《速報解説》 金融庁が「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表 ~個別テーマの開示例として知的財産に係る好事例を記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年11月8日、金融庁は、「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表した。 これは、サステナビリティに関する考え方及び取組の開示①(全般的要求事項、個別テーマ)について議論したものであり、参考として、「定量分析」も記載している。 今後、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の気候変動等や人的資本、「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目の追加を行う予定とのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 投資家・アナリスト・有識者が期待する開示を充実化させるための取組み 次のことが記載されている。 Ⅲ 有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組の全般的な開示のポイント 経営陣やガバナンスによるリーダーシップの発揮や、サステナビリティに関する活動によって何に貢献しようとしているのかについて開示すること、第三者保証の有無、使用している用語の明確化などについて記載している。 Ⅳ 全般的要求事項の開示例 主な開示のポイントとして、取締役会が経営陣をどのように監督しているか、リスク管理ではサステナビリティ関連のリスクだけではなく、機会についても記載することが必要なことなどが記載されている。 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(開示プラットフォームシステムの活用により、作成・レビュープロセスを効率化したことなど)。 好事例のポイントとして次のことが記載されている。 Ⅴ 個別テーマの開示例 主な開示のポイントとして、知的財産について具体的に記載することなどが記載されている。 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(投資家やアナリストの理解に資するよう、図表等の挿入と端的な表現に努めたことなど)。 好事例のポイントとして次のことが記載されている。 (了)
2024年11月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.593を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.141- 「「103万円年収の壁」の議論を所得税改革につなげよう」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 総選挙の結果、財源を語らない大規模減税を公約とした財政ポピュリズム政党が大きく躍進した。れいわ新選組は消費税廃止を、国民民主党は消費税率5%への引下げや所得税基礎控除の103万円から178万円への引上げなどで「手取りを増やす」ことを訴え、若者を中心とした支持を広げた。 いよいよわが国にもポピュリズムが到来したかと思うと暗い気持ちになるが、背景には、アベノミクスによるわが国中間層の二極化や、医療、年金など高齢者重視のシルバー民主主義への批判があり、その点は今後のわが国税制や社会保障制度を見直す転換点になるかもしれない。 さて、国民民主党が主張する「103万円の壁」が大きな議論となっている。本連載の読者にとってこれから述べることは常識かもしれないが、マスコミの議論が混乱しているので、あえて議論を整理してみたい。 * * * 103万円というのは、パートなども含む給与所得者の経費である給与所得控除の最低保証額である55万円と、最低生活費を保障する基礎控除の48万円を加えた給与所得者の課税最低限である。これを超えると、所得税の最低税率である5%がかかる。103万円を超えて10万円追加で働けば税負担が5,000円かかるが、手取りは95,000円増える。住民税の10%(1万円)を加味しても手取りは85,000円増え、いわゆる逆転現象は生じない。 給与所得控除と基礎控除の合計である103万円を越えた日は、晴れて納税者(タックスペーヤー)として一人前になった日である。 英国の作家兼詩人のアーサー・ウィリスの墓碑には「彼は妻を愛し、税金を払った」と刻まれており、納税し社会に貢献したことを誇らしく書いている。 もう1つ、親の扶養に入っている学生アルバイトの場合には、本人の収入が103万円を超えると親の扶養控除がなくなり、その限りで世帯の手取りは減少する。玉木代表はこれも問題にしているが、これは扶養控除(扶養親族の定義)の話で、パートの話とは区別する必要がある。 就業調整に関するアンケート調査では、常に上位に103万円が理由に挙げられる。これは、民間企業において、配偶者がいる従業員に対して支給される配偶者手当などが103万円にリンクしているから生じる誤解だともいわれている。最近では民間企業も、手当ての支給基準を「配偶者の所得」から「子どもの数」に替える対応を進めているようだが、一度思い込んだ通念はなかなか解消しない。 これに対しリアルなのは、パートの「106万円の壁」と「130万円の壁」だ。これを超えると夫の扶養から外れ、厚生年金・健康保険料負担が新たに発生し手取りが減る逆転現象が生じる。再び同じ額を確保するには追加的に30万円弱の収入を得るべく働く必要が生じる。これは第3号被保険者の問題であるが、中長期的に考えると厚生年金への加入は決して損ではない。本人が平均余命を超える場合などメリットがあり、一方的に「壁」といって非難することはミスリーディングではないか。第3号被保険者の問題は見直す必要があるが、それは抜本的な改革につながり、さまざまな事情で本格的に働けない人へのセーフティーネットを考えるなど時間がかかる。まずは政府は、正確な理解を促す広報を行う必要がある。 ここからが話の本番である。国民民主党の問題意識を筆者なりに捉えると、問題は、働き始めると税・社会保険料負担が生じ手取りが減るポバティ―トラップ(貧困の罠)ということではないか。 失業手当が高水準である欧州諸国では、せっかく勤労して所得を得ても税や社会保険料が高く、税・社会保険料後の手取りが失業手当より少ないというポバティートラップが生じるので、失業者の数は恒常的に減らなかった。 このモラルハザードをなくす政策として導入されたのが、税と社会保障を一体化して減税・給付をする給付付き税額控除である。英国のユニバーサルクレジットでは、給付一本に統一されている。給付付き税額控除については、今回の選挙で立憲民主党が、消費税逆進性対策として主張したが、本来は「貧困の罠」対策の政策である。今回の国民民主党の問題提起を受けて、7~8兆円の減収が生じ高所得者ほど恩恵の多い所得控除の引上げではなく、「貧困の罠」を生じさせている中低所得者に対象を限定した給付付き税額控除の検討を進める必要がある。 この制度は数千億円程度の財源があれば構築可能で、富裕層への課税強化など所得税の見直しの中で対応できる。制度の詳細については、財務省財務総合政策研究所のフィナンシャルレビュー157号の拙稿を参照していただきたい。 * * * 税制は、人々の負担の構造を変える、究極の構造改革である。わが国の所得税制には、時代遅れとなっている退職金税制の見直し、さらには「1億円の壁」への対応などの課題がある。このチャンスに、それらを併せて議論し、所得税制の近代化や適正化を図ることが重要だ。 軽々に、目先の政権運営に囚われて小手先の対応をすることは厳に慎むべきだ。 (了)
