《速報解説》 「会社計算規則の一部を改正する省令」 (退職給付関係)の解説 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成25年5月20日付けで、法務省は「会社計算規則の一部を改正する省令」(以下「省令」という)を公表した。 これにより、平成25年3月8日付けで、「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っていたものが確定することとなる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 省令の主な内容 省令は、企業会計基準委員会の「退職給付に関する会計基準」(企業会計基準第26号)の公表等を踏まえて、会社計算規則を改正するものである。 改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 法務省の考え方 省令の改正に際して、「意見の概要及び意見に対する当省の考え方」が公表されている。 以下では法務省の考え方の概要を述べる。 1 定義規定等 省令では、「前払年金費用」と「退職給付に係る資産」、「退職給付に係る負債」と「退職給付引当金」について、定義規定は設けられていない。 ただし、これらの定義は、「退職給付に関する会計基準」をはじめとする一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行により、意義は明確である。 また、「その他退職給付に係る調整累計額に計上することが適当であると認められるもの」(省令76条9項3号ハ及び96条9項3号ハ)には、会計基準変更時差異の未処理額が含まれる。 2 連結計算書類における退職給付に係る負債の計上基準に関する注記 従来、「引当金の計上基準」において「退職給付引当金の計上基準」を記載している。 「退職給付に関する会計基準」では、個別財務諸表と連結財務諸表において会計処理等を分けており、連結貸借対照表上、「退職給付引当金」の表示が「退職給付に係る負債」へと変更されることになる。 これにより重要性がある場合に「その他連結計算書類の作成のための重要な事項」の項目に、「退職給付に係る負債の計上基準」等の項目で記載することになるのかどうかの論点が考えられる。 これについて、法務省は、退職給付に係る負債の計上基準について、重要性がある場合には、「その他連結計算書類の作成のための重要な事項」(会社計算規則102条1項3号ニ)に該当し、連結計算書類の作成のための基本となる重要な事項に関する注記(同項)として(「退職給付に係る負債の計上基準」等の項目を付すことは妨げられない)、記載することとなると述べている。 3 退職給付に関する注記 「退職給付に関する会計基準」では、退職給付に関して詳細な注記事項を規定している。 次の意見が寄せられた。 今回の改正では、現行のとおり、会社計算規則に退職給付に関する注記に係る明文の規定は設けられていない。 しかしながら、上記に関して、法務省は次のように述べているので、開示に際しては注意が必要であると思われる。 Ⅳ 適用時期等 改正後の会社計算規則については、公布の日(平成25年5月20日)から施行する。 ただし、経過措置として、平成25年4月1日前に開始した事業年度に係る計算関係書類については、なお従前の例による。 (了)
「生産等設備投資促進税制」 適用及び実務上のポイント 【第1回】 「制度の全体をおさえる」 マネーコンシェルジュ税理士法人 税理士 村田 直 ◆「生産等設備投資促進税制」新設の背景 平成25年3月29日に「所得税法等の一部を改正する法律案」が国会で成立し、同3月30日に公布された。今回の税制改正は、平成24年12月の衆議院選挙の結果を受けた政権交代により、自民党が中心となって作成した「平成25年度税制改正大綱」が基となっている。 平成25年度税制改正大綱の冒頭においては、今回の税制改正の基本的考え方として、その1つに、「成長による富の創出に向けた税制措置」を挙げている。景気の底割れを回避し、「成長と富の創出の好循環」を実現するため、特に日本経済再生に向けた緊急経済対策の施策については、その効果が最大限に発揮されるよう、期限を区切り、大胆かつ集中的に税制上の措置を講ずる、としている。 その具体的項目として、「民間投資の喚起による成長力強化」、「人材育成・雇用対策」、「中小企業対策・農林水産業対策」を挙げ、「民間投資の喚起による成長力強化」については、以下のように、「生産等設備投資促進税制」を新設する、としている。 (「平成25年度税制改正大綱」第一 平成25年度税制改正の基本的考え方より) 上記の根底には、いわゆる“アベノミクス”と呼ばれる安倍政権の経済政策がある。 アベノミクスは、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の“3本の矢”で構成されており、今回の税制改正はまさに、この「民間投資を喚起する成長戦略」を税制面で後押しするもので、その中でも「生産等設備投資促進税制」は、今回の“アベノミクス減税”の目玉政策の1つとして注目されている。 ◆「生産等設備投資促進税制」の全体像 「生産等設備投資促進税制」の概要については、平成25年度税制改正大綱において、以下のように記載されている。 (「平成25年度税制改正大綱」より) また、地方税の項目においては、中小企業者等に限り、「法人税の特別償却又は税額控除を法人住民税及び法人事業税に適用する」と規定されている。 ◆「生産等設備投資促進税制」の条文構成 「生産等設備投資促進税制」の概要は上記のとおりであるが、実際の条文では、租税特別措置法において、法人及び個人向けにそれぞれ規定されている。 法人については、「国内の設備投資額が増加した場合の機械等の特別償却又は法人税額の特別控除」として第42条の12の2(連結納税に対応する条文は、第68条の15の3)に、個人については、「国内の設備投資額が増加した場合の機械等の特別償却又は所得税額の特別控除」として、第10条の5の2に規定がある。 政省令も既に公布されており、租税特別措置法施行令において、法人については第27条の12の2(連結納税に対応する条文は、第39条の45の3)、個人については第5条の6の2に規定されている。なお、「生産等設備投資促進税制」に関する法令解釈通達などについては、現時点(執筆5/4)でまだ発表されていない。 この「生産等設備投資促進税制」は、該当すると税効果のインパクトがかなり大きくなるケースが想定される。 ただし、設備投資を前提とする減税措置ということは、当然、事前に周到な計画が必要になる。また、適用事業年度の前事業年度の設備投資も、本税制の適用にあたって大きく影響する。 専門家としては、今後、相談やアドバイスを求められる場面が増えると予想されることから、適用要件等をしっかり把握し、的確に助言することが必須となる。 次回からは、本制度の詳しい要件の検討に入りたい。 (了)
交際費課税Q&A ~ポイントを再確認~ 【第1回】 「交際費の範囲」 公認会計士・税理士 新名 貴則 はじめに 平成25年度税制改正により、中小企業の交際費課税の特例が拡充された。 これについては、本誌に寄稿した2013年2月7日公開の拙稿「《速報解説》交際費課税の特例拡充について-平成25年度税制改正大綱-」において、以下のとおり解説している。 〔平成25年度改正後の交際費課税(平成25年度末まで)〕 *資本金1億円以下の法人(資本金5億円以上の大法人の完全子会社を除く) 〔改正後の中小企業の特例のイメージ〕 この特例拡充により、実務の現場において交際費等に係る判断及び処理を行うケースが増えることが予測されることから、本連載では、今回の改正に係るポイントだけでなく、改正前から存在する交際費課税に係るさまざまな論点についても、Q&A形式で改めて確認していくこととする。 税務上の交際費等は、以下のとおり定義されている(措法61の4③(抜粋))。 上記を読んで分かるとおり、税務上の「交際費等」の範囲は、一般的な交際費のイメージよりも広いといえる。 そのため、会計上は「会議費」「福利厚生費」などといった「交際費等」以外の勘定科目に計上している支出であっても、上記の「交際費等」の定義に該当する場合、税務上はあくまで交際費等として扱われることに注意が必要である。 また、この定義の中に「通常要する費用」という表現があるとおり、交際費等の範囲には明確な線引きがあるとは限らず、むしろ曖昧であることの方が多い。 社会通念上「交際費」なのか?そうでないのか?という微妙な判断が必要なケースは多々ある。 そこで、租税特別措置法関係通達において、税務上の交際費等として扱われる支出が以下のとおり例示されているので、まずは基本として確認しておきたい(措通61の4(1)-15)。 (了)
中小企業のM&Aでも使える 税務デューデリジェンス 【第2回】 「具体的な調査項目とは」 公認会計士・税理士 並木 安生 第2回では、前回で解説した買収の各形態の内容及び税務の取扱いを踏まえて、税務デューデリジェンスの具体的な内容について解説する。 1 税務デューデリジェンスが必要な理由 買い手にとっては、オーナー株主が所有する中小企業(買収対象会社)の買収に際して、その買収の形態次第では買収対象会社の税務リスク(将来税務調査で追徴課税を受けるリスク等)を承継してしまうため、税務デューデリジェンスにより買収対象会社の税務リスクを予め特定・把握し、買収を行うか否かの判断に活用させることが有効といえる。 また、税務リスク額を試算し買収価額へ反映させることで、高値買いを避けるためにも有効な手続であるといえる。 また売り手にとっては、買い手との交渉のための事前準備として、自社の税務リスクを把握しておくことが効果的であるといえる。 自社に係る税務の話とはいえ、過去に戦略的かつ網羅的に検討していないケースが一般には多いと考えられるため、買い手の視点から改めて検討しておくことが有効といえる。 2 それぞれの買収形態における税務リスク承継の有無 株式譲渡や事業譲渡等のそれぞれの買収形態に従い、税務リスクを承継するかどうか(買収前の事業年度に係る税務リスクを買い手が引き継ぐか否か)が異なってくる。 具体的には下表のとおりであり、③事業譲渡、又は④分社型分割及び株式譲渡の下では原則として税務リスクを引き継ぐことはないため、売り手会社に関する税務の状況を対象とした税務デューデリジェンスを行う必要性は低いと考えられる。 なお、下記①~④の買収形態と税務の取扱いの詳細については、【第1回】を参照いただきたい。 一方で、買収形態として①株式譲渡又は②株式交換を選択する場合は、買い手が税務リスクを引き継ぐため、税務デューデリジェンスを実施する必要性が高くなる。 税務デューデリジェンスに関する具体的な手続を以下に解説する。 