〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第2回】 「免税事業者が適格請求書発行事業者の登録をする場合の経過措置」 税理士 石川 幸恵 【Q】 私は開業以来ずっと免税事業者である個人事業者です。インボイス制度によって「免税事業者である」ことが取引先に明らかになると、価格交渉が難しくなりそうなので、適格請求書発行事業者の登録をしようと考えています。申請はどうしたらよいですか。 ※このQuestionでは、質問者は個人事業者、課税期間は暦年として解説を進めますが、法人でも同じです。 〔ポイント〕 (1) 経過措置があるので、インボイス制度が開始する令和5年については、令和5年10月1日~12月31日の期間のみ課税事業者になることが可能。 (2) 課税事業者選択届出書や課税期間特例選択・変更届出書は不要。 (3) 適格請求書発行事業者の登録申請書は令和3年10月1日に受付開始されるが、経過措置の適用についての記載欄は、令和5年の納税義務が明らかになってからでなければ書けない。 * * * 【A】 令和5年10月1日に登録を受けるためには、令和3年10月1日から令和5年3月31日(困難な事情がある場合は令和5年9月30日)までの間に適格請求書発行事業者の登録申請書を提出します。令和5年が免税事業者である場合には、課税期間の中途から課税事業者になる経過措置を受けられますので、経過措置の適用を受ける旨を記載してください。 (1) 経過措置とは 免税事業者が適格請求書発行事業者になるためには、原則として、課税事業者選択届出書を提出し、課税事業者となる必要があります。 ただし、免税事業者が令和5年10月1日の属する課税期間中に登録を受けることとなった場合には、登録を受けた日から課税事業者となる経過措置が設けられています(インボイスQ&A問8、インボイス通達5-1、28年改正法附則44④)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 令和4年までは免税事業者であるものとします。 (※2) 相続が発生した場合はこの限りではありません。 (2) 課税期間特例選択・変更届出書や課税事業者選択届出書は不要 課税期間の途中から課税事業者となるためには、課税期間の短縮を検討しますが、上記(1)の経過措置を受けるにあたっては、課税期間の短縮は必要ありません。 令和5年10月1日の属する課税期間中に登録を受ける場合に限り、課税事業者選択届出書の提出も必要ありません。 課税事業者届出書の提出要否については明記されていませんが、適格請求書発行事業者の登録申請書に個人番号や法人の事業年度、資本金の記載欄が設けられており、これらは課税事業者届出書と同様の内容なので、登録申請書が課税事業者届出書を兼用するものと考えられます。 (3) 申請書の提出は令和5年の納税義務の有無が明らかになってから ① いつから提出可能なのか 適格請求書発行事業者の登録申請書の受付は、令和3年10月1日から始まりますが、経過措置の適用に関しては、令和5年の納税義務がないことが明らかになってからでなければ記載できません。令和5年の納税義務の有無がわかるのは、(1)の図に示したように、令和4年の特定期間(令和4年6月30日)を過ぎてからです。 ② 経過措置を受ける場合の申請書の書き方 免税事業者が令和5年10月1日から適格請求書発行事業者になる場合の選択のチェック方法は、下図のとおりです。赤枠で囲んだ部分に課税事業者届出書と同様の項目の記載欄があります。 個人事業者の場合は、個人番号の記載がありますので、番号確認書類と身元確認書類の提示又は写しの提出をしてください。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ③ 提出期限 令和5年10月1日から適格請求書発行事業者になる場合の提出期限は、令和5年3月31日ですが、提出できなかったことにつき困難な事情(何を困難とするかのレベルは問わない)がある場合は、令和5年9月30日までとされています(インボイスQ&A問7)。 (4) 敢えて、令和5年10月1日以降に開始する課税期間から適格請求書発行事業者になることも可能 令和5年10月1日から令和6年3月31日までの間に開始(個人事業者ならば令和6年1月1日に開始)する課税期間から、適格請求書発行事業者になることも可能です。 こちらを選択する場合は、次のいずれかの届出がセットになります。 しかし、(1)の経過措置があるにもかかわらず、敢えて令和5年10月1日以降に開始する課税期間から適格請求書発行事業者になる必要性は薄いと考えられます。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第29回】 「海外居住者の相続税と国外転出時課税制度」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 西田 尚子 相談内容 私Aは、製造業を営むX社(非上場会社)の社長です。