〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕 税法や通達以外の実務知識 【第3回】 「不動産鑑定評価について(その1)」 -鑑定評価によって求める価格の種類- 税理士 笹岡 宏保 基本的な論点 相続税法22条(評価の原則)の規定では、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価によるものとされており、この「時価」とは、当該財産の取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、客観的な交換価値をいうものと解されています。 実際の評価実務において、相続税の課税対象とされる財産は多種多様であることから、国税庁では、相続財産の評価の一般的な基準を評価通達によって定め、各種財産の評価方法に共通する原則や各種の財産の評価単位ごとの評価方法を具体的に定め、課税の公平の観点から、その取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告、納税の便に供するものとされています。 そうすると、相続財産の評価に関する法令解釈等として、評価通達に定める評価方法は、個別の評価によることなく、画一的な評価方法が採られていることから、評価通達に基づき算定された評価額が、取得財産の取得時における客観的な時価と一致しない場合が生ずることも当然に予定されているというべきであり、評価通達に基づき算定された評価額が客観的な時価を超えていることが証明されれば、当該評価方法によらないことはいうまでもないとされています。 上記 部分を立証挙証するために、相続財産が不動産(土地等、家屋等)である場合に、当該不動産の客観的な時価を不動産鑑定士等による不動産鑑定評価に求める事例を数多く見受けます。 今回より、連載で不動産鑑定評価に関する知識を確認してみることにします。 第1回目の本稿では、鑑定評価によって求める価格の種類について確認します。 解決への指針 (1) 鑑定評価で求める価格は4種類 不動産鑑定士等が不動産鑑定評価に当たって、遵守することが求められている不動産鑑定評価基準において、 と定めています。 ◆ポイント◆ 鑑定評価によって求める価格の種類は、次の4つです。 ① 正常価格 ② 限定価格 ③ 特定価格 ④ 特殊価格 (2) 正常価格の意義とその留意点 正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいいます。 この場合の「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場」の条件は、次のとおりです。 ① 市場参加者についての条件 市場参加者が自由意志に基づいて市場に参加し、参入、退出が自由であること。 「市場参加者」とは、自己の利益を最大化するため次の要件を満たすとともに、慎重かつ賢明に予測し、行動するものをいいます。 ② 取引形態についての条件 取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものでないこと。 ③ 公開期間についての条件 対象不動産が、相当の期間、市場に公開されていること。 (3) 限定価格の意義とその留意点 限定価格とは、市場性を有する不動産について、不動産と取得する他の不動産との併合又は不動産の一部を取得する際の分割性に基づき、正常価格と同一の市場観念の下において形成されるであろう市場価値と乖離することにより、市場が相対的に限定される場合における取得部分の当該市場限定に基づく市場価値を適正に表示する価格をいいます。 限定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりです。 (4) 特定価格の意義とその留意点 特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格をいいます。 特定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりです。 (5) 特殊価格の意義とその留意点 特殊価格とは、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格をいいます。 特殊価格を求める場合を例示すれば、次の用途に供されている不動産について、その保守等に主眼をおいた鑑定評価を行う場合をいいます。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第8回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第1章》 平成13年度税制改正前の議論) 3 現物出資の課税の特例制度 (1) 制度の概要 【第2回】で解説したように、第7回法人課税小委員会(平成12年6月2日)に提出された資料では、平成13年改正前法人税法における現物出資の取扱いについて、以下のように記載されている。 この制度は、昭和17年の臨時租税特別措置法により、国の政策の実現のための特別の規定として導入され、その後、昭和23年蔵税2758号通牒、昭和25年の法人税基本通達に一般の会社にも適用できるようになり、さらに、昭和40年の法人税全文改正により、法令に取り込まれるようになったと言われている(※1)。 (※1) 大野新二「圧縮記帳における課税繰越趣旨の再吟味」税大論叢35号18頁(平成12年)。 前回で述べたように、組織再編税制を理解するうえで重要になるのは、上記のうち、②子会社の設立時に、株式等の保有割合が95%未満となることが見込まれていないことである。 この規定が導入されたのは、平成10年度税制改正であり、共同事業を行うための組織再編成の要件の1つである株式継続保有要件における「見込まれる」という考え方について、平成13年3月23日の租税研究会の会員懇談会での質疑応答において、「現行の特定の現物出資により取得した有価証券の圧縮額の損金算入制度(法法51、法令93)において、現物出資により取得した株式の持分割合につき、具体的な保有期間を定めず、95%未満となることが『見込まれているものでないこと』の要件が付されていますが、これと同様に考えることとなります」と、財務省主税局の朝長英樹氏(当時)が回答を行っている(※2)。