法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例23】 「土地建物を一括で購入した場合の建物の取得価額と減価償却費」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、10年ほど前に親から引き継いだ不動産を元手に脱サラして、現在株式会社形態で不動産賃貸業を営む者です。当初は親から引き継いだ貸しビルや賃貸マンションの賃貸借契約を管理するだけの単純な業務でしたが、取引先である信用金庫からの強い要望もあり、当該不動産を担保に融資を受け、新たに都内の駅近マンションや一戸建てをいくつか購入することで、法人の資産を順調に増加させているところです。 最近購入した不動産のうち半数くらいの売主は法人である不動産業者でしたが、残りの半数くらいの売主は個人でした。売主が法人の場合、マンションにしても一戸建てにしても、消費税の金額を明示するため、売買契約書に建物(消費税課税)と土地(敷地部分・消費税非課税)の対価をそれぞれ別に表示してありましたが、売主が個人の場合には、土地建物を一括でいくらと表示してあり、それぞれいくらであるのか売買契約書上は分からない状況にあります。しかし、弊社の法人税の申告上、建物については減価償却を行う必要があるため、その取得価額を決定する必要があります。 そこで、不動産鑑定士に相談したところ、どの物件も駅から徒歩圏内と立地が良いことから、建物の月額賃料を基に評価するのがよいのではないかとのアドバイスを得ました。それに従って土地建物を一括購入したある物件(借地権付建物、取得価額合計額1億8,000万円)を評価したところ、以下のような評価額(下記表のうちの①)となりました。 〇 借地権付建物の評価額内訳 ところが先日受けた税務調査で、税務署の調査官は、減価償却費計算の基礎となる建物の取得価額は、建物及び借地権の各固定資産税評価額の価額の比を基に算定した価額(上記表の③)を用いるべきであり、その結果として減価償却費計上額が過大であるとして、修正申告の勧奨を行ってきました。月額賃料に基づく評価額の方が不動産の鑑定評価の観点からは理論的で、時価を反映しているものと考えますが、課税庁の主張のとおり修正すべきでしょうか、教えてください。 【A】 土地(借地権)と建物を一括で取得しそれぞれの価額の内訳が明示されていないものは、建物の減価償却費の計算上、取得価額の合計額を合理的な方法で土地(借地権)及び建物とに按分する必要があります。この場合、実務上は、それぞれの固定資産税評価額を基に按分する方法が最も一般的と考えられます。仮に、それ以外の方法を用いる場合には、特にその評価額を建物の方に多く計上して、それをベースに減価償却費を過大に計上しているとの疑念を抱かれかねない可能性があるときには、その方法が土地(借地権)及び建物の時価の比として適切であることを納税者が立証する必要があるでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 土地建物を一括譲渡・購入した物件に係る建物の取得価額 不動産の売買に関しては、土地と建物を別々に(更地の場合等)譲渡する場合と一括で譲渡する場合とがある。土地建物を一括で譲渡する場合、売買契約書において、それぞれの価額が明記されている場合もあれば、特に明記されていない場合もある。 法人間の売買においては、建物に係る消費税の処理の問題があるため、売買契約書において、消費税の課税される建物の部分と非課税である土地の部分とに分けてそれぞれの価額を表示するケースが多いと考えられる。また、それぞれの価額を明示していない場合であっても、売買代金の内訳として消費税の額が表示されている場合には、消費税は建物のみに課されることから、税率で割り返すことで建物の価額を把握することは可能である。 勿論、建物を取得した側にとっては、それが賃貸借物件である場合には、法人税の申告に際し、建物に係る減価償却費の算定を行う必要があるため、建物の取得価額を把握する必要がある。 〇 土地建物を一括譲渡した物件に係る価格の内訳 (2) 土地建物を一括譲渡した物件に係る建物の取得価額の算定方法 それでは、土地建物が一括譲渡され、それぞれの価額の内訳が明示されていない場合、両者の価額をどのように算定すべきなのであろうか。 消費税法においては、課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないときは、両者を合算した対価の額をそれぞれの資産の「時価」の比により区分することとされている(消令45③、消基通10-1-5)。 一方、所得税法及び法人税法においては、租税特別措置法関係通達において、土地建物のいずれかの価額を求めて、そのいずれかの価額を全体の金額から控除する方法が示されている(措通28の4-31~33、措通63(2)-3~5)。 さらに、消費税に関しては、土地建物の対価につき合理的に区分する方法として、上記の「時価」の比による方法のほか、以下の2つの方法が示されている(国税庁タックスアンサーNo.6301参照)。 上記のうちどの方法を用いるのが適切であるのかはケースバイケースといえようが、基本は「時価」による按分ということになるであろう。実務上は、不動産の時価を把握することは容易ではない場合が多く、そのためにわざわざ不動産鑑定士による鑑定評価を行うというのもコスト面から考えると現実的ではないため、時価に近似した客観性の高い評価額で、かつ比較的容易に入手できるものとして、相続税評価額や固定資産税評価額を用いて按分計算を行うというのが一般的であると考えられる。 (3) 土地建物を一括譲渡した物件に係る建物の取得価額が争われた事例 土地(実際には借地権)及び建物を一括譲渡した物件に係る建物の取得価額が争われた裁決事例(国税不服審判所平成30年5月7日裁決・TAINSコード:F0-2-871)があるので、以下でその内容を確認しておきたい。 ① 事案の概要 本件は、不動産賃貸業を営む法人である審査請求人が、買い受けた事業用の借地権付建物(総額275,000,000円)について、売買契約書に記載された建物の価額(本体価額202,777,778円・消費税額16,222,222円)により減価償却資産の取得価額(204,263,986円)及び課税仕入れに係る支払対価の額をそれぞれ算定して、法人税及び消費税の確定申告を行ったところ、原処分庁が、減価償却資産の取得価額及び課税仕入れに係る支払対価の額について、いずれも、売買契約書に記載された建物の価額ではなく、建物及び借地権の各固定資産税評価額の価額比を基に算定した価額によるべきであるとして、法人税及び消費税の更正処分等を行ったことに対し、請求人がその全部の取消しを求めた事案である。 請求人は、建物の価額(本体価額)を次のとおり算定している。すなわち、売買代金総額(275,000,000円)から、本件建物の敷地を財産評価基本通達に定める路線価に基づき計算した金額(平成27年分の路線価600,000円 × 借地面積116.82㎡(なお、実際の借地面積は116.32㎡))に借地権割合80%を乗じて算出した本件借地権の価額56,000,000円を差し引いた219,000,000円に、108分の100を乗じた額である。 一方、課税庁(原処分庁)は、本件建物の「課税仕入れに係る支払対価の額」が、本件売買代金額を本件建物の平成27年度の固定資産税評価額4,731,000円と本件借地権の同年度の固定資産税評価額に相当する金額41,502,976円の価額比で按分して算出した本件建物の価額28,140,020円(税込価額)であるとした。また、本件建物の減価償却費計上の基礎となる取得価額は、本件建物の価額26,055,575円(税抜価額)に仲介手数料を同様に按分して算出した189,496円(税抜価額)及び本件建物に係る固定資産税の負担精算金の44,074円(税抜価額)を合計した金額26,289,145円であるとした。 〇 本件における借地権と建物の評価額 ② 事案の争点 本件建物の「購入の代価」(法人税法施行令第54条第1項第1号イ)は、原処分庁(課税庁)が主張する固定資産税評価額を基に算定した建物価額(税抜価額)なのか否か。 ③ 審判所の判断 ④ 本裁決事例からいえること 減価償却資産の「購入の代価」については、原則として、売買契約により定められた代金額のことをいう。しかし、土地と建物が一括して売買された場合(借地権付建物が売買された場合を含む)において、それぞれの代金額が適正な価額と比較して不合理なものであるとする特段の事情があるときには、当該建物の「購入の代価」については、それがたとえ売買契約書に記載された金額である場合であっても、合理的な基準により算定される当該建物の合理的な価額を算定する必要がある、というのが本件からいえることである。 ここでいう「適正な価額と比較して不合理なものであるとする特段の事情があるとき」とは、本件のように、土地(借地権)と建物が一括して売買された場合に、売買契約の際に、土地(借地権)と建物の代金額の割付けの「操作」が容易であるため、減価償却資産である建物の代金額を減価償却費の計上額を底上げする目的で高値とし、その購入時における適正な価額から乖離するケース等をいうものと考えられる。このようなケースに該当する場合には、合理的な基準により建物の合理的な金額を算定する必要があるが、その合理的な基準とは、按分法を言い、その場合の按分基準は、土地(借地権)及び建物の双方に関し同じ時期・基準で評価することとなる固定資産税評価額を用いるのが妥当ということになると考えられる。 (4) 本件への当てはめ 土地(借地権)と建物を一括で取得しそれぞれの価額の内訳が明示されていないものは、建物の減価償却費の計算上、取得価額の合計額を合理的な方法で土地(借地権)及び建物とに按分する必要がある。この場合、実務上は、それぞれの固定資産税評価額を基に按分する方法が最も一般的と考えられる。 仮に、それ以外の方法を用いる場合において、特にその評価額を建物の方に多く計上するよう「操作」することによって、それをベースに減価償却費を過大に計上しているとの「疑念」を抱かれかねない可能性があるときには、その方法が土地(借地権)及び建物の時価の比として適切であることを納税者が立証する必要がある。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第20回】 「〔第5表〕営業権の純資産価額の算定」 税理士 柴田 健次 Q A社は3月決算となりますが、前事業年度の10月にB社を吸収合併しており、その際に営業権を40,000,000円で取得しています。前事業年度の貸借対照表の営業権には、6ヶ月分の営業権償却を控除した36,000,000円が計上されています。 当事業年度においてA社の株式を贈与した場合におけるA社の第5表の純資産価額の計算明細書の資産の部に計上する営業権の相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれいくらになるのでしょうか。営業権の持続年数に応じる基準年利率による複利年金現価率は9.995とします。 A社の直前事業年度以前3年間における所得の金額及び直前事業年度における総資産価額は、下記の通りとなります。