「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例96(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆簡易課税制度選択不適用届出書(消法37⑤⑥) 簡易課税制度の適用を受けている事業者が簡易課税の適用をやめようとするときは、適用をやめようとする課税期間の初日の前日までに「簡易課税制度選択不適用届出書」を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。ただし、簡易課税制度の適用を受けることとなった課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ提出することができない。 ◆災害等があった場合の簡易課税制度の届出に関する特例(消法37の2) (1) 簡易課税制度選択不適用届出書の特例 災害その他やむを得ない理由が生じたことにより被害を受けた事業者が、その被害を受けたことにより、その災害その他やむを得ない理由の生じた日の属する課税期間(その課税期間の翌課税期間以後の課税期間のうち一定の課税期間を含む。以下「不適用被災課税期間」という)につき簡易課税制度の適用を受けることの必要がなくなった場合において、その不適用被災課税期間につき所轄税務署長の承認を受けたときは、「簡易課税制度選択不適用届出書」をその承認を受けた不適用被災課税期間の初日の前日にその税務署長に提出したものとみなす。 この場合においては、簡易課税制度の2年間の継続適用要件は考慮しない。 (2) 適用要件 特例の承認を受けようとする事業者は、特例の規定の適用を受けることが必要となった事情その他一定の事項を記載した「災害等による消費税簡易課税制度選択不適用届出に係る特例承認申請書」及び「簡易課税制度選択不適用届出書」を、災害その他やむを得ない理由のやんだ日から2月以内(当該災害その他やむを得ない理由のやんだ日がその申請に係る不適用被災課税期間の末日の翌日以後に到来する場合には、当該不適用被災課税期間に係る確定申告書の提出期限まで)に、その納税地を所轄する税務署長に提出しなければならない。 (3) 収入の著しい減少は不要 上記特例は、消費税法37条の2に定められた簡易課税制度に係る災害特例であり、新型コロナ税特法による特例ではないため、事業としての収入の著しい減少(前年同時期と比べて概ね50%以上減少)があったという要件は必要ない。 《参考》「課税事業者選択(不適用)届出書」の特例(新型コロナ税特法10①③) (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第22回】 「配偶者等を一時的に住まわせた後で譲渡した場合」 -配偶者等の居住用家屋の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q 会社員Xは、7年前に名古屋から東京へ転勤したので、妻子を名古屋の自宅に残したまま単身赴任し、東京の賃貸マンションに住んでいました。 転勤から2年後、Xは妻子を東京へ呼び寄せて同居し、名古屋の自宅を他人に貸し付けていました。しかし、昨年になって、約3年間住んだ借家人が立ち退いたことから、再び妻子を住まわせました。 本年、名古屋の自宅を売却したところ譲渡損失が発生し、東京の買換物件については銀行で住宅ローンを組んで購入しました。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 名古屋の家屋に妻子を入居させたことが、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けるためのみの目的で行われたものであると認められる場合には「特例」の適用を受けることができませんが、そうでない場合には「特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けるためのみの目的で入居したと認められる家屋、その居住の用に供するための家屋の新築期間中だけの仮住まいである家屋その他一時的な目的で入居したと認められる家屋は、居住の用に該当しません(措通31の3-2(居住用家屋の範囲)(2)イ、措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 ただし、譲渡した家屋における居住用期間が短期間であっても、その入居目的が一時的でない場合には、その家屋は上記に掲げる家屋には該当しないこととされています(措通31の3-2(2)イ(注))。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第3回】 「固定資産を年の中途で取得した場合の2分の1償却は違法か否かで争われた判例」 税理士 菅野 真美 ▷償却資産税の基となる資産の評価額 固定資産税というのは、保有している資産の1月1日現在の価値に基づいて賦課される税金である。この固定資産税の対象となるものは、土地・家屋・償却資産となるが、土地・家屋と償却資産の大きな違いとして、土地・家屋は1月1日に所有している場合は、事業の用に供するか否かに関わらず課税対象となるが、償却資産については、事業用という縛りがあることから、生活の用に供している備品や車両については、課税対象外となる。償却資産税の基となる資産の評価額は固定資産税評価基準に基づいている。 償却資産は減価償却が前提であるが、実は、所得税法や法人税法のルールに従って減価償却費を必要経費や損金として処理したとしても、償却資産税の計算上、その処理が認められないこともある。 たとえば、「中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」によって、取得価額30万円未満のものについて一括で必要経費として損金算入することは、償却資産税の計算上は認められていない。 また、償却方法は、原則的には定率法と同様の償却方法で減価償却費を計算しなければならないことから、定額法で減価償却費を計算している場合は、差異が生ずる。さらに、前年中に償却資産を取得した場合は、耐用年数に応ずる減価率の2分の1で償却費を計算しなければならないことから、減価償却費を月割で計算した場合は差異が生ずる。 このように所得税や法人税と減価償却方法が異なり、前年取得資産について2分の1で償却する方法を定めていることは違法であると訴えた事案があるので、以下で紹介する。 ▷どのような事案か スナックを経営する納税者が、事業のために購入した機械及び装置並びに工具器具及び備品の償却資産について申告をしたところ、行政庁が価格を合計6,035,809円と決定して通知したことから、審査を申し出たが棄却の決定がされたため、これを不服として納税者が地裁に訴えた。 