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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第62回】「外国法人に対する実質的支配関係」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第62回】 「外国法人に対する実質的支配関係」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 諸外国の法制度が我が国と異なり得ることから、外国子会社合算税制の適用に当たり、外国法人の株式又は出資の態様が必ずしも明確ではない場合には、どのように判断するのでしょうか。 〔A〕 平成29年度税制改正による実質支配関係の導入前の事例であっても、判定基準を構成する『株式等』(株式又は出資)について、我が国における『株式』又は『出資』と完全に同じものを指すと解することはできず、外国法人を支配し得る単位化された物的持分としての法的地位を指すものと解するのが相当という考え方が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 実質支配関係の導入 外国子会社合算税制における「実質支配関係」の概念は、平成29年度税制改正で導入され、居住者又は内国法人との間に実質支配関係がある外国法人は、外国子会社合算税制の適用対象とされる外国関係会社に該当することとされた(措法66の6②一ロ)。 平成29年度改正前は、外国関係会社は居住者・内国法人との間の資本関係に基づいて判定していたため、外国法人との資本関係を意図的に断絶しつつ、契約関係等によりその外国法人に対する支配を実質的に維持することで制度の適用を免れることが可能となっていたが、同改正により、資本関係がなくとも、居住者・内国法人がその外国法人の残余財産のおおむね全部について分配を請求することができるなど会社財産に対する支配関係がある場合には、その外国法人を外国関係会社とするとされた(下線筆者)(※1)。 (※1) 財務省「平成29年度税制改正の解説」660頁 改正後の外国子会社合算税制における「実質支配関係」とは、居住者又は内国法人(以下「居住者等」という。)と外国法人との間に次に掲げる事実その他これに類する事実が存在する場合における当該居住者等と当該外国法人との間の関係をいう(措法66の6②五、措令39の16①)。 上記①及び②でいう「居住者等」は、単一の居住者又は内国法人をいうとされるため、例えば、複数の居住者等が有する権利を合計したところで初めて外国法人の残余財産のおおむね全部を請求する権利を有することとなる場合や、外国法人の財産の処分の方針のおおむね全部を決定することができることとなる場合は、実質支配関係がある場合には該当しないこととされる(※2)。 (※2) 前掲(※1)664頁 上記①は、解散や清算など一定の状況の下での会社の財産に対する権利を通じた支配関係に着目したもので、①でいう「おおむね全部」とは、全部ではないものの相当程度高い割合を有する場合が想定されており、これは、第三者に僅かな残余財産の分配請求権を持たせることにより実質支配関係への該当を回避するループホールを防ぐために「おおむね全部」とされている(※3)。 (※3) 前掲(※1)664頁 一方②は、財産は残余財産に限定されていないため、財産の処分は解散や清算といった場面に限定されておらず、例えば、会社の通常の事業活動における商品の販売等もこれに含むものとされる。すなわち、②の基準は、様々な局面における財産の処分に関する方針のおおむね全部について決定することができる旨の契約その他の取決めを通じた支配関係に着目したものである。実質支配関係がある外国法人については、その所得の100%が合算課税の対象とされることから、企業にとっての不確実性や事務負担を考慮して、実質支配関係の類型は上記①及び②のような形で会社財産に対する支配関係があると認められる場合に限定される(※4)。 (※4) 前掲(※1)664頁 以下では、平成29年度税制改正前の事例ではあるが、必ずしも資本関係が明確ではない場合における本税制の適用の是非が争われた裁判例を検討する。   2 裁判例 《東京地裁令和7年9月12日判決(令和6年(行ウ)第134号)》(※5) (※5) TAINSコード:Z888-2826 (1) 事案の概要 本件は、居住者である原告Xが、リヒテンシュタイン公国に所在し、Xがその資本金の全額を拠出している財団(以下「本件財団」という。)を通じて、バハマに所在する外国法人(以下「本件外国法人」という。)の発行済株式の全部を間接保有していたことから、所轄税務署長Yが、本件外国法人は平成29年改正前の措置法40条の4第1項の「特定外国子会社等」に該当するなどとして所得税等に係る更正処分等をしたのに対し、Xが、本件財団には保有の対象となるべき「株式等」は存在しないから、本件外国法人の発行済株式の全部を間接保有しておらず、本件外国法人はXに係る「外国関係会社」(同条2項1号)に該当しない旨主張して、本件各処分の取消しを求める事案である。 Xは、2005年(平成17年)4月、A社(※6)を信託設立者として、「リヒテンシュタイン公国の人及び会社に関する法律」に基づき法人格を有する本件財団を設立するよう指示し、本件財団は、同年5月に設立され、Xは、3万スイスフランを払い込んだ。本件外国法人は、2005年(平成17年)5月、バハマ法に基づき設立され、本件財団がその発行済株式の全部を保有していた。本件の取引概要は以下のとおり。 (※6) A社の所在地国は、判決文からは不明であるが、図では仮に日本国内とした。 (2) 争点とXの主張 本件の争点は、Xが本件財団の発行済株式等の全部を有しているか否かであるが、Xは、要旨、以下のように主張した。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、次のとおり判示し、Xは本件財団の発行済株式等の全部を有していたものと認められるとして、Xの請求を棄却した。 ① 判断枠組み ② 認定事実 (イ) 本件財団の設立及びXによる資本金の拠出(出資) (ロ) 自益権と同視できる権利ないし地位の有無について (ハ) 共益権と同視できる権利ないし地位の有無について ③ 小括 (4) 検討 我が国の外国子会社合算税制は、伝統的に、外国法人の発行済株式等を直接間接に保有する場合を対象としてきたが、諸外国の制度の中では、必ずしも我が国でいう株式又は出資の概念と符合しないケースもあり得る中で、外国法人に対する支配力の観点から、「措置法40条の4の規定は、(中略)外国法人を支配し得る単位化された物的持分としての法的地位を指すものと解するのが相当であって、居住者等がこのような法的地位を取得しているか否かについては、当該外国法人の設立準拠法だけでなく、当該外国法人の定款や会社規則等の具体的事情を総合的に考慮して判定すべきである」と判示し、法的地位に着目した判断基準を示したところに本判決の意義がある。したがって、本判決は、この解釈が、平成29年度税制改正により実質的支配基準が導入される以前においても有効であることを示したものといえる。とりわけ、Xが本件財団の実質的な設立者であること、本件財団の資本金を全額拠出したことなどから、本件財団の自益権及び共益権と同視できる権利ないし地位を全部保有していたと結論付けた点は注目に値する。 この点につきXは、株式等の保有は、飽くまでも形式的な資本関係に基づいて判定されるものであり、実質的な観点から判定されるものではなく、平成29年度の税制改正によって、発行済株式等の保有がなくても会社を実質的に支配する地位を有する者(「実質支配関係」がある場合)にまで外国子会社合算税制の適用対象が拡張されたと主張したが、東京地裁は、外国関係会社であるか否かは居住者等との資本関係に基づいて判定していたため、外国法人との資本関係を意図的に断絶しつつ、契約関係等によりその外国法人に対する支配を実質的に維持することで外国子会社合算税制の適用を免れることが可能になっていたとして、いわゆる租税回避行為への対応という見地から改正が行われたという理解を示している(※7)。そして、Xが本件財団に対して有する地位は、本件財団の実質的な設立者として、本件財団の設立を指示し、資本金の全額を単独で拠出したことなどによって得られたものと認められるのであり、資本関係を離れた実質的な支配関係をもって外国子会社合算税制の要件該当性を判定しているものではないとし、Xの主張を排斥している。 (※7) 前掲(※1)664頁 本件は、富裕層の節税スキームとして話題となった事例(※8)であり、自らの資産運用の手段としてA社に信託設立の指示をしたとすれば、「Xは、本件財団から一切の経済的な利益を受けることができない旨が財団評議会による追加条件として定められている。」「Xが行った、本件財団に対する3万スイスフランの払込みは、対価性のない寄附又は寄贈であり、その出資(払込み)の対価として自益権及び共益権に相当する権利ないし地位が付与されるものではない。」等の主張はにわかに首肯できるものではない。 (※8) 週刊税務通信(No.3868 令和7年9月22日)9頁   (了)

