〈実務家が知っておきたい〉 空家をめぐる法律上の諸問題 【後編】 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 羽柴 研吾 4 空家に係る行政上の問題 空家については、様々な行政法規が関連するところ、行政上の問題として以下のような責任が想定される。 (1) 建築基準法上の責任 建築当時から長期間経過し、老朽化している空家は物理的な問題が生じていることが多く、このような空家はいわゆる既存不適格建築物(※)であることが想定される。 (※) 「既存不適格建築物」とは、既存の適法な建築物が法令の改正等により違反建築物とならないように、新法の適用を除外することとし、原則として増改築等を実施する機会に新法の基準に適合させることとされている建築物をいう。 既存不適格建築物が修繕等されることなく放置され、「著しく保安上危険であり、又は著しく衛生上有害であると認める場合」には、当該空家の所有権者に対して、当該空家の除却等が命じられ(建築基準法第10条第3項)、行政代執行の対象ともなる(同条第4項)。 (2) 空家特措法上の責任 空家等対策の推進に関する法律(以下「空家特措法」という)は、空家等(建築物又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及びその敷地(立木その他の土地に定着する物を含む)、同法第2条第1項)のうち、以下の4類型の状態にあるものを「特定空家等」と定義して、特定空家等に対する措置を規定している(第2条第2項、第14条)。 特定空家等に認定されると、特定空家等の所有権者は、市町村長から、①助言又は指導(同法第14条第1項)及び②勧告(同条第2項)、③修繕・除却命令(同条第3項)、④代執行(同条第9項)、⑤過失がなくて必要な措置を命ぜられるべき者を確知することができないときの略式代執行(同条第10項)を受ける可能性がある。また、同条の勧告の対象となった場合には、地方税法上、固定資産税や都市計画税の住宅用地の特例の適用を受けることができなくなる。 上記(1)の建築基準法第10条第3項に基づく除却等の措置命令は、「著しく保安上危険であり、又は著しく衛生上有害であると認める場合」に行われるのに対して、空家特措法の場合は、建築基準法の規定する事象の「おそれのある場合」でも権限行使を可能としており、特定空家等の所有権者は、建築基準法より早い段階で勧告や命令等を受けることになる点に留意が必要である。 (3) 消防法上の責任 空家の窓ガラスが割れるなどして建物内の残置物等が敷地内にあふれ出ているような場合、当該空家の所有権者は消防法第3条に基づく措置命令を、また、空家自体が火災の予防に危険であると認められる場合等には、同法第5条に基づく空家自体の除却等の措置命令を受ける可能性がある。 (4) 道路法上の責任 何人もみだりに道路上に道路の構造や交通に支障を及ぼすおそれのある行為をしてはならないところ(道路法第43条第2号)、空家の敷地に植えられた立木等が道路上に倒れているような場合には、正当な権限や正当な事由に基づいていないのが通常であることから、立木等の所有権者は、道路管理者から同法第71条第1項に基づく措置命令を受ける可能性がある。 また、立木等が道路区域外に留まっているものの、当該区域外が沿道区域に指定されている場合は、立木等が道路の構造に及ぼす損害や交通に及ぼす危険を防止する義務を負い、必要に応じて措置命令を受ける可能性がある(道路法第44条)。 5 空家の有効活用策 ここで、空家の有効活用をめぐる動向について紹介しておきたい。 空家特措法は、空家等の適切な管理等の他に、空家等の活用を目的としている。この点に関して、空家特措法の施行前から、各地方公共団体が空家バンクを運営し、マッチング等のサービスを行ってきた。しかしながら、各地方公共団体ごとの取り組みであることから一覧性がなく、また掲載数にも差があったことから、国土交通省において、市場のマッチング機能を強化するため、全国版の空家バンクを構築することが検討されているところである(平成29年度予算1.1億円)。 また、空家等の流通を中心とした活用の促進のためには、空家対策部局と宅地建物取引業者等の民間事業者との連携が重要である。この点に関して、空家特措法により、空家対策部局が税務部局の保有する課税情報を利用できることになったが、課税情報を含む空家所有者情報を民間事業者等に提供できるかについては、地方税法、個人情報保護条例、地方公務員法との関係が問題となっていた。 そこで、国土交通省においては、平成29年3月に、空家所有者情報の外部提供に関する法制的整理や外部提供に関する運用の方法及びその留意点を記載した「空き家所有者情報の外部提供に関するガイドライン(試案)」を公表している。 