なぜ、納税者が訴えたかというと、償却資産税の課税標準となる固定資産の評価について、年の中途で取得した場合は、いつ取得したとしても2分の1償却をしなければならないのは不合理と考えたからである。 たとえば、1,000,000円で耐用年数5年(定率法0.369)の資産を2月に購入した場合、所得税の計算上、月割りで減価償却をした場合は、減価償却費が338,250円だから12月末の残高は661,750円となるが、償却資産税の計算は、2分の1償却で償却費が184,500円だから12月末の残高は815,500円となる。この場合、償却資産税の課税標準になるのは815,500円である。 他方、11月に取得した場合の月割りによる減価償却費は、61,500円だから、12月末の残高は938,500円となる。2分の1償却をした場合は減価償却費が184,500円だから、12月末の残高は815,500円となるが、償却資産税の課税標準は、815,500円とはならない。なぜならば、当時、地方税法第414条があり(現在は削除)、所得税で必要経費となった減価償却費を控除した未償却残高以下の金額を評価額とすることができなかったからである。 なお、平成20年度税制改正時に減価償却制度が見直されたことから、地方税法第414条の規定が廃止され、評価額だけで償却資産を計算することになった。 ▷地裁の判断 償却資産税は、固定資産の価値の総和を担税力としており、固定資産税評価基準に基づく償却資産の価格の算定方式は、簡易なものであって、かつ、固定資産税課税の根拠に極めてよく合致しているから違法、違憲ということはできないとして、地裁は納税者の請求を破棄した。 この地裁の判決を不服として納税者は控訴した。 ▷高裁の判断 高裁も、固定資産評価基準の2分の1償却は、固定資産税の性格に適合し、納税者に公平であり、評価事務が簡便で、地方税法の正しい解釈に合致する合理的なものだから、固定資産税評価基準が、租税法律主義に反し、国民の財産権を不当に侵害する違法なものではないとして納税者の請求を破棄している。 * * * この判決自体は、税理士目線で眺めると、不当な判決とは考えにくい。しかし、税理士は所得税や法人税については、細部にいたるまで入念に検討していることが多いが、償却資産税についても所得税や法人税と同等レベルの検討をして申告をしているだろうか。 税理士にとって償却資産税の申告実務は付属的なものと捉えているかもしれないが、納税者からみたら税理士はすべての税務に精通しているから顧問料を支払っているという意識もある。 償却資産税は、税理士にとって侮れない伏兵の1つなのかもしれない。 (了)
〔弁護士目線でみた〕 実務に活かす国税通則法 【第11回】 「青色申告制度及び推計課税を理解する」 弁護士 下尾 裕 本稿では、直接には法人税法・所得税法における議論であるものの、手続的要素が強く、かつ、実務上の重要性が高い青色申告制度及び推計課税制度について取り上げる。 1 青色申告制度の概要 青色申告制度とは、適正納税の担保となる複式帳簿等を作成し、保存することを条件に、納税者に対し、主に以下のような特典を付与するものである。 納税者が青色申告を行おうとする場合には、原則として、青色申告の適用を受けようとする事業年度開始日の前日(個人の場合は青色申告を行う年度の3月15日)までに、青色申告に関する承認を申請し、承認を得る必要があるが、申請後一定期間の経過をもってみなし承認となる旨の定め(所得税法第147条、法人税法第125条)がある。 【青色申告の主な特典】 2 推計課税 推計課税とは、所得税法第156条・法人税法第131条に基づき、納税者の財産又は債務の増減、収入又は支出の状況、若しくは生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模を基礎に、納税者の所得又は損失を推計して課税する制度である。所得に対する課税は、本来は、実額の所得を前提になされるのが原則であり、こうした推計課税は租税公平主義からの例外として位置づけられるものであるので、無条件に行うことができず、推計の必要性及び推計方法の合理性がある場合に限り許容されるものと解されている。 このうち、推計の必要性は、過去の裁判例等を踏まえると、納税者が帳簿書類等実額の認定に足りる資料を備え付けていない場合や、資料があっても内容が不正確で信頼できない場合等に適用される。 次に、推計方法の合理性とは、大きくは、推計の基礎となる売上等の事実把握の相当性及びこれらを踏まえた推計方式の合理性から構成される。推計課税における推計方式としては、大きく以下のような方法が存在するが、事案に応じて最も適切な方法を選択することが求められる。 3 青色申告承認の取消し (1) 国税当局における青色申告承認の取消しの必要性 国税当局において、納税者の所得隠し等を前提に更正を行うに当たっては、当該課税漏れの金額を認定する必要があるが、こうした所得隠し等の金額については帳簿等から除外されており、正確な金額の把握が困難な場合が多く、このような場合、上記で述べた推計課税を行う必要がある。 しかしながら、上記のとおり当該納税者が青色申告の承認を受けている場合には、推計課税の適用が排除されていることから、更正に当たって青色申告の承認を取り消すという処理が行われる。この取消しの効力については、取消事由が発生した時点に遡及するものとされていることから、取消しがなされた場合には上記で述べた青色申告の特典も遡及的に失われることになる。 (2) 承認取消事由としての帳簿書類の備付け等の不備の意味合い 青色申告の取消しは、多くの場合、青色申告に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が法人税法又は所得税法の定めるところに従って行われていなかったことを理由とするが(所得税法第150条第1項、法人税法第127条第1項)、ここでの帳簿保存の不備は、文字どおりの帳簿書類の備付けの有無ではなく、消費税法上の仕入税額控除における帳簿保存要件と同様に、納税者が税務職員の税務調査に適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて当該帳簿書類を保存していなかったことを意味するものとされている(最高裁平成17年3月10日判決(TAINSコード:Z255-09954))。 よって、青色申告を行う納税者の立場としては、税務調査における帳簿提示等の対応が重要となることを念頭に置いておく必要がある。 * * * 次回は、1年間にわたる本連載の最終回として、改めて税理士等が国税通則法の知識等をどのように業務に活かしていくかについて整理したい。 (了)
