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国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正-防衛特別法人税等の企業への影響- 【第11回】

国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第11回】 (最終回)   公認会計士・税理士 荒井 優美子   38 高市政権の国家安全保障戦略 2025年11月21日、高市政権下の経済対策(「強い経済」を実現する総合経済対策~日本と日本人の底力で不安を希望に変える~、以下、「令和7年経済対策」)が閣議決定された。令和7年経済対策は、日本の目指すべき方向を、「責任ある積極財政」の下で「危機管理投資」と「成長投資」を進め、官民連携を強化し、戦略的な国内投資の拡大を通じて国力の増大を図ることとした。 令和7年経済対策は3本の柱(第1の柱:生活の安全保障・物価高への対応、第2の柱:危機管理投資・成長投資による「強い経済」の実現、第3の柱:防衛力と外交力の強化)を経済対策の基本的枠組みとする。 第1の柱は物価高対策による生活の安全保障の実現、第2の柱は「危機管理投資」を成長戦略の肝とする「強い経済」の実現、第3の柱は防衛力と外交力の強化による「強い日本」の実現を目的とする。第3の柱の防衛力と外交力の強化は、これまで、国家安全保障対策の一つとして、国土強靭化や経済安全保障(サプライチェーンの強化)と併せて一つの柱に盛り込まれていた。米国の政権交代や地政学リスクの高まりを受けて、国土強靭化や経済安全保障とは独立させて経済対策の一つの柱とされたと考えられる。 第2の柱における「強い経済」の実現に向けて、以下の5分野を中心に取組を強化するとしている。 「危機管理投資」と「成長投資」の対象には、17 の戦略分野(注)を指定し、予算・税制を通して投資の支援を実施することとしている。税制支援については、12月に閣議決定される令和8年度税制改正の大綱において示されると考えられる。 (注) ①AI・半導体、②造船、③量子、④合成生物学・バイオ、⑤航空・宇宙、⑥デジタル・サイバーセキュリティ、⑦コンテンツ、⑧フードテック、⑨資源・エネルギー安全保障・GX、⑩防災・国土強靱化、⑪創薬・先端医療、⑫フュージョンエネルギー、⑬マテリアル(重要鉱物・部素材)、⑭港湾ロジスティクス、⑮防衛産業、⑯情報通信、⑰海洋   39 国家安全保障戦略と防衛増税 国家安全保障戦略(2022年12月16日閣議決定)は、ロシアによるウクライナ侵攻を始めとする、パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化に対応し、「外交、防衛、経済安全保障、技術、サイバー、海洋、宇宙、情報、政府開発援助(ODA)、エネルギー等の我が国の安全保障に関連する分野の諸政策に戦略的な指針を与えるもの」として策定された。 国家安全保障戦略では、「2027年度において、防衛力の抜本的強化とそれを補完する取組をあわせ、そのための予算水準が現在の国内総生産(GDP)の2%に達するよう、所要の措置を講ずる。」としていたが、令和7年経済対策では、「補正予算と合わせて、2025 年度中に前倒して措置する。」と明記された。 国家安全保障戦略の決定を受けて、令和5年度税制改正の大綱(2022年12月23日 閣議決定)で、防衛力強化に係る財源確保のための税制措置を2027年度に向けて段階的に実施することを明記し、令和7年度税制改正の大綱(2024年12月27日 閣議決定)で、防衛特別法人税の創設とたばこ税の増税が明記された。 なお、所得税は、2027 年1月から1%増税(復興特別所得税を同率分引き下げ)する方針で、令和8年度の税制改正の大綱に盛り込むとされている。   40 国家安全保障戦略と経済安全保障 我が国を取り巻く安全保障環境と国家安全保障上の課題として、経済安全保障の必要性の拡大が挙げられ、その戦略的なアプローチは、経済安全保障政策の促進のための、①自律性、優位性、不可欠性の確保等、②レアアース等の重要物資の安定供給確保等によるサプライチェーン強靭化、③セキュリティ・クリアランスを含む我が国の情報保全の強化の検討等であるとしている。 戦略物資についてサプライチェーンの供給リスクに対応すべく、経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)が2022年5月に公布され、国民の生存や、国民・生活経済に甚大な影響のある物資で安定供給を確保すべき物資が指定された(注)。 (注) 抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物、船舶の部品、先端電子部品(コンデンサー及びろ波器) 経済安全保障の確立及び国内生産基盤の強化に係るインフラ整備として、重要物資安定供給のための設備投資等の税制支援が、戦略分野国内生産促進税制として令和6年度税制改正により創設されたが、対象とされたのは半導体を含む5分野である(注)。 (注) 電気自動車等、グリーンスチール、グリーンケミカル、持続可能な航空燃料(SAF)、半導体(マイコン・アナログ半導体) 重要鉱物の開発支援は、令和7年度税制改正により、減耗控除制度(探鉱準備金又は海外探鉱準備金、新鉱床探鉱費又は海外新鉱床探鉱費の特別控除)の拡充及び延長が行われた。今後も探鉱ニーズや費用の拡大が様々な要因で予想される(注)ため、探鉱活動を加速する必要があるとされている(令和7年度(2025年度)経済産業関係 税制改正について)。 (注) ①天然ガス・石油:将来的な需給ギャップ、エネルギートランジッションの不透明さから生じる需要サイドの振れ、ウクライナ危機や中東情勢の悪化、②金属鉱物:GX・DX の進展に伴う銅の需要増加による需給ギャップ拡大、レアメタルに対する中国の貿易管理措置への対応、銅鉱山の開発費の高騰等の探鉱費の上昇   41 17 の戦略分野と税制支援 17の戦略分野について、税制の対応では、研究開発税制での既存制度の見直しと、成長分野への大胆な投資、即時償却等の大胆な設備投資税制の導入が明記されている。 具体的に、どの分野について税制支援措置が設けられるかは、令和8年度の税制改正大綱に明記されると考えられるが、従来にも増して経済安全保障の強化をより意識した制度となることが想定される。   (連載了)

