2017年4月20日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.215を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
これからの国際税務 【第1回】 「変化する国際税務の焦点」 早稲田大學大学院会計研究科 教授 青山 慶二 1 グローバル化の進展と税制 近年の経済のグローバル化の特徴は、①国際経済取引の担い手である多国籍企業間の激しい競争と、②国際取引におけるサービスの比重の拡大である。 これら2つの進展は、国際課税ルールの有効性に深刻な疑問を呈する要因となった。 すなわち、前者の要因からは、各国の財政主権の下で協調が十分に進展しない所得課税法制の良いところ取りをする多国籍企業が、事業体の立地選択などを利用して二重非課税を狙うアグレッシブな租税回避行動を拡大することになったのであり、また後者の要因からは、IT技術や人的資源などの付加価値の国境を越える移転取引(専門的役務提供や無形資産の供与等)に対する伝統的課税ルールの硬直性を利用した源泉地国での課税漏れ狙いのスキームを跋扈させてきたのである。 これら2つの課題に対し、企業の健全な国際競争条件を取り戻し、かつ、税源を侵食された国に正当な税収を回復させる目的で取り組まれてきたのが、G20/OECDによる「BEPS(税源浸食・利益移転)プロジェクト」と「税の透明性を促進するプロジェクト」であった。 両プロジェクトは、2015~2016年にかけて国際協調の下に実行する処方箋をまとめた報告書を採択し、現在は、強力な政治的なイニシアティブに基づき、各国が税制改正や条約改定に取り組んでいる。 これらにより、第2次大戦後約70年にわたって君臨してきた「旧OECD型レジーム」とも呼ぶべき国際課税のスタンダードが、実体法と手続法の両面で大幅に更新される見込みである。 本連載では今後、新しい国際課税スタンダードを項目別に順次紹介する予定であり、初回では、まず両プロジェクトの改革理念のエッセンスを概説する。 2 国際的租税回避防止に向けた税制の調和 BEPSプロジェクトは、租税回避行為に対する耐久力劣化が目立つ「旧OECD型レジーム」の主として実体法に着目したオーバーホール作業である。 実体法ルールでは、特に、デジタル経済の進展によるサービス・無形資産取引の変容に対応できる課税ルール見直しに焦点を当て、移転価格税制、タックスヘイブン税制などの抑止措置並びに租税条約の濫用への対応措置等につき改正案を提示している。ただし、改正案の提示に当たっては、各国の租税政策のニュアンスの違いを尊重して、一本化した処方箋のみならず、「ベストプラクティス」や参照すべき「共通アプローチ」を提示しながら、その中で一定の選択肢を各国に許容する方式も項目によっては採用している。 なお、過去1世紀にわたって国際課税の基本理念として信奉されてきた「独立企業原則」及び「事業所得の閾値としての恒久的施設要件」そのものは保持されており、ルールの更新はその実施に向けたガイダンスの追加や修正であると整理されている。しかし、内容を詳細に検証すると、一般的な利子控除制限の導入や移転価格税制における所得相応性基準の導入、更には、抜本的な条約濫用防止規定の常備化など、伝統的課税理論の外延をはみ出す提案も多く含まれており、近年では最大規模の国際課税ルールの更新パッケージと評価できよう。 併せて、租税回避による税源浸食リスクの測定材料を提供し上記新課税ルールの適用を可能にするために、多国籍企業の国別事業体経営情報や課税当局によるルーリングの開示も新たに求められている。 これらの情報開示は、その後の課税当局によるアクション発動にとって不可欠の前提条件と位置付けられ、2年以内の紛争解決を約束すべしとする勧告と並び、実体法勧告に許容されている選択の幅を含まない「ミニマムスタンダード」という強力な勧告形式をとっている。 3 納税者の税務情報の透明化 2016年4月に存在が公表されたパナマ文書では、外国投資家のタックスヘイブン事業体の設立・管理にかかる法務・財務情報が流出し、低課税国事業体への実体を欠く投資を利用した租税計画のリスクを全世界に、改めて警告することとなった。 折しも、米国市民によるスイスUBS口座を利用した脱税スキャンダル(2008年)に端を発した米国の外国口座税務コンプライアンス法施行をきっかけに、OECDを中心としたグローバルフォーラムにおいて、外国金融口座情報の自動的情報交換に向けた合意が達成され、約100か国により2018年からの情報交換開始が期待される状況であった。 我が国を含めた主要国では情報交換に必要な国内法改正をすでに終えており、交換情報のセキュリティ確保に向けた技術的手当ても行われ、現在実施を待つばかりである。 富裕者による海外への投資を介在する金融口座の取引情報の取得に際しては、スイスにみられた銀行秘密の国内法的制約や条約の不備、更には協調した執行体制の不備により、不当な租税計画を防止する上で深刻な障害に長い間直面してきた。 今回の自動的情報交換が実施されると、多国籍企業の租税回避を防止するBEPS勧告と並んで、高額所得者の国境越え租税回避行為の情報端緒が課税当局に常備されることとなり、けん制効果は絶大なものになると考えられる。 4 当面の課題 “So far, so good”で進行してきた上記の新しい国際協調の潮流に、最近影を差す兆候が表れた。「欧州における英国のEU離脱後の税制協調」と「米国におけるトランプ政権の税制改革」の行方である。 いずれも、自国ファーストの政策を掲げてグローバル協調から離脱するベクトルに向かう懸念があり、せっかく達成されたコンセンサスの実現を困難にする可能性もある。それに加えて、アイルランドを舞台とした米国多国籍企業の租税計画に対するEU委員会の課税権の遡及適用は、国際的な税源獲得競争へ転化するリスクも内包している。 両地域を主要市場としてグローバルビジネスを展開する我が国企業への影響は無視できず、当分の間動向を注視する必要があろう。 (了)
日本の企業税制 【第42回】 「政府による電子申告推進の取組み」 -電子申告の義務化実現と法人の利用率100%を目標に- 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 3月29日に、政府の規制改革推進会議(議長:大田弘子政策研究大学院大学教授)は、その傘下の行政手続部会(部会長:髙橋滋法政大学法学部教授)の取りまとめ「行政手続コストの削減に向けて」の報告を受け、行政手続コスト削減を巡る議論を行った。 会議に出席した安倍首相は議論を踏まえ、次のように述べた。 上記報告書では、削減目標を設定して計画的な取り組みを推進するべき「重点項目」として9項目を設定しているが、そのうちの2つが、国税と地方税である。 9つの重点項目については、削減目標として、事業者の作業時間ベースで、20%削減を設定した。また、取組期間は3年をめどとし、場合によっては5年まで許容される。 上記の安倍首相の指示にあるように、重点分野については、各省庁が本年6月末までに基本計画を策定し、7月以降、行政手続部会がその基本計画について幅広く点検をし、必要な改善を求め、各省が平成30年3月までに基本計画を改定するというプロセスを予定している。 なお、国税及び地方税については、①税務訴訟における立証責任が、通常、課税当局側にあるとされていること、②消費税軽減税率制度・インボイス制度の実施、国際的租税回避への対応等に伴い、今後、事業者の事務負担の大幅な増加が不可避であることを考慮し、上記の一律の削減目標ではなく、次のような目標が設定されている。 平成27年度において法人税申告の75.4%が電子申告(e‐Tax)によって行われているが、このうち大規模法人の利用率は52.1%にとどまっている。また地方法人2税(住民税・事業税)の電子申告(eLTAX)については、ようやく平成27年4月に全ての地方団体が接続したという状況もあり、利用率は56.1%である。今回の数値目標は、納税実務に大きなインパクトをもたらすものといえよう。 すでに、政府税制調査会でも、本年1月27日の第9回総会で、4月下旬~5月上旬頃にかけて、委員の海外派遣を実施することを決めたが、その趣旨は、経済活動のICT化や多様化を踏まえ、税務手続の利便性向上及び適正公平な課税の実現に向けた検討のため、諸外国における取組みを参考とする必要があることから、各国の納税実務に係る諸制度やその実際の運用について調査を行うというものであり、今回の規制改革推進会議の取組みと方向性は一致しているものと見られる。 (了)
平成29年度税制改正における 『組織再編税制』改正事項の確認 【第2回】 公認会計士 佐藤 信祐 3 スクイーズアウト税制 (1) 対価要件の見直し 平成29年度税制改正では、スクイーズアウト税制として、以下の見直しがなされている。 (※) 平成29年度与党税制改正大綱70-71頁より抜粋 このうち、⑤であるが、発行済株式の3分の2以上を支配した後に、現金交付型合併又は現金交付型株式交換を行ったとしても、金銭等不交付要件に抵触しないことを意味している。そして、法人税法上、支配関係が成立しているかどうかは、合併又は株式交換の直前とその後の継続見込みで判断する。 そのため、発行済株式の3分の2を取得してから合併又は株式交換を行う場合には、50%超100%未満グループ内の組織再編に該当することから、事業継続要件及び従業者引継要件を満たせば、税制適格要件を満たすことができる。 この点につき、法人税法2条12号の8、同号の17では、合併法人又は株式交換完全親法人が保有する株式に限定されていることから、間接保有を含めたうえで発行済株式の3分の2以上を保有しているかどうかの判定をするわけではないという点に留意が必要である。また、当然のことながら、同一の者によって、発行済株式の3分の2以上が保有されている場合についても適用されない。 また、無対価合併及び無対価株式交換を行った場合には、従前通り、対価の交付を省略したとみることができる場合についてのみ、税制適格要件を満たすことができることとされた。これに対し、次回(【第3回】)解説するように、スクイーズアウトでは、無対価スクイーズアウトを行ったとしても、税制適格要件を満たすことができるようにされている。 