〔令和5年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「「人材確保等促進税制の見直し(大企業)」 「所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等)」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和4年度税制改正における改正事項を中心として、令和5年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は、「人材確保等促進税制の見直し(大企業)」及び「所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等)」について解説する。 1 人材確保等促進税制の見直し(大企業) 人材確保等促進税制とは、青色申告書を提出している法人が給与等支給額を一定以上増加させた場合に、新規雇用者給与等支給額の一定割合について税額控除が認められる制度である。ただし、当期の法人税額に一定の割合を乗じた金額が、控除限度額となる。 中小企業者等以外(大企業)に対しては、令和3年度税制改正において、新規雇用者給与等支給額の一定割合の税額控除を認める「人材確保等促進税制」(中小企業者等も選択適用可能)としていた。しかし、令和4年度税制改正において次のように見直された上で、「賃上げ促進税制」として変更されている。また、令和6年3月31日に開始する事業年度まで1年間延長されている。 (1) 要件の見直し 次のように要件の見直しが行われている。 (2) 控除税額の見直し 次のように控除税額の見直しが行われている。 上記を踏まえ、令和4年3月期と令和5年3月期を比較すると次の表の通りとなる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 雇用者給与等支給額の前事業年度からの増加額が上限 また、次の要件に該当する大企業が「賃上げ促進税制」を適用するためには、いわゆる「マルチステークホルダー方針」を自社のホームページに公表し、その旨を経済産業大臣に届け出ていることが要件とされた。 この改正は令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和5年3月期決算申告には適用されることになる。 2 所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等) 令和4年度税制改正において、中小企業者等を対象とした所得拡大促進税制についても、次のように見直しが行われた上で、令和6年3月31日に開始する事業年度まで1年間延長されている。 なお、中小企業者等であっても、上記「1 人材確保等促進税制の見直し(大企業)」で解説した「賃上げ促進税制」を選択して適用することも可能である。 (1) 要件の見直し 適用要件については変更なし。 (2) 控除税額の見直し 次のように控除税額の見直しが行われている。 上記を踏まえ、令和4年3月期と令和5年3月期を比較すると次の表の通りとなる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 上乗せ要件の2要件をいずれも満たす場合にのみ上乗せが適用され、控除率が25%となる。 (※2) 上乗せ要件の片方だけでも要件を満たせば、その上乗せが適用される。2要件をいずれも満たす場合には控除率が最大の40%となる。 この改正は令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和5年3月期決算申告には適用されることになる。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例49】 「販売用土地の評価換えに伴う評価損の損金性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、南関東を主な営業エリアとし不動産販売業を営む株式会社X(資本金9,000万円)において財務部長を務めております。わが社は高度成長期に現社長のお父様が創業したのですが、わが社のこれまでの業績の浮沈は、まさにわが国経済と共にあったと言っても過言ではないところです。 わが社の業績が最も好調だったのは、昭和末期のバブル経済期であり、その時期は末端の社員であっても年に4回もボーナスが出たようです。私が入社したのは平成元年で、ちょうどその頃、わが国はバブル経済の絶頂期を迎え、株価や地価は異常なまでに高騰しました。私もその当時、平社員だったにもかかわらず、その熱狂のさなかで次から次へと高額な不動産売買の仲介に携わり、封筒が立つほどの現金のボーナスをもらって有頂天になっていたことを思い出します。 しかし、まもなくバブル経済は崩壊し、地価も株価も真っ逆さまに下降して、多くの日本人がその激動に翻弄されたものでした。わが社も昭和の末期から平成の初頭にかけて大量の不動産を仕入れていましたが、ほどなくして多額の含み損を抱えることとなり、やむなくその多くを損切り覚悟で販売することを余儀なくされました。また、多額の含み損を抱えたまま販売できない不動産については、止むを得ず評価換えにより損失を計上せざるを得ない状況となりました。 そのような中、先日受けた税務調査で調査官から、わが社が行った販売用土地(棚卸資産)の評価換えに伴う評価損の損金計上が、法人税法に違反するとして是正が求められました。私は入社以来30年間不動産営業一本やりで、経理や財務には明るくないのですが、職務上調査官に反論することが求められております。 ところで、そもそも論として、法人税法における資産の評価損の計上の是非が分からないのですが、その観点から言うと、調査官の主張には根拠があるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法は、実現主義ないし権利確定主義の考え方に従って、原則として実現した収益及び損失のみ益金及び損金に算入することとされており、棚卸資産については、法人税法施行令で、災害により著しく損傷したことや著しく陳腐化したこと、又はそれらに準ずる「特別の事実」があることが、評価損計上の要件であることが規定されています。 したがって、評価損計上の根拠が、単なる経年劣化に基づく事実や、当該資産の性質上当初から当然予測される事実、取得後自ら行った加工や造成に基づく事実など、法人自ら負担することが相当と考えられる事実である場合には、評価損計上のための「特別の事実」があったとみることは困難であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) わが国における不動産価格等の推移 財務省の相続税関係の資料によれば、バブル期(一般に1986年12月から1991年2月までの期間をいう)以降現在までのわが国における地価公示指数の推移は、以下の図の通りとなる。 〈わが国の地価公示指数及び相続税の基礎控除額の推移〉 (出典) 財務省ホームページ また、同時期の日経平均株価の推移は以下のとおりである。 〈わが国の株価の推移〉 (出典) 「世界経済のネタ帳」 上記2つの図表より、わが国におけるバブル期の異常さと、その後の失われた30余年の停滞感がひしひしと伝わってくるところである。 (2) 資産の評価損に係る損金算入の可否 法人税法は、実現主義ないし権利確定主義の考え方に従って、原則として実現した収益及び損失のみ益金及び損金に算入することとされているため、資産の評価換えを行ってその帳簿価額を減額し評価損を計上しても、当該評価損の金額は、原則として損金の額に算入されない(法法33①)。そのため、当該資産をその後譲渡した場合においても、その譲渡価額は評価換え前(減額前)の帳簿価額となる(法法33⑥)。 ただし、その例外として、法人税法においては以下の3例が挙げられている。 また、上記①について法人税法施行令では、例えば棚卸資産については、災害により著しく損傷したことや著しく陳腐化したこと、又はそれらに準ずる「特別の事実」があることがその要件であることが規定されている(法令68①一)。 (3) 販売用土地の評価換えに伴う評価損の損金性が問われた事例 それでは、本件と同様に、販売用土地の評価替えに伴う評価損の損金性が問われた事例(福岡地裁平成16年6月24日判決・税資254号-172(順号9679)、TAINSコード:Z254-9679)について以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、宅地造成工事及び分譲住宅の建築・販売等を業とする株式会社である原告が、平成13年6月期の法人税の所得金額の計算上、棚卸資産として計上している販売用土地の一部について評価換えを行い、評価換え前の帳簿価格との差額(3,186万4,948円)を評価損として損金の額に算入したのに対し、被告がこれを認めないとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、本件各処分の取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 法人税の所得金額の計算上、棚卸資産に計上している販売用不動産の一部である本件各土地について、評価換えを行い、評価換え前の帳簿価格との差額を評価損として損金の額に算入できるか。