税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第54回】 「対象不動産の確定後に実施する様々な役所調査」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回は、対象不動産の「確定」と「確認」の意義について述べましたが、今回は、対象不動産を確定した後に不動産鑑定士が実施する様々な役所調査について、その概要を述べていきます。 役所調査は不動産の価格(賃料)を求める上で欠かすことのできないものであり、その主な目的は、行政上の様々な規制(秩序的な街づくりを行うための土地利用規制や建築規制等)が対象不動産の価格(賃料)に与える影響度を把握することにあります。 調査の対象は、対象不動産が都市計画法や建築基準法等の規制をどのように受けるのかという点から始まり、土壌汚染対策法や文化財保護法による規制等まで及びます。それだけでなく、自治体の条例により都市計画法や建築基準法の規制が一部緩和(あるいは強化)されたり、自治体独自の利用規制が設けられたりしているケースもあります。 不動産鑑定士が鑑定評価額を求める前に実施しているこのような調査のイメージは、鑑定評価の依頼者(又は鑑定評価書の読み手)にはなかなか伝わってきません。役所調査は鑑定評価の背後に潜んでいる地道な作業ですが、鑑定評価の基本中の基本であり、すべての原点ともいうべきものです。 2 役所調査の概要 以下、対象不動産の確定に必要な資料(登記事項証明書、公図、建物図面等)の収集は終了しているという前提で解説を進めます。 その後に実施する役所調査ですが、具体的には以下の項目に区分されます。 それぞれのイメージを要約すれば以下のとおりです。 3 市区町村役場での土地利用規制に係る調査 (1) 都市計画区域、用途地域等 最初に、対象不動産が都市計画区域内にあるか(都市部の土地はほとんどがこの区域内にあります)、都市計画区域内にある場合には市街化区域内か(都市部にあればその多くはこの区域内にあります)、市街化調整区域内か、そのどちらにも属さない区域(いわゆる非線引都市計画区域)内にあるかを確認します。 次に、対象不動産が市街化区域内に所在する場合、その場所がどのような用途地域に指定されているかを確認します(例えば、その場所が第1種低層住居専用地域に指定されていれば、そこで建築が認められる建物は戸建住宅が主体となります。また、第1種中高層住居専用地域に指定されていれば中高層の共同住宅(マンション)が主体となります)。 用途地域にはこれらのほか、第2種低層住居専用地域、第2種中高層住居専用地域、第1種住居地域、第2種住居地域、準住居地域、田園住居地域、近隣商業地域、商業地域、準工業地域、工業地域、工業専用地域があり(全部で13種類)、街づくりの観点から用途地域ごとに建築可能な建物の用途が規制されています。 このほかにも、特別用途地区、高度地区、高度利用地区、地区計画等の指定の有無も調査しますが、詳細は割愛させていただきます。 (2) 建蔽率、容積率 建蔽ぺい率とは、建築物の建築面積(大まかには1階部分の床面積)の敷地面積に対する割合を指し、容積率とは建築物の延べ面積(各階の床面積の合計)の敷地面積に対する割合を指します。 これらの割合は都市計画において用途地域ごとに指定されており、特に第1種中高層住居専用地域のようにマンションが多く立ち並ぶ地域や商業地域等では、容積率のいかんは建築可能な床面積の大小に影響を及ぼし、結果として土地価格の水準にも影響を及ぼすため、特に重要となります。 それだけでなく、前面道路の幅員のいかんにより、実際に使用可能な容積率の方が都市計画で指定された容積率よりも少なくなるケースがあるため、(後掲のとおり)道路に関する調査も不可欠とされてきます(道路幅員と容積率の関係は【第27回】で詳細な解説を行っているため割愛させていただきます)。 (3) 防火地域又は準防火地域の指定の有無 これらは都市計画で指定されますが、指定されている場合には建築基準法の規定により、(階数や規模等により)建築物の構造を耐火建築物等の延焼防止の性能を有するものとしなければならない等の制限が課されます。 (4) その他 対象地の用途(利用状況)に応じて、農地法や森林法による規制、自然公園法による規制、土地区画整理法による規制、いわゆる土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域(土砂災害特別警戒区域)の指定の有無、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律に基づく急傾斜地崩壊危険区域の指定の有無、河川法による規制、港湾法による規制、宅地造成及び特定盛土等規制法等も調査対象となってきます。 