過年度遡及会計基準の気になる実務Q&A 【第7回】 「過去の計算書類と遡及適用」 公認会計士 阿部 光成 《解 説》 会社計算規則では、過年度遡及会計基準に対応して、「遡及適用」、「誤謬の訂正」などの定義があるので、これらの定義を理解する必要がある。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 定義 会社計算規則では、次のように定義している。 Ⅱ 遡及適用の会計処理 1 遡及適用 過年度遡及会計基準は、会計方針の変更が行われた場合に、原則として、新たな会計方針を過去の期間のすべてに遡及適用するとしている(過年度遡及会計基準6項)。 会社計算規則でも、遡及適用について、 と定義している(会社計算規則2条3項59号)。 このように遡及適用は、正当な理由による会計方針の変更に伴う処理であり、新たな会計方針を過去の財務諸表、計算書類、連結計算書類に遡って適用していたかのように会計処理することであり、会社法の計算書類においても同様に取り扱われる。 ただし、会社法の計算書類では、当期の計算書類の開示のみを要求している、いわゆる単年度開示の制度であるので 、過年度遡及会計基準に対応した会社計算規則の規律も、いわゆる単年度開示をベースにしたものとなっていることに注意が必要である(高木弘明、新井吐夢「過年度遡及処理に関する会社計算規則の一部を改正する省令の解説」『旬刊経理情報』(中央経済社、No.1281、2011.5.10・20)41ページ)。 したがって、過去の計算書類に「遡及適用」したとしても、過去の計算書類が誤っていたわけではない。 2 会計方針の変更に関する注記 会社計算規則102条の2では、次のように規定している。 3 遡及適用による累積的影響額 過年度遡及会計基準では、新たな会計方針を遡及適用する場合の処理として、 と規定している(過年度遡及会計基準7項(1))。 前述のように、会社法の計算書類は、いわゆる単年度開示の制度であるので、「表示する財務諸表のうち、最も古い期間」は、「当期」となることから、遡及適用による累積的影響額については、「遡及適用をした場合には、当該事業年度の期首における純資産額に対する影響額」を注記するものとしている(会社計算規則第102条の2第1項3号)。 (了)
設備投資減税を正しく活用して強い企業をつくる ~設備投資における管理会計のポイント~ 【第6回】 「「設備投資の経済性計算」の代表的手法①」 ―回収期間法・内部利益率法― 公認会計士・税理士 若松 弘之 〈「設備投資の経済性計算」の代表的手法〉 設備投資の可否や、複数案から最も企業にとって有利な設備投資案を選択する場合には、「設備投資の経済性計算」が必要となる。もちろん、少額な設備投資についても、これを一律に求めるものではなく、企業にとっての重要性を勘案しながら運用することになる。 以下では、実務において用いられる代表的な手法を紹介する。 これらの手法を実行するに際して注意すべきことは、算定結果はあくまで1つのものさしであり、これが絶対的な解ではないということである。 算定過程には将来見積りを多く含んでいるため、見積りと実績が乖離するリスクがある。 また、数字面だけでは推し量ることのできない様々な要因が存在することも十分考慮しながら、過去の経験値も参考にして、慎重に意思決定することが大切である。 ① 回収期間法 回収期間法は、その理解しやすさから、実務で最も多く導入されている方法である。回収期間法とは、「設備投資総額が将来のキャッシュ・インフローにより、どのくらいの期間で回収できるのか」を示す目安である。 厳密に「キャッシュの時間的価値」を考慮して割引回収期間を算定する方法もあるが、理解や導入のしやすさを重視して、ここでは単純回収期間を算定する方法を解説する。 以下では、設備投資A案とB案の2つの投資案があるケースを想定してみよう。経営者は、回収期間が短い方をより安全な設備投資案として意思決定するものとする。 A案とB案の回収期間をそれぞれ算定すると、A案:3.15年とB案:3.96年となり、経営者は、A案の投資を選択することが合理的と考えられる。 しかし、ここで1つ留意すべき点がある。