事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第10回】 「不動産管理会社の利用」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 私Aは、昨年、父からいくつかの賃貸物件を相続しました。建物の築年数は古いですが、収益性に問題はありません。なお、土地は先祖代々受け継いできたものです。父は個人事業主として「建物及び土地」の賃貸事業をしていました。 私は現在50歳で、子Bが1人います。私自身は今後の生活に困らないだけの財産があるので、これ以上私の相続財産を増やす必要はないと考えていたところ、知人より、不動産管理会社(以下「X社」とする)を利用することで相続財産の増加を防ぐことができるのではないかという話を聞きました。 不動産管理会社の活用ができるのか、また、活用できるとしたらどのようにするのが良いか悩んでいます。 なお、子Bはまだ大学生のため、私が元気なうちは私が賃貸事業を行い、将来はBに賃貸事業を承継させようと考えています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 不動産管理会社設立の主なメリット・デメリット 不動産管理会社の設立には、以下のようなメリット・デメリットがあります。 [2] 不動産管理会社の運営方法 不動産管理会社の運営方法として、以下のように「①管理方式」「②転貸(サブリース)方式」「③所有方式」があります。 [3] 運営方法別の主なメリット・デメリット 上記3つの運営方法ごとの主なメリット・デメリットをまとめると、以下のようになります。 (※1) 所得分散効果について Aに入るべき所得をX社へ帰属させることにより、Aの金融資産の増加を抑えることが可能です。X社に帰属した所得は給与(勤務実態等の業務への関与状況を備えていることが前提)という形で家族へ分配もできます。 [4] 所有方式を適用する場合に対象とすべき不動産 Aが相続した先祖代々受け継いできた土地は取得費が低いことが想定され、土地を時価でX社に売却する際には含み益が実現し、譲渡所得税の負担が重くなるものと思われます。 一方、建物のみ時価でX社に売却する場合、Aが相続した建物の築年数は古いため、売却しても譲渡所得税は少額もしくは生じないと考えられます。 したがって、所有方式を採用する場合に対象とすべき不動産は、築年数が古く収益性の高い建物が適していると考えます(※2)。 (※2) 建物のみX社で所有する場合の注意点 借地権の問題が生じ、権利金を収受するか相当の地代を収受しないと、権利金の認定課税が行われます。ただし、特殊関係者間では、将来借地権を無償で返還する賃貸借契約を締結し「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出することによって、借地権の認定課税を回避することができます。 [5] 結論 本件の場合、将来、子Bに事業を引き継がせたいのであれば、所有方式を検討すると良いと考えます。不動産管理会社を設立して株主はBとし、これにより所有方式のメリットである所得分散効果の最大化を図ります。また、建物のみX社に譲渡することで、デメリットである移転コストを最小限に抑えます。 当初はAがX社の代表取締役として会社経営を行い、その後適当なタイミングでBが代表取締役となり、経営権をBに移します。 Bを株主とした場合、賃貸不動産の所得によるX社の株式価値増加はBに帰属し、Aには帰属しません。 なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第33回】 「共有で相続した家屋とその敷地を譲渡する場合」 -共有に係る個々の特別控除額- (令和5年(2023年)12月31日以前の譲渡) 税理士 大久保 昭佳 Q X(兄)とY(弟)は、昨年4月に死亡した母親の家屋(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地を、各持分1/2共有で相続し、その家屋を取り壊して更地にし、本年10月に合計9,000万円で譲渡しました。 相続開始直前まではその家屋に母親が一人で暮らし、取壊し時まで空き家で、その敷地も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 この場合、XとYは、それぞれ3,000万円の特別控除額を限度として、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用を受けることができるでしょうか。 A それぞれの譲渡者に係る特別控除です。したがって、それぞれが3,000万円を限度とし、それぞれの譲渡所得の全部について、「相続空き家の特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● X及びYが相続した土地家屋が共有であるとしても、それぞれの譲渡者について、それぞれ独立して適用要件を満たすかどうかにより判定すればよいこととされています。したがって、それぞれが本特例に係る適用要件を満たす場合には、それぞれの個人に3,000万円特別控除の適用があります。 ただし、「相続空き家の特例」は、被相続人居住用家屋又は被相続人居住用家屋の敷地等の譲渡の対価が1億円以下であることが、その適用要件の1つとされています(措法35③)。したがって、共有者全体の譲渡対価の合計額が1億円を超える場合などには、各共有者ともどもこの特例を適用することができませんので注意が必要です(措法35⑤⑥)(〔譲渡価額要件の判定〕【第19回】~【第24回】を参照)。 なお、令和5年度税制改正において、令和6年(2024年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの間の譲渡については、当該特例の適用を受ける相続人の数が3人以上である場合における特別控除額はそれぞれ2,000万円とされました(【第47回】を参照)。 (了)
