〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第45回】 「金銭の寄託に関する契約書(寄託契約と金銭の受取書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 金融機関の担当者が、顧客から預金として金銭を受取った場合に「お預り証」を交付していますが、【事例1】と【事例2】の場合の印紙税の取扱いはどうなりますか。 【事例1】 【事例2】 【事例1】は第17号の1文書(売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書)に該当し、【事例2】は第14号文書(金銭の寄託に関する契約書)に該当する。 [検討1] 寄託とは(基通第14号文書の1) 「寄託」とは、民法第657条に規定する寄託をいい、当事者の一方が相手方のために保管をすることを約し、ある物を受け取ることによって、その効力を生じる契約をいう。寄託契約においては特定の目的物を保管した後、目的物そのものを返還することとなるが、寄託の一種である消費寄託についても同様に取り扱われている。 なお、消費寄託とは、受寄者が受託物を消費することができ、これと同種、同等、同量の物を返還すればよい寄託契約であり、銀行預金はこれに該当する。 [検討2] 金銭又は有価証券の受取書とは(基通第17号文書の1) 「金銭又は有価証券の受取書」とは、金銭又は有価証券の引渡しを受けた者が、その受領事実を証明するために作成し、その引渡者に交付する証拠書類をいう。したがって、受領事実を証明するすべての文書のことをいうため、文書の表題や形式にはこだわらない。 [検討3] 金融機関の担当者が作成する預り証等の区分・・・第14号文書に該当するか第17号文書に該当するか(基通第14号文書の2) 金融機関の担当者が、顧客から預貯金として金銭等を受け入れた場合に作成する「預り証」等は、預金を受け取ったことが明らかであるものは第14号文書に該当する。 ただし、預貯金として金銭を受け取った場合であっても、金銭の受領事実のみを証明するものである場合には、第17号文書に該当する。 第14号文書に該当するのか第17号文書に該当するかについては、おおむね以下のとおり区分される。 第14号文書 【作成目的】 預金として金銭等を受け入れた場合、その受入事実を証明するために作成、交付するもの 【文書例】 預り証 入金取次票 原則第14号文書 (注) 【事例1】のように、金額の記載しかなく、文書上預金の預かりであることが明らかではないものは第17号文書に該当する。 受取書 領収書 文書名が受取書、領収書などであっても受託文言・口座番号・預金期間など寄託契約の成立に結びつく内容が記載されているものは第14号文書に該当する。 第17号文書 【作成目的】 金銭の受領事実のみを証明目的として作成、交付するもの 【文書例】 受取書 領収書等 単に預金の種類が記載されているものは第17号文書に該当する。 ▷ まとめ (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q30】 「個人が任意組合契約を通じて不動産に投資をする場合の損失の認識」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 組合損失の必要経費不算入規定 【Q28】の通り、日本の税務上、任意組合等において営まれる事業から生ずる利益や損失については、原則として分配割合に応じて、各組合員に直接帰属します。したがって、税務上は原則として、損失も各組合員に分配されることとなります。 しかしながら、任意組合の組合員で特定組合員に該当する個人が、組合事業から生ずる不動産所得を有する場合において、その年分の不動産取得の金額の計算上、損失の金額があるときは、当該損失金額は、不動産所得の計算上、生じなかったものとみなされます。 「特定組合員」とは、組合契約に係る組合員のうち組合事業に係る重要な財産の処分もしくは譲受け又は組合事業に係る多額の借財に関する業務の執行の決定に関与し、かつ、当該重要業務のうち契約を締結するための交渉その他の重要な部分を自ら執行する組合員以外の者をいいます。ただし、組合員である個人が、業務執行組合員又はそれ以外の者に当該組合事業の業務の執行の全部を委任している場合には、これにかかわらず、特定組合員に該当します。 この組合事業による不動産所得の損失金額は、各組合契約の組合事業ごとに計算されます。また、組合事業による不動産所得の損失金額は、他の所得との損益通算の規定の適用を受けられないのみならず、他の組合事業による不動産所得の金額(黒字額)から控除(不動産所得内の通算)することもできません。 その年において組合事業から生ずる不動産所得を有する個人が確定申告書を提出する場合には、一定の明細書を確定申告書に添付しなければなりません。 2 本件へのあてはめ 本件は主たる事業が不動産賃貸業ということですので、本件の組合事業から生じる所得は不動産所得となります。また個人組合員は組合の業務執行に関与しないということですので、特定組合員に該当すると考えられます。したがって、本件の組合事業から生じる損失は、不動産所得から生じる損失として上記の規制の対象となると考えられます。 したがって、組合損失を個人の他の所得と損益通算することはできず、また、他の黒字の不動産所得と損益通算することもできません。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第32回】 「租税回避と実務上の問題点③」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、①欠損等法人、②適格合併による繰越欠損金の利用、③損失の二重利用について解説を行った。 本稿では、清算所得課税とその他の論点についてまとめるとともに、実務上の留意事項についてまとめたい。 7 清算所得課税 包括否認本(拙著『組織再編における包括的租税回避防止規定(中央経済社、平成21年))の第7章では、清算を利用した譲渡益課税の回避について解説した。当時と異なり、清算所得課税が廃止されたが、残余財産が確定した場合には、期限切れ欠損金の損金算入が認められることになったため(法法59)、現在でも有効な手法である。すなわち、解散の日以前に資産を譲渡した場合には譲渡益と期限切れ欠損金を相殺することができないが、解散の日後に資産を譲渡した場合には譲渡益と期限切れ欠損金を相殺することが可能になる。 そして、資産超過が100である法人と債務超過が△300である法人を適格合併した後に解散した場合には、債務超過が△200になるため、譲渡益と期限切れ欠損金を相殺することが可能になる。 さらに、資産超過が100である法人が分割型分割により分割承継法人に資産超過110を移転すると、分割法人は債務超過△10になる。この後に、分割法人を解散すると、分割法人が保有する資産の譲渡益と期限切れ欠損金を相殺することが可能になるかが問題となる。 この点については、欠損金額の定義が、「各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額が当該事業年度の益金の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう。(法法2十九)」としており、法人税基本通達12-3-2は分割法人を債務超過にするような分割型分割により創出されたマイナスの利益積立金額を含めた上で期限切れ欠損金とすることまでは認めていないと考えられる。そのため、条文上は、期限切れ欠損金を構成せずに、譲渡益と相殺することができないと解釈することも可能になる。 すなわち、グループ法人税制が導入される前は、包括的租税回避防止規定によらないと否認できなかったが、グループ法人税制導入後は、個別規定により否認できるようになった事案であるということが言える。 8 その他の論点 包括否認本の第8章では、①分割型分割による子会社整理損失の拡大、②被買収会社の不良資産を安く処分した場合の取扱い、③含み損資産飛ばしスキーム、④特定資産譲渡等損失の損金不算入についてそれぞれ解説した。これらは、グループ法人税制導入後もほとんど変わらない取扱いとなる。 なお、当時から、①②については、個別否認規定により否認される可能性があり、③④については包括的租税回避防止規定の検討が必要になると解説した。とりわけ、含み損資産を利益が生じている法人に移転することにより節税を図ったり、特定資産を他のグループ法人に移転することにより特定資産から除外したりする行為は、不自然、不合理なものになりやすいため、組織再編成の合理性だけでなく、選定する資産の合理性も含めた検討が必要になると考えられる。 9 まとめ このように、グループ法人税制が導入されたことにより、導入前に想定されていた節税手法はほとんど使えなくなったということが言える。 これに対し、①M&Aにおいて、株式譲渡益と受取配当金のうちいずれか有利な所得が発生するスキームを選択する、②適格合併により繰越欠損金を利用するといった手法は、現在でも有効な節税手法であると言える。 なお、斉木論文では、包括的租税回避防止規定が適用されるケースとして、(イ)組織再編税制の基本的な考え方からの乖離、(ロ)組織再編成の濫用、(ハ)個別防止規定の潜脱の3つに類型化されている(※1)。このうち、(イ)は税制適格要件からの潜脱を問題視されており、(ハ)は個別防止規定からの潜脱を問題視されている。 (※1) 斉木秀憲「組織再編成に係る行為計算否認規定の適用について」税大論叢73号9頁(平成24年) (イ)と(ハ)は、実務においては重複する部分が多いと思われるが、斉木教授が「潜脱」という点を重視している点は注目に値する。すなわち、【第30回】から解説を行ったが、包括否認本を出版した当時に想定していた節税スキームのほとんどはグループ法人税制の導入で使えなくなった。日本IBM事件についても同様である。 これに対し、ヤフー事件は上記(ハ)、IDCF事件は上記(イ)、Sスキーム事件は経済合理性基準で否認できるものである。とりわけ、組織再編税制では、迂回取引を行ったり、個別の要件に無理矢理当てはめたりすることにより、税制適格要件やみなし共同事業を満たすような行為が想定されやすいため、包括的租税回避防止規定の適用対象として「潜脱」というものを想定するというのは、極めて実務的な考え方であると思われる。 すなわち、従前から、①経済合理性の有無、②制度趣旨、③税務調査官の感情論を理解したうえで、包括的租税回避防止規定が適用されるべき事案か否かの検討を行うべきであると解説していたが(※2)、これらを検討する際に、「潜脱」という要素を加えることにより、実務的な対応が可能になると思われる。 (※2) 佐藤信祐『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』35-38頁(中央経済社、平成21年) さらに、最近の動きとして、相続税評価額の引下げとして組織再編成を利用することが増えてきた。 財産評価基本通達は、組織再編成が活発に行われることを想定した通達になっておらず、子会社に利益を移転したり、持株会社を設立したりすることで節税が可能になる欠陥を抱えている。わずかな事業目的のみを主張し、ほとんど税目的であるとしか言えない状態で組織再編成を行い、相続税評価額を引き下げる行為については、財産評価基本通達6項が適用される可能性があるという点に留意が必要である。 【第30回】からの解説により、ヤフー・IDCF事件東京地裁判決以降の租税回避に対する実務的な対応を検討してきた。次回では、ヤフー・IDCF事件最高裁判決を踏まえて、もう一度当該事件について検討を行うこととする。 (了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第13話】 「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 とある中規模上場メーカーのリフレッシュルームの一角で、1人の女性が男性に詰め寄っていた。と言っても、艶っぽい雰囲気は皆無だ。男性の方は両手を顔の横に挙げ、「降参」のポーズを取っている。 「どういうこと?あの2人、全然変わってないじゃない。」 30代半ばの女性、橋本は同じ経理部の同僚である伊崎に言った。 事の発端は経理部内の若手2人、藤原と桜井が険悪ムードになったことから始まる。去年の夏にIFRSを導入することが決まったことを受けて、先輩である藤原が後輩の桜井にIFRSについて教えることになった。そこまでは良かったのだが、意識の高い藤原が次第に受身になっていく桜井の勉強態度に我慢できなくなり、ちょっとした諍いがあったようなのだ。 だが、そのせいで10名程度しかいない、こぢんまりとした経理部内の雰囲気を悪化させていることに、当人たちは気づいていない。 そこで、橋本と伊崎がそれぞれに話をして和解させようと試みたのが先月。しかし、2月に入っても2人の仲は元に戻っていなかった。 「えー、僕はちゃんと仕事したよ?ほら、桜井君の方を見てごらん。」 伊崎は、いつもと変わらずゆったり笑みを浮かべながら答える。橋本はリフレッシュルームの入口から経理部のシマをちらりと見た。 桜井は相変わらず右隣の藤原を一瞥もせずPCに集中していた。だが、表情は先月と比べると心なしか晴れやかに見える。 「ほら、ちょっと明るくなっているでしょ?」 伊崎は得意げに言う。橋本もしぶしぶ認めた。 「確かにそう見えるわね。伊崎さん、一体何を桜井君に言ったの?」 橋本は不思議そうに尋ねた。 「簡単だよ。『仲直りしなくていいよ』って。」 「はぁ?」 橋本のこめかみが痙攣しているのは気のせいじゃないな、と伊崎は冷静な目で観察した。 「藤原君の方を見ていると、どうやら橋本さんは直球勝負したんでしょ?」 橋本は図星を指されて言葉に詰まった。橋本は気まずさを紛らわせるために再び経理部の方に視線を移した。桜井の隣に座る藤原は、眉間に皺を寄せて仕事に没頭している。 「あれじゃ、冬眠明けの低血圧の熊にしか見えないよ。」 伊崎はわざとらしく溜め息をついた。 「悪かったわよ。ちょっと頭ごなしに言ったかもしれないわね・・・」 橋本は素直に自分のやり方がまずかったことを認めた。伊崎はふわりと笑って、橋本の頭をポンと叩く。 「ま、種は蒔いておいたから、ひとまずこれで様子を見ていこう。」 「よいしょっ。」 掛け声をあげて、桜井は請求書の束を机に置いた。 「圧巻だな。ここから探し出すのかー」 ミーティングルームの長机には、所狭しと資料の束が山積みにされている。監査対応の事前準備のため、指定された取引の証憑類に付箋を貼っていくのが今日の主な作業だ。藤原と気まずい状態が続いている桜井にとっては、別室の作業は息抜きになって正直嬉しい。 桜井が一覧表を元に請求書に付箋を貼っていると、ノックする音が聞こえた。桜井がドアの方を振り向くと、伊崎が部屋へ入ってきた。 「今、いいかな?これ、財務から来たよ。」 そう言うと、紙の束が入ったクリアファイルを桜井に手渡した。 「得意先への確認状ですね。では、明日、会計士さんが来た時に渡しておきます。」 桜井は用紙をパラパラ捲りながら、ざっと中身を確認する。一方の伊崎は、手近にあった椅子に腰かけると部屋を見渡した。資料のファイルから付箋がチラホラ飛び出しているのが見える。 「これ、全部一人でやるの、大変でしょ?」 「そうですね。でも、地味な作業は好きなので、案外平気です。」 桜井も少し離れた席に座り、休憩を取ることにした。伊崎と雑談を軽く交わし、話の区切りがついたところで、桜井は少し勇気を出して切り出した。 「あのー、伊崎さん・・・つかぬことを伺いますが・・・」 「何だい?」 「先月、IFRSを教えてくださるって話をしたと思うんですけど。」 「ああ、そう言えばそうだったね。」 伊崎は、顎に指を置いて思い出す仕草をした。 「それで、できればIFRSの収益認識の基準について教えてほしいんです。」 藤原がIFRSを教えてくれていた時は藤原が勉強する機会を率先して作ってくれていたため、桜井はそれに従えばよかったのだが、伊崎は自分からは決してIFRSのことを口にしないことに桜井は気づいていた。 「それはいいけど。どうして知りたいと思ったの?」 伊崎は、机に片肘をついて桜井の方を見た。桜井は、ちょっと緊張しながらも説明した。 「日本基準でも収益認識の会計基準が話題になっているし、今、監査対応で売上や仕入れの資料を用意していたんですけど、IFRSが導入されたらどう変わっていくのかな、って疑問に思って・・・」 「なるほど。確かに日本でもIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発が検討されているから、IFRS第15号を勉強することはその理解に役立つね。それに、前回も収益認識については藤原君から教えてもらってないって言っていたもんね。」 「はい、お願いしてもいいですか?」 「もちろんだよ。もともと僕が藤原君の代わりに教えるって言ったんだしね。ちょうどここにはホワイトボードもあるし、講義するにはピッタリだね。」 伊崎はいたずらっぽく笑うと、2人はホワイトボードの近くに席を移動した。 2014年に公表されたIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」 「さて、今日のテーマは収益、つまりIFRS第15号『顧客との契約から生じる収益(revenue)』という基準だね。この基準は2014年に公表されたんだけど、これにより現在適用されている収益に関する基準、例えばIAS第11号やIAS第18号、いくつかのIFRICが廃止され、収益に関する基準が一本化されることになるんだ。」 「へぇ。IFRS第15号って数年前から耳にしていましたけど、まだ強制適用はされていないんですね。」 2018年1月1日以降開始する事業年度から強制適用 「そうなんだ。少し延期されたこともあって、2018年1月1日以後開始される事業年度から適用されることになるんだ。もちろん早期適用も認められるよ。」 「なるほど。とすると、ウチの会社ではこれからIFRSを導入していくわけですから、現行の基準ではなくIFRS第15号を勉強すればいいんですね。」 「うん、そういうことだね。」 伊崎はにっこりして答えた。 今回の学習項目は主に4つ 【今回の学習項目】 IFRS第15号のポイント 収益認識の5ステップ 契約資産と契約負債 開示 「今回の学習項目は大きく分けて、『IFRS第15号のポイント』、『収益認識の5ステップ』、『契約資産と契約負債』、そして『開示』の4つだよ。」 伊崎は指を4本立てながら、さらに付け加えた。 「今回も基本的な内容に限定して、細かい論点についてはまた別の機会を作ろうね。」 「はい。分かりました。」 IFRS第15号の特徴 収益認識の5ステップ 契約資産と契約負債 開示 「では、さっそく『IFRS第15号のポイント』についてだね。」 「はい。」 久しぶりの授業スタイルで、桜井は少し緊張気味に返事をした。 「ここでは、IFRS第15号がどんな基準なのか、主な特徴を説明するね。」 そう言うと、伊崎はホワイトボードに向かった。 IFRS第15号のポイント ポイント① 収益に関する包括的な枠組みを提供 ポイント② 5つのステップにより中心となる原則に従って収益認識 ポイント① IFRS第15号は収益認識に関する包括的な枠組みを提供 伊崎は桜井の方に向き直って言った。 「IFRS第15号『顧客との契約から生じる収益』が適用されることで、廃止される基準はこれだけあるんだ。」 そう言うと、伊崎はホワイトボードにさらに6つの項目を書き加えた。 「え、IFRS第15号によって置き換えられる基準等って、こんなにいっぱいあるんですか。」 桜井は、予想を超える基準の数に驚いた。 「そうなんだ。でも、今までのIFRSでは、複雑な取引への適用が困難であったり、重要なテーマについてのみの限定的なガイダンスしかなかったりしたんだ。」 「へぇ。」 「そこで、IASBはFASBと共同で収益認識に関する包括的な枠組みを開発することで、今後はあらゆる業種の顧客との契約に基づく収益を、その包括的な枠組みに従って認識することにしたんだよ。」 「その収益認識に関する包括的な枠組みが設定されているのが、IFRS第15号なんですね。」 桜井は納得して頷いた。 ポイント② 5つのステップにより中心となる原則に従って収益認識 「では、その包括的な枠組みはどんなものなのか、というのがポイント②だよ。」 「えーと、5つのステップにより中心となる原則に従って収益認識する、というものですね。」 「そう。まず、IFRS第15号では、『中心となる原則』が定められているんだ。」 「へぇ。それは、どんな原則なんですか?」 「財又はサービスの移転をその対価を反映する金額で描写するように収益認識を行う、というものだよ。基準の言葉だと下のように記されているね。」 【IFRS第15号の中心となる原則】 企業が収益の認識を、約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスとの交換で権利を得ると見込んでいる対価を反映する金額で描写するように行わなければならない。 「ふぅん。」と桜井は眺めて答えた。 「この中心となる原則に従って収益認識するために、具体的には5つのステップを適用することになるんだよ。」 「なるほど。それが、学習項目の2つ目にある、『収益認識の5ステップ』というわけですね。」 伊崎はにっこりと頷いた。 収益認識の5ステップ IFRS第15号のポイント 契約資産と契約負債 開示 「では、続いて5つのステップについて見ていこうね。」 「はい。」 【収益認識の5ステップ】 ◆各ステップの概要 「5つのステップを大きく分けると、ステップ1『契約の識別』とステップ2『履行義務の識別』で、会計単位を決定するんだ。」 