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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第15話】「退職後給付会計(IAS第19号)のキモは確定給付制度」

ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第15話】 「退職後給付会計(IAS第19号)のキモは確定給付制度」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美   「あー、体がだるい・・・」 藤原は、首を揉みながらリフレッシュ・ルームに入ろうとした。今は4月。経理部にとって1年で最も忙しい時期である。東証1部に上場しているメーカーの経理部に勤める藤原も連日残業続きで、体がこわばっていた。 藤原は入口で足を止めた。 同じ経理部の後輩である桜井の背中が見えたからだ。社員の憩いのスペースであるリフレッシュ・ルームには、自動販売機といくつかのテーブルセット、そして壁際をささやかに彩る観葉植物が置いてあるだけだ。桜井は、昼食後の昼休みをそこで過ごしているようだった。心なしか、背中がくたびれている。 藤原は声をかけようか悩んだ。桜井とは以前は仲が良かったのだが、年末にちょっとしたいさかいをした後、微妙な関係が続いており、今も気軽に声をかけづらい状態が続いていた。 いさかいの発端は、会社のIFRS導入に向けて、藤原が桜井にIFRSを教えることになったことから始まる。初めはやる気満々だった桜井の勉強姿勢が次第に受身になっていく様子に藤原は不満を感じていた。藤原としては、勉強というのは自分から能動的に行うもので、そうしないと頭に入らないと思っている。そこで桜井に活を入れようとしたのだが、ちょっと言い方がまずかったらしい。当時多忙だったこともあり、つい突き放すような言い方になってしまい、それが桜井の機嫌を損ねてしまったのだ。その一方で、自分は間違っていないと思っているので、こちらから謝るのも釈然としない。 そんな状態のまま、必要最低限のやり取りでしか言葉を交わさない関係が続いているのだった。 「はぁー」 桜井は、リフレッシュ・ルームの椅子に腰かけて、こちらまで聞こえる盛大な溜息をついた。藤原が身の振り方を逡巡している間に、同じ経理部の伊崎がすっと桜井に近寄り声をかけた。伊崎は30代半ばのスマートな男性だ。 「桜井君、どうしたの?困ったことでもあった?」 伊崎は、午後一番の入れたてコーヒーを手に、桜井の向かいの席に座った。 「はぁ・・・仕事の方は比較的順調に進んでいるんですけど、IFRSの勉強で・・・」 藤原は意外な答えを聞いて、眉を上げた。仕事の悩みだと思っていたからだ。2人は藤原に気づかず、会話を進めていく。 「ふぅん。で、IFRSの何が問題なんだい?」 伊崎はコーヒーを飲みながら桜井に尋ねた。 「退職給付会計のことを勉強していたんですけど、全然理解できなくて・・・」 桜井は、バツが悪そうに言った。それを聞いた伊崎は腕を組んで言った。 「うーん。退職給付って数年前に日本基準が改訂されてから、IFRSとほとんど同じじゃなかったかな?」 「やっぱ、そうですよね。僕もそれを聞いたので勉強してみようと思ったんです。でも、何度本を読んでも内容が頭に入ってこないんです。」 大方、「日本基準と似ているから、勉強も楽に違いない。」と思ったんだろうな、と藤原は予想した。 伊崎は桜井の言葉に頷いた。 「なるほどね。細かい所では日本基準と違いはあるけど、考え方は一緒のはずなんだけどね。」 「あの、日本基準との違いってどんなものがあるんですか?」 日本基準との違いが分かれば、IFRSの内容も理解できるかもしれない、と期待を込めた表情で桜井が質問した。 「例えば、算定給付式しか認められないとか、割引率のこととか、利息の計算とか、再評価の会計処理とか・・・」 「え?え?え?」 立て続けに例を挙げる伊崎の言葉についていけず、桜井は逆に混乱している様子だ。それもそのはず。そもそも桜井の退職給付会計の理解が伊崎のそれに追いついていないのだ。藤原は秘かに溜息をついて、2人に近づいた。 「伊崎さん、そいつ、そこまで理解できてないですよ。」 桜井が後ろを振り向き、間抜けな顔をして藤原を見上げた。 「ふ、藤原先輩!」 桜井は、思わず声を上げた。 「え?そうなの?」 伊崎は、そんな桜井の驚きをスルーして藤原に訊いた。 「こいつには、もっと基本的なことから教えないと。たぶん、日本基準の退職給付会計すら、よく分かってないんじゃないですか。」 「うっ・・・」 桜井は図星を付かれた様子で言葉を詰まらせた。 「そうなんだ。やっぱり藤原君は桜井君のこと、よく分かっているね。」 伊崎は頬杖を突きながら、藤原を見上げた。そして― 「あ、いいこと思いついた。」と、伊崎はポンと手を打つ。 藤原は直感的に嫌な予感がしたため、急いで自動販売機の方へ足を向けるが、伊崎はすかさず藤原の腕を取り席に引き寄せる。 「桜井君、ちょうどいいから、藤原君に退職給付会計を教えてもらえばいいんじゃないかな?」 「「えぇっ!」」 桜井と藤原は同時に声を上げた。 「いや・・・あの・・・自分は仕事が手一杯でー。」 藤原は、首を振りながら即座に断る。今は1年で一番忙しい時期で、連日深夜まで残業してもやることは山積みなのだ。そんな余裕、あるわけがない。 しかし、伊崎の笑顔は崩れない。 「後輩の指導も立派な仕事だよ。」とにっこり。 「伊崎さん、今何月だと思っているんですか。」 藤原は半ば呆れて言った。 「もちろん、4月だよ。」 「じゃ、それどころじゃないの、分かりますよね!?」 藤原は、必死になって伊崎に考えを諦めるように説得を試みた。しかし、何を言っても伊崎は首を横に振る。 「桜井君にとって、今後必要な知識だよ。今忙しいからとか、目先のことにとらわれていちゃダメだよ。」 「それに」と、伊崎は反論しかけている藤原を手で制した。 「『鉄は熱いうちに打て』って、君が桜井君によく言っていたじゃない。今だよ、桜井君が熱くなっているのは。」 それを聞いて、藤原は桜井を見下ろす。桜井は困った顔で伊崎と藤原を交互に見ていた。熱くなっているようには到底見えない。 しかし、藤原が再度断ろうと口を開くよりも早く伊崎が言った。 「大丈夫だよ、藤原君。今日の君の残業申請は僕が代わりに部長に出しておいてあげるから。」 そして、伊崎はコーヒーを飲み干し、優雅に席を立った。 「じゃ、桜井君の指導、よろしく頼むね。」と言い残して、その場から立ち去る。 リフレッシュ・ルームに取り残された2人は顔を見合わせた。 「・・・やられたな。」 藤原の言葉に、思わず「すみません。」と、桜井が謝った。 退職後給付会計の学習内容 【今回の学習項目】 IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度 確定給付制度の会計処理   やむを得ず桜井にIFRSを再び教えることになった藤原は、ミーティング・ルームに移動する前に、自席から資料を持ってきていた。 「以前の勉強会の資料の余りだ。」 と言うと、藤原は桜井に資料を手渡した。桜井はまだ藤原との距離感をつかめず、おどおどとそれを受け取る。その後、藤原がコホンといつものように咳払いをした。桜井にはその咳払いがずいぶん懐かしいものに聞こえた。 「いいか、俺は忙しい。そして、お前も忙しい。」 「はい・・・」 藤原が何を言いたいのかよく分からない桜井は、ひとまず頷いた。 「つまり、こんなことをしている時間的な余裕はないんだ。ということだから、細かい部分はいいから、基本を理解しろ。」 「はい。分かりました。」 「資料のうち、今回説明する項目は2つだ。まずは、IFRS第19号の『退職後給付』と退職後給付制度について簡単な概要を説明した後、退職後給付会計でも肝である確定給付制度の会計処理についてだ。」 「あ、はい。分かりました。」 桜井は、資料の目次の中から藤原が言った項目を見つけ出し、マーカーを引いた。 「ところで、お前はもう退職後給付会計の勉強は一通りしてみたんだよな?」 「ええと、一応本に目を通した程度ですけど・・・」 藤原の質問に、桜井は自信無げに答えた。 「なら、理解できた部分はお前が説明してみろ。分からない箇所や追加で説明な必要な部分は俺が補足してやる。」 「え!」 桜井は突然の藤原の提案に躊躇した様子を見せたが、意を決した顔つきで言った。 「はい・・・。やってみます。」 藤原は満足気に頷いた。 「よし、時間がもったいないから、さっそく始めよう。」   IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度 確定給付制度の会計処理   「では、まずIFRSでは、IAS第19号の中に退職後給付(post-employment benefits)について規定されている。」 「えーと、IAS 第19号というと、『従業員給付』という基準書ですよね。たしか、有給休暇引当金で教えてもらったと思います。」 桜井は、昨年の夏の記憶を辿りながら確認した。 「ああ。よく覚えていたな。その通りだ。」 桜井が秘かにほっとしたことに気付かず、藤原は説明を続けた。 ◆ IFRSでは、『退職後給付』を対象としている 「そして、IFRSが対象としているのは『退職後給付』ということだ。ここは問題ないか?」 藤原は片方の眉を上げて、桜井に訊いた。 「はい。えーと、IFRSで対象となる『退職後給付』は、日本基準で対象としている『退職給付』よりも広い概念なんですよね?」 そこで、桜井はホワイトボードに大小2つの重なった楕円を描いた。 【「退職後給付」のイメージ】 「まず、日本基準の退職給付会計の対象となる『退職給付』とは、一定期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基づいて、退職以後に従業員に支給される給付のことをいいます。退職一時金や企業年金がその典型例です・・・」 ここで、桜井はホワイトボードから視線を外し、ちらりと藤原を見る。 「そうだな。」と藤原は頷いた。 「一方、『退職後給付』は、雇用関係の終了後に支払われる従業員給付のことをいい、『退職給付』だけではなく、退職後生命保険や、退職後医療給付のような『その他の退職後給付』を含む概念です。つまり、IFRSの『退職後給付』は、『退職給付』プラス『その他の退職後給付』となります・・・よね?」 自信はないみたいだが、桜井がきちんと理解できていることが分かり、藤原はニヤリと笑った。 「ああ。ちゃんと理解できているようで安心したぞ。」 藤原の言葉を聞いて、桜井はほっとした表情を浮かべた。 ◆退職後給付制度は2つの制度に区別される 藤原は、次のポイント説明に移ることにした。 「続いて退職後給付制度についてだ。IFRSでも日本基準と同様に、退職後給付制度は2つに区別されることになる。」 「あ、それも分かります。確定拠出制度と確定給付制度ですよね?」 少しずつ藤原とのやり取りに慣れてきた桜井は、本来の調子を取り戻し始めたようだ。桜井は、手を上げて言った。 