連結会計を学ぶ(改) 【第8回】 「みなし取得日」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 連結財務諸表の作成は支配獲得日から行うことになるが、「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)では、支配獲得日等に関して、みなし取得日の規定を設けている(連結会計基準(注5))。 なお、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号。以下「資本連結実務指針」という)は、2025年10月16日の「期中財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第37号。以下「期中会計基準」という)の公表を受けて修正されている規定があるので、実際の適用に際しては、期中会計基準の適用時期に注意する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ みなし取得日に関する規定 1 基本的な考え方 連結貸借対照表の作成にあたっては、支配獲得日において、子会社の資産及び負債のすべてを支配獲得日の時価により評価する方法(全面時価評価法)により評価し、親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本は、相殺消去すると規定されている(連結会計基準20項、23項。投資と資本の相殺消去)。 株式の取得日(支配獲得日)が子会社となる会社の決算日と同一であれば、株式の取得日(支配獲得日)の当該子会社の財務諸表を利用して、連結財務諸表を作成すればよい。 しかしながら、実際には、子会社となる会社の決算日ではなく、当該会社の事業年度の途中で、株式を取得することがある。 このような場合に、当該会社の事業年度の途中で、財務諸表を作成することとすると、大変な事務負担を要することから、連結会計基準は、次のようにみなし取得日を規定している(連結会計基準(注5))。 みなし取得日については、かつて、「連結財務諸表原則」の注解9において、次のように規定されていた(下線筆者)。 当該規定は、平成20年12月26日の連結会計基準の設定に際して、「いずれか近い決算日」から「いずれかの決算日」に改正されている。 この趣旨は、平成20年6月30日に意見募集された公開草案に対するコメントへの対応において、「前後いずれか近い決算日」とすると、四半期決算では、みなし取得日が実際の支配獲得日等よりも後ろの決算日になることがあり、在外子会社の決算書の入手が間に合わないなどの実務上の問題があることに対応したものであると述べられている(「主なコメントの概要とそれらに対する対応」の「36)連結会計基準案のみなし取得日」)。 2 資本連結手続に関する実務指針 資本連結実務指針では、連結会計基準を受けて、次のように、より詳細に規定している(資本連結実務指針7項、54-3項)。 3 期中会計基準の公開草案に対するコメント対応 期中会計基準の公開草案に対する「主なコメントの概要とそれらに対する対応」のNo.33では、「みなし取得日等の定めにおける「その他適切に決算が行われた日」に関するコメント」について、次のように記載されている。 4 連結対象となる子会社の財務諸表の範囲 みなし取得日は、連結対象となる子会社の財務諸表の範囲と密接に関連している。 資本連結実務指針は、連結対象となる子会社の財務諸表の範囲について、いずれの時点において支配の獲得又は喪失が生じたとみなすかにより異なるとし、次のように規定している(資本連結実務指針7項)。 5 のれんの償却開始時期 一般に、ある会社の株式を取得(支配の獲得)して子会社とする場合、のれんが認識されることとなる。 連結会計基準では、のれんを償却することとしているので(連結会計基準24項、「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)32項)、連結財務諸表に取り込まれる子会社の損益計算書との対応が論点になる。 これについて、資本連結実務指針は、のれんの償却開始時期は、原則として、支配獲得日からであり、通常、それは子会社の損益計算書が連結される期間と一致すると規定している(資本連結実務指針31-2項、62-2項)。 みなし取得日との関連については、みなし取得日(資本連結実務指針7項)の適用により、のれんが期首に発生したとみなされる場合には、償却開始日は当期首であり、それが期末に発生したとみなされる場合には、翌期首となると規定している(資本連結実務指針31-2項)。 