また、都道府県(政令指定都市)ごとに定められている建築安全条例や宅地開発指導要綱等の確認も必要となります。 4 対象不動産が接している道路の幅員や性格に関する調査 都市計画区域内の建築物の敷地は道路(原則:幅員4m以上)に2m以上接していなければならないとされ、この場合の道路とは建築基準法における一定の要件を満たすことが必要となります(その詳細も【第27回】で述べたため、ここでは割愛させていただきます)。 5 対象地が土壌汚染対策法に基づく区域指定を受けているか否かの調査 土壌汚染対策法に基づいて指定される区域には、「要措置区域」と「形質変更時要届出区域」とがあり、不動産鑑定士は都道府県の環境関係の窓口で指定の有無を確認しています。 なお、「要措置区域」とは、土壌汚染調査の結果、(ア)当該土地の土壌の特定有害物質による汚染状態が環境省令で定める基準に適合せず、(イ)人の健康に係る被害が生じる等のおそれがある土地を対象として指定されるものです(この区域では土地の形質変更が禁止されます)。 また、「形質変更時要届出区域」は、上記(ア)に該当するが、(イ)には該当しない土地を対象として指定されます(この区域では、土地の形質変更に当たっては事前に(=14日前までに)都道府県知事に届出が必要となります)。 6 対象地が埋蔵文化財包蔵地の指定を受けているか否かの調査 文化財保護法では、埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地を「周知の埋蔵文化財包蔵地」と呼んでいますが、対象地がこれに指定されており、そこで土木工事等を行う場合、事前に(=60日前までに)文化庁長官に発掘届を提出しなければならないこととされています。そして、土地所有者(開発事業者)から発掘届が提出された場合、試掘や確認調査が行われますが、その結果、地中に遺構や遺物ありと判定されれば教育委員会との間で埋蔵文化財の保存についての協議が行われることとなります。 これらをはじめ、埋蔵文化財包蔵地の指定を受けている土地については利用上の制約を受けるケースがあるため、その指定の有無は欠かせない調査事項です。 7 その他 以上述べた項目のほかに、対象建物内にPCB(=ポリ塩化ビフェニル)廃棄物が保管されているか否かの調査も都道府県の環境関係の窓口にて行っています。 PCB廃棄物を保管する事業者は、ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法(略称:PCB特別措置法)に基づき、その保管状況について都道府県知事に届出が必要とされており、都道府県の窓口では届出がなされているものについて台帳を作成していることから、不動産鑑定士はこれを閲覧の上、確認を行っています。 8 まとめ 冒頭に述べたように、不動産鑑定士が相応の時間を費やして事前に役所調査を行っているということは依頼者の目に届かないものです。しかし、この段階で誤りがあった場合、それが鑑定評価額の誤りに直結する危険性が大きく潜んでいるため、調査には細心の注意を払っていることはいうまでもありません。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第13回】 「登記事項等に関する改正」 ~法人識別事項の登記事項化~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 本連載【第12回】でも解説をしたが、いわゆる所有者不明土地問題や空き家問題に対応するために行われた民法等の一部改正により、不動産登記法等も改正され、令和6年4月1日から新しい登記事項が加わるなどの改正が行われた。今回は改正内容のうち、「法人識別事項の登記事項化」について解説を行う。 1 法人識別事項の登記事項化の意義 法人が所有権を取得する登記等を行う場合に、以下の「法人識別事項」が登記事項とされた(不動産登記法73条の2)。 ※なお、所有権の登記名義人が、国や地方公共団体又は相続財産法人である場合には、法人識別事項の登記を要しないものとされている。 所有者不明土地問題や空き家問題に対応するためには、問題となっている土地や建物の所有者に対して連絡が取れる状態にすることが必要である。 会社法人等番号が登記されていれば、商号が同一あるいは類似している法人が多数存在する場合でも、所有者である会社等を特定することができる。