〈令和7年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「年末調整の実務Q&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 本稿(最終回)は、令和7年度税制改正に関する事項を中心に、年末調整事務において実務上判断に迷う事項等をQ&A方式で解説する。 取り上げる事項は以下のとおりである。 - 解 説 - 本稿第1回で解説したとおり、令和7年度税制改正による基礎控除の見直し等は、令和7年12月1日から施行することとされており、令和7年11月30日以前の源泉徴収事務には影響しない。 年末調整は、給与の支払者がその年最後に給与等の支払をする際に行うこととされている(所法190、所基通190-1)。したがって、令和7年分の最後の給与等を令和7年11月30日以前に支払う場合の年末調整においては、見直し後の基礎控除等は適用されない(※)。 (※) 見直し後の基礎控除等の適用を受けるには、確定申告等をする必要がある。 - 解 説 - 特定親族特別控除の創設に伴い、令和7年12月1日以後の「給与所得の源泉徴収票」の様式が改正された(所規93➀、附則7➀)。以下のとおり、「特定親族特別控除の額」を記載する欄が設けられている。 - 解 説 - 基礎控除、配偶者(特別)控除及び特定親族特別控除は、所得者本人、配偶者、特定親族の合計所得金額に応じて控除額が算定される(所法83、83の2、84の2、86)。 合計所得金額とは、純損失の繰越控除及び雑損失の繰越控除の規定を適用しないで計算した場合における総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額をいう(※)(所法2①三十イ)。 (※) 次の所得は、合計所得金額に含まれない。 ・源泉分離課税の対象となる利子等 ・申告分離課税の対象となる特定公社債等に係る利子等で、確定申告をしないことを選択した利子等 ・上場株式等の配当等(申告分離課税)に係る配当所得で、確定申告をしないことを選択した配当等 ・源泉徴収選択口座を通じて行った上場株式等の譲渡による所得等で、確定申告をしないことを選択した所得等 各申告書の合計所得金額(見積額)の欄は、複数の給与支払者から給与等の支払を受けている場合には、すべての合計額を記載する。また、給与所得以外の所得がある場合(例:副業による所得、不動産所得、土地建物の譲渡所得、公的年金等の雑所得等)には、それらの所得についても記載する必要がある。 なお、所得金額調整控除や特定支出控除の適用がある場合には、算出された給与所得の金額からそれらの控除額を控除する(所法57の2、措法41の3の11、41の3の12)。 - 解 説 - 本稿第2回【4】で解説したとおり 、2人以上の所得者の特定親族に該当する親族の場合、その親族は、所得者のいずれか1人の特定親族にのみ該当するものとみなされる(所法85⑥)。いずれの所得者の特定親族に該当するかは、「特定親族特別控除申告書」に記載されたところによる(所令219①)。 したがって、Aの夫がBを対象として特定親族特別控除の適用を受ける場合、AはBを対象として特定親族特別控除の適用を受けることはできない。 - 解 説 - 改正が令和7年12月1日に行われるとしても、年末調整関係書類を同日以後に受けたのでは年末調整が間に合わない事態も想定される。したがって、同日以後適用される改正を反映した年末調整関係書類を、11月30日以前に提出を受けることは差し支えないとされている。 (参考:令和7年度税制改正(基礎控除の見直し等関係)Q&A1-11) - 解 説 - 「調書方式」は、令和6年1月1日以降に居住を開始した所得者について適用されるため、令和7年分の年末調整から「調書方式」による住宅借入金等特別控除の適用を受ける従業員等が含まれることとなる。 「調書方式」の場合は、原則、控除証明書左下の「住宅借入金等の年末残高に関する事項」欄に年末残高情報が記載されることから、金融機関等が発行する年末残高等証明書の添付は不要となる。 * * * (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第14回】 「プログラム作成請負業務において納品書の日付と委託先からの実際の納入日が異なった場合の課税仕入れの時期の判断」 税理士 石川 幸恵 【Q】 コンピュータ・プログラム作成をシステム開発会社に依頼し、請負契約を結びました。この請負契約書では、プログラム等の成果物の引渡しを受け、検収後に支払いを行う旨を定めています。そのため、「課税仕入れを行った日」は目的物の引渡しの日がポイントになると思われます。 しかし、コンピュータ・プログラムの成果物は電子ファイルであるため、手渡しやトラックでの搬入といった「引渡しの瞬間」を目で確認することができません。 このような場合、「課税仕入れを行った日」はどのように判断すればよいでしょうか。 【A】 消費税基本通達11-3-1では「課税仕入れを行った日」は別に定めるものを除き、「資産の譲渡等の時期」の取扱いに準ずるものとされています。したがって、まずはその基礎となる「資産の譲渡等の時期」について確認してみましょう。 請負による資産の譲渡等の時期について、消費税基本通達9-1-5では次のように示されています。 コンピュータ・プログラム作成が物の引渡しを要する請負契約に該当するか否かについては、契約書の定め方などにもよるところですが、質問のようにプログラム等の成果物の引渡しを受けて、検収後に支払いを行う旨が契約書上明記されている場合には、物(ここでは電子ファイル)の引渡しを要する請負契約と考えられます。 したがって、プログラム作成の全部を完成し、電子ファイルを相手方に引き渡した日が「課税仕入れを行った日」と判断するのが相当です。 引き渡した日について、通常、引渡しに経理担当者や税理士が立ち会うことはありませんので、納品書の日付を基に判断しがちですが、書面の記載だけで判断するのは危険です。契約書に定められた検収手続きや社内の業務フローを確認し、実際にどの時点で「引渡し」が行われたとみるのが相当かを把握する必要があります。 これらの点が曖昧だと「課税仕入れを行った日」の判断を誤る恐れがあり、場合によっては課税仕入れの「隠ぺい又は仮装」が問われる可能性もあります。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ コンピュータ・プログラムの作成に関して「課税仕入れを行った日」をどのように判断するかについて、参考となる裁決事例として平成27年10月7日東京国税不服審判所裁決(非公開裁決、TAINSコード:F0-5-155)がある。 本件は、課税期間の末日を納入日とする納品書が存在する一方で、実際のプログラムのリリース日が翌課税期間にずれ込んでいたことから、課税仕入れの時期が争点となった事案である。 1 取引の概要 本件は平成25年1月1日から平成25年3月31日までの課税期間にコンピュータ・プログラムの委託に係る支払対価を課税仕入れに係る支払対価の額に含めたことについて、このプログラムの引渡しが完了していたかどうかが問題となったものである。 審査請求人である法人(以下「請求人」)が、ソフトウエア開発会社にコンピュータ・プログラムの作成を委託していた。 ソフトウエア開発会社は完成したプログラムを請求人のサーバーにリリース(配信)する方法により納品していた。 ソフトウエア開発会社は平成25年3月31日付で請求人宛に納品書兼請求書を発行した。納入日付は同日とされていた。また、同社は納品物一覧表も請求人に交付している。この一覧表には「納品物(下記機能の外部設計書・単体テスト仕様書・エビデンス)納品日:平成25年3月29日」というタイトルが付されていた。 一方で、リリース管理台帳上(裁決書では作成者は不開示だが、文脈からソフトウエア開発会社が作成したものと思われる)、8件のプログラムの最初のリリース日が平成25年4月1日から同月5日までの間の日付であった。 