために、この部署に確認すれば、この人に確認すれば大体の検討がつく存在を求めています。必ずというわけではありませんが、売り手、特にトップは調査に際して(少しでもよく見せようと、見られようと)飾るものです。そのような中で、包み隠さずに売り手の状況を本音で伝えてくれる存在は調査機関に重宝されます。 調査の過程では、良い面も悪い面も洗い出し、あるがままの状態を知るために、一例ですが次のような切り口の質問を通じて、調査内容を補強する場合や、追加資料の閲覧につなげるための手がかりを得る場合があります。 (2) 現場の視察 資料と現場の状況との相違や差異は、実務上よくみられるものです。調査結果に正確な情報を反映するために、調査機関は入手資料の情報を頭に入れたうえで、現場(本社、工場、倉庫など)の視察を積極的に行います。現場の視察では、たとえば次のような事項を観察しています。 (3) 勘定科目 調査機関が扱う主要なテーマの1つである財務デューデリジェンスでは、基本的に入手する決算に関係する資料を通じて、財務的な見地から会社の実態把握を行います。調査機関は通常複数名のチームで調査を実施し、チームメンバーは勘定科目単位で調査を担当します。 たとえば、現金・預金と固定資産はAさん、借入金はBさん、売掛金・買掛金はCさんという具合です。ここでは勘定科目ごとの詳細については触れませんが、各担当者が勘定科目に関する資料を閲覧する、あるいは、売り手の担当者に質問する際にどのような考え方や方針をもって調べているかを一例として挙げておきます。 3 普段の心がけがM&Aを成功に導く M&Aの調査時点において、売り手が完璧と思われる必要はありません。それよりも、あるがままの状態を見せてくれているかどうかといった真実性や誠実性の方が重要で、調査機関には着飾る様子がばれていると思って割り切った方がよさそうです。 しかし、「何も対策をせずにM&Aの調査を迎えても心配ないさ」と思ってよいほど甘いものでもありません。相手が売り手のすべてを見ようとする以上、知りたいと思う以上、時間はかかりますが、できる限り普段から、いつこのような日を迎えてもよいように備えるしかありません。 普段の心がけ次第でM&Aの成否が変わるなら、買い手・売り手のいずれに回っても対応できるように、調査機関がどのような考え方で売り手を見ているかの視点をヒントにして、今から行動に変える習慣を持つのは決して無駄ではないように思います。 (了)