2021年3月期決算における会計処理の留意事項 【第4回】 (最終回) RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅹ 金融庁の平成31年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2020年3月27日(2020年5月29日更新)に金融庁より「平成31年度有価証券報告書レビューの審査結果及びそれを踏まえた留意すべき事項」が公表された。これは、金融庁による平成31年度の有価証券報告書レビューの実施状況を踏まえ、複数の会社に共通して記載内容が不十分であると認められた事項に関し、記載に当たって留意点等を取りまとめたものである。 レビュー結果の内容は、上場会社のみならず、非上場会社の2021年3月期決算においても参考となる箇所がある。 なお、本解説の執筆時点では、公表されていないが、近日中に「令和2年度の有価証券報告書レビューの審査結果及びそれを踏まえた留意すべき事項」が公表される可能性があるため、公表された際には、適宜、確認されたい。 ※本解説では以下の名称につき略称にて記載する。 1 有価証券報告書の【役員の報酬等】の記載 2 有価証券報告書の【株式等の保有状況】の記載 3 税効果会計 4 関連当事者取引 5 ストック・オプション 6 ESOP 7 会計上の見積り Ⅺ その他留意事項及び参考情報 ここまで解説した以外に、2021年3月期の決算において留意すべき事項及び参考情報として以下が挙げられる。 1 大法人の電子申告義務化 平成30年度の税制改正において、大法人(資本金1億円超の普通法人等)について2020年4月1日以後開始する事業年度から電子申告が義務化された。 そのため、対応が未了である会社は、準備を急ぐ必要がある。 2 欠損金の繰戻しによる還付 (1) 制度の概要 ① 従来 中小企業者等(※1)は、欠損金が生じた場合、翌事業年度以降に繰り越すこともできるが、確定申告書を提出する事業年度において生じた欠損金がある場合には、法人税(地方法人税を含む)について、前期に繰り戻して還付請求できる。つまり、当期の欠損金を前期の課税所得と相殺して、前期に支払った法人税の還付を受けることができる。この場合、前期の課税所得が限度となる。また、「当期の欠損金(△5,000)>前期の課税所得(3,000)」の場合、差額の△2,000については、翌期に繰り越すことができる。 (※1) 中小企業者等とは、資本金の額又は出資金の額が1億円以下の普通法人等で、以下の法人に該当するものを除いたものをいう。 ➤資本金の額又は出資金の額5億円以上等の大法人との間に完全支配関係がある普通法人 ➤100%グループ内の複数の大法人に発行済株式又は出資の全部を直接又は間接に保有されている法人など なお、地方税(事業税及び住民税)は対象外であるため、法人税について還付を受けた場合でも、事業税及び住民税については、その事業年度で生じた欠損金について翌期以降に繰り越す。 ② 新型コロナ税特法の特例 従来、上記①の制度は、中小企業者等のみで利用可能であったが、新型コロナ税特法の特例により、資本金の額が1億円超10億円以下の法人(※2)、についても、2020年2月1日から2022年1月31日までの間に終了する各事業年度において生じた欠損金額については、繰戻し還付の制度を適用することができる。 (※2) ただし、大規模法人(資本金の額又は出資金の額が10億円を超える法人等)の100%子会社及び 100%グループ内の複数の大規模法人に発行済株式の全部を直接又は間接に保有されている法人等は除く。 (2) 税効果会計 欠損金の繰戻し還付は、法人税のみに認められているが、事業税及び住民税については、認められていない。そのため、税金ごとに税効果会計の取扱いが異なることになると考えられる。 3 事業報告及び計算書類の参考情報 2019年12月の会社法改正に伴い、会社法施行規則及び会社計算規則が改正されていることから、2021年1月22日に株懇WEBより、「会社法改正に伴う各種モデルの改正」が公表されている。また、2021年3月9日に経団連より「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」の改訂版が公表されている。 事業報告及び計算書類等を作成する上で、有用な情報のため、適宜参考にしていただきたい。 4 招集通知の参考情報 新型コロナウイルス感染症の影響下での株主総会の開催に役立てるために、2020年4月28日に経団連より「新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえた定時株主総会の臨時的な招集通知モデル」が公表されている。 現時点でも新型コロナウイルス感染症の影響は大きいため、招集通知の作成にあたって、参考になると考えられる。 5 日本監査役協会の公表資料 日本監査役協会より、以下の資料が公表されている。 KAMに関する情報及び監査役等の対応、改正会社法における監査役等の対応についてまとめられているため、監査役等の実務において参考になる情報である。 6 株主総会の参考情報 経済産業省及び法務省より以下の株主総会に関する情報が公表されている。 現時点でも新型コロナウイルス感染症の影響は大きいため、株主総会の開催にあたって、参考になると考えられる。 7 有価証券報告書の提出期限延長 2021年1月8日に金融庁より、新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、やむを得ない理由により期限までに提出できない場合は、財務(支)局長の承認により有価証券報告書・内部統制報告書・四半期報告書、半期報告書の提出期限が延長できる旨が公表された。 また、臨時報告書についても、新型コロナウイルス感染症の影響により臨時報告書の作成自体が行えない場合には、そのような事情が解消した後、可及的速やかに提出することで、遅滞なく提出したものと取り扱われる。 8 有価証券報告書の開示情報 金融庁のホームページにおいて、有価証券報告書の記載の充実に関する情報が紹介されている。 有価証券報告書の作成の際に参考となる情報が多くあるため、有価証券報告書の作成にあたって、参考にしていただきたい。 9 新型コロナウイルス感染症関連の税務の参考情報 国税庁より「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ(2021年3月5日更新)」が公表されている。 当該FAQは申告や納税に関する取扱いが記載されているため、税務を検討する際や申告書を提出する際に役立つものである。 10 株式交付制度 (1) 制度の概要 改正前の会社法では、自社の株式を対価として他の会社を子会社とする手段として株式交換の制度があったが、完全子会社とする場合でなければ利用することができなかった。一方、自社の新株発行等と他の会社の株式の現物出資を行う場合には、手続が複雑でコストが掛かるという指摘がされていた。そのため、改正会社法により、完全子会社とすることを予定していない場合であっても、株式会社が他の株式会社を子会社とするため、自社の株式を他の株式会社の株主に交付することができる「株式交付制度」が新たに創設された。 (出所:法務省「会社法の一部を改正する法律の概要」) (2) 会計処理 株式交付制度が創設されたが、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第10号「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」は改正されていない。 株式交付制度は、株式交換と同じような仕組みであるため、株式交換に準じた会計処理を行うことが考えらえる。 (3) 後発事象注記 株式交付制度を利用するためには、株主総会の決議が必要である。そして、改正会社法は、2021年3月1日施行であることから、2021年3月31日までに当該制度が利用されることは稀であると考えられる。 ただし、2021年3月期の定時株主総会で決議する場合には、重要な後発事象の注記が必要ないかどうか検討する必要がある。 11 株主総会資料の電子提供制度 改正前の会社法では、インターネット等を用いて株主総会資料を株主に提供するためには、株主の個別の承諾が必要であり、株主総会資料の電子提供はあまり進んでいなかった。そのため、改正会社法では、以下の改正が行われた。 (出所:法務省「会社法の一部を改正する法律の概要」) なお、当該改正は、改正会社法の公布の日(2019年12月11日)から起算して3年6ヶ月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。 Ⅻ 今後の会計基準の改正 来期以降適用される会計基準として、以下がある。 1 収益認識関係 2018年3月30日にASBJより企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準(以下、「収益認識基準」という)」及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益認識指針」という)」が公表された。そして、2020年3月31日に表示及び注記に関する改正が行われた。 その後、電気事業連合会及び一般社団法人日本ガス協会からの提起に基づき、2020年12月25日に企業会計基準適用指針公開草案第70号「収益認識に関する会計基準の適用指針(案)(以下、「収益認識指針案」という)」が公表された。 ここでは、収益認識指針案の概要について解説する。 (1) 改正の発端 電気及びガス事業においては、実務上、毎月、月末以外の日に実施する検針による顧客の使用量に基づき収益計上(検針日基準)が行われていた。一方、収益認識基準第35項(履行義務の充足による収益の認識)に従えば、決算月の検針日から決算日までに生じた収益を見積ることになる。 しかし、電気及びガス事業業界から、この方法が実務的に困難であることから、検針日基準を代替的な取扱いとして認めて欲しい旨の意見が寄せられたため、代替的な取扱いを認めるかどうかに関する改正案が公表された。 (2) 検針日基準による収益認識を認めない理由 収益認識基準及び収益認識指針では、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲内で、代替的な取扱いが認められている(収益認識指針164)。ここで、検針日基準による収益認識を認めた場合、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせることから、検針日基準は認めず、決算月の検針日から決算日までに生じた収益を見積る必要がある(収益認識指針案176-3)。 (3) 見積方法の代替的な取扱い 上記(2)のように収益を見積る場合、決算日時点での販売量実績が入手できないため、見積りと実績を事後的に照合する形で見積りの合理性を検証することができない等の場合がある。この場合、見積りの適切性を評価することが困難であることから、見積方法について財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲で、以下の代替的な取扱いが定められた(収益認識指針案103-2、176-3、176-4)。 (4) 適用時期 2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する(収益認識指針案107)。 2 時価基準関係 2019年7月4日にASBJより企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価基準」という)」及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「時価指針」という)」が公表された。また、関係するその他の会計基準等が改正された。 その後、「投資信託の時価の算定」及び「貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資の時価注記」の取扱いを明らかにするために、2021年1月18日に企業会計基準適用指針公開草案第71号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(案)(以下、「時価指針案」という)が公表された。 ここでは、時価指針案の概要について解説する。 (1) 投資信託の時価の算定 ❶ 投資信託財産が金融商品である投資信託の場合 (ⅰ) 時価の算定方法 (※) 海外の法令に基づいて設定される投資信託(海外の投資信託)に対して、「基準価額を時価とみなすことができる」規定を適用する際、情報の入手が困難である可能性があることを踏まえ、時価の算定日と基準価額の算定日との間の期間が短い(通常は1ヶ月程度と考えられるが、投資信託財産の流動性などの特性も考慮する)場合に限り、基準価額を時価とみなすことができる(時価指針案24-5)。 (ⅱ) 注記 時価指針案24-3を適用した投資信託については、インプットのレベルが把握されないことから、時価のレベルごとの内訳等に関する事項(企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(以下、「金融商品時価指針」という)」5-2に定める事項)を注記せずに、以下の内容を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない(時価指針案24-7)。 ❷ 投資信託財産が不動産である投資信託の場合 (ⅰ) 時価の算定方法 時価基準においては、時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券は想定されておらず、市場価格のない株式等を除き、時価をもって貸借対照表価額とする。また、投資信託財産が不動産である投資信託でも、通常は金融投資目的で保有される金融資産であると考えられ、時価をもって貸借対照表価額とすることは、財務諸表利用者に対する有用な財務情報の提供につながると考えられる。 