《速報解説》 監査業務における署名・押印に関する実務の現状と 多くの監査法人による対応予定・取組みを会計士協会が示す 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年5月8日、日本公認会計士協会は、新型コロナウイルスへの対応に関する特設ページにて、「第5回新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会での日本公認会計士協会説明資料」として「監査業務における署名・押印に関する実務対応について」を公表した。 また、2020年5月7日には、会長声明「緊急事態宣言の延長に対する声明」が日本公認会計士協会から発出されている。 会長声明では、定時株主総会の開催を7月以降に延期するために基準日変更を決議した上場企業は9社(39社が検討中)、継続会を決定した上場企業は0社(85社が検討中)であり、定時株主総会の7月以降への延期又は継続会の開催を決定した企業は少数にとどまっていると記載されている。 そのような中、会計監査人の監査報告書に関して、署名・押印に関する実務の現状と、今後、監査法人で予定している対応のほか、経営者確認書に関する対応についても述べている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査報告書への署名・押印に関する実務の現状 会計監査人の監査報告書に関して、署名の入手や袋綴じのプロセスはほとんどの監査法人で事務職員が主要な役割を担っていることから、業務執行社員と事務職員の多くが事務所に出勤せざるを得なくなり、結果として、出勤者7割削減の要請を満たせず、感染リスクを高めてしまうことが危惧されるとしている。 なお、法令上、袋綴じを監査人で行うとする定めはなく、実務上、企業がこれを行うケースもあるとのことである。 Ⅲ 監査報告書への署名・押印について監査法人で予定している対応 業務執行社員及び事務職員の出勤を抑制できる代替的な方法を採用することについて、被監査会社に了解していただきたいと考えているとのことである。 多くの監査法人では、例えば、以下のような対応を予定しているとのことである。 Ⅳ 経営者確認書に関する対応 以下のような取組みが進められている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「新型コロナウイルス感染症に関連する 監査上の留意事項(その5)」を公表 ~経営者確認書に新型コロナウイルス感染症が事業に与える影響等の文例を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年5月8日、日本公認会計士協会は、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その5)」を公表した。 監査上の留意事項(その5)では、会社法の監査意見の形成に関して、監査意見及び経営者確認書に関する留意点について述べている。 なお、5月15日付けで「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第37号)が公布、同日から施行されたことから、同日付で、監査上の留意事項(その5)が更新されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 経営者確認書に関する留意事項 新型コロナウイルス感染症が事業に与える影響とそれらの影響を財務報告においてどのように取り扱ったかについて、経営者に対し書面による陳述を要請することが考えられる。 経営者確認書に下記の下線部を追加する文例が示されている。 1 計算書類等に関する経営者確認書の追加文例 2 提供する情報に関する経営者確認書の追加文例 Ⅲ 監査意見に関する留意事項 1 除外事項付意見(監査範囲の制約)に関する留意点 今回の新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策の影響等により、監査人の監査意見について、限定付適正意見又は意見不表明となることがある。 監査範囲の制約による限定付適正意見及び監査範囲の制約による意見不表明の場合の監査報告書の文例が記載されている。 2 除外事項付意見の会社法上の取扱い 次の留意事項が記載されている。 3 会計監査報告の通知期限 会社計算規則130条において、会計監査報告の通知期限が規定されている。 通知期限に関して、次の留意事項が記載されている。 (了)
2020年5月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.368を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.88- 「ポスト・コロナで始まるか、国家の役割の議論」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 新型コロナウイルス問題は、全世界に広がり、未だ収束の気配を見せていない。わが国政府のこの問題への対応は、「ウイルス退治」と「自粛措置による最小限の経済活動の維持」という二兎を追ったもので、賛否両論が続いており、その評価は定まっていない。 このような状況下で、問題終息後(ポスト・コロナ)の世界経済・社会への影響や変化については、様々な識者が論じ始めている。 大方の見方では、経済活動がグローバルからローカル(地産地消)へ、産業構造はロボット活用など第4次産業革命が進展し、テレワーク、オンライン教育など生活の隅々にデジタル化が浸透するなどの変化などが指摘されている。 ここで取り上げたいのは、社会思想への影響である。 * * * 新自由主義の退潮、小さな政府への反省から、国家は可能な限り国民に親切にする必要があるという国家や社会保障の在り方の議論が進むのではないか。そしてそれは、「財源問題は今考えるべきではない」というポピュリズムを生んでいく可能性がある。 今回当面の対策として、リーマンショック時の定額給付金にならい、国民全員に10万円が給付されることになった。コロナ問題の先行きから考えて、このような無条件での給付は今後も続くことが考えられるが、国家は国民の生活をどこまでを保障する役割や義務を負うのか、財源は日銀ファイナンスで無制限と考えていいのか、きちんとした議論を行う必要がある。 * * * すでに、新自由主義を掲げて言論活動を行ってきた元政治家やタレントが、「今こそベーシックインカムで国民全員の最低限の生活保障を」などと、節操なく180度スタンスを変え始めている。