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法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例78】「除染作業に関する業務のために委託先に支出した金員の損金性」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例78】 「除染作業に関する業務のために委託先に支出した金員の損金性」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、東北地方のとある県における第三の都市に本社を置き、産業廃棄物処理業を営むX株式会社(資本金5,000万円の3月決算法人)において総務部長を務めております。 ご承知の通り2011年の東日本大震災は、東北地方の太平洋側に多大な被害をもたらしました。特に津波による東京電力福島第一原子力発電所の被害は甚大で、近隣地域の放射能汚染への対応は喫緊の課題となりました。わが社も東北地方にある企業の端くれとして、地元再生への貢献を行いたい一心で、除染作業を受注すべく関係自治体を駆けずり回った結果、「汚染状況重点調査地域」の事業をいくつか請け負うこととなりました。 さて、この件に関し先日から所轄税務署の税務調査を受けておりますが、除染作業に関しノウハウのあるY社との業務委託契約に基づきわが社が支払っている支払手数料について、その損金性が問題となっております。すなわち、わが社はY社との間に業務委託契約があり、それに基づき除染作業で生じた廃棄物の処理に必要な圧縮袋をY社から調達したり、除染作業を安全に行うための様々なアドバイスを得ているのですが、税務署側は、そもそもY社との間で業務委託契約書が作成されていないためその内容が不明であり、また、Y社に臨場して反面調査を行ってみてもY社が実際に何を行っているのか分からないことから、重加算税の賦課対象となる架空の経費であると言わざるを得ないと吹っ掛けてきます。 実在する法人であり、かつ除染に関しノウハウのあるY社から様々な便宜を図ってもらったことへの対価の支払いについて、架空経費であるという課税庁の主張は荒唐無稽であると考えるのですが、税法上はどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法第22条第3項にいう損金の額に算入すべき金額、なかでも同項1号及び2号にいう当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、当該法人の業務との間に関連性を有するもの、すなわち、原告の事業の遂行上必要と認められるものが該当すると解するのが相当といえます。 そのため、法人が支出した金額であっても、その根拠となる業務委託契約書が交わされていないときには、課税庁はその業務内容について、支出した法人に存する証憑書類等のみではなく、支出先に反面調査を行い、十分な根拠書類や証言等により確認を行うことで、その妥当性を検証することになると思われます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 原発事故に伴う放射線被害と除染作業 東京電力福島第一原子力発電所の事故により、環境中に放出された放射性物質を取り除くための除染は、国が直轄事業として行ったもの(「除染特別地域」における事業)のほか、市町村が中心となって行ったもの(「汚染状況重点調査地域」として指定された市町村の事業)がある。国が直轄事業として行ったものの状況は以下のとおりである。 〇国直轄除染の進捗状況地図 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (出典) 環境省除染状況サイト「除染の状況(除染特別地域)」   (2) 損金の意義 この連載においてこれまで度々触れきた事柄ではあるが、再度ここで法人税法における損金の意義について確認しておきたい。 損金の意義について規定している法人税法第22条第3項によれば、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる①~③の金額としている。 法人税法上、費用として損金計上が認められるためには、利益を得るために直接必要なものであるという「必要性の要件」を満たせば十分であり、「通常性の要件」を満たす必要はないものと解されている(※)。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)350頁参照。   (3) 除染作業に関する圧縮袋等に係る業務のために支出した金員の損金性が争われた事例 それでは本件と同様に、除染作業に関する圧縮袋等に係る業務のために支出した金員の損金性が争われた事例(東京地裁令和6年2月15日判決・TAINSコード:Z888-2685)について、以下で確認してみたい。なお、本裁判例は伏字が多いことにご留意願いたい。 ① 事案の概要 本件は、原告が、平成29年5月1日から平成30年4月30日までの事業年度、課税事業年度及び課税期間につき、総勘定元帳に記載した「支払手数料」及び「外注委託費」の各支出を、法人税の所得金額の計算上損金の額に算入するとともに、消費税の計算上課税仕入れに係る支払対価の額に含めたところに基づき、法人税、地方法人税並びに消費税及び地方消費税の確定申告をしたところ、二本松税務署長から、ア.上記の支払手数料及び外注委託費はその使途が明らかではないから損金の額に算入できず、課税仕入れに係る支払対価の額にも含まれないとして、法人税、地方法人税及び消費税等の各更正処分等を受け、また、イ.上記の支払手数料及び外注委託費について隠蔽又は仮装に該当する事実があったとして、上記各税について各重加算税賦課決定処分を受けたため、上記各更正処分等のうち原告の主張する金額を超える部分及び上記各重加算税賦課決定処分の取消しを求める事案である。 原告は、本件期間において、平成23年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故後の除染作業で生じた廃棄物の減容に使用される圧縮袋「CAH-01」を■■■社に納入していた。■■■社は、平成29年5月1日から平成30年4月30日までの期間において、福島県■■市から除染関連業務の発注を受けた■■■■■■■■■協同組合から同業務の発注を受けた■■■■■■株式会社に対し、原告から仕入れた本件圧縮袋を納入していた。 原告は、■■■社名義の預金口座に、1)平成30年3月30日に540万円、2)同年4月9日に1,143万720円、3)同月27日に157万4,640円を送金した。また、原告は、■■社名義の預金口座に、4)平成30年4月9日に420万120円、5)同月27日に323万6,436円を送金した。 ② 事案の争点 本件事業年度の法人税の所得金額の計算において、原告が■■■社名義の預金口座に「支払手数料」として送金した金額である、1)、2)及び3)合わせて税抜1,704万2,000円と、原告が■■社名義の預金口座に「外注委託費」として送金した金額である、4)及び5)合わせて税抜688万5,700円とを損金の額に算入することができるのか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されずに確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例のポイントは、原告と委託先との間でどのような合意があり、どのような場合に報酬の支払いがなされるとされたのかという点である。 これについて裁判所は、「原告と■■との間では、■■が原告の希望する仕様等の実現のために当該地方自治体等へ働き掛けること、及び、上記仕様等が実現し、原告において物品を販売することができた場合にのみ報酬を支払うことについての合意はあった」と認定した。 それでは実際のところその活動内容はどうであったかであるが、「実際に■■が当該地方自治体に対して何らかの活動をしたか否かについて検討するに、■■取締役の証言内容ないし供述内容によれば、■■の原告に対する報告内容は抽象的なものにとどまっており、現時点においても、■■が原告の希望する仕様等を実現するために、当該地方自治体等に対して何らかの活動をしたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。」とされ、結論として裁判所は「本件各支出が原告の事業の遂行上必要であったと認めることはできない」ことから、「本件各支出額を損金の額に算入することはできないと解するのが相当」と判断した。 上記の通り裁判所は、「本件各支出が原告の事業の遂行上必要であったと認めることはできない」と判断したが、一方で、それが重加算税の対象となるような架空の支払いであると認めているわけではない。すなわち、「原告において、■■の当該地方自治体等に対する具体的な働き掛けがあったと信じ、それによって■■に依頼した内容が達成されたと考え、その対価としての金員を協議の上、請求書の発行を依頼して支払ったことは、■■との合意に基づく支払及びその前提としての請求書の発行依頼として位置付けるのが相当であるから、これらを国税通則法68条1項にいう隠蔽、仮装と評価するのは相当ではない。」と判断して、課税庁の重加算税賦課決定処分を取り消している。課税庁による重加算税の賦課決定の乱発を戒める事案として、実務の参考になるものと考えられる。   (4) 本件へのあてはめ 法人税法第22条第3項にいう損金の額に算入すべき金額、なかでも同項1号及び2号にいう当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、当該法人の業務との間に関連性を有するもの、すなわち、原告の事業の遂行上必要と認められるものが該当すると解するのが相当といえる。 そのため、法人が支出した金額であっても、その根拠となる業務委託契約書が交わされていないときには、課税庁はその業務内容について、支出した法人に存する証憑書類等のみではなく、支出先に反面調査を行い、証憑書類や証言等によりそれが十分根拠づけられるかにつき確認を行うことで、その妥当性を検証することになると思われる。   (了)

