5%・8%税率が混在する消費税申告書の作成手順 【第5回】 「一括比例配分方式による具体例」 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 (監修) 税理士 小嶋 敏夫(執筆) 今回は一括比例配分方式を採用している事業者の確定申告書及び付表の記載方法を具体例に従って解説する。 なお、一括比例配分方式を採用した場合には、その課税期間の初日から2年を経過する日までの間に開始する各課税期間において一括比例配分方式を継続して適用しなければならないので注意が必要である。 設 例 C株式会社の当課税期間(平成26年1月1日~平成26年12月31日)の課税売上高等の状況は以下のとおりである。 【付表2-(2)の作成方法】 《記載見本》 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 【付表1の作成方法】 《記載見本》 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 《確定申告書の記載見本》 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
法人税の解釈をめぐる論点整理 《交際費》編 【第2回】 弁護士 木村 浩之 3 飲食費の交際費該当性 (1) 飲食費の意義 いわゆる飲食費には、 がある。 まず、①について、会議を円滑に進める目的で提供される飲食は、歓心を買うことを目的とするものではなく、単純損金として処理することが認められる。会議に付随する費用についても同様である。ただし、どの範囲が付随費用として認められるかは議論の余地がある(後記(2)参照)。 次に、②について、従業員等に飲食が提供されれば、それはその歓心を買うという要素が多かれ少なかれ認められるものの、一方で業務遂行を円滑にするという目的も認められる。そこで、いずれの要素が主たるものであるのかを客観的に評価して、福利厚生費であるのか、それとも社内飲食費として交際費に該当するのかを判断することになる。業務遂行の円滑化が主目的であれば、福利厚生費として単純損金処理することが認められるのに対して、主に従業員等の歓心を買うための社内飲食費と認められれば、交際費として損金算入が制限される(後記(3)参照)。 最後に、③について、接待飲食費として定義されるものであり、交際費のうち、飲食等のために要する費用(社内飲食費を除く。)をいうとされている(措法61の4④柱書)。ただし、5,000円以下の少額飲食費は、ここでいう接待飲食費からは除かれる。接待飲食費については、大法人であっても50%に相当する金額まで損金算入が認められる余地があることから、その範囲が重要である(後記(4)参照) (2) 会議費に含まれる費用 会議に関連して、茶菓、弁当等の飲食物を供与するために通常要する費用については、会議費に含まれ、交際費には該当しないことになる。会議に付随して通常必要となる飲食費であれば、たとえ金額が一人当たり5,000円を超えるものであったとしても交際費には該当しないが、この場合は通常必要性が問題になると思われる。 なお、飲食費以外であっても、会議に付随して通常必要となる費用、例えば、旅費交通費などについても、営業費用として交際費には該当しない。この場合も通常必要性が問題になるが、会議の趣旨目的などに照らして、金額の相当性も踏まえて判断せざるを得ないと思われる。 (3) 福利厚生費と社内飲食費の区分 専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用については、福利厚生費に含まれ、交際費に該当しないことになる。これらに該当しないものであっても、①専ら従業員の慰安のための行事の費用であり、かつ、②法人が費用を負担することが行事の規模、内容、場所、参加者、金額などに照らして社会通念上一般的であるものについては、福利厚生費として交際費には該当しないことになる。 これに対して、専ら社内関係者のみで飲食する費用であって、かかる基準に照らして福利厚生費に該当しないものについては、社内飲食費として交際費に該当することになる。 (4) 接待飲食費の範囲 接待飲食費に該当するものについては、平成26年度税制改正によって、50%に相当する金額を損金算入できる特例が設けられていることから、今後、交際費の中でも接待飲食費に区分できるかどうかという点が重要になると思われる。 接待飲食費に該当するためには、当然のことながら、飲食等のために要する費用である必要がある。一般的に、飲食代そのものでなくても、飲食に付随して提供されるといえるサービスの対価もこれに含まれることになる。逆に、他のサービスを受けることが主たるものであって飲食が従たるものであると認められるときには、全体が飲食費とは認められないことになる。 4 リベートの交際費該当性 (1) リベートの意義 いわゆるリベートには、 がある。 まず、取引先である事業者に対して、取引高に応じて売上の一部をバックする費用などは、販売を促進するための費用であると考えられることから、売上割戻し等として処理することが認められる(後記(2)参照)。 また、取引先の紹介を受けることの見返りとして支払われる費用などは、一定の対価性ある報酬として処理することが認められ、交際費には該当しないことになる。これに対して、今後の取引を期待して支払われる費用などは、その目的が歓心を買うことにあると評価されることから、謝礼金として交際費に該当することになる。 ここでは、これらをどのように区別するかということが問題である(後記(3)参照)。 (2) 売上割戻し等の要件 ア 売上割戻し 売上割戻しとして処理するためには、その金額が取引高等の実績に応じて計算されるものである必要がある。その計算方法は必ずしも事前に定められている必要はないものの、事後に定める場合には、恣意性を排除するため、それが合理的な基準に基づくものであることを説明できる必要がある。 なお、特定の取引先に対してのみ有利な内容にする場合であっても、それを合理化するだけの特殊事情があれば認められるものと解される。 イ 販売奨励金 売上割戻しそのものでないとしても、販売促進の目的で事業者に金銭等を交付する場合には、販売奨励金等として処理することが認められる。販売促進目的であるか歓心を買う目的かというのは相対的な評価の問題であるが、合理的な拡販計画に基づくものであれば販売促進目的であると認められることになる。 そのほか、業務遂行の便宜のため、取引先が使用する固定資産の購入費用を負担すること、改装工事費用を負担すること、あるいは広告宣伝費を負担することなどは、歓心を買うことが主たるものではないことから、交際費には該当しないと考えられる。 (3) 報酬と謝礼金の区分 いわゆる情報提供料や紹介料が典型であるが、法人が何らかの役務の提供を受けたことに対して支払う報酬については、交際費には該当しないことになる。これに対して、何らかの役務の提供を受けたとしても、それが謝礼金に該当するものであれば、対価性を有するものではなく、歓心を買うためのものと評価され、交際費に該当することになる。 報酬と謝礼金とを区別する基準については、①役務の提供が相手方の事業として行うものであるかどうか、②事前に報酬の取り決めがなされているかどうか、といった要素の少なくともいずれか1つを満たさなければ、謝礼金として評価されることになると考えるべきである。 なお、役員や従業員個人が何らかの役務提供をしたことに対して支払われる金員については、基本的には労務の対価として給与に該当することになるが、明らかに職務外のものであれば、その支出の目的に応じて給与以外の費用に該当する余地もあると考えられる。 (了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第5回】 「改正の内容④」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 3-1-5-5 外国銀行等の資本に係る負債利子の損金算入 バーゼル銀行規制委員会の公表した基準では、一定の劣後債のように利子が生ずる負債も資本に含められている。こうした負債性資本の利子費用のうちPEに帰せられるべき金額を損金の額に算入することとした(法法142の5①)。 本制度は、確定申告書等に明細書の添付があり、その計算に関する書類を保存している場合に限り適用する(法法142の5②)。ただし、宥恕規定がある(法法142の5③)。 3-1-5-6 法人税額から控除する外国税額の損金不算入 帰属主義に変更したことに伴い、PEが国外で得た所得について外国で課税された所得であってもPEに帰属する場合にはわが国で課税することとなった。これによる二重課税を排除するために、外国税額控除が選択できることとした。 このため、外国税額控除を選択した場合には内国法人と同様に、外国税額は損金の額に算入しないこととした(法法142の6)。 3-1-5-7 本店配賦経費に関する書類の保存がない場合における本店配賦経費の損金不算入 本店配賦経費の配分計算が合理的であることを説明する書類の保存がない場合には、損金算入されないこととなった(法法142の7①、法規60の10)。なお、保存がない場合の宥恕規定がある(法法142の7②)。 3-1-5-8 PEの閉鎖・再進出の扱い 外国法人がPEを有しないこととなった場合には、PE帰属資産の含み益を清算するため、PEを有しないこととなった日の属する事業年度終了の時に、評価益又は評価損をPE帰属所得に係る益金又は損金に算入する(法法142の8①)。 PEを他者に譲渡した場合やPEを有する外国法人を被合併法人又は分割法人とする被合併又は適格分割型分割を行った場合には、時価評価の対象から除かれる(法法142の8①、法令190①)。 PEを有する外国法人がPEを有しないこととなる場合には、PE閉鎖日の当該外国法人が解散したものとして欠損金の繰戻し還付ができる(法法144の13⑨)。すなわち、PE閉鎖日前1年以内に終了した事業年度又はPE閉鎖日の属する事業年度において生じた欠損金について、繰戻し還付の規定の適用を受けることができる。 ただし、PEを有する外国法人を被合併法人、分割法人又は現物出資法人とする適格合併、適格分割又は適格現物出資によりPEを有しなくなった場合は除かれる(法法10の3③、法令14の11④)。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第34回】 「法人税基本通達改正の歴史③」 公認会計士 佐藤 信祐 前回、解説したように、昭和29年度において「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140)」と題する通達が公表され、債権償却引当金勘定が導入されることになった。また、第32回で解説したように、昭和39年度において、貸倒準備金制度から貸倒引当金制度に改正されることになったが、さらに、同年度においては、債権償却引当金勘定を債権償却特別勘定に名称を変えたうえで、法人税基本通達に取り込まれることになった。 本稿においては、昭和39年度法人税基本通達の改正について解説を行うこととする。 3 昭和39年度法人税基本通達の改正 昭和39年3月に行われた法人税法施行規則の一部改正により、従来の貸倒準備金制度が見直され、貸倒引当金制度として、毎期、洗替えが行われることになった。 これに伴い、昭和29年7月24日に公表された「売掛債権の償却の特例等について」と題する通達において認められていた未収差益勘定と債権償却引当金勘定についても見直しが必要となり、昭和39年6月1日に法人税基本通達に組み入れられることにより、未収差益勘定を廃止するとともに、債権償却引当金勘定を債権償却特別勘定と名称を変えることになった。 なお、未収差益勘定が廃止された理由として、当時の国税庁直税部審査課の内藤清博氏は、 と説明されている。 また、従来の債権償却引当金についても貸倒れ見込額が50%を超える場合には、所轄国税局長の承認を得ることにより、50%を超える部分についても、損金の額に算入することを認めていたが、その手続きについても、昭和29年12月7日付で公表された「売掛債権の償却の特例等に関する通達の実施に伴う承認事務の取扱について」と題する通達を廃止し、「売掛債権等の償却に関する承認事務の取扱いについて(直法1-180、査調4-24、昭和39年10月22日)」と題する通達が公表されることになった。 法人税基本通達の改正による主な影響は以下の通りである。 このように、現在の法人税基本通達9-6-3に相当する「一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ」の原型(上記(1)①②)、法人税基本通達9-6-1「金銭債権の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ(上記(3))」の原型ともいえる通達が導入されたのもこの時期である。 法人税基本通達の改正については、税務調査会の答申において、 という旨の答申が行われていたが、その点については、この段階では見送られている。 この点につき、吉国二郎氏は と解説されている。すなわち、この段階においても、債権償却特別勘定の位置付けとしては、かなり政策的意味合いの強いものであったということができる。 また、上記(1)①の取引が停止された後2年以上経過した場合の取扱いであるが、内藤清博氏は、 と説明されている。なお、昭和39年度法人税基本通達では「2年」となっているが、昭和42年度法人税基本通達の改正により、現行通達のように「1年」に戻されることになる。 なお、上記(1)③の「容易に処分できない担保物がある場合、担保物が劣後的である場合において、担保物の価額を超える部分の金額についての貸倒れの容認(法基通78の7)」については、現行通達においては見られない内容であり、昭和42年度の法人税基本通達の改正により「担保物が劣後的である場合」が廃止され、昭和55年度の法人税基本通達の改正により「容易に処分できない担保物がある場合」がそれぞれ廃止されることになる。 本通達を概観すると、全部貸倒れ、一部貸倒れ、債権償却特別勘定の3つに整理されるが、その整理が依然として曖昧である。さらに、「容易に処分できない担保物がある場合、担保物が劣後的である場合において、担保物の価額を超える部分の金額についての貸倒れの容認(法基通78の7)」については、部分貸倒れの一形態を認めるものであり、理論的には若干の混乱が見受けられる。 このように、貸倒準備金制度から貸倒引当金制度へ、債権償却引当金勘定から債権償却特別勘定へと制度が変わっていく中で、現行通達に近い形に変化していることが分かる。しかしながら、この段階では、実質的に債権の全額または一部を回収することができないと見込まれている場合における貸倒損失または債権償却特別勘定の計上については、法人税基本通達78の3において全部貸倒れについての規定が存在するものの、現在の規定内容とは異なるものである。 この点については、昭和42年度法人税基本通達の改正により行われることになるが、次回において解説を行う予定である。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第25回】 日本道路株式会社 「第三者委員会調査報告書(平成26年12月5日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【調査委員会の概要】 日本道路株式会社の概要 日本道路株式会社(以下「日本道路」という)は、1929年(昭和4年)3月設立。道路建設及び舗装工事をはじめとする建設事業を営む。連結売上高157,468百万円、連結経常利益9,509百万円(数字はいずれも平成26年3月期)。