Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第58回】 「〔第5表〕子法人から親法人に土地を移転した場合の 株式の価額の計算上の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲は、昭和50年から不動産販売業及び賃貸業を営んでいる甲社の株式を100%所有していましたが、平成24年3月1日に株式移転により乙社を設立し、甲社を完全子法人としています。甲社のA駐車場(帳簿価額2億円、相続税評価額8億円、時価10億円)を乙社に移転しようと思いますが、下記のいずれかの方法を検討しています。 なお、乙社は将来的にはA駐車場を第三者に譲渡することも検討しています。 前提として、乙社移転時、第三者への譲渡時との間に相続税評価額及び時価の変動はないものとし、第三者に譲渡する時は10億円で譲渡するものとします。 それぞれの方法による乙社移転時、第三者への譲渡時の会計上の仕訳は、下記の通りとします。 ① 時価10億円で譲渡する方法 【甲社】 【乙社】 ② 帳簿価額2億円で譲渡する方法 【甲社】 【乙社】 ③ 適格現物分配で移転する方法(原資は利益剰余金) 【甲社】 【乙社】 上記の場合において、それぞれの方法における甲社及び乙社の株式価額の計算上、留意する事項について教えてください。 A 甲社及び乙社の株式価額の計算上、下記の点に留意する必要があります。 ◆ ◆ ◆ 1 完全支配関係がある普通法人間等で行われる固定資産等の譲渡損益について 内国法人がその有する譲渡損益調整資産(固定資産、土地等、有価証券、金銭債権及び繰延資産で一定のもの)を他の内国法人(当該内国法人との間に完全支配関係がある普通法人又は協同組合等に限る)に譲渡した場合には、当該譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額(その譲渡に係る収益の額が原価の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう)又は譲渡損失額(その譲渡に係る原価の額が収益の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう)に相当する金額は、その譲渡した事業年度の所得の金額の計算上、損金の額又は益金の額に算入することとされています(法法61の11①)。 したがって、譲渡法人側において譲渡益が生じた場合にはその譲渡益は益金不算入となり、譲渡損が生じた場合には、損金不算入となります。 そして、上記の規定の適用を受けた場合において、その譲渡を受けた法人(以下、「譲受法人」という)において当該譲渡損益調整資産の譲渡等の一定の事由が生じたときは、当該譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額又は譲渡損失額に相当する金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入するとされています(法法61の11②)。 したがって、譲受法人が第三者に譲渡をした場合には、譲渡法人において過去に繰り延べられた譲渡益は益金算入となり、過去に繰り延べられた譲渡損は、損金算入となります。 このような譲渡損益調整資産の譲渡損益があった場合には、類似業種比準価額の計算において1株当たりの年利益金額の計算をどうするべきかの問題がありますが、1株当たりの年利益金額はあくまでも非経常的な利益を除外すれば問題ありません。ポイントとして、課税所得金額に土地の譲渡益に相当する金額が含まれているかどうかを確認することになります。 本問①の時価10億円で譲渡した場合の甲社及び乙社の取扱いは、それぞれ下記の通りとなります。 【甲社】 【乙社】 2 法人による完全支配関係があるグループ間の寄附金と受贈益がある場合 内国法人が各事業年度において当該内国法人との間に完全支配関係(法人による完全支配関係に限る)がある他の内国法人から受けた受贈益の額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入しないとされています。 一方で内国法人が各事業年度において当該内国法人との間に完全支配関係(法人による完全支配関係に限る)がある他の内国法人に対して支出した寄附金の額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しないとされています。 上記の取扱いは、法人による完全支配関係がある場合に適用されますので、個人株主が支配している兄弟会社関係の寄附には適用されません。 また、「受贈益」と認定されるものと「寄附金」と認定されるものの両方がある場合に限り、益金不算入及び損金不算入の取扱いがあります(法法25の2、37②)。 さらに、法人による完全支配関係がある子法人については、純資産が増減していますので、子法人株式について帳簿価額の修正が必要となります。すなわち、子法人が受贈益を受けた場合には、益金不算入でも純資産は増加し、子法人が寄附金を支出した場合には、損金不算入でも、純資産は減少します。この純資産の変動は、その子法人株式を保有する親法人の子法人株式簿価に反映されるべきであり、この親法人の子法人株式簿価の修正を「寄附修正」といいます。 具体的には、子法人で寄附修正事由(益金不算入の受贈益又は損金不算入の寄附金)が生じたとき、親法人は次の計算式により子法人株式の簿価を修正します。 これにより、子法人株式の簿価が、子法人の純資産の実際の増減に対応するように修正されます(法令9七)。この寄附修正があった場合には、法人税の申告書上、別表五(一)の利益積立金額の計算に関する明細書において子法人株式の増減を記載します。 本問②の帳簿価額2億円で譲渡した場合の甲社及び乙社の取扱いは、それぞれ下記の通りとなります。実際に帳簿価額で譲渡した場合であっても、時価で課税所得の計算を行うことになりますので、いったん甲社においては譲渡益8億円(10億円-2億円)は認識した上で益金不算入となります。 本問①との違いは、甲社で寄附金が乙社で受贈益がそれぞれ認識され、親法人である乙社において子法人である甲社株式の寄附修正が生じることです。 【甲社】 【乙社】 3 適格現物分配による資産の移転について 通常の現物分配の場合には、その資産は時価で譲渡されたものとみなされ、譲渡益があれば法人税が課税されます(法法62の5①②)。これに対して、適格現物分配の場合には、帳簿価額で譲渡がされたものとみなされ、時価譲渡課税が行われません。「適格現物分配」とは、内国法人を現物分配法人(現物分配によりその有する資産の移転を行った法人をいいます)とする現物分配のうち、その現物分配により資産の移転を受ける者がその現物分配の直前において当該内国法人との間に完全支配関係がある内国法人(普通法人又は協同組合等に限ります)のみであるものをいいます(法法2十二の十五、62の5③)。 法人による完全支配関係がある子法人から親法人に現物分配を行った場合には、現物分配法人側においては、移転資産は帳簿価額で譲渡したものとみなされ、譲渡益・譲渡損は生じません。 一方で資産を受け取った完全支配関係法人(被現物分配法人)側では、受取配当金となりますが、税務上は全額益金不算入となります(法法62の5④)。本問③の適格現物分配で移転する場合の甲社及び乙社の取扱いは、それぞれ下記の通りとなります。 【甲社】 【乙社】 4 株式価額の計算上の留意点 取引相場のない株式(出資)の評価明細書ごとに株式価額の計算上の留意点をまとめると下記の通りとなります。 ■第2表 特定の評価会社の判定の明細書 子法人からの資産の移転により、甲社及び乙社が土地保有特定会社又は株式等保有特定会社に該当しなくなった場合には、財産評価基本通達189のなお書きの適用があるかどうか留意する必要があります。 この点については、前回(第57回)解説していますが、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものとされています(評価通達189なお書き)。 したがって、合理的な理由の有無を確認することになります。例えば、A駐車場の移転前において甲社が土地保有特定会社に該当し、乙社が株式等保有特定会社に該当していた場合には、合理的な理由の有無が課税当局に注視されます。 ■第4表 類似業種比準価額等の計算明細書 下記の配当金額、利益金額、純資産価額の計算についてそれぞれ留意する必要があります。 (1) 直前期末以前3年間の年平均配当金額の計算 本問③の適格現物分配を行った場合に「1株当たりの年配当金額Ⓑ」の計算上、現物分配により移転した資産は、年配当金に含めるかどうかが問題となります。配当として含めるものは、将来毎期継続することが予想されるものに限られますので、通常、土地の適格現物分配は、これに該当せず配当金額に含めません。 (2) 直前期末以前3年間の利益金額 本問①②の場合には、甲社から乙社へA駐車場を移転した時点においては、法人税の課税所得金額に土地の譲渡益は含まれていないため、調整は不要となりますが、乙社から第三者に譲渡した時点において、甲社で土地の譲渡益が認識されることになります。 