公開日: 2021/01/21 (掲載号:No.403)
文字サイズ

値上げの「理屈」~管理会計で正解を探る~ 【第10回】「価格弾力性を理解する」~「マニア」にロック・オン!~

筆者: 石王丸 香菜子

値上げ「理屈」

管理会計で正解を探る~

【第10回】

「価格弾力性を理解する」

~「マニア」にロック・オン!~

 

公認会計士 石王丸 香菜子

 

登場人物

PNガーデン社は、ガーデニング用品の製造・販売や生花の販売などを手がける会社です。新製品発売に関する会議に向けて、リミちゃんとカケイくんが資料を作成しています。

〈ノハラ社長〉
私は取引先に電話をかけてくるから、資料の作成を頼むよ。

〈カケイくん〉
はい、わかりました。

〈リミちゃん〉
新製品は『デジタル・ポット2.0』と『セルフ・プランター』かぁ。
どんな製品かしら?

〈カケイくん〉
1つ前の世代の『デジタル・ポット1.0』が これ!
僕は発売初日に買ったんだ! すごいでしょ!

〈リミちゃん〉
・・・どうすごいんですか?

〈カケイくん〉
これはね、植物の世話をする最先端の植木鉢さ。
内蔵センサーが働いて、植物に適した水分や肥料を自動補給してくれる。しかもインターネット接続できて、離れていてもスマホで植物の状態を把握できるんだ!
類似品を扱うメーカーはほとんどないんだよ。

〈リミちゃん〉
私はジョウロで水やりするほうが好きですけど・・・、カケイさんみたいなマニアにはたまらない製品ですね。

〈カケイくん〉
新製品の『デジタル・ポット2.0』は、更に機能が追加されて・・・。

〈リミちゃん〉
わっ!
販売予定価格11,000円? 結構高い!

〈カケイくん〉
そう?

《デジタル・ポット2.0/販売計画》

*  *  *

カケイくんのような新製品好きのマニア、あなたの周りにもいませんか?
新製品の発売を待ち望み、即座にゲットする新しい物好きの人は、一定数いるものです。

新製品が世の中に普及していくプロセスを説明する考え方として、『イノベーター理論』が知られています。新製品をまず購入するのは、「イノベーター」と呼ばれるマニア層です。新しい物や最先端の物が大好きで、高価格でも新製品を購入する傾向があります。その後に新製品を購入するのは、「アーリー・アダプター」と呼ばれる層です。マニアではありませんが、流行や世の中の動向に敏感で、自らが良いと判断した新製品を抵抗なく取り込む層です。

新製品の市場投入に際し、こうした層をターゲットとして、あえて高価格設定することを「スキミング・プライシング(上澄み吸収価格設定)」と言います。マニア層や富裕層に狙いを定めてすくい取る(=skim)ということですね。iPhoneの価格戦略などが典型です。

*  *  *

〈リミちゃん〉
販売価格を下げれば、マニア以外にも売れそうですけどね。

〈カケイくん〉
市場調査をもとに、1個当たり5,000円で販売する場合をシミュレーションしたら、確かに販売個数は増えるんだけど、利益が減っちゃうんだよ。

《デジタル・ポット2.0/低価格シミュレーション》

〈リミちゃん〉
販売価格を半値以下にしても需要量はそんなに増えないんですね。しかも販売価格を下げただけ1個当たりの限界利益が減るから、利益はかなり減ってしまうんだわ。

*  *  *

【第2回】でも取り上げましたが、価格が1%下がったとき需要量が何%増えるかを「需要の価格弾力性」と呼びます。『デジタル・ポット2.0』は、販売価格を((@11,000円- @5,000円)÷ @11,000円 ≒)55%下げても、需要量は((6,000個 -4,000個)÷ 4,000個 =)50%しか増加しないので、需要の価格弾力性は(50% ÷ 55% ≒)0.9です。需要の価格弾力性が1より小さい場合、販売価格を下げても大幅に需要量が増えるわけではないので、売上高は減少します。また、販売価格を下げた分、1個当たりの限界利益も減るので、総利益は大きく減少してしまいます。

見方を変えると、需要の価格弾力性が小さい製品は、多少強気に高価格としても販売量が激減しないので、スキミング・プライシングが成功する見込みがあるといえます。

*  *  *

〈リミちゃん〉
『セルフ・プランター』はどんな製品かしら?