それは、5年後におけるキャッシュ・フロー累計額(この設備投資によって得られた正味キャッシュ)は、A案が900万円であるのに対して、B案は1,500万円となることである。 もし、B案の回収期間が1年程度遅いとしても、その回収リスクを許容できるとするならば、B案を選択した方がより多くのキャッシュが手許に残ることになる。 また、この回収期間法ではキャッシュの時間的価値を考慮していないことにも注意が必要である。 つまり、B案の方が設備投資額が大きくキャッシュの拘束期間も長いため、本来、厳密にキャッシュの時間的価値(=資金調達コスト)を考慮すべきであろう。 回収期間法は、上記のようにいくつかのデメリットはあるものの、計算が簡便であり、その結果も直感的に理解しやすい点や、設備投資回収の安全性を最優先する点がメリットとなり、中小企業等でも幅広く用いられている手法である。 ② 内部利益率法 内部利益率法は、設備投資したキャッシュが企業内部に留まっている間にどの程度の利回りで運用されているかを比率の形で示すものである。 例えば、1,000万円を3年間銀行に預けて、3年後に1,331万円で戻る場合、以下のとおり、複利計算による内部利益率は10%といえる。 したがって、内部利益率法は、設備投資によってもたらされる将来キャッシュ・フローを現在の価値に割り引いた結果、ちょうど設備投資額と同額になる利回りを算出する方法である。 もしも算出された内部利益率が、企業の借入利子率や株主配当後の利益率目標などよりも高ければ、設備投資は企業の純資産の増加に貢献するものとなり、その実行は望ましいといえる。 それでは設例を見てみよう。なお、設備投資A案及びB案の前提条件は、①と同じである。 内部利益率法によって、A案とB案を検討すると、A案が14.2%となり、9.1%のB案よりも優位といえる。 例えば、内部利益率の目標が10%であったり、資金調達コストが10%であったりする場合には、A案は投資適格となるが、B案は不適格となる。 ただし、この場合も「回収期間法」と同様に「本当にB案が不利なのか?」を慎重に考える必要がある。この点については、次回あらためて検討したい。 * * * 次回は、設備投資の経済性計算の代表的手法のうち、「正味現在価値法」と「投資利益率法」の解説を行い、それぞれの手法のメリット・デメリットなども整理してみたい。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第37回】 消費税に関する会計処理③ 「控除対象外消費税額」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① 資産に係る控除対象外消費税額の会計処理 ② 資産以外に係る控除対象外消費税額の会計処理 ③ 未払消費税額等の算定 (*1) 仮払消費税等計上額4,000,000-控除対象外消費税額1,000,000=3,000,000 〈会計処理の解説〉 控除対象外消費税額とは、「支払った消費税」のうち、「預かった消費税」から控除することができない部分のことをいいます。まずは、その発生の仕組みから解説しましょう。 原則として、事業者が国内で行った資産の消費又はサービスの提供には消費税が課せられます。しかし、これらの取引の中には、課税の対象としてなじまないものや社会政策的配慮から、消費税を課税しない「非課税取引」というものがあります。非課税取引には、例えば以下のようなものがあります。 このような取引を行った場合、当該取引には消費税が課せられません。では次に、以下の図を見てください。以下の図は、一般的な病院の取引を示しています。 消費税は、事業者が負担するものではなく、事業者が販売する商品やサービスの価格に含まれて次々と転嫁され、最終的に資産の消費又はサービスの提供を受けた消費者が負担します。しかし、上図のような場合、医療機器や薬剤の仕入に係る消費税を、最終消費者である患者に転嫁することができないため、事業者である病院が消費税を負担することとなります。 一般の事業会社においても、土地の貸付けなど、事業活動の中に非課税取引に該当するものが含まれています。非課税取引による売上がある場合には、当該売上に係る仕入から発生した消費税額は、会社が負担すべき消費税となります。