「ああ。その通りだ。2つの違いは分かるか?」 藤原は再びニヤリとして桜井に尋ねた。 「えーと・・・」 先ほどまでの勢いは急になくなり、桜井は言葉に詰まった。 「確定拠出制度(defined contribution plans)と確定給付制度(defined benefit plans)には、正確には下の表のような違いがあるんだ。」 藤原は、資料にある表を指して言った。 【確定拠出制度と確定給付制度の比較】 ◆確定給付制度は確定拠出制度以外の退職後給付制度 桜井は、しばらく表を眺めながめると、こう言った。 「確定拠出制度は大体理解できますけど、確定給付制度の定義って、確定拠出制度以外の退職後給付制度を指すんですね。」 その言葉に藤原も頷く。 「そうなんだ。この分類は、日本基準でも同じだな。まず、確定拠出制度に該当するかを検討して、該当しない退職後給付制度はすべて確定給付制度に分類することになる。」 「へぇ!」 ◆確定給付制度の会計処理は複雑 「そして、会計処理もそれぞれの制度で異なる。」 「確定拠出制度はシンプルで、確定給付制度は複雑、と表には書いてありますね。」 「確定拠出制度の会計処理は、簡単に言ってしまえば、当期の要拠出金額を費用計上するという処理だ。」 「はい。」と、桜井は頷いた。 「ところが、確定給付制度の場合は、そんな単純にはいかない。」 「どうしてですか?」 「確定給付制度の場合は、数理計算上の仮定が必要になるし、数理計算上の差異の可能性も考慮する必要があるから計算が複雑になってしまう。さらには、確定給付債務は長期にわたる債務だから割引計算する必要もあるしな。」 「うーん、その理由を聞いただけで難しそうです。僕が理解できないのも当然と言えますね。」 「こらこら、開き直るな。」と、すかさずツッコミを入れた藤原も頭を掻きながら言った。 「確かにこの会計処理を簡単に説明するのは難しいな。ひとまず、なるべく分かりやすく説明できるように努力するから、お前も頑張れ。」 藤原は自分も手こずった記憶を思い出しながら、桜井に言った。 「はい。よろしくお願いします。」 桜井は深々と頭を下げた。   確定給付制度の会計処理 IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度   「では、本日のメインである『確定給付制度の会計処理』に入るぞ。」 「はい、分かりました。」 ◆確定給付制度の会計処理には、4つのステップがある 「まず、確定給付制度の会計処理の手順がIAS第19号に示されているのは知っているな。」 「おぼろげですが・・・」 桜井はしどろもどろになりながら、説明を始めた。 「えーとですね、まずは確定給付制度の積立不足又は積立超過の金額を算定して・・・。そして、資産上限額というものを調整して、それから・・・」 「純損益として認識する金額の算定と、その他包括利益として計上する項目の算定が続くんだ。」 続きを思い出せない桜井に、藤原が助け舟を出した。 「そうそう!それです!」 「まぁ、半分は覚えていたから良しとしよう。その全体の流れが、この表だ。」 藤原は、桜井に資料の中の表を示した。 【確定給付制度の会計処理】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 表を見た桜井の表情が明るくなった。 「へぇ、この表は分かりやすいですね!各ステップの横の項目は、そのステップで算定する項目ですね!」 急に褒められた藤原は、恥ずかしそうに頭を掻きながら説明を続けた。 「ああ。まずステップ1で、積立不足と積立超過を算定する。つまり、確定給付負債又は確定給付資産を算定することになる。このステップでは、具体的に制度資産、確定給付制度債務、そして当期勤務費用を算定するということだ。」 「はい。」 ◆ステップ1及び2は財政状態計算書、ステップ3及び4は包括利益計算書に関連する項目を算定 「退職後給付会計はこの4つのステップで会計処理することになるんだが、何か気づいたことはないか?」 「気づいたこと、ですか?」 桜井は首を傾げた。 「表には既に書いているが、上2つの「ステップ1とステップ2」が、財政状態計算書に関わってくる内容なんだ。」 「なるほど。そして、下2つの「ステップ3とステップ4」が包括利益計算書に関する項目になるんですね。」 藤原は頷いた。 「では、この表の順番に沿って、もっと具体的に説明していくことにしよう。」 「ステップ1がこの4つのステップの中でも一番ボリュームがある所だな。このステップで分かる所まででいいから、説明してみろ。」 藤原に言われて、桜井は再び緊張した表情を浮かべながら、口を開いた。 「えーと、ステップ1では退職給付負債(資産)(defined benefit liability(asset))を算定します。そして、制度資産(plan asset)、確定給付制度債務(defined benefit obligation)、そして当期勤務費用(current service cost)の3つの項目を算定することになります。」 なんとか英語を交えて説明した桜井は、ホワイトボードに図を描き始めた。 【制度資産<確定給付制度債務のケース】 【制度資産>確定給付制度債務のケース】 ◆確定給付負債(資産)の算定方法とは 「ステップ1でやることは、制度資産と確定給付制度債務の現在価値をそれぞれ測定して、その差額を確定給付負債若しくは確定給付資産として計上することです。」 「そうだな。資産側を年金資産、負債側を退職給付債務に置き換えると、日本基準でやっていることと同じだ。」 桜井は頷いた。 「はい。そして、確定給付制度債務が制度資産よりも大きい場合、つまり積立不足の時に確定給付負債を計上します。逆に制度資産が確定給付制度債務よりも大きい場合、積立超過していることになりますから、確定給付資産が計上されることになります。」 そこで、藤原は桜井に質問した。 ◆当期勤務費用は確定給付制度債務の現在価値とセットで算定する 「ここでは、当期勤務費用も算定するんだよな?」 藤原は桜井の説明にフォローを入れた。 「え?あ、そうですね。えーと、当期勤務費用は確定給付制度債務の現在価値を測定する時に、一緒に算定する項目なんです。」 「つまり、確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用はセットで計算されるってことだな?」 「はい、そういうことです!」 「よし、では、さらに詳しく見ていこう。」 「え?ステップ1の説明の続きがまだあるんですか?」 「当たり前だろう。今まではステップ1の入り口だ。制度資産、確定給付制度債務、そして当期勤務費用をどうやって算定するのか、まだ何も説明してないじゃないか。」 藤原は、呆れた口調で言った。 「そう言えば、そうですね。」 桜井は恥ずかしそうに頭を掻いた。 ◆制度資産は公正価値で測定される 「まずは、説明の簡単な制度資産の方からいくぞ。」 「はい。」 「制度資産とは、長期の従業員給付基金が保有している資産及び適格な保険証券のことだ。この制度資産はどのように測定されるか分かるか?」 「えーと、制度資産は公正価値で測定されるんですよね。」 「その通りだ。制度資産についてはひとまずそこまでの理解で今は十分だ。続いて、確定給付制度債務の測定に移ろう。」 「分かりました。」 ◆確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の測定方法 「確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の算定については説明できるか?」 藤原は、片眉を上げて桜井に尋ねた。 「うっ・・・ちょっと難しいです。」 桜井は正直に答えた。 「だろうな。では、ここは俺が代わりに説明しよう。」 「ありがとうございます。」 説明しなくていいと分かり、桜井はほっと安堵の溜息をついた。 ◆確定給付制度債務の現在価値及び当期勤務費用の測定手順は2つ 「確定給付制度債務の現在価値と関連する当期勤務費用を測定するには、さらに2つの手順を踏むことになる。」 「うーん。今回は手順だらけで混乱しそうです・・・」 桜井は思わず弱音を吐いた。 「こらこら、もうちょっと頑張れ。この2つの手順については、資料にまとめてある。」 藤原は、ぼやく桜井の頭を軽く小突いた。桜井は痛くもない頭をさすりながら、資料のページを捲って、藤原の示した表を探した。 【確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の算定手順】 「えーと、数理計算上の評価方法を適用して給付を勤務期間に帰属させた後、数理計算上の仮定を設定して、確定給付制度債務の現在価値を算定する・・・」 表の言葉を読み上げた後、桜井は首を捻った。 「なんだか『数理計算上』って言葉が多すぎて、よく分かりません・・・」 「だろうな。俺にもお前の頭の上に?マークが浮かんでいるのが見えるよ。」 藤原は、はぁーと一つ溜息をつくと、1つ目の項目を指差した。 ◆数理計算上の評価方法とは予測単位積増方式のこと 「まず、『数理計算上の評価方法を適用して』とあるのは、つまり、予測単位積増方式(projected unit credit method)を用いることを意味している。」 「予測単位積増方式?」 桜井の頭の上に、さらに大きな?マークが増えたようだ。 「予測単位積増方式とは、各勤務期間を、給付の追加的な1単位に対する権利を生じさせるものとみなして、最終的な債務を積み上げるために各単位を別個に測定する方法だ。 ・・・と言っても理解できないだろうから、日本基準と同じ考え方で確定給付制度債務を算定するってことを分かっておけば大丈夫だ。」 「はい。それならついていけそうです。」 ◆ IFRSでは給付算定式に基づき、給付を勤務期間に帰属させる 「そして、『給付を勤務期間に帰属させる』という箇所は、給付算定式に基づいて勤務期間に給付を帰属させるという意味だ。」 「あ、給付算定式は聞いたことがあります。」 「ああ。日本基準にもあるよな。日本基準では、給付算定式基準と期間定額基準の2つの方法が選択適用できるが、IFRSでは給付算定式基準のみが認められている方法なんだ。」 「へぇ。そうなんですか。」 ◆著しく後加重となる場合、給付は定額法を用いて帰属させる 「それから、後期の年度における従業員の勤務が、初期の年度より著しく高い水準の給付を生じさせる場合、これを『著しく後加重となる場合』と表現するんだが、その時は給付の帰属方法を変える必要がある。」 「えっと、『著しく後加重』のケースっていうのもイマイチ分からないんですが・・・」 桜井は正直に白状した。「そうだな・・・」と藤原は言うと、再びホワイトボードに向かった。 「例えば、給付算定式で給付を帰属させるとこんなグラフになるケースだな。」 「あ、何となく分かりました。一定の給付が積み重なっていくカーブではなく、一定の勤務年数を過ぎると一気に給付が増えていくパターンってことですね。」 桜井は、藤原の描いたグラフを見ながら言った。 「ああ。