#No. 659(掲載号)
#霞 晴久
2026/03/05

計算書類作成に関する“うっかりミス”の事例と防止策 【第51回】「配当議案に記載された配当総額の訂正」

計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第51回】 「配当議案に記載された配当総額の訂正」   公認会計士 石王丸 周夫   1 配当総額を訂正 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 配当総額の計算ミスです。 今回は、株主総会招集通知において株主総会参考書類として掲載されている議案での誤記載です。議案は計算書類ではありませんが、株主総会招集通知に掲載され、計算書類等と併せて読まれる情報なので、以下で取り上げることとします。 誤記載が発生したのは、配当議案です。この定時株主総会で決議する予定の配当議案において、配当総額の金額が間違っていました。 では早速、事例を見ていきましょう。 【事例51】 配当議案の配当総額を訂正した事例 〈訂正前〉 (出所) オリエンタル白石株式会社「第74期定時株主総会招集ご通知」(2025年6月9日付、同社ウェブサイトでの開示は2025年5月28日)及び「「第74 期定時株主総会招集ご通知」の一部訂正に関するお知らせ」(2025年6月6日付、同社ウェブサイトでの開示は2025年6月7日) この事例の会社は、2025年5月28日に本事例を含む「第74 期定時株主総会招集ご通知」を公表し、2025年6月6日付で当該一部訂正を公表しています。 訂正された箇所は【事例51】の赤枠で囲った箇所です。配当議案に記載した配当総額について、「951,874,665」を「996,472,583」に訂正しています。   2 訂正前の配当総額はどのように計算されたのか? 配当総額は、株主総会招集通知に記載されている情報を使って検算することができます。1株当たり配当金に配当対象株式数を掛けることで、配当総額が計算できます。 1株当たり配当金については、【事例51】の配当議案に記載されているとおり、普通株式1株につき7.5円です。 配当対象株式数は、株主総会招集通知に添付されている事業報告に情報があります。「会社の株式に関する事項」という項目に、発行済株式の総数は132,863,011株と記載されています。この株式数は自己株式5,946,389株を除いたものであることもかっこ書きで示されています。自己株式には配当はなされないので、これを除いた発行済株式数が配当対象株式数となります。 以上から、配当総額は次のように計算されます。 訂正後の配当総額は上記計算結果と一致しています。正しく訂正されたことがわかりました。 では、訂正前の金額は何だったのかについても考えてみましょう。 訂正前の金額を1株当たり配当金7.5円で除してみます。 この株式数と配当対象株式数の差額を計算します。 訂正前の配当総額は、その計算に際して、配当対象株式数を5,946,389株少なくしてしまっていたようです。 5,946,389株が何の株式数か気づきましたか? 前掲のとおり、自己株式の数です。 つまり、配当総額の計算に際して、発行済株式総数(自己株式を除く)132,863,011株から再度自己株式数を控除してしまい、その株式数に1株当たり配当金の額を掛けたとみられます。その結果、配当総額が少なく計算されてしまったのでしょう。 なぜそのようなミスが起きてしまったのかはわかりませんが、うっかりミスとはそういうものです。 応用論点になりますが、上記の自己株式数5,946,389株は、個別注記表に記載されている「当事業年度末における自己株式の種類及び株式数 普通株式7,579,489株」とは一致していません。その差は1,633,100株です。 この1,633,100株は、取締役等に対する株式報酬制度のために信託で保有している自社の株式です。当該株式については、貸借対照表(連結貸借対照表)上、自己株式に含めて表示されていますが、配当の対象となります。したがって、配当総額の計算では自己株式数に含めないことになっています。   3 連結注記表との突合 【事例51】のミスを開示前に見つける方法を確認します。 定時株主総会の配当議案の内容については、連結計算書類に注記されています。連結注記表の連結株主資本等変動計算書に関する注記のうち、配当に関する事項として、定時株主総会で決議予定の配当につき、配当金の総額は996百万円であると記載しています。 議案の内容をこの注記と突合すれば、整合性を確認することができます。両方の記載内容を同じように間違えている場合は、間違いに気づくことができませんが、作成担当者(または作成担当部署)が異なっていれば、同時に同じように間違う可能性は高くはないと考えられます。 なお、本連載の【事例9】では、【事例51】とは逆に、連結注記表の記載で間違い、それを議案と突合して確認するという事例の解説をしています。併せてご一読ください。   〈今回のまとめ〉 配当議案については、連結注記表に記載されている配当に関する事項の注記と整合性を確認しましょう。 (了)

