2017年6月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.224を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
これからの国際税務 【第2回】 「デジタルエコノミーの進展と恒久的施設(PE)の変質」 早稲田大學大学院会計研究科 教授 青山 慶二 1 恒久的施設(PE)とデジタル経済 法律関係の雑誌や学会誌は、法律条文の構成を反映してか、長い間、縦書き印刷物と相場が決まっていたようである。しかし、その場合には外国語文献の引用表記等には不自由を強いられてきた。 国際税務の中で最も古い伝統を持つ概念の1つである「恒久的施設」は、欧州で物理的施設概念を中心に発達してきた。支店、営業所、工場など営業施設や生産施設の存在が、事業活動と管轄地を結びつける連節(Nexus)として、課税の前提条件とされてきたのである。機能に着目した“派生的PE概念”といわれる建設工事や代理人についても、建設工事現場の一定期間の存続や一定の機能を果たす代理人の存在という管轄地における事業活動の実態が確認できることが前提とされてきた。 ところが、デジタルエコノミーの進展は、管轄地において伝統的な上記PEを媒体としない各種電子商ビジネスを可能としている。消費課税では、グローバルなデジタル経済の拡大による内外取引の中立性維持や税収確保の観点から、いち早くOECD標準に基づく国内法改正が行われた(H.27改正によるB2B及びB2Cに区分した納付義務の創設)。他方で、所得課税については、抜本的な見直しが行われないまま現在に至っており、前述した縦書き印刷物と同様の窮屈さが残ったままである。 2 BEPS最終報告書での勧告 BEPS最終報告書の行動1(電子経済への対応)では、PE媒体を必要としない電子ビジネスの所得課税のためのNexusとして、従来のPEに代わる新たな概念導入を含めた3つのオプション(重要な経済的プレゼンス・電子商取引用源泉徴収・平衡税導入)が提示された。 ただし、当面はPE概念の修正等により課税の空白を埋める方策で対応可能と結論付け、オプションの詳細検討は将来に繰り延べている。 そこで以下においては、現行条約修正の方向性と抜本改革案の課題を検討する。 (1) 現行条約の修正 今や発行株式の時価総額ベースで世界のトップ3は、いずれもIT系企業(アップル、マイクロソフト、アマゾン)である。これらの事業は通信機器等を通じて顧客とダイレクトに契約対応し、消費者所在地には、一定の定型補助業務をフィービジネスとして担当する、いわゆる受託業務担当企業あるいはその施設のみが存在するケースが多い(契約主体は、海外のプリンシパル企業)。 これら受託企業は、代理行為該当性及び準備的・補助的以外の行為該当性といった従来のPE認定要件を充たさない契約の下で稼働することも多く、Nexus認定が困難で、源泉地国(消費者所在地国)における所得課税に支障をきたしているといわれている。 BEPS行動7では、施設にPE認定を回避する余地を与えている(その結果、二重非課税の結果を許している)現行モデル条約の5条を、以下の通り修正するよう提言した。 (2) 将来に向けたオプションの検討 ① 重要な経済的プレゼンス 3つのオプションのうち、伝統的なPE概念と同じ文脈で新たなNexusを提示するものが、第1オプション(「重要な経済的プレゼンス:Significant Economic Presence(SEPと略す)」)である。 大まかに言えば、従来のPE概念を制約する「物理的施設」要件を緩和し、経済活動の機能面に着目した帰属先をイメージするものであり、BEPS検討過程では、その主要な構成要素を捉えて「重要なデジタルプレゼンス」と呼ばれることもあった。 PE概念の延長上に位置付けられうる強みから、今後優先的に検討されるものと思われるが、①SEPの認定要件をどう設定するか、②SEPが認定されたとして、それへの帰属主義の適用指針をどう定めるべきかなど、ハードルの高い検証項目が残っている。 ② 電子商取引用源泉徴収・平衡税導入 残りの2つは、電子経済のもたらす所得課税について、従来のPE帰属所得課税論(汎用的な所得課税論)から離れて、独自の処方箋を提示するものである。 まず、電子商取引に対する源泉徴収構想は、オンライン取引対価の非居住者向け支払いに源泉徴収義務を課すものであるが、電子経済の主たるプレーヤーである消費者にそのような義務を課すことが可能かという課題があり、また、WTOなどの通商合意違反の批判にもこたえねばならない。 また、3つ目の平衡税オプションは、これまで課税漏れであった国外事業者をターゲットにした新規課税であるが、これも、現在トランプ税制改革案で議論されている国境調整税と同様、内国民待遇などWTOの要請とバッティングするほか、二重課税のリスクも高まるという課題がある。 いずれも困難な課題を抱えているが、ポストBEPSの最大テーマの1つであり、OECDでの検討と並行して、研究者・実務家が真剣に取り組むべき時期と考える。 (了)
財産評価基本通達改正案からみた 「広大地の評価見直し」の要件確認と影響分析 税理士 風岡 範哉 ▷はじめに 先にお伝えしたとおり、広大地の評価を見直す財産評価基本通達の改正案がパブコメに付され、平成30年1月1日以後の相続等から適用される予定となっている。 本稿では本改正案について、より詳しく検証を行い、具体的事例をもとにその影響を考えてみたい。 なお、本稿はあくまでも6月22日公表のパブリックコメントによる改正案の内容を基に作成しており、今後、通達改正の動向や国税庁より取扱いの情報が出されることにより、内容や解釈が異なってくる可能性がある点に留意されたい。 まず本改正の概要を再掲する。 ▷改正案の概要 今回公表されたパブリックコメントにおいては、改正後の広大地補正(以下、「規模格差補正」という)について、下記のように改正案が示されている(20-2《地積規模の大きな宅地の評価》(新設))。 地積規模の大きな宅地(三大都市圏においては500㎡以上の地積の宅地、それ以外の地域においては1,000㎡以上の地積の宅地をいい、次の(1)から(3)までのいずれかに該当するものを除く)で14-2《地区》の定めにより普通商業・併用住宅地区及び普通住宅地区として定められた地域に所在するものの価額は、15《奥行価格補正》から20《不整形地の評価》までの定めにより計算した価額に、その宅地の地積の規模に応じ、次の算式により求めた規模格差補正率を乗じて計算した価額によって評価する。 (算式) ▷改正案のポイント 以下では、本改正案において示された各要件の検証を行う。 ① 「地積規模の大きな宅地」の定義 まず、20-2《地積規模の大きな宅地の評価》では、規模格差補正率の適用がある宅地を、三大都市圏においては500㎡以上、それ以外の地域においては1,000㎡以上と定義している。 現行制度においては、広大地補正の適用は、評価対象地がその地域の標準的な宅地の地積に比し著しく広大でなければならないとされている。 その著しく広大か否かについては、原則として、都市計画法に定める開発許可面積基準を超えていれば「著しく広大」と判断することができるとされているが、開発許可面積基準以上であっても、その地域の標準的な宅地の地積と同規模である場合は、広大地に該当しないとされている(国税庁質疑応答事例「広大地の評価における「著しく地積が広大であるかどうかの判断」」)。 上記の例外があるため、その地域の標準的な宅地の地積はどれくらいかという点で判断が分かれるところとなり、広大地の判定を困難なものとさせている。 改正案では、この例外が撤廃され、地積だけで判断できるようになる。 ② 普通商業・併用住宅地区及び普通住宅地区に限る 第二に、規模格差補正率の適用がある宅地を、財産評価基本通達14-2《地区》に定める「普通商業・併用住宅地区」及び「普通住宅地区」に限るものとしている。 また、都市計画法に定める工業専用地域に所在する宅地は含まれないものとされている。 財産評価基本通達に定める地区区分と都市計画法に定める用途地域の関係については、下表のとおりである(表中の「〇」は規模格差補正が適用できるもの、「×」は適用ができないものを示す)。 (表)地区区分と用途地域の関係 ③ 市街化調整区域は原則として適用がない 第三に、規模格差補正率は、市街化調整区域内の宅地には適用しないことが明記された。 