従業員数1,904名。本店所在地、東京都港区。東証1部上場。 調査報告書のポイント 1 調査に至った経緯――取引業者からの問合せ 平成26年10月6日、日本道路北関東支店に属する出張所の工事担当者に対し、建設機械リース業者から、リース代金約1,200万円の支払が繰り延べられ、分割返済されることとなっている旨の相談があり、同担当者は、出張所長ではなく、その上位管理者である営業所長に報告を行った。 報告を受けた営業所長は、出張所において不適切な会計処理が行われている可能性を把握し、北関東支店長に報告。北関東支店長は当該事実を代表取締役社長に報告し、代表取締役社長は直ちに社内調査委員会を設置して社内調査を行わせ、同出張所において、特定の案件に発生した工事原価を別の案件の工事原価として付け替える「原価移動」等が行われていたことが判明した。 日本道路の会計監査人である新日本有限責任監査法人は、社内調査の途中経過の報告を受ける中で、社内調査の網羅性等について疑義を呈したため、代表取締役社長は、第三者による調査委員会の設置を決め、11月5日開催の取締役会において、これを決議した。 2 調査報告書により判明した事実 (1) 不正の手口――「原価移動」 原価移動とは、特定の工事案件で発生した工事原価を別の工事案件の工事原価として付け替える方法をいい、日本道路の役職員の間では、原価移動は、会社規則に違反する行為であるとの共通認識が形成されている。 具体的な手法としては、不正行為実行者が、材料、労務、機械等の取引業者に対し、契約又は実態と異なる請求書の作成を依頼し、取引業者がその依頼に応じ、内容虚偽の請求書を作成することにより行われ、その態様としては、 の4類型が確認されている。 (2) 不正の手口――工事請負代金の水増し計上 原価移動以外の不正の手口として、工事請負代金の水増し計上が確認されている。具体的な手口としては、①架空注文書の作成によるものと、②請負金の二重計上によるものが確認されており、結果的に、日本道路の完成工事売上高は、実際より過大に計上されていた。 (3) 繰り返されてきた懲戒処分 調査報告書によれば、日本道路における過去5年間の懲戒処分のうちには、以下のように、本件と類似した不正行為が含まれていた。 今回発覚した不正は、平成20年5月ころから開始され、平成25年3月期において金額が一気に増加しているところ、これらの懲戒処分が発生したときに、全社における徹底した調査が行われていれば、会計不正による影響額はより小さいものに終わった可能性が高い。 (4) 不正行為が業績に与えた影響額 報告書では、本件の原価移動に止まらず、過去の懲戒処分についても金額的影響をまとめて報告しているが、ここでは本出張所における原価移動による過年度損益に与える影響額を見ておきたい(単位:百万円)。 特徴としては、本件出張所における平成26年3月期は、修正後売上高が前年の706百万円から1,796百万円へと約2.5倍に伸びているが、売上総利益では、41百万円の赤字からから175百万円の赤字へと、かえって拡大しており、損益の悪化を隠蔽しようとした結果、不適切な会計処理が拡大している点が挙げられる。 3 調査報告書の特徴 (1) 徹底した不正調査 調査委員会の設置目的にも、「全社的な同種事象の有無調査」という文言が加えられているとおり、調査委員会は、同種の会計不正について、以下のような徹底した調査を行っている。 なかでも、取引業者に対する調査は、他の事例ではなかなか見られない大規模なものであり、注目に値する。 調査委員会は、年間100万円以上の取引があった下請業者10,144社に対し確認状を郵送し、8,748社(回収率86.2%)からの回答を分析し、本件不正、懲戒処分の対象となった不正以外にも、複数の「支払の繰延べ」「付替え」「立替払」「現金の工面」などが発見された。 こうした調査結果は、本件では、金額的影響額の重要性が低いと判断されたものの、不正の抑止、早期発見という観点から考えると、取引業者(特に下請業者)に対して、書面により質問形式で不正が疑われる事象の有無を問い合わせることが有効であることを示したものであると評価することができるのではないか。 (2) 本件不正の直接的原因となった問題点 調査委員会は、直接の原因となった問題点として、以下の3点を挙げた。 日本道路固有の問題点として、工事管理が不十分であったことから、損失が工事の完了まで表面化せず、その結果、損失の隠蔽を図るという動機が生じたこと、また、内部及び外部の証憑書類の日々の確定が行われていなかったことが、原価移動が行われることとなった本質的な問題であったと結論づけている。 (3) 本件不正の間接的原因となった問題点 次いで、調査委員会は、以下の3点を本件不正の間接的原因と指摘した。 日本道路におけるコンプライアンス教育研修は、職員を講師とするものであったため、本件不正が行われていた出張所では、不正行為の実行者である所長が講師となり、原価移動や不正経理が与える影響について説明していた。受講した職員の中には、出張所において原価移動が行われていることを知っていた職員が少なからず存在したが、研修受講後も、原価移動は続けられていた。また、これらの職員の中に、「コンプライアンス相談窓口」に通報した者はいなかった。 事務処理体制が十分でないことについては、過去の懲戒処分における再発防止策の検討の過程で、工事担当者の事務負担の増加を理由として抜本的な解決策が採用されていなかった点を挙げている。 4 再発防止策 調査委員会が提言した再発防止策と、これを受けて、日本道路が12月8日に発表した再発防止策は、建設業を営む会社にとって、大いに示唆に富むものである。以下に、「工事管理の充実・強化」と「工事日報の日々の確定」について、調査委員会の具体的提言と、日本道路の採用した施策を検証しておきたい。 (1) 工事管理の充実・強化 工事管理の充実・強化について、調査委員会は、以下のように説明している。 そのうえで、「支店長及び営業所長において、自らの管理下における工事管理に対する意識のさらなる向上が求められる」としたうえで、こう締めくくっている。 この提言を受けて、日本道路は、以下の3点により、「現場」を基本とした工事管理の徹底を図るとしている。 (2) 工事日報の日々の確定 工事日報の日々の確定について、調査委員会は、「事後の不正な改ざんを許さない仕組みを構築することが必要」であるとして、具体的な仕組みの一例として、以下のように提言している。 これに対し、日本道路の再発防止策は、やや具体性に欠けたものとなっている。 これは、調査委員会が懸念した、「日々の業務に忙殺される工事担当者に対してさらに過大な負担をかける可能性」を日本道路が斟酌したものであろうかと思料するが、日本道路の再発防止策でも、「日常の業務負担が重い工事担当者」に「事務作業を補助する人員を配置」することが表明されているので、こうした補助人員の役割なども含め、調査委員会の提言実現に向けて、もう少し具体的な方針を示す必要があったのではないかというのが、筆者の評価である。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第68回】 企業結合会計⑤ 「共通支配下の取引」 ―100%子会社同士の無対価合併 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① B社(吸収合併存続会社)の会計処理 (*1) C社(吸収合併消滅会社)の資本金は、資本金ではなく、その他資本剰余金として引き継ぎます(後述)。 ② A社(親会社)の会計処理 (*2) 合併期日直前におけるC社(吸収合併消滅会社)の株式の適正な帳簿価額に基づいて計上します。 〈会計処理の解説〉 「共通支配下の取引」とは、結合当事企業のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配され、かつ、その支配が一時的ではない場合の企業結合をいいます(企業結合に関する会計基準16)。