当該ガイドラインによれば、①空家対策部局が外部提供をしても、空家対策部局は税務部局ではないため地方税法第22条(秘密漏えいに関する罪)に違反せず、②個人情報保護条例上、本人の同意があれば目的外利用として外部提供することは可能であり、③その同意の範囲内であれば、外部提供をしたとしても地方公務員法第34条(秘密を守る義務)に違反しないものとして整理されている。 当該ガイドラインは、平成29年度内に更に充実を図る予定とのことであり、今後の動向を注視しておくべきである。 その他の空家活用に向けた動向としては、不動産特定共同事業の活用をより一層促進するため、小規模な不動産特定共同事業に係る特例を創設するとともに、クラウドファンディングに対応するための環境整備を行うための不動産特定共同事業法の一部改正が行われている。 6 おわりに 空家の所有権者となる背景には、別居の被相続人の住居を相続する場合や新規に住居を購入した場合など想定されるところ、空家の所有権者は、上記のような民事上及び行政上の法的リスクを十分に認識しておくべきである。 空家の所有権者は、法的リスクに備えて、たとえば火災保険に加入することが考えられるが、空家が住居ではないことから加入できない場合があることが指摘されていたところである。 もっとも、近時は、空家の管理事業者向けの空家賠償責任保険も発売されており、空家の適正管理の方法や法的リスクへの対応手段の観点から注目されるところである。 (連載了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 〔Q&A編〕 【第12回】 「死後に婚姻・養子縁組の無効が争われるケース(その2)」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 前回紹介した【設問11】について、立場を変え、今度はA及びAの子供たちの側から考えてみたい。 1 A側(=婚姻・養子縁組の有効を主張する側)の争い方 Aの側では、あくまでも婚姻や養子縁組が有効であること、すなわち、「相談者である原告が主張する無効原因が存在しないこと」を反論し、争っていくことになる。 そのための方法であるが、まず、①「婚姻・養子縁組の届出に署名捺印する際、相談者の父が有効な判断能力を有していたこと」そのものに関し、届出書へ署名捺印した当時、及び、これを役所に提出した当時の具体的事情をできる限り詳細に記憶喚起し、特定する必要がある。 たとえば、 といった事実を特定していく必要がある。 そのうえで、これらの事実を裏付けるような客観的な資料が残っていないか、またはこれから入手可能ではないかを検討する(当時の手帳、日記やメモ、入院先での看護記録等。その他、解説編【第5回】を参照)。 以上に加えて、この種の案件で重要となるのが、②「婚姻や養子縁組に至った具体的な経緯」である。 たとえば、 について、具体的な事実経過・ストーリーを確定させ、当事者間において婚姻・養子縁組へと発展したことが決して突飛なものではなく、一連の経緯に照らせば自然なものであったことを説得的に主張していく必要がある。 このような主張と立証を原告・被告のそれぞれの立場において尽くし、当事者や関係者の証人尋問も経た上で、裁判所が判決という形で事実認定をしていくことになる。 2 訴訟中における和解について 【設問11】で問題となるような「婚姻無効確認の訴え」や「養子縁組無効確認の訴え」は、本来、遺産分割の前提問題に関してだけ判断することを予定した手続である。 しかしながら、前提問題について判決が下された後、改めて家庭裁判所に場所を移し、同じ当事者が遺産分割調停の場で、またイチから遺産分割を協議していくというのも非効率的な話ではある。 そこで、前提問題に関する裁判手続においては、その審理手続の中で、直接的に訴訟の対象となっている「遺産分割の前提問題」だけでなく、遺産分割の全体(=誰が、どの遺産を実際に取得するのか)を含めて和解協議が試みられる例も少なくない。 もし前提問題に関する訴訟の中で遺産分割全体につき和解がまとまれば、改めて遺産分割調停を行わなくとも、遺産分割全体を決着させることができる。 3 紛争の予防法はあるか? 【設問11】について、ここまで相談者及びAの立場から、それぞれの争い方について解説してきたが、このような紛争を予防する方法としてはどのようなものが考えられるだろうか。 Aの立場に立った場合に、後日に備えた事前対策としては、まず、①婚姻及び養子縁組の届出書記載時ないし作成時において、相談者の父に有効な判断能力(婚姻能力・養子縁組効力)が存在することについての証拠として、医療記録等の各種資料を入手しておくべきである(解説編【第5回】参照)。これは本連載の中でも繰り返し述べてきたところである。 なお必要に応じて、届出書に署名捺印する際のやり取りの様子を、録音ないし録画しておくことも有効である(勿論、録画された内容によっては、かえってAにとって不利なものとなる可能性もある)。 その他としては、②婚姻及び養子縁組に至る経緯、特に、なぜこのタイミングでAと婚姻をし、子供たちと養子縁組することになったのか、その理由や経緯を相談者の父にも詳細に確認し、父の生前から書面化しておくべきである。 