「まず始めの2つのステップで、会計単位を決めるんですね。」 「そうだよ。そして、ステップ3『取引価格の決定』とステップ4『取引価格の履行義務への配分』が、測定の部分だね。」 「へぇ。『認識』の前に『測定』の話が先なんですね。そして、最後のステップ5『履行義務の充足による収益の認識』で収益が認識されることになるんですね。」 「そういうこと。今回は簡単な設例を使いながら、この5つのステップを確認しようか。」 「はい、分かりました。」 ◆ステップ1でIFRS第15号が適用される契約かどうかを判断する 「伊崎さん、ステップ1では『契約の識別』をするんですね。」 「そう。ここでは、まずIFRS第15号を適用する『契約』に該当するかどうかを判断するんだよ。『契約』に該当しない場合は、IFRS第15号は適用されないんだ。」 「へぇ。いわゆる入口の部分なんですね。」 「そうだね。まず、「契約」って普段よく使う言葉だけど、その定義から確認していこうか。」 「確かに、契約とは何か説明しろと言われても、正しく説明するのは難しいですね。」 伊崎は頷いた。 ◆契約の定義と5要件 「契約とは、強制可能な権利及び義務を生じさせる複数の当事者間の合意と定義されているんだ。IFRSでは、次の5つの要件が全て満たすものを契約と考えるんだよ。」 そう言うと、伊崎はホワイトボードに5つの要件を書き始めた。 「えーと、義務の履行を確約している、権利を識別できる、支払条件を識別できる、経済的実質がある、回収可能性が高い、の5つですね。」 桜井はホワイトボードの内容を口に出しながら確認した。 ◆回収可能性はステップ1で検討する 「あの、5つ目の要件で、『対価の回収可能性が高い』とありますけど、契約の識別の時に判断するんですか?」 「よく気がついたね。回収可能性というと、通常、認識の時に出てくる要件だよね。桜井君の言った通り、収益認識では、ステップ1の入り口段階で回収可能性を検討するんだよ。」 「なるほど。」 ◆「回収可能性が高い」とは50%超で発生する可能性があるかで考える 伊崎は“回収可能性が高い”という部分を〇で囲み、“50%超”と書き加えた。 「ちなみに、この『回収可能性が高い』とは、発生する可能性が高い(more likely than not)という意味で、50%超で発生する可能性があることを指すんだよ。」 「へぇ。」 ここで、4つの要件を眺めていた桜井はふと気がついた。 ◆契約には文書だけでなく、口頭や取引慣行等による合意も含まれる 「あれ?契約というと、契約書をイメージするんですが、『文書により』という言葉は含まれていないんですね。」 「そうなんだ。書面に限らず、口頭や取引慣行等による合意も契約に該当し得るんだよ。」 「へぇ。そうなんですね。」 「設例ではこの契約の要件を全て満たしたものと仮定して、次のステップに移ろうね。」 「はい、分かりました。」 「さて、契約の識別ができたら、次はその契約の中の履行義務(performance obligation)を識別していくんだ。」 「『履行義務』ですか?」 耳慣れない言葉を聞いて、桜井は首を傾げた。 ◆履行義務とは「約束」のこと 「『履行義務』とは、顧客に のいずれかを移転する約束(promise)のことだよ。」 「つまり『履行義務』は、顧客との財又はサービスを移転する『約束』ってことなんですね。」 ◆履行義務が会計処理の単位になる 「そうだよ。この『履行義務』が会計処理の単位になるから、ここは重要なステップなんだ。」 「へぇ。契約ごとに会計処理するわけじゃないんですね。」 「そうなんだ。まず、契約開始時に企業は、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、当該約束により顧客に財又はサービスを移転する約束のそれぞれを履行義務として識別しなければならないんだ。」 「財又はサービスを評価して、次に履行義務を識別するんですね。ところで『財又はサービスの評価』って、具体的に何をするんですか?」 桜井はさっぱり分からないという表情で首を傾げた。 ◆まず、契約に含まれている全ての財又はサービスを識別する 「これはね、まず契約の中に含まれている財又はサービスを全て識別することを意味しているんだよ。」 「なるほど。設例の場合だと、機械とメンテナンス・サービスが契約に中に含まれている全ての財又はサービスですね。」 「それだけじゃないよ。」 「え?他にもありましたか?」 桜井は設例の文章を再び見返した。伊崎はにっこりと笑って言った。 「据付も立派なサービスなんだよ。」 「へぇ。ということは、この契約の中には、機械と据付、そしてメンテナンス・サービスという3つの財又はサービスが含まれていることになるんですね。」 「そういうことになるね。」と、伊崎は頷いて言った。 ◆ステップ2では財又はサービスが「別個のもの」であるかどうかで履行義務を識別する 「では、次にステップ2として、履行義務を識別することになるんですね。」 「その通り。契約の中に複数の財又はサービスが含まれている場合は、その財又はサービスが別個のもの(distinct)であるかを判断する必要があるんだよ。」 「つまり、財又はサービスが別個の履行義務だと判断された場合、別々の会計単位として会計処理することになるってことですか?」 「そうだよ。反対に履行義務が別個のものではない場合は、それらの財又はサービスを結合して1つの履行義務と考えるんだよ。」 「へぇ。」 ◆履行義務が「別個のもの」であるための要件は2つ 「とすると、履行義務が『別個のもの』ってどういうことか、という問題が出てくるね。」 「はい。」と桜井は頷いた。 「IFRSでは、次の2つの要件の両方を満たす場合には、顧客に約束している財又はサービスは別個のものだと考えるんだ。」 そう言うと、伊崎は2つの要件を読み上げた。 【履行義務の区分要件】 桜井は、その2つの要件を聞いてメモした後、設例ではどうなるのか考えてみた。 「えーと、設例では、機械の販売、据付、メンテナンス・サービスという3つの財又はサービスがありますね。」 「では、それぞれ別個のものであるための要件を満たすかを考えてみよう。」 「はい。まず、据付については設例の条件にある通り、他社からの調達は難しいことから、その会社からしか調達することができないんですよね。だとすると、1つ目の要件は満たさないから、別個のものではなく、販売される機械と結合して1つの履行義務と考えることになると思います。」 桜井は、設例の条件と、先ほど伊崎が言った要件に照らし合わせながら答えた。 ◆「個々の財又はサービスレベル」と「契約の観点」から別個の履行義務かを検討する 「うん。それで大丈夫だと思うよ。では、メンテナンス・サービスはどうだろう?」 「メンテナンス・サービスは、単独で他社からサービスの提供を受けることができるため、機械の販売とは別個の履行義務になると思います。」 「そうだね。1つ目の要件は大丈夫そうだね。1つ目の要件は、個々の財又はサービスのレベルで区分できるか、という要件なんだ。」 「へぇ。では、2つ目の要件は、どういう意味なんですか?」 「2つ目の要件は、契約の観点から区別できるか、という視点なんだ。」 「契約の観点から、ですか・・・?」 意味が理解できない桜井は、眉をひそめて繰り返す。 「基準では、この判断するための要因が挙げられているんだ。一気に詰め込むと混乱しちゃうから今回は詳しくは説明しないけど、メンテナンス・サービスが機械の仕様に対して大幅な改変やカスタマイズをしないことや、通常はメンテナンス・サービスを利用しなくてもその機械を使用することができると考えられるから、契約の観点からもこの2つは別個の履行義務と考えるんだ。」 「なるほど。まずは、個々のレベルで別個の履行義務が判断して、続いて契約の観点から区分して識別できるのかを検討するんですね。」 「うんうん。このステップの理解は大丈夫そうだね。」 それを聞いた桜井はほっと一息ついた。 「つまり、この設例では、2つの履行義務が含まれているんですね。」 「イメージを図で表すとこんな感じですね。」 そう言うと、桜井は席を立ちホワイトボードに図を描いた。 「うん。さすがよく理解できているね。」 伊崎にほめられ急に恥ずかしくなった桜井は、すぐに席へ戻った。 「ステップ2で履行義務、すなわち会計単位が決まったら、今度は測定の番だね。」 「えーと、ステップ3では、取引価格を決定するんでしたね。」 桜井は再び表に目を戻した。 ◆取引価格は財又はサービスに係る対価の金額 「取引価格は、顧客への財又はサービスの移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の金額のことを言うんだ。この時、第三者のために回収する金額、例えば消費税等は除くことになるんだよ。」 「なるほど。設例では、取引価格は1,750,000円となりますね。」 ◆変動対価が含まれている場合は見積りで取引価格を算定する 「そうだね。設例では固定対価となっているけど、実務の中では変動対価が含まれている契約もあるよね。」 「そうですね。その場合は、取引価格はどうなるんですか?」 「契約に変動対価が含まれている場合は、その対価の金額を見積もらなければならないんだ。」 「へぇ。見積りが必要になるんですね。」 ◆変動対価の見積りには制限がある 「それから、変動対価の見積りを算定しても、全てが取引価格に含まれるわけではないことに注意が必要だね。」 「え?どうしてですか?」 桜井は首を傾げた。 「見積もられた変動対価のうち、認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い範囲でのみ、取引価格に含めなければならないという規定があるからだよ。」 「なるほど。見積りなので、後々重大な戻入れが生じる可能性があるんですね。そのために制限の規定が設けられているんですね。納得しました。」 ◆取引価格に重要な金融要素が含まれている場合は調整が必要 「それから、取引価格の算定時に重大な金融要素が含まれている場合には、その影響について取引価格を調整することになるんだ。これも、日本基準にはない規定だね。」 「『重大な金融要素』って、確か前回の金融商品のときにも出てきた言葉ですね。確か、重大な利息が含まれているかどうか、という話だと記憶していますけど。」 ◆重要な金融要素とは利息のこと 「そうだね。財又はサービスが移転された時期と支払の時期が異なることにより、契約で約束された対価に貨幣の時間的価値が含まれている場合が考えられるよね。その場合は、貨幣の時間的価値の影響額を取引価格から調整する必要があるんだ。」 「なるほど。支払サイトが遅い場合、支払額の中に利息分が含まれているから、それを調整して利息収益を認識する必要があるんですね。」 ◆対価を前払いした場合にも重要な金融要素が含まれている可能性がある 「そうだね。それから、この規定は後払いだけでなく、顧客が対価を前払いした時にも適用されるんだよ。」 「へぇ。前払いのケースも考えないといけないんですね。」 ◆重要な金融要素の調整には実務上の便法が設けられている そこで桜井は思ったことを口に出した。 「でも、例え重大な金融要素と限定されていても、一つ一つの取引に金融要素の調整をするのは大変そうですね。」 「うん、そうなんだ。だからIFRSでもそこは考慮されていて、実務上の便法が設けられているんだよ。」 「そうなんですか?」 「契約開始時において、約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客がその財又はサービスに対して支払を行う時点との間の期間が1年以内となると見込んでいる場合は、約束した対価から重大な金融要素の影響を調整する必要はないんだよ。」 「へぇ。それはありがたい規定ですね!」 「取引価格が決まったら、その取引価額をそれぞれの履行義務へ配分するという、ステップ4に移るんだ。」 「なるほど。設例のケースだと、契約の中には「機械の販売」と「メンテナンス・サービス」という2つの履行義務がありますね。」 伊崎は頷いた。 ◆取引価格は履行義務の独立販売価格の比で按分 「取引価格は、それぞれの履行義務の独立販売価格(standalone selling price)の比で按分することになるんだよ。」 「独立販売価格って何ですか?」 「独立販売価格は、その財又はサービスを単独で販売した時の価格だよ。」 「なるほど。独立を単独と読み直せばいいんですね。」 ◆独立販売価格が観察可能ではない場合は見積る 「この独立販売価格はもちろん観察可能なものであることが望ましいんだけど、中には難しいものもあるよね?」 「たしかにそうですね。その場合は、どうやって独立販売価格を決めるんですか?」 「これも見積りによって算定することになるんだ。基準では、調整後市場評価アプローチ、予想コストに適切なマージンを加算するアプローチ、残余アプローチといった手法があると書かれているんだ。」 そう言うと、伊崎は桜井が分かりやすいように、ホワイトボードに3つのアプローチを書き並べた。 【独立販売価格の見積方法】 「へぇ。いろんな見積りの方法があるんですね。」 「では、設例に戻ってみよう。」 「はい。えーと、機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの独立販売価格は、それぞれ1,500,000円と500,000円となっているから、取引価格1,750,000を各履行義務に配分する計算式は、 となり、機械・据付が含まれる履行義務に1,312,500円、メンテナンス・サービスに437,500円を配分することになるんですね。」 「うん、その通りだよ。」 「ここは、だいたい理解できたと思います。」 桜井の言葉を聞いて、伊崎は満足そうに頷いた。 ◆履行義務の充足には2パターンある 「とうとう最後のステップ5ですね。履行義務の充足により収益を認識することになるんですね。」 ここで、伊崎が再びホワイトボードに図を描き始めた。 伊崎は書き終えると、桜井の方へ振り返った。 「収益の認識のパターンには大きく2つあるんだ。1つが一定期間にわたり履行義務を充足するパターン。そしてもう1つが一時点で充足されるパターンだよ。」 「なるほど。」 ◆「一定期間にわたり履行義務が充足されるもの」に該当する3要件 「IFRSでは、一定期間にわたり履行義務が充足される要件を設けて、それに該当しない場合は、一時点で履行義務を充足される履行義務だと考えるんだ。」 「へぇ。まずは、その履行義務が一定期間にわたり充足される履行義務かどうかを検討すればいいんですね。」 「そうだね。要件は3つある。これらの3つのうち、いずれかに該当した場合は、一定期間にわたり充足される履行義務に該当するんだ。」 そう言うと、伊崎はさらに説明を続けた。 要件① 顧客が、企業の履行によって提供される便益を、企業が履行するにつれて同時に受け取って消費する 「まずは、顧客が、企業の履行によって提供される便益を、企業が履行するにつれて同時に受け取って消費する場合。」 「便益を企業が履行すると同時に消費・・・」 桜井は伊崎が言った言葉を復唱してみたが、まだピンと来ない表情をしている。 「これにはサービス契約が当てはまるんだ。例えば、清掃サービスとかね。清掃のおじさんがこの部屋を掃除してくれたとする。その場合、「清掃」というサービスの提供と同時に僕たちは綺麗になった部屋という「便益を受けて消費する」と考えるんだよ。」 「ああ、なるほど。」 要件② 企業の履行が資産を創出するか又は増価させ、顧客が当該資産の創出又は増価につれてそれを支配する 「続いて、企業の履行が資産を創出するか又は増価させ、顧客が当該資産の創出又は増価につれてそれを支配するというものだよ。これは、顧客の土地の上に建設を行う場合が例えとして挙げられるね。」 伊崎はちらりと桜井を見て、桜井の表情を確認した。 「はい。ここは大丈夫です。」 これには、少し安心した表情で桜井は答えた。 要件③ 企業の履行が、企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ、企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利を有している 「最後の要件は、企業の履行が、企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ、企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利を有している場合だよ。」 「これならイメージできます。個別受注生産の場合がこれにあてはまりますね!」 ◆いずれの要件も満たさなければ、一時点で充足される履行義務に分類する 「そうだね。そして、これらの要件①~③に該当しない場合は、一時点で充足される履行義務に分類されるんだよ。」 「なるほど。分かりました。」 「では、設例の機械の販売とメンテナンス・サービスの履行義務の充足パターンを考えてみよう。」 設例 機械の販売及び据付は一時点で充足される履行義務 「はい。まず1つ目の履行義務である機械の販売及び据付ですね。えっと、機械の販売についてですが、要件①はサービス契約についての要件ですし、要件②にある資産を創出・増価する履行義務でもないですから、要件①及び②は当てはまらないですね。それに、この機械は、条件にあるように特別な仕様ではなく、他の顧客に転売可能ということですから、先ほどの要件③も満たさないですね。据付についてもどの要件も満たさないため、一時点で充足される履行義務になると思います。」 「うん、そうだね。」 設例 メンテナンス・サービスは一定期間にわたり充足される履行義務 「では、メンテナンス・サービスはどうかな?」 伊崎は、腕を組みながら続けて桜井に尋ねた。 「メンテナンス・サービスは、5年間継続してそのサービスを受けることができるんですよね・・・。これはサービス契約ですから、企業の履行によって提供される便益を企業が履行するにつれて同時に受け取って消費するという1つ目の要件を満たすと思います。」 「そうだね。ということは、メンテナンス・サービスは一定期間にわたり充足される履行義務になるね。ここはもう大丈夫そうだね。」 「はい。」と頷き、桜井は再びほっと一息をついた。 ◆充足パターン別の収益認識方法 「パターンが2つあることが理解できたら、それぞれのパターンの収益がどのように認識されるのかを確認していくよ。」 「はい。とうとう収益の認識ですね!」 ◆一定期間にわたり充足される履行義務は進捗度に応じて収益認識 「まずは、一定期間にわたり充足する履行義務の場合、進捗度に応じて収益を認識することになるんだよ。」 「進捗度に応じて、ですね。分かりました。」 ◆進捗度はアウトプット法又はイントプット法を用いて測定 「それから、進捗度を測定する適切な方法として、基準では『アウトプット法』と『インプット法』が挙げられているんだ。」 「アウトプット法というと、達成した成果の鑑定評価、達成したマイルストーン、経過期間や、生産単位数等を用いて進捗度を測定する方法ですね。」 「うん。よく知っているね。」 桜井は、照れ臭そうに笑った。 「最近読んだ情報誌に載っていたんです。たしか、インプット法は、消費した資源や労働時間、発生コスト、経過期間や期間使用時間等を用いて進捗度を測るんですよね。」 「その通り。そして、進捗度を測定する適切な方法を決める際には、顧客に移転する財又はサービスの性質、それから企業の履行の性質の両方を考慮する必要があるんだよ。」 「はい、分かりました。」 「設例だと、メンテナンス・サービスが一定期間にわたり充足される履行義務だったよね。」 「はい。ということは、メンテナンス・サービスは進捗度に応じて収益を認識することになるんですね。」 「そうだね。このケースでは、5年という期間に基づいて収益を認識することになるだろうね。」 そこで、桜井は手許にあった電卓を叩いた。 「ということは、437,500円÷5年÷12ヶ月で、毎月約7,291円の収益を認識することになるんですね!」 ◆一時点で充足される履行義務は財又はサービスの「支配」が移転した時に収益認識 一定期間にわたり充足される履行義務の理解ができたことで調子づいた桜井は、続けて伊崎に質問した。 「では、一時点で充足される履行義務は、いつのタイミングで収益認識されることになるんですか?」 伊崎は桜井のその様子に頬を緩めて答えた。 「一時点で充足される履行義務は、財又はサービスの支配(control)が顧客に移転した時点で収益を認識することになるんだよ。」 「支配、ですか。リース会計の時もそうでしたけど、IFRSを勉強しているとよく耳にする言葉ですね。」 「そうだね。この「支配」とは、資産の使用を指図し、その資産から残りの便益のほとんど全てを獲得する能力のことを言うんだよ。これには、他の企業が資産の使用を指図し、資産から便益を得ることを妨げる能力も含まれるんだ。」 「へぇ。」 ◆支配が顧客に移転したことを示す5つの指標 「でも、『支配の移転』と言われても漠然としすぎていて、どの時点で移ったと言えるのかイメージが湧かないです。」 不安そうな表情で桜井は言った。 「そうだよね。でも、基準に支配が顧客に移転したことを示す指標がいくつか列挙されているから、これらの指標を考慮して、どの時点で顧客が約束された資産に対する支配を獲得して、企業が履行義務を充足したかを決定することになるんだよ。」 「え、ここは要件ではなくて、指標なんですね。」 「そうなんだ。具体的には、以下の指標が挙げられているよ。もちろんこれらの指標が網羅的なものではないことには留意が必要だよ。」 そう言うと、伊崎はホワイトボードに5つの指標を簡単にまとめた。 【「支配の移転」の指標】 「えーと、この指標を基に考えると、設例にある機械の販売及び設置は、機械の据付を顧客が確認して検収した時点で支配が移転したと考えられるため、その時点で収益を認識することになるんですね。」 「そういうことだね。」 