電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第9回】 「仮想通貨をめぐる会計処理(総論)」 公認会計士・税理士 八代醍 和也 A 我が国に比べると一部海外では仮想通貨の流通がある程度進んでいること、また、国内でも徐々に流通環境が整備され始めたことから、筆者の周りでも少しずつではあるが、類似した質問を受けることが増えつつあるように感じる。 そこで今回から4回に分けて、仮想通貨をめぐる会計処理・税務に関し、代表的な取引種類ごとに事例形式で検討していきたい。今回はその導入として、この問題に関する議論の方向性や会計処理の基本的考え方などを総論的に紹介する。 ただし、本連載【第1回】でも述べたとおり、本稿執筆現在、仮想通貨の会計処理に関しては、その拠り所となる会計基準は存在しておらず、その開発に向けた動きがようやく開始されたところである。また、税務においても、本連載【第6回】で述べたように、平成29年度税制改正において、仮想通貨の譲渡取引について消費税が非課税とされることになったものの、法人課税・所得課税の取扱いを定めた法令等は存在していない。 このため、本連載ではあくまでも現行の会計基準及び税法における類似の規定・取扱いの下で求められると考えられるものという位置づけのもと、解説を行う。したがって、今後の会計基準の開発状況や、税制改正の内容如何によっては、結論が変わる可能性もある点に留意願いたい。 1 仮想通貨の会計的特性 まず、処理を検討するに当たって、仮想通貨の会計的な性格がどういったものであるかを勘案する必要があろう。 「仮想通貨に係る会計上の取扱いに関する指針」の策定に向けて議論が始まった企業会計基準審議会の議事によると、仮想通貨を金融商品、棚卸資産、外貨建ての現金として処理する方法が検討されているようであるが、まだ結論を出すには至っていない状況と思われる。 基準諮問会議や専門委員会の議事については以下を参照されたい。 そこで、上記のうち、現状いずれが妥当な処理といえるかを検討してみたい。 2 改正資金決済法における仮想通貨の定義 詳細な検討に先立ち、改正資金決済法における定義から整理しておきたい。その内容は以下のとおりである(下線筆者)。 まず、仮想通貨が、これまで本連載で取り扱ってきた「電子マネー」とはその性格を異にするものである点を確認しておきたい。 確かに上記から、両者は「電子的なデータのやり取りによって行う決済サービスを行うことができるもの」という点で共通する部分もあるものの、それ以外の点では大きく異なる。 すなわち、仮想通貨は不特定多数の者に対して使用したり、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができるが、電子マネーは資金決済法上の前払式支払手段であり、基本的にはあくまでも発行者と利用者との間の金銭債権債務関係を生じさせるにとどまる。 また、改正資金決済法には定義されていないが、仮想通貨は、インターネット上に存在する「取引所」において法定通貨との交換が可能であることから、より通貨そのものに近い性格を有する経済的価値と評価することができよう。 3 外貨建ての現金としての性格の検討 それでは、これを法定の通貨と同様、現金として会計処理することが妥当かというと、現時点では決してそこまでは言えないと筆者は考える。 すなわち、電子マネーは法定通貨とは異なり、特定の国家に信用を付与されてはおらず、また、通貨発行機関としての中央銀行のような存在を持たない。これに加え、下記で述べるとおり金融商品や棚卸資産といった他の資産との類似性をも有するものについて、法定通貨と同様に扱うことについては、現時点で会計慣行として形成されておらず、クリアしなければならない課題も多いものと考える。 参考までに、財務諸表等規則ガイドラインにおける現金及び預金の定義を示すと以下のとおりである。会計上の現金や預金の概念は法定通貨より広いものの、現行基準上、仮想通貨が現金の範囲に含まれるとは考えにくいことが理解できよう。 4 金融商品としての性格の検討 金融商品としての性格については、平成28年11月14日開催の第28回基準諮問会議でも述べられているとおり、それ自体が権利を表章するものではないため、有価証券にも該当しない。このため、現行の金融商品会計基準等における金融商品の範囲に含まれるものとして会計処理を検討することは、適当ではないといえるだろう。 5 コモディティとしての性格の検討 一方で、仮想通貨は「取引所」において、法定通貨との交換ができることから、そこに金をはじめとするコモディティと非常によく似た性格を認めることができる。仮想通貨には実際のコモディティと異なり、本源的価値はないものの、その概念的な類似に鑑みると、棚卸資産の評価に関する会計基準における棚卸資産の範囲に含まれるというのは相対的に解釈上の無理が少ないと前述の基準諮問会議議事でも述べられているところである。 短期販売目的や投資目的ではなく、単純な資金決済目的で保有する場合に「必ずしも棚卸資産のように投資の成果を獲得することを意図しているわけではない」点に相違が認められるものの、そもそも我が国では企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書第四にあるとおり、棚卸資産に「販売活動および一般管理活動において短期間に消費されるべき財貨」を含めるなどその範囲を広く解してきた歴史・会計慣行もあり、その点からも、棚卸資産に準じた会計処理を行うことが合理的であると考え得る。 6 税務面における基本的考え方 税務面における仮想通貨の考え方については、『税大ジャーナル第23号(2014.5)』に掲載された『ビットコインと税務』という論文に示されている。 上記の論文では、ビットコインに係る会計処理について「ビットコインの税法上の取扱いを検討する際には、ビットコインの企業会計上の取扱いを論ずる必要がある」としたうえで、「ビットコインを販売目的として取得した場合には、ビットコインは貴金属のようなコモディティと同様の性質を有することから、企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書四に従い、棚卸資産として取り扱うべき」とし、「他の財との物々交換目的でビットコインを保有する場合にも、棚卸資産として取り扱うことが適当である」としており、棚卸資産として会計処理することを支持している。 * * * 次回以降の各論においては、今回の仮想通貨を棚卸資産として会計処理することを前提としたうえで、事例形式により具体的な会計処理方法について検討していく。 (了)