市街化調整区域は市街化を抑制すべき区域で、原則として、周辺地域住民の日常生活用品の店舗などの建築の用に供する目的など、一定のもの以外は開発行為を行うことができない区域である。 ただし、改正前後とも、市街化調整区域内の宅地であっても、都市計画法の規定により開発行為を許可することができることとされた区域内の土地等(例えば、都市計画法第34条第11号の規定に基づき都道府県等が条例で定めた区域内の宅地)で開発行為を行うことができる場合には、規模格差(広大地)補正率の適用をすることができるとされている。 ④ 容積率は400%未満(東京都特別区は300%未満)に限る 第四に、規模格差補正は、建築基準法に定める容積率が400%以上(東京都特別区においては300%以上)である宅地には適用がないものとされている。 現行制度においては、マンション適地は広大地に該当しないとされている。 そして、評価対象地が、マンション適地にあたるか否かは、その地域の標準的な利用状況を参考とするものとされ、 とされている(国税庁質疑応答事例「広大地の評価における「中高層の集合住宅等の敷地用地に適しているもの」の判断」)。 改正案においては、「容積率」のみで判定できるようになる。 なお、容積率は「建築基準法第52条第1項に規定する」割合とされていることから、前面道路による制限(同法52条第2項。いわゆる基準容積率)は考慮しないものと考えられる。 ⑤ 公共公益的施設用地の負担が必要か否かの判断について 現行制度においては、広大地は、経済的に最も合理的に戸建住宅の分譲を行った場合にその開発区域内に道路の開設が必要なものをいうとされている(国税庁質疑応答事例「広大地の評価における公共公益的施設用地の負担の要否」)。 しかし、評価対象地が経済的に最も合理的に戸建て分譲を行った場合に道路が必要か否かを判定することは容易ではなかった。そのため、その地域の状況を調べ、この地域は、道路を入れた開発が多いのか、路地状敷地で開発が行われていることが多いのかなどを調査しながら判定がなされている。 改正案では、評価対象地の道路付けや奥行の長短にかかわらず、「地積」のみで判断できるようになる。 ▷まとめ (1) 改正前後における補正率の影響 現行制度の「広大地補正率」と改正案の「規模格差補正率」を比較すると、以下のとおりとなる。 なお、現行制度においては、財産評価基本通達15《奥行価格補正》から20-5《容積率の異なる2以上の地域にわたる宅地の評価》及び24-6《セットバックを必要とする宅地の評価》との重複適用が認められていないことに対し、改正案においては重複適用が認められているため、補正率の影響を単純比較することはできない。 (2) 規模格差補正率の面積基準 改正案における規模格差補正率の面積基準のイメージは以下のとおりである(なお、面積基準を満たしていても、工業専用地域や容積率要件に掛かる場合は適用がないことに留意が必要)。 (※)非線引き都市計画区域については、今回の改正案において明確な記載がないが、条文からは上記の扱いになると思われる。今後の取扱いの動向に留意されたい。 (3) 規模格差補正の適用判定フローチャート 改正案をもとに、規模格差補正を適用するか否かの判定をフローチャートで示すと以下のとおりである。 ▷具体的な計算例 改正案をもとに、既存の国税庁質疑応答事例の計算例にあてはめて、規模格差補正の計算例を示してみたい。 (1) 規模格差補正の計算例(その1) 次の図のような土地(地積2,145㎡・普通住宅地区)の評価額はいくらになるであろうか。 現行であれば、評価額が1億41万131円(減額割合50.7%)であるのに対し、改正案では、三大都市圏に所在する場合は1億3,664万790円(減額割合は32.9%)、三大都市圏以外の地域に所在する場合は1億3,848万7,635円(減額割合は32.0%)となる。 (2) 規模格差補正の計算例(その2) 次の図のような土地(地積2,800㎡・普通住宅地区)の評価額はいくらになるであろうか。 現行であれば、評価額が2億5,760万円(減額割合54%)であるのに対し、改正案では、三大都市圏に所在する場合は3億5,638万4,000円(減額割合36.36%)、三大都市圏以外の地域に所在する場合も3億5,638万4,000円(減額割合36.36%)となる。 ▷おわりに 現行制度においては、広大地適用の判断を困難とさせる論点が多くあるが、今回の改正案においては、その要件が明確化されることとなった。 従前の実務において頭を悩ませていた、評価対象地の地積が著しく広大か否か、開発行為を行うとした場合に公共公益的施設用地が必要となるのか否かといった問題は、地積のみで判断することで解決した。 また、同じく頭を悩ませていたマンション適地か否かの問題も、容積率のみで判断することで解決した。 相続税の土地評価は、課税の公平の見地から、理論上、誰が評価しても同じにならなければならない。 そして、評価基準制度が採用されている理由は、①財産の客観的な交換価値を的確に把握することは必ずしも容易なことではないこと、②個別的な評価は、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により評価額に格差が生じること、③課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方式により画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて、合理的であるという点である。 規模格差補正率によって求められた評価額が適正か否かはなお検討を要するところではあるが、現状考えうる評価基準としては妥当なものではないだろうか。 (了)
平成29年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第1回】 「非特定連結子法人の時価評価資産の対象範囲の見直し」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 本年も連結納税適用法人を対象に、平成29年度税制改正の概要を解説したい。 連結納税適用法人に関する税制は、次の4種類に分類される。 平成29年度税制改正では、①連結納税特有の取扱いに関する改正として、「連結納税開始・加入時の時価評価の対象から帳簿価額が1,000万円未満の資産を除外する」(後述)と、「スクイーズアウトにより完全子法人化した連結子法人が特定連結子法人に該当する」(次回解説)という2つの改正が実現した。 この2つの改正は、連結納税の採用と加入を後押しするという意味で、非常に大きな改正となっている。 また、それ以外にも、研究開発税制と所得拡大促進税制の見直し、地域未来投資促進税制の創設(以上、②に分類)、タックス・ヘイブン税制の総合的見直し(③に分類)などがあり、今年度も連結納税適用法人にとって影響が大きい改正となっている。 連結納税適用法人に関係する税制改正については、専門誌等でも「連結納税制度の場合についても、同様の改正が行われています。」という一言で片づけられてしまうことも多く、連結納税適用法人は、単体納税の税制改正の内容を参考に連結納税ではどう取り扱われるのか?を自ら確認しなくてはいけないことも多い。 そこで、本稿では、連結納税適用法人に関係する改正項目について、その具体的な取扱いと実務に与える影響を解説していくこととする(単体納税と同様の取扱いとなる改正については適宜割愛させていただくので、他稿を参照されたい)。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 [1] 非特定連結子法人の時価評価資産の対象範囲の見直し 1 改正内容 平成29年10月1日以後に終了する事業年度終了の時に有する資産について、連結納税開始・加入時の時価評価の対象から「帳簿価額が1,000万円未満の資産」を除外する(新法令122の12①四、新法法61の11①、61の12①、平成29年改正法令附則1一、15)。 この改正は、時価評価から除外する資産を定める法人税法第122条の12第1項において「四 資産の帳簿価額(資産を財務省令で定める単位に区分した後のそれぞれの資産の帳簿価額とする。次号及び次項において同じ。)が千万円に満たない場合の当該資産」という一文が加わっただけであり、時価評価制度の仕組み自体が変わる改正ではない。 しかし、次に述べるように、この改正は、連結納税制度の創設以来、その採用と加入の妨げとなっている懸案事項を解消させる改正であり、連結納税の採用や加入を後押しする改正である。 