分割の後に合併があった場合の 分割承継法人及び合併法人における 試験研究費の特別控除 日本税制研究所研究員 朝長 明日香 【問】 当社は、数年前よりA社及びB社の発行済株式の100%を有しています。 A社は、従来から2つの商品の研究開発事業を行ってきましたが、経営の効率化のため、平成24年8月1日に、当社との間で当社を分割承継法人とする適格分割を行い、P1商品の開発事業を当社に移転しました。 その後、平成25年10月1日に、A社とB社との間でB社を合併法人とする適格合併が行われ、A社は解散し、P2商品の開発事業がB社に移転されました。 当社及びB社においても、従来から、それぞれ独自に商品の研究開発事業を行っていましたが、当社及びB社がそれぞれ当期(平成25年4月1日から平成26年3月31日まで)に試験研究を行った場合の法人税額の特別控除の適用を受けるに当たって、A社から移転を受けた研究開発事業に係る試験研究費の額や売上調整年度の売上金額の取扱いが分かりませんので、ご教授下さい。 なお、いずれの法人も、事業年度は、毎年、4月1日から3月31日までとなっています。 【回答(要旨)】 分割承継法人や合併法人における増加型の比較試験研究費の額若しくは基準試験研究費の額、高水準型又は総額型の売上調整年度の売上金額の算定方法に関しては、いずれも分割法人や被合併法人の試験研究費の額又は売上金額を加味するという考え方が採られている。 本稿では、増加型の比較試験研究費の額を例にとって説明することとする。 貴社は、原則として、貴社の調整対象年度の試験研究費の額に、平成22年4月1日から平成24年7月31日までの期間のA社のP1商品及びP2商品の開発事業に係る試験研究費の額を加算して、比較試験研究費の額を計算することとなる。ただし、届出をすることにより、P1商品の開発事業に係る試験研究費の額のみを加算して計算することが可能である。 B社は、B社の調整対象年度の試験研究費の額に、平成22年4月1日から平成25年9月30日までの期間のA社のP1商品及びP2商品の開発事業に係る試験研究費の額を加算して、比較試験研究費の額を計算することとなる。 各法人の各事業年度における試験研究費の額を下図のとおりと仮定し、貴社及びB社における取扱いを具体的な数値を用いて述べることとする。 〈各法人の各事業年度における試験研究費の額〉 ※1 「基準日」とは、適用年度開始の日前3年以内に開始した事業年度のうち最も古い事業年度開始の日をいう。 ※2 690,000円のうち、分割の日の前日を事業年度終了の日とした場合にその事業年度に係るものとみなされる金額は、230,000円とする(計算方法に関しては、次の1(1)ⅱ注記を参照されたい)。 1 貴社(分割承継法人)における取扱い (1) 原則による場合 分割承継法人の基準日から適用年度開始の日の前日までの期間内に行われた分割に係るその分割承継法人の適用年度における比較試験研究費の額の計算の基礎となる試験研究費の額は、その基準日から分割の日の前日までの期間内の日を含む各事業年度(以下、1において「調整対象年度」という)については、その各調整対象年度ごとに次のⅰとⅱの金額を合計した金額をもって各調整対象年度に係る試験研究費の額とすることとされている(措令27の4⑫二)。 上記注書きからも分かるとおり、比較試験研究費の額の計算上加算することとなる分割法人の月別試験研究費の額は、原則として、移転事業に係るものとそれ以外のものとを区分せず計算することとされているため、貴社は、調整対象年度である平成23年3月期から平成25年3月期までの期間におけるA社のP1商品及びP2商品の開発事業に係る試験研究費の額の合計額を加算して適用年度の比較試験研究費の額とすることとなる。 (2) 特例による場合 分割法人が、納税地の所轄税務署長の認定を受けた合理的な方法によって各事業年度の試験研究費の額を移転事業に係るものと移転事業以外の事業に係るものに区分している場合において、分割法人及び分割承継法人のすべてがそれぞれの納税地の所轄税務署長に特例の適用を受ける旨の届出をしたときは、上記(1)ⅱにおける月別試験研究費の額の合計額は、分割法人の月別試験研究費の額のうち移転事業に係る金額(月別移転試験研究費の額)の合計額とすることとなる(措令27の4⑭二・⑮)。 このため、貴社が特例の適用を受ける場合には、平成23年3月期から平成25年3月期までの期間のA社の試験研究費の額のうち、移転を受けたP1商品の開発事業に係る金額のみを加算の対象とすることができることとなる。 本件のように、分割法人が移転事業の他にも研究開発業務を行っているような場合には、特例の適用を受ける方が有利となる。 なお、試験研究費の法人税額からの控除は、確定申告の時に行うこととなるが、上記の特例の認定の申請及び届出は、分割の日以後2月以内に行うこととされているため(措規20⑦・⑫)、この申請及び届出を失念することのないように、十分に注意する必要がある。 2 B社(合併法人)における取扱い 適用年度において行われた合併に係る合併法人(新設合併に係るものを除く)の適用年度における比較試験研究費の額の計算の基礎となる試験研究費の額は、その基準日から適用年度開始の日の前日までの期間内の日を含む各事業年度(以下、2において「調整対象年度」という)については、その各調整対象年度ごとに次のⅰとⅱの金額を合計した金額をもって各調整対象年度に係る試験研究費の額とすることとされている(措令27の4⑫一)。 このため、B社においても、平成23年3月期から平成25年3月期までの期間のA社のP1商品及びP2商品の開発事業に係る試験研究費の額の合計額を加算して適用年度の比較試験研究費の額を計算しなければならないこととなる。 3 まとめ 以上のように、貴社(分割承継法人)は、特例の適用を受けることにより、A社(分割法人)の移転事業に係る試験研究費の額のみを加算して比較試験研究費の額の計算をすることが可能となるが、現行の法令の規定上は、本件のように分割の後に合併を行うといったケースにはこのような特例は設けられておらず、B社(合併法人)は、既に分割承継法人に移転した事業に係る試験研究費の額についても、これを加算した金額で制度の適用可否の判定等を行わなければならないこととなっている。 合併法人は移転を受けていない事業に係る試験研究費の額までも加味して制度の適用の可否等を判断しなければならないこと、また、分割法人の過年度の試験研究費の額が分割承継法人及び合併法人において重複して計算の基礎とされることには、多分に疑問が残らざるを得ないが、現行の法令の規定においては、このような取扱いとなると解さざるを得ない。 なお、上記の取扱いは、適格分割や適格合併に限定されたものではなく、非適格分割や非適格合併であっても同様の取扱いをすることとなる。 (了)