〈実務家が知っておきたい〉 空家をめぐる法律上の諸問題 【前編】 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 羽柴 研吾 1 はじめに 総務省の統計によれば、平成25年10月1日現在における総住宅数は6,063万戸とされ、そのうち空家数は820万戸であり、空家率は13.5%といずれも過去最高を記録したと報告されている(総務省統計局平成27年2月26日付統計トピックスNo.86「統計からみた我が国の住宅 (「平成25年住宅・土地統計調査(確報集計)」の結果から)」の1を参照)。 空家戸数や空家率は今後も上昇していくものと見込まれるところ、空家は相続や住居の変更等、様々な理由から生じる身近な問題である。また、近時、空家等対策の推進に関する法律が制定されるなど、空家問題は古くて新しい問題でもある。 本稿は、空家問題に関する様々な法的問題の一端を整理することを目的としたものである。 なお、本稿内の意見等にわたる部分については筆者個人によるものであり、所属する団体等の見解を代表するものではないことを申し添える。 2 空家の発生理由と不適正管理から生じる問題 (1) 空家の発生理由 空家が生じる理由には様々な要因が存在するところ、国土交通省近畿地方整備局の「住環境整備方策調査業務報告書」(2012年3月)によれば、以下のような事情があるとされている。 (2) 空家の不適正管理から生じる問題 空家の適正な管理が行われなければ、①建物の倒壊による事故、火災による事故、外壁の落下や飛散事故、敷地内の雑草や樹木の隣地への越境等の物理的原因による問題や、②空家への不審者の侵入、不法滞在、不法投棄等の人的原因による問題が生じることになる。 そこで、上記の問題に係る法的な問題について、①民事上の問題と②行政上の問題に分けて検討することとしたい。 3 空家に係る民事上の問題 空家に係る民事上の問題としては、空家の所有権者としての責任と、損害賠償責任が問題になりうる。 (1) 相隣関係上の責任 空家の管理が行われない結果、隣地との境界上の柵が倒壊し、空家敷地内の立木の枝が隣地の敷地内に及んでいる場合、隣地所有者との権利関係については、民法の相隣関係の規定によって調整されることになる。 空家の所有権者が竹木の所有権者でもある場合、隣地の所有権者から枝の切除を請求される可能性があり、その費用も負担しなければならない。 また、空家の残置物やごみ等が隣地に及んでいる場合やそのおそれがある場合には、隣地の所有権者から所有権に基づく物権的妨害排除請求権や物権的妨害予防請求権を行使され、物件の除去や予防措置を講じる必要が生じうる。 (2) 不法行為法上の責任 (ア) 空家の発生により見込まれる損害額について 空家の倒壊、外壁の落下、火災等が生じた場合、近隣住民等の第三者に物的損害や人身損害が生じうる。 具体的な損害額は個別案件によるが、公益財団法人日本住宅総合センターの調査結果によれば、第三者の損害について以下のような試算がされており、空家の所有権者は高額な損害賠償責任を負担するおそれがある。 (※) 詳細は「空き家発生による外部不経済の実態と損害額の試算に係る調査」(公益財団法人日本住宅総合センター)を参照されたい。 (イ) 土地工作物責任 空家の倒壊・外壁落下の事故によって、近隣住民等に損害が生じた場合、空家の所有権者の土地工作物責任(民法第717条)が問題となる。 建物の設置や保存に瑕疵がある場合に、占有者及び所有権者は、民法第717条によって損害賠償責任を負担することになるが、所有者の責任は、占有者と異なり無過失責任である。 同条第1項に規定する瑕疵とは、その種の工作物として通常備えるべき安全性が欠けていることをいうところ、空家の老朽化等によって倒壊や外壁が落下するなどした場合、建物が通常備えるべき安全性を欠いていると判断される可能性が高く、空家の所有権者は非常に重い損害賠償責任を負担することになる。 (ウ) 失火責任法 それでは、空家内の漏電等により火災が発生し、近隣住民等に損害が生じた場合、空家の所有権者はどのような責任を負担するのだろうか。この問題については、不法行為の特別法である失火責任法について理解しておく必要がある。 失火責任法は、我が国に木造家屋が多く、火災が発生した場合にその損害が甚大なものになることが多いことから、失火に対する不法行為責任を特別に軽減し、重過失がある場合に限り不法行為責任を成立させることを目的とした法律である。 ここにいう重過失とは、最高裁によれば「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」(最判昭和32年7月9日民集11-7-1203)とされており、不法行為責任を負う場面は相当程度限定されている。 それでは、土地工作物の所有権者に無過失責任を負わせる民法第717条と失火者の責任を重過失のある場合に限定する失火責任法は、どちらが優先的に適用されるのだろうか。 この問題を判断した最高裁判例はないものの、大審院時代の判決の中には、たとえば、電力会社が高圧電線の仮設施設の不十分なために火災を起こしたような場合に、失火責任法が優先的に適用され、故意又は重過失のない限り責任を負わないと判示したものがある。一方で、無過失責任たる土地工作物責任が優先するとの下級審裁判例や有力な学説もあり、理論的に固まっていない現状に鑑みれば、空家の所有権者としては、法的な責任を負うことがないよう適正に空家を管理しておくべきである。 (3) 空家が火遊び等により火災の被害に遭った場合 空家に侵入した近所の子どもの火遊びによって火災が発生し、空家が焼失した場合、空家の所有権者は誰に対して損害賠償請求をすることができるだろうか。 まず未成年者に対する損害賠償請求を行うことが考えられるが、民法第712条は、未成年者は他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(責任能力)を備えていなかった場合に、不法行為責任を負わない旨規定している。 