6 みなし取得日と決算日の3ヶ月のずれ 連結会計基準及び資本連結実務指針では、子会社の決算日と連結決算日とが異なり、その差異が3ヶ月を超えない場合には、子会社の決算日現在の財務諸表に基づき連結決算を行うことができるとされており(資本連結実務指針6項)、また、前述のように、みなし取得日(資本連結実務指針7項)についても認められている。 このため、両方の規定を適用した場合、支配獲得日を開始日とする期間が、子会社の損益計算書が連結される期間とならない場合がある。この場合には、のれんの償却開始時期は、子会社の損益計算書が連結される期間に合わせて決定することになるものと考えられている(資本連結実務指針62-2項)。 例えば、3月決算の会社が6ヶ月ごとより高い頻度で期中財務諸表を作成する場合において、12月決算の子会社を5月末に取得し、6月末をみなし取得日としたときは、3月決算の親会社の6月末の連結上、子会社の6月末の貸借対照表のみを連結し、9月末の連結上も、子会社の6月末の貸借対照表のみを連結し、10月以降の期間の連結から、子会社の7月以降の損益計算書を連結することになる。この場合、10月以降の期間の連結からのれんの償却を行うことになる(資本連結実務指針62-2項。当該規定は期中会計基準による修正後のものである)。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例71】 「集会決議の円滑化のための議決要件の緩和」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは、集会を招集しても出席しない区分所有者が多数います。出席しない者の中には、他の場所に居住し、空き室にしている者もいるようです。今後、集会で以下のような事項を審議する際に、支障が生じることが懸念されます。 改正後の区分所有法のもとで、これらの事項を審議する場合に留意すべき点は何でしょうか。 (1) 高齢者の負担軽減のためのエレベーター設置工事 (2) 冷暖房効率向上のためのエントランスや共用廊下への断熱材設置工事 1 検討の視点 近年、区分所有建物の老朽化や区分所有者の高齢化が進行し、それに伴い実際に居住しない区分所有者が増加している。その結果、マンションの集会に出席しない区分所有者が多くなり、集会の開催や重要事項の決議が円滑に行えないという問題が生じている。 こうした状況も踏まえ、「建物の区分所有等に関する法律」(以下「区分所有法」)が改正され、令和8年4月1日から施行される予定である。 本事例では、区分所有法の改正によって、集会決議がどのように円滑化されたのかを確認する。なお、本文中では改正前後の区分所有法を区別するため、「改正前」「改正後」と表記する。 2 欠席者の取扱いと絶対多数決による不都合 集会に出席せず、議決権を行使しない区分所有者は、決議において反対者と同様に扱われる。そのため、このような区分所有者が増加すると、決議に必要な賛成を得ることが困難となり、建物の管理が円滑に進まなくなるおそれがある。 この点に関して、改正前の区分所有法では、集会の決議に際して、原則として区分所有者及び議決権の過半数による絶対多数決が要件とされていた(改正前第39条第1項)。普通決議については、規約によって要件を緩和することも認められていたが、規約にその定めがない場合や特別決議事項については、従来どおり絶対多数決が要件とされていた。 そのため、集会を欠席する区分所有者が増加すると、決議の成立が一層困難になるという懸念があった。 3 出席者多数決による緩和 改正後の区分所有法は、集会決議の円滑化を図るべく、次の①から⑦までの決議事項について、出席者多数決の制度を導入し、出席した区分所有者及びその議決権の一定多数をもって決することで議決要件の緩和を図っている。 これは、招集手続を経てもなお集会に出席せず、議決権を行使しない区分所有者は、決議における意思決定を他の区分所有者の判断に委ねており、自らが決議の母数から除外されることも許容しているとの考え方に基づくものである。なお、上記緩和の対象となった決議事項以外の事項については、従前どおり絶対多数決を要件とすることに変わりはない。 また、次の②から⑦までの決議事項については、出席者多数決による緩和を認めつつも、集会における意思決定の正当性を担保するため、区分所有者の過半数にして議決権の過半数を有する者が出席することを要件とする議決定足数要件を設けている(規約により過半数要件を加重することも可能である)。 4 共用部分の変更決議について 省エネルギー化工事、バリアフリー工事、第三者への被害防止のための外壁工事などは、いずれも共用部分の変更(改正後第17条第1項)に該当する。そのため、これらの工事を行う場合には、規約で別段の定めがなければ、出席者の4分の3以上の賛成による決議を得る必要がある。 