被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔税務面(所得税)のアドバイス〕 【第5回】 「被災した個人に対する所得税の減免制度」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 個人が災害により住宅や家財等に損害を受けた場合、税務上の救済措置としては、所得税法に基づく『雑損控除』と災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律(以下、災害減免法という)に基づく『所得税の軽減免除』の2つの制度がある。今回は、この2つの制度について解説を行う。 なお、震災特例法等により特例措置が設けられている取扱いもあるが、それらについては次回まとめて取り上げる。 【1】 雑損控除と所得税の軽減免除(概要) 個人が災害により住宅や家財等に損害を受けた場合には、所得税法に基づく雑損控除(以下、雑損控除という)と災害減免法に基づく所得税の軽減免除(以下、所得税の軽減免除という)のうち、いずれか有利な方を選択することができる。 【2】 雑損控除 (1) 制度の概要 資産について災害、盗難、横領による損害が生じた場合には、所得控除の一つである雑損控除の適用を受けることができる。 雑損控除の概要は、次の通りである。 (2) 対象となる資産の具体例 雑損控除の対象になる資産と対象にならない資産について、具体例を挙げると次の通りである。 (3) 差引損失額の計算方法 雑損控除の計算に必要な「差引損失額」を計算する算式は、次の通りである(所法72①)。 差引損失額 = ①損害金額 + ②災害関連支出 - ③保険金等により補てんされる金額 ① 損害金額とは 損害金額は、原則として被災する直前における資産の価額(時価)に基づいて計算する。すなわち、被災前後の時価の差額が損害金額となる(所令206③)。 被災した資産が減価償却資産である場合には、その資産の取得価額から減価償却費の累積額を控除した金額に基づいて損害金額を計算することができる(所令206③カッコ書き)。 なお、各資産について個別に被災前後の時価を計算することが困難な場合には、資産の区分(住宅、家財、車両)ごとに、次の方法で計算することができる(「東日本大震災により損害を受けた場合の所得税の取扱い(情報)」(以下、所得税の取扱い(情報))「第Ⅰ 各種制度の概要」第1~第4)。 具体的には、「被災した住宅、家財等の損失額の計算書」を用いて計算する。 (※1)(※2)(※3) 「被害割合」「1㎡当たりの工事費用」「家族構成別家財評価額」は、国税庁のホームページに公表される。 【参考】 東日本大震災に係る確定申告のために公表された別表(所得税の取扱い(情報)「Ⅲ 参考編」) ② 災害関連支出とは 雑損控除の対象となる「災害関連支出」とは、次のような支出をいう(所法72①一、所令206①②、所基通72-7)。 上記(ア)から(ウ)のうち原状回復費用については、損害金額の計算との関係において注意が必要である。原状回復費用のうち災害関連支出に該当する金額は、損害金額を超える部分の金額となる。その理由は、損害金額と原状回復費用の全額を雑損控除の対象とすると、二重控除される金額が生じるからである。 なお、被災した資産について支出した金額のうち、原状回復のための支出と資本的支出との区分が困難な場合には、支出金額の30%を原状回復費用とすることができる(所基通72-3)。 ③ 保険金等により補てんされる金額とは 「保険金等により補てんされる金額」とは、災害に関して受け取った保険金や損害賠償金等の金額をいう(所法72①)。 大規模災害時には、保険会社の査定が遅れる等の理由により、確定申告書を提出するときに保険金等の金額が確定していない場合も想定される。このような場合には、保険金等の見積額を差し引くことにより雑損控除の額を計算する(所基通72-7、51-7)。 後日、見積額と確定額が異なることとなったときには、遡及して雑損控除の額を訂正する。 (4) 手続 雑損控除の適用を受けるための手続は、次の通りである。 なお、具体的な数値を用いた確定申告書やその他の計算書の記載例は、所得税の扱い(情報)「Ⅲ 参考編」を参考にされたい。 【3】 所得税の軽減免除 災害により住宅又は家財に甚大な被害を受けたときには、災害減免法に基づいて所得税が軽減免除される(災免法2)。 所得税の軽減免除の概要は、次の通りである。 【4】 「雑損控除」と「所得税の軽減免除」有利不利の判断 上述したように、雑損控除と所得税の軽減免除は、納税者がどちらか有利な方を選択することができる。どちらの制度を選択すると有利になるかは、被災者個人の所得金額や被災の状況によって異なる。 判断のポイントとなる点は、次の通りである。 〈雑損控除と所得税の軽減免除の適用判定フローチャート〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 国税庁「平成28年熊本地震により被害をうけられた方へ(所得税及び復興特別所得税関係)」より一部筆者加筆 【5】 計算例 雑損控除と所得税の軽減免除を比較した計算例を示す。 以上の試算から、本計算例では、損害金額が200万円を少し超える額までであれば、所得税の軽減免除の方が有利となる。 一方、所得税の軽減免除では、損害金額に関わりなく軽減又は免除される所得税額が一定となるため、損害金額が多額になると雑損控除の方が有利な結果となる。一般的には、雑損控除の金額が総所得金額等を超える場合には、雑損控除の方が有利となる。 【6】 個人住民税の取扱い (1) 個人住民税の雑損控除 個人住民税においても雑損控除の適用を受けることができる。 前年分の所得税の確定申告書を提出している場合には、当年分の個人住民税の申告書が提出されたものとみなされる。したがって、前年分の所得税の確定申告で雑損控除を適用していれば、自動的に当年分の個人住民税において雑損控除が適用される。ただし、個人住民税の申告を行うことにより、所得税で雑損控除を適用する所得と異なる年分の所得について住民税の雑損控除を適用することもできる。 【参考図】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (出典) 総務省自治税務局「地方税関係Q&A〈東日本大震災関連〉」p6 一方、所得税において所得税の軽減免除を選択し、個人住民税では雑損控除の適用を受けるには、住民税の申告が必要となる。 (2) 個人住民税の減免措置 各自治体は、条例に基づいて個人住民税を減免することができる(地方税法323)。個人住民税の減免を受けるためには、自治体に減免申請を行う。 所得税では、雑損控除と所得税の軽減免除のどちらかを選択することになるが、個人住民税では、雑損控除と条例に基づく減免措置を併用することが可能である。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第20回】 「引当金の会計方針に係るうっかりミス」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例20-1】 会計方針の記載が貸借対照表と整合していない。 【事例20-1】は、計算書類の個別注記表に記載されている「引当金の計上基準」です。 各引当金の計上基準を一読した限り、特段間違いと思われる点はありませんが、これらの計上基準を貸借対照表と照らし合わせてみると、「おやっ?」と思われる点があります。 貸借対照表は以下のとおりです。 いかがでしょうか。 引当金の計上基準の文章に、どこかおかしな点は見つかりましたか? 2 退職給付引当金が見当たらない? さっそく、答えを見てみましょう。 正しい注記文章は以下のとおりです。 退職給付引当金の計上基準の文章中、赤字の部分が書き漏れていました。 貸借対照表を見るとわかりますが、この会社のこの年度の貸借対照表には、退職給付引当金が計上されていません。退職給付引当金は固定負債に計上されますが、そこにあるのは長期借入金と繰延税金負債だけです。 にもかかわらず、【事例20-1】では、退職給付引当金は と書いてあります。計上されていないにもかかわらず、計上していると記載されているのです。 したがって、正しい注記文章の方では、赤字部分のとおり、「ただし、・・・」以下の記載を加えています。 