〈カケイくん〉
底に貯めた水が自然に吸い上げられて、水やりの手間がかからないプランターだよ。

〈リミちゃん〉
シクラメンはそういう鉢で育てますね。フラワーショップ駅前店で教えてもらいました。

〈カケイくん〉
よく知ってるね!
類似品は他社も販売しているんだけど、『セルフ・プランター』は植物が根腐れしにくいんだ。その秘密は、当社独自の構造に・・・。

〈リミちゃん〉
へぇ、販売価格は800円ですか。お手頃!

《セルフ・プランター/販売計画》

〈カケイくん〉
『セルフ・プランター』は低価格で発売して、一気に市場に広める作戦なんだよ。

*  *  *

新製品の市場投入に際し、一気に市場へ普及するような低価格に設定することを「ペネトレーション・プライシング(市場浸透価格設定)」と言います。『イノベーター理論』の「イノベーター」や「アーリー・アダプター」だけでなく、それ以降に新製品を追随して採用する多数派層も含めた、広い層をターゲットにした戦略です。

※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。

*  *  *

〈カケイくん〉
販売価格をもう少し高くすることも検討したんだけど、例えば1個当たり1,000円で販売する場合をシミュレーションすると・・・。

《セルフ・プランター/高価格シミュレーション》

〈リミちゃん〉
需要量が急激に減りますね。利益も少ないわ。

〈カケイくん〉
他社から類似品も販売されているから、価格の変動が需要量に大きく影響するんだ。

*  *  *

『セルフ・プランター』は、販売価格を((@1,000円 - @800円)÷ @800円 =)25%上げただけで、需要量は((30,000個 -20,000個)÷ 30,000個 ≒)33%も減少してしまうので、需要の価格弾力性は(33% ÷ 25% ≒)1.3です。需要の価格弾力性が1より大きい場合、販売価格を上げると大幅に需要量が減るので、売上高は減少します。

裏返すと、需要の価格弾力性が大きい製品は、販売価格を下げることで一気に需要量が増えるので、ペネトレーション・プライシングが成功する可能性があります。

*  *  *

〈リミちゃん〉
販売価格を上げれば、その分だけ1個当たりの限界利益も増えるはずだけど・・・。
あれ? 20,000個しか生産しない場合のほうが、単位当たり変動費が高いですね。

〈カケイくん〉
『セルフ・プランター』は生産量が増加するとロスが減って単位当たり変動費が下がる見込みなんだ。20,000個しか生産しないなら単位当たり変動費は350円だけど、30,000個生産するなら単位当たり変動費は300円に下がるんだよ。

〈リミちゃん〉
だから、低価格で大量販売するほうが、利益が出るのね。

*  *  *

累積生産量が増加するにしたがって、製品の単位当たりコストが減少していく現象は、「経験曲線効果」と呼ばれます。累積生産量が増えることで、能率が上がったり、作業方法が改善されたりすることが主な要因です。経験曲線効果が強く働くような製品は、大量生産することで単位当たりコストが下がるので、ペネトレーション・プライシングによって利益を得られる見込みがあるでしょう。

*  *  *

〈ノハラ社長〉
資料は完成したかい?

〈リミちゃん〉
はい!

〈ノハラ社長〉
そうか、ありがとう。
そういえば、取引先が新製品のパンフレットを送ってほしいそうだよ。

〈カケイくん〉
発送しておきます!
僕も『デジタル・ポット2.0』を予約しなくちゃ!