そして、「見込まれる」という不確定概念は、支配関係継続要件や事業継続要件でも同様に規定されているが、上記の回答と同じ解釈をすべきであると考えられる。 (※2) 『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』90頁(日本租税研究協会、平成13年)。 (2) 平成10年度税制改正 『平成10年版改正税法のすべて』309-310頁(大蔵財務協会、平成10年)では、特定の現物出資により取得した有価証券の圧縮額の損金算入(以下、「特定現物出資」という)の解説がなされている。 平成10年改正前租税特別措置法66条では、新たに法人を設立するために出資した金銭以外の資産に土地が含まれている場合の特例が定められていたが、平成10年度税制改正では、「土地を巡る状況が大きく変化してきていること、企業経営の合理化、効率化のための分社化の必要性が高まってきていること」を理由として、当該規定が削除されることになった。 さらに、法人税法51条で定められている特定現物出資の取扱いについても、①出資資産が国内にある資産として政令で定める資産である場合には、当該資産の出資により海外子会社を設立するものでないこと、②新設法人の設立時において、当該法人の有する新設法人の株式の保有割合が95%未満になると見込まれるものでないことという2つの要件が追加されることになった。このうち、①の取扱いは、現行法人税法でも、国境を挟む組織再編成が可能な現物出資について、会社分割とは異なる特例が定められている。 そして、②の取扱いは、前述の財務省主税局からの回答にあるように、「見込まれる」という解釈において非常に重要なものとなる。平成12年10月11日の会員懇談会の段階では、株式の継続保有期間を設けるべきかどうかを検討していたようであるが(※3)、前述のように、平成13年3月23日段階では、上記の特定現物出資の取扱いを継続することになった。 (※3) 前掲(※2)84頁。 なお、上記②の「見込まれる」という解釈について、『平成10年版改正税法のすべて』311頁(注)(大蔵財務協会、平成10年)では、「この要件は、現物出資が実質的な会社分割であることを担保するためのものです。すなわち、子会社を設立する時点で増資、合併等により出資割合が95%未満となることが予定されているものには本制度は適用しないというものです。したがって、子会社設立後に新たに生じた事由で出資割合が95%未満となったとしても要件違反を問われることはありません。」と解説されている。すなわち、後発事象により95%未満になったとしても、要件違反は問われないということである。 この解釈が、現在の組織再編税制における「見込まれる」の解釈となっているが、実際に、どのような場合であれば後発事象とみなすことができるのかは、実務上も悩ましい問題である。 この点について、IDCF事件(平成28年2月29日最高裁判決TAINSコードZ888-1983)における朝長英樹氏の鑑定意見書によれば、「『希望している』、『目標となっている』、『目指している』というようなことではなく、『予定されている』ということが、平成10年度税制改正前(原文ママ)の旧法人税法施行令第93条第2項第3号の判定基準とされているわけである。」(※4)「株式を『継続して保有することが見込まれる』ということになっているか否かの判定は、『予定されている』という状態であるのか否かということ、更に具体的に述べると、『売却計画が事前に決定された』という状態となっているのか否かということによって行うこととされている」(※5)と解説されている。 (※4) 朝長英樹『組織再編成をめぐる包括否認と税務訴訟』368頁(清文社、平成26年)。 (※5) 朝長前掲(※4)369頁。 本鑑定意見書が公表される前であっても、ほとんどの実務家がこのような解釈を採用していたことから、この内容について異論はない。ただし、実際に実務に落とし込んでいくと、様々な問題があったことから、国税局や税務専門家からの見解がいくつかの文献で見られるようになっている。この連載でも、可能な限り、これらの見解に触れていきたいと思う。 * * * さて、前置きが長くなってしまったが、平成12年までに議論されていた内容について、【第1回】から【第8回】までの解説で、おおむね解説することができたと思う。次回からは、平成13年度税制改正の具体的な内容に触れていきたい。 なお、実務が進むようになると、国税局や税務専門家からの見解も公表されているし、それがその後の財務省主税局の見解にも影響を与えているように思われる。本連載でも、これらの見解は可能な限り触れていくが、まずは、国税局や税務専門家からの見解に影響を受けていないピュアな財務省主税局の見解を探っていくこととしたい。 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第33回】 「役員給与」 ~代表者の配偶者に対する交際費の支出が代表者に対する役員給与に該当すると判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「代表者の配偶者に対する交際費の支出が代表者の役員給与(賞与)に該当すること」を理由とする法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた横浜地裁平成22年7月28日判決(税資260号順号11483。以下「本判決」という)を素材とする。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、大要次のとおり、X社の乙に対する交際費等の支出が甲に対する役員給与の支給に当たり、その金額を損金の額に算入することができないとする評価判断に至った過程自体を省略することなしに具体的に明示するものであり、理由付記に不備はないと判断した(控訴審である東京高裁平成22年12月22日判決・税資260号順号11584もこの判断を維持。上告審である最高裁平成23年9月8日第一小法廷決定・税資261号順号11757は上告棄却・上告不受理)。 (1) 求められる理由付記の程度 (2) 理由付記の十分性 4 検討 (1) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、X社が交際費等として損金計上しているX社の代表取締役甲の配偶者乙に対する誕生日祝金等の支出について、総勘定元帳に記載されているその支出年月日、支出の相手方及び支出の目的をそのまま認めるものである。その上で、各支出は、甲が乙に支出したものでX社の業務とは何ら関連のないものであり、甲個人が支出すべき費用をX社に支出させたものであるため、甲に対する役員給与(賞与)の額に当たるところ、法人税法34条1項各号に規定する役員給与(定期同額給与、事前確定届出給与、利益連動給与)のいずれにも該当しないことから、損金の額に算入されないとするものである。すると、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当する。 したがって、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (2) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 本件理由付記は、①乙に対する各支出について、X社の帳簿において、乙に対する誕生日祝金、結婚記念祝金、お中元及びお歳暮であると記載されていること、②乙は代表取締役甲の配偶者であること及び③当該各支出は甲が乙に対して行ったものであることを明記している。 すると、本件更正処分は、乙に対する各支出について、上記①ないし③に着目して、甲が乙に支出したものでX社の業務とは何ら関連のないものであり、甲個人が支出すべき費用をX社に支出させたものであると評価したものであることがわかる。また、かかる評価に基づいて、各支出は甲に対する役員給与(賞与)に該当するところ、法人税法34条1項各号に規定する役員給与のいずれにも該当しないことから、損金の額に算入されない、と判断したことを理解できる。 そうであれば、本件理由付記は、その記載内容から法令上の根拠が明らかになるものであり、かつ、法令上の要件に対応する具体的な事実を記載するものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものである。よって、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであると考える。 * * * 次回は、「前代表取締役に対する役員退職給与の額が過大であること」を理由とする法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第29回】 「シルバー精工事件」 ~最判平成16年6月24日(集民214号417頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第15回】 「家屋とともに敷地の一部を譲渡した場合」 -対象敷地の一部の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、昨年12月に死亡した父親の居住用家屋(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地(200㎡)を相続により取得し、その家屋を耐震リフォームした後に、その敷地の庭部分(80㎡)を残して、本年8月に6,200万円で売却しました。 相続の開始の直前まで父親は1人で暮らし、その家屋は相続の時から譲渡の時まで空き家で、その敷地全体も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 この場合、Xは、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用を受けることができるでしょうか。 A その譲渡がその被相続人居住用家屋とともに行われたものであることから、対象敷地の一部の譲渡であっても、「相続空き家の特例」が適用できる譲渡に該当します。 ●○●○解説○●○● 「相続空き家の特例」の適用を受けられる者(相続又は遺贈による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした個人(【第2回】の解説を参照))が、同特例の適用対象となる被相続人居住用家屋の敷地等を区分して譲渡する場合に、その家屋を取り壊さずに、耐震リフォームを行って、その敷地等の一部を譲渡した場合には、措通35-17(被相続人居住用家屋の敷地等の一部の譲渡)(2)の定めにより次のとおり取り扱われます。 したがって、本事例においては、上記(イ)のとおり、その譲渡がその被相続人居住用家屋とともに行われたものであることから、「相続空き家の特例」が適用できる譲渡に該当します。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第63回】 株式会社AKIBAホールディングス 「第三者委員会調査報告書(平成29年7月28日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社AKIBAホールディングスの概要】 株式会社AKIBAホールディングス(以下「AHD」と略称する)は、1983(昭和58)年設立。2015(平成27)年10月に純粋持株会社へ移行するともに社名変更。旧社名は株式会社アドテック。メモリ製品製造販売事業を中心に業容を拡大、ウェブソリューション事業などを手がける。売上高6,529百万円、経常損失13百万円、従業員数93名(数字はいずれも2017年3月期末)。代表取締役社長は下津弘亨氏(以下「下津社長」という)本店所在地は東京都中央区。JASDAQに上場。 内部通報により、不正取引が発覚した連結子会社のiconic Storage株式会社(以下「iconic社」と略称する)は、コールセンターサービスなどを手がけ、2016年(平成28年)3月に、AHDによって買収された。代表取締役は、AHD代表取締役の下津社長が兼務。 また、第三者委員会の調査の過程で不正が発覚した連結子会社の株式会社バディネット(以下「バディネット」と略称する)は、通信機器の開発・設計・運用を手がけ、2015(平成27)年1月、AHDに買収された。