#No. 649(掲載号)
#荒井 優美子
2025/12/18

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第86回】「オウブンシャホールディング事件 (地判平13.11.9、高判平16.1.28、最判平18.1.24)(その2)」~法人税法22条2項の「取引」の解釈~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第86回】 「オウブンシャホールディング事件 (地判平13.11.9、高判平16.1.28、最判平18.1.24)(その2)」 ~法人税法22条2項の「取引」の解釈~   税理士 中野 洋     5 争点 本件訴訟の争点は以下のとおりである。本稿では争点1のみを検討する。   6 当事者の主張 争点1に関する当事者の主張は、大要以下のとおりである。 《Yの主張》 X社は、A社の100%株主として、本件増資決議により、自らの意思に基づき、X社の保有するA社株式の資産価値の大半をB社に取得させた。 本件増資は、X社、A社及びB社の合意に基づき、A社株式の資産価値を分割し、対価を得ることなく、その資産価値の一部をX社からB社に移転させたもので、法22条2項の無償による資産の譲渡又はその他の取引に該当する。 資産の譲渡又はその他の取引とは、法人が資産に対する管理支配権を行使してその資産価値の全部又は一部を他に移転することであり、法律行為的な取引に限定されない。 《Xの主張》 本件増資においては、X社の保有する旧株式200株についての利得は、実現されることなく失われたのであり、未だ実現していない利得は、課税されるべきではない。 法22条2項の「取引」について税法上格別の規定がない以上、その意味は一般私法におけるのと同じと解すべきである。 非按分的有利発行増資の場合、新株主に払込価額と時価との差額について、受贈益として課税されるが、旧株主には課税されないと解釈すべきである。   7 第一審の判示 Yが行った課税処分は法132条(同族会社の行為計算否認)の規定を適用したものであり、当初から同条の適用を主張していたが、第一審の審理中に法22条2項を主位的主張、法132条を予備的主張とする旨の主張の変更を行っている。 【図2】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 第一審の判示は、法22条2項の適用について「本件増資は、・・・新株の払込を受けたA社と有利な条件でA社から新株の発行を受けたB社の間の行為にほかならず、X社はB社に対して何らの行為もしていないというほかない・・・実質的にみてX社の保有するA社株式の資産価値がB社に移転したとしても、それがX社の行為によるものとは認められないから、・・・法22条2項を適用すべきである旨のYの主位的主張には理由がない。」(下線筆者)と述べ、Yの予備的主張である法132条の適用についても「X社の保有するA社株式の資産価値がB社に移転したことが、X社自らの行為によるものとは認められないこと・・・X社にはもともと法人税が課されないのであるから、・・・法人税の負担を不当に減少させる余地はない。」(下線筆者)などとして、これを斥けた。 上記のとおり、第一審では、私法上の法律関係を重視した判示をしている。すなわち、本件非按分的有利発行増資では、たとえX社の保有するA社株式の資産価値がB社に移転したとしても、私法上はあくまでも発行会社(A社)と新株引受人(B社)間の取引であり、既存株主(X社)は何ら取引に関与していない。資産価値の移転がX社の行為と認められない以上、X社に対する法22条2項の適用も、法132条の適用も、理由がないということになる。   8 控訴審の判示 控訴審の判示は、概ねYの主張に沿っている。X社の持株割合の減少は、既存株主X社と新株引受人B社間の「合意」に基づくもので、X社からB社への無償による「持分の譲渡」にあたるとした。曰く「持株割合の変化は、各法人及び役員等が意思を相通じた結果にほかならず、X社は、B社との合意に基づき、同社からなんらの対価を得ることもなく、A社の資産につき、株主として保有する持分16分の15及び株主としての支配権を失い、B社がこれらを取得したと認定評価することができ、・・・それが両者の合意に基づくと認められる以上、両者間において無償による上記持分の譲渡がされたと認定することができる。」 さらに、「持分の譲渡」は、法22条2項の「資産の譲渡」に当たるとしながらも、同項の「その他の取引」にも当たると判示する。曰く「両社間における無償による上記持分の譲渡は、法22条2項に規定する「無償による資産の譲渡」に当たると認定判断することができる。尤も、上記「持分の譲渡」は、同項に規定する「資産の譲渡」に当たるとすることに疑義を生じ得ないではないが、「無償による・・・その他の取引」には当たると認定判断することができるというべきである。」 上述部分によると「持分の譲渡」が、法22条2項の「資産の譲渡」なのか「その他の取引」なのか釈然としないが「上記規定にいう「取引」は、その文言及び規定における位置づけから、関係者間の意思の合致に基づいて生じた法的及び経済的な結果を把握する概念として用いられていると解せられ、上記のとおり、X社とB社の合意に基づいて実現された上記持分の譲渡をも包含すると認められる。」として、「関係者間の意思の合致」が「取引」に該当するための「必要条件」であるという認識を示している。 さらに、収益認識の時点について「本件において、法22条2項に規定する無償による「資産の譲渡」又は「その他の取引」は、遅くも、B社により引き受けた増資の払込みがされた時に発生したと認められる。」と続けた。この点については、法22条2項が実現原則にもとづく益金計上を要請し、未実現利益に課税しない規定と解すれば、この判示にも疑義が生じるところである。   9 上告審の判示 最高裁の判示は、概ね控訴審の判示に沿っている。結論部分では、まずX社が一連の取引を管理・支配できる立場にあった点(事実関係)を重視し、X社の意図や当事者の意思の存在を認定する。曰く「前記事実関係等によれば、X社は、A社の唯一の株主であったというのであるから、第三者割当により同社の新株の発行を行うかどうか、だれに対してどのような条件で新株発行を行うかを自由に決定することができる立場にあり、著しく有利な価額による第三者割当増資を同社に行わせることによって・・・第三者に移転させることができたものということができる・・・X社が、A社の唯一の株主の立場において・・・A社株式200株に表章されていた同社の資産価値の相当部分を対価を得ることなくB社に移転させることを意図したものということができる・・・また、前記事実関係等によれば、上記の新株発行は、X社、A社、B社及びC財団の各役員が意思を相通じて行ったというのであるから、B社においても、上記の事情を十分に了解した上で、上記の資産価値の移転を受けたものということができる」 次いで、X社とB社間の「合意」を認定する。当該合意は、結論部分の「取引」該当性を判断する上で重要な要素となる。曰く「以上によれば、X社の保有するA社株式に表章された同社の資産価値については、X社が支配し、処分することができる利益として明確に認めることができるところ、X社は、このような利益を、B社との合意に基づいて同社に移転したというべきである。」なお、当該「合意」の認定に際しては、第一審から上告審を通じて、これを裏付ける文書や記録などの直接証拠の存在について、一切触れられていない。先に述べた当事者の意思や意図と同様に、専ら事実関係という状況証拠により、高裁及び最高裁が認定したようである。 最後に、次のように述べ、当該合意が法22条2項の「取引」に当たるとした。「したがって、この資産価値の移転は、X社の支配の及ばない外的要因によって生じたものではなく、X社において意図し、かつ、B社において了解したところが実現したものということができるから、法22条2項にいう取引に当たるというべきである。」 上記、結論部分の最後に述べる「取引」該当性の判断要素は2つである。1つは「資産価値の移転が、X社の支配の及ばない外的要因によって生じたものではないこと」であり、2つ目は「X社において意図し、かつ、B社において了解したところが実現した」ことである。最高裁の判示では、これら2つの要素が満たされることを「取引」とされるための「十分条件」に過ぎないと解しており(※4)、これらを「必要条件」と解した控訴審判示とは異なる点が指摘されている。 (※4) 岡村忠生、高橋祐介、田中晶国「有利発行課税の構造と問題」『新しい法人税法』有斐閣(2007年)279頁。 このように、本件では、一定の支配関係下において、非按分的有利発行増資が行われた場合、状況証拠を総合的に評価することで、事実上の「合意」が認定され、株主間で生じた「持分」ないし「資産価値」の移転が、法22条2項の「取引」に当たると判断された。 ((その3)へ続く)