その場合は、最初に給付が生じた勤務の日(A)から、従業員の勤務が昇給を除けば、重要な追加の給付を生じさせなくなる日(B)までの期間、定額法により給付を帰属させなければならないんだ。」 「へぇ。つまり、こういうことでしょうか?」 桜井もホワイトボードに向かい、グラフに破線を書き加えた。 「そうだ。日本基準でも給付算定式基準を採用した場合は、同様の規定があるんだ。」 「では、給付算定式基準を採用していれば、IFRSと日本基準の間で処理に違いはないんですね!」 「ああ、そういうことになるな。」 藤原はニヤリとして答えた。 「では、これで確定給付債務が分かりましたね!」 「・・・まだだよ。」と呆れて藤原が言った。 ◆数理計算上の仮定を設定して、確定給付制度債務の現在価値及び当期勤務費用を算定 「え?もう給付は勤務期間に帰属させたじゃないですか。」 きょとんとした桜井に、またしても藤原が溜息をつく。 「もう一度手順をよく見ろ。この後、数理計算上の仮定(actuarial assumptions)を設定、とあるだろう。」 「あ、すっかり忘れていました。ところで、この『数理計算上の仮定』って何ですか?さっきの数理計算上の評価方法とは違うんですか?」 「違うな。数理計算上の仮定とは、退職後給付を支給する最終的なコストを算定する変数についての企業の最善の見積りのことだ。人口統計上の仮定と財務上の仮定から構成されているんだ。これについても、まとめた表が資料にあるはずだ。」 「あ、これですね!」 桜井は資料の中から表を見つけ出した。 【数理計算上の仮定】 【人口統計上の仮定】 死亡率 従業員の離職、身体障害及び早期退職の比率 受給資格を得るであろう被扶養者を有する制度加入者の比率 制度の規約で利用可能な支払形態の選択肢のそれぞれを選択する制度加入者の比率 医療給付制度における支払請求率 【財務上の仮定】 割引率 給付水準及び将来の給与 医療給付の場合は、請求処理費用を含めた将来の医療費 報告日前の勤務に関連した拠出又は当該勤務により生じた給付に関する制度による未払税金   「『人口統計上の仮定』は、従業員の将来の特徴に関する仮定だ。例えば、死亡率や離職率などが挙げられる。」 「へぇ。」 「『財務上の仮定』は、割引率や給付水準等だな。こちらも詳しくは、表を確認しておいてくれ。」 「どちらも債務を見積もるときに必要な仮定なんですね。」 「ああ。これらの数理計算上の仮定は、偏りがなく、かつ、互いに矛盾しないものでなければならないと規定されているんだ。そして、債務を決済する全体の期間についての、報告期間の末日時点における市場の予測に基づいて設定される必要がある。」 「分かりました。これらの数理計算上の仮定に基づいて確定給付制度債務を見積もった後、割引率を用いて確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用が算定されるというわけですね。」 ◆ IFRSでは割引率に優先順位がある 「ただし、IFRSでは、割引率(discount rate)を設定する際に優先順位があるんだ。」 「優先順位、ですか?」 藤原は、一度頷いた。 「割引率は、まず報告期間の末日時点の優良社債の市場利回りを参照して決定することになる。」 「へぇ。優良社債の市場利回りが優先されるんですね。」 「そして、そのような優良社債について厚みのある市場が存在しない通貨においては、その通貨建ての国債の市場利回りを使用することになるんだ。」 「なるほど。通貨に関する表現が含まれている言い回しも、IFRSっぽいですね。」 「確かにそうだな。」 桜井の感想に、藤原も頷いた。 ◆割引率の見直しについてもIFRSと日本基準で相違がある 「割引率についての日本基準との差異は、それだけじゃないぞ。」 「まだ他にあるんですか?」 「ああ。日本基準では、期末日現在の利率を使用するのが原則だが、期末の割引率について、前期末と比べて重要な変動が生じていない場合は見直さないことができるんだ。」 「へぇ。IFRSでは毎期末の利率を必ず見直しする必要があるんですね。」 「ああ、そういうことだ。長くなったが、ステップ1の説明は以上だ。」 「ふぅ。本当に長かったです。」 桜井は、大きく伸びをして一息入れた。 「続いて、ステップ2に入ろう。」 藤原は、表の横にあるボックスを示した。 「ここで算定する項目は『資産上限額』ですね。これって、アセット・シーリング(asset ceiling)とも言うんですよね。」 ◆ステップ2では、資産上限額だけでなく、最低積立要件についても検討 「その通りだ。ここでは資産上限額だけを書いているんだが、より正確に言うと、ステップ2では資産上限額と最低積立要件を考慮することになる。」 「最低積立要件?」 「最低積立要件とは、通常は、一定の期間にわたって制度に支払わなければならない掛金の最低限の金額のことを言うんだ。今はお前の混乱を避けるために詳しくは説明しないが、これらの資産上限額や最低積立要件についてはIFRIC第14号で規定されているってことだけは知っておいたほうがいいな。」 「分かりました。」 そう言うと、桜井はメモを取った。 「今日はIAS第19号でも触れている『資産上限額』がどういうものかを簡単に押さえておくことにしよう。」 ステップ1で頭がいっぱいになっていた桜井は、内心ホッとした。 ◆確定給付制度が積立超過の場合は、資産上限額を考慮 「確か『資産上限額』は、制度資産が確定給付債務を上回った場合に検討する必要があるんですよね?」 ここまでは、桜井も理解しているようだ。 「ああ。IFRSでは、確定給付制度が積立超過である場合には、確定給付資産の純額を、 確定給付制度の積立超過額 資産上限額 次のいずれか低い方で測定すると規定しているんだ。このイメージ図は資料にもあるぞ。」 藤原の言葉を聞いて、桜井は資料の図を探した。 「あ、これですね。」 「先輩、この『資産上限額』は、日本基準にはない概念ですよね?」 「そうだ。資産上限額とは、将来掛金の減額又は現金の返還という形で、企業が利用できる将来の経済的便益の現在価値のことを言うんだ。」 「将来の経済的便益の現在価値ですか・・・」と言うと、桜井はしばらくの間、頭の中で情報を整理した。 「つまり、確定給付制度に積立超過が発生していても、全額を確定給付資産として計上できるわけではなくて、将来の経済的便益を得られる範囲でしか計上しちゃいけないってことですか?」 「そういうことだ。なんだ、ちゃんと理解できているじゃないか。」 桜井は頭を掻いて答えた。 「解説の文章を読んだだけでは、全然理解できなかったんですけど。やっぱり、イメージ図や直接教えてもらう方がすんなり頭に入ってくるものですね。」 「ちなみに、通常、日本では返還による将来の経済的便益は存在しないんだ。」 「え、そうなんですか?」 桜井は掻いていた手をピタッと止めて、藤原を見た。 「ああ。日本では厚生年金基金及び確定給付企業年金制度のどちらも基本的に年金資産の返還は認められていないからな。」 「なるほど。では、資産上限額は、掛金の減額による将来の経済的便益だけを考慮すればいいんですね!」 「そういうことだ。これまでのステップ1とステップ2のイメージをまとめたのがこの図だ。」 「はい。」 桜井は、藤原の示した資料のページを開いて、確認した。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。   「ここからは一度頭を切り替えて、包括利益計算書に関する項目に移るぞ。」 「はい。ステップ3では、純損益に認識すべき金額を算定するんですね。具体的には、 当期勤務費用 過去勤務費用及び清算損益 確定給付負債(資産)の純額に係る利息 を算定すればいいんですね。」 桜井は資料にある項目を読み上げた。 「ああ。」と藤原が頷いた後、桜井がおずおずと口を開いた。 「あの、質問があるんですけど・・・」 「なんだ?」 「当期勤務費用や過去勤務費用は、日本基準でも見る項目だから内容は分かるんですけど、清算損益ってなんですか?」 「そうだな。確かに、それぞれの項目について、簡単に説明したほうがいいな。」 藤原の言葉に、桜井はうんうんと首を縦に振った。 ◆当期勤務費用とは、当期中の従業員の勤務により生じる確定給付制度債務の現在価値の増加 「1つ目の当期勤務費用については今さら説明は不要だろうが、当期中の従業員の勤務により生じる確定給付制度債務の現在価値の増加のことを言うんだ。」 「はい。ステップ1で確定給付制度債務の現在価値を測定する時に、一緒に算定されるんでしたよね。」 桜井は、藤原の説明に頷いた。 ◆過去勤務費用は、制度改訂又は縮小により生じる過去の期間の従業員勤務に係る確定給付制度債務の現在価値の変動 「過去勤務費用(past service cost)の内容も大体分かっています。」 桜井は、藤原が説明をする前に言った。 「過去勤務費用は、制度改訂があった場合や、縮小、つまり制度の対象となる従業員数を大幅に削減した場合により生じる過去の期間の従業員の勤務に係る確定給付制度債務の現在価値の変動部分のことを言うんですよね。」 「そうだ。確かに説明しなくても良さそうだな。」 それを聞いた藤原は、先へ進めることにした。 ◆清算損益は、清算される確定給付の現在価値と清算価格の差額 「続いて、清算損益(gain or loss on settlement)についてだな。まず、清算とは、例えば、制度に基づく多額の債務を保険証券の購入を通じて保険会社に一時に移転するというような、確定給付制度のもとで支給する給付の一部又は全部について、追加的な法的債務又は推定的債務のすべてを解消する取引のことを言うんだ。」 「何となくイメージはつきます。先輩の出した例で言うと、保険会社に移転した債務については、会社はそれ以上追加の債務を追わなくなりますよね。だから、その取引は清算に当たるというわけですね。」 「大体そんなところだ。そして、清算損益とは、清算される確定給付債務の現在価値と清算価格の差額で算定されることになる。今は、このくらい分かっていれば問題ないだろう。」 大体のイメージが理解できたので、桜井は「分かりました。」と素直に頷いた。 ◆確定給付負債(資産)の純額に係る利息は、時の経過により生じる確定給付負債(資産)の変動 「最後の確定給付負債(資産)の純額に係る利息(net interest on the net defined benefit liability(asset))もわざわざ説明するまでもないだろう。」 「確定給付負債(資産)の時の経過による当期中の変動ですね。」 そこで、桜井は首を傾げた。 「先輩、何で『純額』とあるんですか?」 ◆ IFRSでは、確定給付負債(資産)の利息は純額で算定する 「これはだな。」と藤原は咳払いをした後、説明を始めた。 「IFRSでは、利息については年次報告期間の開始日時点で、期中の拠出及び給付支払の変動を考慮した確定給付負債(資産)の純額に割引率を乗じて算定するからなんだ。」 「え?ネットした金額から利息費用を計算するんですか?」 「ああ。日本基準では年金資産に長期期待運用収益率を乗じて期待運用収益を、そして、退職給付債務に割引率を乗じて利息費用を算定するよな。」 