企業不正と税務調査 【第8回】 「従業員による不正」 (2) 営業部門・購買部門社員による横領 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 最も不正を行う機会に接している従業員は経理部門の社員であり、しかも出納業務を1人で任されている者であることは前回説明したとおりである。 今回は、「経理部門以外の従業員」のうち、営業部門・購買部門社員による横領事件を取り上げる。 前回の経理部門社員による不正との大きな違いは、単独で不正を行うことはできず、必ず「共犯者」が存在するということである。したがって、不正の発見にあたっては、共犯者の存在をうかがわせるような兆候を見つけることがポイントになる。 1 営業部門社員による不正の事例 ここでは、ネットワンシステムズ株式会社(以下、「ネットワン社」と略称する)が去る2013年3月8日に公表した「当社元社員による不正行為に係わる調査結果に関するお知らせ」をもとに、同社の元社員が中心となって行なった不正――架空発注した外注費の横領――について、その手口、不正発覚を回避するための隠蔽工作、不正が長く発見されなかった理由などを検証したい。 なお、本事例の詳細については、拙稿「会計不正調査報告書を読む【第6回】」を参照いただきたい。 (1) 会社による発表(3月8日付リリースより引用) (2) 不正の手口 不正の手口としては、Z社を架空の発注先として使い、ネットワン社の得意先の銀行でシステム部門を担当する元行員Bが横領する金員の原資となる商談を銀行内で確実に実行させるよう手を尽くし、ネットワン社元社員Aがネットワン社社内手続を行わせて、Z社に対して架空発注と支払いを行わせ、別のシステム会社の元社員Cが騙取した金銭を現金化して配分する役目を分担していた。 〔ネットワン社架空外注費の横領事例〕 (3) 不正発見の経緯と隠蔽工作 2012年2月から国税局による税務調査が行われ、Z社に対して支払った外注費に実体がない(原価性が認められない)のではないかという疑いが生じた。 元社員Aは、対応に当たる財務経理部門や営業担当者に対し、シナリオに沿った回答をするよう指示し、自らは、Z社が納入した「成果物」と称するDVDを捏造し、Z社が納入したものであるかのように偽装して国税局に提出した。 長引く税務調査の重大性を経営陣が認識したのは同年11月、税務調査対応メンバーではない業務管理グループの担当者が、強い懸念を担当役員に報告したことをきっかけに、外部弁護士を加えた調査チームが設置されることとなった。 2 営業部門・購買部門担当者による不正の特徴 (1) 必ず共犯者(社内・社外)が存在すること (2) 不正実行者の特徴 (3) 不正を生みやすい土壌 3 税務調査により発覚するパターン (1) 支払先から見た不審点 ネットワン社の事例では、「アパートの一室を本社とし、代表1名で事業活動を行っている」「売上高約5,000万円」の規模であったZ社に対し、多額の外注費が支払われていたことが国税調査官の不審につながり、外注費に作業実体があるかどうかが、税務調査で問題となった。 このように支払先の規模、実績などから見て、多額の発注がされた場合、とりわけ個人名義の口座への支払いは、税務調査において必ず納品物や提供された役務に内容について確認がされ、不審点については徹底した調査が行われる。 (2) 反面調査 同時に、調査対象法人の説明の裏付けを取るため、支払先に対し反面調査が行われる。納品物の確認、請求書類等の照合はもちろん、反面調査先の帳簿等を検めて、不審な支出(キックバック)がないか、確認される。 さらに、帳簿等に不審な点があれば、反面調査先の取引銀行において、口座の入出金履歴が調査され、資金の流れを明らかにされる。 上記のネットワン社の事例では、支払先であるZ社だけでなく、騙取した金銭を分配する役割を担っていた別のシステム会社元社員Cのところへも反面調査が入り、同社特別調査委員会の調査の結果、ネットワン社の調査の結果で明らかになった不正以外にも架空発注が疑われる取引があったことが判明している※。 ※ITホールディングス株式会社「当社子会社の元従業員による不成功に係る調査結果に関するお知らせ」 (3) 銀行調査 騙し取った資金の流れを解明するため、従業員名義に預金口座も税務調査の対象となる。上記のネットワン社の事例では、AとCは、過去に、銀行振込により得た利益を申告していなかったことが税務署に発覚して5年分の修正申告を行った経験を有していることから、金銭の授受はすべて現金で行っており、自宅に多額の現金を保管していたらしく、国税局の銀行調査だけでは、資金の流れは把握できなかったようである。 * * * 次回は、従業員による不正をいかに防止し、早期に発見するかについて、税務調査の手法を参考にしながら、検討したい。 従業員による不正を防ぎ、早期に発見するための仕組みを構築することは、会社が経済的損失を出さないために必要であることは言うまでもないが、同時に、従業員を犯罪者にしないためにも、必要なことである。 (了)
組織再編税制における不確定概念 【第8回】 「適格合併における繰越欠損金の利用②」 公認会計士 佐藤 信祐 前回(第7回目)においては、支配関係が生じてから5年経過するまで待つ場合、みなし共同事業要件を形式的に充足させる場合についてそれぞれ解説を行った。 第8回目の本稿においては、さらに発展させた論点として、繰越欠損金を利用するための企業買収と適格合併、繰越欠損金飛ばしスキームについてそれぞれ解説を行う。 1 繰越欠損金を利用するための企業買収と適格合併 『平成13年版改正税法のすべて』(大蔵財務協会)244頁では、包括的租税回避防止規定が適用される具体例として、「繰越欠損金や含み損のある会社を買収し、その繰越欠損金や含み損を利用するために組織再編成を行う」ものが挙げられている。 しかし、支配関係が生じてから合併事業年度開始の日まで5年を経過していない場合には、繰越欠損金の引継制限が課されており(法法57③)、それ以外の場合において、包括的租税回避防止規定を適用することは行き過ぎであると思われる。 さらに、平成18年度税制改正において、「欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用(法法57の2)」が導入されたことにより、「繰越欠損金や含み損のある会社を買収し、その繰越欠損金や含み損を利用するために組織再編成を行う」ことは難しくなってきている。 したがって、繰越欠損金や含み損のある会社を買収し、その繰越欠損金や含み損を利用するために、適格合併を行ったものとして、包括的租税回避防止規定が適用されることは稀であると考えられる。 なお、企業買収の現場において、繰越欠損金を利用することができるという節税効果を買収価格に上乗せするということが行われているが、法人税、住民税及び事業税の支出額を軽減する効果については、将来キャッシュ・フローを改善させるものであることから、繰越欠損金を利用することができるという節税効果を買収価格に上乗せたとしても、それ自体によって包括的租税回避防止規定を適用すべきものではないと考えられる。 これは、被買収会社の将来収益力だけでは繰越欠損金が使いきれない場合において、買収会社と合併を行うことにより繰越欠損金を利用するという行為が前提となっていたとしても、同様であると考えられる。 ※なお、ヤフー株式会社がソフトバンクIDCソリューションズ株式会社との合併について租税回避行為として否認された事例(平成22年6月30日、ヤフー株式会社によるプレスリリースより)では、株式譲渡契約において繰越欠損金が課税当局によって修正された場合の売却価格調整事項が存在することが書かれているため、これを課税当局が問題視した可能性もあり得る。 