#No. 649(掲載号)
#中野 洋
2025/12/18

〈経理部が知っておきたい〉炭素と会計の基礎知識 【第15回】「ガバナンスの開示 ~監督と執行、どう伝える?」

〈経理部が知っておきたい〉 炭素と会計の基礎知識 【第15回】 「ガバナンスの開示 ~監督と執行、どう伝える?」   公認会計士 石王丸 香菜子   〔ジャーナル食品社の登場人物〕 *  *  * 伝えたい情報の性質によっては、文章よりも図による表現が適する場合があります。 四半世紀ほど前の有価証券報告書は、数字と文章・表が中心でしたが、近年では部分的に図を用いる事例が増えています。特に、「第2 事業の状況」の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の欄では、経営理念やビジョン、中期経営計画などを説明する際に図が活用される事例が目立ちます。 *  *  * *  *  * 【「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄におけるガバナンスの開示で利用される図のイメージ】 *  *  * *  *  * 2025年3月期決算企業の有価証券報告書についてSSBJ基準を早期適用した事例は確認されていません。ただし、SSBJ基準の公表に先立ち、我が国の有価証券報告書には「サステナビリティに関する考え方及び取組」の欄が設けられており、①ガバナンス・②戦略・③リスク管理・④指標及び目標という4要素に基づく開示の枠組みがすでに採用されています(【第14回】参照)。 また、SSBJ基準はTCFD提言の基本的な枠組みを踏襲しています(【第12回】参照)。これまでTCFD提言に沿った開示を行ってきた企業の開示例を参考とすると、SSBJ基準が求める開示の方向性をイメージしやすくなります。 *  *  * *  *  * 【㈱大和証券グループ本社 2025年3月期有価証券報告書】 (第2 事業の状況 2【サステナビリティに関する考え方及び取組】より抜粋) (※) 脚注(★)は筆者による *  *  * ①「ガバナンス機関又は個人に関する情報」については、SSBJ基準でも、監督責任の所在や、その責任がどのように権限や方針に反映されているか、監督を行うにあたりサステナビリティ関連のリスク及び機会をどのように考慮しているか、などを開示することが求められます。 *  *  * *  *  * 一方、②「経営者の役割に関する情報」については、業務執行に関する役割の委任の状況などを開示することが求められます。 *  *  * *  *  * なお、【第14回】で見たように、「一般基準」と「気候基準」はどちらも4つのコア・コンテンツを定めています。「気候基準」で求められるガバナンスに関する開示事項は、「一般基準」で求められるガバナンスに関する開示事項と共通します。 *  *  * *  *  * (例) *  *  * *  *  * ガバナンスに関する情報は、一定要件を満たせば、有価証券報告書の他の箇所に記載し、それを参照する形でサステナビリティ関連財務開示に含めることもできると考えられます。 *  *  * *  *  * Q サステナビリティに関するガバナンスについてどのような開示をするの? A ①サステナビリティ関連のリスク及び機会の監督に責任を負うガバナンス機関又は個人に関する情報と、②ガバナンスのプロセス、統制及び手続における経営者の役割に関する情報を開示します。各社の状況に応じて、工夫や具体的な書き方はさまざまになると考えられます。 (了)

