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日本の企業税制 【第90回】「米国バイデン政権の税制改革計画」

日本の企業税制 【第90回】 「米国バイデン政権の税制改革計画」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   米国バイデン政権は4月7日、「メイド・イン・アメリカ税制計画(Made in America Tax Plan)」を発表した。この税制計画の目的は、3月31日に公表された「米国雇用計画(American Jobs Plan)」に盛り込まれたインフラ投資、研究開発、製造業支援等の8年で約2.25兆ドルにも上る支出をまかなうための財源的な手当である。今回の税制計画では15年で約2.5兆ドルの税収増が見込まれている。 税制計画の基本的な考え方は、米国企業と労働者の競争力を高めることを念頭に置き、現行のいわゆるトランプ税制(2017 年 Tax Cuts and Jobs Act(TCJA))を否定し、連邦法人税率を21%から28%に引き上げるとともに、各国による法人税率の引下げ競争を終わらせるため国際的な最低税率の導入を目指すというものである。また、化石燃料の生産者への長年にわたる補助金を廃止し、クリーンエネルギーの生産者に対する税制優遇措置を提供する方針も示されている。 4月5日には、上院財政委員会の民主党メンバーから国際課税に関する租税政策フレームワークも発表されており、今後、具体的な税制改正法案が議会において議論される見込みである。すでにペロシ下院議長(民主党)は、米国雇用計画と税制計画の双方を実現する法案を本年7月4日までに下院で成立させる目標を示している。   〇2017年のTCJA まず、今回の税制計画で否定されている2017年のTCJAについて振り返っておきたい。 TCJAでは、法人税率の恒久的な大幅引下げ(35% ⇒ 21%)や固定資産の即時償却、及び、AMT(代替ミニマム税)の撤廃に加えて、国際課税の分野では海外配当益金不算入制度(テリトリアル課税)を導入する一方で、税源浸食防止規定(BEAT課税)の創設、グローバル無形資産低課税所得(GILTI)への課税制度の創設、外国源泉の無形資産関連所得(FDII)に対する所得控除制度の創設など特徴的な制度の創設が目玉であった。 (1) BEAT課税 BEAT課税とは、米国法人税申告時に損金算入されている一定の外国関連者に対する支払い(償却資産の取得対価や支払い利子等)を通常の課税所得に加算調整して算出される修正後課税所得にBEAT適用税率(10%)を乗じて再計算される金額が、通常の法人税額(R&D税額控除等適用後)を超過する場合に、超過額(プレミアム)を追加的に納税する制度である。 (2) GILTI合算課税 CFC(10%以上保有の米国外会社)の米国税法ベースで計算した課税所得の持分相当額の全世界ベースの合計額から、黒字のCFCの有形償却資産の定額償却ベース簿価の10%からすべてのCFCで損金算入された支払い利子を減額した金額を控除(QBAI控除)したものをGILTI(Global Intangible Low-Taxed Income)として米国の株主(親会社)の課税所得に合算して課税する制度である。なお、いったん合算された後、GILTI50%相当額の所得控除が認められている。また、CFCの課税所得に対応する外国法人税の持分相当額の80%が外国税額控除の対象額となる。 このような計算を単純化してみれば、GILTI合算による税額の増加額は「CFCの課税所得×50%×21%(法人税率)」となり、外国税額控除額は「CFCの課税所得×80%×外国法人税率」となることから、両者を比較すると、外国法人税率が13.125%に満たない場合に、この制度による税負担の増が生じる結果となる。 (3) FDIIに対する所得控除制度 外国源泉の無形資産関連所得(Foreign-Derived Intangible Income(FDII))に対して37.5%の所得控除を認めるものであり、米国法人による外国での所得稼得活動を奨励する趣旨であるといえる。   〇メイド・イン・アメリカ税制計画 今回の税制計画では、冒頭に述べたように、連邦法人税率を21%から28%に引き上げることに始まり、会計上の利益に対する15%ミニマム税の創設(これはTCJAで廃止されたAMTの復活ともいえよう)、BEAT課税の見直し、GILTI合算課税の強化、FDIIに対する所得控除制度の廃止と、ことごとくTCJAの逆を行く提案となっている。 BEAT課税については、損金不算入の対象となる支払いをミニマム税未導入の低税率国の関連者に対する支払いに限定し、その趣旨を税率引下げ競争に終止符を打つということに転換し、名称もSHIELD(Stopping Harmful Inversions and Ending Low-tax Developments)と変えることとしている。 GILTI合算課税については、QBAI控除を廃止することとともにGILTIの半額の損金算入を縮減し25%の損金算入にとどめることが盛り込まれている。 (了)

#No. 415(掲載号)
#小畑 良晴
2021/04/15

船舶の評価を巡る贈与税決定処分等の取消訴訟において全部取消が認められた事例-東京地裁令和2年10月1日判決(平成28年(行ウ)第413号:贈与税決定処分等取消請求事件)- 【第1回】