X社の株式は私が40%、後継者の息子B(日本国籍)が60%を所有しています。Bは3年前からシンガポールにあるX社の子会社Y社へ出向しており、妻Cと長男D(いずれも日本国籍)と共にシンガポールで暮らしています。 Bが日本から出国する際には、私がBの納税管理人となり国外転出時課税の納税猶予の適用を受けました。 Bは今年帰国する予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で子会社の経営状況が悪化しており、その立て直しのため出向期間を延長することになりました。このような状況下で、万が一Bの相続が発生した場合に相続はどうなるのかが心配です。Bが海外居住中に相続が発生した場合の相続税の取扱いについてご教示ください。 〈相続関係図〉 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 相続税の納税義務と課税範囲 被相続人や相続人が海外に居住している場合や、日本国籍でない場合には、相続税の納税義務の判定が必要です。 被相続人と相続人が日本国籍の場合、両者ともに相続開始前10年以上日本に住所がない場合には、日本国内財産のみが相続税の課税対象になりますが、被相続人又は相続人のいずれかの住所が10年以内に日本にある場合には、国内財産、国外財産のすべてが課税対象になります。 下表は被相続人と相続人の状況別の相続税の納税義務の判定表です。 〈相続税の納税義務と課税範囲〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 一時居住者 出入国管理及び難民認定法別表第1の在留資格で滞在している者で、相続開始前 15 年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下の者(相法1の3③一)。 (※2) 外国人被相続人 相続開始の時において、在留資格を有し、かつ、日本国内に住所を有していた被相続人 (相法1の3③二)。 (※3) 非居住被相続人 相続開始の時において日本国内に住所を有していなかった被相続人のうち次に掲げる者(相法1の3③三)。 (1) 相続開始前10年以内のいずれかの時において日本国内に住所を有していたことがある者のうちそのいずれの時においても日本国籍を有していなかった者。 (2) 相続開始前10年以内のいずれの時においても日本国内に住所を有していたことがない者。 上表のほか、相続又は遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者は、その相続時精算課税の適用を受けた財産について相続税の納税義務があります(相法1の3①五、21の16①)。 [2] 相続財産の所在 相続財産の所在はその財産を相続により取得したときの現況により判定します。下表は財産の種類別の所在地です(相法10)。 〈財産の所在の判定〉 具体的にBの財産の所在地が国内か国外かを判定します。 〈Bの相続財産の所在地の判定〉 [3] 国外転出時課税制度 出国時に国外転出時課税の納税猶予の特例の適用を受けていた場合に、納税猶予期間の満了日の翌日以後4ヶ月を経過する日までに、その納税猶予を受けていた人に相続が発生した場合には、納税猶予分の所得税額の納付義務は、その納税猶予を受けていた人の相続人が承継します(所法137 の2⑬)。 納税猶予の特例の適用を受けていた人の相続人のうち非居住者である人は、既に納税管理人の届出をしている場合を除き、相続の開始があったことを知った日の翌日から4ヶ月以内に納税管理人の届出をする必要があります(所令266の2⑧)。 この場合、相続人は、被相続人が適用を受けていた納税猶予の期限を引き継ぎます(所令266の2⑦)。 [4] 結論 ご相談の場合、日本国籍のあるBに相続が発生した場合、Bが海外に居住していても日本の法律が適用され、相続税が課税されます。 つまり、C及びDが相続により取得した財産に対する相続税について、B、C、Dの住所が海外に移ってから10年以内に相続が発生した場合には、財産の所在地に関わらずすべての財産が日本の相続税の課税対象になります。また、Bが出国時に受けていた国外転出時課税の納税猶予に係る納付義務及び納税猶予期限を引き継ぐことになりますので、譲渡の際や納税猶予期限到来時には注意が必要です。 一方、住所が海外に移ってから10年を超えて相続が発生した場合には、所在地が日本国内と判定される財産のみに相続税が課されます(ただし、国外転出時課税制度の納税猶予期間が満了するため、納税を猶予されていた所得税及び利子税を納付しなければなりません)。 海外に所在する相続財産については、所在地国における遺産分割、名義変更手続きが複雑になるケースがあります。