〔令和6年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第3回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 ←(前回) | (次回)→ 5 大企業向けの賃上げ促進税制 (1) 制度の概要 青色申告書を提出する法人が、適用年度(令和4年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度)中に国内雇用者に対して給与等を支給する場合において一定の適用要件を満たすときは、その給与等支給増加額の10%相当額(税額控除限度額)を法人税額(当該法人の当該事業年度の所得に対する調整前法人税額)から控除する(措法42の12の5①)。 さらに「上乗せ控除のための要件」が定められており、それらの要件の充足度合いに応じて控除率は5%~25%上乗せされる(税額控除限度額は最大35%相当額まで拡大する)。 ただし控除上限は調整前法人税額の20%相当額である。 (2) 適用要件 大企業向けの制度における適用要件は下表のとおりである(措法42の12の5①)。 (3) 上乗せ控除のための要件 上乗せ控除(税額控除率の上乗せ)措置としては、「継続雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置」、「教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置」及び「厚生労働省の認定制度の適用による上乗せ措置」の3つがあり、それぞれに応じて下表のとおり上乗せ控除率が定められている(措法42の12の5①一~三)。 すべての上乗せ控除の適用を受けることができる場合、最大の税額控除率は調整前法人税額の35%(=本則10%+上乗せ①15%+上乗せ②5%+上乗せ③5%)相当額となる。 【上乗せ①:継続雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置】 【上乗せ②:教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置】 (※10) 令和6年度の税制改正前は、この要件は「増加割合」のみで判定され、「増加額」は考慮外とされていたことから、わずかな教育訓練費の増加でも上乗せ措置の適用を受けることができる状況が許容されていた。 今般の改正により、一定以上の教育訓練費の水準を確保するための措置として、教育訓練費の額が雇用者給与等支給額に占める割合についても上乗せ控除の要件として考慮されることとなった。その代わり、増加割合要件が緩和されている(改正前:20%以上 ⇒ 改正後:10%以上)。 【上乗せ③:厚生労働省の認定制度の適用に伴う上乗せ措置】 (4) マルチステークホルダー方針公表・届出要件 「新しい資本主義」の実現に向けた取組みの一環として、一定規模以上の法人については、多様なステークホルダー(利害関係者)に配慮した経営への取組みを行うことが社会的責任として求められるとの認識のもと、そうした取組みを行っている法人に限り賃上げ促進税制の適用を行うこととされている。 具体的には、一定の「マルチステークホルダー方針」を自社のホームページに公表するとともに、公表した旨を経済産業大臣に届け出ることが必要である。さらに、公表届出後に経済産業大臣から発行される「受理通知書」の写しを確定申告書に添付することが必要である(措法42の12の5①、措令27の12の5①②)。 このための具体的な手続については、「事業上の関係者との関係の構築の方針の公表及び届出に係る手続を定める告示」(令和4年3月31日 経済産業省告示第88号)が公表されていることから、以下その内容について紹介する。 ① 対象法人 以下のいずれかに該当する法人が対象となる(措法42の12の5①)。 ② マルチステークホルダー方針の内容 マルチステークホルダー方針に含まれる内容としては、給与等の支給額の引上げの方針、下請事業者(下請中小企業振興法2④)その他の取引先との適切な関係の構築の方針その他の事業上の関係者との関係の構築の方針に関する事項として厚生労働大臣、経済産業大臣及び国土交通大臣が定める事項とされ(措法42の12の5①、措令27の12の5①)、厚生労働大臣、経済産業大臣及び国土交通大臣は、これに係る事項を定めたときは、これを告示することとされている(措令27の12の5㉗)。 具体的には、「事業上の関係者との関係の構築の方針に記載する事項を定める告示」(厚生労働省・経済産業省・国土交通省告示第1号 令和4年3月31日)において、以下のように定められている。 このうち「下請事業者その他の取引先との適切な関係の構築の方針」については、別途、「パートナーシップ構築宣言」(※15)の作成と公表も求められている点に留意が必要である。 (※15) 経団連会長、日商会頭、連合会長及び関係大臣(内閣府、経済産業省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省)をメンバーとする「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」において「パートナーシップ構築宣言」の仕組みを創設することとされ、サプライチェーンの取引先や価値創造を図る事業者との連携・共存共栄を進めることで、新たなパートナーシップを構築することを、「発注者」の立場から企業の代表者の名前で宣言するものである。 具体的には、「パートナーシップ構築宣言」ポータルサイトからひな形をダウンロードし、「パートナーシップ構築宣言」を作成したうえで、これを登録することによって「登録企業リスト」に追加される(同サイト「パートナーシップ構築宣言とは」参照)。 具体的には、以下の「様式第一」(最終改正:令和6年3月28日)の内容及び記載要領に従い作成することとなる。様式が変更されているため、令和6年3月31日以前に開始する適用年度に係るマルチステークホルダー方針を既に公表している場合であっても、令和6年4月1日以降に開始する事業年度について本税制の適用を受ける場合には、あらためて新様式を用いてマルチステークホルダー方針を公表し直す必要があるため留意が必要である。ただし、令和6年4月1日以降に開始する適用年度について、既に新様式によるマルチステークホルダー方針を公表している場合には、2回目以降の税制の適用に当たりマルチステークホルダー方針の公表をし直す必要はない。 また、経済産業省が公表する『「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック』(令和6年8月5日公表版)にも、各様式の記載要領が追加的に示されている。以下では「様式第一」のひな形について、両者の記載要領と合わせて示す(※16)。 (※16) 経済産業省公表の「ガイドブック」の記載要領は「ですます調」で記載されているところ、本稿では「である調」に表現を修正している。 【様式第一】 【記載要領】(強調:筆者) (【第4回】に続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例68】 「法人の支出する飲食費等のうち交際費等に該当するものの判断基準」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方のある県庁所在地で広告業を営む株式会社Z(資本金5,000万円で3月決算法人)において、総務部長を務めております。わが社は大手広告代理店に勤務していた現社長が20年前に起業した会社であり、創業当時はTVCM制作の下請け業務が主でしたが、現在は企業や大学、医療機関のブランディングの企画立案が主たる業務となっております。 企業や大学のブランディングとは、一言でいえば顧客となる企業や大学の知名度やイメージを引き上げることであり、それを通じて企業の製品の売上増や大学の学生獲得増に貢献する活動であるといえます。近年はマスメディアやTVCMを通じた企業・製品の広告宣伝活動よりも、webやSNSによるマーケティング活動のほうがより効果的というのが、わが業界の常識となりつつあります。ご承知の通り、大学は少子化の波をもろに受け、中堅以下の私立大学はその存続が危ぶまれるほど学生募集に苦慮しており、その生き残り戦略としてブランディングの確立が急務となっております。そのため、企業や大学からのSNSによる効果的なブランディングを行ってほしいという依頼が急増しており、それが現在のわが社の稼ぎ頭となっております。 そのような中、最近税務署の税務調査を受け、交際費に関する指摘を執拗に受けております。すなわち、わが社は中小法人に該当し、当初申告では法人税の取扱い上損金算入が認められる上限に達しない金額の交際費のみ計上していたのですが、申告を見直したところその金額が増加したため、更正の請求を行いました。ところが税務署は、追加計上した部分の金額につき、「特定の取引先の社長や大学の理事との飲食費が突出して多いが、これはプライベートな飲食であり個人で負担すべき支出ではないか」と難癖をつけてくるのです。業務を発注し合う間柄の取引先との飲食費が交際費にならないというのは、社会通念に反するトンデモ理論だと思うのですが、税法の解釈はどうなるのでしょうか、教えてください。 【A】 資本金が1億円以下の法人については、交際費等の額のうち、年額800万円の定額限度額については損金算入が認められていますが(中小法人損金算入特例)、当該特例の対象となる交際費等に該当するか否かについての判断基準は、その支出の目的が一般的・抽象的なものでは足りず、具体的に当該法人の業務と関連性があることを要するというべきです。 