すなわち、当該消費税額は会社が負担すべき消費税として取り扱い、「預かった消費税」から控除することができません。 このようにして発生した、控除できない消費税額が「控除対象外消費税額」となります。 では、会計処理の解説に戻ります。本事例の会社は、課税取引と非課税取引の両方を行う会社を想定しています(本業である食品の卸売のほか、土地の貸付けを行っていると考えてください)。 控除対象外消費税額は、期末決算で消費税の申告計算を行うまで金額が分からないため、期中においては、控除対象外消費税額か否かは関係なく、仕入に係る消費税はすべて「仮払消費税等」として処理します。 控除対象外消費税額が資産に係るものの場合(例えば、病院が購入した医療機器に係る消費税、本事例では600,000)、当該消費税額は資産の取得原価に算入し、減価償却を通じて費用化されていきます。 一方、控除対象外消費税額が資産以外に係るものの場合(例えば、病院が使用する注射器などの消耗品に係る消費税、本事例では400,000)、当該消費税額は「租税公課」等として費用処理します。 控除対象外消費税額に該当しない部分(本事例では3,000,000)は、「預かった消費税」から控除することができるので、会計上、「仮受消費税等」と相殺消去します。 なお、法人税法上、資産に係る控除対象外消費税額であっても、課税売上割合が80%以上、控除対象外消費税額が20万円未満等の場合には、損金経理を要件として、当該消費税額を資産の取得原価に算入せず、損金算入することが可能です。したがって、このような一定の要件を満たす場合には、会計上も、資産に係る控除対象外消費税額を「租税公課」等として費用処理することが認められています。 (了) ※来月は、昨年5月に続き「退職給付会計」を取り上げます。
内定・採用に関する「よくある質問」 【第2回】 「採用内定者の研修に賃金の支払いは必要か」 社会保険労務士 菅原 由紀 入社前研修について 使用者が内定者に対して、入社前に課題を与えたり、参加を義務づける研修を行うことがある。 これらの研修は、社会人として必要な社会常識の習得や、入社後に業務で必要となる知識を事前に習得させることを目的にする場合や、会社等の雰囲気やカラ―を理解し、会社等の一員として早く溶け込んでもらうことを目的にする場合など様々であろう。 さらに、使用者側が内定辞退防止を目的として、このような研修を実施するケースも多くあるであろう。 入社前研修の2つのタイプ 入社前研修には大別すると、次の2つのタイプがある。 しかし、使用者が入社前研修を行うことについては、その目的からして、現実的には、②のタイプは考えにくいと想像する。また、入社前研修を自由参加としていても、多かれ少なかれ内定者は拘束力を感ぜざるを得ないと思われる。 入社前研修は「労働」になるのか 一般的には、内定者が在学中の学生の場合、採用内定後入社日まで、当然の義務として研修への参加を課すことは適切ではないと考えられている。 したがって使用者は、内定者との間で別途個別の同意をすることで、入社前研修を命じているようである。 使用者が、内定者を広く研修に参加させたいのであれば、入社日を4月1日ではなく研修開始日にするとか、内定時の誓約書等において、内定者に対して入社前研修に参加することへの合意をとり、その合意のもとに行うことが必要である。 多くの使用者が入社前研修を実施しているが、任意参加の形式をとっているか、双方合意の上で実施しているのが実情のようである。 なお、「労働時間」について最高裁は との立場を明らかにしている。 つまり、労働時間とは、「労働者が使用者の指揮監督下にある時間」とされ、指揮監督下にあるとは、使用者の作業指示等の指示命令を受け、従わなければならない場合をいう。 したがって、内定時の誓約書等において、内定者に対して入社前研修に参加することへの合意をとり、その合意のもとに行う研修が「研修」という名目であっても、実態として使用者の指揮監督下に行われるものであれば、それは「労働」ということになり、労働に対しては賃金が支払われなければならない。 一方、入社前研修に参加・不参加の自由があり、さらに参加した場合でも使用者の指示に対して諾否が言える自由があるような場合は「労働ではない」と考えられる。この場合には「労働ではない」ため、賃金の支払いは発生しない。 しかし、実務上は研修が労働か労働ではないか判断がつかないような場合もあり、そのような場合使用者は、研修自体を「アルバイト」(労働)として「研修手当」等の名目で日当を支払っていることもあるようである。 (了)