したがって、第三者に譲渡した事業年度において、法人税の課税所得金額に土地の譲渡益が含まれていますので、直前期末以前3年間の利益金額の算定において、法人税の課税所得金額に土地の譲渡益が含まれている場合(直前期末以前3年間の間にA駐車場を第三者に譲渡した場合)には、これを除外するために土地の譲渡益に相当する金額を⑫欄の『非経常的な利益金額』に計上する必要があります。 本問③の場合には、乙社で受取配当等の益金不算入額が発生しており、⑬欄の『受取配当等の益金不算入額』に記載をする必要があるのではないかとの疑問もあるかもしれませんが、適格現物分配における剰余金の配当は、グループ全体の臨時偶発的な利益であるため、臨時偶発的なものである限り、⑬欄の『受取配当等の益金不算入額』に記載する必要はありません。 (3) 直前期末(直前々期末)の純資産価額 利益積立金額は、法人税の申告書別表五(一)の差引合計額の差引翌期首現在利益積立金額の数値を使用し、この金額は、子法人株式の寄附修正が行われた後の金額となりますので、そのままその数値を使用することになります。ただし、そもそもの法人税の申告書において適正に寄附修正が行われているかは確認が必要となります。 したがって、純資産価額については、通常通り、法人税の申告書別表五(一)の利益積立金額の計算に関する明細書から転記すれば問題ありません。 ■第5表 1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書 下記の資産の部における相続税評価額及び帳簿価額、現物出資等受入れ資産の価額の合計額の㊁欄、㋭欄について、留意する必要があります。 (1) 相続税評価額 本問①②③のいずれの場合においても乙社が直前期末時点においてA駐車場を所有している場合の相続税評価額は、課税時期前3年以内の取得の場合には、相続税評価額8億円ではなく10億円を計上することになります。課税時期前3年超の取得の場合には、相続税評価額8億円を計上することになります(評価通達185)。 (2) 帳簿価額 乙社が直前期末時点においてA駐車場を所有している場合における帳簿価額については、本問①②の場合には、10億円となりますが、本問③の場合には2億円となります。 したがって、③の場合には、相続税評価額と帳簿価額との差額が発生することになり、法人税等相当額の控除を作出することになります。人為的な含み益の控除の制限の定めは、財産評価基本通達186-2の定めにより「現物出資、合併、株式交換、株式移転、株式交付」と限定列挙されており、適格現物分配は含まれていませんので、非上場株式の評価を定めた財産評価基本通達(評価通達178~189-7)では、適格現物分配の含み益の控除制限はないことになります。ただし、この含み益の控除の作出を目的として適格現物分配を行った場合には、総則6項が適用され、含み益の控除の制限対象とされる可能性があります。 なお、本問②の場合には、寄附修正がありますので、乙社の第5表の甲社株式の帳簿価額は、寄附修正により帳簿価額から8億円を控除する必要があります。 この場合において、帳簿価額がマイナスとなった場合には、ゼロにするのかそれともマイナス処理とするかについては明確な取扱いがありません。寄附修正の趣旨としては、子法人株式の簿価に「寄附修正額」を加減算することで、将来その子法人株式を譲渡したときに 実際の経済的な価値移転を正しく益金(又は損金)算入できるように調整しています。 つまり、子法人株式の簿価修正は、将来の子法人株式の譲渡益課税を正確にすることにあります。仮に寄附修正により子法人株式の帳簿価額がマイナスとなった場合において、0円として取り扱うと法人税における帳簿価額が実態より過大に算定されてしまい、その結果、相続税評価額との差額(評価差額)が過小計上されることになります。 したがって、私見としては、帳簿価額がマイナスとなった場合には、そのままマイナスで処理することが相当かと考えます。ただし、明確な取扱いが明らかにされているわけではありませんので、個々のケースにおいて慎重に対応する必要があります。 (3) 現物出資等受入れ資産の価額の合計額 本問①②③の場合には、いずれも株式移転をした後の株式価額の算定となりますが、株式移転時における甲社株式の相続税評価額よりも著しく低い価額で甲社株式を受け入れている場合には、含み益の控除の制限対象となります。 具体的には、第5表における「現物出資等受入れ資産の価額の合計額」の相続税評価額(㋥)欄に株式移転時における甲社株式の相続税評価額(課税時期における甲社株式の相続税評価額の方が低い場合には、課税時期における甲社株式の相続税評価額)を帳簿価額(㋭)欄に甲社株式の帳簿価額を記載することになります。ただし、課税時期における相続税評価額による総資産価額に占める現物出資等受入れ資産の価額の合計額の割合が20%以下である場合には、含み益の控除制限の対象外となりますので、上記相続税評価額(㋥)欄及び帳簿価額(㋭)欄は空欄で問題ありません(評価通達186-2)。 ☆実務上のポイント☆ 法人による完全支配関係がある場合の資産の譲渡や適格現物分配は、法人税の税務調整に注意しながら、株式価額を計算する必要があります。 グループ法人税制の適用がある場合における資産の譲渡の場合には、子法人に資産の譲渡損益が認識されるのに対して、適格現物分配の場合には、親法人に資産の譲渡損益が認識されます。 法人税等相当額の控除の取扱いについても資産の譲渡と適格現物分配の場合には異なりますので、どの手法がいいかどうかは、他の税金の影響も含めて総合的に検討する必要があります。 (了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第13回】 「自社で利用するソフトウエア製作にかかった消費税の取扱い」 税理士 石川 幸恵 【Q】 当社は営業支援サービスを提供するソフトウエアを製作し、ウェブ上で利用者にサービスを提供しています。 このソフトウエアは設立直後から製作を開始しましたが、完成したのは第2期に入ってからでした。 製作期間中は売上がなく、製作資金を確保するために第1期に増資を行いました。その結果、第1期は消費税の免税事業者、第2期は課税事業者となりました。 また、研究開発にかかった労務費や経費も含めると、このソフトウエアの製作に要した金額は約2,000万円となります。 この製作に要した支出に係る消費税について、どのような点に注意すべきでしょうか。 【A】 これらの支出は「ソフトウエア」として無形固定資産に計上すべきもので、事業の用に供するまでは「ソフトウエア仮勘定」として経理します。ソフトウエア仮勘定として経理した場合の消費税の取扱いは、「建設仮勘定」と同様に扱って問題ないと考えられますので、原則として課税仕入れを行った日の属する課税期間において仕入税額控除を行うこととなります。ただし、完成時に仕入税額控除することも認められますので、免税事業者であった第1期の課税仕入れも含めて第2期に仕入税額控除することも可能です。 また、このソフトウエアが自己建設高額特定資産に該当する場合、第2期から4期目まで納税義務の免除は受けられません。ただし、適格請求書発行事業者の登録を受けた場合は、そもそも事業者免税点制度の適用はありません。サービスの内容が事業者向けであるケースでは、通常、適格請求書発行事業者の登録を受けると考えられますので、納税義務の免除の特例による影響は限定的と考えられます。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ この【Q】を取り上げた背景に、自社利用ソフトウエアの製作に関する高松国税不服審判所の裁決(令和6年3月19日、非公開、TAINSコード:F0-2-1238)がある。 この裁決の請求人が製作したのは、ユーザーにウェブを通じて利用してもらうサービスの裏側で動いているソフトウエアである。裁決では、これは市場販売目的の製品マスターではなく「自社利用ソフトウエア」と判断され、償却期間は5年とされた。また、研究開発費については自社利用ソフトウエアに係るもので、将来の収益獲得が明らか(法基通7-3-15の3(2))であること、その内容も労務費や経費などの集計であることから取得価額に算入すべきとされた。 このようなウェブ経由のサービスは今では一般的であり、こうしたサービス開発を計画している会社も多いと思われる。 この裁決では消費税は争点となっていないが、実務上は切り離せないため、自社利用ソフトウエアの製作に関わる消費税につき、確認しておきたい。 1 ソフトウエアの取得価額 ソフトウエアは法人税法上、無形固定資産として減価償却の計算対象となる(法法2㉓、法令13八ヌ)。減価償却費の計算のためには、取得価額を明らかにする必要があるが、自己が製作した場合、ソフトウエアの取得価額に算入すべき金額は次の額の合計額とされる(法令54①二)。 2 免税事業者の期間に支出したソフトウエア仮勘定について 自己が製作したソフトウエアに係る課税仕入れの時期について、通達等に具体的な記載はないが、建設仮勘定と同様と考えて問題ないと思われる。 建設仮勘定については、消基通11-3-6にて次のように示されている。 