その場の状況と父の体調に問題がなければ、上記の経緯や動機を父に直接手紙として残してもらう、あるいは、カメラの前で自らの想いを語ってもらい、その内容を録音あるいは録画することができれば、大きな証拠価値を有する証拠となる。 このような経緯や動機の内容については、特に近時の裁判例の傾向では重視されるところであり、医療記録からでは普通は読み取ることができない情報であるから、意識的に証拠化しておく必要があるだろう。 他方、相談者の側としては、父が周囲の第三者による不正な企ての被害者となることを予防するというのであれば、父と密接にコミュニケーションを取り、普段、父の周囲にはどのような関係者がおり、どのような付き合い・交際をしているのかを十分に把握しておくことである。 このようにして、父の生活状況を普段からよく注意しておくことで、父の周囲にいて不正なアプローチを掛けてくる者の存在も知ることができ、トラブルに巻き込まれることを防ぐことにもつながる。 (了)
実務家による実務家のための ブックガイド -No.4- 『消費税の研究(日税研論集70号)』 〈評者〉 税理士 金井 恵美子 日本税務研究センターでは、金子宏東京大学名誉教授のもと、租税法の研究者、財政学の研究者及び実務家の11人が研究員となって、平成27年9月、「消費税の研究」特別研究会が立ち上げられ、およそ9ヶ月にわたり、消費税に関する基本的問題についての研究が行われた。 この論集は、研究会における報告を基礎とし、そこで行われた議論を反映しつつ、研究員が執筆した11の論文を1冊にまとめたものである。 創設から四半世紀を経て基幹税の地位を確固たるものとした消費税の軌跡をたどり、問題点を明らかにし、今後の方向性を検討する総合的、複合的研究の成果と位置付けることができる。以下、構成を紹介しよう。 なお、第8章に記載の通り、評者は研究員の末席に加えられている。靦然たりとの批判があることを承知してなお、消費税議論に欠かせない1冊としてお薦めしたい論集である。 (了) 〔書籍情報〕 『消費税の研究(日税研論集70号)』 日本税務研究センター 2017年1月 ISBN:978-4931528291 Amazonで詳しく見る
《速報解説》 金融庁、懇談会提言を踏まえ「監査報告書の透明化」を公表 ~「監査上の主要な事項(KAM)」の開示に向け検討を開始~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成29年6月26日、金融庁は「「監査報告書の透明化」について」を公表した。 これは、監査報告書において、財務諸表の適正性についての意見表明に加え、監査人が着目した会計監査上のリスクなどを監査報告書に記載するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査報告書の透明化 1 動向 「「会計監査の在り方に関する懇談会」提言-会計監査の信頼性確保のために-」(平成28年3月8日)では、監査報告書において、財務諸表の適正性についての意見表明に加え、監査人が着目した会計監査上のリスクなどを記載することを「監査報告書の透明化」と呼称している。 「監査報告書の透明化」は、国際監査・保証基準審議会(IAASB)の定める国際監査基準において導入され、米国の公開会社会計監督委員会(PCAOB)から「透明化」のための監査基準が公表されている。 2 議論の概要 「監査報告書の透明化」については、監査報告書において監査人が着目した会計監査上のリスク等(「監査上の主要な事項(Key Audit Matters:KAM)」)に関する情報を示すことにより、監査報告書の情報価値を高め、会計監査についての財務諸表利用者の理解を深める意義があるとの意見がある。 一方、次のような実務上の課題も提示されている。 3 今後の検討の方向 今後の検討の方向として次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 株式保有特定会社の判定基準に新株予約権付社債を追加する 評価通達の改正案がパブコメへ ~対象範囲拡大により改正後の判定に留意~ 税理士 柴田 健次 平成29年度税制改正大綱において、「株式保有特定会社の判定基準に新株予約権付社債を加える」との記載がなされていたが、6月22日にパブリックコメントで公表された財産評価基本通達の一部改正(案)において、その具体的内容が明らかとなった(意見・情報受付締切日は2017年7月21日)。 【改正案の概要】 現行の非上場株式の評価において、資産のうちに占める株式及び出資の価額の合計額の割合が50%以上である場合には、株式保有特定会社として、原則として純資産価額により評価することになる。株式保有特定会社に該当した場合には、類似業種比準価額での計算ができなくなるため、通常株価が高くなる。 今回の改正案は、次の通り、株式等の保有割合の判定基準に「新株予約権付社債」を加えるものとすることで、納税者にとっては不利な改正となる。