#No. 659(掲載号)
#石王丸 周夫
2026/03/05

連結会計を学ぶ(改) 【第16回】「子会社株式の追加取得」

連結会計を学ぶ(改) 【第16回】 「子会社株式の追加取得」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに ある会社の発行する株式を取得して支配を獲得し連結子会社としたのち、さらに当該連結子会社の株式を追加取得することがある。 今回は、子会社株式の追加取得に関する会計処理について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 子会社株式の追加取得 1 基本的な会計処理 子会社株式を追加取得した場合には、追加取得した株式に対応する持分を非支配株主持分から減額し、追加取得により増加した親会社の持分(以下「追加取得持分」という)を追加投資額と相殺消去する(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)28項、(「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号。以下「資本連結実務指針」という)37項)。 この際、追加取得持分と追加投資額との間に生じた差額は、資本剰余金として処理する(連結会計基準28項)。 子会社株式を追加取得し、持分が変動する場合、非支配株主持分にも評価差額が計上されていて、支配獲得後は時価による評価替えを行わないため、追加取得前の非支配株主持分のうち追加取得持分に相当する額をそのまま非支配株主持分から親会社持分へ振り替えることになる(資本連結実務指針39項)。 この場合、増額する追加取得に係る親会社持分額及び減額する非支配株主持分額は等しいため、減額する非支配株主持分額(=増額する親会社持分額)と追加投資額との差額が資本剰余金となる(資本連結実務指針39項)。 2 考え方 平成20年12月に公表された「連結財務諸表に関する会計基準」では、子会社株式を追加取得した場合に、投資と資本の相殺消去の結果、借方に差額が生じたときは、当該差額はのれんとして処理すると規定していた。 平成25年に改正された連結会計基準では、子会社株式を追加取得した場合の親会社の持分変動による差額は、資本剰余金として処理することとされた(連結会計基準53-2項(1))。 これは、それまでの会計処理方法の問題点を、最も簡潔に対応する方法が損益を計上する取引の範囲を狭めることであるとも考えられたことによる(連結会計基準51-2項)。 3 投資と資本の相殺消去(非支配株主持分のあるケース) 設例を用いて、子会社株式の追加取得に関する会計処理を説明すると次のようになる。   Ⅲ 資本剰余金が負の値となる場合 資本剰余金は、連結貸借対照表の純資産の部に表示されるので、通常、貸方に発生するものである。 ところが、支配獲得後の親会社の持分変動による差額は資本剰余金とするとされたことに伴い、資本剰余金の期末残高が負の値(借方)となる場合があり得る。 上記の設例では、子会社株式の追加取得により、資本剰余金20千円が借方に発生している。 資本剰余金が負の値となる場合、「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」(企業会計基準第1号)40項と同様に、連結会計年度末において、資本剰余金を零とし、当該負の値を利益剰余金から減額すると規定されている(連結会計基準30-2項、67-2項、資本連結実務指針39-2項)。 なお、連結財務諸表においては、資本剰余金の内訳を区分表示しないことから、当該取扱いは、資本剰余金全体が負の値となる場合であることに留意する(連結会計基準67-2項、資本連結実務指針39-2項)。   (了)

#No. 659(掲載号)
#阿部 光成
2026/03/05

〈小説〉『国税審査官エイトの勤務日誌』~ある国税不服審判所の記録~【第2話】「剛速球の田中」

〈小説〉 国税審査官エイトの勤務日誌 ~ある国税不服審判所の記録~ 第2話 剛速球の田中 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   新任の挨拶で、永途は少し緊張しながら、田中審判官の前に立っている。 田中審判官は、第二部門の担当審判官である。 「君は・・・法人部門だったね」 田中審判官は、永途の履歴に目を落としたまま、確認するように言った。 「はい。法人税部門には5年間、勤務しておりました」 「5年か。実調はどの程度経験した?」 「法人を中心に、120件ほどかと思います」 田中審判官の前任職は、国税局の調査部の統括官である。国税局内の噂では、相当な理論家であるらしい。それゆえ、『剛速球の田中』というあだ名がついているくらいだ。 「君は会計士の資格を持っているそうだな」 田中審判官は、山口統括官の報告書で、永途が一昨年、公認会計士に合格したことを知っているらしい。 「はい。一昨年、何とか合格することができました」 「会計理論と税法理論。両方の視点を持つことは重要だ。特に法人税の事案では、会計処理の妥当性と税務上の取扱いが必ずしも一致しない。その狭間で、我々は法的な判断を下さなければならない」 田中審判官は、顔を上げて永途を見据えた。 「最近、法人税の事案が増えている。君の経験と知識に期待しているよ」 そう言うと、田中審判官は早速、永途に一件のファイルを差し出した。 「交際費の事案だ。争点は明確だが、理論構成は単純ではない。最初の事案としては、君の力量を見るのに適当だろう」 ファイルされている資料を田中審判官から受け取った永途は、それを右脇に抱えながら、自分の席にスタスタと戻る。 第二部門の田中担当審判官グループの座席配置は、整然と並んでいる。 永途が机の上に資料を置くと、横に座っている木下審判官が、興味深そうに声をかけてきた。 「それは、法人の事案ですか?」 木下審判官は、審判所に配属される前は、某税務署の副署長をしていたらしい。 そして、次の人事異動では、どこかの署長に昇進することは間違いないと噂されている。 永途は、その話を前任の審査官から、引き継ぎの際に聞いている。 「ええ、法人の事案です。争点は・・・交際費該当性のようです」 永途は、資料をペラペラとめくりながら、答えた。 「交際費か・・・」 木下審判官は、少し困ったような表情を浮かべた。 「実を言うと、僕は徴収の出身でね。法人税や所得税といった実体法は、正直なところ、あまり得意ではないんだ」 木下審判官は、照れながら言う。 永途は、黙って聞いている。 「まあ、これから君に教えてもらうことが多々あると思う。こちらは徴収実務なら何でも答えられるから、お互い様ということで・・・よろしく頼むよ、本当に」 木下審判官は、あくまで低姿勢である。 永途は、税務署にいたときには、署長や副署長とほとんど話したことがない。こうして対等に会話できる環境に、まだ戸惑いを感じている。 「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」 永途は、椅子に座りながら頭を下げる。そして、再び資料の中を確認する。 永途は、国税不服審判所に配属される前に、2週間、和光市の税務大学校で国税審査官研修を受けた。 その時に、「国税不服審判所の審理の進め方」というフローチャートが与えられた。 【国税不服審判所の審理の進め方】 永途は、田中審判官から受け取った資料を調べると、この事案では、既に「形式審査」及び「担当審判官等の指定」は終わっているらしい。 「これから実質的な調査、審理をすることになる・・・」 永途は、ファイルから「審査請求書」を取り出す。 審査請求の趣旨には、「全部取消し」に丸がついている。 そして、「審査請求の理由」は、次のように記載されていた。 3,500万円。代表者の認定賞与か、それとも交際費か。 一見単純に見える争点だが、田中審判官が「理論構成は単純ではない」と言った意味が、少しずつ分かりかけてきた。 交際費として損金算入が制限されるのか、それとも役員賞与として全額損金不算入となるのか。課税当局は後者を選択した。しかし、納税者はそれに異を唱えている。 永途は、ファイルをゆっくりと閉じた。 これが、審判所における永途の最初の事案となる。 (つづく)