すなわち、法人税法第33条に基づく法人税法施行令第68条第1号ニ(現法令68①一ハ)の「特別の事実」が、本件各土地について認められるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は福岡高裁に控訴(福岡高裁平成16年12月9日・税資254号-348(順号9855)、TAINSコード:Z254-9855)されているが、棄却され、さらに最高裁に上告されているが、上告不受理(最高裁平成17年11月22日決定・税資256号-349(順号10609)、TAINSコード:Z256-10609)で確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 販売する目的で保有する棚卸資産は、一般に、第三者に対して実際に販売した価格が時価になるものと考えられるが、経済状況の変化等により販売することができず、その価値がズルズルと低下していくケースも少なくない。言い換えれば、保有している棚卸資産の価値が帳簿価額(取得価額)よりも低下しており、含み損を抱えている状況である。 その場合、事実上不良債権化した販売用不動産につき、販売せずに含み損を計上し、その金額が損金に算入できれば、企業の財務内容の健全化につながるわけであるが、法人税法は当該評価損の計上・損金算入に対し厳格な姿勢を示している。すなわち、法人税法は、実現主義ないし権利確定主義の考え方に従って、原則として実現した収益及び損失のみ益金及び損金に算入することとされているため、資産の評価換えを行ってその帳簿価額を減額し評価損を計上しても、当該評価損の金額は、原則として損金の額に算入されないのである。 例外として、平成21年度の税制改正によって整理された法人税法第33条の規定により、法的整理等の事実があった場合については、資産の評価換えを行い帳簿価額を減額したときにおいて、その評価損が損金に算入される。さらに法人税法施行令第68条第1項第1号では、棚卸資産について、資産が災害により著しく損傷したことや著しく陳腐化したこと、又はそれらの事実に準ずる「特別な事実」がある場合に、例外的に評価損が損金に算入されると規定されている。この「特別な事実」につき、裁判所は、「単なる経年劣化に基づく事実や、当該資産の性質上当初から当然予測される事実、取得後自ら行った加工や造成に基づく事実など、法人自ら負担することが相当と考えられる事実は、原則として含まれないというべき」と判示している。 すなわち、資産取得時点においては想定できないような「特別な」事実の発生が求められるということになるのであろう。日本経済全体が下降基調にあるという「事実」では不十分で(法基通9-1-6参照)、当該企業の通常の自助努力では到底乗り越えられないような、想定外の外部環境の変化等がその要件となりそうである。したがって、当該評価損の損金算入を行う際には、十分な事前検討が不可避であると考えられる。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法は、実現主義ないし権利確定主義の考え方に従って、原則として実現した収益及び損失のみ益金及び損金に算入することとされており、棚卸資産については、法人税法施行令で、災害により著しく損傷したことや著しく陳腐化したこと、又はそれらに準ずる「特別の事実」があることが、評価損計上の要件であることが規定されている。 したがって、評価損計上の根拠が、単なる経年劣化に基づく事実や、当該資産の性質上当初から当然予測される事実、取得後自ら行った加工や造成に基づく事実など、法人自ら負担することが相当と考えられる事実である場合には、評価損計上のための「特別の事実」があったとみることは困難であることから、当該評価損についての損金算入はできないものと考えられる。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第10回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解①」 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 * * * 国税庁は、令和5年1月13日付で「NFTに関する税務上の取扱いについて(FAQ)」を公表し、各税目合計で15の問いと回答を示した。 これまで、NFT(ノンファンジブルトークン)の取扱いに関する国税庁のガイダンスは、タックスアンサーNo.1525-2「NFTやFTを用いた取引を行った場合の課税関係」のみであったが、暗号資産と同様にFAQが作成されたということになる。 FAQの目次は次のとおりであり、ボリュームがある。 また、上記のタックスアンサーは所得税法のみを取り扱っていたが、FAQは他の税目も扱っている。 FAQの題名は「NFT」であるが、少なくとも問8は代替性のあるファンジブルトークンを意識したものとなっている。 FAQにおいて、NFTとは、「ブロックチェーン技術を活用して唯一無二性を確保するために発行されたトークン」と定義されている。 ファンジブル(代替性)とは、当事者が、同様の種類、品質、等級を持つ他のものと相互に交換可能であるとして受け入れることをいとわない性質をいう(UK Law Commission, Digital Assets: A Consultation Paper Ⅹ(2022))。 1万円札はどの1万円札も同じ価値をもっているのと同じように、一般的なトークン(電子証票)は、各単位(ユニット)に同一で交換できる価値が付与されている。これに対して、NFTは各単位にユニークな価値ないし値が付与されているため、他のトークンと区別することが可能となり、ノンファンジブル(非代替的)である。 以下では、FAQの内容を概説する。 問1 NFTを組成して第三者に譲渡した場合(一次流通) 1 所得の定義 FAQの解説では、「所得税法における所得とは、収入等の形で新たに取得する経済的価値と解されており、ご質問の場合、収入等の形で新たに経済的価値を取得したと認められることから、所得税の課税対象となります。」とされている。 所得税法は所得という概念を明確に定義していないが、この点に関する上記解説は、我が国でもっともスタンダードな見解である。 2 「デジタルアートの閲覧に関する権利」が前提とされたことに伴うリスク FAQの解説では、「ご質問の取引は、『デジタルアートの閲覧に関する権利』の設定に係る取引に該当し、当該取引から生じた所得は、雑所得(又は事業所得)に区分されます。」と説明していることが注目される。 FAQは複数の箇所で「デジタルアートの閲覧に関する権利」を前提として回答や解説を記載している。 NFT保有者のみがデジタルアートにアクセスし、閲覧できるような設計やサービスもありうるが、現在、日本で取引されているNFT、特にこのFAQでも中心的に取り上げられているデジタルアートを紐づけたNFTは、通常、誰もが無料で、ネット上でそのアートを閲覧できるものである。 「関する」という部分により、FAQの想定している権利がどこまで広げられるかは定かではないが、少なくとも、誰でも閲覧ができるNFTであれば、それに関する権利や対価の支払というのは観念し難い。 ※画像は、筆者がKimonoNinja氏に特注で作成いただいた「Tax Ninja」というNFT作品 このことからすると、納税者は自身のNFT取引がFAQの想定している取引にうまく当てはまるのかという点を検討しなければならない。 FAQが前提とする事実関係等と実際の取引に係る事実関係等に相違点があれば、FAQと同様の税務処理を採用することが国税庁に認められない可能性(リスク)も出てくるからである。 他方、FAQの中の源泉所得税や消費税に関する記載部分は、これらの法律関係を検討するに当たって著作権法に関わる取引であることが重要であるため、著作権法63条の著作物の利用権の取引に該当することを意識した記載振りとなっている(上記の「デジタルアートの閲覧に関する権利」については、著作権者による利用の許諾が必要な行為ではないという指摘もありうる。問3において日本の所得税の課税対象とならないという回答を行うことを所与のものとして、他の箇所でも「デジタルアートの閲覧に関する権利」という前提を用いているのかもしれない)。 そもそも、現状では、NFT購入者が有することとなる権利等について当事者等の間で明確にされないまま、取引されているケースも少なくないという点に留意が必要であるが、後述するとおり、NFTの譲渡が何らかの権利の設定として構成されるのであれば、上記解説と同様に、当該取引から生じた所得は、雑所得(又は事業所得)に区分されることになる可能性が高い。 