また、「株式保有特定会社」の名称も「株式等保有特定会社」に変更される予定である。 新株予約権付社債を所有している会社又はこれから取得する予定の会社については、この「株式等保有特定会社」に該当しないかどうか留意が必要となる。 現行制度と改正案の判定算式を比べると下記の通りとなる。 【改正案の適用時期】 上記の改正案は、平成30年1月1日以後の相続、遺贈又は贈与により取得した非上場株式の評価に適用される。 【新株予約権付社債の評価】 株式等保有割合を正確に判定するためには、新株予約権付社債の評価が重要となる。ここで「新株予約権付社債」とは、会社法2条22号に規定する新株予約権付社債をいう。 新株予約権付社債は、新株予約権が付された社債であるため、株式としての性格と債券としての性格を併せ持つ。発行会社の株式の価額が上昇する局面では、株式に連動して値上がりし、株式の価額が下落する局面では、社債としての価値に留まることになる。 新株予約権付社債の多くは転換社債である。転換社債の財産評価は、財産評価基本通達197-5の定めにより、下記の通り評価することになる。 取引相場のない転換社債については、発行会社の株式の価額が転換価格を超えている場合には、株式に連動して評価も値上がりするため、発行会社の株式の価額を基に評価するのに対して、反対に株式の価額が転換価格以下の場合には、社債としての価値に留まるため、社債としての評価をすることになる。 (了)
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(平成28年10月~12月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、平成29年6月21日、「平成28年10月から12月分までの裁決事例の追加等」を公表した。今回追加された裁決は表のとおり、全9件であった。 今回の公表裁決では、国税不服審判所によって課税処分等が全部又は一部が「取り消された裁決が6件、棄却された裁決が3件となっている。税法・税目としては、所得税法4件、相続税法が3件、法人税法及び消費税法が各1件であった。 【表:公表裁決事例平成28年10月~12月分の一覧】 ※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された9件の裁決事例のうち、飲食店免許の名義貸しを行っていた納税者に対する処分を全部取り消した裁決事例①、審判時に新たに提出した証拠に基づき一部経費の損金算入を認めた裁決事例⑤、家族名義預金について一部原処分を取消した裁決事例⑥を紹介したい。いつものお断りであるが、論点を整理するため、複数の争点がある裁決については、その一部を割愛させていただいていることを、あらかじめお断りしておきたい。 1 事業所得(実質所得者課税)・・・① 本件は、国税不服審判所が、飲食店に係る収益の帰属をめぐり、営業許可の名義人である請求人の主張に基づき、営業許可は名義貸しにすぎないと判断して、原処分庁の処分をすべて取り消した事案である。 (1) 争点 争点は、「請求人は、本件飲食店事業から生ずる収益を享受しているか」である。 (2) 審判所の判断 審判所は、所得税法第12条に定める実質者課税の原則について、こう説明する。 そして、事実認定に基づき、店舗の飲食店営業許可及び本件事業に係る各契約等の多くは請求人名義となっているが、これらは、実質的経営者であるGの依頼に応じたものにすぎないと判断し、その理由として、名義変更後も、Gは、本件事業の資金管理を行い、本件事業から生じる利益を自由に処分し、ホステス等従業員の雇用及び労務管理を含めた本件事業の運営を行っていることを挙げて、本件飲食店事業の事業主は、Gであったと認めて、原処分庁の処分をすべて取り消した。 なお、審判所は、原処分庁の主張について、その内容は本件更正請求調査時のGの申述等を根拠としているが、当該申述が信用できないことが審判の過程で明らかになっており、採用することができないと断じた。 2 法人税(経費の損金算入)・・・⑤ 本件は、審判請求に至って初めて示された領収証等について、国税不服審判所が、その一部について、損金算入を認めた事案である。 (1) 争点 争点は、以下の3点であるが、本稿では、損金算入の是非が争われた争点1について、審判所の判断のポイントを確認したい。 (2) 審判所の判断 審判所は、法人税法第22条第1項の規定の趣旨から、損金の額に算入することができる支出について、こう説明する。 そのうえで、審判所は、請求人が提出した追加経費を支出した証拠617件に係る領収証等、請求書等及び現金自動預払機のご利用明細等に記載されている内容を検討すると、本件領収証等のうち一部は、請求人が支出したものと認められ、これらの各支出については、物件の賃貸・管理等をする上で必要なものであると客観的に判断できることから、請求人の業務に関連性があり、業務遂行上必要なものであるとして、当該各支出の額は、請求人の各事業年度の法人税の所得の金額の計算上、損金の額に算入される、と判断した。 