#No. 634(掲載号)
#安部 和彦
2025/09/04

金融・投資商品の税務Q&A 【Q97】「JDRの元本の払戻しが行われた場合の取扱い」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q97】 「JDRの元本の払戻しが行われた場合の取扱い」   PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○●   1 受益証券発行信託の会計処理と税務上の取扱い (1) 受益証券発行信託の会計処理の改正 受益証券発行信託とは、信託行為において、受益権を表示する証券である受益証券を発行する旨を定めている信託をいい(信託法第185条)、その会計処理は、一般社団法人信託協会が公表している「受益証券発行信託計算規則」(以下「信託計算規則」といいます)に基づいています。信託計算規則においては、これまで信託元本を受益者に分配することが認められていなかったため、受益証券発行信託に係る分配は、すべて利益の分配とされていました。 今般、信託計算規則が改正され、2026年4月1日以後に終了する計算期間より、元本を直接減額して受益者に金銭として分配することができることになりました。 (2) 特定受益証券発行信託の税務 受益証券発行信託は、税務上、原則として、法人課税信託として取り扱われますが、下記の要件を充足するものは特定受益証券発行信託として、集団投資信託に区分されることになります。 そして、特定受益証券発行信託の収益の分配は、所得税法上、配当所得として取り扱われます。上記(1)に記載したとおり、これまでは会計上信託元本を受益者に分配することが認められていなかったため、税務上も分配金のすべてが配当所得として取り扱われていたところ、信託計算規則の改正により元本を直接減額して受益者に金銭として分配することが可能となったため、税務上の取扱いも整備されました。 具体的には、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなされる金額の範囲に、特定受益証券発行信託の受益権に係るその特定受益証券発行信託の元本の払戻しにより交付を受ける金銭の額が追加されました。   2 本件へのあてはめ 特定受益証券発行信託であるJDR(上場)に係る分配金は、利益の分配として支払われる場合、配当所得に該当することとなりますので、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率で源泉徴収され、確定申告においては、総合課税(所得税及び復興特別所得税として最高税率約46%及び地方税10%)と申告分離課税(20.315%)のいずれかを選択することができます。また、申告不要を選択し、源泉徴収のみで課税関係を完了させることもできます。 2026年4月1日以降は、JDRについて元本が払い戻される可能性があり、その場合、元本の払戻しとして交付される金銭の額は、税務上、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなされることとなります。したがって、分配金のうち、利益の分配に係る部分と元本の払戻しに係る部分とを区別する必要があります。 〇JDRとは   (了)

#No. 634(掲載号)
#西川 真由美
2025/09/04

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第75回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第75回】   東洋大学法学部教授 泉 絢也   (3) CARF・日本版CARFの概要③ ア 暗号資産 CARFは、暗号資産(Crypto-Asset)を「暗号化の方法により保護された分散型台帳又は類似の技術に依拠して取引の検証及び安全性の確保を行う価値のデジタル表現」と定義し、ここから中央銀行デジタル通貨、特定電子マネー商品(一定のステーブルコイン)、RCASPが支払や投資の目的として使用できないと適切に判断した暗号資産を除いたものを報告対象暗号資産(Relevant Crypto-Asset)と定義している。 「価値のデジタル表現」とは、暗号資産が価値に対する権利を表章しており、所有権(ownership)又は権利がデジタル方式で他者と取引可能、他者に移転可能であることを意味する。 例えば、暗号技術に基づいて生成されたトークンで、個人が価値を保管し、支払を行うことを可能にするものであり、他者に対する会員資格の請求権や権利、財産権、その他の絶対的又は相対的な権利を表さないものは暗号資産である。 さらに、個人又は事業体に対する会員資格の請求権や権利、財産権、その他の絶対的又は相対的な権利(例えば、 所定の日付、価格、その他の事前に定められた要素で、金融資産や暗号資産を含む資産を購入又は売却するためのセキュリティトークン、デリバティブ契約又は権利)であり、デジタル方式で法定通貨又は他の暗号資産と交換可能な場合、これも暗号資産である。 具体的には、ビットコインなどの典型的な暗号資産だけでなく、法定通貨建のものも含むステーブルコイン、暗号資産の形態で発行されたデリバティブ、ファンジブルなトークンにとどまらないデジタル方式で他者と取引できる収集品、ゲーム、芸術作品、物理的な財産、金融関係の書類に対する権利を表章するような一定のNFT(実際に支払目的や投資目的で使用できるNFT)など、伝統的な金融仲介機関を介さずに分散型で保有及び移転できる資産を包含するものである。 このような暗号資産それ自体の定義は、日本の資金決済法上の暗号資産の定義よりも広いものである(OECD, FOR AUTOMATIC EXCHANGE OF INFORMATION IN TAX MATTERS:CRYPTO-ASSET REPORTING FRAMEWORK AND 2023 UPDATE TO THE COMMON REPORTING STANDARD 13, 22, 49-51(2023))。 日本版CARFにおいても、CARFの内容を踏まえた上で報告対象となるものを「暗号資産等」として定めている。ただし、租税法として独自に定義するというよりも、資金決済法等の規制法の定義を借用する形で設計されている。 日本版CARFにおける暗号資産等とは、①暗号資産(決済2⑭)、②4号電子決済手段(決済2⑤四)、③電子記録移転有価証券表示権利等(金商29の2①八。ただし、資金決済法2条 14 項各号に掲げる財産的価値に限る)である(実特法10の9⑤三、実特令6の19①)。 これは、CRAF上の「暗号資産(Crypto-Asset)」に相当するものを規定する観点から定義されており、「暗号資産(Crypto-Asset)」の性質を有するものとして我が国の国内法において規定されているものが列挙されている(財務省「令和6年度 税制改正の解説」711頁)。 上記②の4号電子決済手段については、通貨建資産に該当しない一定の暗号資産型デジタル資産が想定されていることを踏まえ、本制度の対象とされているが、他方、資金決済法上の他の電子決済手段(決済2⑤一~三)については、非居住者に係る金融口座情報の自動的交換のための報告制度の対象となる「特定電子決済手段等」に該当することとされている(実特令6の8一ニ(1))(財務省「令和6年度  税制改正の解説」711頁)。 上記の定義では、NFTについては特に触れられていないが、NFTは日本版CARFの対象となるのであろうか。 この点について、特定のNFTが、日本版CARFでいうところの暗号資産等に該当するか否かは、個別の事案に応じて、上記①~③に該当するか否かで判断されることになる。一般にNFTと呼ばれているかどうかで形式的に判断されるわけではない。 すなわち、上記①~③のいずれかに該当する場合には、一般にNFTと呼ばれるものであっても日本版CARFの暗号資産等に該当する。 実務上は、金融庁の事務ガイドライン「第三分冊:金融会社関係 16 暗号資産交換業者関係」などの行政解釈を参考にして、個別判断が必要とされる(本連載第2回参照)。 CARFでは「暗号資産(Crypto-Asset)」に該当し、対象になるが、日本版CARFでは「暗号資産等」に該当せず、対象にならない、という事態も起こりうると考える。 日本版CARFにおける「暗号資産等取引」という語についても確認しておこう。 日本版CARFでは、報告暗号資産交換業者等との間でその営業所等を通じて、暗号資産等取引を行った者が一定の報告対象契約を締結している場合には、報告暗号資産交換業者等は、所轄税務署長に対して、報告対象契約に係る特定対象者の氏名や住所など所定の事項を報告しなければならない(実特法10の10①、実特規16の19④)。 上記でいう暗号資産等取引とは、次の①~④を行うことを内容とする契約の締結である(実特法10の9⑤三、実特令6の19 ②)。 これらはいずれも、実体的な「価値の移転」に直結する行為であり、租税回避や課税逃れの温床となりうる。したがって、取引の媒介者である報告暗号資産交換業者等に報告義務を課すことが、制度の中核的な仕組みとなっているのである。 最後に付言しておくが、上記のとおり、日本版CARFが「暗号資産等」の定義を資金決済法等の規制法の定義に依存して定めていることについて、これは、税制設計上の実務的な合理性を重視した結果であろうか。 すなわち、規制法において既に整備された法的定義を援用することにより、租税法における定義構築の負担を軽減し、行政実務における一貫性や整合性を担保する意図があったと考えられる。また、報告対象資産の範囲を明確化することで、報告義務を課される事業者にとっても予見可能性が一定程度確保されるというメリットがある。 言い換えれば、このような手法には、規制法側にすでに存在する又は将来定められる定義に「乗っかる」ことで、主として税制立案担当者や課税当局が定義構築に伴う曖昧性や解釈上の責任を回避しようとする側面があるという見方もできよう。いわば、制度上の責任の一部を他の法分野や所轄官庁に転嫁するかのような設計姿勢が透けて見えるのである。 しかしながら、税制が他の規制法の枠組みに過度に依存することには慎重でなければならない。そもそも税制は、課税の公平性や中立性、執行可能性といった独自の理念を基礎として構築されるべきであり、利用者保護や金融システムの安定といった規制法の目的とは本質的に異なる。 したがって、税制が他の規制法とどのような関係性を築くべきか、すなわち、制度的な依存関係をどこまで許容し、どこから自律性を確保すべきかという問題については、今後の制度設計において慎重な検討が必要となる。 これは単なる定義技術の問題ではなく、税制の自律性と法体系全体の整合性にかかわる構造的かつ重大なテーマであるといえよう。   (了)