船舶の評価を巡る贈与税決定処分等の 取消訴訟において全部取消が認められた事例 -東京地裁令和2年10月1日判決 (平成28年(行ウ)第413号:贈与税決定処分等取消請求事件)- 【第1回】   弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之   1 はじめに 相続税法第22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、原則として、当該財産の取得の時における時価による旨規定する。そして、この財産の評価に関する基本的な取扱いを定める財産評価基本通達(以下「評価通達」という)は、船舶の価額について、原則として、売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価するものとし、これが明らかでない船舶については、同種同型の船舶を課税時期において新造する場合の価額から償却費等を控除した価額によって評価するものとしている(評価通達136)。 かかる船舶の評価が争点となった贈与税決定処分等の取消訴訟において、東京地方裁判所は、令和2年10月1日、原告側の主張を認め、贈与税決定処分等の全部を取り消す判決を下したため、事例判断ではあるが、今後の実務の参考として紹介する(同月16日判決確定)。   2 事案の概要 海上運送業等を事業の目的とするA社の代表取締役であるX(原告)は、平成21年2月28日(以下「本件贈与日」という)、Xの母から、同じく海上運送業等を事業の目的とするB社の株式20株の贈与を受けたが、平成20年9月に発生したいわゆるリーマン・ショックの影響等により、B社株式の価額は0円であり、贈与税額は生じないと考えて、法定申告期限までに贈与税の納税申告書を提出しなかった。 なお、B社株式は、評価通達168(3)の「取引相場のない株式」で、かつ、評価通達189の「特定の評価会社の株式」のうち(4)「開業後3年未満の会社等の株式」に該当するものであったため、その価額は、評価通達185所定の「純資産価額方式」によって評価される。 一般的に、我が国の海運業においては、日本法人が海外子会社(多くはペーパーカンパニー)を設立し、当該海外子会社に船舶を所有させる仕組み(いわゆる便宜置籍船の仕組み)が広く採用されている。これにより、船舶は外国籍となるため、日本籍船と比べて、税負担や船舶の登録費用が安くなる等のメリットを享受することができる。 B社も便宜置籍船の仕組みを採用しており、本件贈与日当時、パナマ共和国を本店所在地とするM社の発行済み株式の全部を保有し、このM社が合計70隻の船舶(以下「本件各船舶」という)を所有していた。 したがって、純資産価額方式によってB社株式を評価するにあたっては、B社の海外子会社であるM社が所有する本件各船舶の評価がその算定の基礎となる。 処分行政庁(税務署長)は、本件各船舶の価額を約2,226億円と評価したうえで、M社株式の価額(純資産価額)を約374億円と評価し、更にこれに基づいて、B社株式の価額を評価したところ、B社株式の価額は約43億円となったことから、平成25年7月8日、Xに対し、贈与税約21億円の決定処分及びこれに伴う無申告加算税約4億円の賦課決定処分を行った。 Xは、上記各処分を不服として、不服申立手続を行ったところ、裁決により上記各処分の一部が取り消されたため、残部(贈与税額約5億円)の取消しを求め、平成28年9月9日、Y(国・被告)を相手に提起した取消訴訟が本件である。 本件の主たる争点は、本件各船舶の評価であった(全70隻の本件各船舶のうち3隻については当事者間に争いがなく、実際に争点となったのは、その余の67隻の価額である)。なお、本件各船舶には、本件贈与日当時、いずれも定期傭船契約(※1)が付されていた。 (※1) 船舶所有者が船員を乗船させ、備品等を備えた運航可能な状態にして船舶を傭船者に貸し渡し、傭船者がその対価として契約期間(傭船期間)につき定額の傭船料(定期傭船料)を支払う契約。   3 各当事者が依拠する本件各船舶の価格鑑定に用いられた鑑定方法 前述のとおり、船舶の評価は、「精通者意見価格」等を参酌して評価するものとされているところ(評価通達136)、X及びYは、それぞれ別の船価鑑定業者に鑑定を依頼し、かかる「精通者意見価格」を参酌して、本件各船舶の評価額を主張した。 (1) Y(被告)の依拠する価格鑑定に用いられた鑑定方法の概要 Yが船価鑑定を依頼した鑑定業者P社は、本件各船舶(全70隻)のうち34隻については「取引事例比較法」により価格鑑定を行い、その余の36隻については「建造船価償却法」によって価格鑑定を行った。 P社の採用する「取引事例比較法」は、本件贈与日に近接した平成21年1月から同年2月までの2ヶ月間の売買実例から、個別の評価対象船舶の比較対象となる売買実例を抽出し、その価格に、①船齢差による調整、②積載能力差による調整、③装備等(クレーン等の荷役装置の有無等)の差異による調整を行うほか、④定期傭船料に係る調整を行うことによって、本件各船舶の評価額を算定していた(※2)。 (※2) 中古船市場において定期傭船契約が付されたままの状態の船舶が取引されることはほとんどないため、抽出される売買実例は、いずれも定期傭船契約が付されていない船舶の価格である。しかし、評価対象船舶は、本件贈与日当時、いずれも定期傭船契約が付されていたことから、P社は、比較対象となる売買実例に①~③の調整を加えることによって、定期傭船契約が付されていない場合の評価対象船舶の価格を算定し、さらに、これに定期傭船料に係る調整を行うこととした。 このうち④について、P社は、具体的には、個別の評価対象船舶に付された定期傭船契約の契約傭船料と本件贈与日における定期傭船料の市場水準(市場傭船料)との差額に基づく調整額を加減算することで評価対象船舶の価格を算定したが、市場傭船料の指標となるデータが、傭船期間3年までのものしか公表されていなかったため、評価対象船舶に付された定期傭船契約の残存傭船期間が3年以下の場合はその全部を調整の対象とし、3年を超える場合には3年の限度で調整の対象とすることとしていた。 その結果、P社が取引事例比較法を用いて評価した本件各船舶(当事者間において価格に争いのない1隻を除く33隻)のうち、10隻は残存傭船期間が3年以下であったため、残存傭船期間の全部が調整の対象となったが、その余の23隻は残存傭船期間が3年を超えていたことから、残存傭船期間の全部についてではなく、いずれも3年の限度でのみ定期傭船料の調整が行われた。 P社の採用する「建造船価償却法」は、上記の「取引事例比較法」において価格算定の参考となり得る売買実例を収集することができなかった船型の船舶について、建造船価を基準に、建造時から本件贈与日までの経過年数に基づく減価修正(償却)を行うことで、本件各船舶(当事者間において価格に争いのない2隻を除く34隻)の評価額を算定していた。 (2) X(原告)の依拠する価格鑑定に用いられた鑑定方法の概要 Xが船価鑑定を依頼した鑑定業者Q社は、本件各船舶(全70隻)のうち当事者間に争いのある67隻すべてについて、「収益還元法(DCF法)」により価格鑑定を行った。 Q社の採用する「収益還元法(DCF法)」は、定期傭船契約の契約期間(傭船期間)中の収益価値に、契約終了時の船舶価値を加えることによって(いずれも現在価値に割り引いたもの)、本件各船舶の評価額を算定していた。 (続く)