そして、現金交付型合併又は現金交付型株式交換を行った場合には、現金を受け取った株主において、みなし配当を認識する必要はないものの、株式譲渡損益を認識する必要があるものとされた(法法24①、なお、61条の2②⑩では、金銭等を交付しない合併又は株式交換のみについて譲渡損益を認識しないこととしている)。 さらに、合併法人の純資産の部であるが、法人税法施行令8条1項5号では、適格合併に係る被合併法人の当該適格合併の日の前日の属する事業年度終了の時における資本金等の額から当該合併による増加資本金額等(当該合併により増加した資本金の額又は出資金の額並びに当該合併により被合併法人の株主等に交付した金銭並びに当該金銭及び当該法人の株式以外の資産の価額の合計額をいう)と抱合株式の当該合併の直前の帳簿価額を減算した金額が、適格合併により増加する資本金等の額として規定されている。すなわち、被合併法人の少数株主に対して交付した金銭については、資本金等の額のマイナス要因として処理することになる。 これに対し、現金交付型株式交換については、法人税法施行令119条1項10号では、金銭等不交付株式交換のみに対して適用されることから、現金交付型株式交換を行った場合には、交付した金銭に相当する価額が株式交換完全子法人株式の受入価額となる。そのため、資本金等の額は増減しない。 このように、現金交付型合併又は現金交付型株式交換を行ったとしても、税制適格要件を満たすこととされた。諸外国の税制を見てみると、例えば、少数株主が10%であり、当該少数株主に対して金銭を交付した場合には、法人レベルにおいて、10%だけ譲渡損益を認識するという制度を導入することも可能であった。これに対し、改正法人税法では、そのような考え方は採られておらず、適格合併であれば、すべての譲渡損益を認識せず(法法62の2①)、適格株式交換であれば、すべての評価損益を認識しない(法法62の9①)という制度となっている。 それが故に、組織再編税制全体に影響を及ぼすものではなく、スクイーズアウトと足並みを揃える制度にすることを優先した制度であったということも言える。 (次号(4/27)に続く)
電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第3回】 「プリペイド方式の電子マネーにより経費決済を行った場合の 税務上の留意点」 公認会計士・税理士 八代醍 和也 A 前回は、プリペイド方式の電子マネーを使用して経費決済を行った場合の会計処理について解説を行ったが、今回は引き続き同じケースにおける税務上の取扱いについて解説する。 法人税、消費税並びに電子取引を行った場合の取引情報の保存方法の各論点から、ビジネスにおいて疑問が生じやすいと考えられる事項について順に考察してみたい。 1 法人税の取扱い まず、法人税法及び関連法令においては、プリペイド方式の電子マネーを使用した際の処理について明確に定めた規定はない。そこで、基本的には法人税法第22条のいわゆる各事業年度の所得の金額の計算の通則に従って処理を行うことになると考えられる。 同条第3項では、損金の額に算入すべき金額として、以下の3つである旨を規定している。 すなわち、法人における経費決済を前提とすると、上記通則中の二の「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」については損金の額とすべきということになり、さらにこの「債務の確定」が何を意味するのかということについて、法人税法基本通達2-2-12において以下のとおり規定している。 結局のところ、別段の定めがあるものを除いては、会計上のいわゆる「発生主義」に基づく経理処理によって損金に算入すべきことが求められていると考えられる。 つまり、前回解説を行った会計処理によって費用計上している場合においては、何ら調整を必要とすることなく、損金の額に算入することができるということである。 ここまでのところを図示すると、以下のように整理できる(勘定科目、金額は前回の設例による)。 ◆プリペイド方式電子マネーのチャージ時 (借方)貯蔵品 15,000円 (貸方)現金預金 15,000円 ◆プリペイド方式電子マネーの使用時 (借方)交際費 10,000円 (貸方)貯 蔵 品 10,000円 ⇒ 税務においても上記の費用処理がそのまま認められる。(※) (※) 複数年分の費用をまとめて前払いした場合には、当然ながら、法人税法基本通達2-2-14の規定により一時に費用処理する場合を除き、前払費用として資産計上される。 2 消費税の取扱い 法人税の場合と異なり、消費税法におけるプリペイド方式の電子マネーの取扱いは非常に明確である。 (1) チャージした際の取扱い 消費税法第6条において同条別表第一に掲げる物品の譲渡について消費税を課さないこととしており、プリペイド方式の電子マネーの購入は同表において非課税とされる「物品切手等の譲渡」に当たることから、消費税は課されない。 ちなみに、プリペイド方式の電子マネーが上記の「物品切手等」に該当することについては、それほど違和感はないと思われるが、法文上の明確な規定はないものの、消費税法基本通達6-4-4において、以下の規定がある。 プリペイド方式の電子マネーが資金決済法に規定する前払式支払手段であることは前回の解説で述べたとおりであり、上記規定から、課税庁が物品切手等と捉えていることがわかる。 (2) プリペイド方式の電子マネーを使用した際の取扱い では、プリペイド方式の電子マネーを使用した場合に、どのような税務上の取扱いになるかということについて、消費税法基本通達9-1-22は以下のように規定している。 すなわち、商品の引渡し時や役務提供完了時において、課税取引が行われたと考えるわけである。 ここまでのところを図示すると、以下のように整理できる(勘定科目、金額は前回の設例による)。 ◆プリペイド方式の電子マネーのチャージ時 (借方)貯蔵品 15,000円 (貸方)現金預金 15,000円 ◆プリペイド方式の電子マネーの使用時 (借方)交際費 10,000円 (貸方)貯 蔵 品 10,000円 ⇒ 税務上はこの段階で課税取引が発生する。 3 まとめ 1、2を踏まえた結論としては、プリペイド方式の電子マネーを使用した場合、前回解説した発生主義に基づく費用計上及び法人税法における損金算入並びに消費税法における課税仕入の発生のタイミングはすべて同一のものとなる。 4 電子取引を行った場合の取引情報の保存方法 プリペイド方式の電子マネーを使用した際には、通常の現金による経費決済の場合と異なり、領収書が発行されないこともある。 このような場合において、取引事実を証明するためには、納税者が具体的に何を保存する必要があるのだろうか。 この点について、電子帳簿保存法10条は以下のように定めている。 すなわち、プリペイド方式の電子マネーの使用を含む、電子取引を行った場合には、加盟店からその情報が電子マネー発行会社に伝達・蓄積される。これらの蓄積された取引情報の記録は、利用者側でもダウンロードすることにより保存することができる。 電子取引を行った場合においては、こうした取引情報を電磁的記録として保存することが求められることになる。 一方で、これらの情報を書面で出力するか、電子計算機出力マイクロフィルムの状態で保存することも認められており、柔軟な対応が図られている。 (了)
相続税の実務問答 【第10回】 「代償分割が行われた場合の相続税の課税価格の計算」 税理士 梶野 研二 [答] あなたが取得した代償金については、4,800万円全額ではなく、代償分割の対象となった土地及び建物の相続税評価額とその通常の取引価額との開差に相当する金額を調整して求めた3,840万円が課税対象となり、この金額に、その他の相続財産の価額500万円を加算した金額4,340万円が相続により取得した財産の価額として、相続税の課税対象とされる金額になります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 代償分割が行われた場合の相続税の課税 前回説明しましたように、代償分割とは、相続財産の全部又は一部を共同相続人のうちの1人又は数人に相続させるとともに、その者から他の共同相続人に対して一定の金銭等の支払いをさせる方法により行う遺産分割です。 代償分割により共同相続人のうちの1人又は数人から代償財産を取得した場合、この代償財産は相続により取得したものですから、代償財産を取得することとなった相続人については、この代償財産の価額が、相続税の課税対象となります(相基通11の2-9)。 一方、代償財産を交付した相続人については、相続により取得した土地や建物などの現物財産の価額から代償財産の価額を控除した価額を基に相続税を計算することとなります(相基通11の2-9)。 2 代償分割が行われた場合の相続税の課税価格の計算 (1) 原則的な計算 代償分割の方法により相続財産の全部又は一部の分割が行われた場合、代償財産の交付を受けた相続人については、交付を受けた代償財産の価額と相続により取得した現物の財産の価額との合計額が相続税の課税価格となります。 また、代償財産を交付することとなった相続人については、相続により取得した現物の財産の価額から交付した代償財産の価額を控除した金額が相続税の課税価格となります。 (2) 調整計算 上記(1)の原則的な計算によると、ご質問の場合には、次のとおり相続税の課税価格が計算されます。 上記の計算では、遺産分割において共同相続人が平等に財産を取得することとなるように代償金の額を決定したにもかかわらず、それぞれの相続税の課税価格に開差が生じてしまい、算出される相続税の額にも違いが生じてしまいます。 このような結果となるのは、代償分割の対象となった建物及びその敷地の通常の取引価額を基に代償金の額が決められたのに対し、その建物及び敷地の相続税の課税価格計算上の価額は、通常の取引価額よりも低い相続税評価額によることとなるからです。 しかしながら、共同相続人間では遺産を平等に分割するとの考えの下に代償金の額が決められたにもかかわらず、相続税の課税価格が大きく異なってしまうのは、いかにも不合理であるといえます。そこで、相続税の課税実務上、代償分割の対象となった不動産等の通常の取引価額と相続税評価額の差異を次のように調整する取扱いが示されています。 すなわち、通常の取引価額(上記の通達中の算式では、Bの価額)と相続税評価額(上記通達中の算式では、Cの価額)に開差がある場合には、①相続人間で協議した合理的な調整計算を行うこと、②相続人間で調整ができないとき又は相続人が選択したときには、代償債務の額(A)に、代償分割の対象となった財産の相続開始の時における価額(相続税評価額)(C)を代償債務の額の決定の基となった代償分割の対象となった財産の代償分割の時における価額(通常の取引価額)(B)で除して求めた割合を乗じて算出することが認められることとなります。 3 ご質問の場合 ご質問の場合、それぞれの相続税の課税価格は、相続人間で、他の合理的な調整計算を行うことを選択しなければ、次のとおり計算されることとなります。 (了)