この点につき、太田洋弁護士は、「そもそも、M&Aの実務において、税効果に関する表明保証条項やそれについて違反があった場合の補償条項(Tax Indemnification条項)が入ることは、欧米におけるM&Aの契約実務では広く行われており、特に、税務上の繰越欠損金の存在及びその将来における利用可能性が、当事者間で定められた買収対価の額の前提となっているような場合には、このような条項が用いられることはごく一般的である(このような税務上の繰越欠損金の将来における利用可能性が、買収対価の額をその分だけ減額する要因となっている場合には、それが覆った場合のリスク・ヘッジのために、買い手から、M&A契約実務に上記のようなTax Indemnification条項を挿入すべきことが主張されるのは、ある意味当然である)。」(西村あさひ法律事務所 太田洋・矢野正鉱編著『M&A・企業組織再編のスキームと税務』大蔵財務協会、464頁)と述べたうえで、「そうであるとすれば、M&A契約に上記のようなTax Indemnification条項が定められていたとしても、それを根拠として「異常で変則的な」取引と解すべきではなく、従って、そのことを法人税法第132条の2を適用すべき根拠として援用すべきではない。」(前掲書 465頁)とされている。 2 繰越欠損金飛ばしスキーム 子会社に繰越欠損金がある場合において、当該子会社で使用できるだけの十分な収益力がないときは、親会社において繰越欠損金を使用したいというニーズが生じる。 このような場合には、親会社と子会社の統合を考えるのが一般的であるが、稀に、繰越欠損金だけを移転したいというニーズが生じる。 すなわち、適格新設分社型分割により子会社の事業を新会社に移転し、抜け殻になった子会社を適格吸収合併により親会社に移転した場合には、繰越欠損金のみを親会社に移転することが可能となる(無論、ここでは、支配関係が生じてから合併事業年度開始の日まで5年を経過していることを前提としている)。 なお、この場合における税制適格要件の判定としては、合併については、親会社が子会社の発行済株式のすべてを直接又は間接に保有していれば適格合併に該当するが、50%超100%未満である場合には、従業者引継要件及び事業継続要件を満たすことができないため、このようなストラクチャーが行われるのは、100%グループ内の関係にある場合だけであろう。 これに対し、新設分社型分割については、新設分社型分割後に、分割法人である子会社が解散することが見込まれていることから、分割法人が分割承継法人の発行済株式のすべてを直接又は間接に継続して保有することが見込まれなくなるため、当該新設分社型分割が税制適格要件を満たすことができるか否かが議論になる。 この点については、平成15年度税制改正により、分割法人(子会社)が適格合併により解散することが見込まれている場合には特例が認められており、適格合併後に適格合併に係る合併法人(親会社)が分割承継法人の発行済株式のすべてを継続して保有することが見込まれている場合には、100%グループ内の適格分割の要件を満たすことができるようになった(法令4の3⑥)。 平成15年度税制改正については、複数の組織再編成が組み合わされることに対応したものであり、このような新設分社型分割及び合併を組み合わせたストラクチャーについても想定内であると考えられる。しかしながら、想定されていると予想されるストラクチャーの内容については、新設分社型分割によりすべての資産及び負債を移転するものではなく、一部の資産及び負債を移転するものであることは容易に想像がつく。 すなわち、合併により、親会社に子会社の事業や従業者の一部が移転するのであれば、このストラクチャーについては、現行法が予定している範囲内であることから、節税の範囲内であり、租税回避行為として認定すべきではない。さらに、親会社に子会社の保有している重要な資産(ex.不動産、有価証券など)を移転する場合についても、合併により資産を移転した方が、単純に資産を売却するよりも容易であることから、このようなストラクチャーを選択する経済合理性が認められる。 これに対し、子会社が抜け殻になってしまうようなストラクチャーについては、繰越欠損金を移転するためだけに行われたストラクチャーであり、経済合理性があるとは言い難い。 すなわち、このケースにおいては、そもそも組織再編成を行う必要性がなく、これら一連の行為については、繰越欠損金を移転するためだけの行為であるといえる。 したがって、包括的租税回避防止規定(法法132の2)を適用し、合併や分社型分割を行わなかったものとして、子会社の繰越欠損金を親会社に引き継ぐことを認めるべきではないし、そのような更正が行われるリスクは十分に考えられる。 また、前述のように、子会社の事業や従業者の一部を親会社に移転する場合や、子会社の重要な資産を親会社に移転する場合についても経済合理性が認められるが、めぼしい資産を移転しておらず、単純に資産を譲渡した方が容易であるような場合については、わずかな事業目的を外形的に作り出して、実行された組織再編成に経済的合理性があることを主張したとしても、税務調査においては認められない可能性があるという点に留意が必要である。 ※なお、上記のようなストラクチャーに対して、財務省主税局で法人税法の立法に関与されていた佐々木浩氏(税理士法人プライスウォーターハウスクーパース勤務)は、「ただ、平成13年度のスタートの頃は玉突きのものがそうなるのではないかと言われていましたよね。A社とB社があって、B社がA社に吸収合併されるのですが、同日にB社事業を分割で切り出して、A社にB社の欠損金だけ置いていくといったケース。これは、何の目的で合併と分割を行ったのかという理由がないのではないかと思われます。だから、欠損金の移転といった税目的としか考えられなく、経済合理性があるとはいえないような感じがします。昔話ですが。全体としては、きちんとした事業目的があるかを確認し、その事業目的が税目的より上位にこないと、なかなか説明するほうも苦しいでしょうし、最終的にどうなるのかということはあるにしても、少なくとも課税当局との論点となるのは避けがたいのではないかといった感じを持っていますが。」(『企業組織再編税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』仲谷修・栗原正明・中村慈美・佐々木浩・武井一浩著、一般財団法人大蔵財務協会、130頁)と述べられている。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【10】 〔第4章〕条文を読むためのコツ (その3) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 (前回はこちら) (4 主文の主要素を見極める方法) ③ 選択的接続詞「又は」「若しくは」による段階構造の分析 法令文において語句を選択的に結び付けるときには、「又は」と「若しくは」が用いられる。すなわち、複数の語句の中から1つを選択する場合に使われる。両者は、文字的意味の上では同じものであり、日常用語としては同じような意味で区別せずに使われている。 