《速報解説》 府省庁が令和6年度税制改正要望を公表 ~経産省からは事業承継税制の特例措置延長、SO税制要件緩和等を要望~ Profession Journal編集部 本年も8月末から9月頭にかけて各府省庁より税制改正要望が公表された。 令和6年度税制改正要望については既存制度の延長・拡充を求めるものが中心ではあるものの、経済産業省からはGXやDX、経済安全保障等の観点を踏まえつつ、国内生産を促すための新たな減税措置等の新設も要望されている。また、適用期限をもって廃止との見方もあった事業承継税制の特例措置について延長要望がなされるなど注目点も織り込まれている。 〇「戦略物資生産基盤税制」及び「イノベーションボックス税制」の創設 まず、経済産業省は「戦略物資生産基盤税制」及び「国内で開発された知的財産から生じる所得に対する優遇税率を適用する制度(イノベーションボックス税制)」の創設を要望している。 戦略物資生産基盤税制は、中長期的な経済成長を牽引するGX分野を中心に、DXや経済安全保障等の観点を踏まえつつ、戦略的に重要な物資(例:蓄電池等)の国内生産等に対し、中長期的な予見可能性を示すことのできる規模・期間で、生産活動に応じて、事業投資全体に対する支援を行う税制。 現行制度においては、対象物資の製造に必要な設備について、その導入費用の一部を税額控除するなどの投資減税等(例:カーボンニュートラル税制等)があるものの、投資後の継続的な減税効果は及ばない措置となっている。そこで戦略物資生産基盤税制は、対象物資の生産・販売量に応じた税額控除、税額控除の繰越制度、長期にわたる適用期間の措置を織り込むことで、生産活動に応じた中長期にわたる事業投資全体への支援を可能とする税制として要望されている。 次に、イノベーションボックス税制は、イノベーション促進に向けて、海外と比べて遜色ない事業環境の整備を図ることにより、研究開発拠点としての立地競争力を向上し、ソフトウェアをはじめとする知的財産の創出において、民間の無形資産投資を後押しする観点から創設が要望されている。 具体的には、研究開発の成果として生まれたアウトプットに着目し、特許等の知的財産から生じる所得に優遇税率を適用する制度とし、税額の算出イメージは次のとおりとしている。 〈税額の算出イメージ〉 (※) 経済産業省「令和6年度税制改正に関する経済産業省要望【概要】」5頁より抜粋。 〇経済産業省からの拡充・延長等の要望 (1) 賃上げ促進税制の拡充及び延長 経済産業省は既存制度の見直しとして、大企業・中小企業向け賃上げ促進税制の拡充及び延長を要望している。 まずこれまで2年ごとに制度見直しとともに延長がなされている本制度について、賃上げに関する企業の計画的な検討を促すため、令和6年3月末である適用期間の長期化が要望されている。 また現行制度では、赤字等の厳しい業況の中で賃上げを行っている企業が税制(税額控除)の適用を受けることができず、中堅・中小企業にとって利用しにくいという現状がある。これを踏まえ、中堅企業に対する支援措置を強化するとともに、中堅・中小企業を対象とした繰越控除措置の創設が要望された。さらに、仕事と子育ての両立や女性活躍支援に積極的な企業(具体的な指針等は不明)を新たな上乗せ措置の対象とする要望もなされている。 (2) ストックオプション税制の拡充 令和5年度税制改正においてもストックオプション税制のうちスタートアップの人材確保や従業員のモチベーション向上に資する税制適格ストックオプションに関して一定の緩和措置が図られたが、さらに令和6年度の要望事項として、①かねてより議論されていた株式保管委託要件の撤廃、②社外高度人材への付与要件の緩和・認定手続の軽減、③権利行使限度額の大幅な引上げ又は撤廃など利便性向上のための更なる要件緩和が織り込まれており、実現された場合の影響は大きい。 (3) 法人版・個人版事業承継税制の見直し及び延長 平成30年度改正で抜本拡充された法人版事業承継税制の特例措置は事業承継時の贈与税・相続税負担を実質ゼロにする時限措置であり、承継計画の確認申請(提出)の期限は令和6年3月31日とされている。令和4年度の与党大綱において本制度の延長はしないと明記されていたが、本年6月の政府の新しい資本主義実現会議において延長を検討する流れとなっていたところ、経産省からの要望事項にも織り込まれることとなった(あわせて個人版事業承継税制の延長も要望されている)。 (4) 中小法人の交際費課税の特例の延長等 中小法人の交際費課税の特例は、①交際費等を800万円まで全額損金算入できる特例措置と②飲食費(社内接待費を除く)の50%を損金算入できる特例措置があり、それぞれ令和6年3月末が適用期限とされているが、①の特例措置について2年間の延長が要望されている。なお、一部新聞報道等のあった物価上昇に対応した交際費課税の「接待飲食費の5,000円基準」の上限引上げの見直しについては、経済産業省ではなく厚生労働省から要望されている。 (5) 少額減価償却資産特例の延長及び新リース会計基準への対応 その他、中小企業者等が30万円未満の減価償却資産を取得した場合に合計300万円までを限度に即時償却(全額損金算入)することを可能とする、中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例措置について、令和5年3月末で適用期限を迎えることから2年間の延長が要望されているほか、今年5月に公表された企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等が草案どおりに改正される場合には、企業の負担軽減のための所要の措置を講ずることが要望されている。 〇住宅関連の特例措置の拡充・延長等の要望(国土交通省) 国土交通省は、令和5年12月31日で適用期限を迎える居住用財産の買換え等に係る特例措置(損益通算・繰越控除)について2年間の延長要望をしているほか、同じく住宅に係る措置として、既存住宅のリフォーム(耐震・バリアフリー・省エネ・三世代同居・長期優良住宅化)に係る所得税の特例措置の拡充・延長を要望している。 具体的には、現行の措置(適用期限:令和5年12月31日)を2年間延長したうえで、拡充策としてこども・子育て政策の抜本的強化に向け、「子育てに対応した住宅」へのリフォームを行う場合に標準的な工事費用相当額の10%を所得税から特別控除することを要望している。なお、子育てに対応した住宅のイメージとしては、転落防止の手すりや対面キッチンの設置などが想定されている。 (※) 国土交通省「令和6年度 国土交通省税制改正要望事項」20頁より抜粋 (了)
