〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第24回】 (最終回) 「リモートワークを導入する際の留意点」 弁護士 影島 広泰 -Question- 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、予防対策としてリモートワークの導入を検討していますが、中小企業がリモートワークを導入する際に情報管理の面で気をつけるべき点は何でしょうか。 -Answer- 覗き見・盗難の防止、データの暗号化、パソコン起動時のパスワード設定、ウイルス対策等、個人情報保護法の安全管理措置を講じる必要があります。 これまで本連載では、23回にわたって中小企業の情報管理と法的責任について解説してきた。最終回となる今回は、これまでの連載を参照しながら、中小企業がリモートワークを導入する際の留意点について考えたい。 1 リモートワーク 新型コロナウイルスの感染・拡散防止のための対策を講じることを契機に、リモートワーク(自宅等での勤務)を導入する企業が急増している。また、実際の導入までは至っていないとしても、今後BCP(事業継続計画)を考える際にリモートワークを導入することを検討している企業も多いであろう。 中小企業がリモートワークを導入する際に、情報管理の面から気をつけるべき点は何であろうか。 (1) 物理的な措置 リモートワークを導入する際に、情報管理の面で気をつけるべき法律は、個人情報保護法である。本連載の【第2回】で述べたとおり、個人データを漏えいしないよう、個人情報保護法20条の「安全管理措置」を適切に講じる必要がある。その中で、特に重要なものは以下のとおりである。 ① 区域の管理 個人データを取り扱う事務を実施する際には、他社からの不正な覗き見などを防止しなければならない(第3回)。自宅でパソコンを使って仕事をするのであればともかく、カフェやフリースペースなどで仕事をするのであれば、画面に覗き見防止フィルムを貼るなどの対策を講じておく必要があろう。 ② 盗難の防止 パソコン等を盗まれないように管理しなければならないのは当然である(第3回)。特に、電車内でのスリ・盗難や、自動車への車上荒らし等に注意すべきである。なお、パソコン内にデータが保存されないよう、リモートから会社の環境にアクセスして仕事をすることができる環境を導入するのが、より安全である(ただし、導入コストはかかる)。 ③ 持ち運ぶ際の漏えい等の防止 個人データが入ったパソコン等を持ち運び、紛失や置き忘れをした際に情報が漏えいしないよう、パソコンのデータは暗号化しておきたい(第4回)。少なくとも、WindowsなどのOS起動時のパスワード設定は行っておく。 ④ パソコン等の廃棄 2019年に、HDD等の廃棄を受託していた企業の従業員が、機器をインターネットオークションに横流ししていた事件が発覚した。廃棄を委託する前に、データを完全消去するソフトウェアなどで自社において消去しておくか(第4回)、委託先での廃棄の状況を写真で確認するなどしたい(第6回)。 (2) 技術的な措置(第5回) ① アクセス制御 上述のとおり、アクセス制御として、せめてWindowsなどのOS起動時のパスワード設定は行っておく。 ② アクセス者の識別と認証 従業員を外部から会社の環境にアクセスさせるのであれば、ID・パスワードなどで本人かどうかの識別と認証を行う。 ③ 外部からの不正アクセスの防止 パソコンには、ウイルス対策ソフトを導入(あるいはOSに付属しているのであればそれを有効化)し、パターンファイル(ウイルス対策ソフトがウイルス検出のために使用するファイル)等は最新版にしておく。OSの自動更新機能も有効にしておく。 ④ 情報システム使用時の漏えい等の防止 会社の環境やサーバとパソコンとの間の通信は、暗号化しておきたい。 (3) 営業秘密として保護しておくための対応 リモートワークで使用する電子データが営業秘密として保護された状態を維持するためには、「秘密として管理されていること」、具体的には、合理的な方法で管理する(秘密管理措置)ことで、秘密とする意思があることが十分に認識できるようになっていることが必要である(第7回)。電子データの場合には、ファイル名や文書のヘッダーにマル秘表示をしたり、ファイルやフォルダにパスワードを設定しておくことが考えられる(第8回)。 もっとも、感染症が蔓延するなどの緊急事態において、個別のファイルにマル秘表示していくことなどは難しいケースも多いであろう。このようなケースではどうすれば良いであろうか。要は、情報に接した者にとって、「その情報を秘密として管理する意思」を会社が持っていることを「認識」できるように管理しておくことが「秘密として管理されていること」の根幹である。 したがって、最低限、リモートワークを行う際に、自宅のパソコン等で利用・保存する会社のデータは、会社にとっての営業秘密であり、社内と同等の秘密管理を行うべきものであることについて、従業員から誓約書等を取得しておくと良いであろう。 これにより、従業員に対して、会社が秘密として管理する意思を持っていることを認識させることができ、後で「リモートワークで保存したデータが秘密の情報だと思わなかった」などという言い訳を封じることができると考えられる。 なお、このような対応は、自社にとっての営業秘密として管理するという意味だけではなく、他社から受領した情報について、当該会社との間の守秘義務契約等の契約上の義務を果たすためにも必要なケースが多いことから、注意したい。 (4) まとめ 個人データに対する安全管理措置はリスクに応じたものとすることが求められているから(通則ガイドライン3-3-2)、以上の対策で十分かどうかは、取り扱う情報の重要性(特に、漏えいしたときに本人が被る権利利益の侵害の大きさ)によって変わってくる。 しかし、一般的には、以上の対策を講じておけば、個人情報保護法の安全管理措置としては問題ないと評価できるであろう。より詳細なセキュリティ対策については、総務省の「テレワークセキュリティガイドライン」に詳しく記載されているから、参考にされたい。 なお、会社が管理しているパソコンではなく、従業員が所有する私物のパソコンを利用すること(BYOD)は、会社としての管理が行き届かないリスクがあることに留意が必要である。BYODが法的に認められないわけではなく、むしろ多くの企業で導入されているものではあるが、会社として、安全管理措置に問題のない状態をどのように確保するのかを検討する必要がある。近時は、外部のパソコンから会社のメールやファイル等を安全に取り扱うことができる安価なソリューションも多く存在しているから、導入を検討したい。 