A社は過去10年の間に欠損は生じたことがない会社です。 【直前事業年度以前3年間における所得の金額(単位:千円)】 (※1) 法人税法に規定する各事業年度の所得の金額。 (※2) 直前事業年度の前々事業年度においては、本社工場の移転に伴う不動産売却益として20,000,000円が発生しています。直前事業年度の前事業年度においては、取引先の倒産に伴い10,000,000円の貸倒損失が発生しています。 (※3) 銀行借入に伴う利息となります。 (※4) 損金に算入された役員報酬の金額となります。 【総資産価額】 直前期末における総資産(営業権を除く)を評価通達に定めるところにより評価した価額は700,000,000円となります。 A 第5表の純資産価額の計算明細書の資産の部に計上する営業権は下記の通りとなります。 (単位:千円) ◆ ◆ ◆ ① 営業権の評価 営業権の評価は、帳簿価額の計上の有無に関わらず、次の算式によって計算した金額によって評価する(評価通達165・166)こととされています。平均利益金額が5,000万円以下の場合は、標準企業者報酬額が平均利益金額の2分の1以上の金額となるため、営業権の評価は0となります。 本問の場合の超過利益金額は、下記の通りマイナスとなりますので営業権の評価は0円となります。 (※) 各価額の算定方法については、以下の②~④を参照。 ② 平均利益金額の算定 平均利益金額は、課税時期の直前期末以前3年間における所得の金額の合計額の3分の1に相当する金額(その金額が、課税時期の直前期末以前1年間の所得の金額を超える場合には、課税時期の直前期末以前1年間の所得の金額とする)とします。 この場合における所得の金額は、法人税法22条1項に規定する所得の金額に損金に算入された繰越欠損金の控除額を加算した金額としますが、その所得の金額の計算の基礎に次に掲げる金額が含まれているときは、これらの金額は、いずれもなかったものとみなして計算します。 したがって、本問の場合の平均利益金額の計算は下記の通りとなります。非経常的な損益の額については符号を間違えないように留意しましょう。直前事業年度の前々事業年度の所得の金額45,000,000円の中には、非経常的な利益として不動産売却益が20,000,000円含まれており、これを除外する必要があるため、控除します。 【営業権の評価明細書(一部抜粋)】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ③ 標準企業者報酬額の算定 標準企業者報酬額は、次に掲げる平均利益金額の区分に応じた算式により計算した金額となります。 本問の場合には、標準企業者報酬額の計算は、下記の通りとなります。 ④ 総資産価額の算定 総資産価額は、評価通達に定めるところにより評価した課税時期直前に終了した事業年度の末日における総資産の価額となります。 本問の場合には、総資産価額は700,000,000円となります。 ☆実務上のポイント☆ 帳簿価額として営業権の記載がない場合においても営業権の評価がないか確認する必要があります。平均利益金額の算定は、法人税の所得金額に損金算入の役員報酬の金額を加算等して求めることになりますので、法人税の所得金額が5,000万円以下であることをもって営業権の計上をしないという判断は計上漏れを引き起こす可能性がありますので、実務上は、営業権の評価明細書を基に計上の有無を確認する必要があります。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第3回】 「居住用家屋の敷地と同時に私道を譲渡した場合」 -居住用家屋の敷地の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、下図のようにA土地及びB土地を所有しています。 A土地上には、Xが現に居住している家屋があり、B土地は私道として利用しています。これらの土地家屋は15年前に購入し、その後引き続き居住の用に供してきました。 本年、これらの土地家屋を同時に売却しました。 他の適用要件が具備されている場合に、家屋とその敷地であるA土地の譲渡損失について、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができると思いますが、B土地の譲渡損失についても同特例の適用を受けることができるでしょうか。 A B土地の譲渡損失についても「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用対象とすることができます。 ●○●○解説○●○● 本事例の場合の私道の用に供されているB土地については、その土地と同時に譲渡された家屋がその者の居住の用に供している家屋に該当するものであり、かつ、その土地が、その家屋と一体として利用されているものである限り、「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用対象とすることができます。 この場合に、その土地が、居住用家屋の敷地として相当の範囲内のものであり、その家屋と一体として利用されているかどうかは、社会通念に従って判定するものとされています(措通31の3-12(居住用家屋の敷地の判定)、措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
