企業の[電子申告]実務Q&A 【第6回】 「自社利用ソフトに電子申告未対応の別表がある場合の対応」 SKJ総合税理士事務所 税理士 坂本 真一郎 ●○●○解説○●○● (1) 電子申告における添付書類の提出方法 電子申告の義務化の対象法人は、申告書だけではなく、法人税法等において添付すべきこととされている書類も含めて、e‐Taxにより提出する必要があります。 したがって、使用している税務申告ソフトで対応していない別表がある場合、こうした別表については国税庁が提供しているe‐Taxソフトを利用するなどして提出する必要があります。 なお、法人税の各種別表等については毎年の税制改正により様式が変更されるものも多く、各法人が申告する時期までにe‐Taxシステム側で新様式の受付準備が間に合わない場合があり、このような場合には、例外的に、e‐Taxにより提出できない当該別表等についてイメージデータ(PDF形式)による提出が認められることになるでしょう(注1)。 (2) 添付書類のイメージデータによる提出 2016年4月以降(一部手続については2017年1月以降)、e‐Taxで申告、申請・届出等を行う場合、別途郵送等で書面により提出する必要がある添付書類について、書面による提出に代えて、イメージデータ(PDF形式)により提出することができるようになりました。 イメージデータとして送信できる添付書類は、出資関係図や登記事項証明書など様々ですが、手続ごとの具体的な種類については、「イメージデータにより提出可能な添付書類(e‐Tax HP)」をご確認ください。 なお、「申告書」、「申請・届出書」及び「イメージデータによる提出の対象とならない添付書類」については、法令上イメージデータによる提出が認められないため、イメージデータで提出した場合、その提出は効力を有しないこととなります。この場合、電子申告義務化後であれば、改めてe‐Taxによる電子データ(XML形式又はXBRL形式(注2))の送信が必要となり、再送信した日が文書収受日となりますので、注意が必要です。 例えば、法人税申告手続の場合、申告書自体はもちろんのこと、電子データ(XML形式又はXBRL形式)により提出が可能な勘定科目内訳明細書や財務諸表といった添付書類は、イメージデータによる提出の対象となりませんので、注意してください。 また、これまで書面による申告時に、参考資料として法人税申告書に添付していた書類で法人税法等において提出義務の定めがない書類(例えば、銀行預金残高証明書や棚卸関係資料など)については、国税庁としては「イメージデータにより提出可能な添付書類」には該当しないとの認識であることから、当該参考資料をイメージデータで提出した場合には有効な書類として取り扱われない可能性があります(注1)。 (注1) イメージデータによる提出の対象とならない別表等や参考資料等をイメージデータで提出する場合には、原則として、その提出は効力を有しないこととなりますので、必ず提出前に所轄税務署にご相談ください。 (注2) XML(eXtensible Markup Language)とは、情報の内容にタグを付加して構造的に記述し、コンピュータ処理をしやすくするコンピュータ言語。 XBRL(eXtensible Business Reporting Language)とは、XMLをベースとして開発され、財務情報等を効率的に作成・流通・利用できるよう、国際的に標準化されたコンピュータ言語。 そのほか、添付書類をメージデータで提出する場合の主な要件をまとめると、下表のとおりとなります。 【イメージデータによる提出対象書類と主な要件】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (注1) 手続ごとの具体的な種類については「イメージデータにより提出可能な添付書類(e‐Tax HP)」をご確認ください。 (注2) 2019年1月以降、1回当たりの送信容量が最大8MBに拡大される予定です。 (注3) 2018年4月以降、添付書類をイメージデータで提出した場合には原本の保存が不要となりました。 (注4) イメージデータによる提出の対象とならない書類をイメージデータで送信した場合、その送信は効力を有しないこととなります。この場合、改めてe‐Taxによる電子データの送信等が必要となり、再送信等の日が文書収受日となります。 (了)
〈平成30年度改正対応〉 賃上げ・投資促進税制(旧・所得拡大促進税制)の 適用上の留意点Q&A 【Q11】 「比較教育訓練費等に関する調整計算」 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 [Q11] 平成30年度の税制改正によって、組織再編を行った場合の比較教育訓練費及び中小企業比較教育訓練費の調整計算はどのように定められたのでしょうか。 [A11] 調整計算の方法については、「教育訓練費基準日」及び「教育訓練費未経過法人」並びに「教育訓練費の額」について、「基準日」及び「未経過法人」並びに「給与等支給額」と読み替えた上で、比較雇用者給与等支給額に関する調整計算を準用しています。 【解説】 (1) 調整計算の概要 比較教育訓練費及び中小企業比較教育訓練費(以下「比較教育訓練費等」という)の調整計算に関しては、基本的には比較雇用者給与等支給額に関する調整計算の規定を読み替えて適用することとされている。 具体的には、以下のような読み替えを行うことによって計算することとなる(措令27の12の5⑳㉑)。 これを踏まえ、比較雇用者給与等支給額に関する調整計算(【Q10】(1)~(4)を参照)に関する定めを読み替えて計算をすることとなる。 (2) 用語の意義 ① 教育訓練費未経過法人 当該適用年度開始の日において、その設立の日の翌日以後2年(中小企業比較教育訓練費の適用を受けようとする法人にあっては、1年)を経過していない法人をいう(措令27の12の5⑳)。 ② 教育訓練費基準日 以下のいずれか早い日をいう(措令27の12の5⑳)。 (※) 当該設立の日から当該合併、分割、現物出資又は現物分配の日の前日までの期間に係る給与等支給額が零である場合に限る。