#No. 415(掲載号)
#木下 雅之
2021/04/15

相続税の実務問答 【第58回】「相続税の申告に誤りがあった場合の更正の請求の期限」

相続税の実務問答 【第58回】 「相続税の申告に誤りがあった場合の更正の請求の期限」   税理士 梶野 研二   [答] 相続税の法定申告期限から5年を経過する日以前6ヶ月以内に更正の請求を行った場合には、税務署長は、その更正の請求に基づいて行う(減額)更正を、その更正の請求があった日から6ヶ月を経過する日まで行うことができることとされています。 したがって、あなたが5月20日の直前に更正の請求を行ったとしても、更正の請求に理由があると認められれば、税務署長は、更正の請求書を提出した日から6ヶ月間は減額の更正を行うことができますので、心配はいりません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 通常の更正の請求 国税の申告書を提出した者は、その申告書に記載した課税標準又は税額に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大となっていた場合には、その国税の法定申告期限から5年以内に限り、課税標準や税額について減額することを求める更正の請求をすることができます(通法23①)。税務署長は、その請求に係る課税標準や税額について調査の上、更正をすべき理由があると認めたときには、減額の更正をすることとなります(通法23④)。 ところで、税務署長は、その国税の法定申告期限から5年を経過しますと、原則として、更正処分をすることができなくなります(通法70①)。この更正処分の期間制限の規定は、課税標準や税額を増額する処分だけではなく、課税標準や税額を減額する処分についても適用になります。税務署長の調査にはある程度の日数を要することとなりますから、法定申告期限から5年を経過する日に近接した時点で更正の請求を行った場合には、税務署長が当該5年を経過する日までに更正の請求に基づく減額処理をすることは困難又は不可能となります。 そこで、法定申告期限から5年を経過することにより更正をすることができないこととなる日の前6ヶ月以内に更正の請求が行われたときには、特例としてその更正の請求があった日から6ヶ月を経過する日まで更正の請求に基づく減額処理を行うことができることとされています(通法70③)。   2 更正の請求が提出された場合の税務署長の対応 申告等に係る課税標準又は税額が過大であるとして更正の請求をする場合、更正の請求をする理由、更正の請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事項を更正の請求書に記載しなければなりません。また、相続税などの更正の請求をする場合には、更正の請求をする理由の基礎となる事実を証明する書類があるときには、これを更正の請求書に添付しなければなりません(通令6②)。 更正の請求がされると、税務署長は、更正の請求書の記載や添付された書類を確認・検討し、当該更正の請求に理由があるかどうかについて調査を行い、理由があると判断された場合には、更正の請求どおりの課税標準又は税額とする更正処分を行うこととなります。また、更正の請求書の一部についてのみ理由があると認められた場合には、税務署長が認める金額について課税標準又は税額について減額の更正処分をすることとなります。一方、更正の請求に理由がないと認めた場合には、更正をすべき理由がない旨の通知処分を行います(通法23④)。 国税庁では、更正の請求書が提出された場合、3ヶ月以内に、更正をすべき理由があるかどうかについて調査を実施し、更正処分又は通知処分をすることを目標としており、ほとんどの更正の請求については、3ヶ月以内に結論が出されています。したがって、一般的には、更正の請求が提出された日から6ヶ月間のうちに、税務署長は、更正の請求書の記載や添付書類をも踏まえ更正の請求に理由があるかどうかについて調査を実施し、更正をするかどうかの判断をすることができると考えられます。 (注) 令和元事務年度(令和元年7月1日から令和2年6月30日)における「更正の請求」の3ヶ月以内の処理件数割合は、96.9%です。3ヶ月以内に処理できなかったものの多くは、添付(証拠)書類等に不備があり、その補正等の対処に時間を要したものであると説明されています(「令和元事務年度国税庁実績評価書」(20頁)より)。   3 ご質問の場合 ご質問の場合、相続税の法定申告期限である平成28年(2016年)5月20日から5年以内の日である令和3年(2021年)5月20日までに更正の請求をすることができます。この日前6ヶ月以内に更正の請求がされた場合には、更正の請求を受けた税務署長は、更正の請求書の提出があった日から6ヶ月を経過する日までに調査を実施し、更正の請求に対する判断を行うこととなります。したがって、ご質問のようなご心配には及びません。 なお、あなたが更正の請求を行うのは、お父様の友人への貸付金の額が1,000万円と申告書に記載した点に誤りがあり、実際には貸付金残高は100万円に過ぎなかったというものですから、6ヶ月間に税務署長が更正の請求に理由があると判断できるように、更正の請求書には課税時期における貸付金残高が100万円であったことを証明できる書類その他参考となる資料を添付してください。 (了)