請求人は3月27日付で次のような会計処理をし、当該課税期間の課税仕入れにかかる支払対価の額に含めて納付すべき消費税等の額を計算した。 ※金額は不開示。 2 物の引渡しを要する契約か否かの判断ポイント まず、コンピュータ・プログラムの作成業務が物の引渡しを要する契約であるかを確認しておく必要がある。裁決では、次の契約書と注文書の記載内容に基づいて、物の引渡しを要する契約であると判断している。 〈取引基本契約書〉 ※下線は筆者加筆。 〈注文書〉 ※下線は筆者加筆。 3 書面上の納入日とリリース日付のいずれを基準とすべきか 上記の取引基本契約書の第8条(検査及び引渡し)によれば、ソフトウエア開発会社がプログラムを納品し、請求人が検収を行った時点で、目的物が完成して引渡しが完了したものとされる。 契約の定めに反して、リリース管理台帳上、8件のプログラムの納品が平成25年4月1日以後に行われたと認められることから、平成25年3月31日までに検収が行われていないことは明らかである。 このため、平成25年3月31日を納入日とする納品書が存在するものの、当該課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に含まれないと審判所は判断した。 4 引渡しが完了しないとの認識があったかどうかのポイント 本裁決では、目的物の完成・引渡しに関して事実の隠ぺい又は仮装を行ったか否かも争点となったが、これは否認された。請求人の担当者が、サーバーへのリリースが課税期間末までに完了しないことを認識していたとする直接的な証拠がなく、また、目的物の引渡しに関して事実を隠ぺい又は仮装したとまでは認められないと判断されたためである。 もっとも、認定事実の記載を見ると、開発当事者が「納品」を税務上の引渡し基準ほど厳格に捉えていなかった可能性もうかがえる。実際の検収に関する答述では、この開発フェーズではソフトウエア開発会社による検証作業をもって請求人の検収としていたとのことである。こうした運用はサーバーへのリリース日が後日にずれたとしても「形式的には納品済み」と扱う意識を生みやすい。 また、同じ認定事実の中で、平成25年4月8日17時37分の電子メールに「3月末完成予定分は、■■■サイドで一部最終受入検証中」との記載があることも、開発現場では「作業が一部残っているが、開発スケジュール上、大きな問題ではない」と認識されていた可能性を示唆している。 このように、契約書上の手続と現場の運用との間に認識のずれが生じると、課税仕入れの時期判断のみならず、場合によっては故意性の有無の判断にも影響しかねない。したがって、契約書や検収手続に関する理解を社内で共有し、定期的な監査等を通じて意識の統一を図ることが望ましい。 (了)
国際課税レポート 【第20回】 「「トランプ関税」と「ピラー2」」 ~米・欧2つの最高裁審査~ 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー はじめに 米国と欧州という巨大経済・民主主義圏で、経済政策を巡る重要な訴訟が同時期にそれぞれの最高裁の場で審理されている。米国では、トランプ政権が1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に発動した「相互関税」の合憲性が問われ、欧州では、OECD・G20「ピラー2」に基づく15%グローバル・ミニマム税(UTPR)の域内導入を義務づけたEU指令(UTPR)のEU基本法適合性が争われている。 いずれも、経済政策目的との関係で政府が選択した「手段」の適法性・均衡性(目的の重要性と手段による負担の重さが釣り合っているか)が焦点であると言える。ここでは、両訴訟に取材し、司法が経済主権と国際協調の狭間で果たす役割を考えるとともに、裁判の結果が実務に与える影響について考えてみることとしたい。 米国最高裁・トランプ関税合憲審査 日本については15%の水準が示されている「トランプ相互関税」を巡り、11月5日、米国の最高裁判所で口頭弁論が行われたことが報道されている。 JETROの報道によると、最高裁判所の審査では政権に厳しい質問がなされるなど、今後の展開については予断を許さない状況にあるようだ。 【表1】トランプ相互関税(一律追加課税)裁判を巡る経緯 (※1) International Emergency Economic Powers Act,を「国際緊急経済措置法」と訳す例も多数ある。 (注) 原告には、ニューヨーク市で高級ワイン等の輸入を行うVOS Selection社、教材メーカー等の中小規模の企業のほか、ニューヨーク州など10州(民主党知事)及びネバダ州・バーモント州の2州(共和党知事)が参加。 (出所) 筆者作成。 1977年IEEPAは関税の賦課を許しているか 主な争点について少し詳しくみていこう。IEEPAは、1977年に制定された米国の法律で、冷戦期の非常事態体制を整理し、経済制裁権限を大統領に与えるために導入された法律であるとされる。「米国外から発生する異常かつ特別な脅威」がある場合、大統領に対して経済制裁や通商上の制限(輸出入、金融取引、資産の凍結など)を命じる権限を認めたものであるとされる。 国際貿易裁判所(CIT)では、大統領の権限について定めたIEEPA §1702(a)(1)は、「instructions, licenses, or otherwise」により対外取引等をinvestigate/regulate/prohibitできる旨を規定しているが、「regulate」の中に関税の賦課が含まれるかが最大の争点で、控訴裁判所(CAFC)は相互関税のような包括的、恒常的な関税はIEEPAの想定外と判断した。 重大問題の法理(major questions doctrine) これは、行政機関が経済的・政治的に重要な事項で広範な措置をとるには、法律(議会)による明確な授権を必要とするという米国連邦最高裁の保守的な解釈原則である。 最高裁は、現在6対3で保守派が多数派であるが、重大問題の法理は保守派の判事たちが支持している原則であるとされる。 近年、最高裁はこの原則を根拠に、バイデン政権の先進的な政策、例えば4,300億ドルの学生ローン免除(2023年6月30日)、職域コロナワクチンの接種・検査義務化(2022年1月13日)、パンデミック中の家賃滞納者の立ち退き停止(2021年8月26日)などを阻止してきた。 わが国にも、新たに租税を課すためには法律が必要であるとする租税法律主義(憲法84条)は「租税に関する重要な事項(課税要件や滞納処分の要件など)はすべて法律で定めること」を要請しており、政令、省令等に対する「一般的・白紙的委任は許されない」(金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)81頁)のであり、同様の原則である。 仮に政権が最高裁で敗訴したらどうなるか その場合何が起きるのか。実務における備えを考えてみる。 1 支払済の相互関税が直ちに還付されるわけではない 最高裁で政権が敗訴した場合、ベッセント財務長官は米国は関税税収の約半分を還付する必要があると発言(9月)したという米国の報道がある(※2)。 (※2) 巨額の関税税収の規模については、【第19回】の【図】「トランプ関税のBefore(2024) After(2025)」参照。 しかし、訴訟の原告となっている5社あまりの小規模企業は自動的に納付済の相互関税の還付を受けることができるが、その他の企業は返金を受けるために異議申立てを行わなければならない。 複数の米国の専門家は、これは非常に複雑な作業となり、返金までに長い時間を要する可能性があることを指摘している。最高裁が本件を下級審に差し戻し、下級審が相互関税撤廃と、政権に還付指示を行うかが焦点になる可能性はあるが、米国政府が納付済の関税の還付(返金)についての措置をとらなければ、関税を支払った企業は新たに大規模な訴訟を提起する必要が生じる(※3)。 (※3) 最高裁の判断と還付手続きの行方についてJETROビジネス短信参照。 2 トランプ政権は相互関税を引っ込めることはない 米国での報道によれば、トランプ政権は、最高裁勝利がプランAだが、プランBもあると述べている。 米国には関税を課すための制度が複数ある(【表2】参照)。IEEPAは即効性がある。自動車関税(1962年通商法232条)や、スーパー301条は発動に必要な手続きがあり、時間を要する。また、口頭弁論において、政権側はIEEPAにより外国から巨額の合意を引き出すことが可能になった(有利にディールを進めることができた)と主張している。 【表2】 大統領による関税賦課の根拠とされた制度(主なもの) (出所) 筆者作成。 3 移転価格税制への影響(直接的なもの) 関税は販売子会社の売上原価に入り、利益率を押し下げる。事前確認制度(APA)で合意した独立企業間価格範囲を下回れば、補償的調整が必要になる。今後、いったん納付した関税が還付になる可能性があるとすれば、移転価格ポリシーの見直しが必要になるケースがあるかもしれない。 ベルギー裁判:「ピラー2」(UTPR)は合法か 本件は、OECDピラー2合意に基づく15%グローバル・ミニマム税を国内法に導入することを義務付けるEUピラー2指令(2022/2523)に従い、国内法化したベルギーの2023年12月法に含まれる軽課税所得ルール(以下「UTPR」:Undertaxed Profits Rule)の適法性が争われている事件である。 米国の非営利団体AmFreeが、域外の低課税利益に基づくトップアップ税をベルギー構成企業に負わせる仕組みは、財産権・営業の自由・平等原則等のEU一次法に反すると主張している。 ベルギー憲法裁判所は、2025年7月17日、UTPR条項の合法性についての予備的判断をEU法に関する最上級審にあたる欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union:CJEU)に付託(※4)し、7月31日に欧州司法裁判所により受理されている。 (※4) 欧州司法裁判所に「予備的判断を付託(preliminary ruling)」するとは、加盟国の裁判所がEU法の解釈や有効性に関して疑問を抱いた場合に、欧州司法裁判所に公式に質問を送り、その判断を仰ぐ制度である。 【表3】 ピラー2の合憲性を巡るEU裁判の経緯 (出所) 筆者作成。 ピラー2は財産権侵害か(原告の主張) 原告は、自由市場・小さな政府を掲げる米国の非営利ビジネス団体American Free Enterprise Chamber of Commerceで、カリフォルニア・ビジネス・ラウンドテーブルや国際課税で実績のある有力弁護士事務所等が支援している。 例えば、UTPRにより、利益がない・あるいは損失を抱えるベルギーのグループ企業に対して、グループ企業の実効税率が低いことを理由に課税が行われることがありうるが、UTPRがベルギー国外で生じた低課税利益に基づくトップアップ税を、ベルギー内の別主体に課す点が「過度の負担」(※5)であり、ベルギー憲法、EU機能条約、EU基本権憲章に照らして無効・違憲であると主張している。 (※5) ①財産権の侵害、②EU域内の設立・サービス提供の自由及び法的予測可能性の侵害、③平等・非差別原則(グローバル・ミニマム税の支払主体であるベルギー会社の個別の財務状況を十分に考慮しない制度設計)④租税法律主義・租税領域主義といった観点で、UTPRが本質的に政策目標との関係で比例的でない負担を強いるものだと主張している。 正当目的と均衡的:国際協調により許されるか(ベルギー政府の反論) これに対しベルギー政府は、UTPRは多国籍企業による租税回避・利益移転に対抗し、最低課税を実効化するという「正当な目的」に資する規制であり、多国籍企業の親会社所在国の所得合算ルール(IIR)で課税されない(制度非導入を含む)場合に差額を補足する「バックストップ」として限定的に作動する点が制度の趣旨で、恣意的・懲罰的に負担を生じさせるものではない、などと反論している。 EU全体での歩調と国際合意に裏打ちされた最低課税の担保という公益目的を前面に置き、自由や財産権との衡量においても必要最小限の介入だと主張している。 牽引役ドイツの逡巡:ピラー2はEU企業の利益か 欧州司法裁判所がベルギー政府に不利な判断をする可能性は低いと考えるのが自然だという欧州専門家の非公式な意見もある。一方、法令上の判断とは異なるが、6月28日のG7「サイド・バイ・サイド了解」により米国多国籍企業が事実上ピラー2の適用除外とされたことを受け、グローバル・ミニマム税を牽引してきたドイツからピラー2に対する懐疑的な声も現れてきている。 1 ドイツ多国籍企業の国際競争力に対する懸念 ドイツの経済規模の大きい州の財務大臣は、6月28日のG7「サイド・バイ・サイド了解」についての声明により米国多国籍企業にグローバル・ミニマム税を適用除外としたことを受け、米国や中国が実施しないグローバルミニマム税は、EUの多国籍企業・ドイツ企業にとって相対的に不利をもたらすとして、2025年10月2日に2024年から適用されているドイツのグローバル・ミニマム課税の一時停止と、ドイツ政府がEUに対して2022年12月のEUピラー2指令(加盟国にミニマム課税の国内法整備を義務づけるもの)の凍結を働きかけるよう求める動議を提出したと伝えられる。社会主義的な立場とされる州など10州の反対により動議に対する支持は広がらなかったが、ピラー2を牽引してきたドイツ発の新しい動きである。 欧州議会で第3の勢力となっているヨーロッパ愛国者グループ(Patriots for Europe)は「米中がピラー2を適用していない」としてEUだけが手を縛ると批判。これに対し、緑の党や左派はEUの租税主権を強調し、巨大ITの負担やデジタル課税の強化を主張しており、経済問題というより政治的な立場の違いの影響が問題の整理を複雑にしている。 2 改めて問われる複雑な制度への疑問 ドイツの有力シンクタンクZEWは、EU多国籍企業によるコンプライアンスコストについて推計し、各多国籍企業グループあたり初期対応費用平均57万ユーロ、最大約319万ユーロ(約9,500万円~5.3億円)、ランニングコストが平均23万ユーロ、最大約150万ユーロ(3,800万円~2.5億円)必要であり、EU全体で初期費用12億ユーロ(約2,000億円)、ランニングコスト5.17億ユーロ(約860億円)に達すると推計し、欧州多国籍企業のコンプライアンスコスト負担について警告を発している(1ユーロ=166円で換算)。 おわりに:政策目的と手段の選択 米国でもトランプ関税の合憲性について最高裁判所で争われ、欧州でもピラー2の合憲性についてグローバル・ミニマム税について欧州司法裁判所(EUの最高裁判所)で争われることになった。米国では、最高裁でトランプ関税が否認される可能性もあり、その場合、政権は別の法的根拠で課税を行う方針と伝えられている。 欧州では、ピラー2を主導してきたドイツから、米国や中国が参加しない以上、欧州多国籍企業が不利になるとしてピラー2の適用を停止する主張が現れた一方、緑の党や左派勢力の中からはEUの租税主権を主張し、引き続き巨大IT企業の税負担やデジタル課税の強化を主張しており、今後の展開についての不透明さを増している。 米国最高裁と欧州司法裁判所という2つの最高裁は、国家の経済政策に対し「どこまでが法の許容範囲か」を問うている。 IEEPAを関税に用いるという米国の大胆な解釈を巡る裁判は、通商政策と課税の間の接点を明らかにするのではないかという指摘がある。ピラー2がこれまでの国際課税が許さない域外課税というEUの制度設計も、国際合意と国内法との間の接点を明らかにする可能性がある。いずれも「政策目的」と「手段」が法の限界を超えないかという骨太で普遍的な問題である。 政権が掲げる政策と、制度の実効性と法原理の均衡をどう保つか──。