3 税務デューデリジェンスのポイント 税務デューデリジェンスの手続は、確定申告書における計算の正確性チェックや、その根拠資料との突合せだけにとどまらず、マネジメントや経理責任者へのインタビュー、重要決定事項に関する資料(株主総会・取締役会・経営役会議事録、稟議書等)の閲覧を通じて、税務処理の網羅性(例:寄附金認定漏れの有無)の検証手続まで行う必要があり、その調査対象範囲は広い。 その際、買収の実行や買収価額に重要な影響を及ぼす可能性のある税務リスクの洗出しを最優先にすべきであり、すべての税務上のトピックスに対して同程度の時間・労力を費やすことは困難かつ非効率的であるため、重点事項に絞ることが有効となる。 一般的な主要調査項目の例としては、次のものが挙げられる。 ① 過年度の税務調査の状況 まず、どの事業年度まで税務調査が完了しているかを確認することが効果的である。 同年度に対して税務調査を再度受けることは稀であり、その事業年度に係る税務リスクは極めて低いと考えられることから、税務調査完了済の年度を税務デューデリジェンスの調査対象から除外し、時間的効率性を高めるにも有用な手続となるからである。 その上で、直近の税務調査に係る更正(又は修正)税目・内容、追徴課税額、重加算税の有無、及び更正(又は修正)の根拠等を把握することで、買収対象会社の税務の傾向や内部統制の状況(例:ミスが生じやすい環境にあるか、危険回避的又は愛好的のいずれであるか)を検討する。 この手続は、税務調査を未だ受けていない事業年度に対する税務デューデリジェンスに関して、その調査範囲を決めるための情報収集の意味合いもある。 また、過年度の税務当局における指摘事項に対する、現在の改善状況を確認することも重要である。 税務当局が明確な改善指針を与えず、買収対象会社の独自判断による改善の場合、未だ税務リスクが残存している可能性もあるためである。 ② 過年度の確定申告書の記載内容 調査対象事業年度の申告調整額の推移をチェックし、異常点・一時的取引における内容を確認する。 例えば、貸倒損失や資産評価損の損金算入による多額の減算・認容が生じている場合、又は、交際費や寄附金等の額の異常な増減があった場合、その税務処理の妥当性について疎明資料等を確認し検証する。 また、損益計算書上の特別損失(例:株式評価損、固定資産除却損等)のうち、確定申告書上で加算・否認されていない項目がある場合についても同様に、損金性の検証を行う。 なお、直近の事業年度末において青色繰越欠損金が存在する場合、その金額の発生原因について調査し損金性を分析することで、その青色繰越欠損金と買収後における将来の課税所得とが相殺可能かどうかを検証することも必要である。 ③ 過年度の関係会社間取引の内容 役務提供、資産売買、賃貸借取引等の関係会社間取引に係る取引価額が時価と乖離している場合、寄附金(又は受贈益)認定を受ける税務リスクが存在することになる。 この点、寄附金認定額は永久差異(社外流出)扱いのため、一時差異(単なる期ズレ)と比べて課税への影響が大きいことから慎重な検討が望まれる。 その際、特に取締役会議事録、稟議書、主要な契約書の閲覧により、税務申告書に記載のない寄附金の有無を重点的に検討することが効果的といえる。 ④ 過年度の組織再編 組織再編税制は、改正が頻繁に行われる分野であり、また制度が複雑であることから、相対的に処理誤りが多い項目と考えられる。 したがって、過年度に合併・会社分割等の組織再編行為があった場合、適格要件の判定や、繰越欠損金・特定資産譲渡等損失の損金算入制限の検討のための情報を入手し、処理の妥当性を分析する必要がある。 この点、本来は非適格再編であったにもかかわらず誤って適格再編として取り扱われていた取引を発見した場合、組織再編による譲渡資産・負債の時価を把握し本来認識すべき譲渡損益やみなし配当額を試算することで、税務リスク(追徴課税額)の把握しておくことが有用である。 4 税務デューデリジェンスによる結果の活用 3で述べた具体的手続により税務リスクを発見した際、そのリスク額が試算でき、かつ、売り手と買い手の間でそのリスクの内容につき合意した場合は、そのリスク額を買収価額へ反映させることになる(買収価額の減額)。 一方、税務リスク額が試算できない場合、あるいは税務リスクに関して売り手と買い手との間に見解の相違が生じている場合は、買収契約書上で表明保証の対象とする等の対応を行うことが一般的といえる。 5 まとめ 以上に記載した税務デューデリジェンスの実施過程をまとめると、次のとおりとなる。 〈税務デューデリジェンスの実施過程〉 (了)
雇用促進税制・ 所得拡大促進税制の実務 ~要件・手続の確認から両制度の適用比較まで~ 【第4回】 「両制度の比較による 選択適用上のポイント」 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに ここまで、雇用対策のための2つの税制である「雇用促進税制」(第1回・第2回)及び「所得拡大促進税制」(第3回)の概要及び適用手続について解説を加えてきた。 これらの税制は、いずれかを選択適用するという関係にある点を踏まえ、今回は、それぞれの税制の概要について比較形式で再度整理するとともに、適用に当たり検討すべきポイントについて解説する。 2 雇用促進税制と所得拡大促進税制の概要(まとめ) 雇用促進税制と所得拡大税制の概要について、あらためて対比しつつ整理すると、下表の通りとなる。 上表No.1〈適用年度〉にあるように、これらの税制が重複して適用されるのは平成25年4月1日から平成26年3月31日までの間に開始する事業年度のみである。 