#No. 659(掲載号)
#八ッ尾 順一
2026/03/05

書く論 【第3回】「執筆依頼は断ることも大切」

〈執筆:編集X〉 書く論 第3回 「執筆依頼は断ることも大切」 全国の編集者を敵にまわすようなタイトルになってしまいました。。。 今回は少し趣向を変えて、「見られている」ということについて、お伝えします。 事務所や法人に勤務されていた士業者の方が、独立を機に本を出したい、原稿を書いてみたいということで、お話をいただくことがよくあります。 こちらとしても大変うれしくありがたいお話で、編集者として(いつもより?)積極的にその熱意をサポートしたいというものです。 ただこの時、あえて以下のようにお伝えすることがあります。 「今後、先生が執筆を続けていかれる中で、ご自身の著作歴については、十分注意してください」 原稿を書くことをはじめると、予想もしなかったところから執筆依頼が舞い込むこともあります。それらの媒体にはそれぞれの読者対象があり、運営する目的があります。 例えば専門家を読者対象とする出版社であれば「内容が正確で、実務に使える解説を書籍や雑誌等として販売したい」と考えるでしょうし、Webの広告収入で運営しているところであれば「来訪者(ページビュー数)を多くしたい」と考えるかもしれません。聞いたところでは、媒体に原稿を載せることで執筆した方からお金をいただくという仕組みのところもあるようです。 これら複数の媒体からの執筆依頼について、よく吟味せずに「依頼していただくのはありがたい話だし、とりあえず先方の要望に応えるような原稿を書こう」という姿勢を続けると、気づかないうちにご自身の目的と周りの環境が乖離してしまうことがあります。 例えば、しっかりとした実務図書を刊行している出版社A(比較的老舗のところが多い)で苦労して書籍を書いた方がいるとします。今後も長く専門書籍を書いていきたいとはりきっておられます。 ある時その方へ、まったく別の出版社Bや媒体Cから「法律の抜け穴を突いた(違法スレスレの)原稿」の執筆依頼が来て、持ち前のサービス精神も働き過剰な言い回しで原稿を書いたとすると、その後なぜか出版社Aに何度良い企画を持ち込んでも採用されない(または執筆の依頼自体が来ない)かもしれません。 それは出版社Aの編集者が、その方が発刊した書籍や書かれた原稿を読んで、「A社から発刊するにはリスクがある著者である」と判断された可能性があります。版元としては読者の方々からの信頼が大切ですから、そういう事前の調査はしっかり行います。書いたご本人のスタンスは変わらなくても、そういうふうに見られてしまうのです。 今はネット書店で著者ごとの著作歴がひと目で分かりますので、しっかりした書籍がたくさん並んでいたとしても、そのうちの1冊が怪しい内容のものであれば、非常に(悪)目立ちします(それは名前で検索すると記事がヒットするWeb媒体も同様です)。 また別の例では、「広く一般の方に向けたやさしい内容の本を書いて、集客につなげたい」と考えている方が、特定の専門家を読者対象とする出版社からいくら本を出しても、効果は薄いでしょう(もちろん高度な専門書を執筆することで得られる信頼はあります)。そういう方は今の時代、SNSや動画配信、noteなどのホームページを充実させるほうが戦略的といえます。 すでにたくさんの著作があり編集Xの尊敬する先生は、事前に数年先のご自身の著作予定をしっかり管理し、ブランディングの構築を見事に、かつ、着実に行っておられます(逆にそれ以外の執筆はほぼ断られてしまいます。。。)。 このように、舞い込んだ執筆依頼はよく吟味し、ご自身への反響をしっかり考慮した上で受けられた方がよい(目的と異なる依頼なら断った方がよい)と編集Xは考えます。 最後に、別の意味で依頼を断った方がよいケースについて。 冒頭に述べたような、独立を機にこれから原稿をどんどん書いていきたいという方は、環境の変化による不安もあってか、執筆に限らず様々なお仕事を受けがちです。そしてその後、業務過多で体調を崩されるケースも何度か目にしてきました。編集者側もその熱心な姿勢に甘えて次々と依頼してしまうのですが、そのようなケースを経た反省を踏まえ、今は 「今後、先生が執筆を続けていかれる中で、ご自身の著作歴については、十分注意してください」 に続いてこうお伝えします。 「何より身体が資本ですので、お忙しくて執筆が難しいときは、しっかり断ってください」 信頼できる先生になっていただければ、一度断られたぐらいで距離は置かず、次の機会にまた依頼させていただきます(≒つまり「逃がしませんよー」)ということです。 (注)この連載に書かれている内容は筆者の私見であり、所属する組織とは一切関係ありません<(_ _)> (つづく)

#No. 659(掲載号)
#編集X
2026/03/05

《速報解説》ASBJ、金融資産の消滅範囲の明確化を規定する金融商品会計基準(案)等を公表

《速報解説》 ASBJ、金融資産の消滅範囲の明確化を規定する 金融商品会計基準(案)等を公表   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2026年2月27日、企業会計基準委員会は、「金融商品に関する会計基準(案)」(企業会計基準公開草案第97号)等を公表し、意見募集を行っている。 これは、金融資産の譲渡において、譲受人が特別目的会社である場合の金融資産の消滅範囲の明確化を行うものである。 意見募集期間は2026年3月31日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 金融資産の消滅の認識要件 金融商品会計基準の(注4)を次のように改正し、特別目的会社が発行する「証券」を保有している投資者と特別目的会社に対して「貸付け」を行っている融資者とで異なる取扱いを設ける特段の理由はないと考えられるため、特別目的会社に対する融資者を特別目的会社に対する投資者と同様に取り扱うことを示すことを提案している(アンダーラインが改正点)。 上記の改正(案)に合わせて、「金融商品会計に関する実務指針」35項、40項など、「連結財務諸表に関する会計基準」7-2項なども改正する。   Ⅲ 適用時期等 20XX年改正の本会計基準(以下「20XX年改正会計基準」という)は、20XX年4月1日[公表日以後最初に到来する4月1日を想定している]以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首以後実施される金融資産の譲渡から適用する。 上記の定めにかかわらず、20XX年4月1日[原則的な適用日の1年前の4月1日を想定している]以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首以後実施される金融資産の譲渡から20XX年改正会計基準を適用することができる。 経過措置に注意する。 (了)

#阿部 光成
2026/02/27

《速報解説》防衛特別法人税の会計処理は地方法人税と同様とすることを規定~ASBJが実務対応報告を公表、適用は2026年4月1日以後~

《速報解説》 防衛特別法人税の会計処理は地方法人税と同様とすることを規定 ~ASBJが実務対応報告を公表、適用は2026年4月1日以後~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2026年2月27日、企業会計基準委員会は、「防衛特別法人税の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」(実務対応報告第48号)を公表した。これにより、2025年11月20日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対する主なコメントの概要とそれらに対する対応も公表されている。 2025年3月31日に成立した「所得税法等の一部を改正する法律」(令和7年法律第13号)により、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」(令和5年法律第69号)が改正され、防衛特別法人税が創設された。 防衛特別法人税の取扱いについては、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号。以下「法人税等会計基準」という)の見直しに係る改正後の会計基準等とは別に、実務対応報告を公表することで短期的な対応を行うこととした。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 防衛特別法人税に関する会計処理 防衛特別法人税に関する会計処理については、地方法人税と同様に行うものとして、法人税等会計基準の定めに従う(7項)。   Ⅲ 税効果会計に関する会計処理 防衛特別法人税について、繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に用いる税率は、地方法人税と同様に取り扱うものとして、「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第 28号。以下「税効果適用指針」という)46項の定めに従う(8項)。 法定実効税率(税効果適用指針4項(11))については、地方法人税率と同様に防衛特別法人税率を考慮して算定する(9項)。   Ⅳ 開示 防衛特別法人税に関する表示については、地方法人税と同様に行うものとして、法人税等会計基準の定めに従う(13項)。 上記のほか、グループ通算制度を適用する場合の会計処理なども規定されている。   Ⅴ 適用時期等 2026年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。 (了)