以上から、市場価格のない投資信託財産が不動産である投資信託について、経過措置である時価指針第26項を削除し、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」に従い、時価をもって貸借対照表価額とすることで会計処理を統一している(時価指針案49-9)。具体的な算定方法は、以下のとおりである。 (ⅱ) 注記 時価指針案24-9の取扱い(基準価額を時価とみなす取扱い)を適用した投資信託については、時価のレベルごとの内訳等に関する事項(金融商品時価指針5-2に定める事項)の注記は不要である。ただし、以下の内容を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない(時価指針案24-11)。 (2) 貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資の時価の注記 組合等への出資の会計処理については、有価証券とは異なり時価をもって貸借対照表価額とすることは求めてられていないため、時価の注記も不要である。ただし、以下の内容を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない(時価指針案24-15)。 (3) 適用初年度の取扱い 時価指針案の適用初年度においては、時価指針案が定める新たな会計方針(会計基準の定める時価を新たに算定する場合や取得原価をもって貸借対照表価額としていたものから時価をもって貸借対照表価額とする場合など)を将来にわたって適用する。そして、その変更の内容を注記する(時価指針案27-2、53)。 (4) 適用時期 時価基準及び時価指針は2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用されるが、時価指針案の適用時期は、以下のとおりである(時価指針案25-2)。 なお、時価指針案を年度末の連結財務諸表及び個別財務諸表から適用する場合は、適用初年度における「時価指針案24-7(3)(上記(1)❶(ⅱ)③参照)」及び「時価指針案24-11(3)(上記(1)❷(ⅱ)③参照)」の注記を省略することができる。また、この場合、適用初年度の翌年度においては、「時価指針案24-7(3)」及び「時価指針案24-11(3)」の連結財務諸表及び個別財務諸表に併せて表示される前連結会計年度及び前事業年度に関する注記は必要ない(時価指針案27-3)。 (連載了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第3回】 「ドラッグストアが減損に至った経緯」 -成長拡大路線の行方は?- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 2020年、新型コロナウイルスの感染拡大で、インバウンド需要が消失しました。インバウンド需要を狙って成長拡大を目指していた会社では、何が課題になってくるのか。減損注記から読み解いていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 〈インバウンド店舗の減損〉 この事例の減損の原因は2つあります。 ① 営業活動から生ずる利益が継続してマイナスとなっていること等 ② 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う店舗の臨時休業 ①は「固定資産の減損に係る会計基準」で例示されている減損の兆候を示す事象です。この会社に特有のものというより、一般的な記載をしたものと見られます。 ②はこの会社特有の記載です。店舗の臨時休業により、売上が大幅に減少したということです。休業した店舗はインバウンド向け店舗とのことで、日本国内で新型コロナウイルスの感染が収まっても、海外旅行者が訪日できる状況になるのはさらに先だろうとの予想の下、「短期的な回復が見込めない」と記述しています。 詳しい情報を会社のホームページで確認すると、2020年4月17日付に公表された「新型コロナウイルス感染拡大に伴う店舗臨時休業に関するお知らせ」に、2020年5月1日より当面の間、ドラッグストア29店舗を臨時休業すると書いてあります(2020年6月以降、順次営業再開のアナウンスがなされています)。 この29店舗というのが、会社全体のどれくらいに当たるのかも気になります。2020年3月期決算説明会資料を参照すると、この会社の店舗数は、2020年3月期で1,168店舗となっており、内訳は、ドラッグストア876店舗、ディスカウントストア292店舗です。したがって、ドラッグストアだけで見ると、29店舗は3%程度に相当します。 割合からするとそれほどでもないという印象ですが、インバウンド向けということは、訪日外国人がやってくるような立地のはずで、家賃の高い都心の店舗ではないかと読めます。具体的な店舗名は、2020年4月20日付公表の「新型コロナウイルス感染防止に伴う臨時休業店名のお知らせ」で明らかにされており、新宿、渋谷、池袋、銀座、心斎橋等であることがわかります。 〈インバウンド消失のインパクト〉 以上の状況に基づき、将来の業績回復が短期的には見込めないとして減損処理を実施したわけですが、問題は、これが会社全体にとってどういう意味を持つかということです。 そもそもドラッグストア業界というのは、国内需要を念頭に置いたビジネスであり、人口減の日本においては、簡単には成長の見込めない分野です。その限られた需要を、同業他社や他の小売業と奪い合う(M&Aを含む)ことによって、個々の企業レベルでは成長拡大が可能となります。 ところが、ここ何年かはインバウンド需要により、国内需要の奪い合いという構図がやや緩んだと考えられます。成長拡大路線が以前よりも取り組みやすい目標になったはずなのです。 日本政府観光局の統計によれば、訪日外客数は2013年に約1,000万人でしたが、2019年は約3,000万人となり、6年で3倍規模になっています。観光庁の訪日外国人消費動向調査によれば、2019年の訪日外国人(中国人)旅行者の1人当たり旅行支出額は212,810円で、そのうち買物代は108,788円となっています。2019年の訪日外客数のうち中国人の数は9,594,394人なので、掛け算をすると約1兆円(108,788円×9,594,394人)になります。中国人旅行者だけでも、2019年1年間に日本で買い物をした金額が約1兆円というわけです。ドラッグストア業界の市場規模は、2018年度で約7兆円と報道されています。そこに占めるインバウンド需要はインパクトがあると考えて間違いないでしょう。 〈成長拡大路線をどうするか?〉 