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q39】 「日本国外で支払を受ける上場外国株式の配当に係る申告の要否」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 配当に係る源泉徴収 国外で発行された株式の配当で国外で支払われるものについては、国内における支払の取扱者を通じてその交付を受ける場合、交付の際に支払を受けるべき金額(外国所得税が課されている場合は控除後の金額)に対し日本で(当該支払の取扱者により)源泉徴収がなされます。 一方、株式の配当を国内における支払の取扱者を通じないで受け取る場合(すなわち国外で直接受け取る場合)、配当の金額に対して日本の源泉税は課されません。 2 申告の要否及び課税方式 ① 申告の要否 外国株式(上場・非上場問わず)の配当金で、日本で支払の取扱者による源泉徴収がなされているものについては、配当が少額配当(年間10万円以下)に該当する場合、当該配当については申告不要とすることができます。また、上場外国株式の配当金で、日本で支払の取扱者による源泉徴収がされているものについては、配当の金額にかかわらず、申告不要とすることができます。 一方、源泉徴収がなされていない配当については、上記の申告不要の規定の適用はなく、原則として申告が必要となります(※)。 (※) 給与所得者の場合、給与等の金額が2,000万円以下であり、かつ、給与所得以外の所得(2つ以上の会社から給与を受けている場合には従たる給与を含む)の合計額が20万円以下である場合、そもそも確定申告を行う義務はありませんので、その場合は配当について申告する必要はありません。また、年金受給者で、公的年金等の収入金額の合計額が400万円以下であり、かつ、公的年金等以外の所得の合計額が20万円以下である場合も同様です。 ② 課税方式 株式の配当は、原則として、総合課税の配当所得として課税されます。外国株式の配当金については、配当控除の適用を受けることはできません。 上場株式等の場合は、上記の総合課税に代えて、上場株式等の配当所得等として申告分離課税20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)を選択することも可能です(その場合、上場株式等に係る一定の譲渡損失との損益通算等が可能です)。上場株式等が外国法人発行株式の場合も、申告分離課税の適用が可能です。 配当所得として収入金額に計上すべき金額は、外貨建の配当の金額をその収入すべき日(原則として配当等の効力が発生する日)におけるTTMにより円換算した金額となります。 3 本件へのあてはめ 本件の場合、外国証券会社の国外口座で配当の支払を受けるということですので、配当の金額に対して日本の源泉税は課されません。 日本での源泉徴収がなされないため、少額配当や上場株式等の配当に係る申告不要制度の適用はなく、(確定申告の必要がない個人(上記(※)参照)である場合を除き)原則として申告が必要になります。 おたずねのケースでは、給与等が2,000万円を超える確定申告の必要がある個人ということですので、当該配当もあわせて申告する必要があります。 本件は、上場株式等に該当しますので、配当所得として総合課税の対象とするか、上場株式等の配当所得等として申告分離課税(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)が適用されます。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第41回】 「双輝汽船事件」 ~最判平成19年9月28日(民集61巻6号2486頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 ←(前回) | (次回)→ 第4節 投融資の分析 【第11回】 「投融資の分析(その1)」 〔分析の対象となる主な勘定科目〕 ▷中小企業の保有する投資その他の資産 日本の中小企業が貸借対照表に計上している投資その他の資産の金額規模は下表のとおりであり、1社当たりの帳簿価額は32百万円で総資産全体の10%ほどを占めている。当然のことながら、貸借対照表上の投資その他の資産の水準は業種や個別企業のおかれている状況によって異なる。 ◆平成28年における主要業種別投資その他の資産の水準(単位:百万円) ※クリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典:中小企業庁「中小企業実態基本調査(平成28年確報)」(調査対象母集団全1,485,107社)から筆者作成) 今回及び次回にかけて、投融資のうち主要な項目において実施すべき調査のポイント及び評価に関連するトピックスをいくつか概説する。 ▷有価証券等のデューデリジェンスにおける主な調査手続 金融商品取引法第2条第1項及び第2項では、有価証券を、株式、社債・国債、投資信託などと具体例を挙げて限定列挙する形で定義している。会計上は、同項で定義されている有価証券以外のものであっても、国内CD(譲渡性預金)のように有価証券として取り扱うことが適当と認められるものについては、有価証券として取り扱われる。 また、同項で定義されている有価証券であっても、会計上、有価証券として取り扱うことが適当であるとは認められないものについては、有価証券として取り扱われない。これには、信託受益権(金融商品取引法第2条第2項第1号及び第2号に該当するものに限る)が該当する。ただし、信託受益権が優先劣後等のように質的に分割されており、信託受益権の保有者が複数である場合など、有価証券とみなして取り扱われるものは、結果的に有価証券として取り扱うこととなる。 対象会社は、余剰資金の運用やトレーディング取引、株式持合い、取引関係の維持など、何らかの有価証券を保有している場合がある。金融商品会計基準では、有価証券に対する投資活動の成果は、対象会社の保有目的によって異なると考えられるため、有価証券を保有目的に応じて、「A. 売買目的有価証券」、「B. 満期保有目的の債券」、「C. 子会社株式・関連会社株式」、及び「D. その他有価証券」に分類し、保有目的ごとに異なる会計処理及び評価を指示している。 ◆保有目的と会計処理のイメージ (出典:松澤綜合会計事務所プレゼンテーション資料) 上記のとおり、通常、中小企業を想定した対象会社においては、決算日の時価又は取得原価等にて評価がなされているであろうことから、実態純資産の分析においては、これを全て、調査基準日における時価又は時価相当額にて評価する必要がある。