〈中小企業も気をつけたい〉 産業廃棄物に関する企業対応と 不正業者による不法投棄リスク 行政書士 石下 貴大 1 はじめに 数年前、大規模な産業廃棄物の不法投棄がニュースとなった。 その廃棄物の量は、実に約150万トン。廃棄物処理業者2社が首都圏などから運び込み、複数回にわたって不法投棄していたのだ。 2社は既に解散や破産しているが、不法投棄された自治体ではこれらの撤去や原状回復に数百億円かかっており、その費用に関して投棄を依頼した業者や関係者に請求する方針である。 * * * 例年、この時期になると、個人宅だけでなく企業でも引越しが増え、引越しの際には多くのゴミが出るだろう。 ゴミが出れば業者に委託して処理してもらうのが一般的だろうが、上記の事例のようにならないよう、以下では、企業がゴミの処理を委託するときの注意から、産業廃棄物の不法投棄のリスクについてお伝えさせていただきたい。 2 産業廃棄物とは? 産業廃棄物とは、会社や工場などの事業に直接関係する活動に伴って発生した廃棄物及び輸入された廃棄物であって、廃棄物処理法(正式には「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」)に定められた21種類の廃棄物をいう。 【産業廃棄物の種類】(表をクリックすると別ウィンドウで拡大表示されます) *は、特定の業種の事業所から排出されるものに限定される。 つまり、事業活動から出るゴミのすべてが産業廃棄物に該当するわけではない。 たとえばオフィスを引っ越す際、不要になった机や棚、椅子などが出てくるだろう。それらは法定されたもの以外は「産業廃棄物」ではなく、「一般廃棄物」となる。 廃棄物処理法では、「事業者は、その事業活動に伴って生じた廃棄物を自らの責任において適正に処理しなければならない。(第3条)」と規定し、これにより、排出事業者の処理責任が明確化されている。ゴミを出した会社自体が処分場に運搬することが規定されているのだが、実際には自分たちで処理をするのでなく、業者の方に処理を委託するだろう。 このとき、処理を委託する事業者についてはそれぞれ産業廃棄物収集運搬業、一般廃棄物収集運搬業の許可を取得していることが必要になる。具体的には、廃棄物についての管理ができる人員がいること、車両や容器など運搬するために必要な設備を備えていること、経営上問題ないとされる財産的要件を満たしていることなどの要件を満たし、許可を取得した業者のみが産業廃棄物や一般廃棄物を「業として」運搬することができる。 そしてゴミを出す側、排出事業者としては、その責任において適正な業者に委託することが求められている。 3 排出者責任とは 資源の枯渇、多くの環境問題が存在する中で、廃棄物の処理に伴う環境への負荷の低減に関し、排出者としても責任を負わなければならない。「排出者責任」とは、廃棄物等を排出する者が、その適正なリサイクルや処理に関する責任を負うべきであるとの考え方である。 具体的には、主に次の事項が法定されている。 廃棄物の排出者が廃棄物の処理に伴う環境への負荷の原因を作っているという考えにより、排出者が廃棄物の処理に伴う環境負荷低減の責任を負うこととされている。つまり、処理を委託した廃棄物が不法投棄や不法輸出などの不適正な処理がなされていた場合には、責任は処理業者だけでなく、廃棄物を排出した排出事業者もその責任を負うのだ。 たとえば自社の引越しから出た廃棄物の運搬を委託した業者が無許可業者であり、かつ、その廃棄物を不法投棄したとする。その後その業者が倒産をしてしまい、実質的に原状回復などが不可能になってしまった場合、排出者の責任として、代わりに廃棄物の撤去などを行わねばならない(これを「措置命令」という)。 処理の委託費用を払って廃棄物を持って行ってもらったにもかかわらず、膨大な出費のもとで原状回復費用も出さねばならない可能性があるのが排出者責任なのだ。さらには不適正な業者に委託したということで会社名を公表されるリスクまである。