2 『自己創設営業権』の評価問題が解消! 連結納税創設以来、連結納税に係る最大の懸案事項として、時価評価制度において『自己創設営業権』を評価すべきなのか、評価する場合は、どのように評価すべきであろうか、という問題がある。 例えば、連結納税開始前又は加入時に、時価純資産価額が1,000百万円の会社を2,200百万円で100%買収したことによって、その会社が非特定連結子法人に該当した場合に、買収差額1,200百万円(あるいは、財産評価基本通達など他の営業権の評価方法で算定した金額)を自己創設であるが営業権(含み益)として時価評価する必要があるのか?という問題である。 この『自己創設営業権』の評価は、法人税法第61条の11第1項で時価評価資産として固定資産が定められており、さらに、法人税法施行令第13条八号ヲで無形固定資産に営業権が含まれていることを根拠としているが、ここで言う「営業権」とは一体何なのか?(「営業権のうち独立した資産として取引される慣習のあるもの」を意味するのか、「資産調整勘定」を意味するのか、あるいはそれ以外の概念か)について統一した見解が存在せず、評価方法についても法令、通達、公的資料などで明らかにされていない。 そのため、評価後に減算認容されるとは言え、何十億円単位の課税を黙って受け入れられる会社は多くなく、かといって全く評価せずにいることは税務リスクが残ってしまうため、連結納税採用と加入の大きな妨げになっていた。 これが、今回の改正によって、「帳簿価額(注1)(注2)が1,000万円に満たない資産」が時価評価の対象外になることによって、自己創設(つまり、帳簿価額0円)の営業権は自動的に時価評価の対象から外れることとなった。 (注1) 税務上の帳簿価額となる。 (注2) 資産の帳簿価額は、資産を次に定める単位に区分した後のそれぞれの資産の帳簿価額とする(新法令122の12①四、新法規27の13の2、27の15①)。 また、この改正によって、大昔に取得した土地など含み益がどれだけ巨額であろうとも、帳簿価額が1,000万円未満であれば、時価評価(含み益課税)がされないことになった。 したがって、今回の改正は、時価評価による不利益を受けることを懸念して、連結納税の採用や連結納税へ加入させることに踏み切れなかった企業にとって、連結納税の採用や加入を後押しするものであるといえる。 3 連結納税開始日・加入日が平成29年10月1日の場合は旧税制が適用に! 上記の改正は、連結納税開始・加入直前事業年度の末日が平成29年10月1日以後、つまり、平成29年10月1日以後に行われる時価評価から適用されるため、連結納税開始日又は加入日が平成29年10月2日以後でないと新しい税制が適用されないため、注意してほしい(平成29年改正法令附則1一、15)。 また、この改正は、連結納税創設以来の『自己創設営業権』を評価すべきかどうかの論争について結論を下したものではなく、結果的に自己創設営業権の評価が不要になったという改正であるため、平成29年9月30日以前に行った時価評価については、改正後も『自己創設営業権』に係る税務リスクにさらされたままということに注意を要する。 4 どうせ時価課税されるなら、合併で時価譲渡になる方がいいのか、スクイーズアウトで時価評価される方がいいのか?(時価課税の有利・不利) 例えば、連結親法人P社が連結グループ外のB社を吸収合併する場合に採用される手法には、次のようなものがある。 このうち、合併又は株式交換等がいずれも非適格となる場合、被合併法人の繰越欠損金を連結納税に持ち込むことはできない(新法法61の12①二、81の9②)。 また、合併又は株式交換等がいずれも非適格となる場合、被合併法人では合併日の前日の属する事業年度又は株式交換等完全子法人では連結納税加入直前事業年度(注)に時価課税されることとなる(新法法61の12①二、62①②)。 (注) 非適格株式交換等の場合、連結納税加入直前事業年度だけでなく、株式交換等の日の属する事業年度(最初連結事業年度)においても時価評価が必要となるが、時価評価のタイミングが1日違い(加入日の特例規定を適用する場合でも1ヶ月遅い)であり、また、対象資産の範囲がほぼ同じであるため、現実的に時価評価損益は生じない(法法62の9①、法令123の11①)。 ただし、非適格合併による時価譲渡は、合併対価が現金であれ、合併法人株式であれ、全資産・全事業を譲渡するものとして会社の時価総額、つまり、自己創設営業権を含めた時価での譲渡となる(法法62①)。その一方で、連結納税の時価評価及び非適格株式交換等の時価評価は特定の資産を指定する時価評価であり、平成29年10月1日以後、自己創設営業権の時価評価は行われない(新法法61の11①、61の12①、62の9①、法令122の12①、123の11①)。 したがって、合併又は株式交換等がいずれも非適格となる場合、正ののれんがある場合は、完全子法人化の合併スキーム(1-3、1-4、1-5)が有利となる。負ののれんがある場合は、直接合併のスキーム(1-1、1-2)が有利となる。 ただし、合併によって自己創設営業権(マイナスを含む)に課税が生じた場合であっても、合併法人において、それに対応する資産調整勘定又は負債調整勘定が計上されるため、それが減算認容又は加算認容される5年間トータルで考えると、税負担に差異はない(法法62の8①③④⑤⑦⑧)。 以上を表すと下記の図表のとおりとなる。 ▷ケース 連結親法人が非連結法人を吸収合併するケース (時価課税の有利・不利) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)
〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第16回】 「別表13(3) 交換により取得した資産の圧縮額の損金算入に関する明細書」 公認会計士・税理士 菊地 康夫 Ⅰ はじめに 本稿では、法人税申告書のうち、税制改正により変更もしくは新たに追加となった様式、実務書籍への掲載頻度が低い様式等を中心に、簡素な事例をもとに記載例と書き方のポイントを解説していく。 第16回目は、前回の保険金等による圧縮記帳に引き続き、同じ圧縮記帳の中から実務で比較的採用するケースの多い、「別表13(3) 交換により取得した資産の圧縮額の損金算入に関する明細書」を採り上げる。 Ⅱ 概要 この別表は、固定資産である土地等を交換した法人が、法人税法第50条(交換により取得した資産の圧縮額の損金算入)の規定の適用を受ける場合に記載する。 本制度は、いわゆる圧縮記帳と呼ばれるもののうち、交換に係るものである。 そもそも「交換」は「譲渡」の一形態である。法人が所有する土地等に、相当期間の保有によって生じた地価の上昇による含み益がある場合に、たとえそれが同種資産の等価交換であっても、交換により譲渡する資産(以下「譲渡資産」という)が法人の所有を離れた時点でその含み益が実現したものとされ、譲渡資産の時価と帳簿価額との差額部分(譲渡益)については、法人税法上は益金の額に算入されることになる。 しかし、法人の事業の用に供される固定資産を同一種類の固定資産と交換した場合には、現金収入のない名目的な利益が発生したにすぎず、また担税力もない。 そのため本制度は、法人が一定の要件に適合する固定資産の交換を行い、その交換により取得した資産(以下「取得資産」という)につき、一定の方法により計算した額の範囲内で、取得資産の帳簿価額を損金経理により減額する方法等によって、交換により生じた差益金に対する課税の繰延べを認めるという制度である。 圧縮記帳が認められるためには、次の(1)~(6)のすべての要件に該当する必要がある。 なお、圧縮限度額の計算方法は次のとおり。 (※)譲渡資産の帳簿価額=譲渡資産の譲渡直前の帳簿価額+譲渡経費の額 ▼ 注意!▼ 「譲渡経費の額」には、交換に当たって支出した譲渡資産に係る仲介手数料、荷役費、運送保険料など、その譲渡のために要した費用の額のほか、土地の上にある建物を取り壊してその土地を交換した場合の取壊費用、その取壊しによって借家人に支払った立退料などの額が含まれる。 なお本別表は、複数の種類の資産を交換した場合、交換した資産の種類ごとに用紙を改めて記載することになる。 Ⅲ 「別表13(3)」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 平成29年4月1日以後終了する事業年度(前年度分からの変更なし)。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 圧縮記帳に関する計算と仕訳例 (単位:円) 〔交換時の仕訳〕 〔圧縮限度額の計算〕 ◆土地の交換差金等の計算と判定 ◆建物の交換差金等の計算と判定 ◆譲渡経費(仲介手数料)の土地への按分 ◆土地の圧縮限度額 (5) 別表の各記載欄の説明 「譲渡直前の帳簿価額」 「取得資産のみを取得した場合又は取得資産と交換差金等を取得した場合」 「譲渡資産と交換差金等を交付して取得資産を取得した場合」 (了)