この責任能力に関して、11歳11ヶ月の少年の場合に肯定した裁判例もあれば、12歳7ヶ月の少年の場合に否定した裁判例もあるが、少なくとも小学校低学年のような場合は、責任能力は否定されるものと考えられる。 次に、空家の所有権者は、未成年者の監督責任者である親に対して民法第714条に基づいて損害賠償請求をすることが考えられる。ここでは、被害者救済のために責任無能力者の代わりに監督責任者に責任(代位責任)を負わせた民法第714条と失火者の責任を重過失のある場合に限定する失火責任法の関係をどのように解釈すべきか問題となる。 この問題について、最高裁は、民法714条第1項に基づき未成年者の監督義務者が右火災による損害を賠償すべき義務を負うが、監督義務者に未成年者の監督について重大な過失がなかったときは、これを免れると判示している(最判平成7年1月24日民集49-1-25)。 したがって、空家の所有権者は、被害回復のために、監督義務者の重過失という難しい立証を迫られることになる。 (4) 相続放棄後の留意点 相続人が相続放棄し、他に相続人となる者がいないときに、被相続人の債権者の申立てによって相続財産管理人が選任される場合がある。 この場合、相続放棄をした者は、たとえ遠方に居住していたとしても、相続財産管理人が選任されるまで、当該空家を自己の財産におけるのと同一の注意義務をもって、その財産の管理を継続しなければならない(民法第940条)。 相続人は、相続放棄後も、相続財産管理人に引き継ぐまでの間、損害賠償責任等を追及されることのないよう空家の適正管理を行っておくべきである。 * * * 【後編】(6/29公開)では、空家に係る行政上の問題点について整理する。 (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第15回】 「信託契約作成上の留意点②」 -信託目的の設定- 弁護士 荒木 俊和 前回に続き、信託契約作成上の留意点について述べる。 今回は「信託契約の目的」を設定することの重要性とその意義を取り上げる。 1 信託目的の設定の意義 信託法上、信託は①契約、②遺言、③信託宣言(自己信託)により成立するものとされるが、共通しているのは、「特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨」を定めることにある(第3条)。 ここでは、「特定の者」(受託者)、「財産」(信託財産)を定めるとともに、「一定の目的」を定めることが必須であるとされている。 一方で、「信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき」は信託の終了事由とされており(第163条第1項)、信託の目的が存在することが、信託の成立の根幹をなしていることがわかる。 すなわち、信託は委託者の意思に基づいて自由に設計することができるが、何らかの目的に従って運用されることが必要であり、目的を失えば信託自体が成立しなくなることを意味している。 このため、信託契約の作成において、信託目的の設定は極めて重要であるといえる。 2 基本的な信託目的の例 信託目的は、委託者の意思に従って定められるものであり原則的に自由ではあるが、信託関係者(特に受託者)にとって明確かつ一定のものでなければならない。 また、信託法上、専ら受託者の利益を図る目的は認められないものとされており(第2条第1項)、一方で民法の一般原則である公序良俗に違反するもの(例えば、違法行為を行う目的等)は認められないものと考えられる(民法第90条)。 信託は受益者のために設定されるものであり、家族信託の場合の基本的な形態は自益信託であって、同一人物が委託者と受益者を兼ねるが、あくまでも(委託者ではなく)受益者としての利益が図られることを信託目的とすべきであろう。 主な信託目的の例としては、以下のようなものが挙げられる。 ・財産の管理の負担をなくす(低減させる)こと ・認知症等により財産の管理が不可能となった場合に、受託者において財産の管理・処分を可能とすること ・収益不動産の管理運用を委ね、安定的な収益を図ること ・詐欺等の被害を防止し、安全かつ安定的な生活を確保すること ・死亡後の財産管理を受託者に委ねること ・信託終了時に信託財産を帰属権利者に移転すること なお、これら信託の目的は必ずしも1つである必要はなく、複数の目的が混在するものであっても構わない。ただし、相互に矛盾することがないよう調整を図る必要がある。 3 受託者の行動基準としての信託目的 上記のとおり、信託目的の設定は必ず行われるものであるが、その主たる目的は『受託者の受託業務の行動基準を画すること』にある。 信託契約によっては具体的な受託業務の内容を規定するケースもあるが、基本的には、受託者は信託財産に関して、以下のような行為を行う広範な権限を持つ。 家族信託においては、親が子に対して包括的に財産の管理・処分を委ねる場合が多く、特に受託者の権限に制限を設けないことも多い。また、家族信託は長期間の信託の継続が予定されることが通常であるため、目先の部分で受託者に制約を課すことができたとしても、10年後、20年後においては、その制約の設け方が妥当とはいえなくなってくる可能性もある。 このため必要となるのが、受託業務の行動基準を定める信託目的なのである。 受託者はこの信託目的があることで、どのような方向性をもって信託財産の管理・運用等を行えばよいか判断でき、その方向性に従った行動を取るべきであるという基準を持つことができる。 受託者がそのような方向性に従った受託業務を行うことで、結果として委託者が望む信託の実現を図ることができる。 4 受益者や信託監督人による「監督の基準としての信託目的」 一方で、上記のように受託者の権限範囲が広いことから、受託者のもつモラルや遵法意識によっては、受託者自身が暴走してしまうという懸念もある。 このため、委託者としては、受託者が身勝手な行為を行い信託財産に損害を与えるようなことを防ぐために、受託者の権限に一定の制約を設けることが必要な場合がある。この意味においても、信託目的の設定が影響することになる。 すなわち、信託目的自体は直接的に受託者のなすべき個別具体の行為を確定させるものではないが、受託者が信託目的に反する行為を行った場合には善管注意義務違反(第29条第2項)として、受益者が受託者に対し差止請求や損害賠償請求を行うことが想定される。 