しかし、共用部分の変更に該当する工事の中には、①生命や身体に危険が及ぶため実施が強く求められるものや、②住宅としての基本的な機能が欠如しており、バリアフリー工事などで改善する必要が高いものも含まれている。このような工事については、たとえ反対者の権利に一定の制約が生じたとしてもやむを得ないものと考えられる。 そこで、次の❶・❷の場合には、多数決要件を緩和し、出席者の3分の2以上の賛成による決議で足りるものとされた(改正後第17条第5項)。一方で、省エネルギー化工事については、上記❶・❷に比べて反対者の権利を制約する必要性が高くないため、原則どおり出席者の4分の3以上の賛成による決議が必要となる。 5 本件において ① 高齢者の負担軽減を目的としてエレベーターを設置する工事は、共用部分の変更に該当すると考えられる(規模的に見ても軽微な変更には該当しない。)。この工事の目的が高齢者の身体的負担を減らし、施設の利便性や安全性の向上を図るものである場合には、改正後第17条第5項に該当するため、出席者の3分の2以上の賛成による決議で実施が可能となる。 ② 冷暖房効率の向上を目的として、エントランスや共用廊下に断熱材を設置する工事も、その内容から共用部分の変更に該当すると考えられる。しかし、このような省エネルギー化工事は、改正後第17条第5項のいずれにも該当しないため、原則どおり出席者の4分の3以上の賛成による決議が必要となる。 ③ 上記①と②の工事を同時期に実施する場合には、工事ごとに別々の議案として審議する方法と、両方の工事を一つの議案として審議する方法がありうる。前者の場合には、それぞれの工事ごとに必要な多数決要件を満たす必要があり、後者の場合には、両方の工事をまとめて議決することになるため、全体として4分の3以上の賛成を得ておく必要があると考えられる。いずれの方法をとるにしても、それぞれの決議要件を確認してから工事を進めることに留意が必要である。 (了)
《税務必敗法》 【第6回】 「守秘義務を怠った」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 ×7年11月、Ⅹ会計事務所に、顧問先であるA社の社長からクレームのメールが来た。 そのメールによると、先日、社長が都内のカフェに寄ったところ、Ⅹ会計事務所の職員甲が、そのカフェの中で、パソコン画面を誰でも見ることができる状態で仕事をしていた、ということであった。 そして、メールの最後には次のように記載されていた。 「貴事務所の情報管理体制には問題があるのではないか。今回の件は、誠に遺憾であるとともに、不快感を覚えた。」 1 はじめに 税理士は秘密を守る義務が税理士法において定められている(税理士法38条)。また、税理士又は税理士法人の使用人その他の従業者についても秘密を守る義務が定められている(税理士法54条)。 税理士業務では顧問先の内部情報に触れることになる。しかし、税理士や使用人等が、顧問先の内部情報を外部に漏らしては、顧問先からの信頼を失うことになり、さらには税理士業界の信用の低下にもつながることになる。 当然、税理士や会計事務所職員は守秘義務を遵守することは心得ているはずであるが、場合によっては、自覚せずに守秘義務違反をしてしまうこともありうる。そこで今回は、デジタル社会において自覚しないで守秘義務違反をしてしまう例とその防止策を説明する。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。 2 守秘義務に違反する可能性の事例 (1) メールやFAXの誤送信 メールやFAXの誤送信も守秘義務に違反する。「他に洩らす」とは、積極的な意味だけではなく、結果として漏れることも含まれるためである(日本税理士連合会「税理士の専門家責任を実現するための100の提案」36)。 宛先の誤りはもちろん、宛先は正しくても、他の顧問先のファイルを誤って添付するケースも誤送信である。 (2) オンラインストレージのアップロード誤り オンラインストレージにおいては、データのアップロード誤りというリスクがある。自分に編集権限があれば、削除することは可能であるが、ゲストで利用している場合、こちらに編集権限がないときがある。このケースだと、アップロードしたデータを自分で削除できないため、もし顧問先に関するデータを他所にアップロードした場合、守秘義務違反に該当することになる。 (3) 生成AIへの入力 顧問先情報を生成AIに入力することについては、現時点では守秘義務とのかかわりは指摘されていない。しかしながら、企業向けデータセキュリティ機能がない生成AIに顧問先の情報を入力すると、その情報が外部サーバーに保存され、そこから漏洩する可能性がある。 (4) 公共の場でのパソコンの使用 カフェや新幹線など公共の場でパソコンを使用して仕事をしているビジネスパーソンをよく見かけるが、そのパソコンの画面が周囲から丸見えのときがある。このような状況では、顧問先の情報を他人に見られる可能性がある。 (5) SNSでの書き込み SNSで匿名アカウントを使っている税理士がみられるが、顧問先名は書いていないものの、税理士業務に関して知り得た秘密ではないかと思われる書き込みも見受けられる。 特に、顧問先に対する不平不満を書き込むときにその傾向が見られる。 3 守秘義務に違反した場合の影響 (1) 税理士法違反 守秘義務に違反した場合、2年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止となる(税理士法38条、46条)。また、2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処せられる場合がある(税理士法59条1項3号)。 (2) 受信側からのクレーム メールやFAXの誤送信、オンラインストレージでのアップロード誤りをした場合、受信側から、強いクレームが来る可能性が高い。仮に受信側が別の顧問先だとすると「こちらの情報もいい加減に扱われているのではないか」と思われる可能性がある。 (3) 契約解除 守秘義務に違反した場合はもちろん、その疑惑を持たれた場合も顧問契約を解除される恐れがある。 (4) マイナンバー法違反 税理士法における守秘義務の事例ではないが、2022年、勤務していた税理士法人から顧客のマイナンバー情報などを持ち出したとして、税理士が不正競争防止法違反とマイナンバー法違反により逮捕された事件があった。 個人情報の漏洩があると、マイナンバー法に抵触する可能性がある。 4 守秘義務を徹底するための対策 (1) 連絡先は「顧問先+氏名」 メールの連絡先表示はメールアドレスのままではなく「顧問先名+氏名」とすると誤送信のリスクを低くできる。例えば「株式会社〇〇 国税太郎様」といった具合である。顧問先名を入れる点がポイントである。 (2) オンラインストレージの使用 オンラインストレージを使用すれば、メールよりも誤送信のリスクは低くなる。 ただし、前述のように、編集権限がない場合のアップロード誤りというリスクはあるので、その点は注意する必要がある。 (3) 複数のフォルダを開かない メールでのファイルの添付誤り、あるいはオンラインストレージのアップロード誤りのリスクを低減する方法としては、複数の顧問先のフォルダを同時に開かないことがあげられる。 複数の顧問先のフォルダを開いていると、別の顧問先のファイルを選択するリスクがあるためである。 (4) 生成AIは企業向けを使用する 生成AIについては、例えばMicrosoft365 Copilotのエンタープライズデータ保護機能のような企業向けデータセキュリティ機能がついているものを使用すべきである。 言い方を変えれば、企業向けデータセキュリティ機能がないプランは、業務で使用することは避けるべきである。なぜならば、このようなプランでは、入力した情報が外部サーバーに提供されてしまうからである。 (5) 公共の場でのパソコン使用は原則禁止 ① 会計事務所でルールを策定 会計事務所のルールとして、全職員、公共の場でのパソコンの使用は原則禁止とすべきである。 カフェや新幹線などでパソコンを使用する行為に問題がないと思っている会計事務所職員は多いと推測される。そのため、各職員の判断に任せると、公共の場でパソコンを使用する職員が出るおそれがあるからである。 ② 覗き見防止フィルターの導入 とはいえ、外出先で緊急対応しないといけない場面も出てくるであろう。その場合は、上長の許可をとったうえでパソコンを使用するというルールにすることが望ましい。 また、職員全員に覗き見防止フィルターを配布し、外出先でパソコンを使用するときは、覗き見防止フィルターを使用することを義務付けるとよいであろう。 ③ 所長が模範を示す 最も重要なのは、所長が模範を示すということである。具体的には、所長がカフェや新幹線など公共の場でパソコンを使用しないということである。 もし、所長が公共の場でパソコンを使用して仕事をしていれば、それを見た会計事務所職員は「外でパソコンを使ってもいいんだ」と思うようになる。 職員は所長を映す鏡である。所長が自覚を持った行動をすべきである。 (6) SNSは社内教育を徹底する SNSについては、社内教育で使い方の注意点を周知することが望まれる。なお、職員に対してSNSの使用を禁止することは私生活への干渉となるので注意されたい。 5 おわりに 情報技術の高度化により、仕事の進め方も便利になったが、デジタル社会では、思わぬところで情報漏洩のリスクがある。