相続空き家の特例 [一問一答] 【第1回】 「「3,000万円特別控除」と「相続空き家の特例」の適用要件の主な相違点」 -相続空き家の特例の適用要件の概要- 税理士 大久保 昭佳 Q 「3,000万円特別控除(措法35①)」と「相続空き家の特例(措法35③)」の適用要件の主な相違点について説明してください。 A 適用要件ごとの主な相違点について比較すると次のとおりです。 上記の内容を対比表としてまとめると、次のようになります。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 ●○●○解説○●○● 平成28年度税制改正により、被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例(以下、本連載では「相続空き家の特例」という)が創設され、被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等を相続した場合に一定の要件に該当する譲渡は、租税特別措置法第35条第1項《居住用財産の譲渡所得の特別控除》(以下、本連載では「3,000万円特別控除」という)に規定する居住用財産を譲渡した場合に該当するものとみなすこととされました。 「相続空き家の特例」は、いわゆる旧耐震基準(昭和56年5月31日以前の耐震基準)の下で建築された相続後の古い空き家の増加を抑制することを目的として創設されていることから、その適用要件について「3,000万円特別控除」と対比してみると、改めて全く新しい特例の創設であることに気づかされます。 被相続人居住用財家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等に係る遺産分割や相続開始日前後のその利用状況等は多様多種にわたることから、本特例の適用にあたっては慎重な判定が要されるところと考えます。 【第2回】以降から、その適用要件に係る詳細を一問一答形式により解説していきます。 (了)
平成29年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第2回】 「スクイーズアウトにおける特定連結子法人の範囲の拡大」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [2] スクイーズアウトにおける特定連結子法人の範囲の拡大 1 改正内容 平成29年10月1日以後に行われる「スクイーズアウトによる完全子法人化」について、以下のように特定連結子法人の範囲が拡大する(平成29年所法等改正法附則1三ロ、11②)。 ① 支配関係がある法人間の「全部取得条項付種類株式方式」「株式併合方式」「株式売渡請求方式」による完全子法人化について、組織再編税制の適用対象となる「株式交換等」とし、以下の適格要件を満たせば、適格株式交換等に該当することとなり、その完全子法人が特定連結子法人に該当する(新法法61の11①四、61の12①二、2十二の十六・十二の十七、新法令4の3⑲)。また、その株式交換等完全子法人の100%子法人も一定の要件を満たす場合、特定連結子法人に該当する(新法法61の11①五、61の12①三)。 なお、株式交換等に含まれる「全部取得条項付種類株式方式」「株式併合方式」「株式売渡請求方式」の定義については、組織再編税制に係る他の改正記事を参照してほしい。 ② 株式交換完全親法人が株式交換完全子法人となる法人の2/3以上の株式を所有していれば、現金交付型株式交換も他の要件を満たせば適格株式交換等に該当し、株式交換完全子法人が特定連結子法人に該当する(新法法2十二の十七、61の11①四、61の12①二)。 また、その株式交換完全子法人の100%子法人も一定の要件を満たす場合、特定連結子法人に該当する(新法法61の11①五、61の12①三)。 ③ 合併法人が被合併法人となる法人の2/3以上の株式を所有していれば、現金交付型合併も適格合併に該当し、被合併法人の時価課税が回避され、合併法人である連結法人で被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐことが可能となる(新法法81の9②二、2十二の八)。 また、被合併法人の100%子法人が一定の要件を満たす場合、特定連結子法人に該当する(新法法61の11①五、61の12①三)。 この結果、連結納税におけるスクイーズアウト課税について、改正前と改正後を比較すると次のとおりとなる。 【連結納税におけるスクイーズアウト課税の見直し】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 この改正は、組織再編税制の改正に連動して、特定連結子法人を定める条文(旧法法61の11①四・五、61の12①二・三)において「株式交換」が「株式交換等」という用語に変わっただけであり、連結欠損金制度の仕組み自体が変わる改正ではない。 しかし、この改正は、次ページに述べるように、平成22年度税制改正による「特定連結子法人の繰越欠損金を連結納税へ持込可能とする規定」の創設以来、その採用と加入の妨げとなっている懸案事項を解消させる改正であり、連結納税の採用や加入を後押しする改正である。 なお、次ページ以下では、連結欠損金及び連結欠損金個別帰属額の取扱いを解説するものとし、事業税に係る繰越欠損金は、単体納税と同様の取扱いとなるため、解説の対象外としている。 2 連結納税の不利益を受けずに少数株主排除が可能に! 連結法人(連結納税開始前の連結法人となる法人を含む)が、ある法人を完全子法人化したいが、売却に応じない株主がいる場合に、強制的にその株主から退出してもらうために採用される手法(スクイーズアウトの手法)として、現金交付型株式交換、全部取得条項付種類株式方式、株式併合方式、株式売渡請求方式が採用されている。 しかし、従来、スクイーズアウトの手法によって完全子法人となる法人は、現金を対価に完全子法人化されているため、非特定連結子法人に該当することとなり、その完全子法人において連結納税開始又は加入時に時価評価や繰越欠損金の切り捨てが行われることになり、それが障害となって連結納税の採用や完全子法人化を断念する会社も多かった(旧法法61の11①四、61の12①二、81の9②一、2十二の十六)。(注1)(注2) (注1) その完全子法人となる法人に100%子法人がある場合、その100%子法人についても非特定連結子人に該当する(旧法法61の11①五、61の12①三)。 (注2) 株式交付型株式交換の場合(交換対価は連結親法人株式)で、適格株式交換に該当する場合、その株式交換完全子法人は特定連結子法人に該当するが、少数株主が連結親法人の株主となるためスクイーズアウトが成立しない。 ▷ケース1 スクイーズアウトよる完全子法人化 ~平成29年9月30日以前~ ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 これが、今回の改正によって、平成29年10月1日以後にスクイーズアウトの手法によって完全子法人化する場合、現金を対価に完全子法人化する場合であっても、一定の要件を満たせば、適格株式交換等に該当するため、その完全子法人は特定連結子法人に該当することになり、連結納税開始又は加入時に時価評価は不要になるとともに、繰越欠損金が連結納税に持ち込まれることになる(新法法61の11①四、61の12①二、81の9②一、2十二の十六・十二の十七)。