この事例において、支出先がZ社と継続的な取引関係にあり、互いに業務を発注するなどの実績がある場合には、当該飲食に係る支出はその親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なものであるということができることから、Z社の業務と具体的に関連性があると認められます。したがって、当該支出は法人税法上、交際費等に該当するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 中小法人に対する交際費の損金算入規定 本連載では、これまで何度か法人税(租税特別措置法)における交際費等の損金不算入規定について触れてきたが、今回問題となっているのは、その中でも特に中小法人に対する交際費の損金算入の規定についてである。すなわち、租税特別措置法の規定では、交際費等の額は原則として損金の額に算入しないとされており(措法61の4①)、例外的に接待飲食費の50%相当額や資本金1億円以下の法人(中小法人)に係る800万円までの定額控除などについて損金算入が認められているにすぎない(措法61の4①②)。中小法人に対する当該定額控除限度額の引上げは平成25年度の税制改正により行われたもので、それまでは定額控除限度額が600万円、それに達するまでの金額の10%相当額が損金不算入であったため、大幅な緩和措置であったといえよう。 当該緩和措置導入の背景としては、「日本経済再生に向けた緊急経済対策(平成25年1月11日閣議決定)」があり、その中で、中小企業・小規模事業者の活力を引き出すため、新たなビジネスへのチャレンジの支援、経営改善・事業再生支援等を行うことが掲げられており、新たなビジネスへのチャレンジの支援、ものづくり支援、商店街の活性化等に向け、中小企業の交際費課税の特例の拡充を行うこととされた、ということである(※1)。 (※1) 財務省編「平成25年度 税制改正の解説」516頁参照。 (2) 更正の請求と挙証責任 納税者が申告等によっていったん確定した課税標準等又は税額等を、例えば納付税額が過大であったため減少させるというように、自己に有利に変更すべきことを税務署長に求める手続きを「更正の請求」という(通法23)。更正の請求には、①納税申告書に記載した課税標準等又は税額等に誤りがあるために行うもの(通常の更正の請求)と、②後発的理由によって課税標準等又は税額等の計算の基礎に変動が生じたため行うもの(後発的理由による更正の請求)とがある(※2)。 (※2) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)967頁。 更正の請求に係る挙証(立証)責任であるが、(3)で取り上げる裁判例で裁判所が指摘するように、申告納税方式による国税に係る税額は、その後に更正がされない限り、納税者の納税申告の通り確定するものであること、納税申告の前提となった事実関係及びそれを誤りであるとする事実関係は更正の請求を行う納税者が熟知していることが一般的であることなどの事情に照らせば、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、更正の請求に係る事実関係は納税者たる原告において主張、立証すべきものと解するのが相当であるといえよう。これは民事訴訟法における法律要件(分類)説(※3)に依拠するもので、権利障害要件たる事実については租税債務者たる納税者が立証責任を負うということになる(※4)。 (※3) 中野貞一郎他編『新民事訴訟法講義(第3版)』(有斐閣・2018年)400-401頁参照。 (※4) 金子前掲(※2)書1136-1137頁。 (3) 中小企業が飲食費等の名目で行った支出のうち交際費等に該当するものの判断基準が争われた事例 それでは本件と同様に、中小企業が飲食費等の名目で行った支出のうち交際費等に該当するものの判断基準について争われた事例(東京地裁令和5年5月12日判決・TAINSコード:Z888-2553)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 広告の企画・制作等を行う原告らは、京橋税務署の職員らによる実地調査(平成29年1月16日に原告らに対し開始された各調査をいう)を受けたところ、原告らが法人税の確定申告において交際費及びその他の費用として計上した飲食等の代金(代表者個人名義のクレジットカードにより支出)の一部は、租税特別措置法第61条の4第4項に定める交際費等に当たらず損金の額に算入することができないなどと指摘された。 原告らは、京橋税務署長に対し、平成29年5月15日、上記指摘を踏まえて、法人税、地方法人税及び消費税等の各修正申告書を提出した後に、当該損金の額に算入することができないと指摘された飲食等の代金が、いずれも原告らの業務に必要な交際費等に該当するなどと主張して、同年6月26日に更正の請求をしたところ、京橋税務署長は、国税通則法第23条第4項の規定に基づき、平成30年6月19日付け及び同年9月13日付けで、更正をすべき理由がない旨の各通知処分を行った。 本件は、原告らが、被告に対し、本件各通知処分の取消しを求める事案である。 なお、被告は、原告らの接待交際費(飲食費等)の支出につき、以下の通りA~Dに分類している。 〈飲食費等の支出類型〉 ② 事案の争点 原告らの行った飲食費等に関する支出の交際費該当性。 ③ 裁判所の判断 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例では、法人の支出した飲食代金の交際費該当性が問われたが、そこでポイントとなるのが、中小法人損金算入特例の下での、その支出の「目的」と法人の「業務」との「関連性」である。 被告・課税庁側は、裁判所が交際費等に該当すると認めた支出DのうちX及びYを相手方に含む飲食等の代金の中に、「プライベートで会ったものも含まれており、業務との関連性が立証されていない」と主張している。これに対し、裁判所は、「X及びYと原告らは、継続的に取引関係にあるものであり、互いに業務を発注するなどの実績があることに照らせば、X及びYを相手方に含む支出Dについては、明確に業務と関連性のないプライベートとして行ったものでない限りは、これにより親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なものであったということができる。そして、支出DのうちX及びYを相手方に含む飲食等の代金について、これらが明確にプライベートなものとして行ったものであることをうかがわせる証拠はない」として、課税庁の主張を斥けている。 取引先との飲食を伴う交際費の支出の中には、当該取引先の特定の担当者と支出する法人の代表者が個人的に仲良くなって、専らその親交を深める目的でなされるものもないとはいえないであろう。そのような支出は、本来であれば二者間のプライベートな飲み代であり、厳密に言えば法人が負担すべき交際費とは言い難いといえるかもしれない。しかし、「親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なもの」というべき交際費という支出の性質上、「継続的に取引関係にあるものであり、互いに業務を発注するなどの実績がある」というような関係性のある二者間における飲食費の支出を、外形的に「純粋にプライベートな支出」か否かを峻別することは、実務上、思いのほか困難であると言わざるを得ない。そうなると、裁判所が言うように、「明確に業務と関連性のないプライベートとして行ったものでない限り」交際費に該当すると判断するのが妥当といえよう。中小法人損金算入特例に係る飲食を伴う交際費の判断基準として、本裁判例の判断は実務の参考になるものと考えられる。 (4) 本件へのあてはめ 資本金が1億円以下の法人については、交際費等の額のうち、年額800万円の定額限度額については損金算入が認められているが(中小法人損金算入特例)、当該特例の対象となる交際費等に該当するか否かについての判断基準は、その支出の目的が一般的・抽象的なものでは足りず、具体的に当該法人の業務と関連性があるものであることを要するというべきである。 この場合、支出先がZ社と継続的な取引関係にあり、互いに業務を発注するなどの実績がある場合には、当該飲食に係る支出はその親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために必要なものであるということができることから、Z社の業務と具体的に関連性があると認められる。したがって、当該支出は交際費等に該当するものと考えられる。 (了)