免税事業者の期間中に支出したソフトウエア仮勘定についても、完成した日の属する課税期間において課税仕入れ等とすることに問題はないと考えられる。 3 自己建設高額特定資産を取得した場合等の納税義務の免除の特例(消法12の4) (1) 自社利用のソフトウエアについて ソフトウエアに関し、調整対象固定資産に含まれるものの例として、通達では次のように示している(消基通12-2-1(5))。 自社で企画・製作したソフトウエアは明示されていないが、調整対象固定資産の範囲から外れるとは考えにくいため、調整対象固定資産と考えるべきであろう。 (2) 自己建設高額特定資産に該当するかどうかの判定 調整対象固定資産として自ら建設、製作又は製造したもので、建設等に要した課税仕入れに係る税抜価額の累計額が1,000万円以上となった場合には、「高額特定資産を取得した場合等の納税義務の免除の特例」により、事業者免税点制度の適用に制限が生じる。 具体的には累計額が1,000万円以上となった課税期間から、完成した日の属する課税期間の初日以後3年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間において、納税義務が免除されない。 この累計額には免税事業者であった期間や簡易課税制度の適用を受ける課税期間における課税仕入れが除かれ、また給与などの不課税となる金額も含まれないため、質問の自社利用ソフトウエアが自己建設高額特定資産に該当するかどうかは、ソフトウエア仮勘定につき、支出の時期や支出の内容を分けて検討する必要があろう。 (了)
国際課税レポート 【第18回】 「G7共存システムの具体化とピラー2」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー はじめに:2つの「国際ミニマム課税」~ピラー2と米国NCTI(旧GILTI) 6月28日に発出された「グローバル・ミニマム課税に関するG7声明」は、多国籍企業の利益に最低限の税負担を求める制度として、米国国内法のミニマム課税ルールと、OECD「ピラー2」のグローバルミニマム課税ルールを、ピラー2をアメリカの多国籍企業の利益に適用しないことにより「共存」させることについての共通理解を示した。 このタイミングでこうした「G7声明」が出された背景には、OECD/G20・BEPS包摂的枠組みで合意された「ピラー2」のルールに対する米国トランプ政権と議会(共和党)の強い反発がある(詳しくは、本連載【第16回】参照)。 〈グローバルミニマム課税に関するG7声明の概要(2025年6月28日)〉 (※) Net CFC Teested Income(NCTI・「CFC対象所得純額税制」。旧GILTI)。NCTIは、米国株主が保有するCFCの「テスト所得純額」を即時合算課税するミニマム課税制度で、2025年法(OBBBA)でGILTIを改称。このほか、バイデン政権が2022年に導入した会計上の利益が10億ドル超の法人に対する15%のミニマム税(CAMT・Corprate Alternative Minimum Tax,法人向け代替ミニマム税)がある。 共存システムについてのG7合意は、 一方では、「外国の不公正な税制への対抗措置」を立法しようとしていた米国議会を動かし、下院・上院でそれぞれ承認され、両院での調整そして採決に進もうとしていたいわゆる報復条項(内国歳入法899条)の削除を実現した。 他方、米国の完全除外を認めたことで、OECDのピラー2は全ての国に適用される原則ではなくなったとも言える。このため、ピラー2における15%のグローバルミニマム課税の設計や運用の一部を見直す必要が生じた。 日本は米国に次ぐ世界第2の多国籍企業大国であり、15%のグローバルミニマム課税のための3つの制度、すなわち、所得合算ルール(IIR)、軽課税所得ルール(UTPR)、国内ミニマム課税(QDMTT)をすべて国内法に導入済であり、施行も始まっている(※)。 (※) 最初の情報申告は、①IIRについては令和8年9月末までに提出される。②UTPR、QDMTTについては、令和10年9月末までに提出される。 この度、共存システムを国際課税制度の中に実装し、執行できるようにするためのOECD内部の検討の一部が報道等により非公式に知られることとなった(※)。 (※) Bloomberg「OECD Proposes Changes to Global Tax Deal to Aease US(2)」(2025.8.21)、Tax Notes「Confidential OECD Documents Outline Potential Piller 2 Changes」(2025.9.2) そこで、本稿では、日本及び日本の多国籍企業にとって関係が大きい事項、すなわち、グローバルミニマム課税とCFC税制の関係、優遇税制とグローバルミニマム税計算の関係、セーフハーバーの在り方を巡るポリシー及び技術的な問題を取り上げてみたい。 〈わが国におけるグローバルミニマム税の施行〉 CFC税制とピラー2 OECD事務局の検討ペーパーによれば、適格併存制度(案)は以下とされている。 まず重要になるのは、合意される税率が何%かである。OECD事務局の検討ペーパーの推計によると、米国の多国籍企業の実効税負担率は13.4~16.7%程度と見込まれている。G7合意では、米国親会社の利益を「UTPR及びIIRから完全に免除する」としているので、税率の水準はピラー2が基準としている15%より低くする必要が生じるのだろうか。もしそうであれば、バランスの観点から、ピラー2の税率を米国多国籍企業に認められる水準まで引き下げるべきという主張があるかもしれない。 共存システムの設計において、ポリシーに関して最も重要になるのは、CFC税制(外国子会社合算税制)とグローバルミニマム課税の関係である。 包摂的枠組みは、CFC税制とピラー2のIIRの仕組みは類似しているが、CFCルールは租税回避防止のためであり、IIRはミニマム税と目的が異なるので、併存可能であるとしてきた(※)。 (※) 「Although similar in operation, the IIR and CFC rules can co-exist because they have different policy objectives」. Pillar Two Blueprint(2020年版)23,112-113頁 しかし、今回の共存システムでは、米国がピラー2同様の趣旨と機能のミニマム課税ルール(「適格併存制度」)を持つことを理由として、米国多国籍企業へのピラー2の適用を免除した。また、この制度の対象は既存の制度に限ることを検討しているようだ。 このため、米国以外で適格併存制度と同様の機能を持つCFC税制についても、米国を適用免除とすることとの関係で、ピラー2との「併存」を認めることが適当か検討する必要が生じたものと考えられる。 現時点では議論は始まってもいないが、仮に、OECD事務局ペーパーに沿った合意が実施された場合、日本への影響はどうなるのだろうか。 日本のCFC税制が前述の適格併存要件3つを全て満たすと考えられるから、ピラー2の措置であるIIRやUTPRを別建てで導入せずともよい道が開ける。二重の税負担や二重の計算作業を避けられるなら、企業にとっても税務当局にとってもメリットは大きいと考えられる。 2つのセーフハーバー:「ホワイトリスト型」と「簡易実効税率計算(恒久)」 OECD事務局ペーパーは、これからの議論のたたき台として2つの類型のセーフハーバーを提案している。採・否や修正は今後の議論による。 ① 「ホワイトリスト型」-包摂的枠組みの指定により、法域単位でトップアップ税をゼロとみなす これは、包摂的枠組みが「この法域ではミニマム税を停止するのが妥当」と判断した場合で、納税者が選択すれば、その法域でのIIR/UTPRトップアップ税を“ゼロとみなす”もので、実務感覚としてはホワイトリストに近い。二重課税リスクを抑えつつ、本当に必要のない計算・申告を省く方向へ制度全体を傾ける狙いである。 ② 「簡易実効税率計算(恒久)型」-各法域での簡易実効税率計算の結果が閾値を満たせば、その企業、その会計年度についてトップアップ税をゼロとみなす 2つ目は、移行期CbCRセーフハーバーの発想を常設化する案である。連結会計データに基づく簡素化ETRが所定の閾値を満たす限り、その法域のトップアップ税をゼロとみなす。Business at OECD(BIAC)案を土台にした構想であり、実効税率が高い法域において、恒常的な実効税率計算の負担軽減を意図している。今回の提案における閾値は不明だが、現在の恒久的でない移行期セーフハーバーの閾値は2025年16%、2026年17%である。 税優遇の扱いと実効税率の計算 ピラー2のトップアップ税を判定するための実効税率(ETR)は「税額/所得」で算定される。現在のピラー2の仕組みでは、以下の非対称があり、各国が国内投資やクロスボーダーの対内投資促進等で用いている優遇税制(インセンティブ)の中立性を損なっていることが指摘されている。 非還付型の費用連動インセンティブ(例:R&D税額控除)は「税額の減算」として扱われ、分子そして実効税率を押し下げてトップアップ税を誘発し得る。 