#No. 649(掲載号)
#石王丸 香菜子
2025/12/18

連結会計を学ぶ(改) 【第11回】「のれん及び負ののれんの会計処理」

連結会計を学ぶ(改) 【第11回】 「のれん及び負ののれんの会計処理」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 資本連結では、親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本は相殺消去され、消去差額が生じた場合には当該差額をのれん又は負ののれんとして会計処理することになる(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)24項、59項、64項)。 今回は、のれん及び負ののれんの会計処理について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 投資と資本の相殺消去 支配獲得時における資本連結の手続には次のものがある(「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号。以下「資本連結実務指針」という)3項)。 連結貸借対照表の作成に関する会計処理における企業結合及び事業分離等に関する事項のうち、連結会計基準に定めのない事項については、「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号。以下「企業結合会計基準」という)や「事業分離等に関する会計基準」(企業会計基準第7号)の定めに従って会計処理する(連結会計基準19項、資本連結実務指針7-2項)。 1 基本的な考え方 投資と資本の相殺消去に際して、親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本が同額の場合には、差額が生じず、のれん又は負ののれんは計上されない。 しかしながら、親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本が同額でない場合には、差額が生ずることとなり、当該差額がのれん又は負ののれんとして会計処理される(連結会計基準24項)。 作成のイメージは、おおむね次の図表のとおりである。 【図表:連結貸借対照表の作成プロセスのイメージ】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 連結精算表の作成 【設例1:親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本が同額のケース】 【設例2:親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本に差額が生ずるケース(のれんの計上)】 【設例3:親会社の子会社に対する投資とこれに対応する子会社の資本に差額が生ずるケース(負ののれんの計上)】   Ⅲ のれんの会計処理及び表示 のれんは、企業結合会計基準32項に従って会計処理する(連結会計基準24項)。 のれん又は負ののれん(純額)が発生する企業結合において、契約等により取得の対価がおおむね独立して決定されており、かつ、内部管理上独立した業績報告が行われる単位が明確である場合は、当該業績報告が行われる単位ごとにそれを分解してのれん又は負ののれんを算定し、処理する(資本連結実務指針22項)。 1 のれんの会計処理 のれんは、資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却する。ただし、のれんの金額に重要性が乏しい場合には、当該のれんが生じた事業年度の費用として処理することができる(企業結合会計基準32項)。 のれんは、その効果の発現する期間にわたって償却し、投資の実態を適切に反映させる必要があり、のれんの償却に当たっては、その効果の発現する期間を見積もり、原則としてその計上後20年以内の期間において、子会社又は業績報告が行われる単位(資本連結実務指針22項)の実態に基づいた適切な償却期間を決定しなければならない(資本連結実務指針30項、企業結合会計基準32項、「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第10号。以下「結合分離等適用指針」という)382項)。 のれんの償却に際しては、次の事項に留意する(結合分離等適用指針76項、380項から382-2項、448項)。 2 のれんの減損会計 のれんは「固定資産の減損に係る会計基準」(平成14年8月、企業会計審議会)の適用対象資産となることから、規則的な償却を行う場合においても、「固定資産の減損に係る会計基準」に従った減損処理が行われることになる(企業結合会計基準108項)。 特に、次の場合には、企業結合年度においても減損の兆候が存在すると判定される場合もあるとされているので、実務上、注意が必要である(企業結合会計基準109項、結合分離等適用指針77項)。 なお、のれんの減損損失を認識すべきであるとされた場合には、減損損失として測定された額を特別損失に計上することになる(結合分離等適用指針77項)。 3 のれんの表示 のれんは無形固定資産の区分に表示し、のれんの当期償却額は販売費及び一般管理費の区分に表示する(企業結合会計基準47項)。 連結財務諸表に注記する会計方針等には、重要な資産の評価基準及び減価償却方法のほか、のれんの償却方法及び償却期間が含まれる(連結会計基準43 項(3)、73項)。 4 子会社株式の減損処理とのれん 資本連結実務指針32項は次のように規定しているので、実務上、当該会計処理に注意が必要である。 なお、のれんの減損処理は、資本連結実務指針33項に規定されている。   Ⅳ 負ののれんの会計処理及び表示 負ののれんは、企業結合会計基準33項に従って会計処理する(連結会計基準24項)。 1 負ののれんの会計処理 負ののれんが生じると見込まれる場合には、次の処理を行う。ただし、負ののれんが生じると見込まれたときにおける取得原価が受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額を下回る額に重要性が乏しい場合には、次の処理を行わずに、当該下回る額を当期の利益として処理することができる(企業結合会計基準33項)。 資本連結実務指針は、負ののれんが生じると見込まれる場合には、まず、すべての識別可能資産及び負債が把握されているか、また、それらに対する取得原価の配分が適切に行われているかどうかを見直し、それでもなお取得原価が受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額を下回り、負ののれんが生じる場合には、当該負ののれんが生じた事業年度の利益として処理すると規定している(資本連結実務指針30項、企業結合会計基準33項)。 負ののれんの会計処理に際しては、次の事項に留意する(結合分離等適用指針78項)。 2 負ののれんの表示 負ののれんは、原則として、特別利益に表示する(企業結合会計基準48項)。   (了)

