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酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第88回】「附帯決議から読み解く租税法(その1)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第88回】 「附帯決議から読み解く租税法(その1)」   中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦   はじめに 附帯決議とは、国会において、委員会が法律案を可決する際に本案である法律案に附帯して行う決議で、当該法律の実施に際しての希望、留意事項等を法律案自体とは別個に決議するものである。 決議された内容に法的拘束力は無いが、政府を代表して所管大臣が「決議の趣旨を尊重する」旨を回答するため、一定の政治的効果はあると考えられている(石井和孝「附帯決議に関する国会議員への意識調査」千葉大学人文公共学研究論集38巻48頁(2019))。 本稿では、国会が行う附帯決議が租税法の解釈・適用に如何なる意義を有するかという点について考えることとしよう。   Ⅰ 租税法における附帯決議の例-総額主義か争点主義か- 不服申立ての段階における国税不服審判所では、総額主義が採用されるべきかあるいは争点主義が採用されるべきかという重要な論点がある。これは、いわゆる「理由の差替」を認めるか否かに影響する議論である。 総額主義は、我が国の租税訴訟が採用する原則的考え方であり、審査請求人の主張の範囲に制限されることなく、原処分を適法又は違法とするあらゆる理由が審理の対象となるべきとする考え方であり、結局においては、課税標準等又は税額等の金額の適否が重要な争点となる。 これによれば、理由の差替が認められることになろう。 これに対して、争点主義とは、審理を行うに当たっては、審査請求人及び原処分庁の双方の主張により明らかとなった処分理由に起因する争点に主眼を置いて効率的に行うべきとする考え方である。 すなわち、争点主義においては、原則として理由の差替は認められないことになる。 紛争の一回的解決を尊重するならば、総額主義が優れていると考えられるが、他方で、処分理由の附記が法律上要求されており、かかる処分あっての争いであることを念頭に置けば、処分理由から離れたところでの審理は納税者の救済に資するところが少ないとみることもできる。 けだし、処分理由の明示が要求されるのは、納税者の側での争訟準備のためでもあることに鑑みれば(酒井克彦『行政事件訴訟法と租税争訟』223頁(大蔵財務協会2010)参照。いわゆる「争点明確化機能」。)、争点主義と親和性を有するともいえそうである。 さて、いずれの考え方に従うべきであろうか。 最高裁昭和49年4月18日第一小法廷判決(訟月20巻11号175頁)は、次のように判示している。 これは総額主義を支持した判示である。 その他にも例えば東京高裁昭和48年3月14日判決(行集24巻3号115頁)も次のとおり示し、総額主義を採用している。 このように総額主義を採用する最高裁判決や下級審判断があることに加え、さらに、政府税制調査会は次のように示している(昭和43年7月付け「税制簡素化に関する第三次答申」)。 このように、最高裁も政府税制調査会も総額主義による旨を論じているところであるが、沿革からも検討を加えてみよう。 そこで、次に、沿革からの検討を行うために、昭和45年の国税通則法改正を巡る国会議論を参考としたい。 昭和45年3月17日の第63回国会参議院大蔵委員会における青木一男委員の追及を見てみよう。 これに対して、福田赳夫大蔵大臣(当時)は次の答弁をしている。 このような答弁からすると、国税不服審判所においては争点主義が採用されると考えるべきなのかもしれない。 もっとも、最高裁判決及び政府税制調査会の答申などもあるなかにおいて、この大蔵大臣答弁だけをそのように解する根拠とすることは、いささか心もとないようにも思われる。 むしろ、同審判所が採用すべきが総額主義か争点主義かを決定付けるのは、次に示すように、昭和45年3月24日に行われた参議院大蔵委員会における附帯決議であるといえよう。 なお、衆議院大蔵委員会においても、ほぼ同旨の附帯決議が行われている。 今日においては、国税不服審判所の運営は争点主義的運営が展開されている。 国税不服審判所ホームページに掲載されているパンフレット「審判所ってどんなところ? 国税不服審判所の扱う審査請求のあらまし」(令和元年8月)には、「国税不服審判所の特徴」に関し「争点主義的運営」として次のような記載がある。 また、次にみるとおり、パンフレット「審査請求よくある質問 -Q&A-(審査請求をより詳しく知りたい方へ)」(令和元年8月)においても争点主義を取り入れている点を明らかにしている。 これからも明らかなとおり、現在の国税不服審判所は争点主義を取り入れている。かように、国会における附帯決議が、法律や制度の解釈・適用の手助けとしての重要な意義を有する場合があるのである。 (続く)

#No. 369(掲載号)
#酒井 克彦
2020/05/14

谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」 【第35回】「租税法律主義と租税回避との相克と調和」-不当性要件と経済的合理性基準(1)-

谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第35回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(1)-   大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」という主題の下で、第20回から、租税法律主義を基軸にして租税回避に関する種々の論点を検討し、第27回からは租税回避の否認について検討してきたが、その検討の最後に、否認要件としての不当性要件について今回から検討することにする。 第24回では、租税回避の法的評価について、「適法」という法的評価と「不当」という法的評価とに分けて検討したが、それらの法的評価は、租税回避の定義における概念要素の一部を構成するものであり、その意味で理論上の法的評価ともいうべきものであった。ただ、租税立法者は租税回避の否認規定を定めるに当たって、そのような理論上の法的評価としての「不当」の内容(租税回避一般については、税収の確保及び租税負担公平の実現の要請違反、特に税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については当該課税減免規定の趣旨・目的違反)を要件化することがある。 そのような実定税法上の否認要件の代表例としては、第25回でみたようにわが国で長い歴史を有する同族会社の行為計算否認規定(法税132条1項等)の不当性要件があり、また、近時の傾向としては、第30回でみた組織再編成に係る行為計算の否認規定(同132条の2)の不当性要件などがある。 今回は、判例及び学説が同族会社の行為計算否認規定の不当性要件の解釈によって形成・展開してきた経済的合理性基準について、今後の検討の前提作業として、その形成・展開の過程を辿っておくことにする。   Ⅱ 判例における経済的合理性基準の形成 1 否認事例の類型化 同族会社の行為計算否認規定は大正12年の所得税法改正によって創設されたが(第25回Ⅱ参照)、その後、課税実務や行政裁判例の積み重ねにより、否認事例が類型化されていった。例えば、鈴木保雄=田口卯一=松井静郎『最新会社税務精説』(賢文館・1938年)382-395頁は「如何なる行為又は計算が否認されるか」との見出しの下、次のとおり述べていた(旧漢字は改めた)。 これらの否認事例の類型は、戦後、基本的には、旧法人税基本通達355(昭和25年9月25日付直法1-100)において11項目に整理され盛り込まれた(各項目に関する検討については、武田昌輔『会社税務精説』(森山書店・1962年)797-813頁参照)。この点に関して、清永敬次教授は、大正12年所得税法及び大正15年所得税法における同族会社の行為計算否認規定の検討を通じて、「否認事例に関してさらに興味ある点は、今日の通達に掲げられている否認類型にあてはまる事例がすべて大正15年法の下での否認事例として存在していたということである。」(同『租税回避の研究』(ミネルヴァ書房・1995年/復刻版2015年)344頁[初出・1962年])と述べておられる。 なお、この通達の定めについては次の指摘がされている(斉木秀憲「同族会社等の行為計算否認規定についての一考察-適用の在り方と金額の適正性-」税大ジャーナル25号(2015年)53頁、60頁)。 ところで、その後、昭和36年7月の税制調査会『国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)』は「第二 実質課税の原則等」の「三 行為計算の否認」の2(2)で次のとおり意見を述べた。 その結果、「従来同族会社の行為計算の否認規定で処理されてきた低価譲渡、無償譲渡、役員の過大報酬、過大現物出資、無償による役務提供などの場合が、今日の規定でいえば22条2項、5項、34条1項、35条4項、36条、37条5項などの諸規定によって処理できるようになってきて[いる]」(清永・前掲書417頁[初出・1985年])といわれるところであるが、ただ、不当性要件については、昭和36年7月の税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』は「第2章 実質課税の原則等」の「第2節 実質課税の原則に関する諸問題」の「2・3 特殊関係者等の行為計算の否認」の「3 検討と結論」の「(3) 『不当』について」の中で次のように述べていた(下線筆者)。 このように、結局のところ、不当性要件の意味内容の明確化については、裁判所の判断に委ねられたのである。なお、同様のことは、ドイツの租税基本法42条の「濫用」概念の明確化についても認められるところである(拙著『租税回避論』(清文社・2014年)264頁[初出・2008年]参照)。また、これらにおいて示された判断は、租税回避に対する立法的対応と司法的対応との関係を検討する上でも、重要である(同267頁注73[初出・2008年]参照)。 2 否認基準の明確化 否認基準(法人税法の昭和25年改正前は「所得税逋脱ノ目的」・「法人税を免れる目的」要件、同改正後は不当性要件)の明確化について、清永敬次教授は、戦前の行政裁判の検討(同・前掲書第3編第1章[初出・1962年])及び戦後の判例の検討(同「税法における同族会社の行為計算の否認に関する戦後の判例」法学論叢74巻2号(1963年)1頁、9頁以下)の結果、「戦前の行政裁判所時代の判例で積極的にこのような点[=否認基準]について判断をしているものは全くなかったといっていいであろう。これに反して、戦後の判例にはこの問題に正面からとり組んだものがでてきたのである。」(同・前掲論文28頁)と述べ、戦後の判例の態度を分類されているが、そのいわば「総括」として次のとおり述べておられる(同「判批」租税判例百選(別冊ジュリストNo.17・1968年)42頁。下線筆者)。 このような2つの「流れ」がある状況の下で、最判昭和53年4月21日訟月24巻8号1694号は、次のとおり判示して(下掲①)、原審・札幌高判昭和51年1月13日訟月22巻3号736頁の判断(下掲②)を是認した(下線筆者)。 この最高裁判決は、清永教授のいわれる「合理性の基準」(本稿では「経済的合理性基準」という)を採用したものと解される(清永・前掲書404頁注(98)[初出・1982年]参照)。 これと同じく、最判昭和59年10月25日裁判集民143号75頁も、次のとおり判示して(下掲①)、原審・福岡高裁宮崎支判昭和55年9月29日行集31巻9号1982頁の判断(下掲②)を是認した(下線筆者)。 以上の2つの最高裁判決は、基本的には原審判決を是認するにとどまるものであるが、同族会社の行為計算否認規定の適用が争われたその後の判例でしばしば参照されている(例えば、次回検討するIBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁もその1つである)ことから、経済的合理性基準を不当性要件の意味内容をなす否認基準として確立したものとみてよいように思われる。   Ⅲ 学説における経済的合理性基準の展開 1 金子宏『租税法』初版から第16版まで 判例における経済的合理性基準の形成を受けて、学説においても経済的合理性基準が展開されてきたが、その主導的役割を果たしてこられたのは金子宏教授である。以下では、金子教授の体系書『租税法』(弘文堂)における叙述に即して、経済的合理性基準の展開をみておくことにする。 金子教授は、同族会社の行為計算否認規定の不当性要件について述べるに当たって、冒頭で、『租税法』の初版(1976年)から一貫して、先に引用した清永教授による判例の「総括」と同じく、次のとおり、「二つの異なる傾向」を指摘してこられた。 上記の叙述は初版238頁からの引用であるが、それは、第2版(1988年)273頁で第1文の前半部分が「これらの規定にいう、税負担の不当な減少を結果すると認められる同族会社の行為・計算とは何かについて」と表現を改め、また、第2文については、「不合理・不自然な行為」が「不合理・不自然な行為・計算」と表現を改め、2つ目の括弧(第12版(2007年)以降は脚注)内に引用判例を追加したほかは、最新版である第23版(2019年)まで一貫して維持されてきた。 金子教授は、上記の叙述に続けて、初版238頁では、2つ目の「傾向」にみられる考え方(本稿でいう「経済的合理性基準」)について次のとおり述べておられた(下線筆者)。 初版の上記引用の叙述については、下線部の後の部分が第2版273-274頁で次のとおり改められた(下線筆者。なお、下線部の前の「容易になしうる行為」が「容易になしうる行為・計算」に表現を改められた)。 