令和2年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第4回】 「所得金額及び法人税額の計算(その1:損益通算、欠損金の通算)」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [7] 所得金額及び法人税額の計算 (1) 損益通算 ① 所得事業年度の損益通算による損金算入 通算法人の所得事業年度終了日(基準日)において、他の通算法人の基準日に終了する事業年度において通算前欠損金額が生ずる場合には、その通算法人の所得事業年度の通算対象欠損金額は、その所得事業年度の損金の額に算入される(法法64の5①②)。 すなわち、通算グループ内の欠損法人の欠損金額の合計額が、所得法人の所得の金額の比で配分され、その配分された通算対象欠損金額が所得法人の損金の額に算入される。 ② 欠損事業年度の損益通算による益金算入 通算法人の欠損事業年度終了日(基準日)において、他の通算法人の基準日に終了する事業年度において通算前所得金額が生ずる場合には、その通算法人の欠損事業年度の通算対象所得金額は、その欠損事業年度の益金の額に算入される(法法64の5③④)。 すなわち、上記①で損金算入された金額の合計額と同額の所得の金額が、欠損法人の欠損金額の比で配分され、その配分された通算対象所得金額が欠損法人の益金の額に算入される。 [損益通算の計算例1] [損益通算の計算例2] 上記の用語の定義は次のとおりである。 (※) 通算子法人については、損益通算や欠損金の通算など通算申告を行う通算事業年度は通算親法人の事業年度終了日に終了する事業年度となる。この場合、「通算親法人の事業年度終了時に通算親法人との間に通算完全支配関係がある通算子法人の事業年度は、その終了日に終了する」となるため、損益通算又は欠損金の通算の対象となる通算子法人は、通算親法人の事業年度終了時に通算完全支配関係がある通算子法人となる。 (2) 欠損金の通算 通算グループ全体の繰越欠損金の控除限度額は、各通算法人の欠損金の繰越控除前の所得金額の50%の合計額となる(法法57①、64の7①)。 ただし、通算法人が中小法人(※1)、更生法人等(※2)及び新設法人(※1)に該当する場合は、その該当する通算法人については、所得金額の50%ではなく、所得金額の100%を合計する(法法57⑪)。 したがって、通算グループ全体の控除限度額は連結納税制度と同様となる。 (※1) グループ通算制度の場合、全ての法人が単体納税の中小法人又は新設法人に該当する場合に、通算グループ内の全ての法人が中小法人又は新設法人に該当する。 (※2) 更生法人等の判定は各法人について行う。 各通算法人の繰越欠損金の控除額については、次の手順で計算を行う(法法64の7①)。 [手順1]各通算法人の10年内事業年度の繰越欠損金の配分(期首残高の調整) 各通算法人の適用事業年度開始日前10年以内に開始した各事業年度において生じた繰越欠損金は、特定欠損金額と非特定欠損金額の合計額とする(法法64の7①二)。 (※3) ここでいう各通算法人の損金算入限度額は、各通算法人ごとに計算される損金算入限度額からその非特定欠損金額の発生事業年度前に生じた繰越欠損金の控除額とその非特定欠損金額の発生事業年度に生じた特定欠損金額の控除額を控除した後の残額となる(※4)。つまり、各通算法人の損金算入限度額の残額となる。 (※4) この点で、繰越欠損金は、発生事業年度が古いものから、かつ、特定欠損金額から控除されることになる。 [手順2]各通算法人の繰越欠損金の損金算入限度額の計算(繰越控除額の計算) 各通算法人の繰越控除額は、それぞれ次の金額を限度とする(法法64の7①三)。 (※5) ここでいう各通算法人の損金算入限度額の合計額とは、各通算法人の損金算入限度額の合計額から各通算法人のその特定欠損金額の発生事業年度前に生じた繰越欠損金の控除額を控除した後の残額となる。つまり、通算グループ全体で計算した損金算入限度額の残額となる。 (※6) ここでいう各通算法人の特定欠損金額の控除後の損金算入限度額の合計額とは、各通算法人の損金算入限度額の合計額から各通算法人の「その非特定欠損金額の発生事業年度前に生じた繰越欠損金の控除額とその非特定欠損金額の発生事業年度に生じた特定欠損金額の控除額の合計額」の合計額を控除した後の残額となる。つまり、通算グループ全体で計算した損金算入限度額の残額となる。 [手順3]各通算法人の繰越欠損金の解消額の計算(繰越欠損金の期末残高の計算) 各通算法人の特定欠損金額及び配分前の非特定欠損金額の期首残高のうち、適用事業年度に解消された金額はそれぞれ次の金額とする(法法64の7①四)。 したがって、各通算法人の繰越欠損金の当期控除額と当期減少額が一致しない場合があり、その差額は通算税効果額(グループ通算制度を適用することにより減少する法人税及び地方法人税の額に相当する金額として通算法人間で授受される金額)となる(法法26④、38③)。 そして、各通算法人の特定欠損金額及び配分前の非特定欠損金額の期首残高から適用事業年度以前に解消された金額を除いた金額が期末残高となり、適用事業年度後の事業年度において繰越控除されることになる。 [欠損金の通算の計算例] 上記の用語の定義は次のとおりである。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第16回】 「役員給与における隠ぺい又は仮装行為の具体例」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 役員給与における隠ぺい又は仮装行為とは 法人税法上、役員給与に係る隠ぺい又は仮装行為は、以下の通り規定されている(※1)。 (※1) なお、法の用語は「隠蔽」であるが、本稿では引用箇所を除き「隠ぺい」と表記している。 この「隠蔽し、又は仮装し」という表現が国税通則法68条1項に定める文言と同一であり、このような行為をした場合に重加算税が賦課決定されることとなる。この規定は、売上を除外して役員に対して定時・定額で給与を支払う場合などを想定して設けられたと説かれている(※2)。 (※2) 八ッ尾順一『事例からみる重加算税の研究(第6版)』(清文社、2018年)72頁。なお、国税庁「法人税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)」(課法2-8他)においても、「簿外資金(確定した決算の基礎となった帳簿に計上していない収入金又は当該帳簿に費用を過大若しくは架空に計上することにより当該帳簿から除外した資金をいう。)をもって役員賞与その他の費用を支出していること」と明記されている(第1、1、(5))。 重加算税賦課要件に関して本稿では詳述しないが、日本税理士会連合会税制審議会が「その意義や態様について現行法令は極めて抽象的」と指摘している通り(※3)、役員給与に関してもどのような場合に隠ぺい又は仮装行為とされるのかが分かりにくい。そこで、以下(2)にて裁判例や裁決例を紹介する。 (※3) 日本税理士会連合会税制審議会「重加算税の問題点について-平成11年度諮問に対する答申-(平成12年2月14日)」1頁 (2) 役員給与に関して隠ぺい又は仮装行為とされた事例 ① 法人が事実上管理する代表者父母の名義預金口座に支給した役員給与等につき、帳簿書類を仮装して支給したと認定されたケース(東京地裁平成24年9月21日判決(※4)、東京高裁25年2月28日判決(※5)) (※4) 税務訴訟資料262号順号12044、TAINS:Z262-12044 (※5) 税務訴訟資料263号順号12155、TAINS:Z263-12155 本件は、代表者父母に対して支給した役員給与等につき、支給した事実のない架空のものであるとされた更正処分等の適否が争われた事案である。裁判所は、法人である納税者が代表者父母名義の口座を管理していたことを重視し、名義預金の預金者は法人であるから役員給与等の支給実態はなく架空のものであると認定した。 なお、東京国税局課税第一部国税訟務官室において、本件を題材として「納税者の供述等が得られた場合であっても、その供述等のみを課税処分の根拠とせずに、その供述等を裏付ける事実や周辺事情等についても証拠を収集し、保全しておくことが重要である」との周知がなされている(※6)。 (※6) TAINS:判決速報1263 ② 内縁の妻に対して支給した給与が、法人代表者への役員給与であるとされた上で、事実を仮装経理することにより支給したと認定されたケース(東京地裁令和元年5月30日判決(※7)、東京高裁令和2年1月16日判決(※8)) (※7) 判例集未搭載、TAINS:Z888-2279 (※8) 判例集未搭載、TAINS:Z888-2294 本件は、法人が代表者の内縁の妻に対して負担した給与は、内助の功に報いるための負担にすぎないことを裁判所が重視し、当該代表者が個人的に負担すべきであったとした上で、出勤簿の作成や厚生年金保険・健康保険の被保険者資格を取得させた上で給与として経理し、当該給与支給を損金算入したこれらの行為が事実を仮装して経理したと認定されている。 ③ 実際は開催していない臨時株主総会の議事録を後日付により作成した行為が事実の仮装であるとされた事例(国税不服審判所平成20年4月24日裁決(※9)) (※9) TAINS:F0-2-465 本件は、役員退職給与の額の損金算入時期について定めた法人税基本通達9-2-18(平成19年3月13日課法2-3ほかによる改正前のもの。現:法基通9-2-28)に沿うことを目的に、臨時株主総会議事録を後日付により作成していた事例である。 なお、本件とは別に、「株主総会の議事録の作成の有無については、株主総会の決議の効力には影響しないと解されて」おり、「同族会社にあっては、会社法に規定する株主総会の開催が必ずしも明確でない場合が多く、このような場合、株主総会の決議の有無は、株主総会が実質的に開催されたとみることができるかどうかにより判断すべきであると解される」とした上で、退職給与の額が確定した日を特定できる日記帳に高い信用性があると認め、事実の仮装がないとして重加算税賦課決定処分を取り消した事例もある(国税不服審判所平成21年11月11日裁決(※10))。 (※10) TAINS:F0-2-253 これらの事例に鑑みると、役員退職給与の額を確定させた日付について仮装して後日付により議事録を作成すると事実の仮装とされる反面、株主総会議事録の作成を失念していても、真実に基づき役員給与等を支給し、当該真実を証明できた場合には仮装行為に当たらないといえそうである。しかし、このようなリスクを負わないためには、株主総会議事録の作成は大前提であるといえよう。 (3) 留意点 これらの事例からは、役員の親族や特殊関係人が法人に対して労務提供をしていないという事実があり、なおかつ当該親族らに給与等を支給している場合に隠ぺい又は仮装行為が発生しやすいことが分かる。 したがって、役員給与や役員退職給与を支給するのであれば、法人に実在し、かつ実際に貢献のある役員本人に限るべきであるし、株主総会議事録も後日付で作成することは控え、真に確定した日を以て議事録を作成して処理するべきである。 当然のことではあるが、このような心掛けの積み重ねが、来たる税務調査にて清廉潔白を主張できる礎となると思われる。 (了)
