会計事務所の事業承継 ~事務所を売るという選択肢~ 【第6回(最終回)】 「計算例でみる 会計事務所の価値評価」 公認会計士・税理士 岸田 康雄 1 後継者がいない会計事務所の価値評価 会計事務所のM&Aでは、その譲渡対象のほとんどは、顧客との顧問契約や職員の雇用契約といった無形資産である。 無形資産の譲渡といっても、財産評価基本通達によれば「営業権を認識しない。」とされているため、当事者間の交渉を通じて、「斡旋料」が時価で支払われることになる。 後継者(親族内)がいない場合の会計事務所の価値評価を考えてみよう。 所長は、M&Aを行わなければ、引退と同時に廃業することになる。それゆえ、所長が引退するまでの数年間の所得しか獲得することができず、後継者に引き継ぐべき事業価値は実現できないことになる。 ここで、65歳で引退すると考えている所長が、60歳で会計事務所を売却すると仮定する。すなわち、キャッシュ・フロー(=税引後利益と税引後給与)を毎年1,500万円、5年間だけ獲得できるという設定である。 この場合の事業価値の評価については、業界慣行では経常売上高の1年分とされているものの、理論的には5年分のキャッシュ・フローの割引現在価値を計算しなければならない。ここでは割引率15%を適用する。 【計算例】 5年後に所長が引退する会計事務所の価値 以上のように、DCF法によって評価すれば、事業価値は5,000万円となる。 とすれば、今すぐ5,000万円の現金を受け取ることができるようなM&Aが実行できるならば、売ってしまっても同水準の価値が実現する。本連載第2回で既述したように、会計事務所を譲渡した対価は税務上「雑所得」で総合課税となるから、仮に所得税率を50%とすれば、1億円で取引を実行すれば5,000万円の現金が手元に残る。 したがって、M&Aを実行するかどうかの判断基準は1億円となり、これを超える買収価格が買い手から提示されれば売却してもよいという判断になるだろう。 2 後継者がいる会計事務所の価値評価 以下のような、簡略化したDCF法の計算モデルを使って、会計事務所をM&Aで売却すべきか否かの判断の基準を検討してみたい。 一般的に会計事務所の営業利益率は、30%~50%といわれている。そこで、以下の計算モデルでも、税引前営業利益率を50%と仮定する。 もちろん、地方に行けば行くほど利益率が高くなり(→50%)、競争の厳しい首都圏の事務所になると利益率は落ち込む傾向にあるため(→30%)、50%の営業利益率の会計事務所は、地方にあることをイメージすればよい。 【計算例】 会計事務所(個人)の損益計算書 ここでの税引後利益(事業所得から所得税を支払った後の手取額)は1,500万円となっているが、1,500万円は所長が現場で働くことを前提とした利益である。それゆえ、真の収益力を測るためには、所長の労働の対価を、機会費用として考慮しなければならない(他の会計事務所で働けば給与所得があると想定されるため)。 そこで、所長の労働の対価が税引後500万円であると仮定し、毎年の税引後の実質的なキャッシュ・フローを1,000万円と測定しよう。 とすれば、税引後のキャッシュ・フローは1,000万円、実質的な純利益率が17%となる。 概ね妥当な利益率であろう。 税理士業務の営業権は、既述のように評価されない。すなわち、非課税で後継者へ引き継ぐことができるため、将来キャッシュ・フローを見積もる際には相続税の支払いを考慮する必要はない。それゆえ、親族内の後継者が相続することを前提とした場合の会計事務所の価値は、将来キャッシュ・フローが永久に親族内で引き継がれるものとして評価することができるだろう。 ここで、キャッシュ・フローの成長率をゼロ、会計事務所の親族内承継が永久に繰り返されることを想定すれば、税理士業務の価値は以下のように評価される。 【計算例】 後継者への相続を前提とした価値評価 適用すべき割引率が問題となるが、仮に15%を適用するならば、毎年の実質キャッシュ・フローが1,000万円の会計事務所の事業価値は、6,667万円となる。 そこで、後継者(親族)がいるにもかかわらず、承継せずにM&Aで第三者へ売却する場合を考えてみよう。上記の計算モデルに従って売却価格を考えると、以下のようになる。 親族内承継かM&Aかを選択できる売り手の立場としては、税引後6,667万円を上回る価格提示があったならば、売却してもよい。すなわち、税率50%を前提とすれば、税引前の価格で1億3,000万円(=6,667万円÷(1-50%))であれば、M&Aを決断することができる。 これに対して、税理士法人である買い手が買収した後に獲得できる将来キャッシュ・フローを考えてみると、資産調整勘定の償却による節税効果を享受することができる。 実際のところ、会計事務所には引き継ぐ有形資産はほとんどないから、買収対価のほとんどが資産調整勘定として評価されることとなるだろう。その一方で、買収した会計事務所の業務を引き継ぐために、買い手から新しい管理者を配属させなければならない。そのための人件費がかかるため、ここでは700万円の追加費用を認識しよう。 【計算例】 買い手にとってのキャッシュ・フロー ※画像をクリックすると、別ウィンドウで拡大表示されます。 この計算モデルでは、単純化して、2011年度から2015年度にかけて、資産調整勘定の償却によって節税効果が効いてくるものとしている。 このキャッシュ・フローに対してDCF法を適用した場合、以下のような事業価値が計算される。 【計算例】 買い手が実現する事業価値 割引率はここでも同じく15%を適用すれば、その事業価値は1億3,000万円となる。すなわち、買い手は1億3,000万円までの買収価格を提示することができる。ちなみに、買収価格1億3,000万円とする場合、業界慣行である経常売上高マルチプルで評価すれば2.9倍となり、かなり高い評価となる。 以上、まとめると、売り手である個人税理士は6,667万円を超える売却価格であれば売ってもよいと考えるのに対して、買い手である税理士法人は1億3,000万円を下回る買収価格であれば買ってもよいと考える。 それゆえ本事例の場合、この両者の交渉によって合意した中間の価格で取引が成立するということになる。 (連載了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第4回】 「経営者のIT導入の悩みに応える 5つの視点」 公認会計士 五島 伸二 経営者が抱えるIT導入に関する悩みとは? 多くの経営者は、自社のIT導入に関して多くの悩みを抱えている。 とりわけ多額の投資を必要とするERPや会計システムなど、基幹システムの導入についての悩みは大きい。 「コストがかかりすぎるような気がする」 「パッケージや導入ベンダーの選定は正しかったのか?」 「過去にIT導入で多額の損失を出したが、今回は大丈夫だろうか?」 など、その悩みはさまざまであるが、中小・中堅企業では社内に相談できる相手もいないのが実情である。 経営者のIT導入の悩みにどう応えるか? そんな背景もあり、日ごろから経営者の抱えるさまざまな経営上の悩みに応えている公認会計士や税理士などのプロフェッションは、経営者からIT導入に関する相談を受けることがある。 