しかし、法令用語としての「又は」と「若しくは」は、明確に使い分けられている。 選択的接続詞を用いる場合で数個の語句を単純に並列するだけのときには、「又は」が使われる。選択肢が3つ以上であっても、同じ段階で並べて選択するときは、最初の接続は「、」でつなぎ、最後の部分を「又は」で結ぶ。すなわち、「A又はB」や「A、B又はC」「A、B、C又はD」というふうに表現される。 一方、選択的に列記される語句でも、意味の上で、あるいは語句のつながり方の関係から、単純に並列することができない場合がある。そのような場合には、「又は」のほかに「若しくは」を用いて段階の差異を示すことになる。すなわち、「又は」は大きな接続の段階で使い、小さな接続の段階には「若しくは」を使う。 すなわち、「AとB」で選択したものを、「C」と選択的に結び合わせる場合には、「A若しくはB又はC」と表現されることになる。 所得税法第10条には「金融機関その他の預貯金の受入れ若しくは信託の引受けをする者、金融商品取引業者又は登録金融機関で政令で定めるもの」とあるところを前回「①金融機関その他の預貯金の受入れ若しくは信託の引受けをする者」、「②金融商品取引業者」又は「③登録金融機関で政令で定めるもの」の選択であると図示したが、それは①~③が大きな接続の段階として「又は」で結び付けられているからである。 そして、小さな接続の段階として「①金融機関その他の預貯金の受入れ若しくは信託の引受けをする者」の中では、以下のようになるのである。 なお、この選択的接続が3段階以上になるときは、一番大きい段階の接続だけに「又は」を用い、その下の接続は段階がいくつあっても、すべて「若しくは」を用いる。 一般に、その場合の最も大きい接続に用いる「若しくは」を「大(おお)若しくは」、それよりも小さい接続に用いる「若しくは」を「小(こ)若しくは」と呼んでいる。なお、この「小若しくは」がさらに2段階以上になることもある。 この「大若しくは」も「小若しくは」も、共に「若しくは」と表示されているだけなので、どちらが「大若しくは」でどちらが「小若しくは」かは、語句の意味により解釈しなければならない。 所得税法第9条(非課税所得)第4号には「給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるもの」とある。 この下線部分を段階的に図で示せば、以下のようになる。 〔2015/8/31追記〕上図につき本稿掲載時に誤りがあったため修正を行った。 前回、同一用語の併置に着目して整理することを書いたが、ここでは「旅行をした場合」に着目して整理する。そして「又は」を一番上の段階の選択肢を結ぶものとして、「若しくは」を第2段階以降の選択肢を結ぶものとして整理していく。 この中の「就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族」においては、「就職若しくは退職をした者」と「死亡による退職をした者の遺族」が対比し、前者の「就職若しくは退職をした者」の中の「就職」と「退職」が対比している。すなわち「就職」の後に続く「若しくは」が「小若しくは」であり、「退職をした者」の後に続く「若しくは」が「大若しくは」である。 次に、「A又はB・・・(に係る)・・・C又はD」といえば、その組合せは、「A(に係る)C」、「A(に係る)D」、「B(に係る)C」及び「B(に係る)D」の4通りがあり、通常、これらのすべての組合せを含んでいる(いわゆるタスキ掛けあり)と解される。 (いわゆるタスキ掛けあり)の場合 しかし、場合により「A(に係る)C」、「B(に係る)D」の2通りの組合せのみ(いわゆるタスキ掛けなし)を意味する場合もある。 国税通則法第115条(不服申立ての前置等) 第2項には、「国税に関する法律に基づく処分についてされた異議申立て又は審査請求について決定又は裁決をした者は・・・」とある。 しかし、この下線部の「「A異議申立て」又は「B審査請求」について「C決定」又は「D裁決」をした者」においては、「「A異議申立て」について「C決定」をした者」と「「B審査請求」について「D裁決」をした者」であって、タスキ掛けにはならない。 これがタスキ掛けとなるかどうかは、内容から判断しなければならない。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載19〕 債務超過の適格分割型分割を行った場合の 資本金等の額と利益積立金額の計算 税理士 掛川 雅仁 【解説】 1 現行法人税法における適格分割型分割の場合の資本金等の額と利益積立金額の計算規定 現行法人税法における適格分割型分割の場合の資本金等の額と利益積立金額の計算規定は、次のように整理することができる。 それぞれの項目の増減金額を算式で示せば、次のとおりになる。 【分割承継法人】 増加資本金等の額(法令8①六) = 適格分割型分割に係る分割法人の分割減少資本金等の額 増加利益積立金額(法令9①三) = 移転資産の帳簿価額-(移転負債の帳簿価額+増加資本金等の額) 【分割法人】 ※分割移転割合・・・小数点以下3位未満切上げ 減少利益積立金額(法令9①十) = 移転資産の帳簿価額-(移転負債の帳簿価額+分割減少資本金等の額) ここで注目すべきは、次の2点である。 このうち、上記2)の分割承継法人の増加利益積立金額の計算は、分割法人の減少利益積立金額の計算と同様に、移転する純資産の帳簿価額から適格分割型分割に係る移転資本金等の額を減算した金額と規定されている。 つまり、現行法人税法における適格分割型分割の場合の資本金等の額と利益積立金額は、①まず、移転資本金等の額を計算し、次に、②移転利益積立金額を移転する純資産の帳簿価額から移転資本金等の額を減算した金額として計算する。 したがって、適格分割型分割に係る移転利益積立金額は、精緻な確定計算を行うのではなく、移転純資産の帳簿価額と移転資本金等の額との差額として計算するように規定されている。 2 平成22年度改正で逆転した組織再編成税制における利益積立金額と資本金等の額の関係 平成22年度改正前の組織再編成税制においては、適格分割型分割のように、法人に加えてその株主等も当事者となる適格組織再編成の場合には、課税関係を継続させるという観点から、過去の課税済み金額を引き継がせるとともに、資産・負債の帳簿価額を引き継がせて将来の課税の担保も引き継ぐべきである、という考え方が採られていた。 このために、平成22年度改正前の組織再編成税制においては、①まず、資産・負債・利益積立金額が引き継がれ、次に、②法人と株主等との間の取引があれば、資本の金額・旧資本積立金額(資本金等の額)は減少したり増加したりする、と整理されていた。 しかし、平成22年度改正においては、改正法の立案担当者は次のように説明して、改正前の組織再編成税制における利益積立金額と資本金等の額の関係を逆転させた。 この背景には、平成22年度改正において、分割型分割におけるみなし事業年度の廃止があると思われる。 ちなみに、平成22年度改正前の適格分割型分割における資本金等の額と利益積立金額の増減金額に関する規定を算式で示せば、次のとおりとなる。 