共通支配下の取引には、親会社と子会社の合併、子会社同士の合併等が含まれます。 共通支配下の取引は、親会社の立場からは企業集団内における資産・負債・純資産の移転(内部取引)と考えられるため、基本的には企業結合の前後で帳簿価額が相違することとならないように会計処理を行います。したがって、子会社同士の合併において、吸収合併存続会社は、吸収合併消滅会社の資産・負債・純資産を、適正な帳簿価額に基づき計上します。 【子会社同士の合併のイメージ】 合併前において、A社(親会社)はB社及びC社を100%支配しています。B社がC社を吸収合併することにより、C社のヒト・モノ・カネがB社に移転しますが、A社はB社を100%支配することを通じて、それらを合併後も同様に支配することができます。すなわち、A社にとっては合併前後で何ら変化はないため、子会社同士の合併という事実を資産・負債等には何も影響させず、吸収合併消滅会社(C社)の適正な帳簿価額に基づく資産・負債をB社がそのまま引き継ぐ会計処理を行うこととなります。 同様に、A社(親会社)が保有する子会社株式(B社株式、C社株式)についても、合併前後で何ら変化はありません。形式的には、吸収合併によりC社の株式はなくなりますが、合併後もB社とC社を支配している(厳密にいうと、B社及びC社のヒト・モノ・カネを支配している)という実態に変化はないため、これをもって資産・負債が影響を受けたり、損益を認識したりするのは適切ではありません。したがって、A社においてはC社株式をB社株式に振り替える会計処理を行います。 ここまで述べてきたとおり、共通支配下の取引においては、吸収合併存続会社は吸収合併消滅会社の適正な帳簿価額に基づく資産・負債をそのまま引き継ぐ会計処理を行い、株主資本についても原則として、吸収合併消滅会社の株主資本の各項目を引き継ぎます。 しかし、本事例のように、吸収合併存続会社が合併に際して株式を発行していない場合は、会社法上の制約から吸収合併存続会社の資本金及び準備金を増加させることは適当ではないと解されています。したがって、吸収合併存続会社(本事例ではB社)が株主資本を引き継ぐ際には、吸収合併消滅会社の資本金及び資本準備金はその他資本剰余金として引き継ぎ、利益準備金はその他利益剰余金として引き継ぎます(適用指針437-2、会計計算規則36②)。 * * * 次回は、事業譲渡(現金を対価として外部に売却する場合)について解説します。 (了)
IFRSの適用と会計システムへの影響 【第5回】 (最終回) 「連結会計システムへの影響」 公認会計士 坂尾 栄治 連結決算をめぐる会計システム 連結会計システムとIFRSについて記述する前に、まず連結決算とその位置づけについて簡単に記しておきたいと思います。 「連結」とは“つなぎ合わせること”です。ビジネスと離れた世界で「連結」と聞くと、列車の連結を思い浮かべるのではないでしょうか。ビジネスの世界では通常「連結」というと、会社と会社をつなぎ合わせることとなります。そして会社と会社の財務諸表をつなぎ合わせること「連結会計」といい、つなぎ合わせた会社と会社の財務諸表を「連結財務諸表」といいます。 連結財務諸表は、親会社が自社の財務諸表に子会社や関連会社の財務諸表を連結して作成したものです。ここで注意すべきは、複数の会社の財務諸表をまとめて、あたかもそれらが1つの会社の財務諸表であるかのように作成することにあります。 1991年に連結財務諸表を有価証券報告書の本体に組み入れることになるまで、連結財務諸表を作成することはほとんどなく、また2000年3月決算から単体主体から連結主体へ変更されるまで、連結が脚光を浴びることはありませんでした。また、四半期の決算のときにしか作成が求められていない連結会計と日々記帳が行われる単体会計の関係から、会計プロセスは単体会計を意識したものとなっており、連結会計を意識したものにはなっていない場合が多いのが現状です。 さらに、連結決算の処理のうち、投資と資本の消去や固定資産の未実現利益の消去などは、機械的に消去できない場合が非常に多い処理です。そのため、連結決算での連結修正仕訳は、機械的にできない部分が依然として多く存在しています。したがって、その連結決算を行う連結会計システムも、ユーザの手作業ありきで作られているものが多いように見受けられます。 連結会計システムは、乱暴にいえば子会社の財務諸表を整理して格納し、機械的に処理できるグループ間の取引や債権債務の消去といった一部の処理は自動で行うが、それ以外の処理は半自動かあるいは完全な手仕訳で連結財務諸表を作成する仕組みであるといっても決して言い過ぎではないと筆者は考えています。 連結会計システムのIFRSへの対応は 上述のように、連結会計システムが多くの仕訳や処理をユーザの手作業に依存していることから、IFRSと日本基準の会計処理の差異については、各論レベルでは修正仕訳の内容が変わるだけで、システム的な対応は必要ないケースが多いと思われます。 例えば、のれんの償却はIFRSと日本基準の差異が大きな処理の1つですが、IFRSを適用する場合にはのれんの減損テストの結果減損処理が必要となったときに減損の仕訳を投入すれば済む話で、日本基準等に合わせて作られた連結会計システムでも問題なく対応できます。 このようなことから、連結会計システムとIFRSの関係は、もっと総論的、大局的な視点で考えることが重要になります。 それでは大局な視点で見ていきましょう。 IFRSへの対応では、決算日の統一や会計処理の統一が大きな論点となります。決算日の統一は、決算日の変更を行うにしても仮決算を行うにしても、子会社側の作業に尽き、連結会計システムに関連することはほとんどありません。一方、会計処理の統一については、連結会計システム内で行うことはほとんどありませんが、各子会社の会計処理から連結決算に至るプロセスの中のどこで会計処理を統一するかがポイントとなってきます。 子会社がすでにIFRSを適用している場合には、グループで採用する会計処理と一致しているという前提で考えると、そのまま連結できることとなります(ケース①)。これに対して、自国基準で会計処理を行っている場合には、子会社が自社の会計システムの中でグループで採用する会計処理(IFRS)への統一を行うか(ケース②)、連結会計システムに読み込む収集パッケージ上でグループで採用する会計処理(IFRS)への統一を行うか(ケース③)、親会社が連結会計システム内でグループで採用する会計処理(IFRS)への統一を行う(ケース④)という方法が考えられます。 このうちのケース④では、連結会計システム内でIFRSへの組替処理を行うことになりますが、従前から行っている子会社の財務諸表の修正処理(ex.実務対応報告第18号に基づく修正)と同様の方法で作業を行えばよく、連結会計システムに新たな機能が求められることはないと思われます。 また、並行開示への対応についても、多くの連結会計システムが日本基準とIFRSのデータを並行して保持できることから、並行して保持したデータのマスターや処理設定を日本基準とIFRSで別々に設定できる限りにおいては、大きな修正が必要となることはないと考えられます。 このように、連結会計システムに大きな変更を加えなくても、ある程度の手作業を織り込めば多くの連結会計システムでIFRSへの対応は十分にできるものと思われます。 とはいえ、やはり個々の処理でIFRSへの対応が必要と考えられるものがあるのも事実です。以下では、システムに影響がありそうなものの中から代表的なものをいくつか取り上げてみます。 連結会計システムのうちIFRS対応が必要なもの ① 未実現利益の消去(IFRSは買手の税率、日本基準は売手の税率) 連結決算では、棚卸資産や固定資産の未実現利益の消去処理を行う必要があります。