特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第11回】 「立退料を支払って貸地の返還を受けた場合」 -買換資産の範囲- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、自己の居住用の土地家屋(所有期間が10年超で居住期間は10年以上)を売却しました。 買換資産の取得に当たり、従来から貸し付けていた土地の借地人Aに立退料を支払い、その貸地の返還を受けて、その土地の上に家屋を建築し、居住の用に供しています。 この場合、「特定の居住用財産の買換えの特例(措法36の2)」の適用を受けることができるでしょうか。 A 土地の借地権に相当する部分の取得があったものとして「買換えの特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 土地を他人に使用させていた者が、立退料を支払って、その借地人から貸地の返還を受けた場合には、その土地の借地権等に相当する部分の取得があったものとし、その支払った金額(その金額のうちにその借地人から取得した建物、構築物等でその土地の上にあるものの対価に相当する金額があるときは、その金額を除く)を、その土地の借地権に相当する部分の取得価額として、「買換えの特例」の適用を受けることができます(措通36の2-10(立退料等を支払って貸地の返還を受けた場合))。 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第21回】 「雑収入(開店祝い金)」 ~開店祝い金の雑収入計上が漏れていると判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「開店祝い金の雑収入計上漏れ」に係る法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた国税不服審判所平成14年12月19日裁決(裁決事例集64号367頁。以下「本裁決」という)を素材とする。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 本件理由付記は、素材とした本裁決の裁決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工して作成したものである。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本裁決の判断 本裁決は、大要次のとおり、更正の原因となる事実を示す資料として大学ノートが摘示されていることなどから、理由付記に不備はないと判断した。 (1) 理由付記の趣旨目的 (2) 理由付記の十分性 4 検討 (1) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、X社が雑収入に計上していない(有)Sほか121名から受領した開店祝い金合計317万円について、雑収入に計上すべきであるとするものである。そうであれば、X社が、その帳簿上、雑収入に計上していないことの否認という広い意味において、X社の帳簿書類の記載自体を否認して更正する場合に該当するものと考える。 したがって、理由付記の程度としては、 ことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (2) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 ア 信憑力のある資料の摘示の有無 本件理由付記は、X社が雑収入に計上していない開店祝い金について、これを雑収入に計上しなければならないものとする本件更正処分を行うに当たり、雑収入計上漏れとして所得金額に加算する317万円はX社が平成10年6月7日にHを開店した際に収受した開店祝い金であること並びに加算すべき開店祝い金に係る支払者名及び金額を記載し、根拠資料として、X社に保管されていた大学ノートを摘示している。 したがって、本件理由付記は、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけではなく、更正処分の根拠を帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって具体的に明示していると考える。 イ 理由付記の趣旨目的との適合性 本件理由付記は、本件更正処分の理由として、X社が平成10年6月7日にHを開店したこと、その際にX社が(有)Sなどから開店祝い金として総額317万円を収受していること、当該開店祝い金を雑収入に計上しなければならないにもかかわらずX社はこれを行っていないこと、開店祝い金に係る支払者名及び金額を記載しており、その根拠資料として、X社に保管されていた大学ノートを摘示している。 根拠条文の記載はないものの、上記317万円について、X社がHの開店祝い金として収受していることをもって、当事業年度の収益に計上すべきであると判断していることを読み取ることができる(関係法令としての法人税法22条2項又は4項については前回参照)。 そうすると、本件理由付記は、更正処分に係る法律上及び事実上の根拠を示すものであって、結論に至る判断過程並びに判断の前提となる事実及びその証拠資料を記載するものであるといえる。したがって、本件理由付記は、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであり、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 (3) 更なる議論 ~開店祝い金の入金年月日の記載がないことが与える影響~ もっとも、本件理由付記には開店祝い金の入金年月日(収受年月日)の記載がないことをどのように評価すべきであるかという問題がある。 この点、上記のとおり、本裁決は、本件においては大学ノート記載の入金年月日が更正の理由に摘示されていないから、理由付記に欠け、違法である旨のX社の主張に対して、本件更正通知書には、更正の原因となる事実を示す資料として大学ノートが摘示されており、また、別紙においても入金先及び各入金額が摘示されており、課税庁の判断の慎重、合理性を担保して、その恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨を充足していると認められるから、入金年月日が摘示されていないからといって、更正通知書に記載された更正の理由が理由付記に欠けるとは認められないとして、これを排斥している。 本件理由付記には、平成10年6月7日にHが開店し、平成10年6月24日にその開店祝賀会が開催されていることが記載されている。通常は、これらの日からあまり間を空けずに開店祝い金を受領するであろうから、開店祝い金の入金年月日が問題となることは少なく、その入金年月日の記載がないことをもって理由付記に不備があるとは考え難い。 しかしながら、X社が6月決算であることを前提とすると、本件においては、開店祝い金の収益計上時期がいわゆる期ズレの問題として浮かび上がるという特段の事情があるといえる。したがって、理由付記に開店祝い金の入金年月日を記載すべきであるという主張にも一定の説得力がある。 他方、本件理由付記には、本件更正処分の根拠資料としてX社に保管されていた大学ノートが摘示されている。本件更正処分の根拠資料がX社以外の者が作成した資料であれば格別、この大学ノートはX社自身が作成し、保管しているものであることを前提とすれば、本件理由付記程度の記載であっても、本件更正処分の対象となった開店祝い金の入金年月日はX社において容易に把握し、確認できるはずである。このような事情を考慮すると、開店祝い金の入金年月日の記載がないことのみをもって、本件理由付記は理由付記の趣旨目的に適うものであるという上記評価を覆すことは妥当でないという見解が成り立つ。 このような見解に対しては、理由付記は、更正通知書の記載自体において法が求める程度に記載されていることを要し、その理由を納税義務者が推知できると否とに関わりのない問題であるはずではないか(最高裁昭和38年12月27日第二小法廷判決・民集17巻12号1871頁)という反論があり得る。 これに対しては、あくまで理由付記の文面の枠内においてという留保は付くものの、理由付記の十分性を判断するに当たっては、①理由付記の文言のみならず、その文面から推知可能な内容も判断の対象とすべきであること、及び、②このような推知の場面では課税処分を受ける納税者自身が最もよく知悉しているという事情を考慮すべきであること、という再度の反論の余地がある。 * * * 次回は、「従業員からの預り金に係る雑収入計上漏れ」に係る法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第15話】 「退職後給付会計(IAS第19号)のキモは確定給付制度」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 「あー、体がだるい・・・」 藤原は、首を揉みながらリフレッシュ・ルームに入ろうとした。今は4月。経理部にとって1年で最も忙しい時期である。