《速報解説》 会計士協会、「Web3.0関連企業における監査受嘱上の 課題に関する研究資料」の草案を公表 ~監査受嘱上の留意事項及びトークン発行に係る監査上の課題等に言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年9月6日、日本公認会計士協会は、業種別委員会研究資料「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 暗号資産やNFT(Non-Fungible Token)などのトークン(電子的な記録・記号)を活用するWeb3.0ビジネスが広がっているなか、Web3.0ビジネスのような新しいビジネス領域に係る監査の受嘱に関しては、会計処理を実施するための前提となる事項や関連法令等の理解などの検討すべき事項は多岐にわたるものと考えられる。 そこで、日本公認会計士協会(業種別委員会)は、Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題について研究し、本研究資料(公開草案)として公表するものである。 意見募集期間は2023年10月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 上記のほか、付録として、国際財務報告基準(IFRS)における取扱い、米国会計基準における取扱い、用語集が記載されている。 Ⅲ 監査受嘱上の留意事項及びトークン発行に係る監査上の課題 1 監査受嘱に際しての留意事項 監査人は、通常、Web3.0ビジネス企業の財務諸表監査の契約の締結又は更新に当たり、当該企業によるビジネスの特性を踏まえて、業務を実施するための時間、適性及び適切な能力を有する者を関与させることができるかを検討することとなる。 また、次の留意事項についても詳細に記載している。 2 トークン発行に係る監査上の課題 図表を用いて、我が国における法律上の定義との関係に基いて、トークンの類型を整理している。 電子記録移転有価証券表示権利に該当するICOトークンの発行及び保有に関する会計処理については、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第43号)があるが、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)及びSAFT(Simple Agreement for Future Token:将来発行されるトークンに対する保有者の権利を表章する合意)の保有及び発行に関する会計処理は定めがないため、監査上の対応も明らかでない部分があるとしている。 Web3.0企業の監査受嘱を難しくしている理由の1つに、トークン発行に係る会計処理の判断の困難さが挙げられるとしている。 企業会計基準委員会の「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICO(Initial Coin Offering)トークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」(2022年3月15日)が公表されている。 公開草案は、当該論点整理に基づいて論点を記載し、当該論点整理のいずれの考え方を採用した場合であっても、発行者と保有者との間の権利及び義務を特定し、会計処理を行うことは財務諸表作成者である企業に求められるとしている。 監査人は、経営者からの説明に対して、識別された権利及び義務が、ホワイトペーパーや法律専門家による見解書などによって裏付けられることや、識別された権利及び義務に基づく会計判断が適切であることを検討するとしている。 Ⅳ その他の監査上の課題 1 トークン保有に係る監査上の課題 資金決済法上の暗号資産の保有者の会計処理及び開示については、「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」(実務対応報告第38号)に規定されている。 しかしながら、自己の発行した暗号資産の保有や資金決済法上の暗号資産以外のトークン(実務対応報告第43号に定める電子記録移転有価証券表示権利等及び改正資金決済法上の電子決済手段を除く)については、会計基準等の定めが明らかでなく、経済的実態等に応じて既存の会計基準等を参考に、企業が会計処理を決定することになる。 公開草案は、次の事項に関して、実際に監査現場で検討されている事例を集め取りまとめたものに加えて、監査手続のうち特徴的な項目としてトークン発行・保有の前提となるブロックチェーンの理解について記載している。 2 NFT 現時点ではNFTに関する固有の法規制はなく、トークンがそれぞれ固有の権利を表章し非代替的な性質を持ち、金融商品取引法や資金決済法等の既存の金融規制に該当しないトークンが一般的にNFTと認識されているとのことである。 明確な定義や法規制がなく、会計基準等上の明確な定めはないことから、既存の会計基準等に照らした検討を実施する。 デジタルコンテンツの流通のために利用される事例が多く見られ、デジタルアートの閲覧権をトークンとして表章する事例、メタバースと呼ばれる仮想空間上に構築された土地を利用する権利をトークンとして表章する事例が代表的である。 3 SAFT 諸外国では、トークン発行前に一部の投資家に対して将来トークンをディスカウント購入できる権利であるSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)、将来トークンのディスカウント購入又は発行体株式への転換を選択できる権利であるSAFTE(Simple Agreement for Future Tokens or Equity)、将来的にネットワーク上のユーティリティを提供することが可能となるが、発行時点では何らの機能を有さないトークン(未上場トークン)等の様々な形式を通じた発行者による資金調達が行われているとのことである。 国内においては、SAFT等を通じた資金調達の事例は見られないとのことであるが、例えば、連結子会社が海外でSAFTを利用した資金調達を実施し、連結財務諸表の作成における検討が生じる場合も想定されるとのことである。 4 その他実務の検討 次の事項について記載している。 (了)
2023年9月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.534を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.127- 「ベーシックインカムは政策たり得るか」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 この夏に、フィリップ・ヴァン・パリース、ヤニック・ヴァンデルポルト著『ベーシック・インカム』(クロスメディア・パブリッシング、2022年)を読んだ。ベーシックインカム(注:一般的には、中黒(・)がない)は、欧米では多様な論者が主張し、実現に向けた運動体まで存在する政策である。一方わが国では、最大野党を目指す日本維新の会が政策に掲げるが、いまだ一部学者のアイデアにとどまっている。 本書は、賛成の立場からベーシックインカムについて書かれた本で、これまでの歴史を網羅的に述べ、そのメリット・デメリットを整理し、論点を明らかにした入門書である。 * * * ベーシックインカムは、国家が「無条件に」最低限の生活を保障するため個人に現金給付を行うという考え方である。この「無条件」というフレーズが重要で、所得・資産の多寡にかかわらずということと、勤労しているかどうかを問わないということの2つを含んでいる。 従来、貧困撲滅や格差是正などリベラル思想の系譜で提唱されてきたが、最近では、社会保障制度の肥大化を防止し小さな政府を主張するリバタリアンや新自由主義者からも主張されてきた。 