伊崎はにっこり笑って頷いた。 契約資産と契約負債 IFRS第15号のポイント 収益認識の5ステップ 開示 そこで、伊崎は手をポンと打って言った。 「そうそう、契約資産と契約負債のことを教えておかないとね。」 桜井は、なんとなく聞き覚えがあるその言葉について記憶を辿った。 「契約資産って、確かこの間教えていただいた金融商品の減損の部分で出てきた言葉ですね。」 「そうだったよね。日本基準にはない科目だからはじめは面食らうと思うけど、もうちょっと辛抱してね。」 伊崎は申し訳なさそうに言った。 「はい。」と、桜井はドキドキしながら伊崎の説明に構えた。 ◆契約資産 「まず、契約資産の説明から行くね。」 伊崎は再びペンを手にして、仕訳を書きながら言葉を続けた。 「顧客が対価を支払うか、支払期日到来前に、財又はサービスを移転して履行義務を充足した場合、企業は顧客から対価を受け取る権利を獲得し、契約資産を有することになるんだ。」 「はぁ。」 桜井は伊崎の言うことがイマイチ理解できず、生返事を返した。 「具体例があった方が分かりやすいよね。せっかくだから、今まで使ってきた設例を用いて説明しよう。ただ、一部条件を変更するね。」 「はい、分かりました。」 「変更点は、機械の納入と据付サービスが別個の履行義務だという点と、企業は機械が契約で合意された仕様に従っているという証拠を得ることができて、機械の支配の移転を企業が客観的に判断できる、という条件が付いたことだよ。 2つ目の条件はちょっと特殊かもしれないけど、契約資産を理解するための設例だと思って聞いてね。」 この条件がどう絡んでくるのか分からないまま、桜井は黙って頷いた。 [機械納入時] (※) 勘定科目名は上記に限られない。 「これは、設例のケースで言うと機械を顧客に納入した段階の仕訳だよ。また据付が終わっておらず、顧客からの検収も行われていない場合だけど、機械の納入という履行義務が完了されたタイミングだね。」 「え、ここで仕訳が必要になるんですか。」 桜井は驚いた様子で伊崎にたずねた。 「この設例では、「機械の納入」という履行義務を完了したことで、機械の据付や検収を待たず、機械の支配が顧客に移転したと考えられるからなんだ。」 「ああ、なるほど。あのややこしい追加条件がここで利いてくるんですね。」 伊崎は苦笑して答えた。 「まぁ、そういうことだね。そして、顧客が据付完了を確認し、検収した時点で、こう仕訳を切ることになるんだよ。」 [顧客検収時] (※) 勘定科目名は上記に限られない。 「なるほど。結果として、借方に債権、貸方に売上高という、いつもの科目が残ることになるんですね。」 桜井の言葉に伊崎は頷いた。 ◆契約資産と債権は対価を受け取る条件の有無で区別 「ここで「契約資産」と「債権」という2つの勘定科目が出てきているんだけど、この契約資産と債権は、時の経過以外で『対価を受け取る条件が無条件か否か』で区別されるんだよ。」 「対価を受け取る条件ですか?」 伊崎の説明に、桜井は首を傾げた。 「そう。履行義務を充足したけど、時の経過以外に対価を受け取るために何らかの条件が必要な場合は、『契約資産』を計上する。機械を納入した時点だと、まだ据付が終わってないよね?」 「ええ。支払義務の確定は機械の据付が終わって、顧客がそれを確認してからですから、まだ対価を受け取る権利が確定していないってことですね。」 伊崎は桜井の答えににっこりして頷いた。 「機械納入という履行義務は充足したんだけど、まだ支払が確定するまでにやらなきゃいけないことがあるから、『条件付き』となるんだ。だから『契約資産』を計上するというわけだよ。」 「なるほど。据付確認後は、支払を受ける権利が確定し、支払期日までの時の経過を待てばいいだけですから、『対価を受け取る条件が無条件』になるんですね。」 「その通り。対価を受け取る権利が無条件だから、顧客が据付確認したタイミングで『債権』として計上するんだ。」 「へぇ。IFRSでは、『契約資産』と『営業債権』を区別して管理する必要があるんですね。」 桜井は溜息を吐きながら言った。 「面倒だけど、そうなるね。」 ◆契約負債 「では、契約負債は契約資産の逆パターンと考えていいんですか?」 「そうだよ。財又はサービスの移転という履行義務の充足前に顧客が支払いをした場合や、企業が履行義務を履行する前に企業が無条件の対価に対する権利を有していて、その支払期日が到来した場合は、契約負債を計上するんだ。」 「へぇ。」 そう言うと、桜井もペンを手に取って、仕訳を書き始めた。 「・・・ということは、顧客が財又はサービスを移転する前に前払いしたときには、 [前払時] (※) 勘定科目名は上記に限られない。 となるんですね。」 「その通りだよ。」 桜井はさらに続けて、ペンを走らせた。 「そして、財又はサービスを移転し、履行義務を充足した時点で次の仕訳が出てくるんですね。」 [履行義務充足時] (※) 勘定科目名は上記に限られない。 「そうだね。」と相槌を打って、伊崎は桜井に先を促した。ところが、桜井が困惑した表情で伊崎を見た。 「ただ、2つ目にある履行義務を充足する前に企業が無条件の対価に対する権利を有していて、その支払期日が到来した場合って、よく分からなくて・・・」 「うん、確かに分かりにくいよね。せっかくだから、設例にあるメンテナンス・サービスが機械据付時に支払を受ける場合の仕訳を考えてみよう。」 伊崎は安心させるよう桜井に微笑みかけた。 「えーと、設例では、機械を据付時に機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの合計金額に対する顧客の支払義務が確定するんですよね。」 「そうだね。だから、機械の据付確認時点で、メンテナンス・サービスは提供していないにもかかわらず、支払義務は確定しているわけだよね?」 「なるほど!だから、機械据付後、顧客が検収した時点でこう仕訳を切ることになるんですね。」 [機械据付時] (※) 勘定科目名は上記に限られない。 「そうだね。実際に顧客から支払を受けた時の仕訳がこうだね。」 [対価受取時] (※) 説明の便宜上、営業債権を履行義務毎に分けて記載している。 「なるほど。そして毎月メンテナンス・サービスに係る収益を認識するときは、次の仕訳になるんですね。」 [毎月] (※) 勘定科目名は上記に限られない。 「うん、その理解で大丈夫だよ。だいたいイメージがついたみたいだね。」 「はい。」と桜井はほっとした表情で答えた。 ◆契約資産と債権は明確に区別できるように情報開示が必要 「それから、契約資産と契約負債は必ずしもこの用語を使用する必要はないんだけど、財務諸表利用者が契約資産と債権を明確に区別できるように、十分な情報を開示しなければならないってことも留意が必要だよ。」 「なるほど。分かりました。」 開示 IFRS第15号のポイント 収益認識の5ステップ 契約資産と契約負債 「では、最後の開示内容についてだね。ここは主な開示の内容を紹介するね。」 「はい。そう言えば、収益に関する開示も多くなるという話を聞いたことがあります。」 「そうなんだ。IFRSでは、大きく3つの項目、 顧客との契約 IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産 に関して開示することになるんだよ。それぞれの内容はこんな感じだよ。」 そう言うと伊崎は、再びホワイトボードに向き直った。 【IFRS第15号 主な開示事項】 〇 顧客との契約 顧客との契約から認識した収益の内訳 顧客との契約から生じた債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高、期首現在の契約負債残高に含まれていた当報告期間に認識した収益、当報告期間に過去の期間に充足した履行義務から認識した収益等 顧客との契約における履行義務に関する情報 残存履行義務に配分した取引価格等 債権又は契約資産について認識した減損損失 〇 IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断 履行義務の充足の時期 取引価格及び履行義務への配分額 〇 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産 顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際の判断 各報告期間に係る償却の決定に使用している方法 「へぇ。」 桜井はずらっと書かれた項目を確認しながら、内容の多さに口をぽかんと開けた。 「たしか、藤原君がまとめてくれた一覧があったはずだから、後でメールしておくね。どういった項目を注記することになるのか、一度目を通しておくといいよ。」 「ありがとうございます・・・」 藤原の名前を聞いて少しモヤっとした気持ちになりつつも、桜井はお礼を言った。 「おや、もうこんな時間だ。」 伊崎は腕時計を確認すると、立ち上がった。 「僕はそろそろミーティングに行かなくちゃいけないから、残りの作業頑張ってね。」 そう言いながら笑顔で手を振ると、伊崎は颯爽と部屋を出ていく。 再び一人になった桜井は、ホワイトボードの内容を手許にあった紙の裏に書き留めた後、背もたれに体を預けて、ふぅと溜め息をついた。 「確かに先輩の言うことも一理あるかも・・・」 桜井は年末に藤原からIFRS勉強に対して受身になっている姿勢を責められたのだが、図星だったこともあり、つい過剰に反発してしまったのだ。今でもお互い引っ込みがつかなくなり、気まずい関係が続いている。 藤原の指摘を少し冷静に考えることができるようになった桜井は、藤原よりもさらに忙しい伊崎にわざわざ時間を割いてもらって、IFRSを教わっているこの状況に少し疑問を感じた。 「このまま一から十まで教えてくださいって言うのは、甘えすぎだよなぁ・・・」 桜井は後輩の山口を思い浮かべた。自分も教わる立場から教える立場になったことで、藤原の言いたいことも実感している毎日だ。 しばらく考え込んでいた桜井だったが、勢いよく立ち上がって気合いを入れた。 「よーし、やるぞ!」 そして、桜井は目の前にズラリと積み重なっているファイルの山を見下ろした。作業はまだ半分も終わっていない。桜井はポリポリと頭を掻いて呟いた。 