また、会社法人等番号を有しない外国法人等であっても、設立準拠法国や設立根拠法が分かれば、詳しく調査を行ったり、対応に必要となる手続について手がかりを掴んだりできるようになるなどの効果がある。 【会社法人等番号が登記された場合の登記記録例】 【設立準拠法国が登記された場合の登記記録例】 【設立根拠法が登記された場合の登記記録例】 2 法人識別事項の申出制度 令和6年4月1日以降に所有権を取得する登記や、商号や本店の所在場所の変更登記をする法人については、会社法人等番号等の法人識別事項を登記することとされている。 令和6年4月1日時点において、すでに不動産の所有権を取得している法人については、別途「法人識別事項の申出」制度が設けられており、法務局に対して法人識別事項の申出を行うことができる。申出にあたって登録免許税は非課税となる。 令和8年4月1日以降、会社法人等番号を持つ法人については、所有する不動産の登記記録に会社法人等番号が記録されていれば、会社の商号や本店の所在場所の変更登記を行った場合、登記官が職権で所有する不動産の商号や本店の所在場所の変更登記を行ってくれることも想定されており、申出を行うメリットがあるといえる。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第13回】 「どんなとき役立つ? 生命保険の2つの役割」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇保険に加入する意味 生命保険文化センターの2022年度「生活保障に関する調査」によると、日本人の約8割は生命保険に加入しているということです。この8割という数字は30歳代以降ずっと変わらず、70歳代以降においても、男性で72.5%、女性で78.8%と高い数字が維持されています。 よく日本人は保険好きと言われますが、そもそも保険とはなんのために加入するのでしょうか。おそらく多くの方は、口をそろえて「リスクに備えるためだよ」とおっしゃるでしょう。しかし、保険で備えるべきリスクとは、一体なんなのでしょうか。 保険会社のCMなどでは、「今は2人に1人ががんになる時代」といった言葉を聞くことがあります。「だから、がん保険で備えましょう」ということですが、保険に加入したからといって、がんにならないというわけではありません。「保険はお守り」などと言う方もいますが、保険で健康は守られません。 では、保険は実際にはどのような場面で役に立つのでしょうか。生命保険には、主に2つの役割があります。 〇経済的損失をカバーできる 生命保険の1つ目の役割は、経済的な損失をカバーすることです。例えば、がんの治療のために、しばらく会社を休職するとしましょう。多くの場合給与の支払いはなくなりますが、その代わり健康保険から傷病手当金が給付されます。金額は給与の3分の2で、最長1年半働けない期間をサポートします。 傷病手当金はありがたい制度ですが、それでも収入は減少します。そのうえで、医療費は高額療養費制度によって自己負担上限額があるとはいえ、一定額までの支払いが発生します。 つまり、病気になっても家族にはできるだけ普段通りの生活をさせてあげたいと思えば、収入の減額と支出の増額における経済的な損失を、保険で合理的にカバーする必要があります。これが保険の役割です。 「年を取ると病気になるリスクが高まりますよね」といって高齢者に保険を勧めるというのも、実は保険の役割から考えると合理的ではありません。なぜなら、年金生活者が病気になっても年金額は減額されませんし、医療費の自己負担割合も低いですから、支出が大幅に増えることもありません。つまり、経済的損失が小さいので、保険の必要性は低いのです。 経済的損失で考えると、子どもが小さい時に家計を支える親が亡くなるリスクはとても大きいと言えます。したがって、生命保険は万が一の時に遺族が安心して暮らせるように、大きな保険金額で契約するのが一般的です。 一方、子どもが成人し経済的に支える必要がなくなった場合、もはや生命保険の役割は終わったと言えるので、生命保険を解約する方も多いです。 〇相続対策に活用できる 生命保険の2つ目の役割は、相続対策です。生命保険を活用すれば、相続税を圧縮することや、指定した人に確実に財産を渡すことができます。 相続税には基礎控除(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)がありますが、生命保険金については、基礎控除とは別に、一定額が非課税とされています。生命保険金の非課税限度額は、「500万円 × 法定相続人の数」という計算式で求めます。 生命保険金の非課税枠をうまく活用することで、相続税の負担を軽減することができます。