この改訂(特に第1文の改訂)は、文章表現にとどまらず、叙述内容にも及ぶものであると考えられるが、改訂の契機となったのは、金子教授が1980年から1981年にかけて公表された「アメリカ合衆国の所得課税における独立当事者間取引(arm's length transaction)の法理-内国歳入法典482条について」(同『所得課税の法と政策 所得課税の基礎理論 下巻』(有斐閣・1996年)254頁以下所収))と、「このような準備作業を基礎として」(同316頁)1983年に公表された「無償取引と法人税-法人税法22条2項を中心として-」(同318頁以下所収)という2つの論文であると推察される。前者では次のとおり(同256頁。下掲①。下線筆者)、後者では次のとおり(同351-353頁。下掲②)述べられているところである。 このように、第2版での改訂は、132条と22条2項(及びこれに相当する内国歳入法典482条)との間に射程の食違いないしズレがあるとの理解を前提にして、初版の「ある行為または計算が経済的合理性を欠いている場合、すなわち独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間の行為または計算(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者取引)と呼ばれるもの)と異なる場合」(下線筆者)を、「ある行為または計算が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行なわれる取引(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者間取引)と呼ばれるもの)とは異なっている場合をも含む」(下線筆者)に変更したものと解される。 なお、経済的合理性基準の中に、法人税法22条2項(及びこれに相当する内国歳入法典482条)の考え方を持ち込む解釈論は、清永教授が先の引用の中で「合理性の基準による判例の立場は非同族会社についても行為計算の否認を認める立場と容易に結びつくものであろう。」と述べておられるように、経済的合理性基準を採用する判例において、受け入れられやすいものであろう。このことは、例えばいわゆるパチンコ平和事件・東京地判平成9年4月25日訟月44巻11号1952頁の次の判示(下掲①。下線筆者)について明らかに認められる。もっとも、この判決では上記の解釈論のみが不当性要件の解釈適用において前面に出されているように思われるが、課税庁側は次のとおり金子教授の見解をそのまま主張していたこと(下掲②)が注目される(ちなみに、金子教授が『租税法』の中で表はともかく「図」を初めて用いられたのは第10版(2005年)394頁でパチンコ平和事件の事実関係についてであった)。 2 金子宏『租税法』第17版から第22版まで 第2版での前記改訂は第16版(2011年)まで維持されたが(第12版(2007年)からは縦組みが横組みに変更された)、第17版(2012年)431頁では、第2版での前記改訂中の下線部(「そして」)の後の部分が次のとおり改められた。 つまり、「行為・計算が経済的合理性を欠いている場合」とは、第2版以降、「それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行なわれる取引(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者間取引)と呼ばれるもの)とは異なっている場合をも含む」(下線筆者)とされてきたのに対して、第17版では、「それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のことであ[る]」とされ、「独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者間取引)と呼ばれるもの)とは異なっている取引の中には、それにあたると解すべき場合が少なくない」とされたのである(以下「第17版改訂前半」という。なお、「・・・・・・)取引の中には」は第18版(2013年)で「・・・・・・)取引には」に改められた)。 また、第2版以降、「したがって、否認の要件としては、経済的合理性を欠いた行為または計算の結果として税負担が減少すれば十分であって、租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在することは必要ではないと解される。」とされてきた部分が、第17版では、「この規定の解釈・適用上問題となる主要な論点は、当該の具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か、その行為・計算を行ったことにつき正当な理由ないし事業目的があったか否か、および租税回避の意図があったとみとめられるか否か、である。」と改められたのである(以下「第17版改訂後半」という)。 第17版での改訂の理由ないし背景事情については、第2版での改訂の場合と異なり、金子教授の論文等から推察することはできないように思われるが、ただ、少なくとも結果論的には、当時争われていたいわゆるIBM事件(訴訟事件としては東京地裁平成23年(行ウ)第407号・平成24年(行ウ)第92号・平成25年(行ウ)第85号)における国側の主張との関係において、改訂内容を理解することができるように思われる(もっとも、IBM事件が取り上げられ概説されたのは、東京地判平成26年5月9日訟月61巻11号2041頁が示された翌年に発行された第20版(2015年)476頁においてであった)。 まず、第17版改訂前半は、東京地裁段階での国側の次の主張(訟月61巻11号2127頁。下線筆者)を受けてなされた改訂であるように思われる。 上記の主張が第2版以降の叙述をベースにしていることは明らかであろうが、ただ、その主張で述べられている2つの「場合」について、第2版以降は「・・・・・・場合のみでなく、・・・・・・場合をも含む」とされている点で、その意味がこれとは異なるように思われる。すなわち、国側の主張からすれば、2つの「場合」について、後者の「場合」を「独立の要件として整理する」(訟月61巻11号2195頁)、「2つの『場合』のいずれかに該当すれば、行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合として同項の『不当』性を認定できる」(同号2196-2197頁)というような、国側の主張に対する納税者側の理解が成り立つことになるが、しかしながら、そうすると、国側の主張は、第2版以降の叙述には、文理上適合しないものといわざるを得ないであろう。 つまり、国側は、前記のパチンコ平和事件においては、第2版以降の叙述に文理上も忠実な主張をしていたのに対して、IBM事件においては、それとは文理上異なる主張をしたことになる。このような意味での「誤解」がIBM事件における国側の主張以外に当時どの範囲でみられたのかは定かではないが、ともかくそのような「誤解」を招くことがないようにするために、金子教授は、第17版で2つの「場合」の意味を明確にしようとされたのではないかと推察される。 次に、第17版改訂後半は、要件事実論を踏まえた上での改訂であるかどうかはともかく、また、「先後関係」はともかく、東京地裁段階での国側の主張に対応するものであることは確かであろう。IBM事件・前掲東京地判は、国側の主張を次のとおり整理している(訟月61巻11号2043-2044頁)。 以上のように、第17版での改訂の意味を理解する上で、IBM事件における国・納税者双方の主張や裁判所の判断が重要な意味をもつように思われる。その後、第21版(2016年)478頁では、第17版での改訂が次のとおり(下掲①)改められたが、特に第17版改訂後半の改訂はIBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁の次の判示(下掲②)を受けてなされたものと思われる。 その後、第22版(2017年)498-499頁では、第2版以降用いられてきた「正当な理由ないし事業目的」という表現が、第21版での前記改訂において2箇所とも「正当で合理的な理由ないし事業目的」に改められ、末尾の括弧書が次のとおり改訂された。 3 金子宏『租税法』第23版(最新版) 以上において、金子宏教授の体系書『租税法』の改訂の過程を辿りながら、金子教授による経済的合理性基準の展開をみてきたが、最後に、最新版である第23版(2019年)532-533頁の叙述を以下に引用しておこう。   Ⅳ おわりに 以上において、同族会社の行為計算否認規定の否認要件について、戦前は、否認事例の類型化を通じてその解釈適用がされてきたが、戦後は、不当性要件に係る経済的合理性基準が判例によって形成されてきたことを確認した。そして、学説における経済的合理性基準の展開を金子宏教授の見解に即してみてきた。 次回からは、以上の前提作業を踏まえ、経済的合理性基準について検討することにするが、まず、次回はIBM事件における裁判所の判断を検討することにしよう。 (了)