〔令和6年度税制改正における〕 外形標準課税制度の見直し 【後編】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 2 改正内容(承前) 《100%子法人等への対応》 (1) 内容 次に掲げる要件を全て満たす法人については、外形標準課税の対象とされることになった(地法72の2①一ロ、地令10の2~10の5、地規3の13の4)。 (※1) 特定法人とは、払込資本の額が50億円を超える法人(外形標準課税対象外法人を除く)及び相互会社(外国相互会社を含む)をいう。 (※2) 当該事業年度終了の日に法人との間に完全支配関係がある他の法人が当該事業年度において特定法人に該当するものであるかどうかの判定は、同日以前に最後に終了した当該他の法人の事業年度終了の日(当該日がない場合には、当該他の法人の設立の日)の現況により判定する。 (※3) 公布日以後に当該法人と当該特定法人との間に完全支配関係(当該法人以外の特定法人による完全支配関係に限る)がある場合その他一定の場合において、当該法人が剰余金の配当(払込資本の額のうち資本剰余金の額の減少に伴うものに限る、(※4)において同じ)又は出資の払戻しをしたときは、当該剰余金の配当又は出資の払戻しにより減少した払込資本の額を加算した額(㋐(a)の場合)。 (※4) 公布日以後に特定親法人(当該事業年度において当該法人と他の法人との間に当該他の法人による完全支配関係がある場合における当該他の法人)と当該法人との間に当該特定親法人による完全支配関係があり、かつ、当該法人との間に完全支配関係がある全ての特定法人が有する株式(出資)の全部を当該全ての特定法人のうちいずれか一のものが有するものとみなした場合において当該いずれか一のものと当該法人との間に当該いずれか一のものによる完全支配関係があることとなるときその他一定の場合に、当該法人が剰余金の配当又は出資の払戻しをしたときは、当該剰余金の配当又は出資の払戻しにより減少した払込資本の額を加算した額(㋐(b)の場合) 特定法人は、払込資本の額が50億円を超える法人であり、かつ、外形標準課税対象外法人以外の法人である。特定法人からは外国法人は除外されていないため、外国法人が特定法人となる場合も考えられる。 上記㋐の(a)と(b)の典型的な場合を示すと下記の通りになる。 払込資本の額とは、前回の《減資への対応》と同様、資本金及び資本剰余金の合計であるため、株式会社の場合は、資本金、資本準備金及びその他資本剰余金の合計となる。 払込資本の額を減少させて本改正の適用を免れようとする場合も想定されるため、一定の剰余金の配当や出資の払戻しを行った場合の調整措置が設けられている。すなわち、公布日以後に資本剰余金の減少に伴う剰余金の配当や出資の払戻しを行った場合、減少した払込資本の額を加算することとなっている((※3)及び(※4))。公布日前に行ったものについての調整が不要とされる点は、《減資への対応》と同様である。 なお、配当等を行った事業年度だけでなく、以後の各事業年度においても払込資本の額に加算される点に留意が必要である。 配当が加算対象となる場合を例示すると下記の通りである。 ㋐(a)の場合 ㋐(b)の場合 財務省から公表された「令和6年度 税制改正の解説」(880頁)によると「当該年度の100%親法人と異なるグループに所属していた(当該100%親法人との間に完全支配関係がない)ときに行われた配当については、現グループ下での『100%子法人等に対する措置の適用を回避』とはいえないため、加算の対象外とされてい」るとのことから、上記㋐(a)の場合は、配当時と当該事業年度の特定法人は同じであること、㋐(b)の場合は、配当時と当該事業年度の特定親法人は同じであることが前提と思われる。M&Aなどにより、配当時の特定法人又は特定親法人と当該事業年度の特定法人又は特定親法人とが異なる場合の配当は、加算対象にはならない点に留意が必要である。 なお、判定対象となる法人の当該事業年度終了の日に当該法人との間に完全支配関係がある他の法人が、当該事業年度において特定法人に該当するかどうかの判定(具体的には、当該他の法人の払込資本の額が50億円を超えるか否かの判定)は、上記の(※2)にある通り、同日以前に最後に終了した当該他の法人の事業年度終了の日において行う。判定対象法人と他の法人が同一の決算期であれば、結果として、判定対象法人の当該事業年度終了の日に判定することになるが、決算期が異なる場合には、他の法人が特定法人となるかどうかの判定は、判定対象法人ではなく、他の法人の事業年度終了の日(判定対象法人の当該事業年度終了の日以前に最後に終了した事業年度終了の日)において判定することになるので留意が必要である。 設例1:判定対象法人と他の法人が同一の決算期である場合 判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)に完全支配関係のある他の法人が特定法人に該当するかどうかの判定は、当該他の法人の事業年度終了の日(令和9年3月31日)において行う。 設例2:判定対象法人と他の法人が異なる決算期である場合 判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)に完全支配関係のある他の法人が特定法人に該当するかどうかの判定は、当該他の法人の事業年度終了の日(令和8年12月31日)において行う。 したがって、令和8年12月31日時点で他の法人が特定法人に該当する場合、その後、資本の払戻し等により、判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)時点では、特定法人の要件を満たさなくなったとしても、特定法人に該当するものとして判定を行うものと思われる。 逆に、令和8年12月31日時点で他の法人が特定法人に該当しない場合、その後、増資等により、判定対象法人の当該事業年度終了の日(令和9年3月31日)時点では、特定法人の要件を満たしたとしても、特定法人には該当しないものとして判定を行うものと思われる。 なお、電気供給業のうち、小売電気事業等、発電事業等及び特定卸供給事業を行う法人についても本改正の対象となる点に留意が必要である。 (2) 適用時期 令和8年4月1日以後に開始する事業年度について適用される。《減資への対応》と適用時期が異なるので注意が必要である。 (3) 負担変動軽減措置(改正地法附則8②③) 本改正により外形標準課税の対象となった法人については、負担変動軽減措置が講じられている。すなわち、令和8年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度分の事業税(令和8年度分基準法人事業税額)が、当該法人を外形標準課税対象外法人とみなした場合の事業税額(令和8年新法を適用した税額、比較法人事業税額)を超える場合には、当該超える金額の3分の2に相当する金額が法人事業税額から控除される。 また、令和9年4月1日から令和10年3月31日までの間に開始する各事業年度分の事業税(令和9年度分基準法人事業税額)が、比較法人事業税額を超える場合には、当該超える金額の3分の1に相当する金額が法人事業税額から控除される。 (4) 特例措置(地法附則8の3の4、地令附則6) 改正産業競争力強化法の施行日(令和6年9月2日)から令和9年3月31日までの間に特別事業再編計画について認定を受けた認定特別事業再編事業者が、特別事業再編計画に従って行うM&Aにより100%子法人となった法人(当該計画の認定を受けた者が当該計画の認定を受ける前5年以内に買収した法人(5年以内株式等取得等法人)を含む)については、5年間、外形標準課税の対象外とされる。 なお、本特例措置の適用を受ける場合、申告書に本特例措置の対象法人又は5年以内株式等取得等法人に該当するものであることを証する書類として一定の書類を添付する必要がある点に留意が必要である(宥恕規定あり)。 《申告書への添付書類》 外形標準課税対象法人は、申告の際、貸借対照表及び損益計算書の添付義務がある(地規4の5一)。改正により、株主資本等変動計算書及び法人の事業等の概況に関する書類が追加された(同三四)。なお、法人の事業等の概況に関する書類には、当該法人との間に完全支配関係がある他の法人との関係を系統的に示した図が含まれる。 対象法人の払込資本の額については貸借対照表、親法人との間に完全支配関係があるかどうかは出資関係図、資本剰余金を原資とする配当の額については株主資本等変動計算書により確認が行われる。親法人が特定法人に該当するかどうかについては、新たに用意される別表(第六号様式別表四の四)を用いる(週刊税務通信「外形標準課税の見直しの概要と実務上の留意点」税務研究会No.3811、令和6年7月22日官報号外173号)。 3 中間申告義務の判定に関する改正(地法附則8の3の3②、令和8年4月1日以後開始事業年度は地法72の26①⑧⑨) 法人税において中間申告の必要がない法人については、事業年度の期間が6ヶ月を超える場合であっても、原則として、法人事業税についての中間申告を要しないとされるが、外形標準課税の対象法人については、例外的に、中間申告の義務が生ずる。 