一方、審判所が、請求人が提出した追加経費を支出した証拠のうち、支出の額を本件各事業年度の損金の額に算入することはできない、と判断した支出は、以下のようなものである。 3 相続税の課税財産(家族名義預金)・・・⑥ 本件は、原処分庁が、被相続人の家族名義の預貯金を相続財産であるとして更正処分を行ったのに対し、国税不服審判所がそれらの預貯金の一部については、相続財産とは認められないという判断を示した事案である。 (1) 争点 争点は、以下の3点であるが、本稿では、審査請求人らの主張の一部が認められた争点2について、審判所の判断のポイントを確認したい。 (2) 原処分庁の主張 原処分庁の主張の概要は以下のとおりであり、こうした主張に基づき、本件各預貯金は相続財産であるとして、更正処分を行ったものである。 (3) 審判所の判断 審判所は、 まず、被相続人の名義以外の預貯金が被相続人に帰属する相続財産となるかどうかの判断について、こう説明する。 そのうえで、預貯金の口座ごとにその原資を出捐した者を判別して、被相続人が出捐したことが認められる預貯金については、相続財産であると判断した一方、請求人P5名義の預金口座から引き出された金員を原資にする預貯金については、P5名義の口座の預金は請求人P5又は請求人P1に帰属する財産であると認められるとともに、被相続人に帰属する財産であることを裏付ける事情や証拠資料も存しないから、当該各預貯金は本件相続に係る相続財産とは認めることができない、と判断した。 なお、審判所が、こうした判断を示すに至った事実は次のとおりである。いずれも、預金口座が実質的にP1とP5夫妻によって管理されていたことを示すものであり、いわゆる名義預金ではないことを証明する場合の必要条件であると言えよう。 (了)
《速報解説》 広大地の新たな評価方法を規定した 財産評価基本通達の改正案(パブコメ)が公表 ~《地積規模の大きな宅地の評価》を新設、「規模格差補正率」による評価へ~ 税理士 風岡 範哉 6月22日、国税庁から財産評価基本通達の改正案についてのパブリックコメントが実施された(意見・情報受付締切日は2017年7月21日)。 本稿においては、広大地補正についてのパブリックコメントの内容を紹介する。 なお、本改正案の詳しい内容や影響分析、具体的な計算例については、6月29日公開の本誌上において解説することとする。 【平成29年度税制改正大綱の内容】 昨年末に発表された平成29年度税制改正大綱において、広大地の評価について、以下の4つの理由から改正すべきとの記載がなされた。 そこでは、「現行の面積に比例的に減額する評価方法から、各土地の個性に応じて形状・面積に基づき評価する方法に見直すとともに、適用要件を明確化する」こととされていた。 【改正案の概要】 今回公表されたパブリックコメントにおいては、改正後の広大地補正(以下、「規模格差補正」という)について、下記のように改正案が示されている。 地積規模の大きな宅地(三大都市圏においては500㎡以上の地積の宅地、それ以外の地域においては1,000㎡以上の地積の宅地をいい、次の(1)から(3)までのいずれかに該当するものを除く)で14-2《地区》の定めにより普通商業・併用住宅地区及び普通住宅地区として定められた地域に所在するものの価額は、15《奥行価格補正》から20《不整形地の評価》までの定めにより計算した価額に、その宅地の地積の規模に応じ、次の算式により求めた規模格差補正率を乗じて計算した価額によって評価する。 (算式) なお、上記の改正案については、平成30年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用することとされている。 (了)
2017年6月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.223を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第36回】 「減価償却をめぐる一考察」 税理士 山本 守之 1 減価償却の目的 (1) 考え方 減価償却は、何を目的として行われるかという点について大別すると、次のように2つの考え方があります。 ① 期間損益計算上の手続で、損益計算上の区切られた期間(事業年度)の費用配分 ② 減価償却資産に投下した費用の回収手続で、次期以降の投資に備えたものであるから内部留保 ②の考え方に従えば、期間毎の計算を必要とするものではなく、設備等の再調達資金を可能なとき回収すればよいとされるでしょうし、時価で回収しなければならないこととなってしまいます。 費用収益対応の原則及び取得原価主義を採る近代会計においては、到底②の考え方によることはできず、適正な期間損益を測定するためには、①の考え方が通説となっています。 