特に雇用促進税制については、適用年度開始後2ヶ月以内に「雇用促進計画」をハローワークに提出する必要があることに鑑みると、所得拡大促進税制との選択適用を検討するための時間的余裕はあまりないと考えられるが、それぞれの税制の適用に当たり検討すべきポイント及び留意点について、次に整理しておくこととする。 3 検討すべきポイント及び留意点 (1) 適用年度開始時における人員構成 上表No.4〈「雇用者」の意義〉にあるように、雇用促進税制における「雇用者」と、所得拡大促進税制における「国内雇用者」では、その範囲が異なっている。 そこで、社内における人員構成(人数)について、これらの税制への適用を念頭に置いて下表のような形で把握しておくことは有用と考えられる。また、雇用促進税制の適用要件を満たす人員数についても、あわせて把握しておくことも有用である。 【適用年度開始時点における人員の状況】 ※クリックすると、別ウィンドウで画像が拡大表示されます。 なおこの表は、所得拡大促進税制における「平均給与等支給額」の分母(支給対象者数及び日雇労働者数)を把握する上でも有用である。当税制の適用を受ける場合には、人員数については月次で把握することが必要である(詳しくは前回参照)。 (2) 適用年度中の人員採用計画の有無 雇用促進税制の適用を受けるためには、前事業年度末に比べて雇用者の数が5名以上(中小企業者では2名以上)かつ10%以上増加していることが必要である(基準雇用者数要件・基準雇用者割合要件)。 そして当然のことではあるが、適用年度開始後2ヶ月以内に「雇用促進計画」を提出する必要があることを踏まえると、適用年度開始時において年度中の人員採用計画が明確でなければならない(そもそも雇用促進計画を作成することもできない)。 基準雇用者数要件及び基準雇用者割合要件を満たしているかどうかは適用年度終了時点で判断されるが、適用年度開始時点でこれらの要件を満たすことが見込まれるのであれば、雇用促進税制の適用可否にかかわらず、雇用促進計画をハローワークに提出しておくことを検討すべきと考える。 (3) 給与等支給額の集計範囲に留意 適用年度と前事業年度との比較における給与等支給額の増加額は、所得拡大促進税制においては控除税額の計算に直接的に必要になるほか、雇用促進税制においても適用要件の一つとされている(給与等支給額増加要件)。 上表No.5及びNo.6の通り、「給与等支給額」の集計範囲には差異があるので留意が必要である。すなわち、所得拡大促進税制においては「国内雇用者に対する」給与等支給額を集計する必要があるのに対し、雇用促進税制の給与等支給額増加要件の判定をするに当たっては、「雇用者に対する」給与等支給額を集計する必要がある。 (4) 控除税額の有利不利判定 上表No.7の通り、雇用促進税制における控除税額は増加雇用者1人当たり40万円とされているのに対し、所得拡大促進税制における控除税額は雇用者給与等支給増加額の10%とされている。 雇用促進税制は「人員数」に基づく税額控除、所得拡大促進税制は「金額」に基づく税額控除である。このことから、状況によっては選択適用における有利不利を判断することも考えられる。例えば、以下のような具合である。 これらはあくまで一例であり、また、法人税額に基づく控除限度額までしか税額控除できないため、実際にこうした有利不利判定を行う必要性は高くないかもしれない。 しかしながら、実際の適用判断に当たっては、上述のポイントなどに留意しつつ、適時適切に検討されたい。 (連載了)
教育資金の一括贈与に係る 非課税特例の創設 税理士 長谷川 敏也 1 制度の概要 平成25年4月1日から平成27年12月31日までの間に、個人(30歳未満に限る。以下「受贈者」という)が、教育資金に充てるため、金融機関等との一定の契約に基づき、受贈者の直系尊属(祖父母など)から次のいずれかの方法により、教育資金口座の開設等をした場合には、これらの信託受益権又は金銭等の価額のうち1,500万円までの金額に相当する部分の価額については、金融機関等の営業所等を経由して教育資金非課税申告書を提出することにより贈与税が非課税となる(措法70の2の2①)。 その後、受贈者が30歳に達するなどにより、教育資金口座に係る契約が終了した場合には、非課税拠出額※1から教育資金支出額※2(学校等以外に支払う金銭については、500万円を限度とする)を控除した残額があるときは、その残額がその契約が終了した日の属する年に贈与があったこととされる(措法70の2の2⑪)。 ※1 「非課税拠出額」とは、教育資金非課税申告書又は追加教育資金非課税申告書にこの制度の適用を受けるものとして記載された金額を合計した金額(1,500万円を限度とする)をいう。 ※2 「教育資金支出額」とは、金融機関等の営業所等において、教育資金として支払われた事実が領収書等により確認され、かつ、記録された金額を合計した金額をいう。 2 制度創設の背景 従来より、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち、通常必要と認められるものは贈与税の課税価格に算入されない(相法21の3①二)。 ここで「扶養義務者」とは、配偶者並びに民法877条(扶養義務者)の規定による直系血族及び兄弟姉妹並びに家庭裁判所の審判を受けて扶養義務者となった三親等内の親族をいうが、これらの者のほか三親等内の親族で生計を一にする者については、家庭裁判所の審判がない場合であってもこれに該当するものとして取り扱われる。 なお、上記扶養義務者に該当するかどうかの判定は、相続税にあっては相続開始の時、贈与税にあっては贈与の時の状況による(相法1の2一、相基通1の2-1)。 