例えば、時価のない株式においての時価相当額は、発行会社の貸借対照表をベースに、1株当たりの純資産額を基礎として持株数を乗じることで計算することになる。 ▷貸付金のデューデリジェンスにおける主な調査手続 貸付金とは、取引先、親会社・子会社などの関係会社、株主・役員・従業員などの企業内部の者などに金銭を貸し付けた場合に発生する金銭債権である。対象会社となる中小企業の多くは、貸付金は、契約上の期間ではなく、決算日を基準に1年以内に返済期日が到来するものを短期貸付金(流動資産)、1年以内に返済されないものを長期貸付金(固定資産)として貸借対照表上分類して表示されている。 会社は営利を目的とするので、貸付金が発生した場合、通常利息を徴収することになるが、無利息や低利での貸付けには税務リスクがあるため、貸付金と併せて検討する必要がある。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第77回】 株式会社アクトコール 「第三者委員会調査報告書(平成30年8月10日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者調査委員会の概要】 【株式会社アクトコールの概要】 株式会社アクトコール(以下「アクトコール」と略称する)は、2005(平成17)年1月設立。住生活関連総合アウトソーシング事業、決済ソリューション事業、不動産総合ソリューション事業などを主たる事業とする。連結売上高4,308百万円、連結経常利益312百万円、従業員数205名(数字は、いずれも2017年11月期)。本店所在地は東京都新宿区。東証マザーズ上場。 【調査報告書の概要】 1 調査に至る経緯 アクトコールは、平成30年11月期第2四半期にかかる会計監査の過程において、同社の会計監査人である、ひので監査法人から、アクトコールグループの不動産総合ソリューション事業における不動産売買及び不動産フランチャイズ権販売の2つの取引について、背後にアクトコールの代表取締役平井俊広氏(以下「平井社長」と略称する)又は平井社長の関連法人からの資金提供が存在することによる売上の実在性に疑義を生じさせる事実が発見され、かかる会計処理の前提となる事実の調査が必要であるとの指摘を受けた。 アクトコールは、本指摘を受けて、客観的かつ専門的な見地から、会計処理に疑義のある取引等について、独立性を確保した調査委員会により厳正かつ徹底した調査を行い、事実関係を正確に把握して問題点を解明する必要があると判断したことから、平成30年7月10日付で、アクトコールと利害関係を有しない外部の専門家から構成される第三者委員会を設置した。 2 不適切な売上処理と第三者委員会による評価 ひので監査法人から「実質的にはアクトコールのグループ内取引」ではないかとの疑義の指摘に対し、第三者委員会は、以下の3件の取引について、取引内容を検討し、会計処理の訂正が妥当であると報告している。 (1) 大阪市西区に所在する土地の売買取引 アクトコールが、X社に1億8,000万円で売却した土地を、その後、平井社長の実兄が代表取締役を務める有限会社平井物産が2億3,600万円で購入した取引について、第三者委員会は、次に掲げる理由により、平井社長及びアクトコールによる平井物産の実質的支配が強く推認されると判断した。 そして、第三者委員会は、当該取引は会計上、アクトコールの子会社であるエフォートによる実質的な買戻しであると評価できることから、アクトコールの連結財務諸表において、平成29年11月期第2四半期に計上されたX社に対する不動産の売却による売上は、取り消すべきであると結論づけた。 (2) Y社による不動産フランチャイズ権取得にかかる取引 Y社が、BB社の管理するフランチャイズ契約取得に伴い、アクトコールの連結子会社株主であり、BB社の総代理店である株式会社kidding(以下「kidding」と略称する)が受領した販売手数料約3,400万円について、第三者委員会は次の事実を指摘した。 そして、こうした取引関係及び資金移動から、本取引は、アクトコールの子会社であるエフォート及び平井社長がY社に対し、フランチャイズ契約フィーの大半を融資することを通じて、資金を循環させてkiddingに販売手数料を生じさせているものであることから、会計上は、アクトコールの子会社間における間接的な資金取引であると評価できるため、販売手数料について、売上を取り消すべきであると結論づけた。 (3) 平成24年11月期のキャンペーンにかかるZ社との取引 Z社は、平成19年9月、アクトコールとの間で、Z社が運営するサービスの会員に対してアクトコールが電話応対業務、緊急駆けつけサービス及び健康相談を提供する業務委託契約を締結した。 アクトコールは、Z社に対して、平成24年1月期において、上記の業務委託契約にかかるアクトコールの業務委託料を増加させるキャンペーンを実施することを要請した。これを受けて、Z社は、平成23年12月から平成24年7月にかけて、休止会員に対しても、期間限定でサービスを無料提供するキャンペーンを実施した。 一方、平成23年から平成24年当時、平井物産とZ社は、業務委託契約を締結しており、平井物産が運営する会員制クラブの会員に対してZ社が自身の有するコンテンツを利用できるサービスを提供していたが、平井物産は、当該契約期間中、会員制クラブの運営は行っていなかった。また、平井社長は、平井物産との間で、複数回にわたり、金銭消費貸借契約を締結して、約2,400万円の金員を出捐し、当該金員は、業務委託契約の対価として、平井物産からZ社に支払われていた。 第三者委員会は、こうした取引関係及び資金移動から、本取引は、アクトコールの子会社である平井物産がZ社を通じ、資金を循環させてアクトコールの業務委託料を生じさせているものであることから、会計上は、アクトコールの子会社である平井物産とアクトコールとの間の間接的な資金取引に相当するものであると評価できるため、営業協力(バーター取引)部分については、売上を取り消すべきであると結論づけた。 3 発生原因 第三者委員会は、9月6日付の追加報告書(以下、8月13日公表の調査報告書を「一次報告書」、9月6日公表の調査報告書を「追加報告書」と表記する)の中で、発生原因として、次の項目を挙げている。 なお、一次報告書では記述のなかった取引の動機について、追加報告書には、以下の説明がある。 