(注3) (注3) その完全子法人となる法人に100%子法人がある場合、その100%子法人については、「5年前の日(※)又は設立日からの完全支配関係継続要件」を満たしていれば、特定連結子人に該当する(新法法61の11①五、61の12①三)。 (※) 連結納税開始の場合は、「最初連結親法人事業年度開始の日の5年前の日」、連結納税加入の場合は、「適格株式交換等の日の5年前の日」を意味する。 ▷ケース2 スクイーズアウトよる完全子法人化 ~平成29年10月1日以後~ ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 また、連結法人(連結納税開始前の連結法人となる法人を含む)が、ある法人をスクイーズアウトするために、現金交付型吸収合併を採用する場合についても、従来は、現金交付により非適格合併に該当したため、時価譲渡となり、被合併法人の繰越欠損金も切り捨てられたが、今回の改正によって、現金を交付しても他の要件を満たせば適格合併となるため、簿価譲渡となり、「5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件」又は「みなし共同事業要件」のいずれかを満たす場合、合併法人である連結法人(連結納税開始前の連結法人となる法人を含む)で被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐことが可能となった(旧法法81の9②二、57②③、2十二の八、新法法81の9②二、57②③、2十二の八)。(注4)(注5) (注4) ただし、「5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件」又は「みなし共同事業要件」のいずれも満たさない場合、被合併法人の繰越欠損金及び合併法人の繰越欠損金又は連結欠損金個別帰属額のうち、一定のものについて利用制限が生じることになる(新法法81の9②二・⑤三、57②③④)。 (注5) その被合併法人となる法人に100%子法人がある場合、その100%子法人については、「5年前の日(※)又は設立日からの完全支配関係継続要件」を満たしていれば、特定連結子人に該当する(新法法61の11①五、61の12①三)。 (※) 連結納税開始の場合は、「最初連結親法人事業年度開始の日の5年前の日」、連結納税加入の場合は、「適格合併の日の5年前の日」を意味する。 ▷ケース3 スクイーズアウトよる吸収合併 ~平成29年9月30日以前~ ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ▷ケース4 スクイーズアウトよる吸収合併 ~平成29年10月1日以後~ ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 今回の改正は、「連結納税制度の採用法人を増やす」という面では、その影響は大きくないと予想される。 しかし、あるグループ法人について、スクイーズアウトにより完全子法人化をしたいが、時価評価や繰越欠損金が切り捨てられることを懸念して連結納税へ加入させることに踏み切れなかった連結納税グループにとって、連結納税の加入を後押しする改正であるといえる。 3 連結納税開始日が平成29年10月1日以後であっても、株式交換等が平成29年9月30日以前に行われた場合は旧税制が適用される! この改正は、平成29年10月1日以後に行われる株式交換等(株式交換、全部取得条項付種類株式割当方式、株式併合方式、株式売渡請求方式)又は合併について適用される(平成29年所法等改正法附則1三ロ、11②)。 そのため、連結納税の開始日が同日以後であっても、スクイーズアウトによる完全子法人化又は吸収合併が平成29年9月30日以前である場合は、その株式交換等又は合併は適格株式交換等又は適格合併に該当しないため、旧税制が適用される点に注意を要する。 4 全部取得条項付種類株式方式又は株式併合方式により連結納税に加入した場合、「完全支配関係を有することとなった日」はいつになるのか? スクイーズアウトによる完全子法人化のうち、現金交付型株式交換は「株式交換の効力発生日」、株式売渡請求方式は「株式取得日」が完全支配関係発生日となると考えられる(連基通1-2-2)。 この場合の「株式取得日」とは、株券発行会社の場合、「株式の引渡しのあった日」、株券不発行会社の場合、「株式売買契約書で定めた株式譲渡の効力発生日」、上場株式の場合、「譲渡人の口座から譲受人の口座への株式の振替の記録がされた日」(注)になると考えられる。 (注) 「連結納税基本通達逐条解説」(秋元秀仁編著、税務研究会出版局)の連結納税基本通達1-2-2の解説参照。 一方、全部取得条項付種類株式方式又は株式併合方式の場合、全部取得条項付種類株式の取得又は株式併合の効力発生日と端数処理が完了した日のいずれになるのか疑問が生じるが、実態として、買収会社及び買収対象会社以外に買収対象会社の株式を所有する者が存在しないことが確定するのは、端数処理が完了した時であると考えられるため、完全支配関係発生日も端数処理が完了した日、具体的には、裁判所の許可を得て、買収会社又は買収対象会社が株式を取得した日(上記「株式取得日」参照)に完全支配関係が生じると考えられる。 この場合、裁判所の許可や買取り手続の進行状況によっては、連結納税に加入する日がわからない状態が続く可能性もあり、少なくとも、スキームの検討段階では、連結納税への加入がいつになるのか(決算をまたぐのかまたがないのか)わからない、ということになる。 いずれにせよ、完全支配関係発生日が、全部取得条項付種類株式の取得又は株式併合の効力発生日と端数処理が完了した日のいずれになるのかについて、今後、通達で明確化した方が実務上の混乱も生じないであろう。 (了)
~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第15回】 「株式の売買は無権代理行為によるものであり譲渡所得の課税要件は充足されないとした事例」 税理士 佐藤 善恵 (※) ( )内の青色文字は、略称設定であり、以下その略称を使用する。 〔概要等〕 原告(甲)は、同族会社A社の株式(本件株式)を所有していたところ、平成19年中に本件株式が関係会社(Hら)に移転して、その対価とされる金員が甲名義の銀行口座に入金されたため、課税庁は、甲のその年分の所得税について本件株式に係る譲渡所得が申告漏れであるとして更正処分等をした。 甲は、譲渡収入とされた金員は、甲の父である乙(平成19年10月28日死亡)又は乙が代表取締役を務めていた複数の法人(H法人グループ)に対する自らの「預け金」が返還されたものであって、譲渡所得は発生していないとして処分の取消しを求めて争った。 甲は、予備的主張として、仮に本件金員が株式の譲渡代金であるとしても、前提となる本件株式の譲渡という私法上の行為が存在しない(譲渡契約そのものの不存在)旨も主張をしていた。 〔裁判所の判断〕 裁判所は、本件株式の売買契約が、甲とHらの間で成立していれば本件金員は本件株式の移転に伴う金員であって、譲渡代金として甲が取得したことになるとして、次のように検討した。 また、甲が本件金員を自己のものとして費消しているから、本件株式の譲渡を追認し、その法律効果を容認しているといった課税庁の主張については、裁判所は、次のように排斥した。 〔判断の分水嶺〕 本件では、甲が売買契約の一連の手続に一切関与していないこと、その他の事実関係から無権代理行為より株式が移転したと推認(甲による追認もなかった)されたことが、一応の判断の分水嶺といえる。 