東証1部に上場しているメーカーの経理部に勤める藤原も連日残業続きで、体がこわばっていた。 藤原は入口で足を止めた。 同じ経理部の後輩である桜井の背中が見えたからだ。社員の憩いのスペースであるリフレッシュ・ルームには、自動販売機といくつかのテーブルセット、そして壁際をささやかに彩る観葉植物が置いてあるだけだ。桜井は、昼食後の昼休みをそこで過ごしているようだった。心なしか、背中がくたびれている。 藤原は声をかけようか悩んだ。桜井とは以前は仲が良かったのだが、年末にちょっとしたいさかいをした後、微妙な関係が続いており、今も気軽に声をかけづらい状態が続いていた。 いさかいの発端は、会社のIFRS導入に向けて、藤原が桜井にIFRSを教えることになったことから始まる。初めはやる気満々だった桜井の勉強姿勢が次第に受身になっていく様子に藤原は不満を感じていた。藤原としては、勉強というのは自分から能動的に行うもので、そうしないと頭に入らないと思っている。そこで桜井に活を入れようとしたのだが、ちょっと言い方がまずかったらしい。当時多忙だったこともあり、つい突き放すような言い方になってしまい、それが桜井の機嫌を損ねてしまったのだ。その一方で、自分は間違っていないと思っているので、こちらから謝るのも釈然としない。 そんな状態のまま、必要最低限のやり取りでしか言葉を交わさない関係が続いているのだった。 「はぁー」 桜井は、リフレッシュ・ルームの椅子に腰かけて、こちらまで聞こえる盛大な溜息をついた。藤原が身の振り方を逡巡している間に、同じ経理部の伊崎がすっと桜井に近寄り声をかけた。伊崎は30代半ばのスマートな男性だ。 「桜井君、どうしたの?困ったことでもあった?」 伊崎は、午後一番の入れたてコーヒーを手に、桜井の向かいの席に座った。 「はぁ・・・仕事の方は比較的順調に進んでいるんですけど、IFRSの勉強で・・・」 藤原は意外な答えを聞いて、眉を上げた。仕事の悩みだと思っていたからだ。2人は藤原に気づかず、会話を進めていく。 「ふぅん。で、IFRSの何が問題なんだい?」 伊崎はコーヒーを飲みながら桜井に尋ねた。 「退職給付会計のことを勉強していたんですけど、全然理解できなくて・・・」 桜井は、バツが悪そうに言った。それを聞いた伊崎は腕を組んで言った。 「うーん。退職給付って数年前に日本基準が改訂されてから、IFRSとほとんど同じじゃなかったかな?」 「やっぱ、そうですよね。僕もそれを聞いたので勉強してみようと思ったんです。でも、何度本を読んでも内容が頭に入ってこないんです。」 大方、「日本基準と似ているから、勉強も楽に違いない。」と思ったんだろうな、と藤原は予想した。 伊崎は桜井の言葉に頷いた。 「なるほどね。細かい所では日本基準と違いはあるけど、考え方は一緒のはずなんだけどね。」 「あの、日本基準との違いってどんなものがあるんですか?」 日本基準との違いが分かれば、IFRSの内容も理解できるかもしれない、と期待を込めた表情で桜井が質問した。 「例えば、算定給付式しか認められないとか、割引率のこととか、利息の計算とか、再評価の会計処理とか・・・」 「え?え?え?」 立て続けに例を挙げる伊崎の言葉についていけず、桜井は逆に混乱している様子だ。それもそのはず。そもそも桜井の退職給付会計の理解が伊崎のそれに追いついていないのだ。藤原は秘かに溜息をついて、2人に近づいた。 「伊崎さん、そいつ、そこまで理解できてないですよ。」 桜井が後ろを振り向き、間抜けな顔をして藤原を見上げた。 「ふ、藤原先輩!」 桜井は、思わず声を上げた。 「え?そうなの?」 伊崎は、そんな桜井の驚きをスルーして藤原に訊いた。 「こいつには、もっと基本的なことから教えないと。たぶん、日本基準の退職給付会計すら、よく分かってないんじゃないですか。」 「うっ・・・」 桜井は図星を付かれた様子で言葉を詰まらせた。 「そうなんだ。やっぱり藤原君は桜井君のこと、よく分かっているね。」 伊崎は頬杖を突きながら、藤原を見上げた。そして― 「あ、いいこと思いついた。」と、伊崎はポンと手を打つ。 藤原は直感的に嫌な予感がしたため、急いで自動販売機の方へ足を向けるが、伊崎はすかさず藤原の腕を取り席に引き寄せる。 「桜井君、ちょうどいいから、藤原君に退職給付会計を教えてもらえばいいんじゃないかな?」 「「えぇっ!」」 桜井と藤原は同時に声を上げた。 「いや・・・あの・・・自分は仕事が手一杯でー。」 藤原は、首を振りながら即座に断る。今は1年で一番忙しい時期で、連日深夜まで残業してもやることは山積みなのだ。そんな余裕、あるわけがない。 しかし、伊崎の笑顔は崩れない。 「後輩の指導も立派な仕事だよ。」とにっこり。 「伊崎さん、今何月だと思っているんですか。」 藤原は半ば呆れて言った。 「もちろん、4月だよ。」 「じゃ、それどころじゃないの、分かりますよね!?」 藤原は、必死になって伊崎に考えを諦めるように説得を試みた。しかし、何を言っても伊崎は首を横に振る。 「桜井君にとって、今後必要な知識だよ。今忙しいからとか、目先のことにとらわれていちゃダメだよ。」 「それに」と、伊崎は反論しかけている藤原を手で制した。 「『鉄は熱いうちに打て』って、君が桜井君によく言っていたじゃない。今だよ、桜井君が熱くなっているのは。」 それを聞いて、藤原は桜井を見下ろす。桜井は困った顔で伊崎と藤原を交互に見ていた。熱くなっているようには到底見えない。 しかし、藤原が再度断ろうと口を開くよりも早く伊崎が言った。 「大丈夫だよ、藤原君。今日の君の残業申請は僕が代わりに部長に出しておいてあげるから。」 そして、伊崎はコーヒーを飲み干し、優雅に席を立った。 「じゃ、桜井君の指導、よろしく頼むね。」と言い残して、その場から立ち去る。 リフレッシュ・ルームに取り残された2人は顔を見合わせた。 「・・・やられたな。」 藤原の言葉に、思わず「すみません。」と、桜井が謝った。 退職後給付会計の学習内容 【今回の学習項目】 IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度 確定給付制度の会計処理 やむを得ず桜井にIFRSを再び教えることになった藤原は、ミーティング・ルームに移動する前に、自席から資料を持ってきていた。 「以前の勉強会の資料の余りだ。」 と言うと、藤原は桜井に資料を手渡した。桜井はまだ藤原との距離感をつかめず、おどおどとそれを受け取る。その後、藤原がコホンといつものように咳払いをした。桜井にはその咳払いがずいぶん懐かしいものに聞こえた。 「いいか、俺は忙しい。そして、お前も忙しい。」 「はい・・・」 藤原が何を言いたいのかよく分からない桜井は、ひとまず頷いた。 「つまり、こんなことをしている時間的な余裕はないんだ。ということだから、細かい部分はいいから、基本を理解しろ。」 「はい。分かりました。」 「資料のうち、今回説明する項目は2つだ。まずは、IFRS第19号の『退職後給付』と退職後給付制度について簡単な概要を説明した後、退職後給付会計でも肝である確定給付制度の会計処理についてだ。」 「あ、はい。分かりました。」 桜井は、資料の目次の中から藤原が言った項目を見つけ出し、マーカーを引いた。 「ところで、お前はもう退職後給付会計の勉強は一通りしてみたんだよな?」 「ええと、一応本に目を通した程度ですけど・・・」 藤原の質問に、桜井は自信無げに答えた。 「なら、理解できた部分はお前が説明してみろ。分からない箇所や追加で説明な必要な部分は俺が補足してやる。」 「え!」 桜井は突然の藤原の提案に躊躇した様子を見せたが、意を決した顔つきで言った。 「はい・・・。やってみます。」 藤原は満足気に頷いた。 「よし、時間がもったいないから、さっそく始めよう。」 IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度 確定給付制度の会計処理 「では、まずIFRSでは、IAS第19号の中に退職後給付(post-employment benefits)について規定されている。」 「えーと、IAS 第19号というと、『従業員給付』という基準書ですよね。たしか、有給休暇引当金で教えてもらったと思います。」 桜井は、昨年の夏の記憶を辿りながら確認した。 「ああ。よく覚えていたな。その通りだ。」 桜井が秘かにほっとしたことに気付かず、藤原は説明を続けた。 ◆ IFRSでは、『退職後給付』を対象としている 「そして、IFRSが対象としているのは『退職後給付』ということだ。ここは問題ないか?」 藤原は片方の眉を上げて、桜井に訊いた。 「はい。えーと、IFRSで対象となる『退職後給付』は、日本基準で対象としている『退職給付』よりも広い概念なんですよね?」 そこで、桜井はホワイトボードに大小2つの重なった楕円を描いた。 【「退職後給付」のイメージ】 「まず、日本基準の退職給付会計の対象となる『退職給付』とは、一定期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基づいて、退職以後に従業員に支給される給付のことをいいます。退職一時金や企業年金がその典型例です・・・」 ここで、桜井はホワイトボードから視線を外し、ちらりと藤原を見る。 「そうだな。」と藤原は頷いた。 「一方、『退職後給付』は、雇用関係の終了後に支払われる従業員給付のことをいい、『退職給付』だけではなく、退職後生命保険や、退職後医療給付のような『その他の退職後給付』を含む概念です。つまり、IFRSの『退職後給付』は、『退職給付』プラス『その他の退職後給付』となります・・・よね?」 自信はないみたいだが、桜井がきちんと理解できていることが分かり、藤原はニヤリと笑った。 「ああ。ちゃんと理解できているようで安心したぞ。」 藤原の言葉を聞いて、桜井はほっとした表情を浮かべた。 ◆退職後給付制度は2つの制度に区別される 藤原は、次のポイント説明に移ることにした。 「続いて退職後給付制度についてだ。IFRSでも日本基準と同様に、退職後給付制度は2つに区別されることになる。」 「あ、それも分かります。確定拠出制度と確定給付制度ですよね?」 少しずつ藤原とのやり取りに慣れてきた桜井は、本来の調子を取り戻し始めたようだ。桜井は、手を上げて言った。 「ああ。その通りだ。