経済安全保障と国際課税という異なる文脈の下で、司法が示す判断は、今後の国際経済政策を巡る政策形成の枠組みに長く影響を与える可能性があるだろう。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第80回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 ウ 匿名性・分散性の相互関連性 暗号資産は、政府や金融機関など、身元確認(KYC=Know Your Customer)を行う中央集権的な機関によって直接管理されていないことが通常であり、その発行や取引も、あらかじめ決められたブロックチェーンのプロトコル(規則)に従って自動的に実行される。 このように、中央の管理者に依存せず、分散されたネットワーク上で非人格的かつ自律的に運用されていることから、暗号資産は分散性を有するとされている。 例えば、ビットコインは、世界中の参加者が運営に関与しており、中央銀行や証券取引所のような一元的な管理者が存在しない。そのため、特定の組織や国家が強制的に取引を停止したり、資産を凍結したりすることが制度的・技術的に困難となっている。 このような分散性は、特定の主体が利用者の身元を管理・制御しないことにより、匿名での参加を可能にする環境を提供している。この点において、分散性は匿名性を支えるインフラとして機能しているともいえる。 逆にいえば、仮にブロックチェーンが中央集権的な管理下に置かれていたならば、管理者がすべての取引に対して身元確認を課すことができ、匿名性は大きく損なわれることになる。 他方、暗号資産の匿名性により、利用者はプライバシー侵害や追跡のリスクを恐れずにネットワークに参加できるようになるし、特定の利用者が何らかの理由で参加を排除されるリスクは減少する。これにより、ネットワークの分散度合いが高まり、システムの堅牢性や検閲耐性が強化される。 このように暗号資産の匿名性と分散性は相互に関連し、相互補完的な構造の様相を呈している。 暗号資産の匿名性については、次の点に注意すべきである。 CEXを利用せずに暗号資産の取引を行う際には、ウォレットと呼ばれるツールを用いて暗号資産を管理・送受信するのが一般的である。 ウォレットを生成し、暗号資産を送付する過程において、利用者が自分の氏名や住所、身分証明書のコピーといった個人情報をブロックチェーンに提供する必要は基本的にない。 生成されるのは、秘密鍵、公開鍵、そしてウォレットアドレスといった英数字のランダムな文字列であり、これらは直接的には利用者の身元情報と結びついていない。 暗号資産のトランザクションは、ブロックチェーン上にすべて記録されており、誰でも閲覧可能な状態(パブリック)にある。 ただし、それらのトランザクションは、取引を実行している者の実名や住所などの情報とは紐づけられておらず、対応するウォレットアドレス(英数字の文字列)のみが記録されている。 このように、暗号資産は完全な匿名ではないが、仮名(pseudonymous)で取引が行われるという意味で仮名性を備えている。 例えば、「アドレスAからアドレスBに1BTCが送られた」という情報は公開されているが、「このアドレスAの持ち主は誰か」といった情報は、ブロックチェーン上には存在しない。 以上のとおり、暗号資産の利用に当たって、利用者が自分の身元に関する情報を提供する必要はないこと、秘密鍵やウォレットアドレス等に身元情報が関連づけられていないこと、ブロックチェーン上に利用者の情報が記録されていないことが、暗号資産の匿名性を提供する基盤となっている(Sergio Avalos, Challenges That Cryptoasset Anonymity Creates for Tax Administrations, 9 J. TAX ADMIN. 66, 72(2024))。 もっとも、次の点からすれば、暗号資産の匿名性は絶対的なものではなく相対的なものにすぎない。 例えば、ある利用者がCEXで本人確認を行い、その後、そのCEXから自身のプライベートウォレットに暗号資産を送付し、そのプライベートウォレットで取引を繰り返していた場合を考えてみよう。 この場合において、暗号資産のやりとり等の状況から、そのCEXの口座とプライベートウォレットが同一人によって管理されているものであると一度特定されると、過去に遡って、そのプライベートウォレットと紐づくすべてのブロックチェーン上のトランザクション履歴が可視化され、当該トランザクションが当該特定された人物によって行われたものだと判断されうる。 このように暗号資産の追跡可能性や透明性は、匿名性とは別の性質であるが、仮名性と併せて利用されて、匿名性が破られることもありうる。 このような匿名性の特性は、現金と比較して捉えると理解しやすい。 一方、税務当局の視点では、暗号資産には以下のような利点がある。 このように、暗号資産は、「完全な匿名性」のある資産ではなく、「条件付きで可視化される仮名性」のある資産として理解する必要がある。 この点は、日本の国税庁との関係では、税務調査におけるリスクアプローチの再設計とも密接に関わる。 すなわち、従来の「国内暗号資産取引所に係る取引情報がなければ何もできない」という調査方針から、そのような情報が不足しているとしても、オンチェーンやオフチェーンの「情報の断片をつなぎ合わせて追跡する」という構成的調査アプローチへの転換を迫っているのである。 暗号資産の仮名性と可視性という特徴を正しく理解し、分析技術を駆使してコンプライアンスリスクの高い納税者を可視化し、追跡することができるかが、今後の税務執行における課題となろう。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第100回】 「自動更新期間中における請負契約の金額変更に係る 変更契約書の取扱い」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は清掃業者です。当初、清掃業務を請け負うにあたり取引先との間で下記の「清掃業務請負契約書」を作成しました。その後、自動更新期間中に月額清掃料金の増額を行うため、「清掃業務請負変更契約書」を交わすことになりました。 変更契約書に係る印紙税の取扱いはどうなりますか。 なお、当初契約である「清掃業務請負契約書」については、第2号文書(請負に関する契約書)と第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当しますが、月額清掃料と契約期間から請負金額が30万×12月=360万円と計算できることから、記載金額360万円の第2号文書に該当し、2,000円の収入印紙を貼付しています。 〈当初契約〉 〈変更契約書〉 記載金額420万円の第2号文書(請負に関する契約書)に該当し、印紙税額2,000円となる。 [検討1] 清掃業務請負変更契約書の課否 乙が甲の本社ビルの日常清掃等を継続して請け負うことを約した契約であり、第2号文書(請負に関する契約書)に該当する。 また、継続して行う請負契約であり、3ヶ月を超える契約期間の定めがあることから、第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)にも該当する。 通則3のイによると、このように、第2号文書と第7号文書に該当した場合、原則、第2号文書に該当するが、通則3のイただし書は第2号文書で契約金額の記載のないものと第7号文書に該当する文書は第7号文書に該当するとされている。 契約期間、月額清掃料により、契約金額が算定できることから第2号文書に該当する。 [検討2] 自動更新期間中における月額金額変更の記載金額 令和X1年3月1日付の清掃業務請負契約書第10条において、自動更新の定めがあるものの契約期間は令和X1年4月1日から令和X2年3月31日の1年間と定められており、変更契約における契約期間は令和X2年4月1日から令和X3年3月31日であり、当初の清掃業務請負契約書の月額清掃料金を変更するのではなく、新たに月額清掃料金を定めた契約書になる。 