退職給付引当金というのは、退職給付債務と年金資産の金額のバランスによっては、借方残高となることがあり、その場合は貸借対照表上「前払年金費用」という科目で計上することになります。赤字部分のただし書きは、そのことを述べています。 実際、前掲の貸借対照表においても、前払年金費用の残高が計上されていることが確認できます。 3 会計方針の記載でうっかりミスが発生する仕組み 【事例20-1】のうっかりミスが起きた原因は、注記の文章作成にあたって、前年度の注記文章をそのまま使ってしまったことにあります。この連載を読んでいただいている方ならもうおわかりですね。これは「リサイクル・ミス」です。 もしくは、前払年金費用を計上するという新たな状況に対処できなかったという意味で「ファーストタイム・ミス」ともいえます。 ミスの分類自体はそれほど重要ではありませんが、この手の“うっかりミス”が、会計方針の記載部分で起きやすいということは覚えておいてください。 「会計方針の記載」というのは、決まり文句であることがほとんどです。記載すべき事項を過不足なく正確に記載することが求められるからです。また、会計方針というのは継続して適用されることが原則なので、基本的には毎期同じ文言が記載されます。 したがって、計算書類の作成者は、会計方針の記述部分について、前年度と同じ内容を掲載して済ませてしまうことが多いのです。 【事例20-1】は、まさにそうやって作られたものです。 その結果、引当金の記述について加筆しなければならないにもかかわらず、それを忘れてしまったのです。 4 BSと会計方針を突き合せすればよい 引当金の会計方針の記載では、同じようなミスがよく起こります。 たとえば、以下のような事例です。 【事例20-2】 会計方針に記載されている引当金の中に、貸借対照表に計上されていないものがある。 貸借対照表と引当金の計上基準を突き合せてみてください。 1つだけ対応しないものがありますね。 引当金の計上基準に記載されている投資損失引当金(赤字部分)です。これが貸借対照表にありません。 投資損失引当金がもし計上されているならば、「投資その他の資産」の区分にマイナス計上(数字に△を付す)されているはずです。 これは、前期まで投資損失引当金が計上されていたけれども、当期末には残高が0円となり、引当金の計上基準の記述の方でこれを削除し忘れたことがミスの原因です。 引当金の中には、必ずしも毎期継続的に計上されないものもあります。そのような引当金が発生・消滅した場合は、それに応じて引当金の計上基準の記述も見直していかなければならないのです。 〈今回のまとめ〉 引当金の会計方針の記載については、貸借対照表に計上されている引当金との対応関係を確認することが、うっかりミスを防ぐポイントです。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第56回】 モジュレ株式会社 「第三者委員会調査報告書(中間)(平成28年10月21日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【モジュレ株式会社の概要】 モジュレ株式会社(以下「モジュレ」と略称する)は、1999(平成11)年設立、翌年4月事業開始。企業の情報システム部門業務のアウトソースサービスを主たる事業とする。資本金約304百万円。連結売上高2,115百万円、連結経常利益159百万円(数字は、いずれも訂正前の平成27年3月期)。従業員数62名(平成29年2月末現在)。本店所在地は東京都港区。東京証券取引所JASDAQ上場。 【調査委員会報告書の概要】 1 発覚の経緯 平成28年7月20日付リリース「第三者委員会の設置に関するお知らせ」によれば、外部からの指摘に基づき、監査役主導で行われた調査の結果、過年度の業績の一部に疑義があることが判明した、とのことである。「外部からの指摘」における「外部」とは誰を意味するのか、監査役による社内調査の結果はどのような内容であったのかについては、第三者委員会による調査報告書では明らかにされていない。 2 調査結果の概要 (1) 調査の対象とされた5件の取引(調査報告書p.4以下) 第三者委員会は、社内調査及び第三者委員会による抽出作業の結果として、次の5件の取引を調査対象とした。 第三者委員会は、第三者委員会の委員選任が公表された日に退任を表明した、創業者である元代表取締役の松村明氏(以下「松村氏」と略称する)に対するヒアリングとモジュレから提供を受けた資料の分析を中心とした調査によって、以下のように認定した。 取引1、取引2及び取引3については、売上を増加させるための架空取引又は架空循環取引であり、取引4の金銭の流れの中には、事業用コンピューターの購入にあたってメーカーから値引きを受けた金員を松村氏に収受させるための架空取引が存在している、と認定した。一方、取引5については、ソフトウェアが実在していなかったと認めることはできず、価格も不合理であるとまでは認められない、とした。 (2) 取引1から取引4が行われた主な原因(調査報告書p.18以下) 第三者委員会が松村氏からヒアリングしたところによれば、取引4で、松村氏に還流した303百万円の資金使途は、次の3点である。 ① 営業経費の精算 松村氏は、本来、モジュレが負担する営業活動費である、IT業界のビジネスに影響力のある人物から情報を収集するための支出を、領収書が受領できないという理由から、個人的に負担していた。 ② 借入金の返済 モジュレが大阪証券取引所に上場するに際して、分散していた株式を松村氏が買い取っていたところ、上場後、モジュレの株価が高値で取引されたことから、旧株主から買取額と上場後の取引価格との差額の支払いを求められたが、会社としての対応策が見つからないまま、松村氏が保有株式を担保に融資を受け、旧株主に補填を行ってきた。 ③ 取引1及び取引2を実現するための資金負担 取引1及び取引2を実現するためには、取引参加者に一定の利益を補償する必要があり、そのための資金として、松村氏は、取引1において14百万円、取引2において6百万円を負担したことがわかっている。 * * * 上記のうち③の資金負担は別として、①及び②はいずれも、本来であれば、代表取締役一人で抱え込む話ではなく、モジュレとしてどのような方策をとるべきかを検討すべきだった事象であったが、特に②については、「本来会社で対応すべき」と役員の意見が一致していながら、有効な解決策が見つからず、松村氏が個人で対応するほかなかった、というものであり、顧問弁護士や上場時の幹事証券会社など、外部にアドバイスを求めるという意見は出なかったのだろうか、という疑問は残る。 3 損益計算書及び貸借対照表の修正 10月25日、第三者委員会が提出した「参考情報」によれば、損益計算書の主要項目及び純資産額の修正内容は以下のとおりである(単位:百万円)。 【平成26年3月期】 【平成27年3月期】 いずれも、税引前当期純利益の減少幅が大きいことから、何らかの特別損失の計上が行われているものと推測できる。「調査報告書(中間)」に示された会計処理の修正方針では、取得したソフトウェアの減損、架空取引に係る売上・仕入の取消などに伴って増加した金銭債権に対する貸倒引当金の計上などが示されているが、具体的な修正の内容までは公表されていない。 【調査報告書の特徴】 モジュレが第三者委員会による「調査報告書(中間)」を受領したときには、すでに、上場廃止が決まっていたという、かなり特殊な事案である。「調査報告書(中間)」と、あえて最終報告書ではないことを明示したのは、調査の目的「(3)再発防止策の検討・提言」が報告書に織り込まれていないことに理由があるのではないかと推察するが、モジュレのウェブサイト上にあるIRニュースは、平成28年10月28日以降、更新されていないようであり、最終報告書が公表されることはなさそうである。 1 会計監査人の異動 モジュレが第三者委員会の設置を発表した2日後、モジュレの会計監査人であったアスカ監査法人が退任したことが公表される。アスカ監査法人は前年6月18日に就任したばかりで、一度も監査報告書を出さないままの辞任となった。辞任理由について、同リリースでは、 ことを理由に挙げている。 この時期、アスカ監査法人が会計監査人に就任していた三社で、ほぼ同時に調査委員会が設置されるという事態が進行していた。