〔Q&Aで解消〕 診療所における税務の疑問 【第3回】 「印紙税等に係る営利企業との相違点」 税理士法人赤津総合会計 税理士・医業経営コンサルタント 赤津 剛史 【Q1】 個人診療所が発行する領収書の印紙税の取扱いを教えてください。 【A1】 個人事業の診療所が発行する売上代金に係る受取書(領収書)は非課税です。 印紙税法基本通達において医師、歯科医師がその業務上作成する受取書は営業に関しない受取書として定められています。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 印紙税法及び印紙税法基本通達で次のように定められています。 ◎印紙税法別表第一17号文書 (国税庁ホームページ「印紙税額の一覧表(第1号文書から第20号文書まで)」より抜粋) ◎印紙税法基本通達第17号文書の25 したがって、診療所が発行する保険診療収入、自費診療収入及び物品の販売等領収書については、その全てが非課税となります。 【Q2】 医療法人が発行する領収書の印紙税の取扱いを教えてください。 【A2】 医療法人は、公益を目的として設立され、利益金又は剰余金の分配をすることができませんから、医療法に基づく医療法人の作成する受取書は、営業に関しないものとして非課税になります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 印紙税法基本通達で次のように定められています。 ◎印紙税法基本通達第17号文書の27 一方、株式会社が開設主体となる診療所については、医療行為に係る代金の受取書であっても営業に関する受取書として取り扱われ、印紙税が課税されます。 【Q3】 医療法人の登録免許税について教えてください。 【A3】 医療法人の商業登記については、その全てにおいて登録免許税が課されません。 登録免許税は登録免許税法第2条及び同法別表第一において課税の範囲を定めていますが、医療法人の商業登記についてはその記載がないためです。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 登録免許税法で次のように定められています。 ◎登録免許税法 ◎登録免許税法別表第一(抄) (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第84回】 「土地の賃貸借に係る変更契約書」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は建築資材業者です。令和2年4月1日から「改正民法(債権法)」が施行され、賃貸借の存続期間が現行の20年から最長50年に延長されました。 これにより、当社が借用している「資材置き場」の契約期間を変更することによる変更契約を下記のとおり結ぶことにしました。印紙税の取扱いはどうなりますか。 記載金額のない第1号の2文書(土地の賃貸借の設定に関する契約書)に該当する。 [検討] 契約の内容の変更 「契約の内容の変更」とは、既に存在している契約の同一性を失わせないで、その内容を変更することをいい、原契約が課税物件表の一の号のみの課税事項を含む場合、重要な事項を変更する契約書は原契約と同一の号に所属が決定される。 重要な事項は基通別表第2「重要な事項の一覧表」に規定されており、第1号の2文書における、重要な事項とは以下のとおりである。 土地の契約期間の変更は上記(6)の「権利の設定日若しくは設定期間又は根抵当権における確定期日」に該当することとなるため、賃料を変更とすることを内容とする契約書は課税文書に該当する。 ▷まとめ 「建物の所有を目的としない土地の賃貸借」については、借地借家法の適用がないため、旧民法604条においては、契約の存続期間の上限が20年であったが、改正民法では契約期間が最長50年に延長となった。これにより、ゴルフ場、駐車場、資材置き場、太陽光発電事業用地などの敷地を賃借する場合に20年を超える賃貸借を締結することが可能となった。 その際に作成する賃貸借期間変更に係る変更契約書については、土地の賃貸借契約書における重要な事項の「権利の設定期間」の変更にあたるため、課税文書に該当する。 印紙税法において、賃貸借に関する契約は土地に限られており、建物の賃貸借契約においては課税物件には列挙されておらず、その契約書がその他の課税物件の内容を定めている場合を除いて課税文書には該当しない。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第8回】 「買い手が好意を抱く「売り手の外見」」 ~その3:企業の概況~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒買い手が意識したい売り手企業の概況と見方を知る。 売り手企業 ⇒売り手企業の全体像が買い手からどう見えているかを知る。 支援機関(第三者) ⇒買い手の見方を知ってM&A当事者への支援に活かす。 その他の対象者 ⇒買い手側の立場からM&A対象企業の見方のポイントをつかむ。 1 中小企業M&Aの重要性を再認識する コロナ禍によって足元の経営環境が著しく変化した中小企業の状況を踏まえて、【第4回】から【第7回】までの各回では《特別編》として、コロナ禍の環境下における中小企業のM&Aについて買い手・売り手・第三者それぞれの視点から見方・見られ方のポイントに触れてきました。今回から再び、通常の環境下における中小企業M&Aの対象企業の見方・見られ方を取り上げます。 コロナ禍は中小企業の多くの経営者に今後の経営や事業のあり方の見直しを迫るものとなりましたが、なかでも高年齢の経営者にとっては、これから事業承継の1つの手段としてM&Aが視野に入る可能性があります。 帝国データバンクが2020年9月14日に発表した「事業承継に関する企業の意識調査(2020年)」の結果によれば、自社について近い将来(今後5年以内)に「M&Aに関わる可能性がある」と答えた中小企業は35.9%、小規模企業は34.1%でした。