酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第50回】 「限られた租税行政資源と『税務に関するコーポレートガバナンス』(その2)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 3 国税庁における「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」 (1) 事務運営指針 限られた税務行政資源の中で適正公平な課税を担保するため、特に悪質な、あるいは大口な納税者に対して資源を集中している昨今の税務行政の傾向は前回述べたとおりである。すなわち、国税庁は、税務に関するコーポレートガバナンスが良好である納税者と、そうでない納税者について、「メリハリ」をつけて対応していくこととしているのである。 以下では、平成28年7月1日より本格的に運用が開始されている、国税庁による「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」について概観することとしよう。 税務に関するコーポレートガバナンスの取組みは、平成23年ころから始まったものであるが、5年の試行期間を経たのち、平成28年6月14日に「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組の事務実施要領の制定について」として事務運営指針が制定された。 同指針は、「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組の事務実施要領」に加えて、「税務に関するコーポレートガバナンスの確認項目の評価ポイント」(別紙1)、「自主開示について」(別紙2)と、様式編として、「税務に関するコーポレートガバナンス確認表」(様式1)、「税務に関するコーポレートガバナンス評価書」(様式2)、「自主開示事項確認事績整理票」(様式3)から構成されている。 (2) 事務実施要領における評価の流れ 事務実施要領では、調査の機会を利用した働きかけとして、(ア)税務に関するコーポレートガバナンスの確認、(イ)税務に関するコーポレートガバナンスの判定を行った上、(ウ)トップマネジメントとの面談を通じて、(エ)その判定結果の活用をすることとされている。 判定の結果、税務に関するコーポレートガバナンスの状況が良好であり、調査結果に大口・悪質な是正事項がなく調査の必要度が低いと判定された法人については、調査省略対象とする事業年度の申告書審理を行う際に、一般に国税当局と見解の相違が生じやすい取引等を自主的に開示し、当局がその適正処理を確認することを条件に次回調査までの調査間隔を延長することとしている(例えば2年から3年の延長)。 このように、確認と判定の結果、「良好」と判断された企業には、調査間隔の延長というインセンティブが与えられるのであるが、あくまでも「一般に国税当局と見解の相違が生じやすい取引等を自主的に開示し、当局がその適正処理を確認することを条件に」認められるものであることに留意しておく必要があろう。 この自主開示については後述するが、判定の結果のみで調査間隔の延長が認められるものではない。 (ア) 税務に関するコーポレートガバナンスの確認 税務に関するコーポレートガバナンスの確認項目として、事務運営指針では次の5つが掲げられている。 これらの項目につき、調査を担当する国税局特別国税調査官(担当特官)は、調査着手後の早い段階で、この取組みの趣旨を調査法人に説明した上で、上記(ⅰ)ないし(ⅴ)が示された「税務に関するコーポレートガバナンス確認表」の作成を依頼する。 この確認表の作成は、行政指導として依頼するものであるが、作成について調査法人の協力を得られなかった場合には、当然のことながら、(イ)以下の判定手続等には進まず、調査間隔延長を受けることはできない。 (イ) 税務に関するコーポレートガバナンスの判定 調査法人から提出された上記確認書について、担当特官は、「税務に関するコーポレートガバナンスの確認項目の評価ポイント」(別紙1)に基づき、前掲の確認項目について、法人の取組みが形式的なものではなく、実効性が確保されているかなどの観点から、評価・判定を行う。 なお、判定の際の基本方針として、事務運営指針では次のように述べられている。 担当特官は、確認表に記載がない場合や、取組みに係る運用状況が明確でないものについては、法人にその状況を聴取するとともに、税務調査に対して適切に対応しているか、帳簿書類等が適切に保存されているかなどを勘案し、「税務に関するコーポレートガバナンス評価書」(様式2)を作成する。 具体的な評価ポイントとして、例えば、「(ⅰ) トップマネジメントの関与・指導」項目については、①税務コンプライアンスの維持・向上に関する事項の社訓、コンプライアンス指針等への掲載の有無、②税務コンプライアンスの維持・向上に関する方針のトップマネジメントによる発信の有無やその浸透具合、③税務調査の経過や結果、社内監査結果のトップマネジメントへの報告の状況、④問題が把握された時の再発防止策に対するトップマネジメントの指示の的確性などが挙げられている。 紙幅の都合上すべてを掲載することはできないが、そのほかにも上記(ⅰ)ないし(ⅴ)の確認項目に対して、それぞれ具体的な評価ポイントが設けられており、例えば「(ⅴ) 不適切な行為の抑制策の整備・運用」については、仮装・隠ぺいを行った社員に対する懲戒処分などのペナルティ制度の整備と運用等が評価のポイントとされている。 これらに基づき作成された評価書は、実地調査検討会等の際に、国税局の調査(査察)部長又は次長(以下、「部次長」という)に調査法人の税務に関するコーポレートガバナンスの状況として報告される。この際、部次長は、必要に応じ、判定結果や所見等について指導・指示を行うこととされている。 (ウ) トップマネジメントとの面談 税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた実効性ある取組みを促進する上で、トップマネジメントとの面談は極めて重要であると解されるため、国税局調査部の部次長は、トップマネジメントがリーダーシップを発揮しガバナンスの充実に取り組むことを促すため、トップマネジメントと意見交換を行う(面談は、原則として、部次長が担当することとし、担当特官が同席する)。 面談においては、調査結果の概要を説明するとともに、その是正事項の再発防止に向けた取組みを含め、評価が低かった事項について、効果的な取組事例を紹介しつつ意見交換を行うこととされている。 なお、事務運営指針において、トップマネジメントとは、「法人の代表取締役、代表執行役のほか、法人の業務に関する意思決定を行う経営責任者等」と定義されている。 これらの者が率先してガバナンスの充実に取り組むことこそ、税務に関するコーポレートガバナンスの実効性担保に資するものとなるといえよう。 (エ) 税務に関するコーポレートガバナンスの判定結果の活用 上記の流れで確認された調査法人の税務に関するコーポレートガバナンスの判定結果は、調査法人の調査必要度の重要な判断材料の一つとして活用することとされている。 (3) 自主開示 (ア) 自主開示への同意と調査間隔の延長 前述のとおり、税務に関するコーポレートガバナンスの状況が良好であり、調査結果に大口・悪質な是正事項がなく調査必要度が低いと判断される法人については、調査省略対象とする事業年度の申告書審理を行う際に、一般に国税当局と見解の相違が生じやすい取引等を自主的に開示し、当局がその適正処理を確認することを条件に、次回調査までの調査間隔が延長される。 上記条件に同意するか否かについては、トップマネジメントとの面談時において確認を行うこととされているが、その際、自主開示は、調査間隔を延長した結果、1回の調査の事務負担が法人及び国税当局双方にとって過重とならないために行うものであり、当局の確認の結果、処理に誤りがあると思料される場合は、行政指導として自発的な見直しを要請するものであることを説明することとされている。 このような、自主開示に同意した法人には、次回調査までの間隔を前回調査と今回調査の間隔より、1年延長することを説明する。 すなわち、前回調査の間隔が2年であった場合には3年に、3年であった場合には4年に延長されることになるが、更正期限が5年間であることを考慮して、延長される調査間隔は、当面の間最大4年とすることとされている(したがって、現時点では、4年が5年に延長されることはない)。 もっとも、後発的な事情などにより、緊急を要する場合は、調査が実施されることがある。 加えて、調査間隔延長後の実地調査において、ガバナンスの状況が良好でなくなったと判断された場合や、調査結果に大口・悪質な是正事項があった場合並びに自主開示の履行状況が不十分であった場合には、調査間隔を延長する直前の調査間隔に戻すこととされている。 (イ) 自主開示の内容 調査間隔の延長を受けるためには、「一般に国税当局と見解の相違が生じやすい取引等を自主的に開示」することとされているが、対象となる取引等として、例えば次のようなものが挙げられている。 もっとも、自主開示は「一般に国税当局と見解の相違が生じやすい取引等」が対象とされていることから、上記事項に該当する場合であっても、「国税当局に事前相談を行い、事実関係に変更がないもの」については見解の相違が生じるおそれがないため、自主開示の範囲から除外されている。 そのほか、前回調査で是正された事項の再発防止や申告調整等の状況についても自主開示が求められている。 (ウ) 自主開示事項の確認 担当特官は、自主開示された事項について、適正に処理されているか否かを確認し、それらの判断結果を取りまとめ、必要に応じて国税局の調査審理課等と協議を行う。 自主開示事項の適否判断に必要な資料が提出されない場合や、深度ある調査、取引先等への反面調査など事実認定を要する場合は、延長対象法人に対し、当該事項は次回調査で確認する旨連絡することとされている。 自主開示事項の確認の結果、処理に誤りがあると思料される場合は、延長対象法人に対し、自発的な見直しを要請した上で、修正申告書又は更正の請求書の自発的な提出を要請することとされている。 なお、あくまでもこの確認は行政指導であって、調査ではないから、加算税賦課要件である「更正の予知」の判定には影響しないと解される。 他方で、上記の連絡をするにあたり、自主開示事項を次回調査で確認した結果、追徴税額が生じることとなった場合には、加算税が賦課決定されることを併せて説明することとされている。 すなわち、自主開示がなされていたからといって、その内容について非違が発見された場合は、加算税が免除されるわけでないことに注意が必要であろう。 (4) 小括 このように、国税庁による「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」は、「確認⇒判定⇒面談⇒結果の活用⇒自主開示⇒判定」といった一連の流れを繰り返すことによって、トップマネジメントのリーダーシップを通じた企業の自主的取組みに期待を寄せる手続であるといえよう。 繰り返しになるが、「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」では、企業の自主的取組みが良好であると判断された場合に、調査間隔の延長というインセンティブが与えられることとしている。 調査間隔の延長は、調査対象法人にとって事務負担の軽減などのメリットになることはもちろんであるが、前回確認したとおり、我が国の限られた税務行政資源を最も効率的かつ効果的に分配すべきという文脈において、税務当局サイドにも十分なメリットがあるのである。 適正公平な課税の実現のために、税務当局の監視監督の目が一定程度必要であることも事実であるが、限られた税務行政資源を、特に大口・悪質な納税者に集中させることは、我が国全体にとって非常に有益であることは間違いない。 現時点では、「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」が適用される企業は、おおむね資本金が40億円超の大企業であって、数で見れば、まだ500社程度しかその対象にはなっていない。 しかしながら、かかる取組みが、企業にとっても税務当局にとってもWin-Winの関係になるものであることからすれば、現在の我が国の財政状況や、国際間取引・ITC化による経済状況の複雑化等に鑑みると、今後、その対象企業の範囲が広げられていく可能性もあるのであって、租税専門家はこうした国税庁の取組みを十分注視しておくべきであろう。 (続く)
特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第1回】 「「買換えの特例」の譲渡価額要件(1億円以下)の判定① (居住用の家屋等の一部を前々年に贈与している場合)」 -譲渡価額要件の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q X(夫)は、本年6月に居住用の土地家屋(所有期間が10年超で居住期間は10年以上)を、その共有者であるY(妻)と共に1億2,000万円(Xが1億円、Yは2,000万円)で譲渡しました。 Yが譲渡した土地及び建物の持分(1/6)は、前々年3月にXから贈与により取得したものであり、その贈与のときにおける時価額は2,000万円でした。 この場合、X及びYは、「特定の居住用財産の買換えの特例(措法36の2)」の譲渡価額要件(1億円以下)を満たすこととなるのでしょうか。 なお、X及びYも、上記の贈与以外には、当該譲渡した土地及び家屋と一体としての居住の用に供されていた他の建物又は土地に係る譲渡はありません。 A Xは、持分(5/6)に係る譲渡対価の額1億円と当該譲渡年の前3年以内の譲渡(贈与を含む)に係る対価の額2,000万円との合計額が1億円を超えることから、譲渡価額要件を満たさないことになります。 Yについては、居住の用に供している部分に対応する譲渡に係る対価の額はYの持分(1/6)に対する2,000万円であり、1億円を超えないことから、譲渡価額要件を満たすこととなります。 ●○●○解説○●○● 特定の居住用財産の買換えの特例(以下「買換えの特例」という)は、その譲渡資産の譲渡に係る対価の額が1億円以下であることが、その要件の1つとされています(措法36の2①かっこ書)。 そして、この譲渡に係る対価の額が1億円を超えるかどうかについては、譲渡年と譲渡年の前年若しくは前々年に、当該譲渡資産と一体として当該個人の居住の用に供されていた家屋又は土地等の譲渡(収用交換等による譲渡を除く。