租税争訟レポート 【第45回】 「相続税申告における現金の申告漏れに係る重加算税賦課決定処分等取消し請求(第一審:東京地方裁判所平成30年4月24日判決、控訴審:東京高等裁判所平成30年11月15日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第一審〉 〈控訴審〉 【事案の概要】 原告は、自身の叔母である被相続人の死亡により開始した相続に係る相続税の期限内申告書を平成25年8月14日に提出した。その後、原告と他の相続人は、平成26年12月22日、杉並税務署長に対し、相続開始時における被相続人の財産に約2,160万円を加算すること等を内容とする修正申告をした。 この修正申告に対し、原告は、杉並税務署長から、原告が被相続人名義の各口座から引き出し、その一部を被相続人の入院費等に充てた残額である約2,160万円のうち、申告に計上された70万円を超える部分である約2,090万円が申告漏れとなったことについて、相続税の過少申告加算税及び重加算税の賦課決定処分を受けた。 本件は、原告が、被告を相手に、賦課決定処分(過少申告加算税15万8,000円及び重加算税89万6,000円の合計105万4,000円)のうち、納付すべき税額が49万6,000円(現金の申告漏れにつき重加算税の賦課要件を満たしていないとした場合に、通則法65条1項及び2項に基づき課されることとなる過少申告加算税額に相当する額)を超える部分の取消しを求める事案である。 【第一審判決の概要】 1 争点に対する主張 (1) 被告の主張 被告は、原告は、以下のとおり、当初から相続財産である現金を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上で、その意図に基づく過少申告をしたと認められるから、現金の申告漏れについては、国税通則法第68条第1項所定の重加算税の賦課要件を満たすものであることから、賦課決定処分は適法であると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、以下のような理由から、現金の申告漏れが通則法68条1項所定の重加算税の賦課要件を満たすとはいえず、本件賦課決定処分は違法であると主張した。 2 第一審:東京地方裁判所の判断 (1) 重加算税の賦課要件 東京地方裁判所は、通則法68条1項所定の重加算税について、①過少申告加算税の賦課要件が満たされる場合に、②納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、③その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときに課されるものであると判示したうえで、最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決を参照して、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から相続財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の賦課要件が満たされるものと解すべきであるとした。 (2) 原告の認識と行動について そのうえで、裁判所は、認定した事実から、原告は、申告した相続財産である現金の額は70万円にとどまるのに対し、原告が実際に被相続人の各口座から引き出し、相続開始日において保管していた現金の額は2,000万円を超えていたものであり、原告はこれを被相続人の自宅及び原告の当時の自宅において複数の封筒に入れた状態で保管していたのであるから、自らが多額の現金を保管しており、これが相続税の対象となる相続財産であって、申告しなければならないものであるとの認識を有していたと考えるのが自然であると判断した。 さらに、原告は、杉並税務署の財務事務官による質問応答において、現金が相続財産であることを認識しつつも税理士にその存在を伝えず、申告から除外したことを自認していることから、原告は、現金が被相続人の相続財産であることを認識しつつ、申告に係る現金から除外する意図を有していたと認めるのが相当であるとした。 また、原告は、相続開始日当時において保管していた多額の現金が相続税の申告対象であることを認識していたにもかかわらず、被相続人のために支払った費用の金額が各口座等から引き出した金額を上回っているため現金の存在を認識することが困難な内容の書面を作成して税理士に交付し、実際に保管されている現金の額と著しく異なる金額が相続財産である現金の額として申告書に記載されていることを認識しつつ、あえてこの相違につき本件税理士に指摘しなかったと認めた。 (3) 結論 裁判所は、上記(2)に記した原告の認識と一連の行動は、自らが保管している多額の現金が相続税の対象となる相続財産であって、申告しなければならないものであるとの認識を有していたにもかかわらず、多額の現金を保管している事実を税理士から知られないように意図して行われたものと評価することができ、相続財産を過少に申告するという上記の意図を外部からもうかがい得る特段の行動に当たると認めるのが相当であるとして、通則法68条1項所定の重加算税の賦課要件を満たすという判断を下した。 結論として裁判所は、原告の請求は理由がないから、これを棄却するという判決を出した。 3 控訴審:東京高等裁判所の判断 控訴審である東京高等裁判所は、原判決を維持して、処分行政庁による賦課決定処分は適法であると判断して、 控訴は理由がないから棄却するという判決を出した。 【解説】 本件は、被相続人の預金口座から引き出した2,000万円を超える現金を相続財産から除外して申告を行った相続人が、修正申告で申告漏れとなっていた現金を加算した場合に、重加算税の賦課決定要件である「隠ぺい又は仮装」について、裁判所がどのように判断するのかが争点となった事案である。 申告から除外した金額が多額であるため、重加算税賦課決定処分は当然であるとの考えもあろうが、上記の判断で見てきたように、裁判所は、申告漏れの金額が多額であるから重加算税の賦課決定処分を適法であると結論づけたわけではない。あくまでも、「当初から相続財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした」かどうかを事実認定によって判断したものである。 1 本件で原告ら相続人が修正申告をするに至った理由 判決文からは、原告を含む相続人が現金の申告漏れについて、修正申告をするに至った理由はよくわからない。また、期限内申告書の作成を行った税理士が、修正申告に関与しているかどうかもまた、わからない。むしろ、関与したとの記述がないことから、関与していないと見る方が自然であろう。以下では、修正申告に至った経緯を判決から追ってみたい。 判決によれば、被相続人は、平成20年9月1日付けで自筆証書遺言を作成し、その中で、遺産である「自宅」の土地及び建物については原告に相続させ、「有価証券と預貯金」については相続人らにそれぞれ4分の1ずつ相続させる旨の記載があった。原告は、この被相続人名義の土地及び建物の所有権の帰属等をめぐって他の相続人と対立するようになり、そして、原告は、他の相続人を相手に、平成25年11月10日、遺言書に係る遺言が有効であることの確認等を求める民事訴訟を提起した。 