2 これまでの連載のまとめ 今回をもって、本連載は最終回である。最後に、これまでに解説したことを以下に簡単にまとめるので、各々の状況に応じて適宜参照されたい。 なお、この中で、【第10回】で述べた個人データ漏えい時の対応については、2020年に個人情報保護法が改正される際に、本人への連絡や個人情報保護委員会への報告の義務化が予定されているから、留意されたい(※)。 (※) 個人情報保護委員会「「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」の閣議決定について」(2020年3月10日) (連載了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第3回】 「退職税理士による顧客の引抜きの防止」 -その3:その税理士が「税理士法人の社員」の場合- 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 近いうちに当事務所を退社する予定の税理士(税理士法人の社員である税理士)が、独立することを担当している顧客に告げているようで、引き抜こうとしているのではと心配です。これに対して、何か対策はとれるのでしょうか。 また、昨年、退社した元所属税理士(税理士法人の社員であった税理士)が、税理士事務所を開業したのですが、当法人の顧客を勧誘して引抜きにかかっているようです。これに対して、契約上の有効な対応策はないのでしょうか。 〔回 答〕 ➤税理士法人の社員である税理士が顧客の引抜き行為を行おうとしている場合は、税理士法人に対する善管注意義務、忠実義務、又は競業避止義務に違反する行為であるとして、行為の中止や、損害賠償請求、さらに、除名処分を行うことができます。 ➤税理士法人の社員であった税理士が顧客の引抜き行為を行おうとしている場合は、当該税理士には在職中とは異なり広範な営業の自由が保障されているものの、税理士法人を誹謗中傷したり、顧問契約を解約するように誘導したりする行為に対しては、行為の中止や損害賠償を求めることができます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 税理士法人の社員税理士による引抜き行為(法人化していない税理士事務所の税理士の場合との違い) 本連載の第1回、第2回では、法人化していない税理士事務所における元所属税理士による顧客の引抜きへの対応方法について述べた。本稿では、法人化している税理士事務所の元社員税理士による顧客の引抜きへの対応について解説する。 この点、税理士法人の社員と税理士法人との関係は、法人化していない税理士事務所と所属税理士の関係とは異なるため、引抜き行為に対処する法的根拠も異なってくる。そこで、まず、税理士法人の社員の法的地位について確認する。 税理士法人の社員は、税理士法人と雇用関係には立たず、むしろ、税理士法人内部においては会社法上の役員(取締役、監査役等)と類似の地位にある。実際、税理士法人の社員の権利義務に関する税理士法の規定の多くは、会社法の役員に関する規定を準用している。 すなわち、税理士法人の社員は、原則として税理士法人を代表して業務を執行する権限を有し(税理士法48条の11第1項)、税理士法人に対して善管注意義務及び忠実義務を負う(同法48条の21第1項・会社法593条第1項、第2項)。これらの義務を怠ったときは、税理士法人に対して損害賠償責任を負う(税理士法48条の21第1項・会社法596条)。 また、税理士法人の社員は、自己もしくは第三者のために、所属する税理士法人の業務範囲に属する業務(競業行為)を行うことはできない(税理士法48条の14)。競業が禁止される業務は、税理士業務は当然のこと、定款に税理士法施行規則21条で定める業務(税理士業務に付随しない財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務)が当該法人の業務として定められていれば、その範囲に属する業務も競業禁止の対象となる。そして、競業禁止規定に違反した場合、社員は税理士法人に対して損害賠償責任を負うとともに、税理士法人における除名の対象にもなり得る(税理士法48条の17、48条の21・会社法859条)。 法人化している税理士事務所が元社員による顧客の引抜き行為に対応する場合、上記のような税理士法上の各規定を主な根拠として対応策を検討することになる。以下、詳述する。 2 在職中の引抜き行為について (1) 引抜き行為をやめさせる法的根拠 退社を予定している社員税理士が、将来の競業行為(新事務所開設)のための準備(開業準備行為)を行うことは、原則として自由である。しかし、社員の営業の自由と税理士法人の利益との調和の観点から、税理士法人の顧客に対し、顧問契約等を解約して、開設する事務所と顧問契約を締結するように、違法不当な方法で働きかけることは、善管注意義務及び忠実義務、並びに競業禁止規定の趣旨に違反するものとして許されない。 「違法不当な働きかけ」とは具体的にどのようなものだろうか。例えば、退任する予定であることやその理由を顧客に伝えたり、新たな事務所の案内をしたりすること、顧問契約等を解約する段取りについて助言を求める顧客に対して指導することであれば、「違法不当な働きかけ」にはあたらない(退社後の引抜きに関する東京地判平成26年5月28日判決参照)。 しかし、社員の立場で知った税理士法人あるいは顧客の営業秘密に係る情報を用いたり、税理士法人の信用を貶めたりして、顧客に対して税理士法人との顧問契約を解除して、自らが退社後に所属する事務所と契約するよう誘導するような行為は、「違法不当な働きかけ」と評価されるべきものであり、許されない。 税理士法人は、違法不当な方法で引抜き行為を行っている社員に対して、善管注意義務及び忠実義務に反するものとしてその行為の中止を求めることができる。また、引抜き行為の結果、税理士法人と顧客との顧問契約が解除され、社員が税理士法人を退職後に顧客と顧問契約を締結するに至るなど、税理士法人が社員に顧客を奪われた場合は、元社員に対して、逸失利益(売上減少分)を損害として請求できる余地がある(ただし、後述するとおり実際に損害賠償請求を実現することはそれほど容易ではない)。 (2) 具体的な対応方法 所属社員が顧客と接触している事実は、税理士法人も把握できるであろう。しかし、当該社員が顧客に、退社して独立する予定であることを伝えるにとどまらず、退社後に自分が所属する事務所と顧問契約を締結するように勧誘する言動を行っているか否かまで把握し、証拠をつかむのは困難であると思われる。 それでも、勧誘行為をしていることについて一定の裏付けや証拠を確保できれば、まずは当該社員に対して、引抜き行為をやめるよう警告するべきである。