国によっては、財産の種類ごとにどの国の法律が適用されるのか異なるケースがあり、日本の法律に則った遺産分割手続きを行っても認められず、現地法令に則った処理を求められることがあります。気が進まないと思いますが、相続の際に相続人が困らないように予めどのような手続きが必要になるかを調べて、万が一に備えて準備をしておくことが有用です。 シンガポールの法令の適用や、具体的な対策については、現地の弁護士や会計士・税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q63】 「投資一任口座(ラップ口座)を源泉徴収選択口座で 開設する場合の投資顧問報酬の控除」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 ラップ口座が源泉徴収選択口座である場合の税務処理 (1) 株式等の譲渡に係る所得区分 上場株式等の譲渡から生じる所得については、他の所得と区分し、上場株式等の譲渡に係る事業所得、譲渡所得及び雑所得として、申告分離課税(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)が適用されます。上場株式等の譲渡から生じる所得が、事業所得、譲渡所得、又は、雑所得のうちのいずれに該当するかについては、所得税基本通達(所基通23~35共-11)において、以下のとおり定められています。 さらに、租税特別措置法所得税関係通達(措通37の10・37の11共-2)において、上場株式等の所有期間が1年以下であれば、その上場株式等の譲渡は営利を目的とした継続的なものであるとして、その譲渡に係る所得は、事業所得又は雑所得として取り扱って差し支えないとされています。 (2) 投資一任契約に係る投資顧問報酬の取扱い 事業所得又は雑所得の金額の計算上、総収入金額から控除する必要経費に算入すべき金額は、総収入金額を得るために直接要した費用の額及びこれらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とすることとされています。 ラップ口座における投資一任契約に係る投資顧問報酬は、固定報酬、成功報酬ともに、当該ラップ口座内の株式等の譲渡に係る収入金額を得るために直接必要な費用に該当するものと考えられることから、必要経費として取り扱うものと考えられます。 (3) 源泉徴収選択口座における税額計算 特定口座について、その年最初に当該特定口座に係る上場株式等の譲渡をする時又は当該特定口座において処理された上場株式等の信用取引等につきその年最初に差金決済を行う時のうちいずれか早い時までに、当該特定口座を開設する金融商品取引業者等に対して特定口座源泉徴収選択届出書を提出した場合には、当該特定口座は源泉徴収選択口座として取り扱われます。 源泉徴収選択口座では、その年中に行われた口座内の上場株式等の譲渡等について、下記の金額が源泉徴収されます。 ここで、投資一任契約に係る投資顧問報酬については、実務上、源泉徴収の基礎となる所得計算上考慮されない場合があります。この場合には、源泉徴収選択口座で生じた上場株式等の譲渡に係る所得であっても、上記(2)のとおり、確定申告を行うことにより、上場株式等の譲渡等に係る事業所得又は雑所得の金額の計算上、収入金額からこれを控除することができるものと考えられます。 なお、令和3年度の税制改正で、源泉徴収選択口座に係る投資一任契約に基づき金融商品取引業者等に支払う投資顧問報酬(株式等の譲渡等に係る事業所得又は雑所得の計算上必要経費に算入されるもの)がある場合には、当該源泉徴収選択口座において、当該投資顧問料の金額に20.315%を乗じて計算した所得税等が還付されることになりました。 つまり、確定申告を行うことなく、源泉徴収選択口座内で上場株式等の譲渡等に係る所得計算に反映されることになります。この改正は、令和4年1月1日以後に源泉徴収選択口座内で行われる上場株式等に係る譲渡等より適用されます。 2 本件へのあてはめ おたずねのラップ口座に係る投資一任契約は、顧客である個人が報酬を支払って、投資資金の運用に関する投資判断とその執行をA証券会社に一任し、営利を目的として継続的に、所有期間1年以下の上場株式等の売買を行うものであることから、当該ラップ口座で行われた上場株式等の譲渡等に係る所得は、事業所得又は雑所得に該当するものと考えられます。 また、当該投資一任契約に係る投資顧問報酬は、上場株式等の譲渡等に係る所得の金額の計算上、必要経費として取り扱うものと考えられますが、ラップ口座内の源泉徴収税額計算で考慮されない場合には、確定申告を行うことにより、上場株式等の譲渡等に係る収入金額から控除することができるものと考えられます。なお、令和4年以降は、当該ラップ口座内で所得計算に反映されるため、確定申告を要しないことになります。