「未実現利益」とは、グループ間で取引された資産がグループ内部にとどまっているときの、取引から生じた利益のことをいいます。連結決算では、この未実現利益を消去する必要があるのはIFRSでも日本基準でも同様ですが、当該消去における税効果で使用する税率がIFRSでは買い手、日本基準では売り手のものを使う点で異なります。 未実現利益の消去処理は、連結会計システムで自動的に行われる場合が多く、税率も自動的に取得し税効果額を算定するため、IFRSに対応した自動処理を行うためには、税率の取得先で買い手を指定できる必要があります。 ② 欠損子会社の非支配持分への配分 欠損子会社の非支配持分への配分で、IFRSでは非支配持分の残高がマイナスになっても配分するのに対して、日本基準ではマイナスになる部分は親会社が負担することになります。そのため、非支配持分がマイナスのときに、そのまま非支配持分に負担させるか強制的に親会社負担させるか選択できる必要があります。 といっても、子会社が数百社もあるような会社を除けば、数社の欠損子会社で当該処理に対応する手仕訳を投入することはたいした負担ではないので自動化の必要性はあまりないともいえます(例外的なマニュアル作業は、作業漏れを防ぐための手数が問題となることがあるが、当該ケースは欠損子会社で非支配持分がプラスのままの子会社をチェックすればよく、実務上もさして負担とはならないと考えられます)。 ③ 直接法のキャッシュ・フロー計算書 IFRSでは直接法のキャッシュ・フロー計算書を推奨していますが、日本基準は間接法を選択適用でき、日本基準を適用するほとんどの上場企業が間接法でキャッシュ・フロー計算書を作成しています。 直接法と間接法とは必要となるデータが異なるため、システム的な要件が大きく異なります。 直接法は、実際の取引からキャッシュ・フロー計算書を作成する考え方であるため、通常は仕訳からキャッシュ・フロー計算書を作成することとなります。そのときに使用する仕訳も、諸口勘定などで集約していない仕訳であることが理想的です。 それに対して間接法は、財務諸表からキャッシュ・フロー計算書を作成する方法です。 通常の連結会計システムは、子会社の財務諸表を連結して連結財務諸表を作成する仕組みとなっているため、間接法には対応しやすいのですが、直接法への対応は難しいです。直接法に対応していると喧伝している連結会計システムでも、ほとんどのものが「簡便的な直接法」といわれる、財務諸表から直接法のキャッシュ・フローを作成する仕組みとなっていると思われます。この方法であれば、従前の間接法に対応した仕組みを流用できるのが通常です。 簡便的な直接法のキャッシュ・フローであっても、直接法なので問題ないともいえますが、子会社に直接法のキャッシュ・フローを作ってもらい、それを連結するといったアプローチや、子会社のトランザクションデータを集めて、直接法のキャッシュ・フローを作成するといった方法も考えられます。後者の場合には、システム的には影響が大きいため、対応するためにはシステムに相応の改修が必要と考えられます。 * * * このように、IFRSへの対応のために連結会計システムも対応が必要ですが、その影響度合いはさして高いものではないと考えられます。システムでの対応ができていないとしても、マニュアルでの仕訳を投入することで、多くの場合は対応できると考えられるため、さして身構える必要はないようにも思われます。 * * * なお本文中、意見に関する部分は私見であることを申し添えます。 (連載了)
常識としてのビジネス法律 【第19回】 「独占禁止法《平成25年改正対応》(その4)」 弁護士 矢野 千秋 6 取引上の地位の不当利用 (1) 総説 独禁法2条9項6号ホは「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」と規定し、これに基づいて一般指定13項が定められている。平成21年改正により、旧14項「優越的地位の濫用」中の「取引の相手方の役員選任への不当干渉」以外が独禁法2条9項5号に規定された。そして、法定された行為に対しては課徴金が課されることになった(独20条の6)。 これら不当利用の公正競争阻害性は、独禁研報告(※)の③「自由競争基盤の確保」に当たるとするのが通説である。 (2) 優越的地位の濫用(一般指定13項および独2条9項5号) (ⅰ) 意義 「取引上の地位の不当利用」の内容が列挙されている。 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、 である。 (ⅱ) 濫用行為 ①について・・・ いわゆる「押し付け販売」がこれに該当する。 「山陽マルナカ事件」では、納入業者に対して、納入業者等を対象とした展示販売会において紳士服を購入させていることが違反とされた(勧告審決平成16・4・15審決集51・412)。 ②について・・・ 協賛金や手伝い店員の派遣強要などがこれに該当する。 「ローソン事件」では、仕入割戻金を一方的に増額修正し、また納入業者に商品の一定個数を1円で納入させていたことが違反とされた(勧告審決平成10・7・30審決集45・136)。 ③について・・・ 不当な値引き、押し込み販売、不当な払込制などが該当する。 押し込み販売については、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給することや販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給することなどがあたり、払込制とは、メーカーが、販売業者に自己の販売政策に従わせるために、売買差益の全部または一部を徴収・保管し、一定期間経過後に払い戻すことである。 「その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定、変更、取引を実施する」とは、その他の濫用行為を包括的に規制するものである。 メーカーが自己の組織するチェーンに加盟する小売業者に対し、規約、約定書を一方的に解釈して相手方に不当な義務を課し、さらにそれを励行するために取引保証金の没収等をもって臨んでいることなどである。 ④について・・・ 日本興業銀行事件(勧告審決昭和28・11・6審決集5・61)および三菱銀行事件(勧告審決昭和32・6・3審決集9・1)では、融資先の救済に乗り出した銀行が「融資に際し役員の選任については、あらかじめ自己の指示に従うべきこと」等を条件としたことは「金融機関の債権保全の見地からする正当な行為とは認められ」ず、優越的地位の濫用に当たるとされた。しかし、このような状況で経営監視のために役員を派遣する必要性が一般に認められていることから、疑問が提起された。 (ⅲ) 公正競争阻害性 一般指定13項および独禁法2条9項5号では、「正常な商慣習に照らして不当に」という文言が、優越的地位の濫用行為における「公正競争阻害性」に係る要件である。 不当性を判断する際に、当該業界ないし市場において行われてきたもしくは現に存在する商慣習または取引慣行が参酌されることになるが、現実に行われている商慣習等をそのまま認める趣旨ではない。「正常な」という文言は、独禁法の観点から見て是認される商慣習のみが認められるということを表している。 (ⅳ) 下請法(参考) 下請法は「取引上の地位の不当利用」と同一の法的根拠から独禁法の補助立法として昭和31年に制定された。一般指定13項および独禁法2条9項5号の場合は「優越的地位」を要件として立証しなければならないが、下請法では規制対象となる親事業者および下請事業者を資本金区分により「優越的地位」にあるものと取り扱い、親事業者の不当な行為を迅速確実に規制できるようにしている。 7 不当な取引妨害・内部干渉(一般指定14項、15項) (1) 総説 一般指定14項は、競争事業者の外部活動(競争事業者とその取引の相手方との間の取引)に対する不当な妨害行為を対象とし、15項は、競争事業者である会社に対する不当な内部攪乱行為を対象としている。 (2) 取引妨害 一般指定14項は、「契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引、その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を不当に妨害すること」としている。 妨害の方法については、「その取引を不当に妨害する」すべての行為を含む広いものである。中傷、誹謗、商事賄賂、会社の乗っ取り、使用人の引き抜き、出訴すると威嚇する行為などである。 妨害の方法は極めて広いので、問題は「不当に」の解釈に帰する。 典型的なケースは、競争事業者の取引先に威圧を加える、他社への払込金を値引きすることによって他社との取引妨害をするなど、直接的物理的な妨害がある。間接的な妨害には、神奈川生コン協同組合が建設工事業者に対して、員外者と取引しないことを条件として取引していること、およびセメントメーカーに対し、員外者へのセメント供給を妨害していた行為がある(勧告審決平成2・2・15審決集36・44)。 また総代理店が並行輸入品を取り扱わないことを条件に販売業者と取引をするなど、それが契約対象商品の価格を維持するために行われる場合には、不公正な取引方法になる。 (3) 内部干渉 一般指定15項は、事業者が、①自己と国内において競争関係にある会社の株主または役員に対し、または②自己が株主・役員となっている会社と国内において競争関係にある会社の株主または役員に対し、株主権の行使、株式の譲渡、秘密の漏洩等の方法によって、その会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、または強制することである。具体的事例はない。 第5 実効性担保 1 行政措置 (1) 公正取引委員会 独禁法はその目的を達成することを任務とする公正取引委員会(以下「公取委」)という行政機関を設置し、その規制内容の執行実現の多くの分野を公取委に委ねる公取委中心主義を採用している(独27条)。 私人による実現手段として被害者にも差止請求権が認められているが、その対象は不公正な取引方法に限られている(独24条)。また被害者に無過失損害賠償請求権が認められているが(独25条)、この請求権を裁判上主張するためには、違反行為に係る公取委の排除措置命令(課徴金納付命令、審決)が確定していることが前提条件となる(独26条)。さらに刑事罰も、公取委の告発がなければ検察官は起訴できない公取委の専属告発制度が採用されている(独96条)。 (2) 排除措置命令 事件処理の効率化を図り、市場の競争の速やかな回復を図る観点から、平成17年改正法(独49条および52条)では、勧告制度を廃止し、審判手続を経ずに、排除措置命令を行うことができるようになった。すなわち、公取委は、審査手続により独禁法違反の行為を認めるときは、事前手段として名宛人に意見申述・証拠提出の機会を付与したうえで行政処分としての排除措置命令を行う(独49条1項ないし5項)。 なお、違反行為を行っている場合、その行為の差止めを命令すると同時に、当該行為を今後行わないように命令する不作為命令を出すことができるのを含め、違反行為を排除するために必要な範囲内または違反行為が排除されたことを確保するために必要な範囲内であれば、いかなる具体的措置を命じるかは公取委の裁量に任されている。 違反行為がなくなった日から5年が経過したときは、排除措置命令を命ずることはできない(独7条2項、8条の2第2項、20条2項)。 なお平成25年に審判制度の廃止等の改正がなされ、その改正法の要旨は以下である。 (3) 課徴金納付命令 (ⅰ) 趣旨 課徴金とは、一定の独占禁止法違反行為を行った事業者から、国家が一定の金員を徴収する制度である(独7条の2)。 課徴金の対象となる違反行為は、①不当な取引制限、②私的独占(支配型・排除型)、③国際的協定・契約、④事業者団体の行為(独8条1号2号、不当な取引制限に該当する場合に限る)、⑤調査開始日からさかのぼって10年以内に同じ不当廉売、差別対価、共同の取引拒絶、再販売価格の拘束で排除命令等を受けたことがある場合、⑥優越的地位の乱用である(独7条の2第1項、2項、4項、20条の2、3、4、5、6)。 (ⅱ) 課徴金の額 不当な取引制限については、当該違反行為の実行期間中(実行期間が3年を超える場合は、当該行為がなくなった日からさかのぼって3年間に限定される。これはすべての行為に適用あり)の対象商品または役務の対価の合計額に100分の10(小売業については100分の3、卸売業については100分の2)を乗じた金額とするのが原則である。 中小企業の場合(製造業は資本3億円以下及び従業員数300人以下など)は若干の減額(製造業については100分の4、小売業については100分の1.2、卸売業については100分の1)がある。 私的独占については、支配型私的独占行為は当該行為の実行期間中の対象商品等の売上額に、100分の10、100分の3、100分の2、排除型私的独占行為は当該行為の実行期間中の対象商品等(引き渡した商品等および商品等を供給する他の事業者に引き渡した商品等を含む)の対価の合計額に、100分の6、100分の2、100分の1を乗じた額である。 不当廉売、差別対価、再販売価格の拘束については、違反行為の開始日から終了日までに当該行為により引き渡した商品等の対価の合計額に100分の3、100分の2、100分の1、共同の取引拒絶については、違反行為の開始日から終了日までに当該行為により供給を拒絶しまたは制限した事業者の競争者に引き渡した商品等の対価の合計額に100分の3、100分の2、100分の1、優越的地位の乱用については、違反行為に係る取引が商品等供給である場合は売上額、供給を受ける場合は購入額の合計額に100分の1を乗じた額となる。 カルテルを主導した事業者には50%加重となる(独7条の2第8項)。 当該事業者が調査開始日の1ヶ月前の日までに違反行為を止めたとき、課徴金の20%を減額する(独7条の2第6項)。 過去10年以内に課徴金納付命令を受けたことがある者に対しては、50%を増額する(独7条の2第7項)。 違反行為がなくなった日から5年が経過したときは、課徴金の納付を命ずることはできない(独7条の2第27項)。 (ⅲ) 課徴金減免制度 立入検査前の1番目の報告事業者は課徴金を全額免除(独7条の2第10項)、2番目の事業者は課徴金を50%減額、3、4、5番目の事業者は課徴金を30%減額(同条11項)とされる。また、立入検査後の事業報告者についても、課徴金を30%減額(同条12項)されるが、立入検査後の対象事業者は合計で3社に限られる。 (4) 改正法の経緯 従前より経済界からの「検察官と裁判官が同じだ」との不満などを受けて、公取委の審判制度を廃止して、その機能を東京地裁(独禁法違反事件は経済的な専門性が高いことから東京地裁に一元化する)に移し、また処分の事前手続に企業の社員も立ち会える、原則すべての証拠を開示対象にするなど透明性も高めた改正法が成立した(平成25年12月7日成立、同月13日公布)(平成25年法律第100号)。施行は公布の日から1年6月を超えない範囲で政令で定める日である。 改正法の要旨を再度まとめておく。 2 私人による実現手段 (1) 総説 私人による実現手段には、公取委に違反行為の排除を求めて行う措置請求、被害者が違反行為者に対して行う損害賠償請求、違反行為のうち不公正な取引方法に限って認められる差止請求、違反契約の無効や違反行為に基づく契約解除の無効の主張などがある。 (2) 私人による措置請求 違反の事実があると思量するときは公取委に対してその事実を報告し、適当な措置を採るべきことを求めることができる(独45条1項)。この場合、公取委は必要な調査をせねばならない(同条2項)。 しかしこれらの規定は、公取委に職権発動を促す端緒となるに過ぎず、私人に対し、公取委に適切な措置を採ることを要求する具体的な請求権を与えたものではない。