以下の具体例で確認してみましょう。 〈相続税のかかる財産が1億円で、法定相続人が3人のケース〉 (※) 分かりやすくするため、数値を単純化しています。 当然ながら、課税対象が5,200万円になるのか、3,700万になるのかの違いは大きく、相続対策として保険は有効であることがご理解いただけると思います。 また、生命保険の保険金は、予め受取人を指定することができますから、被保険者死亡時には、その指定受取人に保険金が支払われます。これは受取人の固有の財産となりますので、スムーズにお金を渡せるというメリットがあります。 * * * 保険は身近な金融商品であり、経済的損失をカバーするという機能においては非常に優れた仕組みです。しかし、身近な存在だからこそ、その役割を理解せず、なんでもかんでも保険で対処しようという風潮があるのは否めません。ぜひ正しい知識を身に付け、保険を効果的に活用しましょう。 (了)
《速報解説》 「グループ監査における特別な考慮事項」の公表に伴い、 会計士協会が「監査ツール(実務ガイダンス)」を見直す改正 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年6月13日付けで(ホームページ掲載日は2024年6月17日)、日本公認会計士協会は、「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」を公表した。 これにより、2024年3月21日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 これは、監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 「《3.グループ監査における特別な考慮事項》」について、監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」を受けた記載に改正されている。 次の様式についても大きく変更されている。 (了)
《速報解説》 金融庁、「財務諸表等規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表 ~GM課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱いを受けて規定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年6月14日、金融庁は、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。 これは、「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第46号)を受けたものである。 意見募集期間は2024年7月16日までである。 Ⅱ 主な改正内容 財務諸表等規則について次のように改正する(連結財務諸表規則も基本的に同様に改正する)。 財務諸表等規則ガイドライン及び連結財務諸表規則ガイドラインも改正する。 Ⅲ 施行日等 公布の日から施行する予定である(経過措置に注意)。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和6年分の予定納税減額申請書に関し、 定額減税の追加のみを理由とする申請書の簡易的な記載方法を示す Profession Journal 編集部 国税庁は6月11日に「令和6年分所得税及び復興特別所得税の予定納税額の7月(11月)減額申請書」及び「令和6年分所得税の予定納税における定額減税の取扱いについて」を公表した。 予定納税の対象となる事業所得者や不動産所得者等の個人事業主(予定納税基準額15万円以上)は、既報のとおり定額減税によって、令和6年分の予定納税額は、第1期分から本人分の定額減税の控除額(3万円)が差し引かれる。 また、同一生計配偶者や扶養親族1人につき3万円の定額減税の控除額を予定納税額から差し引く場合は、所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請手続を行う必要がある(令和6年分の合計所得金額の見積額が1,805万円以下の居住者に限る)。 この際、定額減税の追加のみを理由とする減額申請については、簡易的な記載が認められており、今回公表された国税庁リーフレット「令和6年分所得税の予定納税における定額減税の取扱いについて」では、簡易的な記載方法とした減額申請書の記載例が下記のとおり示されている。 (※) 国税庁ホームページ「令和6年分所得税の予定納税における定額減税の取扱いについて」から抜粋 なお、7月の減額申請については、基準日を令和6年6月30日とし、申請書の提出期間は同年7月1日(月)から7月31日(水)まで、11月の減額申請については、基準日を令和6年10月31日とし、申請書の提出期間は同年11月1日(金)から11月15日(金)とされている。 (了)