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第29回】 「生計を別にする兄弟姉妹へ譲渡した場合(特殊関係者の範囲)」 -特殊関係者に対する譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、20年前に取得した居住用家屋とその敷地を、本年3月に、Xの弟であるY(XとYは生計も住居も別で、譲渡後に当該家屋に同居する予定もありません)に売却しましたが、地価の下落による多額の譲渡損失が発生しました。 その売却金額だけでは新居の売買価額に至らず、住宅ローンを組んで購入し、本年5月から居住しています。 譲渡先が親族の場合でも、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」は、譲渡した資産の譲受者が、次に掲げる者に該当する場合には、本特例の適用は受けられません(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②)。 本事例の場合の譲受者Y(弟)は、譲渡者X(兄)の直系血族ではなく、生計も住居も別であり、また、居住用家屋の譲受け後に同居する親族でもないことから、特殊関係者(上記に掲げる者)に該当しません(措令26の7③、法令4②)。 したがって、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡した資産の譲受者に係る同様の除外規定が定められています(措法41の5の2⑦一、措令26の7の2③、法令4②)。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第53回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 オ 法人税法22条の2第4項の「別段の定め」から22条4項を除いた趣旨 法人税法22条の2第4項は、資産の販売等に係る収益の額として第1項又は第2項の規定により、その事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入する金額は、「別段の定め(前条第4項を除く。)があるものを除き」、その販売又は譲渡をした資産の引渡しの時における価額、あるいはその提供をした役務につき通常得べき対価の額に相当する金額とすると規定している。 かように、法人税法22条の2第4項の「別段の定め」から22条4項が除かれた趣旨については、第1項の場合と同様であると説明されている(財務省『平成30年度 税制改正の解説』275頁)。 第1項の解説箇所では、資産の販売等に係る収益の額について法人税法22条4項と22条の2の両方が適用されると、割賦基準・延払基準のようにこれらの規定が互いに抵触する場合に優先関係が不明確となるおそれがあることから、優先関係を明確にするために、収益認識の時期については法人税法22条4項が適用されないこととした、という説明がなされていた(本連載第18回参照)。 カ 法人税法22条の2第4項の「別段の定め」の具体例 法人税法22条の2第4項の「別段の定め」の具体的例示として、以下の法人税法の規定が挙げられている。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』275頁 法人税法61条の2を22条の2第4項の「別段の定め」と整理することについては検討の余地がある。 法人税法22条2項は次のとおり定めている。 すると、第一次的には、「別段の定めに該当しない」取引に係る「収益の額」が益金の額に算入され、「別段の定めに該当する」ものは「収益の額」のルートを通らずに益金の額に算入することにならないか。言い換えれば、ある規定が法人税法22条2項の「別段の定めに該当する」場合、形式上、同項の「収益の額」には進まないのではないか。 このような理解を一律に当てはめるのであれば、そして、有価証券の譲渡益又は譲渡損の益金又は損金算入について定める法人税法61条の2は22条2項の「別段の定め」であると解するならば、法人税法61条の2の適用がある場合には、同条が22条2項の「別段の定め」であるとして同項の「収益の額」には進まず、ひいては22条の2の適用ないし併用もないのではないか。 法人税法61条の2は64条と異なり、「収益の額」という語を使用してもいない。このように考えると、法人税法61条の2は22条2項の「収益の額」とは異なるルートで益金の額に向かう規定であるという見方も成り立ちうる。 そうすると、法人税法61条の2が収益の計上額に関する規律である22条の2第4項の「別段の定め」であるという立案担当者の解説は検討の余地があるか、少なくともわかりづらい面がある。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第4回】 「契約の結合」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 収益認識会計基準は、「顧客」との「契約」から生じる収益に関する会計処理及び開示に適用するとされており、契約は書面、口頭、取引慣行等により成立する(収益認識会計基準3項、20項)。