以下「前3年以内の譲渡」という)がある場合は、「前3年以内の譲渡に係る対価の額」と「当該譲渡資産の譲渡に係る対価の額」の合計額により判定することとされています(措法36の2③)。 また、譲渡年の翌年若しくは翌々年に、当該譲渡資産と一体として当該個人の居住の用に供されていた家屋又は土地等の譲渡(収用交換等による譲渡を除く。以下「翌年と翌々年の譲渡」という)がある場合には、「前3年以内の譲渡に係る対価の額」と「当該譲渡資産の譲渡に係る対価の額」と「翌年と翌々年の譲渡に係る対価の額」の合計額により判定することとされています(措法36の2④)。 そして、上記の「前3年以内の譲渡」及び「翌年と翌々年の譲渡」が、贈与(著しく低い金額の譲渡を含みます)による場合には、当該贈与等の時における価額に相当する金額(時価(=通常の取引価額))をもって、譲渡価額要件の判定を行うこととされています(措令24の2⑨、措規18の4③、措通36の2-6の4(居住用財産の一部を贈与している場合))。 また、「買換えの特例」の適用に係る譲渡資産が共有である場合、譲渡価額要件の判定に当たっては、所有者ごとの譲渡対価の額により判定することとされています(措通36の2-6の2(譲渡に係る対価の額が1億円を超えるかどうかの判定)(1))。 (1) Xの譲渡に係る対価の額について Xは、前々年に、当該譲渡資産と一体としてXの居住の用に供されていた家屋及び土地の持分(1/6)をYに対し贈与しているため、また、譲渡資産が共有である場合は、各所有者ごとの譲渡対価により判定することとされていることから、譲渡価額要件の判定における譲渡に係る対価の額は次の算式のとおりとなり、譲渡価額要件を満たさず、特例を受けることができません。 (2) Yの譲渡に係る対価の額について Yには、「前3年以内の譲渡」がないことから、「当該譲渡資産の譲渡に係る対価の額」のみで判定を行うこととなり、また、譲渡資産が共有である場合は、各所有者ごとの譲渡対価により判定することとされているので、次の算式のとおりとなり、譲渡価額要件を満たし、特例を受けることができます。 (了)
〔平成29年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第3回】 「「減価償却の見直し」 「少額減価償却資産の特例の延長」 「生産性向上設備投資促進税制の縮減・終了」 「環境関連投資促進税制の見直しと延長」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成28年度税制改正における改正事項を中心として、平成29年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。【第2回】は、「企業版ふるさと納税の創設」、「欠損金の繰越控除限度額の見直し」及び「所得拡大促進税制」について解説した。 【第3回】は、「減価償却の見直し」、「少額減価償却資産の特例の延長」、「生産性向上設備投資促進税制の縮減・終了」及び「環境関連投資促進税制の見直しと延長」について、平成29年3月期決算において留意すべき点を解説する。 1 減価償却の見直し 従来、建物附属設備や構築物については定額法だけでなく定率法も選択可能であった。しかし、平成28年度税制改正において次の理由から、平成28年4月1日以後に取得した建物附属設備及び構築物については、定率法を廃止し償却方法を定額法に限定することとされた。 建物附属設備は建物と一体的に整備されるため 構築物は建物と同様に長期安定的に使用されるため また同様に、平成28年4月1日以後に取得する鉱業用減価償却資産(建物、建物附属設備及び構築物のみ)についても定率法を廃止し、定額法又は生産高比例法に限定することとされた。 平成29年3月期決算申告においては、平成28年4月1日以後に取得した資産について、適切な償却方法を選択するよう注意が必要である。 【平成28年4月1日以後に取得するもの】 2 少額減価償却資産の特例の延長 取得価額10万円以上の減価償却資産でも、中小企業者等においては、30万円未満であれば取得時に全額損金算入できる特例が設けられている。ただし、年間総額300万円が上限となっている。 この特例は、平成28年3月31日で廃止される予定だったが、平成28年度税制改正により、2年間(平成30年3月31日まで)延長された。また同時に、平成28年4月1日以後は、中小企業者等から「常時使用する従業員の数が1,000人を超える法人を除外」することとされた。 したがって、平成29年3月期決算申告においても中小企業者等は引き続きこの特例を適用できるが、従業員数が1,000人を超える法人は適用できなくなるので、注意が必要である。 3 生産性向上設備投資促進税制の縮減・終了 青色申告法人が「生産性向上設備」を取得等して国内の事業の用に供した場合に、特別償却又は税額控除を適用できる特例がある。 ここでいう「生産性向上設備」とは、次の設備を指す。 (※) 「器具備品」のサーバー用電子計算機と「ソフトウエア」は中小企業者等の場合のみ対象 当初の予定通り、この特例は平成29年3月31日をもって終了する(平成29年3月31日までに取得等及び事業供用したものまで適用)。また、平成28年4月1日から平成29年3月31日までに取得等及び事業供用したものについては、それ以前と比較して特別償却と税額控除の割合が縮減される。 平成30年3月期からはこの特例の適用はないので注意が必要である。 【生産性向上設備投資促進税制の縮減】 4 環境関連投資促進税制の見直しと延長 青色申告法人が新品のエネルギー環境負荷低減推進設備等の取得等をして、1年以内に国内事業の用に供した場合、事業供用年度において30%の特別償却(風力発電装置は即時償却)が認められる。また、中小企業者等においては特別償却(又は即時償却)と7%の税額控除を選択適用できる。 この制度は、平成28年3月31日までに取得等及び事業供用をした設備まで適用されることになっていたが、平成28年度税制改正により、対象設備の見直しを行った上で、2年間(平成30年3月31日まで)の延長が行われている。 【環境関連投資促進税制の見直しポイント】 (了)