第三者委員会によれば、2(1)の土地の買戻し取引については、X社は、アクトコールが手配した工事トラブル等に起因して多大な負担を生じたため、それを填補する方針についてコンセンサスがあったとのことである。 (2)の販売手数料については、第三者委員会による専務取締役で管理担当の菊井聡氏(以下「菊井専務」と略称する)に対するヒアリングに基づき、アクトコールは販売手数料収入を売上計上していなければ、平成29年11月期第2四半期において連結決算上、赤字決算となることが見込まれていたことが動機として挙げられている。 また、(3)のバーター取引については、同じく菊井専務からのヒアリングにより、アクトコールは当時、マザーズでの新規株式上場を控え、上場1期目の予算達成のプレッシャーから、予算実現のため、少しでも売上を向上させる狙いがあったと説明されている。 ただし、いずれの取引についても、その処理方法について、アクトコールの取締役会及び経営会議において報告された事実は確認できなかったことから、第三者委員会は、「コーポレート・ガバナンス及び内部統制の不全」が、アクトコールにおいて、不適切な会計処理を惹起した主要な原因であると考えられると評価している。 4 責任の所在 第三者委員会は、追加報告書において、代表取締役をはじめとする各取締役の責任の所在について検討している。 (1) 平井社長の責任 第三者委員会の調査によれば、平井社長は、不適切な会計処理の発生原因について、一定程度は自身の責任を認めているものの、同氏が菊井専務を信頼し、頼りすぎて、すべて菊井専務の判断に任せていたものであって、自身は会計処理の不適切性を認識することができなかったとしている。 こうした主張に対し、第三者委員会は、上場会社の代表取締役に求められる通常の知識と判断能力を有していれば、会計処理の不適切性についても、認識し得たはずであり、もし、会計処理の不適切性を認識していなかったとすれば、それは同氏が上場会社の代表取締役としての必要な知見を欠いていたといわざるを得ず、同氏の責任を否定する理由にはならないと考えることから、平井社長には、中心的な関与者としての責任が認められるのみならず、同氏が上場会社の代表取締役として本来期待される責務を果たしていたということはできず、複数の取引について会計処理を訂正し、過年度の決算の訂正を余儀なくされた事態の重大性に鑑みれば、同氏の責任は重大であるといわざるを得ないと評価した。 (2) 菊井専務の責任 第三者委員会の調査によれば、菊井専務は、本件取引等において、財務責任者の立場にあるにもかかわらず、取引全体を認識した上で不適切な会計処理の原因となる融資の実行行為を行っており、中心的な役割を担っていたといえる。この点、菊井専務は、不適切な会計処理の発生原因について、会計知識の不足を自覚せず事前に十分に確認するという慎重さを欠いていたこと等にあると述べている。 第三者委員会は、菊井専務についても、平井社長と同様、中心的な関与者としての責任が認められるのみならず、同氏が上場会社の財務責任者として本来期待される責務を果たしていたということはできず、複数の取引について会計処理を訂正し、過年度の決算の訂正を余儀なくされた事態の重大性に鑑みれば、菊井専務の責任は重大であるといわざるを得ないと評価した。 (3) その他の業務執行取締役の責任 第三者委員会は、常務取締役で不動産総合ソリューション事業を所管する田端知明氏(以下「田端常務」と略称する)の責任について、田端常務は、不適切な会計処理を招いた個々の事象に直接的に関与はしてはいないものの、不適切な会計処理を生じさせるにあたって、事業所管取締役としての管理監督責任及び取締役としての監視監督責任を果たしていなかったとして、田端常務に責任があることを否定することはできないと評価した。 また、6月30日にアクトコールが設立した合弁会社の事業に専念するために、取締役を辞任した岡田崇氏(以下「岡田元取締役」と略称する)の責任については、岡田元取締役は、不適切な会計処理を招いた個々の事象の意思決定に直接的に関与はしてはいないものの、不適切な会計処理を生じさせるにあたって、注意義務を怠ったものとして、岡田元取締役に責任があることを否定することはできないと評価した。 (4) 監査等委員である取締役の責任 第三者委員会は、監査等委員である3名の取締役については、本件取引等に直接関与していた事実は認められなかったとしながらも、監査等委員らが完全に監督責任を果たしていたかという点については、疑いを挟む余地があるということもできることから、監査等委員らに責任がないとまではいえないと評価した。 5 再発防止策の提言 第三者委員会による再発防止策の提言は、次の通り8項目と多岐にわたっている。 とりわけ、印象的なのは、平井社長と菊井専務に対する厳しい提言である。「経営体制の見直し」では、「現状の経営体制を維持することについては、ガバナンス上の重要な問題があるといわざるを得ない」ことから、「取締役の交替も含めた経営体制の見直しを遂行すべき」であり、かつ、「アクトコールに対する影響力を低下させることも検討すべきである」と断じている。また、「今後のアクトコールのあり方を抜本的に見直すことを目的として、取締役会の諮問機関として、外部有識者によって構成された経営監視委員会を設置すること」も提言されている。 【調査報告書の特徴】 アクトコール第三者委員会は、一次報告書で、会計処理の妥当性について検討して過年度の有価証券報告書等の訂正を行わせ、追加報告書で、経営陣の責任の所在を検討したうえで、再発防止策の提言を行うという二段構えの報告を行った。 不適切な会計処理の発覚に伴い、四半期報告書の提出期限の延長申請を行っていたアクトコールの上場廃止を回避するための措置ではあろうが、短期間のうちに、取引内容の妥当性の検証と原因の究明を行い、かつ、再発防止策の提言まで求められている第三者委員会の日程的な厳しさを改めて感じた報告書であった。 とくに追加報告書における取締役らの経営責任の追及に関しては、あまり例がないくらい厳しいものであり、報告書受領後のアクトコール経営陣の対応が注目を集めていた。 1 会計監査人の異動 過年度の有価証券報告書等の訂正を終えた後の8月31日、アクトコールは、「会計監査人の異動に関するお知らせ」によって、ひので監査法人との契約を合意解除したことをリリースした。その理由については、以下のように説明されている。 