では、経営者からIT導入に関する相談を受けた場合、どのように対応すればよいだろうか? 筆者の知人の公認会計士は、そういった相談に乗るのを極力避けるようにしているそうだ。 知人曰く「ITは専門外でよく分からない。相談に乗って間違った助言をしてしまったら、一気に信用を失うからね」とのこと。 しかし、経営者は、公認会計や税理士にITの専門家としての意見を求めているわけではない。経営や管理の専門家としての見解が聞きたくて、相談をもちかけているのである。 そういった点をふまえて、以下では、経営者のIT導入に関する悩みに応える時に必要な5つの視点を挙げてみた。 いずれも、筆者のこれまでのITコンサルティングの経験の中で感じたIT導入に失敗しないためのポイントである。なお、これら5つの視点は、中堅企業に基幹システムを導入する場合を想定している。 経営者のIT導入の悩みに応える5つの視点 【視点その1】 「ユーザー部門がIT導入に積極的に参画しているか?」 IT導入に際しては、まずはIT導入によって実現すべき業務を設計する。これを業務要件定義という。業務要件を定義したら、それをシステムの機能に落とし込む。これをシステム要件定義という。 業務要件が正しく定義できていないと、システム要件の定義が正しくできない。つまり、せっかくITを導入しても、システムが機能せず、新システムでやろうとしていた業務ができなくなるのである。 したがって、業務要件をきっちり詰めないうちに先に進むのは、とても危険である。 本稼動直前に行われるユーザー部門の受入テストの段階で重大な「要件漏れ」が発覚して、手戻りが頻発するといった状況になりかねない。 そのためには、ユーザー部門がIT導入の最初からに積極的に参画し、自分たちが何をやりたいのか、どうすればIT導入の効果が出るのかを業務要件に明確に反映させる必要がある。 ユーザーの参画が不十分なIT導入プロジェクトは、失敗する可能性が極めて高くなる。 【視点その2】 「ユーザー部門の要求に応えすぎていないか?」 前項と矛盾するようだが、ユーザー部門の要求に過度に応えないというのも重要なポイントである。 これは、例を挙げると、営業アシスタント職が長年にわたって培った細かな業務手順をすべて要件に取り込もうとしたり、年に数回しか見ない帳票を作ったりするようなことである。 IT導入にユーザー部門の参画は必須ではあるが、これは、ユーザー部門の要求をすべて要件に取り入れるということではない。そのようなことをすると、システム化の範囲が広がりすぎて、コストや工数が膨れ上がり、IT導入プロジェクトが途中で頓挫しかねない。 IT導入において、何を実現して何を捨てるかを判断するには、「割り切り」が必要になる。 では、どうやって割り切ったらいいのだろうか? そこで重要となるのが、ITの導入目的の明確化である。 IT導入の目的とは、業績評価制度の改善、販売情報の共有推進、在庫管理の効率化など、IT導入で実現すべき項目のことである。 IT導入の目的を明確にすることで、その目的に照らしてどこまでの要件を取り込むのか、何を優先し、何を後回しにするかといったことに関する判断の軸ができる。その軸を基準にして割り切るのである。 【視点その3】 「費用対効果を求めすぎていないか?」 システム化の可否や範囲を決める際、IT投資の費用対効果は重要な判断基準と考えられている。 しかし、例えば基幹システムの導入などは、いわばインフラ投資なので費用対効果は明確に算定できない。 そのため、あまりに費用対効果にこだわってIT導入を進めると、IT導入で本当に解決しなければならない経営課題が解決されないといったことになりかねない。 ITコンサルタントの間でよく話題になるのは、日本企業のIT投資に関する意思決定の遅さである。 費用対効果などと言っているうちに、アジアのライバル企業はさっさとERPを導入して全社ベースの情報基盤を構築し、グローバルなサプライチェーン管理を実現していたりする。 費用対効果を無視することはできないが、ITで何を実現すべきかの絶対的なよりどころにするのではなく、大まかに算定して、あくまでも参考として取り扱うべきである。 【視点その4】 「プロジェクトリーダーの人選は正しいか?」 IT導入に関して、プロジェクトのリーダーの選定は非常に重要である。 筆者の経験でも、プロジェクトリーダーの人選がプロジェクトの円滑な進行にかなり大きく影響しているといえる。 プロジェクトリーダーの人選を誤ると、システムベンダーを使いこなさなければならない立場なのにベンダーの言いなりになってしまっていたり、各部門からの要求を丸のみして要件を膨れ上がらせたりと、リーダーが本来の機能を果たさず、プロジェクトの混乱の原因になる可能性が高い。 IT導入プロジェクトのリーダーは、通常、経営企画室や情報システム部門から選定されることが多いが、所属部門にこだわらず、チームをまとめあげる能力があって本当に「やりきれる人」を人選することが肝要である。 【視点その5】 「トップダウンで進めているか?」 冒頭で述べたように、経営者はIT導入に対して多くの悩みを抱えている。しかし、実際に経営者自身がIT導入に強力に関与して進めている例は少ない。 むしろ、「自分はITに疎いので、IT導入はすべて担当者に任せている」という経営者が多い。 しかし、考えてみてほしい。 経営者が「自分は会計に疎いので、決算書のことはすべて担当者に任せている」と発言したら、どうであろうか? そのような会社には誰も投資しないし、銀行もお金を貸してくれないだろう。 ITも会計も経営の問題であり、その意味で経営者自身が第一番目の担当者のはずである。 それゆえに、IT導入は経営者が関与してトップダウンで進めていくことが重要である。 IT導入をトップダウンで進める最大の利点は、導入がスピードアップすることである。 逆に、IT導入をボトムアップで進める、すなわち、関係する多くの部門から出される要求を調整しながら進めていくのは、この変化の激しい時代には大きなリスクを抱え込むことになる。 なぜなら、ボトムアップで進めると導入に時間がかかり、導入が完了したときには経営環境が変化していてIT資産の陳腐化が進んでしまっていたという結果になりかねないからである。 経営者のよき相談相手として 以上、プロフェッションが顧客のIT導入に関して相談に乗る場合に有効な5つの視点を挙げた。 IT導入に悩む経営者の相談に乗る場合は、これらの視点を念頭に経営者と話をすることで、顧客企業が抱えているIT導入の課題を明らかにすることができるであろう。 (了)