警告は、第1回、第2回でも述べたように、状況に応じて、口頭又は書面で行うこととなるが、その際、当該行為が損害賠償の原因となり得ることを告知すべきである。 しかし、訴訟において損害賠償が認められるためのハードルは低くない。なぜなら、税理士法人の請求が認められるためには、社員が違法不当な勧誘を行い、それによって税理士法人と顧客との契約が解除されるに至ったことを立証する必要があるが、勧誘の態様についての証拠収集は困難である上、裁判例は、社員の営業の自由を重視し、在職中の開業準備行為を比較的広範に許していると考えられることから、たとえ勧誘行為があったことを立証しても、それが違法不当なものと認定されるのは極めて難しいからである。 しかも、仮に勝訴判決を得ても、一定期間の逸失利益(当該顧問契約を解約されたことによる売上減少分等)の賠償が認められるのみで、判決で顧問契約の締結(復活)が認められるわけでもないので、訴訟が税理士法人の損害を回復する方法として必ずしも最適とは言えない。 そうすると、社員税理士が引抜き行為を行っている事実を認めた場合は、敢えて訴訟に持ち込むことをせず、早期に警告をして引抜き行為をやめさせ、損害賠償の問題になり得る旨を伝えてけん制し、退社後にさらなる引抜き行為に及ぶことを防ぐという対応が望ましいだろう。 3 退職後の引抜き行為について (1) 引抜き行為をやめさせる法的根拠 税理士法人を退社して社員ではなくなった税理士に対しては、もはや税理士法における税理士法人とその社員に関する規定は適用されない。すなわち、元社員税理士は、独立した立場において営業の自由を保障されており、広範な営業活動を行うことができる。例えば、退社後に、所属していた税理士法人の顧客に退社した旨及び新たに事務所を開設した旨の案内文を送ったり、顧客を訪問して退社したことやその理由を伝えたりすることは、当該社員と顧客との人的関係を利用したに過ぎず、許される。 ただし、その営業活動に行き過ぎた点があり、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、所属していた税理士法人の顧客を奪取したとみられるような場合は、不法行為に当たり損害賠償責任を負う(元従業員の競業行為に関する、最判平成22年3月25日第一小法廷判決参照)。例えば、在籍中に知った、顧客や税理士法人の情報を利用して、税理士法人を誹謗中傷したり、顧問契約を解約するように誘導したりする行為は、不法行為として損害賠償の対象となり得る。 (2) 具体的な対応方法 前記のとおり、税理士法人を退社して社員ではなくなった税理士には、在職中とは異なり広範な営業の自由が保障されているため、退社前の社員の引抜き行為の場合よりも一層、損害賠償が認められるためのハードルは高く、訴訟にまで至ることは避けるのが得策である。 そこで、仮に引抜き行為についてある程度の証拠等があった場合でも、まずは元社員に対して引抜き行為をやめるよう書面で警告をした上で、交渉によって解決を図るのが妥当である。 また、勧誘行為について具体的な証拠や裏付けがない段階で、元社員に対していたずらに警告することは控えるべきである。引抜き行為による顧問契約の解約を防ごうと、顧客に対して元社員の在籍中の行為等を並べて誹謗中傷するようなことをすれば、元社員の営業の自由を侵害したとして、反対に損害賠償請求をされることにもなり得るので、慎重な対応が求められる。 (了)
《速報解説》 金融庁、時価算定会計基準への対応として 「財務諸表等規則」等を改正 ~令和3年4月1日以後開始事業年度から適用も経過措置に留意~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年3月6日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第9号)が公布された。これにより、令和元年12月12日から意見募集されていた改正案が確定することになる。内閣府令(案)等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方も公表されている。 これは、2019年7月4日に「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準第30号)等が公表されたことを受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 以下では、財務諸表等規則に関する改正について解説する。 1 市場参加者の定義(財規8条関係) 「市場参加者」の定義を示し、時価の算定の対象となる資産もしくは負債に関する取引の数量及び頻度が最も大きい市場、当該資産の売却による受取額を最も大きくすることができる市場又は当該負債の移転による支払額を最も小さくすることができる市場において売買を行う者であって、一定の要件をすべて満たす者とする(財規8条64項)。 そのほか、時価の算定に係るインプット、観察可能な時価の算定に係るインプット、レベル1、2及び3について定義する(財規8条65項~68項)。 2 金融商品に関する注記(財規8条の6の2関係) 金融商品の時価を当該時価の算定に重要な影響を与える時価の算定に係るインプットが属するレベルに応じて分類し、その内訳に関する次に掲げる事項を注記する。 財務諸表等規則ガイドラインでは留意点が詳細に規定されている。 財規8条の6の2第1項本文の規定にかかわらず、市場価格のない株式、出資金その他これらに準ずる金融商品については、同項第2号に掲げる事項の記載を要しない。この場合には、その旨並びに当該金融商品の概要及び貸借対照表計上額を注記しなければならない。 3 棚卸資産に関する注記(財規8条の33関係) 従来の「たな卸資産」を「棚卸資産」と表記し、市場価格の変動により利益を得る目的をもって所有する棚卸資産については、財規8条の6の2第1項3号の規定に準じて注記しなければならないとする(重要性の乏しいものについては、注記を省略することができる)。 当該事項は、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、記載することを要しない。 なお、「期首たな卸高」を「期首棚卸高」と表記する改正なども行われている。 Ⅲ 施行日等 公布の日(令和2年3月6日)から施行する(経過措置に注意されたい)。 なお、次の附則も規定されている。 (了)