【分割承継法人】 増加資本金等の額(法令8①六) = 移転資産の帳簿価額-(移転負債の帳簿価額+増加利益積立金額) 増加利益積立金額(法令9①四) = 適格分割型分割に係る分割法人の分割減少利益積立金額 【分割法人】 減少資本金等の額(法令8①十七) = 移転資産の帳簿価額-(移転負債の帳簿価額+分割減少利益積立金額) ※分割移転割合・・・小数点以下3位未満切上げ 3 現行法人税法における分割移転割合の上限・下限 ところで、平成22年度改正後の移転割合の計算において、移転簿価純資産価額(分子の金額)が前事業年度末簿価純資産価額(分母の金額)を超える場合には、単純に計算すると移転割合が1を超えてしまい、分割法人の資本金等の額を超える資本金等の額の減少が生じ、その結果、分割後の分割法人の資本金等の額がマイナスとなりかねない。 そこで、このようなことが生じないように、法令8①十五ロ括弧書において、移転割合の計算上、分子の金額(移転純資産の帳簿価額)が分母の金額(分割法人の分割前事業年度終了時の純資産の帳簿価額)を超える場合には、分子の金額は分母の金額と同額にする、と規定し、移転割合は1を上限とするとしている。 この結果、分割法人の資本金等の額を超える資本金等の額の減少は生じず、その結果、分割後の分割法人の資本金等の額がマイナスにもならず、最少でもゼロに留まるように手当てされている。 そのほか、次のように移転割合計算上の分子と分母の額の各種ケースを想定し、移転割合の上限・下限を定めて、分割後の分割法人の資本金等の額がマイナスとなったり、不適切な増加が生じないように手当てされている。 4 債務超過である分割法人が分割型分割を行った場合 分割法人が債務超過である場合には、その資本金等の額と利益積立金額とがプラスであるのかマイナスであるかによって、下表太線内のように上表のケースA・C・Dと関連付けて整理することができる。 ケースAは、分割法人の資本金等の額がマイナスの場合であるが、これは、分割法人が債務超過であるか否かを問わない。 なお、ケースBは、利益積立金額がマイナスだが、資本金等の額がそれより大きなプラスであるため、純資産額はプラスである場合も含むが、ここでの議論の大勢に関係しないので取り上げていない。 (1) 分割法人の資本金等の額がマイナスである場合(ケースA) 組織再編成やグループ法人税制の適用により、資本金等の額がマイナスとなっている分割法人が純資産の一部を移転した場合には、分割法人の資本金等の額はマイナスであるから、上表のケースAに該当する。 この場合には、分割移転割合は0とすると定められているため(法令8①十五括弧書)、減少する資本金等の額はゼロとなり、マイナスの資本金等の額は分割承継法人に移転せず、移転純資産の帳簿価額の全額が分割法人の利益積立金額の減少額となる。 【設例(1)】 次の貸借対照表の分割法人が資産500、負債300を分割承継法人へ移転した。 【分割法人の分割時の仕訳】 (2) 分割法人の資本金等の額がプラスである場合(ケースC・ケースD) 次に、債務超過である分割法人の資本金等の額がプラスである場合に分割型分割を行った場合の資本金等の額と利益積立金は、どのようになるかを検討する。 ケース①(債務超過である分割法人がプラスの純資産を分割承継法人に移転した場合) 債務超過である分割法人がプラスの純資産を分割型分割により分割承継法人に移転した場合に、分割法人の分割直前の資本金等の額がプラス(つまり、利益積立金額のマイナスを原因として、債務超過になっている状況)であれば、上表のケースDに該当する。 この場合は、分割移転割合は1とすると定められているため(法令8①十五括弧書)、移転する資本金等の額は分割法人の分割直前の資本金等の額の全額となる。その結果、分割法人の分割後の資本金等の額は0となる。 【設例2】 次の貸借対照表の分割法人が資産500、負債300を分割承継法人へ移転した。 ※分割直前の資本金等の額がプラスであり、分割前事業年度終了時の純資産の帳簿価額がマイナス(債務超過)であり、移転純資産がプラスである場合には、分割移転割合は1とする。 =400×1(分割移転割合は1とする) =400 【分割法人の分割時の仕訳】 しかし、このケースに関しては、次の観点から、実務家からの疑問が呈されている。 この点に関しては、稿を改めて検討したい。 ケース②(債務超過である分割法人がマイナスの純資産を分割承継法人へ移転した場合) それでは、債務超過である分割法人がマイナスの純資産を分割型分割により分割承継法人に移転した場合には、分割直前の資本金等の額がプラス(つまり、利益積立金額のマイナスを原因として、債務超過になっている状況)であれば、上表のケースのどれに該当するのであろうか。 【設例3】 設例2と同じ分割直前及び前事業年度末の貸借対照表の分割法人が資産300、負債500を分割承継法人へ移転した。 【分割法人の分割時の仕訳】(このまま単純に計算した場合) しかし、実際の条文では、上記計算の分割移転割合の分子は、300-500=▲200でなく、0とする規定がある。 条文(法令8①十五)では、分母(同号イ)が「減算した金額」と規定されている一方で、分子(同号ロ)は「控除した金額」と規定されている。 「控除」ということは、マイナスにならず、ゼロを限度とする場合に用いる法人税法上の用語である。 分子(同号ロ)も「減算した金額」と規定すると、マイナス(上記▲200)をマイナス(上記▲500)で除することで、資本金等の額がプラス(上記160)になるという不都合を回避しているわけである。 したがって、実は、このケースは、移転純資産がゼロという上表のケースCに収斂することになる。 分子(法令8①十五ロ)が「控除した金額」と規定されていることを考慮すれば、その結果は、次のとおりとなる。 この結果、移転純資産▲200から、減少資本金等の額0を減算した、▲200が利益積立金額の減少額となり、この場合の分割型分割の後では、分割法人の利益積立金額は200だけ増加することになる。 【分割法人の分割時の仕訳】 (参考文献:「『法人税の純資産』法人税法施行令8条・9条の口述コンメンタール」2012年9月20日第1版第1刷発行、〔著者〕濱田康宏、岡野訓、内藤忠大、白井一馬、村木慎吾、〔発行所〕中央経済社) (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第6回】 退職給付会計③ 「企業年金制度」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 〈事例による解説〉 退職給付債務の計算を依頼している受託機関からの報告によると、期首の退職給付債務は5,000で、当期に発生する勤務費用は500です。また、期末の退職給付債務の実際額は6,000です。一方、年金資産の受託機関からの報告によると、期首の年金資産は1,000で、期末の年金資産の時価は1,100です。 そして、当社で計算した利息費用は100で、利息費用の計算に用いた割引率は2%です。また、期待運用収益相当額は10で、期待運用収益相当額の計算に用いた期待運用収益率は1%です。さらに、年金基金に掛金を200支払っています。 未認識数理計算上の差異は翌期以降、従業員の平均残存勤務期間である15年、定額法で費用処理を行います。