過年度有価証券報告書の訂正報告書の監査レビューでは、アクトコールが「経営者による内部統制の無効化を排除する経営体制の早急かつ抜本的な見直しを確約」することにより、ひので監査法人が無限定適正意見を出したことが同じリリースで説明されている。同監査法人が要求した「経営管理体制の見直しに係る前提条件等」がどの程度厳しいものだったかは不明であるが、会計監査人が負うリスクを考えれば、監査契約の継続にあたってはある程度の前提条件を附すことは必要であり、それをアクトコール側が実現できない以上、契約を合意解除するのはやむを得ないものであろう。 なお、アクトコールは、9月28日、一時会計監査人として、なぎさ監査法人を選任し、次の定時株主総会において新たに会計監査人として選任する予定であることを公表している。 2 役員の職位の自主返上 アクトコールが9月1日付でリリースした「経営監視委員会の設置に関するお知らせ」は、そのタイトルよりも、「業務執行取締役全員につき基本的に謹慎とし経営から離れることを決定」したという内容の方に驚かされるものであった。3名の役員がそれぞれの職位を自主返上して、新たに1名の執行役員CFOを選任した理由について、リリースでは次のように説明している。少し長いが全文を引用する。 つまり、3名の業務執行取締役は、事実上、経営から離れるものの、経営監視委員会の審査により、新しい業務執行取締役が選任されるまでの間は、形式上、取締役の地位に留まるというものである。 創業者で、アクトコールの約59%の株式を保有している平井社長の影響力を低下させることにまで言及していた第三者委員会追加報告書の趣旨が、今後どこまで経営体制に反映されるか、引き続き注目していきたい。 3 経営監視委員会の設置 同じリリースでは、9月14日付で、経営監視委員会を設置することも公表されている。委員の選任については、「社外取締役である当社監査等委員の指揮下で進められ」、その機能として、次のように説明されている。 次回の定時株主総会が終了する平成31年2月末までの臨時の期間とはいえ、新たな取締役の選任を行うだけでなく、取締役会に対して主体的な指導や勧告を行うという重要な機関の委員の構成は、次の通りとされた。 なお、伊藤茂男委員は、9月25日、「アクトコール経営監視委員会及び委員の権限及び責任等が不明瞭であることから、アクトコール経営監視委員会の委員としての任務、職責を遂行するために必要かつ十分な知識、能力等を備えていると判断できないことを認識するに至った」ことを理由に、辞任の申し出を行って受け入れられた。 後任の経営監視委員委は、ジェイ・フェニックス・リサーチ株式会社代表取締役の宮下修氏が、9月28日に選任されている。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第3回】 「取得原価の算定方法の概要」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 【第2回】に引き続き、吸収合併の〔例〕を用いて、「取得」の会計処理における取得原価の算定方法の概要について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 吸収合併 〔例〕 次の条件による吸収合併を行った(会社法2条27号)。 A社(存続会社、取得企業)の吸収合併(取得)に関する会計処理は次のとおりである。 Ⅲ 取得原価の算定 1 基本的な考え方 「取得」とされた企業結合における取得原価の算定は、一般的な交換取引に関する会計処理と整合するように、次のように規定されている(企業結合会計基準84項)。 2 取得における取得原価の算定方法 「取得」の会計処理は、パーチェス法となり、被取得企業から受け入れる資産及び負債の取得原価を、原則として、対価として交付する現金及び株式等の時価を用いて会計処理する(企業結合会計基準17項、結合分離適用指針29項)。 被取得企業又は取得した事業の取得原価は、原則として、取得の対価(支払対価)となる財の企業結合日における時価で算定する(企業結合会計基準23項、結合分離適用指針36項)。 また、支払対価が現金以外の資産の引渡し、負債の引受け又は株式の交付の場合には、支払対価となる財の時価と被取得企業又は取得した事業の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価で算定する(企業結合会計基準23項、結合分離適用指針37項)。 上記の〔例〕では、吸収合併(取得)に際して、B社の株主にA社の株式が交付されており、そのA社の株式の時価は1,000とされている[条件⑤]ので、取得原価は1,000と算定される。 3 支払対価が現金以外(支払対価が取得企業の株式)の場合の取得の対価の算定 支払対価として取得企業の株式が交付された場合、取得の対価の算定は下記①から④のとおり行う(結合分離適用指針38項)。 結合分離適用指針では、企業結合会計基準の趣旨に従って、支払対価として取得企業の株式が交付された場合の取得の対価の算定における優先順位を示している(結合分離適用指針355~357項)。 支払対価が取得企業の種類株式の場合の取得の対価の算定については、結合分離適用指針42項及び43項に注意する(結合分離適用指針38項)。 なお、下記②又は③において、株式の交換比率を算定する目的で算定された価額であっても、被取得企業又は取得した事業の時価や取得の対価となる財の時価に適切に調整しており、かつ企業結合日までに重要な変動が生じていないと認められる場合には、合理的に算定された価額とみなすことができる(結合分離適用指針39項)。 4 支払対価が現金の場合の取得の対価の算定 支払対価が現金の場合には、取得の対価は現金の支出額とする(企業結合会計基準84項、結合分離適用指針44項)。 5 支払対価が自社以外の株式(例えば親会社株式)の場合の取得の対価の算定 支払対価が自社以外の株式(例えば親会社株式)の場合の取得の対価は、結合分離適用指針38項に準じて算定する(結合分離適用指針45項)。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第12回】 「引越し業務の過大見積り請求」 -内部通報を活用できなかった事例 弁護士 原 正雄 Yホールディングスは、宅配会社を中心とする物流グループを組成している。その子会社に引越し会社Yホームがある。Yホームは、法人顧客から、社員が転居する場合の引っ越し作業を受託する事業を行っている。 