税法においても、一定期間(各事業年度)の適正な所得計算を行い、これに基づいて税を課するという立場から、期間損益測定のための手続であると認識しており、この点においては企業会計と合致しています。 ところで、税法では、はじめからこの考え方を貫いてきたかといえば、そうでもありません。税法の減価償却の取扱いの沿革は、この点でも興味があります。 (2) 新しい考え方 減価償却の効用について減価償却資産の取得価額を使用可能期間にわたって費用を配分するのだという考え方が、平成19年度税制改正によって変わってきたとする向きがあります。 減価償却の目的については、一般的に次のように説明されていました。 ① 企業における期間損益計算上の手続であり、損益計算上の区切られた期間(事業年度)の費用配分である。 ② 設備等減価償却資産に投下した費用の回収手続であり、次期以降の投資に備えたものであるから内部留保である。 このうち、会計分野で特に強調されているのが①の費用配分説で、このため、減価償却資産の耐用年数も通常の維持、修理を行った場合の物理的年数を基礎とし、さらにこれに経済的陳腐化を加味した効用持続期間によって定められるとされるのです。 しかし、近年では、効用持続期間よりも、企業が投下した資本を何年で回収するかという発想で耐用年数が定められているのです。 平成19年度の税制改正で次の資産の法定耐用年数が短縮されたのも、このような考え方によるものでした。 ① フラットパネルディスプレイ製造設備5年(改正前10年) ② フラットパネル用フィルム材料製造設備5年(改正前10年) ③ 半導体用フォトレジスト製造設備5年(改正前8年) 例えば、②のフラットパネル用フィルムは液晶・プラズマテレビ用で、この分野は日本、米国、韓国が競合しており、耐用年数が米国5年、韓国4年に比べて日本は10年となっていたため、国際的なイコールフッテング(対等の地位、競争条件の平等化)のためにも日本も耐用年数を5年(改正前10年)としたもので、会計学の旧い考え方(効用持続期間)では実務に対応できなかったのです。 これらの機械の効用持続期間は10年かもしれませんが、投資に対する回収期間と考えれば、企業は5年以下の期間の中で経営上の設計をしなければ他の企業との競争に打ち勝つことはできません。このため、5年を国際的なイコールフッテングと考えなければなりません。 平成19年1月31日の東京地裁判決では、中部電力における火力発電設備が廃止により「既存の施設場所」で「固有の用途」が失われているので有姿除却は認められるべきであるとした事例があります。 この事件は、中部電力(以下A社という)が、平成不況の影響により最大電力の伸び率が純化していたため、平成3年から5年にかけて、最大電力需要に比べて供給力が急速に過大となりつつありました。その後も、長引く不況による需要低迷に加えて、同8年以降、発電効率が極めて高い火力発電所の最新鋭の大規模発電設備が順次運転を開始したため、最大電力需要に比べて供給力が過大となり、設備余剰の状態が一層顕著となっていました。 A社は、発電所を有効活用することを目的に、平成10年度以降、低効率の既存発電設備について、年間を通じて運用を停止する長期計画停止を行い、有姿除却しました。 このような事案でみますと、減価償却を単に費用の配分と考え、除却を設備の廃止を前提とする考え方はできません。 例えば、航空機でも過大な燃料を要するジャンボ機のようなものは、他に売却し、燃料効率の良い中型機(ボーイング777型機、787型機)が中心になっています。 この場合も減価償却を「費用配分」と考える会計的発想は改めなければなりません。 (3) 今後の方向 税制の改革で法人税率を引き下げ、その財源として第二次改革(平成28年以前)で減価償却の方法を定額法に限定するというのが政府の考え方ですが、技術改革が激しく事業供用の初期に多額の償却費を計上したい企業としては、定額法よりも定率法を選定したいとするのは当然です。 安倍総理は記者会見(平成25年6月24日)で、「われわれが目指すのはドイツだ」としていますが、筆者がドイツの税制改革を研究するために平成19年にドイツ首相府を訪れた際、筆者はMichael Sell氏(首相府経済総局次長(当時))に「定率法の廃止は、単に税収を上げる目的によるものなのですか。それとも、理論的に定率法より定額法が正しいという根拠があって、定率法を廃止するのですか」と質問したところ「定率法より定額法が理論的かどうかはわからない。ドイツの一般的な税に対する考え方であるが、税金と国の財政は一体である。長期的に国が財政を維持していくためには、赤字をいつまでもひきずっているわけにはいかない」という答えが返ってきました。本当に正直で、日本の官僚や学者にはない素直さに好感が持てました。 これに対して日本の学者委員が中心となる政府税調の法人課税DGでは、「減価償却方法の選択の柔軟性は、資産の使用実態に合わせた適切な減価償却費の計上が目的だが、実際はその時々の損益状況に応じた節税効果の観点から選択が行われているおそれがある。