#No. 369(掲載号)
#谷口 勢津夫
2020/05/14

金融・投資商品の税務Q&A 【Q55】「海外に所在する中古不動産に投資した場合の損益通算制限」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q55】 「海外に所在する中古不動産に投資した場合の損益通算制限」   PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○● 1 建物を賃貸した場合の所得計算(令和2年まで) 建物の賃貸に係る不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされています。この必要経費には減価償却費が含まれ、原則として、法定耐用年数に応じて定額法で償却費の計算をすることとされています。 ただし、建物を含む中古の資産については、法定耐用年数ではなく、使用可能期間として見積もられる年数か、その見積りが困難である場合には、下記の簡便的な方法(簡便法)により算定した年数(1年未満の端数があるときはその端数を切り捨て、2年に満たない場合には2年とすることとされています)を用いることが認められています。 ① 法定耐用年数の全部を経過した資産 ② 法定耐用年数の一部を経過した資産 また、不動産所得の金額の計算上、損失の額が生じた場合には、他の所得と損益通算されます。不動産所得の金額の計算方法等は、不動産の所在地により異なるものではありませんので、海外に所在する不動産であっても同様に所得計算を行うことになります。   2 令和3年以後に適用となる海外中古建物に係る損益通算制限 海外に所在する不動産は、日本のものと比較して使用期間が長いことが知られています。このため、海外の中古不動産に対して、比較的短い年数となる簡便法を適用して償却計算することが実態とかけ離れ、不動産所得の金額が低く計算されることで、他の所得との損益通算を介して、結果として所得税額が少なく計算されることが問題視されていました。 これに対応するため、令和2年度税制改正で、下記の措置が講じられました。この改正は、令和3年以後に生ずる不動産所得から適用されます。 (1) 国外不動産所得の損失の金額をなかったものとみなす 不動産所得の金額の計算上、国外不動産所得の損失の金額があるときは、当該国外不動産所得の損失の金額に相当する金額は、生じなかったものとみなされます。つまり、他の所得との損益通算ができないことになります。 ここで、「国外不動産所得の損失の金額」とは、国外中古建物の貸付けによる損失の金額のうち、当該国外中古建物の償却費の額に相当する部分の金額とされています。また「国外中古建物」とは、不動産所得を生ずべき業務の用に供した国外にある中古の建物で、簡便法により算定した年数を用いて償却計算するものに限られます。 したがって、海外に所在する中古建物を取得し、当該中古建物を賃貸の用に供して収入を得る場合に、償却計算に簡便法を用いると、この措置の対象となり、損失額のうち償却費の額に相当する部分の金額は、他の所得との損益通算が認められなくなります。 (2) 上記(1)の適用を受けた国外中古建物を譲渡した場合は償却累積額を調整する 業務(貸付)の用に供していた資産の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上控除する当該資産の取得費は、業務の用に供していた期間の償却費の累積額を控除しますが、上記(1)の適用により損益通算が認められなかった国外中古建物については、生じなかったものとみなされた国外不動産所得の損失の金額に相当する金額を、その償却累積額から控除することとされています。 つまり、国外中古建物を賃貸の用に供していた期間に、生じなかったものとみなされた償却費相当額は、当該国外中古建物を譲渡する場合にも償却をしていなかったものとして譲渡所得の金額を計算するということです。 したがって、国外中古建物に投資する場合、賃貸開始から譲渡までの投資期間全体としては、その取得価額全額が(不動産所得計算上の)必要経費又は(譲渡所得計算上の)取得費として所得金額の計算上控除されることになるものの、他の所得と損益通算することで賃貸期間中の所得税額が少なく計算される、ということはなくなりました。   3 本件へのあてはめ 令和2年及び令和3年における不動産所得の金額の計算は、それぞれ下記のとおりです。 (1) 令和2年における計算 ① 総収入金額 ② 必要経費(償却費) (※) 簡便法による償却年数 (22年-20年)+ 20年 × 20% = 6年(定額法償却率:0.167) ③ 所得金額 ※他の所得との損益通算可能 (2) 令和3年における計算 ① 総収入金額 ② 必要経費(償却費) ③ 所得金額 ※他の所得との損益通算不可   4 外国税額控除の適用 本件の海外不動産の賃貸に関して、不動産の所在地国において所得税に相当する税が課される場合、日本での確定申告に際して、外国税額控除を適用できる可能性があります。外国税額控除を受けるためには、確定申告書に一定の書類を添付する必要があります(具体的な計算は【Q24】参照)。   (了)