《速報解説》 令和6年能登半島地震に係る国税の申告・納付等の延長期限は 一部地域を除き、令和6年7月31日 Profession Journal編集部 既報のとおり、国税庁は、令和6年能登半島地震の発生を受け、石川県及び富山県に納税地のある個人・法人を対象とした令和6年1月1日以降に到来する国税の申告・納付等の期限を延長する措置を公表していた。 具体的な延長期限については被災者の状況に十分配慮しつつ検討するとしていたところ、本日付の官報(令和6年6月14日(本紙第1243号))にて次に掲げる地域(指定地域のうち石川県七尾市、輪島市、珠洲市、羽咋郡志賀町、鳳珠郡穴水町及び鳳珠郡能登町を除いた地域)に納税地がある個人・法人については、令和6年7月31日を期限とする旨が告示された。 ただし、令和6年能登半島地震の影響により期日までに申告・納付等ができない場合には、所轄税務署長に申請して承認を受けることにより、引き続き期限延長措置を受けることは可能とされ、また、申告は可能であっても、令和6年能登半島地震により財産に相当な損失を受けた場合や、国税を一時に納付することが困難な場合、所轄税務署長に申請することにより、原則として1年以内の範囲で、納税の猶予を受けることができるとされている。 なお、上記のとおり今回対象とならなかった地域(石川県七尾市、輪島市、珠洲市、羽咋郡志賀町、鳳珠郡穴水町又は鳳珠郡能登町)に納税地がある個人・法人の申告・納付等の延長期限は、今後、被災者の状況にも十分配慮して検討するとしている。 (了)
2024年6月13日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.573を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第132回】 「消費税法上の実質行為者課税の原則(その5)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅳ 所得課税法における実質課税の原則との径庭(承前) 4 本件判決(承前) これまで見てきたとおり、所得税法や法人税法における実質所得者課税の原則の建付けは、原則を法律的帰属説により捉え、例外的に、信託税制を経済的帰属説によって説明するという構図であった。 これらの法律において、所得税法12条と13条、法人税法11条と12条は、いずれも「第4章 所得の帰属に関する通則」と位置付けられているのである。 そして、所得税法12条及び法人税法11条が法律的帰属説を採用し、所得税法13条及び法人税法12条がその例外として経済的帰属説を採用する関係にあると解されてきた。 これに対して、消費税法はどのような整理であろうか。消費税法13条と14条は何らかの同一の章として括られているわけではないのである。所得税法や法人税法が「所得の帰属に関する通則」と位置付けていたのとは異なる整理といえよう。 このことからも、消費税法13条と同法14条を同じ実質行為者課税の原則と一括りにすること自体に躊躇を覚えるところであり、同法13条が実質的な譲渡等を行う行為者を認定する規定であるのに対して、同法14条は実質的に譲渡等を行う行為者の規定ではなく、単なる「みなし規定」であると整理すべきであるように思われるのである。すなわち、実質行為者の規定としての消費税法13条は自己完結的な規定であるというべきではなかろうか。 そして、そのことは一般的な法律の適用における実質性重視の考え方と幾分も異なるところがないのであるから、法律的帰属説における創設規定説を採用する余地はないというべきであろう。したがって、本件判決は、確認規定説に立ちながらも、消費税法13条の要件を重視する考え方を採用しているとみるべきであると思われるところ、確認規定説においてはダイレクトに文理解釈を重視するべきという結論は当然の事理ではないと思われるのである。 