なお、税効果会計は適用していません。 〈会計処理〉 1 退職給付費用の計上 2 掛金の拠出 3 数理計算上の差異の計上 (仕訳なし) 〈会計処理の解説〉 1 退職給付費用の計上 退職給付費用は、基本的に「勤務費用+利息費用-期待運用収益相当額」で計算されます。 本事例では、勤務費用500、利息費用5,000×2%=100、期待運用収益相当額1,000×1%=10です。したがって、退職給付費用は、500+100-10=590となります(退職給付に係る会計基準三)。 そして、退職給付費用の相手の勘定科目は、退職給付引当金となります(退職給付に係る会計基準四)。 2 掛金の拠出 年金基金への掛金の拠出により、年金資産が増加します。したがって、企業にとって、退職金や退職年金の支払いのため原資が増えることから、退職給付引当金を減少させます。 3 数理計算上の差異の計上 退職給付費用の計上及び掛金の拠出により、退職給付債務及び年金資産は以下のとおりとなります。数理計算上の差異は、下記の表の「(※)」のとおり510となります。 そして、本事例では、数理計算上の差異は、当期に費用処理を行わないため、当期末の未認識数理計算上の差異は510となり、当期末の貸借対照表に計上される「退職給付引当金」は4,390となります。 (了)
残業代の適正な計算方法 【第3回】 「残業時間の考え方②」 社会保険労務士 井下 英誉 1 はじめに 今回も前回に続き、残業時間を取り上げる。 前回は時間外労働の基本的な考え方について解説を行ったが、今回は第1回で取り上げた変形労働時間制における時間外労働の考え方について解説する。 変形労働時間制における時間外労働を理解するためには、変形労働時間制の内容を理解していなければならないので、改めて各労働時間制の内容も記しておく。 2 1ヶ月単位の変形労働時間制における時間外労働 ① 1ヶ月単位の変形労働時間制 労働組合又は労働者の過半数代表者との書面による協定、又は就業規則その他これに準ずるものにより、1ヶ月以内の一定の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えない定めをしたときは、特定された週において40時間又は特定された日において8時間を超えて、労働させることができる。 ② 時間外労働の考え方 1ヶ月単位の変形労働時間制では、次のア~オの時間を合算した時間が、その月の時間外労働時間となる。 3 フレックスタイム制における時間外労働 ① フレックスタイム制 就業規則その他これに準ずるものにより、始業及び終業の時刻をその労働者の決定にゆだねることとした労働者については、労働組合又は労働者の過半数代表者との書面による協定により、必要な事項を定めたときは、1ヶ月以内の清算期間として定められた期間を平均して1週間当たりの労働時間が週40時間を超えない範囲内において、1週間において40時間又は1日において8時間を超えて、労働させることができる。 ② 時間外労働の考え方 フレックスタイム制では、清算期間中の総労働時間しか定められていないので、時間外労働となるものも、清算期間における法定労働時間の総枠を超えた時間についてであり、1日当たりの時間外労働は発生しない。 4 1年単位の変形労働時間制における時間外労働 ① 1年単位の変形労働時間制 労働組合又は労働者の過半数代表者との書面による協定により、必要な事項を定めたときは、対象期間(1年限度)として定められた期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えない範囲内において、特定された週において40時間又は特定された日において8時間を超えて、労働させることができる。 ② 時間外労働の考え方 1年単位の変形労働時間制では、次のア~ウの時間を合算した時間が、時間外労働時間となる。 1年単位の変形労働時間制の場合、ア、イは合算して毎月支払うことになるが、ウは対象期間を経過した後に支払うことになる。 (了)
〔時系列でみる〕 出産・子を養育する社員への 対応と運営のヒント 【第3回】 「産前・産後期間中の対応(2)」 ―健康保険による給付への対応― 社会保険労務士 佐藤 信 1 はじめに 前回(第2回)は、産前・産後に会社が行うべきことについて触れた。 既に紹介したとおり、労働基準法等で就業制限の規定が設けられ休みは確保することができるものの、従業員はその間の生活費、出産に伴う費用の面で不安を抱えることもある。 そこで今回は、産前・産後の期間に健康保険から行われる給付について触れていく。 会社の担当者が給付の詳細を把握していなくても従業員自身が受給手続を進めることはできるが、保険給付の中には報酬との調整が行われ、休業中に報酬を支払うと支給額が減額されるものもある。 そのようなことから、人事担当者は給付の種類や支給要件、支給額など、基本的な事項については把握しておきたい。 2 給付の種類 産前産後に健康保険制度から行われる給付には、次のものがある。 3 出産育児一時金 まずは、出産時に一時金として支給される「出産育児一時金」について触れていくこととする。 (1) 支給額 出産育児一時金は、被保険者又は被扶養者が出産したときに1児につき42万円が支給される。 なお、産科医療補償制度(【参考】参照)に加入していない医療機関等で出産したときは、39万円となる。 (2) 支給方法 出産育児一時金には、医療機関への直接支払い制度がある。 この制度ができる前は、出産時に病院に対してまとまった費用を支払い、後から健康保険制度より出産育児一時金を受給していた。 現在では、一時的な経済的負担を緩和するため、出産費用を病院窓口で支払わず、健保から医療機関に対して出産育児一時金相当額が支払われる仕組みが設けられている。 ※出産費用が42万円未満に収まったときは、その差額が後日被保険者に対して支払われる。 なお、医療機関等に直接出産育児一時金が支払われることを希望しない者は、出産後に受給する方法を選択することもできる。 (3) 会社の対応 出産育児一時金の支給にあたっては、会社による書類記入や印鑑の押捺をせずに、被保険者自身が受給手続を進めることができる。 後述する出産手当金は、所定の様式に報酬支払い・出勤状況の記載、会社の印鑑押捺を要する点が出産育児一時金と異なる。 4 出産手当金 次に、出産手当金について触れていくこととする。 (1) 支給期間 出産の日(実際の出産が予定日後のときは出産予定日)以前42日(多胎妊娠の場合98日)から出産の翌日以後56日目までの範囲の休業期間を対象として出産手当金が支給される。 注)予定日より後に出産したときは、産前の支給日数は42日より多くなることがある。 (2) 支給額 1日につき被保険者の標準報酬日額の3分の2に相当する額が支給される。 ※標準報酬日額・・・標準報酬月額の30分の1に相当する額。 5 資格喪失後の給付 出産に伴い退職する従業員がいる場合、退職後についても前述の健康保険の給付が行われることがある。 (1) 資格喪失後の出産育児一時金 資格喪失日から6ヶ月以内に出産したときは、出産育児一時金が支給される。 この給付は、退職日まで被保険者期間が継続して1年以上ある者が対象となることに注意を要する。 