#No. 369(掲載号)
#西川 真由美
2020/05/14

事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第17回】「有価証券評価損の税務上の取扱いと事業承継」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第17回】 「有価証券評価損の税務上の取扱いと事業承継」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕   相談内容 私Gは60歳の会社経営者です。食品加工業Y社を経営し、100%の株式を保有しています。Y社は取引強化のために取引先の上場会社株式を複数社保有していますが、新型コロナウイルスによる経済の混乱により、株価が大幅に下落しました。 また、当社には飲食業を行う子会社Z(Y社が90%株式を保有)がありますが、年明け以降の外国人観光客の減少、さらには外出自粛の影響を受け、大幅な赤字となり、債務超過となってしまいました。Y社の決算期は5月、Z社は3月決算であり、Y社の2020年5月期の決算において、以下の通り、特別損失として有価証券評価損を計上しようと考えています。 ところで、会計において有価証券評価損を計上した時、法人税において損金算入することはできるのでしょうか。法人税法では、評価損は損金として認められないと聞いたことがあります。また、子会社株式も法人税法上の損金とすることは可能でしょうか。 今後も大変厳しい経済状況が続くと想定していますので、法に則った範囲で税金を抑えられればと考えています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ 法人税法は資産の評価損の計上を原則として認めていませんが、例外として資産に著しい損傷や政令で定める事実が生じた場合に、その損金経理した金額を損金算入することを認めています(法法33②)。 有価証券の評価損は法令68①二に定められていますが、「有価証券の価額が著しく低下したこと」と抽象的な表現となっているため、具体的な判定基準は法基通9-1-7、9-1-9等に定められています。 [1] 上場有価証券の評価損 上場有価証券の「著しい価額の低下」とは、以下2点に該当するものをいいます(法基通9-1-7)。 平成21年より以前は、上記②の「近い将来その価額の回復が見込まれないこと」をどのように判断するかについて実務上の判断指針がなく、有価証券の評価損を損金とすることに躊躇する実務家も多くいました。しかし、平成21年に国税庁が「上場有価証券の評価損に関するQ&A」を公表したことにより、その判断基準が明確になりました。 そのQ&Aには、「法人の側から過去の市場価格の推移や市場環境の動向、発行法人の業況等を総合的に勘案した合理的な判断基準が示される限りにおいては、税務上はその判断基準を尊重する」とあります([Q1]の[解説](3))。 したがって、今回の事例ではA社とC社が上記①に該当しますので、各社毎にその回復可能性を法人が判断して、損金算入するかどうかを判定します。 法人自らが判断することが困難な場合は、証券アナリストによる個別銘柄別・業種別分析等や株式発行法人に関する企業情報など、第三者による根拠の提示も合理的な判断とされています。   [2] 上場有価証券等以外の有価証券評価損 非上場有価証券の評価損を計上できる事実としては、その会社の1株当たりの純資産価額が当該有価証券を取得した時の1株当たりの純資産価額に比しておおむね50%以上下回ることとなったことが挙げられています(法令68①二ロ、法基通9-1-9(2))。 そして、その判定については、上場有価証券の著しい価額の低下の判定を示した法基通9-1-7を準用することになっています(法基通9-1-11)。 今回の事例において、Z社は債務超過になっていることから、1株当たりの純資産額が取得価額の50%以上を下回っています。次に、当該非上場有価証券の回復可能性の判定ですが、「近い将来その価額の回復する見込みがないこと」を合理的に説明できるようにしておく必要があります。 現状は戦後以来、最悪といわれる経済的な混乱の中にあり、私見ではありますが、例えば、以下のような点を説明すれば、「近い将来その価額の回復する見込みがない」に該当すると考えます。   [3] 結論 ご質問のY社の法人税の申告において、評価損を損金にすることができる可能性があるのは、A社、C社、Z社となります。損金処理する場合は、将来の税務調査に備えて「近い将来その価額の回復する見込みがない」と判断した証拠を残しておきましょう。 コロナウイルスによる世界中の経済が混乱する中、経営者は会社、取引先、従業員を守るため、資金繰り等様々な対策を打っていることと推察します。その対策の1つとして、法人税においても損金算入できるものがあるかどうか積極的に検討すべきです。 そして、この混乱が落ち着いたときに、一度会社の株価の試算を顧問税理士に依頼してください。今後、類似業種比準価額の3種類の比較要素や不動産の価格調整により、以前よりは会社の株価が下がる可能性があるため、後継者への株式移転の好機となり得ます。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。   (了)

#No. 369(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2020/05/14

さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第59回】「オデコ大陸棚事件」~東京高判昭和59年3月14日(行政事件裁判例集35巻3号231頁)~

さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第59回】 「オデコ大陸棚事件」 ~東京高判昭和59年3月14日(行政事件裁判例集35巻3号231頁)~   弁護士 菊田 雅裕   (了)