これに対し、適格還付可能税額控除(QRTC)や市場性のある譲渡型クレジットは、一定要件を満たすと「所得として扱う」ため、実効税率を下げにくい。 この課題を踏まえたG7合意は、実体(サブスタンス)に基づく非還付型税額控除(税優遇の額が事業活動に伴う費用に連動している)の取扱いを、還付可能控除に「より整合的」にする見直しを並行検討すると明記している。 仮に、OECDでこの方向で議論がまとまった場合、日本にとってはどのような影響があるか。日本の多国籍企業による利用が多い東南アジアの対内投資インセンティブは、非還付型の税軽減であることが多いことから(※)、東南アジアに進出した日本企業にとってメリットが期待できる。 (※) タイ・マレーシア・インドネシア・フィリピンの投資インセンティブは、伝統的に“非還付型”(免税・控除・特別償却)が中心になっている。 おわりに OECD事務局ペーパーは議論のたたき台である。OECD事務局は現時点では報道機関の照会に応じていない。こうした情報に基づいて分析を行う意義は限定的なものとならざるを得ない。まずは各国代表が議論に集中できる環境を確保することが重要であろう。 しかし、前述したように多国籍企業課税の在り方は世界第2の多国籍企業大国である日本にとって重要な関心事でもある。 そこで注目される1つ目は、実務における事務負担軽減である。簡素化された実効税率計算によるセーフハーバーが認められたとしても、一定の計算の必要性は残る。ホワイトリスト方式による法域の指定が行われたとしても、多国籍企業はそれ以外の法域にも展開しているであろうから、申告や納税の負担は残る可能性が高いという点である。セーブハーバーにより停止型や簡素化ETRで「トップアップ税=ゼロみなし」になっても、情報申告義務や相手国との整合性確保は残る公算が高い。 2つ目は、日本は法人単位での合算制度を持ち、対人管轄権に基づき外国子会社に課税権を及ぼす制度として理解することができる(※)。詳細で実効性のあるCFC税制を持つ日本としては、国内法のCFC税制を適格IIRとすることにより「国内法のCFCだけでよい」が現実になれば魅力的だ。 (※) 岡直樹「CFC税制とピラー2」国際商事法務Vol52,No9(2024)1056頁 そのためには、適格併存制度の3要件(包括的な所得課税、親会社レベルCFC課税、QDMTT救済)を日本のCFC税制に取り込んでいくことが必要になる。今後精査する必要があるが、基本的に、既にわが国のCFC税制は示された要件を満たしている可能性が高いと考えられる。日本の多国籍企業が重畳的な課税を受ける機会や、二重のコンプライアンス負担を受けることを相当程度抑えることができるのではないか。 併存システムは、多国籍企業大国である日本にとって、多国籍企業の利益を守る観点からのチャンス(【第16回】参照)を提供しているものと捉えたい。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第173回】 株式会社REVOLUTION 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年7月11日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社REVOLUTION第三者委員会の概要】 【株式会社REVOLUTIONの概要】 株式会社REVOLUTION(以下「REV社」と略称する)は、1986(昭和61)年3月、有限会社原弘産として設立。株式会社への組織変更を経て、2019年11月現商号に変更。不動産事業、投資事業、不動産クレジット事業及びクラウドファンディング事業を主たる事業とする。 国内に連結子会社及び孫会社10社並びに海外連結子会社1社を有する。売上高5,566百万円、経常利益31百万円、資本金296百万円。従業員数は56名。合同会社FO1(以下「FO1社」という。代表社員は美山俊氏(報告書上の表記は「b氏」。以下「美山氏」と略称する)が発行済み株式の37.44%を有する筆頭株主である(いずれも2024年10月期連結実績)。本店所在地は東京都千代田区。 会計監査人は、2025年1月30日まで{2024年10月期における継続監査機関は4年間}は、EY新日本有限責任監査法人東京事務所。1月30日付で、應和監査法人が会計監査人に就任したが、7月6日付で辞任したため、同日後は、監査法人アリアが一時会計監査人に就任している。 【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 REV社の株主優待に係る一連の経緯(以下「本事案」という)は次のとおりである。 (※1) 「株式交付によるWeCapital株式会社の子会社化の結果に関するお知らせ」 (※2) 「株主優待制度の新設に関するお知らせ」 (※3) 「有償ストックオプション(第9回新株予約権)の発行に関するお知らせ」 (※4) 「初回の株主優待制度に関する特例措置の追加に関するお知らせ」 (※5) 「株主優待制度の廃止に関するお知らせ」 本事案を受け、REV社に対しては、株主をはじめとするステークホルダーから、株主優待について、その導入を決定した際に実施するつもりがなかったにもかかわらず、株価を上昇させるためにこれを導入した可能性があること、また、新株予約権について、新藤元社長の辞任による放棄を前提として同氏にこれを割り当てた可能性があるといった意見等が寄せられるようになったことから、REV社は、監査等委員会の提言も踏まえ、株主優待の導入及び新株予約権の発行プロセスの適法性等を検証し、再発防止策を講じるためには、外部の専門家が客観的・中立的に本事案の調査を実施することが必要であると判断し、2025年4月1日、第三者委員会の設置を決定した。 2 第三者委員会が認定した事実関係 (1) WeCapital社に対する株式交付 第三者委員会は調査の結果、REV社によるWeCapital社の子会社化の経緯について、次のように認定した。 REV社の新藤元社長は、2024年5月頃、不動産のクラウドファンディング事業を営んでいる企業との資本提携・M&Aをするための相手方を探していたところ、WeCapital社の当時の代表取締役松田悠介氏(報告書上の表記は「p氏」。以下「松田氏」と略称する)を紹介され、6月以降、資本提携及び M&A の可能性を模索するための協議を開始した。 当初は、新藤元社長、美山氏及び松田氏の間では、相互の株式を25%程度ずつ保有し合うことが検討されていたが、その後、REV社がWeCapital社の株式の51%以上を保有することで株価の上昇が見込めること等を理由に、連結子会社とするM&Aを行うことで合意、子会社化する方法として、REV社には株式取得の対価として交付する資金が不足していたことを理由に、REV社の株式をWeCapital社の株主に割り当てる株式交付を行うことで合意した。 株式交付に向けたWeCapital社の企業価値評価について、松田氏は、同社の第三者割当増資時の評価額を参考に約200億円を提示したところ、新藤元社長は、美山氏から約150億円を下回るようにディスカウントするよう指示を受けて交渉を行い、7月上旬までに、企業価値を約150億円と評価することで両社の合意が形成された。 2024年10月11日、本株式交付の効力が発生し、REV社は、WeCapital社の株主から同社株式合計27,483株(同社発行済株式総数の54.66%)を取得し、その対価としてREV社株式合計341,586,207株を交付し、WeCapital社はREV社の連結子会社となった。 (2) 株主優待制度 第三者委員会は調査の結果、REV社による株主優待制度の新設の経緯について、次のように認定した。 新藤元社長は、遅くとも2024年9月上旬以降、松田氏と相談しながら、株主への利益還元策を検討していたが、REV社の2023年10月期の利益剰余金が約3億2,505万円のマイナスであり、配当による利益還元策を採用することができないと考え、株主優待制度の新設を検討することとした。 新藤元社長は、自ら株主優待に関するシミュレーションを行い、保有株2,000株以上の株主に対し、1名当たり12万円分のQUOカードPayを与えることとすれば、①株主の利回りは15.3%、②対象となる総株主数は1,141名、③総費用は1億3,692万円(2倍の上振れを想定した場合は2億7,384万円)となり、REV社の財源に照らして実現可能であり、株価の上昇を期待できると判断し、遅くとも10月22日までに、美山氏に対し、REV社の株価を上げる施策の一つとして株主優待を提案し、導入によりREV社の株価が上昇する旨を説明し 美山氏は当初、株主優待による多額の支出及び財源について懸念を示したものの、株主優待によって株価が上昇することに対しては好意的な反応を示し、結果的には株主優待を導入することを了承した。 「第三者委員会設置の経緯」で既述のとおり、REV社は、2024年10月20日、株主優待制度の新設を公表するが、翌年3月11日において、WeCapital社の株式と引き換えにREV社株式を取得した者が、REV社株式を市場で大量売却するなどしたことにより、優待対象者が急増し、当初見込んでいた財源では株主優待を実施することができなくなったことを理由に、株主優待を一度も実施することなく廃止することを公表した。 