2つの違いは分かるか?」 藤原は再びニヤリとして桜井に尋ねた。 「えーと・・・」 先ほどまでの勢いは急になくなり、桜井は言葉に詰まった。 「確定拠出制度(defined contribution plans)と確定給付制度(defined benefit plans)には、正確には下の表のような違いがあるんだ。」 藤原は、資料にある表を指して言った。 【確定拠出制度と確定給付制度の比較】 ◆確定給付制度は確定拠出制度以外の退職後給付制度 桜井は、しばらく表を眺めながめると、こう言った。 「確定拠出制度は大体理解できますけど、確定給付制度の定義って、確定拠出制度以外の退職後給付制度を指すんですね。」 その言葉に藤原も頷く。 「そうなんだ。この分類は、日本基準でも同じだな。まず、確定拠出制度に該当するかを検討して、該当しない退職後給付制度はすべて確定給付制度に分類することになる。」 「へぇ!」 ◆確定給付制度の会計処理は複雑 「そして、会計処理もそれぞれの制度で異なる。」 「確定拠出制度はシンプルで、確定給付制度は複雑、と表には書いてありますね。」 「確定拠出制度の会計処理は、簡単に言ってしまえば、当期の要拠出金額を費用計上するという処理だ。」 「はい。」と、桜井は頷いた。 「ところが、確定給付制度の場合は、そんな単純にはいかない。」 「どうしてですか?」 「確定給付制度の場合は、数理計算上の仮定が必要になるし、数理計算上の差異の可能性も考慮する必要があるから計算が複雑になってしまう。さらには、確定給付債務は長期にわたる債務だから割引計算する必要もあるしな。」 「うーん、その理由を聞いただけで難しそうです。僕が理解できないのも当然と言えますね。」 「こらこら、開き直るな。」と、すかさずツッコミを入れた藤原も頭を掻きながら言った。 「確かにこの会計処理を簡単に説明するのは難しいな。ひとまず、なるべく分かりやすく説明できるように努力するから、お前も頑張れ。」 藤原は自分も手こずった記憶を思い出しながら、桜井に言った。 「はい。よろしくお願いします。」 桜井は深々と頭を下げた。 確定給付制度の会計処理 IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度 「では、本日のメインである『確定給付制度の会計処理』に入るぞ。」 「はい、分かりました。」 ◆確定給付制度の会計処理には、4つのステップがある 「まず、確定給付制度の会計処理の手順がIAS第19号に示されているのは知っているな。」 「おぼろげですが・・・」 桜井はしどろもどろになりながら、説明を始めた。 「えーとですね、まずは確定給付制度の積立不足又は積立超過の金額を算定して・・・。そして、資産上限額というものを調整して、それから・・・」 「純損益として認識する金額の算定と、その他包括利益として計上する項目の算定が続くんだ。」 続きを思い出せない桜井に、藤原が助け舟を出した。 「そうそう!それです!」 「まぁ、半分は覚えていたから良しとしよう。その全体の流れが、この表だ。」 藤原は、桜井に資料の中の表を示した。 【確定給付制度の会計処理】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 表を見た桜井の表情が明るくなった。 「へぇ、この表は分かりやすいですね!各ステップの横の項目は、そのステップで算定する項目ですね!」 急に褒められた藤原は、恥ずかしそうに頭を掻きながら説明を続けた。 「ああ。まずステップ1で、積立不足と積立超過を算定する。つまり、確定給付負債又は確定給付資産を算定することになる。このステップでは、具体的に制度資産、確定給付制度債務、そして当期勤務費用を算定するということだ。」 「はい。」 ◆ステップ1及び2は財政状態計算書、ステップ3及び4は包括利益計算書に関連する項目を算定 「退職後給付会計はこの4つのステップで会計処理することになるんだが、何か気づいたことはないか?」 「気づいたこと、ですか?」 桜井は首を傾げた。 「表には既に書いているが、上2つの「ステップ1とステップ2」が、財政状態計算書に関わってくる内容なんだ。」 「なるほど。そして、下2つの「ステップ3とステップ4」が包括利益計算書に関する項目になるんですね。」 藤原は頷いた。 「では、この表の順番に沿って、もっと具体的に説明していくことにしよう。」 「ステップ1がこの4つのステップの中でも一番ボリュームがある所だな。このステップで分かる所まででいいから、説明してみろ。」 藤原に言われて、桜井は再び緊張した表情を浮かべながら、口を開いた。 「えーと、ステップ1では退職給付負債(資産)(defined benefit liability(asset))を算定します。そして、制度資産(plan asset)、確定給付制度債務(defined benefit obligation)、そして当期勤務費用(current service cost)の3つの項目を算定することになります。」 なんとか英語を交えて説明した桜井は、ホワイトボードに図を描き始めた。 【制度資産<確定給付制度債務のケース】 【制度資産>確定給付制度債務のケース】 ◆確定給付負債(資産)の算定方法とは 「ステップ1でやることは、制度資産と確定給付制度債務の現在価値をそれぞれ測定して、その差額を確定給付負債若しくは確定給付資産として計上することです。」 「そうだな。資産側を年金資産、負債側を退職給付債務に置き換えると、日本基準でやっていることと同じだ。」 桜井は頷いた。 「はい。そして、確定給付制度債務が制度資産よりも大きい場合、つまり積立不足の時に確定給付負債を計上します。逆に制度資産が確定給付制度債務よりも大きい場合、積立超過していることになりますから、確定給付資産が計上されることになります。」 そこで、藤原は桜井に質問した。 ◆当期勤務費用は確定給付制度債務の現在価値とセットで算定する 「ここでは、当期勤務費用も算定するんだよな?」 藤原は桜井の説明にフォローを入れた。 「え?あ、そうですね。えーと、当期勤務費用は確定給付制度債務の現在価値を測定する時に、一緒に算定する項目なんです。」 「つまり、確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用はセットで計算されるってことだな?」 「はい、そういうことです!」 「よし、では、さらに詳しく見ていこう。」 「え?ステップ1の説明の続きがまだあるんですか?」 「当たり前だろう。今まではステップ1の入り口だ。制度資産、確定給付制度債務、そして当期勤務費用をどうやって算定するのか、まだ何も説明してないじゃないか。」 藤原は、呆れた口調で言った。 「そう言えば、そうですね。」 桜井は恥ずかしそうに頭を掻いた。 ◆制度資産は公正価値で測定される 「まずは、説明の簡単な制度資産の方からいくぞ。」 「はい。」 「制度資産とは、長期の従業員給付基金が保有している資産及び適格な保険証券のことだ。この制度資産はどのように測定されるか分かるか?」 「えーと、制度資産は公正価値で測定されるんですよね。」 「その通りだ。制度資産についてはひとまずそこまでの理解で今は十分だ。続いて、確定給付制度債務の測定に移ろう。」 「分かりました。」 ◆確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の測定方法 「確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の算定については説明できるか?」 藤原は、片眉を上げて桜井に尋ねた。 「うっ・・・ちょっと難しいです。」 桜井は正直に答えた。 「だろうな。では、ここは俺が代わりに説明しよう。」 「ありがとうございます。」 説明しなくていいと分かり、桜井はほっと安堵の溜息をついた。 ◆確定給付制度債務の現在価値及び当期勤務費用の測定手順は2つ 「確定給付制度債務の現在価値と関連する当期勤務費用を測定するには、さらに2つの手順を踏むことになる。」 「うーん。今回は手順だらけで混乱しそうです・・・」 桜井は思わず弱音を吐いた。 「こらこら、もうちょっと頑張れ。この2つの手順については、資料にまとめてある。」 藤原は、ぼやく桜井の頭を軽く小突いた。桜井は痛くもない頭をさすりながら、資料のページを捲って、藤原の示した表を探した。 【確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の算定手順】 「えーと、数理計算上の評価方法を適用して給付を勤務期間に帰属させた後、数理計算上の仮定を設定して、確定給付制度債務の現在価値を算定する・・・」 表の言葉を読み上げた後、桜井は首を捻った。 「なんだか『数理計算上』って言葉が多すぎて、よく分かりません・・・」 「だろうな。俺にもお前の頭の上に?マークが浮かんでいるのが見えるよ。」 藤原は、はぁーと一つ溜息をつくと、1つ目の項目を指差した。 ◆数理計算上の評価方法とは予測単位積増方式のこと 「まず、『数理計算上の評価方法を適用して』とあるのは、つまり、予測単位積増方式(projected unit credit method)を用いることを意味している。」 「予測単位積増方式?」 桜井の頭の上に、さらに大きな?マークが増えたようだ。 「予測単位積増方式とは、各勤務期間を、給付の追加的な1単位に対する権利を生じさせるものとみなして、最終的な債務を積み上げるために各単位を別個に測定する方法だ。 ・・・と言っても理解できないだろうから、日本基準と同じ考え方で確定給付制度債務を算定するってことを分かっておけば大丈夫だ。」 「はい。それならついていけそうです。」 ◆ IFRSでは給付算定式に基づき、給付を勤務期間に帰属させる 「そして、『給付を勤務期間に帰属させる』という箇所は、給付算定式に基づいて勤務期間に給付を帰属させるという意味だ。」 「あ、給付算定式は聞いたことがあります。」 「ああ。日本基準にもあるよな。日本基準では、給付算定式基準と期間定額基準の2つの方法が選択適用できるが、IFRSでは給付算定式基準のみが認められている方法なんだ。」 「へぇ。そうなんですか。」 ◆著しく後加重となる場合、給付は定額法を用いて帰属させる 「それから、後期の年度における従業員の勤務が、初期の年度より著しく高い水準の給付を生じさせる場合、これを『著しく後加重となる場合』と表現するんだが、その時は給付の帰属方法を変える必要がある。」 「えっと、『著しく後加重』のケースっていうのもイマイチ分からないんですが・・・」 桜井は正直に白状した。「そうだな・・・」と藤原は言うと、再びホワイトボードに向かった。 「例えば、給付算定式で給付を帰属させるとこんなグラフになるケースだな。」 「あ、何となく分かりました。一定の給付が積み重なっていくカーブではなく、一定の勤務年数を過ぎると一気に給付が増えていくパターンってことですね。」 桜井は、藤原の描いたグラフを見ながら言った。 「ああ。その場合は、最初に給付が生じた勤務の日(A)から、従業員の勤務が昇給を除けば、重要な追加の給付を生じさせなくなる日(B)までの期間、定額法により給付を帰属させなければならないんだ。」 「へぇ。つまり、こういうことでしょうか?」 桜井もホワイトボードに向かい、グラフに破線を書き加えた。 「そうだ。日本基準でも給付算定式基準を採用した場合は、同様の規定があるんだ。」 「では、給付算定式基準を採用していれば、IFRSと日本基準の間で処理に違いはないんですね!」 「ああ、そういうことになるな。」 藤原はニヤリとして答えた。 「では、これで確定給付債務が分かりましたね!」 「・・・まだだよ。」と呆れて藤原が言った。 ◆数理計算上の仮定を設定して、確定給付制度債務の現在価値及び当期勤務費用を算定 「え?もう給付は勤務期間に帰属させたじゃないですか。」 きょとんとした桜井に、またしても藤原が溜息をつく。 「もう一度手順をよく見ろ。この後、数理計算上の仮定(actuarial assumptions)を設定、とあるだろう。」 「あ、すっかり忘れていました。ところで、この『数理計算上の仮定』って何ですか?さっきの数理計算上の評価方法とは違うんですか?」 「違うな。数理計算上の仮定とは、退職後給付を支給する最終的なコストを算定する変数についての企業の最善の見積りのことだ。人口統計上の仮定と財務上の仮定から構成されているんだ。これについても、まとめた表が資料にあるはずだ。」 「あ、これですね!」 桜井は資料の中から表を見つけ出した。 【数理計算上の仮定】 【人口統計上の仮定】 死亡率 従業員の離職、身体障害及び早期退職の比率 受給資格を得るであろう被扶養者を有する制度加入者の比率 制度の規約で利用可能な支払形態の選択肢のそれぞれを選択する制度加入者の比率 医療給付制度における支払請求率 【財務上の仮定】 割引率 給付水準及び将来の給与 医療給付の場合は、請求処理費用を含めた将来の医療費 報告日前の勤務に関連した拠出又は当該勤務により生じた給付に関する制度による未払税金 「『人口統計上の仮定』は、従業員の将来の特徴に関する仮定だ。例えば、死亡率や離職率などが挙げられる。」 「へぇ。」 「『財務上の仮定』は、割引率や給付水準等だな。こちらも詳しくは、表を確認しておいてくれ。」 「どちらも債務を見積もるときに必要な仮定なんですね。」 「ああ。これらの数理計算上の仮定は、偏りがなく、かつ、互いに矛盾しないものでなければならないと規定されているんだ。そして、債務を決済する全体の期間についての、報告期間の末日時点における市場の予測に基づいて設定される必要がある。」 「分かりました。これらの数理計算上の仮定に基づいて確定給付制度債務を見積もった後、割引率を用いて確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用が算定されるというわけですね。」 ◆ IFRSでは割引率に優先順位がある 「ただし、IFRSでは、割引率(discount rate)を設定する際に優先順位があるんだ。」 「優先順位、ですか?」 藤原は、一度頷いた。 「割引率は、まず報告期間の末日時点の優良社債の市場利回りを参照して決定することになる。」 「へぇ。優良社債の市場利回りが優先されるんですね。」 「そして、そのような優良社債について厚みのある市場が存在しない通貨においては、その通貨建ての国債の市場利回りを使用することになるんだ。」 「なるほど。通貨に関する表現が含まれている言い回しも、IFRSっぽいですね。」 「確かにそうだな。」 桜井の感想に、藤原も頷いた。 ◆割引率の見直しについてもIFRSと日本基準で相違がある 「割引率についての日本基準との差異は、それだけじゃないぞ。」 「まだ他にあるんですか?」 「ああ。日本基準では、期末日現在の利率を使用するのが原則だが、期末の割引率について、前期末と比べて重要な変動が生じていない場合は見直さないことができるんだ。」 「へぇ。IFRSでは毎期末の利率を必ず見直しする必要があるんですね。」 「ああ、そういうことだ。長くなったが、ステップ1の説明は以上だ。」 「ふぅ。本当に長かったです。」 桜井は、大きく伸びをして一息入れた。 「続いて、ステップ2に入ろう。」 藤原は、表の横にあるボックスを示した。 「ここで算定する項目は『資産上限額』ですね。これって、アセット・シーリング(asset ceiling)とも言うんですよね。」 ◆ステップ2では、資産上限額だけでなく、最低積立要件についても検討 「その通りだ。ここでは資産上限額だけを書いているんだが、より正確に言うと、ステップ2では資産上限額と最低積立要件を考慮することになる。」 「最低積立要件?」 「最低積立要件とは、通常は、一定の期間にわたって制度に支払わなければならない掛金の最低限の金額のことを言うんだ。今はお前の混乱を避けるために詳しくは説明しないが、これらの資産上限額や最低積立要件についてはIFRIC第14号で規定されているってことだけは知っておいたほうがいいな。」 「分かりました。」 そう言うと、桜井はメモを取った。 「今日はIAS第19号でも触れている『資産上限額』がどういうものかを簡単に押さえておくことにしよう。」 ステップ1で頭がいっぱいになっていた桜井は、内心ホッとした。 ◆確定給付制度が積立超過の場合は、資産上限額を考慮 「確か『資産上限額』は、制度資産が確定給付債務を上回った場合に検討する必要があるんですよね?」 ここまでは、桜井も理解しているようだ。 「ああ。IFRSでは、確定給付制度が積立超過である場合には、確定給付資産の純額を、 確定給付制度の積立超過額 資産上限額 次のいずれか低い方で測定すると規定しているんだ。このイメージ図は資料にもあるぞ。」 藤原の言葉を聞いて、桜井は資料の図を探した。 「あ、これですね。」 「先輩、この『資産上限額』は、日本基準にはない概念ですよね?」 「そうだ。資産上限額とは、将来掛金の減額又は現金の返還という形で、企業が利用できる将来の経済的便益の現在価値のことを言うんだ。」 「将来の経済的便益の現在価値ですか・・・」と言うと、桜井はしばらくの間、頭の中で情報を整理した。 「つまり、確定給付制度に積立超過が発生していても、全額を確定給付資産として計上できるわけではなくて、将来の経済的便益を得られる範囲でしか計上しちゃいけないってことですか?」 「そういうことだ。なんだ、ちゃんと理解できているじゃないか。」 桜井は頭を掻いて答えた。 「解説の文章を読んだだけでは、全然理解できなかったんですけど。やっぱり、イメージ図や直接教えてもらう方がすんなり頭に入ってくるものですね。」 「ちなみに、通常、日本では返還による将来の経済的便益は存在しないんだ。」 「え、そうなんですか?」 桜井は掻いていた手をピタッと止めて、藤原を見た。 「ああ。日本では厚生年金基金及び確定給付企業年金制度のどちらも基本的に年金資産の返還は認められていないからな。」 「なるほど。では、資産上限額は、掛金の減額による将来の経済的便益だけを考慮すればいいんですね!」 「そういうことだ。これまでのステップ1とステップ2のイメージをまとめたのがこの図だ。」 「はい。」 桜井は、藤原の示した資料のページを開いて、確認した。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 「ここからは一度頭を切り替えて、包括利益計算書に関する項目に移るぞ。」 「はい。ステップ3では、純損益に認識すべき金額を算定するんですね。具体的には、 当期勤務費用 過去勤務費用及び清算損益 確定給付負債(資産)の純額に係る利息 を算定すればいいんですね。」 桜井は資料にある項目を読み上げた。 「ああ。」と藤原が頷いた後、桜井がおずおずと口を開いた。 「あの、質問があるんですけど・・・」 「なんだ?」 「当期勤務費用や過去勤務費用は、日本基準でも見る項目だから内容は分かるんですけど、清算損益ってなんですか?」 「そうだな。確かに、それぞれの項目について、簡単に説明したほうがいいな。」 藤原の言葉に、桜井はうんうんと首を縦に振った。 ◆当期勤務費用とは、当期中の従業員の勤務により生じる確定給付制度債務の現在価値の増加 「1つ目の当期勤務費用については今さら説明は不要だろうが、当期中の従業員の勤務により生じる確定給付制度債務の現在価値の増加のことを言うんだ。」 「はい。ステップ1で確定給付制度債務の現在価値を測定する時に、一緒に算定されるんでしたよね。」 桜井は、藤原の説明に頷いた。 ◆過去勤務費用は、制度改訂又は縮小により生じる過去の期間の従業員勤務に係る確定給付制度債務の現在価値の変動 「過去勤務費用(past service cost)の内容も大体分かっています。」 桜井は、藤原が説明をする前に言った。 「過去勤務費用は、制度改訂があった場合や、縮小、つまり制度の対象となる従業員数を大幅に削減した場合により生じる過去の期間の従業員の勤務に係る確定給付制度債務の現在価値の変動部分のことを言うんですよね。」 「そうだ。確かに説明しなくても良さそうだな。」 それを聞いた藤原は、先へ進めることにした。 ◆清算損益は、清算される確定給付の現在価値と清算価格の差額 「続いて、清算損益(gain or loss on settlement)についてだな。まず、清算とは、例えば、制度に基づく多額の債務を保険証券の購入を通じて保険会社に一時に移転するというような、確定給付制度のもとで支給する給付の一部又は全部について、追加的な法的債務又は推定的債務のすべてを解消する取引のことを言うんだ。」 