#No. 649(掲載号)
#阿部 光成
2025/12/18

給与計算の質問箱 【第72回】「育児休業期間中の賞与」

給与計算の質問箱 【第72回】 「育児休業期間中の賞与」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社は2025年12月25日に冬季賞与を支給する予定です。2025年8月1日から育児休業を取得している従業員Aにも冬季賞与30万円を支給する予定です。Aの育児休業期間中の給料は0円で、育児休業の終了時期は来年6月の予定です。Aの賞与の計算についてご教示ください。 A 以下、解説する。 * * 解 説 * * 1 社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料) 社会保険料は、賞与を支払った月の月末を含んだ連続した1ヶ月を超える育児休業を取得した場合に免除される。短期の育児休業を取得した場合には免除されないこともある。 今回のケースでは、賞与を支払った月の月末である12月31日を含んだ連続した1ヶ月を超える育児休業を取得しているので、社会保険料は免除される。 (出典) 厚生労働省リーフレット   2 雇用保険料 雇用保険料は、免除されない。賞与300,000円×雇用保険料率0.55%=雇用保険料1,650円を控除する。   3 源泉所得税 前月11月の社会保険料等控除後の給与等の金額は0円なので、賞与の金額に乗ずべき率は0%となる。賞与300,000円×税率0%=源泉所得税0円である。   4 差引支給額 上記1~3より、賞与300,000円―雇用保険料1,650円=差引支給額298,350円である。 (了)

#No. 649(掲載号)
#上前 剛
2025/12/18

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第72回】「知っているようで知らない「固定資産税評価における路線価付設」の基礎知識」

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第72回】 「知っているようで知らない「固定資産税評価における路線価付設」の基礎知識」   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 現在、不動産鑑定士の行う鑑定評価は、固定資産税評価額の基となる路線価の付設に当たり、公示価格(都道府県地価調査価格を含みます)とともに活用され、固定資産評価基準(以下、「評価基準」といいます)においてもきわめて重要な位置付けにあります。それは、地価公示等の地点数は固定資産税の標準宅地の数(※1)に比べて限りがあるため、これを補足する意味で不動産鑑定士による標準宅地の鑑定評価が実施されているからです。 (※1) 標準宅地とは、用途や道路幅員、交通条件、行政上の諸条件(建蔽率、容積率ほか)等が類似する1つの地域(地区)において、間口・奥行、面積、形状等が普遍的な状況にある宅地を対象として選定されたものです(平成6年度評価替え時点では全国で約36万地点)。なお、令和7年の地価公示の地点数は全国で2万6,000地点、同じく都道府県地価調査の地点数は全国で約2万1,000地点となっています。 また、公示価格や鑑定評価によって求められた価格の7割を目安に路線価を付設することは周知のことと思われますが、どのような仕組みで活用されているのかについては意外と知られていないようです。 そこで、今回は評価基準における鑑定評価の活用の仕組みについて述べてみたいと思います。 なお、固定資産税評価額の算定方式には、「市街地宅地評価法」と「その他の宅地評価法」とがあり、市街地的形態を形成する地域には前者の方式が適用され、宅地の面する街路に路線価が付設されます(後者の方式が適用される地域では路線価は付設されません)。 本稿では、「市街地宅地評価法」が適用される地域を前提に解説を行うことを、あらかじめお断りしておきます。 参考までに、【別添図面】は固定資産税評価における路線価図の一例です(相続税の財産評価における路線価図とは別のものです)。   2 評価基準における鑑定評価の位置付け 評価基準には、経過措置として以下の規定が置かれています(下線は筆者。以下同様)。 〇評価基準第12節 経過措置 固定資産税の評価替えは3年に1度実施されます。前回の評価替えは令和6年度に実施されましたので、次回は令和9年度が評価替え基準年度に該当します。そのため、以下、上記経過措置に規定されている内容を令和9年度の評価替えに即して、鑑定評価価格との関連を説明したいと思います。 まず、令和9年度の初日の属する年の前年の1月1日、すなわち令和8年1月1日現在の鑑定評価価格が標準宅地の適正な時価を求める指標として活用されるということです。すなわち、令和8年1月1日が鑑定評価における価格調査基準日とされます。 これを前提として鑑定評価価格が求められた後に、その70%の水準を目途に標準宅地の適正な時価が評定される仕組みとなっています。なお、算式の基本は次のとおりです。 〇鑑定評価によって求める標準宅地の適正な時価 令和9年度の評価替えに際し、令和8年1月1日現在の鑑定評価価格がベースとされるのは市町村等における作業スケジュールを踏まえてのことです(全国的に膨大な数の筆の評価替え作業を令和9年に入ってから行うことは、その作業量から判断して事実上極めて困難であるからです)。 そこで問題とされるのは、鑑定評価の価格調査基準日は基準年度よりも前のものとなっているため、その間に地価変動があった場合はどのように取り扱われるかということです。 これに関しては、価格調査基準日から半年間に標準宅地等の価額が下落したと認める場合には、評価額に一定の方法により修正を加えることができる旨の措置がなされています(「評価基準第1章第12節二」によります(※2))。 (※2) 反対に、半年間に地価が上昇したと認められる場合は、納税者の負担等を考慮して評価額は据え置かれます。 なお、令和7年5月29日総税評第17号総務省自治税務局資産評価室長から各道府県総務部長および東京都総務・主税局長宛ての通知(令和9年度固定資産の評価替えに関する留意事項について)においても、価格調査基準日以降の評価額の下落修正措置に関し、「令和8年1月1日以降の地価動向(※3)によっては、評価基準第1章第12節二と同様の措置を講ずる予定であること。」とされています。 (※3) 筆者注。価格調査基準日(令和8年1月1日)から半年間(令和8年7月1日まで)の地価動向を指します。   3 路線価付設に当たっての鑑定評価価格の具体的活用方法 路線価を付設する過程で鑑定評価価格が活用されることは既に述べたとおりですが、評価基準の経過措置には「鑑定評価額」ではなく、「鑑定評価から求められた価格」(=鑑定評価価格)という表現が用いられています。その使い分けは以下の考え方に基づいています。 〇鑑定評価価格 〇鑑定評価額 なお、路線価は通常、同じ路線に宅地の一面が接する間口・奥行、面積、形状等が普遍的な宅地を想定して、まとまった街区ごとに付設しますが、鑑定評価の対象となった宅地が、例えば角地のように価格形成要因が優る土地の場合、ここで求められた鑑定評価額の70%そのもので路線価を付設すれば、道路に一面が接する宅地についても角地並みの路線価が付されてしまう結果となります。 そのため、路線価を付設するに当たりその基とする価格は、鑑定評価書に記載された近隣地域における標準的な画地の価格(=通常、道路に一面が接する宅地の価格)とされています(もっとも、標準的な画地と鑑定評価の対象宅地の価格形成要因に相違(格差)が認められない場合には、結果として、標準的な画地の価格=鑑定評価額となります)。 路線価付設作業に当たり、このような注意を喚起する目的もあり、固定資産税に係る鑑定評価書の様式(紙面の都合上掲載は割愛させていただきます)は、「1㎡当たりの標準的な画地の価格(=標準価格)」と「1㎡当たりの鑑定評価額」とを併記する形で作成されています(この点が固定資産税評価に用いる鑑定評価書の特徴ともいえます)。 一般の鑑定評価においても、近隣地域における標準的な画地を設定の上、対象不動産の鑑定評価額にアプローチする方式がよく用いられますが、その場合でも、鑑定評価額の欄に標準的な画地の価格を併記している様式はほとんど見受けられません。   4 まとめ 今回は、知っているようで知らない「固定資産税評価における路線価付設」の基礎知識 について解説を行いました。特に留意しておきたい点は以下のとおりです。 (了)