株主優待を一度も実施することなく廃止した点について、第三者委員会は、新藤元社長に対するヒアリングに基づき、株主優待を導入した当時は、株主優待を実施する意思を有しており、これを一度も実現することなく廃止するつもりはなかったと判断し、その根拠として、以下の3点を挙げている。 また、第三者委員会の調査によれば、2024年10月31日時点の優待対象株主数は2,965名であり、初回の株主優待の費用として見込まれる最大の金額は約3.6億円(通期)であったところ、当時のREV社の預貯金残高は約11億9,612万円であったため、このタイミングでは株主優待が実施可能な財源が確保されていたということである。 (3) 新藤元社長に対する新株予約権の発行 第三者委員会は調査の結果、新藤元社長に対する新株予約権の発行の経緯について、次のように認定した。 新藤元社長は、2024年9月上旬以降、WeCapital社とのM&Aを含むこれまでの REV社の代表取締役としての自身の実績に鑑み、同社の株式又は新株予約権を取得することによって実績に見合った経済的利益を享受したいと考え、REV社が東証プライム市場への上場を果たすことを目標としつつ、使条件として社株価が1,000円を上回ること(株価条件)を定め、かつ、強制行使条件として行使期間中に株価が150円を下回ること(強制行使条件)を定めた新株予約権の試案を策定し、実現に向けた準備を始めたところ、その過程で、新株予約権者が権利行使時にREV社の役職員、同社子会社の取締役又は社外協力者であること(在職条件)が定められることとなった。 その後、新藤元社長は、新株予約権の発行に関して、WeCapital社代表取締役松田氏の賛同及び美山氏の了承を得た。 第三者委員会は、新藤元社長に対するヒアリングの結果として、新株予約権の発行時において、新藤元社長がこれを放棄するという意思を有していたとは認められないと判断し、その理由として、次の4点を挙げている。 (4) WeCapital社経営陣によるREV社株式の売却 第三者委員会は調査の結果、松田氏を含むWeCapital社経営陣が売却したREV社株式は、合計7,113,300株に達し、この売却の影響もあって、株主優待の初回の対象株主数の最大値は9,930名、株主優待の実施に必要な財源は約11.9億円となり、追加の財源を確保しない限り、実施が不可能であった。 3 第三者委員会による法的評価と問題点の指摘(調査報告書41ページ以下) (1) 株主優待制度 第三者委員会は、株主優待制度について、金融商品取引法及び会社法上の法的評価と問題点について検討した。 まず、金融商品取引法との関係では、株主優待及びその特例措置は、同法第158条に規定する「風説の流布・偽計の禁止」に該当するとまでは言えないものと判断した。 一方、会社法との関係では、株主優待は、配当規制を定めた同法の趣旨を潜脱するものとして社会的相当性を欠き、現物配当に該当するものであったと評価される可能性が否定できないことから、株主優待が会社法上要求されている株主総会決議を経ずに導入されたことは、同法第454条第1項に違反していた可能性があり、また、株主の平等を定めた同法第109条第1項に違反すると評価される可能性が否定できないと評価した。 (2) 新株予約権 第三者委員会は、新藤元社長に割り当てられた新株予約権についても、金融商品取引法及び会社法上の法的評価と問題点について検討した。 まず、金融商品取引法との関係では、新株予約権の発行や公表は、合理的根拠のないことを認識した上で行われたものでも、詐欺的又は不公正な策略や手段として行われたものでもないから、風説の流布・偽計には該当しないと判断した。 一方、会社法との関係では、同法では、有利発行該当性に関する基準は明示されていないものの、裁判例では、「特に有利な金額」とは、「公正な払込金額よりも特に低い価額」を意味しており、新株予約権については、実務上、10%を超えるディスカウントは有利発行に該当すると考えられていることを踏まえると、新株予約権は「公正な払込金額よりも特に低い価額」によって発行されたものとして、有利発行に該当する可能性があると評価した。 4 REV社におけるガバナンスの問題点(調査報告書68ページ以下) 第三者委員会は、REV社におけるガバナンス上の問題点として大きく次の3項目を挙げている。 本稿では、第三者委員会が指摘した問題のうち、REV社における特異な事情として、「主要株主による経営判断への影響力の行使」について、その指摘内容を確認しておきたい。 第三者委員会は、美山氏について、株主優待の導入や新株予約権の発行に関し、新藤元社長以外のREV社取締役に自らの意向を直接伝えたことはなく、同社取締役会に参加して経営の意思決定に加わることもなければ、「会長」やオブザーバーとして出席するなどして取締役会や監査等委員会の場で同社の取締役に圧力をかけたりしたこともなかったのであり、株主たるFO1社の代表社員としての立場を超えて、REV社取締役会における意思決定の独立性を阻害していたとまではいえないと評価した。 そのうえで、REV社では、美山氏は「会長」と呼ばれ、肩書が印刷された名刺や「会長室」と呼ばれる個室が準備されていたこと、とくに新藤元社長との間では、REV社の経営に関する事項について、LINE等を用いてほぼ毎日のようにやり取りをするなど、緊密にコミュニケーションをとっており、新藤元社長における経営方針の検討に関与し続けており、新藤元社長は、美山氏の意向は絶対であり、同氏の意向を無視して、または、承認を得ることなく経営判断を行うことはできないと認識していた旨を供述しており、実際に各種施策を取締役会に上程するに当たっては、基本的に美山氏の事前の承認を得ていたことが認められると述べている。 特に、本事案との関係では、2025年2月11日頃に開催された会議の録音データから、美山氏が、株主優待の廃止を新藤元社長に指示したことが窺われるとともに、強い口調で、新藤元社長に代表取締役の辞任を迫っていることも確認できるうえ、実際に本新株予約権の放棄を含めて、美山氏による指示内容に沿うように対応が進められていたと認められるとして、美山氏は、新藤元社長を含むREV社取締役に対して強い影響力を有していたと考えられ、株主優待の廃止、新藤元社長の代表取締役辞任及び新株予約権の放棄に関しては、上場会社と株主との間の建設的な対話を超えて、REV社の経営に過度に関与していたと評し得るものであり、上場会社と株主との関係性として健全とはいえなかった側面があることは否定できないとまとめている。 5 提言(調査報告書76ページ以下) 調査報告書の最後に、第三者委員会は「提言」として、REV社におけるガバナンスの問題点を解消するための施策をまとめている。 (1) 中長期的な企業価値を見据えた経営の実践 最初に、第三者委員会は、経営方針の決定・経営判断の実践に当たり、短期的な視点に囚われすぎず、また、株価刺激策といった一時的な策に頼るのではなく、持続的な成長や社会的責任を重視した、地に足のついた経営が実践されるべきであり、中長期的な目線で企業の成長を実現できるよう、企業としての経営方針を今一度見直すことが必要であると提言をした。 (2) 取締役会及び監査等委員による監視・監督の実効性の確保 次いで、第三者委員会は、「取締役会及び監査等委員による監視・監督の実効性の確保』として、とくに、常勤監査等委員が設置されていないことから、監査等委員である取締役が社内の情報に接しにくい状況にあったことは否めないとして、取締役会の監督機能が、一定の水準に達するまでの間、常勤の監査等委員を設置することを検討するように提言した。 (3) 主要株主等との関係性の見直し さらに、第三者委員会は、上場会社として備えるべきガバナンス体制を強化するとともに、主要株主との間で建設的な対話と適切な関係性を構築していくことが必要であるとしたうえで、美山氏については、少数株主の利益の保護を十分に図ることのできる体制を構築することを条件に、株主総会での賛同が得られることを前提として、主要株主自身が取締役に就任し、取締役としての法的な権限と責任をもって、経営に主体的に関与していくことも、選択肢の一つと述べた。 【調査報告書の特徴】 REV社の株価(注)を時系列で振り返ってみると、2024年9月には300円を挟んだ値動きを見せていた株価は、2024年10月下旬、WeCapital社の連結子会社化によって400円台に上昇、株主優待を公表後には677円の高値(10月28日)を付けている。この時点までは、新藤元社長らの株価上昇策はある程度の効果を見せていたと評価できよう。しかし、その後、株価は徐々に下落し、2024年12月末の終値は322円。さらに、2025年に入っても株価の下落は続き、株主優待の廃止と新藤元社長の辞任が公表される前の株価は195円(3月11日終値)。 (注) REV社は、2024年9月30日の臨時株主総会及び普通株主による種類株主総会での決議に基づき、同年10月21日、同社株式10株を1株に併合する株式併合を実施しているため、本稿での株価は併合による調整後の株価を表している。 公表を受けて3月13日には100円を割り込み、本稿執筆時点では75円(9月5日終値)となっている。