さらに、将来的に受益者の認知能力が危ぶまれるような場合には、信託監督人を設置することにより、受益者に代わって信託監督人に差止請求や損害賠償請求を行わせることも可能である(【第8回】参照)。 いずれにしても善管注意義務違反というのは幅の広い概念であることから、信託目的を明示しておくことで善管注意義務の内容を明確にできるという効果があり、それに基づいて受益者や信託監督人等による監督が可能となる。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例16】 株式会社東芝 「2016年度通期業績見通しに関するお知らせ」 (2017.5.15) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社東芝(以下「東芝」という)が平成29年5月15日に開示した「2016年度通期業績見通しに関するお知らせ」である。 この連載で同社の開示を取り上げるのは、【事例1】の平成27年11月17日「当社子会社であるウェスチングハウス社に係るのれんの減損について」、【事例11】の平成28年12月27日「CB&Iの米国子会社買収に伴うのれん及び損失計上の可能性について」に続いて、実に3回目である。 この開示の最初には、次のような記載がある。要するに、決算短信を開示する予定であったが、開示できないので、代わりに「業績見通し」なるものを開示するというのである。 なお、決算短信は会計監査の対象外であるため、会計監査終了前であっても、会社が決算の内容が定まったと判断すれば、開示できる。この開示には、「業績見通し」について、「当社の責任において当社としての見通し及び見解を記述したもの」であるという記載がある。ならば、同社の見解として、決算短信を開示してもいいのではないかと思われる。 しかし、決算短信を開示した後、監査法人の指摘により財務諸表の修正が必要になれば、決算短信を訂正しなければならない。投資家の投資判断に大きな影響を与える決算短信の訂正は避けなければならないはずであるし、訂正開示が投資家に与える心証も良いものではない。 そのため、多くの会社は、監査法人との間の見解の相違がなくなり、決算短信を訂正することはないという確信を得られるまでは、決算短信を開示しない。 2 以前にも同様の開示が 東芝はこれと似た開示を以前にも行っている。平成29年2月14日に開示した「『2016年度第3四半期および2016年度業績の見通し並びに原子力事業における損失発生の概要と対応策について』のお知らせ」である。 この開示の最初には、次のような記載がある。 この開示も、第3四半期決算短信を開示できないので、代わりに行われたものである。 同社は、監査法人から四半期レビューの結論を得られ次第、第3四半期決算短信を開示しようと考えていた。しかし、結局、監査法人は結論を表明しなかったため、平成29年4月11日、四半期財務諸表について結論不表明という状態で「平成29年3月期第3四半期決算短信」を開示するという前代未聞の事態に至ったのである。 3 上場廃止は回避できるのか? 東芝の平成29年3月期決算短信は、「平成29年3月期第3四半期決算短信」と同じパターンをたどるのだろうか。すなわち、財務諸表について意見不表明という状態で開示されることになるのだろうか。もしもそうなれば、同社が上場廃止となる可能性は極めて高くなる。 同社の平成29年3月期第3四半期財務諸表に対する監査法人による四半期レビュー報告書の「結論の不表明の根拠」には、次のような記載がある。 それに対して、東芝は、「四半期レビュー報告書の結論不表明に関するお知らせ」において、次のように記載している。 監査法人が「あるのでは?」と尋ねたものについて、東芝は「ない」と答え、監査法人は結論を表明しなかった。 「ある」ことではなく「ない」ことを証明し、相手に理解させるのは難しい。 現状のままでは、平成29年3月期の財務諸表に対して監査法人が意見を表明する可能性は低いだろう(この状態で無限定適正意見が表明されたら驚きであり、仮に表明されたとしても限定付適正意見ではないか)。 4 監査法人交代報道に対して 東芝が「平成29年3月期第3四半期決算短信」を開示した後、同社が監査法人を代える判断をしたというマスコミ報道が流れた。筆者は、この報道に対して、同社がどのような開示を行うのかについて関心を持っていた。そして、その開示をこの連載で取り上げたいと思っていた。 東京証券取引所(以下「東証」という)は、適時開示が行われる前にその情報がマスコミによって報道され、投資家に憶測が生じたような場合、上場会社がその憶測を解消する開示(「本日の一部報道について」といったタイトルで通常開示される)を行うまで、投資家に対して注意喚起を行うこととしている(東証・業務規程30条)。 今回の監査法人交代報道は、「別の監査法人が東芝の監査を行うことになり、監査意見を出すかもしれない。そして、上場が維持されるかもしれない」といった憶測を投資家に生じさせたはずである。しかし、東証は投資家に対して注意喚起を行わず、東芝もその憶測を解消する開示を行わないまま現在に至っている。 東証は、「投資家は東芝を十分注意して見ているだろうから、今さら注意喚起しなくてもいいのでは」と判断したのだろうか。 (了)
コーポレート・ガバナンス・システムに関する 実務指針(CGSガイドライン)の解説 【第5回】 (最終回) 「まとめ~その他の論点(経営陣の指名の在り方・報酬の在り方、 相談役・顧問の役割)~」 PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 井坂 久仁子 本シリーズでは、2017年3月31日に経済産業省から公表された「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」を取り上げている。CGSガイドラインは、2015年6月から適用が開始された「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコード)の内容を補完し、企業価値向上のための具体的な行動を示す目的で取りまとめられたものである。 今回は本シリーズの最終回として、CGSガイドラインから、経営陣の指名・報酬の在り方及び相談役・顧問に関する項を取り上げ、それらの概要を解説する。 