この流れに、フェイスブック創業者のマーク・ザッカ―バーグ氏やイーロン・マスク氏など、シリコンバレーの起業家が加わり、経済人の集まるスイスのダボス会議でもテーマとして取り上げられ、一気に広がった。 新自由主義者やシリコンバレーの起業家たちがベーシックインカムを主張する理由はおおむね以下のとおりである。 AIの発達により多くの雇用が奪われることへの対応策、恒常的に所得を補償することによる起業家精神とイノベーションの促進や支援、自動化やテクノロジーの進化による労働市場の変化に対応するための提案で、AI発達社会のデストピア化を避けるためといえよう。 現実的な政策となるための課題は、財源問題と勤労に与える影響の2つである。本書では、個人が最低限の生活を送るためにはGDPの25%の規模のベーシックインカムが必要としている。わが国のGDPから換算すると150兆円で、毎月10万円程度の現金給付ということになる。半分程度は既存の社会保障で置き換えるとしても、残りの70兆円程度は増税で賄わざるを得ない。本書では、所得税だけでなく、消費への課税(消費税や支出税)、環境税、アルコールやたばこへの課税、ロボットタックスなどが提案されている。 もう1つ、勤労に与える影響は、哲学の問題でもある。ベーシックインカムにより、生活の糧を得るための勤労から解放され、生きがいに通じる仕事を選択できる、基本的な所得が保証されるので、人々は自分の目標や願望を追求するためのより高い主体性を持つことができるとするが、毎月10万円でそのようなことが可能になるのだろうかという素朴な疑問がわく。 それより現実的な意義としては、現行の社会保障制度に存在する「貧困の罠」や「失業の罠」の解決に役立つという視点だ。 現行の社会保障の下では、一定の所得を得ると給付が減らされることが多いので、所得を制限するという「罠」(働き止め)が仕掛けられているという。ベーシックインカムにより、それを取り除くことができる。 筆者が興味を抱くのは、給付付き税額控除との関係だ。本書は、勤労を条件とする給付付き税額控除には、「貧困の罠」や「失業の罠」などの問題が残ると指摘しながらも、最終的には、「裏口から入る」という現実的な手法でもあると評価している。 * * * コロナ禍や気候変動による水害や山火事、さらには地震など、我々の前には、自らの努力では抗しきれないリスクが高まっている。このような状況の下で、国家と個人の関係、セーフティーネットのあり方を考えるには、本書は最適のテキストである。 (了)
〔令和5年度税制改正における〕 電子帳簿等保存制度の見直し 【追補】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 国税庁は、令和5年6月30日に「「電子帳簿保存法取扱通達の制定について」の一部改正について(法令解釈通達)」及び「電子帳簿保存法一問一答(Q&A)」(以下「一問一答」という)の更新等を公表した。 本稿では、電子帳簿保存法に関する令和5年度税制改正に伴い整備された上記の改正通達及び一問一答の内容について解説する。 1 電子帳簿保存法に関する令和5年度税制改正の概要 令和5年度改正では、以下の見直しがされた。 (1) 電子取引データの保存制度 ① 新たな猶予措置の整備 電子取引データの保存については、原則として、所定の保存要件に従って保存しなければならない(電帳法7)。令和5年度改正では、電子取引データを保存要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由があると認められる場合、その電子取引データの出力書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたものに限る)の提示・提出の求め及びその電子取引データのダウンロードの求めに応じることができるようにしておけば、保存要件を不要として、電子取引データの保存を可能とする新たな猶予措置が講じられた(電帳規4③)。 ② 検索機能の確保要件の緩和 電子取引データの保存については、所定の検索機能を確保することが必要であるが、ダウンロードの求めに応じることを前提に全ての検索機能の確保の要件が不要となる売上高基準が1,000万円以下から5,000万円以下に緩和された(電帳規4①)。 また、電子取引データを出力することにより作成した書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力され、取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものに限る)の提示・提出の求め及びそのデータのダウンロードの求めに応じることができるようにしているときは、検索要件の確保が不要とされた(電帳規4①)。 (2) スキャナ保存制度 スキャナ保存制度については、令和5年度改正では、以下の通り、要件の緩和が講じられた(電帳規2⑥⑦)。 (3) 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置の対象帳簿(所得税・法人税)の範囲について、申告に直接結びつきやすい経理誤り全体を是正しやすくするという観点から、合理化・明確化が講じられた(電帳規5①)。 * * * なお、電子帳簿保存法に関する令和5年度改正については、本連載の【前編】・【後編】において詳しく解説しているので、そちらもご参照いただきたい。 2 改正通達 令和5年度改正に合わせて通達についても、新規に追加されたもの、既存のものについて一部追加・修正等及び削除するなどの対応が行われた。ここではこのうち主なものについて解説する。 (1) 電子取引データの保存制度 ① 通達7-2(整然とした形式及び明瞭な状態の意義) 上記1(1)に記載した改正を受けて「整然とした形式及び明瞭な状態」の意義について、明らかにされた。ただし、その内容は国税関係帳簿書類の電子データによる保存における通達4-8(整然とした形式及び明瞭な状態の意義)と同じである。 ② 通達7-3(取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものの意義) 上記1(1)②の改正では、電子取引データを出力することにより作成した書面は、取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものであることが要求されているが、その意義が明らかにされた。具体的には、次に掲げるいずれかの方法により出力書面が課税期間ごとに日付及び取引先について規則性を持って整理されているものをいう(参考:一問一答【電子取引関係】問46)。 ③ 通達7-12(猶予措置における「相当の理由」の意義) 上記1(1)①の改正では、電子取引データを保存要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由が必要とされるが、例えば、システム等や社内でのワークフローの整備が間に合わない場合等がこれに該当することが明らかにされた。なお、システム等や社内でのワークフローの整備が整っており、保存要件に従って保存できる場合や、単に経営者の信条のみに基づく理由である場合等、何ら理由なく保存要件に従って電子取引データを保存していない場合には、猶予措置の適用はない(参考:一問一答【電子取引関係】問61)。 ④ 通達7-13(猶予措置適用時の取扱い) 令和4年度改正により令和4年1月1日から令和5年12月31日までの間に行う電子取引において認められている宥恕措置とは異なり、新たな猶予措置においては、出力書面の保存のみをもってその電磁的記録の保存を行っているものとは取り扱われないことが留意的に触れられている。 ⑤ 通達7-14(猶予措置における電磁的記録及び出力書面の提示又は提出の要求に応じる場合の意義) 新しい猶予措置における電磁的記録及び出力書面の提示又は提出の要求(ダウンロード等の求め)に応じるとは、税務職員から当該求めがあった場合に、そのダウンロード等の求めに応じられる状態で電磁的記録の保存等を行い、かつ、実際にその求めに応じることをいい、その求めに一部でも応じない場合には猶予措置の適用は受けられないことが明らかにされた。 (2) 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置 ◎ 通達8-2(「その他必要な帳簿」の意義) 上記1(3)の改正を受けて、「その他必要な帳簿」の具体例が下記の通り明らかにされた。 (注) 具体例のうち、有価証券受払い簿については法人税の保存義務者が作成する場合、賃金台帳については所得税の保存義務者が作成する場合に限って、それぞれ「その他必要な帳簿」に該当する。 (参考:一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類関係】問39) 3 一問一答の更新 令和5年度改正に合わせて一問一答についても、新規に追加されたもの、既存のものについて一部追加・修正等するなどの対応が行われた。ここではこのうち主なものについて解説する。 (1) 電子取引データの保存制度(一問一答【電子取引関係】) ① 問49 本問では、1ヶ月分の取引がまとめて記載された納品書データを授受した場合、検索要件の記録項目については、記載されている個々の取引ごとの取引年月日その他日付及び取引金額を設定する必要があるかという問に対して、その電子取引データを授受した時点でその発行又は受領の年月日として記載されている年月日及びその電子取引データに記録された取引金額の合計額を用いる方法としても、各課税期間において一貫した規則性を持っていれば差し支えない旨が説明されている。 なお、一問一答【スキャナ保存関係】問41も、本問と同旨である。 ② 問62 本問では、税務署長が「要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由がある」と認めた場合には、その後に行った電子取引の全てについて、保存時に満たすべき要件が不要となるかという問に対して、相当の理由の原因となった事情が解消された後に行う電子取引データの保存については、保存時に満たすべき要件に従って電子データの保存ができるよう準備することが必要である旨が解説されている。 ③ 問63、問64 これら2問では、下記の場合に、要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由があると税務署長が認めた場合に該当するかという問に対して、いずれも相当の理由があるとは認められない旨が解説されている。 ④ 問65 本問では、相当の理由が認められ、かつ、電子データ及びその電子データを出力した書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたものに限る)の提示又は提出の求めに応じることができれば、保存時に満たすべき要件に従った電子データの保存をしていなくても要件違反とはならないが、「整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたもの」とはどのようなものか、また、「保存義務者が国税に関する法律の規定による当該電磁的記録及び当該電磁的記録を出力することにより作成した書面・・・の提示若しくは提出の要求に応じることができるようにしている」とは具体的にどのような対応が求められるのか、という問に対して、前者は「書面により作成された場合に準じた規則性を有する形式で出力され、かつ、出力された文字を容易に識別することができる状態」をいうこと、及び後者は「税務調査等の際に、税務職員の求めに応じ、電子データ及びその電子データを出力することにより作成した書面の提示又は提出をする」ことが解説されている。 (2) スキャナ保存制度(一問一答【スキャナ保存関係】) ① 問3 本問では、スキャナで読み取った後の国税関係書類の書面(紙)の廃棄について記載がされているが、令和5年度改正を受けて、従来は国税関係書類(紙原本)の保存が必要とされていた「備え付けられているプリンタの最大出力より大きい書類を読み取った場合」であっても、その紙原本について、最低限の同等確認を行った後であれば、即時に廃棄して差し支えない旨が追加されている。 ② 問26 本問では、令和5年度改正後においても引き続き要求される、スキャニング時の解像度である25.4ミリメートル当たり200ドット以上の要件について、事後の確認・証明方法が解説されている。具体的には、JPEG形式やTIFF形式のデータは、プロパティ情報に解像度と縦横の画素数、階調などが格納されているので、プロパティ情報から、またPDF形式のデータについては、スキャニング時の解像度等がプロパティ情報に含まれていることから、専用のソフトによりそれらのデータを参照することで、それぞれ保存時に満たすべき要件を満たしているかを確認することができる。 ③ 問63 本問では、タイムスタンプの代替要件として他者が提供する一定のクラウドサーバを利用してスキャナ保存を行っていたところ、現在利用している旧サービスから新たなサービスに移行したい場合、その移行日までにスキャナ保存した電磁的記録はどのように取り扱えばよいかという問に対して、スキャナ保存した書類の原本を別途保存していない限り、移行日までスキャナ保存している電磁的記録を、その書類の保存すべき期間が経過する日まで、スキャナ保存時の要件に従って保存する必要があること、及び旧サービスに保存している電磁的記録の全てを新サービスに移行して一元管理・保存する対応も可能であるが、その場合には、旧サービスに保存している電磁的記録だけでなく、電磁的記録を保存した時刻と、それ以降に改変されていないことの証明に必要な情報についても、データ移行の前後でこれらの全てが改変されていないことを確保した状態で新サービスへのデータ移行を行う必要があることが説明されている。 (3) 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置(一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類関係】) ① 問41 本問では、優良な電子帳簿の保存等が複数の会計ソフトを使用している場合であっても、それを理由として過少申告加算税の軽減措置が受けられなくなることはないことが明らかにされている。 ② 問52 本問では、既に優良な電子帳簿の要件を満たして保存等を行っている場合に、令和5年度改正により届出書に記載していた国税関係帳簿の一部が特例国税関係帳簿に該当しないこととなった場合に変更の届出書を提出する必要がないことが明らかにされている。 (連載了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例55】 「従業員に対する賞与の損金算入時期」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方のある県庁所在地において、主として旅行者向けの土産物店や飲食店を営む株式会社X(資本金5,000万円で3月決算)に勤務し、現在総務部長を務めている者です。2020年以来のコロナ禍で、わが社がターゲットとするインバウンドの旅行客は激減し、一時は廃業やむなしという瀬戸際まで追い込まれました。そのため、インバウンド一本やりの経営戦略を改め、国内客の取り込みも必死になって行うとともに、政府の様々な支援策や社長の必死の資金策によりどうにかこうにかこの度の経営危機を乗り切り、今年は国内客のみならずインバウンドの旅行客もだいぶ戻ってきたため、お陰様で何とか一息つくことができました。 そんなわけで、ここ数年は多くの従業員を泣く泣く解雇したり、残ってもらった従業員にも満足に賞与を支給することもできず、非常に心苦しいところでしたが、昨年度末においてはようやく決算賞与を支払うことができるところまで業績が回復しました。久しぶりの賞与だったため、従業員も大いに喜んでくれたようです。 さて、そんな中、先日から受けている当社の法人税にかかる税務調査で、従業員に対する当該賞与が問題とされております。すなわち、従業員全員にその支給額について事業年度末日までに通知をし、その金額を同日において損金経理したものの、銀行からの融資が遅れた関係で、実際の支給の日が翌事業年度の5月10日となったことが問題なのだそうです。確かに、法人税法施行令第72条の3(旧第134条の2)には翌事業年度末から1月以内という要件が定められていますが、まず、支給が遅れたのは不可抗力であり十分正当な理由があること、また、法律の定める債務確定基準(法法22③二)は満たしているにもかかわらず、法律に定められていない付加的な要件を政令で定めることは租税法律主義に反し許されないこと、の2つの理由から、税務署側の主張には問題があると考えております。この点につき、法人税法上どのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 従業員に対する賞与の支払いについては、法人税法上、第22条第3項第2号に従い、その債務が確定した日の属する事業年度の損金の額に算入されるのが原則ですが、法律ではなく政令(法人税法施行令第72条の3)において、通常の意味における債務確定基準よりも適用範囲を狭めることとなる「翌事業年度末から1月以内という要件」が課されています。 このような規定ぶりは、政令委任に関する租税法律主義の問題が生じる可能性がありますが、裁判例では、課税の公平・明確性を確保するという観点から、租税法律主義には違反しないとされており、本件に関しても、「翌事業年度末から1月以内という要件」を満たさない限り、当該未払賞与は前事業年度においては損金に算入できないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 販売費・一般管理費等に関する債務確定基準 法人税法第22条第3項は、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額を規定しているが、その第2号で、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用については、(減価)償却費を除き「債務の確定」が要求されており、これを一般に債務確定基準という。販売費・一般管理費等(販管費等)に関し、当該債務確定基準が要求される理由としては、一般に、売上原価と異なり、当該費用は収益との直接的・個別的な対応(紐づきの)関係がないため、債務として確定していなければ、その発生の見込みと金額が明確であるとはいえないことから、所得計算の恣意性・利益操作を排除する観点で採用されていると解されている(※1)。 (※1) 渡辺徹也『スタンダード法人税法(第3版)』(弘文堂・2023年)95頁。 (2) 使用人に対する給与・賞与と債務確定 次に、使用人に対する給与であるが、これは債務確定基準により費用の計上時期が決まってくる。とはいえ、使用人に対する給与に関しては、一般に何日締め(例えば月末締め・翌月10日払いなど)というように債務の確定時期が明確であると考えられることから、未払いのものであっても債務確定が問題となるケースは少ない。 一方で、使用人に対する賞与については、債務の確定がいつになるのかが問題となり得る。すなわち、支給日が翌事業年度に到来し、当事業年度末時点においては未払いの賞与について、その損金算入のタイミングは当事業年度でよいのかという問題である。法人税法第22条第3項第2号の債務確定基準に従えば、未払いであっても、債務が確定していれば当事業年度において損金算入できるはずである。しかし、法人税法は使用人の賞与に関し、政令により、本法の規定以上の追加的な要件を課している(法令72の3(旧法令134の2))。中でも、同施行令第72条の3第2号ロの、「イの通知をした金額を当該通知をした全ての使用人に対し当該通知をした日の属する事業年度終了の日の翌日から1月以内に支払っていること」という要件は、通常の意味における債務の確定よりも更に細かい要件であり、債務確定基準の適用範囲を狭めている(※2)。 (※2) 渡辺前掲(※1)書100-101頁。 この点につき、政令委任に関する租税法律主義違反の問題(※3)が生じ得るが、裁判所は主として「課税の公平」の観点から、租税法律主義違反とまでは言えないと判断している。次項で当該裁判所の判断を確認していきたい。 (※3) 渡辺前掲(※1)書101頁。 (3) 使用人に対する賞与の損金算入時期が争われた事例 それでは、本件と同様に、使用人に対する賞与に係る損金算入の時期が争われた事例(大阪地裁平成21年1月30日判決・判タ1298号140頁、TAINSコード:Z259-11135)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、原告が、平成16年7月16日に原告の使用人に対して支払った賞与を平成15年6月1日から平成16年5月31日までの事業年度の損金の額に算入して確定申告を行ったところ、生野税務署長が、上記賞与の損金算入を否定するなどして原告に対して更正処分を行うとともに、過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、原告が、これら各処分の取消しを求めた抗告訴訟である。 原告は、平成16年5月31日までに、その従業員に対する各人別の賞与支給額を決定し、同年7月16日、同従業員に対し、本件給与規程に基づき、平成15年11月16日から平成16年5月15日までを計算期間とする賞与合計919万3,500円を支給した。なお、原告においては、本件賞与のうち、424万3,500円については製造原価の1つである労務費として経理し、本件賞与のうち、495万円については販売管理費として経理している。