平成28年分 確定申告実務の留意点 【第4回】 (最終回) 「質問の多い事項Q&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 本シリーズ最終回は、筆者が実際に確定申告実務で質問を受ける事項等について、過去に取り上げていないものを中心に、Q&A方式でまとめることとする。 (1) 所得計算関係 【Q1】 取締役として在職している会社の経営状況が悪化し、役員退職慰労金制度が廃止された。平成28年において、取締役就任時から制度廃止日までの期間に係る分として、株主総会で決議された金額が役員退職慰労金として支払われた。 支払いを受けた前後で取締役としての職務内容に変化はないが、この役員退職慰労金は退職所得として取り扱われるのか。 【A1】 在職中に支払いを受けており、役員退職慰労金の支払いを受ける前後で職務の内容や地位等に変化がないことから、退職所得ではなく給与所得となる。 -解説- 退職を原因として一時に受ける給与等は、退職所得に区分される(所法30)。よって、役員を退任した事実がなければ役員退職慰労金は退職所得とならない。ただし、実際に退任していなくても、分掌変更等、役員の退任に準ずる一定の事実がある場合には退職所得として扱われる(所基通30-2(3))。 本件のように取締役からの退任や分掌変更等の事実が認められない場合には、役員退職慰労金として支給されたとしても、その金額は役員就任日から退職慰労金制度廃止までの期間にわたる職務執行の対価として賞与の支払いがあったものと取り扱われる(所法28①)。 【Q2】 平成28年中の株式取引の状況は、次の通りである。これらの株式取引により納付すべき平成28年分の所得税及び復興特別所得税の額はいくらになるか。 【A2】 ◆一般株式等(非上場株式)の譲渡に係る所得:900,000円 ⇒一般株式等の譲渡に係る所得税等:900,000円×15.315%=137,835円 ◆上場株式等の譲渡に係る所得 ・上場株式の譲渡損失 △1,000,000円・・・① ・特定公社債等の利子 100,000円(※)・・・② ・①②を損益通算⇒△900,000円 →翌年以後3年間繰越控除可 (※) 特定公社債等の利子から源泉徴収された15,315円(15.315%)は、納付すべき税額から控除される。 -解説- 平成28年1月1日以後、公社債等は「特定公社債等」と「特定公社債等以外の公社債等(以下、「一般公社債等」という)に区分され、課税方法の見直しが行われている。 公社債等の課税方法の見直しについては、本シリーズ【第3回】をご参照いただきたい。 平成28年分以後の所得税計算においては、一般株式等の譲渡損益と上場株式等の譲渡損益の通算ができなくなった(措法37の10、37の11)。一方、特定公社債等の利子について申告分離課税を選択した場合には、上場株式等の譲渡損失との損益通算が可能となっている(措法37の12の2)。 したがって、非上場株式の譲渡益900,000円に対しては、申告分離課税により15.315%(復興特別所得税含む)の税率で課税され、上場株式等の譲渡損失1,000,000円は申告分離課税を選択した特定公社債等の利子100,000円と損益通算の後、翌年以後3年間にわたって繰越控除することができる。 (2) 人的控除関係 【Q3】 私には生計を一にする父(個人事業主、青色申告)と母(父の事業に従事する青色事業専従者)がいる。両親の平成28年分の所得が下記のとき、私は父と母を扶養親族とすることができるか。 また、私と両親が生計を一にしていない場合、取扱いに違いはあるか。 【A3】 ◆両親と生計を一にしている場合 ⇒父を扶養親族とすることはできるが、母を扶養親族とすることはできない。 ◆両親と生計を一にしていない場合 ⇒父、母ともに扶養親族とすることができる。 -解説- 青色事業専従者に該当し青色事業専従者給与の支払いを受ける者(本ケースでは母)を、その事業を営む者(本ケースでは父)の控除対象配偶者又は扶養親族とすることはできない。また、青色事業専従者給与の支払いを受ける者を、その事業を営む者と生計を一にする居住者(本ケースでは私)の控除対象配偶者又は扶養親族とすることもできない(所法2①三十三・三十四、所基通2-48)。 したがって、両親と生計を一にしている場合、父(合計所得金額38万円以下)を扶養親族にすることはできるが、父から青色事業専従者給与の支払いを受けている母を扶養親族とすることはできない。 一方、両親と生計を一にしていない場合には、両親(共に合計所得金額38万円以下)を扶養親族とすることができる。 なお、以上の取扱いは、父が白色申告の個人事業主で、母がその事業の白色事業専従者である場合も同様である(所法2①三十三・三十四、所基通2-48)。 【Q4】 妻は平成28年4月に出産し、その後年末まで育児休業中であった。妻は平成28年において給与収入90万円の他、育児休業給付金を105万円受け取っている。 平成28年分の確定申告において、妻を控除対象配偶者とすることはできるか。 【A4】 妻を控除対象配偶者とすることができる。 -解説- 育児休業給付金は、雇用保険法に基づいて支給される給付であり、同法により所得税は非課税とされている(雇用保険法10、12)。控除対象配偶者や扶養親族に該当するかどうかを判定するときの合計所得金額には、所得税法やその他の法令で所得税が非課税とされているものは含まれない。 したがって、妻の本年の合計所得金額は、給与所得25万円(給与収入90万円-給与所得控除65万円)のみとなり、妻は控除対象配偶者に該当する(所法2①三十三)。 なお、出産に際して支給される出産育児一時金や出産手当金も、所得税は非課税とされているため、合計所得金額には含まれない(健康保険法62)。 (3) 所得控除関係 【Q5】 医師の指導によりサプリメントを購入し服用している。 このサプリメント代は、医療費控除の対象となるか。 【A5】 サプリメントは医薬品に該当しないため、その購入費用は医療費控除の対象とならない。 -解説- 医療費控除の対象となる医療費とは、「医師又は歯科医師による診療又は治療の対価」、「治療又は療養に必要な医薬品の購入の対価」、「医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価」である(所法73②、所令207)。 また、医薬品とは、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」第2条第1項に規定する医薬品をいい、医薬品に該当するものでも予防や健康増進のために購入するものは含まれないとされている(所基通73-5)。 サプリメントは、医薬品に該当しないため、医師の指導によって購入したものであっても医療費控除の対象とならない。 医薬品等の購入費用が医療費控除の対象になるかを判断するポイントは、次の2点である。 (注) 丸山ワクチンのように、医薬品に該当しなくても、医師による治療のために必要なものは、医療費控除の対象となる。 【Q6】 夫の入院費用を妻が支払い、後日、夫が契約している生命保険会社より入院費給付金が支給された。妻が医療費控除の適用を受けるとき、この給付金を差し引く必要はあるか。 【A6】 妻の医療費控除の額を計算するとき、支払った入院費用から入院費給付金を差し引く必要がある。 -解説- 医療費控除の対象は、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費で、その年中に支払った金額のうち保険金や損害賠償金等により補填される部分を除く金額とされている(所法73①、所基通73-8(2))。 入院費給付金は、医療費を補填する目的で支払われる給付金であるため、医療費控除の計算上、支払った医療費から差し引くことになる。 なお、医療費を支払った者と保険金等の支払いを受ける者が同一でない場合でも、医療費の補填を目的として支払いを受ける保険金等であれば差し引く必要がある(国税庁 質疑応答事例「医療費の支払者と保険金等の受領者が異なる場合」)。 (連載了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q31】 「外国のパートナーシップからの分配金の取扱い」 ~法人該当性の判断~ PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 外国パートナーシップの税務上の位置づけ 外国においては、複数の出資者による投資ビークルとして、各国の法律に基づき設立されたパートナーシップが多く活用されています。パートナーシップは設立国ごとの法律及び諸規則に基づき、様々な性格を有しています。 日本の税務上、外国のパートナーシップがどのように取り扱われるかについて、明示的な規定はありません。税務上、パススルー課税が適用される事業体として、「任意組合、投資事業有限責任組合、有限事業責任組合並びに外国におけるこれらに類するもの」が挙げられています。 「外国におけるこれらに類するもの」とは、 とされています(『所得税基本通達逐条解説』大蔵財務協会)。 すなわち、外国のパートナーシップについては、共同事業性及び財産の共同所有性を有すると想定されるものは任意組合等に類するものとして一般的にはパススルー課税が適用されるものの、個々の実態等により外国法人と認定される場合は除く、ともされていることから、一概には言えず、設立国における法的取扱い、経済的実態等を検討し、日本の法律上、どの形態にもっとも類似しているのかを個別に判断する必要があると考えられます。 外国のパートナーシップの税務上の取扱いについては、判例等もいくつか出されていますが、個々の事例により任意組合等に類するものとして取り扱われるものもあれば、外国法人として取り扱われるものもあり、異なる取扱いとなっています。 2 税務上の取扱い 日本の税法上、パートナーシップ等が法人として取り扱われるのか、任意組合等に類するものとして取り扱われるかにより、税務上の取扱いについては以下の通り差異があります。 (1) 任意組合等であると判定される場合 任意組合等は構成員課税が適用されるため、パートナーシップ等の投資対象について投資家が直接投資している場合と基本的には同様の取扱いとなります。 投資家の課税関係は、(毎年1回以上、一定時期においてパートナーシップ損益が計算される等の条件下で)パートナーシップ等の計算期間の末日が属する事業年度の益金又は損金として認識されます。利益の分配だけでなく、損失の分配もあるものとして取り扱われます(なお、一定の組合損失額については、投資家において損失として認識できません)。 詳細については【Q28】を参照ください。 (2) 外国法人と判定される場合 投資家は外国法人(パートナーシップ)の発行する株式等に対して投資しているものとして取り扱われます。 パートナーシップからの利益の分配は外国法人からの配当として取り扱われ、原則として配当確定日の属する事業年度における収益として認識されます。パートナーシップ等において損失が認識されていたとしても、損失は投資家には分配できません。 なお、パートナーシップが外国法人とされる場合、投資家が主として日本法人、個人であれば、パートナーシップそのものにタックス・ヘイブン税制の適用の可能性があります(【Q22】参照)。 (了)
裁判例・裁決例からみた 非上場株式の評価 【第25回】 「租税法上の評価⑨」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、国税不服審判所平成11年2月8日裁決について解説を行った。本稿では、国税不服審判所平成22年9月2日裁決について解説を行う。本事件は、外国子会社合算税制について争われた事件である。 9 国税不服審判所平成22年9月2日裁決・裁決事例集80号97頁 (1) 事実の概要 本事件は、原処分庁が、外国子会社合算税制を適用して、請求人が株式を保有する外国法人に係る課税対象留保金額に相当する金額を請求人の雑所得の総収入金額に算入する等の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該外国法人は外国子会社合算税制の適用除外の要件を満たし同税制が適用されないなどとして、同各処分の全部の取消しを求めた事件である。 本事件の争点は、①外国子会社合算税制の適用除外要件をいずれも満たすか否か、②課税対象留保金額の算定における、本件増資に係るJ社の株式の評価方法等は適法か否か、の2つであるが、非上場株式の評価についての連載であることから、本稿では、②についてのみ解説を行う。 (2) 審判所の判断 (3) 評釈 このように、国税不服審判所は納税者の主張を認めず、国側の課税処分を認めた。なお、具体的な純資産価額方式による計算についても、J社が保有する出資金の邦貨換算、建物及び建物付属設備の評価につき、原処分庁の課税処分に誤りがあったことから、その部分は修正されているが、修正をしたとしても、「本件各年分の総所得金額は、本件各更正処分の金額をいずれも上回るから、本件各更正処分はいずれも適法である。」という結果になっている。そのため、結果として、原処分庁の判断をそのまま認める結果となっている。 本事件は、外国子会社合算税制の事件であるため、非上場株式の評価についての部分だけ解説を行ったが、外国子会社合算税制であっても、法人税基本通達9-1-13、9-1-14の内容を重視していることが分かる。 なお、傍論というべきところであるが、J社が保有する出資金の評価につき、配当還元方式を採用することができるかどうかについても、 と判断している。 すなわち、J社はR社の議決権の1.2%しか有していないものの、原則的評価方式を採用すべきとしており、本連載でいくつかご紹介した特例的評価方式を採用することができない事案と比較すると当然の判断であるということが言える。 本連載ではここまで、【第2回】から【第16回】までは会社法の裁判例、【第17回】から【第25回】までは租税法の裁判例、裁決例について紹介した。気づかれた読者も多いと思われるが、それぞれ目的が異なることから、全く異なる視点での判断が下されている。しかしながら、会社法において少数株主にとっての株式価値で評価をするかどうかの判断において、租税法における特例的評価方式を採用することができない特段の事情というものを参考にすることができるため、わずかながらも共通するところは存在する。 次回では、会社法、租税法の裁判例の傾向についてまとめ、実務上の留意事項について検討する予定である。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第55回】 株式会社メディビックグループ 「第三者委員会調査報告書(平成28年8月15日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社メディビックグループの概要】 株式会社メディビックグループ(以下「MDG社」と略称する)は、2000(平成12)年設立。遺伝子事業、再生医療事業を行う連結子会社(孫会社を含む)4社の持株会社。資本金約29億6,000万円。連結売上高104百万円、連結経常損失502百万円。従業員数17名(数字はいずれも訂正前の平成27年12月期)。本店所在地は東京都港区。東京証券取引所マザーズ上場。 【調査委員会報告書の概要】 1 発覚の経緯 MDG社は、平成28年5月11日、「外部からの指摘」により、子会社である株式会社アニマルステムセル(以下「ASC社」と略称する)の平成26年12月期における自動培養装置開発権の売上計上につき疑義が生じたことから、社外役員3名による内部調査が進められた。