ちなみに、訪日外国人旅行者数の政府目標は、2020年に4,000万人、2030年に6,000万人とされていました(第2回 明日の日本を支える観光ビジョン構想会議「明日の日本を支える観光ビジョン(案)-世界が訪れたくなる日本へ-」(平成28年3月30日))。このインバウンド需要を狙えば、企業の成長拡大路線は取り組みやすい目標であったはずですが、今後見直しを迫られることは必至です。 この連載の【第2回】では、本業の関連事業への投資に関して経営環境が変化したケースを紹介しましたが、今回の事例は本業そのものの経営環境の変化です。経営への影響は、インバウンド需要への依存度や、新型コロナウイルス・ワクチンの普及スピードにもよりますが、インバウンド需要の回復が期待できない場合は、それに代わる新たな需要を掘り起こすか、多角化により別の事業を立ち上げるかしかありません。さもなければ、業界内あるいは小売業全体を巻き込んだシェア争いとなるのではないでしょうか。 インバウンド需要消滅による減損処理が行われた会社については、減損処理そのものよりも、成長拡大路線を今後どうするのかに注目したいです。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第37回】 「税率差異の注記に係るチェックポイント」 公認会計士 石王丸 周夫 1 税率差異の百分比が訂正されたケース 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 【事例37-1】 いわゆる税率差異の注記で、数字が訂正されている。 ※下線が引かれている数字が訂正箇所。 (出所) 株式会社キャンドゥ「「第27 回定時株主総会招集ご通知」および「 法令及び定款に基づくインターネット開示事項 」の一部訂正について」 【事例37-1】は、計算書類の個別注記表に記載される「税効果会計に関する注記」の一部です。「法定実効税率と税効果会計適用後の法人税等の負担率との差異の主な内訳」という注記になります。 この注記の百分比の数字が訂正になっていますが、訂正の原因は外部からはわかりません。ただし、訂正前の数字の一部に、明らかに異常な点がありましたので、この連載で取り上げてきたうっかりミスの1つではないかと思われます。 明らかに異常な点というのは、訂正前の「税効果会計適用後の法人税等の負担率 63.3%」の百分比の数字です。以下説明していきます。 2 訂正前注記の異常点はここ まず、この注記の趣旨を簡単に説明しておきます。 この注記は、会社の法定実効税率と損益計算書上の法人税等の負担率とに差がある場合における、「差の説明」という意味合いがあります。 法定実効税率というのは、税法で定められている税率を元に計算された率のことで、会社の利益には法人税ほかいくつかの税金が課されるので、それらの税金を合わせるとどれくらいの税率になるのかというのを計算上求めたものです。【事例37-1】によれば、この会社のこの年度においては「30.6%」となっています。これは訂正前も訂正後も同じです。 これに対して、損益計算書上の法人税等の負担率というのは、実際に会社が負担した税額を税引前当期純利益で割り返した値です。負担した税額には税効果会計適用により計上された法人税等調整額を含みます。つまり、会計上の利益と税法上の所得に差異があって、それが将来解消すると見込まれるものについては、それを織り込んだベースの負担率になっているという意味です。 これらの2つの率は似たような値になるはずですが、実際にはそうならないことがあり、その場合に理由を示すというのが、この注記の趣旨です。 【事例37-1】の会社の実際の数値を使って、損益計算書上の法人税等の負担率を図で示すと以下のようになります。 この図によると、税効果会計適用後の法人税等の負担率は「63.7%」と計算されます。百万円単位の数字で計算しているため、誤差はありますが、それにしても訂正前の注記に示されている「63.3%」と比べると、少し差があります。 この点が明らかに異常な点というわけです。この異常が何らかのミスを原因とするものかどうかは断定できませんが、少なくとも原因調査すべきものであることは確かです。 3 この注記のチェックポイント 計算書類を外部公表する前にこのミスを検出するには、上に述べたように、注記に記載された法人税等負担率を損益計算書から計算される率と照らし合わせてあげる方法が効果的です。これは【第36回】で述べたクロスチェックの1つです。 この注記のチェックでは、法定実効税率の確認、縦の計算が合っているかどうかの計算チェックに加えて、法人税等の負担率のクロスチェックが必須というわけです。 ところで、今回取り上げた「法定実効税率と税効果会計適用後の法人税等の負担率との差異の主な内訳」の注記は、計算書類(個別注記表)においては、すべての会社に必須の注記ではありません。会社計算規則では、税効果会計に関する注記として、繰延税金資産及び負債の発生の主な原因の記載を求めています。税率差異には言及していないのです。 もちろん、【事例37-1】のように、この差異に重要性が認められるケースでは記載すべき注記だと考えられますが、そうでない場合は開示の必要がありませんので、差異の重要性の有無もチェックポイントの1つです。 なお、以上に加えて、差異の内容が会社の実態に即しているかどうかという確認が必要なことはいうまでもありません。【事例37-1】でいえば、差異の主なものは住民税均等割です。この会社は100円ショップを運営しているので、多店舗展開により住民税均等割が多額になりやすいのではないかと読めます。社内チェックであれば、こうした数字の背景は容易に把握できるはずですので、必ず確認しておきたいところです。 〈今回のまとめ〉 税率差異の注記については、損益計算書とのクロスチェックを実施しましょう。 (了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第4回】 「適切な売上計上のための「カットオフテスト」の実施」 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに 上場企業は毎期、自社の内部統制の有効性を評価して、内部統制報告書に結果を表明しなければなりません。多くの上場企業は自社の内部統制が有効である旨を表明しますが、なかには、内部統制の非有効を伝える内部統制報告書も多く存在します。 非有効の原因はさまざまですが、なかでも目立つのは不正を含む不適切な会計処理を原因とするケースです。更にそれを分解してみると架空売上や売上の早期計上を理由として、内部統制が非有効と判断される場合が目を引きます。 世界的なパンデミックにより、景気が後退するなかで、経営陣にとって売上、利益の維持はなによりの急務ですが、他方で架空売上や早期計上は、自社の財務諸表の信頼性を著しく損なうことになります。 《1》 架空売上、売上の早期計上を考える 企業の最大の使命は売上、利益の極大化です。