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを予めお断りする。 〔経営陣の指名の在り方〕 近年、法定による指名委員会もしくは任意の指名委員会を設置する企業が急増している。CGS研究会報告書の参考資料「コーポレートガバナンスに関する企業アンケート調査結果」(以下、企業アンケート)(p43)によると、回答を寄せた全874社のうち約36%の企業が指名委員会(法定もしくは任意)を設置しているものの、約27%の企業ではその審議対象が、社長もしくはCEOの指名ではないという結果であった(p47)。 一方、望ましいコーポレートガバナンスにおいては、企業価値向上の中心的役割を果たすCEO・社長など経営陣の適切な選任とインセンティブ(報酬)の付与、そして、その成果をチェックする仕組みは、全ての企業において必須であると考えられることから、CGSガイドラインにおいて、次の2つの提言がなされている(CGSガイドラインp25,p26)。 提言(1)では、執行側から「複数」の候補者を示すことの検討が促されている。これは、企業アンケート(p40)において、全874社のうち、単一の次期社長・CEO候補者を選定している企業が約37%、複数の候補者を選定している企業が約12%という結果であったことから、主に社外取締役などによる候補者に関する審議・評価の深度を高めるための提言である。つまり、候補者が1人しかいなければ、他の候補者との比較の観点から、指名委員会メンバーである社外取締役などが十分な検討ができないかもしれないということである。 なお、ここでの「複数」という表記に関しては、具体的に何名か、という詳細には触れていない。各社が自社にとって最適な候補者数を決定するということであろう。 提言(2)では、取締役の指名に際して、個々の経営陣・取締役の資質の検討のみならず、個々の取締役を選任した結果の「取締役会全体としての構成(多様性=ダイバーシティ)」の検討を促している。 例えば、各取締役がいかに優秀な人材であろうと、全員が同一の専門性にのみ秀でた人材では、取締役会において多角的な視点からの審議が十分に実施できないかもしれない。 取締役会に求める役割(例えば、監督機能重視なのか意思決定機能重視なのか)は、会社のコーポレートガバナンス体制によって異なるが、取締役会全体として、各社が求める取締役会の役割と機能を十分に発揮するために必要な資質を兼ね備えたメンバー構成(多様性を含む)となるように、各取締役を指名する仕組みの充実を求めている。 〔経営陣の報酬の在り方〕 企業アンケート(p59)では、報酬委員会(任意を含む)を設置する企業数は、全体の約40%となっている。また、企業アンケート(p74)によると、短期の業績連動報酬を導入している企業が多く(重複を除き、約61%)、中期の業績連動報酬を導入している企業は少ない(重複を除き、約14%)。また、業績連動報酬を導入していない企業も約22%存在する。 一方、コーポレートガバナンスの観点からは、社長・CEOなど経営陣に対する「適切なリスクテイクを促す適切なインセンティブ」によって中長期的な企業価値の向上が図られることから、CGSガイドラインでは、次の2つの提言がなされている(CGSガイドラインp28,p31)。 提言(1)は、そもそも業績連動報酬を導入していない企業に対して、その導入を促すものである。これは、固定報酬のみの報酬体系では、経営陣が積極的に企業価値向上に向けた行動をとるための動機づけが弱いという認識に基づいている。さらに、自社株報酬の導入によって、株主の立場を経営陣がより理解しやすくなるというメリットが想定されている。 ただし、業績連動報酬や自社株報酬の導入に際しては、まず、「経営戦略を定める」こと、それを踏まえた「経営指標の設定」、そして、それを実現するための「報酬体系の設計」が必要であるとされている。 提言(2)は、企業が役員報酬体系について、積極的に情報発信をすることを提案している。 諸外国では、例えばUKのように役員報酬報告書を上場会社が作成し、詳細な報酬スキームと個別報酬金額を開示することが要求されている事例もあり、このような役員報酬の積極的開示が株主・投資家と企業の対話を促進するものと考えられている。 なお、業績連動報酬については、平成29年度税制改正によって、損金算入可能な中長期業績連動報酬及び株式報酬について大幅な改正がなされている。税制面の明確化によって、今後より一層、中長期業績連動報酬の導入機運が高まることであろう。 上記の他、CGSガイドラインでは、指名委員会・報酬委員会の活用に関しても複数の提言がなされているので、詳しくはCGSガイドラインp31以下を参照されたい。 〔相談役・顧問の役割(経営陣のリーダーシップ強化の在り方について)〕 本連載の【第3回】では、経営陣のリーダーシップ強化の在り方を取り上げた。この論点に関連しては、昨今、自社の社長・CEOを退任した相談役・顧問の位置づけが注目されている。 企業アンケート(p116)によると、全874社のうち、約78%の企業において、相談役・顧問の制度が存在する。現在、相談役・顧問が在任中である企業は、全体の約62%となっており、さらにそのうち、社長・CEO経験者が相談役・顧問に就任している企業は約58%である(p117)。 これらの「相談役、顧問の役割」としては、役員経験者の立場からの現経営陣への指示・指導と回答した企業が約36%と最も多く、次に、業界団体や財界での活動など事業に関連する活動の実施と回答した企業は約35%存在している(p118)。 各社の相談役・顧問が果たす役割はそれぞれ異なるものの、現在の社長・CEOが、大先輩である相談役・顧問に遠慮することなくリーダーシップを発揮するには、相談役・顧問による潜在的に不適切な影響を排除する必要があるだろう。 そこで、CGSガイドラインは、次の提言を行っている(CGSガイドラインp38,p39,p40)。 CGSガイドラインでは、相談役・顧問を一律に否定するものではなく、役割の明確化と報酬などの処遇の情報開示強化による透明性確保を要求している。 さらに、元社長・CEO経験者は、自社に相談役・顧問として留まるというよりは経営の専門家として、他の上場会社の社外取締役候補となり活躍することが期待されることが明示されている。 