守秘義務を怠れば、会計事務所の信頼は大きく下がるということを認識していただきたい。 本稿が実務の参考になれば幸いである。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第98話】 「所得税と法人税の違い」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 昼休みに、中尾統括官と浅田調査官は、雑談をしている。 「・・・ところで・・・浅田君は、税務署に入るときに、所得税部門を希望したの?」 中尾統括官は、コンビニで購入したコーヒーを飲みながら訊ねる。 「・・・いいえ、僕は法人税部門を希望したのですが・・・どういうわけか所得税部門に配属されました」 浅田調査官は、少し不満そうに言う。 「そうだろうなあ・・・法人税部門は、企業に対する税務調査だから、個人事業者を相手にする所得税部門とは違う・・・個人事業者は、自分の財布を直接調べられるような感じだから、税務調査に対して、抵抗が強くなると思う・・・」 中尾統括官は少し間を置いて続ける。 「もっとも、中小企業も『社長=企業』だからあまり変わらないかもしれない・・・しかし、帳簿書類等は、一般的に、個人よりも法人の方がきっちりしているから、調査がしやすいのかもしれない・・・それに、法人の方が税務調査に対して紳士的な対応をしてくれるところが多い・・・」 中尾統括官は、薄笑いをしながら頷く。 「・・・しかし、僕は法人税よりも所得税の課税理論の方が複雑で面白いと思う・・・浅田君はどう思う?」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「・・・そうですねえ・・・」 浅田調査官は、頸を傾けながら、思案顔になる。 「法人税の所得は一つだけで単純だけれど、所得税は10種類の所得に区分され、各種所得の損益通算の有無が細かく規定されている・・・」 そう言うと、中尾統括官は、「損益通算の順番①~⑮」の図表を机の引き出しから取り出す。 「・・・複雑だなあ・・・僕も損益通算の順番を間違えそうだ・・・」 浅田調査官は、苦笑いをしながら、図表を見詰める。 中尾統括官は、続けて説明する。 「・・・所得税の形態としては、各種所得ごとに別々に課税する『分類所得税』と全所得を合算して課税する『総合所得税』があるが・・・日本の所得税は、原則、総合所得税と言われている・・・」 そのとき、浅田調査官は、口を挟む。 「・・・しかし、一部、利子所得、配当所得、株式譲渡、土地等の譲渡等で『分離課税』を採っている・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の言葉に頷く。 「・・・日本の所得税は、ドイツに倣って基本的に『総合所得税』を採用しているが、一部、利子配当など『分離所得税』を採っている・・・ヨーロッパでは、フランス、イタリアなどの国は、『分離所得税』を採用している・・・」 「中尾統括官は、国際税務も詳しいですね」 浅田調査官は、尊敬の眼差しを中尾統括官に向ける。 「・・・ところで、何故、法人税は、所得を分類しないのですか?」 浅田調査官が訊ねる。 「・・・個人の場合、所得を獲得する背景(原因)は、いろいろとあり、その担税力も所得の種類によって異なることから、課税上、所得の分類が必要となる・・・」 中尾統括官は、少し考えてから続ける。 「それに対して、株式会社などの法人は、もともと利益を求めるために作られた組織であるから、法人の所得は、個人と違って、一つだけで十分であると考えられたんだと思う・・・」 そう言うと、中尾統括官は、罫紙に図を描く。 「・・・そうですねえ・・・所得税は、個人が得た所得が、どの所得に該当するのかという問題があります・・・過去の判例などを見ても、所得区分についての争いは、沢山あります・・・」 浅田調査官は少し間を置いて続ける。 「われわれ税務署は、所得の種類の中で比較的、雑所得が好きだと思うのです・・・雑所得のポイントは、損益通算ができないということです・・・航空機リース事件(【第17話】)なども、不動産所得(納税者)と雑所得(税務署)の争いです・・・」 浅田調査官は、航空機リース事件を思い出しながら続ける。 「なお、この事件の後、航空機リース事件の納税者は、航空機購入に係る借入金がノンリコースローンであったため、航空機売却に際して債務免除され、その経済的利益を『一時所得』として申告したところ、税務署から『雑所得』として、再度、更正処分等を受けました・・・ 「もっとも、訴訟では、この二つの事件とも、納税者が勝訴し、税務署は負けましたが・・・」 浅田調査官は、苦笑いを浮かべる。 「・・・その点、法人税には、所得税のような所得の区分についての争いはない・・・所得に関しては、単純なんだ・・・」 中尾統括官は、言葉を続ける。 