したがって、売上の計上といった場面で不正が起こりやすくなるというのも合点がゆく現象です。とはいえ売上の計上には会計上のルールがあり、いったん定めれば合理的な理由なく変更することはできません。 たとえば、企業は顧客へのサービスの提供の完了や商品・製品の出荷に基づき、請求書を発行し売上を計上します。この売上計上において、どのような不正のリスクが潜んでいるのでしょうか。以下の事例をもとに考えていきましょう。 ◎ 【事例】を分析する 《2》 収益認識の実務を考える 予防策の1つとしては、収益を認識するための根拠を、自社ではなく第三者の証明に求めるようにすることです。 まず、製品が出荷されたことを確認するため、製品の受渡しを示す配送業者のサインを入手します。たとえば、出荷指示書に配送業者が受取りを証するサインをすることを義務づけるのです。また、修理サービスが完全に提供されたことを客観的に証明するため、納品書や修理完了書に顧客のサインや押印を求めるようにします。 こうして財の出荷やサービスの提供が完了したことを第三者が証明する仕組みを作ります。第三者の証明による売上計上であれば、それは信頼に足るものといえましょう。逆にいえば、配送業者による出荷伝票へのサインや、納品書や修理完了書への顧客のサインや押印などのエビデンス(証拠)がなければ、売上を計上できない体制が必要です。 《3》 カットオフテストを推奨する 内部統制報告書を読んでいると、会計基準への理解不足や自社のルールが不明確なことが、不備の原因となったという反省や後悔の声が繰り返し述べられていることに気づきます。会計基準や自社のルールについて、それらを社員に周知させ、愚直に守ることは、上場企業でさえも難しいということです。 「精密機器の出荷や修理サービスの完了をもって売上を計上する」というルールができたら、それが絵に描いた餅とならないように定期的にテストすることをお勧めします。 請求書の発行が最も集中する期間のうち、5営業日程度を対象として請求書を無作為に一定数、抽出します。そして次のことを確認します。 上記のことが確認できれば、計測機器の販売や修理サービス、いずれも売上が適切に計上されているといえます。こうした検証を「カットオフテスト」といいます。 しかし、月内に売上が計上されているにもかかわらず、出荷やサービスの完了が翌月ならば、売上の早期計上となり、「カットオフエラー」として会計上の修正が求められます。 このようなカットオフテストを定期的(たとえば四半期ごと)に実施できれば、売上計上のルールを従業員の意識に定着させることができるでしょう。 《4》 内部統制報告書にみる不備事例 以下はある会社の内部統制報告書です。会計基準の適切な理解と運用を損なえば、財務報告の信頼性に重要な影響をもたらすことになりかねないことを示しています。 * * * 〔より深く理解するためのQ&A〕 ◆今回の重要ポイント◆ 売上計上のルールを明確に定めることは、財務報告の信頼性を高める。 カットオフテストを定期実施することで、収益認識のルールの定着が進む。 売掛金残高の定期的な検証にはさまざまな効果がある。 内部統制報告書から先人の躓きを学ぶ。 (了)
社外取締役と〇〇マルマル 【第12回】 (最終回) 「社外取締役と任期・退任」 西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 森田 多恵子 1 はじめに 1年にわたり連載してきた「社外取締役と〇〇マルマル」も本稿で最終回となる。 社外取締役として選任され、その職務を遂行してきた社外取締役もいつかは任期満了その他の事由により退任することとなる。本稿では、社外取締役の任期及び退任事由、退任後の会社に対する義務について概説する。退任後に後任として選任される社外取締役の指名については、連載第11回を参照いただきたい。 2 社外取締役の任期 社外取締役の任期も社内取締役と変わらず、公開会社の場合、①監査役会設置会社では選任後2年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会の終結時まで(定款又は株主総会決議で短縮可(※1))、②監査等委員会設置会社では監査等委員である取締役は選任後2年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会の終結時まで(定款又は株主総会決議で短縮不可)、それ以外の取締役は選任後1年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会の終結時まで、③指名委員会等設置会社では選任後1年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会の終結時までである(会社法332条)。 (※1) 定款規定により、剰余金の配当や自己株式の取得等を、株主総会ではなく取締役会での決議事項とするためには、取締役の任期が1年以内であることが、1つの要件となっていることから(会社法459条)、定款で取締役の任期を1年としている上場企業も多い。 再任は可能であるが、あまりに就任期間が長いと、馴れ合いから独立性が損なわれるのではないかとして、在任期間の長い社外取締役は非独立であるとし、再任に反対する議決権行使基準を持つ機関投資家もいる。他方、ある程度の長さの就任期間を経ることで、その会社に対する知見や経営陣との適度な信頼関係が築かれ、会社への貢献度合いや経営陣への影響が高まっていく面や、社外取締役のメンバー構成として就任期間が短い者だけでなく長い者も存在することで実効的な役割を果たすことができる面もある。 これらの指摘を踏まえ、経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」(2018年9月28日改訂)では、一律に厳格な再任上限(就任期間の上限)を設けることまでは必要ないとしつつ、例えば、定量的な就任期間の目安を定め、それを超えて社外取締役に就任させ続ける場合には、指名委員会等において、その者の社外取締役としての貢献度合いや引き続き就任させる必要性と、就任期間の長さによる弊害の有無等を十分に考慮した上で、再任の適否を判断することが考えられるとされている。 3 退任事由 退任事由には、任期満了、辞任、解任、死亡、取締役の資格の喪失等がある。会社又は子会社の業務執行取締役になる等、社外取締役の要件(会社法2条15号)に該当しなくなった場合は、社外取締役である旨の抹消登記(同法911条3項22号等)が必要になる場合があるが、取締役を退任するわけではない。 取締役はいつでも辞任することができるが、会社に不利な時期に辞任したときは、やむを得ない事由があったときを除き、会社に生じた損害の賠償責任を負う(民法651条)。 株主総会は、いつでもその決議により取締役を解任することができる。