「外部からの指摘」については、調査報告書に具体的な記述は存在しない。 内部調査報告書において、「第三者委員会を設置して引き続き調査を行うことが適当である」との判断が示されたことを受けて、第三者委員会による調査が行われたものである。 2 調査結果の概要 (1) 不適正と判断された2件の売上計上 第三者委員会は、①平成26年12月期におけるASC社の「自動培養装置開発権の売買契約」2億円(消費税等を含まない。以下同じ)及び②平成27年12月期におけるASC社による「培養上清液の売上計上」1,500万円をいずれも、適正ではない、と結論づけた。 この理由を簡単にまとめると、①については、契約の相手方であるX社取締役会において、契約締結が否決されている以上、「X社が開発権を譲り受ける意思が存在しなかったことは明らかである」としており、一方、②については、売上先とされるMクリニックが、販売当時すでに閉院したこと、翌月になって、代金が支払えない旨の連絡があったことなどから、返品があったとして「売上を取り消すことが妥当である」としている。 (2) 売上計上を維持するための画策その1――自動培養装置開発権 MDG社は、X社取締役会において開発権譲受の件が否決されてからも、売上取消しを回避するため、Y社と交渉、X社の地位を承継するための地位譲渡契約書をASC社、X社及びY社の3社で締結し、2月10日、Y社から2億円の支払いを受けた。 ただ、支払いにあたって、Y社は、追加覚書の締結を求める。そこでは、「6か月以内に開発の進捗が見られない」場合には、Y社により買戻しの請求ができ、ASC社による買取義務について、MDG社及び同社取締役3名が連帯して保証することが求められていた。MDG社は、この連帯保証について、取締役会の決議を得ることなく、また、会計監査人に対しても、地位譲渡契約の存在は説明したものの、覚書については開示しなかった。 その後、装置の開発は進まず、Y社は平成27年6月ころ、開発権の買取請求を行うことになる。これを受けた、ASC社、Y社及びZ社間の地位譲渡契約にあたっても、Z社のY社に対する2億円の支払義務について、MDG社、同社取締役4名が連帯して保証することを定めた覚書の締結が求められ、ここでも、MDG社は、取締役会の承認なしに、覚書の締結を行っている。 地位を譲受されたZ社であったが、支払期日である9月30日までに2億円をY社に支払うことはできなかった。そのため、平成28年3月14日、Y社から、MDG社及び同社取締役4名に対して、それぞれ2億円の支払を求める催告書が内容証明郵便により送付された。5月11日になって、外部からの指摘により、この催告書の存在が、代表取締役から常勤監査役に報告されたことから、社外役員による内部調査が開始された。 (3) 売上計上を維持するための画策その2――培養上清液 Mクリニック事務局長との間で、培養上清液の商談が進んでいたことは事実であったようだが、MDG社においては、連結年間売上高1億円を達成して上場廃止基準を回避するためには、何としても1,500万円の売上計上を行う必要があった。そのため、当初の商談規模である500万円程度から、規模を拡大したものであるが、平成27年12月において、Mクリニックからの発注書の送付、培養上清液の納品と受領書の交付などは、通常どおり行われ、ASC社は支払期日を平成28年1月31日までとする請求書を発行した。 ところが、平成28年1月中旬、Mクリニック事務局長から、支払いが難しいとの話があり、MDG社は転売先を探すことを決定する。Mクリニックとの契約を解除して、新たな販売先を探すと連結年間売上高が1億円を下回り、上場廃止基準に抵触するため、Mクリニックからの転売という形式をとる。しかし、転売先は、MDG社の取締役の1人が代表を務めるQ社であり、販売代金は、Q社がMクリニック名義でASC社の口座に振り込む方法により支払われた。 3 発生原因の究明(報告書p.29以下) 第三者委員会が発生原因として挙げたのは、次の3つであった。 (1) 経営トップとその他業務執行取締役等のコンプライアンス意識の欠如 (2) 他の役員による監視・監督機能が不十分であったこと (3) 売上獲得に向けられた外部環境 「他の役員による監視・監督機能」については、問題となった2件の売上取引が各期末の取締役会において慎重かつ十分な検討が行われなかっただけでなく、その後の入金状況の確認といった取引経過の検証も行われていないことから、監視・監督機能が十分に発揮されていなかったと結論づけている。 また、「売上獲得に向けられた外部環境」については、MDG社グループの事業は、再生医療等に関する研究・開発が中心で、「研究が実用化され、売上に結びつくまでには一定の時間を要する」一方、「上場廃止基準に該当しないよう連結売上高を維持」したうえで、「市場による資金調達を実現するために業績の維持・向上に対するインセンティブが働きやすい」と分析している。 4 再発防止策の提言(報告書p.36以下) 第三者委員会による再発防止策は、次の5つである。 (1) 役職員に対するコンプライアンス意識の徹底 (2) ガバナンス体制の再構築 (3) その他の体制・規定の整備 (4) 内部監査室による監査や内部通報制度の活性化 (5) 社内処分・責任追及 第三者委員会は、MDG社では、内部監査室長が平成28年4月に退職した後、後任が不在であったり、社外の弁護士に通報できる内部通報システムが構築されていながら、通報が1件もなかったりと、自浄作用が十分に機能していなかった点を改める必要があると指摘している。しかし、本件は、代表取締役以下の不正行為であるため、むしろ、社外取締役・社外監査役による監視・監督機能をさらに発現させるためにどうすればいいかについての提言があった方がよかったのではないかと思われるが、そうした点については、「ガバナンス体制の再構築」の中で、指名委員会等設置会社への移行について「検討に値する」と記述しているに過ぎない。 【調査報告書の特徴】 連結売上高が1億円に満たない可能性が強くなった上場企業が、上場を維持するために無理な売上計上を行い、売掛金が回収できないことを隠蔽するために取締役が経営する別会社から入金をさせる。過去、何度となく同じような会計不正が行われてきたおり、経営陣にそうした知見がまったくなかったとも思えないのだが、本件も、「無理な売上計上」⇒「会計監査人に対する隠蔽行為」⇒『不正の発覚』⇒「行政処分(上場廃止・課徴金の納付命令)」という過去のパターンを踏襲している。 本件の特徴としては、会計監査人の強い意思が、不正の解明と不正を犯した企業に対して市場からの撤退へと導いたものであるといえよう。 1 内部調査と並行して行われた特別損失の計上と会計監査人の異動 平成28年5月16日、MDG社は、「特別損失の計上及び平成28年12月期第2四半期並びに通期(連結)の業績予想の修正に関するお知らせ」というリリースを公表し、本件で問題になっているASC社が締結した「自動培養装置開発権の地位譲渡契約」において、MDG社が連帯保証をしているため、当該債務保証に対し引当金を設定、債務保証損失引当金繰入額216百万円を特別損失として計上することを公表した。 