通常、企業は得意先(顧客)と「契約書」を締結していることが多いと思われる。 収益認識会計基準では、契約に関して、「契約の結合」の規定を設けており、「契約」の検討をする際には、当該規定にも注意が必要である。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 顧客との個々の契約 収益認識会計基準の定め(収益認識適用指針92項から104項に定める重要性等に関する代替的な取扱いを含む)は、顧客との個々の契約を対象として適用する(収益認識会計基準18項)。 ただし、収益認識会計基準の定めを複数の特性の類似した契約又は履行義務から構成されるグループ全体を対象として適用する、いわゆるポートフォリオ・アプローチも規定されている(収益認識会計基準18項ただし書き)。 Ⅲ 契約の結合 前述のとおり、収益認識会計基準は、基本的には、顧客との個々の契約を対象として適用するが、一定の要件を満たす場合には、複数の契約を結合し、単一の契約とみなして処理することを規定している。これを「契約の結合」という(収益認識会計基準27項)。 1 契約の結合の要件 同一の顧客(当該顧客の関連当事者を含む)と同時又はほぼ同時に締結した複数の契約について、次の①から③のいずれかに該当する場合には、当該複数の契約を結合し、単一の契約とみなして処理する(収益認識会計基準27項)。 2 同一の顧客に関する関連当事者 収益認識会計基準27項は、「同一の顧客」に関して、「当該顧客の関連当事者を含む」と規定している。 契約の結合の定めにおける関連当事者(収益認識会計基準27項)とは、「関連当事者の開示に関する会計基準」(企業会計基準第11号)に定める関連当事者である(収益認識会計基準151項)。 「関連当事者の開示に関する会計基準」5項(3)では、「関連当事者」とは、ある当事者が他の当事者を支配しているか、又は、他の当事者の財務上及び業務上の意思決定に対して重要な影響力を有している場合の当事者等をいうとし、次に掲げる者を関連当事者と規定している。このため、「契約の結合」の要件を満たすかどうかの検討に際しては、顧客の関連当事者についても検討することになるので、注意が必要である。 顧客の関連当事者に関して、収益認識会計基準の公開草案に寄せられたコメント(「第1部:本公開草案の提案内容に関するコメント」No.33)では、顧客の関連当事者としては、子会社、関連会社などが想定され、例えば、関連会社との契約について契約の結合をした場合に、結合後の契約に基づいて取引価格の配分を行うことになるが、当該配分額は関連会社が認識している契約上の取引価格と異なることが想定されるので、売上債権を取引先別に適切に計上し管理できるのか疑問があるとのコメントが寄せられている。 企業会計基準委員会は、当該コメントに対して、コメントに挙げられたケース以外にも、さまざまなケースにおいて、取引価格と契約価格が異なる可能性があるが、債権管理は企業によりプロセス等が異なる可能性があり、収益認識会計基準等においては管理実務に言及しないこととしたと、その対応を記載している。 3 収益認識会計基準32項から34項の検討 収益認識会計基準32項は、契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、次の(1)又は(2)のいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別すると規定している。 下記の収益認識会計基準の規定については、収益認識適用指針においてさらに規定があるので、実際の適用に際しては注意が必要である。 4 契約の結合の趣旨 複数の契約は、区分して処理するか単一の契約として処理するかにより収益認識の時期及び金額が異なる可能性があるため、収益認識会計基準27項の要件を満たす場合には、複数の契約を結合して単一の契約として処理することとしている(収益認識会計基準121項)。 通常、顧客との契約は、企業が顧客に移転することを約束した財又はサービスを明示している(収益認識会計基準127項)。 わが国では、「契約書」は、企業と顧客が諸条件を合意したものであり、その履行に法的責任を伴うものであることから、「契約書」に客観的な合理性を認め、企業による過度の負担を回避するために、契約に基づく収益認識の単位及び取引価格の配分(すなわち、複数の契約を結合せず、個々の契約において定められている顧客に移転する財又はサービスの内容を履行義務とみなし、個々の契約において合理的に定められている当該財又はサービスの金額に従って収益を認識すること)を認めるべきであるとの意見があった(収益認識適用指針174項)。 