2018年7月2日、Yホームの元従業員が記者会見を開いた。その内容は「Yホームが引越し業務で家財量を水増しし、法人顧客に対して過大な請求を行っている」というものであった。 その後、親会社であるYホールディングスは記者会見を開くなど釈明に追われ、同年8月31日、Yホールディングスは、調査委員会による調査結果を公表した。 調査報告書をみると、Yホームの親会社であるYホールディングスは、グループ共通の内部通報窓口を設置しており、本件に関する2件の内部通報を受けていた。にもかかわらず、Yホールディングスは十分な調査を行わず、自主改善の機会を活かすことができなかったことが注目される。 そこで今回は、調査報告書を基に、コンプライアンス及びリスク管理の観点から学ぶべき点について解説する。 1 過大見積り請求の概要 Yホームは、顧客である企業の社員で転居を行う者(引越し対象者)のために、その引越し作業を受託していた。ただし、引っ越しの価格算定には複雑な仕組みを導入していたため、見積りが難しかった。 また、顧客として代金を支払うのは、実際に転居をする引越し対象者ではなく、引越し対象者が属する企業である。そのため、企業には見積書を提示するものの、引越し対象者には見積書を見せないことが多かった。 さらに、Yホームでは、見積りより実際の家財量が少なかった場合に、減額する旨の規定があった。ところが多くの従業員は、そうした規定があることを認識しておらず、どのような場合に減額と判断するのか、その基準も定めていなかった。 その結果、Yホームでは、家財量を実際よりも多く見積もる「上乗せ見積り」が横行し、11ある支店のすべてで過大な「上乗せ見積り」が行われ、法人顧客に対し、総額17億円に及ぶ過大な請求を行っていた。Yホームの統括支店長や支店長も、現場で「上乗せ見積り」がされていることを認識していた様子がうかがえる。 「上乗せ見積り」の動機は、概ね以下のとおりであったとのことである。 2 内部通報への対応 Yホームの親会社であるYホールディングスは、法令違反やコンプライアンスに関する通報を受けつけるため、グループ共通の内部通報窓口を設置していた。同窓口には、本件に関し2件の通報があったにもかかわらず、次のとおり、Yホールディングスは2件とも適切な対応ができず、改善の機会として活かせなかった。 (1) 1件目の内部通報 平成22年5月、Yホールディングスは、グループ共通の内部通報窓口において通報を受けた。Yホームが引越し業務で「上乗せ見積り」をしている、中には実際の3倍で見積りをしたものもある、との内容であった。通報者は、四国統括支店の管下にある東予支店の社員であった。 通法を受け、内部通報窓口を担当するYホールディングスのCSR担当はYホームのCSR戦略部に連絡し、連絡を受けたYホームCSR戦略部は、四国統括支店長に調査を指示した。四国統括支店長は、東予支店長へのヒアリングを実施した。 その後、東予支店長は80件を調査し、内4件で「上乗せ見積り」が判明したと報告した。しかし、その理由については「経験不足で個数を間違えた」とのみ説明した。 (2) 2件目の内部通報 平成23年4月、Yホールディングスは、グループ共通の内部通報窓口を通じて、上記1件目の内部通報で調査をした後も「上乗せ見積り」が続いている、との通報を受けた。通報者は、四国統括支店の管下にある高知営業所の社員であった。 内部通報窓口を担当するYホールディングスCSR担当は、1件目と同じくYホームのCSR戦略部に連絡した。YホームCSR戦略部は四国統括支店長に調査を指示し、四国統括支店長は、通報対象となった引っ越しの出発地である横浜支店と横須賀支店の支店長に対して、同指示を伝えた。 その後、横浜支店長と横須賀支店長は「上乗せ見積り」が数十件あったとの報告を行った。ただしその理由については、「繁忙期で見積りに十分な時間を割けなかった」、「気が緩んでいた」とのみ説明した。 (3) Yホールディングスによる主体的な調査は? 上記2件とも、Yホールディングスは、Yホームへ通報内容を連絡するだけで、自ら積極的に調査に乗り出すことをしなかった。 また、YホームのCSR戦略部は、現場の説明を受け入れ、調査結果をコンプライアンス・リスク一覧表に記載してYホームのコンプライアンス・リスク委員会に提出したものの、それ以上深掘りしていない。さらにYホールディングスは、Yホームが現場の説明をそのまま受け入れていることについて、疑義を示さなかった。 Yホールディングス社内では、CSR担当者が深堀りをせず、通報については役員にまで共有されたものの、チェック機能は働かなかった。結局、意図的な上乗せ見積りかどうかの調査はなされなかった。 このように、Yホールディングスは、せっかくグループ内部通報を受けても、対象となる子会社に連絡をするだけで、調査に主体的に関わることをしなかったのである。 3 グループ内部通報制度が機能しなかった 内部通報制度は、企業が自らの努力によって不祥事を発見し、問題を自主的に解決することによって、その企業を改善していく制度である。その仕組みが正しく機能していれば、マスコミから強い批判を受けることはなかったはずである。 ところが本件では、2件もの内部通報がされたにもかかわらず、Yホールディングスは適正な調査を行わず、全社的な上乗せ見積りを把握できなかった。結果として、不正が是正されないまま、その後も過大な上乗せ見積りが全社的に継続し、ある日突然、元従業員が記者会見を開いたことをきっかけに、マスコミからの報道で強い批判を受け、記者会見等の対応をせざるを得ない状況に陥った。 Yホールディングスは、内部通報を受けたのに、コンプライアンス実現のために役立たせることができなかった。グループ全体で内部通報窓口を設置していても、これでは意味がない。 4 元従業員が記者会見にまで至った理由 報道(AERA・2018.7.6)によると、記者会見をした元従業員は、記者会見にまで至った理由について、「私が営業して、契約をいただいた顧客に水増し請求していることが、許せない」と述べたとのことである。また、一度は社内で内部通報をしたのに全く改善されなかったということも、記者会見に至った理由として説明している。 元従業員によるこれらの発言から、内部通報制度が正しく機能し、自主的な改善ができていれば、記者会見にまでは至らなかった可能性も否定できない。 5 本件から学ぶべきこと-グループ内部通報の取扱い 本件で内部通報を活かせなかった理由として、社内規程に、内部通報があった場合の手続や処理について、具体的な定めがなかったことが挙げられる。