全体の37.2%に比べると相対的に低いものの、中小企業(小規模企業も含む)からすれば、経営者自身の年齢のことに加え、自然災害や感染症などの予測できないリスクを含めた多くの事業リスクを抱える時代において、M&Aが事業承継の有力な選択肢の1つになるという考えに至るのはごく自然なことです。また、今後より関心が高まるのは間違いありません。 一方で、M&Aをまだ想定していない方々にとっても、その重要性を再認識して仮に自らが当事者となったとしたら相手(対象企業)をどう見るか、どのように見られるかのコツやポイントを今のうちから知っておくだけでも相当なアドバンテージになるはずです。 今回は、【第3回】に続いて「買い手が好意を抱く「売り手の外見」」をみていきます。取り上げるテーマは「企業の概況」です。買い手が売り手を訪ねることで分かる会社の様子を中心に見方のポイントを説明します。 2 売り手の状況に優先順位を付ける 買い手にとって最も望ましい売り手とは「鏡に映った買い手の姿」にほかなりません。買い手自身の経営が発展途上だったとしても、買い手が自社の理想を追いかける過程で今があるわけですから、買い手が求めるものは買い手の中にあります。売り手は買い手とは異なる環境で発展を遂げたはずですから、買い手がM&Aにあたって理想を描けば描くほど、売り手の現状とのギャップに苦しみます。 M&Aの成否を決める上で大切なことは“優先順位”です。この場合の成(功)とは、買い手にとってM&Aの成功に欠かせない要素を売り手が持っているか、あるいは、買い手が売り手の眠っている能力を引き出せるか、ということに尽きます。言い換えれば「相乗効果」が期待できるかどうかです。やはりM&Aは資金の面でも、M&A後の付き合いが続く意味でも大きな買い物になりますので、単なる“売買”と決めてかかることは望ましくありません。両者の関係が良好で長く続くこと、両者の持つ力が相まってさらに“マイファミリー"として力をつけること、本来はこれらが優先されないといけないのです。 そこで、買い手にとっての優先順位を踏まえた売り手の会社の概況を見るためのポイントが大事になりますが、本稿においては、この優先順位を4つの括り(象限)に区分した上で、象限ごとに売り手の見方につながるような概況や特徴を、一例として挙げましたので参考にしてください。 [コア]企業成長・発展の根幹を支える無形の価値 買い手にも備わっていることが多くないこれらの要素は、間違いなく近い将来の一流企業が持っているであろうものばかりです。こうした価値ある要素の有無の確認を買い手企業としては決して見逃してはなりません。 [マスト]企業経営に欠かせない基盤 健全な会社の維持・発展のために欠かせない要素ばかりですので、こうした要素がすでに売り手に備わっているとすれば、買い手としては一安心です。 中小企業では成り行き経営、ずさんな管理、雑な処理を行っているケースが案外多く、その中にあって日頃の管理がいい加減でないことは売り手から買い手に対する強力なアピールポイントになります。 [ニーズ]買い手の価値観・好みを満たす+α 買い手が売り手を訪ねて社内をひととおり見渡す範囲内や、拠点の見学を通じて把握できる会社の状況が主となります。 中小企業のM&Aでは、このニーズの段階において買い手の視点で売り手を判断することが多いと思われますが、本連載をご覧の皆さんにおいては、M&A後のグループの発展を目指すためにもぜひ、[マスト]や[コア]の段階まで踏み込んだ視点をもって売り手探しをすることをおすすめします。 [ノーマーク]買い手の興味から外れる状態 売り手にとって大切に思われているものや築き上げてきたものが、買い手にとって必ずしも魅力的なものではないものの一例です。M&A後も存続することに支障はないかもしれませんが、M&Aを機に売り手の現状を見直す方が今後の買い手との関係を築くために望ましいことも多いです。 今回の買い手の見方(売り手からすると見られ方)では、買い手の多くが気づいていないか、見ていないかもしれないけれども、今後のM&Aの視点として有効と思われる点を含めて説明しました。なかには中小企業よりも大きい規模の企業を前提とした視点が入っているかもしれませんが、今や中小企業も従来の経営と同じやり方では通用しづらい時代になっています。その意味で、M&Aとは関係なく売り手の価値を高めるためのヒントとしてもご活用ください。 (了)
税効果会計を学ぶ 【第16回】 「債権と債務の相殺消去に伴い修正される貸倒引当金に係る一時差異の取扱い」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、債権と債務の相殺消去に伴い修正される貸倒引当金に係る一時差異の取扱いについて解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 債権と債務の相殺消去に伴い修正される貸倒引当金に係る一時差異 税効果適用指針は、連結税効果実務指針を踏襲し、債権と債務の相殺消去に伴い修正される貸倒引当金に係る一時差異の取扱いを以下のように規定している(税効果適用指針32項、125項)。 1 税務上の損金算入の要件を満たしていない場合 個別財務諸表において連結会社に対する債権に貸倒引当金を計上し、当該貸倒引当金繰入額について税務上の損金算入の要件を満たしていない場合、次のように会計処理する。 2 税務上の損金算入の要件を満たしている場合 個別財務諸表において連結会社に対する債権に貸倒引当金を計上し、当該貸倒引当金繰入額について税務上の損金算入の要件を満たしている場合(過去に税務上の損金に算入された場合を含む)、次のように会計処理する。 