「はい。それぞれ別々に計算します。ということは、IFRSには、期待運用収益という項目がないんですね!」 「ああ。そして、この時、確定給付負債(資産)に乗じる割引率は、ステップ1で確定給付制度債務の現在価値を算定する時に用いた割引率を使用するんだ。」 「はい、分かりました。」 ◆純損益に認識すべき金額は基本的に発生時に一括費用処理する 各項目の説明を終えると、藤原はIFRSでの処理方法についての説明に移った。 「IFRSでは、当期勤務費用、過去勤務費用及び清算損益、退職給付負債(資産)の純額に係る利息は、基本的には発生時に一括して費用処理することになる。」 そして、「細かいことを言うと、退職給付資産に係る利息は収益処理だけどな。」と付け加える。 「はい。つまり、これらの項目は、すべて一括で純損益として計上されるんですよね。」 「ああ。ただ、過去勤務費用については、 制度改訂又は縮小が発生した時か、 関連するリストラクチャリングコストか解雇給付を企業が認識した時 のどちらか早い日に計上されることになる。」 「なるほど。」と桜井はメモを取った。 ◆過去勤務費用の処理は日本基準と相違がある 「それから、IFRSでは、これらの項目が一括費用処理することが要求されていることから、過去勤務費用の会計処理については日本基準と違いが生じることになる。」 「はい。日本基準では、過去勤務債務の原則的な処理は遅延認識ですよね。」 「ああ、そうだ。もちろん、日本基準でも発生時に全額費用処理することもできるぞ。その場合は、IFRSとの差異はなくなるな。」 「はい。」と、藤原の説明に桜井は頷いた。 「これで最後だ。ステップ4では確定給付負債(資産)の純額の再測定(remeasurements)をする。これらの再測定は、すべてその他の包括利益として即時認識されるんだ。」 「へぇ。再測定は、純損益ではなく、その他の包括利益として計上されるんですね。」 「そして、確定給付負債(資産)の再測定は、 数理計算上の差異 制度資産に係る収益 資産上限額の影響の変動 の3つから構成されるんだ。まずはこの3つの項目がどんなものなのかを簡単に教えておこう。」 「それは助かります!数理計算上の差異くらいしか、よく分からないので・・・」 桜井は、苦笑いをした。 ◆数理計算上の差異とは、数理計算上の仮定の変更や実績修正による差異 「まず、数理計算上の差異(actuarial gains and losses)は、お馴染みの項目だよな。」 「はい。数理計算上の仮定の変更や実績修正により出てくる差異ですよね。数理計算上の仮定は、ステップ1で教えてもらったのでもう大丈夫です。」 「そうだな。この差異は、例えば、離職率や昇給率等が予想と異なったり、割引率が変更されたようなときに生じるんだ。」 桜井は、頷いた。 ◆制度資産に係る収益は制度資産からの利息、配当及びその他の収益 「次の制度資産に係る収益(return on plan asset)は、言葉通り、制度資産から得られた利息や配当、そしてその他の収益と理解していいんですか?」 「ここで言う制度資産に係る収益は、もちろんお前の言う利息や配当等が基本だが、それらの収益から、制度資産に割引率を乗じた額、それから制度資産の運用管理に係る費用や制度自体の未払税金を控除した金額のことを指しているんだ。」 そう言うと、藤原は再びホワイトボード前に立った。 「あれ?運用管理コストや制度資産に係る未払税金を控除するのは何となく理解できますけど、何で制度資産に割引率を乗じた金額も控除するんですか?」 桜井は、図を見ながら首を捻った。 「ステップ3で、確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額を算定しただろう?」 「ええ。IFRSでは、制度資産や確定給付制度債務毎ではなく、それらの純額に割引率を乗じた金額を純損益として認識するんですよね。」 「その金額の中に制度資産に割引率を乗じた金額が純損益として認識されているんだ。確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額を分解するとこうなる。」 藤原は、再び図を描き始めた。 【ステップ3 確定給付負債(資産)純額の利息純額の構成要素】 「なるほど。純損益に計上した利息純額の中に制度資産に係る利息分も含まれているから、包括利益として計上する制度資産に係る収益からその分を控除する必要があるんですね!」 「そういうことだ。」 ◆資産上限額の影響の変動も確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額に含まれる金額は控除する 「3つ目の確定給付負債(資産)の純額の再測定項目は、資産上限額の影響の変動(any change in the effect of the asset ceiling)ですね。」 「そうだ。この資産上限額は、ステップ2で確定給付制度が積立超過のときに出てくるんだったな。」 「はい。資産上限額の調整額の変動は、その他包括利益として認識されるんですね。」 「ああ。ただし、ここでも確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額に含まれる金額を控除した金額を包括利益として計上するんだ。」 「はい。制度資産に係る収益と同じ理由ですね!」 そう言うと、桜井は先ほど藤原が書いた図の右端のボックスを指しながら言った。 【ステップ3 確定給付負債(資産)純額の利息純額の構成要素】 「そうだな。この辺りはこういう項目があると知っておけばいいだろう。」 「分かりました。」 ◆包括利益に計上した項目はリサイクル禁止 「それから、IFRSでは、これらのその他包括利益に計上した額は、その後の期間において純損益に振り替えてはいけないんだ。」 「へぇ。リサイクル禁止というわけですね。」 「ああ。」 ◆ステップ4における日本基準との相違点 「ここでも、日本基準と取扱いが異なる項目がある。もう分かるな?」 「はい。まず、数理計算上の差異ですね。日本基準では年金資産の期待運用収益と実際の運用収益の差異が含まれますが、IFRSでは、制度資産に係る収益として、数理計算上の差異には含まれていません。」 「そうだな。数理計算上の差異については、まず、範囲が日本基準と異なっている。」 「はい。それから数理計算上の差異の会計処理についても、違いがありますよね。日本基準では一般的に一旦包括利益を通して純資産の部に計上して、その後一定の期間にわたり費用処理することになりますが、IFRSではその他包括利益として即時認識して、その後純損益に振り替えてはいけないんですよね。」 「ああ。そして資産上限額については、そもそも日本基準にはない規定だから、これに関する処理もIFRSとの相違点として挙げられる。」 「はい、分かりました。」 「参考までに、ステップ3とステップ4をまとめた図も資料に載せているぞ。」 「あ、これですね。」 桜井は、資料のページを捲って、該当する図を見つけた。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ◆退職後給付会計の簡便法の取扱いについて 「そして、最後に―」 「え、まだあるんですか?ステップ4までの説明は終わりましたよね?」 桜井は驚いて声を上げた。 「ああ。IFRSでの簡便的な計算の取扱いについて、まだ教えていないだろう?」 「簡便的って、IFRSにも簡便法があるんですか?」 「ああ。日本基準の簡便法とは違うんだが―」 そこで桜井が確認する。 「日本基準の簡便法って、確か、従業員数が比較的少ない企業等が、高い信頼性を持って数理計算上の見積りが困難である場合や、退職給付に係る財務諸表項目に重要性が乏しい場合に認められている退職給付に係る計算方法ですよね。」 藤原は頷いた。 「ああ。IFRSでは、IAS第19号で規定した詳細な計算の信頼しうる近似値を、見積り、平均及び簡便計算により求めることができるという規定が設けられているんだ。」 「へぇ。IFRSでは、簡便な計算による結果が詳細な計算の近似値である必要があるんですね。」 メモを取りながら桜井は言った。 「これで本当にお終いだ。お疲れさん。」 「・・・ええ、本当にぐったりです。」 桜井は椅子の背に体を預けながら、正直に白状した。それを聞いた藤原は苦笑いを浮かべる。 「資料の後半部分にIFRSの退職後給付会計をまとめた図があるから、後で確認しておくように!」 「はい。」 「それから、IFRSと日本基準との違いをまとめた表も載っている。これも知識の整理に役立つから、見ておいたほうがいいだろう。」 「了解です。」 IFRSの授業が終わり、話す話題がなくなったことで、一旦打ち解けていた2人の間に再び沈黙が訪れていた。 藤原はじっと筆記用具を片付ける桜井を見ていたが、ふっと視線を外し、窓を見ながらボソリと言った。 「お前、IFRSの勉強頑張っているみたいだな。山口からも聞いたぞ。」 思わぬ藤原の言葉に桜井は手を止めて、藤原を見上げた。 「あの・・・、僕の方こそすみませんでした。先輩に甘えてばかりで。今なら先輩が言いたかったことが分かります。」 改めて謝罪の言葉を口にするのは気恥ずかしいらしく、桜井は忙しなく髪を掻きあげてそれを誤魔化した。藤原も、桜井の謝罪で少し素直になることができた。 「お、おう。俺の方こそ、言い過ぎた。あの時は忙しくてイライラしていたから、つい当たってしまったんだ。申し訳ない。」 意外な事実を知らされて、桜井は口をあんぐりと開けた。 「え!あれって、八つ当たりだったんですか!?」 「うーん、まぁ、それもあるな。」と、藤原はポリポリと頬を掻く。 「それはひどいです。僕、結構傷ついたんですよ?これでも、ガラスのハートなんですから。」 それを聞いた藤原も弁解した。 「もともとお前の勉強態度には不満はあったんだ。完全に八つ当たりとも言えんだろう。」 そこで、藤原は一旦間を置く。 「というか、お前、今、ガラスのハートって言った?」 桜井はいきなり話題が変わったので、毒気を抜かれてきょとんとした。 「ええ。言いましたけど・・・?」 「いいか、俺みたいなガタイがいいヤツのほうが、案外繊細にできているんだ。俺の方がもっとガラスのハートだ!」 藤原は、自信満々に宣言する。 「いやいや、その勝負、勝っても全然嬉しくないですよね?」 桜井は冷静にツッコミを入れつつ、藤原と以前のような関係に戻れたことに内心安堵していた。 「それより、とっくにお昼休み終わっていますから、戻りましょうよ。」 「それもそうだな。」と藤原も腕時計をちらりと確認する。 そして、2人は今までのように軽口を叩き合いながら、経理部へと戻っていったのだった。   【確定給付制度の会計処理の手順】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【退職給付会計 IFRSと日本基準の比較】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)