「・・・以前、法人税でも租税回避の事件について、臨時的な損失は、経常的な所得とは通算を認めないようにしたら良いという意見があった・・・」 中尾統括官は首を横に振る。 「しかし、僕は一般的、包括的な規定を設けることは難しいと思う・・・だから、個別的に否認規定を設けるしかない・・・例えば、令和4年度の税制改正で、少額の減価償却資産制度の対象資産から、租税回避を防止するため、貸付け(主要な事業として行われるものを除く)の用に供したものを除外するような規定を設けることになるだろう・・・」 浅田調査官は、大きく頷く。 「そうです・・・租税回避を否認するためには、法律で具体的に否認するしかない」 浅田調査官は、力を込めて言う。 「世界的な潮流と言われている『一般的否認規定(GAAR/General Anti-Avoidance Rule』は、我が国では設けるべきではないと思います・・・」 (つづく)
《速報解説》 国税庁、「インボイスの取扱いに関するご質問」を10/28付けで更新 ~免税事業者等からの仕入れの時期と経過措置の適用に関する2問を追加~ 税理士 石川 幸恵 令和7年10月28日、国税庁はホームページ上で「インボイスの取扱いに関するご質問(令和7年10月28日更新)」を掲載し、新たに2問を公表した。 なお、公表された質問は次の通り。 いずれも、免税事業者等からの仕入れに係る経過措置に関するもので、80%控除から50%控除への切替え(令和8年10月1日)まで1年を切ったことを踏まえ、想定される疑問点を整理した内容である。 1 免税事業者からの仕入れに係る経過措置の確認 令和5年10月1日の適格請求書等保存方式開始から一定期間、免税事業者等からの課税仕入れであっても、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられている(インボイスQ&A問113、28年改正法附則52、53)。 一定割合は次のとおり。 2 追加された2問の概要 今回追加された2問では、免税事業者等を相手方として、次の(1)~(4)の取引を行った場合について説明されている。取引の時期と控除割合の適用の関係については、下に図示したので、参照されたい。 (1) 令和8年9月21日から提供を受け、10月20日に完了した役務(問Ⅷ) 役務の提供を受けた場合の課税仕入れの時期は、原則として「その約した役務の全部が完了した日」となる。したがって、10月20日が課税仕入れを行った日となり、控除割合は50%を用いて計算することとなる。 (2) 上記(1)が役務の提供ではなく商品仕入れである場合(問Ⅷ) 商品の仕入れの場合の課税仕入れの時期は、原則として引渡しのあった日である。そのため、 となる。 実務上は、9月30日までの請求書と10月1日からの請求書の2枚に分けてもらうなどの対応が望ましい。 (3) 令和8年1月中に支払った短期前払費用(問Ⅸ) 法人税において、短期前払費用につきその支払った日の属する事業年度の損金の額に算入している場合(法基通2-2-14)には、消費税の計算についてもその支出した課税期間の課税仕入れとして取り扱う(消基通11-3-8)。 免税事業者等に対して支払った短期前払費用についても経過措置の適用があり、令和8年1月中に支払った短期前払費用については、役務提供を受ける時期が令和8年10月1日以降にまたがる場合でも、全額について80%の割合により経過措置の適用を受ける。 (4) 短期前払費用の金額が契約変更等により変動した場合(問Ⅸ) 例として、9月末決算である法人が令和8年9月中に免税事業者等に対し、短期前払費用10万円(税込)を支払い、後に契約変更で11万円に増額されたので、10月に追加で支払った1万円について確認する。 9月末決算であるので、10月に払った増加分については翌課税期間の課税仕入れに係る消費税額に加算する(インボイスQ&A問96)。この増加分1万円に適用する控除割合は当初の申告時に経過措置の適用を受けた80%となる。 (了) ↓お勧め連載記事↓