#No. 415(掲載号)
#梶野 研二
2021/04/15

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第25回】「株価引下げ効果を目的とした役員退職給与の支給」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第25回】 「株価引下げ効果を目的とした役員退職給与の支給」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 役員退職給与支給スキームの利用価値 一般的な中小企業は所有と経営が一致しているため、代表取締役の相続財産のうち、自社株式がその多くを占めるケースがある。この点、昨今は法人版事業承継税制が大幅に緩和される等(措法70条の7の5、同法70条の7の6)、現在では事業承継問題について国を挙げて制度面から取り組みがなされているといえる。 しかし、法人版事業承継税制のデメリット面を嫌厭したり、要件を充足できなかったりという諸般の事情から、従来から存在する最もポピュラーな手法、すなわち役員退職給与を支給することで株価を引き下げ、翌事業年度において生前贈与等により株式を移動させるという方法を選択するケースも未だに多い。 この場合において、かねてより本連載で取り上げてきた留意点を充足しなければ、役員退職給与が否認されるリスクが高まるのはいうまでもない(※1)。 (※1) 本連載では、以下のような留意点に触れている。 ・【第2回】⇒ 役員退職給与支給に係る実質的な退職の必要性。 ・【第3回】⇒ 株主総会等での決議が必要。 ・【第12回】⇒ 功績倍率は、実務上3倍以下にするべきである。 ・【第18回】⇒ 役員退職給与を分割支給する場合の留意点。 その上で、税務上適正な損金算入額で役員退職給与を支給した場合、法人にとっては法人税・法人住民税・法人事業税の節税につながり、退職所得であることから退任した役員個人の節税にもなり、更には株価引下げ対策としての効果が期待できる。このようなことが、事業承継の一手法として、多くの専門家のみならず一般的な経営者にも広く認知されることとなっているのだろう。   (2) 本事例の場合 本事例は、功績倍率10倍を採用して損金算入したことを前提としたが、実際にこのようなことをすれば課税庁に対するチャレンジという他なく、損金算入が否定されることに全く疑義はない。退職の事実が認められる上での支給であれば、個人にとっては退職所得であることに変わりなく(※2)、【第2回】で触れたような「トリプルパンチ課税」とはならずとも、理論的には株価評価にも影響を与えることとなると考えられる。 (※2) 最高裁は、退職所得該当性につき、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付され、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有し、③一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であると示していることから、法人税法上の過大性判断とは一線を画する。最高裁昭和58年9月9日判決(税務訴訟資料133号636頁、TAINS:Z133-5247)。 株価評価ロジックについて詳述することは避けるが、類似業種比準価額方式に拠る場合の株価評価に必要となる大きな要素として、課税所得と利益積立金額がある。これらは実務上株価評価を行う際に使用する計算シートにいう「第4表 類似業種比準価額等の計算明細書」の⑪欄・⑱欄以降の内容を指し、それぞれ税務上のもの、すなわち法人税確定申告書の記載内容をベースとすることとなる(※3)。また、純資産価額方式の場合であっても、キャッシュアウトにより預貯金が減少するため、「第5表 1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の⑤欄、すなわち時価純資産価額が減少することとなる。 (※3) なお、会計上の利益ではなく税務上の所得をベースとして株価評価をする理由は、一般的な中小企業は監査義務が課されておらず、会計上の利益操作の可能性を排除し、納税者の利便性を考慮することが目的であると説かれている。松本好正『非上場株式等の評価Q&A(改訂版)』(大蔵財務協会、2020)214頁。 したがって、役員退職給与の支給により、特に類似業種比準価額方式に引下げ効果を生むこととなる。ここで、役員退職給与に係る税務上の損金算入限度額が後日の税務調査において認定され、損金不算入となる部分が生じた場合、株価評価に用いた前提が崩れることから、理論的、そして上記目的に鑑みると贈与税・相続税の領域にも影響があると考えられる。 なお、筆者がリサーチした限り、過大役員退職給与により株価評価額にまで影響が及んだという判例は見当たらない。私見ではあるが、無理筋な功績倍率にて役員退職給与を支給した例自体が少ないことに加え、仮に課税庁側が税務調査にて否認する場合には、いわゆる総合調査によると考えられることから、現場にて決着しているケースが多いのかもしれない。 役員退職給与を株価引下げ目的で支給する場合、実際に影響するかどうかはさておき、このような可能性も頭の片隅に入れておきたい。 (了)