改正前は、当該事業年度開始の日以後6ヶ月を経過した日の前日において外形標準課税の対象とされる法人である場合に中間申告の義務が生ずるとされていた。 改正により、令和7年4月1日以後開始事業年度から、当該事業年度の前事業年度において外形標準課税の対象とされる法人である場合に中間申告の義務が生ずることになる。 したがって、当該事業年度開始の日以後6ヶ月を経過した日の前日において外形標準課税の対象とされない法人であっても、前事業年度において外形標準課税の対象とされる法人については、中間申告の義務が生ずる点に留意が必要である。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第46回】 「取引単位営業利益法の適用」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 独立企業間価格の算定方法の1つである取引単位営業利益法の適用に当たり、比較対象取引に該当するか否かにつき国外関連取引と非関連者取引との類似性の程度を判断する場合にはどのような要素を勘案すべきでしょうか。 〔A〕 取引単位営業利益法の適用に係る最近の裁判例において、租税特別措置法施行令39条の12第8項2号、「OECD移転価格ガイドライン 2010年版」(以下「OECDガイドライン(10年版)」という)パラ1.36 、租税特別措置法通達66の4(3)-3を踏まえ、比較対象取引について(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の各要素から検討するという判断枠組みが示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 取引単位営業利益法とは (1) 制度の概要 取引単位営業利益法とは、再販売価格基準法及び原価基準法が比較対象取引に係る売上総利益を基に国外関連取引に係る対価の額を算出する方法であるのに対して、比較対象取引に係る営業利益を基にして国外関連取引に係る対価の額を算出する方法をいう。 これは、国外関連取引に係る内国法人又は国外関連者のうち、機能が単純な一方を検証対象とし、当該検討対象法人に係る比較対象取引を選定して独立企業間価格を算定する方法であり、具体的には、次表の(1)~(4)の方法が規定されている。 なお、表中の「ベリー比」とは、取引単位営業利益法を用いて独立企業間価格を算定する際に使用する利益水準指標として、平成25年度税制改正において導入されたもので、営業費用に対する売上総利益の比率をいい、販売仲介業者の行う販売サービスのように、機能・リスクが限定的で、その利益が営業費用に比例する活動に係る利益率を検証する場合に有用な利益水準指標と考えられている(※1)。 (※1) 財務省「平成25年度 税制改正の解説」732頁 上記いずれの方法を採用するにせよ、比較対象取引と国外関連取引とが、棚卸資産の買手又は売手の果たす機能その他において差異がある場合には、その差異により生ずる割合の差につき必要な調整を加えた後の割合を用いることとされている。 (2) 比較対象取引の選定(基本三法との比較) 国外関連取引と非関連者間取引との差異が独立価格比準法(措法66の4②一イ)に規定する対価の額又は再販売価格基準法(同ロ)及び原価基準法(同ハ)に規定する通常の利益率の算定に影響を及ぼす場合であっても、取引単位営業利益法に規定する割合の算定においては、当該差異が影響を及ぼすことが客観的に明らかでない場合があるため、取引単位営業利益法の適用においては、基本三法の適用に係る差異の調整ができない非関連者間取引であっても、比較対象取引として選定して差し支えない場合があるとされている(移転価格事務運営指針4-11)。 なお、国外関連取引の当事者が果たす主たる機能と非関連者間取引の当事者が果たす主たる機能が異なる場合には、通常その差異は上記(1)の割合の算定に影響を及ぼすことになる。 (3) 販売のために要した販売費及び一般管理費の取扱い 取引単位営業利益法により独立企業間価格を算定する場合の「国外関連取引に係る棚卸資産の販売のために要した販売費及び一般管理費」には、その販売に直接に要した費用のほか、間接に要した費用が含まれる。この場合において、国外関連取引及びそれ以外の取引の双方に関連して生じたものがあるときは、これらの費用の額を、個々の取引形態に応じて、例えば、当該双方の取引に係る売上金額、売上原価、使用した資産の価額、従事した使用人の数等、当該双方の取引の内容及び費用の性質に照らして合理的と認められる要素の比に応じてあん分することとなる(移転価格事務運営指針4-12)。 以下では、取引単位営業利益法の適用が争われたIHI事件について検討する。 2 過去の裁決例 《東京地裁令和5年12月7日判決》(※2) (※2) (TAINSコード:Z888-2653) (1) 事案の概要 本件は、原告Xの所轄税務署長であるYが、Xとその国外関連者であるA社(タイ法人)との間の車両過給機(ターボチャージャ)に係る部品輸出取引、無形資産取引及び役務提供取引(これらを併せて本件国外関連取引)について、これらによりXが支払を受けた対価の額が、独立企業間価格に満たないとして法人税等の各更正処分等をしたことに対し、Xが、Yが独立企業間価格を算定するに当たって採用した方法(本件算定方法)は、取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法ではなく、Yが算定した金額をもって独立企業間価格ということはできないなどとして、上記各更正処分等の取消しを求める事案である。 Xは資源・エネルギー、社会インフラ、産業機械、航空・宇宙の4つの事業分野を中心に事業活動を行っている内国法人である。A社は、車両過給機の部品又はその部材をXないし現地サプライヤーから購入して、車両過給機を製造し、主として日系自動車メーカーに販売するほか、その一部完成品や部品をXの関係会社に販売している。Yが比較対象法人として選定したC社及びD社(本件比較対象法人)の概要は次のとおりである。 (2) 争点 本件算定方法は取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法か否か(争点1)。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、争点1につき、①取引単位、②損益単位、③比較可能性の3つの観点から検討している。さらに③について、国外関連者と比較対象法人の差異が、売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えないか、又は当該差異が与える影響を取り除くために相当程度正確な調整が可能であれば、比較対象法人の売上高営業利益率を基に、国外関連取引の独立企業間価格を算定することができるとした上で、租税特別措置法施行令39条の12第8項2号、OECDガイドライン(10年版)のパラ1.36、租税特別措置法通達66の4(3)-3(※3)を踏まえ、(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の各要素から検討し、その結果、A社と比較対象法人の(4)に係る差異については調整不能であり、A社と本件比較対象法人との間には比較可能性がないと判示し、その余の争点について判断するまでもなく、Xの主張はいずれも理由があるとして、国側の処分を取り消した。以下では、上記のうち①及び結論の根拠となった③(4)について要約する。 (※3) 同通達は、独立企業間価格算定(取引単位営業利益法に限らない)に当たり、比較対象取引該当性につき、国外関連取引と非関連者間取引との類似性の程度を判断する場合に勘案する諸要素として、(1)棚卸資産の種類、役務の内容等、(2)売手又は買手の果たす機能、(3)契約条件、(4)市場の状況、及び(5)売手又は買手の事業戦略を挙げている。 ① 国外関連取引に対応する取引の範囲について 東京地裁は、取引単位営業利益法の考え方について、「棚卸資産の国外関連取引の独立企業間価格を、国外関連者から非関連者に対する『当該棚卸資産』の再販売価格から、それに適正な売上高営業利益率を乗じた額及び国外関連者の販管費を控除することによって求めようとするもの」とした上で、「内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結びついているような場合には、これら複数の取引に対応する取引の対象は、結果として、これらの複数の取引によって国外関連者が得た資産及び同資産に国外関連者が付加した価値をすべて包含するものになる。