はたして国民は、国家が生活の丸ごとを保証することを期待するのだろうか。そこで生じるモラルハザードやフリーライダーの問題は、どう考えればいいのだろうか。 国民生活を丸抱えする巨大な政府を志向することは、非効率、モラルハザードの問題から国を亡ぼす可能性がある。「命を守るためには国家破たんも避けられない」という極論も出始めている今日だが、国家が破たんすれば医療や年金・介護も破たんする。冷静な議論が必要だ。 * * * 事業者への対応については、ヒントがある。 今回の経済対策の中で、資本金1億円超10億円以下の中堅企業への法人税の繰戻し還付が行われるが、納税者が過去の経済活動の成果として収めた税金をさかのぼって還付して危機に瀕した納税主体を守るという発想は、国と国民(納税者)とがリスクを共有する(保険機能)ということに他ならない。これは法人税の話だが、個人事業者の所得税にも適用できる考え方だ。 一方で、感染症の危機を乗り越えることで社会の絆が生まれれば、高所得者から低所得者への分配を後押しする世論の流れが生じてくる可能性がある。 ニューヨーク州のクオモ知事は、「Build it back better(再建するなら、前より良いものを)」という標語を使っている。新型コロナウイルス問題の終息後には、ただコロナ前の生活に戻るのではなく、コロナ後はより進んだ人にも優しい生活を実現しようということのようだ。 政治家の美辞麗句かもしれないが、味わい深い言葉だと思う。 (了)
〔失敗事例から考える〕 この相続対策の問題はドコ!? 【第1回】 「コロナショックの影響により株式等の損切りをしたことによる失敗事例」 公認会計士・税理士 木下 勇人 ◇連載開始にあたって◇ 「相続対策」と聞くと、多くの税理士は「相続税をどう節税するか」ということにとらわれがちで、相続対策全体を見た適切な対応ができていないケースがあるように思えます。 そこで本連載では、実際に想定される相続対策の事例を取り上げ、その対策のどこに問題があるのか、税務的視点はもとより、必要とされるそれ以外の視点(経営的視点、法務的視点など)をもって解説することで、より適切な相続対策をできるようになることを目的としています。 本連載が相続実務に携わる方のお役に少しでも立てば幸いです。 * * * - 事 例 - 私(80歳男性:推定相続人は長男1人)はある程度の相続税対策を実施済みであり、老後の楽しみとして2月上旬に上場株式を5,000万円購入していました。 しかし、コロナショックに端を発した株式市場の低迷により、保有銘柄もかなり多額の含み損(3,000万円)を抱えてしまいました。現在の状況だと含み損はさらに膨らみそうで、含み損を抱えるプレッシャーに耐えられそうにありません。証券会社のススメもあり株式売却を考えています。 ■ ■ ■ 回 答 ■ ■ ■ この事例における失敗は、株式をすぐに売却してしまうことです。 すぐに株式を売却して含み損を実現させるのではなく、相続時精算課税制度を用いた次世代への贈与を検討することで、資産運用と相続税対策のどちらも達成できるようにしましょう。 -解 説- 1 コロナショックが相続財産に与える影響 いわゆる「コロナショック」は、リーマンショックや東日本大震災の際と同様かそれ以上のインパクトをもって、株式市場のみならず日本経済全体への影響が考えられる。しかしながら、今後、日本経済が立ち直れば含み損が顕在化することなく、その資産価値が復活する可能性も秘めている。 2 含み損を実現させることが最善策か? 本事例にあるように、上場株式は真っ先に影響が反映される資産といえ、売却して含み損を実現させた場合、3,000万円分の相続財産が評価減され、結果として相続税が節税できたことになるが、実損を負ったことになるため、それでは本末転倒と言わざるを得ない。 3 資産運用と相続税対策の複眼的視点 資産運用と相続税対策を同時に達成するという視点から考えれば、大幅に評価減された上場株式が現状のままであれば、資産運用としては失敗となる。しかし、逆にその状態だからこそ、相続税対策として検討する余地があると言える。 まず、相続税対策の王道として、相続財産として評価減された状態で株式を次世代に贈与することが挙げられる。贈与後、何年で上場株式の評価が上昇してくるかは日本経済の復活と比例する可能性が高くなるが、贈与後に評価額が上昇しても、相続財産が膨らむことはない。 そうすることで、次世代に株式を移転した後に含み損が解消し、その後売却することにより次世代が納税資金を確保することが可能となる。相続対策の全体の流れとしては、このような考え方を採用すべきと考える。 4 相続対策実施に関する具体的検証 それでは、実行段階に向けた検証を以下で行う。 本事例における上場株式の相続税評価額は2,000万円(株価が下降曲線を描いている最中であるため、採用する最安値は贈与時点)であり、贈与時点での株価が最安値と仮定すれば、この段階で一度に贈与を実行することを検討すべきである。その際、贈与税は585.5万円(特例税率)となるが、次世代に手元資金がなければ納税ができない。 そこで、最安値の価格固定効果を得るために、相続時精算課税制度の採用を検討する。そうすることにより、相続税評価額である2,000万円は相続税の計算時に取り込まれることになるが、贈与時点での次世代の納税負担はなくなるため、受贈しやすくなる。 なお今後、暦年贈与には戻れなくなるが、本事例では相続税対策はある程度実施済みであったため、次世代への贈与実行の可能性が低ければ、相続時精算課税制度の採用を検討すべきである。 5 贈与後、次世代が勝手に売却して費消してしまう心配への対処 親世代としては、贈与実行する際に心配するのが、贈与した財産を費消してしまうことである。贈与後は財産を取得した次世代が自ら管理処分できることになるが、それを懸念して名義預金の形成がされるのが実情である。 そこで、これを懸念するのであれば、贈与後に民事信託の組成を検討することも一考の余地がある。最近では大手証券会社においても、有価証券口座に関する信託口口座の開設の動きが活発になっている。現状では、自益信託が前提となるため、贈与後の信託組成として、委託者(=受益者)を次世代、受託者を親世代とすることで、財産管理を親世代が行うことが事実上可能となる。また、受託者の認知症発症を信託終了事由として設定しておくことも検討すべきである。 