#No. 634(掲載号)
#泉 絢也
2025/09/04

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第56回】「実質所得者課税の原則の具体的な判定基準」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第56回】 「実質所得者課税の原則の具体的な判定基準」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 国際的な取引における所得の帰属について、通説的な法律的帰属説の立場から、具体的にはどのように判断するのでしょうか。 〔A〕 課税物件である資産又は事業から生ずる収益についての実質所得者を判断するに当たっては、当該資産又は事業に係る経済的損益の帰属先のほか、取引全体の仕組み、取引に至る経緯あるいは関係者の認識、取引の実施状況など諸般の事情を総合的に考慮すべきであるという判断枠組みが示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 実質所得者課税の原則 (1) 所得の帰属とは 包括的所得概念を採用する現行の所得税法において、所得とは、人の担税力の増加をもたらす純資産の増加と定義されている。このことから、そもそも所得概念には人的要素が含まれているといわれる(※1)。すなわち、所得税法では、実現した所得に対し課税されるので、実現した所得が誰に帰属するのかがしばしば問題となる。 (※1) 谷口勢津夫『税法基本講義〔第4版〕』(弘文堂)242頁参照。 一般に「帰属」とは、「どこの物になるのか、どっちに入るか、ということ」(※2)であるが、税法においては、納税者と課税物件(※3)の結びつきのことに他ならない。かかる帰属の問題について、現行の所得税法では、明文規定は置いていないものの、いわば、暗黙の了解として、所得の帰属を課税要件としている。 (※2) 『新明解国語辞典 第二版』(三省堂・1979年) (※3) 金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂)178頁では、「課税物件(Steuerobjekt)とは、課税の対象とされる物・行為又は事実のことで、納税義務が成立するための物的基礎をなす」と述べている。 所得の帰属には、所得の人的帰属と、所得の年度帰属という2つの側面がある。前者は、課税要件としての帰属の問題そのものであり、後者は所得の計上時期の問題であるが、所得を確定させるためには、両者は密接に関連することになる。 (2) 実質所得者課税の原則とは 所得税法12条は、次のように規定されている。 同12条は、複雑難解といわれている税法規定の中でも、特に難解な規定の一つ(※4)といわれている。条文の構造自体は、「①=②の場合、収益は③に帰属する」という形に分解できるが、これら①~③が何を指すかについて異なる解釈が示され、次のような学説上の対立がある。 (※4) 谷口・(※1)248頁、『租税判例百選 第6版』有斐閣・2016年54頁など。 ➤法律的帰属説 法律的帰属説とは、(i)形式上も外形上も法律上の権利者である者が、同時に(ⅱ)名義上も権利の主体である場合で、(ⅲ)法律上真実の権利者が別にいる場合、(ⅲ)に収益が帰属すると解釈する考え方である。すなわち、法的形式と法的実体が乖離した場合に、法的実体の方を重視し、法的実体を備える者に収益が帰属すると判定するものである。これは、租税法のみならず、法律一般の概念であり、そのことから、所得税法12条の規定は、確認的なものと捉えられる。 ➤経済的帰属説 経済的帰属説とは、(i)法律上の権利者である者(法律的帰属説で取り上げるような区分は問題視しない)が、同時に(ⅱ)名義上も収益を享受する権利の主体である場合で、(ⅲ)(問題となる)収益から実現する経済的利益を享受する者が別にいる場合、(ⅲ)に収益が帰属すると判定する考え方である。経済的帰属説は法律的帰属説と異なり、法的形式と経済的実態が乖離した場合に、経済的実態を重視し、経済的実態を備える者に収益が帰属すると判定するものである。 経済的帰属説は、法形式と経済実態が異なる場合には後者を優先すべきということで、単純に図式化しやすく、理解も容易であるが、租税法律主義の見地から強い批判がある。すなわち、この考え方は、私法上の法律関係を離れ、経済的な実質主義により事実認定を行おうとするもので、これを採用すれば、他の法律分野とは異質の、税法独自の解釈となってしまう恐れがあるからである。そうすると、所得税法12条は創設的な規定ということになり、そのように解釈する場合には、その法的根拠が問われることになる。さらに、法的安定性を重視する見地からも、この説を主張する学説は少ないといわれている。 谷口勢津夫教授は、「法律的帰属説は、法律関係という形式(法形式)を事実認定の基準とするという意味で『形式主義』であり、そうであるからこそ、経済的帰属説に比べ、帰属の判定要素が明確であり、所得の人的帰属の判定において、納税者の予測可能性・法的安定性及び税務行政の公平な執行可能性の保障に資するものである」(※5)と述べている。さらに同教授は、「法律的帰属説と経済的帰属説とは、理論的な観点から見ると、それぞれの基礎にある考え方が異質(法律的思考と経済的思考)であることから、全く異なる判定結果を帰結するかのように思われるかもしれない。しかし、『法律上(私法上)の真実の権利者』と『収益に内容・実質を構成する経済的利得を経済的に享受している者』とは、実際上はほとんどの場合一致する(そうでなければ、私法制度の存立の基盤が失われることになる)から、両説で帰属の判定結果が異なる場合が仮にあるとしても、それはごく限られた場合であろう。」と述べている。 (※5) 谷口・(※1)52頁、245頁 以下では、国際取引において、実質所得者課税の原則と真実の法律関係が争われた事例を検討する。   2 裁判例 《東京地方裁判所令和4年2月1日判決(令和2年(行ウ)第271号)(確定)》(※6) (※6) TAINSコード:Z272-13665 (1) 事案の概要 外国法人A社(原告X)の東京支店は、その事業資金を調達するため、英国ロンドン市にあるA社のロンドン本店と財務代理人契約を締結し、同本店に対して社債(以下「本件社債」という。)を発行した。 その後、ロンドン本店は、ルクセンブルグに所在するA社の完全子会社であるB社に、B社は、内国法人であるC社に順次本件社債を25億ポンドで譲渡した。ただし、ロンドン本店・B社間の本件社債の譲渡に係る契約(以下「ファイナンス契約」という。)では、本件社債に係る経済的な損益が実質的にロンドン本店に帰属するように支払いを行う内容とされていた。 また、C社は、Xの英国子会社D社から25億ポンドの資金の提供を受け、B社に対して本件社債の購入対価を貸し付け、B社は当該貸付の担保として、本件社債をC社に譲渡した(貸付けに係る契約を「資産担保ローン契約」という。)。本件は、Xが、本件社債の利子(以下「本件利子」という。)の収益を実質的に享受している者はC社又はロンドン本店であるとして、本件利子の各支払に際して源泉徴収をしなかったところ、所轄税務署長から、本件利子の収益を実質的に享受している者はB社であり、利子の各支払は外国法人に対する利子の支払に当たるとして、本件利子についての源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及び各不納付加算税賦課決定処分を受けたことから、本件各処分の取消し等を求める事案である。 Xの東京支店では、本件社債が発行される前まで、ロンドン本店から本支店間取引としての融資取引(以下「本件本支店間融資取引」という。)により資金調達を行っていたが、Xの英国における課税において、日本の課税額に係る外国税額控除を十分に受けられない年度が継続していた。そこで、本件本支店間融資取引の経済的実質を変えずにXの外国税額控除問題を解決する方法がXグループ内で検討され、上記の資金調達取引(以下「本件資金調達取引」という。)が考案され、実行された。 本件の一連の取引を図示すると、以下のとおりとなる。 (2) 争点 本件の争点は、本件利子の実質所得者(所得税法12条)がロンドン本店であるかB社であるかである(なお、C社が本件利子の実質所得者ではないこと、ロンドン本店が本件利子の実質所得者である場合には、Xは、本件利子に係る源泉徴収義務を負わないことについて、当事者間に争いはない。)。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、次のように判示し、Xの請求を容認した。 ① 判断枠組み ② 当てはめ (ア) 認定事実 (イ) 判断 (4) 検討 Xが本件資金調達取引を考案したのは、未控除の繰越外国税額を活用できるようXグループ内の資金調達の方法を見直したことが背景にある。その結果、本件本支店間融資取引の経済的実質を変えず、社債を発行した上で、当該社債を最終的に英国外の第三者が保有する方法によることが適切であると考えた。 しかし、社債を英国外の第三者が保有する場合、当該第三者が社債の保有等に係るリスクを回避する必要性から、第三者による社債の購入費用はXグループから提供され、資金調達を要しないこと、また、第三者が社債保有に係るリスクを一切負担せず、一定の手数料収入を享受できること、第三者の会計において、本件資金調達取引がパス・スルー(※7)として取り扱われ、資産、負債及び損益の計上が不要となるような仕組みを採用することが重要と考えられた。 (※7) 判決文では、「パス・スルー」という用語が3箇所登場するが、筆者は、この用語の本来の意味から判決文での使用に違和感がある。本件では、資産担保ローン契約に従いC社に対し本件社債が担保として供与されたにもかかわらず、元本となる25億ポンドのローンについては、D社からB社に直接資金移動されたことから、C社では当該ローン契約に係る債権債務が全く計上されていないことを表していると思われる。しかし、正しくはオフバランス処理されているというべきであろう。 本件では、純粋な第三者であるC社もXグループに所属するB社も、社債保有に係るリスク及び資金調達に係るリスクは一切負担していないように見える。後者については、調達した25億ポンドに対し最低限LIBOR利率の利息が保証されている。本判決の意義が、本件利子の実質的所得者の判定に当たって、リスクの負担者が誰か、という点を判断基準としているところにある(※8)とすれば、本件資金調達取引を考案し、諸リスクを負担するロンドン本店であるという結論は妥当なものといえよう。 (※8) 阿部雪子『資産の所有者とその資産の権利から生ずる収益の法律上(私法上)の権利者が分離している場合における当該資産の権利から生ずる収益の帰属』(ジュリスト、2024年1月 No.1592)148頁は、「本判決は、資産の所有者とその資産の権利から生ずる収益の法律上(私法上)の権利者が分離している事案であり、所得税法12条(実質所得者課税の原則)の適用にあたり、法律的帰属説の立場から、資産から生ずる収益の帰属の判断要素として、支配という概念を用いた上で、その資産に係る収益を保持しているのは誰であるのか、その資産に係るリスクを負担しているのは誰であるのかという点を考慮すべきことを明確に示したものとして、重要な意義が認められる。」と述べている。   (了)