そうすると、国外関連者が相互に密接に結びついている取引(国外関連取引)によって得た資産に価値を付けたものを非関連者に譲渡した取引(国外関連取引に対応する取引)の価格に基づき当該国外関連取引の独立企業間価格を算定しても、取引単位営業利益法(2号)の考え方に反することはないというべきである。」と結論付けている。 その根拠としてOECDガイドライン(10年版)が、個々の取引が密接に結びついている場合には、個々の取引の独立企業間価格を適正に評価することができない場合がしばしばあるとした上で、「関連製造業者に対する、製造ノウハウの使用許諾と不可欠な部品の供給があり、このような場合には、個々に独立企業の条件を評価するよりも、2つをまとめて評価する方がより合理的かもしれない」と指摘している部分(同ガイドラインのパラ3.9)を引用している。 以上により、東京地裁は、「内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結び付いており、個別の取引ごとに評価するのでは適正に独立企業間価格を算定することができないような場合において、複数の取引を一体の国外関連取引として取り扱って、これに対応する取引価格をもって独立企業間価格を算定する方法は、取引内容に適合し、取引単位営業利益法(2号)の考え方から乖離しない合理的な方法であるということができる。」と判示し、Xによる本件国外関連取引を一体の取引として取り扱うことはできないという主張を排斥した。 ② 比較可能性における市場の状況について 東京地裁は、市場占有率の比較及び需要の比較の2つから市場の状況の同種性・類似性を検討した結果、A社と本件比較対象法人の間に認められる差異は、両社の売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えており、この市場の状況の差異が与える影響を取り除くための適当な指標は見当たらず、相当程度正確な調整は可能ではないと結論付けた。 ◎市場占有率について ◎需要について 3 検討 本件は、移転価格算定方法のうち、取引単位営業利益法の適用の是非が争われた初めての裁判例である。取引単位営業利益法は、営業利益率を比較する方法であり、事業の遂行上の機能の差異は、一般的に、販売費及び一般管理費の水準として反映されるため、売上総利益に大きな差があっても営業利益水準では一定程度均衡することから、取引当事者が果たす機能に差異があっても調整不要となる場合があり、基本三法よりも差異の影響を受けにくく、かつ公開情報から比較対象取引を抽出しやすいといわれており(※4)、現在では実務的に多く利用されている方法である。 (※4) 井藤正俊『移転価格の実務Q&A』(清文社・2020年)212頁 東京地裁は、上記のとおり、比較可能性について、(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の5つの要素に分けて検証する判断枠組みを示した。そのうち(4)を除く要素については、A社と本件比較対象法人の類似性を肯定するか、差異があっても売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えないと判断している。 一方、(4)市場の状況については、A社も本件比較対象法人もともに日系自動車メーカーを主たる顧客としているので、一見共通の市場において事業活動しているように思えるが、東京地裁は、市場の状況について、一歩踏み込んで市場占有率の比較と需要の比較に分けて検討し、その結果、本件各事業年度における市場占有率や環境規制による需要の増大という市場の状況の差異は、A社と本件比較対象法人の売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えており、その差異の相当程度正確な調整は可能ではないとし、A社と本件比較対象法人との間に比較可能性があるということはできないと判示している。 OECDガイドライン(10年版)は「営業利益指標は、競争上の地位のように粗利益及び価格にも影響を及ぼす要因によって影響を受けることがあるが、これらの要因の影響を容易には取り除くことができない」(パラ2.70)と述べており、これが東京地裁の判断を後押ししたものと思われる。このように、市場の状況を市場占有率の比較と需要の比較の2つに分けて検討したところに本判決の特徴がある。 もっとも、この結論に至る判断の過程において、東京地裁は、市場占有率について「本件比較対象法人が当該自動車部品市場において高い市場占有率を有していたとは考えにくい」と述べるが、これは具体的な根拠に基づかない推定であるし、また、需要についても「A社の車両過給機の販売台数は、(中略)本件各事業年度中も概ね微減するにとどまっている」と述べているので、本件各事業年度以前に既に需要の増大があり、営業利益率の上昇に影響したといっても、本件各事業年度において、本件比較対象法人との間の需要の差となって実際に表れたかどうか不明である。よって、地裁判決には、一部、やや強引とも思われる論旨展開が見られる点を指摘しておきたい。 なお、本件は現在、敗訴した国側が東京高裁に控訴(※5)しており、判決の行方が注目される。 (※5) 税務通信No.3811(令和6年7月22日)6頁 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第162回】 株式会社アマナ 「特別調査委員会調査報告書(公開版)(2023年5月8日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 本連載は、なるべく直近に公表された調査報告書を解説することを目的としているが、連載第162回となる本稿では、短期間に設置した3つの調査委員会から、会計不正の調査結果及び原因分析の報告と再発防止策の提言を受けたものの、第三者割当による新株発行と株式の併合を経て、2024年1月29日に上場廃止となった株式会社アマナについて、それぞれの調査委員会が提言した再発防止策が、なぜ機能しなかったのかを中心に論考を進めたい。 なお、本稿で取り上げている各調査委員会の調査報告書については、株式会社アマナの社外向けサイトからはすでに削除されていることから、「第三者委員会ドットコム」へのリンクとなっていることをあらかじめお断りしておきたい。 【株式会社アマナの概要】 株式会社アマナ(以下、「アマナ」と略称する)は、1979年4月に設立したアーバンパブリシティ株式会社を実質上の存続会社とする。社名変更、合併を経て、1997年11月、現商号に変更。ビジュアルコミュニケーション事業を主たる事業とする。2022年12月期の有価証券報告書によれば、連結売上高14,165百万円、経常損失1,311百万円で、4期連続して経常損失を計上していた。従業員数は784名。2024年1月29日の上場廃止前は東京証券取引所グロース市場上場。会計監査人は、2020年12月期までEY新日本有限責任監査法人、2021年12月期からHLB Meisei有限責任監査法人。 【アマナ社内調査委員会(2018年設置)の概要】 【アマナ特別調査委員会(2020年設置)の概要】 【アマナ特別調査委員会(2022年設置)の概要】 【アマナによる再発防止策の履行状況の検証】 前項で見たとおり、アマナではほぼ2年に1回会計不正が発覚して調査委員会を設置し、調査委員会から「再発防止策」の提言を得て、これを履行してきた経緯がある。にもかかわらず、2022年12月には3度目となる調査委員会を設置し、過年度の有価証券報告書の訂正が必要となる事案が起きている。しかも、会計不正の分類から考えると、2020年事案と2022年事案は、不正な売上計上という点ではほぼ同じと言えよう。そこで、本稿では2022年委員会による調査報告書の内容をもとに「なぜ、アマナにおいて再発防止策は機能しなかったのか」について、検討したい。 1 2018年委員会による再発防止策とその履行状況 2018年委員会は、再発防止策を次のように策定・提言した(2018年委員会調査報告書16ページ以下)。 こうした提言を受けて、アマナではどのように再発防止策を実施してきたのか。そのプロセスと評価を、2022年委員会は次のようにまとめている(2022年委員会報告書146ページ以下)。 2 2020年委員会による再発防止策とその履行状況 次に、2020年委員会による再発防止策の策定・提言は次のとおりである(2020年委員会報告書39ページ以下)。 2度目の提言を受けたアマナは、どのように再発防止策を実施してきたのか。そのプロセスと評価を、2022年委員会は次のようにまとめている(2022年委員会報告書154ページ以下)。 3 2022年委員会による再発防止策(2022年委員会調査報告書203ページ以下) 2022年委員会による調査報告書では、再発防止策を役職員に浸透させ、納得させたうえで実効性を担保することは大変困難であることが説明されている。