排除措置命令は公益的立場から違反状態を是正することを目的とするものだからである。 (3) 差止請求 平成12年改正により不公正な取引方法に限って差止請求が認められた。不公正な取引方法に係る独占禁止法違反によりその利益を侵害され、または侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、または生じるおそれがあるときは、違反事業者または違反事業者団体に対して、当該侵害行為の停止または予防を請求することができる(独24条)。 (4) 損害賠償請求 独占禁止法違反行為により損害が発生した場合、その損害の被害者には損害賠償の請求が認められる。 違反者は被害者に対して無過失の損害賠償責任を負う(独25条)。無過失の損害賠償請求権を裁判上行使するためには排除措置命令(排除措置命令がされなかったときは課徴金納付命令)または違法宣言審決確定後に限られる(独26条1項)。無過失損害賠償請求権は、排除措置命令等の確定日から3年で時効消滅する(独26条2項)。 (5) 独占禁止法違反の契約無効・契約解除無効の主張 岐阜商工信用組合事件で最高裁は、優越的地位の濫用に該当するとされた拘束性預金契約の事件において、独禁法違反の契約は、民法90条の公序良俗に反するような場合を除き、直ちに無効とすべきではないと判示した。 しかしその後の下級審判決では、独禁法違反を認める場合には公序良俗違反をも認めて契約条項を無効とする判例が増えている。 3 刑事罰 独占禁止法違反行為の中には、犯罪として刑罰が科せられるものがある(独3条、6条、8条(5号を除く))。 独禁法違反行為を犯罪として刑事罰を課するには、まず役員や従業員等の行為を独禁法違反の犯罪行為として特定することが必要であり、当該役員等が法人等の業務や財産に関して当該違反行為をしたときは、行為者を罰する他、その法人等に対しても所定の罰金刑を科する(独95条1項2項、両罰規定)。 自然人の罰金は上限500万円であるのに対して、法人の罰金上限は5億円である。またさらに、違反の計画または違反行為を知りながらその防止是正に必要な措置を講じなかった法人企業代表者等にも罰金刑を科する三罰規定を設けている(独95条の2、95条の3)。 不当な取引制限の罪等、5年以下の懲役または500万円以下の罰金(独89条以下)に懲役刑が引き上げられた。 (了)
〔2015年からできる!〕 企業が行うマイナンバー制度への実務対応 【第2回】 「対応にあたって重要な“3つの考え方”」 仰星監査法人 公認会計士 岡田 健司 前回は番号法とマイナンバー制度の概要、そしてなぜ企業対応を必要とするか、さらに対応に必要となる公表資料について紹介したが、第2回目となる本稿では、マイナンバー制度への実務対応にあたって事前に十分に理解しておきたい“3つの考え方”について整理したい。 ▷実務対応において重要な“3つの考え方”とは マイナンバー制度への実務対応にあたって事前に十分に理解しておきたい重要な“3つの考え方”とは、以下の3点をいう。 実務対応を検討するうえでは、この3点に十分に留意する必要がある。すなわち、実務レベルでの対応に当たっては、この3点に照らして問題がないかを十分に検討したうえで実務に落とし込んでいく必要がある。 なお、この考え方は上記に示すとおり、いずれも対象は「個人番号」である。『マイナンバー』という用語は時として「法人番号」を含む概念として使用されるが、法人番号は個人情報ではなく、広く公表もされる。つまり、法人番号自体は個人情報保護の対象ではなく、実務対応の検討にあたって、“①目的外入手”、“②目的外提供・目的外出力”、“③情報管理”という点で特段留意すべき点はない。そこで、ここでは狭義のマイナンバーを意味するものとして「個人番号」という用語を用いている。 ▷重要な考え方《その1》 『個人番号の“目的外入手”の排除』 重要な考え方の1つ目は、個人番号の“目的外入手”(※1)の排除という点である。 (※1) 法令上は「入手」ではなく、「取得」という文言が用いられている。 番号法では、不正に個人番号を入手した場合は、その行為自体が罰則(3年以下の懲役もしくは150万円以下の罰金)の対象となりうる(番号法第70条)。 また、「重要な考え方《その2》」とも関連するが、特定個人情報ファイルの不正提供、もしくは、個人番号の不正提供や盗用については、厳しい罰則(前者については4年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金(番号法第67条))、後者については3年以下の懲役もしくは150万円以下の罰金(番号法第68条))が設けられている。 そこで、そもそも不要な個人番号は入手しないように留意することが重要である。 このように、法令を遵守し、厳しい罰則の適用を受けないようにするために実務対応の検討にあたって考慮しなければならない点が、「個人番号の“目的外入手”の排除」という考え方である。 例えば、レンタルビデオ店やフィットネスクラブにおいて、従来店舗では入会のための身元確認のため運転免許証等の提示を受け、これらの写しを取っていたものと思われる。 今後、個人番号カードが従来の運転免許証等に取って代わり身分証明証の機能を果たすことになると予想されるが、この場合に店舗側で個人番号が記載された面(※2)の個人番号カードの写しを取ったり、個人番号カードを見て個人番号のメモを取ることは違法である。 (※2) この“目的外入手”への配慮もあって、個人番号は個人番号カードの裏面に記載され、その他の個人情報(氏名、生年月日、性別、住所等)や顔写真と分離されているものと思われる。 つまり、レンタルビデオ店やフィットネスクラブにおいては、営業あるいは顧客管理の目的で個人情報を入手しているのであり、個人番号が社会保障・税・災害対策の事務で用いられることは想定されない。現状は個人番号の民間での利用や活用は禁止されていることから、上記の目的で個人番号を入手することは違法となる。 以下で言及するが、行政機関等が社会保障・税・災害対策の事務を行うために必要な範囲で行政機関等に情報提供する場合にのみ個人番号の入手が認められる点を、重々認識しておく必要がある。この点は、組織の細部に至るまで周知徹底が必要となる重要な考え方である。 ▷重要な考え方《その2》 『個人番号の“目的外提供・目的外出力”の排除』 重要な考え方の2つ目は、個人番号の“目的外提供・目的外出力” (※3)の排除という点である。 (※3) 実務的には「目的外利用の排除」と標記される場合もあるが、「利用」という用語が特定個人情報(代表的には、源泉徴収票や各種の法定調書など)を利用して事務処理を行う個人番号利用事務実施者(行政機関等)を想起させ混乱の元となる可能性があること、法令上は一般企業・事業者は個人番号利用事務実施者(行政機関等)からの提供の求めに応じて個人番号等を「提供」する者として定義されていることから「提供」という用語を用いた。 また、実務上は、個人番号が記載された源泉徴収票や各種の法定調書は「出力」して関係先に提出(提供)されることから、読者のイメージに資するよう「出力」という用語を併せて用いた。 番号法においては、個人番号を含む個人情報(特定個人情報)は、番号法第19条及び別表1に個々に列記された事由(行政機関等が社会保障・税・災害対策の事務を行う範囲で限定的に定められたもの)のみでしかその提供を認めておらず、特定個人情報ファイルの不正提供等については、厳しい罰則に処される可能性がある。 そこで、「《その1》『個人番号の“目的外入手”の排除』」と同様、法令を遵守し、厳しい罰則の適用を受けないようにするために実務対応の検討にあたって考慮しなければならない点が、「個人番号の“目的外提供・目的外出力”の排除」という考え方である。 例えば、事業主は、毎年1月末までに従業員の源泉徴収票を各市町村に送付しなければならないが、今後は当該源泉徴収票には個人番号が記載されることになる。 