#No. 634(掲載号)
#霞 晴久
2025/09/04

新リース会計基準における実務対応-会計処理と申告調整のポイント-【第2回】

新リース会計基準における実務対応 -会計処理と申告調整のポイント- 【第2回】   公認会計士 鈴木 慧史   (2) 貸し手の会計処理 ●ファイナンス・リースとオペレーティング・リース 貸し手の会計処理については、リース契約を以下の2種類に分類し、それぞれ会計処理が定められています。 (※1) 以下のいずれかに該当する場合は、ファイナンス・リースに該当すると判断されます。 (※2) ファイナンス・リースにつき、次のいずれかに該当するものは「所有権移転ファイナンス・リース」、いずれにも該当しないものは「所有権移転外ファイナンス・リース」と分類します。 イ 契約上、契約期間終了後または契約期間の中途で、原資産の所有権が借り手に移転することとされているリース ロ 契約上、借り手に対して契約期間終了後または契約期間の中途で、名目的価額またはその行使時点の原資産の価額に比して著しく有利な価額で買い取る権利が与えられており、その行使が確実に予想されるリース ハ 原資産が、借り手の用途等に合わせて特別の仕様により製作または建設されたものであって、当該原資産の返還後、貸し手が第三者に再びリースまたは売却することが困難であるため、その使用可能期間を通じて借り手によってのみ使用されることが明らかなリース ●ファイナンス・リースの会計処理 ファイナンス・リースについては、通常の売買取引に係る方法に準じた会計処理を行いますが、会社の事業内容および事業の一環として行うものかどうかによって、3通りの会計処理が定められています。 (ⅰ) 製造または販売を業とする貸し手が当該事業の一環で行うリース メーカーや卸売業者などで、自社の製商品の在庫を販売する代わりにリースをすることがあります。この場合、経済実態が同じであれば通常の販売と同じように処理するのが妥当です。 そこで、リース開始日にリース料総額から利息相当額を控除した金額により売上高を計上し、同額でリース債権またはリース投資資産を計上します。また、原資産の帳簿価額により売上原価を計上します。 各期に受け取るリース料のうち利息相当額を利息法により配分し、受取利息として計上します。 (※) 売上高の相手勘定は、所有権移転ファイナンス・リースの場合は「リース債権」、所有権移転外ファイナンス・リースの場合は「リース投資資産」という勘定科目を使用します。 設例3 ×1年4月1日に次のリース契約を締結した場合の仕訳は、以下のとおりとなります。 〔仕 訳〕 ×1年4月1日 売上高および売上原価の計上 (※) リース投資資産および売上高の金額は、以下のように計算します。 10,000千円÷1.02+10,000千円÷1.022+10,000千円÷1.023+10,000千円÷1.024+10,000千円÷1.025=47,135千円 ×2年3月31日 リース料の受取り (※) 受取利息額を以下のように計算し、残額をリース投資資産の回収として処理します。 47,135千円×2%=943千円 (ⅱ) 製造または販売以外を業とする貸し手が当該事業の一環で行うリース 主としてリース会社が物件を調達しリースを行うケースで、この場合の収益(リース料と調達価額の差額)の性質は金利と考えて、引渡し時点では販売益を認識せず、リース期間にわたって受取利息を認識します。 そこで、リース開始日に原資産の現金購入価額によりリース債権またはリース投資資産を計上します。その後、各期に受け取るリース料のうち利息相当額を利息法により配分し、受取利息として計上します。 設例4 設例3と同じ条件のリース契約で、原資産の現金購入価額が45,000千円であった場合の仕訳は以下のとおりです。 〔仕 訳〕 ×1年4月1日 リース投資資産の計上 ×2年3月31日 リース料の受取り (※) リース料総額と現金購入価額の差額(5,000千円)をリース期間に配分するための利率は、リース料の割引現在価値が現金購入価額と等しくなる差額として計算され、この設例の場合は3.62%となります。 10,000千円÷1.0362+10,000千円÷1.03622+10,000千円÷1.03623+10,000千円÷1.03624+10,000千円÷1.03625=45,000千円 このため、受取利息を次のように計算します。 45,000千円×3.62%=1,628千円 (ⅲ) 貸し手が事業の一環以外で行うリース (ⅰ)と(ⅱ)は貸し手が事業の一環としてリースを行う場合ですが、それ以外の場合(例えばメーカーが保有不動産を賃貸するケース)は、対象資産の売却と考えて、引渡し時点で売却損益を認識します。 そこで、リース開始日にリース料総額から利息相当額を控除した金額でリース債権またはリース投資資産を計上し、原資産の帳簿価額との差額を売却損益として計上します。その後、各期に受け取るリース料のうち利息相当額を利息法により配分し、受取利息として計上します。 設例5 設例3のリースにおいて、貸し手が事業の一環以外で行うリース(保有する建物の賃貸)であった場合のリース開始時の仕訳は次のとおりです。 ×1年4月1日 売却損益の計上 リース料受取り時の仕訳は設例3と同様です。 ●簡便的な取扱い 貸し手についても、利息相当額の配分について簡便的な取扱いが認められています。貸し手としてのリースに重要性が乏しい場合には、利息相当額の配分を利息法ではなく定額法によることができます。 (※) 重要性が乏しい場合とは、以下の割合が10%未満である場合とされています。 設例6 設例4と同様の条件のリース契約について、簡便的な取扱いを採用した場合、リース料受取り時の仕訳は次のようになります。 〔仕 訳〕 ×2年3月31日 リース料の受取り (※) 利息相当額を5年間で均等に配分します。   (50,000千円-45,000千円)÷5年=1,000千円 ●オペレーティング・リースの会計処理 オペレーティング・リースについては、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行います。 (続く)