また、直接の言及はないものの、アマナにおける2回の調査委員会設置事案では、取締役会は役員報酬の自主返納を決議したものの、創業者でありオーナーであった代表取締役以下の経営陣の経営責任は問われていないことにも、「社長メッセージの真意が伝わっていない」「過去の不適切事案の行為者の処分が軽い」といった不満につながっている可能性が考えられるだろう。 こうした過去の再発防止策の評価を行った2022年委員会は、どのような再発防止策を提言しているのかを検討したい。ここでは、個別の事案に対するものではなく、アマナの内部統制上の問題点とガバナンス上の問題点、つまり、アマナが会計不正を繰り返し生じさせてしまった原因に対する再発防止策を引用しておきたい。 (※1) 2022年調査委員会によれば、「1.5線」とは、管理部門としての視点を持ちつつ、現場に近いポジションで業務サポート機能・牽制機能を提供することのできる人材を意味している。 2022年委員会の再発防止策の提言の中で、他社の調査委員会報告書と比較して異例とも言える項目「アマナの上場会社としての適格性について」について検証したい。 2022年委員会は、アマナが過去に四半期決算や通期決算の発表を延期し、四半期報告書や有価証券報告書の提出を延長し、定時総会を継続会とすることを繰り返してきたことを挙げ、さらに、2022年12月期第3四半期末において254百万円の債務超過であり、債務超過を解消するために資金調達をする可能性があるにもかかわらず、2020年調査後の再発防止策としていた最高財務責任者の選任ができる目処は立っていないことなどから、「上場会社の体をなしているとは言い難い」という厳しい評価を下した。 そのうえで、2022年委員会は、再発防止策の締めくくりとして、アマナのこうした現状につきアマナの各種ステークホルダーが抱いている、「アマナに本当に上場会社としての適格性があるのか?」「代表取締役社長に本当に上場会社の経営トップとしての適格性があるのか?」「あるいは、非上場化という選択肢はないのか?」という疑問に対して、取締役会は正面から向き合い、社外役員が主導して徹底的に識論し、責任ある答えを導き出し、説明責任を果たすことが、「アマナにとっての再発防止策の根幹に位置づけられるものと考える」と結んでいる。 【証券取引等監視委員会による課徴金納付命令勧告】 アマナは、前述した3回の調査委員会設置事案に関連して、2022年11月1日と翌年12月15日の2度、証券取引等監視委員会(以下、「監視委」と略称する)から、課徴金納付命令勧告を受けている。監視委が毎年公表している「開示検査事例集」から、監視委による、アマナの会計不正の概要とその背景・原因の分析を見ておきたい。 まず、監視委が、2022年11月1日に課徴金納付命令勧告を発出したアマナの不適正な会計処理の概要は、次のとおりである。 (※2) 証券取引等監視委員会事務局「令和4事務年度開示検査事例集」15ページ以下 続いて、監視委が2023年12月15日に、アマナに対して課徴金納付命令勧告を発出した事案についての不適切な会計処理の概要は、次のとおりである。 (※3) 証券取引等監視委員会事務局「令和5事務年度開示検査事例集」27ページ以下 どちらの分析でも、監視委は、「内部統制の不備」「コンプライアンス意識の欠如」「役員の意識の問題」などを挙げており、これはとりもなおさず、最初の会計不正に対する再発防止策が機能していないことを、監視委が認めたことを意味している。 【調査報告書の特徴】 3回目の調査委員会設置事案で調査を担当した有識者たちは、アマナの代表取締役をはじめとする経営陣に対して、真っ向から、「アマナに上場を維持する資格があるのか」と問い質す内容の再発防止策の提言を行った。こうした厳しい提言を経営陣がどのように受け止めたかは不明であるものの、アマナは、その後、第三者割当増資に伴う株式の併合により上場廃止になるとともに、取締役の全員が第三者割当増資の払い込みに伴って辞任した。 新しい経営陣のもとでのアマナの業績は、事業再生ADR手続に基づく事業再生計画の成立、全従業員の8分の1程度に当たる100名の希望退職者の募集などの事業構造改革の成果もあってか、同社サイトで公開されている2023年12月期の貸借対照表の要旨によれば、当期純利益が4,147百万円で、債務超過の解消はもちろん過去の累積損失も一掃できているようである。 1 東京証券取引所による特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求 2023年7月3日、東京証券取引所は、「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」をリリースして、アマナの内部管理体制上の不備について、次のように指摘している。 2 調査費用・過年度決算訂正費用 アマナの有価証券報告書及び四半期報告書から、調査費用などをまとめてみたい。勘定科目については会社発表どおりとしている。 費用の内訳は不明であるものの、社外役員中心の調査でも1億7千万円、3回目の調査では調査期間も4ヶ月以上と長かったこともあり、6億5千万円を超える費用が発生している。これ以外にも、監視委による2回の課徴金納付命令勧告に基づく課徴金が5,450万円、上場契約違約金が960万円課されており、度重なる会計不正の発覚がもたらすコストの大きさを痛感させられる。 (了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第8回】 「現金及び現金同等物に係る換算差額とは何か」 公認会計士 石王丸 周夫 連結キャッシュ・フロー計算書の下の方に、「現金及び現金同等物に係る換算差額」という項目を見かけることがあります。今回は、この項目で金額が訂正になったケースを取り上げます。 「換算差額」とあるので、為替の換算が関係していることは察しがつきます。しかし、正確なところはよくわからないという人もいるのではないでしょうか。そもそも、この項目は何のためにあるのでしょうか。早速、訂正事例から学んでいきましょう。 訂正事例の概要 決算短信の連結キャッシュ・フロー計算書において、次のような訂正事例があります。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示) この事例では、主たる訂正箇所が2箇所あります。 第1は、連結キャッシュ・フロー計算書の投資活動によるキャッシュ・フロー区分の「定期預金の預入による支出」です。訂正により、この項目を追加しました。その理由は、【第7回】で取り上げた訂正事例と同じです。預入期間が3ヶ月を超える定期預金があることに気づき、訂正したものです。 第2は、「現金及び現金同等物に係る換算差額」です。その金額を訂正しています。上の訂正事例では省略していますが、投資活動によるキャッシュ・フローの下に、財務活動によるキャッシュ・フローがあり、その下に「現金及び現金同等物に係る換算差額」があります。この訂正は、第1の訂正箇所に連動したものです。 上記の結果、投資活動によるキャッシュ・フローの合計金額、「現金及び現金同等物の増減額(△は減少)」、そして「現金及び現金同等物の期末残高」の数字も訂正となっています。 連結キャッシュ・フロー計算書のこれらの数値の訂正により、決算短信のサマリー情報や「経営成績等の概況」の記載においても、その引用箇所が訂正になっています。 「現金及び現金同等物に係る換算差額」とは 第2の訂正箇所である「現金及び現金同等物に係る換算差額」について、その内容を会計基準等で確認しておきましょう。会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」によると、次のものが「現金及び現金同等物に係る換算差額」に計上されます。 特に②がよくわかりませんね。順に説明していきます。 まず①は、たとえば、親会社の外貨預金について発生した為替差損益です。 キャッシュ・フロー計算書は、期首のキャッシュ残高と期末のキャッシュ残高のつながりを示す財務諸表です。外貨建てのキャッシュがあれば、それに係る為替レートの変動による影響も、期首と期末の差に含まれます。しかし、外貨ベースのキャッシュ残高に変動がない場合でも、円換算の結果、キャッシュの増減があるように見えてしまうため、それを別項目で示そうというのが、ここでの趣旨です。 外貨預金の為替差損益は、連結損益計算書の為替差損益に計上されており、連結キャッシュ・フロー計算書では、スタートの項目である税金等調整前当期純利益に含まれています。したがって、その額を取り除き、「現金及び現金同等物に係る換算差額」に計上します。 