うち一社は、本連載【第55回】で取り上げた株式会社メディビックグループ、モジュレと、もう一社はサイバーステップ株式会社であった。そして、サイバーステップ社以外の二社は、奇しくも、アスカ監査法人が退任⇒上場廃止という道程をたどることとなった。 ただし、上場廃止の理由は、メディビックグループ社が「売上高が所要額未満」であるのに対し、モジュレは「有価証券報告書提出遅延」ということであり、モジュレは、一時会計監査人の選定ができず 、有価証券報告書が提出できなかったことから、上場廃止になったものである 。 「監査難民」という言葉が流行語のように使われたのは、みすず監査法人(旧中央青山監査法人)が解散した2007年であったが、今回、モジュレが一時会計監査人を選定できないまま、上場廃止に至った本件を振り返って、久しぶりに、その言葉を思い出した次第である。 2 全取締役・全監査役の退任 代表取締役であった松村氏が、第三者委員会の委員選任を公表した日に退任を表明したことは前述のとおりだが、このとき、同時に、取締役4名、監査役3名の全員が、8月30日開催予定の定時株主総会の終結をもって退任することが発表されている。新経営体制の目的としては、「今般の疑義を契機として、経営陣を刷新することによって、抜本的にコンプライアンス・ガバナンス体制を見直し、その上で経営管理機能を強化すること」が挙げられている。 なお、退任予定取締役のうち1名は、定時株主総会の終結を待たず、8月24日に、「一身上の都合により」辞任したことが公表された。 3 上場廃止と課徴金納付命令の勧告 モジュレが上場廃止になった経緯はすでに述べたとおり、一時会計監査人を選定できておらず、また、第三者委員会の調査も未了であることから、有価証券報告書を法定提出期限の経過後1ヶ月以内(平成28年9月30日)に提出できなかったため、1ヶ月の整理銘柄指定期間を経て、11月1日に上場が廃止されたものである。 一方、証券取引等監視委員会は、10月28日、モジュレについて、1,956万円の課徴金納付命令を発出するよう、勧告を行った 。法律違反の事実関係は次のとおりである(一部抜粋)。 この課徴金納付命令の勧告を受けて、モジュレは、同日、以下のようなリリース を出した。 10月28日に公表された本リリース「証券取引等監視委員会による課徴金納付命令の勧告について」を最後に、モジュレのIRニュースの更新は停止したままである。 (了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第14話】 「棚卸資産(IAS第2号)は論点が分かりやすい」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 3月も中旬を過ぎると、経理部内の空気が変わる。 ピリピリしていて、でも少しわくわくするような、まるでお祭り前の雰囲気に似ているな、と桜井はいつも感じていた。この空気の変化は、待ち遠しい春が近づいているからではなく、年度決算という大仕事が来月に控えているためだ。 桜井は経理部と財務部一同が集まったミーティングに出席していた。決算日程や担当割当を確認するためだ。もうすぐ入社してから丸三年になる桜井も、この時期独特の雰囲気に慣れてきた。小一時間ほど、情報共有や作業の確認を終えると、各々自席へ戻るため席を立った。 「あの、すみません、桜井さん。」 会議室から立ち去ろうとした桜井を後輩の山口が呼び止めた。 桜井が振り返ると、山口は少しおどおどした表情を浮かべている。去年の春に入社した山口にとって、今回が実質的に初めての決算だ。桜井には山口の緊張が手に取るように分かった。 「どうしたの?」と、桜井は努めて優しく尋ねた。 「すみません。ちょっと作業内容で分からないところがありまして・・・」 山口は申し訳なさそうな顔をして、ミーティング資料の該当箇所を桜井に見せた。 「ああ、ここね。僕が去年やったんだけど、ちょっと意味が分かりづらいよね。そこはね―。」 桜井が山口に一通り説明を終えた後も、山口の表情は晴れなかった。 「大丈夫?なんだか顔色が良くないようだけど。」 「すみません、何だか不安なんです。数年後にはウチの会社も日本基準からIFRSに変わるんですよね。日本基準でも一杯一杯なのに、やっていけるのかなって・・・」 2人の勤める会社は規模こそ大きくないものの、東証一部に上場しているメーカーだ。昨今のIFRS導入の流れに乗り遅れないために、数年以内にIFRSを導入する予定なのだ。 桜井は思わず笑った。山口はビックリして頭を上げた。 「ごめん、ごめん。決して馬鹿にしているわけじゃなくて、僕と同じ気持ちの人間がいて安心したんだ。」 「桜井さんもですか?」と、意外そうな表情をして山口が訊いた。 「でも、桜井さんは藤原さんからIFRSを教えてもらっていますよね?だったら、大丈夫じゃないんですか?」 そこで、桜井は気まずそうに頭を掻いた。 「いや、僕があまり積極的に勉強しないから、藤原先輩を怒らせちゃったんだ。」 それを聞いた山口は、神妙な顔で頷いた。どう反応していいか分からなかったためだろう。 「今思えば、僕が先輩に甘えすぎていたんだよね。自分から勉強しなくても、先輩が率先して勉強する時間を作ってくれたから。」 「藤原さんって優しいですもんね。」 山口の的を射た言葉に桜井は苦笑して頷いた。 「うん。だから甘えすぎないように、最近は自分でも自主的に勉強しているんだ。」 「そうなんですか。」と相槌を打つと、山口はしばらく黙り込んでから再び口を開いた。 「あの・・・もし良かったら僕にIFRSを教えてもらえないでしょうか。」 「ええっ!?」 突然の山口の依頼に桜井は驚いて声を上げた。 「僕でも分かるところなら教えられるとは思うけど・・・」と自信無げに付け加える。 「では、棚卸資産はどうでしょうか?今度の決算で担当することになったので、IFRSが導入された後、どんなふうに会計処理することになるのか、知りたいです。」 「ああ、そう。えーと・・・棚卸資産なら、大丈夫だよ。」 桜井は内心ホッとした。 「簡単な論点から勉強しているんだ。」と、桜井はニヤリと付け足した。 棚卸資産の学習内容 【今回の学習項目】 棚卸資産の定義 原価の構成要素と測定技法 原価算定方式 棚卸資産の評価 費用認識 開示 2人は早めに昼ご飯を済ますと、空いているミーティングルームに移動することにした。 桜井は、コホンと咳払いをすると、ホッチキス止めをした資料を緊張で震える手で山口に渡した。山口は、「すみません。」と言いながら、資料を受け取る。 「ま、まず、一枚目にある表が棚卸資産(inventories)の基準、IAS第2号に定められている主な項目だよ。」 桜井は、少し緊張気味に言った。いつもは聞く側だったため、きちんと説明できるかまだ不安だ。しかし、山口はそんな桜井の緊張には気づかず、表を眺めている。 「IFRSの棚卸資産会計は、日本基準と比較しても大きな相違はそんなにないから、理解は難しくないと思うよ。」 「そうなんですか。『測定技法』とか『原価算定方式』とか、ちょっと難しそうな言葉があるんですけど・・・」 「確かに難しそうに聞こえるけど、簿記でもお馴染みの内容なんだよ。では、さっそく始めよう!」 棚卸資産の定義 原価の構成要素と測定技法 原価算定方式 棚卸資産の評価 費用認識 開示 「まずは、『棚卸資産の定義』からだね。」 山口が資料のページをめくると、定義についてまとめた表が載っていた。 棚卸資産の定義 通常の事業の過程において販売を目的として保有される資産 そのような販売を目的とする生産の過程にある資産 生産過程又はサービスの提供にあたって消費される原材料又は貯蔵品 ◆棚卸資産の定義は日本基準と大きな相違はない 「えーと、棚卸資産には3つの項目が含まれるんだ。販売するための商品や財貨、企業が製造した製品とその仕掛品、そして、生産過程で使用される予定の原材料や貯蔵品だね。」 「なるほど。日本基準の棚卸資産とそんなに大きな違いはないんですね。」 桜井の説明を受けて、山口は安堵した表情で言った。 「そうなんだ。例えば、製品や仕掛品の他にも、日本基準では事務用消耗品も棚卸資産に含まれるとあるんだけど、IFRSでも定義の3つ目にある、『生産過程又はサービスの提供にあたって消費される原材料又は貯蔵品』に該当すれば、棚卸資産として計上することになるんだよ。」 「へぇ。」と山口は頷いた。 少し調子づいた桜井は、次の項目の説明に移ることにした。 原価の構成要素と測定技法 「では、続いて棚卸資産の原価を構成する要素と測定技法について進もう。」 