#No. 369(掲載号)
#菊田 雅裕
2020/05/14

〈会計基準等を読むための〉コトバの探求 【第2回】「減損って、どの減損ですか?」

〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第2回】 「減損って、どの減損ですか?」   公認会計士 阿部 光成   ◆はじめに 公認会計士業務を行っていると、「減損について教えていただけますでしょうか」と質問されることが多い。 その際、筆者は、「どの減損についてのご質問でしょうか」と聞き返すのであるが、質問相手がきょとんとされることがある。 なぜなら、「減損」の用語は次の会計基準等において使用されており、どの「減損」の質問かによって回答が変わってくるからである。 本連載「〈会計基準等を読むための〉コトバの探求」は、会計にまつわる「用語(ことば)」に重点を置き、会計基準等をよりよく理解するために解説するものである。 今回は「減損」の用語を取り上げた。   ◆固定資産の減損 「減損」と聞いて、多くの方がイメージするのは、おそらく、「固定資産の減損」であろう。 「固定資産の減損」とは、資産の収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった状態であり、減損処理とは、そのような場合に、一定の条件の下で回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する会計処理である(「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」(企業会計審議会)三、3)。 「固定資産の減損」は、減損の兆候、減損損失の認識の判定及び減損損失の測定という一連のプロセスであり、次の特徴をあげることができる(「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」三、1)。   ◆有価証券の減損 「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)は、「有価証券の減損処理」として、「時価のある有価証券の減損処理」と「市場価格のない株式等の減損処理」を規定している。 「時価のある有価証券の減損処理」とは、有価証券の時価が著しく下落したときに、回復する見込みがあると認められる場合を除いて、当該時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額を当期の損失として処理する方法である(「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)20項、金融商品実務指針91項)。 また、「市場価格のない株式等の減損処理」とは、当該株式の発行会社の財政状態の悪化により実質価額が著しく低下したときに、相当の減額を行い、評価差額は当期の損失として処理する方法である(「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)21項、金融商品実務指針92項)。 このように、有価証券の減損処理は、評価差額を当期の損失として処理する方法であり、かつて、「強制評価減」と称されていた方法である(金融商品実務指針283-2項)。 金融商品実務指針における「減損」は、強制評価と区別するために、評価差額が純損益に計上される売買目的有価証券以外の有価証券に係る時価又は実質価額の著しい下落に伴って、当該時価又は実質価額を翌期首の取得原価とするために、取得原価を強制的に切下処理し、当該切下額を当期の損失として認識すべき場合を指す用語として用いている(金融商品実務指針283-2項)。   ◆原価計算における減損 原価計算における「減損」とは、製品の加工中に、原材料が蒸発、粉散、ガス化、煙火などによって消失するか、あるいは製品化しない無価値の原材料部分の発生のことである(「原価計算基準」27、岡本清『原価計算(六訂版)』(国元書房、2000年4月)288ページ)。 原料の減損の処理は、仕損に準ずるとされている(「原価計算基準」27)。   ◆減損に関する質問のために 上記のように、会計基準等では、「減損」の用語(ことば)の意味が異なるので、ご質問する場合には、なのか、なのか、それともなのかについて、言葉を省略せずに、お伝えいただくのがよいと思う。 (了)

#No. 369(掲載号)
#阿部 光成
2020/05/14

税効果会計を学ぶ 【第4回】「連結財務諸表固有の一時差異」

税効果会計を学ぶ 【第4回】 「連結財務諸表固有の一時差異」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 「一時差異」は、連結貸借対照表及び個別貸借対照表に計上されている資産及び負債の金額と課税所得計算上の資産及び負債の金額との差額をいい、個別財務諸表において生じる一時差異を「財務諸表上の一時差異」という(税効果適用指針4項(3)、(4))。 【第3回】では、この「財務諸表上の一時差異」について解説したが、今回は、「連結財務諸表固有の一時差異」について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 連結財務諸表固有の一時差異 「連結財務諸表固有の一時差異」とは、連結決算手続の結果として生じる一時差異のことをいい、課税所得計算には関係しないものである(税効果適用指針4項(5))。 「連結財務諸表固有の一時差異」は、「連結財務諸表固有の将来減算一時差異」又は「連結財務諸表固有の将来加算一時差異」に分類される。それぞれの定義は次のとおりである(税効果適用指針4項(5))。 税効果会計は、企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額の相違に着目して会計処理する手続であるが(税効果適用指針6項)、「連結財務諸表固有の一時差異」を理解するうえでは、連結財務諸表と個別財務諸表との関係に注意する必要がある。   Ⅲ 連結財務諸表固有の一時差異の例示 連結財務諸表固有の一時差異の例示は次のとおりである。なお、非支配株主持分は、連結財務諸表固有の一時差異に該当しない(税効果適用指針86項、87項)。 (了)