#No. 649(掲載号)
#黒沢 泰
2025/12/18

《税理士のための》登記情報分析術 【第31回】「株式会社の設立登記について」~設立登記手続の流れとポイント~

《税理士のための》 登記情報分析術 【第31回】 「株式会社の設立登記について」 ~設立登記手続の流れとポイント~   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【第30回】では設立登記を受任した場合に、依頼者からヒアリングすべき事項について解説をした。ヒアリングが済めば司法書士は必要書類を作成し、定款認証の予約などを進めていくことになる。 本稿では依頼者からのヒアリング後の設立登記手続の流れやポイントについて解説を行う。   〇 設立登記手続の流れ 設立登記手続の主な流れとポイントは次のとおりである。 (1) 依頼者からのヒアリング、必要書類の案内 依頼者からヒアリングすべき事項やポイントは【第30回】で解説したとおりである。ヒアリングの段階で、依頼者に準備してもらう書類等の案内をしておくと手続全体がスムーズに進む。依頼者に案内をする書類等は次のとおりである。 【依頼者に案内をする書類等】 このうち意外と忘れがちになるのが会社実印である。依頼者は会社実印の作成が必要であることを知らないことが多いため、会社名が決まった段階ですみやかに作成の案内をするとよい。早ければ数日で作成することもできるが、チタン製などこだわった印鑑にする場合には作成に時間を要することもある。 (2) 定款案文作成、設立登記に関する書類への押印 依頼者からヒアリングした事項をもとに、定款案文やその他の設立登記に関する書類を作成し、依頼者から押印をもらい印鑑証明書等の必要書類を預かることになる。依頼者から押印をもらう書類は他の登記手続に比較して多いため、郵送よりは対面で押印をもらうことが望ましいといえる。 【依頼者から押印をもらう主な書類】 (3) 定款認証 作成した定款は、公証人役場で法律に適合していることを確認してもらう「定款認証」の手続を経る必要がある。事前に司法書士が定款案文について公証人役場と打ち合わせを行い、調整が完了したら定款認証の予約を取ることになる。 すぐに予約を取ることはできず、2週間ほど先の日程になることもあるため、スケジュールを立てるうえで注意をするとよいだろう。なお、近年では定款認証に際して、設立する法人の実質的支配者が暴力団やテロリストに該当するか否かの申告をすることとなっており、事務の手間が増加している。 (4) 資本金の発起人口座への振込み 設立登記手続のなかで手間取ることが多いのが、資本金の発起人口座への振込みである。資本金となる金額を発起人の銀行口座に振込み、そのコピーをとるのだが、誤解が生じやすいのが以下の点である。 ① 振込みを行う銀行口座 資本金の振込みを行う銀行口座は原則として発起人名義の銀行口座である。発起人が複数存在する場合は、それぞれの銀行口座に出資金の振込みをしてもよいが、発起人のうち1人の銀行口座に振込むこともできる。 設立する会社の銀行口座は設立登記が完了するまで存在しないため、発起人の銀行口座へ振込むのだが、このことがすぐには理解ができない依頼者も少なくない。資本金の振込みの案内をすると「まだ会社の口座はできていない」というリアクションが返ってくることもある。 ② 振込み金額 発起人の銀行口座へは、設立する会社の資本金の額とする金額を振込む必要がある。仮に資本金の額を100万円とするのであれば、100万円を振込む必要がある。すでに口座残高が100万円ある場合でも、あくまで100万円を振込み、その履歴が必要となる。 ③ コピーをとる通帳のページ コピーをとる通帳のページは、表紙、表紙を1枚めくった中表紙、資本金が振込まれているページである。銀行名、支店名、口座種別、口座番号、名義人、振込まれた資本金の額の情報等が必要になるためである。インターネットバンキングの場合は、紙の通帳のように表紙などはないが、銀行名、支店名、口座種別、口座番号、名義人、振込まれた資本金の額等の情報が書かれたページをプリントアウトするなどして対応することになる。 (5) 設立登記申請、登記完了 定款認証を終えて、設立登記に必要な書類が揃ったら管轄の法務局に登記申請をすることになる。設立登記を申請した日が会社の設立日となり、現状では土日祝日、年末年始は法務局が閉庁しているため設立日とすることはできないが、令和8年2月2日からは休日等を設立日とすることが可能となることは【第30回】で解説したとおりである。 設立登記を申請してから完了までは、1週間程度の時間が必要になる。設立登記が完了するまでは登記事項証明書や印鑑証明書が取得できないため、設立した会社の銀行口座を開設できないことから登記の完了予定日を気にしている依頼者が多い。筆者は登記申請時点で見込みを伝えておき、依頼者の予定が立てやすいように工夫をしている。   (了)