代表取締役はAHD取締役の堀礼一郎氏(以下「堀取締役」という)。 【第三者委員会調査報告書の概要】 1 調査に至る経緯 AHDは、平成29年4月12日、iconic社取締役より、iconic社からA1社への支払が架空発注によるものである旨の内部通報を受け、社内調査を行ったところ、元取締役甲がA1社を使っての資金を不正に利得した疑いがあること、また、元取締役甲が、A1社以外の会社を利用した不正取引も行っていた疑いがあることを認知した。 そのため、AHDは、より厳密な調査を行うとともに、調査の客観性及び信頼性を高めるため、平成29年5月26日、利害関係のない公認会計士及び弁護士による第三者委員会を設置した。 2 不正取引の概要(その1:iconic社) 第三者委員会は、まず、元取締役甲がiconic社に指示した不正な資金の流失について、調査を始めた。調査過程で、資金の流出先として名前が挙がったのは、A1社(代表者は元取締役甲と親密で、iconic社内に机を置いて、A1社の仕事をしていた)、A2社(A1社代表が設立した休眠会社)、G社(人材派遣会社)、X社などであった。 (1) A1社に対する架空請求書に基づく資金の流出 元取締役甲は、iconic社業務担当者に命じ、A1社に対して総額約4,900万円を振り込ませ、A1社代表に対しては、振り込まれた資金を、元取締役甲自身が実質的に支配するB社口座、元取締役甲の元配偶者名義の口座、iconic社業務担当者の口座などに振り込ませていた。 元取締役甲は、A1社への送金は、iconic社から貢献度に応じた報酬の支払を受けていたものであり、「実質的には受け取る理由がある」と主張しているが、第三者委員会は、架空取引の支払をしたものであり、元取締役甲に裏金を渡していたに過ぎないと判断した。 (2) G社案件 iconic社は元取締役甲の指示に基づき、事業活動を行っていないA2社に対する売上を計上して、それを原資に、G社に対して業務委託費用名目で、約2,900万円の支払を行っているが、G社は、実際には契約内容であるコールセンターへの人材派遣は行っていなかった。 本件支払いにつき、元取締役甲は架空発注であったことを認めているが、G社代表者は、G社では実際に約30名の派遣社員を集めて元取締役甲から派遣の連絡を待っていたが、連絡はなく、契約期間中は待機状態が続いていたものであると主張している。 これに対して、第三者委員会は、「業務委託費として営業費用計上することは大いに問題がある」と判断している。 (3) X社案件 元取締役甲は、平成27年6月AHD常勤監査役に就任したが、役員報酬は月額10万円と低額であったため、その補填として、連結子会社である株式会社エッジクルーからiconic社に対して、システムエンジニアリングサービスにかかるノウハウ提供料として月額40万円が支払われ、iconic社から元取締役甲が実質的に支配するB社に対して同額が支払われていた。 その後、iconic社がAHDの連結子会社となったため、スキームを変更。AHDとX社の間のプロパートナーズサービス基本契約に基づき、AHDはX社に月額40万円を支払うこととなった。この40万円のうち38万円は、X社から元取締役甲に支払われていた。 第三者委員会は、この契約が元取締役甲の役員報酬を補填する目的であったことを認める判断をしている。 3 不正取引の概要(その2:バディネット) バディネットは、AHDによる買収前から堀取締役とAHD取締役古賀弘幸氏(以下「古賀取締役」という)によって経営されている。第三者委員会は、調査の過程で入手した、関係者のメール、総勘定元帳等の会計データ、その他の関係資料を通じて、バディネットにおいて、平成28年3月期決算において利益を調整するために架空費用を計上し、翌平成29年3月期決算においてそれを戻すための取引を行っている疑いのある不自然な取引を発見し、バディネットの平成28年3月期決算を通査した。 第三者委員会はここでも関係者のメールから取引内容を把握している。 (1) Y社に対する架空費用の支払と架空請求 バディネット顧客である大手通信会社の通信サービス終了に伴う顧客訪問業務を受託したバディネットは、平成28年3月の約1ヶ月間に約9,700万円の売上を計上することとなった。この業務は、連絡がつかない顧客を訪問してサービスの終了を伝えるものであったが、短期間で15,000件に上る顧客を訪問するものであったため、バディネットは、複数の下請け業者に委託することとなった。 下請業者の1つY社に対して、堀取締役の依頼に基づき古賀取締役がY社代表者に対し、平成28年3月期の請求を1,500万円水増しさせて、これを支払った。 翌期に、バディネットは、Y社に対して1,470万円の架空請求を行い、Y社はこれを支払った。その結果、Y社に30万円の手数料を支払ったこととなった。 (2) Z1社からの過大請求 同じく平成28年3月において、堀取締役・古賀取締役はZ1社のオーナーに対して、訪問サービスの業務委託費用として1,200万円、通信サービスマイグレーションの業務委託費用として800万円の架空の業務委託契約を締結するよう依頼し、契約に基づく請求が行われ、バディネットはこれらを支払った。 しかし、この架空請求に関する返還はなされていない。 (3) X社、Y社、バディネットによるスキーム 平成28年3月期末、バディネットは、X社に対して1,100万円の顧問料を費用計上して支払っているところ、平成28年10月から12月において、バディネットはY社から1,090万5,000円の業務を受託し、Y社はX社から同じ期間に1,100万円の業務を受託していた。 バディネットは、平成28年3月期に架空の費用をX社に対して支払い、これをX社から直接戻すのではなく、Y社を迂回するかたちで還流させたものである。 (4) 堀取締役、古賀取締役の主張 第三者委員会の調査に対して、バディネットの経営にあたっている堀・古賀取締役は、予想外に利益が計上されることになったので、費用を過大計上して、税金の負担を少しでも軽くしたいと考えたものであることを認めている。 4 原因分析 (1) 不祥事発生の背景 第三者委員会は、今回の不祥事発生の背景として、以下の点を挙げている。 (2) 発生原因 そのうえで、第三者委員会は、発生原因として、次の6項目を挙げている。 