もっとも、事実上の判断の分水嶺としては、平成24年2月に甲とHグループとの間で「本件株式の売買契約が存在しなかった」旨の和解が成立し、和解日付で甲が本件株式の譲渡を前提とした平成24年分の譲渡所得の申告納税を済ませているという事実であろう。 譲渡がなかった旨とする和解内容であるから、甲には金員を返還する義務が生じたが、それと同時(平成24年2月)にHらから甲に対して本件株式を譲渡する旨の和解条項が含まれていた。この点、裁判所は「なお・・・平成19年分として、本件金員に対して更に課税する根拠は実質的に失われているものといわざるを得ない。」と述べている。 〔本判決が示唆するもの〕 課税の構成は、形式(「契約」や「決議」など)が重視されるが、本件のように、形式と異なる認定となるケースもあることに留意したい。また、「無権代理」は売買行為そのものは存在することが前提であるから、本件の納税者の主張(「売買契約そのものが不存在」)とは、若干次元が異なる点もおさえておきたい。 なお、一般論としては、甲は和解内容に基づき平成24年分の譲渡所得の申告をしたものであるが、和解条項に記載された内容が、常に直ちに事実として課税の基礎となるわけではない(和解内容は事実認定の1つの材料にすぎない)点に注意が必要である。 なお、課税庁の判決情報のコメントを一部紹介する。 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第26回】 「有価証券譲渡益計上漏れ」 ~有価証券譲渡益の計上が漏れていると判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「有価証券譲渡益の計上漏れ」を理由とする法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた東京地裁昭和55年10月28日判決(訟月27巻4号789頁。以下「本判決」という)を取り上げる。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、大要次のとおり、理由付記に不備はないと判断した。 4 検討 (1) 関係法令等 本件更正処分は、X社が取締役Aに対して譲渡したT(株)の譲渡価格と公表価格との差額1株当り15円、総額5,407,500円が有価証券譲渡益の計上漏れとなっているとするものである。要するに、当該譲渡がいわゆる低額譲渡に該当し、上記差額が益金の額に算入されるというのである。 この点、法人税法22条2項は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、無償による資産の譲渡に係る当該事業年度の収益の額を当該事業年度の益金の額に算入すべきものと規定しており、資産の無償譲渡も収益の発生原因となることを認めている。この規定は、法人が資産を他に譲渡する場合には、その譲渡が代金の受入れその他資産の増加を来すべき反対給付を伴わないものであっても、譲渡時における資産の適正な価額に相当する収益があると認識すべきものであることを明らかにしたものと解される。そして、譲渡時における適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡が行われた場合には、譲渡時における当該資産の適正な価額をもって法人税法22条2項にいう資産の譲渡に係る収益の額に当たるものと解される(最高裁平成7年12月19日第三小法廷判決・民集49巻10号3121頁参照)。 (2) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、昭和50年11月に取締役Aに対し、T(株)の株式360,500株を1株当り85円、総額30,642,500円で譲渡したものとするX社の会計処理を前提とした上で、T(株)の株式の譲渡日における東京証券取引所の公表価格は1株100円であることからすると、当該譲渡はいわゆる低額譲渡に該当し、譲渡価格と公表価格との差額1株当り15円、総額5,407,500円が有価証券譲渡益の計上漏れとなっているとするものである。そうすると、本件更正処分は、X社の帳簿書類に記載されているT(株)の株式の譲渡数や譲渡価格を否認するものではないため、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当すると考える。 したがって、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (3) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 本件理由付記からは、昭和50年11月に取締役Aに対しT(株)の株式360,500株を1株当り85円、総額30,642,500円で譲渡したものとするX社の会計処理を前提とした場合に、T(株)の株式の譲渡日における東京証券取引所の公表価格は1株100円であることからすると、当該譲渡はいわゆる低額譲渡に該当し、譲渡価格と公表価格との差額1株当り15円、総額5,407,500円が有価証券譲渡益の計上漏れとなる、という本件更正処分の理由を読み取ることができる。 このように、本件理由付記は、その記載内容から法令上の根拠が明らかになるものであり、かつ、法令上の要件に対応する具体的な事実(X社の上記会計処理の内容及びT(株)の株式の譲渡日における適正な価額は1株100円であること)を記載するものである。また、T(株)の株式の譲渡日における適正な価額は1株100円であることの根拠資料として、東京証券取引所の公表価格を摘示している(本件理由付記には正確な譲渡日付の記載はないものの、X社においては当然に知りうる事項である)。 そうであれば、本件理由付記は、更正処分に係る法律上及び事実上の根拠を示すものであって、結論に至る判断過程並びに判断の前提となる事実及びその根拠資料を記載するものであるといえる。したがって、本件理由付記は、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであり、法の求める理由付記として十分なものである。 なお、本件訴訟において、X社は、T(株)の株式の譲渡がX社の主張する急な資金需要があったなどの特殊事情の下でも低額譲渡に当たるとする具体的根拠が理由付記に示されていない旨主張した。これに対して、本判決は、次のとおり判示し、これを排斥している。 また、X社は、株式の譲渡価格と公表価格との差額を益金に計上する法律的根拠についての記載がない旨主張した。これに対して、本判決は、次のとおり判示して、これを斥けている。 いずれの判示も、少なくとも本件においては妥当なものであると考える。 * * * 次回は、財団法人Xに対して行われた「不動産賃貸料収入の収益事業収入計上漏れ」に係る法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第11回】 「仕入の対価として仮想通貨を支払った場合の会計・税務」 公認会計士・税理士 八代醍 和也 A 仮想通貨による会計・税務の取扱いの各論として、前回は売上取引について確認したが、今回は仕入取引のケースを取り上げる。 なお、仕入取引に限らず、販売費及び一般管理費等として支出が行われる場合についても、費用計上取引としては同様のものであるため、基本的には以下の解説と同様の考え方で処理することができるものと考えられる。 