#No. 415(掲載号)
#中尾 隼大
2021/04/15

基礎から身につく組織再編税制 【第27回】「非適格分割型分割を行った場合の分割法人の取扱い」

基礎から身につく組織再編税制 【第27回】 「非適格分割型分割を行った場合の分割法人の取扱い」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   前回は、非適格分割型分割を行った場合の分割承継法人の取扱いについて確認しました。 今回は、非適格分割型分割を行った場合の分割法人の取扱いについて解説します。   1 資産負債の譲渡損益 (1) 原則 分割法人が分割により分割承継法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、分割時の時価により譲渡したものとします(法法62①)。分割対価として分割承継法人株式等を分割時の時価により取得し、分割法人は直ちに分割法人の株主に交付したものとされます。 (2) 完全支配関係がある法人間で非適格分割型分割が行われた場合 ① 内容 グループ法人税制の適用により、完全支配関係がある法人間で非適格分割型分割が行われた場合には、譲渡損益調整資産(②参照)にかかる譲渡損益が繰り延べられ、簿価で移転したのと同様の結果となります(法法61の13①)。譲渡損益調整資産以外の資産については、原則通り、譲渡損益を認識することとなります。 ② 譲渡損益調整資産 「譲渡損益調整資産」とは、固定資産、棚卸資産である土地等、有価証券(売買目的有価証券を除きます)、金銭債権、繰延資産のうち、直前の帳簿価額が1,000万円以上の資産をいいます。   2 みなし事業年度 非適格分割型分割の場合は、非適格合併と異なり、みなし事業年度は生じません。   3 分割法人の役員、使用人に対する退職給与 非適格合併と異なり、非適格分割型分割により分割法人は消滅しないので、分割法人における役員退職金の損金算入時期は原則通り、株主総会等で金額が具体的に確定した日又は退職給与を支給した日の属する事業年度の損金の額に算入されます(法基通9-2-28)。 分割により退職した分割法人の使用人に対して退職給与を支給する場合には、退職給与規程等で退職給与を支給する旨及びその金額が決まっているときは、分割事業年度において債務として確定しているため、未払金として処理しても損金の額に算入されます。   4 欠損金の繰戻し還付 非適格分割型分割の場合には、非適格合併と異なり、欠損金の繰戻しによる法人税の還付請求はできません。   5 繰延資産 非適格分割型分割の場合には、繰延資産の未償却残高は、分割法人の分割事業年度の損金の額に算入することとなります(法基通8-3-6)。   6 一括償却資産 非適格合併の場合には、一括償却資産の未償却残高を被合併法人の最後事業年度の損金の額に算入することとなっていますが、非適格分割型分割により分割法人が一括償却資産を分割承継法人に移転した場合には、特段の定めはないことから、一括償却資産を除却したときと同様に、分割法人側で引き続き償却していくこととなります。   7 事業税 非適格合併と異なり、分割法人の分割事業年度の事業税は、分割法人側で翌期に確定申告を行ったときに損金の額に算入されます。   8 非適格分割型分割により減少する資本金等の額 分割法人において非適格分割型分割により減少する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①十五)。   9 非適格分割型分割により減少する利益積立金額 分割法人において非適格分割型分割により減少する利益積立金額は、次のとおりです(法令9①九)。   10 具体例 下記では具体例を用いて、非適格分割型分割を行った場合の分割法人の取扱いについてみていきます。 〈分割法人の貸借対照表〉 〔前提〕 〔分割法人の移転税務仕訳〕 〇減少する資本金等の額 分割法人の分割型分割直前の資本金等の額に移転割合を乗じて計算します。 〇減少する利益積立金額 対価として交付した分割承継法人株式の時価から分割型分割により減少する資本金等の額を減算して計算します。   ◆非適格分割型分割を行った場合の分割法人の取扱いのポイント◆ みなし事業年度は生じません。 資産・負債の移転は、分割時の時価による譲渡をしたものとされ、分割法人において譲渡損益が生じます。 分割法人において移転資産等に対応する資本金等の額及び利益積立金額が減少します。   (了)

#No. 415(掲載号)
#川瀬 裕太
2021/04/15

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第25回】「所有者として居住したことのない生計を一にする親族の居住用家屋を譲渡した場合」-生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡-

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第25回】 「所有者として居住したことのない生計を一にする親族の居住用家屋を譲渡した場合」 -生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは、妻と共に大阪にある社宅に居住し、Xの子供(大学生)と両親は、東京の父親の所有する家屋に居住していました(従来はXも妻も同居していました)。 本年1月、父親の死亡により、Xはその家屋と敷地を相続しましたが、相続後すぐに売却しました。同年7月には勤務先を定年退職し、銀行に10年間超の住宅ローンを組んで、東京に新たな居住用家屋を取得して現在居住中です。 売却した家屋と敷地は、父親が地価高騰期に購入した物件であったことから、多額の譲渡損失が発生しました。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることはできません。 ●○●○解説○●○● 譲渡資産であるその所有する家屋が、措通31の3-2(居住用家屋の範囲)に定める家屋に該当しない場合であっても、措通31の3-6(生計を一にする親族の居住の用に供している家屋)に定める全ての要件を満たしているときは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができることとされています(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 しかしながら、本事例の場合のXは、所有者としてその家屋に居住したことはなく、措通31の3-6(1)に定める、「当該家屋は、当該所有者が従来その所有者としてその居住の用に供していた家屋であること」の適用要件が満たされず、Xの居住の用に供している家屋としては取り扱われません。したがって、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができません。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)