このうち、コンプライアンス意識が醸成されていなかった例示として、第三者委員会は次のように述べている(調査報告書p.60)。 5 再発防止策 第三者委員会による再発防止策の提言は、次の6項目である。 この中では、「(4)内部監査体制の整備」に、以下のような記述がある点が気になった。 第三者委員会のこうした評価が正しいとすれば、AHDの平成28年3月期の内部統制報告書にある、「平成28年3月31日現在の当社グループの財務報告に係る内部統制は有効であると判断いたします」という文言の根拠が問われるのではないかと思われる。 【調査報告書の特徴】 買収により業容を一気に拡大してきた純粋持株会社の子会社を舞台にした会計不正事件。本件が他の同様の事件と異なる点は、持株会社の取締役が、実際に不正を行っていた点にあった。 1 会計上の修正仕訳に関する詳細な記載(調査報告書p.36以下) 第三者委員会は、事実認定に基づき、財務諸表の修正について詳細な記述を行っている。その手法は、不正と認定した取引ごとに、(1)会社側の意図(資金の返還を求めるか否か・取引を取り消すか否か)、(2)現状の会計処理、(3)四半期ごとの修正仕訳の具体的提示といった形で進められている。調査報告書のページ数にして24ページに及ぶこの記述は、会計不正事件が発覚した後の過年度修正仕訳の考え方を知るうえで大変参考になるものである。 もっとも、資金の返還を要求するために修正された「未収入金」に対する貸倒引当金の設定や法人税、消費税の修正申告、繰延税金資産負債等については、「派生的に修正が必要となる可能性もある」としながら、「派生的な影響に関する検討は行っていない」ということで、この点、少し残念な気がする。 貸倒引当金の設定に関する判断基準、法人税、消費税等の修正申告、源泉税の追加納付、繰延税金資産負債の計上の是非などについて、基本的な考え方を例示していれば、経理担当者にとって、会計不正発覚時の良い教科書になったのではないかと思料する。 2 会計監査人の異動 AHDが8月2日にリリースした「公認会計士等の異動に関するお知らせ」によると、会計監査人である優成監査法人から、以下のような申し出を受けて、会計監査人を異動することが公表された。 引用した文章の前に、「平成29年3月下旬頃より、報酬について打診をしていた」という記述があるが、平成29年3月期の監査報酬について平成29年3月下旬に打診をしていることそのものが、会計監査人による監査の軽視という、AHD管理部門の体質を現しているように思えてならない。 その後、AHDは、8月7日に一時会計監査人にKDA監査法人を選任したことを公表し、同月25日にはKDA監査法人を会計監査人に選任することを公表した。 3 特別損失の計上 AHDが9月1日にリリースした「特別損失の計上並びに平成30年3月期第2四半期及び通期連結業績予想の修正に関するお知らせ」によれば、第三者委員会による調査費用と会計監査人の訂正監査費用の総額は約85百万円に達した。 業績予想の修正理由を引用する。 4 新しい経営体制 AHDは、8月25日、下津代表取締役社長が「経営責任を明確にするため」退任し、新代表取締役社長に、KDDI株式会社で監査役を務めた経験を有する馬場正身常勤監査役を選任することを公表した。 馬場新社長の選任理由について、リリースでは、「当社グループ全体のコンプライアンス意識の向上のため、上場企業を含む各種企業での監査役経験が豊富」であるとしている。 9月29日に開催された定時株主総会を受けて公表された「新役員体制」では、馬場新社長を含む新任の取締役2名、常勤監査役を含む新任の監査役2名が就任し、役員体制が刷新されている。 なお、一連の不正会計発覚の発端となった元取締役甲であるが、5月1日の不正行為発覚のリリース時点で「当社元取締役」と記されており、内部通報のあった4月12日からそれを公表した5月1日までの間のどこかの時点で辞任している模様だが、AHDのIR情報を見る限り、公表はされていないようである。 5 AHDによる再発防止策 その後、9月29日になって、AHDは、「再発防止策」を公表する。その中では、まず、取組体制として、次のとおり、組織的な取組体制が強調されている。 次に、具体的な再発防止策は以下のとおりであり、概ね、第三者委員会による提言に沿った内容となっている。 第三者委員会から、「機能していない」と評された内部監査委員会については、「(3)内部監査体制の強化」の中で、以下のようにまとめられている。 (了)
収益認識会計基準(案)を学ぶ 【第8回】 「収益の額の算定①」 -取引価格に基づく収益の額の算定及び取引価格の算定- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 【第2回】において、「収益認識に関する会計基準(案)」(以下「収益認識会計基準(案)」という)における収益認識のためのステップとして、次の5つがあることを解説した。 今回は、ステップ3及びステップ4のうち「取引価格に基づく収益の額の算定及び取引価格の算定」を解説する。 「収益認識に関する会計基準の適用指針(案)」(以下「収益認識適用指針(案)」という)では、取引価格の算定に関連する設例が多く作成されているので、実務の適用の際に参考になる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取引価格の算定 「取引価格」とは、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額をいう(収益認識会計基準(案)7項。ただし、第三者のために回収する額を除く。「第三者のために回収する額」については本連載の【第1回】参照)。 取引価格のうち履行義務に配分した額が、履行義務を充足した時に又は充足するにつれて(履行義務の充足。本連載の【第7回】参照)、収益として認識される(収益認識会計基準(案)43項、51項)。 1 取引価格の算定に関する留意点 取引価格の算定に関する留意点は次のとおりである。 関連する収益認識適用指針(案)の設例は次のとおりである。 2 変動対価 「変動対価」とは、顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分をいう(収益認識会計基準(案)47項)。 