国税審査官エイトの勤務日誌
~ある国税不服審判所の記録~
義足の浅川審判官①

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一
永途が、審理部のドアを開けると、末席に座っている葛本審査官が、熱心に議決書を読んでいる。
葛本審査官の机の上には、書類が高く積まれている。
「・・・あの・・・」
永途は、葛本審査官の机の傍らに行き、声をかける。
審理部はシーンとしている。
職員は、黙々と書類を読んで、誰も喋っていない。
そのとき、小柄なメガネをかけた初老の職員が立ち上がった。
初老の職員は、永途を見ると、ニコッと笑いかけて、ドアに向かう。
少し足を引きずるように歩くので、そのたびに床の音が響く。
「・・・永途さんか」
葛本審査官は、顔を上げて、永途を見る。
永途は、慌てて、ドアから葛本審査官に振り向く。
「・・・ちょっと、事案についてお伺いしたいことがあって・・・」
永途は、持参してきた袋の中から事案の綴りを取り出す。
葛本審査官は、頷きながら、静かに立ち上がって、座席から少し離れたところにあるテーブルに永途を導く。
「どんな質問ですか?」
葛本審査官は、椅子に座ると、小さな声で訊ねる。
「・・・あの・・・交際費の件ですが・・・」
永途もつられて、小声になる。
「・・・交際費と会議費の区分なのですが・・・」
永途は、言葉を続ける。
「・・・通達で・・・交際費に該当しないものとして『会議に関連して、茶菓、弁当その他これらに類する飲食物を供与するために通常要する費用』となっています・・・この場合、会議の場所は、問われないのでしょうか?」
「・・・会議の場所・・・どういうことですか?」
葛本審査官は、永途の顔を見る。
永途は、袋に入っていた通達集を取り出し、それを開く。
「措置法通達61の4(1)-16では、次のように規定されています」
そう言うと、永途は、同通達を読み上げる。
製造業者又は卸売業者が特約店その他の販売業者を旅行、観劇等に招待し、併せて新製品の説明、販売技術の研究等の会議を開催した場合において、その会議が会議としての実体を備えていると認められるときは、会議に通常要すると認められる費用の金額は、交際費等の金額に含めないことに取り扱う。
(下線:筆者)
「・・・永途さんの事例は、どのようなケースなんですか?」
葛本審査官が再び訊ねる。
「ええ、審査請求人は、スナックの費用も会議費だと主張するのですよ・・・実際、そこで、会議を行っているのだから、交際費ではないと・・・」
永途は、苦笑しながら言う。
「・・・実質的判断ですか・・・」
そう言いながら、葛本審査官は、永途の持っている通達集を借りて、今度は、措置法通達61の4(1)-21を開く。
会議に際して社内又は通常会議を行う場所において通常供与される昼食の程度を超えない飲食物等の接待に要する費用は、原則として措置法令第37条の5第2項第2号に規定する「会議に関連して、茶菓、弁当その他これらに類する飲食物を供与するために通常要する費用」に該当するものとする。
(下線:筆者)
葛本審査官は、通達を見ながら、言う。
「・・・審査請求人は・・・ドイツから取引先が来て、その担当者がたまたま日本のビールが飲みたいと言ったので、会社の近くのスナックに、その外人を連れて行き、そこでビールを飲みながら、日本で取扱う商品についての打ち合わせをしたと審査請求書で主張しているのです・・・ドイツでは、ビールは水と同じレベルの飲み物だと・・・」
永途は、審査請求人に同情的である。
「・・・法令では・・・会議の場所について・・・通達に書かれているように『会議に際して社内又は通常会議を行う場所』とは規定していないでしょう・・・」
こんどは、永途は法令集を袋から取り出す。
「・・・交際費の定義は、措置法61条の4第6項に規定していますが、その中で1号から3号まで、次のようになっています・・・」
1 専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用
2 飲食費であつて、その支出する金額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額が政令で定める金額以下の費用
3 前2号に掲げる費用のほか政令で定める費用
(下線:筆者)
永途は、自信を持って答える。
(つづく)
この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。
「〈小説〉『国税審査官エイトの勤務日誌』~ある国税不服審判所の記録~」は、不定期の掲載となります。




