株主優待を梃子に株価を1,000円台に押し上げ、プライム市場へと市場区分の変更を目指すとしていた、新藤元社長らの計画はすべて水泡に帰した格好となっている。 ここでは、調査報告書では触れられていないWeCapital社の代表取締役の変更、株主による株主代表訴訟の提起のREV社による再発防止策、などについて、REV社のリリースを中心に紹介したい。 1 WeCapital社の代表取締役の変更 REV社は、第三者委員会の委員選任前の2025年3月27日、「当社連結子会社WeCapital株式会社グループの業績計画見直しに関するお知らせ」をリリースし、WeCapital社は、2月11日に開催した臨時株主総会において、代表取締役を松田氏から、REV社執行役員CFOの齋藤洋佑氏に変更したこと、その後、2月28日の臨時取締役会で、齋藤洋佑氏が代表者を辞任し、代表取締役COOの樋口遼氏が代表取締役CEOを兼務すること、さらに、REV社の要請に基づき、松田氏の取締役解任が、同日付の臨時株主総会で決議されたことが公表されている。 2 株主代表訴訟の提起の請求(第1回) REV社は、翌3月28日、「当社連結子会社WeCapital株式会社の元代表取締役に対する株主代表訴訟の提起の請求に関するお知らせ 」をリリースして、WeCapital社の株主1名から、同社元代表取締役に対する責任追及の訴えを求める旨の「提訴請求書」を受領したことを公表した。 訴えの概要ついて、同リリースでは、元代表取締役が就任期間において行った①組成したファンドにおける投資対象不動産の取得における背任行為、②経費の不正支出、③REV社による連結子会社化時における株価の関与について、元代表取締役はWeCapital社に生じた損害を賠償する責任を負うとして、元代表取締役が42億円を支払うことを求めるものであると説明している。 第1回目の責任追及の訴えの請求に対して、REV社は、5月23日、「当社連結子会社WeCapital株式会社の提訴請求への対応について」をリリースして、WeCapital社監査役は、提訴請求内容については、一定程度本件調査の結果と整合する箇所はあったものの、元代表取締役の責任の範囲及び損害金額の算定根拠が不明確であることから、現時点では訴訟を提起するに足る法的要件を満たしていないと判断して、訴訟を提起しないことを公表した。 ただし、本リリースで、REV社は、WeCapital社元代表取締役の松田氏について、特別背任や取締役としての善管注意義務違反等の行為について、責任追及の法的手続きの準備をしていることを明言している。 3 株主代表訴訟の提起の請求(第2回) さらに、5月14日、REV社は、「当社連結子会社WeCapital株式会社の取締役及び元取締役に対する株主代表訴訟の提起の請求に関するお知らせ」をリリースして、WeCapital社の株主1名{3月28日に提訴を請求した株主と同じ株主}から、同社取締役及び元取締役(現REV社執行役員。以下、両名を合わせて、「本件対象取締役等」という)に対する責任追及の訴えを求める旨の「提訴請求書」を受領したことを公表した。 訴えの概要ついて、同リリースでは、本件対象取締役等が金銭の不正支出や不法行為について57億2,500万円を支払うことを求めるものであると説明している。 第2回目の責任追及の訴えの請求に対して、REV社は、6月27日、「当社連結子会社WeCapital株式会社の提訴請求への対応について」をリリースして、WeCapital社監査役は、①同社の事業に直接の関係がなく、事実であった場合においても同社事業への影響が確認できず、損失額の算定を行うことができない、②同社が損害を被った事実は確認できない、③義務違反の有無や損害の発生の有無及びその金額等についての調査及び検証が未了と判断して、訴訟は提起しないことを公表した。 4 REV社による再発防止策 7月31日、REV社は、「第三者委員会調査報告書受領に伴う対応および再発防止策のお知らせ」をリリースして、同日開催の取締役会において、新藤元社長に対する民事上の責任追及を進める方針を、他の取締役については、3か月間、役員報酬10%の自主返納を決議したこととともに、以下の再発防止策を公表した。 REV社は、再発防止策の中で、美山氏について、今後設置する予定の指名委員会において妥当性が確認され、その後に開催する株主総会決議で取締役選任について承認を得られることを前提としながら、取締役として選任する予定であり、美山氏は、取締役としての法的な権限と責任をもって経営に主体的に関与していく方針であることを明言している。 5 松田氏に対する訴訟提起――その1 REV社は、8月8日、「連結子会社の元代表取締役への訴訟の提起に関するお知らせ」をリリースして、連結子会社であるヤマワケエステート株式会社(以下、「YE社」という)が、同日付で、WeCapital社元代表取締役松田氏を被告として、1,039,887,400円の損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起したことを公表した。 訴訟に至った経緯及び理由の中で、REV社は、WeCapital社及びYE社を中心に関係者からの調査を継続した実施した結果、現在YE社が組成したクラウドファンド案件の中で複数償還延長となっている事案について、松田氏による、クラウドファンド組成における所定の審査プロセス等を経ず独断での契約締結、または審査に関係する他の役職員に対する欺罔行為の存在が発覚しており、WeCapital社の取締役としての善管注意義務に反し、WeCapital 社、YE社及び償還延長となっている案件への出資者に対して多大な損害を与えたものであることから訴訟を提起することとなったと説明している。 6 松田氏に対する訴訟提起――その2 さらに、REV社は、8月29日、「連結子会社WeCapital株式会社における元代表取締役への訴訟の提起に関するお知らせ」をリリースして、連結子会社であるWeCapital社が、同日付で、WeCapital社元代表取締役松田氏を被告として、2億円の損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起したことを公表した。 訴訟に至った経緯及び理由の中で、REV社は、松田氏が、WeCapital社の取締役としての善管注意義務に反し、WeCapital 社、YE社及び償還延長となっている案件への出資者に対して多大な損害を与えたものであることから、YE社に引き続き、訴訟を提起することとなったと説明している。さらに、本リリースでは、YE社が組成したクラウドファンド案件のなかで、償還延期あるいは運用期間延長となっている一部の案件における損害賠償金としての約17億9百万円であることが明記され、損害賠償請求金はその一部であり、さらに、WeCapital社で2024年9月期における接待交際費が過大となったため、松田氏を含む各取締役が、予算を超過した接待交際費を返還する旨決議を行っており、松田氏以外の取締役はすでに予算超過分を返還しているが、松田氏は未だ約20百万円を返還していないため、本件提訴において返還を求めていると説明がされている。 7 特別損失の計上 REV社は、8月12日、「第三者委員会の調査に伴う特別損失の計上に関するお知らせ」をリリースして、第三者委員会の調査及びその後の打合せ対応等に要する費用が発生し、2025年10月期第3四半期において、90百万円程度の特別損失を計上することを公表した。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第4回】 「連結の範囲に関する適用指針②」 -子会社の範囲の決定- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回に引き続き、「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号。以下「連結範囲適用指針」という)にしたがって連結の範囲を解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 子会社の範囲の決定 連結会計基準では、次のように、他の企業の意思決定機関を支配しているケースを規定している(連結会計基準7項)。 ① 他の企業(更生会社、破産会社その他これらに準ずる企業であって、かつ、有効な支配従属関係が存在しないと認められる企業を除く)の議決権の過半数を自己の計算において所有している企業 ② 他の企業の議決権の 100分の40以上、100分の50以下を自己の計算において所有している企業であって、かつ、一定の要件に該当する企業 ③ 自己の計算において所有している議決権(当該議決権を所有していない場合を含む)と、緊密な者及び同意している者が所有している議決権とを合わせて、他の企業の議決権の過半数を占めている企業であって、かつ、一定の要件に該当する企業 連結範囲適用指針は、議決権の過半数を所有していないが他の企業の意思決定機関を支配しているケースについて、次のように規定している(連結範囲適用指針11項~15項)。 【議決権の過半数を所有していないが、他の企業の意思決定機関を支配しているケース】 連結の範囲については、日本公認会計士協会から「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する監査上の留意点についてのQ&A」(監査・保証実務委員会実務指針第88号)が公表されているので、連結の範囲を適切に判断するためには、当該実務指針にも注意が必要である。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年8月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年8月1日から8月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 なお、四半期ごとの速報解説のポイントについては、下記の連載を参照されたい。 Ⅱ 金融商品取引法関係 次のものが公布されている。 〇 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第75号) (内容:「金融商品会計に関する実務指針」(改正移管指針第9号)、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等の修正を公表したこと等を受けもの) (了)