「何となくイメージはつきます。先輩の出した例で言うと、保険会社に移転した債務については、会社はそれ以上追加の債務を追わなくなりますよね。だから、その取引は清算に当たるというわけですね。」 「大体そんなところだ。そして、清算損益とは、清算される確定給付債務の現在価値と清算価格の差額で算定されることになる。今は、このくらい分かっていれば問題ないだろう。」 大体のイメージが理解できたので、桜井は「分かりました。」と素直に頷いた。 ◆確定給付負債(資産)の純額に係る利息は、時の経過により生じる確定給付負債(資産)の変動 「最後の確定給付負債(資産)の純額に係る利息(net interest on the net defined benefit liability(asset))もわざわざ説明するまでもないだろう。」 「確定給付負債(資産)の時の経過による当期中の変動ですね。」 そこで、桜井は首を傾げた。 「先輩、何で『純額』とあるんですか?」 ◆ IFRSでは、確定給付負債(資産)の利息は純額で算定する 「これはだな。」と藤原は咳払いをした後、説明を始めた。 「IFRSでは、利息については年次報告期間の開始日時点で、期中の拠出及び給付支払の変動を考慮した確定給付負債(資産)の純額に割引率を乗じて算定するからなんだ。」 「え?ネットした金額から利息費用を計算するんですか?」 「ああ。日本基準では年金資産に長期期待運用収益率を乗じて期待運用収益を、そして、退職給付債務に割引率を乗じて利息費用を算定するよな。」 「はい。それぞれ別々に計算します。ということは、IFRSには、期待運用収益という項目がないんですね!」 「ああ。そして、この時、確定給付負債(資産)に乗じる割引率は、ステップ1で確定給付制度債務の現在価値を算定する時に用いた割引率を使用するんだ。」 「はい、分かりました。」 ◆純損益に認識すべき金額は基本的に発生時に一括費用処理する 各項目の説明を終えると、藤原はIFRSでの処理方法についての説明に移った。 「IFRSでは、当期勤務費用、過去勤務費用及び清算損益、退職給付負債(資産)の純額に係る利息は、基本的には発生時に一括して費用処理することになる。」 そして、「細かいことを言うと、退職給付資産に係る利息は収益処理だけどな。」と付け加える。 「はい。つまり、これらの項目は、すべて一括で純損益として計上されるんですよね。」 「ああ。ただ、過去勤務費用については、 制度改訂又は縮小が発生した時か、 関連するリストラクチャリングコストか解雇給付を企業が認識した時 のどちらか早い日に計上されることになる。」 「なるほど。」と桜井はメモを取った。 ◆過去勤務費用の処理は日本基準と相違がある 「それから、IFRSでは、これらの項目が一括費用処理することが要求されていることから、過去勤務費用の会計処理については日本基準と違いが生じることになる。」 「はい。日本基準では、過去勤務債務の原則的な処理は遅延認識ですよね。」 「ああ、そうだ。もちろん、日本基準でも発生時に全額費用処理することもできるぞ。その場合は、IFRSとの差異はなくなるな。」 「はい。」と、藤原の説明に桜井は頷いた。 「これで最後だ。ステップ4では確定給付負債(資産)の純額の再測定(remeasurements)をする。これらの再測定は、すべてその他の包括利益として即時認識されるんだ。」 「へぇ。再測定は、純損益ではなく、その他の包括利益として計上されるんですね。」 「そして、確定給付負債(資産)の再測定は、 数理計算上の差異 制度資産に係る収益 資産上限額の影響の変動 の3つから構成されるんだ。まずはこの3つの項目がどんなものなのかを簡単に教えておこう。」 「それは助かります!数理計算上の差異くらいしか、よく分からないので・・・」 桜井は、苦笑いをした。 ◆数理計算上の差異とは、数理計算上の仮定の変更や実績修正による差異 「まず、数理計算上の差異(actuarial gains and losses)は、お馴染みの項目だよな。」 「はい。数理計算上の仮定の変更や実績修正により出てくる差異ですよね。数理計算上の仮定は、ステップ1で教えてもらったのでもう大丈夫です。」 「そうだな。この差異は、例えば、離職率や昇給率等が予想と異なったり、割引率が変更されたようなときに生じるんだ。」 桜井は、頷いた。 ◆制度資産に係る収益は制度資産からの利息、配当及びその他の収益 「次の制度資産に係る収益(return on plan asset)は、言葉通り、制度資産から得られた利息や配当、そしてその他の収益と理解していいんですか?」 「ここで言う制度資産に係る収益は、もちろんお前の言う利息や配当等が基本だが、それらの収益から、制度資産に割引率を乗じた額、それから制度資産の運用管理に係る費用や制度自体の未払税金を控除した金額のことを指しているんだ。」 そう言うと、藤原は再びホワイトボード前に立った。 「あれ?運用管理コストや制度資産に係る未払税金を控除するのは何となく理解できますけど、何で制度資産に割引率を乗じた金額も控除するんですか?」 桜井は、図を見ながら首を捻った。 「ステップ3で、確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額を算定しただろう?」 「ええ。IFRSでは、制度資産や確定給付制度債務毎ではなく、それらの純額に割引率を乗じた金額を純損益として認識するんですよね。」 「その金額の中に制度資産に割引率を乗じた金額が純損益として認識されているんだ。確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額を分解するとこうなる。」 藤原は、再び図を描き始めた。 【ステップ3 確定給付負債(資産)純額の利息純額の構成要素】 「なるほど。純損益に計上した利息純額の中に制度資産に係る利息分も含まれているから、包括利益として計上する制度資産に係る収益からその分を控除する必要があるんですね!」 「そういうことだ。」 ◆資産上限額の影響の変動も確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額に含まれる金額は控除する 「3つ目の確定給付負債(資産)の純額の再測定項目は、資産上限額の影響の変動(any change in the effect of the asset ceiling)ですね。」 「そうだ。この資産上限額は、ステップ2で確定給付制度が積立超過のときに出てくるんだったな。」 「はい。資産上限額の調整額の変動は、その他包括利益として認識されるんですね。」 「ああ。ただし、ここでも確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額に含まれる金額を控除した金額を包括利益として計上するんだ。」 「はい。制度資産に係る収益と同じ理由ですね!」 そう言うと、桜井は先ほど藤原が書いた図の右端のボックスを指しながら言った。 【ステップ3 確定給付負債(資産)純額の利息純額の構成要素】 「そうだな。この辺りはこういう項目があると知っておけばいいだろう。」 「分かりました。」 ◆包括利益に計上した項目はリサイクル禁止 「それから、IFRSでは、これらのその他包括利益に計上した額は、その後の期間において純損益に振り替えてはいけないんだ。」 「へぇ。リサイクル禁止というわけですね。」 「ああ。」 ◆ステップ4における日本基準との相違点 「ここでも、日本基準と取扱いが異なる項目がある。もう分かるな?」 「はい。まず、数理計算上の差異ですね。日本基準では年金資産の期待運用収益と実際の運用収益の差異が含まれますが、IFRSでは、制度資産に係る収益として、数理計算上の差異には含まれていません。」 「そうだな。数理計算上の差異については、まず、範囲が日本基準と異なっている。」 「はい。それから数理計算上の差異の会計処理についても、違いがありますよね。日本基準では一般的に一旦包括利益を通して純資産の部に計上して、その後一定の期間にわたり費用処理することになりますが、IFRSではその他包括利益として即時認識して、その後純損益に振り替えてはいけないんですよね。」 「ああ。そして資産上限額については、そもそも日本基準にはない規定だから、これに関する処理もIFRSとの相違点として挙げられる。」 「はい、分かりました。」 「参考までに、ステップ3とステップ4をまとめた図も資料に載せているぞ。」 「あ、これですね。」 桜井は、資料のページを捲って、該当する図を見つけた。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ◆退職後給付会計の簡便法の取扱いについて 「そして、最後に―」 「え、まだあるんですか?ステップ4までの説明は終わりましたよね?」 桜井は驚いて声を上げた。 「ああ。IFRSでの簡便的な計算の取扱いについて、まだ教えていないだろう?」 「簡便的って、IFRSにも簡便法があるんですか?」 「ああ。日本基準の簡便法とは違うんだが―」 そこで桜井が確認する。 「日本基準の簡便法って、確か、従業員数が比較的少ない企業等が、高い信頼性を持って数理計算上の見積りが困難である場合や、退職給付に係る財務諸表項目に重要性が乏しい場合に認められている退職給付に係る計算方法ですよね。」 藤原は頷いた。 「ああ。IFRSでは、IAS第19号で規定した詳細な計算の信頼しうる近似値を、見積り、平均及び簡便計算により求めることができるという規定が設けられているんだ。」 「へぇ。IFRSでは、簡便な計算による結果が詳細な計算の近似値である必要があるんですね。」 メモを取りながら桜井は言った。 「これで本当にお終いだ。お疲れさん。」 「・・・ええ、本当にぐったりです。」 桜井は椅子の背に体を預けながら、正直に白状した。それを聞いた藤原は苦笑いを浮かべる。 「資料の後半部分にIFRSの退職後給付会計をまとめた図があるから、後で確認しておくように!」 「はい。」 「それから、IFRSと日本基準との違いをまとめた表も載っている。これも知識の整理に役立つから、見ておいたほうがいいだろう。」 