2人は再び資料に目を戻した。 棚卸資産の定義 原価算定方式 棚卸資産の評価 費用認識 開示 ◆原価の構成要素は主に3つ 「原価の構成要素ということは、棚卸資産の原価に含めるものがいろいろあるんですね。」 「そうなんだ。棚卸資産の原価(cost)には、購入原価、加工費、そして、その他のコストが含まれるんだよ。」 そう言うと、桜井は先ほど見た表の下に書いている式を指した。 【棚卸資産原価の構成要素】 山口は、ぼんやりと式を眺めている。 「では、それぞれの項目を簡単に確認してこう。」 「はい、分かりました。」 ◆購入原価には、購入代価の他に税金、運送費、荷役費等が含まれる 「購入原価は言葉のイメージで想像つくと思うけど、購入代価、輸入関税その他の税金、棚卸資産の取得に直接起因する運送費や荷役費などから構成されるんだ。」 「『構成要素』の構成要素ですね・・・」 山口はボソリと呟いた。その言葉に桜井も苦笑交じりで頷く。 「ややこしいけど、そういうことだね。」 ◆値引き、割戻し及びその他の類似項目は購入原価から控除 「そうそう、仕入値引き、仕入れ割戻し、その他の類似項目があった場合は、購入原価から控除することになるんだ。だから、仕入割引も購入原価から引くことになるんだよ。」 「え、そうなんですか?確か日本基準だと、仕入割引は営業外収益でしたよね。」 山口が資料から顔を上げて確認した。 「そうだよ。よく知っているね。」 「はい。よく簿記の問題で引っかかっていましたから、馴染みの論点です。」 去年から簿記を勉強し始めたばかりの山口は、頭を掻きながら更に言った。 「僕はIFRSの処理の方が分かりやすくて好きです。」 桜井は山口の正直な感想にクスリと笑い、2つ目の構成要素に移った。 ◆加工費には、製造直接費と製造間接費の規則的な配賦額が含まれる 「続いて加工費だけど、これには生産単位に直接関係するコストである製造直接費と製造間接費の規則的な配賦額のことだよ。ウチの会社でもお馴染みの項目だね。」 「そうですね。」と、山口は頷いた。 ◆変動製造間接費は生産設備の実際使用量、固定製造間接費は正常生産能力に基づき配賦 「製造間接費の配賦については、変動か固定かで違いがあるんだ。」 「え?どんな違いですか?」 「まず、変動製造間接費は、生産設備の実際使用量に基づいて、各生産単位に配賦されるんだ。」 「へぇ。では、固定製造間接費は何に基づいて配賦することになるんでしょうか?」 「基本的には、固定製造間接費は生産設備の正常生産能力に基づいて配賦することになるんだ。」 「なるほど。変動か固定かで製造間接費の配賦基準が違うんですね。」 山口は資料の余白にメモを取った。 ◆配賦しなかった固定製造間接費は基本的には発生した期の費用として処理 そこで、山口はメモの手を止め、桜井を見上げた。 「あれ?正常生産能力と実際操業度が違うと、配賦差異が生じることになりますよね。その時の配賦差異はどうするんですか?」 「配賦しなかった固定製造間接費は、発生した期の費用として処理することになるんだ。だから、例えば生産水準が低下した場合や遊休設備が存在した場合でも、配賦しなかった不利差異は発生した期の費用として計上するんだよ。」 「そうなんですね。日本基準だと原価差異が多額の場合は、売上原価と棚卸資産に配賦することになりますよね。差異が多額の場合は、日本基準との違いがあるんですね。」 「不利差異の場合はそうだね。」 「有利差異の場合は日本基準と違わないんですか?」 「まぎらわしいけど、そうなんだ。IFRSでも生産水準が異常に高い期間は、棚卸資産が原価よりも高く測定されないように、配賦額を減少させなければならないんだ。つまり、有利差異が、売上原価と棚卸資産の両方に配賦されることになるんだよ。」 「なるほど。そうなんですね。」 ◆異常な仕損に係る製造コストは原価には含まれない 「それから、IFRSでも異常な仕損に係る製造コストは棚卸資産の原価には含めず、発生した期の費用として処理することになるんだ。」 「わかりました。」 桜井の説明に山口は頷いた。 ◆その他コストとは、棚卸資産が現在の場所及び状態に至るまでに発生したコスト 「3つ目にある『その他コスト』は、棚卸資産が現在の場所及び状態に至るまでに発生したコストのこというんだ。」 「付随費用みたいな感じですね。」 「そうだね。基準では、特定の顧客のために発生する非製造原価又は製品設計のコストが例に挙げられているよ。」 「へぇ。」 ◆その他コストには「借入コスト」も含まれる 「そうそう。もし棚卸資産が『適格資産』に該当する場合は、棚卸資産の取得に係る借入コストも原価に含まれることになるんだ。」 「あのー、すみません。『借入コスト』って何ですか?」 山口の質問を受けて、桜井はまごついた。 「えっ。う、うーんと・・・」 桜井は、内心焦りながら言い訳を考えた。実は、そこまで勉強がまだ追いついていないのだ。 「ひとまず、一定の資産について、その資産を取得するために調達した資金に係る利息を取得原価に含めるって規定がIFRSにはあるってことが分かっておけば、大丈夫だよ。今から『借入コスト』のことを説明すると話が脱線しちゃうから、今度説明するね。」 笑って誤魔化す桜井には気づかず、山口は素直に頷いた。 「はぁ。分かりました。」 ◆棚卸資産の測定技法 桜井は、コホンと咳をして気を取り直すと、説明を再開することにした。 「続いては、測定技法についてだね。」 「はぁ。」 「測定技法って言われると難しそうに聞こえるけど、原価をどうやって測定するのかという方法だよ。ここでは標準原価法と売価還元法についての話なんだ。」 「標準原価法や売価還元法ですか!それなら分かります!」 山口も知っている言葉を聞いて安心したようだ。 ◆標準原価法及び売価還元法は適用結果が原価と近似する場合のみ使える 「IFRSでは、標準原価法(standard cost method)や売価還元法(retail method)で棚卸資産を測定する場合は、その適用結果が原価と近似する場合のみ、簡便法として使用できるんだ。」 「原価というと、さっき勉強した、購入原価と加工費とその他コストの合計で求める方法ですね。」 山口の確認に、「そうだよ。」と桜井は答えた。 「では、IFRSの下で標準原価法や売価還元法を採用する時は、その結果が原価に近い結果になっているかを確認しなくてはいけないですね。」 「うん。その検証をするプロセスが必要になるだろうね。」 原価算定方式 棚卸資産の定義 原価の構成要素と測定技法 棚卸資産の評価 費用認識 開示 山口は再び目次のページに戻って、次の項目のタイトルを確認した。 「次は、原価算定方式ですね。これも何か難しそうに聞こえるんですけど・・・」 桜井は思わず笑った。 「大丈夫だよ。個別法とか、先入先出法とか、聞いたことあるでしょ?」 「あ、そのことですか。はい。分かります。」 山口は再び安心した表情を浮かべて答えた。 ◆ IFRSで認められる原価算定方式は、個別法、先入先出法、加重平均法のみ 「まず、代替性がなく特定のプロジェクトのために製造され、区分されている財又はサービスでは個別法(specific identification)を用いるんだ。」 「はい。」と、山口は相槌を打った。 「そして、前述の財又はサービス以外の棚卸資産の原価は、先入先出法(first-in, first-out (FIFO))又は加重平均法(weighted average)を用いて割り振らなければならないんだ。」 「へぇ。後入先出法はダメなんですね。」 「うん。そこは日本基準と同じだね。それから最終仕入原価法もIFRSでは認められた原価算定方式じゃないんだ。」 「そうなんですか?確か、ウチの会社も貯蔵品は最終仕入原価法を使っていますよね・・・?」 山口は、記憶に自信がないのか弱々しく確認した。 「うん。だからIFRS導入の際には、他の原価算定方式に変更する必要が出てくると思うんだ。」 ◆性質及び使用方法が類似する棚卸資産の原価算定方式は統一させる 山口がメモを取り終えると、桜井は再び説明を続けた。 「それから、企業にとって性質及び使用方法が類似する全ての棚卸資産については、同じ原価算定方式を使用しなければならないんだ。」 「すみません。それって当たり前のことに聞こえるんですが・・・」 山口が首を傾げて尋ねた。 「そうだね。これはね、性質及び使用方法が類似する棚卸資産を、日本では先入先出法で算定して、米国では加重平均法を用いて算定するといったことはできないということを指しているんだ。」 