3 計算例 税効果適用指針の「設例6」を参考に、債権と債務の相殺消去に伴い修正される貸倒引当金に係る一時差異の会計処理を示すと次のようになる。 《P社の個別財務諸表》 ① 債権100に対して貸倒引当金50を計上する(貸倒引当金繰入額も50)。 ② 貸倒引当金に係る繰延税金資産を計上する。 (※) 繰延税金資産15 = 貸倒引当金に係る将来減算一時差異50 × 法定実効税率30% 《P社の連結財務諸表》 ③ P社の債権(100)とS社の債務(100)を相殺消去する。 ④ 連結会社間の債権と債務の相殺消去に伴い、貸倒引当金を修正する(上記③の相殺消去に伴う処理。連結修正仕訳)。 ⑤ 貸倒引当金の修正により生じる将来加算一時差異に係る繰延税金負債を計上し、個別財務諸表において計上した繰延税金資産と相殺する。 (a) 上記④の連結修正仕訳により、連結財務諸表上の貸倒引当金は0となる。 (b) 連結財務諸表上の貸倒引当金は0であるが、個別財務諸表上の貸倒引当金は50であることから(個別財務諸表上の貸倒引当金50を下回る)、両者の差額50は連結財務諸表固有の将来加算一時差異となる。 (c) 当該連結財務諸表固有の将来加算一時差異に関し、個別財務諸表で計上した貸倒引当金繰入額50は、税務上の損金算入の要件を満たしていないため、法定実効税率30%を乗じて繰延税金負債15を計上する。 (d) 個別財務諸表で繰延税金資産15が計上されているので(上記②の処理)、上記⑤で計上した繰延税金負債15と相殺する。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例28】 「空き家を売却するために信託を利用する方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私(A)は、妻に先立たれ、自宅で病気療養のために一人暮らしをしていますが、子どもら(B・C)は、都市圏で生活をしております。現在は、近所に住む妹(D)が定期的に自宅を訪問して身の回りの世話をしてくれたりしています。 私が死亡した後、誰も自宅に住む予定はありませんので、その時には売却してその代金を子どもらに渡したいのですが、BやCはまだ若いため、定期的に代金を渡していきたいと考えています。どのような方法が考えられますか。 1 はじめに 相続人候補者が遠方で生活しているなどの事情によって、相続発生後の自宅の管理を相続人らに期待することが難しい場合がある。このような場合、相続発生後に、相続人らが自宅を売却して、その代金を分割することによって、空き家の管理の負担を回避することが一応は可能となる。 一方で、親の中には、相続人が年齢的に若いことや浪費癖があること等を理由に、まとまった現金を一括で承継させることを制限したいとの希望を持つ者もいる。今回は、このような目的を達成する方法について検討することとしたい。 2 清算型遺贈による方法 相続発生後に所有していた自宅を売却して、その代金を相続人に承継させる方法として、「清算型遺贈」と呼ばれる方法がある。これは、遺言で指定された遺言執行者に不動産を処分させ、その換価代金から遺言者の債務等を弁済した後の残金を受遺者に遺贈する方法である。 この点に関して、一般論として、遺言執行者には遺産を売却する権限はないと考えられている。しかし、清算型遺贈の場合には、現金を受遺者に遺贈するために必要な行為として、不動産の売却をすることも遺言執行者の権限(民法第1012条)として認められるものと解されている。 清算型遺贈によれば、遺言者の死後、不動産を売却することができるため、空き家の発生を抑止するとともに、相続人が空き家を管理する負担を回避することが可能となる。遺言執行者は、未成年者及び破産者以外は就任可能であるため、信頼のできる親族等が遺言執行者への就任を内諾しているような場合には、円滑な遺言執行も期待できる。 もっとも、遺言によって定められた遺産は、受遺者に一括して承継させるものであるから、不動産の売却代金を遺言執行者に保管させ、これを原資にして、受遺者に対して定期的に交付する方法は認められない(無効である)との見解も有力であり、相続人に対して現金を一括で交付することを心配しているような場合には、清算型遺贈は適当な手段ではないことになる。 なお、清算型遺贈は、相続発生後、不動産の所有権が相続人に帰属するため、相続登記を行った上で、これを遺言執行者が第三者に売却することになる。当該相続人には譲渡所得税が発生するので留意が必要である。 3 遺言代用信託による方法 清算型遺贈に代わる手段として、「遺言代用信託」を利用する方法が考えられる。遺言代用信託とは、遺言と同様の効果を得るために設定される信託契約のことをいい、①委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めのある信託と、②委託者の死亡の時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託の2種類がある(信託法第90条)。本事例では、委託者であるAが当初の受益者となるため、①の方法を前提としている。 委託者となる自宅の所有者は、委託者の安定的な生活を確保するとともに、委託者の死亡後に受託者に自宅を適宜処分させ、受益者に適切な財産給付を行わせること等を目的として、受託者との間で、自宅等を信託財産とする信託契約を締結することになる。この場合、委託者が当初の受益権者となり、相続発生後の新たな受益者として特定の相続人が指定されることになる。 