給与計算の質問箱 【第7回】 「従業員が役員に昇格した際の賞与、退職金の注意点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 2020年7月1日付けで勤続10年の従業員Aが役員に昇格しました。代表権の無い取締役であり、使用人兼務役員ではありません。なお、当社の事業年度は8月1日から7月31日です。 このAの昇格に伴う、次の①~③の場合について教えてください。 A ①~③につき次のとおりとなる。 * * 解 説 * * ① 従業員賞与 従業員が役員となった場合において、その直後に支給した賞与の額のうち従業員であった期間に係る賞与の額として相当であると認められる部分の金額は、従業員に対して支給した賞与として認められる(法基通9-2-27)。 役員に就任したのが7月1日、賞与の支給日が7月31日なので直後といえるし、他の従業員と同様に従業員の期間に係る賞与を支給するので問題ない。会社は7月31日に50万円から健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、源泉所得税を控除してAの口座へ振り込む。後日、会社は賞与支払届を年金事務所へ提出する。 ② 役員賞与 役員賞与を損金算入するためには、「事前確定届出給与に関する届出書」を税務署へ提出し、かつ、届出書の記載通りに支給しなければならない。 今回のケースにおける事前確定届出給与に関する届出書の提出期限は、役員に就任した7月1日から1月を経過する日となる7月31日(臨時改定事由が生じた日から1月を経過する日)である。会社は事前確定届出給与に関する届出書を7月31日までに税務署へ提出し、7月31日に50万円から健康保険料、厚生年金保険料、源泉所得税を控除(労働者ではないため雇用保険料の控除は無し)してAの口座へ振り込む。後日、会社は賞与支払届を年金事務所へ提出する。 ③ 従業員退職金 従業員が役員となった場合において、従業員であった期間に係る退職金を支給したときは、支給日の属する事業年度の損金に算入する(法基通9-2-36)。 当社の事業年度は8月1日から7月31日なので、支給日(2020年7月31日)の属する2020年7月期の損金に算入する。仮に支給日が1日ずれて8月1日となった場合に退職金を未払計上して2020年7月期に損金に算入することはできない。 会社はAから「退職所得の受給に関する申告書」を7月31日までに提出してもらった場合、7月31日に50万円(退職所得0円のため源泉所得税の控除は無し)をAの口座へ振り込む。Aから退職所得の受給に関する申告書の提出が無かった場合、7月31日に50万円から102,100円(50万円×20.42%)の源泉所得税を控除した397,900円をAの口座へ振り込む。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第33回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 〈更なる検討〉 ~法人税法22条の2第3項は、2項が確定決算による収益経理を要請したことの意義を失わせるか~ 法人税法22条の2第2項は、(1項が定める引渡・役務提供基準ではなく)近接日基準による収益計上を認める条件として、確定決算による収益経理を求めている。これは、いわば、形式面・手続面において会計処理と税務処理の一致を求めるものであるが、その影響はさほど大きくはなさそうである。それは、法人税法22条の2第3項が申告調整による近接日基準の採用を認めているからである(本連載第30回参照)。 かように、法人税法22条の2第3項を適用すると、申告調整により、近接日基準を採用することができるのであるが、このことは、2項が確定決算による収益経理を要請していたことの意義を消失させるであろうか。 この点に関しては、法人税法22条の2第3項によって、2項で確定決算による収益経理を要件としていることの意味が完全に失われるわけでもないと考える。 近接日基準を適用して確定決算による収益経理をしている場合に、3項を適用して、他の近接日基準を採用することはできない(法法22の2③括弧書き)。この意味で、会計上採用する近接日基準と法人税法上採用する近接日基準とが異なるような事態は回避されることになり、会計と税務の収益計上時期が相違するという事態は避けられる。 例えば、次のようなケースで、第3期において、法人税法22条の2第3項を適用し、申告調整による益金算入が認められるか。 このケースでは、第1期において、近接日基準により確定決算で収益計上している。よって、法人税法22条の2第2項により、法人税法上も第1期で収益を計上することになる。その後、やはり、第3期において収益を計上することが妥当であると考えなおし、申告調整により、第3期において益金算入することが認められるか(収益計上処理をした第1期については、別途、更正の請求を行うことが考えられる)。 仮に認められるならば、会計処理(近接日①の属する第1期で収益計上)と税務処理(近接日の属する第3期で益金計上)が相違することになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 法人税法22条の2第3項は、その括弧書きにおいて、「当該資産の販売等に係る収益の額につき一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って・・・前項に規定する近接する日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合」には同項の適用がないことを明記している。 