内部通報を受けた場合の手続や処理は、事前に社内規程で明確に定めておくべきである。 その際、社内規程に定めるべき事項として、例えば、以下のようなものが考えられる。 本件では、同種の通報が平成22年と平成23年とで連続して行われている。重要案件かどうかを判断するうえでは、同種の通報が連続したという事情も考慮すべきである。 また、実際の調査に当たっては、子会社任せにするのではなく、親会社として主体的に調査に関わる必要がある。調査そのものは子会社が行うとしても、親会社としてその調査方法や結果に問題がないか、検証する必要がある。 内部通報制度は、飾りではない。会社がコンプライアンスを実現し、また危機的状況を回避するために不可欠の制度である。既に内部通報制度を設置している企業も、本件を重大な教訓として捉え、改めて内部通報制度の在り方や運用の見直しをすべきと考える。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第7回】 「顧客リストがライバル会社に流出した場合」 弁護士 影島 広泰 -Question- 退職した従業員がライバル会社に転職し、当社在籍中に使っていた顧客リストを利用して営業攻勢をかけているのですが、当社としては、何か対抗策があるでしょうか。 -Answer- その顧客リストが不正競争防止法の「営業秘密」に当たるように情報管理されていれば、裁判所からライバル会社に対して廃棄を命じてもらうことができます。 具体的には、(i)他の情報から合理的に区分した上で、(ⅱ)営業秘密であることを明らかにしておくことが必要です。 顧客リストは、氏名が含まれていれば個人情報保護法の個人データに当たる可能性が高い。したがって、それが他社に漏えいした場合に安全管理措置義務の違反を問われる可能性があることは、これまでの連載でご理解いただけるであろう。 もっとも、退職した従業員が顧客リストを転職先に持ち込んだようなケースでは、会社は元従業員による情報漏えいの被害者でもある。今回は、このような会社の側からライバル会社や元従業員に対して、何かアクションをとれないかという積極的な方策の検討である。 1 「営業秘密」が漏えいした場合にとれるアクションは? 不正競争防止法が「営業秘密」を保護していることは、【第1回】で述べたとおりである。同法によれば、「営業秘密」について「不正競争」(※1)があった場合には、差止請求と損害賠償請求ができる。 (※1) 「不正競争」の定義については本稿では詳しく触れることはしないが、不正な手段によって営業秘密を取得する行為や、取得した後に不正取得行為があったことを知ったにもかかわらず営業秘密を使用する行為などがこれに当たるとされている(同法2条1項4号から9号)。 ◆営業秘密に対する民事上の救済 差止請求とは、例えば、顧客リストの廃棄を求めることができるということである。このように、不正競争防止法はかなり強力な救済手段を用意している。 2 「営業秘密」とは では、このような救済手段が用意されている「営業秘密」とは何であろうか。これを定めているのが、以下の不正競争防止法2条6項である。 つまり、①「」ものであって、②「」情報であり、③「」が営業秘密である。この3つの要件は、一般に、①、②、③の3要件と呼ばれている。 つまり、この3要件を全て満たすものだけが、営業秘密として保護されるのである。 もっとも、実際には、②有用とはいえない情報が裁判になることは少ないし、③公知の情報が裁判になることも少ないので、裁判になるようなケースで大きな争いになるのは①秘密管理性である。例えば、顧客リストが流出したといってライバル会社に対して廃棄と損害賠償を求めて裁判を起こすと、ライバル会社から出てくる反論は、「あなたの会社では、この顧客リストは秘密として管理されていなかったので、営業秘密には当たりませんよ」という主張なのである。 3 秘密管理措置とは では、どのように情報管理しておけば、①秘密管理性を満たすのであろうか。 この点について詳しく解説しているのが、経済産業省の営業秘密管理指針である(※2)。同指針によると、なぜ秘密管理性が営業秘密の要件になっているかといえば、「企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保する」ためであるとされている。 (※2) また、情報管理のベストプラクティスは、経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」で解説されている。 このことは、大手通信教育事業者から顧客情報を漏えいさせた刑事事件の裁判である東京高判平成29年3月21日でも次のように判示されている。 ◆東京高判平成29年3月21日 つまり、ある情報が営業秘密に当たることになれば、それを不用意に使用すると差止請求や損害賠償請求の対象になり、場合によっては刑事罰を受けることもあるので、会社に存在している情報の中で、どれが営業秘密でどれが営業秘密ではないのかが明らかになっていなければ、従業員などにとっては、リスクが高すぎる。そのため秘密管理性があることが営業秘密として保護されるための要件になっているというのである。 したがって、秘密管理性が認められるためには、単に会社が秘密にしたいという意思を持っているだけでは足りず、その情報にアクセスした従業員などに、その情報が秘密であることを十分に認識される状態になっていることが重要であり、そのためには、会社が当該情報を合理的な方法で管理していることが必要とされるとされている。 秘密管理性=合理的な方法で管理する(秘密管理措置)ことで、秘密であることが十分に認識できるようになっていること このような合理的な方法での管理のことを、一般に「秘密管理措置」と呼ぶ。 では、どのように管理しておけば、合理的な方法で管理しているといえるのであろうか。 この点についても、営業秘密管理指針に記載がある。それによれば、秘密管理措置とは、(ⅰ)対象情報の一般情報(営業秘密ではない情報)からの合理的区分と、(ⅱ)対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置からなるとされている。 秘密管理措置=「(ⅰ)合理的区分」+「(ⅱ)営業秘密であることを明らかにする措置」 具体的には、紙媒体の場合には、以下のような方法が秘密管理措置として考えられるとされている。 ◆営業秘密管理指針(紙媒体の場合)(p.9) これによれば、例えば、営業秘密として保護したいと考えている顧客リストについては、(ⅰ)専用のファイルに綴じ込んだ上で(=合理的区分)、(ⅱ)ファイルの背表紙に「秘」と記載しておく(=営業秘密であることを明らかにする措置)のである。これにより、その顧客リストは、営業秘密として保護されることになる。 (了)