「教育費」とは、被扶養者の教育上通常必要と認められる学資、教材費、文具費等をいい、義務教育費に限られていない。また、教育費に充てるためのものとして贈与税の課税価格に算入しない財産は、教育費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産をいい、したがって、教育費の名義で取得した財産を預貯金した場合又は株式の買入代金に充当したような場合におけるその預貯金又は買入代金等の金額は、通常必要と認められるもの以外のものとして取り扱われる(相基通21の3-4、21の3-5)。 一方、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」(平成25.1閣議決定)の一環として、60歳以上の世代が我が国の個人金融資産全体の6割を保有する中で、高齢者層の保有する豊富な資産を子供の将来の教育資金として早期に若年世代に移転させるとともに、教育・人材育成や経済活性化に資することを目的として、教育費として一括贈与を受けた資金について、贈与税を非課税とする措置が平成25年度改正により講じられた。 したがって、この教育資金の一括贈与に係る非課税特例と、従来からのその都度非課税制度との併用をすることができることとなった。 3 教育資金口座の開設 (1) 教育資金口座の開設等 この非課税特例の適用を受けるためには、教育資金口座の開設等を行った上で、教育資金非課税申告書をその口座の開設等を行った金融機関等の営業所等を経由して、信託や預入などをする日(通常は教育資金口座の開設等の日となる)までに、受贈者の納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。 教育資金非課税申告書は、金融機関等の営業所等が受理した日に税務署長に提出されたものとみなされます。したがって、教育資金口座の開設時には、住宅取得等資金の非課税特例とは異なり、受贈者が税務署長に対して贈与税の申告書を提出する制度とはなっていない。 なお、教育資金非課税申告書は、原則として、受贈者が既に教育資金非課税申告書を提出している場合には提出することができない(措法70の2の2③④⑤⑥)。 (2) 贈与と教育資金管理契約 本特例の対象となる贈与については、①信託銀行を取扱金融機関とする場合には信託行為=教育資金管理契約の締結なので、贈与の日と年齢要件や親族関係判定の日が一致するが、②書面による贈与により取得した金銭を銀行等に預入をした場合又は③書面による贈与により取得した金銭等で証券会社等で有価証券を購入した場合には贈与の時と教育資金管理契約締結の時との間には時間的間隔が空くため、年齢要件や親族関係判定はいずれの時にも満たす必要がある。 なお、贈与者・受贈者の年齢要件や親族関係判定の当事者要件は、いわゆる「入口段階」での要件なので、教育資金管理契約締結後(贈与後)において、その関係(直系尊属・直系卑属)がなくなっても(養子の離縁等)、本特例の適用には影響がないと考えられる。 4 教育資金とは 教育資金とは、次に掲げる金銭をいう(措法70の2の2②、措令40の4の3⑦⑧、文部科学省告示第68号)。 5 教育資金口座からの払出し及び教育資金の支払い 教育資金口座からの払出し及び教育資金の支払いを行った場合には、その支払いに充てた金銭に係る領収書などその支払いの事実を証する書類等を、次の(1)又は(2)の提出期限までに教育資金口座の開設等をした金融機関等の営業所等に提出する必要がある(措法70の2の2⑦)。 なお、教育資金管理契約の締結の際に、いずれかの場合の選択をするものとし、当該選択は変更することができないとされている(措令40の4の3⑭)。 なお、法令上可能な事前払い方式を採用している金融機関はないようである。 また、取扱金融機関は、提出された書類により払い出された金銭等が教育資金に充当されたことを確認し、その確認した金額を記録するとともに、その書類(写し)及び記録を受贈者が30歳に達した日の翌年3月15日後6年を経過する日まで保存しなければならない(措法70の2の2⑧)。提出期限までに提出されなかった領収書等に係る金額は、取扱金融機関による「記録」の対象とはならないことになるので留意が必要である。 6 教育資金口座に係る契約の終了と贈与税の課税対象額 教育資金口座に係る契約は、次の(1)~(3)の事由に該当したときに終了する(措法70の2の2⑩)。 上記(1)又は(3)の事由に該当したことにより、教育資金口座に係る契約が終了した場合に、非課税拠出額から教育資金支出額(学校等以外に支払う金銭については、500万円を限度とする)を控除した残額があるときは、その残額が受贈者の上記(1)又は(3)の事由に該当した日の属する年の贈与税の課税価格に算入される。 (2)の事由に該当して教育資金口座に係る契約が終了した場合には、贈与税の課税価格に算入されず、受贈者の相続財産となる。 したがって、その年の贈与税の課税価格の合計額が基礎控除額を超えるなどの場合には、贈与税の申告期限までに贈与税の申告を行う必要がある(措法70の2の2⑪)。 すなわち、【課税対象額(残額)=非課税拠出額-教育資金支出額】となる。 あくまでもこの算式による課税対象額(残額)の有無が問題となるため、口座の残高が0であっても、課税が起こることがありえる。「教育資金支出額」とは、取扱金融機関によって領収書等に基づき教育資金の支払いに充当されたことが確認され、かつ記録された金額をいうものとされているからである。 (了)