契約に変動対価が含まれる場合、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ることとなる対価の額を見積ることになる(収益認識会計基準(案)47項)。 変動対価の見積りに関する留意点は次のとおりである(収益認識会計基準(案)48項~52項)。 3 契約における重要な金融要素(契約金額からの金利相当分の区分処理) 顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合には、取引価格の算定にあたっては、約束した対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整する(収益認識会計基準(案)54項)。 収益は、財又はサービスに対して顧客が支払うと見込まれる現金販売価格を反映する金額で認識することになる(収益認識会計基準(案)54項)。 契約における重要な金融要素に関する留意点は次のとおりである(収益認識会計基準(案)53項、55項、124項)。 4 現金以外の対価 契約における対価が現金以外の場合、取引価格の算定にあたっては、当該対価を時価により算定する(収益認識会計基準(案)56項)。 対価が現金以外の場合の留意点は次のとおりである(収益認識会計基準(案)57項~59項)。 5 顧客に支払われる対価 顧客に支払われる対価は、企業が顧客(あるいは顧客から企業の財又はサービスを購入する他の当事者)に対して支払う又は支払うと見込まれる現金の額や、顧客が企業(あるいは顧客から企業の財又はサービスを購入する他の当事者)に対する債務額に充当できる金額等を含む(収益認識会計基準(案)60項)。 顧客に支払われる対価に関する留意点は次のとおりである(収益認識会計基準(案)60項、61項)。 関連する収益認識適用指針(案)の設例は次のとおりである。 6 取引価格に基づく収益の額の算定に関する意見 返品権付きの販売について、以下の論点が検討されている(第341回企業会計基準委員会(2016年7月25日)の審議事項(4)-2の13項~15項、第348回企業会計基準委員会(2016年11月4日)の審議事項(3)-6の13項~19項)。 変動対価について、以下の論点が検討されている(第341回企業会計基準委員会(2016年7月25日)の審議事項(4)-3の12項、17項、第349回企業会計基準委員会(2016年11月18日)の審議事項(4)-5の11項、18項)。 第351回企業会計基準委員会(2016年12月20日)の審議事項(6)-6の9項では、工事契約においては、我が国において出来高払いは一般的ではなく、竣工払いの割合が大きいうえに、出来高に応じた工事代金の支払いが1年以内となることは少ないため、本論点の影響を受ける可能性があること、工事契約は個別性が高いことから、一般に観察可能な現金販売価格はないため、金融要素の調整は実務上極めて困難であること、金融要素の調整が必要な場合、受注高の管理や債権管理に極めて大きな影響があることが述べられている。 Ⅲ 重要性等に関する代替的な取扱い 返品調整引当金(Ⅰのステップ3関連)に関する代替的な取扱いは規定されておらず(収益認識適用指針(案)157項)、現行の日本基準又は日本基準における実務の取扱いは認められないこととなる(第341回企業会計基準委員会(2016年7月25日)の審議事項(4)-2の6ページに仕訳例の比較がある)。 また、収益認識適用指針案は、次の項目に関する代替的な取扱いを規定していない。 Ⅳ 会計システム等への影響 次の影響が考えられる(「収益認識に関する包括的な会計基準の開発についての意見の募集」(企業会計基準委員会、平成28年2月4日)75項~77項)。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《自己株式》編 【第3回】 (最終回) 「自己株式の消却」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 「中小企業会計指針」は、(1)自己株式の取得及び保有、(2)自己株式の処分、(3)自己株式の消却について、言及しています。 会社法により、A社自身が取得して保有しているA社株式(自己株式)を、原則として取締役会決議により、消却することができます。 《自己株式》編の最終回となる今回は、「(3)自己株式の消却」についてご紹介します。 【設例3】 A社は、×3年8月5日の取締役会においてA社自身が保有するA社株式6株の消却を決議し、×3年9月20日に自己株式の消却手続が完了しました。 非上場会社であるA社(3月31日決算)の×3年3月31日決算の貸借対照表上の純資産は次のとおりです。 資本金40,000千円、資本準備金10,000千円、その他資本剰余金80千円、利益準備金5,000千円、繰越利益剰余金40,000千円、自己株式△480千円、純資産合計94,600千円 A社の消却直前の保有自己株式は6株で、×1年7月20日に@80,000円/株にて取得したものです。 A社の発行済株式数は1,000株(普通株式の1種類のみ発行)です。 前々回【設例1】の×2年3月31日現在、及び前回【設例2】(1)の×3年3月31日現在におけるA社の資本金等の額及び利益積立金額を、この設例でも引き継ぐものとします。 自己株式の消却に関する付随費用はないものとします。 1 仕訳 A社の仕訳は、次のとおりです。 自己株式の消却は、単に発行済株式総数と自己株式の帳簿価額を減少させる手続であり、自己株式の帳簿価額の減少については、前回既述した自己株式の譲渡(処分)時と同様であると考えて、会計上は自己株式の消却手続が完了した時点において、消却する自己株式の帳簿価額を「その他資本剰余金」から減額し、さらに控除しきれない場合には、その他利益剰余金の「繰越利益剰余金」から減額します(中小企業会計指針70(3))。 このため、自己株式の帳簿価額480,000円(=取得単価@80,000円/株×6株)を、まず「その他資本剰余金」から減額し、「その他資本剰余金」残高が80,000円なので、これを超える額の400,000円を繰越利益剰余金から控除しました。 