《速報解説》 指定国際会計基準適用企業の開示負担軽減を目的とした改正開示府令が公布、同日施行される ~コメントを受け一部修正も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和2年3月6日、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第10号)が公布された。これにより、令和元年12月12日から意見募集されていた改正案が確定することになる。 これは、IFRS任意適用の拡大促進の観点から、指定国際会計基準を適用する企業の開示負担の軽減等を図るためのものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 第二号様式(有価証券届出書)の「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」(記載上の注意)(32)のdからfまでを改正し、継続的な差異開示を廃止するものである。 これまで適用初年度の差異開示及び並行開示は(32)e及びfに、2年目以降の差異開示を(32)dに記載していたが、今回の改正により、適用初年度の差異開示は(32)dに、並行開示は(32)e及びfに記載することとしたため、規定上の構成を変更している。 改正前開示府令第二号様式記載上の注意(32)eのただし書きでは、「提出会社が初めて提出する届出書に指定国際会計基準に準拠して作成した連結財務諸表を記載する場合又は米国基準適用会社である場合は、記載を要しない」とされていた。 今回の内閣府令(案)では、これに対応した規定が設けられていないことから、当該記載は必要となるのかとのコメントを受けて、提出会社が初めて提出する届出書に指定国際会計基準又は修正国際基準に準拠して作成した連結財務諸表を記載する場合についても、改正前と同様に差異開示の記載は不要であることから、内閣府令(案)を修正している。 内閣府令(案)の別紙1では、次の図表が示されていた。 (※) 金融庁ホームページより Ⅲ 施行日等 公布の日(令和2年3月6日)から施行する(経過措置に注意されたい)。 (了)
《速報解説》 国税庁、配偶者居住権の評価に係る改正相続税法基本通達を公表 ~改正のあらましでは「配偶者居住権等の評価明細書」の記載例も~ Profession Journal編集部 国税庁は2月27日に相続税法基本通達の一部改正通達を、3月4日には同改正通達のあらましを公表、来月(4月1日)から施行となる配偶者居住権に係る規定の整備を行った。 (※) 昨年(令和元年7月2日)の改正相続税法基本通達では配偶者居住権が所有者との合意や配偶者による放棄により消滅した場合の課税関係について明らかにしている(相基通9-13の2)。 改正相続法(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号))で創設された配偶者居住権は、相続開始時に被相続人が所有(又は夫婦共有)し、かつ、その配偶者が無償で居住していた家屋(居住建物)に、一定の条件の下、相続開始後も配偶者が終身又は一定の期間満了日まで無償で住み続けることのできる権利をいい、本年4月1日以後に開始した相続から適用が始まる。 昨年度の税制改正ではこの配偶者居住権に関する各評価方法が定められたところだが(相法23の2、相令5の8、相規12の2、12の3、12の4)、今回公表された改正通達では、この評価における計算要素について、「いつの時点のものとするか」を明らかする項目の新設が中心となっている(配偶者居住権の評価の計算方法について下記の記事を参照されたい)。 【参考】 配偶者居住権の評価方法(算式) 例えば上記算式のうち赤線で囲んだ部分の各数値は「当該配偶者居住権が設定された時」のものとされているが(相法23の2①二・三、相令5の8③一・二)、新設された新相基通23の2-2ではこの「配偶者居住権が設定された時」について、①遺産分割によって配偶者居住権を取得するとき(民1028①一)は「遺産の分割が行われた時」、②配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき(民1028①二)は「相続開始の時」としている。なお、遺産の分割が複数回にわたって行われた場合の上記「遺産の分割が行われた時」は、配偶者居住権の設定に係る遺産の分割が行われた時とされる。 次に上記算式における「経過年数」は居住建物の新築時から配偶者居住権の設定時までの年数をいうが(相法23の2①二イ)、相続開始前に増改築がされた場合であっても、増改築部分を区分することなく、新築時からの経過年数によるとしている(新相基通23の2-5)。 さらに新相基通23の2-4では上記算式の「法定利率」について、配偶者居住権が設定された時における民法404条《法定利率》の規定に基づく利率をいうとし、上記算式の「存続年数」の元となる「配偶者の平均余命」を決める際に必要な「完全生命表」(厚生労働省が5年ごとに作成)は、配偶者居住権が設定された時の属する年の1月1日現在において公表されている最新のもの(※)によるとしている(新相基通23の2-5)。 (※) 本稿公開日現在の最新の完全生命表は平成29年作成の「第22回生命表(完全生命表)」。 なお国税庁は3月4日に「相続税法基本通達の一部改正について(法令解釈通達)のあらましについて(情報)」を公表、今回の改正通達の趣旨説明を行っており、「配偶者居住権等の評価明細書」の様式(下記参照)及び設例による記載例も掲載されている。この様式の裏面には《参考》として上記の「第22回生命表(完全生命表)に基づく平均余命」や「複利現価表(法定利率3%)」などが記載されている。 〈配偶者居住権等の評価明細書〉 (※) 国税庁ホームページより (了)
2020年3月5日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.359を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.86- 「新制度で変われるか、法科大学院」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 筆者は法科大学院に14年間勤務してきたが、本年3月に定年退官する。おりしも法科大学院は今、大きな変革期を迎えようとしている。この機会に、自らの経験を基に法科大学院改革について述べてみたい。 法科大学院制度は創設から15年を経たが、設立当初の目的を果たしているとは言い難い状況にある。法曹人口の増加を受け入れるだけの社会体制が整わず、司法試験の合格者や合格率が想定より大きく低下した。加えて、合格まで時間がかかることによる経済的な負担の増加、極めつけは予備試験という抜け道が拡大したことによる。 * * * 司法試験を受験するには法科大学院の修了が要件となっており、通常、法学既修者で2年、未修者で3年かかる。