また、当初の受益者が死亡した後、受託者は自宅を処分し、新たな受益者の生活状況に応じて、一定の時期まで(例えば、結婚するまで)金銭給付を行うため、信託契約を締結するに当たっては、受託者に信託事務を行うに当たっての裁量を広めに認めておく必要がある。 もっとも、委託者の親族が受託者となる場合であっても、相続人(受益者)との間で、給付額をめぐって争いになる可能性もあり、受託者が必ずしも受益者のために金銭給付を行う保障はない。そこで、信託契約において、信託監督人を指定しておくことで、適切な信託事務の履行を確保することも検討しておくべきである。 上記の信託契約において、受託者が任務終了時期まで(例えば、結婚するまで)に死亡するリスクをどのように考慮しておくべきだろうか。この点について、受託者の死亡は、受託者の任務終了事由として規定されているため(信託法第56条第1項第1号)、受託者の地位がその相続人に相続されることはなく、受託者の死亡後、新たな受託者が就任しない状態が1年継続した場合には、当該信託契約は終了することとなる(同法第163条第2号)。 もっとも、当初依頼していた受託者の他に、適当な受託者となりうる候補者がいない場合には、そもそも信託契約に新たな受託者が指定されていない可能性があり、新たに受託者が選任されないこともありうるため、信託契約を1年間も不安定な状態に置くことは相当ではない。そこで、このような場合に備えて、信託期間の満了時期を受託者の死亡日までなどとして、これを信託終了事由として定めておくことも考えられるように思われる。 4 遺言信託による方法 「遺言信託」とは、遺言によって設定する信託であり(信託法第3条第2号)、遺言の方式を問うことなく定めることができる。もっとも、受託者が契約当事者となる信託契約と異なり、遺言信託の場合は、受託者候補者として指定された者が受託者となるためには、利害関係人からの就任の催告に対して、就任を承諾する必要がある(同法第5条)。 仮に、受託者候補者が承諾しない場合、利害関係人が裁判所に受託者選任の申立て(同法第6条)を行うことも可能であるが、手続的に煩瑣である。したがって、遺言信託が利用されるのは、信託契約による方法によっては対応できないような場合に限定されることになると思われる。 5 本件の場合 Aは、Dを遺言執行者として自宅を売却させ、その残金をBやCに遺贈する清算型遺贈の遺言を作成することも考えられるが、DによるBやCに対する定期的な金銭給付の可否について疑義がある。そこで、Aは、Dとの間で、Aの死亡後、自宅を売却し、その残金をBやCに定期的に給付する内容を含む信託契約を締結することで、空き家の発生抑止と受益者への金銭給付をすることが可能となる。 (了)
〔これなら作れる ・使える〕 中小企業の事業計画 【第8回】 「個別計画の作成手順(その3)」 税理士・中小企業診断士・ITストラテジスト 高畑 光伸 第6回及び第7回では、個別計画における売上計画の作成ポイントについて解説した。 第8回では、個別計画における経費計画のうち、人員計画の作成ポイントについて確認する。 4 経費計画 経費は、営業量に応じて変動する変動費(VC:Variable Cost)と、営業量の変化にかかわらず変動しない固定費(FC:Fixed Cost)に区分される。まず、①科目ごとに変動費、固定費に区分する。②消費税額の試算のため、消費税区分を考慮する。③決算月の数値から貸借対照表の科目である前払費用、未払金、引当金の残高を試算する。④各個別計画に基づき損益計算書の数値を試算する。 《経費計画の一覧》 5 人員計画 (1) 給与及び人数の現状把握 人員計画の前提となるデータを収集する。計画年の数値を試算するため、人事・給与システムから前年度(場合によっては前年度以前)の給与データをCSVデータにエクスポートする。まずは、前年度の役員・従業員の給与及び人数、総額を把握する。 (2) 人員計画の作成手順 上記(1)でエクスポートしたCSVデータをベースにして、役員報酬・役員賞与、従業員給与・従業員賞与に区分する。 ① 役員の場合 役員報酬は定期同額給与に該当する。原則として、給与改定がない限り、前年度以前の役員報酬と同額になる。また、計画年度に「事前確定届出給与に関する届出」の提出が見込まれる場合は、計画値に反映する。さらに、役員の構成が変わる場合も、計画値に反映する。 ※役員報酬は変動しないものとして試算している。 ② 従業員の場合 まず、従業員の人数に変動があるかどうかを確認する。たとえば、計画年度に採用計画があるか、退職者が見込まれるかなどを把握する。次に、定期昇給による給与の増額が見込まれるかを確認する。これら給与に影響がある要因を月ごとに捉え、月次で積み上げて年間の総額を試算する。 ※給与手当は年間2%増加すると仮定として試算している。 給与データには、課税支給額、課税交通費、非課税交通費、社会保険料、所得税、住民税、労働日数など多くのデータがあり、すべてを計画値に反映するのは手間がかかるため、どのデータを用いて試算するかをあらかじめ想定しておく。なお、事業計画の作成時には、課税支給額(月間給与あるいは年間給与)のデータがあれば十分であると思われる。 また、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)は全国健康保険協会(協会健保)の場合、給与の約30%であるため、法定福利費(会社負担分)を給与の約15%として試算する。ただし、組合健保の場合、独自の保険料率を設定しているため、別途確認が必要となる。 《人員計画(年次)》 簡便的な方法として、年間総額で試算するのが効率的である。