特に初期の償却限度額が大きくなる定率法は、所得操作の可能性を大きくする。また、同様の資産について同様の使用実態があるにもかかわらず、法人によって減価償却方法が異なるという不均衡を生じさせるおそれがある」としていることは納得できません。 本来は「定額法も定率法も理論的には正しい。税率引き下げで財源が欲しいから定額法に限定したい」と答えるべきではないでしょうか。 2 減価償却方法の大改正 (1) 平成19年度の改正のポイント 平成19年4月1日以後に取得する減価償却資産については、償却可能限度額(取得価額の95%)及び残存価額を廃止し、250%定率法を導入することにより耐用年数経過時に1円(備忘価額)まで償却できることとされました。 平成19年3月31日以前に取得をした減価償却資産については、償却可能限度額まで償却した後、5年間で1円(備忘価額)まで均等償却ができます。 (2) 残存価額、償却可能限度額の廃止 残存価額を有形固定資産(坑道、生物を除く)における取得価額の10%相当額を本来の用役を果たした後に得られるべき価額(salvage value)とみるのは、経済実態に即していないという指摘がかなり前からされていました。 にもかかわらず、毎年税制改正に際して、これに真正面から取り組むということは行われてきませんでした。 その理由は、定率法償却率が次の算式で計算するように定められていたからです。 これによると、ルートの中の残存価額の額がそのまま定率法償却率に影響します。 ルートの中が100分の10とされていましたが、これを100分の5にすると定率法償却率が30%引き上げられ、当時(昭和39年)で税収が4,000億円減少するのです。 定額法の場合は、取得価額から残存価額を控除したあとの金額に償却率を乗じますが、定率法の場合は、未償却額に償却率を乗ずることになり、残存価額をいかほどとするかによって償却率そのものが異なってしまうのです。 実は、昭和39年度の税制改正の際、経済界から「実情に即さない残存価額10%は是正するように」と大蔵省(当時)主税局長に要求がありました。しかし、残存価額を引き下げると、定率法の償却率が大きくなって巨額の税収減となることを恐れた主税局は、昭和39年度から残存価額とは別の償却可能限度額という概念を取り入れ、「残存価額が実情にそぐわない」という指摘に応えながら税収を減少させないという方法をとったのです。 このように、税制改正に際して残存価額はいかにあるべきかという基本的議論を避け、残存価額を引き下げた場合の税収減にどのように対処するかという財務官僚の悪知恵として考え出されたのが「償却可能限度額」ですから、諸外国にはこのような概念はありません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出所) 経済産業省資料を筆者が一部修正 (3) 5%に達した減価償却資産 改正前までは、資産を除却しない限り、償却可能限度額までしか償却できなかったのですが、改正後は100%まで償却できます。 なお、平成19年3月31日以前に取得し、95%まで償却が進んだ資産については、事後5年間で均等全額償却できます。 改正後の取扱いは次のようになります。 (出所) 国税庁資料 (4) 平成20年度の改正のポイント 平成20年度改正では、減価償却資産の使用の実態等について更に調査・分析を進め、法定耐用年数や資産区分の見直し、法定耐用年数の短縮特例制度の手続が簡素化されています。 平成20度年の改正内容は次の通りです。 ① 法定耐用年数区分を大括り化(390区分→55区分)することとしました。 ② 耐用年数の短縮特例の適用を受けた減価償却資産と同一の取得等をした場合等は承認不要とする等、短縮特定の手続き簡素化を行うこととしました。 ③ 中小企業者等の少額減価償却資産(30万円未満)を取得した場合の損金算入の特定適用期限を2年延長することとしました。 他に、汚水処理用減価償却資産の適用年数とばい煙処理用減価償却資産の適用年数を統合する等の改正が行われました。 (出所)財務省資料 (出所)経済産業省『平成20年度税制改正について』(平成19年12月) (了)
国外財産・非居住者をめぐる税務Q&A 【第6回】 「非居住者とストックオプション税制」 税理士 菅野 真美 - 質 問 - 私(現在、日本の非居住者)甲は、乙社(日本法人)の社員で、乙社のストックオプションを付与されました。その後、現在に至るまで日本での勤務期間(1年間)と外国での勤務期間(2年間)があります。 今般、ストックオプションの権利行使をし、売却しようと考えています。この場合、日本で譲渡所得等に課税されるのでしょうか。また、他に留意点はありますか。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ ▷ストックオプションに対する課税 ストックオプションは、新株予約権の1つで、あらかじめ決められた価額で株式を購入する権利のことをいう。