この①を「現金及び現金同等物に係る換算差額」に計上する場合、同時に営業活動によるキャッシュ・フローの「為替差損益」も動く(同指針の設例の甲社に関する処理参照)と考えられます。上の訂正事例ではどうだったかというと、為替差損益の訂正はありませんので、これは①には該当しないと推定できます。つまり、②に関する訂正だったと読めます。 ②は、在外連結子会社がある場合の連結キャッシュ・フロー計算書で発生します。趣旨としては①と同じです。計算例を使って説明します。 たとえば、在外連結子会社の現金及び現金同等物の残高が次のとおりだったとします。 この場合、期中の増減は7FCです。 そして、為替レート(円/FC)は次のとおりだったとします。 以上の前提で、上記②を計算します。次のとおりです。 連結キャッシュ・フロー計算書では、在外連結子会社の期首と期末の現金及び現金同等物を円換算する際、期首残高は期首の為替レートで、期末残高は期末の為替レートで換算するため、両者の差額には為替の変動による影響額が含まれます。それが37円だったというのが、上の計算です。これを別項目にすることで、期中レートによるキャッシュ・フローが示されるというのが、「現金及び現金同等物に係る換算差額」を設ける目的です。 開示前のチェックポイント 以上の話をまとめてみましょう。 上記訂正事例は、まず、在外連結子会社にて期日3ヶ月超の定期預金が新たに預けられていたことがわかり、その額を期中平均レートで換算した額を、「定期預金の預入による支出」に計上しました。そして、「現金及び現金同等物に係る換算差額」に含まれていたこれに係る為替変動の影響額を除外しました。おそらくこのような背景があったと解されます。 親会社にて、子会社の3ヶ月超の定期預金の存在を見つけ出すというのは、報告されていない限り、ちょっと難しいでしょう。ただ、3ヶ月超の定期預金に預けられたのは余剰資金だと思われるので、何らかの理由により、子会社で資金の余剰が発生したと考えられます。一般論にすぎませんが、子会社の期末資金残高が対前期末で顕著に増加している場合、親会社としては、子会社管理上、その理由を押さえておく必要があります。その作業の一環として、3ヶ月超の定期預金の存在に気づく機会はありそうです。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第54回】 「中小M&Aガイドライン(第3版)の活用」 ~経営者保証に関する対応~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして売り手を見る際の手がかりを得る。 売り手企業 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして買い手を見る際の手がかりを得る。 支援機関(第三者) ⇒中小M&Aガイドラインを買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして買い手・売り手の見方を知る。 ◎ 中小M&Aガイドラインの改訂 2024年8月に中小M&Aガイドラインが改訂されました。改訂内容のうち、本稿では対象企業の見方・見られ方に関係する点を中心に解説します。買い手や売り手企業にとっては、主に「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」が参考になりますし、支援機関(第三者)にとっては、主に「第2章 支援機関向けの基本事項」が参考になります。 (1) 中小M&Aガイドライン(第3版)の概要 〈中小M&Aガイドライン(第3版)の概要〉 (※) 経済産業省「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」及び「中小M&Aガイドライン(第3版)」)を基に筆者加工 「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」等によれば、上記の表のように項目が7つ掲げられており、主に第2版に追記する形で記載の充実が図られています。 この中から本稿では、特に買い手・売り手の見方・見られ方との関係性がみられる内容を中心に解説したいと思います。 (2) 最終契約段階でのリスクと対応策~経営者保証を例に~ 中小企業庁ウェブサイトの「中小M&Aガイドライン」のページには、第3版の改訂にあたって、「譲り渡し側・譲り受け側の当事者間において、最終契約に定めた事項の不履行等のトラブルも発生している。特に、譲り渡し側の経営者保証の扱いについては、譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側に移行させる想定であったにもかかわらず移行しない等の行為を行う譲り受け側の存在も指摘されている。」との問題提起がされています。 これを受けた第3版では、たとえば中小企業向けの内容として「Ⅱ 中小M&Aの進め方」の「3 中小M&Aにおける一般的な手続の流れ(フロー)」の「(8)最終契約の交渉・締結」において、買い手・売り手間のトラブルになり得る経営者保証に関する対応の解説がされています。 経営者保証に関して、中小M&Aでは、買い手側による売り手側の経営者保証の解除・引継ぎに係る義務、経営者保証の解除・引継ぎがされなかった場合に、売り手側の経営者保証に基づく請求が発生した際などの契約解除・補償等のリスクがあるため、こうしたリスクへの対応策が記載されています。 「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、最終契約の内容について売り手も買い手も十分確認することが重要であり、その1つに売り手側の経営者保証が挙げられています。 ① 経営者保証解除の動機 中小M&Aにおいて、売り手のM&Aの動機には経営者保証を解除したいという思惑があって進められる場合があります。しかし、売り手の思惑がそうであっても、経営者保証の解除や買い手への引継ぎをするために、乗り越えなければならないハードルがあります。 最も重要なことは、売り手の一存では経営者保証の解除等ができず、主に金融機関、買い手といった経営者保証の関係者からの同意がないと経営者保証の解除や引継ぎが進まないことです。 経営者保証の解除等に関するM&A前の対応策の例として、「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、以下の項目が挙げられています。 これらの対応策を通じた売り手側から見た金融機関や専門家へのアプローチや視点として、売り手が将来的なM&Aを検討するなら、経営者保証の解除に向けた相談に金融機関が耳を貸してくれるかどうか、弁護士を中心に相談できる士業等専門家のサポートを受けられそうか、といった普段の対応や行動も重要だといえそうです。 なお、実務上は、中小企業活性化協議会への相談機会はそれほど多くないと思いますが、参考までにリンク先URLを掲載しますので、よろしければ閲覧ください。 ② 経営者保証の解除と引継ぎ 「中小M&Aガイドライン(第3版)」では「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」を例に挙げ、事業承継時の保証契約の見直しを検討するも、なおも売り手の経営者保証を継続する場合は保証の必要性を慎重に検討することが必要と記載されています。 その際に勘案する点として、以下が例示されています。 これらが事業承継時を含め、中小M&Aにおける経営者保証の引継ぎ判断に影響するようであれば、売り手からすれば買い手がこれらの状況を総合的に勘案の上、売り手の主張や意向も踏まえて互いの着地点を見出せる相手かどうかがM&Aの成否に大きく影響すると思われます。 ③ 売り手の対応 上記②によって、売り手に対する買い手の理解があったとしても、経営者保証の解除・移行の実施は最終的に金融機関等が判断します。 経営者保証を外すか否かの判断にあたっては、売り手の信用力が少なからず影響しますし、買い手が経営者保証の解除・移行に消極的なら、そもそも売り手と買い手間での経営者保証の解除・移行の議論が行われず、まったく実施もされない可能性があります。この場合、買い手から最終的な判断を下す金融機関への相談がなされないままM&Aの交渉が進んでしまうことになり、売り手としては痛手となるので気をつけなければなりません。 このようなリスクがある点を踏まえ、売り手がM&Aで経営者保証を確実に解除・移行したい場合、「中小M&Aガイドライン(第3版)」では次のような手段が挙げられています。 なお、上記④の経営者保証の解除・移行をクロージング条件として設定する場合、以下のような一歩進んだ提案も「中小M&Aガイドライン(第3版)」で紹介されています。 * * * 次回も「中小M&Aガイドライン(第3版)」から、買い手・売り手の見方・見られ方に関する内容に絞って解説する予定です。 (了)