訴状には、原告が被相続人から現金70万円を預かり保管していた旨を記載していたが、その後、相手方から原告による金銭管理につき多額の使途不明金が生じている旨の主張がされたのを受けて、平成27年1月9日に提出した準備書面において初めて、原告が本件被相続人名義の口座から引き出した現金のうち約1,500万円を保管している旨を主張するに至ったということである。 修正申告が行われたのが、平成26年12月22日であり、修正申告後に提出した準備書面において、多額の現金の存在を認めていることから、民事訴訟の過程で、多額の現金の存在を認めざるを得なくなり、それに平仄を合わせる形で修正申告を行ったものではないかと考えるのが妥当であろうか。 2 質問応答記録書 判決には、3つの質問応答記録書に関する記述がある。 1つ目は、修正申告を提出する前の平成26年12月2日に、杉並税務署の財務事務官による作成された質問応答記録書であり、2つ目は、原告による異議申立ての調査のために、杉並税務署の財務事務官により、平成27年2月26日及び同年3月5日、税理士に対する質問調査が行われた際に作成されたものであり、最後は、平成29年4月28日及び同年5月24日に行われた東京国税局課税第一部国税訟務官室の財務事務官による質問応答である。 平成26年12月2日付の質問応答記録書には、原告が、本税理士の同席の下、①被相続人名義の各口座から引き出した現金の額は2,892万5,000円である、②原告が被相続人のために支払った入院費等は、領収書等から計算すると731万4,454円となるので、相続開始日において原告が預かっていた金額は2,161万546円となる、③この現金は被相続人の相続財産であり、申告をしなければならないことは知っていたが、申告をする時点で金額の計算ができていなかったので税理士や他の相続人には話していない、時間がなく、伝票の整理や税の計算ができないので申告から除いてしまったなどと述べた旨が記載されている。 ところが原告は、上記の質問応答記録書の確認欄の印影は原告の印章によるものではなく、内容についても質問応答を担当した財務事務官により原告の回答が作出された部分があるから信用性も欠ける旨を主張した。ただし、この主張は裁判所により一蹴される。 他の2件の質問応答記録書については、申告書を作成した税理士に対するものであり、原告はその内容を一部否定しているが、こちらも原告の主張は、裁判所により斥けられている。 判決からは、本件でも、税務調査に際して作成された質問記録応答書が、裁判所の判断において重視されていることが理解できる。 3 相続税の申告代理を受任した税理士の責任 本件で相続税の申告代理を受任した税理士は、原告から被相続人の通帳を確認させてもらえないまま、原告が作成した収入と支出の一覧表などから、相続財産である現金残高を70万円とする申告書を作成して、提出したものである。 また、控訴審判決では、原告が、「税理士は現預金が約2,400万円から2,500万円あったことになるとの認識を示し」ていたにもかかわらず、「控訴人に対し相続財産である現金を数えるように指示しなかった」などの陳述や、税理士から申告書を示され現金の額を70万円とした旨の説明を受けた際には異議を述べたなどと主張したという陳述がされていたことが記載されており、原告自らの隠ぺい行為の責任を税理士に転嫁しているかのようである。 受任した税理士と相続人である原告の間に、相続税の申告書提出までに、どのような信頼関係が構築されていたかは知る由もないが、税理士としては、申告内容の説明に際して、被相続人の過去の預金通帳が確認できない状態で申告書を作成したこと、各相続財産の説明について、依頼者から特段の異議や疑問が提示されなかったことなどを確認する書面を取っておく必要があった事案ではないかと考える次第である。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q48】 「譲渡制限付株式を制限解除後に譲渡した場合の税務手続」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 特定譲渡制限付株式の取得価額 税法上、譲渡制限付株式とは、譲渡(担保権の設定その他の処分を含む)についての制限がされており、かつ、当該譲渡についての制限に係る期間(譲渡制限期間)が設けられ、さらに、発行法人がその株式を無償で取得することとなる事由(無償取得事由)が定められている株式をいいます。 また、この無償取得事由は、その株式の交付を受けた個人が譲渡制限期間内の所定の期間勤務を継続しないこと若しくは当該個人の勤務実績が良好でないことその他の当該個人の勤務の状況に基づく事由又は発行法人の業績その他の指標の状況に基づく事由に限られています。 そして、勤務先でのインセンティブプランに基づく譲渡制限付株式は、勤務先法人への役務の提供の対価として個人に生ずる債権の給付と引換えに交付されるため、特定譲渡制限付株式に該当するものと考えられます。 一般に、株式の取得価額は、その払込みや購入に際して支出する金銭の額であるとされていますが、特定譲渡制限付株式は、その交付を受ける際に個人が金銭を支出することがないため、何をもって取得価額とするか疑問が生じます。この点、法律上の取扱いとして、インセンティブプランに基づく譲渡制限付株式は、個人が勤務先法人から役務提供の対価として報酬金銭債権の給付を受け、当該報酬金銭債権を当該勤務先法人に現物出資することの見返りとして交付を受けるものであると整理されています。 したがって、当該報酬金銭債権の額をもって取得価額とするのではないかとも考えられますが、譲渡制限付株式に係る報酬は、譲渡制限が解除されるまで個人に担税力がないことに配慮する必要があることから、譲渡制限解除日に同日における株式の価額(時価)に対して給与課税することに呼応して、それと同額を当該株式の取得価額とすることとされています。 2 一般口座と特定口座 インセンティブプランとして交付される譲渡制限付株式が上場株式である場合、証券会社で保管する口座は、一般口座の他、特定口座を利用することも可能です。 一般口座で保管する場合には、上場株式の譲渡益は申告分離課税の対象となり、確定申告する必要があります。譲渡損失が生じる場合には、上場株式等に係る配当所得等との損益通算や譲渡損失の繰越控除の適用も可能です。 一方、特定口座で保管し、源泉徴収を選択する場合には、原則として、確定申告は不要となりますが、源泉徴収を選択しない場合や、選択していても特定口座内で譲渡損失が生じ、その口座外の上場株式等に係る譲渡所得等の金額や配当等の金額と損益通算する場合には、確定申告する必要があります。 3 本件へのあてはめ まずは、株式の譲渡制限が解除された後に、当該株式を保管する証券会社の口座が、一般口座なのか特定口座なのかを確認する必要があります。