「まずは、この作業を終わらせないと・・・」 IFRS第15号のポイント ポイント① 収益に関する包括的な枠組みを提供 ポイント② 5つのステップにより中心となる原則に従って収益認識 【契約】 強制可能な権利及び義務を生じさせる複数の当事者間の合意 【履行義務】 顧客に財又はサービスを移転する約束 【履行義務の区分要件】 【取引価格】 約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込んでいる契約における対価の金額 【独立販売価格】 企業が約束した財又はサービスを独立に顧客に販売するであろう価格 【独立販売価格の見積方法】 (※1) 一定期間にわたり充足される履行義務の要件 (※2) 「支配の移転」の指標 【IFRS第15号 主な開示事項】 〇 顧客との契約 顧客との契約から認識した収益の内訳 顧客との契約から生じた債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高、期首現在の契約負債残高に含まれていた当報告期間に認識した収益、当報告期間に過去の期間に充足した履行義務から認識した収益等 顧客との契約における履行義務に関する情報 残存履行義務に配分した取引価格等 債権又は契約資産について認識した減損損失 〇 IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断 履行義務の充足の時期 取引価格及び履行義務への配分額 〇 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産 顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際の判断 各報告期間に係る償却の決定に使用している方法 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第8回】 「条件変更の会計処理②」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回に引き続き、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)にしたがって、ストック・オプションに係る条件変更の会計処理について解説する。 条件変更には次の類型がある。 Ⅱ ストック・オプション数を変動させる条件変更 1 会計処理 ストック・オプションについて、権利確定条件を変更する等の条件変更により、ストック・オプション数を変動させた場合には、次のように会計処理する(ストック・オプション会計基準11項)。 2 考え方 勤務条件や業績条件等の権利確定条件を変更した場合には、一般にストック・オプション数が変動することになる。 ストック・オプション数の見直しの会計処理については、ストック・オプション会計基準7項(2)に規定があるが、この規定の前提となっているのは、環境の変化等の企業が意図しないストック・オプション数の変動であり、そのため重要な変動が生じた場合には、その影響額を見直した期に損益として計上することとされている。 しかしながら、企業の意図による条件変更の結果、ストック・オプション数に変動が生じた場合(ストック・オプション会計基準11項)には、将来にわたる効果を期待して条件変更を行ったものと考えられるため、ストック・オプション会計基準7項(2)は適用されず、ストック・オプション会計基準11項にしたがって、その影響額は条件変更後、残存期間にわたって反映させることになる(ストック・オプション会計基準57項)。 Ⅲ 費用の合理的な計上期間を変動させる条件変更 1 会計処理 ストック・オプションについて、対象勤務期間の延長又は短縮に結びつく勤務条件の変更等により、費用の合理的な計上期間を変動させた場合には、当該条件変更前の残存期間に計上すると見込んでいた金額を、以後、合理的な方法に基づいて、新たな残存期間にわたって費用計上する(ストック・オプション会計基準12項)。 2 考え方 条件変更の結果、当該ストック・オプションと対価関係にある対象勤務期間が変動する場合には、厳密にいえば、条件変更の前後で報酬としての同一性を失い、別の報酬に置き換わると理解することもできる(ストック・オプションが「どのサービスに対する対価として用いられているのか」ということ。財務会計基準機構監修、企業会計基準委員会編『企業会計基準完全詳解 改訂増補版』(税務経理協会、平成21年8月)187ページ)。 しかしながら、行使価格の引下げ等にあわせて、対象勤務期間の延長に結びつく勤務条件の変更が行われることもあり得るため、当初の対象勤務期間が延長又は短縮された場合には、条件変更の問題として取り扱うこととされた(ストック・オプション会計基準58項)。 Ⅳ 複合的な条件変更 前回と今回では、①公正な評価単価を変動させる条件変更、②ストック・オプション数を変動させる条件変更、③費用の合理的な計上期間を変動させる条件変更について述べてきた。 これらの条件変更は、相互に排他的なものではなく、例えば、ストック・オプション数を変動させる勤務条件の変更は、通常、対象勤務期間の変更を伴い、合理的な費用の計上期間をも変動させる場合がある。また、勤務条件の変更は、権利確定日の変更を伴い、権利行使期間の開始日と一致することの多い権利確定日が変更されれば、ストック・オプションの公正な評価単価を算定する上での変数の1つである、ストック・オプションの予想残存期間に影響を及ぼす可能性がある。さらに、行使価格の引下げと同時に、対象勤務期間の延長が行われるなど、複数の条件変更が同時に行われることもあり得る。 このような、複合的な条件変更の場合にも、その会計処理は、それぞれの要素に分解して行うことになる(ストック・オプション会計基準59項)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第131回】 金融商品会計⑭ 「任意組合、匿名組合、パートナーシップ、リミテッド・パートナーシップ等への出資の会計処理」 仰星監査法人 公認会計士 永井 智恵 日本公認会計士協会準会員 素村 康一 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) 〔X1年4月1日 出資時〕 〔X2年3月31日 決算日〕 (*1) 純損益△100×出資割合10%=△10 〔X3年3月31日 決算日〕 (*2) 純損益200×出資割合10%=20 〈会計処理の解説〉 任意組合、匿名組合、パートナーシップ、及びリミテッド・パートナーシップ等(以下、「組合等」)への出資(商品ファンドへの投資を除く)については、以下の方法により会計処理されます(実務指針132項、308項)。 (注1) 金融商品取引法第2条第2項により有価証券とみなされるものについては有価証券として計上(実務指針132項) (注2) 任意組合、パートナーシップに関し有限責任の特約がある場合にはその範囲で損益を認識(実務指針132項) なお、組合等の財産について、その構成資産が金融資産に該当する場合には「金融商品に関する会計基準」に従って評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とします。例えば、組合の保有するその他有価証券の評価差額金に対する持分相当額は、その他有価証券評価差額金に計上されることになります(実務指針132項)。 任意組合、パートナーシップについては、法律上その財産は組合員又はパートナーの共有とされていることを考慮して、組合等の財産及び損益を総額で取り込む方法(上表の②の方法)で処理する実務もみられます。 しかし、出資者が単なる資金運用として考えている場合、又は有限責任の特約が付いている場合など、多くの場合には匿名組合、リミテッド・パートナーシップと同様に貸借対照表及び損益計算書双方について持分相当額を純額で取り込む方法が適切と考えられることから、純額で取り込む方法(上表の①の方法)が原則とされています。 また、状況によっては、貸借対照表について持分相当額を純額で、損益計算書については損益項目の持分相当額を計上する方法(上表の③の方法)も認められています。 匿名組合及びリミテッド・パートナーシップについても、原則としてそれらの財産及び損益を純額で取り込む方法(上表の①の方法)により処理しますが、それらが実質的に匿名組合出資者等の計算で営業されている場合もあり得るため、貸借対照表及び損益計算書双方について持分相当額を純額で取り込む方法は妥当でないことも想定されるので、そのような場合には純額で取り込む方法以外の方法(上表の②又は③の方法)により処理することも考えられます。 このような多様な実情を踏まえ、組合等への出資(有価証券とみなされるものを含みます)については、貸借対照表及び損益計算書双方について持分相当額を純額で取り込む方法を原則としつつ、その契約内容の実態及び経営者の意図を考慮して、経済実態を適切に反映する会計処理を選択することになります(実務指針308項)。 (了)
[平成29年1月1日施行] 改正育児介護休業法のポイントと実務対応 【第4回】 「育児休業等に関するハラスメントの防止措置」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 今回は改正ポイントの最後として、新たに義務化されている「育児休業等に関するハラスメントの防止措置」の内容を確認していきたい。 改正前も、育児休業等の申出や利用を理由として解雇や雇止め等の不利益な取扱いをすることは禁止されていたが、今回新たに義務として追加されたのは、職場において、育児休業や介護休業等の制度の申出や利用に関する上司や同僚の言動により労働者の就業環境が害されることがないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備する等の必要な措置を講ずることとなる。 1 定義等 (1) 職場 職場とは、業務を遂行する場所を指し、事業所内だけでなく、出張先や取引先との打ち合わせ場所等の事業所外も含まれる。また、勤務時間中だけでなく、勤務時間外の飲み会等の場であっても、実質的に職務の延長と考えられるものは職場に当たる。 (2) 労働者 労働者とは、いわゆる正社員だけでなく、パート、アルバイト、契約社員、嘱託社員等の正社員以外の者も含む雇用関係にあるすべての者を指す。 また、派遣先事業主は労働者派遣法に基づき派遣労働者を雇用する事業主とみなして必要な措置を講ずることが求められるため、派遣労働者も対象に含めて考える必要がある。 (3) 典型的な例 育児休業や介護休業等の制度の申出や利用に関する上司や同僚の言動により労働者の就業環境が害されるものの典型的な例として、以下のものが「子の養育又は家族介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」(以下「指針」)で示されている。 ① 解雇その他不利益な取扱いを示唆するもの 労働者が、制度等の利用の申出等をしたい旨を上司に相談したこと、制度等の利用の申出等をしたこと又は制度等の利用をしたことにより、上司が当該労働者に対し、解雇その他不利益な取扱いを示唆すること ② 制度等の利用の申出等又は制度等の利用を阻害するもの 労働者が制度等の利用の申出等をしたい旨を上司に相談したところ、上司が当該労働者に対し、当該申出等をしないよう言うこと 労働者が制度等の利用の申出等をしたところ、上司が当該労働者に対し、当該申出等を取り下げるよう言うこと 労働者が制度等の利用の申出等をしたい旨を同僚に伝えたところ、同僚が当該労働者に対し、繰り返し又は継続的に当該申出等をしないよう言うこと(当該労働者がその意に反することを当該同僚に明示しているにもかかわらず、さらに言うことを含む) 労働者が制度等の利用の申出等をしたところ、同僚が当該労働者に対し、繰り返し又は継続的に当該申出等を撤回又は取下げをするよう言うこと(当該労働者がその意に反することを当該同僚に明示しているにもかかわらず、さらに言うことを含む) ※ 単に言動があるのみでは該当せず、客観的にみて、一般的な労働者であれば、制度等の利用をあきらめざるを得ない状況になるような言動を指す。 ※ 上司の言動は一回でも該当すると考えられるが、同僚の言動は繰り返し又は継続的なもの(意に反することを明示しているにもかかわらず、さらに行われる言動を含む)が該当する。 ③ 制度等の利用をしたことにより嫌がらせ等をするもの 労働者が制度等の利用をしたことにより、上司又は同僚が当該労働者に対し、繰り返し又は継続的に嫌がらせ等(嫌がらせ的な言動、業務に従事させないこと又は専ら雑務に従事させることをいう)をすること(当該労働者がその意に反することを当該上司又は同僚に明示しているにもかかわらず、さらに言うことを含む) ※ 単に言動があるのみでは該当せず、客観的にみて、一般的な労働者であれば、「能力の発揮や継続就業に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じるようなもの」を指す。 ※ 上司と同僚のいずれの場合であっても繰り返し又は継続的なもの(意に反すること明示しているにもかかわらず、さらに行われる言動を含む)が該当する。 2 講ずべき措置 講ずべき措置については指針に従った対応が求められるが、指針では次の5つが示されている。 (1) 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 (2) 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 (3) 職場における育児休業等に関するハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 (4) 職場における育児休業等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置 (5) その他(1)から(4)までの措置とあわせて講ずべき措置 (1) 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 育児休業等に関するハラスメントに対する方針を明確にし、これを従業員に周知・啓発することが必要となる。 育児休業等に関するハラスメントとはどういうものか、その発生原因や背景(育児休業等に関する否定的な言動等がハラスメントの発生の原因や背景等になり得ることがあること等)、育児休業等に関するハラスメントは許さない旨の方針、育児や介護に関する各種制度の利用ができる旨等を盛り込んだ方針等を周知・啓発する。 また、育児休業等に関するハラスメントの行為者に対しては懲戒処分とする等の厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等に明記し、こちらも従業員に周知・啓発する必要がある。 これら方針等を明確に伝えるため、研修等を行うことにより従業員の理解を深めていく対応も考えられる。 (2) 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 相談窓口をあらかじめ定めておく必要がある。また、相談窓口の担当者が、従業員からの相談に対してその内容や状況に応じ適切に対応できるようにしておく必要がある。 相談があった場合の対応フローを策定したり、相談対応マニュアルを作成して準備しておくことが考えられる。 (3) 職場における育児休業等に関するハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 従業員からの相談に、迅速に対応するため次の体制整備が必要となる。 (4) 職場における育児休業等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置 育児休業等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するため、業務体制の整備等、会社や制度等の利用を行う従業員等の実情に応じ、必要な措置を講ずることが必要となる。 (5) その他 相談窓口の担当者に対して研修を行う等、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずる必要がある。また、相談しやすい体制とするため、相談したこと、事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を就業規則等で明記して従業員に周知・啓発することが必要となる。 * * * 以上、育児休業等に関するハラスメントの防止措置については、さまざまな検討が必要となり、会社の風土に合わせた対応が求められる。 次回からは、これまでみてきた改正ポイントを踏まえて、どのような対応が求められるのか考えていきたい。 (了)
預貯金債権の遺産分割をめぐる 最高裁平成28年12月19日決定についての考察 【第2回】 「本件決定以前の判例及び実務上の取扱い」 弁護士 阪本 敬幸 前回は、最高裁平成28年12月19日決定(以下、「本件決定」という)の概要について述べた。今回は、本件決定以前の預貯金債権の相続時の判例・実務上の取扱い等について述べる。 1 従来の預貯金債権の相続に関する判例について 預貯金債権の相続に関連する判例としては、まず、可分債権の当然分割を判示した最判昭和29年4月8日(以下、「昭和29年最判」という)が挙げられる。 昭和29年最判は、 と述べたが、事案の内容としては不法行為に基づく損害賠償請求権が相続された場合に関する判例であり、預貯金債権の相続に関して述べたものではない。 しかし、預貯金債権も可分債権であると考えられたことから、その後の下級審においても、相続財産に預貯金債権が含まれる場合、預貯金債権は相続により当然分割され、遺産分割を経なくても各相続人が預貯金債権を単独で行使できるとするものが大勢を占めることとなった。 なお最高裁は、預貯金債権以外の可分債権については、繰り返し、相続により当然分割される旨を述べてきた。 こうした流れの中で、最判平成16年4月20日(以下、「平成16年最判」という)は、共同相続人の1人が相続財産である預貯金債権を解約して払い戻しを受けたという事案において、 とした上、①預貯金債権が可分債権であること、②それ故預貯金債権は相続と同時に当然分割され、分割単独債権となること、を前提とした判断を行った。 昭和29年最判・平成16年最判から、預貯金債権が相続と同時に当然分割されることは、判例上確立したものと考えられた。 2 実務上の取扱いについて (1) 裁判実務上の取扱い 上記のように、預貯金債権も相続と同時に当然分割されるとするのが最高裁の確立した見解であると考えられた結果、家裁実務の大勢は、預貯金債権は当然分割されるのが原則であり、相続人間において預貯金債権を遺産分割の対象とすることについて合意された場合に限り、審判対象とするという取扱いが取られてきた。 ただし、少数ではあるが、相続人間の公平・共同相続人間の調整等を理由に、預貯金債権を遺産分割の対象とした審判例も存在する。 (2) 金融実務上の取扱い 裁判実務上の取扱いとは異なり、金融実務上は、預貯金債権の当然分割を前提とした払い戻しには応じない金融機関が多数存在した(「銀行法務21」(687号)のアンケートでは、相続時の預貯金一部払い戻しには応じず、相続人全員の署名をもらってから払い戻しを行うとする金融機関が73%と多数を占めていた)。 これは、金融機関においては、法定相続分は戸籍等から確認できるものの、特別受益等を考慮した具体的相続分について確認することは困難であり、預貯金の一部払い戻しに応じた場合に、後で他の相続人から二重に払戻請求を受けるなど、紛争に巻き込まれる可能性があったためと考えられる。 金融機関が預貯金の払い戻しに応じない場合、払い戻しを請求した相続人としては、金融機関を被告として訴訟提起し、金融機関も判決により支払いを命じられた場合には払い戻しに応じるというようなことも頻繁に見られた。 もっとも、近時は、当然分割を前提にした払い戻しに応じる金融機関が増加傾向にあったのではないかと思われる。あるいは、預貯金の額が多額ではないとか、他の相続人との関係等を考慮して、払い戻しに応じるかを判断していた金融機関も多かったのではないかと思料する。 (3) 裁判実務に対する批判及び平成16年最判以降の動き 上記の通り、裁判実務上は、預貯金債権は原則として遺産分割の対象とはならないとされてきたが、これを批判する学説も多かった。 理由としては、預貯金が当然分割されるとすると、多額の生前贈与を受けており具体的相続分がゼロとなるべき相続人でも預貯金については取得できることとなり相続人間の実質的公平が害されるとするものや、預貯金には遺産分割の調整としての機能があること、金融機関の負担等が挙げられる。 また、一般的な相続案件においては「主要な相続財産は預貯金・現金・有価証券・不動産である」というものが多数であろうが、このうち、預貯金のみが当然分割とされるというのは違和感があることも否定できない。 最高裁も、平成16年最判以降、遺産分割の対象とすべき遺産の範囲を拡大する姿勢を示しており、郵政公社時代の定額郵便貯金債権について、法律上、定額郵便貯金は分割払戻が許されないとされていること等を理由として、当然分割とはならないとする判断(最判平成22年10月8日)、投資信託について、可分給付を目的とする権利ではないことなどを理由として当然分割を否定した判断、国債について、法律上一単位未満に分割された権利行使が予定されていないことを理由として当然分割を否定した判断(いずれも最判平成26年2月25日)がなされている。 定額郵便貯金・投資信託・国債等は、いずれも可分債権であり当然分割されると考えるのが素直と考えられ、これらの判決の中では、最高裁は価値判断的な理由を述べることはなかったが、当然分割を貫くことによる不都合性といった価値判断に基づき、上記のような判断となったものと思われる。 こうした流れの中で、「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」(以下、「中間試案」という)において、「預貯金債権等の可分債権を遺産分割の対象に含めるものとする」とする見直しが提示されていた。中間試案においては、遺産分割がされるまでの間も原則として各相続人の権利行使を認める案(甲案)と、遺産分割がされるまでの間は原則として各相続人の権利行使を禁止する案(乙案)の2案が提示されている(中間試案p6)。 