3 NFT取引の着眼点とNFTに係る権利の設定という構成 NFTに「特有の」税金上の取扱いを考える際に、NFT取引のどこに着目すべきか、着眼点はどこかという論点がある。例えば、次の3つである。 FAQの回答・解説によれば、国税庁は少なくとも上記②に着目している。 そうであれば、NFTに紐付けられる資産ないし権利には様々なものが想定されるものの、各NFT取引に係る課税関係を検討するに当たって、国税庁は、NFTに紐付けられた資産ないし権利に着目するアプローチを採用することが想定される。 ただし、国税庁が、上記問いにあるようなNFTの譲渡を、上記①のNFT、つまりトークンそのものの譲渡と見る立場を完全に否定しているかどうかは明らかではない。 4 一次流通の場合の所得区分 上記のとおり、解説では、「ご質問の取引は、『デジタルアートの閲覧に関する権利』の設定に係る取引に該当し、当該取引から生じた所得は、雑所得(又は事業所得)に区分されます。」としており、国税庁は、原則として、雑所得であると解していることがうかがえる。 ただし、この問いでは、NFTクリエイターなどがNFTを販売するケース(いわゆる一次流通のケース)が想定されていることに注意を要する。 FAQの解説では、この場合の雑所得の金額の算式等について、次のとおり説明している。 クリエイターなどではない一般の方が、たまたまデジタルアート(著作物)を制作し、それをNFT化して、マーケットプレイスで第三者に有償で譲渡した場合に譲渡所得になりうるかという問題があるが、上記のとおり、NFTの譲渡が何らかの権利の設定として構成される場合には、資産の譲渡にはならないとされて(所法33①)、譲渡所得可能性は否定される可能性がある(※)。 (※) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生じる(民法555)。この場合の財産権の移転には、売主が有する所有権又は地上権などをそのまま買主に移転することだけでなく、土地所有者が地上権を創設してこれを買主に移転するというような、いわゆる設定的移転 (創設的移転)も含まれるため、毎年の地代の支払とは別個に借地権の利益に対して代金である権利金を受け取る場合などは、借地権の売買があったとされて、民法555条が適用されるという考え方がありうる(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法-総則・物権・債権-』1205頁(日本評論社2022)参照)。関連する論点は昔から譲渡所得との関係で議論されてはいるが、資産の譲渡とその資産に係る権利の設定に対する課税関係については、さらに議論を進める余地は残されている。 結局、デジタルアート(著作物)を制作し、そのデジタルアートが紐付けられたNFTをマーケットプレイスを通じて第三者に有償で譲渡する一次流通の場合の所得は、原則として、雑所得(場合によっては、事業所得)になるということであろう。 また、問4によれば、上記のNFTを転売する二次流通の場合には、原則として譲渡所得だが、棚卸資産・準棚卸資産の譲渡を含む営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡に該当する場合には、事業所得又は雑所得になるということである。 そうすると、FAQはその記載振りから判断する限り、一時流通の場面では、このようなアプローチを採用せずに、上記のとおり、権利の設定というアプローチにより、譲渡所得該当性を否定したことに意義があるといえよう。 【業務に係る雑所得か、その他雑所得か】 令和4年10月に、雑所得に関する所得税基本通達35-1と35-2が改正された。 暗号資産のFAQ「2-3 暗号資産の必要経費」との関係では、この通達改正により、暗号資産に係る所得が、「業務に係る雑所得」なのか、「その他雑所得なのか」という点が実務上の関心事項となっている。 後者に該当すれば、業務に係るものではないため、所得税法37条1項の「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」の必要経費算入が認められなくなる、すなわち雑所得の計算上、認められる必要経費の範囲が狭くなる可能性があるからである。 この見解は、販売費及び一般管理費は業務に係るものであり、かつ、その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用も業務に係るものであることを要求しているという理解を前提としている。 「暗号資産の売却による所得は、原則として雑所得(その他雑所得)に区分」されることを明記した暗号資産のFAQと異なり、NFTのFAQはこの点を明記していない。 もっとも、上記雑所得の金額の算式等の(注2)では、「NFTに係る必要経費とは、NFTの譲渡収入を得るために必要な売上原価の額並びに販売費及び一般管理費の額などをいいます」とされており、少なくともこの事例のケースでは、国税庁は「業務に係る雑所得」と解していることがわかる。 【トークンの時価と収入金額】 上記雑所得の金額の算式等の(注1)では、譲渡収入はトークンの時価となるが、そのトークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できないなどの理由により、時価の算定が困難な場合には、譲渡したNFTの市場価額(市場価額がない場合には、譲渡したNFTの売上原価等)をそのトークンの時価と取り扱って差し支えないとしている。 いわば入ってきたもの(トークン)の時価の算定が困難な場合に、出ていったもの(NFT)の時価で間接的に収入金額を算定する方法を提示しているのである。 この部分は、「トークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できない」からといって、直ちに「譲渡したNFTの市場価額(市場価額がない場合には、譲渡したNFTの売上原価等)をそのトークンの時価」とすることを認めているわけではない。 「トークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できない」こと以外の他の理由も含めて、「トークンの時価の算定が困難な場合」に該当するかどうかを判断する必要がある。 また、市場性のある暗号資産と間接的に交換できるのであれば、通常は、時価の算定が困難であるとはいえないと指摘される可能性がある。 「時価と取り扱って差し支えない」という記載振りからすれば、トークンの時価がゼロであると認められるのに、譲渡したNFTの市場価額等をもって、当該トークンの時価をゼロとすることは認めないという取扱いはなされないように思われる。 5 法人税の取扱い 法人税の取扱いについて、FAQは次のとおり解説している。 上記解説が、NFTという「トークンの譲渡」を「資産の販売」や「資産の譲渡」と一応区別しうる「権利の設定」と考えているのかは明らかではない。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q76】 「NFTの取得対価に著作権の使用料が含まれる場合の源泉徴収義務」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 著作権の使用料を支払う場合の源泉徴収義務 (1) NFTと著作権 NFTとは、Non-Fungible Tokenの略で、非代替性トークンと呼ばれます。非代替性とは、唯一無二のものという意味で、個々のトークンが固有のものであることが証明されます。昨今、マーケットプレイスでの取引が行われるようになりましたが、デジタルアートに紐づけられるNFTを取得する場合には、そのデジタルアートに係る著作権に関する課税関係を整理する必要があります。 NFTの購入に係る対価の額に著作権の使用料が含まれる場合、原則として、源泉徴収の対象となります。源泉徴収税率は、10.21%(所得税及び復興特別所得税、ただし、支払金額が100万円を超える場合には、その超える部分の金額については20.42%)と定められています。 (2) 個人と源泉徴収義務 著作権の使用料を支払う際の源泉徴収義務は、給与等又は退職手当等についての源泉徴収義務を有しない者について免除されています。つまり、使用人等を雇用して業務を行い給与等について源泉徴収義務を行っている事業者である個人でなければ、源泉徴収義務を課さないこととされています。これは一般の個人に対する源泉徴収事務の負担を考慮した措置と解されます。 なお、この措置は居住者に対して著作権の使用料を支払う場合に適用されるもので、支払先が非居住者である場合には、源泉徴収義務は免除されませんので注意が必要です(租税条約の適用により非課税となる場合はあります)。 2 本件へのあてはめ デジタルアートの制作者から著作権は譲り受けていないものの、デジタルアートを使用することについての利用許諾を受けています。この利用許諾に対する支払対価は、居住者に対して支払う著作権の使用料に該当しますので、原則として、源泉徴収の対象となるものと考えられます。 しかしながら、給与等又は退職手当等についての源泉徴収義務を有さない個人は、著作権の使用料に関する源泉徴収義務が免除されていることから、日本で事業等の業務を行っておらず、給与の支払もしていない個人が支払うものであることを前提とすると、源泉徴収する必要はないものと考えられます。 なお、国税庁が公表した「NFTに関する税務上の取扱いについて(情報)」(令和5年1月13日付け)の問10「NFT取引に係る源泉所得税の取扱い」において、源泉徴収義務が免除される個人には該当しない場合であっても、NFTの購入対価のうちデジタルアートの利用許諾に係る対価を区分することが困難であり、かつ、極めて少額であると認められる場合には、著作権の使用料としての源泉徴収は要しないことが明記されています。 (了)