特定口座で源泉徴収を選択する場合は、原則として確定申告を要しませんが、それ以外は確定申告する必要があります。 確定申告をする際の譲渡所得の計算にあたっては、譲渡制限が解除された日の時価の情報が必要です。これは、譲渡制限付株式に係る給与所得の収入金額と同額であるため、勤務先から通知される金額を参照することになります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第52回】 「差押処分と共有者の原告適格事件」 ~最判平成25年7月12日(集民244号43頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第153回】 金融商品会計⑲ 「電子記録債権に係る会計処理及び表示についての実務上の取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) (1) 債権者 ① 商品1,000を売り上げた。 ② 発生記録により、電子記録債権1,000が発生した。 ③-1 譲渡記録により、電子記録債権600を現金550と引換えに譲渡した。 ③-2 譲渡記録により、電子記録債権を買掛金200と引換えに譲渡した。 ③-3 電子記録債権が決済された。 (2) 債務者 ① 商品1,000を仕入れた。 ② 発生記録により、電子記録債権に係る債務1,000が発生 ③-1 債権者が譲渡記録により、電子記録債権600を現金550と引換えに譲渡した。 ⇒ 仕訳なし ③-2 債権者が、譲渡記録により、電子記録債権を買掛金200と引換えに譲渡した。 ⇒ 仕訳なし ③-3 電子記録債務を決済した。 〈会計処理〉(単位:千円) (1) 債権者 ① 金銭消費貸借により1,000を貸付 ② 発生記録により、電子記録債権1,000が発生 ⇒ 仕訳なし ③-1 譲渡記録により、電子記録債権500を現金450と引換えに譲渡した。 ③-2 (電子記録)債権が決済された。 (2) 債務者 ① 金銭消費貸借により1,000を借入 ② 発生記録により、電子記録債権に係る債務1,000が発生 ⇒ 仕訳なし ③-1 債権者が、譲渡記録により、電子記録債権500を現金450と引換えに譲渡した。 ⇒ 仕訳なし ③-2 (電子記録)債務を決済した。 〈会計処理〉(単位:千円) (1) 債権者 ① 固定資産を1,000で売却した。 ② 発生記録により、電子記録債権1,000が発生 ③ 電子記録債権1,000が決済された。 (2) 債務者 ① 固定資産を1,000で購入した。 ② 発生記録により、電子記録債権に係る債務1,000が発生した。 ③ 電子記録債務1,000を決済した。 〈会計処理の解説〉 1 電子記録債権とは 電子記録債権は、手形や売掛債権のデメリットを解消し、中小企業をはじめとする事業者の資金調達を円滑にするために登場した新たな決済手段です。そのため、電子記録債権は、流動性を高めつつ、その取引の安全を確保するため、手形債権と同様に、原因関係(注1)とは独立して発生する金銭債権とされました。 (注1) 「原因関係」とは、売買契約など手形等を授受する原因となる実質的な法律関係をいいます。 このため、電子記録債権の発生や譲渡については、手形の作成、交付、裏書と同様に、電子債権記録機関(注2)の記録原簿に電子記録するという当事者間の合意以外の行為が必要とされています。 (注2) 「電子債権記録機関」とは、記録原簿を備え、利用者の請求にもとづき電子記録や債権内容の開示を行うこと等を主業務とする、電子記録債権の登記所のような存在です。 また、電子記録債権については手形債権と同様に、原則として善意取得や人的抗弁の切断(注3)の効力を認めています。 (注3) 「人的抗弁の切断」とは、債務者は、原則として、電子記録債権を譲り受けた者に対し、権利発生の原因となった事情等を理由に支払を拒むことはできないということです。 (※) 電子記録債権を利用するためには、取引を行う双方の企業が金融機関と電子記録債権の利用契約を締結する必要があります。 ◆手形・売掛債権と比較した電子記録債権の特徴 2 会計処理 上記のように、電子記録債権は、紙媒体ではなく電子記録により発生し譲渡され、分割が容易に行えるなど、手形債権と異なる側面があるものの、手形債権の代替として機能することが想定されており、会計処理上は、今後も並存する手形債権に準じて取り扱うことが適当であると考えられています。 (1) 売掛金(営業取引)に関連して電子記録債権を発生させ譲渡した場合の会計処理 電子記録債権は、例えば、売掛金や買掛金に係る取引のような手形債権が指名債権(注4)とは別に区分掲記される取引に関しては、電子記録債権についても指名債権とは別に区分掲記することとし、貸借対照表上「電子記録債権(又は電子記録債務)」等、電子記録債権を示す科目をもって表示することとされています(上記〔前提条件①〕(1)②・③-1・③-2・③-3、(2)②・③-3の仕訳参照)。なお、重要性が乏しいときには、「受取手形」(又は「支払手形」)に含めて表示することができます。 (注4) 「指名債権」とは、債権者が特定しており、債権の発生や行使に書面を必要としないものをいいます。 このため、発生記録(注5)により売掛金に関連して電子記録債権を発生させた場合には、電子記録債権を示す科目に振り替え、また、譲渡記録(注6)により当該電子記録債権を譲渡する際に、保証記録(注7)も行っている場合には、受取手形の割引高又は裏書譲渡高と同様に、財務諸表に注記を行うこととされています。 (注5) 電子記録債権では、電子記録債権を振り出すことを「発生」といいます。「発生」を記録原簿に記録することを「発生記録」といいます。 (注6) 手形の裏書譲渡と同様に電子記録債権を第三者に譲渡することを「譲渡」といいます。「譲渡」を記録原簿に記録することを「譲渡記録」といいます。 (注7) 「保証記録」とは、電子記録債権の譲渡に伴い、原則として記録されるものです。「保証記録」に記載されている電子記録保証人(電子記録債権を譲渡した者)は、電子記録保証債務を負担し、手形の裏書人と類似の責任を負うことになります。 (2) 貸付金に関連して電子記録債権を発生させた場合の会計処理 貸付金や借入金等については、現行の企業会計上、証書貸付や手形貸付等に区分掲記せずに「貸付金」「借入金」等として表示していることから、それらに関連して電子記録債権が発生しても手形債権に準じて取り扱うため、科目は振り替えないこととされています(上記〔前提条件②〕(1)②、(2)②の仕訳参照)。 また、手形債権が指名債権とは別に区分掲記される取引であっても、重要性が乏しい場合には、電子記録債権を区分掲記ではなく手形債権に含めて表示することができます。 (3) 営業取引以外の取引に基づいて電子記録債権を発生させた場合の会計処理 有価証券や固定資産の売買などの通常の営業取引以外の取引によって発生した手形債権・債務は「営業外受取手形」「営業外支払手形」等として表示します。電子記録債権・債務の会計処理は手形債権に準じて取り扱うため、これら営業外取引に関連して発生した電子記録債権・債務については手形債権・債務と同様「営業外電子記録債権」「営業外電子記録債務」等として表示します(上記〔前提条件③〕(1)②・③、(2)②・③の仕訳参照)。 なお、重要性が乏しいときには、「営業外受取手形」「営業外支払手形」や「その他の資産」「その他の負債」に含めて表示することができます。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第27回】 「①親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理と ②親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、共通支配下の取引等の会計処理のうち、次の2つを解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理(会社分割の対価が子会社株式と現金等の財産の場合) 1 個別財務諸表上の会計処理 親会社が子会社に事業を移転し、受取対価に子会社株式のほか、現金等の財産(結合分離適用指針95項)が含まれている場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針230項、231項)。 ◎親会社(吸収分割会社) 【移転事業に係る株主資本相当額がプラスの場合】 受け取った現金等の財産の適正な帳簿価額が移転事業に係る株主資本相当額より小さい場合には、当該差額を子会社株式の取得原価とする。 受け取った現金等の財産の適正な帳簿価額が移転事業に係る株主資本相当額より大きい場合には、当該差額を移転利益に計上する。 (※) 移転事業に係る株主資本相当額については、結合分離適用指針87項(1)①を参照。 【移転事業に係る株主資本相当額がマイナスの場合】 現金等の財産の適正な帳簿価額と等しい金額については移転利益に計上し、マイナスとなる移転事業に係る株主資本相当額については、まず、事業分離前から保有している子会社株式の適正な帳簿価額を充て、これを超えることとなったマイナスの金額を「組織再編により生じた株式の特別勘定」等、適切な科目をもって負債に計上する。 ◎子会社(吸収分割承継会社)(親会社が子会社に事業を移転し、子会社が、支払対価として、自社の株式のほかに現金等の財産を交付) 【資産及び負債の会計処理】 子会社が親会社から受け入れる資産及び負債は、企業結合会計基準41項により、移転直前に付された適正な帳簿価額により計上する。 【増加すべき株主資本の会計処理】 移転事業に係る評価・換算差額等(結合分離適用指針87項(1)②)は、親会社の移転直前の適正な帳簿価額を引き継いだうえで、次のように会計処理する。 《移転事業に係る株主資本相当額が交付した現金等の財産の適正な帳簿価額より大きい場合》 当該差額を払込資本の増加として処理する。 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する。 《移転事業に係る株主資本相当額が交付した現金等の財産の適正な帳簿価額より小さい場合》 払込資本をゼロとし、当該差額をのれんに計上する。 移転事業に係る株主資本相当額がマイナスとなる場合には、払込資本をゼロとし、当該マイナス金額をその他利益剰余金のマイナスとして処理する。 交付した現金等の財産の適正な帳簿価額と等しい金額をのれんに計上する。 のれんは、結合分離適用指針72項及び76項から78項並びに資本連結実務指針40項に準じて会計処理する(結合分離適用指針448項)。 【企業結合(会社分割)に要した支出額の会計処理】 企業結合(会社分割)に要した支出額は、発生時の事業年度の費用として会計処理する。 2 連結財務諸表上の会計処理 個別財務諸表上認識された移転利益は、連結会計基準における未実現損益の消去に準じて処理する。 子会社に係る分離元企業の持分の増加額と、移転した事業に係る分離元企業の持分の減少額との間に生じる差額は、結合分離適用指針229項に準じ、資本剰余金に計上する(結合分離適用指針232項)。 Ⅲ 親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理 1 個別財務諸表上の会計処理 親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針233項、224項、446項)。 ◎親会社(吸収分割会社) 事業分離等会計基準63項により、分割型の会社分割は、会社分割と、これにより受け取った吸収分割承継会社の株式の分配という2つの取引と考えられている。このため、次のように会計処理する。 【会社分割の会計処理】 吸収分割会社である親会社は、最初に結合分離適用指針226項に準じた会計処理を行う。 【現物配当の会計処理(株主に比例的に割当を行う場合)】 上記の処理の次に親会社は、受け取った子会社株式(吸収分割承継会社の株式)の取得原価により株主資本を変動させる。 変動させる株主資本の内訳は、取締役会等の会社の意思決定機関において定められた額とする(「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第2号)10項、結合分離適用指針446項)。 ◎子会社(吸収分割承継会社) 【資産及び負債の会計処理】 子会社が親会社から受け入れる資産及び負債は、企業結合会計基準41項により、分割期日の前日に付された適正な帳簿価額により計上する。 【増加すべき株主資本の会計処理】 子会社における増加すべき株主資本は、親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理(会社分割の対価が子会社株式のみの場合)における子会社の会計処理に準じて会計処理する(結合分離適用指針227 項、228項、445項)。 ただし、受け入れた資産及び負債の対価として子会社の株式のみを交付している場合には、親会社で計上されていた株主資本の内訳を適切に配分した額をもって計上することができる(結合分離適用指針446項。この場合、株主資本の内訳の配分額は、親会社が減少させた株主資本の内訳の額と一致させる(結合分離適用指針409項))。 【企業結合(会社分割)に要した支出額の会計処理】 企業結合(会社分割)に要した支出額は、発生時の事業年度の費用として会計処理する。 2 連結財務諸表上の会計処理 子会社が親会社から受け入れた事業の対価として親会社の株主に子会社株式を交付したことにより減少する親会社持分の金額は、連結財務諸表上の帳簿価額により非支配株主持分に振り替える(結合分離適用指針235項)。 (了)