6 最後に 税理士としては、相続税対策のみならず、その他の視点(例えば、資産運用、資産管理など)を同時に満たせる提案が求められる。本事例においては、子が1人であったため、相続税対策が主眼となったが、子が複数の場合には贈与実行した場合における民法上の持戻し概念も重要となるのは言うまでもない。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第78回】 「特別貸付けに係る消費貸借契約書の印紙税の非課税措置」 -新型コロナウイルス感染症対策税制- 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 新型コロナウイルス感染症によりその経営に影響を受けた事業者に対して行う特別な貸付けに係る契約書について、印紙税の非課税措置が設けられたとのことですが、どのような内容ですか。 また、既にこの特別貸付けに係る契約を締結し、契約書等に収入印紙を貼付してしまった場合には、何か救済措置はありますか。 貸付けに係る契約時に作成する金銭消費貸借契約書や借用証書等は、印紙税法における「消費貸借に関する契約書」に該当し課税文書となるが、公的金融機関や民間金融機関等が、新型コロナウイルス感染症によりその経営に影響を受けた事業者に対して行う特別な貸付けに係る契約書については、印紙税の非課税措置が講じられている(臨特法11)。 〈「特別貸付けに係る消費貸借契約書の印紙税の非課税」の制度イメージ〉 (財務省ホームページ参照) ここでいう、「公的金融機関」とは、(株)日本政策金融公庫、沖縄振興開発金融公庫などで、「民間金融機関」とは、銀行、信用金庫、信用協同組合などであり、「民間金融機関等・」の「等」とは、地方公共団体などを指す。 なお、既に契約を締結し印紙税を納付した場合等については、税務署において過誤納確認を受けることにより、納付された印紙税の還付を受けることができる。 その際には、契約書の作成者が「印紙税過誤納確認申請書」を作成し、作成者の住所地の所轄税務署に提出する。申請書提出時には、契約書原本を提示し、過誤納である旨の確認を受ける。 また、金銭借用証書などのような借入者のみが署名して金融機関等に提出される差入方式で作成されるものは、原本が金融機関等にて保管されているので借入先の金融機関と相談し、借入者の委任を受けて過誤納確認申請の手続きを行うなどの措置を講ずることとなる。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例17】 「建物内部造作の「器具及び備品」該当性」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は神奈川県内に数件の賃貸用マンションを保有する者です。当該マンションはすべて親から相続したもので、私が代表者を務める不動産管理会社(株式会社)を通じて保有しています。 そのうちの一棟はかなり老朽化が進んでおり、なかなかテナントの募集に苦慮していたため、一昨年、大規模な修繕を行いました。内装はクロスの張替えが中心でしたが、ユニットバスを全部新品に取り換えるとともに、窓(窓枠と窓ガラス)とドア扉も全面的に最新のものに取り換えることで、マンションのセキュリティーの水準を大幅に高めることができました。 昨年度の不動産管理会社の確定申告においては、今般の大規模修繕につき、クロスの張替えは修繕費としましたが、ユニットバスや窓、ドア扉の交換費用はすべて器具備品として資産計上しました。その場合の耐用年数ですが、ユニットバスは耐用年数省令の「器具及び備品」のうち「前掲する資産のうち、当該資産について定められている前掲の耐用年数によるもの以外のもの及び前掲の区分によらないもの」と解して、うち「その他のもの」に該当すると考えて8年としました。 また、窓やドア扉も同様に耐用年数省令の「器具及び備品」のうち「前掲する資産のうち、当該資産について定められている前掲の耐用年数によるもの以外のもの及び前掲の区分によらないもの」と解し、うち「主として金属製のもの」に該当すると考えて15年としました。 ところが、現在進行中の税務調査で税務署の調査官から、ユニットバスや窓、ドア扉はいずれも建物と一体になって使用される減価償却資産であるため、その耐用年数は建物と同じであると言い渡されました。マンションのような鉄筋の堅牢な構築物と、ユニットバスや窓枠、ドア扉のごとき交換可能な資産を一緒くたに考えて減価償却を行うなど、実態を全く無視した暴論と考えるのですが、いかがでしょうか。 【A】 裁判例から判断すると、その減価償却資産を特定の建物から分離して別の建物に移転させても、当該資産本来の機能を果たすことができるものであれば、「建物」とは別の種類の資産(器具及び備品など)に分類できるのではないかと考えられます。 本件の場合、ユニットバスや窓、ドア扉などのような建物を構成する建具等(建物内部造作)は、それを分離して別の建物に移設した場合、実際に使用し機能するのかとなると疑問であり、そうなると、当該内部造作は建物と物理的又は機能的に一体不可分であり、かつ、当該建物と一体となってその効用を維持増進する目的を有するものであるから、耐用年数省令における「器具及び備品」に分類されるのではなく、「建物」に分類されることとなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却資産の分類 固定資産のうち、使用又は時間の経過によって価値の減少が生じるものを一般に減価償却資産という。減価償却資産は、企業において長期間(通常耐用年数で示される)にわたって収益を生み出す源泉であることから、その取得に要した金額は、費用収益対応の原則に従い、使用又は時間の経過によってそれが減価するのに応じて徐々に費用化するのが理論的であるといえる。このような費用化の方法を減価償却という。 このような減価償却の方法は、減価償却資産の種類によって異なってくる。例えば、法人税法に定める減価償却資産の償却方法は、原則として定額法と定率法であり、多くの資産においては納税者がいずれかの方法を選択することとなるが、平成19年4月1日以降に取得した建物は定額法のみ選択できる(※1)。 (※1) 平成28年度の税制改正で、平成28年4月1日以降に取得した建物附属設備及び構築物も定額法のみ適用が可能である。 また、減価償却の方法については、取得価額、耐用年数、残存価額及び償却率の4要素が重要であるが、耐用年数及び償却率は減価償却資産の種類により決定されるといえる。