1 会計処理 (1) 仮想通貨を取得した際の処理 仕入取引の対価の支払時に使用される仮想通貨の取得方法には、大きく分けて以下の2つの態様がある。 以下、それぞれの場合について検討する。 ① 売上取引の対価として得意先から受け取った場合 前回解説を行ったとおり、売上取引の対価として受け取った仮想通貨は、基本的にはトレーディング目的で保有する棚卸資産とは考えられず、取得時の時価をもって貸借対照表価額とされる。 ② 仕入取引の決済のために市場で取得した場合 仕入先との間で比較的長期にわたって物品の納入等を継続的に受ける場合などには、仕入取引に係る対価の支払のために、あらかじめ取引所において、ある程度まとまった金額の仮想通貨を取得しておくことも考えられよう。 この場合も、取得時の時価によって仮想通貨を計上することになる。当然、市場から仮想通貨を購入する際に購入時の時価に基づく円貨額を支払っているのであるから、特段疑問点はないものと考えられる。 これを設例を用いて示すと以下のようになる。 (2) 仕入取引を行った際の処理 仕入取引時における処理については、前回・前々回の連載でも取り上げた『ビットコインと税務』(税大ジャーナル 第23号(2014.5))において、以下のように記載されている。 高度資本主義社会において、時代にそぐわない「物々交換」という用語が使用されているため、少しわかりにくい部分もあるが、会計処理のポイントとしては2つ重要な点があると考えられる。すなわち の2つである。 以下、若干の補足を加える。 仕入取引時における時価に基づく金額で仕入取引を計上することについては、仕入計上金額の測定に関する論点である。すなわち、仮想通貨の取得時の時価に基づく金額と仕入取引時の時価に基づく金額のどちらが適切なのかという問いである。 類似した性格を持つ外貨建取引においても、損益項目については発生時の換算レートを用いて計上することが要求されているし、仮想通貨取得時と仕入取引発生時とで仮想通貨の時価に変動が起きている場合に、どちらで計上することが取引の実態をより表すかということを考えれば、特段不合理な点はないものと考えられる。 確かに、取引の実態としてはいったん取得した仮想通貨を円に換金することなく、仮想通貨のまま決済されていることを考えると、仕入取引の段階で精算・決済が行われたものとみる考え方に違和感を感じる向きもあるかもしれない。ただし仕入取引時の時価で計上することで、上記のとおり、物々交換として考えることにより、仮想通貨保有期間の時価の変動はいったんその時点で実現したものと整理できるし、棚卸資産の在庫金額の基礎となる仕入金額について、より実態を表す評価額を付すことができるものと考えられる。 以上の点について設例・仕訳例を示すと以下のとおりとなる。 2 消費税の取扱い 前回の解説でも述べたため、簡潔な確認に留める。 国内における課税資産の譲渡のタイミングで消費税は課税されるため、上記設例2のタイミングで課税仕入を計上することとなる。 なお、平成29年7月1日以後における、仮想通貨の譲渡について消費税が非課税となったため、設例1のタイミングでは消費税は課されないことも同様である。 3 期末評価 仮想通貨の期末評価については、これをトレーディング目的で保有するものでなければ、その処理に関して取得の態様は影響しない。すなわち、前回解説した販売取引の対価として取得したものと同様、仮想通貨取得時の時価(取得原価)に基づき貸借対照表に計上されることになる。 また、直接的に仮想通貨の評価とは異なるが、仮想通貨による決済で取得した商品等の期末評価については、仕入取引発生時の取引所における時価に基づき計上される。 (了)
〔判決からみた〕 会計不正事件における当事者の損害賠償責任 【第2回】 「「監査役」の損害賠償責任」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 セイクレスト損害賠償請求事件 (大阪高等裁判所平成27年5月21日判決) 1 訴訟当事者 2 責任限定契約の締結 控訴人は、破産会社との間で、控訴人が破産会社の社外監査役として職務を行うに際して破産会社に対して会社法423条1項の損害賠償責任を負う場合であっても、控訴人が善意無重過失のときは、控訴人がその在職中に破産会社から職務執行の対価として受ける財産上の利益の1年間当たりの額に2を乗じた額をもって、控訴人の破産会社に対する上記損害賠償責任の限度とすることに合意していた。また、控訴人は、平成20年4月以降、破産会社との間で、監査役の報酬を1年当たり324万円とすることを合意していた。 本件責任限定契約にいう「重過失」とは、当該監査役の行為が、監査役としての任務懈怠に当たることを知るべきであるのに、著しく注意を欠いたためにそれを知らなかったことであると解すべきところ、これを前提として、本件責任限定契約によって、控訴人が負うべき会社法423条1項所定の損害賠償責任の額が限定されることはないといえるか否かが争点となった。 3 元代表取締役青木勝稔による不正な金員交付 破産会社は、平成22年9月15日開催の臨時取締役会において、払込期日を同年12月29日とする株主割当の新株式の発行を決議し、同年12月20日に開催された定時取締役会において、本件募集株式の払込金額が約4億2,000万円であることが報告された。 本件募集株式の払込金として、平成22年12月29日、合計4億2,108万9,900円が破産会社に振り込まれたところ、青木元代表取締役は、同日、8,000万円を出金させた上、これを第三者に交付した。 4 裁判所の判断 (1) 破産裁判所の判断 被控訴人は、平成23年10月12日、控訴人他3名を相手方とする役員責任査定の申立てを行い、控訴人が破産会社の監査役として破産会社に負っていた善管注意義務に違反したことにより、平成22年12月29日、破産会社に8,000万円の損害を生じさせたと主張した。 破産裁判所は、平成24年5月28日、控訴人には、破産会社の代表者であった青木元代表取締役の代表権限行使を制約するような内部統制システムを構築するよう取締役に進言したり、青木元代表取締役の行為の差止請求等を行えるようにしておくべきであったにもかかわらず、これを怠ったとはいえるものの、重過失があったとまではいえないとして、控訴人に対する損害賠償請請求権の額を、責任限定契約に基づき、648万円と査定する旨の本件査定決定を行った。 (2) 控訴審判決 控訴審では、まず、「青木元代表取締役による本件金員交付は、青木元代表取締役の取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものであるということができ、取締役としての任務懈怠行為に該当する」とした上で、「破産会社の取締役ら及び監査役らは、青木元代表取締役が、本件募集株式の発行に係る払込金が入金された機会等に、破産会社の資金を、定められた使途に反して合理的な理由なく不当に流出させるといった任務懈怠行為を行う具体的な危険性があることを予見することが可能であった」とし、監査役の職務を次のように判示した(一部条文番号等を省略)。 その上で、控訴人については、 などから、監査役の職務として、取締役会に対し、破産会社の資金を定められた使途に反して、合理的な理由なく不当に流出させるといった行為に対処するための内部統制システムを構築するよう助言又は勧告すべき義務があったということができるが、このような助言又は勧告を行ったことを認めるに足りる証拠はないことから、控訴人が助言又は勧告を行わなかったことは、監査役としての義務に違反するものであったということができる、とした。 