#阿部 光成
2026/02/27

《速報解説》 国税庁、食事支給に係る非課税限度額の引上げの適用時期を案内~R8所得税法等の法改正とは別に通達改正で対応~

《速報解説》 国税庁、食事支給に係る非課税限度額の引上げの適用時期を案内 ~R8所得税法等の法改正とは別に通達改正で対応~   Profession Journal編集部   国税庁は、源泉徴収義務者向けのページにおいて「食事の現物支給に係る所得税の非課税限度額の引上げについて」と題する特設ページを公開した。   1 現行制度の概要 現行制度では、使用者が役員や使用人に対して食事を支給する場合、次の2つの要件をいずれも満たすときは、当該役員や使用人が食事の支給により受ける経済的利益はないものとされている(所得税基本通達36-38の2)。   2 令和8年度税制改正の方針 「令和8年度税制改正の大綱」(令和7年12月26日付閣議決定)において、上記②の使用者の負担額の上限について、月額3,500円(現行)から月額7,500円に引き上げることとされた。   3 国税庁の対応予定 国税庁は、上記閣議決定を受け、所得税基本通達の改正を行い、令和8年4月1日以後に支給する食事について、非課税限度額を引き上げる予定であることを明らかにした。   4 深夜勤務に伴う夜食代の非課税限度額の引上げ なお、使用者が深夜勤務に伴う夜食の現物支給に代えて支給する金銭について所得税が非課税とされる1回の支給額についても、同様に300円以下(現行)から650円以下に引き上げる予定とされている(「深夜勤務に伴う夜食の現物支給に代えて支給する金銭に対する所得税の取扱いについて」の改正)。   5 実務上の留意点 今回の非課税限度額の引上げは、法令そのものの改正ではなく、所得税基本通達の改正(通達36-38の2の改正)により行われる予定である。 令和8年度税制改正大綱においては、所得税法等の法改正事項とは別に「税制上の基準額の点検・見直し」として整理されており、法律の改正を待たずに通達改正で対応するものとして位置づけられている。 通達改正の正式な公表時期等について、今後の国税庁からのアナウンスに注視されたい。 (了)

#Profession Journal 編集部
2026/02/26

プロフェッションジャーナル No.658が公開されました!~今週のお薦め記事~

2026年2月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.658を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2026/02/26