#No. 215(掲載号)
#関根 智美
2017/04/20

ファーストステップ管理会計 【第10回】「線形計画法」~手持ちのコマで最大の利益をあげる~

ファーストステップ 管理会計 【第10回】 「線形計画法」 ~手持ちのコマで最大の利益をあげる~ 〔利益管理編④〕 公認会計士 石王丸 香菜子   企業が複数の製品を生産・販売する際、利益を最大にするような生産・販売量の組み合わせを、「最適セールス・ミックス」と呼びます。 製品の生産にあたって利用できる資源が限られる場合には、その資源を最大限有効に使う必要があります。生産を制限する要因(制約条件)が1つの場合には、前回見たように、「資源1単位当たりの限界利益」が大きい製品を優先することで、最適セールス・ミックスを求めることができます。 それでは、制約条件が複数ある場合、どのように考えればよいでしょうか。 このような場合に最適セールス・ミックスを求めるのは、将棋などで、限られた手持ちのコマを有効に使い、いろいろな局面をくぐり抜けて勝つのに似ています。 今回も、皆さんがベーカリーの経営者になったつもりで、最適セールス・ミックスを探してみてください。   ◆デニッシュとコロネの組み合わせを考えよう 皆さんが経営するベーカリーでは、「こだわりチョコデニッシュ」と「贅沢チョココロネ」を生産しているとしましょう(なんて美味しそうなネーミング・・・)。 各パンの1個当たりのデータは、次の通りです。 デニッシュとコロネの限界利益の合計が最大になるような、生産量の組み合わせを考えてみます。 デニッシュの生産量をx、コロネの生産量をyとすると、限界利益の合計は、 となります。これを最大化するのが目的です。ただし、以下の事情から、生産量(xとy)をいくらでも大きくできるわけではありません。   ◆チョコへのこだわり! デニッシュとコロネに使うチョコレートは、外国製のものを厳選して輸入しているため、調達量に上限があります。デニッシュとコロネのために、1日当たりに使用できるチョコレートの上限は2,700gです。さらに、バターは慢性的な品薄で、デニッシュとコロネのために1日当たりに使用できるバターの上限は2,700gです。 各パン1個当たりのチョコレートとバターの使用量は、次のようになっています。  また、お客さんが買ってくれる数の上限、すなわち需要量は、どちらも1日当たり100個です。しかし、100個ずつ生産しようとすると、チョコレート使用量3,000g、バター使用量3,000gとなり、調達量の上限を超えてしまいます。   ◆あちらを立てればこちらが立たず・・・ では前回と同じように、「資源1単位当たりの限界利益」を考えてみましょう。 チョコレート1g当たりの限界利益は、デニッシュの方が大きいですが、バター1g当たりの限界利益は、コロネの方が大きいですね。 これでは、どちらを優先させればよいか、わかりません。 まさに『あちらを立てればこちらが立たず』という状況です。 この場合、どちらか一方の製品が「資源1単位当たりの限界利益」が大きいというわけではないので、前回と同じ方法で最適セールス・ミックスを求めることはできません。   ◆グラフを描いて考える あちらを立てればこちらが立たずという板挟みの場合は、グラフを描いて考えましょう。 デニッシュの生産量をx、コロネの生産量をyとして、各制約条件を式にします。 それぞれの式をグラフにしてみます。 チョコレートの制約は、赤の線とx軸・y軸で囲まれた三角のエリアです。 バターの制約は、青の線とx軸・y軸で囲まれた三角のエリアです。 また、お客が買う量はどちらも最大で100個です。 これらすべての条件を満たすのは、上図の黄色のエリアになります。 つまり、xとyの組み合わせは、黄色のエリアから選ぶということです。   ◆限界利益を最大にする 皆さんの目的は、デニッシュとコロネの限界利益の合計120x+80yを最大にすることでしたね。最大の限界利益の金額は、この時点ではわからないので、仮にPとしておきましょう。 になります。これを緑の線で図に書き加えます。 この時点ではPの金額はわかりませんが、傾きが-1.5で、かつ、黄色のエリアを通る必要がありますね。さらに、Pを最大にしたいので、y切片(1/80P)が最大になるようなグラフということになります。 傾き-1.5である緑の線が、赤の線と青の線の交点を通るようにすると、選択可能な領域を通り、かつ、y切片が最大になることが、視覚的にわかります。 赤の線と青の線の交点は、 を解いて、x=90、y=90と求められます。 つまり、「デニッシュ90個・コロネ90個」の組み合わせが、限界利益を最大にする最適セールス・ミックスになるのです。 なお、この時の限界利益Pは、 です。   ◆答えはすみっこにある! この例では、赤の線と青の線の交点を、緑の線が通過する時に、限界利益が最大になりました。しかし、各条件が変われば、どの点を通過した時に限界利益が最大になるかも変化します。 ただし、限界利益が最大になるのは、選択可能な領域の端の点(下図のア~オ)のいずれかになります。 答えは意外に、すみっこにあったりするのですね。 このような方法は、「線形計画法」と呼ばれます。いくつかの一次の制約条件のもとで、一次の目的関数を最大化(あるいは最小化)するような値を求める方法です。 一次関数は「直線」なので、「線形」という名前がついています。   ◆実際にはExcelに任せましょう 今回の例では、製品が2つで、制約条件も2つでした。 では、これらがもっと多い場合は、どうすればいいでしょうか。 例えば、製品が3つの場合は、3次元(!)の図になってしまいますし、製品が4つ以上になると、もう図には描けません。。。 ここは「助けて、ドラえもん!」と言いたいところですが、ドラえもんに未来のメガネでも出してもらえるならともかく、図を利用するのには限界があります。 そこで、いったん考え方の基礎を理解したら、あとは(ドラえもんではなく)、Excelに任せましょう。 Excelには、「ソルバー」といって、設定した制約条件に合う最適解を見つけてくれる機能があります。ソルバーは“アドイン”といって、あとからExcelに追加できる機能の一つです(初期設定では利用できないだけで、ソルバーの設定を有効にするだけで利用できます)。 具体的な操作方法は割愛しますが、制約条件(例:チョコレートやバター、需要量の条件)を指定すると、目的の値(例:限界利益)を最大化する最適な答えを探してくれます(目的の値を最小化あるいは一定の値に指定することもできます)。 Excelに計算してもらえるなら、贅沢チョココロネでも食べながら気軽にできますね! なお、線形計画問題を解くには、いくつかのアルゴリズム(計算方法)があり、これを用いて、膨大な線形計画問題を解くことのできるソフトウェアやシステムが開発されています。 こうしたシステムは、製造業や運輸業・金融業など、多くの企業で、利益の最大化やコストの最小化、人員配置の最適化など様々な場面に活用されています。   ◆長期的な商品戦略も大切です 最後に補足したいのは、短期的に利益を最大化する製品の組み合わせを考えるのと、長期的な商品戦略を考えるのとは、必ずしもイコールではないということです。 現時点では利益に直結しなくても、将来を見据えて販売していきたい製品や、逆に、現時点では利益の源泉になっていても、製品のライフサイクルを考えると、今後長期に販売していくのは期待できない製品があることもあります。 また、例えば、ベーカリーの中には、あんパンだけ、食パンだけ、といった特定のパンだけに特化して人気を集めるお店もありますよね。このような戦略は、1つの製品や分野に集中して、うまく手持ちのコマを使ったり、他社との違いをアピールしたりすることで、成功している事例です。 短期的な利益の管理は重要ですが、長期的な商品戦略を考えることも大切です。 何事にもバランス感覚が大事、というところでしょうか。 *  *  *  *   〔利益管理編〕は今回で終了です。次回からは〔意思決定編〕として、企業が様々な意思決定を行う際に利用できる「意思決定会計」について見ていきます。 (了)  