小説 『法人課税第三部門にて。』 【第8話】 「優良法人の税務調査(その2)」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 (前回のつづき) 「債権者の合意書の結果通知書は、確定申告書を提出した後に、送られてきたのですが・・・」 齋藤課長は、吉田税理士に説明している。 「・・・だから、先生にこの雑損処理を相談したときは・・・この結果通知書は、まだ受け取っていなかったのです・・・」 吉田税理士は黙ったままである。 「・・・」 お昼時で、渕崎統括官と田村上席は食事のため、会議室にはいない。 「・・・まあ、とりあえず、食事をしましょう・・・」 会長が、会議室の机におかれた弁当を前にして、吉田税理士に声をかけた。 「そうですね・・・それでは、頂きます」 吉田税理士は、弁当を食べ始める。 会長も齋藤課長も、弁当の蓋を開けた。 「・・・ところでこの辺りに、どこか食べる所があるのですか?」 吉田税理士が会長に尋ねた。 「そうですね・・・あまり昼食をとるお店はないのですが・・・」 「税務署の人は、どこで食べるのでしょうかね?」 齋藤課長は、思案顔になる。 渕崎統括官は、辺りを見回すが、食堂らしきものは見えない。道路沿いには、多くの工場が並んでいる。 会社を出て、既に10分が過ぎている。 「・・・田村上席、どこかに食べる所はないのか?」 田村上席も店を探しているが、見当たらない。 「困ったなあ・・・事前に会社の人に、お店を聞いておけば良かった・・・」 渕崎統括官が呟いたとき、「ありましたよ!」田村上席が声をあげる。 200メートル先の交差点の角に、小さな青い屋根のレストランが見えた。 カウンターに6席と2つのテーブルが置かれている小さな店だった。 渕崎統括官と田村上席は、 1つの空いているテーブルに腰掛けると、早々に昼のランチを注文する。 「よかったですね」 田村上席が渕崎統括官に言う。 「そうだな」 渕崎統括官もほっとした表情で頷いた。 「・・・ところで、午前中の調査で分かった損失の処理について、どう思う?」 「・・・更生計画案で切り捨てられた債権ですか」 田村上席が確認する。 「そうだ。あれは、確かに、債権者の合意書の結果通知で判断すべきだと思うが・・・あの損失処理を・・・貸倒引当金として取り扱うこともできるから・・・」 渕崎統括官は、考えながら、言葉を選ぶ。 「・・・法人税基本通達11-2-1でしたか・・・」 田村上席が答える。 「それで・・・貸倒引当金勘定への繰入額として取り扱った場合・・・その繰入限度額は、法人税法施行令96条3号を適用して債権金額の50%を繰入額とするのか、2号の取立て等の見込みがないと認められる金額とするのか・・・」 渕崎統括官は腕を組んで考える。 「・・・つまり、3号を適用すれば1,000万円の繰入限度超過額が発生し、2号であれば所得金額の増額はないと・・・」 田村上席も考える。 「そうですねぇ・・・期末に裁判所から送られてきた免除額の通知書に書かれている金額が、2号の「取立て等の見込みがないと認められる金額」に該当するか否かですが・・・これは、翌期にその金額で確定しているのですから、2号に該当しているともいえるのではないですか?」 田村上席が首を傾げながら言う。 そのとき、若いウエイトレスが大きな皿とスープを運んできた。 「美味しそうですね」 皿の上には、茹でられた野菜の横にハンバーグとエビフライが置かれている。 ライスが運ばれると、田村上席は、さっそく食べ始めた。 田村上席は、まだ腕を組んで考えている渕崎統括官の姿を見て、「統括官・・・早く食べないと、午後からの調査が遅れますよ」と、エビをくわえながら急かした。 「・・・そうだな・・・」 渕崎統括官は、スープを飲み始めたが、まだ考えている。 「債権金額の50%だと・・・所得金額が、1,000万円発生するのか・・・」 田村上席は、黙々と食べている。 「・・・この会社は・・・もともと、優良法人なのだから・・・そんなに無理して税金を取らなくてもよいか・・・」 渕崎統括官は、一人で呟いている。 田村上席の皿には、既に何も残っていない。 「統括官・・・早く食べないと・・・」 時計は、既に1時を示している。 渕崎統括官の皿には、まだ、大きなエビフライトとハンバーグが半分残っている。 「田村君、このエビ、食べないか・・・まだ、手を付けていないから・・・」 渕崎統括官は、ハンバーグを食べながら言う。 「・・・そうですか・・・」 田村上席がエビフライを食べ終えると、渕崎統括官は鞄を持ち、スクッと立ち上がって言った。 「さあ、行こうか」 (つづく)
鵜野和夫の不動産税務講座 【連載1】 贈与税の税率と住宅取得等資金贈与の特例 ~若い世代へ『資金』移転して経済の活性化を (上) 税理士・不動産鑑定士 鵜野 和夫 図表-1 贈与税の速算表 図表-2 相続税の速算表 平成25年度の税制改正で、贈与税の負担は上がったり、下がったり 図表-1 贈与税の速算表(再掲) 父母・祖父母からの贈与税率の特例が創設された 父母・祖父母等からの住宅資金の贈与の非課税という特例もあるが (了)