しかし、季節性を伴う業務で給与の変動が大きい場合は、上記のように月次で計画値を積み上げて試算することもある。 また、従業員数が少なければ個別に給与の推移を把握し、従業員数が多ければ部門単位などグループ単位で把握する場合もある。いずれにせよ、精緻に計画をして、事業者への報告が遅延することは避けなければならない。 (続く)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第38話】 「令和2年の年末調整のポイント」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「今年はコロナ禍で・・・年末調整の説明会は行われないらしいな・・・」 中尾統括官はパソコンで「令和2年分年末調整説明会の開催中止のお知らせ」の画面を見ながら言う。 「大丈夫・・・ですかね・・・」 傍らにいる浅田調査官は、中尾統括官のパソコンを覗く。 「・・・何が大丈夫なんだい?」 中尾統括官が尋ねる。 「だって・・・今年の年末調整は例年と比べると・・・いろいろと変わっているでしょう・・・」 浅田調査官は、令和2年分の年末調整のパンフレットを手に取って言う。 「・・・そんなに変わっていたかな?」 中尾統括官は、怪訝そうな顔をする。 「もっとも、平成30年度の税制改正で給与所得控除や基礎控除の見直しが行われて、令和2年分の所得税からその適用が始まっているので、法律改正の時とその適用時期にタイムラグがありますが・・・」 浅田調査官は微笑む。 「そうか・・・平成30年度税制改正など遠い昔のことで、すっかり忘れていたよ。」 中尾統括官は、苦笑いをする。 「ところで・・・何が大きく変わったのかな?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「まず、給与所得控除の控除額が、令和2年分から一律10万円引き下げられ、その代わりに基礎控除の控除額が38万円から48万円へと10万円引き上げられました・・・ただ、合計所得金額が2,400万円を超える人から控除額が逓減され、2,500万円を超える人は基礎控除の適用を受けることができなくなります。 この改正に対しては・・・基礎控除は課税最低限を構成するものだから、所得の多寡によって逓減又は消失することは、憲法25条《生存権の保障》から適切でない・・・という意見もありますけど・・・」 浅田調査官は、パンフレットの中の「基礎控除の改正」欄を見せる。 「それに・・・令和2年分の年末調整では、新たに所得金額調整控除の制度が適用されます・・・これは、給与所得控除の上限が220万円から195万円に引き下げられたことによって、給与等の収入金額が850万円を超える人は、結局、税負担が増える・・・そこで、子育てや介護に対して配慮しなければならないという観点から、同一世帯内に23歳未満の扶養親族又は特別障害者である扶養親族などがいる人については、負担が増えないように、所得金額を調整する制度が設けられたのです・・・」 浅田調査官は、パンフレットを読みながら、説明する。 「こんなことも考慮しなければならないというのであれば・・・今年の年末調整は、ややこしいな・・・平成30年度の税制改正で創設された制度だから、すっかり忘れていたよ。」 中尾統括官は、頭をかく。 「この調整額は、次のように計算されます。」 浅田調査官は、説明を続ける。 「給与等の収入金額が1,000万円を超える場合には、1,000万円として計算されますから、所得金額調整控除は、最高15万円までとなります。」 そして、浅田調査官は、所得金額調整控除が適用される対象の人は、次のいずれかに該当する場合であると、中尾統括官に言う。 「ただ、注意をしなければならないのは、給与所得と年金所得の双方を有する人も所得金額調整控除(年金等)はあるのですが、年末調整では所得金額調整控除(年金等)の適用を受けることはできず、確定申告で行うことになります・・・そして、確定申告で所得金額調整控除(年金等)の適用を受ける人は、年末調整の際に「給与所得者の基礎控除申告書」等で合計所得金額を計算するときには、所得金額調整控除(年金等)を考慮して合計所得金額を計算する必要があります」 浅田調査官は、パンフレットを読み上げる。 「・・・えらく、ややこしいな・・・」 中尾統括官は、渋い顔になる。 「なお、この所得金額調整控除の適用を受けようとする人は、その年の最後に給与の支払いを受ける日の前日までに『給与所得者の基礎控除申告書』又は『所得金額調整控除申告書』を給与の支払者に提出しなければならないことになっています。」 浅田調査官は、付け加える。 「そのほかにも・・・令和2年分の年末調整で注意すべきことはあるのかな?」 中尾統括官が浅田調査官の顔を見る。 「そうですねえ・・・あとは、未婚のひとり親に対する税制上の措置にも注意が必要です・・・従来の寡婦控除については、所得500万円以下と事実婚なしという追加の要件を満たせば、27万円の控除が認められ、また、従来の寡夫控除と特別の寡婦控除は、事実婚なしという要件を満たせば、ひとり親として35万円の控除ができる・・・それ以外の未婚のひとり親については、同一生計の子がいて、所得500万円以下、そして事実婚なしであれば、ひとり親として35万円の控除ができます。」 浅田調査官は、パンフレットの説明を読みながらブツブツとつぶやく。 「・・・これだけ変わったのなら・・・今年の年末調整は、コロナ禍であっても・・・国は年末調整の説明会を開いて、これらの改正点を納税者に広く周知させるべきだと思うが・・・それに・・・この前(第37話)話をした年末調整の電子化の問題もあるし・・・」 中尾統括官は、ため息をつく。 (つづく)