上記のケースは、この3項の適用除外のルールに該当するため、3項の適用はないことになる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第18回】 「適格合併を行った場合の申告調整(その2)」 ~親会社が子会社を吸収した場合~ 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は、子会社同士が適格合併を行った場合の申告調整の具体例を取り上げました。 今回は、親会社が子会社を適格合併により吸収した場合の申告調整の具体例について解説します。 1 適格合併を行った場合の合併法人の処理 (1) 前提条件 〔被合併法人B社の最後事業年度の貸借対照表〕 【会計】 【税務】 この合併における会計上の資産・負債と税務上の資産・負債には、下記の差異が生じています。 (2) 会計処理 合併法人A社の会計処理は、下記のとおりです。 会計上は、子会社から受け入れた資産と負債との差額のうち株主資本の額と、親会社が合併直前に保有していた子会社株式(抱合株式)の適正な帳簿価額との差額を、特別損益に計上することとされています(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針206)。 (3) 税務処理 合併法人A社の税務処理は、下記のとおりです。 ① 資産・負債の取得価額 被合併法人が適格合併により合併法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、最後事業年度終了時の帳簿価額による引継ぎをしたものとされるため、合併法人が受け入れる資産・負債の取得価額は、被合併法人における最後事業年度終了時の「帳簿価額」となります(法法62の2、法令123の3)。 この「帳簿価額」とは、税務上の帳簿価額をいうため、税務上否認した金額も含めて受け入れることとなります(法基通12の2-1-1)。 これより、合併法人A社が受け入れる資産の取得価額は、会計上の10,000と税務上否認した金額である減価償却超過額1,500の合計である11,500となります。 また、合併法人A社が受け入れる負債の価額は、会計上の5,000から税務上否認した金額である退職給付引当金500を差し引いた4,500となります。 ② 資本金等の額 合併法人において合併により増加する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①五)。 (ア) 加算項目 (イ) 減算項目 (※) 「抱合株式」とは、合併法人が合併前から保有している被合併法人株式のことをいいます。 上記より合併法人A社において減少する資本金等の額は、500となります。 ③ 利益積立金額 合併法人において合併により増加する利益積立金額は、次のとおりです(法令9①二)。 (ア) 加算項目 (イ) 減算項目 上記より合併法人A社において増加する利益積立金額は、5,000となります。 ④ 株主としての処理 (ア) みなし配当 適格合併が行われた場合には、被合併法人の利益積立金額は合併法人に引き継がれ、被合併法人の株主に交付されないため、被合併法人の株主であるA社においてみなし配当は計上されません。 (イ) 譲渡損益 投資が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰り延べることとされています(法法61の2②)。なお「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を合併法人より受けていないことをいいます。 会計上、被合併法人の株主であるA社においてB社株式の譲渡損益(抱合株式消滅差益)が計上されたとしても、法人税法上は、合併によってB社株式の譲渡損益を計上することはできません。 (4) 会計処理と税務処理の調整 上記の合併法人A社の会計処理と税務処理を比較すると、差異が生じているため、調整する必要があります。 調整仕訳は次のとおりです。 会計上は、抱合株式消滅差益が収益に計上されているため、別表4にて所得を減算する処理が必要となります(下記(5)参照)。 その他の調整仕訳については、別表4で申告調整が必要なものはなく、別表5(1)のみで調整することとなります(下記(6)参照)。 (5) 別表4の処理 別表4の処理については、次のとおりです。 (6) 別表5(1)の処理 別表5(1)の処理については、次のとおりです。 (注) ※は調整仕訳により生じたものであることを表示するために記入しています。 ◆ポイント◆ ① 抱合株式消滅差益の「減」の欄に記載されている4,000は、別表4にて減算したものです。 ② 合併法人A社において増加する利益積立金額が5,000(9,000-4,000)、減少する資本金等の額が500となっているかを別表5(1)で確認することが重要です。 2 適格合併を行った場合の被合併法人における資産・負債の引継ぎ 適格合併があった場合には、被合併法人の有する資産・負債は、最後事業年度終了の時の帳簿価額による合併法人への引継ぎがあったものとされ、被合併法人において譲渡損益は生じないこととされています(法法62の2①)。 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 【第4回】 「安全余裕率を把握する」 ~デートにおけるワインの選び方~ 公認会計士 石王丸 香菜子 登場人物 * * * どのような時でも順調に売上を計上できるに越したことはありませんが、昨今のような不透明な環境では、思いがけず売上が落ち込むことも少なくありません。どの程度までなら売上が落ち込んでも赤字にならないかを把握しておくと、経営上の目安になります。ハーブティー部門の決算書の内訳を見てみましょう。 