租税争訟レポート【第9回】 意思能力のない被相続人による 保険契約の締結と 税理士の債務不履行責任 (税理士損害賠償請求事件第一審判決) 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 【原告(納税者)の主張】 1 保険契約の有効性確認 保険契約締結の3日後に被相続人が死亡し、保険料が3億円と巨額であることから、課税当局が保険契約の有効性を否認する可能性があることは、専門家である被告としては当然に認識すべき事柄であって、被告が、有効性の検討を怠り、適正な税務申告をしなかったことには、債務不履行がある。 2 保険契約の有効性に関する原告の認識 保険契約は、原告の弟が相続税対策として締結したものであり、原告は被相続人の契約意思の確認にも同席していなかったため、保険契約が無効であることを認識していなかった。 3 保険契約無効の主張・不服申立 原告は、保険契約の無効を主張するメリットは少ないため契約を継続しているものであり、また、不服申立手続をしなかったのは、精神的負担等を考慮したためであり、不正を認めたものではない。 4 損害額 原告は、被告の債務不履行により、重加算税1,259万6,500円、過少申告加算税16万1,000円、延滞税262万4,700円及び相続税申告手数料200万円の合計1,738万2,200円の損害を被った。 【被告(税理士法人)の主張】 1 税理士の受任業務の範囲 税務申告の委任を受けた税理士は、委任者がもたらす情報に依拠して税務申告業務をすれば足りるのであって、情報が事実に反するものであるか否かを調査すること、課税当局が保険契約を否認する可能性を検討することは、委任業務の範囲外であった。 また、被告は、相続人らの相続税対策を受任していない。 2 保険契約の有効性 原告らは、被告に対し、被相続人の状態を秘し、保険会社が作成した支払調書を示した上、保険契約が有効である旨を説明しており、被告が、保険契約が有効に成立したものとして申告書を作成したことに義務違反はない。 3 不服申立・保険契約無効の主張 原告は、保険契約が有効であると考えるのであれば北沢税務署長に対し異議申立をすべきであり、保険契約が無効であると考えるのであれば保険代理店に対し無効を主張すべきであって、被告が責任を問われる理由はない。 4 損害額 重加算税は原告の隠ぺい行為等に対して課されるものであり、被告が責任を負う理由はない。過少申告加算税及び延滞税は被告の行為によって生じたものではなく、また、相続税申告手数料は被告の正当な対価である。よって、被告が賠償すべき損害は存在しない。 【裁判所の判断】 1 税理士の職務 税務申告の委任を受けた税理士は、申告書を作成するに際して、基本的には委任者から提供された資料や委任者からの指示説明に依拠することはもとより当然のことであるが、委任者から提供された資料が不十分であるとか、委任者の指示説明が不適切であるために、これに依拠して適正な税務申告がされないおそれがあることを認識し又は認識し得べき場合には、委任者に対して追加の資料提供や調査を指示し、不十分な点や不適切な点を是正した上で税務申告を行う義務を負うものというべきである。 2 保険契約の有効性 相続人を代表していた原告の弟は、被告に対し、保険契約に係る支払調書を示し、保険会社において原告らの保険金の受給権を確定させたことを明らかにし、保険契約締結の理由を説明している。また、国税調査官の質問に対しても、原告らは、被相続人が意思能力を欠く状態で保険契約を締結したことを認めていないから、被告が、保険契約の有効性について調査を行ったとしても、保険契約の有効性に問題があることを認識し得るような資料を入手し得たとはいえない。 3 結論 被告において、委任者である原告らから提供された資料が不十分であるとか、原告らの指示説明が不適切であるために、これに依拠して申告書を作成すると適正な税務申告がされないおそれがあることを認識し又は認識し得べきであったと認めるに足る証拠はない。よって、被告において税理士としての義務に違反したと認めることはできない。 【解説】 相続人が節税のために意思能力を欠く被相続人を契約者とする保険契約を締結し、保険会社も保険契約が有効に成立したことを認めている中、契約の成立を不審に思った税務職員が被相続人のカルテを取り寄せて、保険契約は無効であることを立証した。 そして、支払った保険料相当額の返還請求権が相続財産に含まれるとして更正処分等を行った事案で、相続人の1人である原告は、課税当局に対する異議申立や保険会社に対して保険契約の無効を求める主張を行わず、相続税の申告手続を受任した税理士法人を相手どり、債務不履行責任に基づく損害賠償請求を行った。 1億円の保険料について更正処分で課された相続税が3,700万円余りであることから、問題となった保険商品が節税目的にかなうものであったことは間違いないし、原告らが保険契約の無効を争わずに保険金を受給していることからは、金融商品としてもよくできたものだったのであろうことが推測できる。 ただ、原告としては、重加算税を含め、1,500万円余りの余分な負担を強いられたことへの憤懣やるかたなく、これを税理士にぶつけたというところであろうか。 本件では、被告となった税理士法人は、相続人らの相続税対策は受任の範囲に含まれていなかったことから、裁判所は税理士の債務不履行はないと判断したものであるが、相続税に対するコンサルティングが受任業務の範囲に入っていた場合には違った判断が出るのではないかと推察でき、保険会社との間の契約が有効に成立していても、それを無効とする課税処分が行われる可能性があることは、十分に認識しておく必要があろう。 本事案の争いからは外れるが、北沢税務署の国税調査官が、被相続人が入院していた病院からカルテを取り寄せて、当時の被相続人が「刺激をしても覚醒しない状態」であることを知り、保険契約の有効性を否認した行為は、課税の公平を実現するための税務調査とはいえ、いささかやり過ぎという気がしないでもない。 