Ⅴ 問屋と相手方との間の法律効果 本件判決は、「問屋と相手方との間の売買契約に係る経済的利益は問屋ではなく委託者に帰属するものであり、XがA場において行っている牛枝肉取引においても、Xがこれにより得る経済的利益はXが委託者(出荷者)から収受する委託手数料(卸売金額の100分の3.5)であって、当該売買契約に係る売買代金のうち、かかる委託手数料や諸費用等を控除した金額(せり売等に係る価格に数量を乗じて得た額の合計額に100分の105を乗じて得た額から委託手数料及び委託者の負担となる費用の額を控除した金額)は、売買仕切金として、Xから委託者(出荷者)に支払われる」とし、「このことからすれば、A場においてXが問屋として行う牛枝肉取引による牛枝肉の譲渡に係る対価を享受するのはXではなく委託者(出荷者)であるといえそうであるが、・・・資産の譲渡等を行った者の実質判定はその法的実質によるべきものであるところ、・・・牛枝肉取引の法的実質として、法律上資産(牛枝肉)の譲渡等を行ったとみられる者すなわち問屋であるXが、単なる名義人にすぎず、当該資産(牛枝肉)の譲渡等を行ったものではないということはできないものと解するのが相当である。」とする。 実質的に名義人であるか否かということが重要なのではなく、Xと委託者のいずれが法律的な意味での経済的利益の享受者かということを明らかにすることが求められるのではなかろうか。 ここでは、経済的利益の享受者を判定するに当たって、法律的に経済的利益を享受する権利を有する者が誰かという点に関心を置く必要があるのではなかろうか。 けだし、経済的帰属説とは経済的利益を享受した人が誰であるのかという現実的な観点から実質的な行為者を観察するのに対して、法律的帰属説とは、経済的利益を享受する権利を有する人が誰であるのかというあるべき姿を模索する観点から実質的な行為者を観察する規定であるからである。 そもそも、消費税法13条は確認的規定であるのであるから、同条が「法律上の名義人」という表現を採用しているからといって、そこにいう「名義人」という概念に縛られる必要などないのではなかろうか。ことさらに「名義人」該当性を論じる意味はなく、実質的に経済的利益を享受する権利を有する者を法律的に眺めればよいはずである。 本件判決が示すとおり、問屋は、問屋自身が権利義務の主体となって、経済的利益を他人に帰属させて物品の販売又は買入を行うことを業とするものであって、当該物品の販売ないし買入という売買契約に係る問屋と相手方との関係(外部関係)は、問屋が当該売買契約の当事者、すなわち権利義務の主体となるものであり、一方、問屋と委託者との関係(内部関係)は、委託関係となる。 そして、問屋と相手方(外部の取引先)との間の売買契約に係る経済的利益は、法的にみれば、問屋ではなく委託者に帰属すると解されるのではなかろうか。 すなわち、別言すれば、法律効果の帰属を考えると、売買契約などの外部関係における法律効果はそのまま委託者に帰属するとする立論もあり得るのではなかろうか。 もっとも、委託者と受託者である問屋との委託契約内容の本旨から離れた行為をした場合の当該法律効果は委託者には及ばないことも事実であるから、本件事案における法律効果が権限踰越等のために委託者に帰属しないものであるという例外的な場合を除けば委託者の譲渡行為とみるべきであったようにも思われるのである。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第27回】 「国税通則法第7章の2」 -質問検査総説- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 1 第7章の2の条文構成 国税通則法第7章の2は、以下の各規定によって構成されている。以下では条名とその見出しのみを記しておく。 2 第7章の2の沿革と評価 国税通則法第7章の2は平成23年度[11月]税制改正における同法の改正によって創設されたが、その創設は、「昭和36年の国税通則法制定に関する答申では、質問検査権を統一的に同法に盛り込むべきとしたが、質問検査の内容や態様がかなり相違するとして見送られた経緯がある。」(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)148頁[舘彰男執筆])といわれる、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)の答申内容の単なる「復活」ではない。 そもそも、税制調査会・前掲答申は、「当調査会において審議の対象としてとりあげた一応の素材的な試案」(3頁)のうち「第7章 記帳義務及び調査(記帳義務、質問、検査、諮問等)」(同頁)を、「われわれが特に重点的に検討することを必要と認めた主な事項」(4頁)の1つである「第五 記帳義務及び質問検査権等」(14頁)の「二 質問、検査及び諮問」(15頁)として、「1 質問、検査及び諮問の対象となる者の範囲」(同頁)、「2 質問、検査及び諮問の権限の行使と税務官署の管轄区域との関係」(同頁)、「3 質問、検査及び諮問の方法等」(16頁)及び「4 特定職業人の守秘義務と税法に基づく質問、検査の権限の行使との関係」(同頁)の4つの事項について答申したが、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)は、同答申における検討の「考え方」(80-81頁。