《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和6年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2024(令和6)年9月25日、「令和6年1月から令和6年3月までの裁決事例の追加等」を公表した。追加で公表された裁決は表のとおり、国税通則法関係が3件、法人税法関係、相続税法関係及び国税徴収法関係が各2件に加え、所得税法関係が1件で、合計10件となっている。 【表:公表裁決事例令和6年1月から3月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された10件の裁決事例のうち、財産債務調書における重要なものの記載が不十分であるか否かが争われた事例(前掲表①)、従業員による仮装行為が請求人の行為と同視できるか否かが争われた事例(前掲表②)及び不動産の譲渡に際して買主から売主に支払われた未経過固定資産税等相当額が、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるか否かが争われた事例(前掲表④)について、国税不服審判所の判断内容を概説したい。 なお、複数の争点がある裁決については、下記の概要の中で、その一部を割愛して、中心的な争点のみについて絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておく。 1 請求人による財産債務調書における重要なものの記載が不十分であるか否か・・・① (1) 事案の概要 本件は、審査請求人が、令和3年分の所得税等について、上場株式等に係る譲渡所得等の申告漏れがあったとして修正申告書を提出したところ、原処分庁が、当該修正申告に係る過少申告加算税について、財産債務に係る過少申告加算税の特例による加重措置を適用した賦課決定処分等をしたのに対し、請求人が、当該過少申告加算税については、同特例による軽減措置を適用すべきであるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 請求人に対する過少申告加算税賦課決定処分における過少申告加算税の計算において、加重措置又は軽減措置が適用されるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、財産債務調書の提出制度は、所得税等の申告の適正性を確保するため、納税者の保有する財産及び債務に関する情報につき納税者本人から提出を求める制度であり、財産債務調書の提出及び適正な記載を確保するためのインセンティブとして、加算税の軽減措置及び加重措置が設けられているとその趣旨を説示したうえで、内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(以下「国送法」と略称する)では、財産債務調書には「財産の種類、数量及び価額並びに債務の金額その他必要な事項」を記載することが規定され、さらに、法施行規則において、有価証券については、種類別、用途別及び所在別の数量及び価額並びに取得価額(種類別は、株式、公社債等の別のほか、銘柄の別)を記載することが規定されていることから、国送法が規定する「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」とは、「財産の種類、数量、価額及び所在並びに債務の金額その他必要な事項」といった記載すべき事項について誤りがあり、又は記載すべき事項の一部が記載漏れとなり、修正申告等の基因となる財産又は債務の特定が困難である場合をいうものと述べた。そのうえで、加算税の軽減措置及び加重措置が財産債務調書の提出及び適正な記載を確保するためのインセンティブとして設けられていることに鑑みると、加算税の軽減措置及び加重措置の適用の可否の判断は、財産債務調書の記載内容自体から行うべきであるという法令解釈を示した。 そのうえで、国税不服審判所は、請求人が提出した財産債務調書には、財産の価額又は債務の金額欄に合計額の記載はあるものの、請求人が譲渡したE株式及びG債券については、各銘柄及び各数量の記載がなく、財産債務調書の記載から、請求人の保有するE株式及びG債券を特定することは困難であると認められるとして、「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」に該当するというべきであるから、過少申告加算税の計算において、加重措置が適用されるという判断を示した。 また、請求人による、財産債務調書に国内株式等及び債券等として一括して記載されている価額は、残高報告書の国内株式等の残高及び月次報告書の債券等の残高と一致しており、E株式及びG債券は、残高報告書及び月次報告書によって容易に特定することができるうえ、「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」に該当するか否かの判断は、税務調査に基づき行われるものであるから、調査の際に、銘柄ごとの区分が確認でき、銘柄ごとの残高が一致することが容易に確認できれば、少なくとも、加重措置が適用されるべき理由はないとの主張について、国税不服審判所は、加重措置の適用の可否の判断は、提出された財産債務調書の記載内容自体から行うべきであって、財産債務調書以外の書類の記載や調査の際に容易に確認できる事項を加味して判断すべきものではないとしてこれを斥けている。 2 従業員による仮装行為が請求人の行為と同視できるか否か・・・② (1) 事案の概要 本件は、製造販売を目的とする法人である審査請求人が、請求人の従業員が工事業者と通謀して作成した虚偽の工事完了日を記載した納品書等に基づき、工事費用の額を課税仕入れに係る支払対価の額に含めて消費税等の申告をしたことから、原処分庁が、消費税等の更正処分を行うとともに、従業員による納品書等の作成行為は、事実の仮装と認められ、請求人の行為と同視することができるとして、消費税等に係る重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該従業員による上記納品書等の作成行為は請求人の行為と同視することができないとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 請求人の保全チーム従業員(本件従業員)が、実際の完成・引渡日が令和3年4月3日であった工事の完成・引渡日を同年3月31日とする完了報告書等を業者に作成させた行為(本件行為)は、請求人の行為と同視することができるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、重加算税の制度は、納税者が過少申告をするにつき隠蔽又は仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を課すことによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものであると述べたうえで、本来的には、納税者自身による隠蔽又は仮装する行為の防止を企図したものと解されるものの、納税者以外の者が隠蔽又は仮装する行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができるときには、形式的にそれが納税者自身の行為でないというだけで重加算税の賦課が許されないとすると、重加算税制度の趣旨及び目的を没却することになると説示して、納税者が法人である場合、法人の従業員など納税者以外の者が隠蔽又は仮装する行為を行った場合において、その従業員の行為を納税者本人の行為と同視することができるか否かについては、①その従業員の地位・権限、②その従業員の行為態様、③その従業員に対する管理・監督の程度等を総合考慮して判断するのが相当であり、納税者本人の行為と同視することができる場合には、納税者本人に対して重加算税を賦課することができると解するという法令解釈を述べた。 