NPO法人 “AtoZ” 【第12回】 「NPO法人の合併・解散」 税理士 岩田 聡子 1 NPO法人の合併 (1) 申請手続 NPO法人であっても、他のNPO法人と合併することができる(NPO法33)。 合併をする場合には、定款に特別の定めがない限り、社員総会で社員の4分の3以上の議決を経なければならない(NPO法34)。 また、合併には所轄庁の認証を受けなければならないため、決議後は所轄庁に次の書類を添付した申請書を提出する。 所轄庁は、申請後、公告及び2ヶ月間の縦覧を経て、原則として2ヶ月以内に認証、不認証の決定をし、通知する。 (2) 債権者保護 NPO法人は認証の通知のあった日から2週間以内に、債権者に対し、合併に異議があれば一定の期間内(この期間は2ヶ月を下回ってはならない)に述べることを公告し、かつ、判明している債権者に対しては、各別にこれを催告しなければならない(NPO法35)。 また、NPO法人は認証の通知のあった日から2週間以内に、貸借対照表、財産目録を作成し、上記の債権者が異議を述べることができる期間の間、事務所に備え置かなければならない。 債権者がこの期間内に異議を述べなかったときは、合併を承認したものとみなされる(NPO法36)。 債権者が異議を述べたときは、NPO法人はこれを弁済するか、相当の担保を提供するか、弁済を目的とするため、信託会社等に相当の財産を信託しなければならないが、合併をしても債権者を害する恐れがないときは、この限りではない。 (3) 登記 NPO法人は、(2)の債権者保護手続が終了した日から2週間以内に主たる事務所の所在地を管轄する法務局に、従たる事務所の所在地を管轄する法務局には3週間以内に、存続する法人は変更の登記、消滅する法人は解散の登記、合併により設立された法人は新規の設立と同様に設立の登記をしなければならない。 2 解散 (1) 解散手続(NPO法31) ① 認定申請 NPO法人が「目的とする特定非営利活動に係る事業の成功の不能」により、解散する場合には、所轄庁にそれを証する書面を添えて、解散認定申請書を提出し、認証を受けなければならない。 ② 解散の届出 NPO法人が以下の事由により解散した場合には、清算人は遅滞なく、所轄庁にその旨を届け出なければならない。 (2) 公告 清算人は、解散した後、遅滞なく、債権者に対し2ヶ月以上の一定の期間内に債権の申出をすべき旨の催告を公告しなければならない(NPO法31の10)。 (3) 残余財産の帰属(NPO法11③、32) NPO法人が解散した場合の残余財産は、合併又は破産手続開始の決定による解散を除き、定款に定める者に帰属する。 定款に定める帰属先は、他のNPO法人、国又は地方公共団体、公益社団法人又は公益財団法人、学校法人、社会福祉法人、更生保護法人のうちから選定しなければならない。 定款に定めがない場合は、申請により、所轄庁の認証を得て、国又は地方公共団体に譲渡することができる。 認証が得られなかった場合、申請をしなかった場合には、残余財産は国庫に帰属する。 (連載了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第3回】 「スコアリングモデルの評価の視点」 ~経理財務部門は5つの視点で評価せよ~ 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回述べたとおり、スコアリングモデルは、経理財務を構成する18種類の業務について、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」の5つの視点で経営管理レベル向上の鍵となる評価指標の達成度をスコアとして表すものである。 コントロールの達成度は、「総合スコア」、「財務諸表の信頼性スコア」、「業務の有効性・効率性スコア」、「5つの視点別スコア」、「18種類の業務プロセス別スコア」、「137個のKPI別スコア」として表現される(図表3)。 図表3 スコアリングモデルの概要(再掲) ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 では、経理財務部門を評価する「5つの視点」とは何であろうか。より詳しく解説しよう。 経理財務部門を評価する5つの視点 スコアリングモデルでは、企業価値の最大化に向けて経理財務部門が果たすべきガバナンスのあり方の将来像を想像し、現状の経理財務部門のレベルを多面的に評価するべきという見地から、複数の評価の視点を設定した。 すなわち、経理財務部門を取り巻く今日的課題を踏まえると、業務処理を正確に行うだけでなく、同量の業務処理を効率的に行うこと、組織変更や人事異動等の影響を受けない安定性のある業務処理体制を整備していること、把握するべきリスク情報を経営者に提供できるリスク管理体制を整備していること、さらに戦略的な経営判断に積極的に貢献できていることが必要であると考え、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」という5つの評価の視点を設定している(図表5)。 図表5 5つの視点 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 「正確性」は、取引情報を正確に帳簿に反映しているかという視点である。 会計監査や内部統制監査に従事する読者であれば、いわゆる“アサーション”と呼ばれる監査要点の中の、評価・測定の妥当性、取引情報が帳簿に反映される適時性、取引情報が帳簿に反映される網羅性、架空取引を帳簿に反映せず、発生した取引のみを帳簿に反映する実在性・発生の視点を思い浮かべれば、理解は容易であろう。 「効率性」は、同じように正確に業務を遂行するにしても、適正人員と費用対効果を考えるという視点である。 例えば、業務処理を適正な人員で行っているか、間違いが起こりやすい部分については必要な情報システムを適切に整備しているか、業務が区々バラバラになっていないか、標準化や集中化を図っているかという視点である。 「安定性」は、業務処理が安定的に行われる仕組みを構築しているかという視点である。 例えば、特殊な業務処理や判断が伴う処理に関して、属人的な判断にならないように規程、マニュアル、運用細目を作っているか、担当者や組織が変遷しても業務処理の円滑な遂行を支える磐石な体制になっているかという視点である。 「リスク管理」は、財務リスク、信用リスク、市場リスクをはじめ、不正防止や資産保全のための内部牽制体制を整備しているか、あるいは税務のエクスポージャーを管理しているかという視点である。 そして最後に、これからは「戦略性」、つまり経営意思決定に対する支援能力の視点が欠かせない。今後を展望すると、特に経理財務部門のミッションは会計帳簿に記帳するだけにとどまらないだろう。 例えば、会社の財産管理や予算、決算に携わるなど、経営戦略に重要な関わりを持つ部門であることに鑑みると、経理財務部門が、その名のとおり経理の語源である経営管理を担っているか、全社的な経営管理に関与しているか、財政状態の改善や収益力の向上に対して積極的に貢献できる戦略を提案しているか、あるいは経営層の経営判断を支援する情報提供能力を具備しているかが重要な評価要素として盛り込まれている。 5つの評価視点と137個のKPIの配分 では、これら5つの視点と137個のKPIは、どのような関係にあるのだろうか。 図表6は、経済産業省主導で構築した当時の137個のKPIを、どのように5つの視点に配分したかをまとめたものである。 図表6 5つの視点と137個のKPIの配分 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 18種類の業務の重要性に応じてKPIの配分数は異なるが、各業務をできるだけ5つの視点で多面的に評価するため、重要な評価指標を設定した。業務の性質に応じて、5つの視点のうち重視している視点に若干の傾向がある。 例えば、財務会計に直結する経理業務(売上・売掛債権管理、仕入・買掛債務管理、棚卸資産管理、固定資産管理、個別決算業務、連結決算業務)においては、「正確性」、「効率性」、「安定性」のKPIが多くなっている。 管理会計の要素を持つ経理業務(原価管理、予算管理)においては、その性質上、「戦略性」のKPIが多くなっている。 また、財務業務においては、経理業務に比べて「リスク管理」のKPIが多いのも、その業務の性質を反映している。 こうしたKPIを視点別に合計すれば、「正確性」のKPIは33個、「効率性」のKPIは26個、「安定性」のKPIは25個、「リスク管理」のKPIは24個、「戦略性」のKPIは29個となった。 137個のKPIを5つの視点ごとにバランスよく配分することによって、スコアリングモデルでは、経理財務部門の総合力、財務諸表の信頼性のレベル、業務の有効性・効率性のレベル、5つの視点別のレベルをスコアとして表現できるのである。 次回は、137個に絞り込んだKPIについて、具体例を交えて解説する。 (了)