租税争訟レポート 【第65回】 「勝馬投票券払戻金の所得区分 (第1審:東京地方裁判所令和元年10月30日判決、 控訴審:東京高等裁判所令和2年11月4日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 本件は、競馬の勝馬投票券(以下「馬券」という)の的中による払戻金に係る所得(以下「本件競馬所得」という)を得ていた原告が、平成24年分から平成26年分までの所得税(平成25年分及び平成26年分については復興特別所得税を含む。以下同じ)について、高松税務署の調査担当職員による調査の結果に基づいて、平成27年9月29日、本件競馬所得を一時所得として確定申告をした後、本件競馬所得が雑所得に該当するとしてそれぞれ更正の請求(以下、併せて「更正の請求」という)をしたところ、高松税務署長から、いずれの更正の請求についても更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「通知処分」という)を受けたことから、通知処分の取消しを求めた事案である。 原告による馬券の購入状況を年分ごとにまとめると下表のとおりとなる。 〈通常馬券に係る勝馬投票券購入状況〉 〈WIN5に係る勝馬投票券購入状況〉 (※) WIN5(ウィンファイブ、五重勝単勝式勝馬投票法)とは、日本中央競馬会(JRA)が指定する同一の日の5つの競走について、1着となる馬を一組とした馬券であり、すべての勝馬が的中することで払戻金が得られる馬券をいい、それ以外の馬券を「通常馬券」と呼称している。 【第1審判決の概要】 1 争点 本件の争点は、平成24年から平成26年までの本件競馬所得の所得区分(一時所得か、雑所得か)であり、本件競馬所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(所得税法34条1項)に当たるか否かが争われている。 2 争点に対する被告の主張 被告は、次のように理由を述べて、本件競馬所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」ではなく、一時所得に該当すると主張した。 (1) 通常馬券 まず通常馬券の購入について、被告は、 といった事実に基づき、原告の通常馬券の購入について、一体の経済的活動と評価することはできず、継続的行為に当たるとはいえず、恒常的に利益を上げていたとも、回収率(購入金額に対する払戻金額の割合)が100%を超えるような馬券を選別して購入していたともいえない。 (2) WIN5馬券 また、WIN5について、被告は、 ことから、不確かな要素に基づいて仕組みが構築されている点で通常馬券との質的な違いがあり、恒常的に利益を上げることは困難であり、回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入することも困難であるという特性を述べたうえで、現に、原告がWIN5に係る馬券を購入した6年間のうち3年間については、年間で損失が生じていることから、原告のWIN5に係る馬券の購入について、客観的に利益が上がると期待し得る行為とはいえない。 3 争点に対する原告の主張 原告は、次のように理由を述べて、本件競馬所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であり、雑所得に該当すると主張した。 4 第一審東京地方裁判所の判断 (1) 所得区分と最高裁判所判決 東京地方裁判所は、本件競馬所得が所得税法34条1項に規定する「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当する場合には、一時所得ではなく雑所得に区分されることになり、最高裁判決を引用する形で、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であるという判断の枠組みを示した。 (2) 通常馬券について 東京地方裁判所は、原告の通常馬券における競馬所得について、その購入額は、1日当たり数十万円から数百万円、年間数千万円といった規模であり、被告が指摘する最高裁平成27年判決や最高裁平成29年判決の事案と比較すれば少額であるとしても、一般的な競馬愛好家と変わらないといえるほどの額にとどまるものではないことに加えて、通常馬券に係る開催レース中の購入レースの割合は相当程度の頻度であり、少なくとも平成26年までの5年間にわたり、同様の方法で通常馬券を購入し続けていたこと等の事情が認められる本件においては、原告が馬券を購入した金額は、継続的行為に当たる評価ができるとしたうえで、原告は、平成22年以降の5年間のうち4年間で、年間を通して利益を上げており、平成24年に約790万円の損失が生じているものの同年の回収率は中央競馬の平成24事業年度の払戻率(馬券の発売金額に対する払戻金額の割合。約75%)を相当程度超える86.4%を維持しているのであるから、馬券の購入行為の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等によれば、原告は回収率が総体として100%を超えることが期待し得る独自のノウハウに基づき馬券を選別して購入を続けていたということができ、そのような原告の上記の一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったといえるという判断を示した。 (3) WIN5馬券について 一方、東京地方裁判所は、原告によるWIN5馬券における競馬所得については、原告による馬券の購入方法や期間、回数、頻度その他の態様に照らして検討すると、通常馬券の購入行為とその態様において共通するものとは認められず、WIN5に係る馬券と通常馬券の購入行為を併せて一体の経済的行為として見ることができないものであり、また、WIN5に係る馬券の購入のみを取り上げて見ても、具体的な購入の態様が明らかでなく、一体の経済的行為と見ることができない本件においては、継続的行為であるとも、客観的にみて営利を目的とするものであるとも評価することができないという判断を示した。 (4) 結論 結論として、東京地方裁判所は、原告の平成24年から平成26年までの本件競馬所得のうち、通常馬券の的中による払戻金に係るものは雑所得に該当し、WIN5に係る馬券の的中による払戻金に係るものは一時所得に該当することになるとしたうえで、本件更正の請求について、いずれも更正をすべき理由がないとした本件通知処分のうち、平成25年分の所得税に係るものはその全部が違法であり、平成24年分及び平成26年分の所得税に係るものは総所得金額及び納付すべき税額を超える部分につき更正をすべき理由がないとする部分が違法であるから、これらの違法な処分ないし部分は取り消されるべきであるという判決を下した。 【控訴審判決の概要】 1 控訴審における被控訴人(第一審原告)の主張 被控訴人は、次のように主張して、被控訴人の馬券所得を雑所得と解すべきであると主張した。 2 控訴審東京高等裁判所の判断 東京高等裁判所は、本件競馬所得は、通常馬券の的中による払戻金に係るものも「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とはいえず、一時所得に該当するものと認められるから、本件各通知処分は適法であり、被控訴人の請求はいずれも理由がないという判断を示したうえで、その理由について、次のように述べた。 【解説】 勝馬投票券の払戻金(競馬所得)の所得区分については、最高裁判所平成27年3月10日判決及び最高裁判所平成29年12月15日判決という2つの判決と、判決に伴う所得税基本通達の改正を経て、決着を見たところである。 平成30年6月29日に公表された改正所得税基本通達では、一時所得の例外として、以下の注書きが示されている。 この改正によって解決できていなかった論点が、本件訴訟に見られる、特定の年分では損失が生じているものの、複数年で見れば多額の利益を計上している場合の取扱いである。