そして、国税不服審判所は、事実認定に基づき、本件従業員の地位・権限は、請求人の一使用人として限定されたものであったものの、本件行為は、本件従業員が請求人から付与された権限の範囲内において行われた行為であり、また、本件従業員の上長らは、本件各工事が令和3年3月31日までに完成していないことを認識することができ、本件行為による不正の事実を把握し、申告期限までにその是正措置を講じることが可能であったことからすれば、請求人における管理・監督が、本件行為のような不正を防止するうえで十分であったとは認められないものであり、これらの点を総合考慮すれば、本件従業員による本件行為は、納税者たる請求人の行為と同視することができると判断するのが相当であるとの判断を示して、請求人による審判を棄却した。 3 譲渡所得の収入金額(未経過固定資産税等相当額)・・・④ (1) 事案の概要 本件は、D社に土地及び建物を譲渡した審査請求人が、①所得税等については、未経過固定資産税等相当額を譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入せずに申告をし、②消費税等については、課税売上割合が100%であるとして申告をしたところ、原処分庁が、①未経過固定資産税等相当額は、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入すべきであるとして所得税等の更正処分等を行い、②課税売上割合の計算において非課税売上額を資産の譲渡等の対価の合計額に含めるべきであるとして消費税等の更正処分等を行ったことに対し、請求人が、これらの処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 請求人がD社から受け取った未経過固定資産税等相当額は、請求人の譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨であり、売買等によりその資産の移転が対価の受入れを伴うとき、その資産の増加益が対価のうちに具体化されることから、これを課税の対象として捉えたものと解すべきであるから、資産の譲渡の対価として収入すべき金額については、その名目いかんにかかわらず、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるべきであると解するのが相当であるという法令解釈を示した。 そのうえで、固定資産税等は、その賦課期日である毎年1月1日現在における固定資産の所有者に対して課されるものであって、その所有期間に対応して課されるものではなく、賦課期日後に固定資産の所有者に異動が生じたとしても、新たな所有者が固定資産のその年の固定資産税等の納税義務を負担するものではないことから、請求人とD社と間の売買契約における固定資産税等の負担及び清算に関する定めは、新たな債権債務関係を発生させる合意内容の1つであって、未経過固定資産税等相当額は、その合意内容に基づいて支払われた、土地建物の譲渡の対価の一部であると認められるから、資産の譲渡の対価として収入すべき金額となり、請求人の譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるという判断を示した。 (了)
《速報解説》 中小企業庁、R6改正に対応した 「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」等を公表 ~繰越控除措置の適用には確定申告時に明細書の添付を要する旨示す~ Profession Journal 編集部 中小企業向けの賃上げ促進税制は、令和6年度改正において、教育訓練費の増加要件に係る見直し措置や厚生労働省の認定制度(「くるみん」、「えるぼし」)の適用による上乗せ措置の創設、繰越控除措置の創設等が手当されている(賃上げ促進税制の改正全容については下記の速報解説を参照)。 中小企業が賃上げ促進税制を適用した場合の改正前後の税額控除率等の相違については次のとおり。 (※) 財務省「「令和6年度税制改正」(令和6年3月発行)」5頁の図を一部加工。 上記改正を受け、当初8月下旬に公表との予告がなされていた「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新)」(以下「中小企業向けガイドブック」という)及び「中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A集(令和6年9月20日更新)」だが、去る9月20日に公表のはこびとなった。 なお、令和6年度改正による賃上げ促進税制の拡充・延長等に伴い、すでに今年8月には「全企業向け・中堅企業向け「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック(令和6年8月5日公表版)」が経済産業省から公表されている。 今回公表された中小企業向けガイドブックでは、基本となる「制度概要」や「用語の説明」、「制度の詳細」、「よくあるご質問」等がまとめられている。 このうち「制度の詳細」において、子育てと仕事の両立支援・女性活躍推進の取組みを後押しする観点から令和6年度改正で新たに手当された厚生労働省の認定制度(「くるみん」、「えるぼし」)の適用による上乗せ措置について確認する中で、対象となる各認定の取得時期によって適用関係が異なることから、参考として「認定時期ごとの適用判定の例」をそれぞれのケースに応じて示している。 なお、対象となる各認定の取得時期による適用関係の違いをまとめると次のとおり。 そのほか「制度の詳細」では、同様に令和6年度改正で創設された、赤字の中小企業にも賃上げインセンティブとなるよう、賃上げを実施した年度に控除しきれなかった金額の5年間の繰越が可能となる措置(繰越控除措置)について、次のイメージとともに内容を確認している。 (※) 中小企業庁「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新)」21頁の図を一部加工 なお、繰越控除措置を適用する場合、確定申告時に次の①及び②を添付して提出する必要があるとしている。 また、上記①の明細書が提出されていない場合、未控除額は繰り越されず、繰越税額控除が適用できないことを留意事項としてあげている。 (了)