〔まとめ〕 本連載の【第1回】に記載のとおり、本CGSガイドラインの対象は、①コーポレートガバナンスにこれまで積極的に取り組んできた先進的な企業群、②コーポレートガバナンスに取り組み始めた企業群、③コーポレートガバナンスにこれまであまり関心を持っていない企業群やコーポレートガバナンス改革に着手できていない企業群、という3分類のうち、主に②を対象としたものであるとされている。そのような企業にとって、本CGSガイドラインは、実務上有用な参考情報を提供するだろう。 一方、上記①の企業群にとっても、本CGSガイドラインがこれまでの取組の検証のための参照情報として活用され、また、上記③の企業群にとっては、コーポレートガバナンス強化に向けた取組の第一歩を踏み出すための参考情報としての活用が期待される。 コーポレートガバナンス・コード適用開始から3年が経過し、形式的な体制の整備から実質的なコーポレートガバナンス強化を実践する段階に移行した。本CGSガイドラインは、全ての上場会社及び非上場会社が、それぞれのガバナンス強化を進めるうえで有用なものといえる。 (連載了)
《速報解説》 国税庁より「移転価格ガイドブック」が公表 ~H29.7以降、企業の相談窓口を各国税局に設置~ 弁護士 下尾 裕 国税庁は、平成29年6月9日に、「移転価格ガイドブック~自発的な税務コンプライアンスの維持・向上に向けて~」(以下「移転価格GB」という)を公表した。 1 移転価格GBの位置付け 移転価格GBは、平成27年10月のOECDによる「BEPS最終報告書」の公表を含む世界レベルでの国際課税の動向及びこれらを踏まえた平成28年度税制改正における移転価格文書化制度の整備を踏まえ、国税庁が平成24年4月から推進している税務コーポレートガバナンスの一環として、移転価格税制の概要、及び、今回見直しを行った移転価格税制に関する事務運営の全体像を明らかにすることで、納税者一般の予見可能性を担保し、税務コンプライアンスのさらなる普及等の一助とすることを目的として公表されたものである。 2 移転価格GBの注目点 移転価格GBは、「Ⅰ 移転価格に関する国税庁の取組方針」、「Ⅱ 移転価格税制の適用におけるポイント」及び「Ⅲ 同時文書化対応ガイド」の3部構成となっており、各部の注目点としては以下の点が述べられる。 (了)
2017年6月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.222を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第44回】 「各国が署名した「BEPS防止措置実施条約」とは何か?」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 1 BEPS防止措置実施条約に各国が署名 6月7日、パリにおいて、わが国をはじめとする世界67ヶ国・地域が、「税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」(BEPS防止措置実施条約)に署名、又は署名の意思を表明した。 なお、G20のうち米国、ブラジル、サウジアラビアが今回の署名(又は署名の意思表明)から漏れている。米国は、国別報告(CbCR)交換のための多国間権限のある当局合意にも参加しておらず、多国間よりも二国間の交渉にこだわる姿勢が見られる。 BEPSプロジェクトにおいて策定された種々の措置の実施のためには、各国の二国間租税条約の改正を要するものが多数存在する。二国間租税条約は世界でおよそ3,000本も存在しており、その1つひとつを個別交渉で改正していたのでは、その完了はいつになるかわからない。 そこで、今回の条約は、二国間租税条約においてBEPS防止措置を効率的に実現するため、今回の条約の締約国間の既存の租税条約にまとめて新たな措置を導入することを目的としている。 (※) 財務省ホームページより アンヘル・グリアOECD事務総長は、同日、「この多国間協定への署名は、租税条約の歴史における重要な転換点である。・・・この新協定は、署名諸国を二国間条約の再交渉という負担から解放するだけでなく、企業には確実性と予測可能性の向上、市民の利益にとっては国際租税制度の機能改善に繋がるものである。さらに本日の署名式は、国際社会が団結すれば、実効的に対処できない課題はないということを明らかにしている。」と述べた。 2 対象となる措置 今回の条約によって既存の二国間租税条約に導入されるBEPS防止措置は、 ①租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置、及び、 ②二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置から構成され、具体的には、BEPSプロジェクトの次の行動計画に関する最終報告書(2015年10月)が勧告する租税条約に関連するBEPS防止措置が含まれている。 (※) 財務省ホームページより なお、BEPS最終報告書の内容は、①ミニマム・スタンダード(Minimum Standard)、②既存スタンダードの改正(Revision of Existing Standard)、③コモン・アプローチ(Common Approach)及び④ベスト・プラクティス(Best Practice)に分類されており、特に①は、全ての参加国・地域が必ず実施しなければならず、実施状況のモニタリングを受ける、という強い拘束力をもつものと位置づけられている。 今回の条約の対象とされている措置の中では、行動6と行動14がミニマム・スタンダードに該当している。 3 ミニマム・スタンダードとなる行動6・行動14 BEPS最終報告書では、行動6(租税条約の濫用防止)について、租税条約の濫用防止のため、租税条約において「特典資格条項」を盛り込むよう求められている。「特典資格条項」のあり方としては次の3つの選択肢がある。 PPT は特典の対象となる「取引」に着目し主観的な目的を精査するアプローチであり、LOB は特典を享受する「者」に着目し客観的な適格要件を設定するアプローチである。 BEPS最終報告書では、PPTは、次のような構成とされている。 一方LOBは、次のような構成とされている。 一方、行動14(相互協議の効果的実施)については、次の3点がミニマム・スタンダードとして勧告されている。 