特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第20回】 (最終回) 「居住の用に供しないことについて特別の事情がある場合」 -特別の事情- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、昨年の7月に自己の居住用の土地家屋(所有期間が10年超で居住期間は10年以上)を売却し、同年の11月、その売却代金をもって新たに土地家屋を購入しましたが、居住の用に供する前の本年1月に、その家屋が近隣から出た火災にあって焼失してしまいました。 この場合、「特定の居住用財産の買換えの特例(措法36の2)」の適用を受けることができるでしょうか。 A 買換資産が火災により焼失したこと等の真にやむを得ない事情が生じた場合には、「買換えの特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「買換えの特例」は、買換資産として取得したその土地家屋を、その取得の日の属する年の翌年12月31日までに、その者若しくはその者の相続人の居住の用に供しない場合、又は、供しなくなった場合には、同特例の適用を受けることができないのが原則です(措法36の3①・②二)。 しかしながら、その期限までに居住の用に供しない場合又は供しなくなった場合においても、その供しないこと、又は、供しなくなったことについて、次に掲げる事情があるときは、同法で規定する「買換資産を当該個人の居住の用に供しない場合又は供しなくなった場合」には該当しないものとして取り扱うことができるものとしています(措通36の3-2(居住の用に供しないことについて特別の事情がある場合))。 したがって、本事例の場合、上記の要件の②を満たしますので、「買換えの特例」の適用を受けることができます。 (連載了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第35回】 「個別財務諸表における税効果会計(回収指針対応版)」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 平成27年12月28日に企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(以下、「回収指針」という)」が公表されている(なお、回収指針は、平成28年3月28日に改正が行われている)。 そこで、今回は回収指針に基づいて、個別財務諸表における税効果会計を解説する。今回の解説は、本連載【第4回】「個別財務諸表における税効果会計」の改訂版である。なお、本解説では3月末決算の会社を前提に解説している。 「税効果会計」とは、将来の税金を減少させる効果を繰延税金資産として計上し、将来の税金を増加させる効果を繰延税金負債として計上する会計処理である。 例えば、会計上は当期に費用計上するが、税務上は翌期以降に損金算入する場合、将来に損金算入されることにより将来の課税所得が減少し、将来の税金が減少する。この減少の原因は当期に発生しているため、当期に繰延税金資産(回収可能性ありの場合、詳細は【STEP4】参照)として計上する。 反対に、税務上は当期に損金算入するが、会計上は翌期以降に費用計上する場合、将来の当該費用計上額は税務上加算され、将来の課税所得は増加し、将来の税金が増加する。この増加の原因は当期に発生しているため、当期に繰延税金負債として計上する。 また、税効果会計は大きく「個別財務諸表における税効果会計」、「連結財務諸表における税効果会計」、「連結納税における税効果会計」に分けることができる。今回は「個別財務諸表における税効果会計」について解説する。 個別財務諸表における税効果会計は、以下の5つのステップに分けることができる。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 税効果会計は、将来の課税所得(税金)を増減させる効果を財務諸表に反映する会計処理である。そのため、【STEP1】では会計上と税務上の差異のうち、将来の課税所得(税金)を増減させる差異である一時差異等を集計する。 (1) 一時差異等と永久差異の分類 会計上と税務上の差異には、一時差異等と永久差異がある。一時差異等には、会計上の資産及び負債と税務上の資産及び負債の差額が将来、解消することにより、将来の課税所得(税金)が増減する一時差異と、一時差異ではないが将来の税金を減少させるものである繰越欠損金等の一時差異に準ずるものがある。 また、永久差異とは、会計上と税務上の差異ではあるが、将来の課税所得(税金)を増減させる効果がないものである。 まず、会計上と税務上の差異で、将来の課税所得を増減させる効果がある一時差異等と効果がない永久差異に分類する。 次に、繰越欠損金等に該当するか否かで、一時差異に準ずるものと一時差異に分類する。 (2) 一時差異 一時差異とは、会計上の資産及び負債の金額と税務上の資産及び負債の金額との差額をいう(税効果会計に係る会計基準(以下、「基準」という) 第二 一2)。 以下のものが該当する。 また、一時差異はその差異解消時に将来の課税所得(税金)を減少させるか、増加させるかで、将来減算一時差異と将来加算一時差異に分けることができる(個別財務諸表における税効果会計に関する実務指針(以下、「実務指針」という)6)。 一時差異は法人税申告書の別表5(1)から集計することができる。 ① 将来減算一時差異 将来減算一時差異とは、会計上と税務上で資産又は負債の差異が生じたときに課税所得の計算上(税務上)加算され、将来、当該差異が解消するときに課税所得の計算上(税務上)減算されるものである(実務指針7)。 言い換えると、会計上と税務上の資産又は負債の差異の将来解消時に課税所得が減少し、税金が減少するものである。将来減算一時差異には、未払事業税、貸倒引当金繰入限度超過額、棚卸資産評価損否認額、賞与引当金、退職給付引当金等がある。 ② 将来加算一時差異 将来加算一時差異とは、会計上と税務上で差異が生じたときに課税所得の計算上(税務上)減算され、将来、当該差異が解消するときに課税所得の計算上(税務上)加算されるものである(実務指針9)。 言い換えると、会計上と税務上の資産又は負債の差異の将来解消時に課税所得が増加し、税金が増加するものである。例えば、積立金方式による特別償却・圧縮記帳等が該当する。 (3) 一時差異に準ずるもの 一時差異に準ずるものとは、一時差異ではないが、将来の税金を減少させるものであるため一時差異と同様に扱うものである。以下のものが該当する(実務指針11)。 繰越欠損金は法人税申告書の別表7(1)から集計することができる。繰越外国税額控除は法人税申告書の別表6(3)から集計することができる。 (4) 永久差異 永久差異とは、会計上、費用又は収益として計上されるが、税務上は永久に損金又は益金に算入されないもの(社外流出項目)である。将来の課税所得(税金)を増減させる効果がないため、一時差異等には該当せず税効果会計の対象とはならない。 例えば、交際費や寄付金の損金算入限度超過額、損金算入できない役員賞与、損金不算入の罰科金、受取配当金の益金不算入額が該当する(実務指針14)。 * * * * * 〈一時差異等の例示〉 ◆一時差異 ◆一時差異に準ずるもの 繰延税金資産及び繰延税金負債は一時差異等に法定実効税率を乗じて算定する。 【STEP2】では、この法定実効税率を算定する。 (1) 法定実効税率とは 法定実効税率とは、法律で定められている税率により計算された税額の課税標準(課税所得)に対する割合(負担率)のことである。 税金には、いろいろあるが、税効果会計の対象となるのは、利益(課税所得)に対する税金である(実務指針36)。そのため、法定実効税率の算定に使用する税率は利益(課税所得)に係る税金の税率である。具体的には、以下の表の「税効果会計の対象」欄に「〇」を付した税金を法定実効税率の算定に使用する。 (2) 法定実効税率の算定 具体的には、法定実効税率は以下のように算定する(企業会計基準適用指針第27号「税効果会計に適用する税率に関する適用指針(以下、「税率指針」という)」3(4))。 そして、繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に用いる税率は、以下のとおりである。 ① 法人税、地方法人税及び地方法人特別税の場合 決算日において国会で成立している税法(法人税、地方法人税及び地方法人特別税の税率が規定されているもの(以下「法人税法等」という))に規定されている税率による(税率指針5)。 ② 住民税(法人税割)及び事業税(所得割)(以下、「住民税等」という)の場合 繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に用いる税率は、決算日において国会で成立している税法(住民税等の税率が規定されているもの(以下「地方税法等」という))に基づく税率による(税率指針6)。 具体的には、以下のとおりである(税率指針7、8)。 《設例①》 東京都で外形標準課税「適用」法人の場合、法定実効税率は以下のとおりとなる。 東京都で外形標準課税「非適用」人の場合、法定実効税率は以下のとおりとなる。 【STEP3】では、回収可能性考慮前・繰延税金資産及び繰延税金負債を算定する。 (1) 回収可能性考慮前・繰延税金資産の算定 回収可能性考慮前・繰延税金資産は以下のとおり算定する。 (2) 繰延税金負債の算定 繰延税金負債は以下のとおり算定する。 【STEP3】で算定した繰延税金資産は、その全額を貸借対照表に計上できるわけではない。将来の課税所得(税金)を減少させる部分しか貸借対照表に計上できない。そこで【STEP4】では、貸借対照表に計上できる繰延税金資産を算定するために「繰延税金資産の回収可能性」を検討する。また、繰延税金負債も例外的な場合に支払可能性の検討が必要な場合がある。 具体的には、以下の(1)~(4)の検討が必要である。 (1) 企業の分類 ① 企業の分類の決定 以下の5つの区分に会社を区分して、その区分ごとの一定の判断指針をもとに繰延税金資産の回収可能性を検討する(回収指針15、17、19、22、26、32)。 (分類1) 《要件》 次の要件をいずれも満たす企業は、(分類1)に該当する。 (分類2) 《要件》 次の要件をいずれも満たす企業は、(分類2)に該当する。 (分類3) 《要件》 次の要件をいずれも満たす企業は、(分類4)の要件ⅱ又はⅲの要件を満たす場合を除き、(分類3)に該当する。 なお、ⅰにおける課税所得から臨時的な原因により生じたものを除いた数値は、負の値となる場合を含む。 (分類4) 《要件》 次のいずれかの要件を満たし、かつ、翌期において一時差異等加減算前課税所得が生じることが見込まれる企業は、(分類4)に該当する。 なお、(分類4)の要件に該当するが、(分類2)又は(分類3)として取り扱うことができる場合もある。 (分類4)に係る分類の要件を満たすものの、(分類2)に該当するものとして取り扱われる例としては、過去において(分類2)に該当していた企業が、当期において災害による損失により重要な税務上の欠損金が生じる見込みであることから(分類4)に係る分類の要件を満たすものの、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積った場合に、将来において5年超にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じることを企業が合理的な根拠をもって説明するときが挙げられる(適用指針91)。 (分類4)に係る分類の要件を満たすものの、(分類3)に該当するものとして取り扱われる例としては、過去において業績の悪化に伴い重要な税務上の欠損金が生じており(分類4)に該当していた企業が、当期に代替的な原材料が開発されたことにより、業績の回復が見込まれ、その状況が将来も継続することが見込まれる場合に、将来においておおむね3年から5年程度は一時差異等加減算前課税所得が生じることを企業が合理的な根拠をもって説明するときが挙げられる(回収指針92)。 (分類5) 《要件》 次の要件をいずれも満たす企業は、(分類5)に該当する。 上記(分類1)から(分類5)の《要件》をいずれも満たさない企業は、過去の課税所得又は税務上の欠損金の推移、当期の課税所得又は税務上の欠損金の見込み、将来の一時差異等加減算前課税所得の見込み等を総合的に勘案し、各分類の要件からの乖離度合いが最も小さいと判断されるものに分類する(回収指針16)。なお、当該判断は、各分類の要件からの乖離度合いを定量的に検討することを意図するものではない(回収指針65)。 ② 企業の分類ごとの回収可能性の判断指針 回収指針では、企業の分類ごとに繰延税金資産の回収可能性の判断指針が設けられている(回収指針18、20、21、23、24、25、27)。 企業の分類によっては、【STEP4】(2)の全部又は一部の検討が不要である。 (ⅰ) (分類1)の場合(回収指針20、21、39(2)、35(1)、46) 全ての繰延税金資産について回収可能性があるため、【STEP4】(2)の検討は不要である。 (ⅱ) (分類2)の場合又は(分類4)の要件に該当するが、(分類2)として取り扱う場合(回収指針19、39(2)、28、35(1)、46) スケジューリングが可能か不能かの検討が必要なため、【STEP4】(2)①の検討のみ必要である。 (ⅲ) (分類3)の場合又は(分類4)の要件に該当するが、(分類3)として取り扱う場合(回収指針19、23、24、39(2)、29、35(2)、46) 【STEP4】(2)の全ての検討が必要である。 (ⅳ) (分類4)の場合(回収指針27、35(3)) 【STEP4】(2)の全ての検討が必要である。 (ⅴ) (分類5)の場合(回収指針31、35(4)) (分類5)では、将来加算一時差異と相殺できる場合のみ、繰延税金資産を計上できる(コメント105)ため、【STEP4】(2)①から③の検討が必要である。 (2) 回収可能性の検討 ① 一時差異等の解消のスケジューリング 企業の分類の決定の後は、一時差異等の解消のスケジューリングを行う。一時差異等の解消のスケジューリングとは、一時差異等の解消時期が「いつになるか」を検討することをいう。 解消時期がわかるものを「スケジューリング可能な一時差異等」といい、解消時期がわからないものを「スケジューリング不能な一時差異等」という(回収指針3(5)(6))。 スケジューリング不能な将来減算一時差異は、いつ解消するかが不明であるため当該一時差異に係る繰延税金資産については、回収可能性の判定ができない。そのため、貸借対照表に計上できない((分類1)及び(分類2)で将来のいずれかの時点で回収できることを企業が合理的な根拠をもって説明する場合を除く)。 したがって、スケジューリング不能な将来減算一時差異については、②以降の検討は不要である。 具体的には、スケジューリングは以下のように判断する。 〈一時差異等のスケジューリングの判断〉 ◆一時差異 ◆一時差異に準ずるもの なお、スケジューリング不能な将来加算一時差異(例えば、スケジューリング不能なその他有価証券評価差額金(純額)に係る繰延税金負債)は以下の②、③で行う将来減算一時差異の解消見込年度と対応させることができないため、②、③において将来減算一時差異、一時差異に準ずるものと相殺しない。 ② 将来減算一時差異と将来加算一時差異の解消年度ごとの相殺 上記①のスケジューリングをもとに 解消年度ごとに将来減算一時差異、将来加算一時差異を相殺する(回収指針11(3))。 将来減算一時差異と将来加算一時差異は将来の課税所得(税金)に対して反対方向の影響であるため、将来加算一時差異と相殺できた将来減算一時差異は、将来の課税所得(税金)を減少させる効果がある。 そのため、相殺できた将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性ありと判断する。 ③ 将来減算一時差異と繰戻・繰越期間内の将来加算一時差異との相殺 上記②で相殺できなかった将来減算一時差異は、税務上認められている繰越欠損金の繰戻・繰越期間内の(上記②相殺後の残額の)将来加算一時差異と相殺する(回収指針11(4))。相殺できた将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性ありと判断する。 (注) 繰越欠損金の繰戻は、本解説投稿時点で適用が停止されているため、現状では繰越期間のみ考えれば良い。 これは、相殺できなかった将来減算一時差異は課税所得の水準次第(上記②では課税所得は考慮していない)では、将来の欠損金になる可能性もある。そのため、相殺できなかった将来減算一時差異を欠損金のようなものと考えて、税務上認められている繰越欠損金の繰戻・繰越期間内の(上記②相殺後の残額の)将来加算一時差異と相殺する。 ④ 将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額の算定 上記③でも相殺できなかった将来減算一時差異は、下記⑤で将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額と解消年度ごとに相殺する。 そのため、ここでは一時差異等加減算前課税所得を見積もる。一時差異等加減算前課税所得とは、将来の事業年度における課税所得の見積額から、当該事業年度において解消することが見込まれる当期末に存在する将来加算(減算)一時差異の額(及び該当する場合は、当該事業年度において控除することが見込まれる当期末に存在する税務上の繰越欠損金の額)を除いた額をいう(回収指針3(9))。最終的に見積るのは、課税所得ではなく、一時差異等加減算前課税所得である。 見積もる際には、収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得及びタックス・プランニング(固定資産又は有価証券の売却等)に基づく一時差異等加減算前課税所得を考慮して検討する(回収指針6)。 収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得を見積る際に、課税所得を見積る必要がある。この課税所得は、適切な権限を有する機関の承認を得た業績予測の前提となった数値を、経営環境等の企業の外部要因に関する情報や企業が用いている内部の情報(過去における中長期計画の達成状況、予算やその修正資料、業績評価の基礎データ、売上見込み、取締役会資料を含む)と整合的に修正した上で、課税所得又は税務上の欠損金を見積ることになる(回収指針32)。 また、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得は、区分ごとに、以下の2つを満たす場合、一時差異等加減算前課税所得の見積額に含めることができる(回収指針34)。 (分類5)の場合、原則として、繰延税金資産の回収可能性の判断にタックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を織り込むことはできない。ただし、税務上の繰越欠損金を十分に上回るほどの資産の含み益等を有しており、かつ、上記「(分類4)の場合」の(ア)及び(イ)をいずれも満たす場合、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができる(回収指針34(5))。 ⑤ 将来減算一時差異と一時差異等加減算前課税所得の解消年度ごとの相殺 上記③でも相殺できなかった将来減算一時差異は、上記④で算定した将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額と解消年度ごとに相殺する(回収指針11(6))。相殺できた将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性ありと判断する。 ⑥ 将来減算一時差異と繰戻・繰越期間内の一時差異等加減算前課税所得との相殺 上記⑤でも相殺できなかった将来減算一時差異は、税務上認められている繰越欠損金繰戻・繰越期間内の(上記⑤相殺後の残額の)一時差異等加減算前課税所得と相殺する(回収指針11(6))。相殺できた将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性ありと判断する。このような相殺を行うのは、上記③と同じ理由である。 ここまでで相殺できなかった将来減算一時差異に係る繰延税金資産は、回収可能性なしと判断する。 ⑦ 回収可能性のある繰延税金資産及び回収可能性のない繰延税金資産(評価性引当額)の算定 【STEP3】で算定した回収可能性考慮前・繰延税金資産及び繰延税金負債から上記⑥までで回収可能性なしと判断した繰延税金資産(評価性引当額)を控除した金額のみが回収可能性のある繰延税金資産として貸借対照表に計上することができる。 (3) 支払可能性の検討 将来加算一時差異は、将来の課税所得(税金)を増加させるものである。したがって、理論上は将来の税金の支払が見込まれる(支払可能性のある)将来加算一時差異に係る繰延税金負債のみを貸借対照表に計上するために、繰延税金負債について支払可能性の検討が必要である。 しかし、実務指針では、事業休止等により、会社が清算するまでに明らかに将来加算一時差異を上回る損失が発生し、課税所得が発生しないことが合理的に見込まれる場合のみ支払可能性がないと判断することになっている(実務指針24)。 そのため、事業休止等の状況でない限り、支払可能性はあるとし、会社が事業を行っている状況では支払可能性を検討せずに、全ての将来加算一時差異に係る繰延税金負債を貸借対照表に計上する(ただし、将来加算一時差異について将来減算一時差異との相殺を行う必要があるため、スケジューリングは必要である)。 《設例②》 企業の分類は「3」である。 法定実効税率は30%である。 一時差異等加減算前課税所得はX2年度が500、X3年度以降は300と見積っている。 一時差異等加減算前課税所得の見積り期間は5年間としている。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 【STEP5】では、税効果会計の会計処理について検討する。 (1) 繰延税金資産及び繰延税金負債(純資産の部に直接計上され、課税所得の計算に含まれないその他有価証券評価差額金等に係る税効果を除く)の計上 繰延税金資産及び繰延税金負債(その他有価証券評価差額金等に係るものを除く)の増減額を「法人税等調整額」を相手勘定科目として計上する(実務指針2)。 繰延税金資産及び繰延税金負債(その他有価証券評価差額金等に係るものを除く)の会計処理の例は以下のとおりである。 (※1) 当期末の繰延税金資産-前期末の繰延税金資産 (※2) 当期末の繰延税金負債-前期末の繰延税金負債 (2) 直接純資産の部に計上され、課税所得の計算に含まれないものに係る税効果- その他有価証券評価差額金の場合 その他有価証券評価差額に係る税効果会計の会計処理(時価>取得価額の場合)は以下のとおりである。 (※) (時価-取得価額)× 法定実効税率 (3) 繰延税金資産と繰延税金負債の相殺 流動資産の繰延税金資産と流動負債の繰延税金負債は相殺して表示する。また、投資その他の資産の繰延税金資産と固定負債の繰延税金負債も相殺して表示する(実務指針30)。 また、税効果会計においては、以下の注記が必要である(基準第四、財務諸表等規則8の12)。 なお、計算書類では、「繰延税金資産及び繰延税金負債(重要でないものを除く)の発生の主な原因」の注記をすれば足り(会社計算規則107)、上記のような注記は必ずしも求められていない。 * * * 以上、5つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第10回】 「売上の対価として仮想通貨を受け取った場合の会計・税務」 公認会計士・税理士 八代醍 和也 A ビットコインをはじめとする仮想通貨の利用環境が整備されるにつれ、上記のような場面に遭遇することも今後は大いにあると思われるし、筆者も実際にこうした質問を受ける機会が増えてきたように感じる。 自ら進んで仮想通貨取引を行う気がなくても、得意先から申し出を受ければ否応なしに検討する必要が生じるし、今後急速に利用環境が整備されていく可能性があることなどを加味すると、直ちに使用することが想定されなくても、どういった会計処理がなされるのかという整理をしておくことは非常に有意義であると考える。 そこで、仮想通貨各論の1回目は、前回の概論の基本的な考え方を踏まえつつ、仮想通貨を用いた販売取引における会計・税務処理を検討していくこととする。 1 仮想通貨の本質は棚卸資産 前回、仮想通貨のコモデティに類する会計的特性などから、棚卸資産として処理することが合理的と考えられる旨を述べた。