《速報解説》 国税庁、定額減税Q&A(概要・源泉所得税関係)を改訂 ~令和6年分年末調整に係る様式等の公表に伴い既存7問を修正~ Profession Journal 編集部 9月24日、国税庁は「令和6年分所得税の定額減税Q&A(概要・源泉所得税関係)」を改訂した。8月にも同Q&Aの改訂は行われたばかりだが、令和6年分年末調整に係る様式等の公表に合わせて既存問の修正が行われている。 今回の改訂では新問の追加は行われず、既存7問の修正となった。修正が行われた設問は次のとおり。 上記のうち設問2-1では、年調減税(年末調整時における年調所得税額からの控除)の適用が受けられる給与所得者に関して次の注書きが追加された。 また、設問8-1及び9-1では、基礎控除申告書などの提出がなく、給与所得者の合計所得金額の見積額の確認ができない場合の取扱いを、次のとおり新たに注書きとして追加している。 そのほか、設問8-1、8-3、8-9、8-11、9-3では、令和6年分の年末調整に係る様式等が同日に公表されたことに伴い、基礎控除申告書、配偶者控除等申告書及び所得金額調整控除申告書と「年末調整に係る申告書」との兼用様式(「令和6年分 給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 年末調整に係る定額減税のための申告書 兼 所得金額調整控除申告書」)や年調減税額の計算に対応した「令和6年分年末調整計算表」が国税庁ホームページに掲載されている旨を示す修正が行われている。 (了)
《速報解説》 IESBA倫理規程の改訂を受け、 会計士協会が監基報260「監査役等とのコミュニケーション」等を改正 ~規定の追加に伴い監査報告書の文例も修正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年9月26日、日本公認会計士協会は、監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」、監査基準報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」、監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」及び関連する監査基準報告書等の改正を公表した。これにより、2024年2月15日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 これは、2023年10月に国際監査・保証基準審議会(The International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)から公表された、IESBA倫理規程の改訂により会計事務所が社会的影響度の高い事業体(PIE)に対する独立性に関する要求事項を適用している場合の開示要求に伴う狭い範囲の改訂を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度に係る監査並びに同日以後開始する中間連結会計期間及び中間会計期間に係る中間監査から適用する。ただし、倫理規則(2024年7月18日変更)を早期適用する場合には、併せて本報告書を早期適用する。 (了)
《速報解説》 JICPA、「四半期開示制度の見直しに伴う監査基準報告書等の改正」を公表 ~適用時期につき各報告書で規定されているものもあるため注意~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年9月26日、日本公認会計士協会は、「四半期開示制度の見直しに伴う監査基準報告書等の改正」を公表した。これにより、2024年7月16日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 これは、今般の四半期開示制度の見直しを受けて、関連する監査基準報告書等について所要の見直しを行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」など多岐にわたる改正となっている。 例えば、「四半期レビュー」を「期中レビュー」とする改正である。 Ⅲ 適用時期等 監査基準報告書900「監査人の交代」のうち、企業会計審議会「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」(2024年3月27日公表)に関する事項は、2024年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表の監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間財務諸表の中間監査から適用する。 監査基準報告書560実務指針第1号「後発事象に関する監査上の取扱い」は、2024年6月30日以後終了する中間会計期間に係る中間監査又は期中レビューから適用する。 このように、各報告書において規定されているものもあるので、注意が必要である。 (了)
2024年9月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.587を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第42回】 「処分理由の差替えに対する手続的保障原則・司法的救済保障原則の貫徹」 -総額主義・争点主義論における最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁の位置づけ- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前々回は青色申告に対する更正処分(いわゆる青色更正)の理由附記に関する判例法理を検討したが、今回は、課税処分に処分時に附記された理由(以下では単に「処分理由」ないし「附記理由」という)と異なる理由を取消訴訟において主張することが許されるかといういわゆる処分理由の差替えの問題について検討することにする。 この問題は、従来は、青色更正の取消訴訟に関して議論され、いわゆる白色申告の場合には、処分理由の差替えは許容されるというのが「確立した」判例の立場(最判昭和36年12月1日訟月14巻2号191頁、最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁等。村上敬一「判解」最判解民事篇(昭和56年度)433頁、447頁は「一応確立している」とする)であったが、ただ、平成23年度[11月]税制改正によって、行政手続法上の理由の提示規定が課税処分等に係る行政手続法の適用除外から除外され(税通74条の14第1項括弧書)、青色更正以外の課税処分等についても理由提示(理由附記)が義務づけられることになったことから、上記の判例の立場が今後も維持されるかどうかは今後の判例の展開をみて判断する必要があろう(前々回Ⅳも参照)。 この点は今後の検討課題とすることにして、以下では、青色更正に係る処分理由の差替えの許否について従来の議論を踏まえて検討することにする。 なお、処分理由の差替えの問題は、下記のとおり(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1098頁)、取消訴訟だけでなく不服申立ても含めて議論されることがあるが、以下では、取消訴訟の場面を想定して検討を進めることにする。 