解任された取締役は、解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる(会社法339条)。取締役の職務遂行上の法令・定款違反行為があった場合や、心身の故障等により客観的に職務遂行に支障を来す状態になった場合は、解任に正当な理由があると解されている。職務遂行への著しい不適任や能力の著しい欠如も解任の正当な理由に当たるとするのが多数説である(※2)。 (※2) 岩原紳作編『会社法コンメンタール7 機関(1)』(商事法務、2013)535-536頁[加藤貴仁]。 なお、令和元年改正会社法により、公開会社かつ大会社である監査役会設置会社で、有価証券報告書提出義務を負うものは、社外取締役の設置が義務となった(会社法327条の2)。法定の社外取締役を欠くこととなる場合、新たに社外取締役が選任されるまで、なお役員としての権利義務を有する(会社法346条1項)ほか、裁判所による一時役員の選任や(同条2項)、補欠の役員の選任(同法329条3項)の規定の適用もある。 4 退職後の義務 社外取締役は、会社に対して守秘義務、善管注意義務及び忠実義務を負うが、退任後も、信義則上、一定の範囲で引き続き守秘義務を負うと考えられ(※3)、また、会社の営業秘密の不正使用、開示は不正競争防止法違反となる場合がある(不正競争防止法2条1項7号、6項)。退任取締役の守秘義務の範囲の明確化のため、役員就任時又は退任時に秘密保持義務を約定しておくこともある。 (※3) 日本弁護士連合会「社外取締役ガイドライン」9頁、32頁参照。 会社法356条が定める取締役の競業取引の制限は、取締役在任中の義務であり、取締役は、退任後は、会社と同種の事業を行う会社の経営に参画することもできるのが原則である。ただし、社会的に許容される範囲を逸脱するような態様で競業行為を行った場合に、不法行為責任を負うことがある(※4)。 (※4) 落合誠一編『会社法コンメンタール8 機関(2)』(商事法務、2009)72頁[北村雅史]。 また、退任後の事業の準備行為として在任中に行った従業員の引き抜き行為等が在任中の取締役の忠実義務違反に当たるかどうかが問題となることが多い。 会社との特約があれば、取締役は退任後も特約に基づく競業避止義務を負う。もっとも、退任取締役の職業選択の自由を保障するため、特約が無制限に許されるわけではなく、あまりに広範な競業禁止特約は公序良俗違反により無効となる(民法90条)。競業禁止特約の有効性は、競業禁止期間の長短、禁止の場所的範囲の広狭、禁止対象職種、代償措置の有無等を考慮して判断される(※5)。 (※5) 落合誠一編『会社法コンメンタール8 機関(2)』(商事法務、2009)72頁[北村雅史]。 (連載了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例57】 コタ株式会社 「当社元監査役による不正行為及び2021年3月期第3四半期決算発表予定日の変更に関するお知らせ」 (2021.1.26) 公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、コタ株式会社(以下「コタ」という)が2021年1月26日に開示した「当社元監査役による不正行為及び2021年3月期第3四半期決算発表予定日の変更に関するお知らせ」である。同社の元監査役が会社の資金を私的に流用していたことが発覚し、それにより2021年3月期第3四半期の決算発表が遅れることになった(元監査役に関係する旅費交通費及び役員退職慰労引当金繰入額等を合算した額の戻し入れが必要なため)という内容である。 2 前日に辞任 この開示の主文の最初は、次のように記載されている。 監査役による会社資金の私的流用が発覚し、その監査役が辞任したのは2021年1月25日とされている。しかし、この開示が行われたのは26日である。もっと早く開示できなかったのだろうか。 コタは、この開示と同時に「監査役の辞任及び補欠監査役の監査役就任に関するお知らせ」も開示している。その主文の最初は、次のように記載されている。 2021年1月26日に開示した「元」監査役による不正行為に伴い、25日に監査役(=「元」監査役)が辞任した、という不思議な文章である。しかも、その監査役の辞任理由には、「本人の一身上の都合によるものです」と記載されている。 本来であれば、「元」監査役ではなく「現」監査役による不正行為として速やかに開示したうえで、その監査役の辞任について開示し、辞任理由には、当然、「不正行為を認めて辞任」といった記載がなされるべきではないだろうか。 3 再発防止策 コタは、この件を受けて、2021年1月28日に「当社元監査役による不正行為に関する再発防止策について」を開示している。とても短いので、その記書きを全て引用する。 早期に再発防止策に関する開示を行った方がいいと思ったのだろうか。しかし、正直、こうした内容ならば、開示しない方がよかったのではないかと思えてしまう。取締役を監視する役割を負う監査役には、当然のことながら、コンプライアンスに関する深い理解が求められるが、上記(3)の記載から分かるように、これまで同社は監査役に対してそれを求めてこなかったのだろう。今回の件はその結果である。真の再発防止策は、監査役に相応しい人物を監査役候補者として選ぶことではないだろうか。 4 取締役は? コタの取締役には、1人だけ女性の方がいる。社外取締役であり、昨年の定時株主総会で選任されている(2020年5月14日に「社外取締役候補者の選任に関するお知らせ」を開示)。同社には、それまで女性の取締役はいなかった。 その方は社外取締役に相応しい人物に違いないのだが、たまたま女性だったのだろうか。それとも、「コーポレートガバナンス・コード」の次の原則が影響しているのだろうか(下線は筆者による)。 上場会社における女性の取締役の数は、少しずつではあるが増えているようである。しかし、そのほとんどは、コタと同様、「社外」取締役である。女性の「社内」取締役は、依然としてほとんどいない(ということは、女性の管理職の数も多くはないのだろう)。 「コーポレートガバナンス・コード」の次の原則に対応して、社外取締役を選ばなければならないが、取締役に女性を入れる必要もありそうなので、女性の社外取締役を選べば一石二鳥、などと考えているのであろうか。 コタは、監査役だけでなく取締役も、本当にそれに相応しい人物を選べているのだろうか。同社の事業内容(美容室向け頭髪用化粧品等の製造・販売)からすると、同社には多くの女性の従業員がいるように思われる(コーポレート・スローガン(2019年)は「美容室とともに女性を髪から美しくする」)。社内出身の取締役に女性が1人もいないというのは、奇異なことである(同社に限ったことではないのだが)。 「コーポレートガバナンス・コード」には次のような原則もあるのだが、これを本当に理解し、これに対応している会社はどのくらいあるのだろうか。 (了)