税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第11回】 「法曹マインドを踏まえた税務争訟における留意点」 弁護士 下尾 裕 今回は、税務調査終了後に更正処分を受けた場合において、税務争訟を検討し、実際に手続を進める上での留意点等について整理してみたい。 1 税務調査終了段階での留意点 前回でも触れたとおり、税務訴訟において当事者双方の主張の根拠となる資料等の収集は、税務調査の段階で、その大半が完結することになる。 この点を踏まえると、税務調査終了段階で税務争訟に移行するかどうかの検討を行うにあたって、まず行うべきは、納税者側及び課税庁側の言い分を対比し、手持ちの資料を突き合わせるなどして、「その時点における争点」を明確化するとともに、その優劣を冷静に比較することである。 こうした作業を行うことで、納税者においても、税務争訟に関するある程度の見通し、さらには今後準備等を行わなければならない資料等が見えてくるものと思われる。 なお、情報開示などから得られる課税庁の内部資料等を見る限り、課税庁においても、増差税額が大きい事案や重加算税の賦課事案等においては、争点整理表(事実関係時系列表及び調査経過記録書等)を作成するなどして、同様の作業を行っている模様である。 2 「再調査請求」又は「審査請求」の選択基準 本連載【第2回】で述べたとおり、納税者は、平成26年の国税通則法の改正により、不服申立ての手段として、当初から再調査請求(従前の異議申立て)又は審査請求を選択できるようになった。 当該改正以前は、納税者は、審査請求に先立って必ず異議申立てを行う必要があったことと比較すれば、事務処理の迅速が図られたことになる。 【税務争訟の流れ】 (※) 国税不服審判所「審判所ってどんなところ? 国税不服審判所の扱う審査請求のあらまし」(令和元年8月)P5の図より筆者一部変更 では、実際に税務争訟を始めるにあたり、どのような基準によって不服申立ての手段(再調査請求又は審査請求)を選択すればよいのであろうか。 この点に関し、再調査請求は、あくまで課税庁側に再検討を求める手続であることに鑑みれば、(特に税務調査段階で争点に関し十分な議論を尽くしている案件については)客観的に見て課税庁側が結論を覆す可能性は低い。その意味では、基本的な考え方としては、解決の迅速性の観点を踏まえ、当初から審査請求を選択するのが基本線となろう。 しかしながら、以下のようなケースについては、なお審査請求に先立って再調査請求を行う実益があるものと考えられる。 (1) 税務調査段階で課税庁と十分な議論ができていない場合 税務調査の段階において、調査官と上手に意思疎通できなかった又は調査着手から更正処分までの期間が短かったなどの理由により、課税庁と十分な議論ができていない場合、課税庁側が間違った認識の下に更正処分を行っている可能性がある。このような場合には、課税庁に対し再度の検討を求める再調査請求は、意味を有することになる。 なお、留意点として、課税庁と十分な議論ができていない場合の再調査請求が有用性を有するには、基本的に、当該議論の争点が事実認定に係る問題である場合に限られるということである。 もし争点が法令の解釈に関わる場合には、それが明らかな誤りであるといった例外的な場面を除き、課税当局がその見解を改める可能性は低く、再調査請求は意味をなさないケースがほとんどであると思われる。 (2) 更正処分通知書の記載のみでは当局の見解が明らかではない場合 もう1つ再調査請求が有用性を有するのは、更正処分段階では課税庁の拠って立つ事実認定又は法令解釈等が明確でない場合である。平成26年国税通則法改正以降においては、更正通知書の理由附記も詳細になされるケースが増加していると思われるが、それでも肝心の判断部分に関する十分な説明がなされていないなどのケースが存在する。 納税者としても、税務争訟、その中でも特に経済的・時間的負担の大きい税務訴訟を提起するかどうかを判断するにあたっては、重要な争点につき課税庁側と議論を尽くし、優劣の見極めを行っておきたいところである。 この観点から、上記のようなケースにおいて、再調査請求の理由として、重要部分に関する反論を行うことによって、課税庁側のスタンスを明確にすることが可能になる。 3 審査請求における留意点 ご存じのとおり、審査請求段階においては、国税不服審判所が第三者的視点から審理を行うものであり、税務調査以降の手続で初めて、納税者側にも課税庁側の手持ち資料(証拠)の閲覧等が認められることになる。 これを踏まえた、審査請求段階における留意点は以下のとおりである。 (1) 審査請求段階では課税庁側手持ち資料を閲覧し、改めて争点に関する優劣の検証を行うこと 現行の国税通則法においては、必ずしもすべての課税庁側手持ち資料(証拠)を閲覧できるわけではないものの、少なくとも課税の根拠となる主たる調査資料については閲覧謄写が可能である。 これを踏まえ、納税者サイドにおいても、この機会に課税庁側手持ち資料(証拠)を確認した上、当該審査請求で反論等を要する事項、さらには税務訴訟に移行する場合の見通し等を立てておくのが有用である。 (2) 税務訴訟を見据える場合は、この段階で納税者としての主張を完成させ、主張立証を尽くすこと 特に事実認定が争いとなっている場合には、納税者の主張の一貫性が税務訴訟における裁判所(裁判官)の心証に影響する可能性がある。その意味では、遅くとも審査請求段階では、納税者においても、手持ち資料(証拠)等の出し惜しみはせず、可能な限りの主張立証を尽くしておくべきである。 なお、現状の国税不服審判所においては、課税庁側には裁決に対する不服申立権が認められていないこともあり、(特に先例的な判断を含むものについては)法令解釈の誤りを理由として審判所が課税処分を取り消す例は多くないのが現状である。 したがって、仮に納税者側が法令解釈及び事実認定の両方を争点にして課税処分を争うケースでは、あえて事実認定の争点に重点を置いて戦うなどの戦略も有効である場合がある。また、法令解釈のみが争点である案件で、当初から税務訴訟を念頭に置いている場合には、審査請求から3ヶ月の経過を待って、裁決を経ずに税務訴訟を提起するという選択肢もあろう。 * * * 次回は、最終回として、税務訴訟における留意点等について整理したい。