また、処分理由の差替えは、課税処分(納税義務の確定処分)だけでなく国税に関する法律に基づく処分(税通75条1項)について一般に問題になり得るが(例えば青色申告承認取消処分については最判昭和42年4月21日訟月13巻8号985頁参照)、以下では、課税処分とりわけ青色更正について処分理由の差替えの許否を検討する。 Ⅱ 昭和56年最判の判断内容 処分理由の差替えについて、白色申告の場合、少なくとも平成23年度[11月]税制改正前は、その差替えの許容性を肯定するのが「確立した」判例の立場であることは前述のとおりであるが、青色申告の場合は、判例の立場は必ずしも明確ではないように思われる(村上・前掲「判解」451頁参照)。そのような中で注目されるのが最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(以下「昭和56年最判」という)である。この判決は次のとおり判示した(下線筆者)。 この判決は、処分理由の差替えについて、原々審・京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁(以下「昭和49年京都地判」という)の下記の判示(下線筆者)とは異なり、「一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく」と説示して、一般論としてはその許容性に関する判断を「明確に留保し」(村上・前掲「判解」452頁も同旨)、その上で本件(「このような場合」)についてはその許容性を肯定したのである。 関連して、原審・大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁(以下「昭和52年大阪高判」という)の判断をみておくと、同判決は次のとおり判示して、原判決(昭和49年京都地判)の判断を覆し、処分理由の差替えについて一般論としてその許容性を肯定した。 Ⅲ 昭和56年最判の位置づけ 1 総額主義と争点主義 以上でみたように、昭和56年最判が、一般論として争点主義の立場に立って処分理由の差替えの許容性を否定した昭和49年京都地判と、一般論として総額主義の立場に立って処分理由の差替えの許容性を肯定した昭和52年大阪高判との間にあって、「一般論としては総額主義と争点主義のいずれかに傾斜することは避けている」(金子宏「判批」別冊ジュリスト151号(行政判例百選〔第4版〕・1999年)448頁、449頁)ことは確かである。 では、争点主義と総額主義との間で昭和56年最判をどのように位置づけるべきであろうか。この検討を行うに当たって、以下では、まず、総額主義と争点主義についてそれぞれの意義を確認することから始めよう。 従来から、「総額主義とはなにか、またこれに対立する争点主義とはなにかについて必ずしも論者の説明は一致していない」(清永敬次「判批」シュトイエル146号(1974年)6頁、9頁。松沢智『新版 租税争訟法』(中央経済社・2001年)50頁も同旨)といわれてきたが、そもそも、「総額主義と争点主義の問題は、特に昭和45年に発足した国税不服審判所における審理の対象ないし範囲をめぐって議論されるようになったものである」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)322頁。松沢・前掲書59頁も同旨)ことから、まず、①課税処分取消争訟における審理の対象ないし範囲の観点からそれぞれの意義を述べておくと、総額主義とは、「審理の対象は処分を根拠づける一切の理由に及ぶという考え方」すなわち「課税標準ないし税額の正当な総額がいくらであるかが審理の対象になるという考え方」をいい(清永・前掲書322頁)、「審理の対象は原処分の認定額の全部(総額)ということ」(松沢・前掲書59頁)になり、争点主義とは、「審理の対象は処分を根拠づける理由の一部に限定されるという考え方」(清永・前掲書322頁)をいい、「審理の範囲が当事者の申立てによって限定された事項(争点および争点関連)に限るということ」(松沢・前掲書59-60頁)になる。 また、「総額主義と争点主義の問題は、訴訟の場合についていえば、いわゆる訴訟物をどのように考えるかという側面から論ずることができる(処分の同一性の議論もこれに含まれる。)とともに、訴訟当事者の主張の制限をどのように考えるかという側面からも論ずることができる」(清永・前掲「判批」9頁。なお、前記①の観点を訴訟物に含めて処分理由の差替えの許否を「(イ)更正の同一性、(ロ)訴訟物及び(ハ)訴訟上の主張制限」に分けて論ずるものとして、鈴木康之「租税訴訟の訴訟物(審判の対象)」小川英明=松沢智編『裁判実務大系(第20巻)租税争訟法』(青林書院・1988年)26頁、28頁以下参照)が、次に、②課税処分取消訴訟の訴訟物の観点からそれぞれの意義を述べておくと、総額主義は、「訴訟物を課税処分の違法性一般ないし課税処分に示された係争年度の課税標準又は税額の存否であるととらえ、処分を根拠づける理由は単に攻撃又は防御の方法にすぎず、したがって口頭弁論終結に至るまでこれを自由に提出することができ(旧民訴法137条、新民訴法156条参照)、このため審理の対象となる処分理由が本来限定されることはない、とするもの」(清永・前掲書322頁)であり、争点主義は、「訴訟物自体を処分の理由と関連させて捉える考え方」(同321頁)である。 この説明によれば、総額主義の下では、処分理由は訴訟物としてではなく、③課税処分取消訴訟における訴訟当事者の主張の制限の観点から攻撃防御方法として位置づけられるのに対して、争点主義の下では、処分理由それ自体が訴訟物として位置づけられるが、ただ、争点主義の下でも、処分理由を上記③の観点から攻撃防御方法として位置づける見解を説く論者もいる。その代表的な論者である松沢智教授は、総額主義と争点主義について国税不服審査手続上の意義を述べた上で、下記のとおり説いておられる(松沢・前掲書62-63頁。下線筆者)。そこでは、総額主義と争点主義の問題に関する①審理の対象・範囲、②訴訟物及び③主張制限(攻撃防御方法)の各観点の相互関係や議論の背景が的確に整理されているように思われるので、長くなるが関連する部分をそのまま引用しておこう。 2 訴訟物としての争点主義と主張制限としての争点主義 以上では総額主義と争点主義の意義を概括的に整理・検討してきたが、その整理・検討を踏まえると、処分理由の差替えの許否判断の基礎となる立場は、㋐総額主義、㋑訴訟物としての争点主義及び㋒主張制限(攻撃防御方法)としての争点主義の(以下では単に「主張制限としての争点主義」という)3つに大別することができよう。なお、前記②(訴訟物)の観点からは、㋒も㋐と同じく課税処分の違法性一般を訴訟物とする考え方であるといえ、前記③(主張制限)の観点からは、㋐は無制限説ないし非制限説、㋑と㋒は制限説と呼ぶことができよう(学説の整理・呼称については、松沢智「青色申告の法理(3・完)―更正理由差替え主張の制限を中心として」判時1074号(1983年)12頁、13頁、泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)133-135頁等も参照)。 ㋐総額主義(非制限説)は、学説・実務(課税・裁判)において多くの論者によって説かれるが、これと鋭く対立する㋑訴訟物としての争点主義も有力である。北野弘久教授は、「現行法のもとにおいても憲法31条〔適正手続〕等の要請からすべての、、、、租税行政処分にはそれなりの理由が附記されねばならないと解し」(同「判批」判評272号(1981年)163頁、165頁。傍点原文)、かつ、「租税実体法的視角からの論理必然的要求として租税訴訟における訴訟物を附記された『理由』の存否に限定すべきであると解し」(同頁)、その上で、次のとおり説いておられる(同166頁。同『税法学原論〔第6版〕』(青林書院・2007年)407-409頁も同旨。ほかに、福家俊朗「判批」税理18巻11号(1975年)128頁も参照)。 これに対して、金子宏教授は、次のとおり、㋑訴訟物としての争点主義の立場に立ちつつも、北野教授とは異なり「手続保障原則との関係において、つまり租税手続法的視角からの議論のたて方」(北野・前掲「判批」165頁)により、例外的に附記理由の差替えを認めてこられた(金子・前掲書(初版・1976年)449-450頁。下線筆者。同書(第24版・2021年)1099-1100頁も基本的に同じ)。 金子教授の上記の見解については、「ここで理由の差替えの限界を画しているのは手続的保障の実質であり、訴訟物ではない」(藤谷武史「判批」別冊ジュリスト261号(行政判例百選Ⅱ〔第8版〕・2022年)370頁、371頁)と指摘されている。金子教授が上記の見解において手続的保障原則を重視しておられるのは確かであるが、ただ、訴訟物が無関係であるわけではないと考えられる。 つまり、訴訟物については、「訴訟の最小単位を決めるという訴訟物の機能」の観点から「訴訟物というものは、やはりある程度の広がりを持たざるをえない」として「訴訟物を根拠とする従来の争点主義においては、この訴訟物の広がりが、ちょうど基本的課税要件事実の同一性の範囲に符合している」と指摘されることがあるが(岡村忠生「税務訴訟における主張と立証」芝池義一ほか編『租税行政と権利保護』(ミネルヴァ書房・1995年)297頁、314-315頁)、金子教授は、そのような「訴訟物の広がり」に着目され、「厳格な争点主義」の緩和によって処分理由の差替えの余地を創出されたものと解することができるように思われる。ここでいう「厳格な争点主義」という言葉は、金子教授が前記の引用文の最後の一文について後年加筆された「(筆者は、最初は厳格な争点主義の立場をとっていたが、それではいろいろの不都合が生ずるため、その後、少し軌道修正して、この考え方を提示した。この考え方をとっても、納税者に特に不利になることはないと考える。・・・・・・)」(同・前掲書(第20版・2015年)948頁、同書(第24版・2021年)1100頁)という括弧書きの中で用いられている言葉である。 要するに、金子教授の前記の見解は、㋑訴訟物としての争点主義のうち「緩和された争点主義」ともいうべきものであると考えるところである。この「緩和された争点主義」は、結論の点では、㋒主張制限としての争点主義と一致する場合がある。例えば、下記のように説かれる場合(松沢・前掲書66頁。下線筆者)がこの場合に該当する(ほかに佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座10』(日本評論社・1982年)55頁、73頁も同じく㋒の立場から「基本的な事実関係を同じくする範囲内であれば新たな主張を許してもよいと考える。」と述べている)。 松沢教授の上記の見解は、金子教授の前記の見解と結論(処分理由の差替えの、主張制限による例外的許容)の点で同じ一般論(これは「基本的課税要件事実同一説」といってよかろう。この呼称については村上・前掲「判解」452頁参照)を説くものと解してよいであろうが、ただ、両者が出発点(訴訟物ないし審理の対象)を異にすることは明らかである(同454頁(注7)も参照)。そのため、同じく「主張制限」といっても、松沢教授の見解については、総額主義に基づく処分理由の差替えの自由に対する制限という意味での「主張制限」であるのに対して、金子教授の見解については、㋑訴訟物としての争点主義(のうち厳格な争点主義)に基づく処分理由の差替えの絶対的禁止に対する緩和という意味での「主張制限」である(なお、北野教授の前記の見解はこの意味での「主張制限」を認めない)。両者の説く「主張制限」は、異なる出発点からのいわば「逆方向の主張制限」といってもよかろう。 換言すれば、両者はいずれも手続的保障原則に基づいて「主張制限」を立論するものであるが、松沢教授の見解は、処分理由の差替えを理由附記と「全く別個の問題」と捉える昭和52年大阪高判に典型的にみられるような手続的保障原則軽視の判断を是正するための「主張制限」であるのに対して、金子教授の見解は、手続的保障原則に基づく「厳格な争点主義」に伴う「いろいろの不都合」(その意味内容について金子教授は特に述べておられないが、それに関する説得力ある検討として岡村・前掲論文316-317頁参照)を解消するための「主張制限」である、といってもよかろう。 3 昭和56年最判の位置づけ 最後に、総額主義と争点主義に関する以上の整理・検討を踏まえて、昭和56年最判を処分理由の差替えの許否をめぐる総額主義と争点主義の議論(総額主義・争点主義論)の中に位置づけることにしよう。 昭和56年最判は、一般論としては処分理由の差替えの許容性に関する判断を留保した上で、本件についてはその許容性を肯定していることからすると、その位置づけについては他にも可能性があるかもしれないが(後記の「なお書き」も参照)、本件が同一不動産の取得価額(附記理由)と販売価額(本訴における追加主張)という「基本的課税要件事実の同一性」の範囲内における処分理由の差替えの事案であることを考慮すると、基本的課税要件事実同一説に属する金子教授の前記の見解すなわち㋑訴訟物としての争点主義(のうち緩和された争点主義)と松沢教授の前記の見解すなわち㋒主張制限としての争点主義のいずれかによる位置づけが妥当であろう。 金子教授は、前記の引用文の最後の一文について比較的早い時期から括弧書きを加筆され「(右に引用の最判昭和56年7月14日も、実質的には同じ趣旨であると理解してよいように思われる)」(同・前掲書(第2版・1988年)538頁。同書(第24版・2021年)1100頁も同旨。同・前掲「判批」449頁も参照)と述べておられ、また、松沢教授も次のように述べておられる(同・前掲書70頁。なお、下記の「二様の解釈の余地」は「同一性」概念の幅ないし枠の中に収まるものと解される)。 松沢教授のこの見解は、昭和56年最判に関する次の解説(村上・前掲「判解」452-453頁。下線筆者)と実質的な違いはないように思われる。 なお、昭和56年最判については、上記解説にいう「そのいずれの価額も被処分者が熟知しているはずの事柄であること」から更に踏み込んで、「この追加主張の内容が真実である場合」という前提の下で不誠実な納税者の主張制限の観点から示された次のような理解の仕方(武田昌輔「判批」判評280号(1982年)153頁、156頁。