したがって、従業員から退職後の出産育児一時金について質問を受けた人事担当者は、被保険者期間の長さに注意をしながら受給可能性の回答をする必要がある。 (2) 資格喪失後の出産手当金 退職日まで被保険者期間が継続して1年以上あり、退職日に、現に出産手当金の支給を受けているか、受けられる状態であれば、資格喪失後も所定の期間(支給期間の長さは、在職中に受給するときと同様)の範囲内で引き続き支給を受けることができる。 6 おわりに 今回は産前・産後の休業期間中に健康保険制度から支給されるものについて触れた。 出産手当金の手続様式は会社側が記載をする欄もあるため、従業員から依頼があって初めて書類を目にすることとなると、書類の完成まで時間を要する(給付が遅くなる)こともあり得る。 出産予定の連絡を受けた担当者は、あらかじめ書類の記入方法を協会けんぽ(又は健康保険組合)に確認しておくとよい。 なお、協会けんぽの出産手当金の支給申請書の記載例については【参考】を参照していただきたい。 次回は、子が1歳(又は1歳6ヶ月)に達するまでの育児休業や休業中の保険給付について触れていくこととする。 (了)
会計事務所の事業承継 ~事務所を売るという選択肢~ 【第5回】 「会計事務所の価値評価」 公認会計士・税理士 岸田 康雄 1 会計事務所の価値とは何か 今回は個人事務所を営む税理士を売り手、税理士法人を買い手とするM&Aを前提として、会計事務所の価値評価について説明する。 会計事務所のM&Aでは、その譲渡対象のほとんどは、顧客との顧問契約や職員の雇用契約といった無形資産である。無形資産を譲渡するといっても、そもそも営業権がないと法的に定められている税理士業務の価値評価に際して、相続税法上の財産評価基本通達を使う必要はないため、当事者間の交渉を通じて、公正価値すなわち時価による価値評価を行うことになる。 現在、会計事務所のM&A実務において、経常売上高マルチプル(倍率)1倍という評価で取引される事例が多いといわれている。 「基本的には顧問先を全部承継するという条件で、決算を除く臨時手数料(相続関連など)以外の手数料、毎月の顧問料および決算手数料の合計、すなわち、経常売上高の100%から80%ほどになるのではないだろうか。」(増山雅久『会計事務所のM&A成功術』幻冬舎メディアコンサルティング、2010年)とされるケースである。 しかし、前回の記事において述べたように、会計事務所のM&Aにおける買い手の取引は「投資」である。これは事業会社のビジネスの基本原理と同じである。 投資をした者は、それを回収して利益を得なければならない。したがって、買い手は回収可能性を予測したうえで、投資額を見積もる。これが価値評価のプロセスである。 理論的な公正価値(時価)は、一般的なファイナンス理論においては、将来キャッシュ・フローの割引現在価値であるといわれる。すなわち、DCF法によって評価した価値のことである。 DCF法の価値評価は、決算書の数値に基づく純資産法などと異なり、不確実な将来予測に基づいて行う。それゆえ、将来キャッシュ・フローをどれくらい確実に予測できるかが、その評価の信頼性のポイントとなる。 そこで、DCF法を会計事務所の価値評価に使えるかを検討する必要があるが、この点、顧問料収入からの将来キャッシュ・フローが安定していることが税理士業務の特徴であるため、会計事務所は、DCF法の価値評価がまさに適合するビジネスであるといえる。 それゆえ、経常売上高1年分という価値評価は、単なる業界慣行又はM&A実績の結果にすぎず、その方法論そのものに合理性はない。 先日、ある税理士法人の代表社員から、買収した会計事務所が赤字になり、既存の事務所経営まで苦しくなってしまったという話を聞いた。 詳しく聞いてみると、会計事務所M&Aの仲介業者から、「税務顧問料1年分です。」と言われ、直前期の売上(相続税申告の報酬は除く)と同額の5,000万円で、言われるがままに買収したという。 筆者が「当時、利益は出ていましたか?」とたずねると、「買収前は、優良顧客と優秀な税理士を抱えていたので、利益が出ていました。しかし、買収後に優良顧客3社から『前の先生の方がいい』と言われて契約を切られてしまいました。また、優秀な税理士職員が退職したため、代わりに無資格者を2人雇うことになって人件費が増えてしまったのです。結果として、収益減少と費用増加の状況、なんと赤字に転落ですよ。」とのこと。 このような事態に陥ってしまうと、もはや利益によって投資額5,000万円を回収することができず、買収は失敗に終わったということになる。その5,000万円は水の泡である。 2 投資回収計算とは何か DCF法は、経営者が新規事業を行うに際して考える投資回収計算そのものを活用した評価方法である。 すなわち、1年目、2年目、3年目・・・・N年目と将来の収入額(フリー・キャッシュ・フロー及び残存価値)を見積もり、それによって投資案件の事業価値を見積もる。この予測はまさに経営者のセンスによるものであり、予測が外れるリスクは経営者自らが負担するのであるから、正確である必要はない。 将来の収入額とは、固定資産投資を伴う事業における追加投資や減価償却、運転資金の必要性を考慮しなければ、会計上の利益と考えてよいだろう。収益を獲得するために費用を負担する。手元に残った利益を収入額と考えよう。 この点、会計事務所の税理士業務には大きな固定資産投資は伴わないため、税引後利益をもって将来の収入額と考えてよい。 したがって、会計事務所の投資回収計算は、買収価額(投資)を将来の利益によって回収していくプロセスであるといえる。M&Aにおける買い手は、将来の利益額を見積もることによって事業価値を評価する。事業価値(回収)を下回る買収価額(投資)で取引が成立するならば、M&Aによって買い手は利益を得ることができる。 すなわち、【 事業価値 > 買収価額 】という評価結果の場合、買い手の投資は成功することになる。 3 買収価額は買い手が決めるもの 繰り返し述べるが、M&Aにおいてリスクを負うのは、売っておしまいの売り手ではなく、投資を回収する仕事が待ち構える買い手である。 事業価値を超える買収価額を支払ってしまえば、将来回収することは不可能となり、その時点で投資は失敗である。それゆえ、買い手は買収価額の決定において、細心の注意を払わなければならない。 この点、仲介によるM&Aによく見られるケースは、「売り手の希望価格」を提示するケースである。 売り手の希望価格は、売り手にとっての事業価値であるから、仮に売り手が経営を続けた場合に実現する事業価値を意味する。とすれば、売り手と同等の経営力を有する買い手でなければ、売り手が評価する事業価値は実現しない。 誤解を恐れずに単純化して述べると、売り手よりも経営力のない買い手が、「売り手の希望価格」で買収を実行すると、必ず投資回収に失敗する。この点に注意し、買い手は必ず自ら価値評価を行わなければならない。自ら評価した事業価値が「売り手の希望価格」を下回った場合は、買収してはならない。 4 それでもなぜ価値評価は年間顧問料の1年分なのか 経済合理性を無視すれば、十分な資産家である所長が、手取り現金が多いか少ないかだけで単純に会計事務所の売却の意思決定を行うわけではない。M&A実務における判断基準としては、所長の人生における効用(自らの幸せ)が高まるかどうかでM&Aを決めることになるのである。 