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第56回】「「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」とその解釈論的防止」-財産分与者譲渡所得課税[名古屋医師]事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第56回】 「「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」とその解釈論的防止」 -財産分与者譲渡所得課税[名古屋医師]事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 今回は、前回にも言及した財産分与者譲渡所得課税[名古屋医師]事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁(以下「昭和50年最判」という)を取り上げ、財産分与の場合における「譲渡所得課税の趣旨」法理(前回Ⅰ参照)の「独走」とその解釈論的防止について検討することにする。 本件において第一審・名古屋地裁から納税者の訴訟代理人を務められた竹下重人弁護士は、譲渡所得課税の本質を譲渡差益(譲渡益)に対する課税とみる考え方(以下「譲渡益課税説」という)を第一審から上告審まで一貫して主張された立場から、昭和50年最判が後記Ⅱ1で引用するとおり土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁(以下「昭和47年最判」という)を参照したことを、「増加益清算課税説といわれ」る「譲渡所得の本質論」の「独走」として、次のとおり批判された(竹下重人「判批」別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)76頁、77頁。下線筆者。なお、増加益清算課税説が「譲渡所得課税の趣旨」法理に相当することについては前回Ⅰ参照)。 竹下弁護士の上記批判は、「譲渡所得課税の趣旨」法理に内在する「趣旨内競い合い」(前回Ⅱ参照)の観点からみると、(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶に異を称えるものではなく、財産分与の場合に(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷の根拠となる所得税法の規定の欠缺を問題にし、そのような所得税法の規定に基づくことなく財産分与に対する譲渡所得課税を認めることに対して、このことを譲渡所得の本質論(増加益清算課税説・「譲渡所得課税の趣旨」法理)の「独走」とみて、異を称えるものであると解することができよう。そうすると、この批判の当否は、結局のところ、昭和50年最判の判断を所得税法の解釈によって導き出したものと認めるか否かにかかっていることになろう。 昭和50年最判については、これまで様々な議論がされてきたが(最近における総括的な研究業績として佐藤英明「離婚時の財産分与をめぐる夫婦の課税関係」日税研論集86号(『金子租税法学の回顧と継承―金子宏先生追悼論文集―』・2025年)31頁参照)、筆者も拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【278】における解説等を通じて「不思議判例」(拙著『税法基本判例Ⅰ』(清文社・2023年)はしがき)の1つとして検討を重ねてきたところである。今回は、前回検討した譲渡所得課税に関する「趣旨内競い合い」の観点から、昭和50年最判の意義を明らかにすることにしたい。 なお、財産分与の法的性質・内容について、民法では、「夫婦財産の清算的要素(清算的財産分与)」、「扶養あるいは補償的要素(扶養〔補償〕的財産分与)」及び「慰謝料的要素(慰謝料的財産分与)」に区分して解説・議論がされること(差し当たり島津一郎=阿部徹編『新版注釈民法(22) 親族(2)』(有斐閣・2008年)193-198頁[犬伏由子執筆]参照)から、以下の検討では、これに倣い、それぞれを清算的財産分与、扶養的財産分与及び慰謝料的財産分与と呼ぶことにする。   Ⅱ 「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」の解釈論的防止 1 みなし譲渡課税に関する判示の趣旨 昭和50年最判を「不思議判例」と考える所以は、1つには、その冒頭の下記の判示(下線筆者)にある。同最判はその冒頭において、「譲渡所得課税の趣旨」法理を「当裁判所の判例」とした昭和47年最判を参照して同法理を判示し(石井健吾「判解」最判解民事篇(昭和50年度)217頁、222頁は「譲渡所得課税の趣旨」を「判例上は既に解決された問題」とする)、同法理に基づき「資産の譲渡」(所税33条1項)の意義を明らかにした。 上記の判示のうち「有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為」を「資産の譲渡」と解する部分については、財産分与を有償譲渡とみるか又は無償譲渡とみるかが論点となる。この論点それ自体も筆者が昭和50年最判を「不思議判例」と考える理由の1つではあるが、上記の部分に続く「そして」以下の下線部分については、「そして」で接続することの意味も含めその部分を判示することの趣旨も俄には理解し難いように思われる。 ただ、本件当時の所得税法59条1項(「昭和48年法律第8号による改正前のもの」)においては、個人間の贈与もみなし譲渡課税の対象とされていたことからすると、前記の判示のうちみなし譲渡課税に関する判示(「そして」以下の下線部分)は、「資産の譲渡」(所税33条1項)に無償譲渡が含まれるというその前の部分の判示を前提にして、財産分与を贈与と同じく無償譲渡とみることにすれば、「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」をみなし譲渡課税によって防止すること(前回Ⅱ参照)ができるのではないかという想定の下で示した判断であるという理解も成り立ち得るかもしれない。 しかし、財産分与と贈与が異なる概念(民768条、549条)であることは民法上は当然のことといってよいが、そうである以上、上記のような理解は、税法上は経済的実質主義(前掲拙著【42】【57】参照)によるのであれば格別、そうでなければ所得税法上も成り立ち得ないはずである。それでも、昭和50年最判後の改正により追加挿入された所得税基本通達33-1の4)の(注)1で、下記【ⓐ】のとおり(下線筆者)財産分与につき「贈与ではない」という当然のことが注記されたこと(相基通9-8本文も参照)からすると、昭和50年最判も、前記のような実質主義的な理解の可能性を認識しながらも(下記【ⓑ】【ⓒ】も参照)その理解によらず、むしろ財産分与に対するみなし譲渡課税を否定するという結論を先取りしその結論を暗黙の前提にして、「資産の譲渡」のうち無償譲渡の場合における譲渡所得課税の帰結として、前記判示中の下線部分の判示を行ったのかもしれない。 みなし譲渡課税に関する昭和50年最判の前記判示の趣旨を以上のように理解するにしても、その判示には別の趣旨もあるように思われるので、Ⅳの最後でその別の趣旨についても検討することにする。 いずれにせよ、財産分与の場合における「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」をみなし譲渡課税によって防止することはできないという結論には、異論はなかろう。 2 「分与義務の消滅という経済的利益」の所得税法上の意味 では、昭和50年最判は財産分与の場合における「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」を放置したのかというと、そうではなく、下記のとおり判示して(下線筆者)、その「独走」を防止するための所得税法上の根拠を「分与義務の消滅という経済的利益」という収入金額概念(所税36条1項括弧書)に見出したものと解される。 この判示にいう「分与義務の消滅という経済的利益」を課税実務は「対価」(所基通33-1の4(注)1)と解し、学説の中にもこれと同様の理解を示す見解(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)89頁等)がある。このような理解によれば、財産分与は有償譲渡として性格づけられることになる。昭和50年最判の調査官解説も、下記のとおり「財産分与の性質ないし内容」に関する解説を補って(下線筆者)上記の判示を敷衍した上で、「本判決は、以上のような観点から、財産分与としてされた資産の譲渡は分与義務の消滅という経済的利益の享受を伴うもの、すなわち、有償譲渡である、と解したわけである。」と解説している(石井・前掲「判解」225頁。下線筆者)。 ただ、上記の解説について注意すべきは、財産分与を有償譲渡とみるか又は無償譲渡とみるかという論点の設定に当たって、次のとおり述べていることである(石井・前掲「判解」224-225頁。下線筆者)。 この解説については、「積極的に金銭、物又は権利を対価として取得するもの」と「なんらかの経済的利益の享受」とを明確に区別していることが注目される。このことは収入金額(所税36条1項)の形態による区別を示したものにすぎないとみることもできるかもしれないが、ただ、前者について「取得」の根拠ないし態様を「対価として」に限定していることに加え、先の引用部分(「財産分与としてされた資産の譲渡は分与義務の消滅という経済的利益の享受を伴うもの、すなわち、有償譲渡である」)をも考え合わせると、調査官解説は、「積極的に金銭、物又は権利を対価として取得するもの」を伴わないが「なんらかの経済的利益の享受」を伴うものをも「有償譲渡」と呼んでいると解される。 