品川芳宣「判批」税経通信37巻2号(1982年)317頁、327頁のほか玉国文敏「判批」ジュリスト768号(昭和56年度重判会・1982年)34頁、36頁も参照)があることにも注意すべきであろう。 Ⅳ おわりに 今回は、課税処分取消訴訟に関する総額主義・争点主義論の整理・検討を踏まえて、昭和56年最判について基本的課税要件事実同一説による位置づけを明らかにした。基本的課税要件事実同一説は、その後、学説や裁判例(近時のものとして東京高判平成22年12月15日税資260号順号11571・裁判所ウェブサイト、東京高判平成28年4月21日税資266号順号12848・裁判所ウェブサイト参照)に受け入れられ、今日では、「課税処分取消訴訟の理由の差替えの範囲は、『基本的(な)課税要件事実の同一性』によって画される、というのが通説および青色申告事案に係る近時の裁判例の傾向である」(藤谷・前掲「判批」371頁)といわれるようになっている。 このような学説・裁判例の状況は、青色更正の理由附記という手続的保障原則からの要請を課税処分取消訴訟において貫徹するものとして高く評価することができる。確かに、「それ[=処分理由の差替えの許否]は、適正な徴税権の行使と納税者の保護との調和を図るという観点から課税処分の実際に即して検討されるべきことであって、理由附記の法理といった一般原理から直ちに帰結されるべきことではないであろう。」(村上・前掲「判解」446頁)とはいえるとしても、筆者のように手続的保障原則を憲法上の適正手続の保障原則(憲13条・31条)として実質的租税法律主義(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【11】参照)の内容の1つとし裁判を受ける権利(憲32条)の保障との関係では司法的救済保障原則と呼ぶことによって、手続的保障原則を司法的救済保障原則を含む包括的な適正手続保障原則として構成しようとする立場(前掲拙著【27】参照)からすると、やはり、今日の学説・裁判例の状況は高く評価すべきものである。 なお、総額主義と争点主義をめぐる議論については、前記Ⅲで概括的に整理・検討したところであるが、租税実体法から租税手続法・租税争訟法まで広範な領域において多くの多様な見解が説かれており、更に税法の基礎理論にまで立ち返ると、「租税債務関係説のパラドックス」(前掲拙著【65】)の問題についても検討しなければならないと考えられることから、今後も引き続き研究を続ける必要があると考えるところである。 (了)
〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第46回】 「別表6(24) 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(24)付表一 給与等支給額、比較教育訓練費の額及び翌期繰越税額控除限度超過額の計算に関する明細書」 税理士 柴田 知央 Ⅰ はじめに 実務でも適用する企業が多いと思われる、いわゆる「賃上げ促進税制」のうち中小企業向けの記載の仕方を取り上げる。 令和6年度税制改正では、新たに対象法人の区分が設けられ、控除率や中小企業向けの措置では控除できなかった金額を翌期以後5年間繰り越すことが可能となるなど、制度内容が大幅に改正されている。 また、別表番号が、それぞれ「6(26)、6(26)付表一」から「6(24)、6(24)付表一」に変更となり、税制改正にあわせて改訂されている。 Ⅱ 制度の概要と改正 本制度は、青色申告書を提出する法人が、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において、国内雇用者に対して支給する給与等を増額した場合、一定の要件を満たすときは、その増加額の一部を法人税額から控除することができる制度である(措法42の12の5)。 改正前の租税特別措置法第42条の12の5では、大企業向けの第1項と中小企業向けの第2項が規定されていた。 改正後では、新たに中堅企業の区分が設けられ、大企業向けの第1項、中堅企業向けの第2項、中小企業向けの第3項が規定されている。 中小企業者は、第1項及び第2項も選択することが可能であるが、適用要件や上乗せ措置要件の基準などから選択することは少ないと考えられる。 したがって、改正後の第3項について、制度の内容をみていくこととする。 (※) その企業及びその企業との間にその企業による支配関係がある企業の従業員数の合計が1万人を超えるものを除く。 (1) 適用対象者 中小企業向けの措置の適用対象者は、青色申告書を提出する中小企業者又は農業協同組合等である(措法42の4④、⑲七、八、九、措令27の4㉕)。 中小企業者とは、下記に掲げる法人をいう。 また、中小企業者に該当することとなっても、前3事業年度の所得金額の平均額が15億円超である適用除外事業者に該当する場合には、中小企業向けの措置は適用できない。 (2) 適用要件 適用要件は、下記の①及び②の要件である。 改正前と改正後では、変更はない。 雇用者給与等支給額は、適用年度の損金の額に算入される国内雇用者に対する所得税法第28条第1項に規定する給与等の支給額から給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)を控除した金額をいい、比較雇用者給与等支給額は、前事業年度における雇用者給与等支給額をいう。 (3) 税額控除限度額 税額控除限度額は、下記により計算した金額が法人税額から控除される。ただし、控除額の上限は法人税額の20%相当額となる。 控除対象雇用者給与等支給増加額は、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を差し引いた金額である。ただし、調整雇用者給与等支給増加額が上限となる。 控除率は、雇用者給与等支給額の増加割合、教育訓練費の額の増加割合等及びくるみん又はえるぼしの認定の状況により、控除率が上乗せされる。 令和6年度税制改正では、上乗せ措置の要件である教育訓練費の増加割合が10%から5%に引き下げられた。そして、新たな要件に、適用事業年度の教育訓練費の額が適用事業年度の全雇用者に対する給与等支給額の0.05%以上である場合に限り適用されることが追加された(*1)。 また、くるみん以上又はえるぼし2段階目以上の認定を受けた場合には、上乗せ措置の適用がある(*2)。 ◆令和6年度税制改正後の中小企業向け措置の控除率(令和6年4月1日以後に開始する事業年度) くるみん及びえるぼしは、それぞれ、次世代育成支援対策推進法及び女性の職業生活における活躍の推進に関する法律に基づき厚生労働大臣の認定を受けた証である。 詳細は、厚生労働省のウェブサイトを参照いただきたい。 くるみん以上又はえるぼし2段階目以上の認定を受けた場合とは、下記の場合をいう。 プラチナくるみん認定及びプラチナえるぼし認定は、適用年度の期末時点で、特例認定一般事業主に該当すれば上乗せ措置がある。しかしながら、これら以外では、認定を受けた適用年度のみ上乗せ措置がある。 (4) 繰越税額控除制度の新設 令和6年度税制改正では、新たに中小企業者等向けの措置として、その事業年度において法人税から控除することができなかった未控除額を翌事業年度以降、5年間繰り越すことができる制度が設けられた(措法42の12の5④)。 