#No. 634(掲載号)
#鈴木 慧史
2025/09/04

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第18回】「EBITDAを間違えた場合に確認すべきこと」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第18回】 「EBITDAを間違えた場合に確認すべきこと」   公認会計士 石王丸 周夫   EBITDAという利益指標があります。今回取り上げるのは、決算短信の連結業績予想においてEBITDAの数値を誤った事例です。 EBITDAについては、ウェブ検索するといくらでも解説が出てきます。企業の本来の儲けを示す指標だといわれています。利益指標の1つといってよいでしょう。その一方で、この指標にはよくわからない点もあります。それは、EBITDAを重視している企業が一定数あるにもかかわらず、決算短信での記載は特に要請されていないという点です。 要請されていないということは、EBITDAはさほど重要な指標ではないということなのでしょうか。この点を気に留めたうえで、以下、訂正事例を見ていきましょう。   訂正事例の概要 サマリー情報の業績予想欄にて、EBITDAの数値が誤っていました。この企業は、一般的に業績予想欄で開示される売上高等の項目(一般的イメージは【第11回】参照)のほかにEBITDAを開示しているのですが、そのEBITDAを間違ってしまったのです。訂正事例のイメージは次のとおりです。 〈訂正事例をもとにした誤記載のイメージ〉 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 【訂正前】 3.XXXX年X月期の連結業績予想(XXXX年X月X日~XXXX年X月XX日) 【訂正後】 3.XXXX年X月期の連結業績予想(XXXX年X月X日~XXXX年X月XX日) (※) 説明に関係する数字以外の数字はXで表示しています。   決算短信におけるEBITDAの扱い この企業は、決算短信のサマリー情報で、連結業績の1項目としてEBITDA(実績値)を開示しています。東京証券取引所が公表している決算短信の参考様式には、EBITDAの項目はありませんが、企業が投資者の経営成績等の理解に資すると考えた場合には記載できるとされています。そして、その場合は計算方法を欄外等に記載するとされています。(株式会社東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信作成要領等」(2025年7月)26頁から27頁) 本事例の企業も、EBITDAの計算方法を次のように記載しています。 この算式から、上記の誤りは、営業利益、減価償却費、のれん償却費の3項目のいずれか(複数の場合も)において、何らかの集計ミスが発生したのではないかと考えられます。それ以上のことは外部からはわかりません。   なぜEBITDAを間違えたのか 何がどう間違っていたのか、詳しいことはわからないのですが、この訂正事例にはなんとなく引っ掛かる点があります。それは、記載を求められているわけでもないEBITDAを積極的に開示しておきながら、なぜそこで間違えたのかということです。 ここからは筆者の勝手な推測になります。 もし、EBITDAが企業にとって本当に重要な指標であるならば、その企業はEBITDAを間違えたりしないのではないでしょうか。人間は、本当に大事なことは念には念を入れて確認します。出かけるときに、玄関の鍵を閉めたかどうか気になって家に引き返した経験は、誰にでもあると思います。EBITDAも本当に大事な指標なら、開示前に何度も確認して誤りに気づいたはずです。 しかしながら本事例の場合、正しくは17,900百万円のところを19,500百万円と記載していました。1,600百万円も過大でした。決算短信を作成して公表するまでには、作成部署でのチェックのほか、開示担当部署でのチェックも行われるはずです。次年度の業績予想という重要な事項なので、経営陣も当然に関与しているはずです。それにもかかわらず間違いを見落としてしまいました。しかも、訂正を行ったのは、決算短信を公表してから21日後です。この企業は本当にEBITDAを重視していたのでしょうか。   EBITDAは飾り物か そもそも、EBITDAの開示が本当に必要なのか考えてみます。 この企業のEBITDAは前掲のとおり、営業利益に減価償却費とのれん償却費を足したものです。この3項目は連結財務諸表から拾うことができます。営業利益は連結損益計算書で算定されます。減価償却費とのれん償却費は、連結キャッシュ・フロー計算書に載っています。つまり、決算短信の利用者は、EBITDAの実績値を自分で計算することが可能なのです。 次期業績予想のEBITDAについては、減価償却費とのれん償却費の予想値を入手できないので計算できませんが、その代わりに直近の実績値を使用することで近似値を算定することはできます。 本事例の企業の場合、業績予想の営業利益は前掲のとおり8,000百万円でした。減価償却費とのれん償却費の直近の実績値は、連結キャッシュ・フロー計算書より、それぞれ7,659百万円、1,908百万円だとわかります。これらの金額によりEBITDAを計算してみると、予想EBITDAは17,567百万円となります。前掲のとおり、訂正後の予想EBITDAは17,900百万円でしたので、ほぼ当たっています。このように公表されているデータから算定できるのであれば、企業があえて開示する必要性は高くはないといえます。 EBITDAが本当に必要なのかを考えるには、それが何のための指標なのかということも考えてみる必要があります。 営業利益にプラスする減価償却費とのれん償却費は、営業費用に含まれている項目です。これらをプラスするという意味は、減価償却費とのれん償却費を費用から除外するということです。そうやって求められたEBITDAは、主だった非資金費用を除外した利益を意味します。キャッシュを重視した利益指標といえます。 しかし、キャッシュを重視した指標が欲しいのであれば、連結キャッシュ・フロー計算書があるので、そちらを見ればよい話です。 さらに別の捉え方もあります。減価償却費は過去の設備投資の結果発生する費用、のれん償却費は過去のM&Aから発生する費用です。もし現在の経営者と過去の経営者が異なる場合、現在の経営者としては、自己の経営成績をアピールするときに、自身が決めたわけではない設備投資やM&Aのコストを計算に入れたくはないでしょう。それを除外した利益指標が欲しいはずです。EBITDAはそれにはピッタリの利益指標です。EBITDAをこのように解釈することも可能です。 しかし、これも、決算短信の利用者(主に投資家)にとってはあまり興味がないように思われます。過去の経営者が決めたことであっても、実際に実行されたものである以上、それを織り込んだ利益を知りたいのではないでしょうか。 つまり、決算短信でどうしてもEBITDAを任意開示しなければならない理由はよくわからないのです。もしかしたら、開示をしている企業も心底そう感じているのではないでしょうか。ゆえに本事例の企業は間違いに気づかなかったのかもしれません。   開示前のチェックポイント EBITDAを開示している場合、企業が本当にその指標を重視していて、社内でも日常的に算定、利用しているなら必要以上に注意すべきことはありません。しかし、開示書類上でEBITDAを形式的に算定しているような場合、社内的な関心は低いと考えられるので、集計ミス等の単純なミスが発生していないか十分に注意すべきです。 (了)