教育資金の一括贈与に係る 贈与税非課税措置について 【第3回】 「適用を受けるために必要な手続と その留意点①(教育資金贈与時)」 ミレニア綜合会計事務所 代表税理士 甲田 義典 1 はじめに 前回は、平成25年度税制改正で創設された「教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置」(以下「本制度」という)の税法の規定に基づく主要な内容(手続規定を除く)とその留意点について解説した。 本稿では、本制度の適用を受けるために必要な手続のうち、教育資金の贈与時の手続とその留意点を中心に解説する。 2 本制度を適用するために必要な手続(措法70の2の2③~⑧) (1) 教育資金の贈与時(措法70の2の2③⑤⑥) 本制度は、その適用を受けようとする受贈者が「教育資金非課税申告書」【図表3-1】を取扱金融機関(受贈者の直系尊属と教育資金管理契約を締結した金融機関)の国内にある営業所等を経由して、 までに受贈者の納税地の所轄税務署長に提出した場合に限り、適用することができる。 なお、この場合において、「教育資金非課税申告書」が取扱金融機関で受理されたときは、その受理された日に税務署長に提出されたものとみなされる。 この「教育資金非課税申告書」は、受贈者が既に取扱金融機関へ提出している場合には、受贈者と取扱金融機関との教育資金管理契約が終了するまでの間は新たに提出することができない。 したがって、受贈者は「教育資金非課税申告書」に係る口座を2以上持つ(複数の金融機関で本制度を適用する)ことができない点に留意が必要である(措法70の2の2⑥、国税庁QA2-7)。 「教育資金非課税申告書」の書式[記載例]は、【図表3-1】のとおりである。 【図表3-1】 教育資金非課税申告書[記載例] ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (書式はこちら→国税庁ホームページ) (2) 受贈者が追加で教育資金の贈与を受ける場合(措法70の2の2④⑤) 受贈者が既に上記の「教育資金非課税申告書」を提出している場合(申告書記載額が1,500万円未満の場合に限る)において、その申告書に係る教育資金管理契約に基づき、受贈者が新たに直系尊属から①信託受益権の取得、②書面による贈与により取得した金銭を預貯金として預入れ、③書面による贈与により取得した金銭等で有価証券を購入したときは、一定事項を記載した「追加教育資金非課税申告書」を「教育資金非課税申告書」を提出している取扱金融機関の営業所等を経由して、新たに、 までに受贈者の納税地の所轄税務署長に提出した場合に限り本制度を適用することができる。 なお、この場合において、「追加教育資金非課税申告書」が取扱金融機関で受理されたときは、その受理された日に税務署長に提出されたものとみなされる。 「追加教育資金非課税申告書」の書式[記載例]は、【図表3-2】のとおりである。 【図表3-2】 追加教育資金非課税申告書[記載例] ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (書式はこちら→国税庁ホームページ) 次回は、教育資金の支払時及び契約終了時の手続について解説する。 (了)
消費税に関するシステム構築思想と 税率引上げへの対応 【下】 「想定されるシステム対応のポイント」 株式会社クロスフィールド 取締役 税理士法人あおやま 代表社員 公認会計士・税理士 松元 良範 前回、消費税に関する基本的なシステム構築思想について述べたが、あくまでもこれは優等生的なシステムの場合であり、すべてのシステムがそのようになっているわけではないことは改めて述べておく。 さて、今回の消費税増税に関する詳細については、本稿ではその記載を省略するが、ポイントとして以下の点が挙げられる。 1 短期間における2段階増税への対応について まず、最初に税率変更に関してであるが、前回も述べたように、一般的に優良なシステムであれば、消費税に関する情報は各商品の情報から独立した消費税マスタとして保持している。 そのため今回の改正で税率が5%から8%にアップしても、すべての取扱商品について一つずつ設定変更する必要はなく、2014年4月1日を適用開始日とする税率8%を消費税マスタに追加登録するだけで対応できることになる。また、さらに2015年10月に10%に変更された際も同様で、2015年10月1日を適用開始日とする税率10%を消費税マスタに追加登録するだけで対応できることになる(なお消費税がアップすることにより各商品の売価も通常は変更になるため、商品マスタ側での売価変更は当然別途必要になる)。 いずれにしても、消費税率が変更になっても、商品毎に消費税額を変更するような作業は不要である。ただし、企業が独自に自社開発したようなシステムにおいて1997年の消費税率改正時に消費税情報をマスタ化しなかった場合は、今回の改正への対応に手こずるであろう。 2 経過措置等への対応(複数税率への対応)について 経過措置は1997年の改正時にもあったが、今回は短期間に2段階の税率アップの予定となっており、経過措置との抱合せにより前回よりも一層複雑さを帯びている。 2014年4月に従来の5%から8%へ増税されるが、経過措置として半年前の2013年9月末までに契約された請負契約などは、2014年4月以降に引き渡されても従来の5%が適用される。また2015年10月からさらに8%から10%に増税されるが、ここにおいても経過措置により、半年前の2015年3月末までに契約されたものは2015年10月以降に引き渡されても旧税率すなわち8%が適用されることになる。 すなわち、2015年10月以降においては5%、8%、10%といった3つの税率が混在する可能性がある。 複数税率が混在するのは一時的な措置ということもあり、前回の増税時には複数税率対応に向けたシステム改修を行わなかった企業もあるかもしれない。また、前回も述べたように、優良なシステムおいては同時期に複数の税率を保持できるようになっているものの、これまで経験してきたのは2つの税率までであり、3つの税率には対応していない場合もあるかもしれない。 