なお、本制度の詳細は、中小企業庁のウェブサイトの「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新)」を参照いただきたい。 Ⅲ 「別表6(24)」及び「別表6(24)付表一」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 令和6年4月1日以後終了する事業年度。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 別表の各記載欄の説明 〇適用可否の判定 まず、別表6(24)〔1欄〕から〔3欄〕までに本制度が適用できる法人か否かの判定を行う。 〇適用事業年度の雇用者給与等支給額等の計算 続いて、別表6(24)付表一の〔1欄〕から〔5欄〕で適用事業年度の雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較雇用者給与等支給額等の計算 別表6(24)付表一の〔6欄〕から〔12欄〕で比較雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較教育訓練費の額の計算 別表6(24)付表一の〔20欄〕から〔24欄〕で比較教育訓練費の額を計算する。 ちなみに、〔13欄〕から〔19欄〕までは、租税特別措置法第42条の12の5第1項又は第2項を適用する場合に記入。 〇雇用者給与等支給増加割合の計算 別表6(24)に戻り、〔4欄〕から〔7欄〕で雇用者給与等支給増加割合を計算する。 〇調整雇用者給与等支給増加額の計算 別表6(24)〔8欄〕から〔10欄〕で調整雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇教育訓練費増加割合及び雇用者給与等支給額比教育訓練費割合の計算 別表6(24)〔15欄〕から〔19欄〕で上乗せ措置の適用を受けるための教育訓練費の増加割合及び雇用者給与等支給額比教育訓練費割合を計算する。 「雇用者給与等支給額比教育訓練費割合」は、令和6年度税制改正により、上乗せ措置の適用を受けるために、新たに加えられた要件である。 〇税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算 別表6(24)〔20欄〕から〔22欄〕で、税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇中小企業者等税額控除限度額の計算 租税特別措置法第42条の12の5第3項の適用を受ける場合には、別表6(24)〔37欄〕から〔40欄〕で税額控除限度額を計算する。 〔37欄〕〔38欄〕〔39欄〕は、それぞれ上乗せ措置の適用がある場合に記入。 〇当期による分の税額控除額の計算 別表6(24)〔41欄〕から〔45欄〕で、当期による分の税額控除額を計算する。 〇前期繰越分による繰越税額控除額を計算 令和6年度税制改正において、第3項の適用を受ける中小企業者等では、その事業年度において控除しきれなかった金額(未控除額)は、翌期以後、5年間、繰り越すことが可能となった。 〔46欄〕から〔50欄〕までは、前期から繰り越された未控除額を当期に控除するときに使用する。 設例では、前期から繰り越された未控除額はないため、記入なし。 〇法人税額の特別控除額を計算 〇翌期繰越税額控除限度超過額の計算 別表6(24)付表一の〔25欄〕から〔27欄〕で、翌期に繰り越す税額控除限度超過額(未控除額)を計算する。 〇適用額明細書の記載 本措置を適用した場合の適用額明細書への記載は次のとおりである。 (了)
〔令和6年度税制改正〕 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第1回】 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 本稿は、令和6年度税制改正大綱公表時に速報解説として寄稿した「中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長」について、改正法令を踏まえ、改めて解説する内容である。 なお、中小企業事業再編投資損失準備金制度(以下、「本制度」という)の拡充・延長内容の把握に有用と思われる範囲で補足しているが、これらはあくまで現時点で公表済みの情報によるものであり、今後の更新情報に留意されたい。また、文中の意見に関する部分は、所属する団体や組織の公式見解ではなく筆者の私見であることを申し添える。 本制度の拡充・延長の概要や全体像の理解にあたっては、令和6年度税制改正大綱の公表時点の記事であるが、以下の拙稿を参照されたい。 1 本制度の拡充・延長の背景 財務省が公表する「令和6年度 税制改正の解説」によると、日本経済や地域活性化の観点から、中小企業の成長促進と高い労働生産性を持つ中堅企業の育成が重要とされている。「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」(骨太方針2023)でも、中堅・中小企業の活力向上と成長力を支援するため、予算や税制によるM&Aなどへの支援が謳われている。 これを踏まえ、成長意欲のある中堅・中小企業が複数の中小企業をグループ化し、経営資源を集約して親会社の強みを活かすことで飛躍的な成長を遂げることができるように、令和3年度の税制改正で新設された本制度が今回の改正で拡充された。そして、この措置によって、中小企業の従業員の雇用を守りながら、成長分野への円滑な労働移動が図られることも期待されている。 2 本制度の概要 本制度の拡充・延長に関する情報は、前述の財務省「令和6年度 税制改正の解説」や、中小企業庁「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」において詳細に解説されている。 なお、令和6年度税制改正で拡充・延長する前の本制度(以下、「現行制度」という)の解説については、令和3年度税制改正時点の記事であるが、以下の拙稿を参照されたい。 《図表1》本制度の概要 (出典) 中小企業庁「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」 《図表2》本制度の現行制度と拡充枠の概要の比較 (※1) 事業承継等事前調査(実施する予定のデューデリジェンスの内容)に関する事項が記載されたものである。 (※2) 産業競争力強化法(以下、「産競法」という)の改正に伴い新設されたものである。 (※3) 益金算入開始までの据置期間をいう。 (※) 財務省「令和6年度 税制改正の解説」、中小企業庁「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」を参考に筆者作成 本制度は「中堅・中小グループ化税制」とも呼ばれ、その拡充・延長前後の概要は《図表1》及び《図表2》に示されている。この制度は、株式取得によるM&Aを行う際に一定の要件を満たした法人に対し、一定期間にわたり多額の損金算入を認めることで、M&A直後の納税による資金流出を防ぎ、手元資金を確保しやすくするものである。