#No. 634(掲載号)
#石王丸 周夫
2025/09/04

〈労働安全衛生法の一部改正に伴う〉ストレスチェック義務化対象拡大等のポイント

〈労働安全衛生法の一部改正に伴う〉 ストレスチェック義務化対象拡大等のポイント   社会保険労務士 富山 直樹   1 はじめに 2025年5月、「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律案」が可決・成立し、その中に「職場のメンタルヘルス対策の推進」として「ストレスチェックについて、現在当分の間努力義務となっている労働者数50人未満の事業場についても実施を義務とする。その際、50人未満の事業場の負担等に配慮し、施行までの十分な準備期間を確保する。」という内容が盛り込まれた。 これまでは労働者数50人以上という比較的中規模以上な事業者に求められてきたストレスチェックであるが、今後は50人未満の小規模事業者にもストレスチェックが義務付けられ、対応が求められる。 本稿では、制度概要から、対応時期、内容、課題等について詳しく解説する。   2 制度概要~ストレスチェックとは~ ストレスチェックが始まったのは今から10年前の2015年に遡る。 「労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防を目的としたものであり、事業者には各事業場の実態に即して実施される二次、三次も含めた総合的な取組みを継続的かつ計画的に進めることが望ましい。」という指針が当時示された。 当時は労働者のメンタルヘルス不調に対する企業の対応が報道されたり、「〇〇ハラスメント」という言葉が続々と生まれたりしていた時期であり、労働者の「なんとなく疲れた」「元気がない」といった心身の不調を可視化し自認することで、更なる悪化を防ぐ目的があったと考えられる。 具体的な内容は次のとおりである。 ① 実施 会社は常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に、医師、保健師又は厚生労働大臣の定める研修を修了した歯科医師、看護師、精神保健福祉士もしくは公認心理師(以下「医師等」)によるストレスチェックを行わなければならない。 常時使用する労働者とは、期間の定めのない労働契約により使用される者であること(※1)、1週間の労働時間が当該職場における同種の業務に従事する通常の労働者の4分の3以上であること、の要件を満たす者をいう。 (※1) 契約期間が1年以上の者並びに契約更新により1年以上雇用されることが予定されている者及び1年以上使用されているものを含む。 検査を受ける労働者について、解雇、昇進、異動等に関する直接の権限を持つ管理的地位にある者は、検査の実施に従事してはならない。 ② 事後措置 ― 労働者側 ― ストレスチェックを受けた労働者に対し、当該検査を行った医師等から検査結果が通知されなければならず、この場合において当該医師等は、あらかじめ検査を受けた労働者の同意を得ないで検査結果を会社側へ提供してはならない(“同意あり”の場合は会社側へ検査結果を通知することも可能)。 検査の結果、ストレス度合いが高いと判定された労働者が医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出た時は、会社は当該申出をした労働者に対し、医師による面接指導を実施しなければならない。 面接指導の結果、会社は医師の意見を聞いた上で必要があると認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講じなければならない。 ― 会社側 ― ストレスチェックの実施者より職場ごとの結果を集団的に分析した結果の提供を受け職場環境の改善のために活用。 「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」(※ストレスチェックの結果報告書)を、1年以内ごとに1回、所轄労働基準監督署長へ提出しなければならない。 以上のような内容を年に1度、行わなければならない。筆者もかつて4回、労働者側としてストレスチェックを受診したことがある。質問冊子に書かれた内容(「はい・いいえ」「数段階での“当てはまる”度合いを問う問題」等)の回答を、マークシート式の回答用紙に鉛筆で記入するタイプで、回答には20分もかからない程度であり、1ヶ月ほどで窓付き封筒に入った個人の判定結果が送られてきた。筆者は紙媒体でのものを受診したが、Web回答で、結果もPDFファイルで送られてくるペーパーレスタイプのものもある模様だ。   3 今回の改正内容 2015年に施行された上記のストレスチェックの実施は、労働者数50人以上の事業場については業種などを問わず実施義務が課されていたが、50人未満の事業場については当分の間、“努力義務”とされていた。 しかし、2025年5月に可決・成立した法改正により50人未満の事業場についても実施が義務化され、すべての事業が対象となった。 理由としてはメンタルヘルス対策の取り組み割合が労働者数50人以上の事業場では91.3%となっているのに対し、30~49人では71.8%、10~29人では56.6%と低い水準であり、こうした現状の改善を目的としているところが大きい(※2)。 (※2) 厚生労働省ホームページ「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」メンタルヘルス対策への取り組み状況 とはいえ、労働者数が50人未満の小規模事業場にとっては新たに対応を求められる業務が増え、影響の大きい改正と考えられる。   4 施行時期 上記法改正については「50人未満の事業場の負担等に配慮し、施行までに十分な準備期間を確保する。」ということ、その施行期日が「公布後3年以内に政令で定める日」という内容が発表された。 具体的な期日については、本稿執筆時点の2025年7月現在では明確にはなっていないが、最も長い準備期間が確保された場合でも2028年5月までには実施が求められることになる。 なお、この制度ができた当時は2014年6月公布、2015年12月施行という、およそ1年半の準備期間であった。今回は小規模事業者を対象とした法改正であり、負担の面から“3年以内”というのが極端に短くなる可能性は低いと考えられるが、余裕を持った対応を心がけたい。 5以降では、2015年当時の準備内容も踏まえつつ、企業が行うべき対応や懸念点について解説する。   5 施行までに企業が行うべき対応と課題 ① 導入 もともと50人以上の労働者を使用する事業場ごとには産業医の選任が義務付けられており、今回の法改正前の段階では産業医と連携した上でストレスチェックを行っていたケースが多いと考えられる。 しかし、今回の対象となる50人未満の事業場には産業医の選任義務はなく、今回の法改正でも変更はないため、「ストレスチェックを誰に行ってもらうのか? 誰に相談するのか?」という疑問が生じるのではないだろうか。 実はこうした小規模事業者向けに、産業医サービスやストレスチェックの実施支援を行っている企業はいくつか存在する。産業医、保健師等の産業保健スタッフの紹介からストレスチェックの実施支援、会社の健康管理相談を承るような事業を行っている会社があり、筆者も懇意にしている会社がある。筆者顧問先の大部分を占める労働者数50人未満の会社からの希望により紹介を行うこともあり、中には、労働者数10名程度でも健康管理意識の高さから、紹介を希望されたケースもある。 ストレスチェックのみを実施してくれるようなサービスもあるので、3年の準備期間のうちに、余裕を持って事業選定を行い、自社に合うサービスに出会えたのであれば早めの相談を推奨する。 しかしその上では、当然の課題として、それらのサービス実施を受けるための金銭的負担、導入にあたっての時間的負担も新たに発生する。 ② 実施 実施にあたっては、プライバシー保護の課題があると考えられる。 会社はストレスチェックを実施後、集団の分析結果を受け取ることができるが、労働者が会社に検査結果の提供に同意していない場合でも、労働者の数が少なければ少ないほど集団分析の結果で個々の結果が容易に推測できてしまうと考えられる。 そして、「検査を受ける労働者について、解雇、昇進、異動等に関する直接の権限を持つ管理的地位にある者は検査の実施に従事してはならない。」という内容を制度概要で述べた。しかし、労働者数が少ない事業場においてはそうした担当者を用意する人的負担という課題も存在する。 また実施にあたっても時間的負担が発生し、特に少数精鋭で通常業務に当たっているような会社では、たかが数十分とはいえ通常業務に加えての対応が求められる負担は小さくないはずだ。   6 まとめ 5で述べたように、時間的、金銭的、人的等々、小規模事業者にとっての負担が大きい改正であることは否めない。 2015年の施行時には、施行7ヶ月前の5月に厚生労働省より「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」というものが発行されている。今回の改正にあたっても、厚生労働省の検討会資料でも「50人未満の小規模事業者の実態に即したマニュアルを策定すべき」という意見が出ており、何かしらのマニュアルや指針は示されると考えられるが、対応を求められる事業者の数や小規模事業者であるが故の負担を考え、早くそれらの内容が示されることを願う次第である。 本稿執筆の2025年7月時点では最新の情報はまだ発表されていないが、続報を待ちたいところである。   7 あとがき 本稿中に記載した通り、私は過去に4回、労働者としてストレスチェックを受診したことがあり、今回、本稿の執筆にあたり、当時の結果を久しぶりに探し出してみた。 筆者は新卒から2020年までの10年間、労働者2,000人程度の地域金融機関に勤務しており、施行当初よりストレスチェックの対象となっていた事業場に勤務していた。 以上のような内容が細かく項目別に数値化されたものであったが、当時を思い出しながら見返すと、当時の状況をよく反映していたと感じた。 退職を決意した年の最後のストレスチェックは要注意レベルに達しており、実際に自ら申し出て(社会保険労務士の勉強もしていたので、興味があったというのもあるが)、産業医面談を希望し受診した。その結果も、現在社会保険労務士の業務に従事することにつながった要因の1つである。 その他にも、「この時期は慕っていた上司が異動してしまい、代わりに来た上司とウマが合わず、苦労していた時期だった。」「この時期は子供2人のイヤイヤ期が重なり、かなり参っていた時期だった。」と、当時の状況を思い起こさせる数値が年別に並んでいた。 ストレスチェックとは若干異なるが、こうした診断ツールの進歩は驚かされるものがあり、筆者は顧問先に採用に関するアドバイスを求められた際は「適性検査」の実施を勧めている。「適性検査」にはストレスチェックと重なる内容があるのもさることながら、「向いている仕事内容」「ハラスメントの危険因子」「メンタルヘルス危険因子」「この回答で猫をかぶっている確率」などというものも、最近のツールでは判定可能なものがある。こうした目では見えない部分を“可視化”することで、ミスマッチを予防する狙いがある。 ストレスチェックも根本にあるのは「ストレス状態の“可視化”」である。可視化だけでも本人が自らの状態をより自認することにより、次の対策に進め、労働者本人にとっても会社にとっても不幸な結果を予防することにつながって欲しいと願う次第である。 (了)