また、原告は、本件賞与の上記支給前には、本件賞与の各人別の支給金額について、各人別に、かつ同時期に支給を受けるすべての使用人に対して通知していなかったところである。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) なお、原告・納税者は控訴したが棄却され(大阪高裁平成21年10月16日判決・判タ1319号79頁、TAINSコード:Z259-11293)、更に上告したが不受理となり(最高裁平成23年4月28日決定・税資261号-90(順号11680)、TAINSコード:Z261-11680)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例の内容を理解する上で重要なポイントは、法人税法の規定の構造である。すなわち、先に見たとおり、法人税法第22条第3項は、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額を規定しているが、その第2号で、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用については、(減価)償却費を除き「債務の確定」が要求されている(債務確定基準)。 また、法人税法第65条は「各事業年度の所得の金額の計算の細目」につき、政令で定める旨を規定しているが、当該規定について裁判所は、法人税法第22条第2項及び第3項の「別段の定め」には該当しない旨を明らかにしている。したがって、法人税法施行令第134条の2(現第72条の3)が法律の委任の範囲内にあるといえるためには、同条が、法22条ないし64条の規定内容についての技術的、細目的事項を定めたものといえることが必要ということになる。 この点につき、裁判所は、「令134条の2の規定は、法22条3項2号の定める債務確定基準と基本的に異なる考え方に立脚した規定ではなく、我が国における使用人賞与支給の実情を踏まえた上で、正に同号の定める債務確定基準に従って、我が国に多くみられる使用人賞与の支給態様に即してその損金算入時期を具体的に定めたものということができ、その意味において、同号の規定内容を使用人賞与について具体的に明らかにした技術的、細目的規定ということができる。」とするとともに、「令134条の2は、平成10年法律第24号による法人税法の改正により使用人賞与の損金算入についての賞与引当金制度が廃止されたのを受けて、我が国における使用人賞与支給の実情を踏まえた上で、法22条3項2号の定める債務確定基準に従って、我が国に多くみられる使用人賞与の支給態様に即してその損金算入時期を具体的に定めるとともに、これを使用人賞与一般についての統一的な基準として規定することにより、課税の明確性、統一性を図ったものということができるから、その限りにおいて、法22条3項2号の規定内容の技術的、細目的事項を定めたものとして、法65条による委任の範囲を逸脱するものではない」として、主として「課税の公平・明確性」の観点から、租税法律主義違反とまでは言えないと判断している。法人税法の規定の構造を理解する上で、重要な裁判例となるであろう。 (4) 本件へのあてはめ 従業員に対する賞与の支払いについては、法人税法上、第22条第3項第2号に従い、その債務が確定した日の属する事業年度の損金の額に算入されるのが原則であるが、法律ではなく政令(法人税法施行令第72条の3)において、通常の意味における債務確定基準よりも適用範囲を狭めることとなる「翌事業年度末から1月以内という要件」が課されている。 このような規定ぶりは、政令委任に関する租税法律主義の問題が生じる可能性があるが、裁判例では、課税の公平・明確性を確保するという観点から、租税法律主義には違反しないとされており、本件に関しても、「翌事業年度末から1月以内という要件」を満たさない限り、当該未払賞与は前事業年度においては損金に算入できないこととなる。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q82】 「信託型ストックオプションの行使により取得した株式の譲渡」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 信託型ストックオプションの行使による株式の取得 信託型ストックオプションでは、役職員へストックオプションを交付する主体は信託会社ですが、国税庁が2023年に公表した「ストックオプションに対する課税(Q&A)」の問3によれば、実質的には、発行会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員の金銭等の負担がないことなどの理由から当該ストックオプションの取得に係る経済的利益は労務の対価に該当して、給与課税の対象になるものとして取り扱われています。 上記の経済的利益は、ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得したタイミングで認識することとなり、行使時の株式の価額(時価)からストックオプション(新株予約権)の取得価額として信託会社から引き継いだ金額及び権利行使価額を控除して計算されます。 2 信託型ストックオプションの行使により取得した株式を譲渡した場合の課税関係 信託型ストックオプションの行使により取得した株式が上場株式である場合には、一般株式等(いわゆる上場株式等以外の株式等)の譲渡所得とは区別して、「上場株式等の譲渡による事業所得、雑所得及び譲渡所得の金額」として申告分離課税が適用されます。原則として、確定申告が必要となり、適用税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)です。 上場株式等について譲渡損が生じた場合には、他の上場株式等の譲渡益との通算や、一定の要件を満たす場合には3年間の繰越控除、また、上場株式等の配当との損益通算が認められています。なお、上場株式等に該当しない一般株式等の譲渡益との通算は認められていません。 また、信託型ストックオプションの行使により取得した株式の譲渡所得の金額は、当該株式に係る譲渡収入(譲渡時の時価)から当該行使時の株式の価額(時価)を控除して算定します。 3 本件へのあてはめ 信託型ストックオプション制度に基づいて取得したストックオプションを行使したということですので、当該行使時に経済的利益が給与所得として課税され、勤務先が源泉徴収することになると考えられます。その後、当該行使により取得した株式を市場で譲渡した場合には、譲渡収入から当該行使時の株式の時価を控除して計算した譲渡所得の金額について、原則として、確定申告が必要となります。 この譲渡所得の金額は申告分離課税の対象となり、譲渡益については20.315%の税率で所得税等が課されますが、他の上場株式等から生じた譲渡損との通算や過年度の譲渡損の繰越控除の適用も考えられます。また、譲渡損が生じた場合には、他の上場株式等から生じた譲渡益との通算や繰越控除のほか、上場株式等の配当所得との損益通算も認められます。