したがって、通則4ニの規定は適用できず、月額清掃料35万円×12月の420万円が記載金額となる。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第15回】 「自動車関連部材の事業が減損に至った経緯」 -戻らない需要- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 今回取り上げる事例は、自動車のシート用クッション材等を欧州自動車メーカーに供給している製造拠点について、減損損失を計上した事例です。 発泡スチロールのメーカーとして知られるこの会社は、コロナ前の2019年2月に、欧州で自動車部材の製造拠点等を展開する製造メーカー、Proseat GmbH & Co. KG等(以下、Proseatグループ)を買収しました。同社は、その後、2022年3月期にProseatグループの固定資産について多額の減損損失を計上し、2025年3月期には、それに次ぐ規模の減損損失を計上しています。以下で取り上げるのは、2025年3月期の事例です。 2度目の減損の背景には、一度失われた需要は完全には戻らないという法則めいたものがあるようにも思えます。 早速、事例を見ていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:2025年3月期有価証券報告書) (※) 下線は筆者 上記事例のとおり、この会社は、2025年3月期にProseatグループの事業用資産について3,993百万円の減損損失を計上しています。この減損損失を認識するに至った経緯も記載されており、上記事例の下線部によると、欧州における市況回復時期などの見直しにより、Proseatグループの事業用資産に回収可能性が認められないと判断したとのことです。収益性が低下したというわけです。 〈減損損失の推移〉 前述のとおり、本事例の会社は、以前にもProseatグループの事業用資産に係る多額の減損損失を計上しています。〔図表1〕に、過去5年間の減損損失計上金額をグラフに表してみました。 〔図表1〕Proseatグループの事業用資産に係る減損損失の推移 (出所:有価証券報告書を参照して筆者作成) 2022年3月期の減損損失は6,407百万円です。今回取り上げた2025年3月期の減損損失3,993百万円をはるかに上回っています。つまり、3年前にしっかり減損処理を行っていたというわけです。それにもかかわらず、3年後に同じ資産について多額の減損処理を行うことになってしまいました。 〈3年後の減損の理由〉 その理由を考えてみます。 2022年3月期の有価証券報告書を読んでみると、このときの減損損失の注記でも、欧州における市況回復時期などの見直しを行ったと述べています。 つまり、2022年3月期時点で市況回復時期の見積りを行い、それに基づき減損を実施したものの、3年後の2025年3月期時点でその見積りが変化してしまい、減損損失を追加せざるを得なかったということだと解されます。市況回復のスピードの遅れや、水準の低下が起きているということだと考えられます。 〔図表2〕に、欧州自動車市場の統計数値をグラフに表してみました。 〔図表2〕欧州の新車登録台数および自動車生産台数の推移 (出所:ACEA「Economic and Market Report」を参照し筆者作成) 〔図表2〕からは、欧州の自動車市場の活性度合いについて、コロナ前から現在までの大まかな推移を把握することができます。 2019年はコロナ前です。冒頭で触れたように、事例の会社は2019年にProseatグループを買収しています。したがって、この年の市場水準がその後の判断基準になります。 2019年に買収したということは、市場規模は2019年以降、一定の成長率で成長していくと考えていたはずです。買収時点の想定では、2024年において2019年の年間18,000,000台を当然に超えていると考えていたのではないでしょうか。 ところが、買収の翌年にコロナによる経済活動の停止があり、市場規模が落ち込みました。2022年3月期においては、2021年までの市場規模の落ち込みを受けて、買収時に見込んだ成長シナリオを大幅に修正したのでしょう。それが、2022年3月期の減損処理だったとみられます。 その後は、2022年において新車登録台数のもう一段の落ち込みがあり、市場の回復の兆しは見られませんでした。しかし、2023年からようやく回復に向かいます。市場の回復スピードは遅れていたようにみえますが、追加の大規模減損には至っていません。2022年3月期の減損処理がしっかりなされていたため、追加で減損するほどには収益性が悪化していなかったものと考えられます。 そして迎えたのが2025年3月期、本事例の年度です。 この年度に実施された減損は、2024年の市場動向と今後の見込みを考慮して行われたはずです。市場は2023年に回復傾向を示しましたが、2024年に頭打ちとなってしまったようにみえます。しかも2019年の水準に届いていません。これが資産の収益性を見積もる上で、致命傷になってしまったように思えます。 2024年に至って市況がこうなってしまったことについては、ドイツにおける電気自動車の購入助成の打ち切り等、原因はいろいろと論じられています。しかし、真の理由は経済活動の担い手である人間の心のなかにあり、しかもその理由は人によって様々です。特定することはできません。 この状況で、市況が再び上昇に転ずると見積もるのは難しいと思われます。おそらく、当面はこのまま足踏みになると予想したのではないでしょうか。その結果、2025年3月期の減損処理に至ったと考えられます。 〈この事例から見えてくること〉 〔図表2〕を眺めていると、需要というのは、いったん失われると元の水準にはなかなか戻らないということがわかります。2025年以降、再び成長軌道に戻る可能性も否定できませんが、仮に2024年の水準で頭打ちになってしまうとしたら、一度失われた需要は完全には元に戻らないという、法則めいたことがいえるかもしれません。 同じような現象は別の業界でも起きています。日本の鉄道業です。 JR東日本の鉄道輸送量のデータをみると、在来線の定期券利用客の鉄道輸送量が、2025年3月期時点で、いまだに2019年3月期の水準に戻っていないことがわかります。83%の水準までしか回復していないのです。 こうした例をみると、物事は何であれ、異常事態が発生すると、それが終息しても以前と全く同じには戻らないといえそうです。本連載の【第6回】では、ホテル業を例に、減損後にまた減損となる可能性を探りましたが、今回の事例はまさにそうなった事例ということになります。 (了)