《ハーブティー部門》 * * * 売上高が損益分岐点売上高からどれくらい離れているかを表す指標は、『』と呼ばれます。安全余裕率が大きいと、売上高が損益分岐点売上高を大きく上回っている、すなわち、多少の売上減では赤字転落しにくい状態を意味します。逆に、安全余裕率が小さいと、少しの売上減でも赤字になってしまうことになります。 同様に、フラワーショップ駅前店の先月の決算書から、損益分岐点売上高と安全余裕率を計算してみましょう。 《フラワーショップ駅前店》 * * * 仕出し弁当の価格や、レストランのコース料理価格・ドリンク価格など、複数の価格設定がされているシーンに遭遇することがありますね。例えば、デートで訪れたおしゃれなレストランで、次のリストからグラスワインを選ぶことになったとしましょう。ワインについては詳しくないとして、どのワインを選びますか? こんなシーンでは、たいていの人は真ん中の価格のワインを注文するものです。選択肢が3つある場合、人は極端な選択肢を避けて無難に真ん中を選ぶ傾向が強いようです。 商品の価格設定にあたっては、こうした人の心理を理解しておくとよいことがあります。あえて高価格の商品を設定しておくことで、顧客の選択を真ん中の価格の商品に誘導しやすくなるのですね。価格設定の際には、商品価格そのものの値上げや値下げを考えるだけでなく、商品価格の「見せ方」も工夫したいものです。 ・・・後日・・・ (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第7回】 「“価格の三面性”からみた不動産鑑定評価の方式」 ~基本的な考え方と留意点~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 価格の三面性について 合理的な経済人が「もの」の価値を判断する際には、 という3つの点を考慮に入れると考えられます。 また、一般的に考えれば、多額の費用を投じた商品であればあるほど、市場での取引価格も高額となり、その商品から得られる収益や満足度は高くなるのが普通です。 このような考え方は不動産の価格にも共通することであり、ここに「価格の三面性」に裏付けられた価格形成が行われていると考えることができます。そして、それぞれの側面が、「原価方式」「比較方式」「収益方式」という鑑定評価の方式につながっているといえます。 不動産の鑑定評価に際しては、それぞれの方式を可能な限り併用することが望ましいとされていますが、その理由はまさに「価格の三面性」が鑑定評価の根底に存在するためです。 以上述べたことを集約したものが、次の〔図1〕です。 〔図1〕 2 各方式の基本的な考え方 〔図2〕に原価方式、比較方式、収益方式のそれぞれの基本的な考え方を掲げました(それぞれの方式は価格を求める場合だけでなく、賃料を求める場合にも共通して適用されますが、以下、説明の煩雑さを避けるため、価格を求める場合を前提として述べていきます)。 〔図2〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (1) 原価方式 原価方式は、不動産の再調達に要する原価に着目した方式です。 ここで、「再調達」とは、鑑定評価の対象が建物であれば新たに建築(新築)することを意味しており、鑑定評価の価格時点における新築費用を見積もり、これから対象建物の建築時点から価格時点までの価値の減少分(減価修正分)を控除して価格を求めることになります。 また、土地に関しては、既成市街地など既に出来上がっている土地に関しては「再調達」という概念は当てはまりませんが、埋立地や新規造成団地等については再調達原価を見積もることは可能です(土地建物を一体として原価方式を適用する場合、土地価格は比較方式(取引事例比較法)を適用して求めた価格に置き換えているのが実情です)。 (2) 比較方式 比較方式では、不動産の取引事例を収集し、取引の対象となった不動産と評価対象不動産の価格形成要因(地域要因及び個別的要因)を比較して、対象不動産の価格を求めます。 (3) 収益方式 収益方式は、対象不動産から将来生み出されるであろうと期待される純収益(年々)の現在価値の総和を求める方式であり、(定期借地権及び定期借家権を除く)通常の賃貸借契約においては、収益期間が永続するという想定の下に、純収益を“還元利回り”と呼ばれる利回りで割り戻すことによって対象不動産の価格を求めることになります。 3 各方式と「価格を求める手法」「賃料を求める手法」との関係 〔図2〕に掲げたとおり、原価方式に対応する手法が原価法(価格を求める場合)及び積算法(賃料を求める場合)です。 また、比較方式に対応する手法が取引事例比較法(価格を求める場合)及び賃貸事例比較法(賃料を求める場合)です。 さらに、収益方式に対応する手法が収益還元法(価格を求める場合)及び収益分析法(賃料を求める場合)となります。 このように、不動産鑑定評価基準では、各方式につき「価格を求める手法」と「賃料を求める手法」に分類して、その考え方を規定しています(不動産鑑定評価基準総論第7章前文)。 4 各手法の考え方と留意点 各手法につき、その詳細を不動産鑑定評価基準に沿って解説するには紙幅の制約がありますので、ここではその考え方や、手法適用に当たり特に税理士の方が意識しておくべき留意点をいくつか述べておきます。 (1) 原価法について 原価法でしばしば問題となるのは、再調達原価から控除する価値の減少分(減価修正)をどのように捉えるかです(減価修正とは、対象不動産に発生していると考えられる減価額を再調達原価から控除することを意味しています)。建築後数年、あるいは数十年を経過した建物は、時の経過や損傷、その他の要因により価値が減少しており、相応の減価を伴うのが通常です。