「なるほど。性質及び使用方法が類似の棚卸資産にもかかわらず、それぞれの国で違った算定方式が採られるのはおかしいですね。分かりました。」 山口は納得して頷いた。 棚卸資産の評価と費用認識 棚卸資産の定義 原価の構成要素と測定技法 原価算定方式 費用認識 開示 「では、次のページに移るよ。」 「えーと、次は『棚卸資産の評価』ですね。」 山口は資料を捲って、目次を読み上げた。 ◆棚卸資産は『原価』と『正味実現可能価額』とのいずれか低い価額で評価 「うん。まずは棚卸資産の評価についてだけど、ここは日本基準と大きな違いはないよ。」 それを聞いた山口はほっとした表情を浮かべた。 「棚卸資産は『原価』と『正味実現可能価額(net realisable value) 』とのいずれか低い価額で測定しなければならないんだ。この方法は、資産はそれを販売又は利用することで実現すると見込まれる額を超えて評価すべきではない、という考えと整合しているんだよ。」 「へぇ。『原価』は先ほど桜井さんが教えてくれたものですね。えーと、購入原価と加工費、その他コストの合計ですよね。」 山口は資料を遡って、構成要素を再び確認した。 「そうだね。」と桜井は頷く。 「『正味実現可能価額』の方は聞いたことはあるんですけど・・・。すみません。」 山口が不安そうな顔を見せて言った。 ◆『正味実現可能価額』の構成要素 「え、えーと、『正味実現可能価額』とは―」 定義がぱっと思い浮かばず、桜井は慌てて資料から定義を探し出した。 「しょ、『正味実現可能価額』とは、通常の事業の過程における見積売価から、完成までに要する原価の見積額及び販売に要するコストの見積額を控除した額のことだよ。」 「では、『原価の構成要素』のように式で表すと、こんなふうになるんですか?」 そう言うと、山口は資料の余白に式を書き始めた。 【正味実現可能価額の構成要素】 「その通りだよ。」 「確か、日本基準でも棚卸資産の正味売却価額が取得原価よりも下回っていたら、正味売却価額を貸借対照表価額とするんでしたよね。なるほど、日本基準とIFRSで大きな違いはないですね。」 山口は桜井を見ながら確認した。 「そうだね。もちろん、日本基準と違う部分もあるんだよ。」 「え、そうなんですか?」 桜井は少し得意気に言った。 ◆正味実現可能価額が回復した場合、棚卸資産の評価減の戻入れを行う 「まず、日本基準だと評価替方法には、洗替法と切放法があるよね?」 「はい。継続適用を条件として、どちらかを選択適用することができるんですよね。」 この話がどうIFRSにつながっていくか分からない山口は、首を傾げて聞いていた。 「IFRSでは、『正味実現可能価額』がその後増加したという明確な証拠がある場合には、当初の評価減の金額を限度に戻入れを行うことになるんだ。そして、棚卸資産を『原価』と、改定した『正味実現可能価額』とのいずれか低い金額で評価することになるんだよ。」 桜井はホワイトボードに図を描きながら説明した。 「IFRSでは、『正味実現可能価額』まで評価減した後も、新しい『正味実現可能価額』と『原価』とを比較する必要があるんですね。」 「そうなんだ。日本基準では切放法を選択適用していた場合、評価減の戻入れはしないよね。」 そこで、山口はポンと手を打って言った。 「なるほど。切放法を採用していた場合、日本基準とIFRSとの間で違いが出てくるんですね。」 棚卸資産の費用認識 棚卸資産の定義 原価の構成要素と測定技法 原価算定方式 棚卸資産の評価 開示 「棚卸資産の費用認識については、わざわざ説明するまでもないよね。」 桜井は頭を掻きながら呟いた。 「でも、確認のために簡単に説明していただけると助かります。」 生真面目な性格の山口は一通り確認したいようだったので、桜井も頷いて説明することにした。 ◆棚卸資産は関連する収益に対応する期間に費用認識 「まず、棚卸資産の販売時に、その棚卸資産の帳簿価額を関連する収益に対応する期間に費用として認識することになるんだ。ここは大丈夫だね?」 「はい。収益と対応させて費用計上するんですね。」 ◆棚卸資産に係る評価減や損失も発生した期間に費用認識 「それから、正味実現可能価額への評価減の額や棚卸資産に係る全ての損失は、発生した期間の費用とするんだ。」 山口は黙って頷いた。 ◆評価減の戻入れは棚卸資産の費用の減額として認識 「そして、再調達価額が上昇したことにより戻入れを行った場合は、当該戻入額を、戻入れを行った期間に費用として認識した棚卸資産の金額の減額として認識するんだ。」 「なるほど。戻入れについては、さっき教えてもらったところですね。戻入額は費用のマイナスになるんですね。」 「そうだよ。この3点が分かっていればひとまず問題ないよ。」 「分かりました。」と、山口も納得した様子で頷いた。 開示 棚卸資産の定義 原価の構成要素と測定技法 原価算定方式 棚卸資産の評価 費用認識 「後は開示だけですね。」 「そうだね。棚卸資産に関する主な開示はざっとこんなものだよ。」 そう言うと、桜井は資料の最後のページにまとめた表を山口に見せた。 【棚卸資産 開示事項一覧】 〇 棚卸資産の測定にあたって採用した会計方針(原価算定方式も含む) 〇 棚卸資産の帳簿価額の合計金額及びその企業に適した分類ごとの帳簿価額 〇 売却コスト控除後の公正価値で計上した棚卸資産 〇 〇 期中に認識した棚卸資産の評価減の金額 〇 〇 負債の担保として差し入れた棚卸資産の帳簿価額 「あれ、この黄色いマーカーが塗ってある項目はどういう意味ですか?」 山口は、3つの項目を指差しながら桜井に尋ねた。 「ああ。このマーカーにある、 〇 〇 の2つは、日本基準では開示されない項目なんだ。」 「なるほど、だから分かりやすくするためにマーカーを引いていたんですね。」 山口はポンと手を打って言った。 「うん。こうしておくと、IFRS導入後に追加される開示項目が分かりやすいからね。」 「IFRSが開示項目が多いと聞いていましたけど、棚卸資産に関しては追加の開示項目はこの2つで済むんですね。」 山口の言葉に桜井は頷いた。 「これで、棚卸資産入門の授業は終わりだよ。」 桜井はにっこり笑って山口を見た。初めてのIFRSの授業をやり終えて、ようやく心からの笑顔を見せる。 「だいたい理解できたと思います。わざわざ時間を作ってもらってすみませんでした。」 山口はぺこりと頭を下げた。 「うーん、こういう時は『ありがとう』の方が嬉しいな。」 桜井は苦笑して言った。 「あ、すみませんでした。ありがとうございました。」 「・・・・・・」 どうしたら山口に「すみません」を言わせないようにすることができるのか、未だに分からない桜井であった。 棚卸資産の定義 通常の事業の過程において販売を目的として保有される資産 そのような販売を目的とする生産の過程にある資産 生産過程又はサービスの提供にあたって消費される原材料又は貯蔵品 【棚卸資産原価(cost)の構成要素】 購入原価 購入代価、輸入関税その他の税金、運送費及び荷役費等が含まれる 値引き・割戻し等は購入原価から控除 ※仕入割引も購入原価から控除する! 加工費 製造直接費及び製造間接費の規則的な配賦額が含まれる 変動製造間接費の配賦⇒使用設備の実際使用量 固定製造間接費の配賦⇒使用設備の正常生産能力 配賦差異は発生した期に費用処理(生産水準が異常に高い場合を除く) ※異常な仕損に係る製造コストは原価に含めない! その他コスト 棚卸資産が現在の場所及び状態に至るまでに発生したコストが含まれる 棚卸資産が適格資産に該当する場合、借入コストを原価に含める (注) 原価の測定技法について 標準原価法(standard cost method)及び売価還元法(retail method)は、その適用結果が上記の原価と近似する場合のみ、簡便法として使用可能。 ▷ 原価算定方式 個別法(specific identification)、先入先出法(FIFO)、加重平均法(weighted average)により評価 性質及び用途が類似する全ての棚卸資産→同じ原価算定方式を使用 後入先出法は認められない ▷ 棚卸資産の評価 原価又は正味実現可能価額とのいずれか低い額で測定 (※) 正味実現可能価額(net realizable value) =通常の事業の過程における見積売価-完成までに要する原価の見積額-販売に要する見積額 ▷ 費用認識 棚卸資産販売時に関連する収益を認識する期間の費用として計上 正味実現可能価額への評価減及び棚卸資産に係る全ての損失は発生した期間に費用計上 正味実現可能価額の上昇による評価減の戻入れは、戻入れを行った期間に、費用として認識した棚卸資産の金額の減額として認識 【棚卸資産 開示事項一覧】 〇 棚卸資産の測定にあたって採用した会計方針(原価算定方式も含む) 〇 棚卸資産の帳簿価額の合計金額及びその企業に適した分類ごとの帳簿価額 〇 売却コスト控除後の公正価値で計上した棚卸資産 〇 期中に費用として認識した棚卸資産の額 〇 期中に認識した棚卸資産の評価減の金額 〇 棚卸資産の評価減の戻入額とその原因となった状況及び事象 〇 負債の担保として差し入れた棚卸資産の帳簿価額 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第30回:2017年3月改訂】 企業結合会計② 「会社分割の会計」 仰星監査法人 公認会計士 許 仁九 〈事例による解説〉 〈会計処理及びその解説〉 1 A社の個別財務諸表上の会計処理 A社にとってB社は新たに子会社となり、移転した甲事業に対する投資はそのまま継続しているものと考えられるため、移転損益は認識されず、B社株式の取得原価は移転された事業に係る資産及び負債の移転直前の適正な帳簿価額による差額から評価・換算差額等及び新株予約権を控除した額(以下、「移転事業に係る株主資本相当額」という)に基づいて算定します(「指針」98項(1))。 ここでは、甲事業資産の帳簿価額3,000がB社株式の取得原価となります。 2 B社の個別財務諸表上の会計処理 B社は、A社の甲事業資産を適正な帳簿価額で引き継ぎ、移転事業に係る株主資本相当額を払込資本(資本金又は資本剰余金)として処理します(「指針」87項(1)①)。 3 A社の連結財務諸表上の会計処理 (1) B社丙事業に対するパーチェス法の適用(丙事業の時価評価) A社はB社の丙事業の80%を取得することとなるため、連結財務諸表上、B社丙事業にパーチェス法を適用します(「指針」98項(2)②、76項)。 (*1) 丙事業資産を時価評価し、評価差額60(丙事業資産の時価900-同簿価840)を計上します。 (*2) 取得した丙事業の取得原価は、取得の対価となる財(B社株式)の時価で算定します(@20×50株×80%=800)。丙事業の時価1,000に増加するA社持分80%を乗じた額とも一致します。 (*3) B社に投資したとみなされる額800(*2)と、B社の会社分割直前の資本720(B社丙事業資産の時価900(=株主資本840+評価差額60)×A社持分比率80%)との差額80をのれんとして資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却します。 (*4) B社丙事業資産の時価900×非支配株主持分比率20% (2) 支配獲得後の資本連結 (*5) 事業分離による取得原価3,000-丙事業の取得に要した額800(上述(*2)) (*6) 移転した甲事業に係る非支配株主持分(甲事業の取得原価3,000×非支配株主持分比率20%) (*7) A社甲事業が移転されたとみなされる額800(=A社甲事業の時価4,000×非支配株主持分20%)と、移転した甲事業に係るA社持分の減少額600(=A社甲事業の株主資本相当額3,000×非支配株主持分比率20%)との差額を資本剰余金として処理します(「指針」98項(2)①)。なお、移転した甲事業資産に係る適正な帳簿価額3,000と、これに対応するA社支配獲得後の持分3,200(=(A社甲事業3,000+B社丙事業の時価1,000)×80%)との差額としても算定することができます。 会社分割により、甲事業はB社に移転したものの支配は継続しているため、A社連結財務諸表上、甲事業資産は帳簿価額で計上されています。一方、新たに支配を獲得した丙事業資産は時価で計上され、丙事業の取得に際してのれんが発生しています。 非支配株主持分は(甲事業資産の帳簿価額3,000+丙事業資産の時価900)×20%=780として算定されます。 (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第9回】 「よくある質問・留意点④」 -家族信託を設定した場合に遺留分はどのような影響を受けるか- 弁護士 荒木 俊和 - 質 問 - 私(父)には長男と次男の2人の子供がいるが、次男にはこれまで散々迷惑をかけられてきたため、私が死んだときには長男に全財産を渡したい(妻はすでに他界)。 遺言を書いた場合だと、長男に全財産が渡ったとしても、次男から遺留分減殺請求が行われる可能性があると聞いた。一方、家族信託を使った場合には、信託が終わったときの帰属権利者を定めて財産を渡すことができるということも知った。 家族信託を利用した場合、次男からの遺留分減殺請求を回避することはできるのか。 1 問題の所在 ある財産に家族信託を設定した場合で、「委託者の死亡時に信託を終了させる」という条件を定めて帰属権利者を設定しておいたとき、委託者が死亡したことを条件として帰属権利者に信託財産が帰属することとなり、ある財産を持っている者が遺言によって遺贈したことと同様の効果を持つことになる。 また、委託者が死亡したことを信託の終了原因とせず、信託を存続させる場合で、二次受益者を設定しておくことで受益権を別の者に取得させることとするとき(受益者連続型信託)にも、実質的な財産権である受益権が1人の者に帰属するという意味で、同様の問題がある。 このことから、家族信託を通じて長男に全財産を渡した場合にも、次男の遺留分を侵害したものとして、遺留分減殺請求がなされるのかが問題となる。 2 遺留分減殺請求とは まず、遺留分とは、法定相続分のうち、被相続人の遺言等によっても変えることができない相続人が受け取るべき相続財産をいう。 遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人である場合は被相続人の財産の3分の1、それ以外の場合には被相続人の財産の2分の1(ただし、被相続人の兄弟姉妹に遺留分はない)である(民法第1028条)。 そして、遺言等によりこの遺留分が侵害された場合、侵害された相続人(遺留分権利者)は、財産を得た者(遺留分侵害者)に対して遺留分減殺請求ができる(同法第1031条)。 すなわち、設例で父が「長男に対して全財産を相続させる」との遺言を遺していた場合、次男は長男に対し遺留分減殺請求を行うことにより、父の全財産の4分の1について権利を主張することができ、これにより各財産の4分の1について次男が共有持分を持つことになる。 3 遺言による遺贈と家族信託による信託財産の承継、受益者連続型信託の違い ①遺言により遺贈を行う場合、②家族信託を設定した上で委託者の死亡時に信託を終了させ帰属権利者を指定しておく場合、③家族信託を設定した上で委託者の死亡時に二次受益者に受益権を取得させる場合の法律関係を以下に図示する。 ここで留意すべきは③の場合、二次受益者は当初受益者から受益権を承継取得するのではなく、二次受益者は当初受益者の受益権が消滅すると同時に、委託者から受益権を取得するものと構成されている。 余談だが、このような法律構成がなされるため、三次以降の受益者もそれぞれ委託者から受益権を取得するものとされ、従前の受益者から承継取得するものではないから、三次以降の受益者については遺留分減殺請求の問題は生じないものとされている。 【図①:遺言により遺贈を行う場合】 【図②:家族信託を設定した上で委託者の死亡時に信託を終了させ帰属権利者を指定しておく場合】 【図③:家族信託を設定した上で委託者の死亡時に二次受益者に受益権を取得させる場合】 (※) 受益者=受託者の状態が1年間継続すると信託が終了する(信託法第163条第2号)。 4 信託による財産承継は遺留分減殺請求の対象となるか 上記②又は③の方法を採った場合、遺留分減殺請求の問題が生じるか。すなわち、設例において、次男が長男に対して遺留分減殺請求が可能となるか。 この点について、民法及び信託法においては明確な規定がなく、判例も存在しないため、次のように「肯定説」と「否定説」が対立している状況にある。 (1) 肯定説 現在のところ遺留分減殺請求が可能とする説が多数説とされており、平成18年の新信託法制定時における法制審議会の信託法部会でも支持されていたとされている。 