いずれにしてもこのような場合には、今回の改正に向けたそれなりのシステム改修が求められるであろう。 なお、多くの複数税率を設定できる優良システムであっても、1997年以降、消費税はずっと5%であっため、実際にシステムに登録されているのは5%だけと思われる。 そのままでは今回の改正には対応できないため、2014年には8%、さらに1年半後には10%の新税率をマスタへ追加登録する必要はある。 3 軽減税率への対応について 一般的な優良システムでは、商品毎ではなく各商品に共通の消費税マスタを保持している、と前回述べた。 しかし、今後、軽減税率が導入された際には、発想を変える必要が出てくる。 なぜなら、軽減税率は商品によって消費税率が異なる制度だからである。 これまでは、商品別に税率を保持するという発想は基本的になかった。 日本の軽減税率がどのような内容になるかは、本原稿執筆時点では全く不明である。欧州での事例を参考にするしかないが、欧州の場合、商品を一定のカテゴリーに分け、いくつかの特定カテゴリーについては、標準の税率ではなく軽減された税率を適用している。 そのために、例えば商品マスタには各消費税区分に対応した商品カテゴリーなどを情報として持ち、同時に消費税マスタには当該商品カテゴリー別の軽減税率を設定できるようにするなどといったシステム変更が必要であろう。 図1 また、前回、消費税の計算を決済単位(レシート単位)で行うことなども述べたが、軽減税率導入後はそれが不可能となる。そもそも一度の買い物で税率の異なる商品を購入した場合には、レシート単位での税込合計金額に対する税額を計算することができず、個々の商品明細毎あるいは商品カテゴリー毎に消費税を計算することしかできなくなる。 そのため、レシートに印字する消費税額の計算ロジックも変わることなるため、店頭で利用されているPOSレジシステムの変更も必要になるであろう。 ただし、これまで商品別に税率を保持する発想が全くなかったというと、実はそうでもない。税率がゼロという商品、すなわち、消費税が課税されない取引(例えば郵便局やコンビニ等での印紙の売買等)はこれまでも存在しているからである。 参考までに、コンビニで通常の商品と一緒に印紙を購入した時のレシートをみてみよう。 図2 レシートイメージ 印紙の行の右側に(非)と記載されているが、これは非課税ということである。 実際の内消費税¥9は、ガム¥194のみに5/105を乗じた金額である。 いずれにしても、軽減税率が導入された場合には、より多くのバリエーションに対応しなければならなくなるであろう。 (連載了)
企業不正と税務調査 【第10回】 「粉飾決算」 (1) 棚卸資産の架空・過大計上 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 今回は、粉飾決算の手口の代表例である棚卸資産の過大(架空)計上をテーマに取り上げる。 本来、売上原価として当該事業年度の損金の額に算入しなければならないものを、棚卸資産(在庫)として貸借対照表に記載し、その分だけ、当期の売上総利益を大きく見せるという手法は、古典的ではあるものの、他の粉飾の手口と異なり、自社だけで不正が完結するという点で、利用されやすい。特に、ソフトウエア開発業者においては、開発中のソフトウエアの資産計上額(帳簿価額)を不正に大きく計上して、損失を先送りする例も多い。ソフトウエアは通常の商品在庫と違って目に見えないものであることから、会計監査における実地棚卸によっても粉飾が発見できないケースも考えられる。 今回は、こうした棚卸資産の過大(架空)計上による不正について、検討したい。 これまで見てきた、経営者による不正(売上除外、架空・水増人件費の計上)、従業員による不正(経理部担当者・営業担当者による横領)は、課税所得金額の減少を伴うものであり、課税庁(税務署)にとっては、「発見すれば追徴課税ができる」という意味から、不正発見に関してインセンティブが働くものであった。 しかし、今回から取り上げる「粉飾決算」は、本来納付すべき税額以上の税額を納付していることから、「発見したところで税収増には直結しない」不正であり、税務調査で発見されなかったり、発見されても是正されなかったりすることも少なくない。 本稿でも、最初の税務調査で粉飾の事実を知りながら申告内容の修正を求めなかった場合に、その後、2度目の税務調査で更正処分をすることが認められるかどうかが争われた訴訟を取り上げる。 1 棚卸資産の過大(架空)計上の効果 (1) 会社側の経理処理 一事業年度における売上原価を確定するためには、期末における在庫を確定する必要がある。算式で表すと、以下のようになる。 期末商品棚卸高をどのように把握するかについては、期中は帳簿残高による管理を行い、期末に実地棚卸を実施して、万一差異が発生している場合には、その差異を棚卸減耗損などの勘定科目によって認識し、実地棚卸残高をもって期末商品棚卸高とする方法が一般的である。 ここで、その事業年度の利益を増やして粉飾決算を行おうとする者は、期末商品棚卸高を実地棚卸残高よりも過大に計上し、あるいは架空計上することによって、当期の売上原価を減少させ、もって売上総利益を増加させる方法により粉飾を行うものである。 (2) 棚卸資産の過大(架空)計上による粉飾の特徴 期末商品棚卸高を過大に計上した粉飾の効果は、財務諸表において、次の2点に表れる。 もっとも、こうした粉飾の動機は、そもそも利益が計上できていないところにあるから、粗利益率が多少改善したところで、違和感につながることはないと考えるべきであり、目立つのは、棚卸資産残高の増加であろう。 期末に仕入が増加した結果、棚卸資産残高が増加したのであれば、貸借対照表では、買掛金や未払金といった負債科目の残高も増加しているはずであるが、棚卸資産について粉飾を行っている場合には、そうした傾向はみられない。 (3) 棚卸資産以外の資産の過大(架空)計上による粉飾 卸売業・販売業以外の業種、例えば、建設業では「未成工事支出金」、サービス業では「前渡金」などの勘定科目において、本来、当期の工事原価、役務提供の原価として処理すべき費用を資産計上することにより、粉飾が行われることが多い。 2 ソフトウエア開発業者における棚卸資産の水増し (1) 棚卸資産水増しの手口 ソフトウエア開発業者が、本来は当該事業年度の売上原価又は販売費及び一般管理費となるべき費用を開発中(まだ売上計上に至っていない)のソフトウエアに係る仕掛品として計上し、売上原価又は費用を先送りすることにより、粉飾決算を行う事例も多い。 一般に、こうした企業では、以下のような仕訳を行い、財務諸表を作成している。 例えば、得意先からの受注に基づくソフトウエアが完成して売上を計上する際に、その開発原価に算入すべきコスト(SEコスト)が合計2,000であった場合の本来の仕訳を考える。 ここで、この売上原価に対応する受注(売上)額が十分な利益を計上できる額であればいいのだが、赤字受注であったり、見込以上にコストがかかったりして、粉飾に手を染める必要が生じることもある。そこで、以下のように仕訳を変更する。 例えば、受注額は1,500であり、赤字商談となってしまったと仮定する。 