しかし、控訴人を含む破産会社の監査役会は、青木元代表取締役によって行われた一連の任務懈怠行為に対して、取締役会において度々疑義を表明し、事実関係の報告を求めるなどしており、特に、平成22年10月に取締役会で約束手形の発行の一時停止の決議がされたにもかかわらず、多額の約束手形の発行が続けられた際には、約束手形の所在についての説明がされない場合には、監査役3名は辞任する所存である旨の申入れを行い、また、同年11月に、取締役会の承認決議を経ないで多額の約束手形が振り出された際には、監査役として看過できず、然るべき対応をせざるを得ない旨を申し入れるなどしていて、監査役として、取締役の職務執行の監査を行い、一定の限度でその義務を果たしていたことが認められることから、本件金員交付によって破産会社に損害が発生したことについて、控訴人に職務を行うについて重大な過失があったと認めることはできない。 よって、控訴人は、本件責任限定契約の定める限度で、会社法423条1項所定の損害賠償責任を負うことになる。そして、控訴人は、平成20年4月以降、破産会社との間で、監査役の報酬を1年当たり324万円とすることを合意していたのであるから、本件責任限定契約に基づいて控訴人が負うべき上記損害賠償責任の限度額は、648万円であると認めることができる。 ニイウスコー損害賠償請求事件 (東京地方裁判所平成26年12月25日判決) 1 訴訟当事者 2 事案の要旨 原告は、東京証券取引所に上場していたニイウスコー株式会社(以下「ニイウスコー」という)の有価証券報告書等に虚偽の記載があったにもかかわらず、そのことを知らずにニイウスコー株式の取引をしたため損害を被ったと主張して、同社の取締役、監査役又は会計監査人であった被告ら各自に対し、主位的に金融商品取引法24条の4及び24条の5第5項において準用する同法22条に基づき、予備的に民法709条又は旧商法266条の3第1項、2項、旧商法特例法10条、18条の4第2項、21条の22第1項、会社法429条1項、2項に基づき、損害賠償として、合計2,604万8,983円及び遅延損害金の支払を求めた。 3 訴訟の争点 本事件の争点は、以下のとおりであるが、本連載では、主に、争点②及び争点③について、裁判所の判断を検討することとしたい。 4 社外監査役の損害賠償責任について 本稿では、裁判所がどのような事実認定を行い、弁護士である社外監査役2名(被告Y6及び被告Y7)について、損害賠償責任の有無を判断したのかを中心に見ておきたい。 (1) 監査役の職務執行状況 ① 監査役会の活動 常勤監査役は、監査役間の職務分担に従い、経営会議等に出席し、稟議書等の重要書類を閲覧し、内部監査室との意見交換等を行った上で、これらの活動により収集した情報(取締役会の開催状況、取締役の利益相反取引の有無、子会社又は株主との非通例的取引の有無等)と、Eが実施した監査の結果及び監査方法等を記載した書面を監査役会に提出し、被告Y6及び被告Y7に報告した。 被告Y6及び被告Y7は、監査役会において常勤監査役から報告を受けただけではなく、毎月の取締役会の前後の時間を利用して監査役全員が集まって意見交換や協議をしていたほか、メール等でも随時連絡をし、必要に応じて取締役や関係者との面談等を行い、弁護士としての専門的見地から意見を述べるなどした。 平成18年、会計監査人から、医療サービス事業については取引先からの回収可能性が低く、引当金の計上を要することや金融機関向けASP事業についてはソフトウェア資産の販売実績がほとんどなく、減損会計を適用する必要があること等の報告があった際には、監査役らは、平成19年3月29日の取締役会の後、元代表取締役社長と面談し、売掛金回収のための交渉経緯及び返済計画の受領についての報告や資料の提出を受けた。 また、同年6月末、ニイウスコーの決算、負債処理、医療サービス事業からの撤退及びファンドからの資金注入による事業再興について元代表取締役社長に説明を求め、同年7月6日、被告Y2と面談して、事業再興計画の作成に当たっては、社内関係者に情報提供をし、十分に検討した上で、取締役会決議を経るよう求めた。 そして、監査役会として、事業再興という重要な意思決定が適切に行われることを確保するため、社内検討会の開催についての助言や事業再興の検討経緯を整理した資料の提出を求めるなどした。 ② 内部統制システム等の整備・運用状況に関する監査 常勤監査役は、内部統制システムの整備・運用状況に関して、内部統制検討会及び内部統制委員会に出席した結果や、内部監査室との情報交換等により得た情報を、被告Y6及び被告Y7に随時報告していた。さらに、監査役会は、平成16年度から平成18年度までの間、監査状況について会計監査人と面談を行った際、内部統制システムについても検証を実施したが不備は発見されなかったとの報告を受けた。 ③ 会計監査 被告Y6及び被告Y7は、常勤監査役から、平成16年度から平成18年度までの各年度において、常勤監査役が会計監査人から監査計画概要書等に基づき中間及び期末の各監査状況等の説明を受け、適宜監査実施状況の視察や意見交換を行うなどしたこと及び会計監査人の独立性、監査の方法・内容、会計監査人の注意義務に問題がなく、中間監査結果が相当であると判断したことの報告を受けていた。 また、監査役会は、平成16年度から平成18年度までの間、各年度の中間及び期末の各監査状況について会計監査人と面談を行い、監査実施報告書のドラフトに即して、実施された監査の方法及び結果について報告を受け、報告が元代表取締役社長の説明と一致することを確認した。 被告Y6及び被告Y7は、会計監査人から、計算関係書類において会社の状況が適正に表示されていること、取締役の職務執行に関する不正の行為又は法令・定款に違反する重大な事実の発見はなかったことから、無限定適正意見及び有用意見を表明する等の報告を受けていた。 (2) 社外監査役の損害賠償責任 上記の職務遂行状況から、裁判所は次のように述べ、社外監査役である被告Y6及び被告Y7について、損害賠償責任を否定した。 判決の比較検討 本連載【第1回】では、エフオーアイ事件判決における、社外監査役の損害賠償責任に関する裁判所の判断のポイントを以下のように説明した(再掲)。 一方、ニイウスコー事件では、社外監査役について、詳細な事実認定に基づき、「監査は、相当なもので」あり、有価証券報告書等の「記載が虚偽であることを知らず、かつ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかった」と判断して、責任を認めなかった。 粉飾の手法も異なり、好業績企業として知られていたニイウスコーと、不可解な上場申請の取り下げを2回も行ったFOI社とでは事情が異なるとはいえ、監査役としての知見や経験を活かして、職務を誠実に履行し、かつ、その事実を証明できるように記録を残しておくことの重要性が、あらためて裁判所の判断から理解できるところである。 セイクレスト事件においては、控訴人(第1審被告)が公認会計士であることが、控訴人にとって不利な判決につながった可能性は否定できないが、それよりも、監査役としての不作為が、重過失とまでは言えないものの、責任限定契約の限度内において損害賠償責任を負うという判断につながったものと言えよう。 公認会計士、弁護士、税理士といった有資格者が、社外監査役に就任するケースが増加していると言われて久しいが、資格に基づく知見や経験を活かして、監査役としての職務を果たせているかどうかという点も争点になることを記しておきたい。 * * * 連載3回目となる次回の論考では、会計不正の首謀者ではない取締役の損害賠償責任について、裁判所の判断を検討したい。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第134回】 引当金の会計処理⑦ 「修繕・特別修繕引当金」 仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:百万円) (X1年3月決算時) 法定点検にかかる修繕引当金の計上 (X1年4月時) 修繕にかかる支出の計上 (X1年11月時) 特別修繕にかかる支出の計上 (X2年3月決算時) ① 法定点検にかかる修繕引当金の計上 ② 特別修繕にかかる引当金の計上 (※) 3年に1度、11月の自主点検時に支出することが見込まれるため、X2年度に帰属する費用を月次按分しています。 〈会計処理の解説〉 (1) 修繕や特別修繕にかかる引当金の考え方 現在の設備の利用によって、次回の修繕や特別修繕が必要となり、その際に費用が発生する可能性が高く、その金額を過去の経験等に基づいて合理的に見積もることができる場合には、定期点検が法律に基づくものであるかどうか、あるいは、大型設備に係る定期的な修繕に該当するかどうかに関わらず、引当金を認識することになると考えられます。 (2) 事例へのあてはめ 引当金の計上要否は、企業会計原則注解18の4要件を満たすかどうかを検討することになります。 上記の通り、本設例では4要件をすべて満たすため引当金が計上されることになります。 (了)
外国人労働者に関する 労務管理の疑問点 【第4回】 「外国人留学生(大学生)を社員として雇うとき (「留学」から「技術・人文知識・国際業務」の在留資格への変更)②」 ~詳細・具体例等~ 社会保険労務士・行政書士 永井 弘行 1 審査基準の詳細~「通訳・翻訳」業務のケース~ 以下では「通訳・翻訳」の業務へ従事する例をもとに、詳しく説明していきます。 前回ご紹介した次の図表をご覧ください。 〈入管法第7条第1項第2号(入国審査官の審査)の基準を定める省令(基準省令)の要旨〉 (注) それぞれの職種は、あくまでも例示です。会社で従事する業務内容と、大学・専修学校等で履修した科目等の専門的知識、技術との関連性があること、入管法の定める基準を満たすことが必要です。 入国管理局の審査は、個別の内容により判断されます。詳細は申請先の入国管理局に確認することが重要です。 この図表のとおり、「技術・人文知識・国際業務」の在留資格は活動内容が3つに分かれています。ちなみに2015年3月までは「技術」と「人文知識・国際業務」という2つの在留資格でしたが、2015年4月以降、一本化されました。 この中の「人文知識」と「国際業務」では、許可基準が異なります。「人文知識」は「人文科学の分野に属する技術もしくは知識を必要とする業務に従事する場合」の基準です。一方、「国際業務」は「外国の文化に基盤を有する思考または感受性を必要とする業務に従事する場合」の基準です。 例えば、経営学部出身の留学生が、会社で「営業・販売、マーケティング」などの業務に従事するときは「人文知識」の基準で判断され、「通訳・翻訳」の業務に従事するときは、原則「国際業務」の基準で判断されます。 外国人が会社で通訳・翻訳の業務に従事するときは、3年以上の実務経験があることが必要です。ただし、大学を卒業した人が、翻訳・通訳または語学の指導の業務に従事する場合は、基準省令の取り扱いにより、3年以上の実務経験は免除されます。つまり、大学を卒業していれば(学士の学位を有していれば)、学部学科を問わず、翻訳・通訳または語学の指導の業務に従事することが可能です。 先の例で言えば、経営学部出身の留学生が、会社で翻訳・通訳の業務に従事する場合は、他の要件(給料などの水準、会社の事業の安定性・継続性、他)に問題がなければ基準を満たしていますので、許可される可能性が高いということです。 そのため、筆者の感覚としては、会社の業種を問わず「翻訳・通訳」業務で申請することで、許可されるケースが多いと感じます。 少し古いデータですが、法務省入国管理局のホームページに掲載された統計資料(平成24年における留学生の日本企業等への就職状況について)でも、就職先の職務内容として「翻訳・通訳」が最多になっています。 なお、この「大学を卒業した者」の中には、短期大学を卒業し、短期大学士の資格を得ている人も含まれます。つまり、日本で短期大学を卒業した留学生も、実務経験がなくても翻訳・通訳業務に従事することが可能です。 2 専門学校生は厳密に審査される 一方、専門学校を卒業した「専門士」の人は、「大学を卒業した者」の中に含まれません。 例えば、経理専門学校(簿記専門学校)を卒業し「専門士」の資格を持つ留学生は、「人文知識」に該当する経理業務・事務業務に従事する社員として、在留資格変更許可申請を行うことが可能です。しかし、専門学校で翻訳・通訳の分野を学んでいなければ、「専門士」の資格では、「国際業務」に該当する翻訳・通訳業務に従事する社員として、在留資格変更許可申請を行うことができないということです。 このように、「留学」から「技術・人文知識・国際業務」への変更については、大学生に比べ、専門学校の卒業生(「専門士」の資格を持つ外国人)は、学校で学んだ内容と従事業務の関連性が、より厳密に審査されます。 例えば、専門学校のホテル学科を卒業した留学生は規模の大きなホテル・国際観光旅館のフロント業務に従事する、経理専門学校(簿記専門学校)を卒業した留学生は経理業務・事務業務に従事することが前提になっています。 (今回は大学生についての話が中心ですので、「専門士」の詳細については今後この連載で解説する予定です。) 3 業務内容がアルバイトの延長線上では許可されない場合が大半 アルバイト従業員の留学生を、大学卒業後に正社員として採用することを検討する場合には、注意が必要です。 入国管理局が「単純労働的」と判断する業務には、在留資格が許可されません。アルバイトと同じ業務内容で正社員にしようとしても、入国管理局が許可しない、ということです。 次のような業務は、アルバイトとして従事させることは入管法上、問題ありません。しかし、正社員としての「技術・人文知識・国際業務」の在留資格は許可されません。 では実際に、どのようなケースなら許可されるのでしょうか。 次の「許可事例」を参考にしてください。 4 許可・不許可の具体例 留学生が「技術・人文知識・国際業務」の在留資格を得て、会社で勤務するケースについて、具体的な事例をいくつか紹介します(カテゴリーについての説明は前回を参照)。 (1) 許可の事例 (2) 不許可の事例 行政書士の研修会などでは不許可となった事例を聞く機会がありますが、筆者自身が取り扱った事案で不許可になったものは、あまり多くありません。 法務省入国管理局のホームページでは、平成27年2月付の「留学生の在留資格「技術・人文知識・国際業務」への変更許可のガイドライン」が公表されています。その中で「別紙1(事例)」として許可事例、不許可事例が紹介されているのですが、特に不許可事例は、行政機関(入国管理局)の視点で「何が不十分なのか(基準を満たしていないのか)」、「どんな理由で許可できないのか」が書かれていますので、ご一読されることをお勧めします。 5 一度不許可になった場合に、再申請できるか 一度不許可になった場合に、その不許可の理由について正しく理解し、会社、外国人双方で不許可になった事項を改善・変更した後、再申請することは可能です。 