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第25回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (5) 国会における議論③:譲渡所得を肯定する学説と外貨の取扱い 平成31年3月14日の参議院財政金融委員会において、藤巻健史議員は、国税庁の見解を前提にすると議論すべきは暗号資産の譲渡による所得に関して、「要するに値上がり益があるか値下がり損があるかということ、要するにキャピタルゲインがあるかどうかの判断だというふうに思っていますけれども、キャピタルゲイン、私はキャピタルゲインだと思」うと述べた上で、諸外国の税制がキャピタルゲインとして認識しているのか否かを確認する質問を行った後、要旨次のような発言をしている。 要するに、藤巻議員は、暗号資産や外貨の譲渡等に係る所得の所得区分が現行所得税法下において、雑所得のみならず譲渡所得や一時所得に該当すると解する余地があると認められるのであれば、政策的に所得区分を決定するような立法措置をとるべきであるという趣旨の主張を行っているのである。 藤巻議員は、次のとおり、かかる主張の裏付けとして、わが国における租税法の代表的教科書である金子宏名誉教授の『租税法〔第23版〕』261頁(弘文堂2019)において、「ビットコイン等の仮想通貨」は譲渡所得の基因となる資産に該当し、その譲渡による所得が譲渡所得である旨の記載がなされたことを指摘している。 これに対して、星野次彦財務省主税局長は要旨次のとおり答弁している。 平成31年3月20日の参議院財政金融委員会において、藤巻議員は、再び、上記の金子宏著『租税法』において、「ビットコイン等の仮想通貨」は譲渡所得の基因となる資産に含まれることが明記されたことを摘示した上で、国税庁は、その租税法の大家が何をいおうと、暗号資産取引により生じた利益が雑所得以外の9種類の所得に該当しない理由を説明する必要があると指摘した。 これに対して、並木稔国税庁次長は、要旨次のとおり答弁している。 続いて、藤巻議員は、暗号資産や外貨の譲渡等に係る所得の所得区分が現行所得税法下において、雑所得のみならず譲渡所得や一時所得に該当すると解する余地が認められるのであれば、政策的に所得区分を決定するような立法措置をとるべきであるという趣旨の主張を行っている。 いわば現行法の解釈論に根差した立法論である。 その後、藤巻議員は、外貨の課税関係にも論及したため、星野氏が次のとおり答弁している。 また、並木氏は、要旨次のとおり、当局として個々の学説について見解を述べることは差し控えるとした上で、外国為替差損益が譲渡所得に該当しないとする論拠についても言及している。 国税庁は、外貨も譲渡所得の基因となる資産に該当しないと解している。 ただし、例えば、米国連邦所得税法と比較すると、日本の所得税法における外貨に関する課税制度は非常に規律密度が小さいものとなっている。 よって、「物としての変化を捉まえて譲渡所得課税をすべきという議論」があることを認めるが「外国通貨について一般的な資産と異なる課税方式としている」という答弁には違和感がある。 これまで、学説も、国税庁の通達も、譲渡所得の基因となる資産とは譲渡性のある財産権をすべて含む広い概念であると解してきた(金子宏『租税法〔第24版〕』265頁(弘文堂2021)、所基通33-1(※)参照)。 (※) 所得税基本通達33-1(譲渡所得の基因となる資産の範囲) 譲渡所得の基因となる資産から外貨を除外するのであれば、所得税法に明文の規定が設けられてしかるべきではないか。 外国通貨と邦貨との交換により生ずる為替差損益、つまり外国通貨の譲渡による所得は一次的に譲渡所得には該当しないという国税当局の立場の論拠について、上記答弁では、為替差損益は外国通貨を邦貨などの他の通貨と交換する際の交換レートの変動により生ずるものであって、外国通貨自体の価値が変動したものとは考えられず、資産の値上がりによる増加益とは性質を異にする、外国通貨は資産ではあるものの、譲渡所得の基因となる資産には該当しないということが説明されている。 この点については、現行法令を踏まえれば、暗号資産については、外国通貨と同様に本邦通貨との相対的な関係の中で換算上のレートが変動することはあっても、それ自体が価値の尺度とされており、資産の価値の増加益を観念することは困難と考えている旨の星野氏の過去の答弁(平成31年3月20日の参議院財政金融委員会)と整合する。 ただし、所得税法は、外貨建取引については「換算」という語を用いており、この点に特殊性を見いだすことが可能ではあるが、暗号資産については「換算」という語を用いていないことを指摘しておく(所法57の3)。 なお、並木氏の上記答弁中における「一次的に」という語が「一般的に」と同じ意味で用いられているとすれば、上記答弁は、外貨の譲渡による所得についても、暗号資産と同様に、一般論として、譲渡所得に該当しないが、場合によっては譲渡所得に該当することもありうることを示唆しているのであろうか。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第33回】 「租税負担割合の計算における課税標準外所得金額の意義」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国子会社合算税制において、外国関係会社の租税負担割合を計算する場合に、課税標準外所得金額を分母に加算する趣旨はどのようなものでしょうか。 〔A〕 我が国での税負担を不当に軽減することを規制するという外国子会社合算税制の趣旨から、外国関係会社の本店所在地国と本邦における税負担の比較をより実態に即した適切なものとするよう意図された、とされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 租税負担割合の算定 外国子会社合算税制における租税負担割合とは、外国関係会社の各事業年度の所得に対して課される租税の額を当該所得の金額で除して計算した割合をいう(措法66の6⑤一、措令39の17の2①)。なお、平成29年度税制改正で、本店所在地国において課される税が存在しないという点から本制度の適用を判定する仕組みが廃止されたことを受け、無税国に所在する外国関係会社についても租税負担割合の判定を行うこととされた。 (1) 税法令の規定がある国に所在する外国関係会社 税法令の規定がある国等での租税負担割合は、平成29年度税制改正前より変更はなく、算式の分母・分子は以下の項目で構成されている。 (※1) 財務省「平成23年度税制改正の解説」514頁参照。 なお、分母を構成する項目に該当する金額は、【注2】のとおり、「本店所在地国の法令の規定」により計算した所得の金額に係る金額とされることから、いずれも、企業集団等所得課税規定を除いた法令の規定により計算されることとなる。 (2) 無税国に所在する外国関係会社 平成29年度税制改正で導入された無税国に所在する外国関係会社の租税負担割合については、さらに、平成30年度の税制改正において、決算に基づく所得の金額を基に、税法令がある国に所在する外国関係会社の租税負担割合の計算における調整と同様の調整を加えて計算することが明確化された(※2)。 (※2) 財務省「平成30年度税制改正の解説」710頁参照。 