すなわち、「耐用年数」は耐用年数省令(減価償却資産の耐用年数等に関する省令)によって資産の種類ごとに一律に定められている(法定耐用年数)。そのうち、「機械及び装置」以外の有形固定資産については、その構造及び用途に従って分類がなされている(別表第1)。また、「機械及び装置」は、平成20年度の税制改正で、日本標準産業分類の中分類に従って、原則として1業種1区分の55区分に分類されている。 一方、「償却率」は、定額法が「耐用年数分の1」となるが、定率法は(同じ耐用年数の)定額法の償却率の2.5倍となるように、いずれも耐用年数をベースに算定される。 このように、耐用年数及び償却率は、いずれも耐用年数を介在して減価償却資産の種類により決定されることとなる。したがって、減価償却費の計算においては、対象となる減価償却資産が耐用年数省令に定められたどの資産に該当するのかを的確に把握することが重要となる。 (2) 建物内部造作の減価償却と耐用年数 それでは、本件のように、マンションのユニットバスや窓、ドア扉などのような建物を構成する建具等(建物内部造作)を交換した場合、当該建物内部造作は、減価償却額の計算上、建物から分離した「器具及び備品」とするのか、それとも建物の構成要素として「建物」に分類するのだろうか。 〇建物内部造作の減価償却と耐用年数 この点について争われた裁判例(広島地裁平成5年3月23日判決・税資194号867頁、TAINSコード:Z194-7101)があるので、以下でその内容を確認してみたい。 ① 事案の概要 原告は、マンションの賃貸等を目的とする有限会社である。 原告は、昭和62年4月期及び昭和63年4月期の各確定申告において、昭和60年4月に取得した「第二大石マンシヨン」の減価償却費を算出するに当たり、本件建物に係る建築工事のうち、鋼製建具工事、木製建具工事、硝子工事、内装工事のうち畳敷物及び雑工事のうちユニットバス(本件建具等)は、法人税法第31条所定の政令である同法施行令第56条による「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(耐用年数省令)別表第1に掲げる「器具及び備品」に該当するとして、本件建物とは別個に5年ないし15年の耐用年数を適用して償却限度額を計算し、その結果、昭和62年4月期については216万38円を、昭和63年4月期については101万5,512円を減価償却費として、各期の損金の額に算入し、昭和62年4月期の確定申告においては所得金額をマイナス2,135円、昭和63年4月期の確定申告においては所得金額をマイナス655万74円として各申告した。 これに対し、被告・税務署長は、本件建具等はマンションの建物を構成しており、当該建物の耐用年数である60年が適用されるとして、償却限度額を昭和62年4月期につき33万8,601円、昭和63年4月期につき32万5,734円とした上で、原告申告の減価償却費のうち、昭和62年4月期の182万1,437円、昭和63年4月期の68万9,778円については、いずれも償却超過額であり、損金に算入されないとした。 ② 事案の争点 本件建具等は、耐用年数省令別表第1に掲げる「器具及び備品」に該当し、本件建物とは別個のそれ自体特有の耐用年数を適用して償却されるものであるのか、それとも本件建物を構成しているため、「建物」と同じ耐用年数を適用すべきなのか。 ③ 裁判所の判断 ④ 裁判例の検討 本件は、ユニットバスや建具、窓枠といった建物の構造部分ではない「内部造作」につき、建物と切り離して減価償却の計算を行うのか、それとも建物と一体とみて建物と同じ耐用年数等を適用するのかが問題となった事案であるが、裁判所は「本件建具等は、本件建物と物理的又は機能的に一体不可分な内部造作であり、かつ、本件建物と一体となって、その効用を維持増進する目的を有するものであるから、いずれも耐用年数省令別表第1に掲げる「器具及び備品」には該当せず、本件建物の耐用年数が適用されるものと認められる」と判示した。 当該裁判例で裁判所は、本件建物の内部造作は、構造上の独立性と、建物本来の効用・用途以外の固有の効用・用途の有無により、建物と一体とみるか否かを判断するという基準を示した、とする評釈もある(※2)。 (※2) 一高龍司「法人税法上の減価償却に関する主要な裁判例-昭和63年以降-」『日税研論集』第69号(日本税務研究センター・平成28年)223頁。 上記内部造作は、「建物」ではなく「建物附属設備」に該当する可能性もあるが、耐用年数省令に掲げられた9つの「構造又は用途」にはいずれも該当しない。そのため、「前掲のもの以外のもの及び前掲の区分によらないもの」に該当するのか、耐用年数の適用等に関する取扱通達でその解釈を確認すると、その2-2-7によれば、融雪装置や散水装置、外窓清掃のためのゴンドラ等、避雷針、書類運搬装置などが掲げられており、いずれも本件の内部造作には該当しないものと考えられる。 本件が争われた昭和60年代当時の法人税法によれば、建物(鉄筋コンクリート造)の耐用年数は60年と現在の50年よりも更に長いが、内部造作の中の例えばユニットバスの耐用年数は、実態に即して言えば概ね20年程度であり、建物の耐用年数の方が優に長いといえる。そうなると、いくら建物と一体で使用し機能するものであると言っても、耐用年数が相当程度短いユニットバス等の内部造作を建物のものに合わせるというのは、必ずしも合理的な取扱いとはいえないという反論もあり得るだろう。 そうなると、建物内に設置するもののうち、「器具及び備品」に該当する可能性のある減価償却資産は、いかなる基準で「建物」と区分することが可能なのであろうか。その具体的な判断基準としては、建物の内部に設置される減価償却資産のうち、例えばエアコンなどは、一度あるマンションに設置したものを別のマンションに移動させて再稼働させるということも可能であり、このような資産であれば、裁判所が判示した「構造上建物と独立・可分であって、かつ、機能上建物の用途及び使用の状況に即した建物本来の効用を維持する目的以外の固有の目的により設置されたもの」に該当し「器具及び備品」にあたるといえる、というものが挙げられるであろう。すなわち、その減価償却資産を特定の建物から分離して別の建物に移転させても、当該資産本来の機能を果たすことができるものであれば、「建物」とは別の種類の資産(「器具及び備品」等)に分類できるのではないかと考えられる。 (3) 本件への当てはめ 減価償却費の計算において、建物内に設置された内部造作が「建物」に分類されるのか、それとも「器具及び備品」に分類されるのかの判断基準は、その減価償却資産(内部造作)を特定の建物から分離して別の建物に移転させても、当該資産本来の機能を果たすことができるか否かではないかと考えられる。 本件の場合、ユニットバスや窓、ドア扉などのような建物を構成する建具等(建物内部造作)は、それを分離して別の建物に移設した場合、実際に使用し機能するのかとなると疑問であり、そうなると、当該内部造作は建物と物理的又は機能的に一体不可分であり、かつ、当該建物と一体となってその効用を維持増進する目的を有するものであるから、耐用年数省令における「器具及び備品」に分類されるのではなく、「建物」に分類されることとなる。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第28回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (2) 立案担当者の見解の要旨 『平成30年度 税制改正の解説』の記述から、法人税法22条の2第2項の規律内容を理解するために参考となる立案担当者の見解を抽出してみたい。なお、立案担当者の解説は、文字どおり、あくまで立案担当者の解説にすぎないため、これに盲従することは妥当ではないが、実際には、他に有力な立法関係資料がないことと相まって、改正規定の趣旨を理解するための1つの重要な手掛かりとなる。 ア 法人税法22条の2第2項の趣旨 『平成30年度 税制改正の解説』は、法人税法22条の2第2項の趣旨について、次のように述べている。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』271頁 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』274頁 要するに、法人税法22条の2第2項の趣旨は次のようなものであるということである。 従前から、資産の引渡しの日又は役務の提供の日以外の日において収益を認識する会計原則・会計慣行があり、そのような会計原則・会計慣行(一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に該当するものに限る)に従って収益経理していた場合には法人税法上もその経理に従うこととされていた。 今回、法人税法22条の2第1項の創設により、資産の販売等に係る収益の計上時期を決する原則的基準として引渡基準が採用されたことから、従前の取扱いによる収益計上を認めるかが問題となった。平成30年度改正では、この点を踏まえて、従前の取扱いを維持するために、法人税法22条の2第2項を創設した。 法人税法22条の2第2項において採用が認められる例として挙げられているのは、次のとおり、仕切精算書到達(日)基準及び検針(日)基準である。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』274頁 ここでは、次の2点が明らかにされている。 上記の解説によれば、法人税法22条の2第2項は、資産の引渡日又は役務提供日に近接する限りにおいて、従前から認められていた収益の計上基準の採用を法人に認めることに最大の意義を有する規定であるといえよう。 ただし、法人税法22条の2第2項は従前の取扱いをそのまま認めるものではない。公正処理基準準拠要件と近接日における確定決算収益経理要件(近接日要件+確定決算収益経理要件)の充足を求めている。なぜこれらの要件の充足を求めることとしたのか、その趣旨は必ずしも明らかにされていない。 また、ここでいう従前の取扱いが法人税法22条4項の公正処理基準を根拠に認められてきたのかどうか検討の余地があるし、法人税法22条の2第2項に定められている公正処理基準準拠要件を満たさないような従前の取扱いも出てくる可能性があることに注意が必要である。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第100回】 株式会社ジャパンディスプレイ 「第三者委員会調査報告書(2020年4月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社ジャパンディスプレイの概要】 株式会社ジャパンディスプレイ(以下「JDI」と略称する)は、2002年10月に設立された株式会社日立ディスプレイズを起源として、2011年9月に設立された株式会社ジャパンディスプレイ統合準備会社の下で経営統合が進められた、日立ディスプレイズ、東芝モバイルディスプレイ、ソニーモバイルディスプレイなどを傘下に置いた旧株式会社ジャパンディスプレイと合併したうえで、社名を現在のジャパンディスプレイに変更している。中小型ディスプレイデバイス及び関連製品の開発、設計、製造及び販売を事業目的とする。 2014年3月、東京証券取引所一部に上場。売上高636,661百万円、経常損失44,153百万円、従業員数10,005人(いずれも訂正前の2019年3月期連結実績)。資本金1,906億円。会計監査人は有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」と略称する)。 【調査報告書の概要】 JDIは、2019年11月26日、同社の元経理・管理統括部長A氏から、経営陣の指示により過年度の決算について不適切な会計処理を行っていた旨の通知を受けたため、A氏の主張する過年度決算における不適切な会計処理に関する疑義(以下「本件不正疑義」という)について、透明性の高い調査を徹底的かつ迅速に行うため、12月2日、特別調査委員会を設置することを取締役会において決議した。 その後、特別調査委員会の調査の過程で、具体的な疑義の存在が判明したため、JDIは、12月24日、日本弁護士連合会が定める「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した第三者委員会を設置することを取締役会において決議した。 本件不正疑義とは、報告書冒頭「第1 調査の概要」に示された次の16項目にわたる会計処理を意味している。 1 A氏の入社から退職、不正会計処理の通知に至る経緯 第三者委員会は、報告書27ページに「4 A氏の立場・別件横領行為等」という項目を設け、JDIの過去の不適切な会計処理を主導してきたことを通知したA氏について、背景事情を説明しているので、これを時系列でまとめておきたい。 