中間試案については法務省・法制審議会-民法(相続関係)部会においてパブリックコメントの結果を踏まえ内容の検討が継続審議されているところであるが、本件決定を受けて、今後の民法改正において、預貯金債権が遺産分割の対象とされることは確実な流れになったと考えられる。 * * * 次回は、本件決定における双方の主張・補足意見等、本件決定の内容をより詳細に確認した上、本件決定を踏まえた今後の対応について論じる。 (了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 〔Q&A編〕 【第2回】 「既に認知症を発症している場合の対応」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 [設問02] 共に90歳になる私の父と母についての相談です。 (1) 母について 母は、3年前から認知症と診断され、介護施設に入りながら投薬治療を受けています。 現在は、簡単な問いかけに「はい」「いいえ」程度を答えるといった最低限の会話しかできず、寝たきりの状態です。面会に行った際も、娘である私のことはかろうじてわかるようですが、孫たちや夫のことは理解できません。 (2) 父について 他方、私の一家と同居している父は、母と比べればまだだいぶしっかりしています。 ただ、昨年あたりから時間帯によって心身の状態に波が見られ、朝からお昼過ぎくらいまではぼーっとした状態が続いて会話もうまくいかず、着替えも一人ではできません。しかし、夕方近くなってくると、だいぶシャキッとした状態になり、家族と世間話もできるようになるという状態が続いています。医師の診断を受けたところ、やはり認知症と診断されました。 今回、父も介護施設に入所することになり、入所のための保証金や今後の施設利用料の支払いに充てるため、まとまったお金が必要となりました。 費用を工面するために、母と父がそれぞれ所有している複数の不動産を売却したいと考えています。付き合いのある不動産業者に相談したところ、 と助言を受けました。 お金を工面するため、このまま売却手続を進めてもらうということでよろしいでしょうか。 1 判断能力について ある人の判断能力が問題となったときに、これが「ある」か「ないか」が択一的に判定されるものではないこと、そして、問題となる行為や契約といった場面毎に、個別にその有無が判断される必要があることは、〔解説編〕【第3回】で詳しく説明したとおりである。 したがって、[設問02]における父と母に関しても、 という問題意識の持ち方は不正確であり、 という問題の捉え方が正しいことになる。 2 母に関する対応方法 (1) 不動産の売却について [設問02]での母は、既に認知症と診断されており、投薬治療も受けている。 ただ、前述のように、判断能力の有無は個別具体的に判断されるものであるから、認知症に罹患しているというだけで、即、判断能力を有しないものと判定されるわけではない。 もっとも、母の現在の状態に照らせば、本人が認知能力をどこまで維持しているかは極めて疑問であって、売買契約を締結するといった場合に、その意味内容を理解し、自己の意思を表示することは極めて困難と思われる。 そこで、父母の介護費用の捻出のために不動産売却がどうしても必要であるとの事情があるならば、相談者が親族として家庭裁判所に成年後見人選任の申立てをし、母に成年後見人を付けてもらった上で売却するということが必要となる。 ただし、売却する不動産が居住用の不動産であった場合、つまりは、①被後見人が現に居住している、もしくは居住する予定がある不動産を売却する場合や、②現在は入院中で、この先退院した場合に居住する予定の不動産を売却するといった場合には、売却にあたり家庭裁判所の許可が必要となる。 成年後見人による売却といえども、裁判所の許可を得ていなかった場合には、契約は無効である。 (2) 相談を受けた場合の対応 なお、筆者も本問のように、家族による署名の代筆等により売買契約を締結することはできないかといった相談を受けることはたびたびある。 実際上、売買の際の仲介業者のコンプライアンス意識が高くなく、買主も特に異議を述べないといった場合には、実際上、このような形式で売買契約を締結してしまう例は少なからず存在すると思われる。 しかし、母には判断能力が認められない以上、契約は法律上無効であり、後日、買主からの転得者の元に所有権が移転していた場合でも、当初の売買契約が初めから無効だとして契約の効力が否定される(〔解説編〕【第3回】参照)。 よって、上記のような契約方法の是非につき税理士が相談を受けた場合には、これに積極的なゴーサインを出してはならない。 もし万一、契約当時に売主の判断能力が無かったことが後日に表面化し、裁判等に発展した場合には、契約締結に対して積極的なアドバイスをした税理士も巻き込まれる恐れが無いわけではないからである。 [設問02]での模範的なの回答としては、多少杓子定規であり、相談者は不満かもしれないが、前記(1)で説明したような原則的説明を回答すべきであろう。 3 父に関する対応方法 [設問02]における父の状態は、いわゆる「まだらぼけ」の状態の一つと言える。 このような症状は、認知症の原因疾患別のタイプでいえば「レビー小体型認知症(DLB)」の場合に顕著といえ、男性にやや多いと言われている(他のタイプを含めた説明については〔解説編〕【第2回】参照)。 父の午前中の様子を見ていると、母の場合と同様、売買契約の意味内容を理解できるかは疑わしく、判断能力があるかどうかは相当問題となりそうである。 そうなると、素直に考えれば、設問の母の場合と同様、父にも成年後見人を付け、この者が売買契約を締結することが必要となりそうである。 しかし、この場合に、成年後見人を付ける他に方法はないのであろうか。 本問で重要なことは、父の心身の状態として、夕方以降の遅い時間帯は比較的良好であるということである。 つまり、この時間帯であれば、身の回りのことに対する理解力も相応に回復し、他者とのコミュニケーションを取ることも一定程度可能な状態にある。 この点、前述のように、判断能力はあくまでも個別具体的に判断され、契約締結時に備わっていれば足りるのである。 仮にそれ以外の時に判断能力の減弱を疑わせるような事情が存在した場合であっても、そのことだけでは判断能力の存在が否定されることにはならない。 よって、父の判断能力が回復する夕方の時間帯に、売買契約の内容を丁寧に説明し、本人の了解を得た上で、本人が氏名を自署できるようであればそうしてもらい、難しければ家族が代筆する形で契約書への署名捺印を行うことが考えられる(この場合、代筆者の氏名も書き添えておいた方が良いであろう)。 加えて、後日の不測の事態に備えて、「契約書に署名捺印した当時に判断能力を有していたこと」の証拠を確保しておくべく、以下のように工夫することが考えられる。 4 事前対策の必要性と有効性 以上のように、いざ認知症の症状が出始めて以降に財産の処分を行おうと考えると、大小様々なハードルが出現することにもなる。 そのため、あくまでベストであるのは、本連載でも何度も言及しているように、認知症の症状が出始める前に、早期の対策として財産管理のあり方や具体的方法につき事前に検討し、準備しておくということである。 (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔法務面のアドバイス〕 【第3回】 「被災による取引関係の法律問題」 弁護士 岨中 良太 1 賃貸借契約 (1) 賃借していた建物の被災 前回述べたとおり、賃借していた建物が災害によって被害を受けた場合、賃貸人との賃貸借契約が終了するか否かは、当該建物が「滅失」したか否かによって決まる。 (2) 建物が滅失し賃貸借契約が終了する場合 災害によって建物が滅失し、賃貸借契約が終了する場合には、賃借人は賃貸人に対して敷金の返還を請求することができる。敷金返還請求権は、本来であれば賃借人が賃貸人に目的物を返還した時に発生すると解されているが、建物が滅失した場合には目的物の返還そのものが観念できないからである。 (3) 建物が滅失せず賃貸借契約が終了しない場合 前回述べたとおり、賃貸人は、賃貸目的物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う(民法601条1項)ことから、賃借人は賃貸人に対して、建物の修繕を請求することになる。 この場合に、賃貸人が修繕義務を負うにもかかわらず修繕を行おうとせず、賃借人の業務に支障が生じた場合、賃借人は賃貸人に対し、①債務不履行責任に基づく損害賠償請求をすることができる。 また、②使用収益が妨げられた割合に応じて賃料の一部の支払いを拒み、あるいは賃料減額請求をすることも可能であるが、減額割合に関する紛争をできるだけ避けるため、賃貸人との事前の協議は行った方が望ましい。 さらに、③賃借人自ら賃貸目的物を修繕し、その修繕費用を賃貸人に請求することも可能であるが、修繕の範囲を超えて増改築となってしまうと賃貸人から無断増改築を理由に契約解除を主張される場合もあることから、やはり賃貸人との事前の協議は行った方が望ましい。 2 災害によって企業が取引先に対して負う債務を履行できなくなった場合 取引先との契約に従った債務の履行ができなくなった場合(履行不能)、期日を過ぎて履行した場合(履行遅滞)、完全な履行ができなかった場合(不完全履行)には、いずれも債務不履行責任(民法415条)が問題となり、企業が取引先に対して損害賠償責任を負う可能性がある。 この点、不可抗力によって債務を履行できなくなった場合には、債務不履行責任が成立するための要件の一つである「債務者の帰責性」を満たさず、責任を負わない場合があるが、災害が原因であれば全て不可抗力になるわけではない。 債務の内容や債務不履行の態様など、事案ごとに個別に不可抗力といえるかどうかの認定が行われることになる。 3 災害によって取引先が債務を履行することができなくなった場合 逆に、不可抗力といえる災害によって取引先が商品の引渡等の債務を履行することができなくなった場合に、企業は商品の代金を支払う義務を負うかについては、危険負担が問題となる。 民法上の原則では、一方の債務の履行が不能となった場合には、反対債務も消滅するとされている(民法536条1項)。この場合には、企業は商品の代金を支払う義務を負わない。 例外として、①契約の目的物が特定物(中古品や土地のようにその物の個性に着目したもの)の場合(民法534条1項)、②契約の目的物が種類物(不特定物)(同じ種類の物のように代替性のあるもの)であっても一定数量が選び出されて「特定」している場合(同2項)には、一方の債務の履行が不能となっても反対債務も消滅しない。この場合には、企業は商品の代金を支払う義務を負うことになる。 もっとも、民法上の危険負担の定めは当事者間の特約で変更することができるため、実際には民法と異なる約定をしている場合も多い。 (了)