#No. 649(掲載号)
#北詰 健太郎
2025/12/18

《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第30回】「自らの“生き方”を支えるために必要な“お金の知識”」

《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第30回】 (最終回) 「自らの“生き方”を支えるために必要な“お金の知識”」   株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝   〇NISA等の税制優遇制度の拡充に注目 令和8年度の税制改正大綱に盛り込まれることが予想される、NISA等の税制優遇制度の拡充に注目が集まっています。 本稿執筆時点(2025年12月11日)における新聞報道等によると、NISAは18歳未満に年間積立投資枠60万円、総額600万円の非課税枠を設定し、教育費の運用を可能とするようです。また、早ければ2027年にスタートする見込みです(正確な拡充内容については今後公表が予定されている令和8年度税制改正大綱をご参照ください)。 iDeCoの拡充も予定されています。こちらは2025年の年金制度改正により、掛金上限額の引上げや加入可能年齢の引上げ(70歳まで)が決定し、2027年開始予定と言われています。 掛金上限額の大幅引上げは、若い時からしっかりと老後資金を作りたいという方には朗報です。第1号被保険者は、月68,000円から75,000円に7,000円引き上げ、第2号被保険者で会社に企業年金がない方の場合、月23,000円から62,000円に39,000円の大幅増とされています。企業年金がある方の場合、iDeCo以外の制度の掛金との合計が62,000円になります。 それぞれ掛金が大きく引き上げられることで、将来の老後資産をより大きくする可能性が出てきますし、掛金が増えると確実に所得控除額が増え節税額も増えます。   〇税制優遇制度拡充の「背景」 最近の税制優遇制度拡充の動きを見ていると、「その背景」を知らずして傍観していてはいけないのだということをつくづく感じます。 老後の生活資金として最も重要な公的年金は、購買力を維持するための機能「物価スライド」が、かつてほど有効に働いていない状態です。これは「マクロ経済スライド」という抑制が効いているためで、物価上昇に対して年金額の上昇は抑えられています。 マクロ経済スライドは、年金財政の均整がとれるようになるまで継続させるという方針ですが、最近は「適用拡大」がうまく進み、厚生年金についてはすでに抑制期間が短縮できるほど財源のめどがついています。 実際、適用拡大により低年金が懸念されていた短時間労働者が厚生年金に加入することにより、国民年金に上乗せで厚生年金が受けられるようになる、あるいは会社員の厚生年金に入ることにより、傷病手当金など保障が手厚くなるといった恩恵があります。 また、2025年は「手取りを増やす」意識が非常に高まりました。実際、給与所得控除は65万円が最低保障となり、基礎控除も特に低収入の方の引上げは大きく、手取りが増えたと実感する方は少なからずいらっしゃるでしょう。 そういう時流にうまく乗っている人は、前述した税制優遇制度を最大限活用することができるでしょう。むしろ、共助である公的なシステムが後押しをしているのですから、自助である私的年金制度あるいは私的資産形成制度は活用しなければならないといえます。   〇進まない「国民年金への理解」 一方、置き去りにされた感があるのが、国民年金(基礎年金)のみの加入者です。この方たちは、厚生年金と異なり、所得にかかわらず一定の国民年金保険料を支払うため、収入の少ない方にとって特にその負担感は大きいです。 また「会社員ではない人」が原則的には国民年金に加入するわけですから、適用拡大から漏れてしまうような不定期あるいは短時間で働いている人、病気等で働くことが難しい人、障害を負った人などが、将来的にも国民年金に頼って生きていくことになります。 国民年金に対するマクロ経済スライドの影響は大きく、かつ長引くことが予想されています。本来であれば、60歳までの国民年金加入義務を65歳に引き上げるだけでも一定の改善が期待できるのですが、国民の理解が得られませんでした。 あるいは、厚生年金の財源から若干負担金を増やしてもらうという案も、大反対に遭いました。厚生年金加入者にとっても国民年金は土台ですから、そこが安定するということはメリットと考えられるのですが、なんとなく「他人事」と思ってしまうのかもしれません。 今の国の方針を見ると、会社勤めをしていれば将来的にも豊かな暮らしを手に入れやすい環境にありますが、そうではない人達の環境は依然厳しいままと格差が広がりそうです。 だからこそ、税制優遇制度を活用していただきたいのですが、それでも将来展望を持ち「今、するべきこと」に優先順位を付けられないと、なかなか難しいのかもしれません。   〇ますます必要となる「お金の知識」 税制優遇制度をうまく活用できても、「使い方」を間違うと自身の幸せのために使いきれずに亡くなる方もたくさんいらっしゃいます。筆者は後見人としても活動をしておりますが、お金の使い方を間違えてしまうと暮らし向きが傾いたり、資産はあるのに使い方を知らずに豊かさを実感できないままという方もいらっしゃいます。 税制優遇制度は、受取りの際の仕組みも異なります。これまでのように、銀行に行って必要なお金を都度引き出すというわけにはいきません。 たとえばNISAは投資信託や株式の解約に相当するため、値動きもありますし、現金化するためには少なくとも4営業日程度かかります。 iDeCoにおいてはもっと複雑で、一括・分割・併用かを選んだり、またそれに伴い課税が発生したりと、「知らなかった」では済まされないようなことが発生する可能性があります。 結論として、これからはますます「お金の知識」が必要になってくると考えます。さらに言うと、「何が儲かるのか」という観点での知識ではなく、自らの「生き方」を支えるためのツールとしての「お金」という観点での知識が最も重要になるのではないかと考えます。 しかし、包括的にお金の知識を学び続けることは非常に困難です。だからこそ、日本でもこれからは「お金のアドバイザー」が定着していくでしょう。少なくとも、アドバイザーの存在は必要とされると考えています。 今回が連載の最終回となりますが、これまでの記事が少しでも皆様のお役に立ちましたら幸いです。 (連載了)