税務調査に応じて患者のカルテを提供する行為が、病院側の守秘義務違反(刑法134条)を問えるかどうかはともかく、質問検査権の行使をどこまで認めるかは難しい問題である※。 ※例えば、神奈川県保険医協会は、国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達に対する意見(パブリック・コメント)として、「カルテは質問検査権の対象となる物件には当たらない」ということを明確にするよう、求めている。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載20〕 施行日をまたぐ役務提供に関する 消費税率の問題 税理士 飯田 聡一郎 1 消費税における資産の譲渡等の時期 消費税法上は、資産の譲渡等の時期について、積極的には原則的な取扱いを規定しておらず、本法では16条~18条において例外的な取扱いを規定しているに過ぎない。 一方で、消費税法基本通達の第9章では、資産の譲渡等の時期についての取扱いを置いているが、その内容は、法人税及び所得税の通達と平仄を揃えているに過ぎない。 消費税の資産の譲渡等の時期については、法人税法上の益金の計上時期、あるいは所得税法上の収入すべき時期と同じタイミングになると考えればよい。その点を確認する意味で下記の通達を置いている。 そして、法人税法においても、益金の計上時期については、法人税法63条で長期割賦販売に関する規定、64条で請負工事に関する規定を置くに過ぎない。つまり、原則的な取扱いは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に委ねていると考えられる。 2 物の引渡しを要しない請負契約の資産の譲渡等の時期に関する検討 (1) 通達上の取扱い 本事例のような広告の掲載については、物の引渡しを要しない請負契約と考えられる。 そして、消費税法基本通達9-1-5に従えば、その約した役務の全部を完了した日が資産の譲渡等の時期となる。 この考え方に基づけば、全額について施行日後の資産の譲渡等に該当し、8%の税率となる。 〈原則的な取扱い〉 (2) 役務提供の開始の時点で収益の認識をしている場合 しかし、本事例のように、役務提供を開始する日に収益を計上しているというケースも実務的には多いのではないだろうか。 なぜなら、広告掲載後にキャンセルがあったとしても代替的な収入を得られないことを理由に、役務提供の開始の後は金額が減額されることがない契約内容なら、役務提供開始の時点で権利が確定していると考えられるからである。 この考え方に基づけば、全額について5%の税率で認められると考えられる。 〈継続的な取扱いを前提に役務提供の開始で認識〉 (3) 日付毎に収益を認識している場合 また、同じような取引について、時間の経過に応じて収益を計上しているケースも考えられる。つまり、1日当たりの広告掲載料を日数に応じて請求するようなケースである。 この場合にも、会計処理の継続適用を前提として、3月末までの広告掲載料については5%の税率、4月以降の税率については8%の税率として処理することも認められると考えられる。 〈継続的な取扱いを前提に日付毎の収益認識〉 消費税法基本通達9-1-5の取扱いを強制的なものと捉えれば、資産の譲渡等の時期について、選択の余地はなく、役務提供完了の時点で資産の譲渡等を認識することになる。 しかし、消費税法上は明文規定を置いていないことと、その趣旨を一般に公正妥当と認められる会計処理に従っている場合は認めるものであると解するならば、いずれの処理も認められると考えられる。 3 Q&Aによる取扱いからの考察 平成25年4月25日に、国税庁から「平成26年4月1日以後に行われる資産の譲渡等に適用される消費税率等に関する経過措置の取扱いQ&A」(以下「Q&A」)が公表された。 その問4で、本件の事例に関する取扱いと同種の内容紹介されている。 上記のように、契約又は慣行により、対価の全部について、事業者が継続して対価を収受したときに収益を計上していれば、収益の計上が施行日前であれば旧税率でよいとするものである。 しかし、Q&Aでは「収受したときに、収益を計上している」と、収受を要件にしているようにも読める点が気になる。例えば本事例の場合で3月に請求し、4月に収受している場合では、収受前に収益を計上しているので、このQ&Aの射程に含まれるのかという点に疑問が残る。しかし、契約又慣行により請求権が生じ、継続して請求権が生じた時点で収益を計上している場合に問題になるとは考えにくい。 少なくとも、従来からの会計処理を変更していない場合には、あえて収益計上時期をずらすような実務は考えにくい。Q&A全般を通じて「継続的に」がキーワードとなっており、実務上は継続的な処理が尊重されることが予測される。 一方で、施行日の直前に会計処理を変更しているような場合には、問題になる可能性が生じる。消費税の増税とは無関係に会計処理を変更していたとしても、その意図を疑われるかもしれない、会計処理の変更については慎重さが要求されることになる。 なお、実務的なトラブルを回避する意味で、請求時点で消費税率を明確にしておくことが重要である。 経過措置には、請求する側と支払う側が同じ税率で処理できるように担保する旨の規定が置かれている。会計処理の方法により、旧税率と新税率のいずれも採用できるような場合には、税率を明確にしておくことがリスク回避に直結するだろう。 (了)