「有償譲渡」に関するこのような用語法(以下「広義の有償譲渡」という)は、前記の課税実務や学説の用語法とは異なるものであるように思われる。「積極的に金銭、物又は権利を対価として取得するもの」を伴う譲渡を「有償譲渡」と呼ぶのが「有償譲渡」に関する通常の用語法(以下「狭義の有償譲渡」という)であると思われるが(前掲拙著【299】参照)、これと異なる調査官解説の用語法をいかに理解すべきであろうか。この点については、以下のように考えるところである。 調査官解説のいう「有償譲渡」(広義の有償譲渡)は、「対価」を伴わない譲渡をも含むものであるが、調査官解説が財産分与を「分与義務の消滅という経済的利益の享受を伴うもの」とみて「有償譲渡」と呼ぶ場合、それは「対価」を伴わない譲渡であっても「収入金額」(所税36条1項括弧書)は伴う譲渡であると解される。 そもそも、「対価」と「収入金額」とは所得税法においては異なる概念である(前掲拙著【299】参照)。「対価」は常に「収入金額」を構成するが、「収入金額」は、所得税法上「労務その他の役務の提供又は資産の譲渡の対価としての性質を有しない」一時所得(所税34条1項。下線筆者)についても観念し得るものとされていること(同条2項参照)からしても、「対価」を伴わない譲渡であっても「収入金額」を伴う場合があるのである。そのような場合における「資産の譲渡」は、通常の用語法(狭義の有償譲渡に対応する用語法)によれば、「無償譲渡」と呼ぶのが適切であるように思われるが、調査官解説は、通常の用語法によらず、そのような場合における「資産の譲渡」をも「有償譲渡」と呼んだものと解されるのである。 以上のように考えると、「有償譲渡」に関する用語法について特段の断りなく「有償譲渡」という語を用いている点では若干疑問は残るものの、その点は措くとして、昭和50年最判の理解については、調査官解説に従い、同最判は、財産分与が「資産の譲渡」(所税33条1項)に該当し、かつ、これによる所得(譲渡所得)に係る総収入金額(同条3項)に「分与義務の消滅という経済的利益」が該当する(所税36条1項括弧書参照)として、その経済的利益を「享受」(同条2項)する財産分与者に対する譲渡所得課税を認め(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)94頁参照)、もって財産分与の場合における「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」を防止したものと解される。 このような理解によれば、昭和50年最判に対する竹下弁護士の批判(前記Ⅰ参照)の矛先が向けられた問題、すなわち、財産分与の場合に(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷の根拠となる所得税法の規定の欠缺の問題は、同最判による所得税法の解釈によれば、存在しなかったことになると考えられる。つまり、同最判においては、「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」はなかったといってよかろう。既に述べたように、同最判は譲渡所得課税❷の根拠を所得税法36条1項の定める収入金額概念に見出し、財産分与の時における「分与義務の消滅という経済的利益」という収入金額の「享受」をもって財産分与者に対する譲渡所得課税❷を認めたものと解されるのである。 3 「分与義務の消滅という経済的利益」の法律構成 財産分与者に対する譲渡所得課税につき昭和50年最判のいう「分与義務の消滅という経済的利益」の所得税法上の意味を以上のように理解する場合、それをどのように法律構成するかも問題になる。 財産分与を「財産分与義務の消滅という経済的利益を対価とした有償譲渡」(佐藤・前掲書89頁)と解する佐藤英明教授は、その法律構成について、次のとおり説いておられる(佐藤・前掲論文44-45頁。下線筆者。渋谷雅弘「離婚時における財産分与と課税」野田愛子=梶村太市総編集・小田八重子=水野紀子編『新家族法実務大系 第1巻 親族[Ⅰ]―婚姻・離婚―』(新日本法規出版・2008年)526頁、529頁も参照)。 確かに、財産分与債務は佐藤教授の説かれるとおり法定債務である。このことは、昭和50年最判も「右[財産分与に係る]権利義務そのものは、離婚の成立によつて発生し、実体的権利義務として存在するに至[る]」として判示するところである。 しかし、法定債務の代物弁済的構成は、民法が定める代物弁済(482条)の構造(「債務者の負担した給付に代えて他の給付をすること」)に照らしてみると、そもそも論理的に成り立たないように思われる。すなわち、法定債務としての財産分与債務において「債務者の負担した給付」とはどのような給付をいうのか、及び「当事者の協議、家庭裁判所の調停若しくは審判又は地方裁判所の判決をまつて具体的に確定される」(昭和50年最判)財産分与債務に係る給付が「不動産の譲渡等の分与」(同)であるとして、これを「他の給付」といえるかどうかという点を考えると、前者の「債務者の負担した給付」は抽象的・不確定な意味での財産分与であり、これが具体的に確定されて行われた「給付」(具体的・確定的な意味での財産分与)が「不動産の譲渡等の分与」であるから、これを「他の給付」ということはできないように思われるのである。抽象的・不確定な債務を、これを具体的に確定した債務に係る給付によって消滅させることは、「代物弁済」とはいわないであろう。 しかも、法定債務には、約定債務とは異なり、対価支払債務の履行を要求する意思の要素は含まれておらず、それ故、そのような意思の拘束力からの解放に伴う「代償」すなわち対価を観念することはできないのであるから、財産分与は、経済的利益発生の構造の点では、代物弁済ではなく債務免除と比較すべきであり、後者に類する構造に基づく法律構成(債務免除的法律構成)により「分与義務の消滅という経済的利益の享受」の意味を明らかにすべきであろう(前掲拙著【278】参照)。 この点については、「法定債務の消滅に『対価』を観念しえないとしても、資産を手放して債務の消滅益を受ける点で、財産分与は、債権者の一方的意思表示によって行なわれる債務免除よりも、代物弁済に似ているように感じられる。」(佐藤・前掲論文45頁脚注(28))との感じ方もあるが、民法が離婚に伴う義務として法定した財産分与債務(768条1項)の履行につきその枠組み・手続を「一方的に」法定していること(同条2項・3項)からして、その枠組み・手続に従って行われる「不動産の譲渡等の分与」は、代物弁済(民482条)のように当事者の自由意思による双務契約に基づくものというよりは、債務免除という片務行為としての構成に馴染みやすいように感じられる。   Ⅲ 清算的財産分与の「資産の譲渡」該当性否定説と夫婦別産制 ところで、昭和50年最判の調査官解説は、先に引用したとおり、「財産分与の性質ないし内容については多くの議論が存するところであるが、判例[=最判昭和46年7月23日民集25巻5号805頁]は、(イ)婚姻中に蓄積された夫婦共通財産の清算と(ロ)離婚後の生活に困窮する相手方配偶者の扶養とを中核的内容とし、このほかに、(ハ)離婚に基づく損害賠償(慰謝料)の要素をも含みうる、と解している。」(石井・前掲「判解」225頁)と述べているが、その上で、「このうち扶養及び慰謝料の性質を有する財産分与の場合資産の移転が存することについては異論がない。問題は、清算の性質を有する財産分与の場合であり、肯定・否定の両説がある。」(同226頁)と述べ、清算的財産分与の「資産の譲渡」(所税33条1項)該当性に関する否定説を検討し、肯定説を支持する旨を述べている(同226-227頁参照)。 そこで否定説として検討されている金子宏教授の見解(以下「金子説」という)を原典に即してそのまま引用すると、次のとおりである(同・前掲書102-103頁[初出・1975年]。下線筆者。同『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)267-268頁参照)。 金子説は、その後、学説上多くの支持を集めてきた(佐藤・前掲論文31頁、渋谷・前掲論文529頁、遠藤みち『両性の平等をめぐる家族法・税・社会保障 戦後70年の軌跡を踏まえて』(日本評論社・2016年)71頁、浅妻章如「離婚・死別と租税法」金子宏監修・中里実ほか編集代表・佐藤英明ほか編『現代租税法講座 第2巻 家族・社会』(日本評論社・2017年)89頁、99頁等参照)。ただ、そうはいっても、「金子説の残した問題」として、「今後変わる見込みのない確立した判例を前提とした、財産分与時の課税関係のあり方に関する議論が進みにくい状況が出現していたこと」(佐藤・前掲論文40頁)は認めざるを得ないであろう。 このように昭和50年最判が「今後変わる見込みのない確立した判例」といわれるのは、民法762条1項(夫婦別産制)とこれを合憲とした最大判昭和36年9月6日民集15巻8号2047頁(以下「昭和36年最大判」という)の存在によるものと思われる。この判決は、憲法24条を「民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻および家族の関係について定めたもの」、「夫と妻との間に、夫たり妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたもの」、「継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨の規定」と解した上で、民法762条1項について次のとおり判示した(下線筆者)。 昭和50年最判の判断対象である財産分与に関して昭和36年最大判を判示をみると、同最大判は、財産分与を「夫婦間に実質上の不平等が生じないよう」にするための「立法上の配慮」措置として捉えているが、その趣旨を受けて、「確かに、離婚の際は、財産分与の清算的要素に関して、・・・・・・実質的共有説に基づき、夫の給料であろうと婚姻中に形成・蓄積されたものは、夫婦財産として清算対象(分割割合は2分の1)とする家裁実務が定着している」(犬伏由子「判批」別冊ジュリスト239号(民法判例百選Ⅲ 親族・相続〔第2版〕・2018年)22頁、23頁)といわれている。 