2018年11月にJDI社内調査委員会が行った調査では、A氏は、知人を介してペーパーカンパニーを準備して、JDIからペーパーカンパニーの口座に約5億4,900万円を送金してこれを横領するとともに、収入印紙約2,900万円を横領したことが判明しているが、こうした横領事件とそれに伴うA氏の懲戒解雇については、社内でも公表されなかった。 2 本件不正疑義に関する調査結果 報告書では、本件不正疑義16項目に関する調査結果に60ページを超える紙数を割いているが、本項では、報告書要約版にまとめられた結論部分のみを引用しておきたい。なお、報告書では、本件不適切会計処理の関与者として、次のようにまとめている。 (1) 100億円規模の架空在庫の計上 上場直後の四半期における営業損失の回避を企図し、2014年3月期第4四半期において、仕掛品30億円の過大計上を行ったが、翌四半期決算で取り崩した。 その後、業績予想の利益水準の達成を企図して、2016年3月期第2四半期から2017年3月期第1四半期にかけて仕掛品100億円の架空計上を行ったが、段階的に取り崩し、2019年第3四半期をもって、架空の仕掛品計上は解消した。 (2) 滞留・過剰在庫について実態と異なる販売見込み等を用いることによる評価損の計上回避 滞留品・過剰在庫について、2014年3月期第4四半期から2018年3月期第1四半期にかけて、繰り返し、実態と異なる販売見込み等のデータを使用して、評価損の計上を回避する不適切会計処理が行われていたが、不適切会計処理は、それぞれ翌四半期連結会計期間に洗替処理を通じて解消していた。 (3) 本来費用計上すべき消耗品を貯蔵品に振り替えることによる利益操作 2014年3月期第4四半期から2020年3月期第2四半期にかけて、固定費削減を求められた一部の工場拠点において、製造固定費を削減して目標損益を達成するために、本来費用処理すべきものの一部を貯蔵品として計上していたが、不適切会計処理は、それぞれ翌四半期連結会計期間に洗替処理を通じて解消した。 (4) 本来計上すべき費用や損失の先送りや資産化による利益操作 (5) 海外向け販売代理店への買戻条件付販売による売上計上 2017年3月期第4四半期及び2018年3月期第1四半期において、海外向け販売代理店に対する1,541百万円の売上計上を行ったが、当該販売には買戻条件が付されていたこと等から、当該売上計上は収益認識の要件を満たさず、また、2016年3月期第4四半期における、海外向け販売代理店に対する109百万円の売上計上も、収益認識の要件を満たさず、いずれも、販売時点での収益認識は不適切であった。 (6) 大口顧客に対して販売した製品保証に関する費用の先送り 2017年3月期第4四半期及び2018年3月期第3四半期において、大口顧客への製品不良の賠償費用(それぞれ1,000百万円と672百万円)について、一旦計上したものを取り消して、それぞれ翌四半期に費用の先送りを行っていた。 (7) 海外EMS及び海外製造子会社におけるJDI帰責の損失に関する引当金の未計上及び先送り 海外EMS及び海外製造子会社との関係でJDIに帰責する損失について、2014年3月期第4四半期以降、損失引当金合計2,534百万円が計上されていない。また、海外EMSとの関係でJDIに帰責する損失584百万円について、2016年3月期第4四半期に費用処理せずに、この損失を一旦仮払計上して、2017年3月期第2四半期に費用の先送り処理を行っていた。 (8) 固定資産の減損損失の回避 2017年3月期第3四半期において、再稼働見込みのない遊休資産について、会計監査人であるあずさ監査法人に対し、再稼働の予定があるかのような説明を行うことにより、減損損失額は2,315百万円について、減損損失の計上を回避した。 (9) 関係会社株式の減損処理及び投資損失引当金の計上回避 当委員会は、実質価額が著しく下落している関係会社としてTaiwan Display Inc.を認識したため、投資価値に関係すると思われるメールのレビュー、関係者へのインタビュー及び関係資料の閲覧による調査を実施したが、関係会社株式の減損処理及び投資損失引当金の計上回避が行われている事実は検出されなかった。 (10) 不適切な繰延税金資産の追加計上による利益確保 当委員会は、繰延税金資産の回収可能性の評価結果について、関係資料の閲覧及び関係者へのインタビューによる調査を実施したが、繰延税金資産の不適切な計上が行われている事実は検出されなかった。 (11) 繰延税金資産等を原資とした配当 JDIは、そもそも調査対象期間において一度も配当を実施していない。このため、不適切な配当がなされたと評価する余地はない。 (12) 構造改革に伴う損失を経営陣が発表した数値になるようにする操作 2017年8月、総額1,700億円の費用をかけた事業構造改革が公表されたが、2018年3月期第4四半期決算時、構造改革に伴う損失が想定よりも大きくなる見通しとなったことから、経営陣が発表した数値に収まるように操作する目的で、もともと減損損失の計上を予定していた白山工場について、減損損失の発生回避を企図したが、白山工場の減損処理に関しては、その後の損益見込み等を踏まえ、減損の兆候を明確に認識するには至らなかったことから、構造改革に伴う損失の数値操作について、結論として不適切な会計処理は認められなかった。 (13) 本来費用処理すべきものを固定資産の取得価額に算入することによる利益確保 以下のとおり、費用処理すべきものが固定資産に計上されていた。 (14) 関係会社に対して四半期ごとに支出した研究開発委託費を出資に振り替えることによる損失回避 JDIは、関係会社である株式会社JOLEDとの間で締結した研究開発業務委託契約に基づく研究開発委託費の支払いに関し、契約の合理性に疑問を持つとともに費用の負担が経営を圧迫したなどの事情から、当該委託契約を出資契約に変更するに至った。当該契約変更の交渉中に、2016年3月期第3四半期において、契約変更を根拠に費用計上を回避したことが認められるが、翌四半期に処理が行われているため、通期における費用認識額は変動しない。 (15) 段階利益(利益表示区分)の操作による営業利益の過大計上 茂原工場ラインについて、ほぼ全ての装置が稼働していたにもかかわらず、営業利益を良く見せるため、一部の装置が休止しているという実態と異なる報告と営業外費用への振替の提案が経営会議で承認されたことにより、1ヶ月分の減価償却費を稼働休止装置として営業外費用に振り替えるという段階利益の操作を行って営業利益を過大に計上していた。 