本来、売上原価として2,000を計上して500の損失を認識しなければならないところを、架空の資産(仕掛品)1,000を計上することによって同額を当期の売上原価から棚卸資産へ振り向け、決算は一転して、500の黒字となる。 翌期に大口商談が控えている場合などは、こうした手口で損失を先送りしても、将来、挽回することができるかもしれない。また、上場を目指して赤字決算が許されないような状況で、こうした粉飾に手を染める企業も多い。もちろん、仕掛品そのものには資産価値はなく、経費のキャッシュアウトを補う収入があるわけではないから、こうした手口を繰り返すだけでは、早晩、資金的な行き詰まりから、粉飾は破綻することになる。 (2) 会計監査で問題にされない理由 こうした粉飾が会計監査で問題にされづらいのは、 などを理由とするが、そもそも、開発部門以外の管理部門、内部監査部門などが、受注した商談とそこに算入すべき開発コストの対応関係にまで踏み込んで、是非を判断することは難しいと考えられる。ましてや、会計監査において、開発部門の恣意的な損益調整を発見することは困難であろう。 3 棚卸資産の過大計上に関する判決(東京地方裁判所平成22年9月10日判決) (1) 事例の概要 X社は、平成10年9月期から、棚卸資産を実際よりは過大に計上する方法により、粉飾決算を行っており、その総額が約20億円となったことから、平成14年12月期において、これを前期損益修正損として一括して損金の額に算入し、法人税の申告を行った。 しかし、この「前期損益修正損」を平成14年12月期の課税所得の計算上損金の額に算入することは、法人税法上は認められない。確定した決算で前期損益修正損を計上したうえで、その前期以前の各事業年度の税額計算の基礎となった課税標準の額に誤りがあったことを理由に、更正の請求を行うというのが、法人税法の規定である。 平成17年7月に行われた税務調査(前回調査)では、調査を担当した税務職員は、粉飾決算の事実を告げられながら、本件損失について修正申告を求めることがないまま調査を完了した。その後、平成19年10月に行われた税務調査(今回調査)では、平成14年12月期の損失が否認されるとともに、その後の事業年度における繰越欠損金の当期控除額の過大額を否認する更正処分がされた。 本訴訟では、今回調査による平成14年12月期申告に対する更正処分が適法であるどうか、前回調査で修正をさせなかったにもかかわらず、今回調査で更正処分を行ったことが、信義則違反に問えるかどうかが争われた。 (2) 裁判所の判断 平成14年12月期の損失は、平成10年9月期から平成14年9月期までの各事業年度の売上原価であるから、平成14年12月期の売上原価ではなく、平成14年12月期の損失にも該当しない。さらに、平成14年12月期の販売費、一般管理費その他の費用に該当しないことは明らかであり、法人税法22条3項に規定する当該事業年度の損金に算入すべき金額ではない。したがって、当該更正処分は適法である。 処分行政庁が前回調査時に本件粉飾の事実を認識していたとしても、更正をするかどうかは処分行政庁の裁量に属する事項であって、処分行政庁が更正をしなかったことが違法であるということはできない。 (3) 信義則(禁反言の法理)違反 原告(納税者)による信義誠実の原則に反するという主張に対して、裁判所は、「税務職員の見解の表示のすべてが信頼の対象となる公式見解の表示」となるものではなく、「少なくとも、税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解の表示」でなければ、租税法律関係における信義則の適用はないとしている。 この点、平成25年1月より施行された改正国税通則法では、本件の平成14年12月期申告のように税務調査の結果、修正申告の勧奨がなされなかった場合には、「更正決定等をすべきと認められない旨の通知」が税務署長名で交付されることから、納税者として、課税庁の信義則違反を問える可能性が高まるのではないかと思料する。 * * * 次回は、粉飾のもう一つの手口である架空売上について、最近判明した不正事例をもとに検討を進めたい。 (了)
法人税の解釈をめぐる論点整理 《減価償却》編 【第2回】 弁護士 木村 浩之 (前回はこちら) 3 固定資産の取得価額 (1) 問題の所在 固定資産の取得価額は、減価償却の計算の基礎となるものであり、ある費用が固定資産の取得価額に算入されるか否かによって、損金算入のタイミングが異なることになる。また、少額の減価償却資産等の該当性を判断するに当たっての基礎ともなる。 そこで、税務調査等においては、「特定の費用が取得価額に含まれるか否か」が問題となることが多いといえる。 法人税法においては、固定資産の取得原因ごとに取得価額の計算方法が規定されているが、以下では、その代表的なものとして、資産を購入した場合の取得価額を例にして解説することとしたい。購入資産の取得価額については、次に掲げる金額の合計額とされている(法令54①一)。 このことから明らかなように、資産の購入代金のみならず、その運賃や手数料などの資産の取得に付随する費用も含まれる。また、それ以外にも、資産を事業の用に供するための費用も含まれるとされており、結局のところ、資産の稼働開始に至るまでの支出の総額が取得価額となることに注意する必要がある。 このように、固定資産の取得価額をめぐっては、 ① 資産の取得に付随する費用に該当するか、 ② 資産を事業の用に供するために直接要した費用に該当するか が問題となる。 (2) 資産の取得に付随する費用の意義 固定資産は、その取得後、将来にわたって収益が実現するものであり、費用と収益を対応させる必要があるところ、そのことは資産の取得に付随して支出される費用であっても同様と解される。 そこで、このような付随費用は、支出時の損金ではなく、固定資産の実質的な対価として、その取得価額に含まれるものとされている。 例えば、物件の取得に際し、不動産仲介業者に支払った手数料(東京地判昭和50年8月28日・行集26巻7・8号944頁)がこれに含まれることはもちろん、物件を競落取得する目的で競売屋に対し支払われた情報収集のための手数料(横浜地判昭和昭和52年3月30日・行集28巻3号286頁)、物件を取得する際に支出された紛争解決金、和解金、立退料なども取得価額に含まれることになる(東京高裁昭和50年7月23日・税資82号496頁など)。 このように、資産の取得に関連して支出される費用については、広く付随費用として取得価額に含まれることになるものと解される。 (3) 資産を事業の用に供するために直接要した費用の意義 資産を取得した後、事業の用に供するために要した費用については、間接的なものを含めると無制限に広がるおそれがあることから、「直接」要したものに限定されている。したがって、付随費用ほどは広く解されないのであり、ある程度具体的な個別の対応関係が必要である。 例えば、資産取得後に何らかの紛争が生じ、その解決のために一定の費用が生じた場合であっても、通常は取得価額に含まれることはない。この点、裁判例においても、土地建物の買受けについて売買契約、代金支払い、所有権移転登記のすべてが完了した後に支払われた紛争解決金は、取得価額には含まれないとされた事例がある(東京地判昭和40年4月2日・税資54号694頁参照)。 