(了)

「値上げの「理屈」」は、毎月第3週に掲載されます。

値上げ「理屈」

管理会計で正解を探る~

【第10回】

「価格弾力性を理解する」

~「マニア」にロック・オン!~

 

公認会計士 石王丸 香菜子

 

登場人物

PNガーデン社は、ガーデニング用品の製造・販売や生花の販売などを手がける会社です。新製品発売に関する会議に向けて、リミちゃんとカケイくんが資料を作成しています。

〈ノハラ社長〉
私は取引先に電話をかけてくるから、資料の作成を頼むよ。

〈カケイくん〉
はい、わかりました。

〈リミちゃん〉
新製品は『デジタル・ポット2.0』と『セルフ・プランター』かぁ。
どんな製品かしら?

〈カケイくん〉
1つ前の世代の『デジタル・ポット1.0』が これ!
僕は発売初日に買ったんだ! すごいでしょ!

〈リミちゃん〉
・・・どうすごいんですか?

〈カケイくん〉
これはね、植物の世話をする最先端の植木鉢さ。
内蔵センサーが働いて、植物に適した水分や肥料を自動補給してくれる。しかもインターネット接続できて、離れていてもスマホで植物の状態を把握できるんだ!
類似品を扱うメーカーはほとんどないんだよ。

〈リミちゃん〉
私はジョウロで水やりするほうが好きですけど・・・、カケイさんみたいなマニアにはたまらない製品ですね。

〈カケイくん〉
新製品の『デジタル・ポット2.0』は、更に機能が追加されて・・・。

〈リミちゃん〉
わっ!
販売予定価格11,000円? 結構高い!

〈カケイくん〉
そう?

《デジタル・ポット2.0/販売計画》

*  *  *

カケイくんのような新製品好きのマニア、あなたの周りにもいませんか?
新製品の発売を待ち望み、即座にゲットする新しい物好きの人は、一定数いるものです。

新製品が世の中に普及していくプロセスを説明する考え方として、『イノベーター理論』が知られています。新製品をまず購入するのは、「イノベーター」と呼ばれるマニア層です。新しい物や最先端の物が大好きで、高価格でも新製品を購入する傾向があります。その後に新製品を購入するのは、「アーリー・アダプター」と呼ばれる層です。マニアではありませんが、流行や世の中の動向に敏感で、自らが良いと判断した新製品を抵抗なく取り込む層です。

新製品の市場投入に際し、こうした層をターゲットとして、あえて高価格設定することを「スキミング・プライシング(上澄み吸収価格設定)」と言います。マニア層や富裕層に狙いを定めてすくい取る(=skim)ということですね。iPhoneの価格戦略などが典型です。

*  *  *

〈リミちゃん〉
販売価格を下げれば、マニア以外にも売れそうですけどね。

〈カケイくん〉
市場調査をもとに、1個当たり5,000円で販売する場合をシミュレーションしたら、確かに販売個数は増えるんだけど、利益が減っちゃうんだよ。

《デジタル・ポット2.0/低価格シミュレーション》

〈リミちゃん〉
販売価格を半値以下にしても需要量はそんなに増えないんですね。しかも販売価格を下げただけ1個当たりの限界利益が減るから、利益はかなり減ってしまうんだわ。

*  *  *

【第2回】でも取り上げましたが、価格が1%下がったとき需要量が何%増えるかを「需要の価格弾力性」と呼びます。『デジタル・ポット2.0』は、販売価格を((@11,000円- @5,000円)÷ @11,000円 ≒)55%下げても、需要量は((6,000個 -4,000個)÷ 4,000個 =)50%しか増加しないので、需要の価格弾力性は(50% ÷ 55% ≒)0.9です。需要の価格弾力性が1より小さい場合、販売価格を下げても大幅に需要量が増えるわけではないので、売上高は減少します。また、販売価格を下げた分、1個当たりの限界利益も減るので、総利益は大きく減少してしまいます。

見方を変えると、需要の価格弾力性が小さい製品は、多少強気に高価格としても販売量が激減しないので、スキミング・プライシングが成功する見込みがあるといえます。

*  *  *

〈リミちゃん〉
『セルフ・プランター』はどんな製品かしら?