しかし、そのような家裁実務は「あくまでも家庭裁判所の裁量性に委ねられた結果にすぎない」(犬伏・前掲「判批」23頁)のであって、それが依拠する実質的共有説も、「別産別管理制のもとで、夫の収入は夫のものであるという原則を覆すものではない」(松川正毅「離婚は愛の終焉か」家族〈社会と法〉41号(2025年)1頁、4頁)のである。 このことを昭和36年最大判に立ち返っていえば、同最大判のいう「民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則」は、民法762条においては、「人の財産的独立という財産法的規律」(松川・前掲論文4頁)ないし「個を中心にした冷徹な法」(同5頁)として具体化され、その結果、「財産関係に関して夫婦の生活の共同性と平等性は、個人の自立性や独立性の背後に隠れてしまっている。民法典の中では財産法的な、人(個人)の自律性、独立性を前提とした規律と、団体の法の規律二分の中にあって、夫婦として、また家族としての愛情に基づくまとまり(団体)としての特質への配慮が、わが国の民法では疎かになっているように思われる。」(同4頁)といってよかろう。 金子説については、「民法(家族法)の分野の学説が指向していた離婚時の『妻』の保護の拡充を租税法の分野でも支持することに、もっとも大きな意義があったと思われる」(佐藤・前掲論文39頁)という積極的かつ肯定的な評価がされているが、ただ、民法762条は「夫婦財産関係にかんして完全な別産制を採用し、財産法的帰属原理を修正するものではないと一般に解されている」(青山道夫=有地亨編『新版注釈民法(21) 親族(1)』(有斐閣・1989年)458頁[有地亨執筆])以上、これと適合的な所得税法上の個人単位主義(昭和36年最大判参照)の下では、「離婚時の妻の経済的立場を強化しようとした金子説の実践的な意図」(同40頁)に基づき所得税法33条の解釈により清算的財産分与の「資産の譲渡」該当性を否定するのは困難であり、租税法律主義の下では、やはり、その旨の別段の定めが必要であろう(清永・前掲書96頁注(12)も参照)。 ただ、清算的財産分与として不動産等の資産が分与される場合、当該資産に増加益(キャピタル・ゲイン)が含まれている場合があることを考慮すると、清算的財産分与の「資産の譲渡」該当性否定説をそのまま実定法化することは、立法政策として妥当でないであろう。「譲渡所得課税の趣旨」法理という確立された判例法理を立法論においても尊重するのが妥当であることからすると、「結局のところ、財産分与がキャピタルゲインに対する課税タイミングとして適当であるか否かという実質論が、重要なのではないか。」(渋谷・前掲論文530頁)という指摘は、立法論において傾聴すべきものである。 そうすると、立法論においては、清算的財産分与の「資産の譲渡」該当性肯定説の立場に立ちつつ、財産分与の内容(清算的財産分与、扶養的財産分与及び慰謝料的財産分与)の区分の困難性、扶養義務者相互間における扶養義務の履行としての金品の給付及び慰謝料に対する現行所得税法上の非課税措置(所税9条1項15号柱書、同項18号・所税令30条1号)とのバランス、さらには「『財産を分与した(手放した)側に課税される』という昭和50年最判と課税実務の結論は、一般の納税者の意識と相当程度食い違っており、この点を是正する(制度の姿を納税者の一般的な理解に近づける)ことの利点は大きいと思われる」(佐藤・前掲論文46頁)ことをも考慮して、財産分与を「全体として『1個の』法定債権(債務)」(同43頁)として、個人間の贈与(所税60条1項1号)と同じく課税繰延べの対象とするのが妥当であるように思われる(佐藤・前掲論文46頁参照)。   Ⅳ おわりに 以上、今回は、昭和50年最判に対して竹下重人弁護士が譲渡所得の本質論・増加益清算課税説(筆者のいう「譲渡所得課税の趣旨」法理)の「独走」として展開された批判を受けて、譲渡所得課税に関する「趣旨内競い合い」の観点から同最判を検討した。その結果、昭和50年最判は、譲渡所得の本質論の「独走」を放置したものではなく、「分与義務の消滅という経済的利益」を収入金額として「享受」する財産分与者に対する譲渡所得課税を認め、もって財産分与の場合における「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」を防止したものであると結論づけた。 そうすると、昭和50年最判に対する竹下弁護士の上記の批判は的を射たものとはいえないことになるが、それでも、竹下弁護士が上告理由の中で財産分与を「片務・無償行為」として捉えた理解は、同最判を支持する課税実務や学説による「有償譲渡」とする理解や「代物弁済的構成」とは異なり、正鵠を射たものであると考えるところである。今回の検討により、財産分与は、無償行為であるが「分与義務の消滅という経済的利益」という収入金額を伴うものであり、その「経済的利益」の法律構成としては財産分与を片務行為とみる債務免除的構成が妥当であることを明らかにした(前記Ⅱ2・3参照)。 そうすると、財産分与を「片務・無償行為」とする理解は、昭和50年最判に対する批判の決定的な論拠とはならないように思われる。そのような理解が昭和50年最判に対する批判の論拠として妥当性を欠いたのは、むしろ、竹下弁護士が譲渡所得の本質論を譲渡益課税説に基づいて捉えた上で、資産の譲渡に関する所得税法33条1項=有償譲渡・59条1項=無償譲渡という理解に基づき論旨を展開したからではないかと考えられる。 資産の譲渡に関する上記の理解は、「譲渡所得課税の趣旨」判決・最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁(以下「昭和43年最判」という。前回Ⅰ・Ⅱ参照)の下記の判示(下線筆者)を受けて示された理解(岡村忠生「判批」別冊ジュリスト120号(租税判例百選〔第3版〕・1992年)60頁、61頁のほか、同最判の原々審・浦和地判昭和39年1月29日行集15巻1号105頁に関する吉良実「判批」別冊ジュリスト17号(租税判例百選〔初版〕・1968年)82頁、83頁も参照)と同様のものであるように思われる。 しかし、資産の譲渡に関する所得税法33条1項=有償譲渡・59条1項=無償譲渡という理解は、上記最判の判示内容の理解としては正確さを欠くように思われる。このことは、昭和50年最判の調査官解説による下記の解説(石井・前掲「判解」223-224頁。下線筆者)から読みとることができるように思われる。 上記の解説にいう「有償譲渡」は広義の有償譲渡、すなわち、対価は伴わないが収入金額を伴う譲渡を意味するものと解されることについては前記Ⅱ2で述べたところであるが、この理解によれば、上記の解説にいう「無償譲渡」は、対価だけでなく収入金額も伴わない譲渡を意味することになる。このような用語法は、収入金額の有無と切り離して「資産の譲渡」の意義を理解する考え方に基づくものであると考えられ、筆者の用語法とは異なるものである。筆者は、「有償譲渡」に関する通常の用語法に従い、対価を伴う譲渡を「有償譲渡」と呼び、これに呼応して、対価を伴わない譲渡を「無償譲渡」と呼ぶことにした上で、「無償譲渡」のうち収入金額を伴うものを所得税法33条1項が規定し、収入金額を伴わないものを同法59条1項が規定していると解するものである(前記Ⅱ2、前掲拙著【278】参照)。 このようにみてくると、調査官解説と筆者は、「有償譲渡」及び「無償譲渡」に関する用語法を異にするものの、共に、竹下弁護士による資産の譲渡の理解(資産の譲渡に関する所得税法33条1項=有償譲渡・59条1項=無償譲渡という理解)とは異なり、所得税法33条1項にいう「資産の譲渡」に「無償譲渡」が全部(調査官解説)又は一部(筆者)含まれると理解するものであり、同法59条1項については有償譲渡擬制説ではなく収入金額擬制説の立場に立つものである(筆者については前掲拙著【285】参照)といってよかろう。 最後に、調査官解説について附言すると、前記引用の末尾における解説は、みなし譲渡課税に関する昭和50年最判の判示の趣旨には、前記Ⅱ1で筆者の理解として述べた趣旨とは別に、「譲渡所得課税の趣旨」法理と「資産の譲渡」に関する適用法規との関係について昭和43年最判が示した考え方に関する竹下弁護士の上告理由にみられるような「誤解」を解消する趣旨が含まれていることを示そうとするものであると解される。すなわち、昭和50年最判は、そのような「誤解」を解消するために、所得税法33条1項にいう「資産の譲渡」に「無償譲渡」が含まれることは「譲渡所得課税の趣旨」法理からの帰結であること及び同法59条1項は「無償譲渡」につき収入金額を擬制する規定であることを示そうとしたものであると解されるのである。 なお、ここで示された「無償譲渡」の意義に関する理解は、昭和48年改正によってみなし譲渡課税の対象から除外され取得費等の引継規定の対象とされた「贈与」(所税60条1項1号)には、贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与は含まれないとした最判昭和63年7月19日判時1290号56頁において、踏襲されているように思われる。この判決は、みなし譲渡課税に関する収入金額擬制説を前提にして、これと表裏の関係にある取得費等の引継規定にいう「贈与」について、収入金額に該当する経済的利益を伴わない「無償譲渡」に限る旨の解釈を示したものと解される。 (了)

#No. 658(掲載号)
#谷口 勢津夫
2026/02/26
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