#No. 634(掲載号)
#富山 直樹
2025/09/04

《税務必敗法》 【第4回】「e-Tax、eLTAXの送信を忘れた」

《税務必敗法》 【第4回】 「e-Tax、eLTAXの送信を忘れた」   公認会計士・税理士 森 智幸   【事例】 確定申告の期日に、顧問先のA社から「e-Taxのメッセージボックスを見たところ、法人税の確定申告に関する受信通知は来ているが、消費税の確定申告に関する受信通知は来ていない。消費税の申告はしてくれたのか?」という問い合わせの電話が来た。 担当者と上司が、電子申告ソフトを見てみると、送信ボックスに消費税の申告データが残ったままであった。原因は、担当者が法人税と消費税の申告データをまとめて送信したつもりが、操作方法の誤りにより、法人税の申告データしか送信できていなかったためであった。   1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「e-Tax、eLTAXの送信を忘れた」である。 近年は、e-Tax、eLTAXにより電子申告で申告書等を提出することが多くなった。しかし、電子申告は便利である反面、送信ミスのリスクがある。 そこで、今回は、電子申告の送信ミスの原因とその対策について解説する。 また、電子申告に関連する事項として、Windows10のサポート終了に関する国税庁の対応についても解説する。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。   2 電子申告の送信ミスをする原因 (1) 送信ボタンの操作ミス 送信ミスで想定されるのは、電子申告ソフトの送信ボタンの操作ミスである。例えば、送信ボタンを押して送信したつもりが、送信できていなかったというケースが想定される。 また、事例で紹介したように、複数の種類の申告書をまとめて送信するときに、操作ミスで一部の申告書しか提出できていなかったというケースも想定される。 実は、筆者がこのミスをしてしまったことがある。消費税の確定申告に関する受信通知が来ないのでおかしいな、と思い送信ボックスを見たところ消費税の申告データが残ったままだったのである。すぐに自分で気が付いたので事なきを得たが、電子申告ソフトの操作方法には十分注意すべきである。 (2) 後で出そうと思って忘れていた 申告等データを作成し、後で送信しようと思ったものの、うっかり忘れてしまうというケースも想定される。 例えば、申告等データを作成するのは無資格の担当者であるが、電子署名・送信を行うのは税理士、というように担当が別の場合も、連絡ミス等によって申告を失念する可能性がある。 (3) 退職時の引継ぎ漏れ 職員の退職時も注意すべきである。前任者が申告等データを作成したものの、まだ送信していない場合、後任者への引継ぎ漏れで送信を忘れてしまうことが想定される。 (4) データの未添付 データを添付したつもりが未添付だったということもありうる。例えば、提出すべき別表のPDFの添付漏れという事態が想定される。   3 送信失念の影響 (1) 無申告加算税等の発生の可能性 電子申告で申告書の送信を失念し、確定申告期限を過ぎてしまうと無申告となってしまう。無申告となると、原則として無申告加算税(地方税の場合は不申告加算金)の対象となる。 (2) 延滞税等の発生の可能性 ダイレクト納付や自動ダイレクトの場合、申告ができなければ口座振替による納付も行われない。その結果、期限後納付となり、延滞税や延滞金が発生することになる。 (3) 顧問契約の解除の可能性 期限後申告となると、顧問先からの信用を失い、顧問契約が解除となる可能性がある。 (4) 損害賠償の可能性 届出書、申請書、別表の送信ミスが損害賠償につながる可能性もある。次のように届出書の送信ミスによる損害賠償事例も発生している。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2021年7月1日~2022年6月30日版)』の事例14より引用) 関連する事例として、電子申告未対応の別表を、後日郵送で提出しようとしたものの、その郵送を失念してしまい、特別控除の適用を受けることができず損害賠償となった事例もある(株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月1日~2023年6月30日版)』の事例11より) なお、電子申告未対応の別表等については、PDF形式でも送信できる。この点は、国税庁「リリース前の別表等について」を確認されたい。   4 送信失念を防止するための対策 (1) 即時通知、受信通知を必ず確認する 申告等データを送信したら、即時通知と受信通知を確認することである。特に、受信通知は申告等データが税務署に到達したこと等を確認するものなので、受信通知が届いていないということは税務署に提出できていないということである。送信後は、メッセージボックスを必ず確認すべきである。 (2) 管理台帳を作成する 申告等データの作成と電子署名・送信の担当者が別である場合、連絡ミスや後で出そうと思って送信を忘れるというリスクがある。そのため、作成日と送信日を一覧にした管理台帳を作成して管理する方法が考えられる。 (3) 手続書を作成する 事務所内で、電子申告ソフトの使用方法に関する手続書を作成することも有用である。個人任せではなく、手続すべてを事務所全体で管理することが事故の防止につながるといえる。 (4) 退職者の引継ぎ事項を確認する 退職者が出た場合、申告等データを作成した後、未送信となっているものがないかどうかを引継ぎ時に確認するとよいであろう。 (5) 提出する申告書や別表を事前に整理する 電子申告に限った話ではないが、顧問先別に提出すべき申告書や別表を整理して一覧にしておくことも必要である。 筆者の周囲では、事業所税の申告書の提出を失念したため、不申告加算金約40万円が発生し、自己負担したという税理士がいる。事業所税のように顧問先によって提出の要否が異なる税金もあるので事前の整理が重要である。   5 Windows11への更新失念 (1) Windows10は推奨環境から除外へ Windows10は、2025年10月14日以降、Microsoftのサポートが終了する。 これに伴い、国税庁は同年4月25日付で「【重要】Windows 10をご利用の方へ」を公表し、同年10月14日以降、e-Taxソフトをはじめとしたソフト等の利用環境として、Windows 10を推奨しない予定であることを公表した。 これを受けて、税務申告ソフト各社も、OSをWindows10からWindows11に更新することをユーザーに呼び掛けている。 (2) Windows11に更新しなかった場合のリスク Windows11に更新しなかった場合、e-Taxソフトや市販の税務申告ソフトの動作がどのようになるかは不明であるが、仮に、Windows10で作動した場合であったとしても、例えば、申告時にエラーが発生するといったトラブルが想定される。 (3) 古いパソコンは要注意 Windows11への更新は無料であるが、古いパソコンだと対応できない可能性がある。そのため、現在使用しているパソコンがWindows11に対応しているかどうか確認しておくべきである。 今後、Windows10のサポート終了に伴うパソコンの買い替え需要が増加すると予想される。通常より納期が遅くなる可能性があるので、買い替えの場合は、早めの対応が必要である。   6 おわりに 今回は、e-Tax、eLTAXの送信の失念の原因や防止策について説明した。 何事もそうであるが、慣れたときにミスが出やすい。したがって、常に決められた手順に従い、丁寧に手続を進めるべきである。 本稿がe-Tax、eLTAXを使用する皆様の実務の参考になれば幸いである。 (了)