「了解です。」 IFRSの授業が終わり、話す話題がなくなったことで、一旦打ち解けていた2人の間に再び沈黙が訪れていた。 藤原はじっと筆記用具を片付ける桜井を見ていたが、ふっと視線を外し、窓を見ながらボソリと言った。 「お前、IFRSの勉強頑張っているみたいだな。山口からも聞いたぞ。」 思わぬ藤原の言葉に桜井は手を止めて、藤原を見上げた。 「あの・・・、僕の方こそすみませんでした。先輩に甘えてばかりで。今なら先輩が言いたかったことが分かります。」 改めて謝罪の言葉を口にするのは気恥ずかしいらしく、桜井は忙しなく髪を掻きあげてそれを誤魔化した。藤原も、桜井の謝罪で少し素直になることができた。 「お、おう。俺の方こそ、言い過ぎた。あの時は忙しくてイライラしていたから、つい当たってしまったんだ。申し訳ない。」 意外な事実を知らされて、桜井は口をあんぐりと開けた。 「え!あれって、八つ当たりだったんですか!?」 「うーん、まぁ、それもあるな。」と、藤原はポリポリと頬を掻く。 「それはひどいです。僕、結構傷ついたんですよ?これでも、ガラスのハートなんですから。」 それを聞いた藤原も弁解した。 「もともとお前の勉強態度には不満はあったんだ。完全に八つ当たりとも言えんだろう。」 そこで、藤原は一旦間を置く。 「というか、お前、今、ガラスのハートって言った?」 桜井はいきなり話題が変わったので、毒気を抜かれてきょとんとした。 「ええ。言いましたけど・・・?」 「いいか、俺みたいなガタイがいいヤツのほうが、案外繊細にできているんだ。俺の方がもっとガラスのハートだ!」 藤原は、自信満々に宣言する。 「いやいや、その勝負、勝っても全然嬉しくないですよね?」 桜井は冷静にツッコミを入れつつ、藤原と以前のような関係に戻れたことに内心安堵していた。 「それより、とっくにお昼休み終わっていますから、戻りましょうよ。」 「それもそうだな。」と藤原も腕時計をちらりと確認する。 そして、2人は今までのように軽口を叩き合いながら、経理部へと戻っていったのだった。 【確定給付制度の会計処理の手順】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【退職給付会計 IFRSと日本基準の比較】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)
ファーストステップ 管理会計 【第10回】 「線形計画法」 ~手持ちのコマで最大の利益をあげる~ 〔利益管理編④〕 公認会計士 石王丸 香菜子 企業が複数の製品を生産・販売する際、利益を最大にするような生産・販売量の組み合わせを、「最適セールス・ミックス」と呼びます。 製品の生産にあたって利用できる資源が限られる場合には、その資源を最大限有効に使う必要があります。生産を制限する要因(制約条件)が1つの場合には、前回見たように、「資源1単位当たりの限界利益」が大きい製品を優先することで、最適セールス・ミックスを求めることができます。 それでは、制約条件が複数ある場合、どのように考えればよいでしょうか。 このような場合に最適セールス・ミックスを求めるのは、将棋などで、限られた手持ちのコマを有効に使い、いろいろな局面をくぐり抜けて勝つのに似ています。 今回も、皆さんがベーカリーの経営者になったつもりで、最適セールス・ミックスを探してみてください。 ◆デニッシュとコロネの組み合わせを考えよう 皆さんが経営するベーカリーでは、「こだわりチョコデニッシュ」と「贅沢チョココロネ」を生産しているとしましょう(なんて美味しそうなネーミング・・・)。 各パンの1個当たりのデータは、次の通りです。 デニッシュとコロネの限界利益の合計が最大になるような、生産量の組み合わせを考えてみます。 デニッシュの生産量をx、コロネの生産量をyとすると、限界利益の合計は、 となります。これを最大化するのが目的です。ただし、以下の事情から、生産量(xとy)をいくらでも大きくできるわけではありません。 ◆チョコへのこだわり! デニッシュとコロネに使うチョコレートは、外国製のものを厳選して輸入しているため、調達量に上限があります。デニッシュとコロネのために、1日当たりに使用できるチョコレートの上限は2,700gです。さらに、バターは慢性的な品薄で、デニッシュとコロネのために1日当たりに使用できるバターの上限は2,700gです。 各パン1個当たりのチョコレートとバターの使用量は、次のようになっています。 また、お客さんが買ってくれる数の上限、すなわち需要量は、どちらも1日当たり100個です。しかし、100個ずつ生産しようとすると、チョコレート使用量3,000g、バター使用量3,000gとなり、調達量の上限を超えてしまいます。 ◆あちらを立てればこちらが立たず・・・ では前回と同じように、「資源1単位当たりの限界利益」を考えてみましょう。 チョコレート1g当たりの限界利益は、デニッシュの方が大きいですが、バター1g当たりの限界利益は、コロネの方が大きいですね。 これでは、どちらを優先させればよいか、わかりません。 まさに『あちらを立てればこちらが立たず』という状況です。 この場合、どちらか一方の製品が「資源1単位当たりの限界利益」が大きいというわけではないので、前回と同じ方法で最適セールス・ミックスを求めることはできません。 ◆グラフを描いて考える あちらを立てればこちらが立たずという板挟みの場合は、グラフを描いて考えましょう。 デニッシュの生産量をx、コロネの生産量をyとして、各制約条件を式にします。 それぞれの式をグラフにしてみます。 チョコレートの制約は、赤の線とx軸・y軸で囲まれた三角のエリアです。 バターの制約は、青の線とx軸・y軸で囲まれた三角のエリアです。 また、お客が買う量はどちらも最大で100個です。 これらすべての条件を満たすのは、上図の黄色のエリアになります。 つまり、xとyの組み合わせは、黄色のエリアから選ぶということです。 ◆限界利益を最大にする 皆さんの目的は、デニッシュとコロネの限界利益の合計120x+80yを最大にすることでしたね。最大の限界利益の金額は、この時点ではわからないので、仮にPとしておきましょう。 になります。これを緑の線で図に書き加えます。 この時点ではPの金額はわかりませんが、傾きが-1.5で、かつ、黄色のエリアを通る必要がありますね。さらに、Pを最大にしたいので、y切片(1/80P)が最大になるようなグラフということになります。 傾き-1.5である緑の線が、赤の線と青の線の交点を通るようにすると、選択可能な領域を通り、かつ、y切片が最大になることが、視覚的にわかります。 赤の線と青の線の交点は、 を解いて、x=90、y=90と求められます。 つまり、「デニッシュ90個・コロネ90個」の組み合わせが、限界利益を最大にする最適セールス・ミックスになるのです。 なお、この時の限界利益Pは、 です。 ◆答えはすみっこにある! この例では、赤の線と青の線の交点を、緑の線が通過する時に、限界利益が最大になりました。しかし、各条件が変われば、どの点を通過した時に限界利益が最大になるかも変化します。 ただし、限界利益が最大になるのは、選択可能な領域の端の点(下図のア~オ)のいずれかになります。 答えは意外に、すみっこにあったりするのですね。 このような方法は、「線形計画法」と呼ばれます。いくつかの一次の制約条件のもとで、一次の目的関数を最大化(あるいは最小化)するような値を求める方法です。 一次関数は「直線」なので、「線形」という名前がついています。 ◆実際にはExcelに任せましょう 今回の例では、製品が2つで、制約条件も2つでした。 では、これらがもっと多い場合は、どうすればいいでしょうか。 例えば、製品が3つの場合は、3次元(!)の図になってしまいますし、製品が4つ以上になると、もう図には描けません。。。 ここは「助けて、ドラえもん!」と言いたいところですが、ドラえもんに未来のメガネでも出してもらえるならともかく、図を利用するのには限界があります。 そこで、いったん考え方の基礎を理解したら、あとは(ドラえもんではなく)、Excelに任せましょう。 Excelには、「ソルバー」といって、設定した制約条件に合う最適解を見つけてくれる機能があります。ソルバーは“アドイン”といって、あとからExcelに追加できる機能の一つです(初期設定では利用できないだけで、ソルバーの設定を有効にするだけで利用できます)。 具体的な操作方法は割愛しますが、制約条件(例:チョコレートやバター、需要量の条件)を指定すると、目的の値(例:限界利益)を最大化する最適な答えを探してくれます(目的の値を最小化あるいは一定の値に指定することもできます)。 Excelに計算してもらえるなら、贅沢チョココロネでも食べながら気軽にできますね! なお、線形計画問題を解くには、いくつかのアルゴリズム(計算方法)があり、これを用いて、膨大な線形計画問題を解くことのできるソフトウェアやシステムが開発されています。 こうしたシステムは、製造業や運輸業・金融業など、多くの企業で、利益の最大化やコストの最小化、人員配置の最適化など様々な場面に活用されています。 ◆長期的な商品戦略も大切です 最後に補足したいのは、短期的に利益を最大化する製品の組み合わせを考えるのと、長期的な商品戦略を考えるのとは、必ずしもイコールではないということです。 現時点では利益に直結しなくても、将来を見据えて販売していきたい製品や、逆に、現時点では利益の源泉になっていても、製品のライフサイクルを考えると、今後長期に販売していくのは期待できない製品があることもあります。 また、例えば、ベーカリーの中には、あんパンだけ、食パンだけ、といった特定のパンだけに特化して人気を集めるお店もありますよね。このような戦略は、1つの製品や分野に集中して、うまく手持ちのコマを使ったり、他社との違いをアピールしたりすることで、成功している事例です。 短期的な利益の管理は重要ですが、長期的な商品戦略を考えることも大切です。 何事にもバランス感覚が大事、というところでしょうか。 * * * * 〔利益管理編〕は今回で終了です。次回からは〔意思決定編〕として、企業が様々な意思決定を行う際に利用できる「意思決定会計」について見ていきます。 (了)