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第19回】 「営業秘密を取引先に開示する場合の情報漏えいの防止策」 弁護士 影島 広泰 -Question- 他社と取引を始めるに際し、当社の製造上・営業上のノウハウが記載された書類を開示することになりました。 取引先によるこれらの情報の漏えいや不正な利用を防ぐためには、会社として、どのような方策が考えられるでしょうか。 -Answer- 情報は、メールや媒体で渡してしまうのではなく、自社サーバに保存して、取引先にアクセスさせて情報を開示する方法などが考えられます。 前回は、他社に情報を開示する際に、秘密保持契約書(NDA・CA)を締結したり、送り状に秘密であることを記載したりする方法を紹介した。これにより、その情報にアクセスした者にとってその情報が秘密であることを十分に認識できる状態を確保し、万が一漏えいや不正な利用などが行われた場合に、その情報が「営業秘密」に当たるとして差止請求や損害賠償請求等を行うことが可能になるからである。 今回は、取引先において情報漏えいが発生することを防ぐための実務的な対策を解説する。 1 接近の制御 【第16回】で述べたとおり、経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」では、情報漏えいを防ぐための5つの対策が示されている。その1つ目が、取引先において、極力、秘密情報に接触する者を少なくし、権限のない者を秘密情報に近づきにくくする「接近の制御」であり、そのための対策として考えられるのは、次の2点である。 まず1点目が、取引先に開示する情報を厳選し、最小限にすることである。例えば、機械部品の製造業の会社が、契約交渉中の取引先に対し、完成品のサンプルは渡すとしても、工程サンプルは絶対に渡さない、といった対応である。 これは、契約の問題というよりは会社としてのポリシーの問題であり、取引先に対して不必要に「良い人」にならず、「自社の情報は第三者に開示しない」という毅然とした姿勢をとり続けるということを意味している。 2点目として、取引先での秘密情報の取扱者を限定することも重要である。秘密保持契約書(NDA・CA)の中などに、秘密情報の取扱者を指定しておくのが典型的な対応である。 この点に関する実務的なポイントとして、情報を開示する際に、メールに添付したりDVDなどの媒体に保存して交付してしまうのではなく、自社サーバを立てて、相手方にその自社サーバにアクセスさせて情報を開示するという方法がある。 そうしておけば、閲覧のみでダウンロードを禁止することもできるし、アクセス・ログを保存して相手方を牽制することもでき、万が一相手方に不審な動きがあっても、アクセス権を削除してしまえば情報漏えいをその時点で止めることができるからである。 交渉上も、「サーバは当社の費用で設置しますので、ご利用下さい。」などとして設置してしまえばよい。この方策は上記の秘密情報の保護ハンドブックに記載されているものであるが、実務的な対応として参考になるであろう。 2 持出しの困難化 上述したサーバからのダウンロードを禁止する設定としておくことは、「持出しの困難化」の手法ともなる。また、場合によっては、遠隔操作によるデータ消去機能を有するPCや電子データの利用などの対策を講じることも考えられる。 また、そこまでコストをかけた対策が難しい場合であっても、少なくとも、委託契約や秘密保持契約などの中に、契約終了時や相手方からの請求があった場合には、それを返還又は消去する義務を負わせる合意はしておいたほうがよい。 例えば、以下のような条項である。 3 視認性の確保 秘密情報を漏えいしたとしても、その漏えいが「見つかりやすい」環境であることを相手方に認識させる方策が「視認性の確保」である。 契約上、秘密情報の管理に関する報告の条項を定めておくことや、定期的又は不定期の監査を実施することができる条項を定めることができれば安心であるが、実務的には、このような条項を定めることは難しいケースも多い。 その場合の対策として、上述のとおり、自社サーバを使用させて、アクセス・ログを保全し確認することが考えられる。これにより、相手方が不正にダウンロード等していないかどうかを確認できるし、少なくとも相手方に対する抑止力になるからである。 4 秘密情報の認識向上(不正行為者の言い逃れの排除) 「秘密情報であることを知らなかった」等の言い逃れができないようにするためには、前回述べたように、秘密保持契約書(NDA・CA)を締結する、委託契約書の中に秘密保持条項を定める、送り状等に秘密として管理する意思があることを記載しておくなどの対応が考えられる。 5 信頼性の維持・向上等 取引先との信頼性を維持・向上するためには、秘密情報の保護ハンドブックによれば、適切な対価の支払い等が基本的な前提となるとされている。 契約上は、秘密保持義務違反における損害賠償責任を明記しておくなどして、情報漏えいを牽制することが考えられる。 6 情報管理態勢の甘さによる情報漏えいを防ぐ なお、上記で取り上げた対策は、(1)取引先が、開示を受けた情報を、自ら不正に使用したり、不正に第三者に開示するケースも想定している。 もう1つ気をつけなければならないケースとして、(2)取引先が情報を適切に管理しなかったために情報が第三者に漏えいしてしまうケースが考えられる。これを防止するためには、情報を開示する際の契約に、情報管理を適切に行う義務を課すことが重要である。 場合によっては、情報管理態勢についての監査を行うことができる条項を入れることもある。また、ISMSやプライバシーマークなどの認証の保有を確認することも1つの方法であろう。 (了)
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(平成31年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2019(令和元)年9月26日、「平成31年1月から3月までの裁決事例の追加等」を公表した。 今回追加された裁決は表のとおり、全11件で、国税通則法が3件、所得税法、法人税法及び国税徴収法が各2件、相続税法及び登録免許税法が各1件となっている。11件の公表裁決のうち、国税不服審判所によって課税処分等の全部又は一部が取り消された裁決が6件、棄却された裁決が5件となっている。 【表:公表裁決事例平成31年1月~3月分の一覧】 ※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された11件の裁決事例のうち、「隠ぺい、仮装」の認定が争点となった国税通則法の事案2件と不動産開発権の譲渡の時期が争われた法人税法の事案1件について、その判断のポイントを中心に紹介したい。