また、類似案件として、茂原工場ラインについて、実態と異なる稼働休止資産報告書が誤って作成されていたために、減価償却費が過大に営業外費用に振り替えられていたが、こちらは、意図的に誤った稼働休止資産報告書が作成されたことを示す証拠は検出されず誤謬として認定した。 (16) 上場申請時等における実現不可能な事業計画の作成 JDIの発行株式は、2014年3月19日に東京証券取引所市場第一部に上場した。上場申請にあたって、東京証券取引所及び幹事証券会社に提出された事業計画については、その実現可能性に全く疑問なしとはいえないものの、最終的な発行価格の形成に直接影響するものではなかった。 3 発生原因の分析(報告書122ページ以下) 第三者委員会は、発生原因の分析として、不適切会計処理を主導し、通知したA氏について、不正のトライアングル仮説に基づき、不適切会計処理の機会・正当化要因・動機の存在を直接的な原因として検討している。 〈直接的な原因〉 さらに第三者委員会は、発生原因の間接的な要因として、JDIの組織風土の特性や内部統制上の不備を検討している。 〈間接的な要因〉 4 再発防止策の提言(報告書135ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策についても「直接的な原因」と「間接的な原因」とに分けて、提言を取りまとめている。 〈直接的な原因に係る再発防止策〉 〈間接的な原因に係る再発防止策〉 【調査報告書の特徴】 FACTA2020年1月号で「JDI『リアルサスペンス劇場』」というタイトルが付けられた記事の冒頭、関係者の話として、「これはもはや『火曜サスペンス劇場』だ」という言葉を引用している(FACTA2020年1月号、14ページ)。記事では、2019年11月30日に死亡が確認されたA氏(FACTA記事では「元経理幹部」)については、警視庁が自殺を図ったとみているという記述があるが、真相は定かではない。 A氏が、過去の会計不正についてJDIに通知した理由については、A氏が死亡したこともあってか、調査報告書に言及はない。調査の結果、16項目にわたる会計不正の手口のうち、明確に不適切ではなかったと否定できたものは4項目に過ぎず、損益に影響を与えるものではないとしたものも含めて、残りの12項目については「不適切な会計処理」と認定した。 A氏が主導したとされた会計不正の手口は、経理部門で操作できる利益拡大策としては網羅的なものであったが、多くは一時的な損失の先送りに過ぎず、JDIが抜本的な業績回復策を検討することを阻害したという側面があったのではないかとも評価できる。 1 A氏による横領事件の調査と適時開示 JDIは、一部マスコミで報道されたことを受けて、2019年11月21日、「当社元従業員による不正行為についてのお知らせ」をリリースして、管理部門の元従業員(A氏)による不正が発覚し、2018年12月28日にA氏を懲戒解雇処分とするとともに刑事告訴していることを公表した。 同リリースで、発覚から1年後の公表となったことについては、「捜査の必要性から現段階では公表を控えつつ原因究明と再発防止に努め、警察とも相談の上で捜査への支障がないと判断されたタイミングで公表を行うことを検討」していたと説明している。 A氏による横領事件については、「外部の専門家(弁護士及び公認会計士)を含む社内調査委員会を編成し、調査を実施」して、「本件不正行為以外の同様の不正行為の有無についても調査を行いましたが、その存在は認められませんでした」と述べているが、調査委員会のメンバーや調査報告書などは公表されていない。 第三者委員会は、「A氏のパーソナリティー」の項で、A氏が、業績不振にあえぐ会社を何とかしたい、上長であるCFOを守らなければならないという「男気」、自分ならなんとかやれるという能力への自負、上位者に認めてもらいたいという承認欲求等があったと分析して、自分の力で会社の数字をよく見せることで会社やCFOを守るといった歪んだ正義感が、不適切会計処理を正当化したものと結論づけているが、A氏が懲戒解雇されることとなった横領事件については、正当化事由の中で触れていない。 2 常勤監査役による経営陣への意見具申 第三者委員会は、「監査役による内部統制が奏功しなかったこと」の項で、常勤監査役である保田隆雄氏(報告書上は「O氏」と表記。以下保田常勤監査役と略称する)が、常勤監査役就任前から、在庫の管理等に強い疑念を抱き、国内の製造拠点において、費用の先送りとも受け取られかねない指示が出ていることを聞き、不適切会計の懸念を有して、保田常勤監査役から事業部門の幹部に対し、現場への指示が不適切会計を誘発しないよう、注意を促したこともあったことを明らかにしている(報告書128ページ)。 さらに、保田常勤監査役は、常勤監査役に就任した直後、本社経理部門のメンバーから、当時の代表取締役会長である本間充氏(報告書上は「C氏」)からの業績必達のプレッシャーが厳しく、非常にストレスを感じていると聞き、危機感を抱いたことから、2016年7月頃、常勤監査役川崎和雄氏とともに、本間代表取締役会長ら経営陣に対して、今のようなプレッシャーをかけていると経理部門のモチベーションが落ち、不正会計や内部告発のリスクがある旨を伝え、プレッシャーを緩和すること、コンプライアンス厳守を徹底することと併せて、経理部門メンバーに対して職業的倫理観を鼓舞し、適正会計を遵守するよう経営者自らの言葉で語ることを具申した。それを受けて、本間会長は、経理部門のマネージャー以上を集め、「経営状況は厳しいが経理部門は適正会計を徹底するように」と訓示したことが記述されている。 こうした保田常勤監査役の行動ではあったが、この時点より前に、様々な不適切会計処理が既に実行されており、また、その後に発生した不適切会計処理も、結果的に防ぐことはできなかった。第三者委員会は、「監査役監査は、本社経理部門に対する一定の牽制効果はあったと思われる」と評価しているものの、なぜ、「不適切会計を防ぐことができなかったか」までは言及していない。 3 元従業員からの通報に対する経営陣の判断 第三者委員会は、JDIの内部通報制度が機能していなかったことを「発生原因」のひとつとして取り上げている(報告書129ページ)。以下では、具体的に何が起こっていたのかを見ておきたい。 まず、内部通報の件数と通報内容については、制度が導入された2012年12月から2019年5月までの通報実績は41件であり、その内容はハラスメント嫌疑を含む人事案件が30件前後で、違法・不正行為の疑義についてはわずか数件、不適切会計処理についての嫌疑は皆無であったことが分かっている。 