すなわち、働くことによって得られる現金収入だけでなく、残りの人生から得られる効用を考慮して、M&Aを実行すべきかどうか判断することになる。 例えば、妻や家族と過ごす時間、趣味に充てて楽しむ自由時間、そして、会計事務所経営のプレッシャーから解放される喜びなどである。 残りの人生の過ごし方を考え、働くよりも売却する方が人生の効用が高まる(幸せになれる)と判断するのであれば、M&Aによる売却を決断することになる。 あまりに高く売却して買い手が投資回収に失敗するよりも、買い手に成功してもらい、その後は感謝してもらう方が良い。また、残された職員には、新しい所長から支給される給与水準が上がり、幸せになってもらいたい。 このようなことを考えて、取引をスムーズに進めるべく、分かりやすく「年間顧問料1年分」という割安の価値評価によって会計事務所を譲渡するのであろう。 (了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第3回】 「中小企業の情報セキュリティ」 公認会計士 神崎 時男 ◎財務諸表の前提としてのシステム利用 公認会計士、税理士は、財務諸表を利用する。その財務諸表は、近年、システムを利用して作られていないものはないと言っても過言ではない。そのシステムのセキュリティが脆弱であれば、そこから作成された財務諸表の信頼性は疑わざるを得ない。 公認会計士であれば、上場企業に関しては、内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)でIT内部統制の監査が要求され、それ以外の企業についても、会社法監査の対象となる会社については、少なくとも必要最低限のセキュリティを確認することになる。 また、税理士であれば、あまりにセキュリティが脆弱なシステムを利用しながら決算書や申告書を作成することにリスクを感じるだろう。 以下、筆者の経験上、セキュリティが脆弱となっているケースが多い事象を中心に、中小企業においても押さえておきたいセキュリティをいくつか紹介する。 ◎特権IDの管理 特権IDの定義は様々である。まず、どのような特権IDを確認すべきかを明確にし、その状況を把握する必要がある。 財務諸表への影響を考えると、次のようなものを確認すべきである。 これらの特権IDは、すべてが一つの特権IDで実行できるケースや、いくつかのことを一つの特権IDで実行できるケース、すべて異なる特権IDであるケース等、システムの状況によって様々であることに注意しながら、まずは該当する会社の特権IDを特定することから始めると良い。 なお、①②については、中小企業であればパッケージシステムを利用し、プログラム更新やデータベースの直接修正を実施しないケースが多いため、ここでは説明を省略する。 ③については、例えば、商品単価マスター登録、受注登録、出荷登録、会計仕訳計上処理といった一連の処理を一人で実行することが可能なため、架空の財務関連データを誰のチェックもなしに登録することが可能となってしまう。 また、④については、適当なユーザIDを追加して不正なデータを登録した場合、誰がそのIDを利用して不正なデータを登録したかが事後的に追跡できなくなる。また、そもそも追跡できないことがわかっているので不正なデータを登録しやすいのである。 中小企業において、例えば経理部全員が③及び④が実行できる権限となっているケースも見受けられ、数名の管理者のみに限定すべきである。 また、複数人で共有しているケースも多く、その場合は、実行ログを追跡したとしても誰がその特権IDを利用して不正を実行したのかが特定できなくなるおそれがある。原則として個人別に付与し、共有するのであれば、少数に限定して利用者を特定できる状況にしておくべきである。 さらに、近年、情報漏えい事件が頻発しており、中小企業においても他人事ではない。特にこういった特権IDを利用して大量にデータをダウンロードするケースもあり、その点からも注意が必要である。 ◎パスワードの管理 上述の特権IDも含め、その他の一般ユーザIDに関してもいえることであるが、ほとんどのシステムでは、システム利用時にユーザIDとパスワードが要求される仕様となっているが、そのパスワードの社内ルール(最低桁数、英数や大文字小文字の混在、定期変更等)がなく、結果として容易に推測可能なパスワードが設定され、いわばパスワードが設定されていないのと同じ状況が散見される。 よくあるケースとしては、ユーザIDとパスワードがともに社員番号であるケースである。 これでは、他の社員のパスワード(つまり社員番号)は容易に知りうる状況が多く、ユーザID、パスワードによるセキュリティ機能が無意味になっているといえる。 別の言い方をすると、ほとんどの社員に関して、他人のユーザIDとパスワードでログインすれば、上述の特権ID③と同様に、システム上のすべての処理が実行できる状態となっているのである。 その他、パスワードの社内ルールを規定しないと、パスワードが単純な数値の羅列(1234、1111等)や氏名になるケースも多く、注意が必要である。 まずは、特権IDのほか、重要なシステム処理(仕訳計上、入出金処理等)を実行するユーザIDについてだけでもパスワードの社内ルールで制約し、可能であればシステムでこういったルールを強制してルールを満たさないパスワードは登録できないようにすることが必要である。 ◎バックアップの管理 データのバックアップについては、震災の影響もあって、セキュリティ意識が高まってきているようである。 しかし、まだまだ杜撰なバックアップ管理も散見され、なんらかの事情によってシステムがダウンした時に、バックアップデータからリカバリが実施できないおそれがある企業も存在している。 対処方法としては、バックアップの実施をチェックすることが重要である。 システム担当者がバックアッププログラムを起動するケースと、システムのスケジュールによって自動で起動するケースがあるが、両者ともに必要である。 前者においては、担当者が実施を失念する、ないし、日常業務に追われ実施しないといったケースもあるため、できれば運用日誌等に実施結果を記載し、責任者が確認するといった運用が望ましい。 後者においても、バックアッププログラムが正常終了されていないこともありうるため、定期的に実行結果のシステムログを確認するとよい。 また、震災後、バックアップ媒体を分別保管する会社も増えている。 サーバーの本番機とバックアップデータを格納している媒体が同じ場所に存在すると、災害発生時には同時にデータを喪失することが懸念されるため、少なくとも同じ建屋には保管しないことが望まれる。 また、そもそもサーバールームがなく、システム担当者の足元にサーバーが設置されているようなケースも見受けられる。飲食物をこぼす、清掃中に破損するといった初歩的なミスが会社の重要データが喪失するといったことにもつながりうることから、サーバールーム等への設置が望ましいのはいうまでもない。 さらに、サーバールームの入室制限に関しては、過去には、会社を解雇された従業員が腹いせにサーバーを破壊して退職したといった事件もあるようなので、システム管理者以外は入室できないように施錠管理をすることも望まれる。 (了)