その間の経済的負担は、授業料だけで年間200万円弱である。 一方、経済的負担などを考慮して、法科大学院に行かなくても司法試験を受験できる例外的な制度として予備試験がある。時間的・経済的負担が軽減できるので、多くの大学生が予備試験を選択し始めた。このため予備試験は優秀な学生が受験するコースとして認識され、予備試験合格者は大手法律事務所の就職に有利になるという、本末転倒な状況が生じている。 その結果、法科大学院への志願者は大幅に減少した。過半数の法科大学院が募集を停止、入学者はピーク時の28%にまで落ち込んだ。志願者に至ってはピーク時の1割強という惨状である。 このような状況を踏まえ、本年4月から新たな制度が始まる。 新制度では、法学部に法科大学院直結の3年法曹コースが設置され、法科大学院既修コース(2年間)に入れば在学中に司法試験の受験ができるようになる。これにより、法科大学院卒業後、直ちに司法研修所に入所すれば、法曹になるまでの年数が8年から6年へと2年短縮され、予備試験合格者と同じになる。 * * * しかし、法科大学院の根本問題は、グローバル化・複雑化した経済社会の中で多様な法務ニーズに応える法曹人材の育成ができるかどうかということであり、法科大学院の生き残り策ではない。 筆者はコロンビアロースクールで学んだ経験がある。米国の大学には法学部がないので、ロースクールの入学者は皆、法律の素人である。それが2年間の教育で、驚くほどの法律知識を吸収する。24時間開いている図書館は、常に学生で埋まっている。 この彼我の違いがどこから来るのか、筆者には未だ理由はわからないが、多くのロースクール生が数年の社会人経験を経ていることが影響しているのではないかと思う。理科系の学生や哲学などを先行した多様な学生が集まり、これが多方面で活躍するローヤーの供給につながっている。 多様な法曹の育成という見地からは、大学で法学を終了していない未修者や社会人経験者への教育がカギを握る。未修者は累積合格率(大学院修了後5年間)が5割と低く、志半ばで進路変更する者も数多く存在する。これは、現在の司法試験があまりにも知識に偏った内容であることによる。 今後は、社会人経験者の貴重な経験を尊重したなんらかの優遇措置を考えていくことも一案である。今回の改革は、出発点に過ぎない。 (了)
〔免税事業者のための〕 インボイス導入前後の実務対応 【第4回】 「免税事業者が適格請求書発行事業者になるための手続②」 -ケーススタディ- 税理士 石川 幸恵 前回の解説を踏まえ、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録をする場合の手続について、次の5つのケースに分けて検討する。 なお、〔ケース1〕及び〔ケース2〕は免税事業者が適格請求書発行事業者の登録をする場合の原則的な手続であり、〔ケース3〕及び〔ケース4〕は適格請求書等保存方式の施行日である令和5年10月1日を含む課税期間についての経過措置を受けた手続である。 また〔ケース5〕では、相続があった場合のみなし登録期間について取り上げる。相続があったときの消費税の取扱いについては、遺産分割等の後にまわされがちなので、気をつけておきたい。 ◆ ◆ ◆ ① 登録手続 納税地の所轄税務署長に、適格請求書発行事業者の登録申請書を提出する。申請書の「納税義務の免除の規定の適用を受けないこととなる翌課税期間の初日から登録を受けようとする事業者」にレ点を入れ、翌課税期間の初日を記載する(下図参照)。 併せて、下記のそれぞれの届出書を提出する。 ② 効力発生日 翌課税期間の初日。 ③ 提出期限 適格請求書発行事業者の登録申請書の提出期限は、課税事業者となる課税期間の初日の前日から1月前の日である(インボイス通達2-1)。 〔課税事業者となる翌課税期間から適格請求書発行事業者登録を受ける場合〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 上図では、令和7年1月1日に開始する課税期間を想定して、第1-(5)号様式を用いている。令和6年1月1日に開始する課税期間から適格請求書発行事業者の登録を受ける場合には、第1-(1)号様式又は第1-(3)号様式(提出日が令和5年10月1日の前か後かによって使い分ける)を提出することで、同様に翌課税期間から適格請求書発行事業者となることができる(詳しくは前回参照)。 ① 登録手続 納税地の所轄税務署長に、「課税事業者選択届出書」及び「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出する。申請書の「事業を開始した日の属する課税期間の初日から登録を受けようとする事業者」にレ点を入れ、課税期間の初日を記載する(下図参照)。 ② 効力発生日 事業を開始した課税期間の初日。 ③ 提出期限 「課税事業者選択届出書」及び「適格請求書発行事業者の登録申請書(第1-(5)号様式)」共に、事業を開始した日の属する課税期間の末日までである。 〔令和6年10月1日以後に設立した新設法人又は開業した個人事業者〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ① 登録手続 納税地の所轄税務署長に、適格請求書発行事業者の登録申請書(第1-(1)号様式)を提出する。申請書(次葉)の「免税事業者の確認」上段の「令和5年10月1日の属する課税期間中に登録を受け、所得税法等の一部を改正する法律(平成28年法律第15号)附則第44条第4項の規定の適用を受けようとする事業者」という欄にレ点を入れる(下図参照)。なお、経過措置の適用を受けるため、課税事業者選択届出書は提出しない。 ② 効力発生 令和5年10月1日が登録日となり、同日から課税事業者となる。 ③ 提出期限 令和3年10月1日から申請書を提出できることととなっている(インボイスQ&A 問2)。ただし、申請書(次葉)における免税事業者の確認欄は、令和5年10月1日時点の納税義務が明らかになった後でなければ、正確に記載できない。提出期限は前回の(2)②の経過措置があるので、令和5年9月30日までとなる。 〔令和5年10月1日から登録を受ける場合〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ① 登録手続 適格請求書発行事業者の登録申請書(第1-(3)号様式)を提出する。 ② 効力発生日 登録日。前回の(2)①の経過措置の適用があるので、登録日前は免税事業者、登録日から課税事業者となる。 ③ 提出期限 登録申請書の提出から登録日までの期間は、本稿執筆時点では明らかになっていないため、速やかに提出すべきと考えられる。 