コンプライアンスへの意識がますます高まっている中で会社として違法行為が報道されれば、企業のイメージ・信用の失墜につながり、大きな経営問題に発展する可能性もあるだろう。 こうした規定はいうまでもなく、廃棄物が適正に処理されるように、排出者も責任を持って業者に委託しなければなないという趣旨である。 この排出者責任は法令の改正を重ね、近年さらに強化されている。 無許可業者に廃棄物の処理を委託した場合、廃棄物処理法では5年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはこれの併科と規定されている(第25条)。いかに委託先の違反であっても、排出者も同様に罰金だけでなく懲役までもが適用されている。それは不法投棄などだけでなく、書類の不備や保管違反までもが法律違反として重く見られているのである。その責任の重さからも、法の理解や廃棄物処理業者の選定などは重大な義務であり、また、経営面においても重要な事項と捉える必要があるだろう。 廃棄物を減らすのも排出者責任の大きな役割ではあるが、処理を委託する際にも廃棄物の適正処理のためにしっかりとした対応をしていくことが、これからの企業経営においてとても重要な位置づけとなる。 (了)
女性会計士の奮闘記 【第15話】 「大切なことはキーマンへ直接伝える」 公認会計士・税理士 小長谷 敦子 ◆ ◆ ◆ 〈ゴルフ会員権の譲渡損失の損益通算の不適用〉 -平成26年度税制改正- 生活に通常必要でない資産は、売却して損失が出ても、他の所得との損益通算ができませんが、その範囲が拡充されました。 「生活に通常必要でない資産」とは、 をいいますが、 ◆ワンポントアドバイス◆ お客様の経営に影響を与える税務・会計上の情報は、パンフレットや説明書きを渡すだけでなく、キーマンとなる担当の方にきちんと伝えることが必要です。 担当の方が不在でも、ちゃんと伝わったかどうか確認しましょう。「わかっていらっしゃるだろう」と思い込むことは危険です。 内容を間違いなく理解してもらって初めて「伝えた」ことになるのです。 (了)
平成26年度税制改正に関する《速報解説》の 期間限定「一般会員公開」について ◆このたび下記の速報解説を期間限定で、一般会員の方もご覧いただけるようになりました。この機会にぜひご覧ください。 ◆ご登録のメールアドレスとパスワードを入力の上、ログインボタンを押していただくと、各記事をご覧いただけます。 ◆公開期間は、2014年3月17日から2014年3月31日までとさせていただきます。 ※公開は終了しました。
4/15(火) 笹岡宏保氏セミナー開催決定! TAC八重洲校にて4月15日(火)開催。 税理士 笹岡 宏保氏による【1日で理解する】セミナーシリーズ。 今回は借地権に関して、基礎的な理解から実務において不可欠とされる『借地権の権利金の慣行』、『法人が介在する使用貸借』等の解釈確認までの重要項目についてを確認します。 ◆ ◆ ◆ 2014年3月24日(月)開催の下記セミナーもお申込みを受け付けていますので、ぜひご参加ください。
2014年3月13日(木)AM10:30、Profession Journal No.60 が公開されました。 Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開してまいります。 Web情報誌 Profession Journalは、プロフェッションネットワークのプレミアム会員専用の閲覧サービスです。 Profession Journalについての詳細はこちら。 バックナンバー一覧はこちら。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第15回】 「土地譲渡に係る所得税と相続税との二重課税問題(その3)」 国士舘大学法学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅵ 検討 1 所得税法60条によって非課税規定の適用は排除されるか 本件において、Xは、 と主張する。判決はこの主張を妥当ではないとしたが、この点はどうであろうか。 