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第13回】 「退職予定者による機密情報の持出しと懲戒解雇の可否」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の従業員で近々退職を予定している者(A)が当社の機密情報をGoogle DriveのAの私的アカウント領域にアップロードしたことが判明しました。当該機密情報が第三者に漏えいした事実は確認できていません。 Aは、情報のアップロードの目的は、退職日までの期間を利用して自己研鑽を図るためであり、第三者に開示するためではないと述べていますが、Aを懲戒解雇することは可能でしょうか。 【Answer】 Aが持ち出した情報の重要性などにもよりますが、Aによるアップロードは不正の目的によるものであると認められる可能性が高いのではないかと思われます。 よって、従業員Aを懲戒解雇するという判断には合理性が認められると思われます。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 退職予定者による機密情報持出し・漏えい(以下、「持出し等」という)は、企業にとって重大な問題である。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の調査報告(※1)によると、営業秘密の漏えいの経路のうち「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」の割合は、同機構が2020年度に実施した調査の結果(36.3%)よりも減少したものの17.8%を占めるものであり、「契約終了後又は中途退職した契約社員・派遣社員等による漏えい」(14.6%)及び「定年退職者による漏えい」(12.0%)を合わせると44.4%にものぼる。 (※1) 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「『企業における営業秘密管理に関する実態調査2024』調査実施報告書」(2025年8月) そこで、本稿においては、退職予定者による機密情報の持出し等と懲戒解雇について論ずる。 2 機密情報の持出し等を理由とした懲戒解雇の判断基準 まず、機密情報の持出し等を理由とした懲戒解雇はどのような場合に認められるか。 この点、日本クリーン事件(東京高判令和4年11月16日)は、機密情報の持出し等を理由とした懲戒処分の検討にあり、「(1)当該行為の内容、性質、(2)行為の目的やそれが行われた経緯、(3)漏えいされた情報の真実性、(4)当該行為による結果やその後の影響、(5)控訴人における情報管理の状況、(6)処分対象者の言動・態度と再発の可能性、(7)処分対象者の処分歴の有無とその内容等といった点を順次検討した上で、これらの事情を総合して、懲戒処分の相当性を判断する」とした。 機密情報の持出し等を理由になされた懲戒解雇は、機密情報の漏えいが認められた場合には有効と判断されることが多い。一方、機密情報の漏えいがないことが確認された、ないし、漏えいの事実が確認できなかった事案においても懲戒解雇が有効とされた例もある(※2)。 (※2) 退職予定者が会社の技術資料を自宅に配送して持ち出した行為についてなされた懲戒解雇が有効とされた事案(中外爐工業事件・大阪地判平成13年3月23日)や退職予定者が会社のデータファイルを社外のクラウドストレージの自己の私的アカウント領域にアップロードした行為についてなされた懲戒解雇が有効とされた事案(伊藤忠商事ほか事件・東京地判令和4年12月26日)など。 機密情報の漏えいが認められなかった事案においても、機密情報の持出しに留まり漏えいに至らなかったのは、単なる偶然か、会社において適切な情報管理措置がとられていたために過ぎないことが多いことから、機密情報の漏えいが確認されなかったことのみをもって懲戒解雇に値しないと評価することは妥当ではない。 しかし、懲戒解雇が最も重い懲戒処分であることに鑑みると、退職予定者による機密情報の持出しについて懲戒解雇が認められるためには、機密情報の持出しにより会社が漏えいがなされた場合と同等の危険に晒されるものであったと評価できる必要があると思われる(※3)。 (※3) 日産センチュリー事件(東京地判平成19年3月9日)は、営業日誌の写しを自宅に持ち帰った行為について、第三者への開示と同等の危険に晒したとはいえないとして懲戒事由該当性を否定した。 具体的には、退職者が不正の利益を得るか、他人に損害を加える目的(不正の目的)で機密情報を持ち出す場合には情報の漏えいがなされる可能性が高く、かつ、持ち出された機密情報が会社にとって重要なものであれば漏えいがなされた場合に会社がダメージを受ける可能性が高いこと、すなわち、会社を機密情報の漏えいと同等の危険に晒すものと評価できることから、上記(1)ないし(7)のうち特にこれらの要素が認められるかがポイントになってくるのではないかと思われる。 このうち、不正の目的については、行為者の主観の問題であることなどから認定が難しく、実務上よく問題となる。よって、以下においては不正の目的の認定のポイントについて、退職予定者がよく持ち出す弁明と関連して説明する。 3 不正の目的 (1) 退職予定者が「会社の担当業務を遂行するために持ち出した」と弁明した場合 退職予定者から、情報を持ち出したのは担当している業務を遂行するためである、などと弁明がなされることがあるが、以下のような事情が認められる場合、かかる退職予定者の弁明にもかかわらず、不正の目的が認められることが多い。 上記④については、従業員が担当する業務によっては、担当業務に直接関係のない情報であっても閲覧等の必要性が認められる場合もあるという反論も考えられる(※4)。しかし、退職予定のない者についてはともかく、退職予定者が退職日までに遂行する業務は業務引継が完了するまでの限定的なものに過ぎない場合が多いであろうから、必要とされる情報も限られると思われる。 (※4) 従業員X(退職予定者ではない)が会社の顧客A社のサーバー内の資料を閲覧又はダウンロードした事案において、Xにアクセスが認められていたのは治験部門に関する情報だけであるにもかかわらず、Xが閲覧・ダウンロードした資料の中には治験部門以外の部門に関するものが含まれていた。会社は、治験業務関連の資料以外の資料はXの業務との関連が薄いと主張したが、裁判所は、XがA社の既存顧客及び新規顧客に対する営業活動を担当していたことから、将来の顧客の要望に備えてA社業務に関する幅広い知識を得ることは業務の一環といえるため、業務との関連が薄いとは認められないと判示した(Velocity Global Japan事件(東京地判令和6年9月25日))。 (2) 退職予定者が「自己研鑽のために持ち出した」と弁明する場合 退職者から、情報の持出しの目的は退職日まで自己研鑽を行うためであり、第三者に開示する目的ではないといった弁明がなされることがあるが、自己研鑽のためであれば単に閲覧すれば足りるものであり持ち出す必要まではないことから、不正の目的が認められる場合が多いと思われる。 また、仮に、持出し行為が自己研鑽のためであったとしても、退職予定者による自己研鑽とはすなわち退職後の自身のキャリア形成に向けられたものに過ぎず、専ら退職予定者の私的利益に向けられたものであるから、不正の目的を認定してよいのではないかと思われる(※5)。 (※5) 伊藤忠商事事件(東京地判令和5年11月27日)は、退職予定者の機密情報の持出し等(データのアップロード)について、退職予定者が主張するとおり、当該アップロード行為が転職先会社での業務遂行に直接役立てるための行為ではなく、自らの「学び直し」に向けられた行為であったとしても、退職後の自身のキャリア形成に向けられたものに過ぎず、専ら当該退職予定者の私的利益に向けられた公私混同行為というほかはないとして、就業規則上の禁止行為「公私混同」に該当するとした。