例えば、ホテル・旅館業の人事担当者が、当初は在留資格の知識に不慣れで、外国人の従事業務を「ホテル業務全般」として申請した場合、入国管理局が「客室清掃や調理補助などの現業の業務を含む」と解釈して、不許可になる場合があります。「技術・人文知識・国際業務」の範囲外の業務についても行うのではないか、と判断されるようなケースです。 こうしたケースでは、会社が「技術・人文知識・国際業務」の範囲内の業務について正しく理解し、例えば、ホテルフロント業務、旅館内で団体客・個人客への通訳・翻訳業務を行う、として再申請すれば、許可されることがあります(もちろん実際にそうした業務に従事させることが必要です)。 また、もし一度申請して不許可になれば、申請者本人が入国管理局に出向いて、行政相談として、不許可になった理由を聞くことができます(本人が出向いていれば、会社の人事担当者や行政書士などが同席することも可能です)。 このように、再申請する場合は、なぜ不許可になったのか、その理由を明らかにし、その事項を改善・変更した後に、申請することが必要です。 6 大学卒業後に就職活動を行うための「特定活動」の在留資格とは 「大学を卒業したけれど、まだ就職が決まっていない」という留学生の場合、在留資格はどうなるのでしょうか。 こうしたケースでは、留学生が「留学」の在留資格から、就職活動のための「特定活動」の在留資格に変更して、日本での就職活動を続けることができます。 この「特定活動」の在留資格は通常、6月が付与されます。1回の更新が可能ですので、最長で卒業後1年間(6月×2回)、「特定活動」の在留資格で就職活動を行うことが可能です。 在学中に会社の採用内定が決まると「留学」から「技術・人文知識・国際業務」に変更するのと同様に、上記の場合も「特定活動」から「技術・人文知識・国際業務」への在留資格への変更申請を行うことができます。 留学生が学校を卒業して、「無職で就職活動中」の状態になれば、もはや留学生ではありません。元留学生、現在は無職(就職活動中)の外国人、という立場になります。「留学」の在留カードを持っていても、学校に在籍していなければ留学生としての実態がありません。 ここで、留学の在留期限が残っていれば、ただちに不法な状態になるわけではありません。例えば、2017年3月末に大学を卒業した人が、2017年7月15日が期限の「留学」の在留カードを持っているような場合です。 しかし、留学生としての「本来の活動を継続して3ヶ月以上行っていない」場合は、「在留資格の取り消し」に該当することがあります(入管法第22条の4第1項第6号)。 留学生が多く在籍する大学のキャリアセンターなどでは、留学生に「特定活動」の制度や手続きの方法を説明することもあります(本稿では留学生が行う手続きは割愛します)。 会社の側としては、もし就職説明会に「すでに日本で大学を卒業しています」という外国人(元留学生)が訪問してきたら、「特定活動」の在留資格を持っていることを確認してください。 〈留学生が卒業後に就職活動を行うときの在留資格「特定活動」(イメージ図)〉 ※特定活動(6ヶ月)を更新する(1年近く就職活動を行う)ケース (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第16回】 「信託契約作成上の留意点③」 -信託財産の特定- 弁護士 荒木 俊和 前回に引き続き、信託契約作成上の留意点について述べる。 今回は信託契約における信託財産の特定における留意点を紹介したい。 1 信託財産の信託契約における位置付け 信託財産とは、受託者に属する財産であって、信託により管理又は処分をすべき一切の財産をいう(信託法第2条第3項)。 これまで述べてきた通り、委託者が信託契約において受託者に管理・処分を委ねようとする財産であって、信託の効力発生時に受託者に所有権が移転する財産である。 委託者及び受託者は、この信託財産をいかに管理処分するかを信託契約において約定するのである。 2 信託の対象となる財産 原則的に、譲渡が禁止されている財産を除いて、金銭に見積もれるものであり、積極財産であって、委託者から移転することができる一切の財産が信託の対象となる。 ここで「譲渡が禁止されている財産」とは、委託者の一身専属的な権利や約定により譲渡禁止特約が規定されているような権利をいう。 また、「事業信託」という言葉があるが、厳密にいうとこれは積極財産である事業に関連する財産を信託し、委託者が債務者となっている借入れ等の債務を受託者が信託財産責任負担債務として債務引受することによって(信託法第21条第1項第3号)、外形上は事業全体が信託されたように見受けられるものである。 家族信託においては、現在のところ不動産を対象とする場合が多いと思われるが、委託者が認知症になる場合に備えて金銭を対象としておき、生活費や介護費に充てるとともに、相続税対策として建物の建築資金に充てることを目的とするような場合もある。 また、会社経営者の場合には自社株を保有していることが多いが、その場合の株式(非上場株式)を信託の対象として、事業承継対策を行うような場合もある。近時では上場株式も(実務上)家族信託の対象とすることができるようになったとの情報もある。 3 信託財産の特定の方法 他の契約書でも同様であるが、信託財産の特定にあたっては、信託契約書において二義を許さない特定を行うことが必要であろう。 不動産であれば登記の内容に従った記載とし、土地の場合には所在、地番、地目、地積を特定するべきであるし、建物の場合には所在、家屋番号、種類、構造、床面積を特定するべきである。共有の場合には持分割合の特定も必要である。 株式の場合には、銘柄、株式の種類、数量を特定することが必要である。 動産の場合には、種類によるが、品名、型番、個体番号・製造番号、色、寸法、数量、所在地等で特定することが通例であると思われる。 契約に基づく債権の場合には、その発生原因となる契約の当事者、契約締結日、契約書名、債権の名称、金額、元本・利息・遅延損害金の別等によって特定が行われる。 これらに対して金銭の場合には、金額を特定するしかない。 これら信託財産の特定が明瞭でない場合、受託者による分別管理の実行や信託終了時の残余財産の分配において問題が生じることも考えられるため、厳密に特定しておく必要がある。 また、登記や登録の制度がある財産については、登記や登録が信託の対抗要件となるため(信託法第14条)、登記や登録ができる形で特定がなされているかを確認する必要がある。 4 信託財産の物上代位性 信託契約において信託財産に属すべきものと定められた財産のほか、信託財産に属する財産の管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受託者が得た財産は、信託財産に属するものとされている(信託法第16条第1号)。 すなわち、受託者のもとで不動産を賃貸して得られた賃料、受託者が不動産を売却して得られた売買代金、建物が焼失して得られた保険金のようなものも、元来の信託財産(不動産等)から金銭に形を変えた状態で信託財産となる。 この物上代位性の議論の中では、受託者が受益者のためではなく、受託者自らの利益を図ったことで得た利益を受益者が取り戻すような場面においても適用されるとされており、受益者が得た財産は当然に信託財産とみなされることとなる。 5 担保権の付いた財産についての信託設定 特に不動産を信託財産にしようとする場合、金融機関から住宅ローン等を借り入れて購入したようなもののときには、ローンの残高が残存していることがある。 