以下では、平成29年度税制改正前の租税負担割合の算定において、課税標準外所得金額の意義が争われたキャプティブ再保険事件を検討する。 2 過去の裁判例 《キャプティブ再保険事件》(※3) (※3) (第一審)東京地裁令和4年3月10日判決(平成30年(行ウ)第607号)・TAINSコード:Z888-2446 (1) 事案の概要 本件は、内国法人である原告Xが、平成27年1月期及び平成28年1月期(本件各事業年度)の法人税等の確定申告をしたところ、所轄税務署長Yから、米国ハワイ州で設立されたXの外国関係会社であるB社(キャプティブ保険会社)が租税特別措置法66条の6(平成27年改正前)に規定する「特定外国子会社等」に該当し、B社の課税対象金額をXの益金の額に算入すべきであるとして、本件各処分等を受けたため、Yを相手に、同処分の取消しを求めた事案である。 B社は、本件各事業年度において、米国歳入法831条(b)項にいう小規模保険会社に該当するとして、保険料収入を除く課税投資所得を課税標準として申告した結果、いずれの期も法人所得税額は0米ドルであった。Yは、Xの外国関係会社であるB社が特定外国子会社に該当するか否かについて、①B社の租税負担割合の算式の分母(所得の金額)につき、保険料収入に係る所得金額を課税標準外所得金額として分母に加算し、②同分子(租税の額)については、同社の課税投資所得金額に35%の税率を乗じて計算すると、本件各事業年度のいずれにおいても20%以下要件を満たすことから、B社はXの特定外国子会社等に該当すると判断した。これに対し、Xは、保険料収入に係る所得金額は課税標準外所得金額に該当せず、結果的に、B社の本件各事業年度の租税負担割合は20%以下要件を満たさず、特定外国子会社に該当しないと主張した。 (2) 東京地裁の判示 ① 保険料収入に係る所得金額の課税標準外所得金額該当性について 東京地裁は、以下のとおり、租税負担割合を算出するための調整項目の趣旨を明らかにした上、保険料収入に係る所得金額は課税標準外所得金額に該当すると結論付けた。 ② Xの主張の排斥 Xは、本件各処分において、保険料収入がそのまま課税標準外所得金額に加算されている一方、保険責任準備金の控除を認めていない点について、保険料収入は将来において保険事故があった場合の保険金支払の原資であり、保険会社としては保険金の支払までこれを預かっているに過ぎないから、そもそも我が国でも米国でも課税されるべきではなく、米国歳入法831条(b)項も、その実質は保険料収入を計上した上、同額の責任準備金の繰入額の計上がされているものといえるから、これを課税標準からの除外と見ることはできない旨主張した。 これに対し、東京地裁は次のとおり判示し、Xの主張を排斥した。 (3) 検討 Xが何故B社を合算課税の対象としなかったかについては判決文では明らかではないが、Xの主張も、上記で取り上げたもの以外は、「主張するための主張」であって、論理性・説得力に欠けるものであるといわざるを得ない。 ところで、判決文では、外国子会社合算税制の導入趣旨につき、「内国法人の子会社等が、我が国よりも税負担の軽い国(中略)又は地域に所在する場合において、本来であれば上記(株主である)居住者や内国法人に対する利益の配当や剰余金の分配の対象となる所得について、上記子会社等が配当等を行わず社内に留保することにより、我が国での税負担を不当に軽減することを規制するために、上記子会社等の所得の金額のうち所定の方法により計算される金額(課税対象金額)につき内国法人の収益の額とみなして、その内国法人の所得に合算して課税することとしたもの」と判示しているが、平成21年度の税制改正で外国子会社からの配当が益金不算入とされたことで、日本の支配株主に配当しないことをもって不当と見る考え方をそのまま維持するのは困難になった(※4)。最近の裁判例(※5)ではむしろ、「租税の負担を回避しようとする事例に対処し税負担の実質的な公平を図ることを目的とする」とする理解が示されており、本判決はこの点特徴的である(※6)。 (※4) 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法[第4版]』(東京大学出版会・2019年)187頁 (※5) 例えば、東京地判令和3年3月16日(平成31年(行ウ)第42号)・TAINSコード:Z271-13543、及び東京地判令和3年7月20日(平成29年(行ウ)第426号)TAINSコード:Z271-13592等 (※6) 田中啓之「CFC税制における課税標準外所得金額の意義等が争われた事例」ジュリスト1585号(2023)141頁は、「近年の裁判例において『租税回避を防止することをその趣旨・目的とする』と明言されていた(中略)ことを踏まえると、意味深長であるようにも思われる。」と述べている。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第9回】 「国税通則法第68条第1項の重加算税が賦課される「納税者」の範囲」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 札幌国税不服審判所令和元年6月20日裁決(TAINSコード:J115-1-01) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 重加算税の「納税者」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、最高裁第一小法廷平成18年4月20日判決(関与税理士による行為)(TAINSコード:Z256-10374)を基礎として常務取締役による業務上の横領を「納税者」の行為と認めた広島高裁平成26年1月29日判決(TAINSコード:Z264-12401)などを参考にしていると考えられる。 3 損害賠償請求権の益金算入 たとえ専務取締役とはいえ株式会社である請求人とは別人格であり、請求人にとっては横領による損失が生じていることに変わりないため、「売上原価」を「特別損失」に振り替えることにより損金の額(所得金額)には影響しないともいえる。 しかし、請求人は、当該損失の発生時に、損害を与えた者に対する損害賠償請求権が発生しているものとされ、特別損失と同額の特別利益が発生することが、結果的に特別損失の損金性を無効化させ、所得金額(法人税額)の増加につながる。 そして、この法人税額の増加を課税標準として重加算税が賦課される。 4 「納税者」の具体的範囲 法人の構成員全てによる行為が請求人の行為と同視されるのではなく、例えば、最近においても、東京国税不服審判所令和元年10月4日裁決(TAINSコード:J117-1-02)において、部下のいない一担当者による横領行為について重加算税の賦課決定処分が取り消された事例もある。 この裁決においては、法令解釈において、「その従業員の地位・権限」、「その従業員の行為態様」、「その従業員に対する管理・監督の程度」等を総合考慮すると述べられているところ、重加算税の認定可能性を考える場合、代表取締役の行為であればもちろんのこと、例えば、以下の事実関係が認められるときには、請求人の行為と同視される蓋然性が高くなると考えられる。 (了)