肯定説の論拠は以下のとおりである。 (2) 否定説 これに対して、遺留分減殺請求を否定すべきとする有力説も存在する。 この否定説の論拠は以下のとおりである。 (3) 検討 現在のところ、多数説は「肯定説」となっているものの、直接的、間接的にこの問題について規範を示したような判例又は裁判例は見当たらない。 私見では、生命保険金を取得した者に対して特別受益として持ち戻すべき判断をした判例が存在するなど実質的な公平性を担保する解釈が取られる傾向があること、脱法信託の禁止(信託法第9条)、詐害信託の取消し(同法第11条)等、信託を利用することのみによって他の法律によっては享受できない特別な利益を得させる目的で信託を設定することに規制がかけられていること等からすると、信託を設定することによって遺留分制度を完全に否定することは難しいように思われる。 いずれにしても結論を求めるには、今後の事例の蓄積を待つ必要があると考えられる。 5 設問事例についての対応 設例に戻ると、父が長男に対して確実に全財産を承継させることはできないものと考えられる。 しかし、遺留分減殺請求を受け共有となると煩雑になる財産(不動産等)がある場合には、家族信託を利用することにより、その財産の共有化を防ぐこと等を防止することができる(遺留分減殺請求を受けたとしても受益権が準共有になる)。 また、確実に長男に引き継ぎたい財産については家族信託を設定しておく一方、遺留分減殺請求を受けた場合には長男が次男に対して現金を支払うことで和解を求められるよう、一定金額の現金を残しておくといったような対応も考えられる。 いずれにしても信託と遺留分の関係が明確になっていない現状では、このような複層的、予備的な対策を施しておくことが求められると考えられる。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例13】 株式会社あみやき亭 「平成29年3月期第3四半期決算短信」 (2017.1.4) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社あみやき亭(以下「あみやき亭」という)が平成29年1月4日に開示した「平成29年3月期第3四半期決算短信」である。これはすごい開示なのだが、どこがすごいかお分かりだろうか。四半期決算短信なので、業績の伸びがすごいのかと思われるかもしれないが、そうではない。 すごいのは、平成29年3月期第3四半期決算短信を平成29年1月4日に開示している点である。平成29年3月期の第3四半期は平成28年12月31日に終わる。それからわずか4日後(しかも1月4日)に開示している。四半期決算短信の多くは四半期末後30日程度で開示されるため、この4日後の開示というのは、ものすごい早さなのである(しかも午前7時30分に開示)。 2 今回だけでなく ものすごく早いのは今回だけではない。「平成29年3月期第2四半期決算短信」は平成28年10月3日(四半期末の3日後)に、「平成29年3月期第1四半期決算短信」は平成28年7月1日(四半期末の翌日)に、「平成28年3月期決算短信」は平成28年4月1日(決算期末の翌日)に開示している。もちろん3月決算の上場会社の中では最も早い開示である。 3 早ければいいのか? 決算短信と四半期決算短信は、決算情報を投資家に早期に伝えることを目的としているため、可能な限り早く開示できた方がよい。しかし、ただ早ければよいというわけではない。記載される情報が正確であることが大前提である。 有価証券報告書や四半期報告書に掲載される財務諸表と異なり、決算短信と四半期決算短信は、公認会計士による監査やレビューによる保証が必要とされるわけではない。しかし、だからと言って、正確でない情報を開示してもよいというわけではない。正確でない情報が開示されれば、投資家が誤った投資判断をしてしまうことになる。 4 早いだけでなく あみやき亭はものすごく早く決算短信と四半期決算短信を開示しているが、果たしてそこに記載された情報は正確なのだろうか。決算短信と四半期決算短信に記載された情報に誤りがあった場合、それを訂正する開示を行わなければならないのだが、同社は、決算情報を訂正するような開示を行っていないため、早くかつ正確な開示を行えているようである。 それでは、なぜ同社は、正確な決算短信と四半期決算短信をこのようにものすごく早く開示できているのだろうか。 実は同社の場合、日次決算を導入しており、原価率なども毎日計算し、日々のデータを集計しているのである(平成28年1月5日付日本経済新聞「あみやき亭8%増益」)。 5 業績予想に関する適時開示は? 決算短信と四半期決算短信の開示に対するあみやき亭の姿勢は立派なものだと思われる。しかし、そうした同社の開示を見ていて、少し疑問に思われたことがあった。それは業績予想に関する開示についてである。 少し前になるが、同社は、平成27年4月1日、「平成27年3月期決算短信」(これも決算期末の翌日に開示)と同時に「通期業績予想との差異に関するお知らせ」を開示している。【事例5】で取り上げた株式会社小僧寿しと同様に、「業績予想の修正に関するお知らせ」ではなく、同時に開示した決算短信で示された平成27年3月期の業績と、以前開示していたその予想との間の差異に関して開示しているのである。 日次決算を導入し、ものすごい早さで決算短信と四半期決算短信を開示することができている同社ならば、決算短信の開示よりも前に業績予想を修正する必要性が生じたことを認識することができていたのではないだろうか。認識することができていたのならば、その時点で「業績予想の修正に関するお知らせ」を開示すべきである。 しかし、さすがにそこまで求めるのは、酷というものだろうか。 (了)
《速報解説》 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」が正式公表 ~移管に伴い実務対応報告第12号は廃止、会計方針の変更には該当せず~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成29年3月16日、企業会計基準委員会は、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)を公表した。 これにより、平成28年11月9日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 これは、日本公認会計士協会の「諸税金に関する会計処理及び表示に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第63号)などについて、企業会計基準委員会に移管するためのものである。 なお、平成29年3月29日に、「企業会計基準公開草案第59号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準(案)」の主なコメントの概要とそれらに対する対応」(以下「コメント対応」という)がホームページに掲載されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次のものについて、基本的にその内容を踏襲した上で表現の見直しや考え方の整理等を行っており、実質的な内容の変更は意図していないとのことである。 1 範囲 次の事項に適用する。 以下のものは適用範囲に含まれていない(会計基準26項~27項)。 公開草案に寄せられたコメントを受けて(コメントNo.20)、確定した企業会計基準第27号3項が追加記載され、「実務対応報告第5号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その1)」において、連結納税制度を適用する場合の法人税及び地方法人税に係る会計処理及び開示の具体的な取扱いが定められている場合、当該取扱いが適用される」と規定された。 2 会計処理 3 更正等による追徴及び還付 コメント対応では、公開草案32項の「追徴税額について課税を不服として法的手段を取る場合の取扱い」について、「当該取扱いにおいて追徴税額を費用として計上しないケースや納付税額を資産として計上するケースは排除されていないと考えられる。」という表現では、追加徴収された納付税額を費用としないケースや納付税額を資産として計上できるケースが一般的にあり得るとの誤解を与えかねないなどのコメントが寄せられた。 