一方、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」では、契約の結合、履行義務の識別及び独立販売価格に基づく取引価格の配分について定められており、「契約書」の記載とは異なる収益認識の単位の識別及び取引価格の配分が求められる可能性があるので、契約に基づく収益認識の単位及び取引価格の配分を無条件に認めると、IFRS第15号における契約の結合、履行義務の識別及び独立販売価格に基づく取引価格の配分による結果と乖離することへの懸念もあった(収益認識適用指針174項)。 これらを踏まえ、収益認識会計基準27項の要件を満たす場合には、「契約の結合」を行うことを原則としつつ、重要性等に関する代替的な取扱いとして、収益認識適用指針101項を規定している(収益認識適用指針174項)。 (了)
コロナ禍に伴う企業の解雇・雇止めにおける留意点 【第2回】 (最終回) 「雇止めを行う場合の留意点」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 前回は、「解雇」に係る留意点を確認した。 第2回は、「雇止め」についてその留意点を確認する。 1 雇止め 有期労働契約は、契約当事者である労働者・使用者双方の合意によって労働契約が更新され、労働者・使用者のどちらか一方が更新を拒否した場合には、期間満了により労働契約は終了する。このうち、使用者の更新拒否により期間満了により労働契約を終了させることを「雇止め」という。 雇止めについては、労働契約が反復更新された後になされるなどにより紛争化することも多くみられたため、平成25年4月の改正労働契約法に、最高裁判決で確立している雇止めに関する原則的な考え方(いわゆる「雇止め法理」)が明記された。 2 雇止め法理(労働契約法19条) 労働契約法19条では、労働者から更新の申込みがある有期労働契約について、次の①又は②のいずれかに該当する場合で、使用者が雇止めをすることが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、雇止めが認められず、従前と同一の労働条件で有期労働契約が更新されたものとみなすとしている。 なお、①及び②への該当性については、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などを総合的に考慮して、個々の事案ごとに判断される。 したがって、①又は②に該当する有期労働契約を雇止めする場合には、解雇の場合と同様に、客観的合理性と社会通念上の相当性が求められる。 3 コロナ禍における雇止め コロナ禍における業績不振のため人員削減をせざるを得ない場合に、労働契約法19条の上記①又は②に該当する有期労働契約を雇止めすることは、整理解雇に準じた雇止めとして整理される。よって、雇止めにあたっては、解雇の場合と同様に、【第1回】で確認した整理解雇の4要件(要素)である「人員削減の必要性」、「解雇回避努力」、「人選の合理性」、「解雇手続の妥当性」を踏まえた対応の検討が必要になる。 なお、雇止めにおける経営上の必要性については、正社員の場合と同様に「企業の維持存続が危殆に瀕するほどに差し迫った程度」までは不要だとする例(丸子警報器事件(注))がある。また、人選においては、一般的には、会社との密着度・貢献度などから正社員よりも有期労働契約などの非正社員が優先されることが多いが、その合理性については個別の状況に応じて判断されるため、正社員以外である有期労働契約を雇止めする場合も慎重に検討しなければならない。 (注) 丸⼦警報器事件(⻑野地裁上⽥⽀部平成9年10⽉29⽇判決・労判727号32⾴):判決理由の中で、「雇止めを必要とする経営上の都合については、それをしなければ企業の維持存続が危殆に瀕するほどに差し迫った程度のものでなければならないとすると、雇用調整を容易にすべく臨時社員制度を採用した意義が損なわれることになり、ひいてはそのような雇用形態を設ける自由をも否定することになってしまうから、そこまで厳格に解するべきではない」と⾔及され、高裁(東京⾼裁平成11年3⽉31⽇判決・労判758号7⾴)もこれを支持した。 4 雇止めの予告など 有期労働契約の締結、雇止め等に際して発生するトラブルを防止し、その迅速な解決が図られるようにするため、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(平成15年厚生労働省告示第357号、最終改正平成24年厚生労働省告示第551号)では雇止めに関して次の(1)及び(2)の対応を求めている。これは「告示」であって「法律」ではないため法的な強制力はないが、トラブル防止の観点からは対応すべきものとなる。 (1) 雇止めの予告 使用者は、次のいずれかに該当する有期労働契約(予め契約を更新しない旨が明示されている場合を除く)を更新しない場合には、少なくとも契約期間が満了する日の30日前までに予告しなければならない。 (2) 雇止めの理由の明示 使用者は、雇止めの予告後又は雇止め後に、労働者が雇止めの理由について証明書を請求したときは、遅滞なく交付しなければならない。 〈雇止めの理由(例)〉 (連載了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第14回】 「マタハラの「被害者」と周囲の労働者との調整を図るうえでの留意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社のA部署の社員Bは、育児休業から復帰後、短時間勤務制度を利用していますが、当社の経営状態が芳しくないため、A部署の増員はなされておらず、社員Bの育児休業取得・短時間勤務制度利用によりA部署の他の社員の業務負担が増しています。 しかし、社員Bは、他の社員への気遣いを見せることなく、当然のように他の社員に仕事を押しつけて帰宅するため、他の社員から不満が出ています。そこで、社員Bの上司Cが、社員Bに対して、「短時間勤務制度を利用するのは結構なことだけど、君の代わりに君の仕事をしなければならない他の社員にも配慮してほしい」と指導したところ、社員Bから「マタハラだ」との指摘を受けました。 上司Cの発言はマタハラに当たるのでしょうか。 【Answer】 マタハラには該当しない可能性が高いものと思われます。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 産前産後休業、育児休業や短時間勤務制度等は、法令上、妊娠・出産・育児等を行う労働者に認められた制度であり、要件を満たす労働者は当然にこれを利用することができる。しかし、その一方で、労働者がこれらの制度を利用することによって、当該労働者の業務の穴埋めをさせられることになった労働者から上記のような不満が寄せられることは多く、両者の関係をどのように調整すればよいか、頭を抱えている担当者も少なくないのではないかと思われる。 そこで、本稿においては、妊娠・出産・育児等を行う労働者と周囲の労働者との調整を図るとの観点から、マタニティハラスメント(マタハラ)の定義や指針等について概観する。 2 マタニティハラスメント(マタハラ)とは マタハラとは、一般に、①妊娠・出産・育児休業取得等(以下「妊娠等」という)を理由とする解雇・雇止め・降格・減給等の不利益取扱いや、②職場の上司・同僚からなされる妊娠等を理由とした職場環境を害する言動を指す。 本件で問題となりうるのは②のタイプのマタハラであるが、②のタイプのマタハラには「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」とがあり、具体的な内容については以下のとおりである(厚生労働省「第164回労働政策審議会雇用均等分科会」の資料6「妊娠等を理由とする不利益取扱いについて」参照)。 3 指針について 妊娠・出産・育児等を行う労働者と周囲の労働者との調整を図るとの観点において、指針における以下の記載が参考となる。 (※) 「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」(平成21年厚生労働省告示第509号)第2.14.(三)ニ抜粋。「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成28年厚生労働省告示第312号)4.(4)も同内容。なお、下線は筆者による。 上記によると、使用者が、妊娠・出産・育児等を行う労働者に対して周囲の労働者との調和の意識を持つよう促すことは許されることであり、また、妊娠・出産・育児等を行う労働者と周囲の労働者との調整を図るよう配慮することは使用者の義務であるとも言える。 4 本件について 以上をもとに、上司Cの発言について検討すると、まず、上司Cの発言は解雇その他の不利益取扱いを示唆するものではない。また、社員Bの短時間勤務制度の利用を前提とした発言であり、制度等の利用の請求や制度等の利用を諦めざるを得ない状況をもたらすものとまでは言えないと思われる。更に、上司Cの発言は、社員Bの配慮を希望するものに過ぎず、就業する上で看過できない程度の支障が生じる状況をもたらすものにも該当しないであろう。 よって、上司Cの発言はマタハラには該当しないものと思われる。 ただし、本件でA部署において社員Bの周囲の社員に業務負担が生じているのは、会社がA部署の人員の補充を行わないためであるから、会社としては、社員Bに配慮を求める前に、適切な人員配置を行う等して周囲の社員の業務負担の軽減を図るべきである。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第17回】 「税理士法上の懲戒処分とその具体例」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 高橋 弘行 〔質 問〕 税理士にとって、懲戒処分を受けることは最も注意しなければならないことです。