事業を開始した日にさかのぼって適格請求書発行事業者の登録を受けたいのであれば、〔ケース2〕と同様に、課税事業者選択届出書を併せて提出する必要があると考えられる。 〔令和5年10月1日に設立した新設法人又は新規開業した個人事業者〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 相続があった場合の納税義務の免除の特例(消法10)により、課税事業者となる相続人を想定している。 ① 登録手続 適格請求書発行事業者の死亡に関しては、個人事業者の死亡届出書(第7号様式)及び適格請求書発行事業者の死亡届出書(第4号様式)を適格請求書発行事業者の納税地の所轄税務署長に、速やかに提出しなければならない。 相続人が適格請求書発行事業者の登録を受けるためには、納税地の所轄税務署長に適格請求書発行事業者の登録申請書、課税事業者届出書、相続・合併・分割等があったことにより課税事業者となる場合の付表(第4号様式)を提出する。 ② 効力発生日 相続人の適格請求書発行事業者の登録日。 ③ 提出期限 特に設けられていないが、速やかに提出すべきと考えられる。 ④ みなし登録期間 適格請求書発行事業者である個人事業者が死亡した場合、適格請求書発行事業者の登録は相続人に引き継がれない。適格請求書発行事業者でない相続人が被相続人の事業を引き継ぐときは、相続人が新たに適格請求書発行事業者の登録申請を行う必要がある。相続人が登録を受けるまでの間、事業の継続に支障を来さないよう、みなし登録期間が設けられている。 「みなし登録期間」とは、相続のあった日の翌日から、相続人が適格請求書発行事業者の登録を受けた日の前日又は被相続人が死亡した日の翌日から4月を経過する日のいずれか早い日までの期間である。 みなし登録期間は、相続人を適格請求書発行事業者とみなし、被相続人の登録番号を相続人の登録番号とみなす(インボイス制度導入後の新消費税法57の3)。 〔みなし登録期間〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 * * * 連載最終回となる次回は、免税事業者が課税事業者(適格請求書発行事業者)になった後の取扱いについて確認する。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例15】 「特許業務法人の社員は使用人兼務役員に該当するのか」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は都内で個人の税理士事務所を経営しております。今回のご相談は、その中のクライアントで、高校時代のサッカー部の仲間Aが経営するある特許業務法人Bの法人税の取扱いに関するものです。 特許業務法人というのは、弁理士法に基づき設立される特殊法人(弁理士法37)で、弁護士法に基づく弁護士法人や税理士法に基づく税理士法人に類似する制度です。特許業務法人Bには4名の社員がおり、そのうちの1名(A)が代表社員となっています。 代表社員Aの給与は固定給で、前年度の法人全体の収益の状況を基に算定した金額を12等分し、毎月同額ずつ支払っております。残りの社員はいずれも弁理士で、その報酬たる給与は固定給部分(月額20万円)と歩合給部分で構成されています。このうち歩合給は、各社員が担当した案件につき、法人Bが顧客に請求する金額の一定割合を乗じた金額としています。当該歩合給は、年2回、他の従業員に対して賞与を支払う時期と同じタイミングで各社員に支給しています。 私は特許業務法人Bの法人税の申告書を作成するにあたり、代表社員AとA以外の社員に対する給与の支払い内容を確認しました。その結果、A以外の社員は優秀な弁理士で科学技術には滅法明るいのですが、事務作業には興味がなく、事務所の経営にタッチする意欲もないことから、勤務実態は使用人としての色彩が強いといえます。勿論、特許業務法人の社員であるので、法律上業務執行権を有していることから、法人税法上は、使用人兼務役員に該当するものと考えました。そこで、特許業務法人Bの社員になる一歩手前の職種であるディレクター3名の給与と比較し、それを上回る部分の金額は損金不算入としましたが、それ以下の部分の金額については全額損金に算入しました。 ところが、最近特許業務法人Bが受けた税務調査で、特許業務法人の社員は使用人としての立場でその職務に従事するものではないため、法人税法上、使用人兼務役員には該当せず、代表社員A以外の社員に対して支払った給与のうち、歩合給部分は全額損金不算入である旨を調査官から言い渡されました。 既に説明したとおり、A以外の社員はいわば「技術オタク」で事務所の経営にタッチする意欲はなく、おおよそ役員や経営者としての役割を果たしておらず、実際、事務所経営はAが1人で担っているのが実態であることから、調査官の主張には納得がいきません。法人税法上、A以外の社員が使用人兼務役員に該当する余地はないのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上、使用人兼務役員に該当する場合、法人がその者に支払う給与のうち使用人分に対する金額は損金算入されますが、弁理士法上、特許業務法人の社員は、すべての業務執行の権限を有し、義務を負うと定められていることから、法人と社員との関係は雇用関係ではなく民法上の(準)委任の関係にあると考えられます。 そうなると、特許業務法人の社員は、代表権を有していなくとも法人の経営に従事しているものに該当するため、法人税法上の役員に該当し、また、業務を執行する権限を有するため、使用人には該当しないということとなります。 したがって、特許業務法人の社員は、法人税法上、使用人兼務役員には該当しないことから、当該社員に対する役員給与のうち、歩合給部分は損金に算入されないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人税法上の役員給与の意義 法人税法上、役員とは、取締役、執行役や監査役等及び清算人のほかに、使用人以外の者でその法人の経営に従事しているもの、同族会社の使用人のうち一定の同族判定株主グループに属する者で、その会社の経営に従事しているものを含むとされている(法法2十五、法令7)。 このような役員に対して法人が支払う給与のうち、法人税法上、損金算入されるものは以下の3つの形態である(法法34①)。 (2) 法人税法上の使用人兼務役員の意義 上記のとおり、法人税法上の役員に該当すると、その者に対して支払う給与の損金性は限定されることとなる。そこで問題となるのは、取締役経理部長のように、役員としての地位と従業員としての地位を併せ持つ社員の存在である。