【会計不正調査報告書を読む】 【第176回】 株式会社創建エース 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2025年6月30日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社創建エース特別調査委員会の概要】 【株式会社創建エースの概要】 株式会社創建エース(以下「創建エース」と略称する)は、1965(昭和40)年設立。設立時の社名は高杉建設株式会社。営業活動の休止期間を経て、1996年10月、キーイングホーム株式会社に商号変更。1997年11月、大阪証券取引所市場第2部に上場。 その後、東邦グローバルアソシエイツ株式会社、クレアホールディングス株式会社、中小企業ホールディングス株式会社への商号変更を経て、2023年6月、現社名へ商号変更するとともに、経営陣を刷新して、西山由之氏が代表取締役社長となる。創建エースが事業持ち株会社となり、国内連結子会社4社を有し、連結子会社によって、建設事業、コスメ衛生関連事業及びその他の事業を営んでいる。 連結売上高1,580百万円、連結経常損失△1,514百万円、資本金10,966百万円。従業員数39名(訂正前の2024年3月期連結実績)。本店所在地は東京都新宿区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、公認会計士柴田洋及び公認会計士大瀧秀樹。 疑義の対象となったA社から受注したとされる工事取引は、創建エースの連結子会社であるクレア建設株式会社(以下「クレア建設」と略称する)及び巧栄ビルド株式会社(以下、「巧栄ビルド」と略称する)の2社が、2022年3月期第2四半期から2024年3月期第1四半期において売上高として計上した537件である。創建エースの訂正前2024年3月期の有価証券報告書によれば、クレア建設は、「債務超過の状況にあり、債務超過の額は935,780千円」であると記載されている。 一方、巧栄ビルドについては、完成工事高1,293,298千円、経常利益△1,044,293千円などの損益情報とともに、「債務超過の状況にあり、債務超過の額は357,804千円」であると記載されている。また、創建エースの「第61回定時株主総会招集ご通知」には、クレア建設は「休眠会社の状態」であるため、重要な子会社から除外しているとの記載がある。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 創建エースは、2024年10月1日に証券取引等監視委員会開示検査課による金融商品取引法に基づく開示検査を受け、創建エース連結子会社において2021年9月から2023年6月末日までのA社との取引の実在性及びA社に対する債権の資産性について疑義(本件疑義)がある旨の指摘を受けた。 2025年3月7日に証券取引等監視委員会より本件疑義について外部専門家による調査の要請を受け、創建エースは、連結子会社の本件疑義における会計処理に関する事実関係の調査、業績への影響の把握及び原因の究明が必要であると判断し、中立・公正且つ独立した調査を行うため、利害関係を有しない外部専門家によって構成される特別調査委員会を2025年3月19日に設置し、調査を実施することとした。 2 特別調査委員会による調査結果の概要 (1) A社との取引開始の経緯 創建エースの前身であるクレアホールディングス株式会社では、2021年4月21日開催の臨時株主総会において、取締役の選解任議案が可決されたことにより、同日をもってそれまでの取締役4名は解任され、岡本武之氏(以下「岡本氏」という)、前田修氏、齋藤雅彦氏、星野和也氏が取締役に就任し、経営陣が刷新されるとともに、中小企業ホールディングス株式会社(以下「中小企業ホールディングス」と略称する)へと商号が変更された。 岡本氏は、中小企業ホールディングスの経営権掌握に伴い、当社の管理全般を統括できる人材として、c氏を招聘し、中小企業ホールディングスの管理本部長(以下、「c管理本部長」という)に任命した。 c管理本部長と以前から面識のあったA社代表者であるa氏は、2021年9月1日、岡本氏及びc管理本部長と中小企業ホールディングス本社事務所で面談し、A社では、多くの工事案件の引き合いがあるものの、資金的な問題から、受注できない状況にあること、つまり、A社が工事を受注する場合、下請け業者に対する支払いが先行する場合が多いことから、A社の資金的に受注できる工事案件には限りがあり、案件獲得の機会を逸しているということを説明した。 その席で、岡本氏は、a氏に対して中小企業ホールディングスグループとA社との間で業務提携契約を行う意向を告げた。 岡本氏は、当初、中小企業ホールディングスグループが元請けとして、A社が下請けとして商流に入ることを想定していたが、工事実績の無い中小企業ホールディングスグループが元請けとして工事案件を受注することはできないため、立場を逆転させて、A社が元請けとして、中小企業ホールディングスグループが下請けとして商流に入ることになった。 具体的には、A社が受注した工事案件について、クレア建設又は巧栄ビルドが下請けとして受注し、さらに、クレア建設又は巧栄ビルドはB社に発注するという商流が作られた。 (2) 調査結果の概要 特別調査委員会は、疑義の対象となった537件のすべての工事について、A社との取引が記載された受注案件一覧に基づく外部取引照会を行った結果、以下の事実を確認した。 特別調査委員会は、さらに、B社の代表者b氏が、A社の東京支店長として勤務していることなどから、A社とB社には経済的一体性が認められ、実際の商流はA社が受注した取引について下請け業者が工事を施工したもので、クレア建設及び巧栄ビルドは工事について実質的に関与しておらず、クレア建設及び巧栄ビルドにおいてはA社の支援を受けながら形式的に書類の作成が行われ、これに基づき資金のやりとりが行われていたことが強くうかがわれるのみならず、A社、巧栄ビルド、B社の間で資金が循環していることやB社が振込名義をA社に変更して債権回収をしたかのように見せていることもこれを補強するとして、結論として、クレア建設及び巧栄ビルドが実質的に工事に関与していなかったものと認めるという判断を示した。 【工事取引の概要】 なお、岡本氏は、特別調査委員会によるヒアリングの要請に応じておらず、また、追加で送付した質問状に対する回答も得られなかったとのことである。 (3) 調査の結果が会計処理に与える影響 特別調査委員会は、調査の結果明らかとなった会計的影響として、A社案件における売上高及び対応する売上原価を認識及び計上する根拠がなく、売上高及び売上原価の認識、計上の取消を行うべきである点と、売上高を認識及び計上したことに伴い計上されている売掛債権に係る貸倒引当金について、引当の対象となった売掛債権が取り消されるため、当該引当金計上の取消を行うべき点となると説明している。 A社案件を取り消した結果、創建エースの過年度の損益計算書は、次のように訂正されることとなる。 3 発生原因の分析 (調査報告書56頁以下) 特別調査委員会は、「発生原因の分析」の冒頭、調査結果を総括して、クレア建設及び巧栄ビルドがA社から受注したとされる工事請負契約については、人工の融通、資材の仕入などの工事に関与している事実を確認することができず、工事に実質的に関与していなかったことが相当程度の蓋然性をもってうかがわれ、工事請負契約としての経済的実質を具備していないと述べるとともに、さらに、A社案件の工事の中には、架空であると推察される取引も存在したことを挙げ、対象期間において工事に実質的に関与していないことから、収益認識基準を満たさないため取り消されるべき売上高は73億9,094万2,237円で、調査対象期間中に計上した連結売上高の約95%にも及ぶ巨額のものであり、当時の当社グループの業績ひいてはステークホルダーの意思決定に重大な影響を与えるものであったとまとめたうえで、主な原因として次の項目を挙げている。 4 再発防止策の提言 (調査報告書61頁以下) 特別調査委員会は、再発防止策の提言にあたって、本件疑義の原因は、旧経営陣のリテラシー不足にあるから、同人らの責任は厳しく問われなければならず、本来であれば、再発防止策において、役員の適格性や処遇に関する事項も検討されるべきであるが、創建エースにおいては、既に、旧経営陣は総退陣し、経営陣は刷新されていることから、旧経営陣に対する責任追及は別途検討されるべきものであるとしたうえで、以下の提言を行った。 【調査報告書の特徴】 東京証券取引所プレミア市場に上場している株式会社ナックの創業者である西山由之氏が、それまでの経営陣を一掃して、中小企業ホールディングスから社名を変更した創建エースの代表取締役社長に就任したのは、2023年6月である。当時、西山由之氏はすでに81歳であった。 EDINETで公表されている最も古い有価証券報告書である2016年3月期(当時の社名は「クレアホールディングス株式会社」)に記載された「連結経営指標等」まで遡って確認したところ、創建エースは、2012年3月期以降、2023年3月期に至るまで、経常損失を計上し続けており、当初は利益を計上していた2024年3月期決算も、特別調査委員会による調査の結果、赤字決算となってしまった。 