この考え方を基本として、さっそく設例を用いて会計処理を検討する。 (1) 商品販売時の会計処理 決済手段として仮想通貨が利用される場合であっても、収益の認識は通常どおり実現主義に基づき、財・サービスの引渡しが行われた段階で認識されることになるだろう。 測定に関しては、現状、明確なルールはないものの、外貨建取引を行った場合の会計処理が参考とされるべきである。すなわち、外貨建取引においては基本的に取引日における為替レートを用いて円換算を行い、円貨額を確定することになるが、仮想通貨を用いた取引についても、特段これと異なる処理を行うべき理由もないと考えられることから、取引日における時価に基づいて経理処理を行うことになるものと考えられる。 また、前回紹介した『ビットコインと税務』(税大ジャーナル第23号(2014.5))においても、「ビットコインを取引の際の支払手段として使用した場合や配当の支払手段としてビットコインを使用した場合の会計処理などについては、ビットコインを支払時の市場価格に換算する方法などについて、通達により取扱いを定める必要があると考えられる。」と述べられており、税務面からも、あるべき会計処理として同じ考え方に立っていることがうかがえる。 以上のことから、設例1の取引に関する会計処理をまとめると、以下の仕訳のようになると考えられる。 (2) 仮想通貨換金時の会計処理 すでに何度か述べているとおり、仮想通貨には取引所が存在し、日本円に換金することが可能である。財・サービスの販売取引とは若干論点が異なるが、基本的には仮想通貨のまま保有することはせず、直ちに円転することも多いと考えられることから、この場合の会計処理についても解説する。 取引所において仮想通貨に時価が形成されている以上、仮想通貨を取得した際とこれを譲渡して日本円に換金した際との間で時価が変動し、換金時の帳簿金額と収入金額は一致しないことが通常である。 これによって生じる換金差額は、有価証券の売却損益及び為替差損益の両方の性格を有するものと考えられるが、いずれにせよ、設例2で発生した換金差額は法人の本来の営業活動から生じたものではないし、販売者は仮想通貨を売上対価として受け取ったのであって、そこに投資意思はないと考えられるため、外貨建取引の決済差額の処理に準じて営業外損益として処理を行うことが妥当するものと考えられる。 以上のことから、設例2の取引に関する会計処理をまとめると、以下の仕訳のようになると考えられる。 2 消費税の取扱い 上記設例では特に触れていないが、消費税に関する取扱いも基本的には通常の販売取引と同様に考えることになろう。取引が国内における資産の譲渡に該当するのであれば、当該取引には消費税が課されることとなる。 なお、本連載【第6回】でも述べたとおり、平成29年7月1日以後、資金決済法に定める仮想通貨の譲渡について消費税が非課税となったため、上記設例2の取引時においては消費税が課されない。 3 商品販売時に取得した仮想通貨を期末時に保有する場合 取引所において仮想通貨の時価が形成されているならば、これを期末時点で保有している場合の時価評価をどのように考えるかが問題となる。 本来コモディティ等のトレーディング目的の棚卸資産を取得し、期末に保有する場合には企業会計基準第9号『棚卸資産の評価に関する会計基準』に則って、当該棚卸資産について時価評価を行い、時価と帳簿価額の差額について当期の損益として処理することになる。 しかしながら、上記設例における販売取引の対価として取得した仮想通貨にはトレーディング目的は認められず、同基準の対象となる棚卸資産には該当しないものと考えられ、取得原価に基づき貸借対照表に計上されることになろう。 また、法人税法第61条(短期売買商品の譲渡損益及び時価評価損益の益金又は損金算入)第1項に規定する短期売買商品についても、上記と同様トレーディング目的の棚卸資産についての取扱いを定めたものであり、販売取引の対価として取得した仮想通貨は規定の対象外と考えられる。 (了)
連結会計を学ぶ 【第6回】 「連結の範囲に関する重要性の原則」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 連結財務諸表の作成において、親会社は、すべての子会社を連結の範囲に含めることが原則である(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)13項)。 ただし、連結会計基準は、重要性の原則を規定しており、子会社であって、その資産、売上高等を考慮して、連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性の乏しいものは、連結の範囲に含めないことができるとしている(連結会計基準注1、注3)。 今回は、連結の範囲に関する重要性の原則について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱い 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱いについては、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用等に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第52号。以下「実務指針52号」という)が公表されている。 1 基本的な考え方 連結の範囲に係る重要性の判断としては、通常、該当要件の影響割合が所定の基準値より低くなれば、それで重要性は乏しいと判断されるものである(実務指針52号3項)。 重要性の判断を行う際には、次の事項に注意し、企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を適正に表示する観点から量的側面と質的側面の両面で並行的に判断する(実務指針52号3項)。 また、「「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」の取扱いに関する留意事項について」(連結財務諸表規則ガイドライン)では次のように規定しているので、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、注意が必要である。 2 連結の範囲から除外できる重要性の乏しい子会社 連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性が乏しい子会社かどうかは、企業集団における個々の子会社の特性とともに、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断する(実務指針52号4項)。 また、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」では次のように規定している。 上記4項目に与える具体的な影響度合いは、次の算式で計算された割合をもって基本的に判断する(実務指針52号4項)。 算式を適用する場合には実務指針52号4-2項を十分に勘案する必要がある。 前述のように、実務指針52号では、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断することが述べられており、それぞれに関する具体的な影響度合いについての算式を示しているが、キャッシュ・フローに関する算式については設けていない(実務指針52号4項)。 キャッシュ・フローに関する具体的な影響度合いに関する算式を考えると、例えば、キャッシュ・フロー計算書を利用するとしても、営業活動によるキャッシュ・フロー、投資活動によるキャッシュ・フロー、財務活動によるキャッシュ・フローがあり、どの数値を用いて算式を設定すればよいかについて一律に決定することが難しいのではないかと思われる。 また、キャッシュ・フローについては貸借対照表や損益計算書と密接に関連することから、上記の4基準により連結の範囲に関する重要性の判断をすることにより、キャッシュ・フローに関する重要性についても判断できると考えられる。 このようなことなどから、実務指針52号ではキャッシュ・フローに関する算式を示していないものと解される。 3 重要性の判断に関する数値基準 現行の実務指針52号では、連結の範囲に係る重要性の判断に関する数値基準は設けられていない。 しかしながら、かつて、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用に係る監査上の取扱い」(監査委員会報告第52号(当時))の注書きにおいて、次の記載があった。 平成14年7月3日の改正において、当該注書きは削除されたが、当時の常務理事前文において、「委員会報告第52号が公表されてから既に10年近く経っており、連結の範囲が同報告の趣旨に沿って広く実務に定着したと判断されるため、同報告の(注)として記載されていた具体的参考数値を削除することといたしましたが、その趣旨は従来と変わらないことを申し添えます。」と記載されているので、実務上、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、上記の数値基準は参考になるものと解される。 (了)