さらに、2018年5月17日には、当時財務統括部財務部に所属していた元従業員が、当時の代表取締役会長東入来信博氏(報告書上は「D氏」)に対して直接メールを送り、不適切会計処理の存在等に関する通報を行ったものの、東入来会長はじめ、元従業員からの通報内容を知らされた当時のCFOや各常勤監査役、経営陣・幹部は、同通報は当該元従業員自身の人事上の不満を主張するものと考え、A氏が不適切会計処理に関与しているとは考えず、通報は基本的には人事案件であると判断していた。 一方、東入来会長は外部の弁護士に対して、元従業員による通報の調査を依頼したものの、経理部門が調査に非協力的であったことに加え、同年11月にA氏の横領嫌疑が発覚したことなどから、調査を断念した。JDIとしては、最終的には、元従業員による通報は、2019年4月、当時のCFOが、A氏の元部下2名による調査結果を合計2頁の簡素な調査報告書としてまとめ、元従業員による通報の内容は会計上一切問題なしと報告することで、調査完了として処理した。 第三者委員会は、元従業員による通報に関する調査について、「通報者のレポートラインから独立した内部監査室等の部署が行うべきであった」と指摘し、「当時のJDIの経営陣・幹部、さらにはこれらを監視監督すべき常勤監査役までもが、当該元従業員・A氏の双方に対するバイアスから、当該元従業員通報を真摯に取扱わなかった」と批判をしたうえで、こうした元従業員による通報に関する一連の顛末は、JDIの内部統制システムが不正発見のために機能していなかったことを端的に示していると断じている。 4 JDIによる再発防止策 4月28日、JDIは、「ガバナンス向上委員会の設置に関するお知らせ」をリリースして、代表取締役会長を委員長として、社外の弁護士と公認会計士も加えたガバナンス向上委員会の設置と、ガバナンス改善策及び再発防止策を公表した。 ガバナンス向上委員会の設置目的としては、①本件(引用者注:過年度決算における不適切な会計処理)の原因及び当社のガバナンス上の問題点を分析し、②ガバナンス上の問題点の改善策及び本件の再発防止策を検討、策定し、③再発防止策の運用に対するモニタリングを行い、もって当社のガバナンスに対する信頼を回復することとしている。 【ガバナンス向上委員会の構成】 なお、弁護士の藤津康彦氏は、JDIが、本件の調査にあたって設置した特別調査委員会の委員長を務めていたことも、合わせて開示されている。 さらに、本リリースでは、「現時点で検討しているガバナンス改善策及び再発防止策」として以下の項目が列挙されている。 なお、上記の項目は、JDIが、第三者委員会による調査報告書と同時に公表した「内部統制報告書の訂正報告書に関するお知らせ」というリリースにある「財務報告に係る内部統制の不備を是正するための措置」と比較すると、「(1)③三様監査の連携の強化」が追記されただけで、他はほぼ同じ内容となっている。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第2回】 「買い手が好意を抱く「売り手の外見」」 ~その1:企業ウェブサイト・SNS~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒買い手が意識する売り手の外見と見方を知る。 売り手企業 ⇒売り手の外見が買い手からどう見られるかを知る。 支援機関(第三者) ⇒買い手の見方を知って支援に活かす。 その他の対象者 ⇒買い手側の立場からM&A対象企業の見方を知る。 1 相手との良好な関係が友好的M&Aを演出する 中小企業のM&Aでは、敵対的買収ではなく、いわば相思相愛が前提の友好的な買収によることが基本です。相手に好意を持って接することが、良い人間関係の構築に欠かせないように、買い手と売り手がM&A後の良好な関係を保つには、相手と対峙するのではなく、互いに好意を抱く買い手と売り手を目指すのが得策です。 とはいえ、ビジネスで組む相手探しですから、決して「いい顔」をする必要はありません。時に鋭い眼差しを向けつつ、しかし、相手に自分の素直な気持ちが伝わり、素顔がわかるように心がけることが、友好的なM&Aを演出します。そのためにも、中小企業のM&Aを順調に進める準備として、対象企業の見方・見られ方をよく研究することが欠かせません。 今回からは、買い手目線によるM&Aの対象となる売り手企業の見方を考えます。同時に、売り手企業からみれば、買い手企業からの見られ方を知る手がかりをつかむことができます。 第2回のテーマは「売り手の外見」、なかでも企業の顔といえる「企業ウェブサイト・SNS」の見方と見られ方です。 2 買い手が意識する売り手の外見 見た目、外見はもっともわかりやすい企業の特徴の1つです。売り手の第一印象そのものといっていいくらいに、この良し悪しが、その後のM&Aの流れに影響するほど重要な要素となります。 買い手が売り手の外見から相手をどのように考えるのか、売り手の見た目は買い手からどう映っているかは、たとえM&Aに関わらないにしても、すべての企業が共通して知りたいところです。 売り手の外見というと、例えば、本社の社屋や社内の様子、経営者や従業員といった人材などが思い浮かびますが、今回は「企業ウェブサイト・SNS」に着目しましょう。 3 企業ウェブサイト・SNSの見方~10の視点~ 大半のM&Aで、買い手が売り手に接する初期の手段として考えられるのが企業のウェブサイトです。最近はSNS発信を重視する企業も増えています。いわば「企業の顔」といえるウェブサイト・SNSですが、この初期の段階の見方・見られ方が大事なことは言うまでもありません。 以下では、買い手が売り手の企業ウェブサイトなどを通じて得る情報の主な見方・考え方として、10の視点を示しました。 〈企業ウェブサイト・SNSの状況とそれに対する10の視点〉 買い手が望ましい売り手を探すつもりで、あるいは、売り手が買い手から見られるつもりで、この機会に色々な企業のウェブサイト・SNSに触れることで、M&A対象企業の見方・見られ方を知る多くのヒントが得られます。特に、積極的な情報公開を行う企業の例を手本にとると、「M&A対象企業の外見に足りていないものはないか?」に気づく手掛かりが得られ、M&Aのステージが進む際に、売り手から追加で得たい情報を逃さないことにもつながります。 * * * 次回の第3回も“外見”について見ていきます。今回とは違う角度から売り手企業の見方を考えましょう。 (了)