これを目的として実施される手続きが減価修正に他なりません。 ここで留意すべきは、減価修正の方法は会計上の減価償却費の計算と類似していますが、その目的や本質は大きく異なっているという点です。 すなわち、会計上の減価償却費の計算は、固定資産の取得価額を耐用年数の全期間にわたって配分する方法であり、その目的は適正な期間損益計算を実施することにあります(償却の方法は定額法であれ定率法であれ、毎期継続して同じ方法を用いる限り最終的な累計額は同額となるわけですから、いずれも期間損益計算の見地からは合理的とみられます)。 また、会計上、耐用年数としては法定耐用年数を用いることが通常であり、減価償却費の計算は取得価額を基に規則的に行われるため、現実に建物が損傷している場合でも、その程度が減価償却費の計算に反映されることはありません。 これに対して、鑑定評価で実施される減価修正は、定額法等の手法を用いる点においては会計上の減価償却費の計算と異なるところはありませんが、費用配分を行うことがその目的ではなく、発生している減価の程度を見積もり、これを再調達原価から控除して適切な試算価格(積算価格)を求めることが目的となります。 したがって、その過程において、建物の損傷度合いが激しい場合にはその補修に必要な費用を見積もり、これをさらに控除しなければならないケースも生じ得ます(鑑定評価では、これを「観察減価」と呼んでいます)。すなわち、定額法等により規則的に発生する減価の状況を把握するだけでなく、現実の維持管理の程度が建物の価格に反映されるということです。 これらの点が、減価修正と会計上の減価償却の大きな相違点となっています。 (2) 取引事例比較法について 不動産の価格に特徴的なことは、ある不動産の価格は絶対的なものとして存在しているわけではなく、市場における他の代替可能な不動産の価格との相互比較の結果として求められるという点です。このことから、取引事例比較法においては常に「比較」という考え方が重視されています。 そのため、取引事例比較法の適用に当たっては、現実に取引のあった事例地との地域要因の比較や個別的要因の比較が重要な役割りを担うことになります。 取引事例比較法は現実の取引価格が基礎となっていますが、不動産の価格は個別的に形成されるのが通常であり、また、特殊事情が介入して取引価格が割高あるいは割安となっていることがあります。 したがって、鑑定評価でこのような事例を採用せざるを得ない場合には、事情補正を施して取引価格を正常な価格水準に補正する必要があり、鑑定評価書に「売り急ぎ、買い進み」等により割安、割高取引等の記載がされている場合は、これによる価格水準の補正がなされていることを意味します。 (3) 収益還元法について 不動産鑑定評価基準によれば、収益還元法は、対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めるものであり、純収益を還元利回りで還元して対象不動産の試算価格を求める手法であると規定されています。 ここで留意すべき点は、収益還元法で求めるべきは「純収益の総和」でなく、「純収益の現在価値の総和」とされていることです。 それぞれの相違を比較したものが〔図3〕及び〔図4〕です。 〔図3〕 〔図4〕 すなわち、「純収益の総和」という場合には、〔図3〕の10個の長方形をすべて合計したものがこれに相当します。これに対して、「純収益の現在価値の総和」という場合には、〔図4〕のアミかけの範囲を表しており、今後の10年間について年毎に純収益の現在価値を求めて、これを合計したものという意味になります。 なお、ここでいう「現在価値」とは、将来得られるであろうと期待される純収益を年々の割引率(複利計算で求めたもの)で割り引き、現在時点での価値に置き換えた金額です。 (了)
〈Q&A〉 消費税転嫁対策特措法・下請法のポイント 【第4回】 「下請法が禁止する「買いたたき」とその典型例」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 はじめに 第4回及び第5回は、消費税転嫁対策特別措置法と下請法のそれぞれが規制する「買いたたき」について解説する。両法律は、「買いたたき」という同じ名称の規制を置くものの、その内容や判断基準は大きく異なる。 第4回では、下請法が禁止する「買いたたき」について述べる。第2回で見たように、買いたたきに対する勧告・指導件数は、平成24年度から平成30年度にかけて約15倍に激増しており、当局が重点的な取り締まりを行っていることは明らかであるため、企業においても細心の注意が必要となる。 以下、まず、下請法における「買いたたき」の考え方と留意点を述べた上で、当局が重点的に取り締まっていると考えられる3つの典型的な「買いたたき」のパターンを解説することとしたい。 1 下請法における「買いたたき」の考え方と留意点 「買いたたき」とは、下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めることをいう。 公取委・中小企業庁『下請取引適正化推進講習会テキスト』(令和元年11月発行) によると、買いたたきに当たるか否かは、個別事案の事情に応じ、以下の要素を勘案して総合的に判断される。 もっとも、実務上は、より端的に、以下の2つの要素の相関関係で判断されると理解しておくのが簡便であろう。 (※) 市場価格/従来価格/類似製品価格と比較してどの程度安いかということであるが、原材料価格の動向など値決めの背景となる客観的事情も考慮される。 上記(イ)の交渉プロセスについては、記録化が極めて重要である。 すなわち、公取委等が買いたたきの疑いで調査を行う際、親事業者に対し、価格交渉の経緯に関する書類の提示を求めることがある。 