民法(債権法)改正とは何だったのか 一般社団法人日本経済団体連合会 参与 阿部 泰久 1 はじめに 本稿では、120年ぶりの民法(債権法)の大改正に至るまでを、独断と偏見を承知のうえで、民法学者の描く理想像としての新「契約法」創設の動きと、それを実務の領域から押しとどめて、「民法改正」に終わらせた経緯として整理してみたい。 2 なぜ、債権法改正だったのか 現行民法が1896年に制定(1898年施行)されて以来、第3編債権については、2004年に条文表現を現代語化するのに併せて保証制度に関する部分的な見直しが行われたほかは、改正されることなく維持されてきた。 この間、経済・社会や国民生活のあり方は大きく変化し、制定当時は考えられなかった経済取引や通信手段も現れているが、これを規律する基本法である民法は改められることなく、解釈や判例によって補われてきたため、民法典を読むだけでは、民法を理解できない状態になっていた。 法制審議会に対する法務大臣の諮問によれば、民法(債権法)改正の目的は、制定以来の社会・経済の変化に対応したものとすること、および、国民一般に分かりやすいものとすることの2つである。このうち、後者には、120年の間に蓄積された判例ルールの明文化、不明確な条文の明確化、さらには、書かれていない前提、原理、定義を補う、という3つの意味があるとされていた。 逆に言えば、確定した判例や、周知の解釈によって、民法典には書かれていない規律も十分に補われてきており、国民一般には分からないとしても、少なくとも実務の世界では大きな支障なく回ってきたのである。 3 学者の理想論としての「改正試案」 法務省では、2006年2月には民法(債権法)の抜本改正を行う方針を明らかにし、まず学者を中心とした準備作業として、2006 年10月「民法(債権法)改正検討委員会」が設置された。 これは、あくまで学者を中心とする私的な研究会とされたが、委員長には法制審議会民法(債権法関係)部会長となる鎌田薫早稲田大学教授、事務局長には後に法務省に移って改正作業を陣頭指揮した内田貴東京大学教授が就任し、そのほかのメンバーも多くが、法制審民法部会の委員・幹事となった。また、法務省民事局の担当官が、実際の運営にも深く関与していた。その意味で、検討委員会は、法制審議会に向けた改正案のたたき台を作成する役割を担うものであった。 2009年3月に公表された「債権法改正の基本方針(改正試案)」は、個々の基本方針を「提案」と称し、「提案」は条文のような体裁をとっていた。また、債権編のみならず、総則編中の第5章法律行為、第6章期間の計算、第7章時効のうちの消滅時効に関わる部分を対象に含めているほか、債権編の中でも法定債権(事務管理、不当利得、不法行為)は対象としておらず、単なる民法の改正ではなく、まったく新たに体系的な「契約法」を制定しようとの提案であった。 また、消費者取引や事業者間取引を除外しては、取引一般を規律したことにならないとして、消費者法や商行為法の規定のうち基本的なものは民法典に含めるべきであるとの考え方のもと、基本法たる民法の役割であるべき、対等の私人間の関係の規律を超えて、「消費者」や「事業者」が当事者となる場合の特則を新たに設けることも構想されていた。 この「改正試案」は、最先端の学説の集大成であるばかりでなく、法改正を意識した提案としても、非常に分かりやすい優れたものである。もし、白地に絵を描くように、民法や債権法がない国に新たに契約法を作るのであれば、現時点ではおそらくベストな提案であろう。しかし、わが国には120年に及ぶ民法と、それを運営してきた実務の積み重ねがあり、いかに優れた提案であっても、今までの蓄積を放棄して、これに取り換えるわけにはいかない。 4 法制審議会における理想論と実務の攻防 債権法改正を審議した法制審議会民法(債権関係)部会は、2009年11月24日に第1回会合を開催し、東日本大震災による中断をはさみながらも、2014年2月まで5年3ヶ月にわたった。 この間を、発足から中間的論点整理(2011年4月12日決定)までの第1ステージ、中間試案(2013年2月26日決定)までの第2ステージ、要綱案決定までの第3ステージの、3つに区切ることができるが、これは、学者の理想論である「債権法改正の基本方針(改正試案)」を暗黙の出発点としながらも、主に実務の側からの反駁を受け入れつつ、改正対象となる項目を徐々に絞り込み、改正内容を現行実務とできるだけ接続可能なものに収めていくという過程であった。 ちなみに改正項目は、「債権法改正の基本方針(改正試案)」では900に及んでいたが、「中間的な論点整理」では500強、中間試案では約260、最終的な要綱案では約200に絞り込まれていった。 それでは、実務の側から学者議論に掣肘(せいちゅう)を加えた主体は何だったのか。 法制審議会民法(債権関係)部会に参加していた実務者代表は、弁護士4名(東京3会、大阪)、経済界3名(経団連、日商、全銀協)であった。このうち、弁護士会は必ずしも一枚岩ではなく、中間的論点整理、中間試案へのパブリック・コメントでは、各単位会、有志、個人とバラバラであった。 経済界のうち経団連は、部会開催中に法務省民事局との間で100回を超える会合を通じて意見を伝えており、債権譲渡の対抗要件や保証債務、定型約款等については主張を貫いたが、必ずしも改正項目全般にわたり意見を示すことはしなかった。 実際に、すべての改正項目について目を配りながら、実務からの乖離を防ぐ中心的役割を果たしていたのは裁判所である。 部会には裁判官が4名(最高裁判所事務総局民事局長、民事局第一課長、第二課長、東京地裁判事)参加し、中間的論点整理、中間試案へのパブリック・コメントでも最高裁として膨大なコメントを寄せている。しかし、部会での裁判官からの積極的発言は、第3ステージに入り要綱案の取りまとめに向けた審議に至るまでは、意外に少ない。むしろ、部会各会合の前後に、事務局である法務省民事局と密接なすり合わせをしていたと思われる。 裁判所の判断基準は、当然のことながら、従来の裁判実務の観点から合理性があるか否か、平たく言えば裁判ができるかどうか、である。 確定した判例や解釈を法文に明記したり、不明確な条文の明確化を図る改正であればかまわない。しかし、いくら理論的には正しいことであっても、既に固まった判例があり、実務もそれに従っていて問題がないところを改正するのは「壊れていないところをいじる」ものでしかない。また、確定判決には至らなくても、下級審判決がある方向に向けて粛々と収斂しかけているのに、それを法改正で妨げられても困る。さらに、何が「暴利行為」なのかなど、法理論的に明確にならないものを、裁判官の個々の解釈でやっていけば、混乱を拡げるだけになりかねない。 もともと、法務省民事局は、民事局長以下、参事官、スタッフ(局付)の大部分が裁判所からの出向者であり、裁判所(最高裁事務総局)が反対することはできない。それ以上に、自分自身が裁判官に戻った時に、戸惑うことになることが分かっているような民法改正はできない。 かくして、学者の理想論は再び学説の海の中に押し戻され、実務的にも「容認できる」範囲での民法(債権法)改正となったのである。 (了) ◆民法の改正内容を細部にわたり詳細に解説した 今、手に入れておきたい注目の1冊!! 『民法[債権法]大改正要点解説-改正理由から読み込む重要ポイント』 ▷▷[こちら]で販売中!! 著 者: 日本経済団体連合会 参与 阿部泰久 日本経済団体連合会 川崎茂治 日本経済団体連合会 弁護士 篠浦雅幸 発 行:2017年6月27日 判 型:A5判610頁(上製) ISBN:978-4-433-64997-5 定価:5,184円(税込) 会員価格:4,666円(税込)