2 決算書 決算書の金額は、次のとおりです。 〈株主資本等変動計算書-「自己株式の消去」に係る部分を抜粋〉 3 法人税法の規定における取扱い 既に自己株式の取得時に、資本の払戻しとして資本金等の額と利益積立金とのマイナス処理が済んでいるため、自己株式の消却時において税務処理はありません。 4 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 上記3(法人税法の規定における取扱い)のとおり、税務上の仕訳はなく、これと上記1の会計上の仕訳を比べると、損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得への調整には影響がありません。 別表五(一)においては、資本金等の額(合計)は調整が不要ですが、会計上その他資本剰余金から控除しきれずに繰越利益剰余金から控除した400,000円は、税務上とズレがあるので、利益積立金額を400,000円増額調整し、次のように記載します。 〈当期法人税申告書別表五(一)〉 (《自己株式》編終了)
税理士業務に必要な 『農地』の知識 【第12回】 (最終回) 「生産緑地法の改正」 税理士 島田 晃一 平成29年(2017年)6月15日に改正生産緑地法が施行された。 今回の改正では「特定生産緑地制度」の創設が大きなトピックとなっている。この改正により、生産緑地を所有している農家は、原則として2022年までに特定生産緑地指定を受けるかどうか選択しなければならない。 この選択の結果、固定資産税・都市計画税や納税猶予などの課税関係が大きく異なってくるため、今回の改正内容は正しく理解しておきたいところである。 1 生産緑地の概要 まず、【第5回】において述べた改正前の生産緑地の概要についておさらいしてみよう。 生産緑地とは、市街化区域内にある一団の農地について、都市計画法に基づき市町村の指定を受けたものをいう。その運用については生産緑地法に則っている。生産緑地指定を受けた場合、宅地造成や農業生産に必要な建築物(農産物の生産又は集荷用の施設)以外の建築はできず、当該土地を農地として適正に管理していくことが求められる。 三大都市圏の特定市の市街化区域内においては、平成3年(1991年)の生産緑地法改正に基づき、該当する農地所有者が生産緑地かそれ以外の農地にするかを選択し、平成4年(1992年)に指定が行われた。 生産緑地指定を受けた農地については、指定から30年を経過する日までは、農業従事者が死亡したり心身に著しい故障を負い農業継続が不可能であると認められたときに限り、市に買取り申出を行うことができる。一方、指定から30年を経過した日以後はいつでも市に買取り申出ができる。 市は買取り申出を受けても通常買取り等は行わない。この場合、買取り申出から3ヶ月以内に「行為制限の解除」といい、宅地造成の禁止といった制限が解除される。 生産緑地指定を受けた農地の固定資産税・都市計画税については、農地評価・農地課税が行われるため周辺の土地に比較して著しく低くなる。また、三大都市圏の特定市の市街化区域内においては、原則として相続税・贈与税の納税猶予は受けることができないが、生産緑地指定を受けている農地に関しては納税猶予を受けることができる。 2 今回の生産緑地法の改正内容 今回の生産緑地法の改正は、次に掲げる3つのトピックがある。 (1)の改正は、市が条例により定めた場合に限り、生産緑地の対象となる「一団の農地面積」について、その下限を300㎡を限度として引き下げられるというものである。 また、前述したように従来は生産緑地内に農業生産に必要な建築物以外は建てられなかったが、(2)の改正によって農産物の加工場、農産物の直売所、生産緑地地区内で生産された農産物を主な食材としたレストラン等の建築を行うことが可能になった。 (3)の特定生産緑地制度とは、従来の生産緑地に加える形で設けられたものである。特定生産緑地に指定されると、その後10年間は農業従事者の死亡等により農業継続が不可能と認められない限り営農を継続しなければならない。 つまり、現在ある生産緑地の多くについて、その指定後30年が経過する2022年に実質的に行為制限が解除されるのを受け、解除により宅地化された農地が大量に供給される事態(いわゆる2022年問題)をある程度抑えるために、買取り申出時期を10年間先送りする制度ができたわけである。 さらに、特定生産緑地指定後10年を経過した後は、再度特定生産緑地指定を受けることで特定生産緑地を継続することができる。一方、特定生産緑地の指定を受けなかった農地は、都市計画法上においては生産緑地であるがいつでも買取り申出(≒行為制限解除)を行うことができる形になる。ここでは特定生産緑地の指定を受けなかった農地を便宜上「一般生産緑地」と呼ぶことにする。 具体的には、当初の生産緑地指定から30年を経過する日を申出基準日とし、市が農地所有者の申請に基づき申出基準日までに特定生産緑地指定を行う。言い換えれば、1992年に生産緑地指定を受けた農地については、2022年までに特定生産緑地指定の申請を行う必要があるということである。以後、特定生産緑地指定を受けた日を申出基準日とし、そこから10年を経過する日が新たな申出基準日になる。 【特定生産緑地のイメージ】 ここで注意してほしいのは、期限までに特定生産緑地指定の申請を行わなかった場合、二度と特定生産緑地指定を受けることができないということである。 例えば、2022年までに特定生産緑地指定を受けず一般生産緑地になった場合、10年後に改めて特定生産緑地指定を受けることはできない。また、2022年において特定生産緑地指定を受けたとしても、10年後の2032年に再指定を受けなければ、これ以後は特定生産緑地指定を受けることはできない。 3 生産緑地法改正と関連税制 今回の生産緑地法の改正により、農地に係る税務に関して影響が出てくる。まず、固定資産税・都市計画税については、現在は生産緑地指定を受けていれば農地評価・農地課税になるが、2023年度以降は特定生産緑地指定を受けた農地のみが農地評価・農地課税の対象になり、一般生産緑地は農地評価・農地課税の対象から外れることになることが予想される。 これによる負担増がどのくらいになるか本稿執筆段階では不明であるが、いずれにしても一般生産緑地については相当な負担増は避けられないであろう。 