企業が従業員や役員のモチベーションを上げるためのインセンティブとしてストックオプションが採用されることがある。これは、経営努力で企業の業績が上がれば株価も上昇することから、ストックオプションを従業員や役員に付与し、権利行使後に市場で売却することにより報酬の支払いをマーケットが行うことになり、企業の財務体質にも寄与するというメリットがある。 このストックオプションに対する課税方法は、大きく2つに分けることができる。「税制適格ストックオプション」と「税制非適格ストックオプション」である。 ストックオプションに対する課税のタイミングとしては、付与時、権利行使時、株式譲渡(売却)時の3つがあるが、それぞれの課税関係をまとめると、次のようになる。 なお、ストックオプション税制の概要については、次の経済産業省のホームページを参照されたい。 ▷非居住者の税制適格ストックオプションの課税(国内法)の場合 それでは、非居住者が税制適格ストックオプションの付与を受け、行使し、譲渡した場合の課税関係がどのようになるのかを考える。 非居住者が内国法人の有価証券を売却した場合、原則的には課税されないが、税制適格ストックオプションを売却した場合は、所得税及び復興特別所得税の課税対象となる(措法29の2⑦、措令19の3⑭)。 これは、本来ならば権利行使時に給与所得課税を行うところを特例により譲渡時まで課税を繰り延べているのは、最終的に譲渡時に日本での課税が可能だからであって、もし非居住者ならば日本での課税が全くなくなることから、課税の公平から考えて不合理だからである。 したがって、甲が権利行使したストックオプションが税制適格ストックオプションに該当する場合は、日本で譲渡所得について15.315%の税率で課税されることとなる。この所得については、申告分離課税となり、確定申告が必要となる(所法161①三、164①二)。 ▷非居住者の税制適格ストックオプションの課税(租税条約)の場合 上記の課税関係は、あくまで国内法に基づくものである。日本は多くの国と租税条約を結んでおり、租税条約と国内法が異なる取扱いである場合は、租税条約が優先される(所法162)。 税制適格ストップオプションの売却益が生じた場合、租税条約の条項の読み方は、権利行使益(権利行使時の時価-権利行使価額)部分は給与所得の条項で、譲渡益(譲渡価額-権利行使時の時価)部分は譲渡所得の条項で検討すると解されている。 たとえば、甲が中国に居住している場合は、日中租税協定で検討することになる。日中租税協定の15条給与所得によると、一方の締約国の居住者がその勤務について取得する報酬に対しては、勤務が他方の締約国内において行われない限り、当該一方の締約国においてのみ租税を課すことができ、勤務が他方の締約国内において行われる場合は、原則的には、他方の締約国で租税を課すことができるとされている。 よって、甲の場合、付与から行使までの3年間において日本(1年間)中国(2年間)の場合、権利行使のうち日本での勤務期間対応部分については日本での課税対象となるが、あくまでも株式の譲渡益に対応するものであることから、株式等の譲渡所得に係る国内源泉所得として15.315%の税率で所得税等が課されることとなる。 次に譲渡所得部分であるが、これは、13条(譲渡所得)4項により、財産の譲渡による収益であって他方の締約国において生ずるものに対しては、当該他方の締約国において租税を課することができるとされており、この税制適格ストックオプションの譲渡益は国内法により日本での課税対象となり、譲渡益について15.315%の税率で所得税等が課されることになる。 なお、株式の譲渡所得について、多くの租税条約においては、日中租税協定とは異なり、原則的には、居住地国のみの課税とされる。 ▷税制非適格ストップオプションの課税(国内法)の場合 それでは、税制非適格ストックオプションの場合はどうなるかを考える。この場合、まず、権利行使益について給与所得課税の対象となる(所令84)。 甲は従業員であることから、給与所得のうち国内勤務部分が所得税等の対象となり、国外勤務部分は課税対象外となる(所令285①一)。こちらは、国内に恒久的施設のない非居住者の給与所得であることから、20.42%の所得税等の源泉分離課税の対象となる(所法161①十二イ、164②二)。 譲渡所得部分については、通常の株式の譲渡所得と同様となり、原則的には日本での課税対象外となる。 ▷国外転出時課税とストックオプション さて、非居住者のストックオプションの留意事項として、国外転出時課税がある。国外転出時課税の対象には有価証券が含まれることから、原則的にはストックオプションを含めた新株予約権も対象となるが、平成28年度の税制改正により、非適格ストックオプションについては、国外転出後も日本における勤務部分について課税対象となるため、国外転出時課税の対象となる有価証券から除外されることとなった(所法60の2①、所令170)。 (了)