#No. 649(掲載号)
#山中 伸枝
2025/12/18

《速報解説》 JICPAが品質管理基準報告書(「監査事務所における品質管理」及び「監査業務に係る審査」)の改正案を公表~対象範囲にサステナビリティ情報の保証業務を追加~

《速報解説》 JICPAが品質管理基準報告書(「監査事務所における品質管理」及び 「監査業務に係る審査」)の改正案を公表 ~対象範囲にサステナビリティ情報の保証業務を追加~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025年12月16日、日本公認会計士協会は、「品質管理基準報告書第1号「監査事務所における品質管理」及び品質管理基準報告書第2号「監査業務に係る審査」の改正」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、2025年10月15日に公表した「サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」」(公開草案)及び国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)からの「IESBA倫理規程の改訂に伴うISQM、ISA及びISRE 2400(改訂)の狭い範囲の改訂」に伴うものである。 意見募集期間は2026年1月16日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ サステナビリティ情報の保証業務に範囲を拡大するための改正 対象範囲に、サステナビリティ情報の保証業務を加える。 従来、「監査事務所」としていた記載を「事務所」と記載するなどの改正を行う。   Ⅲ 倫理規程改訂に伴う狭い範囲での改訂を受けた改正 品基報第1号において公に取引されている事業体(Publicly Traded Entity)の定義の追加、品基報の適用指針における上場企業の用語を公に取引されている事業体の用語への改正などを行う。   Ⅳ 適用時期等 2027年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表の監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間財務諸表の中間監査並びに2027年4月1日以後開始する期間を対象としたサステナビリティ情報に対する保証業務又は2027年4月1日以後の特定の日付時点のサステナビリティ情報に対する保証業務から適用する。 ただし、サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」を早期適用する場合には、併せて本報告書を早期適用する。 (了)

#阿部 光成
2025/12/17

《速報解説》 期中財務諸表に関する会計基準等を受け、「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」等の改正案が会計士協会より公表される

《速報解説》 期中財務諸表に関する会計基準等を受け、 「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」等の 改正案が会計士協会より公表される   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025年12月16日、日本公認会計士協会は、期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」などの改正に関する公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、「期中財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第37号)及び「期中財務諸表に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第34号)等の公表を受けたものである。 意見募集期間は2026年1月16日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 「中間財務諸表に関する会計基準」及び「四半期財務諸表に関する会計基準」を用いていた記載を、「期中財務諸表に関する会計基準」を用いた記載に改正している。 上記のほか、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」に関連する記載も行われている。   Ⅲ 適用時期等 2026 年4月1日以後開始する中間財務諸表に係る会計期間の中間財務諸表に対する期中レビューから適用する。 2026年4月1日以後開始する期中財務諸表に係る会計期間の期中財務諸表に対する期中レビューから適用する。 (了)

#阿部 光成
2025/12/17
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