#No. 215(掲載号)
#石王丸 香菜子
2017/04/20

事例で検証する最新コンプライアンス問題 【第8回】「買収先による法令違反-インターネット会社によるキュレーション事業の停止」

事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第8回】 「買収先による法令違反 -インターネット会社によるキュレーション事業の停止」   弁護士 原 正雄   1 本件の概要 D社は、1999年にインターネットオークションを行う会社として創業し、以後、ゲームを主力事業として、様々なインターネットサービスを展開している企業である。 D社の事業の一つに、キュレーション事業があった(以下「本件キュレーション事業」という)。D社は、本件キュレーション事業として、「MERY」、「iemo」、「WELQ」など、合計10サイトを展開していた(以下「本件サイト」という)。 「キュレーション」とは、インターネット上のコンテンツを特定のテーマなどに沿って読みやすく編集し、共有ないし公開することをいう。明確な定義はないが、ときには「まとめサイト」と呼ばれることもある。 そうしたところ、2016年秋ころから、D社に対して、本件サイトに根拠がない医療情報を掲載しているのではないか、という指摘が多数寄せられるようになった。また、本件サイトの記事が第三者の著作権を侵害しているのではないか、との指摘も多数寄せられた。 D社は、2016年11月29日から同年12月5日にかけて順番に、10のサイト全てを非公開化した。そのうえで、本件問題の調査のため、第三者委員会を設置した。約3ヶ月後の2017年3月13日、第三者委員会は、調査報告書を公表した。   2 問題の所在 本件では、法的には、以下の点が懸念されていた。 ① 著作権を侵害する記事 第三者が著作権を有する文章や画像が、当該第三者に無断で、本件サイトの記事に挿入されていたのではないか。 ② 医療関係法令に違反する記事 本件サイトに掲載された美容、健康、医療に関する記事には、根拠がないものや不正確なものが多数あるのではないか。そうだとすれば、医薬品医療機器等法、医療法、健康増進法に違反するのではないか。 ③ D社による記事の作成 D社は、本件サイトをプラットフォームとして位置付けようとしていた。プラットフォームとは、サービス提供者とサービス利用者の間を仲介する基盤のことである。本件キュレーション事業において、D社は単に本件サイトを運営するだけで、そのサイト上で、投稿者が記事を投稿し、読者が記事を読むということであれば、プラットフォームに該当する。 しかし、D社は、かなりの部分で、自ら記事を作成し、または外部者に委託して記事を作成させていた。その場合、D社は、上記の著作権を侵害する記事や、医療関係法令に違反する記事について、直接に責任を負うのではないか。   第三者委員会の調査の結果、上記3点の懸念は、全て現実の問題として妥当することが明らかとなった。   3 問題が生じた理由 上記3点の問題は、以下の理由から発生したものと考える。 (1) 買収過程における法務DDの軽視 全部で10ある本件サイトのうち、「iemo」、「Find Travel」、「MERY」の3サイトは、買収によって開始したものである。D社は、他社を買収することで、本件キュレーション事業を開始した。 2014年9月18日、D社は、最初のキュレーション事業会社の買収として、ベンチャー企業であるI社を買収した。社長が既に買収の決意を固めていたため、社内では、買収の是非そのものが問題にされることはなかった。 買収の過程で実施した法務デューディリジェンスでは、画像に関する著作権侵害の可能性が指摘されていた。戦略投資推進室の担当者からも、著作権侵害について懸念が示されていた。しかし、最終的には、一応の手立てを講じれば足りるとして、深く検討するには至らなかったようである。その後、D社は、さらにキュレーション事業を行う会社を複数買収した。その際にも、著作権侵害のリスクは指摘されたが、同様に、深く検討するには至らなかった。 第三者委員会は、買収をしたこと自体に関して「特段の問題があったとは認められない」としている。が、他方において「著作権法違反のリスクを完全に払拭できなくとも、(一応の手立てを講じることで)少なくとも『黒』ではない状態になれば、事業に乗り出してよいという判断をした」と指摘している。 近年、買収における法務リスクの重大性は、さらに注目されるようになっている。大規模な簿外債務が発覚した電機メーカーにおいても、デューディリジェンスやその結果の評価が十分であったのかが一つの問題となっている。 こうしたことについて問題提起するのは、法務部など管理部門の役割である。場合によっては、買収そのものにストップをかけなければならない場合もある。社長肝入りの買収事案であったとしても、こうした役割を自覚のうえで、法務デューディリジェンスに臨まなくてはならない。 (2) 買収後、法務DDの結果を活用しなかったこと D社は、本件キュレーション事業を大きく展開した。しかし、D社では、買収の際に一応の手立てを講じたと考えていた。そのため、著作権侵害の懸念を払拭するための積極的な施策をとることはなかった。 せっかく、法務デューディリジェンスで事業上のリスクがあるとの指摘を受けたにもかかわらず、D社は、その指摘を活かすことができなかった。同様に、自社独自に立ち上げたサイトについても、買収の際の法務デューディリジェンスで学んだことを反映しなかった。 法務デューディリジェンスは、買収が完了したら終わり、ではない。買収が完了したからこそ、買収後の統合プロセスであるポスト・マージャー・インテグレーションにおいて、法務デューディリジェンスで指摘されたリスクを重く受け止め、継続的に改善し続けなければならないのである。 (3) 現場マニュアルのリスク D社では、安定的で一定の質が確保された記事を作成してもらうため、各サイトを運営する現場それぞれで、記事の執筆者向けのマニュアルが独自に作られていた。現場は、技術的な内容ばかりであると考え、法務部への内容確認の依頼をしなかった。法務部としても、マニュアルが正式な規程類に含まれるとは整理していなかったとのことである。そのため、法務部が網羅的にマニュアルをチェックすることはしていなかった。 しかし、実際には、こうしたマニュアルには、文章の「コピペ」を推奨するかのような記載も含まれていた。コピペとは、コピー&ペーストの略語で、文章をコピーし、別の場所に複製して貼り付ける(ペーストする)という行為のことである。 こうした現場マニュアルは、極めて危険である。法務部などの本部の監修を経ないで作られた現場マニュアルは、不適切な記載が紛れ込むリスクが高い。万一、不適切な記載が紛れ込んでしまった場合、マニュアルが守られることで、その不適切な記載に基づく問題行動が多数発生する。そして、その後、問題行動が止むことはなく、拡大し続けることになってしまうからである(中島茂『最強のリスク管理』(きんざい、2013年))。 実際、不適切な現場マニュアルが原因で重大事故に至った実例は多い。例えば、1999年に東海村の原子力施設で起きた臨界事故は、現場の「裏マニュアル」が原因であった。同事故の現場マニュアルには、ウラン化合物の粉末の溶解を「バケツ」で行うように記載されていた。本来のマニュアルでは専用容器を使うよう指定していたが、専用容器では手間がかかるため、現場では「バケツ」の利用を推奨していたのである。その結果、核分裂の連鎖反応が起き、大量の放射線が拡散されるという、臨界事故が発生した。この事故によって、3名の作業員が被曝し、うち2名が亡くなった。 したがって、内部監査をするにあたっては、本部の関知しない現場マニュアルが作られていないか、などもチェックする必要がある。 (4) マニュアルの記載が誤解されるリスク とはいえ、D社の現場マニュアルにおいて、画像の利用や文章のコピペを推奨する文言が直接的に記載されていたわけではない。 にもかかわらず、本件では記事の執筆者から「文章のコピペを推奨している」と誤解されてしまった。文章のコピペを推奨すると誤解されたマニュアルの記載とは、例えば、サイト「WELQ」の場合、以下のとおりである。 「他のサイト様のコピペで記事を執筆するのは著作権法にふれるため、厳禁です」 「(他のサイトの)『結論』のみ参考にし、伝え方は独自の表現で考えてください」 「中見出しごとに複数サイトを参考して複数意見を寄せ集めれば、“どこを参考にしたかすぐ分かる”状態ではなくなり、独自性の高い記事になります」 「事実を参考にするのはOKですが、表現は参考にせずご自分の言葉、説明の順序で説明してください。執筆前に(他のサイトの)内容を『事実』と『表現』に単語単位で分解してみてください」   以上の記載は、オリジナルの意見でなくてもよいとするもので、文章を執筆する者として道義上許されるのか、という論点はある。とはいえ、著作権の観点からは、直接的な侵害とならないように伝えるもので、文章のコピペを推奨するとまでは言えないようにも思える。 しかし、以上の記載の結果、同サイトで執筆した経験があるとアンケートに回答した外部者18名中8名が「マニュアルはコピペ推奨であると感じた」と回答した。他方、4名が「そうは感じなかった」と回答し、残りの6名は無回答であった。アンケートに回答した者の内、3分の2に当たる者が「コピペ推奨であると感じた」としている。 マニュアル作成者としては、コピペにならないよう工夫する方法を記載したつもりかもしれないが、現実には、むしろ推奨していると受け止められてしまった。 こうしたリスクは、本件に限られない。 例えば、コンプライアンスや法令に関するマニュアルを作成している企業は多い。そうしたマニュアルにおいて、具体的に「こうすれば、適法である」「このようにすれば、違法ではない」と記載する例は多い。こうした記載は、法令に抵触することがないよう、慎重に検討した結果のはずである。 しかし、そうであっても、実際にマニュアルを使用する従業員は、もしかすると「このマニュアルは、ぎりぎりの違法行為を推奨しているのでは」と間違って受け止めてしまうかもしれない。コンプライアンスに関わる者として、心して受け止める必要がある。 (5) 法務部の牽制が働かなかったこと 本件サイトに掲載された記事の多くは、D社が作成に関わっていた。本件サイトは、単なるプラットフォーム(一般ユーザーが記事を投稿する場)ではなく、メディア(自らが情報発信者となる事業)であった。内容について責任を負うべきは、D社であった。 ところが、D社は、カスタマーサービスへの問い合わせや、プロバイダー責任法の適用に関して、D社が責任を負うことはないとして対応していた。これは、本件サイトが単なるプラットフォームであるとするもので、法務部の助言に基づく対応であった。 例えば、2015年2月、サイト「MERY」に関して、画像が無断利用されているとのクレームがあった。法務部は、画像がD社側のサーバで保存されていること、記事を作成したのはD社側のインターンであることを把握した。しかし、法務部は、記事を作ったのはユーザーであり、サイトはプラットフォームにすぎないとのテンプレート回答を伝えるよう助言していた。 D社の法務部がこのような結果に至った理由は明らかではない。が、調査報告書を読む限り、以下の理由が考えられる。 ① 本件キュレーション事業への理解が不十分であったこと ② 買収による他の文化を持つ者たちへの遠慮 ③ 本件キュレーション事業を強力に推進しようとする経営陣への遠慮   法務部は、その回答次第で会社の経営を左右してしまうという、重い責務を負っていることが分かる。事業全体を正しく理解し、現場に遠慮せず、また、経営陣にも遠慮せず、自信を持って回答することが要求されている。   4 グループコンプライアンス 会社は、自社において、また子会社を含めた企業集団において、業務の適正を確保するための体制を構築しなければならない(会社法362条4項6号、会社法施行規則100条1項)。 ところが、D社は、本件キュレーション事業においては、適正を確保する体制を構築していなかった。それどころか、キュレーション事業を行う子会社ないし社内部門に対して、広範な裁量を与えてしまっていた。第三者委員会によれば、D社には「大企業病に陥っているD社に、買収したベンチャー企業のスタートアップマインドを浸透させる」という狙いがあったとのことである。 確かに、箸の上げ下ろしにまで口出しをするのでは、せっかくベンチャー企業を買収したのに、その長所がなくなってしまうおそれがある。 しかし、会社法は、何も箸の上げ下ろしレベルまで介入せよ、と求めているわけではない。会社法が求めているのは、コンプライアンス違反を防止しうるシステムが構築されているかを確認せよ、ということである。そのシステムが適正に構築されていれば、その運用そのものは、子会社なり現場に一任することができる。 そして、コンプライアンス違反を防止しうるシステムとは何かと言えば、①ルール、②組織、③手続が備わっていることをいう。本件でいえば、以下の3点を本部が確認する必要があった。 コンプライアンス部門は、現場から「迅速な意思決定の妨げではないか」、「チャンスをつぶしているのではないか」との抵抗を受けることがある。 しかし、コンプライアンスこそが、会社が存立する前提であって基盤である。コンプライアンス部門は、その点を確信し、こうした抵抗に対して、誤解を解くために丁寧に説明し、ときには立ち向かわなければならない。   5 何のための事業か 第三者委員会は「D社は、キュレーション事業によっていったい何をやろうとしていたのか」という問題提起をしている。これは、非常に重い問題提起である。 コンプライアンスとは「相手の期待に応えること」をいう。企業が事業を行うとき、その事業が世間の期待に応えているのか、という視点が欠かせない。世間の期待に応えていくことは、企業が存続する大前提であり、コンプライアンス経営そのものである。 D社は、本件キュレーション事業を通じて、情報を発信していた。仮に、必要かつ有益な情報をうまく収集して整理することを通じて、世間の利便性を高めたいという熱い思いを持っていたのであれば、不適切な情報を発信することがいかに問題か、気付くことができたはずである。 企業が事業を行うに当たっては、いったい何を目指して、どのように世間の役に立っていくのか、役職員全員が共通認識を持つことが極めて重要である。そして、その共通認識を持たせるのは、トップをはじめとする経営層の役割である。役職員全員が共通認識を持つことができれば、企業がコンプライアンス上の大きな失敗をすることはなくなり、ますます世間から必要とされる企業になることができる。 (了)

#No. 215(掲載号)
#原 正雄
2017/04/20

家族信託による新しい相続・資産承継対策 【第11回】「家族信託に関する専門家の活用」

家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第11回】 「家族信託に関する専門家の活用」   弁護士 荒木 俊和   前回までは家族信託に関する「よくある質問」について解説してきたが、今回は実際に財産を持っている方が家族信託を活用しようとした場合に、どのように専門家を活用すればよいか、専門家に委託すべき業務、スキーム策定、信託契約書作成にあたっての弁護士・税理士・司法書士・行政書士等の専門家の活用、専門家の選び方について解説する。   1 家族信託の組成において必要となる事項 (1) 信託契約書の作成 家族信託を組成するにあたってまず必要となるのは、信託契約書の作成である。 信託の組成にあたっては、遺言による信託(信託法第3条第2号)、自己信託(信託宣言、同条第3号)による方法もあるが、家族信託においてこれらの方法を取ることはまれであると思われる。 また、これまで述べてきたとおり、信託契約の内容は通常、オーダーメイドで作られるため、信託契約の内容を確定させる前提として、専門家によるコンサルティングを受けることが望ましい。 (2) タックス・プランニング 信託を設定することによって直接的に節税効果が発生することはない反面、信託と税務の関係性を十分に理解していないと、思わぬところで税負担が発生する恐れがあるため、注意が必要である。 信託の設定時、受益権の移転時、信託の終了時等の権利変動のあるタイミングにおける課税の有無はもちろん、信託継続中において、誰が、いかなる税金を支払う必要があるのかも把握しておく必要がある。 筆者が不動産についての家族信託設定時に意外と多く受ける質問であるが、依頼者から「固定資産税は誰が支払うのか。」と訊かれることがある。 回答としては、「不動産の所有者たる受託者が納税義務者になるが、信託財産から支払うことができるため、個人財産としての負担はない。」というものになると思われるが、専門家としては、依頼者側からするとこのような部分まで気になることがあるという点に留意が必要である。 (3) 登記・登録 信託契約により、対象財産は信託財産となるが、登記・登録制度がある財産は、信託の登記・登録をしなければ第三者に対抗できないとされている(信託法第14条)。 ここで第三者との対抗関係が生じる典型的な場面としては、受託者固有の債務について、信託財産に対して強制執行がなされるような場合であり、登記・登録がなければ第三者たる債権者に対して異議を述べることができない。 信託財産について登記・登録を行う典型的な場面としては、不動産についての信託登記が挙げられる。しかし、これまで行われてきた信託登記の大半はいわゆる商事信託であり、家族信託による信託登記は必ずしも一般的ではないのが現状である。 その他の場面としては、非公開株式を信託する場合の株主名簿への記載が挙げられる(会社法第154条の2)。 (4) その他 上記の他、公正証書で信託契約書を作成する場合には、公証人への依頼が必要となる。 また、信託設定に付随して受益権を譲渡する場合には受益権譲渡契約書が必要となるし、信託財産以外について遺贈を行うような場合には遺言を併用することもある。 さらに、信託監督人や受益者代理人への就任を専門家に依頼する場合もある。   2 各専門家が対応できる「独占業務」 家族信託の組成にあたっては上記のような各事項への対応が必要となるが、一方で、弁護士、税理士、司法書士、行政書士等には各業法で定められた独占業務というものが存在する。 例えば、弁護士であれば「訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務」(弁護士法第3条)であり、税理士であれば「税務代理」「税務書類の作成」「税務相談」等(税理士法第2条)、司法書士であれば「登記又は供託に関する手続について代理すること」等(司法書士法第3条)である。 このように各士業においてその職分範囲が定められているため、依頼者としてはそれぞれの範囲において依頼しなければならないし、各士業としてはそれぞれの範囲を超える業務を行ってはならないという規制が設けられている。   3 相談の窓口 このような事情を踏まえると、家族信託を検討している依頼者としては、「まず誰に相談すればよいか」ということに悩まれるのではないだろうか。 実際に家族信託を設定するにあたっては、これらの士業に依頼して対応してもらうことが通常であろうと思われるが、士業にいきなり相談しに行くことがはばかられるという方も多いものと思われる。 そこで必要とされているのが、「コーディネーター」としての役割を持つ業種の存在である。 例えば、不動産業者、生命保険のセールスパーソン、ファイナンシャルプランナー、金融機関の担当者、介護福祉施設の担当者等、依頼者からすると日常的な接点があり、気軽に相談のできる関係の方である。 これらの方々において、依頼者から家族関係、財産関係、資産承継に関する問題点や希望を聞き取り、その情報をまとめて各士業に伝えることが、スムーズな進め方の1つではないかと思われる。   4 各専門家間の連携の必要性 依頼者からコーディネーターを経由し、又は直接に各士業のところに持ち込まれた相談については、上記1で記載した内容を網羅的に検討する必要がある。 このとき、相談を受けた各士業が、自分の専門分野だけにおいて分析・検討し、スキームを策定することにはリスクが存在するといえる。 すなわち、弁護士や行政書士が契約書の作り込みだけを検討していたのでは税務リスクが回避できないし、税理士が税務リスクの回避だけを目的にスキームを作ると契約上の問題が生じるような恐れがある。 また、家族信託は未だ完全に定着している制度ではないため、それぞれの士業といえども、信託に関する知識やノウハウが十分でない専門家も多く存在する。 このため、家族信託の実効性確保のためには、各士業が適切な人員を集め、アライアンスを構築することが望ましく、依頼者側からすると、家族信託の組成実績やアライアンスの有無等を考慮要素として選択する必要があるのではないかと考えられる。 (了)