そこで、特に、通常よりも安価で発注する場合を中心に、買いたたきと疑われることのないよう、発注先下請事業者の見積書のほか、他社の見積書、面談記録、メール等の交渉経緯を残しておくことが重要になるのである。 2 コスト上昇時の単価据え置き 【Q】 昨今、原材料費、エネルギーコスト、労務費等が約20%上昇したことを受け、下請事業者X社から発注単価の値上げ要請を受けたため、当社は下請事業者と数次にわたり協議の機会を持ちました。 しかし、X社が発注単価の50%引上げを主張し続け、主張の根拠も開示しないため、交渉が妥結できません。 従来どおりの単価で発注し続けることで問題ないでしょうか。 【A】 大変悩ましい事例ですが、買いたたきを疑われないよう、少なくとも交渉の記録を残しておく必要があります。 原材料価格、燃料費、エネルギーコスト、労務費等が高騰している状況の中で、下請事業者から発注単価の引上げを求められる場面は少なくないであろう。 このような場合、下請事業者と十分に協議することなく、一方的に、従来どおりに単価を据え置くことにより、通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当する。発注単価に変動はないものの、コスト上昇に伴って当該単価が相対的に安くなるため、買いたたきに当たるということである。 これに対し、例えば、下請事業者から発注単価の引上げ要請を受けたため、数次にわたり協議の機会を持ち、下請事業者から可能な範囲で事情説明を受け、自社の事情も説明した上で、合意の下に昨年よりも単価を引き上げることとし、かつ、上記協議の経過を記録化するといった対応は、ベストプラクティスといえるであろう。 もっとも、買いたたき規制は、交渉力の差がある中で、下請事業者と十分協議せず一方的に不利な価格を押しつけることを問題視するものであり、下請事業者の要望をそのとおり受け入れることを求めるものではない。 したがって、設問のような事例では、親事業者として十分に協議を尽くし、できる限りの対応を行った上で、その過程を記録化しておくという対応をとることが現実的であろう。 3 一律一定比率での原価低減要請 【Q】 当社は、昨今の国際競争の激化を受け、部品の製造委託先Y社に対し、「来年1月以降、当社が発注する全部品について、5%の単価引下げをお願いします」との文書を送付し、口頭で補足説明したところ、下請事業者の了解を得られました。 そこで、全部品の単価を来年1月以降5%引き下げることとしたいと思いますが、問題ないでしょうか。 【A】 一律5%の値引きについて、真の意味で下請事業者の了承を得られたのかには疑問があり、買いたたきに該当するおそれがあります。 親事業者が、コストダウンの必要があるとして、下請事業者に発注する物品について一律に一定率での値下げを要求し、下請事業者と十分な協議をすることなく、一方的に通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当する。 これは、発注物品ごとの様々な事情(単価、コスト、ロット等)を加味せず、一律に一定比率で値下げを要求することは不合理であるところ、下請事業者がそのような不合理な要求に応じざるを得なかったのは、力関係により押し切られたためと考えざるを得ないからである。 設問の例では、形式的には下請事業者の了解を得られているものの、下請事業者が一律一定比率での値下げ要求に応じる合理的理由は見当たらないため、親事業者が下請事業者に不利な価格を一方的に押しつけたと疑われるおそれがある。 そこで、値下げ交渉は、可能な限り、発注物品ごとの事情に応じた個別交渉とすることが望ましいといえる。 4 量産時単価による補給品の発注 【Q】 当社は、部品メーカーZ社に部品の製造を委託していますが、この度、当該部品を利用した製品の量産期間が終了しました。 そこで、Z社にその旨を通知したところ、Z社から特段の要望はありませんでしたので、補給品の発注に当たり発注単価の再交渉はせず、量産時の単価でそのまま発注を続けようと思いますが、問題ないでしょうか。 【A】 貴社からZ社に協議を持ち掛け、改めて補給品の単価交渉を行うことが推奨されます。 親事業者が、下請事業者に製造委託している部品について、量産期間終了後、補給品として僅かな数量を発注するにすぎない状況になったにもかかわらず、単価を見直さず、一方的に量産時の単価により通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当する。発注単価に変動はないものの、コスト上昇に伴って当該単価が相対的に安くなるため、買いたたきに当たるということである。 設問の例では、下請事業者からの協議申出を拒否したわけではなく、直ちに買いたたきに当たるとまでは断定できないものの、大量生産がなされる量産期間中と補給品とでは製造コストが大幅に異なることが明らかであるため、親事業者の側から協議を持ち掛け、改めて補給品の単価を交渉することが望まれる。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第27回】 (最終回) 「老人ホーム等への入居と老後資金の関係、相続税上の論点」 税理士法人トゥモローズ 高齢になり介護等のため老人ホーム等の施設に入居するケースは多く、中小企業の経営者であった人も例外ではない。連載最終回となる本稿では、老人ホーム等へ入居することになった場合の老後資金の関係と老人ホーム等の入居中に相続があった場合の相続税上の論点についてまとめることとする。 