下記ⓐ)及び「結論」(82頁。下記ⓑ)について以下のとおり説明していた(下線筆者)。 以上の説明からは、税務職員の質問検査権等の行使ないし規定について、「租税行政上の公平」・「課税の公平」と「納税義務者の負担」・「私生活の平穏」・「国民の基本的権利」との密接な「交錯」関係(場合によっては対立関係にもなり得ることは想定されていたと思われる)が認識されていたことを読み取ることができるが(上記ⓐ第1段落、ⓑ第1段落参照)、質問検査権等の制度の整備については、「これらの権限をどのように定めるかは、国民の納税道徳、税務職員に対する信頼の程度、社会慣習等に依存する。」(上記ⓐ第2段落)あるいは「これらの規定は可能な限り明確でかつ理解しやすいものであることが要請される。」(上記ⓑ第1段落)と述べられていたにとどまり、税法における適正手続の保障すなわち手続的保障原則(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【27】参照)の実現に向けた意識は希薄であったように思われる。 したがって、税制調査会が「現行制度を基本的に維持することが適当である」(前記ⓑ第2段落)とした以上、「[現行制度に関する規定に]かなり不備・不統一が目立つので、特定の税目に特有なものは別として、可能な限り、この制度に関する規定を整備統一して国税通則法に規定することとすべきである」(前記ⓑ第3段落)と説明しても、それは、「専ら、法律体系の整備の観点から考えられたもの」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)29頁)にすぎなかったが故に、「実際問題として、各税法の規定をみると、果たしてこれを統一的にうまくまとめて規定できるかどうかがはなはだ疑わしいのである。というのは、まず、直接税と間接税とにおいて、前者がいわゆる人税であり、後者はいわゆる物税であることから、質問検査の内容や態様が両者間においてかなり顕著に相違しているものがある。」(同頁)等の状況に鑑みると、「これを国税通則法にまとめる必要性や実益も大してないのではないかということになるわけで、こうした考えから、政府としてはその立案を見合わせることとしたものである。」(同30頁。大蔵省主税局「国税通則法の制定について」税法学132号(1961年)27頁、28頁も参照)という結末に終わったことも、無理からぬことであったといえよう。 このような結末は、国税通則法制定前に各税法に定められていた質問検査に関する規定が基本的にそのまま維持されることになったことを意味するが、そのような法状態を前提にして所得税法の質問検査権規定の合憲性及び解釈について最高裁の判断が示された(最高裁の判断に関する以下の検討については、谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第38回参照)。 まず、川崎民商事件・最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(以下「昭和47年最大判」という)は次の判示(下線筆者)等により憲法35条等適合性を認めた。 次に、荒川民商事件・最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(以下「昭和48年最決」という)は、昭和47年最大判の上記判示を受けて、次のとおり判示した(以下「判旨A」という。下線筆者)。 その上で、昭和48年最決は所得税法の質問検査権規定に関する解釈を次のとおり示した(以下「判旨B」という。下線筆者)。 昭和48年最決の判示のうち判旨Aは、昭和47年最大判の前記判示を要約したものと解される。この点、最高裁の両判断は、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係について、「一般的権限と一般的受忍義務という構造」(柴田孝夫「判解」最判解刑事篇(昭和48年度)99頁、103頁)に基づき「いわゆる租税権力関係説的な理解」(同頁)を示した点では、基本的に同じ立場に立つものと解されているところである(同頁参照)。