これにより、M&Aに伴うリスクに備えつつ、中堅・中小企業のM&Aが促進されることが期待されている。 拡充された制度では、成長意欲が高く、複数回のM&Aを実施できる中堅・中小企業をさらに支援する内容が盛り込まれており、取得価額の上限額の緩和(ただし、下限が設定されている)、準備金積立率の段階的な引き上げ、据置期間の延長が現行制度との主な違いである。 3 特別事業再編計画に係る措置の追加 前述の「2 本制度の概要」で示した拡充枠の内容は、租税特別措置法の改正に基づき、国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」において、次のとおり示されている。 《図表3》本制度の拡充の概要 (出典) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」16頁 《図表3》では概要が図示されているが、詳細な説明は財務省の「令和6年度 税制改正の解説」における「特別事業再編計画に係る措置の追加」項目で提供されている。以降では、財務省「令和6年度 税制改正の解説」の内容を中心に、国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」や関連法令を参照しながら、筆者が補足して解説していく。 (1) 適用対象法人 (※4) 2024年8月27日、「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」の施行期日を2024年9月2日と定める閣議決定が行われ、施行された。 財務省「令和6年度 税制改正の解説」では、「特別事業再編計画の認定を受ける必要があるため、(中略)過去5年以内に他の事業者の経営の支配又は経営資源の取得(本制度の適用を受けることは、認定の要件とはされていない)で一定のものを行っているものに限られる」としている。 これは、《図表3》の[特別事業再編計画に係る措置のイメージ図]の「※過去5年以内において事業再編をしている必要があります(既存の措置の適用の有無は問いません。)。」に対応する内容である。 ① 産競法の中小企業者、中堅企業者 《図表4》「製造業、建設業、運輸業その他の業種」の企業区分 《図表5》「卸売業」の企業区分 《図表6》「サービス業」の企業区分 《図表7》「小売業」の企業区分 産競法における中小企業者及び中堅企業者は、同法の定義に基づき、《図表4》から《図表7》に示す会社等が該当する。ただし、中小企業者のうち、特別事業再編(後述②参照)の対象となるのは、常時使用従業員数2,000人以下に限られる(《図表4》から《図表7》の赤枠囲みは対象外)。本稿では、個人を対象外とし、中小企業関連立法において範囲が異なる場合については触れない。なお、中小企業関連立法における範囲の違いについては、中小企業庁の「中小企業・小規模企業者の定義」〔2024年8月29日アクセス〕を参考にするとよいだろう。 ② 特別事業再編計画 特別事業再編とは、事業再編のうち、中小企業者(常時使用従業員数2,000人以下に限る)又は中堅企業者であって、他の事業者の経営の支配又は経営資源の取得を行ったことがあるものが、当該他の事業者以外の他の事業者の経営資源を自らの経営資源と一体的に活用し、新たな需要を相当程度開拓することを目的として、吸収合併、吸収分割、株式交換、他の会社の株式又は持分の取得等の措置により事業の全部又は一部の構造の変化を行うものをいう(産競法2⑱)。 つまり、これは、既にM&Aを行ったことのある常時使用従業員数2,000人以下の中小企業者又は中堅企業者が、さらに他のM&Aを通じて事業の全体又は一部の構造を変化させる計画に関するものである。 ③ 認定特別事業再編事業者 (※5) 産競法24条の2第1項の認定に係る同項に規定する特別事業再編計画をいう。同条の3第1項の規定による変更の認定があったときはその変更後のものとされる(措法56①表二)。 (2) 適用対象となる株式又は出資、適用事業年度 (※6) 本措置の対象は、具体的には、他の会社の株式又は持分(出資)の取得で、当該他の会社の総株主又は総出資者の議決権の50%を超える議決権を保有することとなるものとされている(産競法2⑱六)。 つまり、これは、M&Aによる株式等の購入を行った日を含む事業年度に関するものである。主なポイントは以下のとおりである。 本措置の対象となる特定株式等の取得は購入による取得に限られているため、「合併、分割、株式交換、株式移転又は株式交付による取得、払込みによる取得、現物出資による取得、贈与による取得及び新株予約権の行使による取得は対象外」(財務省「令和6年度 税制改正の解説」)とされている。 なお、特定保険契約とは、「特別事業再編のための措置に起因し、又は関連して生ずる損害を填補する保険」を指す(措法56①)。特定保険契約について詳しくは、次回の「5 経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長」にて説明する。 (【第2回】に続く)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例138(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆賃上げ促進税制(措法42の12の5) 青色申告法人が、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度(設立事業年度、合併以外の解散の日を含む事業年度及び清算中の事業年度を除く)において、国内雇用者に対して給与等を支給する場合に、一定の要件を満たすときは、一定の範囲内の金額を法人税額から控除することができる。 ◆中小企業者等の特例(措法42の12の5③) 中小企業者等において、雇用者給与等支給額が前事業年度比で1.5%以上増加している場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の15%相当額の税額控除が受けられる。さらに、雇用者給与等支給額が前事業年度比で2.5%以上増加している場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の15%相当額の税額控除が上乗せで受けられる。ただし、法人税額の20%相当額が限度となる。 ◆雇用者給与等支給額(措法42の12の5⑤九) 国内雇用者に対して支給する俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与の額で、適用年度において損金算入される金額をいう。ただし、役員の特殊関係者や使用人兼務役員に対して支給する給与や退職手当は除かれる。また、給与等に充てるため他の者(その法人との間に連結完全支配関係がある他の連結法人等を含む)から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)がある場合には、その金額を控除する。 ◆決算賞与 次の全ての要件を満たす決算賞与は、未払計上した事業年度の経費として損金算入が認められる。 したがって、決算賞与は、損金算入が認められた事業年度の雇用者給与等支給額に含まれる。 (了)