#No. 369(掲載号)
#阿部 光成
2020/05/14

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第2回】「ハラスメント事件の発覚から終結に至るまでの鳥瞰図」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第2回】 「ハラスメント事件の発覚から終結に至るまでの鳥瞰図」   弁護士 柳田 忍   本稿においては、ハラスメント事件の発覚から初期対応、事実調査、事後対応及び紛争といった一連の経緯を鳥瞰する。各段階における具体的な留意点については次稿以降で述べるものとする。   1 ハラスメント事件の発覚 ハラスメント事件は、ハラスメントの被害者自身又はハラスメントの目撃者等の第三者による会社に対する申告等の働きかけにより発覚に至る。 被害者経由でハラスメントが発覚する場合、被害者から上司への申告や、法務部、人事部、相談窓口などへのコンタクトなどのルートがある。また、被害者が外部弁護士を選任して外部弁護士を通じて会社にコンタクトしたり、被害者が労働組合に加入して当該労働組合が会社に対して団体交渉を申し入れたりすることもあるし、被害者が労働局の紛争解決制度や、労働審判・仮処分・本案訴訟等の裁判所における手続を利用する場合もある。 もっとも、まずは上司や法務部、人事部、相談窓口にコンタクトがあることが通常であり、会社がいきなり外部弁護士、労働組合、労働局や裁判所等から連絡を受けるといったことは多くはない。   2 ハラスメント事件に対する初期対応 ハラスメント事件の可能性を把握した場合、会社は原則として事実調査を行うことになるが、事実調査の実施前や実施中の段階において、取り急ぎ被害の拡大を防ぐために申告者と行為者の職場を引き離すことや、被害者や行為者を休業させるなどの措置をとることがある。   3 ハラスメント事件の事実調査 事実調査においては、会社は、被害者及び行為者を含む関係者に対して事情聴取を行い、被害者と行為者の職場における関係や、ハラスメント行為が行われた日時、場所、ハラスメント行為の具体的な内容等を確認することになる。 また、被害者の主張を裏付けるものとして、被害者と行為者や関係者とのメールやラインでのやりとりやSNSの投稿、被害者の日記やメモの有無などを確認すべきである。特に最近は、被害者がハラスメントの様子を録音していることが多いため、それらの録音記録を確認することも重要なポイントである。 事情聴取においては、聴取対象者の氏名や聴取内容の秘匿性の確保が重要であり、これを怠ると聴取対象者からの提訴を含む新たな問題を招きかねない。   4 ハラスメント事件に関する事後的対応 調査の結果、行為者によるハラスメントの事実が確認できた場合には、行為者の懲戒処分等を実施することになる。また、被害者に対しては、調査結果やその根拠について、速やかにフィードバックを行うべきである。 さらに、ハラスメント事件の再発を防ぎ、また、仮にハラスメント事件が再発した際の会社の免責や責任の軽減を図るためには、再発防止策の策定や改訂も重要なポイントとなる。例えば、全社員や全管理職を対象にハラスメント防止をテーマとした研修等を行っている会社は多いが、特に行為者に対してピンポイントで研修を実施することも有益である。   5 ハラスメント事件に関する裁判外・裁判所における紛争解決手続 (1) 被害者からの請求 特に、調査結果や行為者に対する処分等が被害者の望む形ではない場合や、調査の方法や過程が被害者から見て不誠実に見える場合など、被害者が会社の対応に不満を持つ場合、被害者が会社や行為者に対して損害賠償を求めて以下の手段を講じることがある(上記のとおり、被害者が申告等を経ずにいきなり以下の手段をとることもあるが、そのような場合は多くはない)。 なお、会社の従業員たる行為者の違法なハラスメント行為が認められる場合、ほぼ自動的に会社に対する損害賠償請求も認められるので、被害者は会社と行為者の両方を相手方として手続をとることが多い。 都道府県労働局の紛争調整委員会によるあっせんには参加に強制力がなく、労働者・使用者間の合意が成立しなければ紛争が解決しない。また、労働審判は当事者からの異議の申し立てがなされれば効力を失うものであり、いずれも最終的な解決に至らない可能性を有する手段である。しかし、前者は無料で利用することができる点、後者は審理期間が短い点について利用者にメリットがあり、これらの手段を経たうえで本案訴訟が提起されることが少なくない。 また、これらの手続を経る前や、これらの手続の最中において、裁判上ないし裁判外で和解が試みられることも多い。 なお、労働審判手続は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争)を対象とするため、会社の従業員たる行為者のハラスメント行為を理由とする損害賠償請求について、被害者から会社に対して労働審判の申し立てがなされることはあるが、行為者個人を相手方として労働審判が申し立てられることはない。 (2) 行為者からの請求 会社が行為者を懲戒解雇した場合には、行為者が会社に対して、地位確認(懲戒解雇は無効であるから行為者は雇用契約上の地位を有することの確認)や賃金支払い(懲戒解雇時以降の賃金支払い)を求めて以下の手段を講じる可能性がある。 これらの請求が認められると、行為者は職場に復帰し、会社は職場復帰以降の賃金のみならず解雇から職場復帰までの賃金を支払わなければならないことになる。また、会社が行為者に対して懲戒解雇以外の懲戒処分(譴責、戒告、減給、出勤停止等)を科した場合には、行為者が会社に対して、処分の無効確認や賃金支払いを求めて以下の手段を講じる可能性がある。 仮処分とは、本案訴訟の判決が下されるまでの間に、暫定的に一定の地位や権利を認める裁判所の措置である。地位や権利を確定させるためには本案判決を得る必要があるが、後述のとおり、本案訴訟の終結までに数年を要することも珍しくない。そこで、本案判決を得るまでの間の生活の確保のために、本案訴訟に先行して、または本案訴訟と並行して、賃金仮払いの仮処分が申し立てられることがある。   6 各段階において要する期間 まず、ハラスメント事件が発覚してから行為者の懲戒処分・申告者へのフィードバック等の事後対応までに要する期間としては、事案にもよるが、1ヶ月から2ヶ月程度を目安とすべきである。 裁判所における紛争処理手続に要する期間としては、労働審判については1ヶ月から2ヶ月程度、仮処分については3ヶ月程度を見込んでおくべきである。また、本案訴訟(通常訴訟)については、制度上、第一審、控訴審(第二審)、上告審(第三審)の3つの階層の裁判所において合計3回までの審理を受けられることになっているが、第一審における審理には1年から3年を要する場合もあり、控訴審や上告審の審理を経る場合には、確定判決を得るまでにさらに数年を要することもある。 (了)