#No. 415(掲載号)
#大久保 昭佳
2021/04/15

収益認識会計基準を学ぶ 【第2回】「基本となる原則」-5ステップの概要-

収益認識会計基準を学ぶ 【第2回】 「基本となる原則」 -5ステップの概要-   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 第2回は、収益認識会計基準の基本となる原則、いわゆる「5ステップ」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 5ステップ 収益認識会計基準の基本となる原則は、約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように、収益を認識することである(収益認識会計基準16項)。 基本となる原則は、IFRS第15号と同様に、顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に関する有用な情報を財務諸表利用者に報告するためのものである(収益認識会計基準115項)。 そして、当該原則に従って収益を認識するために、次の①から⑤のステップを適用する(収益認識会計基準17項)。これがいわゆる5ステップである。 5ステップについては、収益認識適用指針において、「[設例1] 収益を認識するための5つのステップ(商品の販売と保守サービスの提供)」が示されており、収益認識会計基準の全体の把握に資するものと考えられる。   Ⅲ 個々の契約を対象とすること 1 原則的な方法 収益認識会計基準は、顧客との個々の契約を対象として適用することが原則である(収益認識適用指針92項から104項に定める重要性等に関する代替的な取扱いを含む。収益認識会計基準18項)。 2 許容される方法 実務では、企業が多数の類似した契約又は履行義務を有していることがある。 そこで、収益認識会計基準は、実務的な方法として、一定の条件のもとで次の方法を許容している(収益認識会計基準18項)。いわゆるポートフォリオ・アプローチである。 特性の類似した契約又は履行義務から構成されるグループ全体に適用する方法としては、例えば、当該グループを収益認識の単位又は収益の額の算定単位として用いることが考えられる(収益認識会計基準116項)。 また、例えば、特性の類似した複数の契約に含まれる財及びサービスのそれぞれが履行義務として識別され、当該履行義務に取引価格を配分する際には、原則として、個々の契約について、財及びサービスのそれぞれの独立販売価格の比率に基づくこととなる(収益認識会計基準116項)。 ただし、個々の契約に基づき配分された取引価格との差異が財務諸表上の重要性のある影響を生じさせないことが合理的に見込まれる場合には、類似した複数の契約を1つのグループとし、当該グループに含まれる財及びサービスの独立販売価格の合計と取引価格の合計との比率を用いて、当該グループに含まれる各契約の財及びサービスの独立販売価格から当該財及びサービスに配分される取引価格を算定する方法も認められる(収益認識会計基準116項)。   (了)