また、各国におけるミニマム・スタンダードの実施状況をモニタリングすることとされている。 4 今後の二国間租税条約への反映 今回署名された条約が最初に発効するのは、5ヶ国(地域)目の批准書、受諾書又は承認書(批准書等)が寄託された日から所定の期間が満了した後(3ヶ月を経過する月の翌月の1日)である。その後に批准書等を寄託する国・地域については、それぞれの寄託から所定の期間が満了した後に効力を生じる。 なお、わが国においては、本条約について批准書等を寄託するためには国会の承認が必要である。 また、今回の条約の各締約国は、その既存の二国間租税条約のいずれを今回の条約の適用対象とするかを任意に選択することができる。したがって、各二国間租税条約のいずれかの締約国が本条約の締約国でない場合、または、その租税条約を本条約の適用対象として選択していない場合には、今回の条約はその二国間租税条約については適用されない。 しかも、ある二国間租税条約が今回の条約の適用対象になった場合であっても、今回の条約の各締約国は、今回の条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のいずれを既存の二国間租税条約について適用するかを所定の要件の下で選択することができることから、各二国間租税条約のいずれかの締約国がその規定を適用することを選択しない場合には、その規定はその二国間租税条約については反映されないこととなる。 なお、条約の各締約国が適用することを選択した今回の条約の規定は、原則として、今回の条約の適用対象となる全ての二国間租税条約について適用され、特定の二国間租税条約についてのみ適用すること又は適用しないことを選択することはできない。 (了)
「取引相場のない株式の評価」に関する財産評価基本通達の改正ポイント ~類似業種の評価見直しと会社規模区分の変更~ 税理士 柴田 健次 はじめに 国税庁は平成29年5月15日、取引相場のない株式等の評価見直しを中心とした財産評価基本通達の一部改正を公表し、平成29年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価から適用することとした。合わせて評価明細書の様式改正、本改正に関するあらまし(情報)も公表された。 今般の改正については、非上場株式の評価が相続税法の時価主義の下、より実態に即した評価となるように見直しが行われたものであるが、その背景には上場株式の急激な株価上昇により想定外に非上場株式の株価が高くなり、円滑な事業承継に支障をきたす恐れがあること等の諸問題がある。 国税庁から公表された「「財産評価基本通達の一部改正について」通達等のあらましについて(情報)」には、通達改正のあらましが掲載されているが、非上場株式の評価の改正内容は下記の2つとなる。 (1) 類似業種比準方式の見直し 改正前の類似業種比準価額の基本算式に今回の改正箇所を示すと、下記の通りである。 改正項目①から③の改正前後を比較すると、下記の通りとなる。 各改正項目を補足すると次の通りである。 (2) 会社規模の判定基準の見直し 評価会社の会社規模区分が変更され、中会社、大会社の適用範囲が拡大された。改正前後の会社規模区分はそれぞれ下記の通りとなる。 改正後のアミカケ部分が変更箇所となり、多くの会社が会社規模区分の変更に該当することが分かる。 会社規模の判定表(改正前) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 会社規模の判定表(改正後) (※) アミカケ部分が変更箇所 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 一般の評価会社の原則的評価の場合には、会社規模に応じて下記の通り計算がなされる。 上記の通り、中会社、大会社の適用範囲が拡大されたため、類似業種比準価額で計算する比率が高くなり、一般的には「類似業種比準価額 < 純資産価額」となることが多く、区分変更がある場合には株価が安くなる傾向にある。 また、会社の規模区分に変更があった場合には、(1)の類似業種比準価額の計算の斟酌率も変更になる。 土地保有割合(総資産価額のうちの土地等の価額の占める割合)が大会社の場合には70%以上、中会社の場合には90%以上に該当すれば、土地保有特定会社として純資産価額のみでの評価となるため、中会社から大会社に規模区分が変更された場合には、土地保有特定会社に該当していないか留意が必要となる。 (3) 改正の実務への影響 今回の改正で実務上の影響が大きいものとしては、配当金額:利益金額:純資産価額=1:1:1になったことである。株価が増額になるか減額になるかは各企業によっては異なるが、過去の利益が蓄積され純資産価額が多額となっている会社については、株価は高くなる傾向にある。それに対して、純資産価額がほとんどなく、利益が高額となるベンチャー企業の株価は安くなると考えられる。 事業承継が緊急の課題となっている会社については、前者のケースが多く、利益を圧縮しても従来よりも株価が下がりにくくなることが問題となり得る。 ただし、中会社、大会社の適用範囲の拡大により会社の規模区分が変わった場合には、類似業種の使用割合が高くなるため、結果として株価が低くなる会社が増えると予測される。一方、会社規模区分の変更の恩恵を受けない企業で、ある程度の純資産価額がある場合には、株価が高くなると予測される。 改正の影響は大きいため、実務においては、改正後の株価の算出が重要になるといえる。 (了)