このような社員は一般に「使用人兼務役員」と称されるが、法人税法上の「使用人兼務役員(使用人としての職務を有する役員)」の定義は、役員のうち、部長、課長その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事する役員をいう、とされている(法法34⑥)。 なお、以下の役員は使用人兼務役員になることはできない(法令71①)。 法人税法上の使用人兼務役員の意義は、その者に対する給与のうち使用人部分の金額が、役員ではない一般の使用人に対する給与と同様に、原則として(すなわち過大でない限り、法法36)損金算入が認められるという点にある。 (3) 特許業務法人の社員への給与の損金性が争われた事例 それでは本件のように、特許業務法人の社員のうち代表社員以外の社員は、法人税法上、使用人兼務役員としてその使用人部分の給与は損金算入されるのであろうか。この件について争われた事例(東京高裁平成29年8月28日判決・訟月64巻5号826頁、TAINSコード:Z267-13042)があるので以下でみていきたい。 ① 事例の概要 本件は、特許業務法人である控訴人Xが、代表社員であるA以外の社員であるB、C及びDに対して支給した給与のうち、歩合給(実績給及び賞与)につき、所轄の芝税務署長から、本件社員B~Dがいずれも法人税法に規定する役員に該当し、かつ、使用人としての職務を有する役員(使用人兼務役員)に該当しないとした上、歩合給部分が法人税法上損金算入される役員給与の要件のいずれも該当しないから、損金の額に算入することはできないとして、平成20年3月期から平成24年3月期までの法人税の各更正処分を受け、また、本件各事業年度のうち平成20年3月期を除く各事業年度の法人税に係る各過少申告加算税の賦課決定処分を受けた。 それに対し、特許業務法人である控訴人Xは、本件社員B~Dは法人税法に規定する役員ではなく、仮に役員に該当するとしても、使用人兼務役員に該当する上、その職務は全て使用人としての職務として行われたものであるとして、本件歩合給部分は全て損金の額に算入されるべきであるとして、その取消しを求めた事案である。 本件一審の判決(東京地裁平成29年1月18日判決・訟月64巻5号847頁、TAINSコード:Z267-12956)で、裁判所は、特許業務法人の社員は、弁理士法上の権限や責任に照らせば法人の経営に従事していると一般的・類型的に評価し得るものであり、役員に該当すると解されるから、その地位にある本件社員B~Dは、原告における具体的な職務の内容にかかわらず、原告の役員に該当するというべきであるとした。 また、裁判所は、業務を執行する役員と特許業務法人との関係には民法の委任に関する規定が準用され、両者は一般には雇用契約等に基づく使用人と事業主との関係に立つものではないというべきであり、弁理士である役員が従事する具体的な職務の中に使用人である弁理士が行う職務と同種の職務が含まれている場合であっても、それは使用人としての立場で従事するものではないと一般的・類型的に評価し得るものであることから、使用人兼務役員に該当しないものというべきであるとして、本件各更正処分は適法であると判示した。 ② 事例の争点 特許業務法人であるXの社員B~Dは法人税法に規定する役員に該当するのか、また、使用人兼務役員に該当するのか。 ③ 裁判所の判断 〈特許業務法人の社員の役員該当性〉 〈特許業務法人の社員の使用人兼務役員該当性〉 (4) 文理解釈及び私法上の法律関係に即した解釈の重要性 「今更」という感がないでもないが、税理士が実務に没頭する中で知らず知らずのうちに忘れてしまいがちな事項であるので、改めてここで強調しておきたい。本件においても、納税者側は一審で認められなかった「社員の使用人兼務役員該当性」につき、様々な観点からその正当性を主張したが、裁判所は、まず特許業務法人とその社員の弁理士法上の法的意義を提示し、次に社員の法的地位及び属性につき、会社法に規定された合名会社の社員の意義から判断を下している。 具体的には、合名会社に準ずる特別会社に位置づけられる特許業務法人(※1)は、2名以上の社員により構成されるが、当該社員は、弁理士法上、「業務を執行する権限を有している」ことから、その代表権の有無を問わず、社員たる地位に基づいて弁理士業務を行うことが本来的に予定されていると認められるのである。 (※1) 税理士法上の税理士法人も同様と考えられる。日本税理士会連合会編『新税理士法(改訂版)』(税務経理協会・平成15年)158頁。 ここでいう「業務を執行する権限」とは、会社法上、株式会社等がその目的を達成するために必要な、事業戦略の決定、数値目標の設定、目標達成のための計画の策定、経営資源を購入及び配分、製品の販売、雇用した従業員の管理といった業務を決定し執行することを指す(※2)。要するに、業務の執行とは法人の役員が行使する法人の経営管理をいうと考えられる。 (※2) 江頭憲治郎『株式会社法(第7版)』(有斐閣・2017年)379頁。 会社法においては、このような業務執行を行う取締役として「業務執行取締役」という者を定義しているが(会社法2十五イ)、会社との間に雇用契約はないため、使用人兼務取締役(使用人兼務役員)とは異なると解されている(※3)。会社法では、業務執行を行う取締役は、会社との間に雇用契約はないため、使用人としての地位を有することはないということになる。合名会社に準ずる特別会社に位置づけられる特許業務法人の社員の地位も、会社法のこの考え方に従って解するのが妥当といえるであろう。そうなると、「業務を執行する権限を有している」特許業務法人の社員は、使用人としての地位は有していないと解される。 (※3) 江頭前掲(※2)書383頁。 したがって、テクノロジーには滅法明るく著作権の保護には並々ならぬ意欲がある「オタク気質」の弁理士が、一方で、法人の経営管理運営には全く興味がなく、実際にその義務をほとんど果たしていないのが実態であるとしても、その弁理士が特許業務法人の社員の地位を有している場合には、弁理士法上に規定された法的な権限が付与されていることから、その法的属性に従って法人税法上の役員に該当するのか、更には使用人兼務役員に該当するのか判断するよりほかないといえる。 そうなると、特許業務法人の社員は、法人税法上、法人の経営に従事する者であるため、役員に該当し、また、「業務を執行する権限」を有するため、使用人には該当しないということとなる。したがって、特許業務法人の社員は、法人税法上、使用人兼務役員には該当しない。 ただし、一点付言すべきは、一審で裁判所は、特許業務法人の社員は本来、「令71条1項各号の一に列挙されるべきものと解される。」としており、法人税法施行令第71条第1項で定める役員は、限定列挙なのか例示列挙なのかにつき踏み込んでいる点である。