この時点では、あくまで、ASC社における売上計上は適正であり、あくまで、「債務発生の可能性をあらためて検討した結果」の引当金計上であることが説明されている。 ところが、6月3日になって、「会計監査人の異動に関するお知らせ」がリリースされ、会計監査人であるアスカ監査法人が、「重要な証憑書類等の一部が意図的に提出されていないこと」、「得意先に関する重要な情報等が提供されないこと」等が、「委嘱者の役職員が受嘱者の業務遂行に誠実に対応しない場合等に該当」するとともに、「受嘱者の委嘱者に対する信頼関係が著しく損なわれた場合」に該当することから、監査及び四半期レビュー契約を解除する旨の通知を受領したため、監査契約を解除することとなったことが公表された。 もともと、MDG社の有価証券報告書には、「継続企業の前提に関する注記」が附されており、「営業損失、経常損失、当期純損失及び営業活動によるキャッシュ・フローにおきまして前連結会計年度まで5期間以上継続してマイナスを計上」していることが明示されており、このことは、監査報告書でも「強調事項」として記載されていた。 こうした状況のもと、社外役員による内部調査が進行中の段階で、会計監査人が監査契約を解除したという事実が、約3ヶ月後の上場廃止につながったのかもしれない。 2 取締役の辞任 MDG社がY社との間で締結した2件の追加覚書において連帯保証を行った4名の取締役のうち、喜多見氏は平成28年3月開催の定時株主総会において任期満了により退任しており、疋田氏と川畑氏は、上記1の特別損失計上後、5月31日に、「取締役の辞任及び減俸処分の実施に関するお知らせ」というリリースにおいて、「取締役から会計監査人への自動培養装置開発権地位譲渡契約にかかる連帯保証についての報告が漏れていた」ことに関与していたことから辞任の申し入れがあり、これを受理したことと、関与したもう1人の取締役である代表取締役社長の窪島氏については、減俸処分を決定したことが公表された。 3 監査意見の不表明と再度の会計監査人の異動 その後、MDG社は、一時会計監査人としてフロンティア監査法人を選任し、過年度の有価証券報告書等の訂正作業を進めるが、訂正された有価証券報告書に記載された監査報告書には、「意見を表明しない旨」が明記されていた。 フロンティア監査法人による意見不表明の根拠を引用する。 その後、平成29年1月25日、MDG社は、「会計監査人の異動に関するお知らせ」を公表し、フロンティア監査法人が1月13日付で契約の解除を通知したことを公表した。契約解除の理由は、「長期監査報酬未払い」であることが記載されている。 MDG社が監査報酬を支払わない理由については何ら記載がないため、上記の「意見不表明」との関係、上場廃止の影響、資金繰りなど、原因はいろいろ考えられるが、おそらくは資金繰りの問題が一番大きいのではないだろうか。MDG社に対しては、証券取引等監視委員会も、平成28年9月30日付で、有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告を発出しているが、開示されている四半期報告書を見る限り、1億1,333万円もの多額の課徴金を納付する資力はないようである。 (了)
[平成29年1月1日施行] 改正育児介護休業法のポイントと実務対応 【第5回】 「改正への実務対応①」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 今回と次回は、これまで4回にわたって確認してきた改正育児介護休業法のポイントに対応して、会社として何をしなければならないかについて考えていきたい。 1 会社方針の決定 まずは、今回の改正を踏まえて、育児・介護の制度導入に関する会社方針の決定が必要になる。法律に抵触しないよう育児介護休業法が求める最低限の措置を導入する対応もあるであろうし、育児・介護をする従業員をよりサポートするため、法律を上回る措置を導入する対応もあるであろう。いずれにしても、それぞれの会社の育児・介護支援に対する考え方や業務特性を踏まえた会社方針の決定が必要だ。 なお、育児介護休業法が求める最低限の措置を導入する場合でも、次の点については確認・検討が必要になるであろう。 2 規程の整備 決定された会社方針を踏まえて、就業規則のひとつである育児介護休業規程の改定が必要になる。育児介護休業規程の改定にあたっては、厚生労働省より規定例が示されているため、そちらを参考にするとよいだろう。 なお、厚生労働省の規定例をそのまま活用する場合は、法律を上回る内容も含まれているため、会社方針に反して規定してしまうことがないよう、その内容をしっかり精査されたい。 また、疑義が生じないよう、各種制度を利用した場合の賃金の取り扱いについては必ず明記していただきたい。例えば、残業代を予め定額の手当として毎月の賃金に含めて支払っている場合に、今回新設された介護のための所定外労働の制限を利用した際の当該手当の取り扱いがどうなるか等である。 すでに、育児のための所定外労働の制限を導入した際に、同制度を利用した場合の賃金の取り決めをしていると思われるが、その取り決めが育児介護休業規程等において明記されていない場合は、この機会に対応していただきたい。 育児休業等に関するハラスメントの防止措置では、当該ハラスメントの行為者に対する懲戒処分について明確にすることが求められている。よって、就業規則(本則)の懲戒処分の規定が当該処分に対応する内容になっているか確認のうえ、対応してなければ、就業規則(本則)の改定が必要になる。 育児介護休業規程等の就業規則の改定に加えて、各種制度を利用する際に必要な申請書の作成も合わせて必要になる。これらも厚生労働省より例示されているため、そちらを有効に活用されたい。 育児介護休業規程等の就業規則の改定後は、通常通り、常時10人以上を使用する事業所ごとに所轄労働基準監督署への就業規則の変更に関する届出が必要になる。また、改定後、就業規則を従業員へ周知する必要があるため、こちらも抜かりなく対応していただきたい。 3 労使協定の整備 次の制度の利用に関して対象除外とする者(法律で対象除外とすることが認められている者で、労使協定の締結が要件となっている場合に限る)を設定する場合は、労使協定の締結が必要となる。 なお、【第2回】でもご説明した通り、子の看護休暇・介護休暇の半日単位での取得について対象除外とする場合は、半日単位で子の看護休暇・介護休暇を取得することが客観的にみて困難と認められる業務でなければ除外できないため、労使協定を締結する際にその該当性について精査が必要となる。 また、子の看護休暇・介護休暇の取得にあたり、1日の所定労働時間の2分の1以外を半日単位とする場合にも、労使協定が必要となる。 労使協定とは、事業所の従業員の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合(過半数労働組合)、過半数労働組合がないときはその従業員の過半数を代表する者(過半数代表者)との書面による協定をいうが、会社全体ではなく、事業所ごとに労使協定の締結が必要になるため、この点も注意されたい。 また、過半数労働組合がないときは過半数代表者を選出したうえで労使協定の締結が必要となるが、その選出にあたっては、民主的な方法で選出する等の要件があるため、こちらも適切な対応が求められる。 なお、締結した労使協定については従業員への周知を行えばよく、時間外労働・休日労働に関する労使協定(36協定)のように、労働基準監督署等の行政機関への届出は必要ない。 * * * 次回は、必要な管理体制について確認していきたい。 (了)