この場合の所得区分としては、 という3パターンが考えられるが、本件では、第1審である東京地方裁判所は②、控訴審である東京高等裁判所は①の立場をとっている。 1 国税不服審判所による裁決 原告が審査請求していた本件について、国税不服審判所は、事実認定に基づき、本件競馬所得のすべてを「一時所得」に該当することを認めた裁決をしている。 国税不服審判所は、請求人による一連の馬券の購入行為は、その期間、頻度、購入規模の大きさなどの点を考慮してもなお、客観的にみて多額の利益が恒常的に上がると期待し得るものであったとは認められないことから、請求人による一連の馬券の購入行為をもって一体の経済活動の実態を有するとまではいえず、本件競馬所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるとは認められないという判断を示している。 2 控訴審判決に対する違和感 控訴審では、事業所得との比較において、次のような見解を示している。 こうした観点を強調すると、「事業所得の損失計上は認められない」という課税処分につながることが懸念されるのではないか。本件控訴審判決では、損失理由によってはこの損失の事実を除外して評価することも考えられるとしているが、どのような理由又は立証であれば、損失の事実を除外して評価するのかは明らかではない。 なお、本件は、被控訴人(納税者)によって、上告と上告受理申立が行われているようであり、最高裁判所がどのように判断するか、引き続き、注視したい。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第70回】 「受益者連続型信託に関する権利を取得した場合における 小規模宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 甲は、自己が所有するA土地及び建物(賃貸用アパートで部屋数は8室)において貸付事業を行っています。甲はA土地及び建物以外で貸付事業を行っていませんので、事業的規模以外の貸付事業に該当します。 賃貸の用に供して50年以上経過し建物も老朽化し、甲の財産管理能力も衰えてきたため、甲は賃貸用アパートの管理等を長男である丙に任せ、甲の死亡後はそのA土地及び建物を配偶者である乙に、乙が死亡した場合には丙に相続させるために、下記の信託契約を令和3年10月に締結しました。 【信託契約の内容】 【相続関係図】 甲は令和5年1月4日に相続が発生し、乙は令和5年2月3日に相続が発生しています。丙は乙の相続税の申告期限まで引き続き、A土地及び建物に係る貸付事業を継続しています。 令和5年における不動産の評価は、下記のとおりとなります。 【A土地及び建物の相続税評価】 上記の前提事項である場合に、甲及び乙の相続に係るA土地及び建物に係る相続財産の種類、相続税評価及び小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の減額金額はどのようになりますか。 [A] 甲及び乙の相続財産の種類、相続税評価及び小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)の減額金額は下記のとおりとなります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 信託受益権がある場合の相続財産の種類 信託に関する権利又は利益を取得した者は、信託財産に属する資産及び負債を取得したものとみなされますので、信託に属する資産が土地及び建物である場合には、土地及び建物を取得したものとみなされます(相法9の2⑥)。したがって、乙及び丙は信託に関する権利(受益権)を取得していますが、土地及び建物を取得したものとみなされます。 2 受益者連続型信託の定義 本問の場合のように、受益権が順次移転する定めのある信託等は、受益者連続型信託に該当します。 受益者連続型信託とは、下記のものをいいます(相法9の3、相令1の8)。 3 受益者連続型信託の相続税評価 受益者連続型信託に関する権利を取得した場合には、信託財産の全部の価額が相続税評価額となります。乙が取得した受益権は、自由に処分することができないものとなりますが、課税上は、所有権を取得したものとして評価することになります(相法9の3①、相基通9の3-1)。 したがって、乙及び丙は、所有権である土地及び建物を取得したものとして、貸家建付地及び貸家として評価することになります。 4 信託に関する権利がある場合の小規模宅地等の特例の適用 小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において、被相続人又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた「宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいう、以下同じ)」を対象としています(措法69の4①)。あくまでも宅地等を小規模宅地等の特例の対象としていますので、信託に関する権利は小規模宅地等の特例の適用にならないのではないかとの疑問もあるかと思います。 しかしながら、信託に関する権利又は利益を取得した者は、信託財産に属する資産及び負債を取得したものとみなされますので、信託に属する資産が土地である場合には、土地を取得したものとして、特例の適否を考えます(相法9の2⑥、措令40の2㉗)。 したがって、特例の対象になるものとして、個人が相続又は遺贈により取得した信託に関する権利が含まれますが、次に掲げる信託に関する権利は除かれます(措通69の4-2)。 5 宅地等を取得した親族が申告期限までに死亡した場合 本問の場合には、乙は甲の相続税の申告期限までの間に死亡していますので、乙は申告期限までの貸付事業の継続要件及び宅地等の所有要件を満たさないことになるのではないかとの疑問があるかもしれませんが、下記の租税特別措置法関係通達69の4-15(宅地等を取得した親族が申告期限までに死亡した場合)の定めにより乙の貸付事業を承継した丙が延長された申告期限(乙の相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内)まで貸付事業を承継し、継続していれば、要件は充足したものとして取り扱います。 租税特別措置法関係通達69の4-15(宅地等を取得した親族が申告期限までに死亡した場合) 本連載の【第17回】において「先代事業者から事業を承継した者が申告期限までに死亡した場合の特定事業用宅地等の特例」について解説をしていますが、貸付事業用宅地等の特例の事業継続期間・宅地等の保有期間の終期の考え方は、特定事業用宅地等の特例と同様になります。 6 新たに貸付事業の用に供された宅地等に該当するか否か 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2①⑦⑲)。 本問の場合には、甲の相続の発生により、不動産所得を生ずべき貸付事業を乙が承継していますので、乙にとっては新たに貸付事業の用に供された宅地等に該当するのではないかとの疑問もあるかもしれませんが、被相続人(本問の場合には乙)が相続開始前3年以内に開始した相続又はその相続に係る遺贈により貸付事業の用に供されていた宅地等を取得し、かつ、その取得の日以後その宅地等を引き続き貸付事業の用に供していた場合におけるその宅地等については、この「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しないこととされています(措令40の2⑨⑳)。 したがって、甲の相続時点においては、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」とは考えず、甲の貸付事業開始時点まで遡って3年の判定を行うことになります。 新たに貸付事業の用に供された宅地等の判定は、本連載の【第37回】で解説をしています。 7 本問の場合の当てはめ (1) 乙について 乙は受益者連続型信託に関する権利を取得していますが、貸家建付地及び貸家を取得したものとみなされます。上記5の取扱いにより、被相続人の貸付事業の継続要件及び所有要件を満たすことになりますので、他の要件を満たせば特例の対象となります。 特例の減額金額は200㎡まで50%減額となりますので、41,000千円(82,000千円×50%)となります。 (2) 丙について 丙は受益者連続型信託に関する権利を取得していますが、貸家建付地及び貸家を取得したものとみなされます。上記6の取扱いにより、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当せず、他の要件を満たせば特例の対象となります。 特例の減額金額は200㎡まで50%減額となりますので、41,000千円(82,000千円×50%)となります。 ★実務上のポイント★ 信託に関する権利又は利益を取得した者は、その信託財産に属する資産及び負債を取得したものとみなして、相続財産の評価及び小規模宅地等の特例の適否を考えることになります。信託に関する権利も小規模宅地等の特例の対象になることも踏まえて、小規模宅地等の特例の選択を行うことが重要となります。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第27回】 「デッド・プッシュ・ダウンとは」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 国際的な税負担を軽減する手段としてデッド・プッシュ・ダウンという方法があるそうですが、これは一般に認められたものでしょうか。 〔A〕 多国籍企業グループに属する日本法人の組織再編成により、日本法人が新たに負担することとなったグループ内支払利息の損金性が争われた事案において、グループ全体の対外的な信用力を高め、財務態勢の強化に資するものであるから、資金効率の最大化を可能とするものとして、財務上の観点からみて、不自然とはいえず、その必要性、合理性を認めることができるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 デッド・プッシュ・ダウンとは? デッド・プッシュ・ダウンについて、東京地裁(2参照)は、次のように定義している。 デッド・プッシュ・ダウンは、買収資金の借入れに係る利払いの損金算入により、将来の事業から得られる課税所得の金額を圧縮する手法であって、高税率国に所在する対象会社等を買収する際の課税負担の圧縮策の1つとして、主に欧米の多国籍企業によって広く用いられる(※1)とされている。 (※1) 太田洋・伊藤剛志編著『企業取引と税務否認の実務 第2版』(大蔵財務協会・令和4年)264頁脚注16参照。 2013年2月12日にOECDから公表された「BEPS報告書」(Addressing Base Erosion and Profit Shifting)では、そのAnnexCで、多国籍企業が用いるタックス・プランニングのストラクチャーの1つとして紹介されており、そこでは、以下のように説明されている(※2)。 (※2) 本稿では、BEPS報告書で示されている国名及び金額の表記を変更している。 〈デッド・プッシュ・ダウンと中間持株会社の利用によるレバレッジド企業買収スキーム〉 (※3) BEPS報告書では“Hybrid instrument”と表記されており、資本と負債の双方の性質を持つ証券を想定しているものと解される。 (※4)(※5) B国における資本参加免税制度(Participation Exemption)の適用を前提にしていると思われる。 本稿では、我が国の裁判所が初めて多国籍企業によるデッド・プッシュ・ダウンに言及した事例として、ユニバーサルミュージック事件を取り上げる。 2 過去の裁判例 《ユニバーサルミュージック事件》(※6) (※6) (第一審) 東京地裁令和元年6月27日判決、【第1事件】平成27年(行ウ)第468号、【第2事件】平成29年(行ウ)第503号、【第3事件】平成30年(行ウ)第444号・TAINSコード:Z269-13286 (控訴審) 東京高裁令和2年6月24日(令和元年(行コ)第213号)・TAINSコード:Z270-13418 (上告審) 最高裁一小令和4年4月21日判決(令和2年(行ヒ)第303号)〈確定〉・TAINSコード:Z888-2411 (1) 事案の概要 多国籍企業であるフランス・ヴィヴェンディ傘下のユニバーサル・ミュージックグループの日本法人で、合同会社であるX(原告・被控訴人・被上告人)は、国際的なグループ組織再編成に伴い、借入債務約866億円(本件借入れ)を負担し、平成20年12月期から同24年12月期までの事業年度(本件事業年度)において、本件借入れに係る利息を損金に算入して確定申告したところ、処分行政庁は、当該利息につき、同族会社に係る一般的否認規定である法人税法132条を適用し、その損金算入を否認した。Xは当該更正処分等を不服とし、その取消しを求め本訴を提起した。 本件の第一審である東京地裁は、法人税法132条1項について”納税者有利”の基準(※7)を採用し、Xの勝訴となったが、控訴審である東京高裁は、原審の示した基準を否定した上で、ヤフー/IDCF事件最高裁判決(※8)が示した法人税法132条の2の不当性要件に係る判断枠組み(※9)を採用し、Xの主張を認め国側の控訴を棄却した。これを不服として国側は上告したが、最高裁は、控訴審の判断を全面的に支持し、国側の敗訴が確定した。 (※7) 東京地裁は、「法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべき」という従来の学説や裁判例に見られない新たな判断基準を示した。しかし、かかる基準では、ごくわずかでも何らかの事業目的等が存在すれば、法人税法132条1項の規定は適用できなくなってしまうという批判があった。 (※8) ヤフーについては、最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)、IDCFは、最高裁平成28年2月29日第二小法廷判決(平成27年(行ヒ)第177号)。 (※9) 「一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」というもの。 なお、本稿では、デッド・プッシュ・ダウンに係る裁判所の評価に焦点を当てるため、本件の詳細な事案の検討については下記の拙稿を参照されたい。 (2) 裁判所の判断 ① 控訴審判決における不当性要件の判断枠組みへの当てはめ 東京高裁(※10)は、本件組織再編成等の8つの目的として裁判所が認定したもののうち、日本の関連会社の資本構成に負債を導入し、UMG部門(※11)のオランダ法人の負債を軽減するための資金を調達するという目的の観点からみて、本件組織再編取引等は不自然なものとはいえず、税負担の減少以外にこれを行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するということができると判示し、その具体的な事情として、「Xが、上記の日本法人の買取資金を調逵するため、ヴィヴェンディ・グループのCMS(※12)の統括会社であるUMIFから本件借入れを行うこと(多額の営業利益を計上し支払利息が極めて少ない日本の関連会社が債務を負うこと)は、いわゆるデット・プッシュ・ダウンとして、規模が大きく多額の利益を計上している日本の関連会社に対してUMG部門における企業買収のために経済的負担が過度に重くなっているオランダ法人の負債の一部を負担させ、ヴィヴェンディ・グループのCMSにおいて外部の金融機関からの借入れ等の金融取引を一括して行っていたヴィヴェンディの対外的な信用力を高め、ヴィヴェンディ・グループ全体の財務態勢の強化に資するものであるから、資金効率の最大化を可能とするものとして、財務上の観点からみて、不自然とはいえず、その必要性、合理性を認めることができる。」と判示し、デット・プッシュ・ダウンを極めて肯定的に捉えている。 (※10) デッド・プッシュ・ダウンについて好意的に評価している点は、第一審である東京地裁判決も全く同様である。 (※11) ヴィヴェンディ・グループの音楽部門を指す。 (※12) ヴィヴェンディ・グループが採用する資金集中管理制度を指す。 ② 控訴審判決における国側主張の排斥 国側は、本件借入れは、極めて異常で変則的なものであり、これを行ったことにつき租税回避以外に正当で合理的な事業目的等はなかったから、経済的合理性を欠く不当なものであったと認められる旨を主張した。 これに対し東京高裁は、「そもそも負債を導入されること自体には、税負担の減少以外には経済的な利益がない上、企業グループ内の取引として実行されるデット・プッシュ・ダウンは、当該グループにとって新たな収益性が外部から流入するわけではなく、当該子法人としても、グループ内の被買収企業としても、実質的な資金需要があるとはいえないことが多いから、当該子法人にとって借入れに係る負債の導入それ自体が経済的な犠牲を強いられるものでしかなく、このことは、UMKK(※13)から形式的にも実質的にも新たな資産を取得していないXについても同様である。オランダ法人の負債軽減を図ること(目的①(※14))やヴィヴェンディ・グループの財務を合理化すること(目的④・⑤(※15))は、UMKKないしXにとって経済合理性があることとは直接結びつくものではないか、間接的ないし抽象的な利益でUMKKないしXの犠牲を上回るものではない。」と判示し、グループの他国の法人への貢献を重視して、国側主張を排斥している。 (※13) 本件組織再編取引前において、我が国の音楽事業を目的とするヴィヴェンディの間接的な完全子会社であったが、Xに吸収合併されて解散した。 (※14)(※15) 裁判所が認定した本件組織再編成等の8つの目的の1つを指す。 (3) 裁判所の評価とその意義 裁判所は、税額の減少という国側の犠牲を天秤にかけることなく、多国籍企業が行ったデット・プッシュ・ダウンを積極的に容認することで、わが国司法としての度量を示したものといえる。すなわち、多国籍企業グループの財務上の全体最適を重視し、個別の法人・国の犠牲について一定の理解を示したのである(※16)。 (※16) 太田伊藤・前掲(※1)267~268頁は、「本件組織再編成取引等が行われた当時においては、同税制(筆者注:平成24年度税制改正で創設された過大支払利子税制を指す)はまだ導入されておらず、そうであるにも拘らず、本件支払利息の損金算入を、法人税法132条1項(ないし同法132条の2)を適用して否認することは、租税法律主義を実質的に骨抜きにすることにつながりかねない。本件第一審判決(筆者注:控訴審判決も同様)が本件のデット・プッシュ・ダウンを含む本件組織再編成取引等の目的に合理性を積極的に認めたのは、以上のような、当時におけるわが国税制の構造を考慮したからではないだろうか。」と述べている。 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 《延長戦》 -値上げ交渉編- 【第1回】 「すぐに値上げ交渉をするべき取引はどれ?」 公認会計士 石王丸 香菜子 (※1) 日本銀行「企業物価指数(2022年11月速報)」 (※2) 中小企業庁「価格交渉促進月間(2022年3月)フォローアップ調査の結果について」 * * * 登場人物 * * * 2022年初め頃から、「物価高」のニュースを連日のように見かけますね。食料品や日用品等、最終消費者の関心が高いものに関する値上げのニュースが目立ちますが、企業も多大な影響を受けています。国内企業物価指数は2020年12月以降上昇を続けており、2020年の平均値を100とした場合、2022年11月の指数は118.5と高水準になっています。様々な品目で値上げが進み、多くの企業が深刻なコスト高に直面しています。 * * * * * * 企業で生じるコストには、販売量に比例して発生する変動費と、常に一定額が生じる固定費とがあります。販売単価から変動費を差し引いた残りである「限界利益」がマイナスの場合、売れば売るほど損失が増える状態です(値上げの「理屈」~管理会計で正解を探る~【第1回】参照)。このような損益構造の取引を最初から行うことは考えにくいものの、企業間取引の場合、取引先との付き合いや、企業間の力関係が影響して、長い間「据え置き価格」で取引が行われていることがあります。 日本では長期にわたって、物価が大きく上がることのない時代が続いてきました。物価が上がらない状況では、販売価格を据え置いて取引をしていても、当初の損益構造が大きく変わることはありません。 しかし、近年のように急速に物価が上がるインフレ局面で、販売価格を据え置いたまま取引を行っていると、コストだけが上がり、いつのまにか限界利益がマイナスになっているおそれがあります。財務会計上のデータでは案件ごとの採算は明確にならないので、気付かないうちに赤字構造に陥っている可能性があるのです。 * * * * * * 業種によってコストの内訳は様々ですが、主要な原材料費や外注加工費・輸送費などは概ね変動費であると考えることができます。PNガーデン社の法人事業部門の各案件も、原材料費と外注費等が変動費であるとしましょう。案件のうち、販売単価から変動費である原材料費と外注費等を差し引いた残りである限界利益がマイナスになっている案件は、次々と水が漏れるように損失が拡大する原因となっています。したがって、限界利益がマイナスの案件は、直ちに販売単価の値上げ交渉を行う必要があります。 値上げ交渉がうまくいかず限界利益がマイナスのままならば、基本的にはその取引自体を中止するほかありません。水漏れ箇所をふさぐことができないならば、その水道を使わないに越したことはないのと同じです。 * * * * * * 赤字の案件以外にどの案件を優先して値上げするかの判断に際しては、様々な要因を考慮する必要がありますが、時間当たり限界利益を算定すると判断材料の1つになります。時間当たり限界利益の小さい、すなわち、手間に見合った十分な限界利益が得られない非効率な案件は、値上げ交渉の候補として検討するとよいと言えます。 ただし、例えば、1つの取引先と複数の案件を取引している場合、そのうちの1つの案件が非効率であっても、全ての案件をまとめて考えれば効率的に利益を確保できている状況も考えられます。そのような状況では、1つの案件について値上げ交渉をしたことがきっかけで、他の全ての案件を喪失してしまう事態は回避すべきです。 また、効率がさほどよくなくても、案件の規模自体が大きく、その案件から得られる利益の額が自社にとって重要である場合もあります。そうした主要な取引先を喪失してしまうと、利益の額が大きく減るとともに自社の生産体制にまで影響を及ぼす可能性があり、大きな痛手となります。 したがって、値上げ交渉の対象とするか否かの最終判断には総合的な視点が必要です。 * * * (了) 『管理会計でわかる! 上手な「値上げ」の仕方・考え方』 好評販売中
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第35回】 「売り手の可視化」 ~「Ⅱの部」を活用してプロフィールと企業の設計図を作成する~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒期待する売り手を探し当てるためのヒントを得る。 売り手企業 ⇒売り手の可視化を通じて、M&Aの実行に向けた準備を進めるためのヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の可視化に有用な項目を知り、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手を可視化するためのポイントを理解する。 1 売り手を可視化する 中小企業のM&Aにおいて、多くの売り手は「売りたい理由」「売らなくてはならない理由」といった理由や事情があってM&Aに動きます。価額、後継者、業績など、売り手によってM&Aに踏み切る理由や事情は様々ですが、大体は目先の課題、問題に対処したい、解決したいとの思いが先行します。 しかし、M&Aは企業の存続と成長を助け、積み上げてきた時間によって向上した企業の価値を金銭に変えて、新たなスポンサーのもとで、再び地域経済を支える存在になるための大切な手段であって、単に現状の売り手の課題を解決するためのテクニックではありません。ですから、いざという時に限って、売り手の視野が狭まってしまう結果、M&Aによる決断を急がなくてもいいように、時間が許す限り、売り手自身の分析を平時のタイミングで行っておくのが望まれます。 その1つの方法として、売り手の可視化が考えられます。規程、議事録、決算といった書類などの記録によって残される一部の業務を除いて、中小企業の多くの業務は可視化されていません。しかし、可視化されない部分にこそ、売り手ならではの経験の蓄積や、強みが隠されており、整理を進めれば課題も見えてくるはずです。面倒かもしれませんが、この作業を行っておくのとそうでないのとでは、経営の転機が訪れた際の選択や判断の違いとなって、M&Aを選択した際の成否にも関係していきます。 売り手の可視化には、事業計画をはじめとする計画作成、M&A仲介会社などが行うインタビューシートの類など、様々な方法が用いられると考えられますが、本稿では、IPO(Initial Public Offering)という株式上場を目指すステージにある準備企業が、準備過程で作成し、新規上場の申請時に提出する「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」を取り上げます。だからといって、「Ⅱの部」を作成しましょう、というわけではありません。「Ⅱの部」の項目のうち、中小企業M&Aの売り手の可視化にとって有用なエッセンスがあるので、売り手自身の理解を深めるために活用できそうな部分に焦点を当てます。 2 「Ⅱの部」を活用してプロフィールと企業の設計図を作成する 東京証券取引所が掲載する「Ⅱの部」の記載要領によると、「Ⅱの部」は、事業内容等の把握のための資料となっており、企業の実態に即して記載するように求められています。書類の提出対象は間もなく上場しようという企業ですから、中小企業M&Aの売り手よりも大きい企業規模感だと思いますが、プロフィールや企業の設計図を作成するために必要な情報が網羅できる構成となっており、売り手の実態をつかむには良い題材です。 「Ⅱの部」では、以下の膨大な量の項目の記載が求められますが、そのうち、中小企業M&Aの当事者である売り手がM&A如何にかかわらず可視化しておきたい項目だけ下線で示しましたので、売り手自身の分析や検討の際のヒントとして使ってはいかがでしょうか。 (出典) 日本取引所グループ「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領(2022年6月30日改訂)」 ピックアップした項目について、箇条書き、文章、図表などの形式で整理していくと、売り手のプロフィールや詳細な設計図になるほか、売り手の業務実態の把握に加えて、課題なども浮かび上がるはずです。仮にM&Aに至らなくても、社内体制、業務の見直しを検討する際に役立ち、属人的な体制から、組織的な体制へと成長を遂げるための目標として掲げることでの活用の道も開けます。 買い手からすれば、これらの状況が可視化された資料や情報が揃っていれば、財務デューデリジェンス(〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方【第12回】「他人事ではいけない調査の心得」~資料準備編~などをご覧ください)による詳細な調査によらなくても、買い手が売り手に対して事細かに質問などによる確認をしなくても、おおよその売り手の状況が理解できます。結果として、M&Aによって何が改善事項か、優先すべき事項かの判断がつきやすくなり、買い手と売り手双方が思い描くM&A後の姿に近づくための大きな判断材料になります。それは、M&Aの成功のための一歩と言ってもいいでしょう。 このように、売り手自身にもM&Aを検討する前段階から準備できる作業はたくさんあります。売り手の将来のために、M&A後の成功を掴み取るために、「Ⅱの部」に記載する内容について、ぜひ一度検討してください。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例47】 「区分所有法上の制度を利用した共同所有型私道の管理」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 斜面に立地する下記のAからHまでの土地上に各自の戸建建物があり、坂道の共有私道(持分は各1/8)は未舗装路となっています。Dは坂道の上に居住しており、未舗装路をアスファルト舗装し、歩行者用の階段も設置したいと考えています。Eは階段の設置に反対しており、Hは空き家で行方も分かりませんが、それ以外の者は賛成しています。 このような場合に、どのように共有私道を管理すればよいでしょうか。 1 はじめに 複数の者が通路を管理する場合、通路の権利関係(共同所有型私道や相互持合型私道)に従った対応が必要である。このうち共同所有型私道においては、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)上の団地の法律関係が成立する場合があり、民法の共有と異なる方法で管理することが可能となる。 そこで、本問では、団地による制度を利用した共同所有型私道の管理について検討することとしたい。 2 団地制度の概要 (1) 団地とは 区分所有法に団地の定義規定はないが、一般的には、「複数等の建物が一定範囲に建築されている場合の、一定範囲の土地」などと定義されている(渡辺晋・久保田理広『区分所有法の解説[7訂版]』(住宅新法出版・令和3年)436頁)。団地に該当するものの中には、計画的設計に基づいて建物が建設されたものもあるが、計画的設計に基づいて建物が建設されていることは団地の要件ではない。 団地が成立すると、団地内の建物の所有者全員が、特別の手続を経ることなく当然に、団地内の土地や附属施設等(以下「団地対象土地等」という)の管理を行うための団体(以下「団地管理組合」という)を構成する(区分所有法第65条)。団地管理組合は、民法の共有とは異なるルールで団地管理対象物の管理を行うことができる(同法第66条)。もっとも、現実的には、団地が成立していたとしても、このことを認識していない者も少なからずいるように思われる。 (2) 団地の成立要件 団地が成立するためには、次の要件を満たす必要がある(区分所有法第65条)。 ① 一団地内に数棟の建物があること 区分所有法上、一団地内に存在する建物には区分所有建物だけでなく、戸建建物も含まれている。そのため、1つの団地が❶区分所有建物のみ、❷戸建建物のみ、❸これらの混在によって構成されている場合があることになる。 ② 団地対象土地等がこれらの建物の所有者の共有に属すること 団地対象土地等は、団地内の建物の所有者(団地建物所有者)に共有されている必要がある。もっとも、団地建物所有者は、常に団地内に存在するすべての建物の所有者である必要まではない。 たとえば、団地内の建物及びその敷地を甲、乙、丙がそれぞれ所有しており、団地内の通路を甲及び乙のみが共有している場合、客観的な土地の形状から、甲・乙・丙による団地関係のように見えても、原則として、通路を核とした甲・乙による団地関係が形成されることになる。例外的に、丙が甲・乙の団地関係に入るためには、区分所有法第68条第1項第1号に規定する特別多数決による規約の設定が必要になる。 (3) 団地の管理事項の決定方法 団地建物所有者の全員が共有している団地対象土地等は、法律上当然に団地管理組合の管理の対象となる。一方で、上記(2)の②の丙を団地関係に含める場合のように、団地建物所有者の一部が土地や附属施設等を共有することになる場合、これらは規約で管理の対象に含めた場合に限り管理対象となる。なお、団地内の戸建住宅や団地建物所有者が単独で所有している土地や附属施設等は規約でも管理対象にはできない。 団地管理組合は、規約が作成されていない場合、区分所有法の規定に従って管理を行うことになる。団地対象土地等について、その形状や効用の著しい変更を伴わないもの(軽微変更)を除く変更を行う場合、団地建物所有者及び議決権(団地対象土地等の持分割合)の各4分の3以上の多数の決議(特別決議)で決することができる。なお、団地対象土地等の変更が建物等の使用に特別の影響を及ぼすときは、団地建物所有者の承諾を得る必要がある(区分所有法第66条、第17条)。 また、団地対象土地等の管理(軽微変更を含む)に関する事項は、団地建物所有者及び議決権の過半数(普通決議)で決することになる。たとえば、未舗装路をアスファルト舗装する場合等は軽微変更に当たり、アスファルト舗装全体を再舗装する場合等は管理行為に当たると考えられる。変更の場合と同様に、管理行為が建物等の使用に特別の影響を及ぼすときは、その建物の所有者等の承諾を得る必要がある(区分所有法第66条、第18条)。なお、破損した舗装の修繕舗装等のような保存行為は、各団地建物所有者が単独で行うことができる(同法第66条、第17条)。 団地管理組合は、団地管理組合の規約がない場合、区分所有法の規定する集会の手続に基づいて団地の管理事項を決議することになる(同法第66条、第35条以下)。法人格のない団地管理組合においては、管理者が定められていなければ、団地建物所有者の5分の1以上で議決権の5分の1以上を有するものであれば集会を招集することができる(同法第66条、第34条第5項)。 招集権者は、団地建物所有者に対して招集通知を送付する必要があるところ、招集通知の通知場所が連絡されていない場合、団地建物所有者の建物の所在地に送付すれば足りる(区分所有法第66条、第35条3項)。また、団地建物が共有関係にあり、通知先の指定がない場合には、共有者の1人に通知すれば足りる(同法第66条、第35条第2項)。なお、変更行為(軽微変更を除く)を会議の目的にしたい場合、招集通知にその旨記載する必要があるので留意が必要である(同法第66条、第35条第5項)。 3 あてはめ AからHまでの土地が1つの区画を形成しており、区画内の私道をAからHが共有していることから団地関係が成立すると考えられる。なお、Iの土地は、AからHまでと同じ区画を形成しているようにも見受けられるが、団地関係の当事者には含まれない。 未舗装路の共有私道をアスファルト舗装することは、通路としての利用方法の変更を伴うものではないため軽微変更又は管理行為となる。しかし、階段の設置によって、これまで通路として利用可能だった部分が利用できなくなることから、階段の設置を伴う場合は軽微変更に留まらない変更行為になると考えられる。 民法上、変更行為を行うためには全員の同意が必要となる。この点に関して、Hが行方不明となっているが、Eが階段の設置に反対しているため、Dは、民法第252条の2第2項(令和5年4月1日施行)の許可を得て変更行為を行うことはできない。しかし、E及びHを除いた共有者において、変更行為を行うことについて団地建物所有者の数と議決権の数のいずれも4分の3以上である。そこで、Dは、Dの提案に賛成している他の共有者とともに、団地管理組合の集会を招集して、アスファルト舗装及び階段の設置をすることについて決議をすることが考えられる。 もっとも、階段の設置がEの建物の使用に特別の影響を与える場合には、Eの承諾なく変更行為を行うことはできないので留意が必要である。このような場合、仮にアスファルト舗装のみで、Hを除く共有者間の同意を得られるのであれば、民法第252条第1項に基づく管理行為について決定を行い、アスファルト舗装の限度に留めることが現実的であるように思われる。 (了)