高裁では当該事項につき言及していないのが惜しまれるところではある。 (5) 歩合給部分の業績連動給与該当性 ところで、本件の社員に対する給与のうち、固定給部分(月額20万円)は定期同額給与に該当するものと考えられるが、もう1つの構成要素である歩合給部分は、損金に算入される余地はないのであろうか。役員給与のうち当該歩合給部分が損金算入されるとしたら、それは業績連動給与に該当する場合であろう。 しかし、特許業務法人は非上場で有価証券報告書を発行していないため、社員に対する歩合給部分は、損金に算入される業績連動給与(利益連動給与)の要件を満たさないこととなる(法法34①三)。 (6) 本件への当てはめ 〇特許業務法人の社員に対する役員給与の損金性 法人税法上、使用人兼務役員に該当する場合、法人がその者に支払う給与のうち使用人分に対する金額は損金算入されるが、弁理士法上、特許業務法人の社員は、すべての業務執行の権限を有し、義務を負うと定められていることから、法人と社員との関係は雇用関係ではなく民法上の(準)委任の関係にあると考えられる。 そうなると、特許業務法人の社員は、代表権を有していなくとも法人の経営に従事しているものに該当することから、法人税法上の役員に該当し、また、業務を執行する権限を有するため、使用人には該当しないということとなる。したがって、特許業務法人の社員は、法人税法上、使用人兼務役員には該当しない。そのため、社員に対する役員給与のうち、歩合給部分は損金に算入されないこととなる。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第2回】 「低い家賃の貸家建付地の評価」 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 相続財産の家屋に借家権があり、その宅地が「貸家建付地」に該当するかどうかを判断する際に、低額な家賃しか受け取っていない場合(特に同族関係者が借家人のケース)、貸家としての評価控除(借家権割合30%)が可能か否かを検討するに当たっては、何を基準とすればよいでしょうか。また、小規模宅地等の特例の適用はどうでしょうか。 回 答 貸家建付地の相続税評価額は、 自用地価額 ×(1 - 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)とされ、貸家では、 固定資産税評価額 ×(1 - 借家権割合 × 賃貸割合)とされています(評基通26)。 賃貸借契約書から借地借家法の適用がある場合は借家権があり、宅地は貸家建付地として評価し、建物は借家権割合を控除してよいでしょう。借地借家法の適用には、受け取っている家賃が、近隣家賃相場と差があるか、社宅の場合は実際家賃と通常負担すべき家賃との差、その他貸主と借主との関係及びその契約の経緯などを総合的に判断する必要があります(社宅は原則自用地評価でも家賃が相場並みなら借地借家法の適用があります)。 小規模宅地等の特例の適用について、貸家建付地なら一般的には貸付事業用宅地等として適用可能(その他の事業保有継続等要件を満たす場合)と思われますが、「継続して相当の対価」を得ていないとなりません。これには、減価償却費+固定資産税などの必要経費の額がポイントと思われます。 考 察 〇貸家建付地の評価 貸家建付地とは一般的に「借家権の目的となっている家屋(貸家)の敷地の用に供されている宅地」(評基通26)とされています。また、「社宅」に対する記述ではありますが、以下の国税庁・質疑応答事例にあるとおり、貸家建付地であるには、借地借家法が適用される借家権がある建物の敷地でないといけません。 (※) 下線部筆者 借地借家法が適用される賃貸借契約としては、建物の所有を目的とする土地の借地契約又は建物の借家契約があります。ここで、建物の使用契約が賃貸借か否かには、次の判例(要旨)があります。 上記の判例は税務裁判ではなく借用概念となりますが、整理しますと、評価する宅地上の建物が社宅の場合、その使用料が近隣家賃相場と同等の時は賃貸借として借地借家法の適用があるので、貸家建付地となります(なお公務員宿舎には借地借家法の適用はありません)。また、評価する宅地上の建物が社宅でない通常の建物の場合、固定資産税等額程度の家賃では、賃貸借ではなく使用貸借となり、借地権がなく自用地評価となります。 では、固定資産税等額は超えているが近隣家賃相場には届かない場合はどうでしょう。上記判例から、賃貸借であるには、家賃が使用収益に対して対価性がないといけませんが、賃貸借での使用収益に対する対価の下限は、具体的に示されていません。また、使用貸借での通常の必要費(民法第595条第1項)の上限も同様に示されていません。物件の状態や近隣家賃相場、貸主と借主の関係や経緯など総合的な判断となります。 他税目として、法人税法では、住宅用土地の貸付けの場合、固定資産税等額の3倍超なら、収益事業となります(法令5①五へ、法規4)。しかし、家屋の貸付けには、このような規定はありません。 ただし、所得税関係では、租税特別措置法通達37-3(事業に準ずるものの範囲)に、「事業に準ずるものとは、例えば不動産の貸付けなどの場合で事業といえるほどの規模ではないものの相当の対価を得て継続的に行われるものをいう。相当の対価を得ているかどうかは、不動産の貸付けなどの場合、減価償却費や固定資産税ほかの必要経費を回収した後において、なお相当の利益が生じているかどうかにより判定する。」とあり、これは相当の対価について述べたものですので、使用収益の対価については「減価償却費や固定資産税ほかの必要経費」という記述が参考にでき、相当の利益までは必要ないと考えますが、如何でしょうか。 なお、現在低い家賃であっても賃貸開始時は世間並みの相場で賃貸借であったものが、その後、家賃の値上げができず、結果的に低い状態である場合は、借家権があるものと考えられます。 〇小規模宅地等の特例の適用 小規模宅地等の特例について貸付事業用宅地等であるための要件に、事業に至らない小規模な不動産の貸付けでも、「相当の対価を得て継続的に行うもの」なら「事業に準ずるもの」として、小規模宅地等の対象となります。 相当の対価を得ているかどうかの判断は、租税特別措置法通達37-3(事業に準ずるものの範囲)のとおり、「減価償却費や固定資産税ほかの必要経費を回収した後において、なお相当の利益が生じているかどうか」です。この額は、借家権が認められるとされる額より高いものと考えられます。なお、古い建物では減価償却費がない場合もあります。 同族関係者等に近隣家賃相場より大幅に低く、減価償却費+固定資産税などの必要経費程度の額で貸している場合、貸家建付地には該当しても、小規模宅地等の特例は適用できないことになります。 (了)