役員給与等に係る平成29年度税制改正 【第4回】 (最終回) 「業績連動給与に関する改正」 西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 柴田 寛子 1 業績連動給与に関する改正 平成28年度税制改正下においては、「利益の状況を示す指標」に基づき支給額が算定される給与について「利益連動給与」と定義のうえ、損金算入の要件が定められていたが、平成29年度税制改正においては、指標の選択肢が拡大されたこと(下記2(3)参照)に伴い、「業績連動給与」と名称変更された。 また、平成29年度税制改正における業績連動給与に関する改正は、指標の選択肢の拡大に限らず、下記2に記載するとおり、(形式的には同族会社に該当することとなる)子会社であっても、非同族会社を親会社とするものについては、その役員にも業績連動給与を付与可能とするとの支給対象範囲の拡大や、金銭のみならず、一定の要件を満たす株式及び新株予約権による支給も含むとの支給手段の拡大などの改正も行われている。 2 主な改正点 以下では、平成29年度税制改正による業績連動給与に関する主な改正点を、法人税法34条1項3号に定める各要件毎に解説する。 (1) 対象範囲の拡大 従来、平成29年度税制改正前の利益連動給与の付与対象範囲は「非同族法人」の業務執行役員に限られていたが、平成29年度税制改正によって、「非同族法人」による完全支配関係がある場合には、同族会社が支給する法人の業務執行役員への業績連動給与にも損金算入が認められ得ることとなった。 これにより、例えば、(非同族法人に該当する)上場会社である持株会社の傘下の完全子会社・孫会社が支給する業績連動給与として、損金算入が認められ得ることとなった。 (2) 支給手段の拡大 平成29年度税制改正により、業績連動給与の支給手段として、金銭のほか、株式及び新株予約権が加わった。 法人税法34条1項3号の該当箇所を要約のうえ比較したものが下表であり、この内容をまとめたものが以下①から③となる。 ここで注意したいのは、業績指標に基づき「無償で取得され、又は消滅する数」が決まる方式での業績連動給与は、法人税法34条1項3号においては新株予約権に限定され、株式が含まれていないという点である。 そのため、業績連動給与として株式を交付する場合には、事後交付、つまり業績指標に基づき交付される株式数が算出された後に、当該数の株式を交付する方式が想定されており、業績目標達成を前提とした数の株式を一旦交付し、業績目標の「不」達成度に応じて株式が無償取得されるという、いわば事前交付型は、損金算入可能となる業績連動給与としては認められていないように見受けられる。 この点については、今後、当局による解説等において明らかとされるか注目したい。 (3) 指標の選択肢の拡大 支給額等の算定方法において用いることができる「指標」は、平成29年度税制改正により一層拡充された。具体的には、まず、一事業年度における指標の数値ではなく、複数事業年度における指標の数値を用いることが認められた。例えば、職務執行期間における将来のある時点の指標数値や、職務執行期間における一定期間の利益の平均額などを指標として用いることが認められる。 また、平成28年度税制改正により導入された「利益の状況を示す指標」(法人税法施行令69条10項)に加え、「株式の市場価格の状況を示す指標」(法人税法施行令69条11項)及び「売上高の状況を示す指標」(法人税法施行令69条12項)が追加された。なお、「売上高の状況を示す指標」については、他の2つの指標と同時に用いる場合のみ利用が認められる。 また、「利益の状況を示す指標」及び「売上高の状況を示す指標」について、有価証券報告書に記載されるものに限るとの要件は、平成29年度税制改正によっても変更はない。「株式の市場価格の状況を示す指標」に関しても、時価総額等、発行済株式総数を用いる場合には、有価証券報告書に記載される数を用いることが求められている(法人税法施行令69条11項3号)。 さらに、上記(1)記載のとおり、非同族法人の完全子会社の役員も業績連動給与の支給対象として認められることとなったが、この場合には、有価証券報告書提出会社である非同族会社(つまり、上場会社たる親会社)の「株式の市場価格の状況を示す指標」や、当該上場会社が提出する有価証券報告書に記載される指標を用いることとされている(法人税法施行規則22条の3第4項)。 (4) 手続要件-対象範囲拡充に伴う見直し 上記(1)から(3)の要件拡大に伴い、業績連動給与に関する手続的な要件についても下表のように一部改正された。 まず、算定方法に関する要件であるが、表の(A)②の要件に関しては、非同族法人の完全子会社に係る適正な手続(表の(注1))は、当該非同族法人(つまり親会社)の報酬委員会等が決定し、これに従った当該子会社の株主総会又は取締役会の決議を経ることとする旨、整理された(法人税法施行令69条16項)。 同様の状況において、表の(A)③の有価証券報告書における開示の要件は、非同族法人の完全子会社に関しては、当該非同族法人(つまり親会社)の有価証券報告書への記載により満たすことができるとされた(表の(注2))。 次に、表の(B)の交付時期に関する要件についても、支給手段として、金銭のほか、株式及び新株予約権が加わったことに対応する改正がなされている。なお、複数の指標を用いる場合には、最も遅い確定時から起算し、また、金銭と株式又は新株予約権とを合わせて支給する場合には、確定後2ヶ月以内とする旨、規定されている(法人税法施行令69条17項1号イ)。 上記のほか、「損金経理」の意義を明確化する改正も行われている(法人税法施行令69条19項)。 3 その他の留意点 (1) 業績連動給与の選択肢の拡大との側面 業績連動給与については、その要件が拡大(緩和)された結果、業績達成度に応じて交付される株式数が決定される株式交付信託、株価相当の現金を役員に交付するファントム・ストック、また、対象株式の市場価格が予め指定された価格を上回る場合に、その差額部分の現金を交付するストック・アプリシエーション・ライト(SAR)等も業績連動給与として損金算入が認められ得ることとなった。 もっとも、従来同様、その額又は数は、客観的な算定方法により一義的に定まることが必要であり、社長等の裁量の余地を残す算定方法である場合には、業績連動給与として損金算入することは認められない点には引き続き留意する必要がある。 (2) 損金算入の厳格化との側面 上記のとおり、平成29年度税制改正については、損金算入可能となる業績連動給与の選択肢が拡大したとの側面がある一方、退職給与のうち業績に連動するものは、業績連動給与の要件を満たす場合に損金算入が認められ、また、新株予約権についても、事前確定届出給与又は業績連動給与の要件を満たす場合に損金算入が認められるとのいわば厳格化の側面もある。 ただし、これらの厳格化に関する改正は、本年10月1日以後(新株予約権についてはその発行決議が本年10月1日以後となるもの)から適用されることとされている(所得税法等の一部を改正する等の法律(平成29年法律第4号)附則1条3号ロ及び14条)。 (連載了)