#No. 369(掲載号)
#柳田 忍
2020/05/14

〔一問一答〕税理士業務に必要な契約の知識 【第5回】「新型コロナウイルスの影響と契約関係」

〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第5回】 「新型コロナウイルスの影響と契約関係」   虎ノ門第一法律事務所 弁護士 鏡味 靖弘   〔質 問〕 ①取引先に納入すべき製品の仕入れが新型コロナウイルスの影響により大幅に遅れ、既に納入期限を過ぎている上に今なお納入時期の具体的見通しも立ちません。取引先から契約の解除や損害賠償請求を受けた場合、これに応じなければならないでしょうか。 ②新型コロナウイルスの影響により、当社の売上げも大きく減少し、このままでは次の買掛金の支払いができません。このような状況下でも責任を負うのでしょうか。 ③発熱の症状が出ている従業員がいます。職務の継続自体は可能と思われますが、当社の判断で休業を命じようと考えています。このような場合に当社は休業手当の支払義務を負うのでしょうか。また、従業員が自主的に休業した場合はどうでしょうか。 〔回 答〕 ※以下では、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)に基づく改正後の民法(令和2年4月1日施行)を「改正民法」といい、当該改正前の民法を「改正前民法」といいます。 ①取引先との契約締結が改正民法の施行前(令和2年3月31日まで)である場合には、今回の納入期限徒過が不可抗力によるもの、あるいはこれについて貴社に帰責事由がないといえるときは、取引先は契約を解除できず、また、取引先に対する損害賠償義務もありません。ただし、契約締結が令和2年4月1日以降(改正民法施行後)である場合には、仮に不可抗力ないし帰責性なしと認められる場合であっても、契約解除には応じざるを得ません。 ②金銭債務については不可抗力免責がなく、期限どおりに買掛金の支払いができない場合は当該支払義務について債務不履行となり、約定金額に加えて遅延損害金を支払う義務を負います。 ③会社の判断で従業員を休業させる場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法26条)として、休業手当の支払義務を負うこととなります。他方、従業員が自主的に休業する場合には、通常の病欠と同様に扱えば足り(就業規則等に別段の定めがあればそれに従う)、休業手当を支払う必要はありません。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 債務不履行責任とその免責 (1) はじめに 債務不履行とは、債務者の責めに帰すべき事由により、債務の本旨に従った弁済(給付の実現)がなされないことをいい、その効果としては、損害賠償請求権及び契約解除権の発生が挙げられる。 ところで、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うWHOのパンデミック宣言や日本政府による緊急事態宣言の発令により人や物の移動等が制限されている今日の状況下においても、上記はそのまま当てはまるのであろうか。損害賠償請求権及び契約解除権の発生それぞれについて検討する。 (2) 契約上の不可抗力免責条項に基づく損害賠償義務の免責 我が国で締結される契約においては、「不可抗力によって債務不履行が生じた場合には損害賠償責任を負わない」とする不可抗力免責条項が置かれていることが一般的である。 そのため、まずは契約内容を確認し、不可抗力免責条項が置かれているか否か、同条項があるとして今般の新型コロナウイルスの影響が当該条項にいう不可抗力に当たるか否かを検討することになるだろう。 なお、「不可抗力」とは、外部からくる事実であって、取引上要求できる注意や予防方法を講じても防止できないもの(単に過失がないだけでなく、より一層外部的な事情)をいい、大地震・大水害等の災害や戦争・動乱などがその代表例とされる。 契約書において規定される不可抗力免責条項においても、これらが例示されていることが多いが、上記のような「不可抗力」の解釈に照らすと、今般の新型コロナウイルスの影響(及びそれを原因とする納入期限の徒過)は、不可抗力に該当するといえる場合が多いのではなかろうか。 ただし、「新型コロナウイルスの影響」によることを理由として一律に抽象的に不可抗力に当たると判断すべきではなく、あくまで個別具体的な契約関係の諸事情に応じて判断されるべきものであり、場合によっては結論が異なり得ることに注意が必要である。 (3) 帰責事由がないこと(無過失)による損害賠償義務の免責 他方、契約上の不可抗力免責条項がない場合には、当該不履行(本件でいえば納期限までに納入できないこと)について帰責事由があるといえるかどうかの検討が必要になる。 債務不履行にいう「債務者の責めに帰すべき事由」は、「債務者の故意・過失、又は信義則上これと同視される事由」をいい、これに該当するかどうかは、不可抗力の解釈と同様に、個々の取引関係についての諸事情を考慮することに加え、取引に関して形成された社会通念をも勘案して判断するものとされている。 なお、改正民法415条1項ただし書は、「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」帰責事由の有無を判断する旨明記した。 結論としては、今般の新型コロナウイルスの影響により納入期限を徒過してしまうというケースの多くについて、「債務者の帰責性なし」と判断される可能性が高いと思われる。 もっとも、不可抗力について述べたのと同様、あくまで個々の契約をとりまく諸事情を個別具体的に考慮して判断されるべき事柄であるから、例えば既に大きく感染が拡大した状況下で契約が締結され、そもそも感染拡大による納期限徒過の可能性が予見できる状況にあった等の事情の下においては、債務者に帰責事由があると判断され得るであろう。 (4) 契約解除の可否について 改正前民法においては、債務不履行に基づく契約解除についても、債務者の帰責事由が要求されていたが(改正前民法541条等)、改正民法においては、債務者の帰責事由が解除の要件から除外された(改正民法541条等)。 したがって、改正民法施行後(令和2年4月1日以降)に締結された契約については、仮に不可抗力ないし帰責事由がないことによって損害賠償義務については免責されたとしても、債権者から解除がなされればこれを受け入れざるを得ない。 (5) 金銭債務についての免責の可否 金銭債務の不履行については、そもそも不可抗力が免責事由とならない(改正前民法419条3項。改正民法も同一条項)。 よって、金銭債務については、新型コロナウイルスの影響によって資金繰り等にいかなる影響が生じようとも、不可抗力による免責を主張できない。どうにかして資金調達をし、期限どおりに支払わない限り、債務不履行責任(約定金額+遅延損害金の支払義務)を負うこととなる。 (6) とるべき対応について 不履行となるべき債務の内容がどのようなものであれ、その背景にこのような危機的状況がある以上は、双方の損害をできる限り最小限とすべく両当事者が協議して解決を図るべきであろう(期限の延長等)。   2 新型コロナウイルスの影響に伴い従業員を休業させる場合の留意点 (1) 労働基準法26条に基づく休業手当の支払義務 労働基準法26条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」には、使用者は休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないと定めている。 他方、不可抗力による休業の場合には、そもそも「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当たらず、会社が休業手当の支払義務を負うことはない。 ここにいう「不可抗力」とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること、の2つの要件を満たすものでなければならない。 (2) 具体的場合における支払義務の有無 職務の継続が可能である従業員について使用者の自主的な判断で休業させる場合は、基本的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当し、会社は休業手当の支払義務を負う。 他方、従業員が自主的に休業する場合には、通常の病欠と同様に扱えば足り(就業規則等に別段の定めがあればそれに従う)、休業手当を支払う必要はない。 なお、いずれの場合であっても、会社が従業員に配慮して、法的義務の範囲を超えて休業手当や賃金等を支払うことが可能であることは当然である。 (了)

#No. 369(掲載号)
#鏡味 靖弘
2020/05/14
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