#No. 215(掲載号)
#荒木 俊和
2017/04/20

海外勤務の適任者を選ぶ“ヒント” 【第1回】「遠慮のない質問をする人は強い」

海外勤務の適任者を選ぶ“ヒント” 【第1回】 「遠慮のない質問をする人は強い」   中小企業診断士 西田 純   ● ○ ● はじめに ● ○ ● プラザ合意以降の円高から30年を経て、今や中小企業であっても、ごく普通に海外へと進出する時代になりました。 他方で、限られた経営資源しか持たない中小企業経営者・人事担当者にとっては「海外勤務者として誰を派遣すればよいか?」という、その人選が悩みのタネです。 なぜなら必ずしも「国内で仕事ができる人=海外で活躍できる人」とはいえず、文化やお作法など、ビジネス的な土壌の差が大きく影響するからです。 私はこれまで、中小企業向けの海外支援を通じて、現地で伸び伸び活躍する人や、逆に、思ったように活躍できず苦しんでいる人を見てきました。 この連載ではその経験を通じて、実際にどのような人材が海外勤務に適任といえるのか、ヒントとなるお話をさせていただきたいと思います。   1 尋ねたいことはそのまま尋ねよ イスラム教徒は酒を飲まない、あるいは豚肉を食べないということは、日本でもすでによく知られたところだと思います。 とはいえ東南アジア諸国では、国や地方によって戒律の厳しさも違い、会食などでイスラム教徒と非イスラム教徒が同席する場合など、どのような饗応がふさわしいのか?という問題に直面することがよくあります。 間違いのない答えを得るには、当事者に聞いてみるのが最も確かです。 果たして酒は出して良いものか? 豚肉は食べられるのか? このような場合の質問として、ちょっと考えればわかることですが、 何か食べられないものはありますか? という尋ね方の落とし穴については、理解しておく必要があります。 すなわち、イスラム教徒からすると豚肉は食べ物のうちに入っていないので、そう聞かれて「何でも食べますよ」と答える人が、実はけっこういるのです。 「あれ、不思議だなぁ」と思ったあなた、あなたはまだ日本人の目線でモノを考えている、ということですね。 この場合、決して失礼には当たらないので、豚肉についてなら「ポークは食べられますか?」と直接的に聞くべきなのです。同様に、「何か飲めないものはありますか?」ではなく、「アルコールは飲めますか?」と聞くのが正しいと言えます。 日本では表現をぼかして尋ねるほうが一般的なのかもしれませんが、宗教に関して食べられないものを聞くときの「婉曲な聞き方」は、誤解の元だと認識してください。   2 みておくべき点 ① 譲りすぎるのはダメ 日本人同士でも、何らかの上下関係があると、下が上に気を使った会話しか成り立たない、というような場面に出くわすことがありますが、そのせいか「気を遣う人」は、生理的に直接的な質問ができないというような事例をしばしば目にします。 ② 「ピンポイント」の重要性 一時期ビジネス社会でもてはやされた「ロジカル・シンキング」は、物事の見方が包括的・網羅的であることを評価する考え方でした。そこから導き出される質問は、常に漏れ・ダブりのない網掛け型の言い方になりがちです。 質問の場面が全体像を確かめる段階なら有効に働く考え方ですが、上の事例のように問題が特定されている段階に至ってもまだ同じような物言いをしてしまうと、今度は焦点がボケることにつながります。 問題が絞り込まれているならば、その段階で包括性・網羅性へのこだわりを捨て、ピンポイントで質問を絞り込むべきである、という判断が求められるのです。 ③ 変化への耐性 宗教や文化の差は、時にこちら側の想像力をはるかに超えた変化を引き起こします。 21世紀の今でも、国によっては、王様や大統領の一声でいきなり翌日が祝日になったり、突然ある地域で携帯電話が全面的に規制され、連絡したくても電話がつながらなくなったり、さまざまな“ビックリ”が、仕事にも影響する形で現れることがあります。 うまく説明しづらいのですが、そういう場面で普通にしていられるほうが、トラブルに遭遇するリスクが小さいように思います。 環境変化によって喜怒哀楽を左右される要素が大きいと、質問する能力もまたそれに影響されるということではないかと思います。   3 人材育成上のポイント 「遠慮せず、ピンポイントで質問できる人材が優れていることは分かった。でも遠慮のない人材が社内にいない場合はどうすればよいか?」という疑問に対しては、「人材育成の努力を続けること」という答えしかありません。 ヒントを申し上げると、以下の2点です。 ① 事例を使って「トラブルのタネ」がどこにあるか理解させる 上で触れた豚肉についての質問は、文化的な均質社会である日本ではまず経験できない事例だと思います。これら直接的な事例を素材として、海外勤務で発生しうるトラブルのタネがどこにあるのか、派遣候補者となる人材に理解させることが重要です。 今回を含め、この連載では「事例として使えるさまざまなエピソード」をお届けしますので、それらを社内の人材育成にそのままお使いいただければと思います。 ② 判断は「ロジックとスピードの組み合わせ」であることを理解させる 自らが対応すべき環境の変化が起こったとき、それについて「環境が〇〇〇なので、自分は〇〇〇しよう」というふうに理由をつけて(ロジック化)自らの行動指針を決めることを「判断」といいます。 海外勤務先という現場で判断業務を任される人にとって、最大のポイントは、『正しい判断を適切なスピードで行えるか』ということです。 このプロセスを理解し実践できれば、結果として「遠慮のない質問」ができる人を育てることも可能となります。 *  *  * 限られた経営資源の中、なんとか海外進出に使える人材を確保することは、経営者・人事担当者にとって焦眉の急だと思います。 この連載から少しでもヒントをくみ取っていただければ幸いです。 (了)

#No. 215(掲載号)
#西田 純
2017/04/20

《速報解説》 中小企業経営強化税制、設備取得後に計画認定を受ける「例外」にも留意が必要~固定資産税軽減特例とは認定期限に差異あるケースも

《速報解説》 中小企業経営強化税制、設備取得後に計画認定を受ける 「例外」にも留意が必要 ~固定資産税軽減特例とは認定期限に差異あるケースも   Profession Journal編集部   既報の通り4月1日から適用がスタートした中小企業経営強化税制だが、固定資産税の軽減特例と同様、中小企業等経営強化法の制度下に置かれ、対象となる設備を取得・事業供用する前に、対象設備に係る経営力向上計画の認定を受ける必要がある。 中小企業庁のホームページでは、平成29年度税制改正に合わせて経営強化法に関するパンフレットや手引き、Q&A、申請書の様式・記載例等が順次アップデートされており、認定を受けるまでの手順や、例外として「設備取得後に経営力向上計画を申請する場合」が紹介されている。 以下、それらもとに、中小企業経営強化法の適用を受けるまでの手順と留意点を確認していきたい。 認定を受けるまでの原則的な手続としては、A類型・B類型ごとに次の通り。 より詳しい手順を図示すると、次のようになる。 〈A類型の手続スキーム図〉 (※) 中小企業庁「工業会証明書の取得の手引き」より 次に、収益力強化設備(B類型)の手続は以下の通り。 こちらも詳しい手順を図示すると次のようになる。 〈B類型の手続スキーム図〉 (※) 中小企業庁「経済産業局による確認書の取得の手引き」より 上記の手続を時系列にまとめると下図のようになる。 【原則】 経営力向上計画の認定を受けてから設備を取得 (※) 中小企業庁ホームページ「経営力向上設備等の取得時期・税制の特例適用等について」より このようにA類型、B類型共に、経営力向上設備等は、経営力向上計画認定後に取得することが【原則】となるが、【例外】として、設備取得後に経営力向上計画を申請する場合においても、一定の条件で中小企業経営強化税制を適用することができる。 この場合の「一定の条件」とは、まず1つ目が「設備取得日から60日以内に経営力向上計画が受理される必要がある」というもの。こちらは昨年の固定資産税軽減特例と同じ取扱いとなる。 2つ目の条件が、中小企業経営強化法は制度の適用を年度単位で見ることから、「対象となる設備を事業供用した年度内に計画の認定を受ける必要がある」というもの。例えば3月決算法人の場合、事業年度末である3月31日までに認定を受ける必要があり、供用年度を超えて認定を受けた場合、税制の適用を受けることはできない。経営力向上計画の申請(受理)から認定までには1ヶ月程度を要するとされていることから、この期間を加味した上で手続を進めなければならない。 【例外】 設備取得後に経営力向上計画を申請する場合 (中小企業経営強化税制(国税)の場合) (※) 中小企業庁ホームページ「経営力向上設備等の取得時期・税制の特例適用等について」より ここで注意したいのが、A類型の場合は、同じ手続(工業会証明書(※1)、経営力向上計画(※2))で固定資産税の軽減特例も合わせて適用できるが、固定資産税の賦課期日は毎年1月1日であるため、「対象となる設備を取得した年の12月31日までに認定を受ける必要がある」という点だ。 (※1) 1枚の工業会証明書で中小企業経営強化税制及び固定資産税の軽減特例の利用が可能(ただし医療機器等、対象設備の際に留意)(Q&A集 A-15)。 (※2) 同一の「経営力向上計画に係る認定申請書」内で両制度の適用を申請可能(申請書記載例の「8 経営力向上設備等の種類」欄を参照)。 【例外】 設備取得後に経営力向上計画を申請する場合 (固定資産税特例(地方税)の場合) (※) 中小企業庁ホームページ「経営力向上設備等の取得時期・税制の特例適用等について」より つまり3月決算法人が本年度中に、対象設備を取得した後に計画の認定を受ける【例外】のケースで、平成29年12月31日を過ぎ平成30年(2018年)1月1日~3月31日の間に認定を受けた場合、中小企業経営強化税制の適用は受けられるものの、固定資産税の軽減特例は、軽減の期間が3年ではなく2年になってしまう。 このように、法人の決算月によって計画の認定を受ける期限に差異が生じることから、A類型の設備投資を計画する場合は平成29年中に計画の認定を受けることを前提としてスケジュールを立案するほうが、各制度をフルに活用できるといえよう。 (了)