当該コメントに対しては次のように考え方が示されており、確定した企業会計基準第27号の34項の表現が公開草案から修正されている。 4 開示 上記のほか、受取利息及び受取配当金等に課される源泉所得税、外国法人税、更正等による追徴及び還付に関する表示についても規定している。 コメント対応では、事業税(付加価値割及び資本割)の損益計算書の表示に関する実務対応報告第12号の「2.付加価値割及び資本割を販売費及び一般管理費とすることの理由」を追加すべきとのコメント(コメントNo.12)を受けて、確定した企業会計基準第27号の37項が追加記載されている。 住民税(均等割)の損益計算書の表示についてもコメントが寄せられたが、実務対応報告第12号の検討時点の状況と大きく異ならないと考えられるとし、公開草案のままとなっている(コメントNo.14)。 Ⅲ 適用時期等 Ⅳ 日本公認会計士協会の実務指針等について 平成29年3月16日、日本公認会計士協会は、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27 号)に伴って、次の実務指針等の廃止及び改正について公表している。 (了)
《速報解説》 「中小企業の会計に関する指針」が改正(2017.3.9) ~資産除去債務を今後の検討課題から削除し敷金に関する会計処理を規定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成29 年3月9日付けで(公表日は平成29年3月17日)、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、「中小企業の会計に関する指針」の改正を公表した。これにより、平成28年10月28日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 公開草案対してのコメントの提出はなかったことから、公開草案から軽微な字句修正だけを行っているとのことである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 敷金(39項) 次のように、敷金に関する会計処理を規定している。 2 税効果会計 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)が公表されているので、従来の「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い(監査委員会報告第66号)」から改正している。 3 資産除去債務 従来、資産除去債務は、「今後の検討事項」として掲げ、今後の我が国における企業会計慣行の成熟を踏まえつつ、引き続き検討すると述べられていたが、今回、当該記述を削除している。 これについては、中小企業へのアンケートを実施し、中小企業における資産除去債務の適用状況の把握を行ったところ、中小企業では、賃貸借契約に基づく原状回復義務について約半数の企業から該当がある旨の回答を得ており、敷金に関する会計処理を明らかにするニーズが高いことが判明したが、そのケースを除くと、資産除去債務による影響を受ける企業の範囲が限定的であることも明らかになったとのことである。 このため、資産除去債務の全面的な適用は馴染まないものと判断し、前述のように、資産除去債務を「各論」の見出し項目としては取り扱わないこととし、また、賃貸借契約における原状回復義務については、中小企業に過大な事務負担をかけないことを前提として、「資産除去債務に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第21号)9項に規定される敷金の簡便法を参考に、中小企業の実態に合った取扱いを固定資産の項目に新たに設ける修正(39 項)を行っている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 経済産業省、「CGS(コーポレート・ガバナンス・システム)研究会報告書」を公表 ~取締役会の役割・機能の明確化や社外取締役の活用等、 「稼ぐ力」強化に向けた具体的行動を提言~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成29年3月10日、経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システム研究会」(座長 神田秀樹学習院大学大学院法務研究科教授)は、「CGS研究会報告書-実効的なガバナンス体制の構築・運用の手引-」(CGSレポート)を公表した。 これは、会社がコーポレートガバナンス・コード等の原則を実践するに当たって考えるべき内容を、コーポレートガバナンス・コードと整合性を保ちつつ示すことでこれを補完するとともに、「稼ぐ力」を強化するために有意義と考える具体的な行動を取りまとめたものである。 表紙などを含めて95ページのものであり、また、「コーポレートガバナンスに関する企業アンケート調査結果」も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 CGSレポートの前半(本文)では、社長・CEO ら経営陣を主な対象にして、全体に関わる内容についての提言を行い、また、後半(CGSレポートの別紙1から3まで)では、コーポレートガバナンスを担当する企業幹部などを主な対象に、より具体的な指針として、数々の提言が行われている。 以下では主な内容について述べるが、CGSレポートは多岐にわたる事項を取り上げているので、詳細な理解のためには同レポートをお読みいただきたい。 1 取締役会の在り方 取締役会の機能である監督機能と意思決定機能について触れ、それらの前提となる基本的な経営戦略や経営計画を決定することが重要であるとし、その対応のためには、取締役会への付議事項を見直し、取締役会で議論されてきた事項のうち重要性が高くない業務執行案件を縮小するとともに、経営戦略に関する議論や監督機能に関する議論を充実させることが考えられるとしている。 取締役会の運営に関して、社外取締役にも十分な情報を提供する必要性や、取締役会とは別の会議体の活用について述べている。 2 社外取締役の活用の在り方 今後は、経営の仕組みを、社外取締役の知見・経験を活用しやすいものへと変えていく必要があるとする。 ただし、そもそも社外取締役に期待すべき役割は、企業の経営を行わせることではなく、経営を行うのは従前どおり社長・CEO を中心とする社内の経営陣であり、社外者は、特に社外者としての属性に基づいて社内者では適正に判断・評価しにくい事項について関与する際に真価を発揮するものであるとしている。 社外取締役の人材市場の拡充のために、実際に経営に携わっていた経営経験者が社外取締役の有力候補であり、積極的に他社の社外取締役になることにより、社外取締役の人材市場の拡充が期待されるとしている。 3 経営陣の指名・報酬の在り方 社外取締役を中心とする社外者には、社長・CEOの評価や後継者計画について、社内者とは別に客観的な立場から検証する役割が求められるとし、取締役会の意思決定に際して、社外者が独立的・客観的な視点で監督を行うことが期待されている。 業績連動報酬や自社株報酬は業績や株価の変動に応じて経営陣が得られる経済的利益が変化するため、中長期的な企業価値向上への動機付けとなること、また、自社株報酬は経営陣と株主の価値共有に資するというメリットもあることが述べられている。 また、取締役会の在り方を問わず、いずれの企業にとってもコーポレートガバナンスの実効性を高める上で有効と考えられる方策として、法定又は任意の指名委員会を活用することを検討すべきであるとしている。 4 経営陣のリーダーシップ強化の在り方 退任した自社の社長・CEOが相談役・顧問等として存在する場合や、取締役会長の在り方について述べている。 取締役会長については、取締役会議長として監督に集中し、取締役会評価に力を入れることなどにより、現社長・CEOとの役割分担が明確になり、現社長・CEOが迅速・果断な意思決定を行う上で有益である場合もあると考えられると述べている。 ◆ ◆ ◆ 以上の議論を踏まえ、CGSレポートの概要では、「報告書の提言」として、各企業は以下の事項について検討すべきとしている。 (了)