1 老人ホーム等への入居と老後資金の関係 ひと言で“老人ホーム”と言っても、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの公的な施設から、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅、認知症対応型グループホームなどの民間施設まで様々な種類が存在し、その種類に応じて費用感もまちまちだ。 例えば、公的な施設である特別養護老人ホームであれば毎月10万円前後で入居が可能である。これに対し、民間の施設である介護付き有料老人ホームであればその倍くらいのコストがかかるであろう。さらに、いわゆる「高級老人ホーム」といわれるようなところでは入居一時金に数千万円が必要で、毎月の費用も100万円単位でかかってくるところもある。 このため、これら施設への入居を検討する前には、本連載で再三説明しているように、老後の資金繰り表を作成し、老人ホーム等入居時にある流動資産、これから収入が見込まれるキャッシュインフローと希望の老人ホームの入居一時金や入居後の月額費用を比較したうえで、資金が枯渇することのないように施設の種類を選定する必要があるだろう。 2 老人ホーム等への入居と相続税上の論点 老人ホーム等に入居していた者に相続が発生した場合の相続税上の主要な論点は、次の3つである。 以下では各論点別に、相続税の課税関係、留意点等を確認していく。 (1) 小規模宅地等の特例の制限 土地に関する課税の特例である小規模宅地等の特例につき、被相続人が老人ホーム等に入居していた場合には、元々住んでいた自宅の敷地について、特例の対象となる特定居住用宅地等に該当するかどうかが問題となる。 被相続人が老人ホームに入居していたとしても、下記の要件を満たせば自宅の敷地は特定居住用宅地等に該当し、小規模宅地等の特例の適用が可能となる。 逆に上記の要件を満たさない場合には小規模宅地等の特例の適用ができないため、生前のうちに上記要件を具備するかどうか、具備しない場合にはこれから対策する余地があるのかどうか等を確認すべきであろう。 (2) 入居一時金返還金の課税関係 老人ホーム等に入居する場合には、入居一時金を支払うケースも多い。その入居一時金の全部又は一部が相続開始時に相続人等に返還された場合には、その返還金が相続税の課税対象となる。この入居一時金返還金の相続税の課税関係について、ある裁決事例をきっかけに相続税実務に混乱を招いた。 その裁決事例とは、国税不服審判所平成25年2月12日裁決である。この裁決において、入居一時金返還金は、被相続人(契約者)から受取人に対する相続開始日におけるみなし贈与と判断されたのである。 すなわち、受取人が「相続又は遺贈により財産を取得した者」であれば相続開始前3年以内贈与として相続税の課税価格を構成するが、受取人が「相続又は遺贈により財産を取得した者」以外の者の場合には、相続税ではなく贈与税の課税対象となる。また、生命保険の死亡保険金のように受取人固有の財産と考えるため、遺産分割の対象とはならない。 この裁決が公表される前は、入居一時金返還金は被相続人の本来の相続財産として相続税や遺産分割の対象とされていた。しかし、この裁決が公表されて以降、「相続又は遺贈により財産を取得した者」以外の者が入居一時金返還金の受取人となっているケースでどのような課税処理をすべきか、筆者も頭を悩ませた記憶がある。 その後、この裁決が訴訟に発展して東京地裁平成27年7月2日判決(TAINSコード:Z265-12688)、東京高裁平成28年1月13日判決(TAINSコード:Z266-12781)を経て、最終的には上記裁決のような「みなし贈与」という結論ではなく「本来の相続財産」として整理されることとなった(最高裁平成28年6月2日決定(TAINSコード:Z266-12863))。 したがって、現在の相続税実務上は、単純に、相続開始後に実際に返還された入居一時金を相続財産として課税価格に算入すればよい。もちろん、本来の相続財産に該当するため遺産分割の対象にもなる。 (3) 老人ホーム等利用料の債務控除 被相続人の相続開始後に支払った老人ホーム等の利用料は、債務控除の対象となる。なお、相続開始前に支払った利用料のうち医療費控除の対象となる費用は、被相続人の準確定申告において医療費控除の適用が可能だ。また、相続開始後に支払った利用料のうち被相続人と生計を一にする相続人等が支払った医療費控除の対象となる費用は、その生計を一にする相続人等の確定申告において医療費控除の適用が可能である。 したがって、遺産分割協議における債務の負担者についても、生計を一にする親族がいる場合にはその者を負担者とした方が良いであろう。 ◆連載終了にあたって◆ 2018年5月から全27回に渡って中小企業経営者の老後資金について解説を行ってきた本連載も、今回で最終回となる。 今日の超高齢化社会において、中小企業経営者の引退が遂にピークを迎える。中小企業の事業承継や相続に関するビジネスは、業種を超えたさらなる競争時代に向かっていくであろう。 また、昨今のコロナ禍や今後の不透明な社会情勢において、いかに老後資金を確保し維持していくことができるか、引退前、事業承継、引退後、そして相続と多方面からの問題解決が求められる。 この様な状況下で、税理士をはじめとするコンサルタントが中小企業経営者から問われる悩みに対する論点は多岐に渡る。中小企業経営者の良きアドバイザーとして、押さえておくべき項目は本連載で触れたものをはじめ数多くあるが、我々専門家が果たすべき役割を鑑み、本連載が少しでもお役に立つことができたのであれば幸いだ。 (連載了)
2020年7月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.377を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。