具体的な事例として、個人Aにとって生活に通常必要な動産である動産を、個人Bが生活に通常必要な動産として贈与を受けたとしよう。 さらに、この生活に通常必要な動産を個人Bが法人に譲渡した場合を考えてみたい。 個人Bは、所得税法59条1項1号の規定の適用を受け、みなし譲渡課税を受けることになる。 ところで、個人Bが譲渡所得の金額の計算を行うに当たっては、所得税法60条1項の規定の適用により、個人Aの取得価額を引き継ぐことになる。なぜなら、個人Bが「贈与」「により取得した前条第1項に規定する資産を譲渡した場合における・・・譲渡所得の金額・・・の計算については、その者〔筆者注:ここでは個人B〕が引き続きこれを所有していたものとみなす」からである(所法60①一)。そして、この資産を個人Bが法人に売却した際に取得価額以上の金額を得た場合においては、所得税法9条1項9号の規定の適用により非課税とされるのである。 このことは、次の設例を考えると分かりやすい。 一例として、この生活に通常必要な動産につき、個人Bは取得価額(3,000万円)以下の収入(2,000万円)しか得られなかった場合を想定してみたい。 中古の生活に通常必要な動産の譲渡によって利益を得られるケースなどは異例で、むしろ、赤字になることの方が通例であると思われるが、このような場合に、果たして、赤字の譲渡所得(2,000万円-3,000万円=△1,000万円)の申告が認められるのであろうか。 課税実務上は、贈与を受けた生活に通常必要な動産を他に譲渡して損失が生じたとしても、これを確定申告において損益通算できるとは扱っていないはずである。すなわち、課税実務においては、所得税法9条2項1号の規定が適用されているのである。 このような理解があるからこそ、生活に通常必要な動産を譲渡した場合には、黒字であれば、所得税法9条1項9号の規定の適用によって非課税となり、赤字であれば、同条2項1号の規定の適用により、「資産の譲渡による収入金額がその資産の第33条第3項に規定する取得費及びその譲渡に要した費用の合計額に満たない場合におけるその不足額」に該当することで、その赤字相当部分については、「ないものとみなされる」のである。 所得税法9条2項1号の対象たる資産の譲渡とは「前項第9号〔筆者注:所得税法9条1項9号〕に規定する資産の譲渡」にほかならないから、そもそも、譲渡対象資産がいかなる経緯で当該納税者の手元に存在するのかというひも付きを、法は問題とはしていないのである。 このように考えると、所得税法60条の規定の適用を受けることが、所得税法9条の適用を排除する根拠にはなり得ないことが判然とするのである。 したがって、本件東京地裁が、 という点は、法解釈上の誤りというほかない。 2 所得税法60条1項はおよそ適用の余地のない定めをわざわざ設けているのか この点について、少し検討を加える必要がありそうである。ここで、A氏からB氏に資産が相続・贈与・遺贈によって移転され、その後B氏がC氏に譲渡した場合のケースを下の《図表1》を用いて説明すると、点線で囲った丸がA氏が取得した際の取得価額を意味し、太線で囲った丸がB氏がA氏から資産移転を受けた際の市場価格(時価)を意味し、実線で囲った丸がB氏がC氏に譲渡した際の譲渡価額を意味するとする。なお、説明の都合上、この場合低額譲渡や資産譲渡の際に譲渡費用はなかったとしよう。 《図表1》 所得税法60条は、A氏が取得した取得資産をB氏が有していたものとみなすという規定であるから、《図表1》のケース(次第に資産価値が増大していくケース)では、実線と点線の差額がB氏における実現したキャピタル・ゲインとして譲渡所得の対象となることになる。したがって、斜線部分が課税対象となることになる。しかしながら、かかる資産が「生活に通常必要な動産」であったとすれば、所得税法9条1項9号に基づき斜線部分は非課税となるのである。 また、相続により取得したものとされた場合に、平成22年最判によれば、所得税法9条1項16号にいう というのであるから、斜線部分は所得税法9条1項16 号によって非課税となるように思われる。もっとも、同判決は、資産の運用益部分について所得税が課税されることは二重課税として非課税とされるものではないとしていることからすれば、相続税が課された太線部分とB氏が譲渡をした際の譲渡収入との差額部分(α)については所得税が課されるということになろう。 