#No. 634(掲載号)
#森 智幸
2025/09/04

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第96話】「フェラーリは減価償却資産か?」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第96話】 「フェラーリは減価償却資産か?」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   浅田調査官は、昼食後に、ソファーにもたれて、判例(東京地裁令和5年3月9日判決)を読んでいる。 「・・・おかしいな・・・」 浅田調査官は、時々、呟きながら、思案顔になる。 そこに、昼食を終えた中尾統括官が、爪楊枝をくわえながら戻ってくる。 「・・・浅田君・・・休み時間ぐらい、のんびりしたらどうだい・・・」 熱心に判例を読んでいる浅田調査官に、中尾統括官は声をかける。 「・・・この判例って・・・おかしいと思いません?」 ソファーにもたれていた浅田調査官は、背筋を伸ばして中尾統括官の顔を見る。 差し出された判例の概要は、次のように記載されている。 「フェラーリF50・・・という車は・・・かなり高額なんだろう?」 中尾統括官は、浅田調査官に訊ねる。 「ええ、判例では・・・フェラーリF50は、フェラーリ社の歴史の中でも重要なコレクションカーであり、かつ、349台限定で製造されたことから、その機能面のみならず、美的側面や希少性も価格形成要因の相当部分を占めているものと認められる・・・と述べられています」 「・・・それで・・・いくらぐらいで売買されているの?」 中尾統括官が再度訊ねる。 「・・・数億円です・・・」 その答えを聞いて、中尾統括官は、驚く。 「・・・フェラーリF50って、そんな高いの?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・それで・・・フェラーリF50について、他の車両と同様に、減価償却をすべきかどうか、ということが争点になっているのです」 浅田調査官は、ソファーのテーブルで、譲渡所得の算式を書く。 「そして、取得費については、『使用又は期間の経過により減価する資産』であれば、減価償却相当額を控除することになります・・・」 「・・・例えば、1億円で購入したフェラーリF50を2億円で譲渡した場合、減価償却をしなければ、1億円がキャピタルゲインになりますが、減価償却を行い、その減価償却相当額が9,000万円であれば、1億9,000万円がキャピタルゲインとして課税されます・・・」 浅田調査官は、中尾統括官に説明する。 「なるほど・・・それでフェラーリF50が減価償却資産に該当するかどうかが争われた事件ということか・・・」 中尾統括官は、大きく頷く。 「ところで・・・裁判所は、フェラーリF50は、減価償却資産に該当するという判断をしていることに、君は納得しないということか?」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「ええ、フェラーリF50は自動車の機能を有していることから、車両として減価償却すべきだと述べています・・・しかし、その価格形成要因としては、機能面よりも、美的側面や希少価値・・・すなわち、減価償却をすることが妥当でない要因が大きいと思うのです・・・だから、単純に、フェラーリF50全てを減価償却することに疑問があります・・・」 そう言うと、浅田調査官は、再び、ペンを持って図を描く。 「すなわち・・・フェラーリF50の取得費を、図に示したように、その価格形成要因で按分すべきだと思うのです・・・車両の機能面については、自動車の専門家であれば、おそらく客観的に計算は可能なように思えます・・・そうすると、取得費から車両の機能面を原価計算で算出し、その金額を控除すれば、美的側面・希少価値の評価額が導かれます・・・そして、車両の機能面の価額(2,500万円)のみを減価償却すれば良いと思います・・・」 浅田調査官は、図を見ながら説明をする。 「・・・判例は、次のように、フェラーリF50は、骨とうではないから、減価償却すべきであるといっていますが、骨とうでなくても減価しないものは他に多くあるし、また、それは、長期間であるという必要性はないと思います・・・」 「・・・そして、次のように判断していますが、価格推移に不確定な面があることは、減価償却をするか否かに直接関係しないことだと思います・・・これは強引な結論と思います・・・」 「・・・もともと減価償却は、仮定を前提とした計算ですから、その算出方法に合理性があれば、車両の機能面のみを減価償却することも可能だと思うのですが・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 (つづく)

#No. 634(掲載号)
#八ッ尾 順一
2025/09/04

《速報解説》 各府省庁からの令和8年度税制改正要望が出揃う~研究開発税制の拡充・延長、大胆な投資促進税制の創設、暗号資産税制の見直し等~

《速報解説》 各府省庁からの令和8年度税制改正要望が出揃う ~研究開発税制の拡充・延長、大胆な投資促進税制の創設、暗号資産税制の見直し等~   Profession Journal編集部   本年も8月末から9月頭にかけて各府省庁より税制改正要望が公表された。 令和8年度税制改正要望では、国内産業基盤の維持・強化を図ることを目的とした設備投資や研究開発投資等の国内投資を後押しするための新税制の創設や研究開発税制などの既存制度の拡充・延長等が要望されているほか、時限措置として令和8年分所得税において講じられた生命保険料控除制度の拡充の恒久化や分離課税の導入を含めた暗号資産取引等に係る課税の見直し等の社会情勢に即した要望がされている。 以下では、令和8年度税制改正要望の一部を紹介する。   〇研究開発税制の拡充・延長及び大胆な投資促進税制の創設 経済産業省は、日本の成長力・国際競争力を高めるには中長期的に企業の研究開発投資の増加を促し、国際的に遜色のないイノベーション立地競争環境を確保するためのインセンティブ強化が必要として、研究開発税制の拡充及び延長を要望している。 具体的な要望内容としては、既存の一般型等とは別に日本の戦略技術領域を対象とした戦略技術領域型の創設、オープンイノベーション型の中に特定大学等戦略研究拠点との共同・委託研究の追加、大学等との共同・委託研究時の対象費用の明確化・手続き合理化、税額控除の繰越制度の導入、高度研究人材の活用に関する試験研究費の拡充、中堅企業に対するインセンティブ強化、試験研究費の範囲の明確化、一般型の控除率の上乗せ措置の適用期限の3年間延長(令和10年度末まで)等が示されている。 また、国内投資の拡大を通じて日本企業の「稼ぐ力」を向上させ、賃上げを含めた好循環を形成するため、5年間を集中投資期間と位置づけた上で、高付加価値化のための大胆な設備投資を促進する新税制の創設を要望しているものの、現状、具体的な要件等は明らかとなっていない。 そのほか、令和5年度に創設されたパーシャルスピンオフ税制(適用期限は令和9年度末)に関し、スタートアップの創出だけでなく、ノンコア事業を切り出し、コア事業に専念するための事業ポートフォリオの組替えも促進できるよう適用要件を見直した上で、本制度の恒久化を要望しているほか、車体課税の抜本見直し、オープンイノベーション促進税制の2年間延長(令和9年度末まで)等も要望している。   〇中小企業者等向けの主な税制改正要望 経済産業省から示された中小企業者等向けの主な改正要望としては、同じく上記の研究開発・イノベーション投資の促進を目的とした中小企業技術基盤強化税制における控除率の見直し等の拡充及び3年間の適用期限延長(令和10年度末まで)が要望されている。 また、事業承継税制に関しては、特例承継計画の期限延長が要望(※)されているほか、事業承継による世代交代の停滞や地域経済の成長への影響に係る懸念も踏まえ、事業承継の在り方について検討するとしている。 (※) 令和6年度税制改正と同様に、特例承継計画の提出期限の延長の要望であり、適用期限の延長は要望されていない。 加えて、1984年以来見直しがされていない企業の従業員への食事支給に係る所得税を非課税とする制度(従業員が食事価額の50%以上を負担し、企業が負担した金額が月額3,500円以下の場合に、食事に係る所得税を非課税とする制度)について、足元の物価上昇等を踏まえ、非課税限度額の引上げを行う見直しを要望しているほか、中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例措置については、昨今の経済状況等やインボイス制度の対応状況を踏まえた所要の見直しと2年間の適用期限延長(令和9年度末まで)を要望している。   〇暗号資産取引等に係る課税の見直し 令和7年度税制改正大綱において検討事項(下記参照)として織り込まれた暗号資産取引に係る課税については、暗号資産取引に係る必要な法整備と併せて、分離課税の導入を含めた暗号資産取引等に係る課税の見直しを金融庁が要望している。 ※自由民主党ホームページ「令和7年度税制改正大綱」の106頁より抜粋 また、NISAについては、あらゆる世代が自身のライフプランに沿った形で資産形成を行えるよう、対象商品の拡充を含めたNISAの一層の充実のための措置及びNISAに係る所在地確認の手続きの簡素化が要望されている。   〇生命保険料控除制度の拡充の恒久化等 そのほか、金融庁は農林水産省・厚生労働省・経済産業省との共同要望として、令和7年度税制改正により令和8年分所得税において講じられた生命保険料控除制度の拡充(23歳未満の扶養親族を有する場合の一般生命保険料控除枠の所得控除限度額に対する2万円の上乗せ措置)を恒久化すること等を要望している(現行は1年間の時限措置)。 なお、ここ何年か検討が続いている金融所得課税の一体化や文部科学省との共同要望である教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置の適用期限の3年間延長(令和10年度末まで)等も要望されている。   〇住宅ローン減税等の住宅取得等促進に係る所要の措置 国土交通省からは、住宅価格の高騰等による厳しい住宅取得環境を踏まえ、令和7年末に適用期限を迎える住宅ローン減税等について必要な検討を行い、所要の措置を講じること及び新築住宅に係る固定資産税の減額措置等についても同様の観点から所要の措置を講じることが要望されているほか、既存住宅のリフォームに係る特例措置及び居住用財産の買換え等に係る特例措置の2年間の延長等も要望されている。 (了)

#Profession Journal 編集部
2025/09/03
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