#No. 415(掲載号)
#阿部 光成
2021/04/15

値上げの「理屈」~管理会計で正解を探る~ 【第13回】「値引きを効果的に働かせる」~思い出、買い取ります~

値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 【第13回】 「値引きを効果的に働かせる」 ~思い出、買い取ります~   公認会計士 石王丸 香菜子   登場人物 *  *  * 人は、自分の保有しているものについては強い愛着を持ち、高い価値を感じやすい傾向にあります。他人からすればポンコツのパソコンでも、リミちゃんにとっては特別に価値のあるパソコンなのですね。経済学者リチャード・セイラーはこの現象を「保有効果」と名付けました。 *  *  * 《昨年3月~5月の実績》 ※売上高の月別明細 *  *  * 『期間限定の値引きキャンペーン』・・・よく見る光景ですが、キャンペーンが終了して通常価格に戻った時、買いたい気持ちが急激に薄れてしまいませんか? 人は商品の購入を検討する際、商品の価格を何らかの基準と比較して、割高か割安かを判断しています。この基準は「参照価格」といって、「通常価格」や「希望小売価格」は外的な参照価格です。一方で、人のココロや記憶の中にも内的な参照価格があります。過去に経験した価格などをもとに形成される基準で、「この商品ならこれくらいの価格だろう」という感覚です。 通常価格5,800円のエプロンについて、いったん値引きして4,800円で販売した場合、その価格を見たり聞いたりした人の持つ内的参照価格は4,800円へと下がってしまいます。その後エプロンの購入を検討する際には、この下がった内的参照価格4,800円と比較するので、通常価格5,800円でも割高に感じ、買いたいと思わなくなってしまうのです。 *  *  * *  *  * お客さんが「利益を得た時の満足感」や「損失を被った時のがっかり感」について、以下のようにとらえる考え方があります。縦軸はお客さんの効用(「満足感」や「がっかり感」)、横軸はお客さんの利得と損失です。 人の効用は、利得や損失の絶対値ではなく、比較の基準となる元の水準(=「参照点」)からどれくらい離れているかという相対的な利得や損失によって決まります。この参照点は常に同じ水準ではなく、環境や経験などの影響を受けて揺れ動いています。また、ある損失がもたらす「がっかり感」は、同額の利得がもたらす「満足感」よりも大きなインパクトを持っています(損失エリアのグラフの傾きが、利得エリアのグラフの傾きよりも急なのは、この傾向を表しています)。 つまり、エプロンの購入を検討するお客さんの「満足感」や「がっかり感」は、エプロンの販売価格そのもの(「5,800円」や「4,800円」という絶対額)で決まるのではありません。エプロンの販売価格が、その時点における内的参照価格からどれくらい離れているかによって、お客さんの満足感やがっかり感が決まるのです。 4月時点では、通常価格5,800円がお客さんの参照点になっています。お客さんにとって、4月の販売価格4,800円は、参照点と比較して1,000円の利得です。1,000円の利得によって「満足感」(お得な感覚)が得られるので、購入したいと思うお客さんが増えます。ただし、お得な感覚は「ほどほど」なので、お客さんが大幅に増えるほどではありません。 4月(値引き価格4,800円で販売) 一方、5月になると、先月のキャンペーン価格4,800円を見たり聞いたりした後なので、参照点は4,800円になっています。5月の販売価格5,800円は、お客さんにとって、参照点と比較して1,000円の損失です。1,000円の損失によって「がっかり感」(損した感覚)が生じるので、購入したくないと思うお客さんが増えます。しかも、損失の場合に生じる「がっかり感」は、同額の利得がもたらす「満足感」よりも大きなインパクトを持っており、ものすごく損した気分になるので、買いたくない人が続出してしまう(!)のです。 5月(通常価格5,800円に戻して販売) この考え方は、経済学者カーネマンとトヴェルスキーが提唱した「プロスペクト理論」によるものです。投資行動を説明する理論としてよく取り上げられるので、ご存知の方も多いでしょう。 *  *  * ・・・(その後)・・・ 《今年3月~5月の実績》 ※売上高の月別明細 *  *  * お客さんは、現在使っている物の買い取りや下取りをしてもらえると、思い入れのある愛用品に対して一定の評価が得られたと感じ、買い替えやすい心理になるものです。また、販売側にとっては実質値引きであっても、お客さんに対しては『中古品の買い取り代金を商品購入代金に充てる』というスタイルを採ると、お客さんは商品そのものの価格が下がった印象を受けないので、その後の内的参照価格が下がることを防止できます。 値引きをする場合には、単に値引くのではなく、値引きを効果的に働かせる工夫や内的参照価格を下げにくい方法を探してみましょう。 (了)

#No. 415(掲載号)
#石王丸 香菜子
2021/04/15

給与計算の質問箱 【第16回】「産前産後休業中、育児休業中の給与計算」

給与計算の質問箱 【第16回】 「産前産後休業中、育児休業中の給与計算」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社の役員Aと従業員Bが産前産後休業、育児休業を取得する予定です。産前産後休業中、育児休業中の役員Aの役員報酬、従業員Bの給料は0円です。役員報酬の期中での減額は問題ないでしょうか。 また、役員と従業員で社会保険の扱いの違いはあるでしょうか。 A 役員報酬の期中での減額は問題ない。役員と従業員で社会保険の扱いの違いはある。 * * 解 説 * * 1 役員報酬の減額 役員が出産や育児を理由に職務の執行ができなくなった場合に役員報酬を減額することは、定期同額給与の臨時改定事由による改定とされる。   2 役員と従業員で社会保険の扱いの違いの有無 (了)