【重要】 プロフェッションジャーナル掲載の 連載第1回の無料公開開始について 平素より株式会社プロフェッションネットワークのサービスをご愛用いただき、厚くお礼申し上げます。 当社が運営しております税務・会計Web情報誌プロフェッションジャーナル(Profession Journal)は、当社プレミアム会員様への有料サービスとなっておりますが、このたび、会員2万人の突破を記念して、本誌の『試し読み』という位置づけで、2025年10月1日(水)午前11時より、本誌掲載の連載第1回をすべて無料公開とさせていただきました。 なお、連載第1回の無料公開に関する詳細については下記のQ&Aをご覧ください。 ◆ ◇ ◆ Q どの記事が無料で読めますか? A 本誌で掲載されている連載の第1回が会員登録不要ですべて無料でお読みいただけるようになります(※1回読み切りの記事は除きます。)。 Q 無料公開されている記事はどこで確認できますか? A 「無料公開記事」のページにまとめられていますので、そちらからご興味のある記事をご選択の上、閲覧ください。 Q どれくらいの記事を無料で読むことができますか? A 本誌に収録されている約9,400記事のうち、約490記事を無料でお読みいただけます。なお、現在連載中の連載(60本)及び終了した連載(427本)については「連載記事一覧」からご確認いただけます(10月1日時点)。 Q 無料公開記事が多くてどれを読めばいいのか迷ってしまいます。 何かオススメの連載があれば教えてください。 A プロフェッションジャーナルの人気連載の一部を下記にご紹介いたします。ご興味のある連載バナーをクリックの上、閲覧ください(バナーをクリックすると連載の第1回が別ページで開きます。)。 【税務】 【会計】 【労務】 【法務】 Q 連載の第2回以降を読むためにはどうしたらいいのでしょうか? A 本誌掲載記事の大半を占める連載の第2回以降の閲覧につきましては、プレミアム会員の方のみがご覧いただけますので、過去掲載分も含め、プロフェッションジャーナルのすべての記事が閲覧可能なプレミアム会員へのご登録を、ぜひご検討ください。 会員特典・会員制度のご案内はコチラ ◆ ◇ ◆ 今後ともプロフェッションジャーナルをご愛読賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
令和7年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和7年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
《速報解説》 ASBJ、「金融商品に関する会計基準(案)」等を公表 ~金融資産の減損に予想信用損失モデルを導入~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年10月29日、企業会計基準委員会は、「金融商品に関する会計基準(案)」(企業会計基準公開草案第89号。以下「金融商品会計基準(案)」という)等を公表し、意見募集を行っている。 これは、IFRS第9号「金融商品」の予想信用損失モデルを基礎として、金融資産の減損に予想信用損失モデルを導入するものである。 意見募集期間は2026年2月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 債権、満期保有目的の債券 金融商品会計基準(案)14項、16項では、次のように規定する。 Ⅲ 予想信用損失、貸付金代替性私募債 予想信用損失とは、信用損失を確率加重したものをいう(金融商品会計基準(案)(注5−2))。 信用損失とは、企業に支払われるべきすべての契約上のキャッシュ・フローと、企業が受け取ると見込んでいるすべてのキャッシュ・フローとの差額(すなわち、すべてのキャッシュ・フローの不足額)を現在価値に割り引いたものをいう。 貸付金代替性私募債とは、貸付金の代替として銀行が引き受けて保有する私募債をいう(金融商品会計基準(案)(注5−3))。 Ⅳ 金融保証契約 金融保証契約の規定を新設する(金融商品会計基準(案)26−2項)。 金融保証契約とは、特定の債務者が金銭債務の当初又は変更後の条件に従って期日の到来時に所定の支払を行わないことにより契約保有者に発生する損失等を補償するために、当該保有者に対して所定の支払を行うことを契約発行者に要求する契約をいう。ただし、デリバティブに該当するものは除く(金融商品会計基準(案)(注8-2))。 Ⅴ 予想信用損失の算定方法 予想信用損失の算定にあたっては、期末において、債権、満期保有目的の債券、金融保証契約及び貸出コミットメント等(「債権等」という)の発生の認識以降におけるデフォルト発生リスクの変動に基づいて債権等に係る信用リスクが著しく増大しているかどうか判定する(金融商品会計基準(案)27項)。 予想信用損失は、以下を反映する方法により算定する(金融商品会計基準(案)27−2項)。 「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いに関する適用指針(案)」(企業会計基準適用指針公開草案第88号。以下「予想信用損失適用指針(案)」という)において、詳細な規定及び設例が設けられている。 