他方、資産の取得時において、その取得後に一定の費用を支出することがもともと予定されていた場合には、個別的な対応関係が認められるのであり、取得価額に含まれることになる(東京地判昭和49年8月30日・行集25巻8・9号1086頁参照)。 このように、資産取得後の費用については、その資産を事業の用に供することと個別的な対応関係が認められる限りにおいて、取得価額に含まれることになる。 (4) その他の論点 ア 寄附金と取得価額の関係 資産の取得に際しては、その資産を円滑に取得するために、寄附金としての性質を有する費用の支出が必要となる場合がある。そのような場合、寄附金の支出が資産の取得に不可欠であるか、あるいは寄附金が資産の取得と直接関連性を有していると認められる限りにおいて、その寄附金の額も取得価額に含まれることになる(東京地判昭和49年10月30日・税資77号304頁参照)。 逆に、資産の購入代金に含まれるものであっても、その代金が高額であって時価との差額が実質的な贈与と認められる場合には、その差額に相当する部分は形式的な対価であって実質的な対価ではないといえることから、寄附金として取り扱われ、取得価額には含まれないことになる。この場合、資産の時価が取得価額となる(法基通7-3-1参照)。 イ 複数の資産を一括で取得した場合 複数の資産を一括で取得した場合、例えば、土地と建物を一括で取得した場合に、その内訳が客観的に明らかにされていないときは、各資産の取得価額をどのように判定するかという問題がある。これについては、明確に金額の内訳が合意されていない以上、合理的な基準によって相当な金額に按分する必要がある。 なお、裁判例において合理的な計算方法であると認められたものとして、土地と建物の固定資産評価額の割合による按分計算がある(東京地裁昭和47年12月14日・税資66号1216頁)。 ウ 建物の取壊し費用 減価償却資産たる建物を取り壊した場合に未償却残高がある場合は、通常は、その残高相当の除却損を計上することになる。もっとも、その建物を敷地の所有権又は借地権と共に取得した後、短期間のうちに建物を除却するなど、当初から建物を取り壊して敷地を利用する目的であったと認められる場合には、建物の取得費用は実質的には敷地の所有権又は借地権の取得の対価的性質をもつとみるのが相当であり、敷地の所有権又は借地権の取得価額に含まれると解されている(東京高裁昭和51年6月30日・税資89号106頁)。 この点、通達では、短期間というのは概ね1年をいうものとされており、実際に1年以内に取り壊しがなされた場合には、当初から取り壊す目的があったものと事実上推認されることになる(鳥取地判昭和57年6月24日・税資123号769頁参照)。 ただし、これは事実上推認されるにすぎないものであることから、取壊しが建物取得後に生じた事情によってなされたものと認められれば、結果的に1年以内に取壊しがなされたとしても、取得価額には含まれないことになる。逆に、1年経過後に取壊しがなされたとしても、それが当初からの目的であったと認められる場合には、取得価額に含まれることになる。 次回は少額の減価償却資産をめぐる論点について整理する。 (了)
組織再編税制における不確定概念 【第10回】 「損失の二重利用②」 公認会計士 佐藤 信祐 前回(第9回目)では、子会社株式の譲渡と適格合併を利用して損失を二重に利用するケースについて解説を行った。 これに対し、第10回目では、包括的租税回避防止規定が適用された事案として、パチンコ店約40グループが適格組織再編成を繰り返すことにより、損失を二重、三重に利用した事案についての解説を行う。 1 基本的な取扱い 適格分社型分割を行った場合には、分割法人が保有する資産及び負債が分割承継法人に対し、簿価で譲渡されることになる(法法62の3)。すなわち、分割承継法人は資産及び負債を簿価で取得したものとみなされ(法令123の4)、分割承継法人に移転した簿価純資産価額が、分割法人が取得する分割承継法人株式の取得価額となる(法令119①七)。 その結果、分割法人における移転資産の含み損益は分割承継法人株式の含み損益に振り替えられることになる。 すなわち、移転資産に含み損がある場合には、分割法人においては分割承継法人株式の含み損に振り替えられ、分割承継法人においては移転資産の含み損として認識することになるため、含み損が二重に発生するという問題がある。 さらに、グループ内の適格分社型分割の判定においては、分割時点だけでなく、分社型分割後においてもグループ関係が維持されることが見込まれている必要があるが、直接保有だけでなく、間接保有を含めた上で、当該グループ関係の判定を行うことになるため、適格分社型分割に該当する場合であっても、グループ間で子会社株式を譲渡することにより、子会社株式に係る譲渡損益が実現するケースは十分に考えられる。 具体的には、下図のケースである。 【適格分社型分割】 〈現状〉 〈ステップ1;新設分社型分割〉 〈ステップ2;A社株式の譲渡〉 上記のケースにおいては、新設分割の直後においては父親が分割法人P社の発行済株式のすべてを直接に保有し、分割承継法人A社の発行済株式のすべてをP社を通じて間接に保有しているが、息子にA社株式を譲渡することにより、父親とその親族である息子を合算すると、分割法人P社と分割承継法人A社の発行済株式のすべてを直接に保有することになる。 そのような場合であっても、同一の者が分割法人と分割承継法人の発行済株式のすべてを直接又は間接に保有することが継続することが見込まれているため、100%グループ内の適格分社型分割として処理されることになる(法法2十二の十一イ、法令4の3⑥二)。 なお、適格分社型分割は、簿価で資産及び負債を譲渡したものとみなすと規定しているだけで、分割承継法人株式の時価が簿価純資産価額であることまでは規定していない。すなわち、このような適格分社型分割により取得したA社株式であっても、息子に譲渡する段階では、時価で譲渡する必要が生じる。すなわち、分割承継法人A社に移転した資産に含み損がある場合には、P社がA社株式を息子に譲渡した段階でA社株式譲渡損が発生することになる。 また、完全支配関係のある内国法人間における資産の譲渡につき、譲渡損益を繰り延べるというグループ法人税制の規定については、内国法人から個人に対する資産の譲渡であるため、本件取引においては適用されない。 その結果、P社(分割法人)においてはA社株式の譲渡損益が実現し、A社(分割承継法人)においては、移転資産を売却した時点で資産の譲渡損益が実現することから、二重の譲渡損益が発生してしまうことも考えられる。 具体的には、分社型分割により帳簿価額10億円、時価1億円の資産を適格分社型分割により分割承継法人に移転させた場合には、P社におけるA社株式の帳簿価額は10億円になり、A社における資産の帳簿価額は10億円になることから、両社において含み損を抱えることになるため、将来の株式の譲渡や移転資産の譲渡により、含み損を実現させることにより、両社において9億円の譲渡損が発生することになる。 