#No. 415(掲載号)
#上前 剛
2021/04/15

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第16回】「鑑定実務が固定資産税や相続税評価から学ぶこと」~土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価を例として~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第16回】 「鑑定実務が固定資産税や相続税評価から学ぶこと」 ~土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価を例として~   不動産鑑定士 黒沢 泰   鑑定評価も、固定資産税評価も、そして相続税評価においても、所詮、その対象とするものは同じ不動産であり、アプローチの方法や手法が異なるに過ぎません。また、それぞれの性格上、時間や費用をかけて個別に精査すべきもの(鑑定評価)と、時間や費用を極力かけずに簡便に評価することを目的とするもの(固定資産税評価、相続税評価)とを区別して考えるのも止むを得ないことかもしれません。 ただ、世の中の流れが想像以上に早く、その動向を速やかに不動産鑑定評価基準に取り込んで評価実務に活かすのが難しいケースが生じます。その理由は、状況変化を不動産鑑定評価基準に的確に反映させるためには、市場での取引慣行の形成や普遍性といった観点から十分に検証を行わなければならず、そのためにはある程度の時間を要するからです。 その典型例が、昨今話題とされている土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価をどのようにすべきかという問題です。このような問題に取り組み、これを基準に反映させるまでには相当の時間を要するのが実情です(それまでは不動産鑑定士の個々の判断に基づいて評価を行わざるを得ないのが実情です)。 その反面、税務の観点からすれば、対象地が土砂災害(特別)警戒区域に指定されており、通常の土地に比べて使い勝手の悪い土地であれば、納税者は今すぐに税額を少しでも安くしてもらいたいと考えることでしょう。固定資産税の評価や相続税の評価では、課税の公平性の観点からこのような事情も考慮する必要があるでしょうから、評価が難しい案件に関しても画一的な物差し(評価尺度)を決めて対応せざるを得なくなると思われます。 かくして、同じ案件を評価するにしても、現状では不動産鑑定士の個々の判断によって行わざるを得ないケースと、補正率そのものは市場における検証を経ていないものの、画一的に作成された価値尺度によって評価を行うケース(固定資産税評価、相続税評価)が共存することになります。不動産鑑定士がこのような案件に遭遇した場合、客観性を求める意味で固定資産税や相続税評価の実務を参考にしたり、学ぶべきことが大いにあると思われます。 今回は、このような問題意識から、土砂災害(特別)警戒区域に指定されている土地の評価を取り上げます。   1 土砂災害(特別)警戒区域とは 「土砂災害警戒区域」とは、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる区域を指します。そして、売買の対象地がこのような区域に属する場合、宅地建物取引業者には、当該土地が土砂災害警戒区域内にある旨の重要事項説明義務が課せられています。 また、「土砂災害特別警戒区域」とは、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に、建築物の損壊が生じ住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがあると認められる区域を指しています。すなわち、土砂災害警戒区域のなかで、さらに危険性を増す区域です。そのため、住宅宅地分譲、社会福祉施設及び学校等のような災害時要援護者施設の建築のための開発行為(特定開発行為)は事前に都道府県知事の許可が必要となるほか、建築物の構造規制が行われたり、都道府県知事による建築物の移転等の勧告や支援措置が実施されます。 さらに、宅地建物取引業者には、特定の開発行為に関して都道府県知事の許可が必要なこと等の重要事項説明義務が課せられます。 これらの相違を要約すれば、 といえます。そして、これらの相違が価格に与える影響度の相違となって現れます。   2 土砂災害(特別)警戒区域内にある土地の価値が低くなる理由 土砂災害(特別)警戒区域内にある土地の価値が低くなる理由は、常識的に考えても察しがつくことと思われますが、ここでは少々実務的な側面から検討してみます。 (1) 土砂災害警戒区域の場合 単に、土砂災害警戒区域に指定されている土地の場合、建築規制や開発規制がないことから、土地利用制限という点では減価は生じません。しかし、災害リスクの公表(危険の周知)による心理的な要因が、価格にマイナスの影響を及ぼすことがあります。 ⇒市場性の減退 (2) 土砂災害特別警戒区域の場合 土砂災害警戒区域に指定されている土地以上に、心理的な要因が価格にマイナスの影響を及ぼす可能性が高いといえます。 ⇒市場性のさらなる減退 それだけでなく、特定開発行為に対して許可制がとられていることに加えて建築規制がなされており、居室を有する建築物については構造強化(※)が必要となります。 ⇒許可を要するまでの時間、これにかかる費用、許可を受けられなかった場合のリスク等が市場性の減退要因となるほか、構造強化(対策措置)にかかる費用が減価要因となります(通常であればこのような措置をとらずに利用できる土地がそのままでは利用できないためです)。 (※) 建築基準法施行令第80条の3では、土砂災害特別警戒区域内における居室を有する建築物の外壁及び構造耐力上主要な部分の構造は国土交通大臣が定めた方法による旨定めていますが、具体的には外壁等の構造耐力上主要な部分を鉄筋コンクリート造とすることとされています(平成13年3月30日国土交通省告示第383号)。   3 実際には難しい土地評価 宅地開発や建築の規制を伴う区域については、一般的に土地取引が少なく、また、不動産鑑定士の得意とする地価調査基準地等の選定もほとんどないため、統計等による地価変動の把握は困難な場合が多いといえます。 したがって、理論的な手法となりますが、鑑定実務では規制を伴うことによる対策工事等の観点から、理論的に減価の把握をする方法でアプローチしていきます。その際、土砂災害特別警戒区域(通称:レッドゾーン)において宅地利用する場合には、防護壁や建物の構造による対策費が必要となり、通常、この対策費用相当額が土地の減価と認識できます。 ただし、地価が低廉な地域においては、対策工事を行ってまで宅地利用することが見合わない場合もあり得ます。このような地域においては、レッドゾーンは宅地として使用せずに、レッドゾーン以外の残地を使用することが合理的な使用方法(=最有効使用の方法)となりますが、実務的な判断は容易でないケースも多いのが実情です。   4 固定資産税や相続税の評価では (1) 固定資産税の評価 市町村ごとに「所要の補正」という形で、例えば以下のような方法で減価を行っているケースが多くみられます。 ① A市の場合 ⇒ 一律補正 ② B市の場合 ⇒ 地積割合により補正 (2) 相続税の評価 財産評価基本通達では、土砂災害特別警戒区域内の土地の評価につき次の規定を設けていることは、税理士の皆様にはご承知のとおりと思われます。 ここで、特別警戒区域補正率表とは以下に掲げるものです。ここでは、その宅地の総地積に対する土砂災害特別警戒区域内の地積の割合に応じて補正率を画一的に定めている点が特徴的です。   5 まとめ 既に述べたとおり、土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価については、不動産鑑定評価基準においても明確な規定は設けられておらず、これに特化した実務の指針はまだ作成されていません。そのため、理論的な手法(通常の土地価格から対策費用相当額を控除する手法)に加えて固定資産税評価や相続税評価の実務で使用されている減価率等を参考にすることに大きな意義を見い出すことができます。 (了)

#No. 415(掲載号)
#黒沢 泰
2021/04/15
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