預貯金債権の遺産分割をめぐる 最高裁平成28年12月19日決定についての考察 【第3回】 「本件決定における双方の主張・補足意見等の確認」 弁護士 阪本 敬幸 前回は、最高裁平成28年12月19日決定(以下、「本件決定」という)以前の預貯金債権の相続時の判例・実務上の取扱い等について述べた。今回は、本件決定における双方の主張・補足意見等、本件決定の内容をより詳細に確認する。 1 本件決定における双方の主張の要旨 (1) 抗告人主張要旨 (2) 相手方主張の要旨 2 補足意見 (1) 裁判官岡部喜代子 (2) 裁判官大谷剛彦ほか4名 (3) 裁判官鬼丸かおる (4) 裁判官木内道祥 3 意見(裁判官大橋正春) * * * 抗告人・相手方・補足意見・意見等を見ると、今後の実務の方向性についての示唆を得られるところは大きく、この点については次回論じることとする。 (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第6回】 「よくある質問・留意点①」 -受託者死亡の場合- 弁護士 荒木 俊和 本連載ではこれまで5回にわたり、家族信託の特徴や遺言等他の相続・資産承継対策との相違点など、総論としての解説を行ってきた。 これらを踏まえ、今回より家族信託に関する「よくある質問・留意点」について解説していきたい。 - 質 問 - 家族信託において受託者が法人ではない(自然人である)ことから、受託者が死亡した場合、信託はどうなるのか。信託は終了してしまうのか。 信託が終了しないとしてもリスクになるのではないか。 1 問題の所在 これまでの説明のとおり、家族信託は、家族内で完結する信託の仕組みを構築することが基本である。そのため委託者、受託者及び受益者の全員が家族(自然人)であることが原則となる。 通常、受託者は委託者(=受益者)の子であるなど、受益者よりも若年者が就任することが多いが、受託者が受益者よりも先に死亡することにより、信託による財産管理機能が果たされないという懸念がつきまとう。 すなわち家族信託には、後述する信託契約上の対処を行わなければ、受託者の死亡により信託契約において想定されていたことが実現されないというリスクを伴うこととなる。 2 受託者が死亡することによる影響 受託者が死亡することにより、信託にどのような影響を及ぼすであろうか。 まず、法律上の原則について述べる。 受託者である個人の死亡は、受託者の任務の終了原因となる(信託法第56条第1項第1号)。これは受託者が物理的に活動できなくなっていることから当然である。 この場合、信託契約において特に定めがなければ、委託者及び受益者の合意により新しい受託者を選定し、受託者として選任することができる(同法第62条第1項)。 新受託者が決まるまでの間の期間については、受託者の相続人等が信託財産を保管し、新受託者への引き継ぎを行わなければならないものとされている(同法第60条第2項)。 しかし、新受託者が決まらず、1年間が経過した場合には、信託が強制的に終了されることになる(同法第163条第3号)。 すなわち、受託者の死亡によって直ちに信託が終了するものではないが、1年間の受託者不在の期間があれば終了するものとされている。 3 起こり得る問題 上記は信託契約上、何らの対応策も講じていなかった場合の経過であるが、このような経過をたどる場合、以下のような問題が生じる。 (1) 受託者に適任の人物が見つからないという問題 家族信託の設定にあたっては、委託者との人間関係、親族関係などを勘案し、受託者を誰にするかが非常に重要であり、当初の受託者でさえ適任者が見当たらない場合も散見される。 これが新受託者で適任者を見つけ出すということになれば、さらにその難易度が上がることとなる。 そもそも家族信託における委託者(受益者を兼ねることが多い)は、自らの財産管理能力に不安が生じている場合が多く、積極的に新受託者を選んでくるようなことは難しいものと考えられる。 よって当初の受託者の死亡後に、新規で適当な新受託者を選任することは困難なことが多いものと思われる。 (2) 相続人が適切な管理をできるかという問題 また、上述の通り、受託者が死亡した場合には、一時的に受託者の相続人等が信託財産を管理することとなる。しかし、家族信託の場合には委託者と受託者との間で親族関係があることが大半であり、委託者が受託者の相続人となる場合も少なくない。 そのような場合には一時的であるとしても、信託財産を委託者が管理することもありえ、信託の財産管理機能が喪失してしまっている時期が生じる。さらに、その時期に委託者が認知症となったような場合、スムーズな信託継続が困難になってしまうという問題がある。 (3) 新受託者と家族との間の利益調整がなされていないという問題 新受託者が選任されるとしても、新受託者が前受託者と全く同じ利益状況であるとは限らない。 すなわち、家族信託において受託者は基本的に無報酬で受託し、財産管理業務を行うところ、名目上の報酬以外の部分では何らかの利益が発生しているケースも多い(例えば信託財産の帰属権利者として指定されているなど)。 しかし、新受託者が就任しても、必ずしも前受託者と同様の利益を享受できるものとは限らない。新受託者は何らの見返りもなく受託業務を行わなければならない可能性もあり、そうすると新受託者への就任を拒まれたり、受託者としての業務を満足に行わないといった問題が生じる恐れがある。 4 契約上の対処 以上のことは、信託契約において信託法の原則を修正していない場合に起こり得る事態であり、信託契約において受託者死亡によるリスクを軽減することができる方法が存在する。 すなわち、契約上、受託者死亡の場合の新受託者を予め規定しておくという措置が考えられる。 例えば、委託者の長男を受託者としておき、長男が死亡した場合には長女を新受託者として指定しておくようなことが考えられる。受託者が子供であればよく、長男か長女かにこだわらないような場合には有効な手段であるといえる。 この場合、長女を新受託者に指定するための条項は以下のようなものとなる。 また一方、信託契約締結時点で適当な新受託者が見当たらない場合、当初の受託者が受託しなければならないような場合には、受託者死亡を信託の終了原因としておき、いったん信託財産を委託者の元に戻した上で再度スキームを検討するという対応も考えられる(ただし、委託者の健康状態等がネックになる可能性もある)。 5 その他受託者が受託できなくなった場合の問題 受託者死亡に類似する問題として、受託者が認知症等により受託者としての業務が遂行できなくなる場合もある。 この場合は法律上当然に受託者の任務終了となるわけではなく、受託者が後見開始又は保佐開始の審判を受けたことが任務終了の要件となる(同法第56条第1項第2号)。 このため、業務遂行は不可能となったが、審判を受けるまでの間について対処するための規定又は審判開始の申立てを行わない場合に備え、業務遂行が不可能となった時点で任務を終了させ、新受託者に引き継ぐような規定を加えておくことが考えられる。 (了)