そこで、所得税法60条1項1号と同法9条1項16号との関係を整理すると次のようになるのではないかと思われる。 《図表2》のケースでは、B氏はA氏の取得価額を引き継ぐので、B氏がC氏に譲渡した際の譲渡所得の金額は、譲渡価額である実線部分と取得価額を引き継いだ点線部分との差額に相当することになる。 《図表2》 この場合は、所得税法9条1項16号によって非課税とされる二重課税部分は発生しないので、所得税法60条1項1号が適用されるのみである。ただし、かかる資産がB氏の生活に通常必要な動産であるとすれば、非課税となる(所法9①九)。 《図表3》は、A氏の取得価額よりもB氏が相続した際の時価の方が高かったものの、B氏がC氏に譲渡した際にはA氏の取得価額よりも下がっているケースである。 《図表3》 この場合にも、所得税法60条1項1号の規定の適用により、B氏が譲渡した資産はA氏の取得価額を引き継ぐことになるから、B氏の譲渡所得の金額の計算は、実線である譲渡収入から、取得価額としてA氏から引き継いだ点線部分を控除することになるわけであるが、この際、赤字となるため、譲渡所得はマイナスとなる。 そこで、平成22年最判がいうように「所得」についての二重課税を排除する非課税規定であると理解するのであれば、所得税法9条1項16号の規定の適用はないことになる。もっとも、この資産が生活に通常必要な動産であるとすると、所得税法9条2項1号の規定の適用を受けることになり、かかる損失部分(ドット部分)はないものとみなされることになる。 《図表4》のケースは、A氏の取得価額よりB氏が譲渡した際の時価が上回っている場合である。 《図表4》 この場合には、B氏における譲渡所得の金額は、所得税法60条1項1号の規定の適用によりA氏から引き継いだ取得価額をもとに計算することになるため、斜線部分が課税されることになるが、かかる資産が生活に通常必要な動産であるとすれば、同法9条1項9号の適用により非課税、生活に通常必要な動産ではなかったとしても、相続により取得した斜線部分の経済的価値は、同法9条1項16号の規定の適用により非課税とされることになる。 《図表5》及び《図表6》のケースは、A氏が資産を取得した際の取得価額より、B氏が資産をC氏に譲渡した際の譲渡価額の方が低い例である。 《図表5》 《図表6》 このような場合も、所得税法60条1項1号は、B氏の譲渡所得の金額の計算については、「その者〔筆者注:B氏〕が引き続きこれを所有していたものとみなす」とするのであるから、A氏の取得価額をそのまま引き継ぐことになる。すなわち、B氏の譲渡所得の金額は、譲渡価額である実線から、点線であるA氏の取得価額となるためドット部分のマイナスになる。 そこで、《図表3》と同様、平成22年最判がいうように「所得」 についての二重課税を排除する非課税規定であると理解するのであれば、所得税法9条1項16号の規定の適用はないことになる。もっとも、この資産が生活に通常必要な動産であるとすると、所得税法9条2項1号の規定の適用を受けることになり、かかる損失部分(ドット部分)はないものとみなされることになる。 * * * 上記のとおり、所得税法60条1項1号は、B氏における譲渡所得の金額の計算において、A氏からB氏に対して移転した資産をそもそもB氏が当初から所有していたものとみなすのであるから、そもそもB氏が当初取得(購入)したとみて課税関係を捉えることになるという点にその意義がある(太い点線で示した平行矢印線を引くことに意義がある)。 このようにみてくると、所得税法9条1項並びに2項と同法60条1項1号との関係が明らかになるのではなかろうか。 そして、上記6つのケースをつぶさにみれば、そのうち、所得税法9条1項16号によって同法60条1項1号の効果が減殺されてしまうのは、《図表1》のケースと《図表4》のケースのみである。それ以外のケースでは、同法60条1項1号の効力は同法9条1項16号によって減殺されるわけではないのであるから、本件東京地裁判決がいう「およそ適用の余地のない定めをあえて設けているということとなる」という点については、首肯し難いといわざるを得ない。 (了)