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第22回】 「成年後見制度の改正」 ~法定後見の終了~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 成年後見制度の改正議論では、法定後見の利用を終了しやすくする方向で改正されると聞きました。どのような改正になるのでしょうか? 【A】 成年後見制度への批判として「一度利用すると本人が亡くなるまで利用を終了できない」というものがあります。こうした批判を受けて改正議論では、法定後見の終了についての規律の見直しや、法定後見の利用に期間を設けることなどが検討されています。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 法定後見制度の利用の終了に関する現行の規律と批判 現行の規律では、「判断能力を欠く状態が通常である」などの法定後見制度の利用の原因となった事由が消滅したときは、家庭裁判所は本人や配偶者、四親等内親族などの請求により後見開始等の審判を取り消さなければならないとされています(民法10条、14条、18条)。よって、現行法でも法定後見制度の利用を一度開始しても、終了できないわけではありません。しかし、「判断能力を欠く」などの状態に陥った原因が高齢化に伴う認知症によるものである場合には、現在の医療や科学技術では大幅に回復することは見込めず、事実上本人が亡くなるまで利用が継続することにつながっていると指摘されています。 成年後見制度は認知症になったら誰もが利用することになるわけではなく、何らかのきっかけ(動機)があって利用につながっています。言い換えると、きっかけがなければいろいろと不都合はありながらも、親族等のサポートを受けながら本人はなんとか生活ができていたこともいえます。 【成年後見制度の利用の動機】 筆者が仕事上で目にすることが多いのは、不動産の処分や相続手続をきっかけとする成年後見制度の利用です。 不動産の処分については、高齢になった親が1人では生活することが困難となり、高齢者施設に入所することになったとします。それまで親が住んでいた家については、管理コストもかかりますし、施設の入居費用や生活費も確保する必要があるため売却を検討することになります。もし親が認知症により判断能力を失っていると売却ができないため、どうしても売却を進めたい場合には成年後見制度を利用することになります。 相続手続については、被相続人が遺言を残していなければ相続人間での遺産分割を行うことになります。相続人のうちに判断能力を喪失している者が1人でも存在していると遺産分割を進めることができないため、当該相続人に成年後見人の選任を申し立てる必要があります。特に被相続人が高齢で子供がいないケースでは、兄弟姉妹が相続人になりますが、認知症を患っている相続人が存在するケースが少なくありません。 不動産の処分や相続手続を利用のきっかけとする場合、不動産の売却や遺産分割が済めば法定後見制度の利用を終了させたいと本人の親族等が考えることが多いようです。しかし、本人の判断能力が回復していなければ、「後見制度の利用の原因となった事由が消滅した」とはいえず、法定後見の利用を終了させることができません。これは成年後見制度が判断能力の衰えた本人を保護することを目的としていることを考えるとやむを得ないともいえますが、金銭的、心理的なコストが少なくないことから批判が寄せられがちでした。 2 法定後見制度の終了に関する規律の見直し 改正議論では、法定後見制度が終了する場合として、本人の判断能力が回復した場合のほか、家庭裁判所が「必要がなくなった」と判断した場合は法定後見を終了させることができる規律を設けることが検討されています。【第21回】で解説したとおり、改正議論では現行のように成年後見人(保護者)に対して包括的な代理権を付与するのではなく、個別に必要となる代理権等を付与する案が検討されています。仮にこの案が採用されると、「不動産の処分」について代理権を付与された成年後見人が、不動産の売却を完了した場合には法定後見を利用する「必要がなくなった」として法定後見を終了させることが可能となるのです。 この案が採用されれば「一度利用すると本人が亡くなるまで利用を終了できない」という点は解消されるかもしれませんが、不動産の処分により多額の金銭を得た本人のサポートを本当に終了してよいのかという懸念もあります。今後も議論が続いていくものと思われます。 3 法定後見についての期間の設定 改正議論では、法定後見に期間を設定して、期間の満了時点で法定後見制度の利用の継続の必要性があると成年後見人等が判断する場合には、更新の申立てをさせて家庭裁判所が継続の必要性を判断する案や、法定後見の開始から一定期間後に後見人等から本人の判断能力や法定後見の必要性について報告をさせて、家庭裁判所が法定後見の継続の必要性を判断する案が議論されています。 この案が採用されれば定期的に法定後見の利用の必要性にチェックが入ることになりますが、後見人等や家庭裁判所の事務負担が増すことになることが懸念されています。 法定後見制度の終了についての規律の見直しは、今回の改正でも重要なポイントといえます。改正の動向に注目が必要です。 (了)
2025年9月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.634を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.151- 「はじまるか法人税増税の議論」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 8月17日付日経新聞は、「与野党、法人増税論が浮上 政策財源探し『唯一の選択肢』 賃上げとの整合性 焦点」と題する記事を掲載した。にわかに(?)浮上した法人税増税議論について、その背景を探ってみたい。 * * * わが国の法人税率は約40年間にわたって段階的に引き下げられ、現在の法人税率は、最高時より20ポイント程度低い23.2%で、実効税率ベースでは29.74%と、先進諸国と比べて遜色ないレベルになっている(※)。 (※) 財務省ホームページ「法人課税に関する基本的な資料」 累次にわたって引き下げられてきた理由は2つ。まずは、国際的な税の引き下げ競争への対応というものであった。冷戦終息前後の80年代後半からはじまった「税の引き下げ競争」に対抗するには、わが国でも法人税率を引き下げて「立地の競争力」を確保せざるを得ないということが主たる目的であった。 しかし先進諸国の法人税率は現在20%台に収束している。背景には、OECD/G20「BEPS包摂的枠組み」の「第2の柱」による多国籍企業向けの15%最低税率が合意、導入されたことがある。「底辺への競争」(Race to the bottom)には歯止めがかかったということだ。 法人税率の引き下げにはもう1つの理由があった。それは、成長志向の企業行動への変容を促すという国内経済への目標である。 * * * 失われた30年と揶揄されるわが国経済だが、その間の企業行動については令和6年度税制改正大綱で以下の指摘がされている。 さらに令和7年度税制改正大綱には、以下の記載がある。 これは、「課税ベースを拡大して税率を引き下げる」というこれまでの法人税制改正の哲学からの大きな転換といえる。 * * * このような状況の中で浮上してきたのがガソリン税暫定税率廃止問題である。秋の臨時国会で法案の成立を目指して与野党間で協議が続いているが、恒久財源の出口は見えていない。 暫定税率の廃止には年間1.5兆円の財源が必要で、そのうち地方財源が5,000億円である。2009年に一般財源化されたとはいえ、予算配分が実質的に道路インフラを優先しているといわれている。昨今問題となっている社会インフラの劣化への対応など恒久財源の確保は必須で、減税に地方自治体は強く反発している。 一方、法人税については、租税特別措置(以下、租特)とEBPM(証拠重視の政策)との関係が指摘されており、自民党は、「インセンティブ措置については、効果が立証されることが必要」との態度をとっている。政策効果のある租特は延長・拡充するが、そうでない租特は廃止・縮小するという方針である。 世界的に見ると、自国中心主義の風潮の下で国家資本主義的な政策が目立って導入されている。租特によりわが国の基盤となる最先端分野への集中的・重点的な投資を促進し競争力をつけることの重要性は高い。とりわけ米国トランプ政権が導入した即時償却制度は投資促進効果があり、わが国でも議論となるだろう。 経済界としては、令和8(2026)年4月1日に開始する事業年度から防衛特別法人税が課税される予定のうえ、政府の賃上げ要請との整合性が取れないなどと増税に簡単には了承できないであろう。しかし税率を引き下げてきたが賃上げをしてこなかったという事実は重いともいえる。 一方で恒久財源確保の必要性は、ガソリン税暫定税率だけでなく、高校無償化、防衛費増額などますます高まってくる。「財源調達機能としての法人税見直し議論」の帰趨は見えない。 (了)