そしてローンを借り入れる場合には、不動産に抵当権が設定されることが通常であり、信託を行おうとしたときに抵当権が残存していることになる。 この場合、金融機関と委託者との間でローン契約に加え抵当権設定契約が締結されており、抵当権設定契約においては通常、信託の対象としようとしている担保物件の処分を禁止している。 このため、このような不動産に信託を設定しようとするためには、金融機関と折衝を行い、承諾を得る必要がある。 なお、現在のところ、必ずしも全ての金融機関が家族信託の仕組みについて理解があるというわけではないので、金融機関に対する十分な説明を行うこと、時間的な余裕を設けることが必要であると思われる(詳しくは本連載の【第12回】を参照)。 6 預貯金を信託しようとする場合の留意点 金銭を信託する場合のよくあるミスとして、信託財産の特定を「〇〇銀行 ××支店 普通預金 口座番号△△△△△△△ 口座名義人(委託者)の預金」としてしまうことがある。 しかし、「預金」とは、預金者の金融機関に対する債権であり、金融機関は取引約款によってその債権の譲渡を禁止しているのが通常である。 そうであるとすると、預金債権を金融機関に無断で受託者に信託譲渡することはできない。 この場合、信託財産を単に「金銭」としておき、信託契約締結後、委託者が預金を解約した上で受託者名義の信託口口座に預け入れる等する方法が考えられる。 (了)
これからの会社に必要な 『登記管理』の基礎実務 【第5回】 「定期メンテナンスの入り口」 -定款を活用した任期到来の時期の特定②- 司法書士法人F&Partners 司法書士 本橋 寛樹 はじめに 本稿では、【第4回】で検討した最新の定款規定をもとに、役員の任期到来の時期を特定する方法について解説する。 定款では任期の年数だけではなく、機関設計や事業年度等、複数の規定を組み合わせることによってはじめて任期到来の時期を特定することができる(以下、任期に関する表記については「〇年」と省略して表記する。監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除いた株式会社を想定して記述する)。 大枠のイメージは、下記の拙稿で解説しているが、本稿では1つひとつの規定を具体的にみていくこととする。 主に参照する規定 任期到来の時期を特定するために参照する規定は、以下のとおりである。 一般的な定款は、第1条に商号、第2条に目的・・・と順に定められており、第1条から読んでいくと、任期特定に必要な規定は以下で示した順序で並んでいる。 それでは、上記定款の各規定がどのような役割を果たしているのか、以下詳しくみていこう。 ①株式の譲渡制限 【第3回】の解説のとおり、当該規定があると、取締役と監査役の任期をそれぞれ最長10年まで伸長することができる。一方で、当該規定がないと取締役の任期は2年以内、監査役は4年となる。 ②基準日 ④でも取り上げるが、取締役の任期が定時株主総会の終結時まで(会社法第332条第1項)とされているとおり、定時株主総会の時期が任期到来の時期と関連づけられる。 そのため基準日制度は、任期到来の時期を特定する資料となる。 基準日制度とは、その日時点の株主名簿上の株主を、後日における権利行使ができる者として定めたものである(会社法第124条第1項)。 上場会社では株式が広く流通し、頻繁に譲渡が行われるため、定時株主総会に先立ち、一定の日を「基準日」として、定時株主総会で議決権を行使できる者や剰余金の配当を受領する者を確定する必要がある。上記の規定例のとおり、決算期が基準日であることが多い。 また、中小企業では株主の変動こそ少ないが、上場会社と同様、決算期が基準日である定款が広く浸透している。 基準日株主と定時株主総会における権利行使時の株主があまりにもかけ離れていると、基準日後に株式を取得した者が議決権を行使することができる機会が限られてしまうため、基準日は定時株主総会等の権利行使時の前3か月以内とされている(会社法第124条第2項)。 例えば、決算期を基準日と定める、3月31日を決算期とする会社は、基準日の3か月以内である4月1日から6月30日の間に定時株主総会を招集する必要がある。 そして、下図のように、上記期間内に基準日株主AからBが株式を取得した場合であっても、定時株主総会で議決権を行使したり、剰余金の配当を受領したりする者はAということになる。 ③招集 上記の規定例のとおり、定時株主総会の招集は基準日の規定と関連づけられる。決算期を基準日とする場合、定時株主総会は決算期の翌日から3か月以内に招集することになる。 ④取締役の任期 本稿でも任期に関する規定を省略して表記しているが、例えば「任期2年」の言い回しは、実際には2年ちょうどではない。年数は、任期満了となる定時株主総会の時期を特定する過程の資料として活用し、任期そのものを示すわけではない。 一言一句みていくと、条文の意味を紐解きやすくなるため、掘り下げてみていこう。 ※1 選任後〇年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会 「~以内に終了する事業年度のうち最終のもの」とは、過去に向かって直近の決算期を示す。 基準日制度や招集の規定から定時株主総会の時期を導き出すため、決算日から3か月以内に定時株主総会を招集する例が多いことはすでに説明した。 それでは以上を参考に、事例に当てはめてみることとする。 例えば、事業年度が4月1日から翌年3月31日とする株式会社で、平成27年6月25日にいわゆる「任期2年」として取締役に選任され就任承諾した場合を想定して語句を分割すると以下のとおりとなる。 《任期規定の算定式》 ※2 補欠、 ※3 増員 取締役には、「補欠」と「増員」の2つの概念がある。 補欠は前任者の交代要員となり、前任者と補欠の人数は一致する。 一方、増員は既存の取締役に追加するものである。 補欠や増員規定が適用される場合、補欠は前任者、増員は在任者の任期をもとに計算することになり、新たに任期が起算するのではない。つまり、本来の任期よりも短くなる。 以下、補欠と増員を比較しつつ、任期満了の時期を特定してみよう。 ◆補欠 取締役Cが任期中の平成28年5月1日に辞任し、同日に取締役DがCの補欠として選任され就任承諾する場合、取締役Dは、前任者Cの任期が満了する平成29年6月30日までの任期となる。新たに任期が起算する場合に満了が見込まれる平成30年6月30日までではない。 ◆増員 取締役Dが平成28年5月1日に選任され就任承諾する場合、既存の取締役の任期が満了する平成29年6月30日までの任期となる。新たに任期が起算する場合に満了が見込まれる平成30年6月30日までではない。 ⑤監査役の任期 監査役には、「補欠」の概念があるが、「増員」の概念がない。監査の独立性の観点から、任期を短縮できる場面が限定され、任期を短縮できるのは補欠の規定が適用される場面のみである。 補欠監査役の任期は、上記補欠取締役の事例と同一である。 ⑥事業年度 例えば、事業年度が毎年4月1日から翌年3月31日までの場合、3月31日が決算期となる。決算期は②の基準日や③の招集の規定で用いられる毎事業年度末日をいい、役員の任期が到来する定時株主総会を特定する資料となる。 * * * 以上を踏まえて、一度自社の役員や顧問先企業について任期満了の時期を確認してみてはいかがだろうか。 任期満了の時期を特定できると、定期メンテナンスの軸を作ることにつながる。 (了)