無論、このような損失の二重利用を目的とした組織再編行為については、包括的租税回避防止規定の適用が考えられるが(法法132の2)、グループ内の資本構成を整備する中で、結果的に損失の二重利用が行われ、包括的租税回避防止規定を適用することができないようなケースが生じることもある。 たとえば、上記のケースにおいては、A社に移転する事業を息子に先行的に承継させたいというニーズがある場合には、上記のストラクチャーは有効な手段であり、これを否認することは難しいと考えられる。また、本連載の第6回目(意図的な含み損の実現)で解説したように、分割承継法人株式を譲渡したものについて、仮装行為であるという認定も難しいと考えられる。 すなわち、実務上、これを否認するためには、①含み損のある資産をA社に移転したことが仮装行為に該当するか否か、②譲渡予定の資産をA社に移転したことについての経済合理性があるか否かの2点が問題になると考えられる。 前者については、書面上だけでなく、実質的にも、資産の移転が行われているか否かの事実認定が行われることになり、税務調査においても、重要な調査項目になると思われるが、実際にはそのような否認が難しいことの方が多いと考えられる。 また、後者についても、分割事業に関連する資産であれば、たとえ短期間に譲渡することが見込まれていたとしても、経済合理性のある取引であると認定されよう。 したがって、上記のように二重に損金が発生するという問題があるにせよ、租税回避行為として認定されることは少ないと考えられる。 2 否認され得るケース このように、通常であれば、二重に損金が発生するという問題があるにせよ、経済合理性のある取引として処理されることの方が多いと考えられる。しかしながら、適格組織再編成を繰り返すことにより、欠損法人を数珠並びにすることが可能である。 具体的には、以下の事例を参照されたい。 【適格分社型分割】 〈現状〉 〈ステップ1;新設分社型分割〉 〈ステップ2;A社株式を現物出資対象資産とする新設現物出資〉 〈ステップ3;A社株式の譲渡〉 〈ステップ4;X社株式の譲渡〉 上記のストラクチャーにおいては、A社を設立するだけでなく、当該A社株式を現物出資対象資産としてX社に移転することにより、含み損が三重になっている。 上記のストラクチャーにおけるP社、X社及びA社の仕訳は、以下の通りである。 なお、上記では、適格現物出資によるストラクチャーを前提としたが、それ以外にも、①A社株式を分割対象資産とする適格分社型分割、②A社を株式移転完全子法人とし、X社を株式移転完全親法人とする適格株式移転によるストラクチャーにおいても同様の結論となる。さらに、息子にそれぞれの法人の株式を譲渡する前に、X社株式を現物出資対象資産としてY社を設立、Y社株式を現物出資対象資産としてZ社を設立といったことを繰り返せば、欠損法人を無限に設立することが可能となる。 さらに、本ストラクチャーにおいては、適格組織再編成によって特定支配関係が生じているため、法人税法施行令第113条の2第6項により、「特定株主等によって支配された欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用」の適用から除外される。 しかしながら、このようなストラクチャーについては、A社の設立はともかくとして、X社の設立については何ら経済合理性がなく、欠損法人を作り出すためだけに行われたストラクチャーであると考えられる。そのため、本来であれば、包括的租税回避防止規定を適用し、このような欠損法人(X社)において発生したA社株式譲渡損を否認すべきであると考えられ、パチンコ店約40グループが適格現物出資を繰り返した行為について租税回避行為として否認された事例(平成24年2月12日、読売新聞朝刊より)は上記の根拠に基づいて否認されたものであると推定される。 しかしながら、このような問題が生じる理由としては、適格分社型分割により分割法人が取得した分割承継法人株式、適格現物出資により現物出資法人が取得した被現物出資法人、適格株式交換により株式交換完全親法人が取得した株式交換完全子法人株式及び適格株式移転により株式移転完全親法人が取得した株式移転完全子法人株式について、適格組織再編成後に短期間で譲渡が行われる場合についても、その損金性を認めていることが原因であると考えられる。 そのため、将来の税制改正により、法人税法62条の7に規定する特定資産譲渡等損失の損金不算入のように、一定期間においては、上記のような株式の譲渡から発生する損失について、損金算入制限を課すべきであると考えられる。 (連載了)
税務判例を読むための税法の学び方【12】 〔第4章〕条文を読むためのコツ (その5) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 (前回はこちら) (4 主文の主要素を見極める方法) ⑤ 対句に着目して整理する 「対句」といった場合、様々なものが考えられるが、ここでは文章内に同じような表現が繰り返されている場合を指す。 文章内に同じような表現が繰り返されている場合には、この同じような表現である部分を活用して条文を簡略化するということが行われる。先に書いた「② 並列的内容の事項の併置に着目して整理する」と似ているが、これと異なり「語句」ではない条文上の表現に着目して整理する方法である。この単純な例としては、地方税法第51条第2項を上げることができる。 この場合には、「・・・によって申告納付するものにあっては・・・、・・・によって申告納付するものにあっては・・・」が対句の形になっている。この条文は「(A)によって申告納付するものにあっては(B)、(C)によって申告納付するものにあっては(D)」となっており、この対句表現に着目することにより、(A)の場合が(B)、(C)の場合が(D)となることが分かる。 もう一つ別の表現のものを見よう。 所得税法第166条 は、以下のようにある。 このカッコを省略すると、以下のようになる。 この場合には、「・・・とあるのは・・・と、・・・とあるのは・・・と、・・・とあるのは・・・と、・・・」というように、「・・・とあるのは・・・と」が6回繰り返されている。 条文は一見長文で読み難そうではあるが、要は「・・・とあるのは・・・と読み替えるものとする。」として6つの事項が規定されているだけであり、各々「とあるのは」の前にある語句を後にある語句に読み替えるだけであり、整理ポイントさえ分かれば解釈しやすい条文である。 さらに一つ、別の表現のものを見よう。 所得税法第2条42号では「出国」を定義しているが、以下のようにある。 このカッコを省略すると、以下のようになる。 この場合には、「・・・については、・・・を有しないこととなることをいい、・・・については、・・・を有しないこととなることをいう」が対句の形になっている。 この条文は「(A)については、(B)を有しないこととなることをいい、(C)については、(D)を有しないこととなることをいう」となっており、この対句表現に着目することにより、(A)の場合が(B)を有しない、(C)の場合が(D)を有しないこととなることが分かる。 この条文もまた一見長文で読み難そうではあるが、カッコを除いた上で対句による整理ポイントさえつかめれば、解釈しやすい条文である。 (了)