いつものお断りであるが、論点を整理するため、複数の争点がある裁決については、その一部を割愛させていただいていることを、あらかじめお断りしておきたい。 1 材料仕入高を水増し計上した行為が事実の隠ぺい又は仮装に当たるとした事例・・・② 本件は、生コン製造販売業を営む審査請求人(以下「請求人」という)の法人税等について、原処分庁が、実際の取引がないにもかかわらず恣意的な金額を各事業年度の材料仕入れとしたことは、隠ぺい又は仮装の行為に該当するなどとして更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該会計処理は、過去の事業年度における仮装経理に基づく過大申告を是正する目的で行った修正の経理であり、隠ぺい又は仮装に該当する事実はないなどとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 争点は、以下の5点であるが、本稿では、争点④である「隠ぺい又は仮装」の事実があったかどうかに関する国税不服審判所の判断を検討する。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、請求人の代表者は、過去の仮装経理によりJ社に対する買掛金残高について、帳簿残高と実際残高に差額が生じており、この差額を調整するために数年に分けて材料仕入高を損金に計上することを経理担当者に了承していることから、各事業年度におけるJ社からの材料仕入高につき実際とは異なるものであることを認識しながら、水増しした材料仕入高を帳簿書類に計上していたものと認められること、すなわち、J社からの実際の材料仕入高ではなく、水増しした材料仕入高により帳簿書類が作成されていたことを認識していたと事実認定を行った。 そのうえで、審判所は、請求人代表者のこのような認識の下で、各事業年度において、J社からの材料仕入高につき、実際とは異なる水増しした材料仕入高を帳簿書類に計上したことは、行為の意味を理解しながら故意に事実をわい曲したものということができ、請求人において、J社からの材料仕入高につき、水増し後の材料仕入高であるかのように仮装したものというべきである。このことは、平成28年改正前国税通則法第68条第1項に規定する「隠ぺいし、又は仮装し」に該当する事実があったと判断して、請求人の審査請求を棄却した。 2 売上金額を脱漏する目的で決済方法を変更した事実は認められず、隠ぺい又は仮装はなかったとした事例・・・③ 本件は、紳士服、婦人服及び子供服の企画等を目的とする法人である審査請求人(以下「請求人」という)が、小切手で受領した売上代金を売上げに計上していなかったとして、法人税等の修正申告をしたところ、原処分庁が、当該売上げを計上していなかったことにつき、事実の隠ぺい又は仮装の行為があったとして重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、請求人には事実の隠ぺい又は仮装の行為はないとして、その全部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 請求人には国税通則法第68条第1項に規定する事実の隠ぺいがあったか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、請求人が売上代金の回収方法を通常の銀行振込から小切手での受領に変更したことについて、本件F社との取引は、請求日付から小切手受領まで約3ヶ月を要しており、請求人の通常の請求から決済までの期間(約1ヶ月)と比較すると代金の受領が遅れていること、F社担当者の答述では、銀行振込はまとめて行っていたため、個別に本件請求額を振り込むのではなく、小切手を振り出したことを事実として認めた。 そして、これらの事実から、審判所は、本件取引については、請求人の通常の取引と比較して決済が遅れていることから、請求人代表が売上額の支払を督促するためF社に連絡し、F社側の事情で銀行振込ではなく小切手で決済されたと認めるのが相当であり、小切手によって受領した売上代金が故意に本件口座に入金されなかったとの事実を認定するに足りる証拠もないことから、請求人代表が本件売上額を脱漏したとは認められず、その他の証拠によっても請求人に本件売上額を脱漏したとする事実も認められないことから、請求人に国税通則法第68条第1項に規定する事実の隠ぺいがあったと認めることはできないと判断し、原処分を全部取り消す裁決を行った。 3 収益の帰属年度(不動産開発権の譲渡)として請求人の主張を認めた事例・・・ ⑥ 本件は、不動産の売買、あっせん、仲介、賃貸及び管理を主たる目的とする株式会社である審査請求人(以下「請求人」という)が、法人税の所得金額の計算上、益金の額に算入した不動産開発に関する開発権の譲渡代金について、原処分庁が、事実を仮装して計上時期を繰り延べたとして、法人税の青色申告の承認の取消処分及び法人税等の更正処分等をしたのに対し、請求人が、処分の全部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 争点は以下の4つである。 この中でも最大の争点は不動産開発権の譲渡日(争点①)であり、原処分庁は開発権譲渡契約の締結日である平成27年8月21日を、請求人は清算合意書締結をもって本件取引条件が成就したものとして、合意書作成日付である平成28年7月6日が譲渡日であると、それぞれ主張した。 なお、請求人は、平成27年10月28日に、平成27年11月1日から平成28年10月31日までの課税期間を適用開始課税期間とする消費税課税事業者選択不適用届出書を原処分庁に提出しているため、譲渡日が請求人の主張どおりと認められれば、譲渡の日の属する課税期間においては、請求人は消費税の免税事業者である。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、収益の計上時期について、その実現があった時、すなわち、その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと解される(最高裁平成5年11月25日第一小法廷判決・民集47巻9号5278頁参照)と述べたうえで、本件については、収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと解されるところ、その権利が確定する時期は、請求人が開発権について契約に定められた物又は権利の全てを引き渡し、移転又は取得させた時と認められるとしたうえで、その時期については、以下のように判断した。 国税不服審判所は、争点①(不動産開発権の譲渡があった日)について、請求人の主張を認めたことから、争点②以下についても、原処分庁の処分をすべて取り消す判断をした。 (了)