西山由之氏は、こうした厳しい経営状態を立て直すために、創建エースの株式を引き受けるとともに、代表取締役社長として経営に当たることとなったものと考えられるが、同氏が経営を掌握する前に行われていた会計不正が、証券取引等監視委員会に指摘され、特別調査委員会による調査を経て、創建エースは、約28年に及ぶ上場会社としての歴史にピリオドを打つこととなった。 なお、創建エースは、9月18日の「上場廃止後の当社株式の取扱いに関するお知らせ」において、「今後も事業は継続し、これまで以上に全役職員一丸となり尽力して参ります」としている。 1 上場廃止及び整理銘柄指定 東京証券取引所は、8月18日、創建エースの株式について、上場廃止日を9月19日とし、同日までを整理銘柄指定期間とするというリリースを公表した。 その理由として、「上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を行い、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認める場合に該当するため」としたうえで、詳細について次のように説明している。 2 上場廃止決定後の西山由之氏のコメント 西山由之氏の心境を理解するために、創建エースのサイトにある「代表あいさつ」の全文を引用しておきたい。 西山氏が経営を掌握する前年である2024年3月期は久しぶりの黒字決算であったが、実際には売上高の97.4%が架空計上されたものであり、特別調査委員会による再発防止策の提言の冒頭にもあったように、旧経営陣の責任を厳しく問うことは当然であり、西山氏の最後の言葉に決意がうかがわれるところである。 3 定足数が不足した定時株主総会 創建エースは、9月12日、「第61回定時株主総会継続会における定数を必要とする議案の結果に関するお知らせ」をリリースして、前日に行われた第61回定時株主総会継続会において、「第1号議案 取締役6名選任の件」が、定足数(議決権の3分の1以上)に満たなかったため、審議できなかったことを公表した。 そのうえで、今後の対応について、審議に至らなかった議案については、今後開催する株主総会において改めて審議を行う予定であることを表明している。 4 課徴金納付命令勧告 証券取引等監視委員会は、9月17日、「株式会社創建エースにおける有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について」をリリースして、創建エースは、その連結子会社が売上の過大計上の不適正な会計処理を行い、「重要な事項につき虚偽の記載」がある有価証券報告書等を提出したことなどを理由に、内閣総理大臣及び金融庁長官に対して、7,844万円の課徴金納付命令を発出するよう勧告を行ったことを公表した。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年10月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年10月1日から10月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 なお、四半期ごとの速報解説のポイントについては、下記の連載を参照されたい。 Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 ① 企業会計基準第37号「期中財務諸表に関する会計基準」等 (内容:中間会計基準及び四半期会計基準等を統合するもの。補足文書も公表) ② 「金融商品に関する会計基準(案)」等 (内容:IFRS第9号「金融商品」の予想信用損失モデルを基礎として、金融資産の減損に予想信用損失モデルを導入するもの。意見募集期間は2026年2月6日まで) Ⅲ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」(公開草案) (内容:サステナビリティ情報の保証業務に関する新たな実務指針。意見募集期間は2025年12月15日まで) ② 「倫理規則」の改正に関する公開草案 (内容:サステナビリティ情報の開示と保証の制度化の議論が進められていることを踏まえ、倫理規則を改正するもの。意見募集期間は2025年12月15日まで) (了)
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第15回】 「定年後再雇用における業務内容の変更と再雇用の拒絶の可否」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社においては定年を60歳とし、雇用期間を1年とする定年後再雇用制度を採用して65歳までの雇用確保措置を講じています。今年定年を迎える従業員Aが定年後再雇用制度の利用を希望していますが、当社において、現在従業員Aが従事している業務は縮小傾向にあることから、当社は、従業員Aに対して、従業員Aが定年前に従事していた業務とは異なる業務での再雇用を提案しました(なお、賃金額は変更後の業務内容等に見合ったものになります。)。 すると、従業員Aは「会社は、定年前と同じ業務内容で再雇用する義務があるのだから、定年前と同じ業務内容で再雇用しなければ、違法な再雇用拒否に当たる。」などと主張し、当社の提案を拒絶しました。 当社は従業員Aに対して定年前と同じ業務内容での再雇用を提案しなければならないのでしょうか。 【Answer】 定年後の業務内容が、従業員Aが定年前のキャリアを活かすことが極めて難しいような、定年前の業務内容を抜本的に変更するものであったり、従業員Aに屈辱感を与えるおそれのあるようなものに当たらなければ、定年前の業務内容を変更することは可能です。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 事業者は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、定年の引上げ、継続雇用制度(定年後再雇用等)の導入、定年の定めの廃止のいずれかを講じなければならない(高年齢者雇用安定法9条1項)。 近年、これらの措置のうち、定年の引上げを採用する事業者が増加傾向にあり、継続雇用制度(定年後再雇用等)を採用する事業者は減少傾向にあるものの、いまだ後者を採用する事業者の割合が最も多い(前者を採用する事業者の割合につき約28.7%、後者につき67.4%)。(※1) (※1) 厚生労働省『令和6年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果』 近時の人手不足を受けて、高年齢者の雇用に積極的な事業者は多いが、AI技術の発展によるホワイトカラー業務の減少などに伴い、定年後再雇用に際して、当該従業員が従前に従事していた業務と異なる業務を提案したいというニーズも多いと思われる。 そこで、本稿においては、定年後再雇用に際して、当該従業員が定年前に担当していた業務と異なる業務を提示することの可否及び範囲について論じるものとする。 2 定年後再雇用と法規制 定年後再雇用については、主に以下の法規制が存在する。 (1) 高年齢者雇用安定法(高年法)9条1項 事業者は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、定年の引上げ、継続雇用制度(定年後再雇用等)の導入、定年の定めの廃止のいずれかを講じなければならない。 (2) 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート有期法)8条 有期雇用労働者の待遇について、無期雇用労働者との間の待遇の相違があることを前提に、①職務の内容(業務内容、業務に伴う責任の程度)、②職務の内容及び配置の変更の範囲(配置転換や昇進等の人材活用の仕組み)、③その他の事情に照らして不合理であることを禁止する。 (3) パート有期法9条 有期雇用労働者の待遇について、無期雇用労働者と、上記①及び②が同一である場合は、差別的取扱い(労働条件に相違を設けること)を禁止する。 パート有期法8条は、業務内容等に相違があることを前提に、相違が不合理であることを禁止するものであり、また、パート有期法9条は業務内容等に相違がないことを前提とするものであって、いずれも基本的に業務内容等に相違を設けること自体を問題とするものではない。 よって、以下においては、高年法9条1項に違反せずに業務内容等を変更できる範囲について論じるものとする(なお、賃金額は、変更後の業務内容等に見合ったものであるとのことなので、賃金について、パート有期法8条及び9条には抵触しないことを前提とする。)。 3 高年法9条1項 上記のとおり、高年法9条1項は、事業者に、65歳までの安定した雇用の確保の措置の導入を求めているが、定年前の労働条件を維持することまで求めているわけではない。 一方、高年法の趣旨に照らして、事業者は合理的な裁量の範囲の労働条件を提示する必要があると解されているが、事業者が合理的な裁量の範囲の労働条件を提示していれば、労使間で合意が成立せず、その結果、継続雇用が実現しなくても、雇用確保措置義務違反とはならないと解されている。 そして、労働条件の提示が「合理的な裁量の範囲」内であると認められるためには、定年前後で労働条件の継続性・連続性を一定程度確保する必要があり、これに欠ける(あるいは乏しい)場合にはこれを正当化する合理的な理由が必要であると解されている(※2)。 (※2) 九州総菜事件(福岡高判平成29年9月7日)は、「継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの「安定した」雇用を確保するための措置の一つであり、「当該定年の引上げ」(同1号)及び「当該定年の定めの廃止」(同3号)と単純に並置されており、導入にあたっての条件の相違や優先順位は存しないところ、後二者は、65歳未満における定年の問題そのものを解消する措置であり、当然に労働条件の変更を予定ないし含意するものではないこと(すなわち、当該定年の前後における労働条件に継続性・連続性があることが前提ないし原則となっており、仮に、当該定年の前後で、労働者の承諾なく労働条件を変更するためには、別の観点からの合理的な理由が必要となること)からすれば、継続雇用制度についても、これらに準じる程度に、当該定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当であり、このように解することが上記趣旨(高年齢者の65歳までの安定雇用の確保)に合致する。」と判示した。 いかなる場合に「労働条件の継続性・連続性」が一定程度確保されていると認められるかについては、定年後再雇用契約が新たな契約のまき直しではあるものの定年前後で「継続性・連続性」が確保されることが求められていることに照らすと、雇用期間中の業務内容等の変更(配置転換等)の有効性の判断基準(※3)を参考にすることも可能であると思われる。 (※3) 事業者による配置転換権の行使につき、①業務上の必要性がない場合、②不当な動機・目的をもってなされた場合、③労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものである場合などには、権利濫用に当たり、無効となる(東亜ペイント事件・最判昭和61年7月14日)。 このような観点から、以下の参考裁判例に照らすと、定年前後での業務内容等の相違が以下①や②のような場合には、「継続性・連続性」が確保されていないものとして、高年法9条1項に違反するおそれがあるのではないかと思われる。 (※4) 安藤運輸事件(名古屋高判令和3年1月20日)等、従前と全く異なる職種への配転命令につき、キャリア形成への期待を害するものであり従業員に与える不利益が大きいなどとして無効としたものがある。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第24回】 「成年後見制度と報酬」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧客の依頼で成年後見人になることが予定されています。実際のところ報酬はいくらくらいになるのでしょうか。顧客も気にしていますし、私も事務所の経営を考えると事前に知っておきたいところです。 【A】 法定後見制度を利用している場合、 報酬は成年後見人等が「報酬付与の申立て」を家庭裁判所に行い、家庭裁判所が本人の財産や成年後見人の活動内容を考慮して決定します。具体的金額は家庭裁判所の裁量になりますが、めやすが公表されており参考になります。 任意後見制度を利用している場合は、任意後見契約に報酬を定めることになります。契約で自由に報酬を決めることができますが、社会通念上妥当と思われる金額にすべきです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 法定後見制度を利用している場合の報酬 法定後見制度を利用している場合、報酬を求める成年後見人等は家庭裁判所に対して「報酬付与の申立て」を行います。家庭裁判所は「後見人及び被後見人の資力その他の事情によって、被後見人の財産の中から、相当な報酬を後見人に与えることができる」(民法862条)とされており、報酬付与の申立てを受けた家庭裁判所は本人の財産や成年後見人等が行った業務内容を考慮して報酬を決定することになります。 つまり家庭裁判所の裁量で決まることになりますが、報酬の予測ができなければ法定後見制度を利用したい人も、成年後見人等として活動をしたい人も見通しが立たず、利用を躊躇してしまうため、参考情報として報酬の「めやす」が開示されています。 成年後見人等の報酬は「基本報酬」と「付加報酬」に分けられます。基本報酬とは、財産管理をしていることについて認められる報酬で、付加報酬とは特別困難な事情がある事案の場合や、成年後見人等が本人のために不動産売却や遺産分割、訴訟等の特別な行為を行った場合に認められる報酬です。 【成年後見人等の報酬のめやす】 (出典:東京家庭裁判所資料) 税理士の顧客の場合、これよりも管理財産が高額になることも多いと思います。「想定していたよりも報酬が高かった」などと、トラブルになることもあり得るため、説明をしっかりと行うことが求められます。 2 報酬付与のタイミング 成年後見人等が報酬付与の申立てを行うタイミングについて決まりはありませんが、年1回の後見等事務報告書の提出のタイミングで行うことが一般的です。 家庭裁判所から報酬付与の審判がされたら、本人の口座等から報酬の引き出しを行うことになります。 3 任意後見制度を利用している場合の報酬 任意後見制度を利用している場合の報酬額と支払時期は、任意後見契約において定めることになります。報酬額等について自由に決めることができますが、事後的に本人や親族、任意後見監督人から疑問を持たれるような金額は避けるべきであると思われます。多額の財産を持つ顧客も存在しうると思いますが、先に紹介した【成年後見人等の報酬のめやす】を参考に検討を行うとよいでしょう。 なお、任意後見監督人については、報酬を求める場合には報酬付与の申立てを行う必要がありますが、開示されているめやすは以下のとおりとなっています。 【任意後見監督人の報酬のめやす】 (※) 付加報酬も認められる。 (出典:東京家庭裁判所資料) 4 成年後見制度改正における報酬の議論 報酬については成年後見制度の改正のなかでも議論されており、家庭裁判所が報酬を決定する場合に考慮する要素を明確にすることや、報酬額の具体的な算定基準を設けること、報酬の前払いを認めることなど、様々な観点で検討がなされています。改正後においては現在の規律も変更があり得るため、注目が必要です。 (了)