#No. 214(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2017/04/19

プロフェッションジャーナル No.214が公開されました!~今週のお薦め記事~

2017年4月13日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.214を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2017/04/13

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第52回】「国会審議から租税法条文を読み解く(その1)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第52回】 「国会審議から租税法条文を読み解く(その1)」   中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦   はじめに 租税法の解釈は文理解釈を第一として行われなければならないといわれることが多く(酒井克彦『レクチャー租税法解釈入門』6頁(弘文堂2015))、また、文理解釈は租税法律主義の考え方に最も合致しているともいえよう。 租税は、国民の財産権を侵害するものであるから、租税法の解釈において恣意性や揺らぎができるだけ排除されなければならないことはいうまでもない。 もっとも、租税法には侵害規範的性質を有するものと、そうではない非課税や減免、控除などの規定もあることからすれば、財産権の侵害規範という性質論のみで、文理解釈を導き出すことには無理があるともいい得るが、他方で、特定の納税者に有利に働く租税特別措置といった減免規定こそ、例外的取扱いであるから文理に忠実な厳格な解釈がなされなければならないという考え方もある。 いずれにせよ、租税法においては文理解釈が第一義的に優先されるべき解釈姿勢であるとしても、さりとて、租税法が法である限り、その法の趣旨や目的を無視した解釈が許されないことも当然である。 文理解釈によって導出された結論の妥当性を判断するに当たって、法の趣旨や目的を確認することもまた重要である。そのような意味では、ただ単に「法律解釈は文理解釈によるべき」と強調しすぎることにも問題があるように思われる。 もっとも、文理解釈においても、法条に用いられている用語(概念)や文章の意義を明らかにするためには、さまざまなリーガルリサーチに基づいたアシストを必要とするのが常である。 すなわち、例えば、学説や判例の確認はもとより、通達や文書回答手続の回答結果等によって政府の見解を調査することも重要であろう。そのほか、立法当時の国会における審議や法条の解釈を巡る答弁なども極めて重要なリーガルアシストを提供するといえよう。 本稿においては、「国会審議を確認することによって租税法条文を読み解く」方法を検討してみたい。その一つの例として、実際の国会審議を参照し、所得税法72条《雑損控除》の規定の解釈に係るヒントを得てみたい。   Ⅰ 雑損控除の意義 所得税法72条1項は、次のように雑損控除を規定している。 このように、所得税法は、居住者らの有する資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合に、当該損失の金額のうちの一定額をその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除することとしている。なお、損失が生じた場合とは、その災害又は盗難若しくは横領に関連してその居住者が「政令で定めるやむを得ない支出」をした場合を含むとされている。 かかる「政令で定めるやむを得ない支出」は、所得税法施行令206条《雑損控除の対象となる雑損失の範囲等》において、次に掲げる支出が明定されている。 なお、雑損控除の趣旨は、「災害、盗難、横領という異常な損失により減少した担税力に即応して課税すること」にあるといわれている(前橋地裁昭和53年7月13日判決・訟月24巻9号1857頁)。   Ⅱ 雪下ろし費用に係る雑損控除の適用-国会答弁で国税庁の取扱いが決定 ところで、豪雪地域などでは家屋の倒壊を防ぐため屋根の雪下ろしは欠かせないと思われるが、かかる雪下ろしに要した費用(以下「雪下ろし費用」という)は雑損控除の適用対象となるのであろうか。この点について考えてみたい。 雪下ろし費用は、「災害による損失」とはいえないのではないかという疑問である。 雪下ろし費用が「災害による損失」に当たるといえるか否かについては疑問の余地があるところであるが、実は、すでに、昭和49年2月22日付け第72回国会衆議院・災害対策特別委員会において、国税庁の水口昭所得税課長(当時)が、雪下ろし費用の雑損控除の適用を認める趣旨の答弁を行っている。 そして、その翌日、同年2月23日付け国税庁直税部所得税課情報第309号「豪雪の場合の除雪費についての雑損控除の適用について」が連絡されていることは興味深い。 また、昭和52年3月31日付け第80回国会参議院・地方行政委員会においても、国税庁の高橋俊雄企画官(当時)が、豪雪の場合の雪おろし費用を雑損控除の対象としていたと説明している。 その際の答弁を確認してみたい。 豪雪の場合の雑損控除の適用対象をさらに拡大すべきとの意見に対して、「できるだけ弾力的な取り扱いをする」と答弁していることからも明らかなように、かかる国会審議が所得税法72条の解釈に極めて大きな影響を及ぼしていることが判然とする。 なるほど、国会は立法府であるから租税法律主義の下で法律の制定に専権を有するものの、そのことは必ずしも、法解釈における影響という意味ではない。 しかし、かかる国会でのやり取りを無視しては、その後の国税庁の法解釈を理解することはできないといっても過言ではない。 現に、その後、昭和52年10月27日に、国税庁長官通達(直所3-21)「豪雪の場合における雪下ろし費用等に係る雑損控除の取扱いについて」が発遣され、前掲した昭和52年3月31日付け第80回国会参議院・地方行政委員会における国税庁企画官の答弁のとおり、雑損控除の範囲が拡大されている。 すなわち、雪下ろし費用、家屋の外回りの雪の取除き費用、雪捨て費用について雑損控除が適用できる旨通達されたのである。 ここでは、国会での議論が雑損控除の拡張的取扱いに係る解釈を主導した点を確認することができよう。 前述のとおり、そもそも「雪下ろし費用」が雑損控除の対象となるかについては疑問を挟む余地があると思われるところ、国会での議論を受けて、雪下ろし費用はおろか関連費用にまで、さらにその範囲を拡大した取扱いがなされてきたのである。 この解釈による取扱いが先行する形で、雪下ろし費用とそれに関連する費用について雑損控除が適用される運営がなされてきたのである。 国会議員の意見や発言を受けて、政府が参考人答弁の形で雑損控除の範囲を答弁し、それが契機となって通達が発遣されて全国に取扱いが命令されるという構図があるといえようか。 なお、その後、昭和56年度税制改正において、「まさに被害が生じるおそれ」がある場合の緊急必要措置を講ずるための支出についても雑損控除が適用されることとなり(所令206①三)、これを受けて、昭和56年1月29日付け国税庁長官通達(直所3-2)「豪雪の場合における雪下ろし費用等に係る雑損控除の取扱いについて」が発遣されているのである。 (続く)

#No. 214(掲載号)
#酒井 克彦
2017/04/13

平成29年度税制改正における『組織再編税制』改正事項の確認 【第1回】

平成29年度税制改正における 『組織再編税制』改正事項の確認 【第1回】   公認会計士 佐藤 信祐   1 概要 本誌198号で述べたように、平成28年12月8日に公表された与党税制改正大綱では、組織再編税制を大幅に見直すこととされており、具体的には、以下の点を改正することが明記されていた。 このうち、(2)から(5)までの改正は、平成29年10月1日の施行が予定されており、それ以外は、平成29年4月1日に施行されている。そして、平成29年3月31日の官報では、改正法人税法施行令が公表され、改正内容の全貌が明らかになった。 本稿は全5回にわたり、改正組織再編税制の解説を行うこととする。   2 スピンオフ税制 改正前法人税法では、支配株主の存在しない新設分割型分割や子会社株式の現物分配は、グループ内の組織再編にも該当せず、共同事業を営むための組織再編にも該当しないことから、非適格組織再編として取り扱われている。これに対し、改正法人税法では、以下の組織再編を対象としてスピンオフ税制が導入された。 本誌198号で述べたように、これらはいずれも、他の者による支配関係がないことを前提としていることから、非上場会社で適用されることは稀であり、実務上、上場会社がbad事業を切り離す場合にのみ適用される手法であると思われる。 まず、(1)単独新設分割型分割であるが、法人税法2条12号の11ニにおいて、 と規定したうえで、同法施行令4条の3第9項において以下の要件が定められている。 なお、上記①であるが、「他の者」には、親族が保有している株式、組合契約に係る他の組合員が保有している株式を含めて判定することとしている。すなわち、任意組合形式のファンドが支配している会社に対しては、スピンオフ税制を適用することができないこととなる。 次に、(2)100%子会社株式を対象とした現物分配であるが、法人税法2条12号の15の2において、株式分配の定義を と規定している。 なお、完全支配関係のある株主のみに対して現物分配を行うものは、株式分配に該当しないことから、同法2条12号の15に規定する適格現物分配に該当するかどうかを検討することになる。そのため、支配株主が法人である場合には適格現物分配、支配株主が個人である場合には非適格現物分配として処理されることになる。 このように定義された株式分配に対して、同法2条12号の15の3において、適格株式分配の定義を と規定したうえで、同法施行令4条の3第16項において以下の要件が定められている。 なお、①の「他の者」については、(1)と同様に、親族が保有している株式、組合契約に係る他の組合員が保有している株式を含めて判定することとしている。 最後に、(3)であるが、単独新設分社型分割については、法人税法施行令4条の3第6項1号ハにおいて、単独新設現物出資については、同条第13項において、それぞれ、完全支配関係継続要件の特例が定められている。 すなわち、適格株式分配を行うことが見込まれている場合には、その直前の時まで完全支配関係が継続していればよく、その後の完全支配関係の継続は要求されないこととされた。 (次号(4/20)に続く)

#No. 214(掲載号)
#佐藤 信祐
2017/04/13

正誤のお詫びとお知らせ

「配偶者控除・配偶者特別控除の見直しによる総務実務の留意点」に関する正誤のお詫びとお知らせ

#Profession Journal 編集部
2017/04/13
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