役員インセンティブ報酬の分析 【第11回】 「業績連動型株式報酬(株式交付信託以外)」 -平成30年度の導入状況- 弁護士・公認会計士 中野 竹司 1 業績連動型株式報酬と平成28年度・29年度税制改正 役員のインセンティブ報酬のツールとして、株式報酬の活用が政府により提唱され、法的な考え方の整理がなされるとともに、平成28年度税制改正により、特定譲渡制限付株式として法人税法上役員報酬のうち損金算入が可能な事前確定給与に該当するものの要件が明確化され、株式報酬制度の導入は一定程度促進された。 さらに、業績に連動した報酬等の柔軟な活用を可能とする制度を導入するため、平成29年度税制改正において、欧米で発行されているパフォーマンス・シェアにより類似した権利確定時発行型の業績連動型株式報酬(以下これを「パフォーマンス・シェア」と呼ぶ)の発行等が可能となったことから、その導入の促進が進むのではないかと期待された。 なお、平成30年度税制改正では、業績連動型株式報酬に関する大規模な税制改正はなされていないため、平成30年度の導入状況がどのようになっているかは、現時点での業績連動型株式報酬に対する上場企業の傾向を考えるうえで有益な傾向分析になると考えられる。 2 平成30年度の導入事例 (1) 導入状況 パフォーマンス・シェアは、平成29年度税制改正により法人税計算上、役員報酬としての損金算入要件が明らかになった類型であり、税制改正直後の平成29年6月株主総会時点で導入した会社はそれほど多くなかった。しかし、譲渡制限付株式報酬が平成29年6月の定時株主総会までに多数導入されたことを考えると、平成30年6月株主総会までにパフォーマンス・シェアを導入する会社は相当程度多いのではないかと考えられた。 しかしながら、平成30年度定時総会時の導入状況を示す平成30年4月から6月の導入企業は、業績に連動して付与する株式数を決めるというパフォーマンス・シェアは10社以下であり、導入企業数は伸びなかった。 ただし、譲渡制限付株式の解除条件に業績目標条件を付した業績連動型の譲渡制限付株式報酬を導入した企業は10社以上あり、各社報酬制度についての工夫が見られた。 以下、本稿執筆時点における導入済み企業の事例を検討する。 (2) パフォーマンス・シェアの導入事例 パフォーマンス・シェアのみを導入した上場企業では、適時開示において導入制度の内容を開示している。例えば青山商事では、制度の概要について という開示を行っている。 上記事例のように、パフォーマンス・シェア導入企業では、中期経営計画の達成と株式報酬を関連付けている会社が多い。 (3) パフォーマンス・シェアと譲渡制限付株式両者を導入 導入企業の中には、制度目的に応じて、パフォーマンス・シェアと譲渡制限付株式の両者を導入したものもある。 例えば、株式会社ジャックスでは、この両者を導入している。そして、譲渡制限付株式報酬制度の概要について と開示し、パフォーマンス・シェアの概要については という開示をしている。 一般的に、パフォーマンス・シェアは業績向上のインセンティブ、リストリクテッド・ストックは継続勤務に対するインセンティブという性格が強いと考えられるから、パフォーマンス・シェアと継続勤務条件を付した譲渡制限付株式報酬の双方を設計・導入するのは合理的であると考えられる。 したがって、今後、株式交付信託以外の業績連動型株式報酬を導入する企業は、この両者を導入する企業が増えてくるのではないだろうか。 (4) 譲渡制限付株式で業績目標・継続勤務の両条件を設けた導入企業 もっとも、譲渡制限付株式報酬制度を導入しつつ、その条件として業績目標・継続勤務の双方を組み込むことにより、業績向上及び継続勤務へのインセンティブを高める効果をもたらすという設計も可能である。 このような制度設計をした企業の開示例としては、 といったものがある。 (5) クローバック条項 パフォーマンス・シェアにしろ、業績目標条件付きの譲渡制限付株式報酬にしろ、業績と役員報酬が連動する報酬制度である。そして、その算定基礎となった業績に誤りがあった場合には、過大に役員報酬が付与されてしまう。そこで欧米では、「クローバック条項」を業績連動型報酬に付すことが多いといわれる。 ここで、クローバックとは、一般に、業績連動型報酬において報酬額算定の基礎となる業績指標等の数値が誤っていた場合、又は、エクイティ報酬において株価が誤った情報を反映して不当に高くなっていたために報酬額もそれに比例して高くなった場合等に、正しい指標等に基づいて報酬額を算定し直し、差額の報酬を会社に返還させる仕組みであり、このような返還条件を定める条項をクローバック条項という(※)。 (※) 大塚章男「論説 役員報酬とコーポレート・ガバナンス-clawback条項を手掛かりとして-」筑波ロー・ジャーナル21号(筑波大学大学院 2016年11月) 平成30年度のパフォーマンス・シェア導入企業でも、クローバック条項を設けた企業があった。例えば、「重大な不正会計または巨額損失が発生した場合、対象取締役に対し、PSU制度に係る報酬額として交付した当社株式及び支給した金銭の全部または一部に相当する金額を無償で返還請求できるクローバック条項を設定しています。」(横河電機株式会社)といった開示を行っている企業があった。 クローバック条項を設けている導入企業は現時点ではそれほど多くないが、今後業績連動型株式報酬の導入が広く行われるようになれば、クローバック条項を設ける企業も増えていくものと考えられる。 3 まとめ パフォーマンス・シェア及び業績目標条件付きの譲渡制限付株式報酬制度を導入した企業は、それほど多くない現状にある。 しかし、導入企業においては様々な工夫がなされており、またこれらの制度のメリットもあることから、今後は徐々に導入企業数も増えていくのではないだろうか。そして、導入企業数が増えていけば、これらの報酬制度自体も安定し、さらに導入企業数が増えるという循環に入ってくるのではないかと思われる。 (了)