そこでは、質問検査について税務官庁側が「一般的権限」を有し納税者が「一般的受忍義務」を負うという一方的な関係が「租税権力関係」といわれているものと解される。 そこでいう「権力関係」は、勿論、実力行使を伴う直接的物理的強制を要素とする「ナマの権力関係」ではなく、税法が「国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現する」(昭和47年最大判)という立法政策的考慮に基づき間接的心理的強制という法技術を用いて認めた「立法政策的・法技術的な権力関係」にとどまるものと解される。昭和48年最決に関する調査官解説も、「本決定においては、徴税方式自体はいずれかといえば一つの技術であるにとどまるとする見解が採られているということになろうか。」(柴田・前掲「判解」103頁)と述べているところである。 とはいえ、その立法政策的・法技術的な権力関係は、調査妨害犯としての処罰可能性による間接的心理的強制(前記判旨A参照)という形で現れているだけでなく、質問検査に関する税務職員の広範な裁量(前記判旨B参照。以下「調査裁量」という)という形でも現れていると考えられる。税務職員が質問検査の相手方を調査妨害犯により告発することは実際にはほとんどなく、稀に起訴され有罪とされた場合でも罰金額は少額にとどまるのが通例であること(前掲拙著【137】参照)を考えると、むしろ後者の調査裁量こそがそのような権力関係を具現するものといってよかろう。 そこで、税務官庁による調査裁量の行使が恣意にわたることのないよう「調査裁量の法的統制」が学説で議論されてきた(その議論については差し当たり曽和俊文『行政調査の法的統制』(弘文堂・2019年)325頁以下参照)。その際、昭和47年最大判、昭和48年最決及び千葉民商事件・最判昭和58年7月14日訟月30巻1号151頁について次のような評価(金子宏「税務情報の保護とプライバシー」租税法研究22号(1994年)33頁、39-40頁。下線筆者)がされていたことが注目される。 勿論、質問検査の要件、手続等については多数の裁判例が積み重ねられ(例えば所得税の分野における裁判例について詳しくは注解所得税法研究会『注解所得税法〔5訂版〕』(大蔵財務協会・2011年)第21章第2節参照)、また、課税実務においても整備・改善が図られてきた(国税庁編『国税庁五十年史』(大蔵財務協会・2000年)230頁以下、274頁以下、等参照)。 ただ、「調査裁量の法的統制」に対する本格的な立法的対応は、平成23年度[11月]税制改正まで待たなければならなかった。この税制改正に係る「平成23年度税制改正大綱」(平成22年12月16日閣議決定)は、「第2章 各主要課題の平成23年度での取組み」の「(3)税務調査手続」の見出しの下で次のとおり述べた(6頁)。 この大綱に基づく法案の作成及び修正を経て(その間の「攻防」については日弁連税制委員会編・前掲書24頁以下[三木義一執筆]参照)、「[提出前の法案の原案のうち]税務調査手続に係る規定の大部分が残り、従来は運用に委ねられていた手続の根拠規定ができた」(同38頁[同])とされるが、これによる国税通則法の改正については、特に昭和48年最決との関係で次のような肯定的評価(同152頁[舘彰男執筆])がされている。 この評価にみられるように、かつてはその実現に向けた意識が希薄であった手続的保障原則が質問検査手続において重視されることになったことの意義は大きいといえよう。このことは、質問検査手続における「納税者と課税庁との対等性」(三木義一「租税手続法の大改革」自由と正義63巻4号(2012年)35頁、42頁)の形成ひいては租税債務関係説の貫徹(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)845頁[初出・1995年]、898頁注(3)[初出・2020年]参照)に寄与し、昭和48年最決にみられた質問検査手続の「いわゆる租税権力関係説的な理解」(柴田・前掲「判解」103頁)を克服したものといえるのである。次の評価(品川芳宣『国税通則法講義―国税手続・争訟の法理と実務問題を解説―』(日本租税研究協会・2015年)79-80頁)もこのことは認めるのであろう。 また、行政調査手続一般との関係でも、次のような肯定的評価(曽和俊文「税務調査判例の展開と行政調査論」論究ジュリスト3号(2012年)47頁、55頁)がされているところである。 最後に、国税通則法第7章の2に対する総括的評価として次の評価(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)995頁)を挙げておく。 (了)