〈カケイくん〉
底に貯めた水が自然に吸い上げられて、水やりの手間がかからないプランターだよ。

〈リミちゃん〉
シクラメンはそういう鉢で育てますね。フラワーショップ駅前店で教えてもらいました。

〈カケイくん〉
よく知ってるね!
類似品は他社も販売しているんだけど、『セルフ・プランター』は植物が根腐れしにくいんだ。その秘密は、当社独自の構造に・・・。

〈リミちゃん〉
へぇ、販売価格は800円ですか。お手頃!

《セルフ・プランター/販売計画》

〈カケイくん〉
『セルフ・プランター』は低価格で発売して、一気に市場に広める作戦なんだよ。

*  *  *

新製品の市場投入に際し、一気に市場へ普及するような低価格に設定することを「ペネトレーション・プライシング(市場浸透価格設定)」と言います。『イノベーター理論』の「イノベーター」や「アーリー・アダプター」だけでなく、それ以降に新製品を追随して採用する多数派層も含めた、広い層をターゲットにした戦略です。

※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。

*  *  *

〈カケイくん〉
販売価格をもう少し高くすることも検討したんだけど、例えば1個当たり1,000円で販売する場合をシミュレーションすると・・・。

《セルフ・プランター/高価格シミュレーション》

〈リミちゃん〉
需要量が急激に減りますね。利益も少ないわ。

〈カケイくん〉
他社から類似品も販売されているから、価格の変動が需要量に大きく影響するんだ。

*  *  *

『セルフ・プランター』は、販売価格を((@1,000円 - @800円)÷ @800円 =)25%上げただけで、需要量は((30,000個 -20,000個)÷ 30,000個 ≒)33%も減少してしまうので、需要の価格弾力性は(33% ÷ 25% ≒)1.3です。需要の価格弾力性が1より大きい場合、販売価格を上げると大幅に需要量が減るので、売上高は減少します。

裏返すと、需要の価格弾力性が大きい製品は、販売価格を下げることで一気に需要量が増えるので、ペネトレーション・プライシングが成功する可能性があります。

*  *  *

〈リミちゃん〉
販売価格を上げれば、その分だけ1個当たりの限界利益も増えるはずだけど・・・。
あれ? 20,000個しか生産しない場合のほうが、単位当たり変動費が高いですね。

〈カケイくん〉
『セルフ・プランター』は生産量が増加するとロスが減って単位当たり変動費が下がる見込みなんだ。20,000個しか生産しないなら単位当たり変動費は350円だけど、30,000個生産するなら単位当たり変動費は300円に下がるんだよ。

〈リミちゃん〉
だから、低価格で大量販売するほうが、利益が出るのね。

*  *  *

累積生産量が増加するにしたがって、製品の単位当たりコストが減少していく現象は、「経験曲線効果」と呼ばれます。累積生産量が増えることで、能率が上がったり、作業方法が改善されたりすることが主な要因です。経験曲線効果が強く働くような製品は、大量生産することで単位当たりコストが下がるので、ペネトレーション・プライシングによって利益を得られる見込みがあるでしょう。

*  *  *

〈ノハラ社長〉
資料は完成したかい?

〈リミちゃん〉
はい!

〈ノハラ社長〉
そうか、ありがとう。
そういえば、取引先が新製品のパンフレットを送ってほしいそうだよ。

〈カケイくん〉
発送しておきます!
僕も『デジタル・ポット2.0』を予約しなくちゃ!

(了)

「値上げの「理屈」」は、毎月第3週に掲載されます。

連載目次

値上げ「理屈」
管理会計で正解を探る~

筆者紹介

石王丸 香菜子

(いしおうまる・かなこ)

公認会計士
石王丸公認会計士事務所

1979年生まれ。
2002年一橋大学商学部卒業。
2001年から2005年まで、監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)に勤務。
2005年から石王丸公認会計士事務所。

【著作】
・『管理会計でわかる! 上手な「値上げ」の仕方・考え方

石王丸公認会計士事務所のホームページでは、会計に関する情報やテキストを随時掲載しています。
 ⇒ http://ishiomaru.com/

新着情報

もっと⾒る

記事検索

メルマガ

メールマガジン購読をご希望の方は以下に登録してください。

#
#