各市町村(個人番号利用事務実施者)に源泉徴収票を送付(提供)すること、源泉徴収票を送付(提供)するために個人番号が記載された源泉徴収票を人事給与システムから出力することは、各市町村が各従業員の住民税を計算するために必要なことであり、番号法第19条第1号の規定により認められる。 一方、例えば、従業員がマンション等の購入のためのローンの審査において源泉徴収票の提出を求められることがあると思われるが、このようなケースにおいて個人番号を記載あるいは印字して源泉徴収票を従業員本人に交付することは、法令遵守の観点からすれば望ましくない状況(※4)を生み出す可能性があり、厳密には違法である。 (※4) 従業員の個人番号が従業員を通じ審査機関等に流通してしまう状況が想定される。 このとき、例えば企業には、個人番号を手作業でマスキングして交付する、あるいは、人事給与システム上ローンの審査のために源泉徴収票を提出するような場合には個人番号をマスキングして源泉徴収票を印字するような機能を新たに追加するなどの対応が求められることになる。 ▷重要な考え方《その3》 『個人情報保護法以上に厳しい個人番号の“情報管理”水準』 重要な考え方の3つ目は、個人情報保護法以上に厳しい個人番号の“情報管理”水準が求められるという点である。 先ほど、特定個人情報ファイルの不正提供等については厳しい罰則に処される可能性があると説明したが、番号法第67条には「正当な理由がないのに特定個人情報を提供したとき」と規定されていることから、故意に情報を提供したときはもちろんのこと、いわゆる特定個人情報の情報漏えいが発生した場合には67条違反となり、十分に処罰の対象となりうる。 番号法の量刑は一般法である個人情報保護法と比べて相対的に重く、そもそも個人情報保護法には所轄庁の命令等に違反した場合などの間接罰しか規定されておらず、直接罰の規定はない。 そこで【第1回】で紹介したように、特定個人情報保護委員会から「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」が策定・公表されており、このガイドラインに従って厳格に情報管理を行う必要がある旨、規定されている(※5)。 (※5) 「第1 はじめに」の最後で、「本ガイドラインの中で、『しなければならない』及び『してはならない』と記述している事項については、これらに従わなかった場合、法令違反と判断される可能性がある。」と謳われている。 このように、法令を遵守し、厳しい罰則の適用を受けないようにするために実務対応の検討に当たって考慮しなければならない点が、「個人情報保護法以上に厳しい個人番号の“情報管理”水準」という考え方である。 ▷本稿のまとめ 【第1回】のまとめで、マイナンバー制度対応として、「法令で規定された必要な範囲でマイナンバーを入手し、厳格に情報管理を行うこと」が求められると解説した。そのため本稿では、法令で認められた範囲内でしか個人番号を入手してはならないこと、また、個人番号を提供・出力してはならないこと、特定個人情報の情報漏えいにはこれまで以上に厳しい処罰が課される可能性があることから厳格な情報管理が求められると解説した。 これらの考えから、実務対応として、まずどのような法定調書や申請書・届出書等で個人番号を記載しなければならないかという特定が求められることになるが、この点も含めて次回以降、本稿で解説した重要な考え方に基づきどのように実務対応を進めていけばよいか、解説していくこととする。 (了)
此の国にも『日本企業』! 【第1回】 「《カンボジア》 時計の小売業で勝負する~(株)ナガサワ~」 中小企業診断士 西田 純 -はじめに- 大企業による海外進出は、当たり前のものとされている昨今ですが、中小企業も負けてはいません。 新たな市場やビジネスチャンスを求めて、中には日本人に馴染みのない国へ積極的に進出している中小企業も少なくありません。 筆者は企業の海外進出をお手伝いさせていただいている関係で、こういった企業、従業員の方々が大変な苦労をされながらがんばっている姿を目の当たりにしています。 そこでこの連載では、海外で、しかもまだ日本の企業があまり進出していないような国で事業を行っている日本の中小企業について、ご紹介したいと思います。 〈イオンモールプノンペンの活況〉 2014年6月、カンボジアの首都・プノンペンを流れるトンレサップ川にほど近く、市内中心部から車で5分もかからない所に「イオンモールプノンペン」がオープンしました。経済規模から言っても、イオンモールクラスの大規模商業施設の開設は時期尚早ではないかと危ぶむ声もあった中で、開業当初から連日多くの人出で賑わっており、特に集客の面においては、周辺諸国の例を上回るほどの実績をあげているのだそうです。 それまで伝統的な路面市場や小規模なスーパーマーケット等が流通小売の主体であったカンボジア・プノンペンにおいて、超近代的な大規模業態を持ち込んだという意味で、いわば流通小売の革命とも呼べるこのモールには、日本のイオンモールと同じように各種専門店がテナントとして軒を連ねています。 90店ほど入居したテナントのうち、日系企業は約半数ということで、以前であればカンボジアでは目にすることはなかったであろう日本の有名店が一気にやってきた、という感があります。 〈現地市場を相手に小売業の販売力で挑む〉 その中で、イベントステージの真正面にあたるスペースに陣取っているのが「Time Station NEO Japan」という時計の専門店です。日本でも「Time Station NEO」の商号で時計店を展開する(株)ナカザワがテナントとして出店したお店です。 この事例の特徴は、セイコー・シチズン・カシオなど日本ブランドの時計を現地の代理店(卸売業者)から仕入れて、日本風の品揃え戦略と接客で勝負するという、いわば純然たる小売業(純小売業)の海外進出であったことです。 普通に現地の卸売業者から商材を調達するわけですから、競合相手となる地元の小売業とは仕入れ条件において対等以上ということはなく、純粋に現地の市場を相手にして小売業の販売力で勝負してゆくことになるわけです。 これまで、製造業もしくは製造+販売や、卸売(輸入)+小売という業態では比較的海外展開の事例が豊富だったのに比べて、純小売業においては向け先(中国など主要国の大都市が中心)や規模(大規模店が中心)が限られていて、特に中小企業が東南アジアに出店するというパターンは、飲食・サービス業を除くと決して多くはありませんでした。 今回、モールのテナントという形ではあるものの、これまでの例を打ち破る同社の実績には注目が集まるところです。 〈商材・人材の確保が悩みのタネ〉 同社国際企画部の石川部長によると、来店客の購買意欲は大変高く、同店開業後の実績は予想を上回るものだそうですが、それは良いとしても、①独占的な事業を行っている地元代理店との交渉が難しく、欲しい商材が入手困難になることがある、②継続的・安定的な従業員研修プログラムの実施が難しい、③良い人材の採用と教育には相応の努力が必要となる等、カンボジアならではの難しさも抱えながらの営業となっているそうです。 そうは言っても、時計の小売店という業態自身が日本では頭打ちになっているところ、ASEAN諸国をはじめとする新興国においてはまだまだこれから市場が広がる可能性が大きいことから、同社としても期待は大きいということですが、たとえば従業員研修を日本で実施したいと考えても、現行制度の下では、純小売業の店員は国の支援制度等を活用した招へいでないと日本入国のためのビザが取れにくく、今後の長期的な展開を考えるうえで悩みのタネになっているとのことです。 地方に行くと依然として文盲率も高いと言われるカンボジアにおいて、接客や品ぞろえが勝負のポイントとなる純小売業がどのように成功できるのか、今後の同社そしてイオンモールの展開から目が離せません。 (了)