一般事業会社の通常の営業取引から生じる受取手形及び売掛金等、並びにリースにより生じた債権については、IFRS第9号において定められている営業債権、契約資産及びリース債権についての単純化したアプローチに関する定めを取り入れる。 Ⅵ 注記事項 信用リスクに関する情報として、次の事項を注記する(予想信用損失適用指針(案)72項)。 予想信用損失適用指針(案)では開示例が示されている。 Ⅶ 補足文書(案) 実務に資するように、信用リスクの著しい増大に関する判定、簡素化された予想信用損失の算定方法における信用リスクの著しい増大に関する判定などについて、補足文書(案)を公表する。 Ⅷ 適用時期等 20XX年改正の本会計基準(以下「20XX年改正会計基準」という)は、20XX年4月1日[公表から3年程度経過した日を想定している]以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。 上記の定めにかかわらず、20XX年4月1日[公表後最初に到来する4月1日を想定している。]以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から20XX年改正会計基準を適用することができる。なお、この場合には、20XX年改正会計基準と同時に公表又は改正された一連の会計基準等についても同時に適用する必要がある。 また、経過措置にも注意する。 (了)
《速報解説》 会計検査院、ストック・オプションに関する多額の課税漏れの可能性を指摘 ~国税庁が調査体制を厳格化へ~ 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 吉本 壮介 1 概要 会計検査院は、役員及び従業員等がストック・オプションの権利行使によって取得した株式の売却益等に関し、多額の課税漏れが発生している可能性が高いとして、国税庁に対し対応の強化を求めた。これを受け、国税庁は令和7年8月に、ストック・オプションに係る課税漏れ防止策として、法定調書の情報等を活用した調査体制の強化を全国の税務署に指示したとみられる。 会計検査院の調査によると、過去2年間でストック・オプションの権利行使益課税や権利行使で取得した株式の譲渡益課税に関し、延べ150人・約60億円に及ぶ課税漏れが想定される事例が確認された。税制適格ストック・オプションでは116人・約18.8億円の譲渡所得申告漏れ、税制非適格ストック・オプションでは34人・約41.5億円の給与課税漏れの可能性が高いと指摘されている。 2 ストック・オプション税制 ストック・オプションのうち、譲渡制限があり無償で付与されるなど、租税特別措置法上の要件を満たすものは「税制適格ストック・オプション」とされる。この場合、権利行使時には課税されず、売却時に譲渡所得として申告(申告分離課税・税率20.315%)する。 一方、要件を満たさない「税制非適格ストック・オプション」では、権利行使時点で給与所得等として課税され、会社には源泉徴収義務が生じる。その後、売却時には改めて譲渡所得として課税される仕組みであり、両者で課税時期や態様が異なる点に留意が必要である。 【図】譲渡制限付ストック・オプションに係る課税の概念図 (出典:会計検査院ホームページ「ストック・オプションに係る課税の状況等について」より抜粋) 3 企業側における留意点 法定調書は、権利行使や譲渡の際に会社や金融機関が作成・提出するものであり、従来も国税当局はこれらを所得申告データと突合して課税状況を確認し、各種照会や実地調査等を通じて課税漏れ防止を図ってきたが、今回の指摘を受け、より詳細な照合や状況確認の厳格化が進められるとみられる。 企業側にとっては、非適格ストック・オプションにおける源泉徴収漏れが特にリスク要因となる。課税漏れが発覚した場合、企業側に多額の追徴課税や不納付加算税、延滞税の支払義務が生じる可能性があるため、経理・人事・法務部門等の連携強化が不可欠である。具体的には、権利付与・行使時点の株価把握、源泉所得税の計算・納付の確実な実施、役員及び従業員等への申告義務周知、そしてストック・オプション事務のマニュアル化やチェックリスト整備などを進めることが望ましい。 ストック・オプションは報酬制度として定着しつつあるが、その税務上の取扱いは制度区分や適用要件等によって異なるため、十分な理解と適切な運用が不可欠である。今後、国税庁による調査体制の強化に伴い、企業側は「ストック・オプションの今までの処理の確認」と「社内体制の整備」を進めることが一層重要になるだろう。 (了)
2025年10月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.642を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。