相続税の納税猶予については、改正項目(1)の下限面積の引下げに基づき生産緑地指定を受けた農地は、納税猶予の対象になる。一方、改正項目(2)で設置が認められた生産緑地地区内に建築された直売所等の敷地は、農地ではないので納税猶予の対象にはならないと思われる。 (3)の特定生産緑地に関しては、2022年以降特定生産緑地指定を受けていない農地は納税猶予の対象から外される可能性が高い。ただし、既に納税猶予を受けている農地については、2022年において特定生産緑地指定を受けなかったとしても、すぐに納税猶予が打ち切られるのではなく、農地所有者が死亡するまで納税猶予は継続されるようである。 * * * 以上、生産緑地法の改正と関連税務について述べてきた。税務上の取扱いについては不明な点があり、今後の税制改正を待ちたいところである。 いずれにしても、2022年までには、特定生産緑地指定を受けるかどうかの選択を迫られることになるため、クライアントが生産緑地を所有している場合、税務上の取扱いがはっきりした時点においてクライアントに説明及び意思確認を行う必要がある。 特に次世代において納税猶予を受けるときは、特定生産緑地指定が必須になると見込まれるため特に注意が必要になろう。 -連載終了にあたって- 今回で12回にわたって連載させていただいた「税理士業務に必要な『農地』の知識」はひとまず終了する。 農業政策とその税務に関しては、「集約化」と「都市農地の保全」というキーワードに沿った展開が予想される。今回解説した特定生産緑地制度の創設はその一環であろう。 もちろん一連の解説で、農地とその税務について全てが解説できたわけではなく、個々の事例によっては、より深く掘り下げなければならない場面も当然でてくるであろう。 特に市街化区域にある農地を持つクライアントがいる場合や、相続財産に農地が含まれている相続税の申告依頼がある場合は、細心の注意を要する。 そのようなときには、本連載の内容を農地についての理解を深めるための入口として活用していただければ幸いである。 (連載了)
税理士のための 〈リスクを回避する〉 顧問契約・委託契約Q&A 【第2回】 「委任契約に基づく義務と付随的義務」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 弁護士・ 関西大学法科大学院教授 元氏 成保 弁護士・税理士 橋森 正樹 Q X社は、税理士Yとの間で、税務代理、税務書類の作成、税務相談及びこれらの業務に付随する財務関係書類の作成、会計帳簿の記帳代行を行うことを内容とする税務顧問契約を締結していた。 ところで、X社の100%親会社であるZ社は、X社が行うべき業務のうち総務等のいわゆる本部機能に属する部分を行っており、X社は、その対価として、期末にZ社に対する特別管理費を計上した上で短期貸付金と相殺していたが、この特別管理費については、特に合理的な算定根拠を定めていなかった。 そして、税務調査の際に、X社はこの特別管理費の金額に関する裏付資料を提出できなかったことから、これが寄附金であるとの指摘を受け、最終的にX社はやむを得ずこの点に関する修正申告に応じることとなった。 X社はYに対し、このような特別管理費の計上が税務上不適切であることを知りながら、その計上に異議を述べず、また、他の処理を提案するなどの助言を行わなかったとして、その損害賠償を請求した。 実際には、YはX社に対して、「特別管理費を期末に一括計上するのであれば、事前にロイヤリティー契約を締結することが望ましく、また、実費相当額であることを明らかにしなければ費用として認められない可能性がある」との説明をしていたのであるが、それに対し、X社代表者はYに対して、「計上している特別管理費は実費相当額であるが、その多くは色々な費用の中に紛れ込んでおり、資料としてまとめるには時間がかかる」などと伝えており、それを信じたYは、特別管理費の内容をあえて客観的資料によって確認まではしていなかった。 このようなケースで、仮に、X社がYを税理士過誤で訴えた場合、Yはその責任を問われるのか。 A 税理士と依頼者との法律関係は、民法上の委任関係に該当し、受任者である税理士は委任者である依頼者に対し、民法上の受任者としての義務を負うことになる。 民法においては、委任契約における受任者の義務として、善管注意義務(民法644条)、報告義務(同645条)、受取物引渡義務(同646条)、金銭消費の責任(同647条)などが定められている。そして、税理士のような専門家については、善管注意義務の内容として、依頼者から依頼された内容の実現にあたり、依頼者から特別の指示や要求があったか否かに関わらず、関係法令や実務に通じた標準的な専門家として尽くすべき配慮をしなければならず、また、善管注意義務の一環として、依頼者に対して、有効かつ必要な情報を提供し、また依頼者が適切な判断をなし得るように助言をする義務を負うと解される。 上記の事例は、山形地裁鶴岡支部平成19年4月27日判決を題材としたものである。この事例において、判旨は、一般論として と述べた上で、 と認定し、 と結論づけて、税理士の責任を肯定した。 また、税理士は依頼者に対し、事前にロイヤリティー契約を締結するか、あるいは実費相当額であることを明らかにしなければ特別管理費として認められないと説明・助言を行っていたものであるが、この点については、 とした上で、 と断じている。 * * * * 近年、税理士に限らず、専門家責任が追及されるケースが増加している。これは、法的な観点からは、委任契約に基づく付随的義務について、より高度なものが求められるようになっているものとも評価できる。 日常の業務を処理するにあたっては、専門家として、依頼者の説明のみに依拠するのではなく、必ずしも税務に精通しているわけではない依頼者とは異なる視点に立って事案を検証し、場合によっては必ずしも依頼者の意向にそぐわないことがあっても、より高度な説明、助言を行うことが求められるようになっているのである。 なお、上記裁判例においては、税理士が一定程度の説明、助言をしていたにも関わらず原告代表者がこれに従わなかったことなどが考慮され、実際に税理士に支払が義務付けられた損害額は、納税額の約2分の1とされた。 (了)