税理士法上、税理士に対する懲戒処分は、どのような種類のものがあり、どのような場合に行われることとされているのでしょうか。 また、具体的な事例も教えてください。 〔回 答〕 税理士に対する懲戒処分の種類として、税理士法(以下、「法」といいます)第44条は、(1)税理士業務の禁止、(2)2年以内の税理士業務の停止、及び(3)戒告の3種類を規定しています。 このような懲戒処分は、税理士に対し不利益をもたらす処分ですので、懲戒処分の構成要件である懲戒処分事由は、法第45条及び法第46条において明確に規定されています(法第45条:不真正の税務書類の作成及び脱税相談等をした場合の懲戒、法第46条:一般の懲戒)。 これらの懲戒処分の基準・考え方・類型については、「税理士・税理士法人に対する懲戒処分等の考え方」として財務省告示(平成20年3月31日財務省告示第104号)により定められています。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 懲戒処分の種類 税理士法は、税理士が、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図るべく活動することを期待し、これをその使命として規定(法第1条)するとともに、税理士又は税理士法人でない者は、原則として税理士業務を行ってはならないこととし(法第52条)、税理士業務を独占業務として法的保護を与えている。 このような法的保護が与えられている反面、税理士業務の執行は、一般納税者に対してのみならず、税務行政に対しても重大な影響を与えるものであることから、こうした点を踏まえ、監督上の行政処分として、税理士に対する懲戒処分制度が設けられている。 法第44条は、税理士に対する懲戒処分の種類として、(1)税理士業務の禁止、(2)2年以内の税理士業務の停止、及び(3)戒告の3種類を規定している。 (1) 税理士業務の禁止 税理士業務の禁止は、税理士業務を行ってはならない旨を命ずる処分、すなわち、不作為義務を命ずる処分であり、税理士に対する懲戒処分のうち最も重い処分である。 税理士業務の禁止処分を受けた者は、法第4条第7号の規定により処分を受けた日から3年を経過する日まで税理士となる資格を有しないこととなり、法第26条第1項第4号の規定により税理士登録を抹消されることとなる。 (2) 2年以内の税理士業務の停止 2年以内の税理士業務の停止は、税理士業務を行うことを一定期間やめることを命ずる処分である。 2年以内の税理士業務の停止処分を受けた者は、その停止期間中は税理士業務を行うことができないが、税理士登録は抹消されない。 (3) 戒告 戒告は、本人の将来を戒める旨の申渡しをする処分であり、懲戒処分としては最も軽いものである。 戒告処分を受けた者は、税理士業務あるいは税理士の資格について特に制約を受けないので、引き続き税理士業務を行うことができる。 2 法第45条(不真正の税務書類の作成及び脱税相談等をした場合の懲戒)による懲戒 (1) 定義 財務大臣は、税理士が、故意に、真正の事実に反して税務代理若しくは税務書類の作成をしたとき、又は法第36条(脱税相談等の禁止)の規定に違反する行為をしたときは、2年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止の処分をすることができることとされている(法第45条第1項)。 この場合の「故意」とは、事実に反し又は反するおそれがあると認識して行うことをいうものとされている。 また、法第36条は、「税理士は、不正に国税若しくは地方税の賦課若しくは徴収を免れ、又は不正に国税若しくは地方税の還付を受けることにつき、指示をし、相談に応じ、その他これらに類似する行為をしてはならない」と規定し、税理士による脱税相談等を禁止している。 (2) 具体例 ① 脱税相談をした場合 ② 故意に不真正の税務書類の作成をした場合 【A】 税理士自らが仮装行為をし、不真正の申告書を作成した場合 【B】 関与先から真正の事実を知らされていたにもかかわらず、不真正の申告書を作成した場合 【C】 関与先からの依頼を受け、不真正の申告書を作成した場合 【D】 関与先からの依頼はないものの、自ら不真正の申告書を作成した場合 3 法第46条(一般の懲戒)による懲戒 税理士が、上記法第45条に該当する場合を除き、法第33条の2第1項若しくは第2項(計算書類、審査事項等を記載した書面の添付)の規定により添付する書面に虚偽の記載をしたとき、又は税理士法若しくは国税若しくは地方税に関する法令の規定に違反したときは、戒告、2年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止の処分の対象とされている。 また、法第46条の懲戒事由については、告示において以下のとおり対象となる行為が例示されている。 (了)